子育て情報交換
sunclinicの日記

2006年01月31日(火) もしもこの子がいなかったら

20歳前後の妊婦さんが検診に来られました。

超音波で3D画像を楽しみ、かわいいと言って感動の涙を浮かべていました。
その後ふと口から漏らすように、「この子さえいなかったら・・・」とつぶやきました。
「えっ、今何を言いました?」と尋ねると「そうなんよ。時々この子さえおらんかったらと考える。仕事ももっとできたろうにとか、やりたいこともあったのに、とか考えてしまう。でも超音波で元気な姿や、かわいい顔を見るとすごく嬉しいし、なんだか変な気持ち」と言いました。

そこで二つの私のお話をしました。
人間という種をつなぐための本能を満足させるのが妊娠・出産・子育てであり、家族を作り、守るということ。
人生を送るのに、自分らしく生きたいという、アイデンティティを大事にしたい欲求を持つのは当然であること。

どちらも満足しないと、生きていることへの納得がむずかしい。
だからこの方の感じ方は自然なのです。

アドバイスは、妊娠している今はこの子を産み育てることに集中するといい。ただ子育てに励んでいる間も、子育てが終わったら何をしようかと夢を膨らませていくことを忘れない。今の気持ちを否定するのではなく、大事に持ち続けるといいというものでした。

自分がいけないと思っていたこの方は、安心したようでした。



2006年01月30日(月) 清潔もほどほどに

時々こられる方が、診察室に身体も顔も固くして座っていました。

「久しぶりですね。どうされました?」と尋ねると「どうしたらいいかわからなくなりました。教えてください」と半泣きです。

よく聞いてみると、手につくばい菌が気になって仕方がないと言うのです。「孫が遊びに来てくれるのですが、頬ずりしたり、ほっぺにキスしたりすると、お嫁さんから“汚い!ばい菌がうつる!”と言われるのでたまりません。私はバイキンマンなのでしょうか?」

少しこっけいなお話のようにも聞こえますが、ご本人は真剣です。一生懸命手を洗い、部屋を掃除し、服のほこりを払っているうちに汚いということが頭にこびりついてしまって、神経症的になったのです。

バイキンマンのトラウマから脱出するお話をして、とても喜ばれました。



2006年01月29日(日) 映画「男たちの大和」への共感

かねてより関心があった映画「男たちの大和」を観てきました。

実物大のセットは圧巻でした。しかしどうも作り物の印象がぬぐいきれないのは、映画のセットという先入観があるからかもしれません。

戦闘場面は実にリアルでした。CG効果がすごく、自分が大和の銃座に座っているような視点を味わえました。

最も心に訴えたのはストーリーでした。
水上特攻として、片道分の燃料しか積まず、護衛の戦闘機は一機もなく、丸裸の大和が沖縄へ向けて出航します。
その航路は敵潜水艦の監視下にあって、平文で(暗号文なしで)打電され、戦闘機による攻撃を予告してきます。
3000人の乗組員すべてが死を覚悟し、国の為というよりは自分の生き方として死を選びます。

艦長は戦艦「大和」という日本の守護神の気高い最後を全うしながら、しかもできるだけ多くの部下の命を助ける、ぎりぎりのせめぎ合いを見せます。

ストーリーはこの生き残った人たちの、底なしの淵に沈んでいるような、心の織り成す人生と、その原点である「大和」を交互に織り成してクライマックスに進みます。

感動でした。

意識化での戦争体験はないのですが、年齢的に共感させられます。
成育歴の中にある生々しい証言や、大人たちの生き様が、私の脳裏に焼きついているからです。

平和な日本をではなく、日本の平和を守らねばと、つい思ってしまいます。



2006年01月28日(土) 活力補給

久しぶりに吹きガラスの練習に行けました。
新しいことに挑戦しようと練習したのですが、なかなかうまくいきません。

もともと作品をつくることが目的というよりは、その時間を集中して楽しむためですので、十分満足しました。

夜はこの季節懐かしい「タラのちり鍋」でした。
スーパーに北海道産の寒ダラが出ていたということで、淡泊な切り身と、とろけるばかりの白子をポン酢でいただきました。
白子は新鮮なものを選ぶことと、煮すぎないことが肝心です。(2~3分くらいでしょうか)
キノコ、白菜、白ネギ、青ネギ、豆腐といった豊富な野菜をたっぷりいただくことができました。



2006年01月27日(金) コミュニケーションの妙

中国映画の巨匠、チェン・カイコー監督による「THE PROMISE−無極−」はかなり面白そうですね。
将軍役に抜擢された真田博之さんが、テレビのインタビューで興味深いお話をしていました。

