子育て情報交換
sunclinicの日記

2005年05月31日(火) 食堂カウンセリング

朝のクリニック食堂はにぎやかな笑い声に包まれていることが多いのです
が、時々深刻な話題になることもあるようです。おっぱいや生まれたばかりの子どものことだけではなく、上の子どものこと、夫や両親との葛藤、時には自分の生き方などさまざまです。
今朝もそんなお話が核心に迫っていたりする中に私が入っていきますと、急に皆さん無口になり、話題の重さを感じました。コーヒーカップを持って私が背を向けると再び会話が始まり、盛り上がっていくようでした。個室・部屋食もいいのですが、スタッフとお母さん、赤ちゃんとお母さんの関係だけになり、夜中じゅう赤ちゃんが泣き続けたりすると、自分だけがつらく取り残された気分になりがちです。つらい気持ちをやわらげ、勇気をもらうのは共感覚を味わったときが一番です。それには同じ状況にある仲間との喜びやつらさの分かち合いが共感度を上げてくれます。
建物の中で最も眺めのいい場所に食堂を持ってきました。皆様が集まって気持ちがいい空間になっています。わずか30分足らずの食事時間がお母さん方の貴重な情報交換の場になり、井戸端会議的カウンセリング効果をあげているのは嬉しいことです。



2005年05月30日(月) 診療報酬

月曜日のあわただしい診療の中、にこやかな笑顔が私の前に座られました。2週間前お会いした人とは思えない明るさで、生気にあふれています。初診時、更年期を過ぎたくらいからよく見られるうつ状態を心配していました。何をするにもやる気がおきず、毎日が暗い。もしかして更年期障害ではないかと思って来院されたようです。いろいろお話を聞き、漢方と軽い睡眠薬を処方してみました。
「あのときのつらさがうそのようによくなりました。じつは話を聞いていただいているうちに気分がだんだんよくなり、そのあと看護婦さんの説明、事務の方のいろいろなお話、そして薬局での親切な薬剤師さんのお話、とお話を聞いているうちにいつの間にかすっかり気分が軽くなりました。薬を飲む前に、もうよくなっていたんです。1〜2度飲んでみたのですが、薬がいらないようになったので、やめています。今日はその報告と、お礼を言いにきました。本当にありがとうございました」ととても嬉しそうでした。
このようにお金で換算できない診療報酬は嬉しいものです。医療従事者の冥利につきます。



2005年05月29日(日) シャル ウイ ダンス

昨夜研修が終わってホテルへ帰った後、土曜日だったからか六本木ヒルズで深夜映画があり、「シャル ウイ ダンス」を観ました。こじんまりはしていますがスクリーンは客席と一体感を感じさせる大きなもので、音響もとてもよかったです。午前1時40分の上映開始を待つ間、すわり心地のいいいすに少しけだるい身体を預けていると、気分はすっかりマイシアターです。リチャード・ギアの、仕事は出来るがこころにうつろいのある中年にすっかり感情移入してしまいました。彼の演技に泣きました。豹のようなしなやかさと激しさを感じるジェニファー・ロペスもなかなか見ごたえがありました。全体がコメディータッチですので笑いいっぱいで楽しいですし、脇役の俳優たちがまた見せてくれます。完全に眠気などどっかへ行ってしまっていました。あらすじは観てのお楽しみです。



2005年05月28日(土) 地蔵堂

今日はスタッフ研修のため東京出張です。飛行場への車中、旭川の近く、原(はら)という地名のところを通りました。ふと地蔵堂に目が止まりました。10体ほどの大小のお地蔵様が真っ白な前掛けをかけて並んでいました。地域の方の心配りが見えるようでした。日常生活に、このような信仰の対象があることで、地域が生かされる心の結界ができるといえる気がします。
昼、スタッフ13人と共に浅草におりました。昼食を天丼の老舗、大黒家で摂りました。東京在住の息子が“歴史を食べている気がする”と表現した独特の味を試してみようというわけです。賛同した10人と共に別館2階に陣取りました。待つことしばし、運ばれてきた天丼の表面は衣がかなり黒っぽく、しっとりしています。どんぶりの上に昔懐かしいレトロなふたが載っており、海老天の黒い尻尾がはみ出しているではありませんか。みんな珍しさ半分、期待半分で早速箸をつけました。一口ほうばると、濃い口しょうゆをベースにした少し砂糖の甘みの利いた関東独特の(ふるさとのおふくろの味に似た)風味が広がりました。見た目ほど塩辛くはありません。むしろさっぱり味で、ご飯についたつけダレもやさしい味です。なぜか一緒に食べたスタッフに好評でした。ちなみに、スタッフの一人が聞いたところでは、衣の黒いのはごま油だけで揚げるからだということでした。また、てんぷら特有の胃のもたれ感がまったくなかったのも驚きでした。浅草の老舗の味として試す価値があるようです。



