子育て情報交換
sunclinicの日記

2005年03月31日(木) 今期最終放送

2年前からRSKラジオ昼番組「生命はぐくむ人たちへ」というタイトルで毎週木曜日午後0:50から5分間の放送を続けてきました。ここ1年はアナウンサー河原さんのコーディネートで番組が構成されてきましたが、4月から番組が一新されるというので、コーディネーターが変わるため、今日が最後ということでしめの放送となりました。
この一年のトータルとして私の医療姿勢についてお話いたしました。それには開院にいたる道のりをたどる必要があります。平成2年の晩秋、インドの詩聖タゴールの言葉“子どもは未来からの使者である”に出会いました。その言葉が鼓膜を震わせた瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けました。赤ちゃんを向かえる仕事のもつ意味がはじめて明らかにされた瞬間でした。“そうだったんだ!”と腑に落ちて、目の前に過去から未来への一本のまっすぐな道が、霧が晴れたようにすっと通ったようでした。
このとき以来、当時院長として勤務していた病院で、赤ちゃんを迎えるふさわしい場にするためのさまざまな試みをしていきましたがなかなか思うような結果が得られませんでした。そんなある日、計らいで鏑射寺(かぶらいじ)の中村和尚様にお会いした折、阿弥陀経の“願生来也(がんしょうし、きたれるなり)”との一節をお聞きしました。このときも天啓のような響きで私の胸にすとんと落ちました。
この時を境に、“新しい酒は新しい革袋に”のたとえ通り、新しい形を自分で作るしかないと思うようになりました。多くの方々の力添え、計画への参画、経営担当者の参入など、いつの間にか私の想いにたくさんの想いが重なってサン・クリニックが出来上がりました。このクリニックがお迎えする一番の顧客は“未来からの使者=生まれてくる子どもたち”です。その子どもたちが母と父とに良い出会いをし、無事に成長すために必要な支援システムを整備することが私たちの役割です。
放送では“子どもが来る”ということの意味と迎える側の役割について、簡単にそんなお話をしました。



2005年03月30日(水) 社会と人間

昨日桜の開花が岡山でも確認されました。そして今日ツバメがやってきました。春が足を速めてやってきます。
昨夜、夕食後の息子との会話の中で面白いことがありました。彼は最近社会と人間の関係が希薄に感じられるといいます。なかなか鋭い感覚です。人間が社会を構成していることは間違いないのですが、人間が社会を動かしているのではなく、社会という得体の知れない怪物に人間が飲み込まれ、情報という実体の無い神経伝達物質で日常を動かされているようにも思えます。情報を選択するという、一見主体的な判断はよく考えるとやはり情報を基準にしているわけで、実体験からの判断基準はそれほど多くはないのです。農業や漁業といった第1次産業の現場でも、土や水に根ざしたものから、遺伝子工学的栽培に移行しています。そこには自然との語らいはあまり生まれてきません。
世界の国々のほとんどはいまだにパターナリズム(父権性社会)で、中国はもちろんアメリカでさえピラミッド型の権力構造が維持されているので、かなりわかりやすいように見えます。日本は経済成長に伴ってその構造を捨て、新しい社会システムを模索しているように感じます。その曖昧模糊とした現状が息子に希薄な関係と感じさせたのかもしれません。



2005年03月29日(火) またまた地震

朝のニュースには驚きました。またスマトラ沖地震です。今回幸いにも津波の発生は無いようですが、震源地に近い島で、多くの家屋が倒壊し、たくさんの犠牲者が出たようです。痛ましいことです。地震はこれまでの常識では本震の後の余震は続くものの、地下にたまったエネルギーが抜けた後は何十年単位で次の地震まで間隔があくのではなかったでしょうか。アメリカの地震の専門家はこんなに短期間にほとんど同じ地域で大規模地震が起こることは歴史的に例を見ないと語っていました。
昨年からとみに天変地異が世界各地で頻発しています。阪神大震災を境に地球そのものの活動が何か変わってしまったようです。21世紀はこれまで人類が経験したことの無い新しい世界が生まれるのかもしれません。