吹き替えなしの中国語せりふができるまでの苦労話など、艱難辛苦を乗り越えて、大成功を収めたのですが、もっと感動したのは、俳優としての自分の使命感を吐露した内容でした。

「映画の完成直前、ワールドサッカーアジア大会が北京でありました。さすがこの日ばかりは危険なので、ホテルから出ないようにと言われ、部屋にこもってテレビで試合を見ていました。1台は日本語、もう1台は中国語の2台で観戦しました。
驚いたことは国が違うと、実況や解説がこうも違うかということでした。政治や国民性、教育方針などある程度違って当たり前なのですが、あまりにもへだたりがあるのには愕然としました。
映画はこの溝を埋めるためにあると思いました。
映画を作る時、お互いを主張してばかりいると、映画は何時までも完成しません。
言葉の壁もあり困難ですけれど、スタッフで根気よく話し合いを続けていくうちに、細いけれど共に歩める一本の道が見えてきます。そこから作品作りが始まるんです」

奥が深いですね。
まさにコミュニケーションの妙です。



2006年01月26日(木) 愛はあいまい?

朝の連ドラ「風のはるか」がいよいよ佳境に入ってきました。

愛する彼との結婚が彼のロンドン転勤で岐路に立たされているお母さんから、心配して電話をしてきたハルカへのメッセージです。
「ハルカ!愛は逃したらだめよ。キャリアやお金は、地道にやっていればいつかは身につくけど、愛ってあいまいなのよ!ほんのわずかな手違いがおこったら、すぐ手のすき間からこぼれてしまうの」

一方、由布院では結婚について伯父さんが熱く語っています。
「結婚はあせってはいかん。結婚してみろ!その瞬間から爪の先ほどの自由もなくなるんだ。すべては家族のため、身を粉にして働くことになる。独身はいいなあ!無限の可能性がある」

まさに永遠のテーマのようです。



2006年01月25日(水) もっきり

昨夜食卓の団欒で、娘から面白い話を聞きました。

よくイギリスに美味しい食べ物がないといわれます。
私はイギリスへいったことがないので真偽のほどを確認することはできません。

娘がイギリスの事情に詳しい人から聞いた話です。
産業革命による近代化で、イギリスの人々の生活はとても忙しくなりました。
ゆっくりと昼食や、夕食を楽しむ間も惜しんで働くようになりました。
いきおい、サンドイッチやハム・ソーセージ・サラダといった簡単料理になったというのです。
その代わり、1日をしっかり働けるように、朝食を栄養豊かなメニューにする習慣がついたのだそうです。
それがかの有名なイングリッシュ・ブレックファストを生み出しました。

そのイギリスが生み出したものがショットバーです。
実際今でもカフェの店先にまるテーブルが置かれ、仕事帰りの人たちが気軽によってはグイッといっぱいやりながら疲れを癒し、家路についたり、次の予定に出かけたりしているそうです。

そんな話を聞きながら、ふと思い出したのが「もっきり」です。
子どもの頃の酒屋さんには、大人の男たちが集まる小さな空間がありました。
住民の大半は漁師さんでしたが、仕事があってもなくてもいつも誰かがそこに集まり、コップ酒を前に談笑していたものでした。

このコップ酒を「もっきり」と言っていました。おそらく“盛り切り一杯”が縮んだものでしょう。
この名残が今でも残っていますね。
居酒屋やお蕎麦屋さんでお酒を頼むと、枡や小皿に載せたコップに少しこぼれるほど並々と注いでくれるのがそれでしょう。

懐かしい言葉と、情景でした。



2006年01月24日(火) 母を想う

夜半、素敵なお産がありまあした。

2度目の出産ということもあり、短時間でスムーズな経過でした。
出産と同時に、胸に裸の赤ちゃんを抱いたお母さんがつぶやくように言いました。
「この至福の時間があるから、また産みたくなるのよね!」
「産むたびに母に感謝するわ。すぐ忘れてしまうけど・・・」

分娩室は壁の間接照明なので、ほのかな光の中にお母さんと赤ちゃんが浮かび上がるようになります。
まさに、そこに生命があるような、不思議な空気が漂います。

産んだお母さんは、胸に抱いているわが子の生命を感じ、自分に命を与えてくれた母親に感謝をささげる。見事な祈りの場です。



2006年01月23日(月) 中国の海鮮ブーム

NHKテレビ,報道特集で中国の海鮮ブームを取材していました。従来海鮮は高級食材とされていたため、一般にあまり出回ることがなかったようですが、このところの急激な経済成長で、一般庶民レベルまで容易に手に入るようになったというのです。