2005年05月27日(金) “もったいない”が生きるとき

いつもお世話になっているお家のお母さんのお話を妻がしてくれました。朝早くから日が暮れるまで田んぼや畑に出て働きづめなのですが、それを少しも苦にされない。それも野菜を育てることが大好きなようで、どんな野菜でも捨てることなく、使えるものは漬物にしたりしてみんなに配ってくれるというのです。私もいただきましたが、とても美味しいお漬物でした。その方の口癖が“もったいないから”だそうです。自分で丹精こめて育てた野菜だからこそ言える、意味ある「もったいない」です。
もしかしてこどもも、手塩にかけ、自分の身体を使って丹精こめて育てるとき、こどものいのちそのものを“もったいない”といえるかもしれませんね。



2005年05月26日(木) こころってなに?

今日の柔道整復師の学生への講義は「こころのありよう」について共に学習しました。こころは目に見えず、触れることも出来ません。でもなぜか“こころはどこに?”と問うと、ほとんどのひとは手を胸に持ってきます。みなさんはいかがでしょうか?普段他人のこころには関心が強いのですが、自分の心の動きを観察するのは反省のときくらいではないでしょうか。
学生さんに「こころってなに?」と聞くと、当然のことながら皆きょとんと怪訝な顔をしました。そこで“こころ”を表現するような言葉を皆で書き出してみました。「感じる、思う、やさしさ、楽しい、悲しい、くやしい、泣く、笑う、つらい、努力、想い、安心、平安、心情、愛、愛情、情、傷つく、嬉しい、憎しみ、嫉妬、憂い、寂しさ、喜怒哀楽、心根、夢、不安、自制、思いやり、希望、慈しむ、信じる、尊ぶ、温情、信頼、恩情」など、発表者は言葉の持つこころ模様を説明しながらだんだん盛り上がっていきました。
仏教の経典などに煩悩の原因となるのは、眼耳鼻舌身意(げんじびぜつしんい)の迷いであるといっているが、これらはいずれも心の入り口です。ちなみにそれぞれ、視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚(身体全部が触覚のセンサーという意味でしょう)という五感と、その五感で感じられないものがわかる、思ったり、信じたり、感じたりする第六感を“意”と表現していると思います。
このように“こころ”は常に変化している情動です。一時として同じではない“私”を表現しているのですが、“私“そのものではありません。こころを制御しているものが“私”であるということになります。ではその私とは何でしょう。こころとの関係はどうなるのでしょう。これが次の授業のテーマです。



2005年05月25日(水) 桑の実が熟した

近くの神社、備前の国総社宮境内に1本の桑の実があります。今年もたくさんの実をつけ、なんと真っ黒く完熟していました。町内に子供たちが結構いるのですが、採っている様子はありません。鳥がきて食べているのでしょう、木の下には熟れて落ちた実がつぶれ、黒いしみが散在しています。いたずらごころとなつかしさで、ひとつつんで口に入れてみました。ほのかに甘い上品な味と香りが舌に広がって、甘酸っぱい思春期の思い出につながっていきました。野山を駆けまわって春は野いちご、桑の実、オンコ松の実、グスベリ、イタドリ、ウド、フキなどといった野の恵みを集めて楽しみました。あるとき、生い茂った木の枝をパーッと持ち上げると、とぐろを巻いた白蛇と目が合いました。驚いて友達と一目散に逃げたことも懐かしい思い出です。
桑の実をたくさん集めて、一気に口に含むと実に美味しいのですが舌と口の周りが真っ黒になります。それが面白く、この季節のお気に入りの遊びでした。