2005年03月28日(月) 菜の花と月

昨夜からしとしととそぼ降る雨が振ったりやんだりしています。それほど寒くなく、まさに春雨の季節がやってきたかのようです。出勤途中菜の花の群生が畑に彩を添えていました。昨日までは咲きはじめだったのですが、今日は鮮やかな黄色です。いよいよ春です。私の住む祇園周辺はこの菜の花のじゅうたんから春が始まります。
旭川の流れから引いた祇園用水は、ほとんど全市の田畑の水を供給している用水の源流です。日本でも有数の清流を保っています。鯉やハヤ、ナマズ、ウナギ、フナ、川蟹、川エビ鮎もどき、など実にたくさんの魚たちがすんでいます。もうすぐ用水の広い範囲で見事に鮮やかな黄色のじゅうたんが敷き詰められます。近隣の人たちが花目を取りお浸しやてんぷらにして楽しみます。ピリッと舌を刺激する懐かしい味に出会うのももうすぐです。
夜、春の空気を感じながら家路につくとこれまたおぼろ月夜というか、黄金色の一抱えもある大きなつきが東の空にゆったり浮かんでいました。



2005年03月27日(日) 北の国から〜遺言

テレビの深夜放送で「北の国から〜遺言」を観ました。2002年9月6日の再放送で、倉本聡原作・脚本、さだまさし音楽、登場人物:主演、田中邦衛、吉岡秀隆、中嶋明子をはじめ豪華キャストで見ごたえのある映画に仕上がっていました。以前から観たかったのですが、見逃していたものです。
物語の場所設定は冬の富良野と羅臼です。富良野大好きな倉本氏の作品だけあって自然の描写は素晴しかった。北海道に生まれ育った私の少年期の風景にいたるところで重なって、つい我が事の様な感情移入をしてしまいました。
海鳴りがつい昨日のように聞こえてきます。海鳴りはまるで海がほえるような波の音です。波がそのままこうってしまう波の花もまた見事です。鉛色のうねりが、圧倒的なパワーで迫ってくるのは圧巻です。
以下のURLで[北の国から]の概要を見ることができます。


http://www.fujitv.co.jp/jp/furano/index2.html



2005年03月26日(土) 旬のゲタ

岡山は瀬戸内の美味しい魚介類に恵まれています。今日は今旬のゲタ(舌平目)を煮てみました。よく肉が盛っていて、子持ちです。酒を沸騰させ、ゲタをさっと入れ、臭みをとり、続いて同量の醤油とミリンを魚にふりかけるように加えます。そこにしょうゆ1とすると、6〜7の水を加えて10分ほど煮込みます。火加減は好みですが、私は強火が好きです。吹きこぼれないようにアルミホイルなどで落としぶたの要領で加減がいります。少し身がはじける状態くらいで炊きあがりにします。強火ですると少し身が固くなるのですが、歯ごたえがあってなかなか美味しいです。付け合わせに今日は1cm幅くらいに切った大根をあらかじめ半煮え状態にしておき、魚を皿に移した後の煮汁で、エノキダケ、シシトウと一緒に中火で火を通したものを添えました。豆腐も同じようにすると美味しいと思います。漁師町に育った私に出来る料理は魚くらいです。



2005年03月25日(金) 甲子園選抜

今年の春の選抜高校野球に中国代表として岡山関西(かんぜい)高校が出場しました。しかも昨日の開会当日の第3試合に組まれていました。ご存じのように昨日は雨で、開会式は出来たものの雨足が強くなり試合は全て中止になりました。応援団が組織され、いざ出陣という集合場所で中止が知らされたといいます。
そして今日30台のバスを連ねて甲子園に向かいました。雨の中試合はシーソーゲームで、7対7で迎えた9回、惜しくもサヨナラ負けを喫しました。休憩時間中その戦いぶりを観ていました。どちらが強いという興味よりも、天候という抗いがたい条件の中で、必死に自分と戦っている選手たちに拍手を送りました。



2005年03月24日(木) 捨てないで!

