子育て情報交換
sunclinicの日記

2004年11月30日(火) おしくらまんじゅう

駐車場公園の築山の一角にある岩の上で、小学校3〜4年の男の子達が6〜7人、群がるように、乗っては落っこちしてお山の大将遊びをしていました。思わず北海道の田舎で育った小学校時代を思い出しました。
私が小さい頃の北海道岩内町は11月にはいるともう根雪(解けない雪)になり、今頃はパウダーのようなサラサラの雪で覆われていました。当時の子どもの楽しみは竹スキーや、凍った川でのスケート、雪合戦等でしたが、学校での昼休みによく遊んだのがおしくらまんじゅうでした。10人ぐらいの仲良しが集まって押し合いするもので、お互いの肌のぬくもりを感じるとても温かな時間でした。
岩の上でお山の大将遊びをしている子どもたちはみんな元気はつらつです。もちろん言い合いしている様子はありません。いい光景です。



2004年11月29日(月) いのちと向き合う

初老の方が受診されました。最近何故かいろんなことが気になって仕方がない。家族病気や不調がなにか自分のこころを不安にすると言われます。
受信理由はおなかの一カ所、左の下腹部が時々引きつるように痛くなるので内科や外科に何度も受診するのですが、どこも異常がないといわれる。痛みの原因がわからないのが心配で夜も眠れなくなり、現在勧められるままに心療内科で安定剤をもらって服用している。内科の先生に一度婦人科を受診してみてはと言われて来院したというのです。
婦人科的にも特に問題がなく細菌感染の兆候もありません。痛みの部位から見ておなかの冷えか、ストレスが原因かと説明しました。しかしなかなか納得されません。いろいろお話を聞いているうちにご自分の命、人生とまっすぐに向き合っておられないことに気づきました。何の意識もなく人生の終盤を迎える方に時々見られる現象です。
しなければいけないことが沢山ある頃は、歯車のように確実に回る日常、そして喜びや達成感を味わわせてくれる目的や希望、趣味を楽しむこころの余裕などがあります。しかし老化を意識し、ふと自分の人生の先が、滝に向かって流されている木の葉のように、ぷつんと切れてしまう不安感にさいなまれてしまいます。生命ある限りし続けたい仕事を持っている人は幸いですが、多くの場合そうではありません。どこかでそんな自分と向き合うことが必要です。その日のために、感動・感謝のセンサーをいつも磨いていたいものです。



2004年11月28日(日) サン・クリニック フリーマーケット

恒例の秋のフリーマーケットが駐車場公園で開かれました。会場はいつものように500人以上の参加者でごった返すほどの盛況でした。出店者は当院で出産している人に限られているうえ、楽しんでおられる買い物客もほとんどが顔見知りの方たちなので、一つの安心できるコミュニティーの祭り、まさに村祭りのような雰囲気でした。
このフリマには当院スタッフのプロジェクトチームが夜を徹した準備をします。自分たちが楽しくなければ出来ないのは当然ですが、それにしても実によくがんばってくれるものです。今年は焼き芋、おにぎり、うどん、豚汁、フランクフルトソーセージなども食券販売したのですが、嬉しいことにほとんど完売状態でした。
また無農薬野菜、本格酵母パン、などの出店者の方々にもこころより感謝します。本当にいい野菜やお米、体にいいおいしいパンを低価格で提供してくれました。
懐かしい子どもたち、お父さん、お母さんに、お祖母ちゃんたちに会えて幸せでした。



2004年11月27日(土) 思春期講座

今日午後2時から「子育て愛講座」が開かれました。今回は私の受け持ちで、「思春期の子と親」がテーマでした。70人あまりの参加者があり、熱心に聞いてくれました。開院11年を過ぎたこのクリニックで生まれた子供がちょうど思春期に入っています。嬉しいことに、開院第一番に産んでくれた方が参加してくれましたし、その年に生まれたお子さんが妹とともに自分の意志で、生まれたときに立ち会った医者に会いたいといって花束を持って参加してくれたことです。そのほかの方たちもそれぞれに特別な思いを持って参加してくれました。私の講演はあまり出来栄えはよくなかったのですが、実にいい雰囲気で終わることが出来ました。参加してくれた方にこころより感謝いたします