2005年05月24日(火) 赤ちゃん取り違え

テレビに40代の男性が映っていました。顔はぼかしてあります。「生みの親にどうしても会いたくて、裁判所に情報開示を求めたのですが、個人情報保護法を理由に却下されました」と思いつめたように話していました。彼は東京生まれ。あるときふとしたことから実の親子ではないことが明らかになり、当初両親ともども悩みの中に突き落とされました。その後両親は手塩にかけたこどもである、彼こそ実子であると心を決めたが、彼は納得せず、出生した産院の調査をはじめさまざまな方法で親探しをしているが成功していません。まさに人生をかけた戦いをしているようでした。
30数年前、私は年間3600人ほど産まれる産婦人科に研修していました。当時は赤ちゃんは授乳時間以外新生児室に収容されていました。広い新生児室いっぱいにひしめいている新生児を目の当たりにし、よくお母さんが自分の子を間違わないものだと思いました。もちろん産まれたら足の裏に名前を書き入れ、手首や足首に名札を巻きつけるのですが、これが実によく外れます。さまざまな改良が加えられるのですが、確実な方法とはなりませんでした。研修病院ではなかったようですが、取り違えのニュースに触れるたびにその光景を思い出します。その後年月が経ち、私が責任者になってはや20年以上になりますが、取り違えニアミスは何度か経験があります。いずれも事なきを得ましたが、そのつどぞっとする思いでした。サン・クリニックを開院し、母子同室を徹底してから心配は随分軽減されました。赤ちゃんが常時傍にいると、ほとんどのお母さんはいつもじっと赤ちゃんの顔を見つめています。頻回におっぱいを飲ませます。まさに母子一体の状態になりますので、わが子を見間違うことはありません。もちろん何が起こるかわからないので、スタッフの注意はいくらしてもしすぎることはありません。何時も気持ちを新たにして赤ちゃんとお母さんに向き合っていくことを自戒しております。



2005年05月23日(月) なでしこの花

今年初めてなでしこの花が咲いているのを見ました。4枚のピンクの花弁の先に白いフリルを縫い付けたような可憐な花が心を癒します。
サン・クリニックとこの“なでしこの花”は深い関係があります。当院のシンボルマークはご存知かもしれませんが、ハートを4枚、4つばのクローバー状にデザインしているように見えるのですが、実はハートではなく“なでしこ”なのです。開院を決意したときからシンボルマークを河野博光さんという、当時の日本を代表するイラストレーターの一人に頼んでいたのですが、開院を間近にひかえたある日、完成したシンボルマークを携えてやってきました。「山縣さん、“なでしこ”です。いろいろなイメージをふくらませ仕事をしていたある日、疲れて散歩に出ました。ふと気がつくと、誰かがじっと僕を見ている気がしました。視線の先に“なでしこ”が咲いていました。なでしこが何かを僕に語りかけているのです。しゃがみこんでじっとその可憐な花びらを見ていると、はっと気がつきました。花そのものがサン・クリニックのマークになっていたんです。未来からの使者、こどもたちのいのちが流れ込み、愛の花を咲かせる。愛の源流点となった母と父と子の幸せがクリニックを満たし、尽きることのない泉のようにあたりを潤すのです。私の目にまざまざとその光景が見えました」とつかれたように話し始めました。シンボルマークが生まれた瞬間です。
パンフレットの文字はすべてリーフ文字という当院オリジナル書体ですし、イラストその他に使われているグリーンはなでしこグリーンです。
イメージの力はすごいですね。



2005年05月22日(日) 町内溝掃除とジンギスカン

あいにくの小雨の中、町内の溝掃除がありました。私が住んでいるところは山の裾野にあり、この季節町内の用水路がうっそうとした藪草や伸びた雑木で覆われます。加えて秋頃から水を流さないものですから随分汚れています。田んぼに水が入る前にこの溝をきれいにするのが岡山市の原風景のひとつです。受け持ち箇所に切り落とされた膨大な量の木の塊に思わず圧倒されてしまいましたが、毎年培われている連係プレーで2時間足らずのうちに見事にきれいに片付きました。
その後家族で赤坂ワイナリーへでかけました。今日は岡山道産子会ジンギスカンパーティです。沼の周りの山間に小雨がけむり、水墨画を思わせる風情がただようなか、レストランのテラスで60人あまりの会員と家族で思いっきりビールとワインの飲み放題、ジンギスカンの食べ放題を堪能しました。自然の中での野外パーティはこころが開放されます。



