子育て情報交換
sunclinicの日記

2004年05月31日(月) 母乳育児とコレステロール

1カ月間の母乳育児をした子どもは一生涯心疾患のリスクが低下するかもしれない、という少しショッキングなニュースが飛び込んできました。これは“Lancet(ランセット)”という権威ある医学雑誌に発表されたものです。未熟児の栄養法の研究で明らかになったのですが、13〜16年前未熟児で生まれ、母乳で育てられた子どもと人工乳(未熟児用ミルク)で育てられた子ども216例について、その子達が思春期となった今、血液検査をした結果、母乳育児のこどもの方が明らかにコレステロール値が低く、心疾患に関連する炎症マーカーCRP値も低いというものです。
成熟児にあてはまるかどうかは何とも言えないところでしょうが、自然の仕組みは不思議な力を持っていますね。



2004年05月30日(日) 卒乳の1光景

佐賀市ではお母さんの会に出させてもらったのですが、いろいろ楽しいお話を聞いた中で、ユニークな卒乳をしたお子さんを、お母さんの許可を得たので紹介します。保育師をされているお母さんは、子どもを預けて仕事をしているので、一緒にいる時間を大切にする意味も込めて3才6か月までおっぱいを飲ませていたのです。
なんどか卒乳をしてほしいなと思い「まーくん、いつおっぱいを止めるの?」と話しかけると、「もうちょっと」と答える日々が続いていました。それまで母乳に出るからと思い、抗生物質などの薬を一切のまなかったのですが、親知らずを抜かなければならなくなりました。どうしても抗生物質をのむ必要があるというので、子どもさんに頼みました。「強いお薬をのまなくてはいけなくなったの。おっぱいからまーくんにいやなものがはいったら困るから、1週間だけおっぱい飲むのを我慢してくれる?」了解したので歯の治療をしていた1週間はおっぱいを搾って捨てました。
いよいよ飲める日がやってきました。一緒にお風呂に入ったとき、「まーくん、もうおっぱい飲めるよ。さーどうぞ!」とすすめると、喜んで吸い付きました。そのとたん「うーっ」とうなったかと思うと、ぺーっと吐き出して「まずいっ」と叫ぶと、シャワーでガーッと口をゆすぎました。
何が起こったのかわからないまま、「まずいの?こまったね。どうする?」というと、「ま、いいか。ウシのおっぱいのむよ」と、さらりと言ってのけました。以後決しておっぱいに近づこうとしません。卒乳したのですね。まずいと言われて以来ショックが消えないお母さんは真剣に訪ねました。「ところで、私のおっぱいは腐れたんでしょうか?」
もちろんおっぱいの成分がそれほど変わったとは思いません。しかし、まーくんは1週間ウシのおっぱいなどに慣れてしまったので、母乳に違和感を感じたのでしょう。お母さんはちょっと安心顔。
しかし、すごい卒乳風景ですね。



2004年05月29日(土) タゴールとの出会い

今日は早朝お産があり、朝一番に緊急手術がありました。そのため外来診療が遅れてしまい、受診された皆様には大変ご迷惑をかけてしまいました。何とか外来を終え、午後佐賀に出張しました。
初めて佐賀市を訪れたので興味津々です。ホテルについて早速暮れなずむ町の散歩に出かけました。佐賀市は鍋島藩のお城があったところです。広大なお堀がかなり当時のまま残っています。緑うっそうとしたお堀端を歩いてみました。大人4人が抱えるほどの大きな楠木が見事な枝を張っていました。お堀端を中心に緑の街並みが広がっているのです。古本屋があったのでのぞいてみました。豊富な量です。そこでなんとタゴールの詩集に出会いました。懐かしいタゴール様。早速購入しました。かなり嬉しい散歩でした。