2004年11月26日(金) 思春期と思秋期

子育ても一段落し、子宮癌・乳癌検診を受ける年令になると、子どもたちは思春期を迎える頃になります。この頃お母さん方は言うなれば思秋期に入るともいえます。子どもたちは第2反抗期と言われる、アイデンティティー(存在証明)を求めるこころの旅路にはいります。お母さん方もまた、これまでの人生を振り返り、これでよかったのだろうかと次の人生への準備にはいります。親と子、かなりつらい人間関係がやってきます。明日はその思春期を迎えた親と子のお話しを「子育て愛セミナー」でしてみたいと思います。



2004年11月25日(木) 満月の子

夜半まで続いたお産が一段落し午前2時頃帰宅しました。空には高く満月に近い月が輝いていました。フッと眠りに落ちたかと思うとベルが鳴りました。お産の待機はないはずだが?と思って電話に出ると、入院してすぐお産になりそうだといいます。急いで外へ出ると午前4時の月は西の空に低く、不気味なほど大きく、赤い黄金色に輝いて、まさに満月状態ではありませんか。赤ちゃんが連れ立ってどんどん来るのはこのせいかなと思いながら出勤しました。
1時間前陣痛で目が覚めたという妊婦さんが、妊婦さんが私を見るなり、「先生、月、すごかったでしょう!これで陣痛がきたなと思ったくらいです。」と言われました。自然に従うとはさすがでした。安産でした。結局今日は5人の子どもがやってきました。



2004年11月24日(水) 忙中閑あり

さすが休日の翌日で、今日は多くの方が受診されました。午前の外来終了後帝王切開をしたのですが、終わった後麻酔科の先生と食堂でぼんやりパノラマのように広がる龍ノ口山の紅葉に見とれていました。
龍ノ口山はほとんどが自然木でおおわれ、季節の変化がよく現れます。昨年もそうでしたが、今年の紅葉も実に見事です。黄色を主体に赤へのグラデーションが美しいハーモニーを奏でています。
龍ノ口山へいたる道の周りは刈り入れを済ませた田圃が広がり、穏やかな日差しが風景の中に満ち満ちていました。昼食などもあわただしく済ませることの多かったこの頃でしたので、まさに忙中閑ありの一時となりました。



2004年11月23日(火) 勤労感謝

今日は勤労感謝の日。私には働けることを感謝する日のようで、終日クリニックでした。しかし外来は休みなので、日頃たまっている原稿類(例えば日記の遅れを取り戻すのもその一つです。)を少しでもすすめることの出来る貴重な時間をいただきました。
午後おなかがすいたので、近所にある“讃岐うどん紫”(セルフサービスなのですがうどんはコシがあってなかなか美味しいですし、トッピングも豊富でいつも混んでいます。)に出かけました。
入り口で1家族、食べ終わる頃もう1家族の親しいお母さん方にお会いしました。みなさんもお休みの日、楽しみの時間だったようです。お二人のお母さんともお子さんも立派に大きくなっているので、何年もお会いしていなくてとても懐かしい想いをしました。お一人はこの27日の「子育てあいセミナー」“親と子の思春期”に参加してくださると嬉しいメッセージをいただきました。
ゆったり食べ終わるとアンケートが目につきました。一応記入して、最後の行に「入り口のアンケート箱」にお入れ下さいとあるので、探しましたが見あたりません。それらしき箱に入れて出ましたがちょっと残念でした。
いい教訓になりました。



2004年11月22日(月) 棘(とげ)はひげ?