二人目を妊娠されているお母さんから、3才になるお兄ちゃんの赤ちゃんがえりと、急に始まった‘どもり’について相談がありました。出産が近づいているので、子どもにもお母さんの緊張が伝わるのでいろいろな兆候が現れます。お母さんの気持ちがおなかの赤ちゃんに集中することで、自分から離れるかもしれない予感に上の子の気持ちが不安定になることがよくあります。
ちょうど第一反抗期(自己形成期)に入っているので、ムクムクと衝動的に自我の欲求が湧き上がり、周りの言うことをきかなくなります。そんなお兄ちゃんにお母さんが手を焼くこともしばしばあるようです。手を出してはいけないと思いながらも自分を抑えることができなくなって、たたくよりはと思って「お母さんはもういなくなるから」と言ってカーテンに隠れてしまうのだそうです。
子どもにとっても、衝動的な自我の欲求と赤ちゃんがえりの欲求をコントロールすることなど出来ません。その感情の波に翻弄されながら、ひたすらお母さんに捨てられないようにまとわりつくようになります。いわば‘ぬれ落ち葉’的現象です。「お母さんはもういなくなる」という恐怖感はかなりきついものだったかもしれません。急に始まった‘どもり’はその表現ではないでしょうか?病気ではありませんが、放っておくと癖になることもありますので注意が必要です。
お母さんの怒りの出し方を変えてみること、子どもが話すのをゆっくり聴くこと、一日一度は抱きしめること、寝ている子どものかわいい寝顔に語りかけること、子どものこころに気を向けてみることなどをお話しました。
二人目妊娠のときの上の子の子育ては本当に骨が折れます。(すべてが初体験ですから。)



2005年03月23日(水) 家族の認識

妊婦検診にこられたお母さん、もすぐ4才になる一番上のお姉ちゃんに感動したことをお話してくれました。「ついこの間、お母さんの絵といって全身を書いてくれたのですが、おなかに赤ちゃんが描いてあるんです。何かとてもうれしくって、感動してしまいました。他にもいままで家族の絵を風船のように4つ描いていたのですが、その風船が5つになりました。おなかの赤ちゃんを家族の一員と認めているんですね」と感慨深そうでした。
二人目の妊娠とは違った上のお子さんの反応に、お母さんは戸惑いを見せながらとても嬉しそうです。



2005年03月22日(火) 幸い日

予報どおり雨がしとしと降っています。
今日は双子さんの日でした。まだ暗い早朝、陣痛開始で入院された双胎妊娠の赤ちゃんの状態に危険信号が表れ、急遽岡山医療センターへ母体搬送し、帝王切開で無事に出産されました。午後からは入院中の双胎の方がやはりリスクが高くなり、赤ちゃんが比較的大きかったので、当院で帝王切開し、無事元気に出産されました。その他、逆子さん(骨盤位)のお産もあり、緊張感の高い一日となりましたが、子どもたちがみな無事でほっとしております。



2005年03月21日(月) 思いは形になる

久しぶりに快晴の青空が広がっていました。今日は朝日リハビリテーション専門学院の開校記念式典がありました。非常勤講師としてお手伝いしている、朝日医療専門学院グループの新しい部門です。
人口の高齢化が、世界の歴史の中で例を見ないほど、速いスピードで進んでいることに対応するために、数年前より介護支援制度がさらに新しくなり、専門的知識や技能を身につけた医療施設のスタッフが今後もさらに必要になってくることでしょう。
学院の理事長 本徳義明 先生の仁すなわち慈愛をもとにした施術家を養成したいという強い思いが、柔道整復師、鍼灸師、に続いてこの学院建設を完成させたのです。思いを強く持つと、それは次第に形をとって胸の中に広がります。夢に現れるほど思い続けると具体的な方法が浮かんできます。それが自分だけのものではなく誰かの、何かのために真に役立つものであれば、実現に導く出会いが次々にやってきます。欲得ではなく、わくわくする夢に人生をかける決心をしたとき奇跡がおこるのです。本徳先生の活動を見ていると、それまでの半生のすべてがこのためにあったのだ、ということを目の当たりにします。まさに人生を楽しんでいるようです。



2005年03月20日(日) 隠れてたナイス・スポット

息子が卒業した関西高校音楽部の定期演奏会が岡山シンフォニーホールで開催されました。少し開演まで時間があったので、後楽園周辺を散策しました。いつもは遠くから眺めるだけだった桃太郎の彫像まで近づいてみました。県庁側の中州の先端にこの像がすえられて20年ほどになると思います。足元に立ち、北へ目を向けると、岡山城を左手に、水辺の風景がパノラマのように美しく広がっていました。小春日和に包まれた桃太郎像の周りには鴨やオシドリなどの渡り鳥の群れが羽を休めていました。
演奏会は30周年記念だけになかなか気合が入っていました。圧巻はOBの部で、プロとなっている卒業生を交えて迫力ある見事なシンフォニーを奏でていました。
感動しました。