2005年05月21日(土) 卒業記念作品

午後から“すこやか人生講座”がアイナリーホールで開かれました。中井町内会長様はじめ、地域の常連の方々やサン・クリニックファミリーでホールいっぱいになりました。今日の講師は“中野裕己”さんです。これまで2度ほどスタッフ研修や講演会で「みんな人生に成功できる。幸せになることが人生の務め」と、確信を持って伝える先生の魅力に触れてきました。とにかく楽しい。講演のはじめから終わりまで笑い声が絶えません。
“トラウマ”は“虎馬”のようなもの。人生に何の関係もありません。成功する人生は自分でデザインできます。まず自分を幸せでいっぱいにします。そうすれば自然に幸せの輪が広がります。幸せでないとつい誰かを恨んだり、うらやましがったり、ひがんだりします。などなど、次々と中野語録を繰り出します。
その中で私が今日深い感動を持っていただいた言葉は「人生の卒業記念作品」です。いかにも遺言めいた言葉に聞こえますがそうではありません。年令に関係なく何時卒業しても、その時点でこの世に何を残していくかを考えながら人生を送る大切さです。意識を持って日々を送ることは人生を豊かで、確かなものにします。もちろん、大掛かりなプロジェクトなど考える必要はありません。自分がこころから“したいこと”を見つけ、行動し、満足度を“感じる”ことを繰り返すだけです。このこころから“したいこと”を積み重ねることが「卒業記念作品」です。いかがでしょうか?!



2005年05月20日(金) 上の子の睡眠薬

外来にこられたお母さんから素敵なメッセージをいただきました。
“先生、テープをいただいて本当に助かっています。ありがとうございました。面白いんですよ。お姉ちゃんがすっかり気に入って、眠くなると「CD,CD!」と叫ぶのです。曲が流れるとCDの声に合わせて「集中して〜!」と言ったかと思うと、こてっと眠りに入ってしまいます。面白いです。3ヶ月のこの子も泣いてる最中にCDを流すと、なく合間にふっと耳に入るのでしょう。泣き止んでじっと聞いて、ニコッと笑うんです。にっこりですよ!先生。出産前の1週間くらいしか私は聴いていないのですが、おなかの中で聴いておぼえていたのでしょうか?不思議ですね。”と楽しそうに離してくれました。
CDとは“安らぎ出産リハーサル”という当院オリジナル出産準備プログラムの自己トレーニング用CDです。一昨年の8月に製品化して以来さまざまな感想が寄せられたのですが、出産された方々に役立っているほか、このお母さんのように、家族みんなでリラックスタイムに利用している声が結構聞かれます。うれしいことです。



2005年05月19日(木) ガラス展

午後からのサン・クリニックスタッフ全員参加の「共に育つ会」が終わった後、久しぶりに駅前の高島屋デパートに出かけました。私の趣味の吹きガラスの師匠、春ガラススタジオ、若林先生の作品展が6階食器売り場で開かれる初日なのです。先生がにこやかに迎えてくれた会場では普段あまり見ることのない先生の作品群が美しいハーモニーを奏でていました。作品の多くは日用雑器なのですが、レースを使った絶妙な肌合いは食卓に一味違った装いをもたらすこと請け合いです。5月24日(来週火曜日)まで開かれていますので、ぜひ足を運ばれることをお勧めします。
そういえば私が器に興味を持ち出したのは約30年前でした。大阪の研修先の病院の近くに道具屋筋があり、民芸の器を時々見て回ったことからでした。田舎でよく見た皿や小鉢が大切に扱われ、美術品に近い扱いを受けていました。知らないことは宝の持ち腐れとばかり、その後少しずつ経験をつむようになったわけです。とはいえ、門前の小僧には違いありません。



2005年05月18日(水) “今”

昼休みなにげなくテレビを観ていると、プロゴルファー青木功と草野アナウンサーの対談が放映されていました。ゴルフ大好き、人間大好きの人生のさまざまな場面を振り返りながら、奥様との二人三脚を軸にドラマチックにまとめて興味深いものした。番組の最後、「青木さんの一番幸せなときは何時でしたか?」という質問に、ほとんど間髪をいれず「それは“今”です。草野さんと会っている“今”です。今は2度と来ないでしょう。今で“これから”のすべてが決まっていく。そんな“今”が一番幸せです」と答えました。
意識が高いですね。



2005年05月17日(火) 胎児の顔

妊娠後期に入った方の超音波検査で、赤ちゃんのゆったり、気持ちよさそうな表情を見ながら計測を終わり、今の赤ちゃんとお母さんの状態について説明していました。合間でいたずらぽい笑みを浮かべ、「この子は3人目なのですが、どの子の顔も超音波では同じように見えるのですが、先生には違って見えるのですか?」と尋ねました。一人ひとりみんな違いがあることを説明し、兄弟は似ているので区別がつきにくいことで納得されたようでした。
あるお母さんは赤ちゃんが生まれた瞬間「超音波とそっくりだ!」と叫びました。また別の方は「言われたとおりお父さん似だ!」と感心していました。顔の位置が見えやすいところにありさえすれば、その表情など、驚くほどリアルに描出できます。顔を見るのにこだわるのは、おなかの赤ちゃんに対して具体的イメージを持っていただきたいという想いがあるからです。あわただしい日常の中で、少しでも赤ちゃんに気持ちを添わせていくことに、それがいくらかでも役立つことを願っているのです。



