今年の大晦日は何年かぶりの雪になりました。今日は朝早くから車を使わなければならなかったので、雪の風情を感じる前にスリルを味わうことになりました。幸いに気温があまり下がらず、ばたん雪だったので、それほど滑ることもなくやれやれでした。 年末恒例のいくつかの家の用事の後、夕方今年のしめくくりのお産に立ち会い、605人目の子どもを迎えました。いくつかの難関を乗り越えて生まれた元気な男の子でした。 今年も多くの“未来からの使者”を迎えることが出来ました。この貴重な仕事を与えられた幸いをこころから感謝して一年を過ごすことが出来ました。 来年は子どもたちが育つ上でもっとも大切な母乳育児を推進する運動のシンポジウムが岡山で開かれます。ますますご用繁多な一年になりそうです。 来年も皆様にとってわくわくする、感動に満ちた一年でありますようにお祈りいたします。
有馬の朝はうっすら雪化粧でした。ゆっくり朝風呂に入り、温泉気分に浸り、美味しい朝ご飯をいただいた後、旅館を出ました。電車を乗り継いで大阪環状線に乗って鶴橋で降りました。 早速市場へ直行し、年の瀬のにぎわいを体感しました。本場のキムチを始め、様々な韓国の食材が並んだお店が軒を並べ、体中が美味しさを感じました。サムゲタン、冷麺、マッコルリがなんともいえずいい味でした。 韓流ブームのせいか若い人たちがまさにひしめいていました。美しいチマチョゴリにため息をついていたり、韓国の物産に目をこらしているかと思うと、路地の韓国料理店に行列をつくり、いろいろなチヂミをほおばって満足げな様子などの風景が印象的でした。ここにあふれる熱気は民族の文化と生命力であろうかと感じさせられました。 とてもいい時間を送り、岡山に帰ってきました。
一年の骨休みにと一泊旅行に有馬温泉にやってきました。温泉地として日本でも最も早くから栄えたところだけあって、六甲山の懐に抱かれたようなたたずまいはとても風情があります。ほとんど山の斜面に温泉宿や人家が細い道を挟んで密集しています。 宿に落ち着いてすぐ、街の散策に出ました。伝統色豊かな町並みが日頃の御用繁多の気持ちをほぐしてくれます。ちょっとおもしろいことがありました。有馬温泉は豊臣秀吉とねねの別宅があったゆかりの地として、地元の方たちが史跡を大切にしているようですが、太閤湯殿という資料館があります。それに付属して極楽寺というお寺が建っています。そこのメインツリーがかなり大きな“サルスベリの木”で、入学祈願や健康祈願のお札が沢山結びつけられていました。それを見た次男が私に「秀吉のお寺にサルスベリの木って、なんかしゃれてない?」と、にこっと笑いながら言いました。間をおいて私もおもわず「そうだね!」と笑ってしまいました。 皆様はいかがですか。 ところで途中神戸で昼食を摂ったのですが、親しい知人に教えてもらった“中国酒家”という、トアロードのなかごろにある中華料理店の料理は絶品でした。ピータンと焼きめしの美味しかったこと!一品料理の値段は書かれていないのですが、岡山で食べるのとあまり変わりないくらいでした。
1か月検診にこられたお母さんに「まなちゃんと名付けたのですね。いいお名前ですね」と話しかけますと、ひかえめに「いいえ、上の子に音を合わせただけです」といわれました。「まなというのはいい言葉ですよ」とお話ししました。 マナは旧約聖書に出てきます。出エジプト記に有名なモーゼの10戒の物語が描かれています。エジプトに征服され、奴隷となっているイスラエルの民を神のお告げに従ってカナンという地へ導いていくものですが、途中様々な困難にみまわれます。中でもたちまち生きずまったのが食料でした。砂漠の中を進むので、食料の調達が出来ず、民衆に不満がわき上がってきました。そこでモーゼが神に祈ると毎日必要なだけ、パンのような食べ物が民に用意されたのでした。その不思議なパンを「マナ」と呼びました。まさに神から与えられたいのちの食べ物という意味です。 「“まな”というのはとても意味ある言葉なのですよ」とお話しすると「そんな意味があるとは意外でした」とにっこりされました。
インターネットのサイトにユウchanという子育てサイトがあります。そこの孫育てコーナーに月一度寄稿しています。今月、文化を伝えようということを書いたので、再掲します。 http//www.yuchan.net/yuchan/index.jsp
