子育て情報交換
sunclinicの日記

2005年07月31日(日) ハーモニカ

午前中灘崎町の母親学級の講師を務め、午後から道産子会役員会に出席しました。会報や夏祭りの案内、会員名簿などの袋詰め作業や、郷土の連帯感を強め、ふるさとを後にした孤独感を癒すための“いのちの祭り”をするための計画を練りました。夏祭りは8月21日(日)岡山駅西口オルガホールで行なわれます。
今年も“うらじゃ札幌チーム”が参加してくれますので、また随分にぎやかなものになります。古き昔を思い出し、ハーモニカを吹いてみようと持ち寄りました。合奏の練習をしてみましたが、郷愁だけは演出できるようです。
それはそうと、母乳育児シンポジウムが1週間後に迫りました。全国から来られる1200人の参加者にどれだけ感動とやる気を持ち帰ってもらえるか、ドキドキ、わくわくです。



2005年07月30日(土) 盆踊りが踊れない!?

夕方から町内の夏祭り盆踊り大会がありました。70世帯余りある住人は高齢化が進み、私などはまだ若い部類に入るくらいです。今年も夏祭りに盆踊りをすることになったのですが、盆踊りを確実に踊れる世代が次第に動けなくなり、ついに誰もちゃんと踊れなくなりました。そこで役員さんたちは一計を案じました。踊りの師匠を招き、講習を受けると共に、祭りにもお招きして、みんなと一緒に踊りながら教えてもらおうというわけです。お師匠さんとお弟子さんが来てくれました。さすが師匠です。腰の据わり、無駄のない足さばき、流れるような手の動き、など調和のとれた美しさは見事で、見続けても決して飽きることはありませんでした。大人も子供も見様見真似で踊っていましたが、いま一つ盛り上がりにかけました。
踊りといえば、よく沖縄の生活に溶け込んだ踊りを思い浮かべます。身体や手が自然に動き出し、そこに祭りの世界がいつでも現れるようです。しかしそれは単に沖縄の人たちが踊り好きということではないと思います。かって日本全国がそうであったように、神宿る地に住んでいる想い(信仰)が今も沖縄には留まっているからでしょう。自然の顔色を伺いながら、生かしていただいている(自然の一部として)ことを基本とした農作や漁ではなく、自然と闘うことを基本とした産業に変わってしまったことで、神は私たちの住んでいる地から去らざるをえなかった気がします。神がいないところに祭りはありません。自然や、いのちへの感謝のないところに祭りはありません。今や祭りの9割までがイベントにすぎません。何しろ祭る(祀る)ものがないのですから。



2005年07月29日(金) 赤ちゃん来るよ

夕方妊婦健診に来られた予定日近い方が、おなかの張りもあるというので診察すると、なんともう分娩がかなり進んだ状態でした。その説明をして入院することに決まったとき、ご主人が、抱っこしている2歳くらいの男の子に「お兄ちゃんはそれで何度もよしよしとおなかをなでていたんだね。えらかったね!」と繰り返し言っていました。わけを聞いてみると、普段そんなことをしたこともないのに、今朝から何度も「よし、よし」とお母さんのおなかをなでていたというのです。入院して1時間ほどで元気な男の子が生まれました。
子供の感性はすごいものがあります。



2005年07月28日(木) 心にしみる夏祭り

岡山を代表する施設のひとつに「旭川荘」があります。重症心身障害児の治療施設で、自閉症を含むほとんどのすべての障害に対応しています。
今日の夜、その旭川荘が主催する、恒例の「旭川荘夏祭り」がありました。私の家族はほとんど毎年参加するのですが、今年は久しぶりに私も参加することができました。会場に着くとごった返す人の波に驚きました。年々盛んになっているようなのですが、今年は特に多いと息子が教えてくれました。広場の中央にやぐらが組まれ、太鼓の音が威勢よく響いています。一般の夏祭りや盆踊りと違うのは家族やボランティアの人たちに支えられ、大勢の車椅子の人たちが踊っていたり、屋台を楽しんでいたりしていることです。どのお顔もとても明るくうきうきと、まさにお祭り気分を満喫しているようです。
感動したのは支える人たちのひたむきさです。地元の町内会、消防団、父母会、授産施設の方々、信仰に根ざしたボランティアの会、たくさんの個人ボランティア、ブラスバンド部などでさまざまなイベントや出店で、熱気にあふれた祭りの場を盛り上げていました。クライマックスは300発の花火でした。一つ一つの花火がいかにも大切そうに、想いがこめられたものでした。
心にしみる夏祭りでした。