2005年05月16日(月) おっぱいの味

出産が終わったばかりのお母さん、カンガルーケアをしながら「ちょっと前までお姉ちゃんが飲んでくれているから、おっぱいよく出るよ。しっかり飲んでね!」と話しかけていました。よく聞いてみますと、妊娠9ヶ月になっておなかがよく張るようになったので、授乳を続けていた3才になるお姉ちゃんに頼んで、少しお休みしてもらったようです。10ヶ月になり、もう産まれてもいいかなと思ったので「おっぱい、いいよ」と言いますと喜んで吸い付きました。まもなくすっと離すと、「おかあさん、味がちがうよ!?」と言いました。乳質が変わったことに気づいたお母さんが、「あ、そお?もしかして赤ちゃん用おっぱいになったのかもしれないね!」と応えると、なんとなく納得したようにうなずきました。それ以来現在まで我慢できているようです。卒乳かもしれませんね、と言うと「どうでしょう。この子が飲んでいるとまた飲むかもしれません」とおおらかです。
分娩室から出ると、大きな目をしたそのお姉ちゃんがおばあちゃんと嬉しそうにお母さんに会えるのを待っていました。



2005年05月15日(日) 飛行機と赤ちゃん

仙台での仕事を終え、新幹線で東京へ移動し、羽田から岡山へ飛んで帰りました。その飛行機の中の出来事です。飛行機は乗り物の中でも好きな方ですが、厄介なのは着陸のため高度を下げる際の気圧の変化で耳が痛くなることです。このフライトは国際線使用のジャンボだったので、耳の痛みは軽く、私にとっては幸いでした。しかし岡山空港にむかって下降し始めたとき、一人の赤ちゃんが泣き出しました。そしてもうひとりも。きっと耳が痛くなったのでしょう。なかなか泣き声が止まりません。もし母乳で育てているのなら、おっぱいを含ませることで耳管通気になり、痛みは収まるし、気分も安定するのにな〜と思いながら、泣き声とともに岡山に着きました。
実は羽田で30分以上出発が遅れたのですが、この日東京はひょう(雹)や雷、、地震など大変な天候だったのですね。知りませんでした。



2005年05月14日(土) すずめ踊り

出張で大阪伊丹から飛行機で午後6時ころ仙台に着きますと、気温が9度ということで、岡山が20度前後でしたからとても寒く感じました。地元の方々も口々に、「今日はとても寒い!」とか、「3月半ばの気候!」と、言って身を縮めていました。しかし町は賑わっていてお祭り気分です。実は今日と明日は仙台青葉祭りで“すずめ踊り”がありました。目的地へ行く道々、グループごとに趣向を凝らしたさまざまな衣装の踊り手たちが両手で扇子をあやつり、子どもたちを中心に華麗に踊っていました。寒さも何のそのですが、踊り終わってそこ此処にいる人たちはやはり寒そうでした。しかしお祭りの熱気は十分で、なんとなく私もその気分を楽しめました。
なんで“すずめ踊り”なのかなと思って聞いてみましたら、伊達正宗の紋所が竹にすずめなので、そこからきているという説が有力のようでした。



2005年05月13日(金) ヤマシャクヤク

久しぶりに会った親しい友人と食事に行きました。座った横にお花が一輪活けてありました。真っ白なお饅頭のような形の花で、5〜6枚の花弁がお互いに包みあうように5分咲きほど開いていました。そのたたずまいはとても清楚で、気品に満ちていました。おまり見たことがなかったのですが、この店のご主人は山野草などにとても詳しく、お店に活ける草花を夜毎仕事が終わってから採取に行くほどの気の入れようです。
そのご主人がいとおしそうに教えてくれました。「ヤマシャクヤクです。今日、四国の剣山から運んできてくれたものです。山奥でひっそり咲いているものです。なんとも言えず風情がありますでしょう!」聞いて驚きました。しゃくやくといえば、あの紅に近い鮮やかな花びらが密集して重なり合って、大きなこぶしほどの華やかな花のイメージしかなかったので、似て非なるこのたおやかさに圧倒されました。深緑の葉に囲まれ、霊山にひっそりと咲く様はたぶん妖精のように見えるでしょうね。