文化やしきたりは頭で覚えるものではなく、体にしみこんでいるものです。孫が出来る年代にいる私たちが子どもの頃、まだ沢山のしきたりが残っていましたね。文化やしきたりはその地方特有の伝統的な生活の知恵であり、自然への畏敬と感謝、共同体の存在儀式などの意味がありました。まさに自然と動物、人間が一体となった世界が、日本中どこにでもありました。 除夜の鐘で一年の煩悩を落とし、新しい気持ちで元旦を迎えるお正月は節句の中でも特に重要です。先日同年代の方と雑談をしておりましたところ、おせち料理を作らなくなったことに話が及びました。確かに今はいろいろな手段で買って食べるのが普通のようで、どこのおせちが美味しいかが話題になるくらいです。おせちばかりではなく、餅をつくことすら珍しくなりました。 遊びもそうです。カルタや福笑い、すごろく、コマ回し、など子どもたちが普通に楽しんでいたものがほとんど消えかけています。テレビゲームとは違いどれも皆血の通ったふれあいがそこにあります。 今こそお孫さんたちに私たちが育てられた文化を伝えませんか!どんな小さなお子さんにでもお正月文化を楽しませることは出来ます。大人が意識を向けると子どもはその意識を肌で感じ取り、潜在意識の中に取り込んで、その子自身の文化を創っていく土台にします。 今年のお正月は乳飲み子を膝に抱っこし、少し大きい子にカルタを読んでやり、家族みんなをまきこんですごろくや福笑いを楽しんでみませんか。私たちの文化を潜在意識の中から呼び戻し、子どもたちの中に入れてあげてはいかがでしょうか。
| 2004年12月26日(日) |
赤ちゃん、なんで泣いてるの? |
親しくしている方が出産され、嬉しいメールが届いたあと、よくなく赤ちゃんにちょっと当惑気味のメールが来ました。その方へのお返事を、何か参考になるかと思い載せてみます。 赤ちゃんはここ当分(出生3カ月位まで)は、快・不快、安心・不安、が状態を判断する基準になります。 もしおなかが張っているようで、便が出ていないようであれば、オリーブオイルを浸した綿棒を肛門に2cmほど挿入し、肛門周囲のいきみセンサーを刺激するようにそっと、回すように押しつけながら綿棒を引き出すと、いきみとともにガスや便が排出します。もちろん時計方向におなかを静かにさすることも効果があります。 泣いて困ったら、まず抱っこです。そっと包むように抱いて、上下にゆれるようにお尻を静かにトントンします。しばらくしても泣きやまなければおっぱいですが、飲ませ終わってから1時間以上空いていることを確かめます。(もちろん十分飲めるようになったら、2時間を目安にします。)ついでですが、体重増加は原則として、生後1か月で出生体重に戻っているといいとしてください。 それでも泣きやまなければ抱いて歩き回ります。赤ちゃんがおなかにいるときいつも感じていたのはお母さんのリズムです。リズムが無くて不安になることもありますから。 それでも泣きやまなかったら、お父さんカンガルーです。お母さんがつらくて、イライラして、落ち着かないとその感情は赤ちゃんにそのまま伝わり、その不安感から泣くという表現になります。お父さんカンガルーはお父さんのゆったりした感情が赤ちゃんを包みますから、安心感に心地よくなるでしょう。もちろんおばあちゃんに助けてもらうのも一つです。よくお父さんや、おばあちゃんが抱っこすると泣きやむといって母親失格ではないかと悩むお母さんがいますが、そうではありません。その時の感情が収まればもちろんお母さんが1番です。緊急避難的にSOSを出すことはとても大切です。
今日はクリスマスです。クリスマスはイエス・キリスト生誕をお祝いする日とされています。お祝いの意味はお分かりでしょうか?私たちの誕生日は私たち自身の生まれたことを祝います。クリスマスはイエスご自身の誕生を祝う行事ではありません。イエスの誕生によって人類の罪が救われたことを祝っていることを知っていると、祝い方は少し違ってくるのではないでしょうか。 キリスト教の根は原罪です。その起源が旧約聖書[創世記]の有名な人類誕生の逸話、アダムとエヴァの物語です。神との約束を破ったことに象徴される罪を原罪といいます。キリスト生誕以前は旧約聖書にしばしば語られているように、“いけにえ”をささげることで、許し(贖罪)を願ってきました。イエスの生誕が特別なのは神ご自身が、人類をその原罪から救うために、ひとり子であるイエスをこの世につかわして十字架にかけ、“いけにえ(犠牲)”としたと聖書では教えています。ちなみにキリストとは救い主という意味です。 ですからクリスマスは救い主が生まれてくれてよかったねという、救われたお互いを祝福する意味合いと神への感謝をささげる意図があります。
今日はクリスマスイブです。いつの間にか日本の代表的行事になってしまいましたね。クリスマスの代表的歌(クリスマスキャロル)はなんといっても「きよしこの夜」でしょう。ネットでなにげなく「きよしこの夜」を探してみていましたら、この歌ができたいきさつがのっていました。そんなことを考えてもみなかったので、どれどれとばかりに読んでみました。みなさんはご存じでしたか? アルプスのふもとにザルツブルグという村があります。1818年クリスマスイブの前日、河の畔にある村の教会で大変なことが持ちあがっていました。翌日イブの礼拝があるのに、河からの湿気で、オルガンがすっかりだめになり、ヒューヒューという音しか出なくなっていました。巡回オルガン修理士はクリスマスの翌週でないと回ってこないといいます。