2005年07月27日(水) 赤ちゃんが行っちゃった

妊娠初期流産に終わってしまったお母さんが検診に来られ、1歳半の女の子が一緒に着いてきました。
「先生、子どもってわかるんですね。流産したとき、“赤ちゃんがバイバイって行っちゃったよ。また遊んでねって言ってたよ”と話してくれました」と半信半疑な顔で言われました。
虫の知らせという言葉がありますが、幼い子どもにはビジアルなのでしょうね。



2005年07月26日(火) 朝のせみ時雨

午前4時過ぎ、コールのベルがなりました。お産です。夜も白み始めた中、駆けつけるとお産は順調に進んでいました。4時半、生まれる寸前、急に外が明るくなったと思った瞬間、一斉にセミが鳴きだしました。まさにせみ時雨です。鳥ではなくセミが朝を告げるんだと感心しているうちに、ググッと赤ちゃんの頭が出てきました。セミの声を待っていたかのように元気な女の子が生まれました。お父さんは3人目で初めての同伴なのですが、感動に浸っているようでした。待ちかねたように小学生のお兄ちゃんと、お姉ちゃんが入ってきました。家族の見守る中でへその緒が切られました。恥ずかしそうにお母さんの頭のベッドのふちに引っ付いているおにいちゃんを尻目に、お姉ちゃんはお父さんをどけんばかりに赤ちゃんに近寄り、さわり、頭をなで、すっかり小さなお母さん気分に浸っているようでした。
ふと、子どもの頃産まれたばかりの妹が産湯を使っている光景が、フラッシュバックして目の前に浮かんできました。なぜか洗い桶にただよっているへその緒が印象的でした。皆さんはそんな光景を見たことはありませんか?



2005年07月25日(月) 小田和正

テレビで歌手の小田和正(57歳)を特集していました。透き通るような、しかも凛とした声は少しも衰えていません。今年も全国ツアーをこなしているタフさは驚くほどです。その彼がインタビューを受けて、メモリアルな言葉を語っていました。
「人生に勝つということはいい思い出をどれだけ作るかということだと思う。いい思い出がたくさんあるほうが勝ちと思う」
歌にやさしさがあると言われて、「やさしさで包むというよりは、けとばせ!このやろう!一緒にやろうぜ!という気持ちで歌っている」
彼のタフさの源を見る思いでした。



2005年07月24日(日) 片肉ガラス

午後から吹きガラスを楽しみました。気温はうなぎのぼりで、工房では気持ちのいい汗が噴出します。最近は広鉢を作る練習をしています。コップや小鉢は比較的作りやすいのですがお皿や菓子鉢になるとなかなかうまくいきません。さらに色などをつけますとますます形を整えにくくなります。
この難しさの原因は片肉です。片肉とはガラスの厚さの片寄りです。工程をお話しますと下玉という器の芯のようなガラスの塊を巻き取り、膨らませて中空の小さなガラス球を作ります。均等な厚さと形を作り、維持するために常に回し続けるのですが、この下玉の出来具合でその器の出来具合が左右されます。片肉かどうかもここで大きく分かれます。さらにその後2度玉を巻き、いろいろ加工するたびに、肉厚の均等さを保ちにくくなります。広鉢を作るには、形を整え、小鉢の形状から十分焼きながらふくらみをもたせて広げていきます。径が15cmを超えるくらいから、ゆがみが出はじめます。私の場合、後はさんさんたる結果に終わるのが常です。これを美しい形に保つにはガラスさんとの対話が必要になります。おそらく作家のレベルに達するとガラスが教えてくれるのでしょうね。
人生もなにか少し似た部分があるように思います。いかがでしょう。