2004年05月28日(金) ネットお休み

日記を書こうとすると、アレッ!なんとインターネットがつながらないではありませんか。昼電気関係の工事をしていましたので、そのせいかもしれません。これを書いているのは家の個人用パソコンです。2〜2日メールが届かない状態です。
今日の食卓談義は娘の一言から始まりました。「料理が得意な夫はだめよ。いくら一生懸命食事の支度をしても、食べながらあれこれ文句を言われるなんて最低!」彼女が卒業して家に帰ってからは、料理が好きなこともあって良く作ってくれているのです。私も時々作るので、ドキッとして思わず「すみません!」と口に出すと、横の妻が「エッ!」と言ってこちらを見ました。その表情は“あなた、料理が得意だと思っているの?”と言っていました。すかさず娘は「チチのことじゃないわよ」とまた気になる発言でした。



2004年05月27日(木) お客様は神さまかも

久しぶりに姪と甥が自宅を訪ねてくれました。姪は近くで仕事をしていて時々顔を見せてくれるのですが、甥と会うのは2年ぶりくらいになるでしょうか。前回は就職が決まったばかりで、童顔がぬけなかったのですが、再会して驚きました。顔だけではなく、口調や仕草まですっかり社会人になっていました。“頑張ってるね。”“それほどしていません。偉くなりたくないんです。”と現代の若者らしい言い方でしたが、責任ある仕事に就いている自信がうかがえました。
“お客様は神さまです。”という聞き慣れた言葉がありますが、彼の人間的成長を促したのはまさに現場、お客様との日々のふれあいの中で、彼自身が培ったものでしょう。お客様は経済効果だけではなく、人間力の教師の役割を果たしてくれます。まさにお客様は神さまですね。



2004年05月26日(水) 時間へのとらわれ

今朝のNHKテレビで時間の観念についての特集がありました。年齢が高くなるにつれ、時間が早く過ぎると言われるが本当だろうか?というものです。
身に覚えがあるので、思わず引き込まれてしまったのですが、確かに時間は公平ではないといつも思っていたのです。
動物の身体には体内時計が視床下部の一部に組み込まれ、時間感覚、季節感覚、ホルモンの発動や調節、など、日常生活に欠かせない部分を担っています。しかし専門家によれば、加齢と体内時計の調節機能とは関係ないようです。つまり年をとったからといって客観的時間がゆっくりになるというわけではないというのです。心理的時間というのがあって、時間が無いという感覚が、時間が早くたつ原因だというわけです。
逆説的ですが、客観的に24時間しか無い一日のなかで、時間が延び縮みするわけではなく、自分の中で一時間と感じていることが実際は一時間半すぎているので、「もう時間がない。どうしよう」となるらしいのです。心を亡ぼすと書く“忙しい”日常にいる“とらわれ”でしょうね。
よく覚者といわれる先達が「一日一生」という、日々新たな自分として生きる覚悟の言葉を書かれているが、まさに時間にとらわれない世界のことでしょうか。



2004年05月25日(火) 子どもの世界遺産

昨日の日記を読んだ当院のスタッフが彼女の子どものお話をしてくれました。彼は今、ザリガニとりに夢中になっています。そんなザリガニ名人ぐらいになるとおのおの自分の城を持つものです。
もう20年も前ですが、じつは私の長男がそうでした。家のベランダいっぱいに水槽やプランターを並べ、水草を植え、ザリガニを何代にも繁殖していたくらいです。その息子がある日、近くの田圃の脇の、あまり手入れされていない用水路に連れて行ってくれました。自慢の城を見せてくれるというのです。慣れた手つきでさっと網を入れると、驚くほど沢山のザリガニが入っていました。
スタッフの息子さんもやはり同じような城を持っていたようです。ある日その用水が宅地造成のため、埋められてしまいました。彼はその怒りをお母さんにぶっつけました。「あそこを世界遺産にしておけばよかったのに!」
子どもにとってはその小さな自然がどんなところより貴重なものだったのですね。
ちなみに私の息子が連れていってくれた城は、もうどこであったかさえわからないくらい、道路と家になっています。自然の恩恵は限りないのに、私たちはそれを仇で返しているような気がします。