2005年05月12日(木) 記憶の扉

柔道整復師の学生の講義がありました。前期は“人間とは何かを考える”というのが主題で、今日は「人間生命の成り立ち」「こころと意識の発達」などについて、講義や話し合いをしました。胎児期に性質、体質がほぼ決まり、心の感受性が1才までに、知恵の感受性が2才までに、意思決定の基本となる価値判断基準が3才位までに決まって、こころと意識の基本が出来上がります。不思議なことに、この時期がすんだ3才半ころ性別の意識が芽生えます。「性の自認」といわれるこの現象はこころと意識の発達の第1段階の最後の完成になります。成長した私たちがたどることが出来る記憶はこの3才半くらいのところまでです。それ以前は潜在意識の中にしっかり入ってしまい、思い出すことが出来ません。
「記憶の扉は後ろ手に閉められる」という言葉で表現される心の不思議な部分です。



2005年05月11日(水) ゴーヤカレー

夕食にゴーヤカレーが出来ていました。ゴーヤといえばゴーヤチャンプルーがまず一般的でしょうが、カレーもなかなか美味しく、結構くせになります。他のカレーと違うところはゴーヤ特有のくせのあるほろ苦さと、ゴーヤのもつ酵素の働きでしょうか、冷えても固まらず、水カレーの状態に保たれることでしょうか。
中身はブタかトリが少しとたくさんの野菜そしてゴーヤです。カレー自体は普通のものですが、美味しく食べるコツは新鮮なゴーヤを選ぶこと(スーパーで買ってきます。)と、特有のほろ苦さを逃がさず食べやすくする下処理にあるようで、妻の企業秘密というか、体験学習の成果であるようです。
わが家の食卓にゴーヤが登場したのは5〜6年前のことでしょうか。最初はチャンプルーが主でしたがなかなか味が決まらず、人気メニューというわけにはいきませんでした。しかしなぜか次男がゴーヤを気に入ってチャレンジを促すものですから、母親も工夫を凝らすようになったのでしょう。2年ほど前からはすっかり得意料理というか、定番になりました。いまでは居酒屋などで美味しいチャンプルーが出ても、やっぱりうちのが一番と思うようになりました。
これから夏に向けてゴーヤの美味しくなる季節です。



2005年05月10日(火) 中庭ガーデン

外来の待合ロビーを囲むように中庭部分があります。年々色とりどりの草花が咲くのですが、今ハーブがいっぱいの花をつけています。お産のあった早朝、久しぶりに庭に出てみますと足元に隙間の無いくらいタイムが株を広げ、5mmくらいの白い可憐な花でじゅうたんを敷いたようでした。2種類のローズマリー、ベゴニア、葵の種類、山野草、イチゴなどが清浄な朝の空気にさまざまな香りのエッセンスを添えていました。
駐車場公園のハーブも元気に咲いていますが、今年のケヤキの緑は例年になく濃いようで、今にも空の緑がつながりそうな勢いです。どんな公園にしたいかと聞かれて、“森のような”と言った私の希望をかなえてくれそうです。子どもたちの木登りにも十分耐えているのがうれしいです。



2005年05月09日(月) 一番心配なのは?

当院に母乳外来という、助産師さんたちによる乳房トラブル解決部門があります。毎日のように利用者があります。おっぱいのつまりや乳腺炎にはいろいろな家族模様が見え隠れします。今日夜受診した方にはおばあちゃんがついてこられました。おっぱいが張って痛くてどうにもならないとご本人が訴える横で、少しこわい顔でじっと赤ちゃんを抱いています。聞けばつまって出ないようなので授乳をやめ、ミルクに切り替えて、おっぱいを冷やしていたそうです。
お祖母ちゃんからみるとお母さんは自分の娘です。孫が泣くと慣れないお母さんは子どもの世話に悪戦苦闘します。そのお母さんを見てお祖母ちゃんは両方が心配になります。お母さんは自分が手塩にかけた大切な子どもです。孫は自分の命を2代先につなぐかけがいのないいのちのかたまりですし、可愛くてたまらない存在そのものです。お祖母ちゃんにとって両方をお世話するのはミルクを使うしか方法がなかったのかもしれません。
孫育てセミナーが必要なわけですね。