朝から何か左足の裏、親指に近いところが、歩くたびにチクチクして痛いのが気になりました。シャワーのついでに足の裏をのぞき込むと、なにやら5mmほどの黒い棘が刺さっているではありませんか。ささくれ立った木の上を歩いた覚えもなく、なんだろうと思いながら抜きやすいように温めた後、毛抜きで引っ張るとスッと抜けました。よく見るとなんと自分のひげでした。そういえば昨日ひげを手入れした後、周りを裸足で歩いたのです。その時多分散っていたひげが棘のように足の裏に刺さったのでしょうね。ひげって以外に固いものです。驚くやらおかしいやらで変な気分でした。
昨日の日記の事後報告です。幸いなことにお一人はその後スムーズに出産されました。もうお一人は赤ちゃんとお母さんに危険な兆候がでてしまい、朝一番に帝王切開で出産されました。小柄なお母さんにしては大きな赤ちゃんでした。お母さんも赤ちゃんもとても元気です。終わりよければホッとします。



2004年11月21日(日) 待ちぼうけ

昨日からお産がなかなか進まないお二人の出産を待って泊まり込みの中に朝を迎えました。半分以上分娩が進んだあと、それ以上なかなか進まない時のお母さんの心身の疲労感はとてもつらいものがあります。
しばらく時間がかかるようなので、ああ10時からの産婦人科専門医会岡山地方部会に出かけました。周産期のさまざまな問題や、試みに熱心な討論が行われました。
午後はまたクリニックに戻り、お産を待ちましたが、ついに産声は聞かれず、待ちぼうけですが、お母さんのつらさを少しで緩和できるように当直医にタッチして帰宅することになりました。燃焼できない疲れがどっとのしかかりました。こんな日もあります。



2004年11月20日(土) 石集めの妙

朝のNHKテレビで石集めの趣味の人たちを取材していました。一人の方は奥さんと長年集めた石で大きな庭を作っていまいました。普通の庭とは違い、ひとつ一つ思いでの詰まった、様々な形の石が築山から池にいたるまで、びっしりと使われていました。ともに石集めを楽しんだ奥さんを亡くした後、その思い出を胸に、同じ趣味仲間の方々とともに石を探している様子が映し出されていました。
そのうち、中の一人が大声で叫びました。これは一生ものだ!と言うのです。仲間が集まってきて、みんなでその品評会です。口々にその石の感想を話します。インタビューをしていた局の方がたまりかねたような口調で、これが一生ものなのですか?と尋ねると、「この形、雰囲気、鬱蒼とした深山を思わせるどっしり感、見てごらん、どれをとっても申し分がないでしょう!」と答えました。インタビュアーは唖然とした様子で言葉に詰まっていました。まさに石集めの妙ですね。
午後からは孫育てセミナー・パート2がありました。今日も沢山の祖父母になろうとしている方々が集まってくれました。必死に外来をしたのですが、なかなか終わらず、ついに3時がきてしまいました。ご挨拶だけでもと参加したのですが、皆さんの予定も省みず、申し訳ないことに30分も話してしまいました。今年の孫育てセミナーはこれで終了です。



2004年11月19日(金) 6年目の訪問者

今日6年目の可愛い訪問者がやってきました。当院出生のしゅんくんです。心臓に障害があったのですが、なかなか正確な診断がつかないまま、体はなかなか大きくならず、運動もあまり出来ませんでした。ひたむきなご両親の努力が実り、今年になってやっと岡山大学で手術を受けることが出来ました。術後とても元気になり、嬉しくって元気になった姿を見せにきてくれました。
この6年間、ご両親の不安は大変なものだったでしょう。よく耐えられました。お会いしたお父さんもお母さんもとっても嬉しそうでした。来年小学校入学を前にしゅんくんが自分で書いた手紙を渡してくれました。しっかりした筆圧で「せんせい ありがとう」と書いてありました。
思わず目頭が熱くなりました。