2005年07月23日(土) 臨時実行委員会

今日おそらく最後になる母乳育児シンポジウム実行委員会を臨時に開きました。本番を2週間後にひかえて全員が必死です。どうしたら1200人を超える参加者に期待以上の気づきと感動の波をおこし、母乳育児を推進するさらなるムーブメントのうねりへいざなえるかが課題です。様々な議論を尽くし散会したのが夕方の5時でした。
シンポジウムは8月6(土)、7日(日)岡山国際ホテルで開かれます。前日は岡山市の花火大会、当日は岡山うらじゃ祭りで、市街地は混雑が予想されるので、交通手段もまた大きな問題です。
7日午後1時からの特別講演は堀内勁、聖マリアンナ大学小児科教授による「赤ちゃんとお母さんの別れと出会いー母乳育児」で、その後午後4時まで一般参加者と医療者による「子育て交流会」に入ります。講演会からの参加費は1000円です。当日参加もできます。できるだけ多くの方々にきていただきたいものです。



2005年07月22日(金) シルバメソッド

夏休みに入りこどもたちが三々五々遊んでいる光景が目に入ります。今一人の子どもが田んぼの縁に座り、稲の葉に耳をつけています。何を聴こうとしているのでしょうか?いい光景です。
今日からシルバメソッドがはじまりました。講師は速読でお馴染みの佐々木豊文先生です。シルバメソッドは以前シルバ マインド コントロール(SMC)という名前でした。創ったのがホセ・シルバというメキシコ系アメリカ人ですので彼の名前がつけられています。
私はこの自己コントロール法に随分助けられました。何度も訪れた人生の転機に、選択を迫られる場面や、苦境に陥ったとき、いつも自分の中にあるハイアーセルフと出会い、イメージ力を使って新たなる場面を作り出すことで難局を乗り切ってきました。
このメソッドには実にたくさんの願望実現法が用意されています。しかし最も素晴しいのは、アルファレベルへの入り方を、講師がテキストを読んでくれているのを聞いているだけで、身につけることができることです。これはまさに人生を送る上での宝物になります。興味のある方はつぎのURLを参照してください。
http://www.silvamethod-shibuya.com/



2005年07月21日(木) サービスのフロントライン

東京青山に「カシータ」というレストランがあります。連日満席で、予約しないとは入れません。ビルの外にまでスタッフの方が待機しています。中に案内され、エレベーターのドアがあくと、温かい笑顔と若々しい弾んだ声があちこちから降り注いできます。「山縣さま、お帰りなさい!」のコールです。私は以前六本木店に一回しか行っていないのに、どのスタッフと顔があっても名前で声をかけてくれます。個性的なスタッフのお一人お一人が、自分のお客様としておもてなしをしています。この入店の瞬間からとても気持ちのいいサービスが店を後にするまで続きます。実はこの店が「奇跡のレストラン」と呼ばれ、4年前の開店以来ずっと満席を続けているリゾートレストランです。
オーナーは高橋滋氏という伝説の経営者です。彼が今日の「サン・クリニック共に育つ会」の講師に来てくれました。ホスピタリティについて示唆に富んだ講演でした。その中の印象的な言葉のいくつかをおすそ分けしましよう。
人間自動販売機:多くのホテルやレストランの従業員はマニュアルだけで接客している。確かにサービスのフロントラインに人を置いてはいるが、サービスとはホスピタリティであるいう教育が出来ていない。何度行っても名前を覚えていない。慇懃無礼は当たり前。客の要求に応えるのではなく、店のマニュアルを復唱するだけの人間自動販売機になっている。
オーナーシェフの落とし穴:その道の達人が自慢の料理を提供するのはいいのだが、自分が作る料理に意識や眼差しが集中している。お客様を見ていない。客の要望に応えようとするのではなく、自分の都合を優先する。イタリアレストランだからといってお茶漬けを出せないはずはない。賄いで自分たちは食べているでしょうから。
サービスはまんじゅうのはじっこ:ほとんどの店はまんじゅうのようだ。真ん中にいくほどアンコが詰まっている。はじっこにもしっかりアンコを詰めないと本当に美味しくはない。サービスも同じで、サービスのフロントラインをどこまで広げるかがその企業のホスピタリティだ。

夜、アイナリーホールで一般向けの講演会を開いたのですが、定員を越えた150人の聴衆が氏の熱い想いのこもった語り口に酔っていました。



2005年07月20日(水) 地球は誰のもの?