2004年05月24日(月) 溝掃除

岡山に住んで25年を越えました。市内に住んでいるときはわからなかったのですが、郊外の今の住まいに住み始めた15〜6年前、初めて溝掃除を知りました。それ以来町内会の行事として毎年のように参加していますが、今年は他の行事のため参加できませんでした。(妻が大いにがんばったようです。)
車で郊外へ移動していると、県内あちこちで地域の人たちが集まって溝掃除をしている光景が見られました。
私の住んでいる地名は祇園ですが、底に旭川から水を取り込んで水の流れを調整する大樋があります。市内の田圃に供給される水の源流だそうです。後楽園への水の供給源もここのわずか上流で、伏流水のようにして送っていると言うことです。
ほとんど一斉に行われる溝掃除は一つの源流から順次下流へ流れるため、必然的に行われてきたものなのですね。これを調整している方々が水利人として今も役割を担っています。
しかし市内では田圃がどんどん消えていきます。水の流れが消えるのは、大人にとっては寂しいだけですが、子供にとっては自然(未来)を失うことになりますね。



2004年05月23日(日) ジンギスカンパーティ

岡山道産子会という組織があります。北海道出身者、北海道に住んだことがあり、北海道大好き人間、そしてその家族の方々で構成され、約200人あまりが会員です。
今日はその年に一度のジンギスカンパーティが赤坂ワイナリーで開かれました。54〜5人が集まり、北海道らしい懐かしい味のジンギスカンをおなかいっぱい堪能しました。懐かしいふるさとの話を魚に生ビールとワインも心ゆくまで味わうことができました。ジンギスカンというのは羊の肉(マトン)の薄切り(冷凍したマトンの固まりの薄切りです。)をもやし、キャベツ、タマネギ、ニンジン、ナスなどのたっぷり野菜と一緒に、中央が盛り上がったジンギスカン鍋というプレートで盛大に焼いて、特別なタレをつけて、豪快に食べるのです。ビール良し、酒良し、ワイン良し、ご飯良しで何にでも合います。しかし本州では(北海道に住んでいると、内地とよびます。)なかなか本物が味わえません。岡山では唯一ここしか無いのです。
石狩鍋とともに北海道を共通体験できる一時(ひととき)でした。ちなみに石狩鍋は秋の観風会の楽しみです。



2004年05月22日(土) 縄文のこころ

今日は法則史学の勉強会がありました。開院以来月一度、第3日曜日の前の土曜日に欠かさず行っています。講師は林英臣先生で村山節(みさお)先生(文明法則史学の創設者)の直弟子です。彼はまた松下政経塾の第一期生で、いわば松下幸之助翁の直弟子でもあります。文明法則史学とは有史以来文明は西と東に分かれ、800年周期で二重螺旋のように交代しながら興亡を繰り返している。それをよく知れば、歴史は偶然の積み重ねではなく、必然の流れであることがわかる。さらに歴史は形を変えながら繰り返すので、未来予測ができる。その中で、今に生きる私たちが、何をなすべきかが見えてくるわけです。
今日は現代の本人の中にも生き続ける縄文人のこころについて熱い想いを語られました。神、人、自然に境がない意識はアジア特有のもの、西洋化された東の文明の日本の現代人の中にも十分生き続けている、というわけです。
しかし私たちの周りは、この特有と思われている日本人気質に赤信号が灯っているように見えます。先の世代に単に伝えるというのではなく、私たちの意識を再確認する必要があるでしょう。



2004年05月21日(金) 胎内回帰

今日もこどもたちの同窓会のように、小児科外来は乳児健診で大にぎわいです。そんな中、妊婦健診に1才半くらいの男の子を連れてきました。検診が終わり、お話しの時、2才までのお兄ちゃんは双子の赤ちゃんのように育てるといいとお話しすると、“ええっ!そうですか?それでかな?この頃わたしのおなかによく頭をくっつけてくるんです。夜はおなかに頭をつけて逆になって寝るんです。ですからよく顔を蹴られるんですが、おなかでないからいいか、と思っていました。お話を聞くと、もしかしてこれも赤ちゃん帰りでしょうか。ひょっとしておなかの記憶がよみがえって、おなかに帰りたいのでしょうか。”といわれました。不思議に思えますが、いわれるとおりかもしれませんね。