中国の巨大水産会社の社長が語るには、日本の長寿は魚を食べることが原因で中国国民が健康で長生きするために、どんどん海鮮料理を進めていかなければならないというのです。

この政策で今中国沿岸部の2億人が恩恵を受けているとのことです。
整備された道路網を利用し、内陸部の4億人の人々にたくさんの魚を流通させる事業が展開されつつあります。

海鮮食材は日本より高値で取引され、世界中から流れ込んでいるようです。
日本近海の共同漁業水域では、長年日本が探索し、確立してきた漁場が大量の漁船で埋め尽くされ、ほとんど漁にならない状態にさえなっているようです。

近い将来日本の食糧事情が大幅に変わる可能性が大きいようです。



2006年01月22日(日) 雪と高齢化

最近は随分夜が明けるのが早くなってきました。
朝7時頃家を出ると、ちょうど朝日が家々の間を抜けてまぶしい光を放っていました。
まばゆい光に感謝しながら、ふと関東以北をすっぽりと包んでいる雪が目に浮かびました。

今年は大雪による被害が日本海側を中心に甚大でした。
そのほとんどが過疎による高齢化が進む山村です。
自然と共存するには精神力だけではなく、強靭な体力が必要です。
日本のあちこちにその力が失われようとしています。

子どもの頃のふるさとは、一晩で屋根が隠れるほどの大雪が降りました。
夜半、目が覚めると、どこからともなく“ミシッ、ミシッ”と、家全体が締めつけられるような音がしていたことを覚えています。
雪下ろしや雪かきなどは、中学になるころより子どもの仕事になります。元気あふれる年代でしたから、ほとんど苦もなく、生活の一部になっていました。

その北海道出身の仲間が集まって、今日は岡山道産子会新年会が行なわれます。
100人くらいが集まります。



2006年01月21日(土) 泣かせて肺を強くする??

産後2週間のお母さんが検査のために来院しました。
順調なことを確認したあと、質問がありました。

「子どもはとても元気に育っています。教えていただいたように飲みたそうにするたびに授乳しているので、あまり泣くことがありません。周りのものが、“もっと泣かせたほうがいい。肺が強くなるし、がまんができるようになる。”とすすめるのですが、本当でしょうか?」

皆さんはどう思われます?

赤ちゃんが泣くというのは原始行動ですね。
人類がまだ文明を持たなかった頃、(これまでの人間の歴史の大部分)子どもが泣くことは他の動物に食べられる危険を伴っていました。無防備な赤ちゃんは、肉食動物にとって格好の餌であることは容易に想像できます。
その危険を冒しても泣くというのはそれ以上の緊急時であるということになります。

泣くことと肺の機能とは何の関係もありません。まして我慢強さとも無関係で、むしろ不安感の強い子どもに育つ可能性があります。

泣いて、最後のお願いをする前に、抱く、授乳をする、オムツを替える、あやすといったことをしてあげることが理にかなっています。
大人たちは、その要求を察知する能力を自分に呼び起こすことが大切ですね。



2006年01月20日(金) ハタハタの季節

お魚屋さんに「ハタハタ」が入っていました。

秋田県など、東北でこの季節だけ採れる「ハタハタ」は足が速いので、岡山には新鮮な状態で入ってくることはあまりありませんでした。
鮮度を保つ技術革新のおかげでしょうか、数年前から時々店頭に並ぶようになり、嬉しい限りです。

早速家族分を買い求め、煮つけをしました。
しょうゆ1:みりん1:さけ1:みず2の割合で、コブだしです。
吹き上がって2〜3分で出来上がりです。

実は柔らかすぎず、わずかにコリコリ感があり、身離れがよく、とても食べやすいお魚です。

ぜひ一度お試しください。



2006年01月19日(木) テリトリー察知力

今日は本年最初の「サン・クリニック共に育つ会」がありました。
例年通り年頭マンダラの発表会をしました。

ここでのマンダラはこの一年をどのように送るか、自己成長の指針として、スタッフ全員が書きます。
今年をどんな年にしたいかを一言集約し、あと9つの項目を埋めていきます。
30人あまりのスタッフが1時間あまりをかけて、一人ずつ自分のマンダラを読み上げました。