2004年11月18日(木) 笑顔愛語

今日は午後3時からスタッフ全員による「共に育つ会」がありました。その少し前、外来が終わるまで待っもらっていた知人と別の要件で打ち合わせをしました。その後電話で待合室風景について、“待っている人たちに向けるスタッフの笑顔や声かけがとても自然で、こころ配りが行き届いていると感じた”という感想をいただきました。多方面で活躍しているサービス業のその方からのこのような感想にとても恐縮しました。笑顔や声かけは医療機関ですので当たり前のことです。
あればホスピタリティの一つとして当たり前のことです。正法眼蔵にある「笑顔愛語」が癒し効果を持つのは「あなたの役に立てて嬉しい」とからだから自然ににじみ出ているときだけです。私たち医療従事者は常に自分と向き合い、意識を高めていく癖をつけておく必要があります。当院の「共に育つ会」はスタッフ自身のエンパワメントも目的の一つです。
今回はWHO/ユニセフによる「赤ちゃんにやさしい病院」認定を受けたことをベースに、それぞれの部署でのエンパワーをクレド(行動の信条)として定め、認識するための発表会をし、新しくなったクレドを小冊子として受け取りました。
どんな組織も人生も一つのところに留まる時間は出来るだけ少ない方が発展します。これでよいと思ったところから流れは停滞し、後退します。お褒めの言葉をいただくととても嬉しいのですが、緊張もします。



2004年11月17日(水) 切磋琢磨

何気なく今にある書棚に目をやると、なにやらおもしろそうな本に目が留まりました。レゲー数学者と自称する秋山仁氏の若者へのメッセージです。その中の一節を紹介しましょう。
「どんな友人とめぐり会えるか、これは人生を左右する大切なことだ。家族から自立して、ひとりで生きていくとき、友情がかけがえのない支えとなることはいうまでもない。自立をした若者にとって真の友人とは、頼りあう間柄ではなく切磋琢磨する関係、相互に刺激しあい、糧を得ていく関係だろう。もし真の友人をつくりたいと思うなら、相手になにかを求めたり期待したりするのではなく、常に相手の気持ちや立場を尊重し、その交流をとおして自分を真剣に磨き上げることだ。その結果、自然と互いのココロに友情が芽生え、いつしか、かけがえのない友へとなっていく。このように誠実さによって築かれた友情は、鉄やダイヤモンドよりかたく、人生にとって、財産や地位よりも大切なものとなる。(秋山仁「努力は報われず 正義は滅びる」より)」
氏はご自分が世界に通用する数学者として歩んできた道を振り返りながら、人生の作り方を若者に語りかけるように書き下ろしています。中でも数学界の天才といわれる人たちとの出会いや異文化の人たちとの出会いの中で、ご自分の人生がどう変わっていくかの実体験を、わくわくするような口調で描いているのがとても興味深く感じられました。
ずいぶん前に妻が買った本だと思うのですが、いまだに書棚に収まっているのはそれだけ存在感があるのでしょう。読みやすい構成になっているので、もし書店などで目に留まることがあれば、ぱらぱらと立ち読みでもしてみてはいかがでしょうか。



2004年11月16日(火) こころの彩

我が家の坪庭のやまぼうし(山法師)やどうだん(灯台)ツツジの葉が随分色づいてきました。坪庭にはこの他に寒椿や天狗の隠れ蓑などの木があります。地面には数種類の山苔を育てていてかなり広がったので、そこにしゃがむとちょっとした山の中にいる気分になれます。寒椿以外落葉樹なので、季節の移ろいを感じさせてくれます。
季節の移ろいはまるでこころの彩のようです。日本人の感性が豊かだといわれるのはこの微妙に変わる季節感によるといわれます。特に秋はこころにしみるような生命の美しさを感じる季節です。悲ではなく哀の「ものがなしい」感覚があたりに満ちているようです。秋の詩を一つ紹介しましょう。