2004年05月20日(木) 読み聞かせと胎動

妊婦健診に来られたご夫妻のお話。
最近よくおなかが張っているせいか、胎動をあまり感じないと言われる妊婦さんのかたわらで、ご主人が「でも、本を読んでやるときだけはよく動くんですよ」と嬉しそうに話しました。「そうそう、この人もよく読んであげるんです」と奥さん。「先日赤ちゃんが父親の声を記憶しているし、言葉を認知していると聞いて、このままではまずいなと思いました」とご主人。「確かに話しかけると言っても、普通、そんなにはなす事がないですよね」と私。ご主人は「そうなんですよ。それになんか独り言言っているみたいで変な感じがするし、てれくさいんです。それでいっそ本を読んでやろうかと思いました」と笑いながら言いました。
お父さんが、お母さんのおなかの赤ちゃんに本の読み聞かせをする!いいアイディアですね。きっと赤ちゃんも嬉しいでしょう。



2004年05月19日(水) いのちの貴重さ

昨日5人の新しい生命がつれだって当院にやってきました。一人一人の誕生にはそれぞれに、生命を迎える家族の感動的なドラマがあります。そのドラマの端役を努めさせていただくのは本当に幸いなことです。なにしろ形ある人間としてこの世に生を受けるのは貴重なのです。
遠い昔の学生時代、生物学の教師が“君たちがこの世に誕生したのは奇跡だ”と言われたことをよく覚えています。確かに受精卵の多くは着床しないまま消えていきますし、着床した卵の多くが予定月経の頃気づかないまま生理のように流産しています。実際、体外受精では試験管で受精させた胚を2〜3個子宮にもどします。でも大体着床し、成長するのは1子です。もちろん多胎のこともありますがね。
そう考えると確かに、いただいたこのいのち、生まれてきたいのちは貴重なものですね。



2004年05月18日(火) やってみないとわからない

出産を迎えた女性の不安感や、陣痛のつらさはとても個人差が大きいですが、おそらく誰にでもあります。時には恐怖感のあまりパニックになることさえあります。同伴分娩の際しばしば感動を誘うのが夫の変化です。
このたび出産された方々のお一人が初産で、初めての同伴をされました。陣痛がはじまり緊張の面もちで入院された妊婦さんは、早速ご主人を呼ぶことにしました。数時間後ご主人が来院し、いよいよ二人三脚の出産が始まりました。陣痛がくるたびに呼吸法でつらさをしのいでいる妻の背中をさすりながら、「がんばれ、がんばれ」と励ましの声をかけているご主人の顔は、最初あまり緊迫感が無く、和やかなものでした。
時間がたつにつれ、なかなか産まれないことと妻のつらさが増してきたことに、不安感を隠せなくなりました。妊婦さんの顔が険しくなるにつれ、ご主人の顔も心配で泣き出さんばかりです。
出産は安産といえるものでしたが、ご主人の喜び様は大変なものでした。妻の産み終えた安堵感と喜びにあふれた顔に、ご主人は顔をくしゃくしゃにしながら「つらかったろう!」と呼びかけました。母になった妻は、つらさをわかってくれたその言葉にうれしそうに「うん、うん!」と泣き笑いをしました。
夫から父に変身したご主人は「かわいい子だなあ!」こころから声をあげました。
まさに父親になるイニシエーションのような光景でした。



2004年05月17日(月) 若年妊娠

妊娠年令が両極端に分かれる昨今ですが、時代が危機的状況になっている表れでしょうか、10代の妊娠が徐々に増えています。しかしそこには両方の家族を巻き込んだ、様々なドラマが展開されます。
不思議なことに、妊娠した当人がこころから産みたいと思うのは、16才からです。15才までの妊娠例では、産んだ例を含めて、赤ちゃんがかわいそうとか、産んだ子どもがかわいいとかの表現に出会ったことがありません。それに対して16才以上の妊娠例ではほとんど人たちが、妊娠をこころで深く受け止めて、純粋にというか、真面目に生命と関わろうとします。
大人の身勝手さを考えると、貴重なものを見る想いさえします。しかし、いかんせん子どもが子どもを産む状況は変えられません。おなかの子どもを産み育てるには、いくつものハードルを越えなければなりません。学校の問題、養育に必要な収入の確保、男女ともに子どもの意識から大人の意識へのステップアップ、子育て環境、周囲のバックアップ体制、など、自立した社会生活を営んでからの子育ての何倍もの問題があります。
そのような人たちと話し合うとき、大人としての自分の論理を押しつけてしまいがちですが、それでは今事実としておなかで育っているいのち、育てているいのち、それを守ろうとしているいのちを大切することにはなりません。まずそのひとたちの身になって、どんな解決法があるかを、共に考えていくという姿勢が大事だろうと思います。