3日間ほど名古屋万博に行っていた息子が帰ってきました。万博の目玉である企業パビリオンにはまったく入らず、世界の国々のパビリオンをめぐったようです。待ち時間はまったくなく、さまざまな国の人々との出会いを楽しむことができたと喜んでいました。連日感動体験をした話の中で、私が感動したのはフランス館のシアターのフランス紹介映像の話題でした。映像の最後の字幕を見たとき息子は身が震えたそうです。
「われわれが生きている時代や、地球は親からもらったものではない。未来のこどもから借りたものだ」
いかがですか!



2005年07月19日(火) 連休明けの賑わい

連休明けとあって、熱いのにもかかわらず外来は大賑わいでした。おりしも満月が近いせいか、次々と陣痛がはじまって入院してこられました。外来が込み合っていることを気にしてくれたのでしょう、こどもたちは外来が終わった午後9時ごろから次々と生まれてくれました。帰宅は夜半1時半になりました。これから月末に向かって出産予定が込み合っています。多くの感動のドラマが展開されます。



2005年07月18日(月) 犬小屋新築

朝から気温はうなぎのぼり。昨日北海道をとんぼ返りした疲れが少し残っていましたが、懸案の犬小屋を新しくすることにしました。2匹いる犬のために犬小屋が2棟あるのですが、そのうちのひとつが随分老朽化し、いろいろ補修を重ねていたのですが、気候が暑くなり狭いこともあって犬たちが嫌って入らなくなりました。めったに家で過ごす時間が無いのでいい機会とばかり犬小屋を新築し、古いものを解体しました。汗だくになり、昼下がりにやっと完成しました。建材のにおいがかなりきついので当分入居は無理かもしれませんが、後は彼らの気分待ちということになります。
久しぶりの力仕事(私にとって)でしたので、完成した爽快な汗はなかなか気持ちのいいものでした。(犬たちは無関心で、感謝の表情さえありません)



2005年07月17日(日) 田村牧師

昨日の囲む会に引き続き、仲間で牧師になっている田村信征君の岩内教会での始めての礼拝説教を聴きました。親友の彼とは折に触れて親交を重ねていますが、礼拝という改まった席で説教を聴くのは初めてです。彼の説教を聴くために、大勢の教会員が礼拝につめかけました。
聖書にキリストが故郷へ帰って説教したときのことが書かれています。聴衆からは、彼は大工の子だ、などと子どもの頃の彼の話をしたりして、キリストのお話を聴こうとしなかったことを嘆いたものです。
田村牧師の幼少の頃から高校時代のことしか知らない長老や友人たちの前で説教するのはさぞやりにくかったこととおもいます。彼は少しも動じることなく、堂々と有名な放蕩息子の喩えのところを、歴史的視点を交えて話を進め、発想の転換を意識する聖書の読み方の大切さを説きました。脱帽でした。
この日、北海道の片田舎から伊丹経由で岡山へ帰ってきました。



2005年07月16日(土) 再会

多くのキリスト教会に教会学校(日曜学校とも呼んでいました)があります。私が通った幼稚園が教会経営の幼稚園だったこともあり、小学校から高校まで教会学校へ毎週日曜日でかけていました。おそらく私のこれまでの人生に、この頃学んだことが深く根を下ろしているように思います。小・中学生の頃その教会学校で指導してくれた、恩師ともいうべき方を囲む会に今日参加しました。74歳になられたのですが、とてもお元気で生気にあふれ、当時のことを克明に覚えていろいろな思い出話をしてくれました。集まった10人ほどの仲間のほとんどは高校以来顔を合わせたことがありませんでしたが、それなりの年齢を重ねた容姿で、歳月を物語る感慨がありました。



2005年07月15日(金) セカンドオピニオン外来

夕食後のテレビが「セカンドオピニオン外来」をされている病院長の特集がありました。院長室を開放して週2回の予約制です。開設の動機は過去に肝移植を成功させた患者さんが、その後ガンが見つかったことで悲観し、自殺してしまいました。せっかく肝移植が成功し、貴重ないのちをいただいたのにも関わらず、その人を救えなかったことに深いショックを受け、こころの闇を救えなかったむなしさ、無力感にとらわれたそうです。医者の一言がいかに重いかを肝に銘じ、その一言で傷ついた人を少しでも救うことを願って設けたのがこの「セカンドオピニオン外来」でした。
総合病院であるご自分の病院だけではなく、どこの病院で治療されていても相談を受け付けています。“治療に納得できない。もっと別の治療法があるのでは?あの一言が許せない!助からないといわれたが、何とか助けて!”などなどに真摯に向き合って、病める人たちの助けになりたいという、観音道を歩んでいる印象を受けました。



