| 2004年04月30日(金) |
お母さんとの見えない糸 |
今日も何人かの子どもがお母さんについてやってきました。ひっつき虫よろしくお母さんから離れられない子、お母さんがとめるのも聞かず、平気でいなくなってしまう子、ずっと泣いている子と様々です。 ひっつき虫さんは場の雰囲気に慣れず様子を見ているか、お母さんの関心が自分ではなく他に行っているのが感じられるのでしょう。 お母さんの心配をよそに、すぐ見えなくなる子は、場の雰囲気になじんでいること、お母さんが自分をおいて何処へも行かないことを信じていることが冒険心をかき立てているのでしょう。 ずっと泣いている子は、お母さんの関心をつなぎ止めずには、安心できないことがあるのでしょう。診察室、そして白衣は、注射などの恐怖の記憶を呼び覚ます、いわゆるトラウマになっているのかもしれませんね。 どの子もみんなお母さんへの信頼感が元にありますから、よく育っているいい光景でした。 興味深いことに、子どもとお母さんの間には、子どもが端を握っている見えない糸があるようです。お出かけのたびに、子どもはお母さんとの糸の長さを調節しながら遊びます。
今まで妊娠・出産・育児を中心にお話ししてきた、山陽放送ラジオ「生命育む人たちへ」(毎週木曜日 午後0時50分ころ)の私の分を、視点を少し変えて「女性の健康」という方向からしばらくお話ししていこうと思い、今日から出発しました。 まずは更年期からで、最近幅広く使われている言葉が、本来の意味からずれている事があり、誤解を招きやすいので、まずはその持っている定義から入りました。 更年期イコールおばさんではありません。青年のように心理的側面が広いものでもありません。文字のごとく丁度人生の折り返し点(転換点)になります。肉体的には衰えを自覚し出すこと、ホルモン的には卵巣の働きが急激に落ちていき、女性ホルモンが減少します。社会的にはこどもたちの旅立ちや、近親者との離別など、こころにむなしさが広がる時期です。そして目の前にあと50年の人生が見えています。様々なことが一気におこってくる嵐のような日々が来ることも稀ではありません。人生を四季に例えると秋のはじまり“思秋期”と言うこともあります。 大事なことはこの時期をどのように乗り越えていくかで、後半の人生の豊かさが変わってきます。そのためには、それまでの人生をしっかり受け止め、受け入れる(自己受容)ところからはじめ、いろいろな方法で自分を楽しませていくことが基本です。
2才の子を連れたお母さんが妊婦健診に来られました。お父さんも一緒で、みんなで超音波を見ながら、おなかの赤ちゃん様子を楽しみました。お父さんに抱っこされたお兄ちゃんは、指を2本しっかりくわえながら少し複雑な表情です。 “なかなか指しゃぶりが止められないんですよ。困っています。”とお母さん。早速お父さんは子どもの指を口から離そうとしています。 “離さなくても大丈夫ですよ。子どもの指しゃぶりの指は「こころの杖」というんです。杖が必要な人から杖をはずしたらこけてしまいますよね。”と私。 平井信義先生(我妻大学名誉教授)という育児の専門家がおられます。この方が言われたのが上記の「こころの杖」です。子どもがたどる成長過程は自立への道です。おっぱいを飲んでいる間はお母さんの胸に帰ってこころの安定を維持するのですが、それを卒業するとしばらくの間代替えの何かが要ります。指しゃぶりはその一つです。ですからいつか卒業していきます。おおらかな目で見てあげることが必要です。 もっともいくつになっても、人間は形を変えてこころの杖を必要としますがね。
| 2004年04月27日(火) |
くれない族とおせっかい族 |
2才の子をつれたお母さんが、疲れた表情で前に座りました。どうされたのか訪ねると、気分がすぐれず、頭痛や吐き気がするし、しょっちゅうおなかが痛くなるという。診察のあと、婦人科的には以上がないことをお話しすると、では何でこんなにしんどいのか、内科に行っても異常がないし、どこが悪いのか、とつらそうです。 “夫は自分のことを大事にしないといって怒るし、育児や家事も手伝ってくれません。こどもは反抗的で私の言うことをちっとも聞いてくれません。とりあえず今実家に帰っているのですが、これからどうしていいのか迷っています。自宅に帰っても、こんなに身体がしんどいので家事や子育てはできないと思うんです。” 結婚するまで、家庭でも、学校でも、会社でも、“〜してもらう”事に慣れきっているので、家事や子育てという誰もしてくれないことに、なかなかなじまないのでしょうね。 つい真剣に、“くれない族”についていろいろお話ししながら、もしかして私は“おせっかい族”かも、と思ってしまいました。
| 2004年04月26日(月) |
夫にしてほしいこと、第1位 |
先日サン・クリニックファミリー通信の特集として、“夫にしてほしいことはなんですか?”というアンケートを、出産後のお母さん方を対象に行いました。今日その基礎資料が手元に届いたのですが、その第1位は「子どもとしっかり遊んでほしい」でした。 これは妻の希望なのですが、実は子どもの強い欲求です。そういえば我が家でも子どもが小さかった頃、普段あまり家にいなかったこともあり、いつもまぶれるようにこどもたちがひっついていました。 こどもはお父さんと遊ぶのが大好きです。子どもが大きくなるに連れて、お母さんとはちがい、お父さんとの遊びが次第にダイナミックになっていきます。その遊びを通して反射神経や運動神経が養われます。ですから子どもの発育・発達にとってもとても大切です。もちろん絆を強めるのにも最もいい方法です。