2004年05月16日(日) グッドタイムスケジュール

1日中雨。今日はなかなか予定の多い日になりました。午前中は灘崎町の両親学級でお話しし、午後は岡山県産婦人科専門医会、続いて乳ガン検診講習会と午後5時までびっしりでした。午後にはお産もひとつありました。
灘崎町の両親学級は、10年以上前からの長いおつきあいです。子どもの育つ環境が加速度的に劣化している現状で、子育ての原点とも言える、妊娠中に親子の絆を動機づけることは、未来からの使者である、こどもを迎える両親にとって非常に大切になります。それを行政として取り組んでくれることは、地域の未来を見据えた大きな仕事といえるでしょう。



2004年05月15日(土) 笑いの健康法師講演会

以前お知らせしていた笑いの健康法師、昇 幹夫 先生の講演がありました。「元気で長生き研究所」を主宰し、「日本笑い学会」副会長という役目に就かれています。現役の産婦人科・麻酔科医でもあります。
とにかく理屈抜きでおもしろく、講演の最初から最後まで笑いっぱなしでした。お話しの内容は、健康とは何か、病気はなぜ作られるか、癌は自然治癒が一番、健康であるための食を含む日常生活の有り様、笑いの医学的効用、
PKK(ピンピンコロリ)で旅立ち、こどもたちの危機と未来社会の危機など、盛り沢山でした。聴衆は笑いの渦に包まれ、時間を1時間延長して大盛会でした。
昇先生のホームページです。
http://homepage2.nifty.com/smilenobori
楽しい話題満載です。



2004年05月14日(金) 家族になる

以前日記に胎内記憶を話してくれた子供のことを書きました。そのK君に妹ができました。日中生まれましたので、彼は保育所へ行っていて、すぐには会うことができませんでした。
彼のお兄ちゃんになった反応に興味があったので、翌日の回診の時お母さんに尋ねてみました。“私もどうかな?と思ったのですが、会うとすぐ赤ちゃんのベッドを抱くようにして顔を近づけ、「4人家族になったね」といとおしそうに言ったんです。ちょっとびっくりしました。”と教えてくれました。
すごいですね!家族という認識を持っていたことに驚いてしまいました。私たちは子供をかなり過小評価しているようです。大人の都合を子供に押しつけていることを時々意識してみる必要がありますね。



2004年05月13日(木) 母を想う

先日、両親のお墓参りをしながら、母との時間を久しぶりに振り返っていました。懐かしい光景もありますが、想いのほとんどは、何もしてあげられなかったむなしさです。そんな私の気持ちにピッタリの詩がありました。

おかあさんはわたしを生んだの

おかあさんはわたしを生んだの
それから
わたしをそだてたの
それから
わたしをたのしみにしてたの
それから
わたしのために泣いたの
それから
それからあとはいえないの
            サトウハチロウ

年令が進み、母の亡くなった年令をいつのまにか超えてしまいました。



2004年05月12日(水) おばあちゃんと一緒

朝出勤途中、おばあちゃんと手をつないだ女の子が、つないだ手を嬉しそうに振りながら、幼稚園に通っていました。おばあちゃんもお孫さんも嬉しそうに、つないだ手を大きく振っています。周りはお母さんが送っている子がほとんどです。
おばあちゃんの背中は、他のお母さんの背中と少し違います。なぜかちょっと温かいようです。子どももちょっと違います。なぜか少し嬉しそう。
幼稚園のころ、お母さんと子どもの時間はお母さんの方が早く過ぎるのですが、おばあちゃんと子どもの時間はゆったりと過ぎていき、共有できます。幼稚園から帰って、“ねえ、ねえ、きいて!”と感動体験を話そうとしても、たいていのお母さんは忙しい。おばあちゃんは“ふん、ふん、それはすごいね!”とちゃんとあいずちをうってくれる。
仲良しおばあちゃんがいる子は仕合わせですね。