2005年07月14日(木) 孫気分

10年前当院で研修の一部をされて、その後時々診療を手伝ってくれた女医さんが、7ヶ月になるお子さんを連れて、ご主人ともども顔を見せに来てくれました。都合のつくスタッフが集まって歓迎会を開きました。お目当てはなんといってもお子さんです。嬉しいことにあまり人見知りをしないので、みんなでかわるがわる抱っこしては写真を撮り、孫が帰ってきたかのような楽しいひと時を過ごしました。お母さんになった彼女は一皮むけたようにきれいになっていました。女性が最も美しくなるのは子供を一人生んだとき、という名言がありますが、なるほどと思わせるものがありました。
これから仕事に復帰する彼女に、いよいよ家事、育児、そして仕事と一人何役もこなさなければならない彼女にみんなでエールを送りました。



2005年07月13日(水) いい仕事

同伴分娩ではお父さんの感動が私たちスタッフの心を打ちます。今日も早朝出産がありました。生まれた瞬間の突き上げるような感動が静まり、カンガルーケアでお母さんの胸に安らいでいる赤ちゃんに顔をくっつけるようにしてお父さんが覗き込んでいます。お母さんにいたわりを言いながらも赤ちゃんをじっと見つめています。何回も口から出た言葉が「いい仕事したな、うん、いい仕事した」というものでした。
なるほど、お母さんにとってお産は、女性としての本能的性役割を全うする大切な、まさに仕事ですが、赤ちゃんにとっても、この世界での人生をはじめる最初の仕事が、生まれるということになります。お産はこの母と子の絶妙な調和です。お父さんから出た「いい仕事してる」もまた見事な表現です。



2005年07月12日(火) 手渡しの器

今日から天満屋岡山店5階美術画廊にて、山本教行作陶展が開かれています。夜、オープニングパーティーがありました。鳥取県岩美郡岩井町に登り窯を持っている先生とは15年ほど前から家族ぐるみで親しくしていただいていますので、とっても嬉しく、喜んでパーティーに参加いたしました。
いろいろなお話を聞きましたが、印象に残ったうちのひとつが、「手渡しの器」ということでした。先生自身の作陶の心得としているなかでも大事にしていることのようです。「私はネット販売は今までしたことがありませんし、これからも決してしません。買っていただくのは、個展か、自宅の工房に来ていただくかのどちらかにしています。それは使っていただく方に直接手渡ししたいからです。作品が生きるのは作り手が半分、使い手が半分です。ですから使ってくださらないと器は生きません。ですから、顔の見えない相手にお売りするわけにはいかないのです」というようなお話でした。このような作り手の心をいただいて器を使える幸いを思いました。
もし興味がわきましたらぜひ個展をのぞいてみてください。人をひきつけてやまない独特の美しさに感動することでしょう。



2005年07月11日(月) 映画「血と骨」

深夜、粱石日原作、崔洋一監督、北野武主演、「血と骨」を観ました。以前から関心の高かった映画ですので、つい見入ってしまいました。内容は北野武(ビートたけし)の演じる在日朝鮮人、金俊平の鬼気迫る人生は衝撃的で、かなり濃いものでした。それはともかく、映像には戦後のすさんだ、しかし何かしら生命力あふれた時代が見事に描かれていました。戦前生まれの,
私の時代の原風景を目の当たりにしている感がありました。板を貼り付け、トタンを打ち付けた軒並みは北海道の私の子どもの頃の田舎によく似た情景でした。生命力を感じるのは子どもたちの群れです。あの頃私たちの周りにはたくさんの仲間がいました。大人たちがどんなに辛がろうと、食べるものさえあればこどもは生き生きしていました。ある意味で、懐かしい時代でした。