無類の音楽好きで仕事をおいてでもオルガンの練習をしてきたオルガン奏者と、貧しくて教会の援助で牧師になり、最近やっとこの村の教会に着任したばかりの若い牧師はすっかり頭を抱えてしまいました。牧師はギターを持っていました。しかしギターではイブに聖歌隊が何ヶ月もかけて練習してきた複雑なカンタータにはとても対応できません。短い詩で、ギターの伴奏でもクリスマスを十分感じることが出来る歌を作ることが出来ればいいのにと強く思ったその瞬間、牧師の頭にあふれるような詩が浮かび上がってきました。からはそこいらにある紙切れに片っ端から書きつけていきました。クリスマスイブの当日、牧師はオルガン奏者にその歌を見せ、曲をつけてくれるように頼みました。やってみようと引き受けたオルガン奏者が曲を書き上げたときは、もうミサが始まる時間が迫っていました。聖歌隊に歌の全部を教えている暇はありません。聖歌隊には最後のフレーズだけを合唱してもらい、牧師とオルガン奏者がデュエットで歌いました。オルガンが聴けなかった不満は残りましたが、会衆は深い感動を味わって教会を出ました。翌週やってきたオルガン修理士がきたときもまだ多くの人たちがそれを口ずさんでいました。その歌を聴いて感動した修理士が街々にそれを広めました。いつの間にか口伝えに世界に広がり、いつの間にかクリスマスキャロルを代表する歌になっていました。もしザルツブルグのオルガンが故障していなかったら、もし牧師がギターを持っていなかったら、「きよしこの夜」を私たちは聴くことがなかったでしょう。 いかがでしたか?
早朝のお産があったのですが、今日は天皇誕生日、祭日です。午前中、何ヶ月ぶりかで家族で買い物に出かけ、その足で真金堂(まがねどう)という旧中国銀行本店の東側にあるなじみのお蕎麦屋さんへ、これまた久しぶりに食べに行きました。ここは現在営業しているおそば専門店のなかでも老舗になります。麺は更科と田舎そばの中間くらいで、少し黒い感じです。しかしのど越しはとてもよく、蕎麦の香りや味わいは豊かです。しかも、こしはしっかりあります。つゆはこのあたりには珍しい濃い口です。特にざる蕎麦は絶品です。 蕎麦は私の好物のひとつです。田舎そばから更科までそれぞれ捨てがたい味があります。私のそばの原点は、大晦日の年越し蕎麦で、とくにつゆの味はまさにおふくろの味といえます。また、麺の感覚は「梅本」というお蕎麦屋さんの記憶です。今これを書いていても。湯気の上がったかしわ蕎麦が、目の前に浮かんできます。 味の原点は誰にでもあります。たぶんその味には原風景が走馬灯のように回っていることでしょう。その人の味の好みが決まるのは大体12歳ごろですから、それまでに愛情を懐かしむ原風景が子どもの記憶にひとつでも多く残るといいですね。
親しい友人たちが集まった中でのひと時、子どもの勉強の話が出ました。学習意欲を上げるにはどうしたらいいかというものです。いろいろな意見が飛び交い、なかなか面白い会話でした。日本では今学力低下が社会問題になっており、ゆとり教育が非難されています。しかし考えてみれば、ゆとり教育が出来たときのことを忘れているようです。学校が荒れ、親や教師が子どもの氾濫にあったのですが、そのときは詰め込み教育が問題になりました。そこで苦肉の策で取り入れられたのがゆとり教育で、本来は子どもの心を育てるのが目的であったように思います。しかし単に学習時間が減って、横並び一列の変な平等がはびこり、学力に関する学校の信頼感を失い、塾に行く時間が増え、塾産業の興隆という現代の世相を産んでしまいました。社会の仕組みそのものが変わってしまい、子どもが育つために必要な基盤の整備が追いつかないままの小手先の変革に終わった結果だろうと思います。 今回の議論も、気をつけなければ別な弊害を産むだけのものになりはしまいかと気がかりです。
クリニックの食堂の窓の正面に冬枯れの竜の口山が目を楽しませてくれています。例年今頃になると落葉樹が裸になり、山全体が紫色になっていくのですが、今年は少し様相が違います。葉が枯れたまま落ちずに、紅葉がそのまま朽ちたような状態で残っています。あまりきれいとはいえませんが、それよりも自然の変容が心配です。山にはたくさんの生き物が住んでいるわけですが、すべてに生物時計があって、温度などの変化にさまざまなセンサーを使って生命維持活動をしています。 地球のサイクルから見るとすごいスピードで温暖化が進んでいるこのごろ、山の変化がそのまま生き物に影響を与えているのは明らかです。手をこまねいているしかない現実に心が痛みます。
当院のコンサルタント会社“ハイネット”の角田社長から以下のような感動メールが配信されてきました。
『他社では[ルール]、それがわが社では[マナー]、これってかっこいいですよね。他社ではめったにない[凄いこと]、それがわが社では[ごく当たり前のこと]、これってかっこいいですよね。』