2005年05月08日(日) 信じる力

朝ワンちゃんの散歩から帰った息子が“アキアカネ”がいた、と教えてくれました。アキアカネはまさに秋のトンボで、全身が深紅に染まっており、一見してすぐわかります。先日来蝉の声が随分多く聞かれるようになりましたが、今度は秋のトンボが早々とお目見えです。ガイヤシンフォニーの乱れは相当進んでいるようです。
午後から父親学級でした。タゴールの「子どもは未来からの使者である」という言葉を紹介しながら、親子の絆がどのようにできていくのか、子どもの心の発達に、特に幸せのセンサー作りに絆がどんなに大切かなどについてお話ししました。中でも、母乳育児には沢山の時間を割きました。心の世界の中でももっとも確かのものは信じる力です。これは生後約1年の間に確立する母親への絶対的信頼感が基本になっています。人間として進化したそのベースに、プロラクチンという乳汁産生ホルモンが愛情ホルモンへと進化したことが深く関係しているように思います。



2005年05月07日(土) 体験学習

今日も外来が混み合って、午前中の外来が終わったのが午後5時でした。帰宅途中、盲導犬と一緒にこちらに歩いてこられた方が狭い住宅街の道の中央だったので、10mほど手前に車を止めて少し待った後クラクションを鳴らしました。その瞬間、とてもびっくりされて身体が硬直したようでした。あわてて車から降りてその非を謝りました。その方は「クラクションはいけません」と静かに言われました。その方に恐怖を感じさせてしまったことはもちろん申し訳なかったのですが、もし盲導犬が逃げ出しでもしたら大変なことになるところでした。身にしみた学習をしました



2005年05月06日(金) お待たせ人生

連休明けの今日、外来は大混雑でした。午後には緊急手術が入り、外来が終わったのは午後9時半を過ぎていました。それから母乳育児シンポジウムの打ち合わせでした。今日受診された方には、長時間お待たせして本当に申し訳ありませんでした。
待たせると言えば、妻と出会っていつも言われ続けたのが“いつまで待たせるの”ということでした。ひょっとして私の人生は「お待たせ人生」と思われているのでしょうか。笑い事ではありませんね。



2005年05月05日(木) 出会いは恩寵の証

今日はこどもの日です。毎年この日を迎えるたびに恩師である新宅俊昭先生を思い出します。1984年のこの日、先生は疾風怒濤のように駆け抜けた53才の人生を終えられ、次の世界に旅立たれました。婦人科手術の達人であった先生の薫陶を6年間受けたご縁で、100人あまりの職員と共に新宅産婦人科病院の後を引き継がせていただきました。
先生は人を引きつけてやまない天真爛漫なお人柄でしたが、神業のような手術は日常的に助手を務めていても感動でした。その技術にははるかに及ばないものの、私の手術の基本になって今日に至っています。短い闘病期間の末この日を待つかのように、私たちが見守る中、5月5日すっと旅立たれました。
「出会いは神の恩寵の証」といわれる大きな出会いでした。合掌。



2005年05月04日(水) もてなしの心

千歳空港でフライトの手続きを済ませ、旅行の名残を楽しみながら、昼食をとることにしました。○○庵というソバ屋で丼物とソバのセットを頼みました。スタッフの接客態度がやや冷たいのが気になったのですが、それなりの期待感がありました。運んでこられた料理を見て唖然としました。乗っていた具のひどさは信じられないくらいのに加え、ご飯が堅く冷たいのです。おそらく冷蔵庫に何時間も放置されていた物をそのまま出したのでしょう。一口食べてそのまずさ加減にあきれてしましました。ソバもまずく、ついにほとんど手つかずの状態で箸を置きました。
この店にはもてなしの心が全く見られませんでした。空港にいる客はほとんど道外からの観光客でしょう。そこで営業しているお店は北海道を代表している意識を持つのが常識です。北海道出身者としてこの○○庵のような店があることは恥ずかしいし、はらただしいかぎりです。
腹の虫が治まらず、近くにあったジンギスカンを食べてまずまずの美味しさに少し気を取り直しました。
フライトは快適で、ぐっすり眠っている間に岡山へ帰り着きました。