2005年07月10日(日) 母乳育児シンポジウム最後の詰め

8月6日(土)、7日(日)世界母乳の日にあわせて岡山国際ホテルで開催される、母乳育児シンポジウムの実行委員会が今日開かれました。これまで何度も集まって準備を重ねてきましたが、今回が本番前の最後の詰めになります。各人の役割分担をし、仕事内容の確認、当日のタイムスケジュールの確認、プログラムの確認、などを行ないました。現在の申し込み状況から1200人くらいの参加が見込まれるので、スムーズに運営するのは大変なことです。しかもなれた人は数えるほどしかなく、ほとんどが不慣れな人たちですから、例年のごとくとても神経を使います。
7日午後からの子育て交流会は一般参加を歓迎します。会費は1000円です。その準備がまた大変です。今日は今までにないくらい議論が白熱しました。実行委員がひとつの方向に向かっていく作業は、緊張感の中にも手ごたえを感じます。



2005年07月09日(土) 砂漠のあいさつ

角田佳霞先生(当院の経営コンサルタント)とお話していたときのことです。イスラム圏が話題になり、彼女の大学時代、アラビア語が第2外国語だったことを知って、居合わせたものたちが感嘆の声を上げると、砂漠の挨拶のお話をしてくれました。
「広大無辺な砂漠にも地図があり、道があります。しかし旅人が人とすれ違うことはほとんどありません。そんな中、すれ違ったらかならず交わす挨拶があります。“アッサラーム マレークム(あなたに神のご加護を)”、“ワレークム サラーム(そしてあなたにも)”という言葉です。何時盗賊に襲われるかもしれない砂漠の真ん中で、お互い安心感を確かめ合う習慣なのです」
いかがです?いいお話でしょう!



2005年07月08日(金) うつぶせ遊び

産後1ヶ月健診に来られたお母さんに、お子さんの体重が4kgを超えているのでおんぶ紐を使っておんぶをしてもいいことを伝えると、「ホントですか!?首がぐらぐらするのですがいいんでしょうか?」と怪訝な顔です。生後1ヶ月がきて4kgを超えると首が少々ぐらついても危険が無いことをお話したあと、うつぶせ遊びをよくすると首が早くしっかりするし、手足の力も強くなり、寝返りや這い這いなどもスムーズにできやすいとすすめると、またびっくり。「うつぶせは突然死の原因といわれているのでは?」と真剣です。うつぶせ遊びとうつぶせ寝と混同しているのでしょう。うつぶせにするだけでは少しも危険ではありません。うつぶせに慣れてしまうとしっかりした床に旨が支えられますから、安心感があるようで、よく眠ります。20年前くらいまではうつ伏せ寝が推奨されたほどで、未熟児センターでもそれを採用しているところが多くありました。その前後から乳児突然死症候群(SIDS)という原因不明の乳児死亡が問題になり、WHOを中心に多くの国で研究が行なわれ、うつぶせ寝に突然死がやや多いことが指摘されました。それ以来うつぶせ寝は危険だということになったのです。しかしそれが次第にうつぶせにすること自体が危険であるかのように広まってしまったようで、今度は子供の自然の発達に影響が出始めました。
寝かしつけるときは仰向けがいいとは思いますが、遊ばせるときはぜひうつぶせの姿勢を取り入れてほしいものです。



2005年07月07日(木) 友あり、遠方より来る

「友あり、遠方より来(きた)る。また楽しからずや」という論語冒頭の一節を髣髴とさせるように、盟友、角田識之先生が突如医師会での講演のため来岡してくれました。本業は企業コンサルタントの会社「ハイネット」の社長ですが、自身を平成の坂本竜馬と位置づけ、アジアの国々の発展のためにさまざまな尽力を尽くされています。以下のURLは先生の骨太人生・企業指針のメルマガです。
http://www.mag2.com/m/0000120805.htm 

夜の講演終了後、当院の関係者とともに歓談のひと時を過ごしました。話題は多岐にわたり、大いに盛り上がりました。



2005年07月06日(水) 美の旅人

懐かしい声が受話器の向こうに聞こえてきました。「お久しぶり!柴橋です!憶えていますか?実は・・・・」思いもかけず親しかった同郷の後輩の名前が耳に響きます。物書きをしているという彼は30年この方、高校教師の傍ら、美術評論家として活躍し、今や北海道、いや日本でも有数の作品群を生み出しているようです。まさに生まれたときに持ってきた、人生の目的が書かれている手紙を敏感に読み取って、一筋の道を歩んでこられたのです。彼の名は柴橋伴夫。ユニークな教育で知られている“とわの森三愛高等学校”の教頭先生をされています。近刊では「聖なるルネサンス 安田侃(かん)共同文化社」を出され、地方文化功労賞次席を受けられています。発行予定では「夢見る少年ーイサム・ノグチ」が上梓されているようです。
私たちの郷土は北海道岩内町で、有島武郎の小説「生まれいずる悩み」のモデルになった画家、木田金次郎を生み出した町です。(バスターミナル付近の海の見える“木田金次郎美術館”があります。)そんな土壌が凝集して一人の美の旅人を生み出したのだろうか。
一緒に学校の仕事をしているという同窓生の電話もあり、今日は心豊かな一日となりました。