どんな組織でもルールを決めます。ルールは規範ですからスタッフはそれを守るように努力します。マナーは当たり前のこと、組織にいる誰もが当然する振る舞いです。サービス業ですと誰が訪れても同じサービスが受けられるわけです。ルールをマナーにするにはひたすら繰り返すことが必要です。つまり習慣化することでしょう。よく目標に「笑顔]を上げているところがあります。笑顔は目標ではありません。人を迎える仕事にとって笑顔は当たり前のことです。組織として進化するためにはたくさんあるルールをどのくらいマナーにしていけるかにかかっているでしょうね。かっこよさとは、ほかにはないよさがどれだけ地についているかです。かっこいい人はその人自身それを意識していませんものね。
| 2004年12月19日(日) |
ふるさとは遠くにありて |
今日は午後から道産子会役員会、夜、同忘年会がありました。役員はもちろんみなボランティアです。2ヶ月に1度のペースで会議を開き、岡山在住の北海道出身者が集まる年4回のイベントを用意し、演出します。岡山県には現在のところ北海道出身者(道産子と言います。)、または関係者である会員が約200名前後居られます。“ふるさとは遠くにありて想うもの”という馴染み深い言葉がありますが、その想いを共有できる仲間と共通の時間を持つことは、さすらい人の感情を持つ人たちにとって生活に根っこを持つ気持ちになります。 来年1月23日に西口オルガホールにて午後0時から新年会が開かれます。懐かしい顔が集まります。
今日は吹きガラスの日です。ひたすらガラスと向き合う無我の時間は私にとってこころが鍛えられる大切な時間です。ひとつの作品ができる時間は30分前後ですが、この間さおの先についているガラスをまわし続けます。あめのように柔らかくなったガラスは一瞬の集中力の途切れで、無残な形になってしまいます。私の場合はまさにほら吹きガラスですが、実に楽しいものです。よく無我夢中と表現しますが、そのまま読むと、われを忘れて夢の中にいるということになります。自分を意識しているときは多分あまり楽しいとはいえない時間でしょう。無我は損得勘定がありません。無我は自分の安全さえも考えません。無我はアイデンティティさえも捨てています。無我はそこに溶け込んでいる状態です。時空との調和です。言い換えれば没入ということでしょうか。
昨夜は当院の忘年会でした。担当スタッフがこころをこめて用意してくれましたテーマは「赤」でした。おもいおもいに赤を身につけた参加者全員がいろいろなゲームに興じました。今年はWHO/ユニセフによる[赤ちゃんにやさしい病院]認定を軸に1年が過ぎました。スタッフ全員がそのための意識改革に取り組んでくれました。一人ひとりが自分の仕事内容を“赤ちゃんにやさしいとはどういうことか?”を検討していく作業です。それが仕事に反映していってはじめて赤ちゃんにやさしい病院へと進化していけるわけです。言葉では簡単ですが、スタッフの意識を統一し、クリニック全体がひとつの生命体としてその方向に動くのはなかなか大変です。昨年のちょうど今頃から認定へ向けて事務手続きが一段落し、意識改革という本格的作業が始まったことを思い出しました。昨年の忘年会では期待と不安が入り混じった表情のスタッフも、昨日はとても晴れやかな笑顔で、1年が終わろうとしている“時”をかみしめているようでした。事務長さんがつくった[望年会]の熟語をちゃっかり拝借し、来年がさらに充実した年であることを望むのが[忘年会]の本来の意味ではとご挨拶しました。
先日よくメールでお子さんの不思議な能力を教えていただく方から面白いメールが届きました。
お話変わりますが、私が切迫早産で入院中海里風が書いてくれた不思議な手紙・・・ 今も大切に持ってるんですが宇宙人が書いたような記号・・・ 今見せたら・・・読めるんです!海里風! ちゃーんとわかって書いてたんですね
入院は下のお子さんを妊娠中のことです。海里風君が2歳のころです。子供はわかって書いており、言葉として読むことができるというのは驚きです。大人は子供に何をしているのでしょうね。それにしてもこのお母さんの感性の高さにはいつも驚かされます。このような感性こそが子供を理解する上で必要なのでしょうね。
今年もまた嘔吐・下痢を主症状とするビールス性胃腸炎が流行の兆しを見せてきました。このところ毎日数人の妊婦さんや授乳中のお母さんが受診されたり、電話で相談されたりしています。症状はかなり個人差はあり、おなかの痛みだけですむこともあります。経過は2〜3日のことが多いようですが、できるだけおなかに優しい食事にする注意が必要です。基本的には白粥と梅干、白湯ですが、果物や生ものなど食べると長引いたりします。 気をつけてほしいのが乳幼児です。大きなこと違い数週間下痢がことさえあります。白色便性下痢症といって、下痢が続くうちに真っ白な便が出てくることがあります。食べさせると下痢をするので、だんだんやせこけていきます。元気も次第になくなり、ぐったりしてきます。時に点滴で水分補給するため入院が必要になることもあります。よくスポーツ飲料を飲ませている人がいますが、おなかが冷えてしまうのでよくありません。先日書いた白湯が基本です。それと重湯や薄いお粥を少しずつ食べさせることです。とてもよく効くのが梅汁です。よく洗ってへたをとった梅を広口ビンに3/4までいれ、そこに氷砂糖をビンの口いっぱいになるまで満たします。あとは一ヶ月くらい涼しいところに密封して静置します。砂糖が完全に解けて梅が梅汁に浮いている状態になったところで、梅を取り出して出来上がりです。日光に当たらないところに保存すると、年数がたったものほど美味しく、役に立ちます。飲むときは薄めます。おなかを壊したときには10倍くらいに薄めたものを飲ませるといいでしょう。