2005年03月19日(土) 無い物ねだり

今日は孫育てセミナーの1回目、妊娠中のお母さんへの心遣い、出産直後のカンガルーケア、赤ちゃんの能力、沐浴の実際、こころを育む母乳育児などについてお話や実演を楽しんでいただきました。
その中で「二つの私」についても理解をお願いしました。二つの私とは“生き続けたい私”と“生かし続けたい私”です。
“生き続けたい私”は私らしく生きたいという思いになります。これはおそらく誰でも持っている思いでしょう。今子どもたちは皆育てられるとき、生きがい教育的な、自分らしく生きなさいと言われ続けます。実は子供を産み育てるという部分は“生かし続けたい私”という、自分の生命をつなぎ続けるという本能的衝動です。しかしそれを十分に機能させるためには子育て文化の学習が必要です。
そこで参加された祖父母の皆様にたずねました。「いいお母さんになりなさいと育てられた方はいらっしゃいますか?」という問いかけに皆さんは苦笑いして納得されたようでした。



2005年03月18日(金) インドの食習慣

岡山市中央町にスワド(SUWADO)という本格派インド料理店があります。主人はシャムさんというシェフです。もう一人の料理人と従業員が一緒に働いていて、全員がインドの方です。喫茶店風の店構えですので、インド風飾り付けに注意しないと見逃してしまう、知る人ぞ知るという、いわゆる穴場的なうまい店です。
日本人の味に合わしてくれてはいるのでしょうが、とても美味しい味わいです。数日前に予約しておくとかなり手の込んだ料理も用意してくれます。カレーはたくさんの種類があり、どれも絶品です。少しずつ取り分けて食べるので、かなり辛いのですが、すぐ舌になじんでしまいます。インドカレーの特徴で、小麦はまったく使っておらず、何種類もの野菜とマトンやチキンなどの肉類、そしてたくさんのスパイスからできているということです。そして何種類もあるナン(インドの釜焼きパン)がまた美味しい。まだまだいろいろな料理があります。うれしいことにはほとんどの料理が1000円以下です。
昨夜食事に行ったとき、シェフにインドの食事で一番大切にしているものは何か聞きますと、即座に「家族全員がそろうこと」と答えました。まさに私たちがもう一度考え直さなければならない食の世界です。いかがでしょうか。



2005年03月17日(木) “やさしさ”の周辺

今日は月に一度のスタッフ会議「共に育つ会」の日です。研究発表や解説、進行中の課題の説明などの後、“やさしさ”とはなにかを考えるグループディスカッションが行われました。抜き打ちの提案ですので、心の準備が出来ていませんから、サプライズディスカッションです。それだけに本音トークです。普段スタッフが身につけ、仕事ににじみ出ている部分の話し合いですので、気づきも多くなります。
初め話しにくそうにしていましたが、あっという間ににぎやかになり、一人ひとりが思うやさしさの言葉や想いが空間に飛び交いました。やさしさはやさしくしようと考えて表現できるものではありません。その人がどれだけこれまでやさしくされたことを心と身体が記憶しているか、何気ない行為がやさしさとして相手に受けとられ、感謝されたことが感動としてこころに刻み込まれている体験をしているか、などが大きく影響します。やさしさが自分の喜びとなる素直さもまた大きな因子です。
“やさしさ”はいろいろな言葉で表現されるとても大きな意味を持った言葉です。



2005年03月16日(水) 深夜の事故に遭遇

午前4時前、お産の連絡が入りました。外へ出ると一面の霧。視界はほとんどききません。側道から県道中原線に出て、時速30kmくらいのスピードでクリニックへ向かうと間もなくただならぬ気配がしました。反対車線にトラックとワゴン車が衝突直後の状態でした。ワゴン車の運転席がめちゃめちゃに壊れ、血が飛び散っています。かなりの人だかりです。道路一面、衝突の衝撃を物語るガラスなどが散乱しています。停止して前を見ると車道に少し手足を投げ出すように頭から血を流した人が仰向けに倒れています。近所の人たちの心遣いでしょうか、何枚もタオルケットがかけられています。
お産も気になったのですが、見過ごすことも出来ません。安全なところに車を止めてケガ人のところに行きました。意識はしっかりしています。脈はしっかりしています。出血もどうやら止まっています。とりあえず救急車が来るのを待ち、救急隊の手当てが始まったのを機にクリニックに向かいました。
分娩室へ入るとちょうど生まれたところでした。赤ちゃんを抱いたお母さんはにっこり笑って迎えてくれました。感謝!
交通事故の方の無事を祈ります。