2005年07月05日(火) シンプルライフ

更年期に入った方が不眠と体調不良を訴えて来院されました。忙しい毎日が続いているのですが、食欲がなく疲れやすいのに気づき、内科を受診したのですが、検査でも特に異常はないので、更年期障害ではないかといわれたそうです。お仕事を持っているうえ、趣味や家事などでおしりが温まる暇が無いようです。職場の人間関係や家族の心配なども不眠の原因になっているようです。その方のもらした言葉は「やっても、やっても、きりがない」でした。
走馬灯のように子どもの頃の私に意識が返っていきました。私の母がいつも口にしていた言葉でした。子供ごころにそんな母を少しでも助けようと、わづかな手伝いをするのですが、猫の手にも足りません。当時は家事労働や雑用はすべて女の仕事でしたから、大家族の中(10人以上はいたでしょうか)、女手は母一人だったので、まさに「やっても、やっても、きりがない」毎日でした。
来院された方の年齢がその頃の母の年齢と重なり、思わず「人生はきりが無いですね」と口に出しますと「なんとか高倉健のシンプルライフといきたいのですが、なかなか思うようにいきません」と、これまた懐かしいお返事でした。肩の荷を全部降ろすとシンプルライフができると誤解しているようなので、私なりに考えている言葉の意味をお話しました。シンプルライフは“この道しかないと自分で定めた道をわき目もふらずに歩むこと”でしょう。複写はがきを縁ある方々に30年以上出し続けている坂田道信先生は、「はがき道」を定着させ、「私の人生はこのためにある。これ以外に道は無い」と観音様のようなシンプルライフを続けておられます。その「道」さえ見つけるとほとんどの不定愁訴は消えてしまうのですが、なかなか簡単ではなさそうに見えます。方法は「したいことを、自分が満足するまでやる」ということに尽きるでしょう。それは誰が認めなくともいい自分だけの世界なので、どんなことでもいいのです。それが誰かの役に立つかどうかはこちらの責任ではありません。
そんな意味をこめたお話をしながら漢方を処方し、「やってみます」のお返事をいただきました。



2005年07月04日(月) 夢と遺伝子暗号

夢が最近、周りの話題にのぼることが多い。私はもともと夢か現実かわからないようなリアルなカラーの風景の中にいる(生活していると言った方がいいくらい)夢が多いのですが、ほとんど夢を見なかったり、モノトーンの夢しかみなかったりとか、人によってさまざまですよね。フロイトの夢分析は有名ですね。夢に意味があるかどうかは議論の多いところです。正夢あり、逆夢あり、邯鄲の夢ありで多彩ですが、ほとんどは起きてトイレなどに立つと、もう忘れてしまうようです。
今日の夢はある人物との会話でした。私たちの遺伝子暗号で目覚めているのは5%しかなく、95%は眠ったままだといわれます。その95%についての議論です。彼は静かな口調で語っていました。「いまの“わたし”にいたる、生命の始まりからのあらゆる経験情報がこの95%の遺伝子暗号の中に記録されていると考えてごらん。夢は日常経験の延長上にあるように見えるが、しばしば自分の経験で想像すら出来ない、また映像の記憶もない出来事を夢で体験することがあるでしょう。ときにはあたかも実生活のように夢の中で生活している体験をするだろうが、それが95%の眠っている遺伝子暗号に記録されている一部かもしれない。人間には脳という優れた短期記憶と高速処理装置があるが、これは今生きている“わたし”の行動に必要な身体組織のひとつです。“わたし”の経験と学習は遺伝子暗号に記録され、生殖活動を通して次の生命に二人分の情報を上乗せして伝えます。地球のあらゆる情報が目に触れることのない地層にすべて眠っているように、限りあるいのちを繋がざるを得ない私たちは、種の保存を通していのちの進化の情報をDNAに記録し続けている。夢はその記録のおさらいでもあるかもしれない」というのが話の要点だったと思います。目が覚めて忘れないうちに、手近にある手帳に書きとめたものをおすそ分けしようと思いました。
寝る前には考えてもいなかったことが夢に別次元のように現れるのはかなり刺激的です。