このマンダラ発表の前に、私のショートメッセージがあり、「テリトリー察知力」についてお話しました。

テリトリーはいわゆる「なわばり」ですが、他の動物と同じように、人間も自分の周りに目に見えない警戒領域を持っています。

いつか子どものテリトリーのお話を書きましたが、5ヶ月くらいからはじまる「人見知り」はよく経験します。これはとてもわかりやすいテリトリーの侵害です。
相手を大事にするための、礼儀、思いやり、やさしさ、共感など、コミュニケーションの基本にこの「テリトリー」を理解する必要があります。

テリトリー察知力が欠けていると、どんな親切もアリガタ迷惑、おせっかい、思い上がり、などと呼ばれる状態になりがちです。

コミュニケーションスキルはまずこのあたりから考えて、日常の生活の中で意識的練習をすることで、徐々に身についてくるでしょう。



2006年01月18日(水) 感動のご褒美

朝方、忍耐強いお産がありました。
ご主人が早朝勤務のため、交代で付き添われた実母さんが、祈るような姿勢で分娩室のドアにくっつくようにして、産まれるのを待っていました。

無事赤ちゃんが生まれた瞬間、おばあちゃんの歓声が上がりました。
感動のあまり、少し涙声です。

カンガルーケアでお母さんの胸に抱かれた赤ちゃんに面会したおばあちゃん、「よう産んであげたね〜!元気なこと!あんたはえらい!私にはとてもできなかった!」とお母さんの肩を撫でつづけました。

大人になってから親にほめられることは、あまりありません。
産んだお母さんはとても誇らしげに笑みを浮かべていました。



2006年01月16日(月) 悟り

通勤途中の車中で、中野裕弓さんCD pressを聞いていましたら、面白いお話がありました。アメリカの雑誌「Pass way」の中に載っていた面白い記事のことです。

ある人が「悟り」とはどういうことなのか尋ねました。
答えは次のようでした。

大海原を魚の群れが泳いでいました。
一匹の魚が隣の魚に聞きました。
“ね〜、海って見たことある?”
仲間の一人が答えました。
“聞いたことはあるけど、見たことはないや。”
“そういえば、おじいちゃんが言っていたことがあるよ。とっても大きくて、広いらしいよ”

気づかれましたか?
そうです。これは海の中の魚たちの会話です。

中野裕弓さんの解説は“もしかして、私たちは日常的に深い悟りの中にいるのに、気がつかないだけなのかもしれません。”というものでした。

いかがでしょうか?



2006年01月14日(土) ジョイント講演会

岐阜市にラブリークイーンという、アパレル業界をリードするユニークな会社があります。800人あまりのスタッフを抱えて、全国展開している優良企業ですが、様々な社会貢献もまた半端ではありません。

ご縁があり、昨年社員研修の社外講師としてお招きいただいたのですが、今年もまた同じ日、1月4日の今日、講演に呼んでいただきました。
社員の方および関連会社の方併せて200人あまりの熱気ある皆さんと懐かしい再会でした。

ジョイント講演会でした。
もう一人の講師は浦崎太郎氏で、現役の高校教師で県境生井員も兼ねておられるかたです。
「こどもの幸せは大人のネットワークから」という題で話されました。
キーワードは、大人はみんなバラバラ、ということでした。
地域社会活動の復活から大人同士のネットワークを再構築し、こどもの幸せを目指して手を組もう、という実現性の高い理論を展開されました。



2006年01月10日(火) 26人目の選手

今日の午後、テレビでロッテ球団バレンタイン監督のインタビューがありました。

昨年ロッテを日本一にした監督です。
テレビなどで野球観戦をすると、監督や選手たちがいるダッグアウトが見えます。ロッテのダッグアウトの中央、監督が座るイスの横に背番号26のユニホームがハンガーにかかっています。

ダッグアウトに入れる登録選手は25人です。
「あの背番号26のユニホームは何ですか?」と尋ねる草野アナに、「わたしはファンと一緒に野球を楽しんでいます。ファンは選手の一員と私たちは考えています。このユニホームはもう一人の選手、ファンです」と答えました。

ファンと共に野球を楽しみ、プレーするプロ選手集団とはすごいですね。
ファンのパワーを集めてプレーするのですから、しかも選手とファンにわかるような形があるのですから、底知れぬエネルギーがあります。

あらゆる企業で同じことが言えますね。



2006年01月09日(月) 山仕事

今日は嬉しいことに山で半日を過ごすことが出来ました。

吉井町というところがあります。山が連なった奥深い山里です。
狸やイノシシもでるそうです。

当院の事務長さんが山を持っています。
10年前自力でとても大きなログハウスを建てました。
こどもたちがまだ小さかった頃、よく山遊びをしました。
間道からさらに山にはいるため、ほとんど人の気配がありません。
そのためほとんど手つかずの自然が残っています。

幸い天候に恵まれ、すがすがしい空気の中で、山仕事を手伝いました。
労働の後の豚汁とおにぎりが美味しかったこと!