2004年05月11日(火) 3つの貯金箱

敬愛する中野裕弓さんから会員用のビデオレターが送られてきました。その中に、今日から誰にでもできる自己実現法がありましたので、裕弓さんの広い心に甘えて皆様にもお届けします。
まず3つの貯金箱を用意します。1つ目は“自分のため用”、2つ目は“チャリティ用”、3つ目は“投資用”です。いうなれば、自分のため、誰かのため、未来のためという3つの貯金箱というのです。毎日それぞれに同じ額だけお金を入れます。百円の時もあれば、千円の時もあります、場合によっては10円の時もあるでしょう。それを90日間続けます。満期が来たらそれぞれの用途に合わせて使います。それを続けることによって、“いつかできるようになったら〜する”という失敗することの多い計画や想いをなくし、実現に向けた確かな歩みをすることができるというわけです。
なかなかおもしろいでしょう。私も早速今日から始めました。



2004年05月10日(月) 出産年令

37才の初産婦さんが健診に来られました。
「私、まる高なんですが、いろいろ心配です。うまく産めるでしょうか?」と尋ねました。
確かに医学的には35才以上の初産婦さんをハイリスク妊娠として管理するように注意しています。様々なトラブルが発生しやすいというのです。私の出会った初産婦さんは13才から47才までかなり広い範囲ですが、年令そのものがハイリスクになったことはありませんでした。それ以外の社会的、心理的、経済的因子の方がはるかに大きなリスク因子になります。
「大丈夫です。今までの経験では年令そのものは出産にあまり関係がありませんよ。高年令になるほど出産人口が少なくなるので、統計のマジックが起こるだけです」と答え、安心材料の一つにしていただきました。
ただしいくつかの特徴があります。
前記の47才の方に出会ったのは10年あまり前です。結婚が遅く、しかも10年以上不妊状態が続いていました。先進医療を希望されず、漢方を続けていましたが、幸い妊娠されました。ただ嬉しくって赤ちゃんが産まれるのをひたすら楽しみに待たれていました。出産が始まっても笑顔が消えず、ただ会えることが嬉しいと話されていました。出産もとてもスムーズでした。赤ちゃんも正常で、お母さんの胸にしっかり抱かれました。
この方のように、産むことへの喜びが不安を乗り越えるほどのものであれば、出産は安産になることが多いようです。つまり、年令が上になるほど、情報量が多いため、不安材料を沢山持ってしまいます。その情報を自分なりにコントロールできるかどうかが大切です。
また、血管の硬化が進むことがあります。妊娠中毒症を防ぐためにも、和食、菜食、薄味を中心にした血の流れをよくする食事を心がける必要もあります。
言うなれば、それまで培ってきた情報を智慧として使っていくようにすれば妊娠・出産はほとんど問題なくできますし、新しい生命を迎える楽しみに浸るようにすれば、子どもとの絆はかえって強いものになるでしょう。



2004年05月09日(日) 少子化対策?

最近産む人へのアメニティ(快適性)を向上させようという国の方針が議論されています。少子化が進む中での苦肉の策です。
国の即物的な政策はいつものことですが、いつも“何とか委員会”を作ってあたかも真剣に民意や未来の指針を考えているようなパフォーマンスを示すのですが、その中の論議はあまり生かされているようには思えません。
お母さんにやさしくしようとする姿勢、育児休業制度、扶養手当の増額、その他制度の充実を計ろうとする努力もむなしく、出生率は下がる一方です。諸外国の成功例を導入するのはいいのですが、日本の国民性を無視して形だけを整えても本物にならないのです。
過去の慣習に戻すのではなく、私たちの生きている日本がどこに向かっていくのかを、じっくりと考えていく政治家が今求められていると思います。そんな政治家が育つ土壌という意味でも、私たち庶民が、普段の食卓に上る話題とするような日常の思索として、‘今’と‘未来’を考えていくことが必要かなと思います。