2005年03月15日(火) スイートピー

春を代表する花のひとつにスイートピーがあります。あの可憐なピンクは私の好きな花のひとつで、思い浮かべるだけで心優しくしてくれます。随分前になりますが、スイートピーがえんどう豆の花であるのを見て驚きと感動を覚えました。今朝テレビでスイートピーの花言葉が「門出(かどで)」であることを知って、なんとなく納得し、印象を新たにしました。
今日出産されたお母さん、出産直後のカンガルーケアをしながら興味深いことを教えてくれました。予定日を2週間近く過ぎた昨日、夜たまたま上の子を妊娠した際にお渡しした、「いのち育むひとたちへ」という拙著を読んでいたそうです。その中に“お母さんの不安や都合で出産を考えるのではなく、いつでも大丈夫だから、さあおいで!”という気持ちになったとき赤ちゃんが陣痛の引き金を引く、というくだりがあり、「あ、そうか。私たちの都合ばかりいってたからこれなかったんだわ」と何か腑に落ちた感じがしたそうです。するとまもなく陣痛が始まったので“やっぱり!”と少し驚いたと言われました。
いろんな人生の門出があるものです。



2005年03月14日(月) 人口減少時代

今日朝のNHKテレビで「人口減少時代」という特集の第1回をしていました。日本の人口が来年をピークに減少に転じるのだそうです。2030年には現在より1000万人少なくなる計算です。人口減少が起こると地方の市町村で、人口の奪い合いという現象が起こります。人口が少ないと税収が見込めませんし、国からの補助金が期待できません。少子高齢化がますます進んでゆく現状と、過疎化に歯止めがかからないので、出生数を増やす努力はなかなか実を結びません。少しずつ始まっているのはリゾート化への取り組みのようです。住みやすい環境を作って定年後の終の棲家にしてもらおうというわけです。介護費用を差し引いても一人当たり1000万あまりの増収が見込めるという算段です。
企業ならぬ地方自治体の生き残り策が問われる時代になりましたね。そういえば今年も岡山の財政赤字は全国自治体のワースト2です。石井知事の無私無欲のがんばりで持ち直してはきているものの、なかなか先が見えません。



2005年03月13日(日) 早春のフリマ

午前10時から恒例のフリーマーケットが開かれました。30分前から沢山の人たちが集まってきました。しかし寒い!この寒さの中、スタッフやボランティアの人たちは早朝6時過ぎから集合し、会場設営や、昨日から材料を用意した出店用の調理におおわらわでした。名物野菜屋さんや焼きやさん(パン屋さん)も到着しました。いよいよ10時からフリマ開始です。あっという間にあちこちに黒山の人だかりが出来ました。出店者の皆さんは寒さに震えながら一生懸命笑顔で応対し、あかちゃん・妊婦さん用品・おもちゃ・ゲームなどがどんどん売れていきました。焼きやさんは販売開始から1時間足らずで、野菜屋さんもその後まもなく完売、当院スタッフによる、やきいも、うどん、豚汁、おにぎり、フランクフルトなど早々に完売しました。
寒さに震えながらも大人も子どももとても楽しそうに、買い物や遊びに興じていました。このフリマは400〜500人の来場者があり、ほとんどがなつかしい方々です。再会を喜び合う光景があちこちで見られるのが楽しみです。
ボランティア、関係スタッフの皆様、本当にご苦労さまでした。



2005年03月12日(土) ガラスの口

今日昼雪が舞いました。急にまた寒くなりました。まさに三寒四温のこの季節ならではの寒暖の差です。例年と違うのはその差がかなり大きいことでしょう。この季節、雪になるとふるさと北海道を思い出します。私が住んでいたところは必ずといっていいほど、春に向かう前の大雪があります。突然何メートルも降り積もるわけですから、交通機関は麻痺し、生活はほとんどストップします。今でもその風景を思い出します。
午後はなんとかブローグラスに行くことが出来ました。最近の壁は口です。口の処理はなかなかうまくいきません。ガラスはバランスの集合です。行程のバランスの全てが口に集合します。口の処理で作品の半分以上が終わります。ごまかしはききません。それだけに飽きることはありません。