妊娠の確認にこられたお母さんに、一緒に来た2歳の女の子の赤ちゃんがえりについてお尋ねしました。「それが先生、以前流産したときはこの子の赤ちゃんがえりがひどかったんですが、今回はとっても穏やかなんです。妊娠もこの子が“赤ちゃんが来た”と言うものですから、妊娠診断薬を買って調べてわかったんです」と笑顔で話されました。 子供には確かに見えるのでしょうね。しかも言葉が話せるようになるとべたべたしたしぐさで赤ちゃんがえりを表現しなくともいいのかもしれません。こどもって本当にすごい感覚を持っていますね。ちなみに、新しい兄弟を迎えるときの衝動的甘えはたとえ高校生になっていてもいろいろな形で出ますが、言葉で表現できない時期とはずいぶん違います。
久しぶりに風邪症状が続いています。微熱、頭痛、咳、鼻汁、全身のけだるさ、集中力の欠如などなかなか多彩です。つらいのは鼻をかむときやかがんだときなどに副鼻腔が割れそうに痛むことです。診療に差し支えることはないので日常生活にはさしたる影響はないのですが、やせ我慢のように不具合を味わってるところです。 風邪といえば養生と相場は決まっていますが、洋の東西で養生法はずいぶん違います。 たとえば入浴については東洋ではいけないが西洋では発熱さえなければぬるま湯に入ることがすすめられますし、果物も東洋では冷えて風邪が抜けにくいので食べてはいけないが、西洋ではビタミン不足を補うことで風邪を治そうと、むしろ積極的に食べさせるようです。 ところで、白湯(さゆ)の効用についてはあまり知られていないようです。病気のときの白湯(このときは“はくとう”と読みます)は薬の役割をします。胃にやさしく気分を和らげ、体調を整えるのに役立ちます。作り方は沸騰させるのではなく、空気の泡がふつふつと浮いてくるくらいで火を止め、それを冷ましながら飲みます。ぜひ試してください。病気のときほど美味しいです。 えっ?私はどうしているかですか?もちろん、どうやら医者の不養生です。
今日は午後から終日、来年岡山で開かれる日本母乳の会シンポジウムの3回目の実行委員会が、会場となる岡山国際ホテルで開かれました。中四国各県から数名ずつ、総勢45人ほどになる委員のうち30人あまりの方々が遠方にもかかわらず集まりました。 日本母乳の会は1992年、前国立岡山病院名誉院長、故山内逸郎先生が「母乳をすすめるための産科医と小児科医の集い」を大阪ターミナルホテルで開いたのがはじめです。主に未熟児・新生児を研究された先生はライフワークとして、母乳育児こそ母と子の絆を結び、こどもに免疫と適切な栄養を与え、お母さんのこころにこどもへの愛着を強くする自然の仕組みであるということを早くから全国に広めてこられました。ほとんど孤軍奮闘の状態だったのですが、各地で母乳育児にかかわっている人たちが始めて一堂に集まった会となりました。日本を母乳育児の国にしたいと念願していた先生は、志半ばにして翌年6月他界されました。 そのご遺志をついで運営委員会が組織され、母乳育児に関心のある人なら誰でも参加できる組織として大きく成長してきました。来年はその14回シンポジウムを岡山で開催することに決まり、実行委員会が組織されたわけです。
生理痛がひどいと、中学生が受診しました。婦人科に来るには随分勇気が要ったことでしょう、とてもはにかんだ表情です。どんな症状か少しずつ聞いていくのですが、短い答えだけで今ひとつ要領を得ません。思春期の人たちが生理痛を訴えるのは珍しくありません。多くの場合我慢してしまうのですが、クリニックを訪れる人たちは何か他に理由があることが多いのです。 今回はついてこられたお母さんがヒントをくれました。中学に入り、クラブ活動を中心にした友達関係につまずき、それ以来生理痛がだんだんひどくなってきたというのです。最近では痛みのために学校へも行けないことがあるので、どうしたものか?というのが受診理由でした。 私たちの身体はこころの動きに敏感に反応します。こころがつらいと身体がそれを表現するのです。ですから彼女の場合、いくら痛み止めを使おうと痛みは取れないのです。そればかりか対症療法ばかりですといつのまにか本当に学校へ行けなくなってしまいます。中学になるとそれまでとは違った学校社会になります。優劣、強弱がはっきりし、疑似大人社会といえそうです。