紅葉
                  
一枚一枚のいのちが
輝きながら終わろうとしている
それはやがて
時の流れに落ちて
かたちを失っていくだろう

数ヵ月であろうと
数十年であろうと
たまゆらにすぎぬその時間

それでも
若芽から紅葉まで生きて
次の世代にいのちを渡す
一枚一枚は滅びながら
永遠を信じているから
最後をこんなに輝けるのか
               金光 洋一郎



2004年11月15日(月) メモリアル バース

今日4人子どもたちがやってきました。それぞれが皆印象的な出産でした。
最後の子どもを迎えたご両親はとても楽しい方々でした。初孫、初曾孫を迎えるため祖父母、曽祖母、叔母の方々がLDR(分娩室)の前の長いすで固唾をのんで待たれていました。とても安産で玉のような女の子が生まれました。カンガルーケアでお母さんの胸に安らいでいる赤ちゃんと面会した曾お祖母ちゃんたちは歓声を上げました。かわいい!かわいい!と口々に言いながら皆さん笑顔をいっぱいです。
そんな皆さんの声を聞きながら赤ちゃんがぐい、ぐいと動き始めました。驚きの表情で、元気印曾お祖母ちゃんが「生きようとしてる!いきようとしてる!」とつぶやくように感動の声を上げました。
同伴したお父さん、しっかり産んだお母さん、みんな赤ちゃんを囲んでとても幸せそうでした。いい光景でした。



2004年11月14日(日) 高知へ

急用ができて高知へ回ることになりました。羽田から高知へ飛びました。今日は向かい風ということで少し時間がかかったようですが、いくらかの揺れはありましたがおおむね快適なフライトでした。私が飛行機を好むのは、高度を上げて雲海の上にでた水平飛行があるからです。太陽の光を受けて真っ白に輝いた雲の絨毯は、まるでそこに別な国が存在するかのような幻想を抱かせます。飛行機は全くスピードを感じさせない静けさを保っています。遙か彼方の空の端には幾重もの空気の層が見え、虹色に薄く輝いています。その精妙さはフライトならではのものです。まさに天空のラピュタがそこにあるようです。羽田は晴、高知は薄雲りでした。
所用をすませ、16:01高知発南風21号で岡山に戻りました。



2004年11月13日(土) モノレール

今日午後から東京へ出張でした。羽田に着き、初めてモノレールを利用しました。乗客は半分以上ビジネスマンの皆さんのようで、ビジネススーツの黒い軍団のようでした。
しかし飛行機が随分利用しやすくなりました。特割などを使うと新幹線より割安で、短時間で目的地へ着けるので疲労は少なく、高所恐怖症さえなければなかなか快適です。
最近羽田に第2ターミナルビルが完成したとのことで、ANAとJALがきれいに住み分けし、アクセスもよくなって利用しやすくなっていたのには嬉しかった。これまでは空港について搭乗口までたどり着くのに、重い荷物を引きずりながらあちこちをうろうろしていました。ほんとによく歩かされるという感じで、やっぱり新幹線だねという気分でした。こんどはまた飛行機にしようという気持ちになりました。なんか、飛行機礼賛になってしまいましたね。