いい日でした。



2006年01月08日(日) ご用繁多

仕事始めの4日は夜10時まで外来をしていました。

以後この週はまさにご用繁多で、あっという間に過ぎてしまいました。

今日の父親学級は190人が参加されました。おそらく最高記録だと思います。ホールが人の様々な気で満ち満ちていました。
ぎりぎりに詰め合わせていただいて、やっと全員が入ることが出来ました。

駐車場は110台の車で埋まり、ホールのスタッフが整理にかかりっきりでした。

テーマは同伴分娩と家族の絆でしたが、今日の参加者は皆熱心に聞いてくれました。何より驚いたのは、5~6人いたこどもたちの誰もが少しも嫌がらなかったことでした。
もしかして人いきれに酔って寝ていただけかもしれません。



2006年01月03日(火) ぼく、おにいちゃん!

夜半、印象的なお産がありました。

スムーズに出産され、へその緒を切るときにお父さんとお兄ちゃんが入室しました。
へその緒を切ったあと、お母さんの胸に裸のまま抱かれている赤ちゃんを、お兄ちゃんが食い入るように見つめていました。

少し落ち着いた頃、お兄ちゃんが一心に語りかけます。
「はい、ぼく、おにいちゃん!」
自分を指差しながら「ぼく、おにいちゃん!」

何度も、何度も繰り返します。
お兄ちゃんの目はキラキラ輝き、赤ちゃんはその目をじっと見ています。

とても豊かな時間でした。



2006年01月02日(月) 初夢「三喜」

今年の初夢は「三喜(さんき)」でした。

朝いくつかのストーリーの夢を見ていると突然「三喜」という言葉が浮かんできました。人間が日々楽しく暮らすには三つの喜びが必要だというのです。

ひとつは「身体の喜び」です。これは衣・食・住・動という、肉体を守り育てるものです。
環境にあった衣服は身体を守り、快適に過ごすために必要です。
食はもちろん「身土不二」というくらい、身体を養い、エネルギーの供給をしてくれます。
住は暮らしの基本です。どんなに外の生活が長い人でも、仕事場や、遊び場とは違う自分の住み家は大切です。
そして動もまた肉体をスムーズに動かすために必要です。

次は「こころの喜び」です。
こころが喜ぶのは感動と感謝です。
感動するには素直さが必要です。相手をものとして見るのではなく、表現としてみると感動が生まれます。感動は心の琴線を奏でます。
感謝は相手も見るのではなく、行為を評価する、背景に思いをめぐらすと、素直に“ありがとう!”が口をついて出るでしょう。
そしてやすらぎです。やすらぎはこころのエネルギーです。こころ休まるところ、という表現がありますが、自分の存在をそのまま受け入れることができる(自己受容)と勇気が生まれます。

最後は「魂の喜び」です。
「一隅を照らす」という安岡正篤(まさひろ)の言葉があります。誰かのために自分がある、という揺るがない想いを天命といいます。
生まれてくる時に誰もが持ってきた、人生の目的が書いた手紙があるそうです。生きる目的は「幸せになる」ことであるのは、ダライ・ラマ十四世始め多くの賢者が示しています。基本は「わたしが」幸せになることですが、人間は字のごとく一人では幸せ感を堪能できるようにできていません。(英語のhuman beingもそのような表現です)
この人生の目的を書いた手紙を読むことができた時、魂(=こころ根)が喜ぶというのです。

夢のお告げでは、喜の想いがこころから身体へと向かう時、嬉しさは個、つまり自分の満足につながります。想いがこころから魂へと向かった時、嬉しさは根を通して汎、つまり普遍的なものへとつながっていきます。

今年の初夢でした。
皆様はどんな夢を見られましたか?



2006年01月01日(日) 謹賀新年

皆様、あけましておめでとうございます。
皆様とご家族が
今年も健康で、楽しい一年でありますように
祈りながらこれを書いています。

例年のごとく、新年のカウントダウンは仕事場で迎えました。
今年もしっかり仕事をしろという天の声が聞こえてくるようです。

幸いに家族とともに、お雑煮で初春を祝うことができました。
家族が健康であることは嬉しい一年の始まりです。

元旦を祝うように2人のこども(男と女の子)が生まれました。


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