2004年05月08日(土) 象の涙

早朝出産されたお母さんの出産間際、陣痛に耐えている目から、ひとすじの涙がほほをつたわり落ちました。瞬間、以前観た象の出産が脳のスクリーンに浮かび上がりました。象の妊娠期間は約2年です。おなかで十分に育ってから生まれます。それはおそらく大量の食料が必要なため、いつも移動を余儀なくされている象の生活に必要な発達なのでしょう。
しかしそれだけに出産は大変な作業になります。数匹の仲間のメス象が周りに付き添います。長い時間の末、ついに出産を迎えます。足からゆっくり産まれてくる子象、ルルルルと小さな声を上げながら、母象の目からスーッとひとすじの涙が流れ落ちました。感動しました。
つらさの中に深い満足感を感じているかのような目の前のお母さんの涙と、感動像がダブりました。



2004年05月07日(金) 安らぎ出産法CD

朝宅急便でうれしい配達がありました。スタジオ琵琶から、当院オリジナル“安らぎ出産法”CDの試作品が届きました。3月末アイナリーホール収録したものです。
早速試聴しました。まずますの出来上がりです。森千鶴さんの柔らかな声が心地よく響きます。このCDが妊婦の皆様に届くのもあと一月くらいでしょうか。イメージ力を使ったおなかの赤ちゃんとの出会い、ヒーリングスペース、効果的に分娩を進め、陣痛のつらさを自分の力で乗り越える丹田呼吸法の練習などを、ヒーリングミュージックの第一人者、宮下富美夫さんのBGMの誘導で自分で簡単に行えます。これでまたお産の仕方がスキルアップすることが期待できます。
今日から主任を始めスタッフの皆様に試聴してもらいます。



2004年05月06日(木) 外来業務再開

さすが連休明けです。たくさんの方が受診されました。
今日は午前中だけの診療になるので、そのぶん混み合ったようです。100人前後の受診で、外来終了が午後3時半になりました。待ってくださった方には大変な忍耐でしたでしょうが、皆さん逆に笑顔で慰めてくれたり、覚悟してきたので大丈夫、と私たちの気持ちを和らげてくれました。
混み合ったときに嬉しいことがあります。子どもたちがたくさん来てくれることです。じっと私を見つめて、ほっとしたように笑顔が浮かびます。心が通じ合う瞬間です。
今日は午後5時半頃、高知に住んでいる方が実家に帰ったからといって、6ヶ月になった子どもを連れて会いに来てくれました。少し人見知りをし出して元気に育っている様子はとても嬉しいものです。



2004年05月05日(水) 北海道大学は文化遺産

札幌の朝は快晴。午後のフライトなので、午前中北海道大学構内を散策しました。大学時代何度も構内を行き来したにもかかわらず、その歴史や文化に触れることなく過ぎていたようです。北海道の春は30年ほど訪れることがなかったので、構内に咲いている‘きたこぶしや’桜、そしてタンポポの群生に息をのみました。ライラックやニセアカシヤはまだで少し残念だったのですが、久しぶりに北国の春を味わいました。理学部の博物館は建物の文化遺産的美しさや歴史を物語る確かさに満ちていました。有名なポプラ並木は老木化していて危険なため通行禁止でしたが、ポプラがこんなにも天に向かって、ろうそくが燃え上がるように佇立しているとは思ってもいませんでした。
道庁、大通公園など歩き回り、「龍鳳」という店で美味しい醤油ラーメンを食べた後札幌をあとにしました。
快適なフライトで夕方無事岡山空港に着きました。



2004年05月04日(火) 札幌へ

北海道岩内町野束で迎えた朝は冷たい雨。昨日来、日本全国雨模様の様であったが、故郷は嵐に近い状態でした。近くの山は雪景色です。法事を済ませ、小樽へ移動したのですが、あっという間に晴れ間が拡がり、雨上がりの少し冷たい風が、運河を渡っていくのを眺めることができました。
わずかの時間でしたが散策を楽しみ、客のほとんどいないアンティークカフェで一休みした後、札幌へ移動し、明日の着岡に備えます。