2004年11月12日(金) 自然治癒力

やや古いビデオ「自然治癒力」を見ました。
テレビ局のディレクターが自ら癌の手術を受けました。思いもかけない絶望感の中で「癌の自然退縮」という文字に目が留まったところから物語ははじまります。
アンケート調査、聞き取り調査、文献検索、海外取材、専門家による調査委員会結成と討論などで、興味深く構成されています。
専門医によ癌の告知と手術をはじめとする様々な治療を受けながら、「このままでなるものか!なんとか生きるために頑張ろう!生きるために残りの命をかけよう!」と、癌に立ち向かうというよりは、生きるために立ち上がった人たちの証言は説得力がある。これだと思う方法を固く信じて、忍耐強く実行する。歩くこと、食養生、進行、内観、など方法は様々である。こころを信じる方向へ向け続けるうちに、不思議にも生かされていることへの感謝、支えてくれている人たちへの感謝、否定的人生から肯定的人生への転換、等がおこってくる。そして気がついたときには癌が消えている。
現代のCT等の画像を駆使しているので、なるほどとわかりやすい。
自然退縮を経験した人たちの言葉をいくつか紹介します。
・生きることを決心している。生きるともともと信じている。信じているから生きる。
・癌は出来るのではなく作るのだ。
・希望、信念、やすらぎ、家族の愛情などが癒しにつながる。
・自分で作った癌は自分で治せる。
・癌になって幸いがうちに舞いこんだ。

番組最後の言葉
「一人でも前例があれば、あなたが二人目になれる。
 前例がなければ、あなたが一人目になる。」
                ジャン・ロジャー「ポジティブ宣言」
いかがでしょうか。



2004年11月11日(木) 雨遊び

今日は比較的暖かい雨の朝でした。
雨合羽を着て傘をさしながら幼稚園の子が水たまりで遊んでいます。お母さんが楽しそうに傍で見ていいます。懐かしい光景です。思わず昔の童謡が口をついて出てきました。

あめあめふれふれ かあさんが
じゃのめでおむかえ うれしいな
ぴちぴち じゃぶじゃぶ らんらんらん

蛇の目傘はほとんど見ることもなくなり、水たまりも舗装道路で出来なくなったのですが、昔の風景が目に浮かんできます。



2004年11月10日(水) 初一念

深夜、NHKテレビ「プロジェクトX」を途中から見ました。
カンボジアの地雷除去に夢をかけた男達の物語でした。カンボジアではいまだポルポト時代の地雷原が残されており、毎年多くの犠牲者が出ております。そのことを知った機械工場の経営者、富田洋氏はその地雷除去を夢み、地雷探知機の制作を始めました。試作品が完成し、名前をMAINE EYE(マイン アイ=地雷の目)としましたが、カンボジアの地雷原には使い物にならないものでした。
思いあまった富田氏は日本IBM本社を訪ね、熱心に協力を依頼しました。社会貢献部に鈴木氏がその申し出に感動しました。彼には障害を持ったこどもがおり、カンボジアの罪もない子どもたちが、人為的に障害を持たされる理不尽さに憤りを感じていたからです。IBMが協力を約束しました。
富田氏の要請を受けて日本を代表するIT関連の大手企業が次々と協力に参加し、地雷除去日本企業連合(JAHDS)が結成されました。その後このプロ集団の努力が実を結び、改良型MINE EYEが完成し、ついにまずカンボジアの1つの村が1年あまりの時間をかけて、政府の地雷除去チームと村のボランティアの活躍にMINE EYEを導入することで、周囲の畑と寺院の地雷を完全に除去することが出来ました。まさにひとりの町工場社長、富田氏の熱い夢が実ったわけです。
彼は感慨を込めて「本物のプロが力を合わせるとすごいものが出来る」と語りました。
同感です。しかしもっとすごいのは夢を追い続けた富田氏の意志の力です。これこそ「初一念」でしょう。



2004年11月09日(火) 張家界

深夜テレビで「中国の絶景」という番組で“張家界”という山水画の原点ともいう地方の映像を見ました。千メートルを越す山々が、一年の半分以上霧におおわれている風景はまさに山水画そのものの世界です。
霧といえば湯布院のきんりん湖に立ちこめる霧を思い出しました。年末の家族旅行で湯布院を訪れたのはもう7〜8年前になるでしょうか。たくさんの思い出がありますが、その一つに旅館の方に勧められて早朝5時頃タクシーを頼み、他の家族が寝入っているのを尻目に次男と二人、濃い霧の中を山間を縫って霧の上に出ました。雲海が盆地である湯布院をすっぽり覆い、大きな、大きな湖のような風情を醸し出していました。実に雄大で、美しい風景でした。
今頃の季節は早朝、住処である祇園周辺も晴れる日は霧におおわれます。県道も10m先が見えるのがやっとのような結構深い霧です。交通状態は危険なものがありますが、なかなかの風情です。