ですから個々の正確がはっきり出てこざるを得ないのです。ゆうなれば最も個性がぶつかり合う社会といえそうです。個性がぶつかり合うときに飛び交う共通の想いは“自分をわかってほしい”です。つまり、アイデンティティーを確立していく過程にあるのです。この子も同じです。 そこで学校に行けるヒントをお話ししました。自分をわかってもらうためにはまず相手を認めるところから始めます。私がよく使うのはペルソナという性格を4タイプにわける方法です。受容、安全、賞賛、達成という、人が最も求めたり、満足したりする4つのものをイメージして、それぞれをその人に当てはめていきます。大体の見当がついたらそれに応じてその人が喜ぶ言葉を探します。会うたびに言葉のどこかにそれを入れて話すようにすると、もしあてはまっていれば心価がとても上がり、アイデンティティーを満足させてくれた相手を受け入れるようになります。 受診した子は何かちょっといいものをプレゼントされたような顔で笑顔を見せてくれました。
今日から私が吹きガラスを学んでいる工房「春ガラススタジオ」の生徒展が、岡山市万成東町にある“スペース「ほずみ」”で12日まで開かれます。昨日作品を搬入したのですが、練習日が違うため普段ほとんど顔を合わせることのない、他の生徒さん達のあまりの完成度の高さに驚いてしまいました。 自分の作品に引け目を感じながら並べ終わりましたが、即売なので、こんな作品でも使ってもらった方が嬉しいという私のいい加減さが顔を出し、喫茶店でケーキが食べれる値段にしました。少しは売れると嬉しいなと思いながら会場をあとにしました。 今日はその初日、仕事の都合で行けないのですが、ちょっと気になります。
今日は朝日医療専門学校夜間部の私の担当講義の最終日です。夜間部の皆さんは、さまざまな人生経験の中から柔道整復師になる夢を持って学院に入り、新たに勉強しなおしている方たちです。ですから勉強にも熱が入ります。 私の担当は人文科学です。この学校の特徴のひとつは必須カリキュラムの中に一見無駄なようにも見えるこの科目を入れています。いわば人間学ともいえるこの科目をおくことによって、ハウツーではなく、人間を見る目を持って医療に当たる専門家を養成しようという、理事長先生の熱い想いがあります。私が適当な人材とはとても思えませんが、先生の想いに共感して引き受けてしまってもう4年になります。 最終講義の今日は“いのちということ”を中心に一年を振り返り、少しでも学びがあるようにと祈りながらお話を終わりました。受講生の顔が輝いて見えました。
1ヶ月検診にこられたお母さん、おっぱい十分足りているようではないので、たくさん出る方法が何かないか尋ねられました。 医療的には漢方薬があります。循環をよくするものや、生命エネルギーを増すものなどが使われます。食事では野菜の煮浸しや薄味の具沢山お味噌汁、煮込みうどんなどがおすすめです。おもちもいいのですが、よく出ている方には逆に張りすぎて乳腺がつまる原因になったりするので要注意です。 あまり知られていませんが、テールスープがおっぱいを出すのにとても役に立ちます。簡単で、とても美味しいので、その作り方を書いておきましょう。 テール(牛の背骨)のブロックを5〜6個買ってきます。お肉屋さんが入っているスーパーなどで買えますが、なければとってもらうといいでしょう。もちろんデパートでも購入できます。それをできるだけ大きいおなべに入れてたっぷりの水で煮るだけです。沸騰したら弱火でことこと半日くらいあくを取りながら煮続けます。スープが白濁し、美味しそうなにおいがするのが目安です。少なくなった分だけ水を足しながら煮ます。味はつけません。いわばスープの素と考えたらいいと思います。食べ方は一回分だけテール1個とスープを別のなべにとります。そこに手近にある野菜(くず野菜で十分です。)をいれ、ワカメを十分入れて塩コショウで味をととのえます。火が通ったらテールから肉をスプーンなどでそぎ落としておくと食べやすいでしょう。このテールスープは用途が非常に広いのです。シチュウやカレールー、ラーメンスープなどたまらなく美味しいです。 試してみられてはいかがでしょう。
深夜のNHKテレビ「明日を読む」で世界20数カ国の協力で、世界の子供たちの学力テストが行われ、日本の子供たちの読解力が世界の平均にも満たない結果がでたというニュースへの解説をしていました。教育界や行政にはかなりショックを与える結果でしょうが、パソコンがこれほど発達しますと、考える部分をコンピュータに任せてしまいますので、思考力が落ちていくのは自明の理であろうと思います。 パソコンだけではありません。テレビやゲーム機などに慣れ親しんで、子供のころから受身的情報を与えられ続けると、考えること事態が面倒くさくなってしまうようです。ときどき何を聞いても「わからん!」という子供に出会います。よく話を聞いてみると、質問の内容がよく理解できなかったり、理解しようとしなかったり、どのように答えていいのか言葉を整理できなかったりといろいろですが、共通するのが自分で考えようとしないことです。テレビに子守させていたり、子供が答える前に親が答えを言って、オウム返しに答えさせたりしているとそれに慣れてしまうこともあります。テレビを消して、子供の自主性を育てるのには、待つという親の訓練が必要です。これがなかなか大変ですよね。