2005年03月11日(金) 卒乳もいろいろ

神戸に住んでおられるお母さんからうれしいお電話をいただきました。3歳半になるお兄ちゃんが妹と一緒に飲んでいたおっぱいを無事卒乳したご報告です。
それはクリスマスのことでした。保育園に通っていた彼は保育園でサンタさんへの手紙をみんなと一緒に書きました。サンタさんへプレゼントのお願いです。それを持ってうれしそうに帰宅してお母さんに見せました。一緒にプレゼントのお話をしていると、急に気がついたのか、「おっぱいを飲んでいると、サンタさんに赤ちゃんと間違えられて、赤ちゃんのものが来るかな?ちょっとやめておこう」と言い出しました。「いいの?」というと「うん」言って、そのままおっぱいを飲まなくなりました。クリスマスが過ぎ、お目当てのプレゼントももらったので、またおっぱい再開かなと思っていたのですが、ちょっとさわってみたくらいでそのまま卒乳してしまいました。おもしろいものですね。
というものでした。サンタさんから卒乳の贈り物でした。



2005年03月10日(木) 母乳サイエンスミルクってなに?

来週半ばごろ明治乳業から「母乳サイエンスミルク ほほえみ」という赤ちゃん用ミルクが発売される予定です。このことにたくさんの小児科医や産科医が反対し、抗議運動なども起こっています。現在ミルクの宣伝規制がWHOコードとして決まっています。簡単には、いかにも母乳に近いとか、母乳と同じ栄養分であると表現するような名称や宣伝文を禁止しているものです。しかし乳牛メーカーもあの手この手を使って販売促進を図ります。いつもは抜き打ち的に発売するのですが、今回は社会的反響を見たのでしょうか、発売1ヶ月以上前から予告宣伝しています。そのネーミングが[母乳サイエンスミルク]です。いかにも科学の力で母乳と同じようなミルクを開発した印象を与えるネーミングです。明治の広報担当者は「限りなく母乳にという意味」と流していますが、企業がWHOコードを知らないはずはありません。抵触すれすれであることは承知の上でしょうね。
どんなにミルクの問題点を少なくし、母乳の成分に似せて作ったとはいえ、母乳とは似て非なるものです。決して母乳育児の代わりにはなりません。



2005年03月09日(水) 家族のイニシエーション

とても感動的な出産がありました。少し長くかかったお産で、お母さんがつらさをしのいでいいお産をされました。出産後、カンガルーケアで赤ちゃんがお母さんの胸に安らぎ、お母さんはまた、長かったお産の作業から解放された安堵感と、生まれてきた赤ちゃんへのいとおしさに身を任せ、そこにえもいえぬハーモニーに満ちた空間を作り出していました。同伴されたお父さんは、赤ちゃんが生まれた瞬間、妻のつらさを支えた緊張感から開放され、感動がどっとはじけたようでした。その興奮が過ぎたいま安らぎの中にある母と子をねぎらうように、お母さんの頭に右手を回し、左手で赤ちゃんの頭をなぜながら「幸せにしような!幸せにしような!」とつぶやくように語りかけていました。
親子の絆が結ばれたイニシエーションです。



2005年03月08日(火) サプライズパーティー

夜半から3人の子どもたちがやってきました。それぞれ印象的な出生でした。幸い外来がスムーズに流れ、回診を終えた後、8時過ぎに帰宅しました。
娘たちが来ていて自慢のパスタと久しぶりのラムステーキの準備をしていました。少し華やいだ雰囲気が感じられたのですが、今日はみんな気分がいいなと思ったくらいで、あまり気にとめませんでした。手の込んだ美味しいパスタ、ジャガイモのオーブン焼き、サラダ、そしてラムステーキを堪能しているときサプライズが起こりました。妻がキッチンの奥から真紅のバラの花束を抱え、「33年目の結婚記念日ありがとう!」と突然花束を差し出しました。一瞬頭が真っ白になりました。そうだった、今日は記念日だった。しまった!
間髪いれず娘がピンクのバラの大きな花束をさっと出して、「33年目、おめでとう!」というではありませんか。どう答えていいかもわからずに、口の中でもごもごつぶやいていると、「ここまでよくきたね、ありがとう!」と妻が語りかけてくれたので、「いや、ほんとうにありがとう!、みんなありがとう!」ということが出来ました。
これまでほとんど毎年話題に上りながらいつの間にか過ぎてしまって、記念日らしいことはあまりしませんでした。今年もまったく忘れていました。冷や汗が出ましたが、これを機に来年からは記念行事になりそうな予感です。



2005年03月07日(月) 鬼の霍乱?