2004年05月03日(月) 救急車

今日未明、飼っている犬さん達が(ちなみに4頭住んでます)いっせいに悲鳴のような泣き声をあげました。また救急車が走っているかな?とベランダに出てみると、サイレンを消し、救急燈だけを回して、しずしずと救急車が家の前を通り過ぎていきました。
「救急隊員の方、本当にご苦労様です。おかげで市民は助かっています」とこころの中で感謝しながら、また布団の中に戻りました。早朝のお産に出かけるまで、一眠りできました。
私のように小さなクリニックで医療をしている者にとって、救急車の活動は無くてはならないものです。一刻を争う救急治療が要る方をかかえているときの救急車の到着は希望の光がともる瞬間です。これでこの人(この子)が助かると、ホッと胸をなで下ろします。
救急車に同乗すると、隊員の方のご苦労がよくわかります。司令室と連絡をとる方、運転する方、患者さんに付き添う方、皆さん危険と隣り合わせで、ぎりぎりの生命と向き合っておられます。感謝です。
今日から所用のため、2日間故郷北海道岩内町へ帰ってきます。



2004年05月02日(日) 同伴分娩

きょう、4回シリーズの父親学級の第一回「親子の絆」がありました。67カップルが出席してくれました。父親学級受講が同伴分娩するための条件ですが、とくにこのクラスを受講することが必須条件になります。
同伴分娩は夫から父へ変身する上でとても助けになります。妻から母に変身する過程は、妊娠・出産・育児(とくに母乳育児)を経験する中で、生理的にステップアップするように用意されたプログラムが組まれていますが、父へ変身する自然のプログラムは生理的には用意されていません。意志の力が要求されますが、それを支えるのが子どもから発信される生命の感動です。それも感動のセンサーが開いていなければ受けることが難しいので、どこかでそれを開くチャンスが必要です。
次第に大きくなっていく胎児に話しかけたり、手で胎動を感じたり、9カ月過ぎには可能な胎児心音をお母さんのお腹に密着させた耳で聴いたりして、子どもへの想いや期待を膨らませていくことが日常的な父親らしい行動になります。
同伴分娩はそのいのちが産まれる不思議と、母の強さと豊かさを垣間見る絶好のチャンスです。生まれる子どもは一瞬、一瞬が命をかけた危険と隣り合わせです。へその緒を通してのみ供給される酸素が、ちょっとしたことで途絶えることもあります。水の世界から空気の世界へいきなり環境が変わり、一瞬にして肺をいっぱいにふくらませなければ酸素を身体に取り入れることができないドキドキする瞬間があります。
阿修羅のようにあらん限りのエネルギーを使って産み終わった母親としての気高さは、同伴している者達が手を合わせたくなるほど美しいものです。カンガルーケアで溶け合っている母と子は必見です。もちろんカンガルーケアは同伴していなくても一緒に感動できます。
同伴分娩は非日常の世界です。ともにつらさを乗り越え、我が子の誕生を感動の中で迎えるには準備が必要です。それが父親学級の役目のひとつです。苦楽を共に味わう準備ができて初めて、同伴分娩は父親への変身ドラマになります。



2004年05月01日(土) バースデープレゼント

早朝、出産の連絡があり家を出ますと、何かいい感じが私を包みました。柔らかい空気、やまぼうしやハーブの明るい緑、いろいろな小鳥のさえずり、一瞬の静寂。全てに調和のとれた、今ここに自分が居るという深い満足感がわき上がってきました。
クリニックに着き、時間があったので、駐車場公園のロッジに座りました。事務長手作りのロッジを覆うように、大きく育った楠(くすのき)が、枝えだに密集した小さな花を咲かせようとしています。ケヤキの枝葉が空に緑のグラディエーションをつけています。ハーブが薫り、サツキや他の花々が彩りを添え、小鳥たちの鳴き声が耳に心地よく入ってきます。
しばしその調和の中に酔い、思わず瞑想状態に入っていました。
ピクシーダスト(PD)という言葉を中野裕弓さんから仕入れました。気まぐれ妖精(ピクシー)が魔法の粉(ダスト)をふりかけると、一瞬のうちにミラクルがおこるというものですが、今日誕生日の私に、妖精からのバースデープレゼントだったのかもしれません。


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