2004年11月08日(月) 冬の大三角

早朝3時、出産のために玄関を開けると南の空に冬の大三角がピラミッドのように輝いていました。有名なオリオン座のペテルギウスとこいぬ座のプロキオン、おおいぬ座のシリウスを結んだ三角形です。少しなれるとすぐ見つけることができます。ああ、冬が来た、と懐かしい気分がします。
ふっと振り返り北の空を見ると、ちょうど真向かいに北極星が薄い光を放っていました。自然の中にとけ込んでいくような感覚です。
日本列島、今年は複雑な冬です。



2004年11月07日(日) しつけはどうしていますか

午前中アイナリーホールで躾(しつけ)についての座談会が開かれました。次号のファミリー通信の主テーマが「しつけ」についてなので、3才児を中心に子育てしている7人のお母さん方に集まっていただいて、実際にしつけをどうしているか、ご夫婦の考えはどうか、などについて話し合っていただきました。
お母さんの日常はとても忙しいものです。集まってくださった方々はもちろん全く違ったバックグラウンドを持っています。戦前と違って、夫婦と子どもが家族の単位になっていることが大部分ですので、家系の文化としてのしつけはほとんど失われています。しかし皆さんとお話ししていると、新しい個人の文化が少しずつ出来てきているように思われます。
しつけは生命への畏敬と、社会生活をするためのルールを身につけさせることです。両親に培われた人生観を子どもを育てることで再検討し、自分たちなりのしつけ感を作っていっているように思いました。ただ、日常の交友関係の中では本音トークの場がなかなか得られないので、自分たちの考えがどの程度社会一般に妥当性があるのか、判断しにくい部分があるようです。
次号のファミリー通信をお楽しみに!
午後は父親学級第3回目が開かれ、60数組のご夫婦が参加され、熱心に親父学を聴き、呼吸法と腰さすりの練習をしました。



2004年11月06日(土) マグロのほっぺ

妻が珍しく、懇意にしているお魚やさんによりました。目的はサンマを買うことでした。なんという幸運か、本マグロの頭が切り分けられて店頭に並んでいました。新鮮な本マグロの頭に出会うことは滅多にありません。大将の口上と奥さんの料理法を聞いて、妻は意を決して買いました。5ブロック(頭1/6くらいでしょうか)ありました。1ブロックは両手の平にあまるくらいの大きなものです。
家に帰った私の前に、「これがあるんだけど」と袋を開けたのを見て、思わず「どうしたのこれ!」とうわずった声を出してしまいました。ぴかぴかのマグロはいやが上にも食欲をかき立てます。家族で相談し2ブロックをあぶり焼きに、3ブロックをあら炊きにしました。みんなが歓声を上げた美味しさでした。マグロのほっぺを食べて私のほっぺが落ちそうでした。全部で1000円の食材で豪華な夕食になりました。感謝!



2004年11月05日(金) 母を想う

子宮ガン検診にこられた年配の方とお話ししていて、思わず母を思い出していました。いつのまにか私自身、母が亡くなった年齢になっていたことを思うとともに、受信された方の日常のお話を聞いているうちにふっと母の姿が浮かんできたのです。
思い出す風景は40~50年前の時代ですからまさにセピア色をしています。私に対する母の絶対受容・絶対信頼を何故か幼稚園のころから感じていました。その母を喜ばせたくて、あるいは悲しませたくなくて、いろいろ努力をしたように思います。しかし27年前母を亡くして以来折にふれ感じることは、いい人生を送ってもらうためのなんの手助けもしてあげられなかったという思いです。前述の方とお話ししながら、今訪れる皆様にそのお手伝いを少しでもしていくことが、もしかして母への供養になるのかもしれないと自分に語りかけたひとときでした。