朝庭に出てみると馬酔木の花芽がすっかり膨らみ今にもこぼれんばかりでした。インフルエンザ流行は一向に収まらず、気温は寒暖の差が激しく春の兆しもいまひとつだったのですが、知らないうちに春の準備が進んでいたのですね。
夜半から少し寒気がしていたのですが、あまり気にもせずいつものように出勤しました。時間が過ぎていくごとに、ゾクゾクはさらに進んでいき、久しぶりに発熱かな?という状態になりました。ここ何十年も熱を測ったことが無いのですが、一年に一度くらい、忘れた頃熱が出ます。例によって体温はわからないのですが、全身がフアフアした感じで、なんとなく宙に浮いている気分になります。頭痛などもほとんどありませんからそれほど苦痛ではありません。葛根湯を一服飲み、昼休みと外来終了後少し休養をとりほとんど良くなりました。鬼の霍乱でしょうか。
今日のわが家の夕食に蕗の煮物が出ました。ふきのとうと並んでまさに旬菜です。独特のえぐみのある春の香りが口中いっぱいに広がりました。感謝!



2005年03月06日(日) “ありがとう!”の真髄

天気予報では雪が降るかもしれないということだったが、柔らかい日差しが降り注ぐ小春日和になりました。午後から父親学級3がありました。山下事務長さんの「父親になるということ」のお話はとても身近に感じるようで、大きな拍手でした。お話の中で毎回触れる水の結晶はとても興味深いものです。“ありがとう!”と声をかけた水を凍らせると形の整った美しい結晶が出来るのに対し、“ばかやろう!”などの否定的言葉をあびせて凍らせると形の崩れた変な形の結晶が出来ることを、実際の写真を見せながら説明します。人間の身体のほとんどが水であることを思うと、“ありがとう”の感謝こそ人間関係をよくするコツですというお話に一同納得でした。落ちは「言葉だけでいいんです。心がこもっているかどうかは関係ないんですよ。」という苦笑いでした。
夕方、久しぶりでグリーンシャワー公園という岡山の受験の神様竜の口神社の麓にある森林研究所跡の素晴らしい空間です。夕刻とも会って少し肌寒い感じでしたが、キリッと締まった空気は気分を一新させてくれました。



2005年03月05日(土) トラの子育て

出産後2年ぶりに受診された方といろいろ懐かしいお話をしていました。お二人のお子さんのお世話でとても忙しくしているようでした。ご主人はお元気ですかと水を向けると、とても元気で、最近とみに次の子どもをほしがって、自分としては今の子育てで手がいっぱいなので困っていると打ち明けました。
そのお話を聞いているうちにトラの子育てを思い出しました。トラは最も強い猛獣で、ほとんど単独に行動し、群れもつがいもありません。子育ては母親だけでします。出産してまずしなければいけないのは父親トラから子どもを守ることだそうです。いつかテレビで、母トラが自分のテリトリーから父トラを追い出している映像を見たことがあります。父トラのほうは広大な森の中でいつまたメスに会えるかわからないので、母トラに近づこうとします。子どもを殺すと母トラに性欲が復活するので、子どもを狙うというわけです。
動物によって種の保存と生活の維持は様々です。人間は知恵ある動物ですので、文化と呼ばれる様々な工夫や枠組みを作って社会集団を維持してきました。その中でなかなかコントロールが難しいのが性欲です。
妊娠・出産・子育ては他の動物がそうであるように、母親の性欲を減退させます。性欲そのものは種の保存、つまり子どもを産み・育てるために獲得した、動物特有のものです。子育ては全身全霊を子どもに向けることで女性の本能を満足させるので、他の性行動の欲求があっては困ることになるでしょう。しかし男性の性欲は子どもができたからといって変わるわけではありません。そこに出産後の家庭生活が一筋縄ではいかない要因があります。直接的には夫と妻、父と母、そして人間性という資質が問われてくることになります。このことが心のひだにかなり深く織り込まれ、「男と女の間には、深くて暗い河がある。・・・」という中島みゆきの歌のような関係を作り出します。
考えすぎでしょうか?