2005年05月03日(火) 修道院

朝5時前、カモメの鳴き声で目が覚めました。宿が海に面したところなので、窓にある手すりにカモメがとまり、ネコに似た鳴き声ずいぶん大きく聞こえたのです。カモメの鳴き声で起こされたのは高校時代の夏のキャンプ以来です。今日は快晴です。予定の仕事を終え、函館探訪に行きました。まずは男子修道院(当別町にあるトラピスト大修道院、明治 29年設立)です。幹線道路から参道に入り少し車で走ると、ヨーロッパを思わせる美しい森と畑が広がります。そして修道院に続くまっすぐの道にはいると、長く続く杉並木の彼方の山の斜面におごそかなたたずまいの修道院が見えてきました。周囲は杉、ポプラ、黒松、おんこ松、白樺などの林に囲まれ、長い堅固な土塀をめぐらせたレンガ造りの建物はじつに凛とした気を放っていました。
市内に戻り、正ハリストス教会をはじめ3カ所のキリスト教会をゆっくりと時間をかけて見学しました。どの教会も艱難辛苦の長い歴史を刻んで、今も日常の礼拝が行われています。
函館といえばラーメンです。前日タクシーの運転手さんに教えていただいた、龍園という何の変哲もない中華そば屋さんで食べた塩ラーメンが絶品でした。スープをすすった瞬間、身体が美味しいと言っているのがわかりました。豊かな一日でした。



2005年05月02日(月) 青函連絡船「摩周丸」と再会

朝から菩提寺へ参拝し、墓参をし、法事を済ませて故郷を後にしました。車で小沢という函館本線の小さな駅に出ました。途中、久しぶりに雪に包まれた羊蹄山の全体像を見ることが出来ました。蝦夷富士といわれる美しい姿は少年の頃見たままで、高校時代の様々な記憶が次々とよみがえってきました。記憶は確かに風化するのですが、多少忘れずに残るものもあるようです。
快速電車で小沢から長万部まで雪解けの山野を下ります。雪解け水を集めてどうどうと流れる大きな川に流れ込む沢のそこここに、白く清楚な花を咲かせている水芭蕉の群生が目を楽しませてくれました。遠くの山々には白樺の林が広がり、明るい薄紫の絨毯をかぶせたように彩りを添えていました。
長万部で函館行きの特急に乗り換え、噴火湾に出ると山々にはもうほとんど雪がなく、ゆったりとうねる海の明るさもすっかり春と告げていました。
函館には夕方着きました。学生の頃何度も通過したことはありますが、駅から外に出たのは初めてです。駅前を少し散策することにして、朝市が開かれる周辺から港のあたりを歩き回りました。とても風が強く寒かったのですが、トンネル開通で廃止された、青函連絡船「摩周丸」が船上博物館として係留されていました。何度この船に乗ったことでしょう。懐かしくもほろ苦い記憶の断片が次々と脳裏に浮かんできました。時代の流れをつくづく感じさせられました



2005年05月01日(日) 山勢(やませ)

長男、長女とパートナーから次々とハッピー・バースデー・チチ(父)の電話が入りました。娘は今友人の結婚式のお手伝いにオーストラリアのブリスベンに滞在しています。一昨日の結婚式の素晴らしかった様子を話してくれた中に、司式をした神父の感動的な講話がありました。「お二人は今、お互いのもっとも醜いところはまだ見ていないことでしょう。それと同時にもっとも素晴らしいところもまだ見ていません。結婚とは、お互いのその素晴らしいところを見つける人生の旅であるといえます。」というものでした。感動しました。
結婚してしばらくたつとお互いへの緊張感がゆるんで、相手中心ではなく、自分中心に日常を送ってしまいます。自分の行動を正当化するために、時には相手の無理解に嫌な面を作り上げてしまいます。人間の行動はその人の無意識の世界ですから、一緒になる前も、なった後も同じはずです。好ましく思ったり、嫌に思ったりするのは、こちら側の感情の違いにすぎません。
神父が言われたように、もし相手のもっとも素晴らしいところを見つけようと日常生活を送ることが出来たら、なんと豊かな結婚生活であろうと胸が熱くなる感じがします。少なくとも原則基準にしたい言葉でした。
今北海道におります。気温20数度の岡山から千歳空港空港に着いたら6度でした。空気は確かに冷たいのですが、電車などの乗り物はむしろ暑く感じました。雨のところから、晴のところと小さな日本でも随分違うものです。今小樽から岩内町へ向かうバスの中でこれを打っています。山々にはまだ雪がしっかり残っています。道路脇にはふきのとうや水仙の黄色の花が目につき、所々コブシの白い花が咲いています。道東の春はまだ少し先のようです。
故郷の岩内について、おい夫婦と久しぶりの会食をしました。山勢(山から海に吹き下ろす強い風)がビュービューと麓の木々を揺すっていました。沢山のアワビやウニをはじめ、懐かしいこの町の山海の珍味をごちそうになったのですが、最後に出てきたのがバースディケーキでした。びっくりでした。年を重ねるにつれうれしいことが増えていきます。望と匠という孫のような子どもたちも元気で大きくなっていました。明日の法事を前にいい出会いがありました。


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