2004年11月04日(木) こどものちから

1カ月ぶりの太極拳の練習に参加しようとロビーに降りると、小学5〜6年の男の子がゴミを入れたビニール袋を持ってはいってくると、それをさっと差し出し、「ゴミです、どこへ捨てたらいいですか?」と尋ねました。自分たちのゴミかなと思ってみていると、駐車場公園のゴミだといいます。仲間とみんなで、ゴミを拾ってくれたのです。感動しました。ありがとう、嬉しいよ、と言うと、「砂場の水道の流し場が、砂で詰まって流れなくなっているので今砂を出しているところだよ」と目を輝かせながら教えてくれました。
外に出ると、なるほど何人かのこどもたちが流し場をきれいにしてくれていました。公園にこどもたちがなじんでくるといろいろなことに気づかされます。



2004年11月03日(水) 夫婦の片思い

深夜のNHK番組「今夜は恋人気分」を何気なく見ていました。今夜の出演者は直木賞作家の山本一力・恵利子ご夫妻でした。夫の作家生活を自分の楽しみとして支えてきた恵利子さんへの感謝を一力氏が力を込めて話しました。
番組の最後にインタビュアーの質問、「今、ご主人への気持ちは?」というのに答えて、恵利子氏が「私はいつも片思いという気持ちです。彼の思いはまた別でしょうけど、私が好きだという感情は私のものですから」とさりげなく言いました。一力氏も同じ質問に「もちろん!」と答えました。
さすが自立した愛を育んだお二人と思いました。愛は双方向といいますが、愛には個性があります。愛の感じ方、表現の仕方はみんな違います。その意味では一方向です。私たちは自分の基準で相手の愛を計ってしまいがちです。それでは相手に伝わりません。
自分の仕方で相手を愛し、相手との共感で愛を感じることが日々の幸いにつながるようです。



2004年11月02日(火) 脳の回路

外来に来られた年輩の方が、「この頃イヤになるほど物忘れがひどいのです。言葉は思ったように出てこないし、手紙を書こうにも漢字を忘れたり、誤字脱字が多いのに後で読んで愕然とします。どこへも出たくなくなるし、手紙も書きたくありません」と嘆かれました。
私たちは年令がいくごとに物忘れや記憶力の減退がひどくなると思いこんでいるふしがあります。最近の調査や研究では、肉体の老化=物忘れではなく、脳を使わないことが原因であるといいます。年令が進むにつれて家にいる時間が増え、社会との交流が少なくなります。出会いや刺激が少なくなり、脳の活性が落ちるので、その結果物忘れや記憶力が低下するというのです。
嘆かれた方に脳の活性法をお伝えしました。
1.用事が無くても散歩に出かけること。
2.積極的に人と話をすること。
3.テレビを見る時間を少なくすること。(テレビを見ている間、脳はあまり働いていないそうです)
4.本を朗読すること。(声を出すことで脳の活性化がおこるようです)

お話ししているうちにその方の顔がだんだん明るくなってきました。少し明かりが見えたようです。



2004年11月01日(月) 秋の香り

朝外に出ると、雨上がりの木々に紅葉が広がっていました。私の家は龍ノ口山のすそ野にあるので、いつも自然と親しんでいる環境です。
少し歩くと近くの総社宮に、落ち葉の香りが漂っていました。少し甘くわずかにかびたような懐かしい匂いです。いいな〜と思いました。周りには濡れ落ち葉が積もるように大地をキャンバスにしています。御用繁多な日常を送っていると、この、季節を感じる瞬間が何ともいえず、感動です。いい匂いです。
瞬間的にこれまでの秋の思い出がフッと思い浮かびます。


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