2005年03月04日(金) 生まれる日の相談

4人目を出産されたお母さんが退院されました。今回もとても満足するお産ができたと喜ばれたのですが、その折「今回不思議なことがありました。ごく最近まで私とでなければ寝れなかった2才の子が、突然パパと寝ると言い出したんです。大丈夫かなと思ったのですが、パパと寝るようになった翌日陣痛がはじまってお産になりました。子供同士で打ち合わせしているような気がしました。なにか感動します。」と教えてくれました。
子どもの世界はまったく大人と違う次元なのですね。



2005年03月03日(木) 六太郎展

今日は3月3日おひな祭りです。当院のお昼ご飯は恒例の可愛い、おひな様をイメージした、手まり寿しでした。一口大に丸く握った寿し米の頭に、色とりどりの具をトッピングしたものです。桃の小枝が添えられ、見た目もきれいで、なかなか美味しくいただけます。
また、アイナリーホールで今日からガラス工房「透明館」の生徒展、「六太郎展」が開かれています。3月6日(日)まで午前10時から午後4時まで展示即売をしています。年々受講生の腕が上がって、質の高いガラス展になりました。初日の今日は客足の途絶えることなく、盛況で、半分くらいの作品が売れてしまいました。出品者は補充に大わらわのようです。この作品展のもう一つの魅力は有松啓介先生をはじめ、工房の作家の作品が格安で出展されていることです。ガラスのおひな様やひな壇、動物、器など、どれも素晴らしいものです。
これを読んでいただいている方々のお目にとまると幸いです。



2005年03月02日(水) ケンちゃん

妊婦検診にお兄ちゃんと妹の二人の子どもを連れたお母さん、「できれば性別を見てほしいのですが・・・。上の子たちが、性別は言わないのですが、ケンちゃんが来るというのです。男の子でしょうか?」と尋ねました。超音波で見るとまぎれもなく男の子でしたが、検査している間中、二人して「ケンチャン、ケンチャン、チャン、チャン、チャン・・・・」と繰り返し楽しそうに歌っていました。歓迎の歌でしょうか。
多分、赤ちゃんの呼び名はケンちゃんに決まるでしょうね。



2005年03月01日(火) 無くて七癖、思考の癖

もう数年間、自律神経失調症などで漢方治療のため通院している方が、「最近イライラが取れないのです。子どもや夫だけではなく、他人の行動までも気になってしかたありません。気にさわるとなぜか相手を許せないのです。もちろん自分に甘いというわけではないのですが、そんな私が時々嫌になります。どうしたらいいでしょうか?」と少しつらそうです。
性格は生まれつきの性質をもとに成長の過程で培われたものです。もちろん、いい、悪い、は無いのですが、性格による行動の癖で悩むことがあります。人を許せないというのもその人の思考や行動の癖です。「無くて七癖」と言うくらいですから、誰にでも自分が嫌になるような癖があります。癖ですから気がつかないうちにその癖を出してしまいますし、わかっていてもついしてしまいます。
この方のように人を許せない場合、自分も許していないことが多いようです。性格的にきちんとした人でしょう。それを自分に課しているので、いい加減にしている人や、自分勝手な行動や、せっかくきれいにしているところを傍若無人に散らかされたりすると、たとえ子どもでも許せない、頭にくることになります。当然です。きちんとすることは自分の誇りです。何も改めることはありません。ただ、きちんとするのは自分の癖ですし、自分の問題で、それを相手にも押し付けていくと、人間関係がギクシャクします。「ちゃんとしてよッ(怒り)」よりも「ちゃんとしてよ〜(悲しさ)」とか「ちゃんとしてくれたらうれしい」がギクシャクしない言い方でしょう。また、普段から「ありがとう」を連発するのも効果的です。(やってみたらわかります。)爆発したら散々怒った後、心の中で「まッ、いいか」とつぶやく癖をつけるのもいいでしょう。他人と話中に爆発しそうになったら下を向いて「ちょう!(ゆるせん)」と自分にだけわかる言葉をつぶやくなどもふっとわれに返してくれるのではないでしょうか。何よりも大事なのは、一日一回以上、小さいことでいいですから、自分を喜ばすことをぜひお勧めします。実行し続けると世界が変わり、自分を許せるようになるかもしれません。
いかがでしょうか。


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