懇意にしているお魚屋さんから巨大ハタハタの入荷が知らされ、早速届けていただきました。見てびっくり、大きなものは30cmを超えようというもので、どのハタハタさんもおなかにたくさんの卵を抱えているではありませんか。北の生まれの私にとって、ハタハタは懐かしくもおいしい記憶の深い魚のひとつですが、こんな立派なものは初めてでした。 最もおいしいのは秋田名産ハタハタの「いずし」です。「いずし」は雪に閉ざされた北国ならではの魚の保存法で、米コウジにいろいろな魚の開きをはさむように薬味類と一緒に交互に重ねていきます。この魚のすしは大変おいしいのですが、中でもハタハタは絶品で、なかなか口に入りませんでした。大学時代、秋田出身の友人が、帰省から戻るとき、ハタハタの「いずし」と銘酒「爛漫」を背中にしょってたずねてきてくれました。そのときのほっぺたが落ちそうな美味しさは、私の味の原点のひとつとなったくらいです。 目の前の巨大ハタハタを前にしばしの感慨にふけりながら、早速半分を焼くことにして、残りを明日しょっつる鍋にすることにしました。焼いたハタハタには家族はあまり箸が進まず、結局ほとんど原体験を懐かしむ私の胃袋に落ち着いてしまいました。
昨日外来に来た子のことを思い出しました。妊娠6ヶ月のお母さんの検診に、お父さんと一緒についてきました。家族で超音波を見るのですが、胎児心音が聞こえてきたとき、とってもうれしそうに、にっこり笑いました。2歳くらいまでの子どもは例外なくこの心音に耳を傾け、興味を示しますのでほほえましい気持ちで少し長めに聞いてもらいました。とめて次にいこうとすると、その子が小さい声で「もう1回」と言いました。うれしくなってもう一度聞きました。終わるとまた「もう1回」、またもう1回と繰り返すたびにうれしそうに笑います。お母さんたちはそんな様子を不思議そうに眺めていました。 今日は昼食を近くにできたテント小屋の博多ラーメンでとりました。まだ開店して2週間足らずなのですが、開店に数週間かけて準備をしていましたので、どんな味か気になっていました。午前11時半、開店前にもう10人ほど待っていました。食べている間にもどんどんやってきました。味は博多ラーメン愛好者ではないので評定はできないのですが、出張などで博多で食べる味と比べると、私的にはおいしいほうでした。お近くの方はお試しの価値がありそうです。ちなみにラーメン550円、キムチラーメン700円です。 午後から父親学級でした。今回は変則スケジュールで、本来4回目のメニューが1回目の「おいで!こどもたち!親子の絆」でした。ちょうど雨がぱらついていたにもかかわらず、ホールいっぱいのご夫婦でした。
今日は昨日とうって変わって朝から雲行きが怪しく荒れ模様。昼のうちはそれほどでもなかった雨が夕方、息子と下手な吹きガラスを楽しんでいるうちに嵐の状況となりました。実は夜、先日盛況のうちに終わったフリーマーケットのボランティアの方々との打ち上げ会が予定されていました。帰宅してからタクシー会社に電話したのですがまったくつながりません。1時間ほどかけ続けたのですがまったくだめで、あきらめかけていたのですが意を決して自分の車で出かけました。 無理にでも行ってよかったのです。偶然ですが、同じ会場で知人が食事をご一緒されていたミネハハさんという美しい声の歌手の方と出会うことができました。長い間スタジオ歌手として3000曲以上のテーマソングやコマーシャルソングを歌っていたのですが、ご自分の人生の歌を歌いたいと独立してコンサート活動を展開しておられます。明日の国際ホテルでのディナーショーのために今日岡山入りをされていたとのことでした。以前から胎教コンサートを開きたいと思っていたのですが、なかなか出会いがなく、かないませんでした。“すべては時に適って美しい”と聖書にあるそのとおりだと実感しました。
今日も朝から晴だったが、昼頃退院のお見送りに玄関を出ると、なんと小春日和というよりは日本晴れといっていいくらいのまぶしい太陽が照りつけていました。記念撮影のために抱っこした赤ちゃんもまぶしそうに顔をしかめていました。 遅い昼食をとっていると、刈り入れの終わった田んぼに、学校帰りの小学生たちが三々五々、仲間と一緒に道草を食いながら走り回っているのが食堂の窓から見えました。この付近の子どもたちは、道草を食える自然と季節感が残っていて幸いです。道草こそ多くの感動と出会い、いのちとふれあう絶好のチャンスです。この季節は草木の多くは葉を落とし、落ち葉が厚く積もって土壌を豊かに保護し、虫たちを寒さから守り、次のいのちを生み出す準備をします。 子どもたちはドングリなどの木の実を拾い、ぶつけ合って騒ぎ回って楽しんでします。その近くをお母さん方が幼子を連れて散歩しているのも安心できる光景でした。