2005年07月03日(日) ありがとうの結晶

2日前から降り続く雨の中、父親学級に130人近くの方々が参加してくれました。今日は第3回目、「父親になるということ」と題して山下事務長が30分くらいお話しました。自分の実生活を通しての、子育てと父親の関わりについてですので、随分説得力があります。楽しく興味深いのは江本勝編集の「水からの伝言」の紹介です。多くの方がすでに知っているほど有名になった本ですが、水の結晶を作る技術を開発した江本氏の「言葉かけで水の結晶が驚くほど変化する」ことの実証の写真集です。“ありがとう”の言葉に美しい結晶として反応する同じ水が、“ばかやろう、死んでしまえ”などの悪態にぐちゃぐちゃの結晶として反応します。ここからが事務長さんのお話、「実は美しい結晶にするには言葉だけでいいのです。心がこもっているかどうかは問題ではありません。人間の身体のほとんどは水です。子供でも、大人でも、いい波動は身体をきれいに調和させます。ありがとう、ありがとう、といい続けることです」と写真集を見せながらの弁に、笑いの中にもお父さんたちに大いに受けて、「ありがとう」、「ありがとう」のさざなみがホールに広がりました。



2005年07月02日(土) 電磁波

妊婦健診に来られた方から電磁波についての質問がありました。事務職をされているのですが、コンピュータやコピー機を扱うことが多く、おなかの赤ちゃんが電磁波にさらされる危険について知りたいというものです。そういえば数日前電磁波の影響を科学的に調査する機関が国に設置されたことがニュースになりましたね。
答えは「はっきりわかりません」です。随分以前から環境保護団体などから電磁波の害や恐怖について沢山の報告や警告があります。しかし残念ながら社会認識として定着するまでには至っていません。環境汚染の一つの分野と考えられますが、身体に関する知恵から来るもので知識が幅をきかせている日常生活に受け入れられていないからでしょう。電子レンジ、テレビ、冷蔵庫、送電線、電話機、洗濯機、炊飯器、掃除機、エアコンなどきりがないほどの電子機器に取り囲まれている私たちの生活はまさに電磁波のシャワーを浴びながらの毎日です。極端にいえば太陽そのものが電磁波のかたまりです。ハッキリしないのは、慢性的に電磁波の中にいる生活ですから、肉体の変化がわかりにくいこと、全ての便利機器を捨てられないこと、対処法がわからないこと、母集団を特定できていないのでデータの信頼性に欠けること、などが考えられます。
このように、電磁波の害に関してはあまり明確ではありませんが、無視せず、つきあい方を工夫することが生活の知恵でしょうね。



2005年07月01日(金) 今日はいい日だ

午後から久しぶりに本降りの雨が降っています。雷も威勢よくとどろきました。そんな中、満を持したように生まれた女の子が、お母さんの裸の胸に抱かれて安らいでいます。若いご両親はつくづく感慨深そうに赤ちゃんを眺めています。とてもいい光景です。
ここまでたどり着くのにはこの家族に実に多くの紆余曲折がありました。妊娠早期から切迫流・早産のために入院を繰り返したのですが、恋愛から夫婦愛へ、そして家族愛へとそのたびに着実に成長してこられました。見守る私たちスタッフはいつもはらはらどきどきでした。出産した瞬間、担当外のスタッフも駆けつけ、口々に「おめでとう!」と声をかけ、祝いました。
満面に笑みを浮かべて、自分によく似ている赤ちゃんを飽きることなく見つめ、かわいいという表現を繰り返していたお父さんは、ふと「雨が随分降ってるな。7月1日、今日はいい日だ。いい日に生まれた!」とつぶやくように語りかけました。
私たちにとっても実にいい日となりました。

今日から7月3日まで岡山市万成東町、県道180号線沿い、「スペースほずみ」でガラススタジオ「春」講座生作品展があります。私のつたない作品も片隅にあります。


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