「東京おぺぐるーぷ」という組織があります。そこの機関紙にBFH認定の報告原稿を書くように依頼され、書いたものを、興味がある方は少し長いのですが読んでいただきたいと思います。
ユニセフ/WHO“BFH”認定を受けて TOG500 山縣 威日 (医療法人サン・クリニック院長) 本年8月、ユニセフ/WHOの“赤ちゃんにやさしい病院(Baby Friendly Hospital)”認定施設になりました。この認定は、ユニセフ/WHOが世界の国々にすすめる“母乳育児を成功させるための10カ条”を十分に推し進め、母乳育児の支援施設として地域に貢献できることが条件になっています。当院がその認定条件に適った施設として認められたことは、これまで培ってきた育児支援システムが赤ちゃんとお母さんの幸せに貢献できるものという、一つの条件をクリアしたことになります。スタッフ一同、光栄に感じておりますと同時に、今後さらに赤ちゃんを迎えるのにふさわしい施設として成長していく使命感に、身が引き締まる思いです。 当院の設立理念コンセプトに“子どもは未来からの使者である”という、インドの詩聖、タゴールの言葉があります。この世界に毎日たくさんの子どもたちがやってきます。その子どもたちが幸せになってほしいというのは両親や家族はもちろんのこと、人類の願いといえるでしょう。幸せになる条件の一つは人間として生きる力を持つことです。人間は気の遠くなるような長い間、自然の一部として生存を許され、言語を作り出し、想像力という知恵の働きで、道具を使う創造力を駆使して、様々な文化を創ってきました。その言語と想像力は自分を信じる力が原動力になっています。人として生きるうえで最も大切なこれらの特質は母親に抱かれて育つなかで培われる、母親への絶対的信頼感が基礎になって発達するものです。 育児にとって不可欠なのが、この母親の我が子への愛おしさです。母乳育児は気の遠くなる時間をかけて人類が獲得した愛着行動確立の手段です。育児支援の基本はこの部分のサポートにあります。妊娠期間中に、妊婦にいかにこの想いをファシリテートするかはとても重要で、マザークラスや両親学級はこのためにあります。また、出産法もとても重要で、当院ではより日本人に合うようにと願って、「やすらぎ出産法」というCDを制作し、当院出産予定の妊婦全員に配布し、リラックス法、イメージリハーサル、丹田呼吸法がどこででも自然に練習できるようにしております。 母乳育児には母子同室が不可欠です。母子同室では、泣いておっぱいを欲しがれば、いつでも抱き寄せて飲ませることが出来ます。母親の疲労感も我が子が傍にいることで癒されます。当院では開院当初から院内にミルクを置かず、母子同室・母乳育児を基準に赤ちゃんを迎えてきました。これは恩師、国立岡山病院名誉院長・故山内逸郎先生の教えによるものです。ミルクを置けば、ケアにあたるスタッフも、産んで数日間のほとんど母乳分泌が期待できないつらい時期の母親も、泣き続ける赤ちゃんがかわいそうと、ミルクを使いたくなるからです。成熟した赤ちゃんは出生前の数週間をかけて、3〜4日分の皮下脂肪(お弁当)と細胞外液(水筒)を貯め込みます。ですから産まれてきた赤ちゃんは数日間、何も飲まなくても大丈夫なのですが、ミルクを補足しなくてもよい理由を探すより、足したほうがよい理由を探しがちです。当院では実際、年間550例あまりの出産のうち、入院中にミルクを使用しなければならない新生児は数えるほどしかいません。当然ですが、母乳育児が十分出来ない母親へのサポートが最も必要で、つらさに共感し、今母乳が出なくとも大丈夫という安心感と、我が子への愛おしさを増幅させていくことへの心配りがスタッフに要求されます。このためスタッフが個々の母親にあった支援方法を全員で情報交換しながら、寄り添いケアの技術向上に努めています。 “赤ちゃんにやさしい病院”の認定は施設のためにあるのではありません。利用される皆様のため、子どもたちのためにあることを当院の心得として、赤ちゃんを迎えるにふさわしい施設であるようスキルアップしていく所存です。
今日から12月です。今年も走り続けるうちにいつのまにか年末に入っていました。この季節になるといつも思い出す漢詩があります。1500年前、宋の朱憙が吟じたというものです。 「少年老い易く学成り難し 一寸の光陰軽んずべからず 未だ覚めず池塘春草の夢 階前の梧葉己に秋声」 2行目まではかなりよく知られていますね。 15年ほど前になるでしょうか、恩師山内逸郎先生が書にして私にくださいました。早速お軸に表装し、以後折りに触れ家の中にかけております。今年も残すことあと一ヶ月、無駄に過ごせないな〜とまた思っています。
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