朝6時、ホテルの眼下に広がる世界にびっくり。なんと一面雪景色ではありませんか。これに驚いてはいけません。タクシーで目的地へ向かうのですが、ずっと大吹雪です。さすが北国と思いきや、運転手さんも““こんなことはほとんど無いですよ”と驚いていました。聞けば同僚の方は宮城県との県境に住んでいるのですが、出勤の際10cm以上の積雪だったと言うことです。 仕事を終え、道中かなり揺れましたが、宝石箱をひっくり返したような大阪の上空を、何回旋かした後着陸した気温が15度でした。着こんだ身体が暑くなりました。 今回のお仕事はすばらしい方々との出会いもさることながら、自然の圧倒的なパワーを見せつけられた時間でした。
昨日一日中強風が木々を揺らし、朝晩けっこう冷えを感じていましたら、冬型の気圧配置になっているというニュースが流れていました。 岡山は朝快晴でした。今日は山形市へ出張ですので、フライトができるかどうか心配だったのですが、大丈夫そうです。 大阪国際空港から小回りの利く専用ジェット機くらいの可愛い飛行機で山形に向かいました。快適なフライトだったのですが、着陸して外にですとみぞれでした。日本は長い国なんですね。 嬉しいことに、満開のサクランボの花が出迎えてくれました。
アメリカのクイズに“あなたの家が火事になったら、一番に何を持ち出しますか?”というのがあります。最も多いのが「アルバム」という答えのようです。数年前、日本でそれを題材にしたテレビ映画が放映されました。 理由は家族の歴史はお金では買えないし、取り戻すことができないからだといいます。 私の妻(サン・クリニックではリーダーといわれています)は、家族写真が大好きでです。子供達一人一人のアルバムをすごいエネルギーで管理しています。家中に家族のスナップがあちこちに置かれています。私たちの若き思い出の頃から、子供達の成長の軌跡がいつも目の前にあります。これは過去と現実を生きる上でとても役に立ちます。メモリアルな出来事に、いつもリアルタイムに記憶が呼び戻され、家族が歴史の共通次元に立てるのです。家族の中でよくある、“お父さんは置いてけぼり”がかなり無くなります。 明日、山形市へ出張なのですが、15年前に家族で小国にある独立学園に行ったときのことを楽しく思い出して話題になり、アルバムの効用を感じたというわけです。
昨日こどもの寝不足特集をNHKで観ました。最近保育園などで居眠りをする子どもが増えているそうです。理由は、親の生活に合わせて子どもも夜更かしするからだといいます。映像ではお絵かきしながらこっくりこっくりしている子、昼食の最中に眠り込んでしまう子などが映し出されていました。 子どもの成長期に夜型の生活そのものでした私は、我が子の成長過程を振り返らざるを得ませんでした。救いは月の半分は当直で家にいなかったことでしょうか。寝る子は育つ”ということわざ通りで、成長ホルモンは夜、睡眠中に盛んに出ます。また、脳内ホルモンや、癒しホルモンも夜の方が分泌が盛んです。ですから睡眠不足は当然発育・発達に影響しますし、日常生活に集中力を欠きます。 最近はテレビやゲームの害も指摘されています。心身の成長を考えると、成長期の子どもはできるだけ9時頃までには寝かせたいですね
1か月検診にやってきたお母さん、“わたし、すっかりおっぱい族になっちゃいました。”と楽しそうに言われました。“なにしろしょっちゅうおっぱいを欲しがって、胸を閉じる暇がないくらいです。出しっぱなしでいつでもどうぞ、という感じの方が気が楽でいいようです。”と授乳に没頭しているようです。 自然と共生している地方の人々の生活風景を見ると、上半身裸のお母さんに、幼子が普通にいつもひっついています。今日来られたお母さんはまさにそんな心境になっているのでしょう。 悲壮感のないお母さんの顔を見ながら、こういう子育てもありだなと嬉しくなりました。
| 2004年04月20日(火) |
抱いて!離して!ほっといて! |
行動観察を得意とする人類学者デズモンド・モリスは、生まれてから3才までの子育てのコツを、成長過程からこどもの欲求を観察し、“抱いて!、離して!、ほっといて!”と表現しました。 お母さんに抱かれて育つ1才までは“抱いて!”の時期、歩行と「指さし」で代表される1才から2才までの冒険の時期は“離して!”の時期、「イヤ!、ダメ!、する!」という自己主張の叫びが親たちをとまどわせる2才から3才までを“ほっといて!”の時期だというわけです。確かにそういう目で見るとわかりやすいですね。 今日もひっつき虫君がやってきました。2才半になるのですが、病院に来るとお母さんから離れられません。診察室にお母さんが呼ばれた途端、イヤ!と叫ぶように泣いてお母さんにしがみついて、抱かれていても泣きやみません。お母さんが苦笑いをしながら「こんなんで大丈夫でしょうか?」と心配顔でした。注射などいやなことをされた記憶から病院嫌いになっていることもありますし、他の所ではモリスの表現にそった行動をしていれば問題はありません。それにしても、この子はずっと病院嫌いかな?
今日退院された方が、帰る前「先生の声を聞く間もなく産まれてしまって残念だったわ〜」と、ちょっと嬉しそうに話してくれました。それもそのはず、入院して10分で出産してしまったのです。陣痛が始まってから、痛みを我慢するため、ずっとお風呂に浸かっていたというのです。「もう少しで水中出産するところだった」と少し残念そうでした。 あまり我慢して間に合わないと、私たちとしてはちょっと困ります。自宅出産もいいとは思うのですが、安全対策を十分にしてからでないとおすすめできません。 でも不思議なことに、お産を楽しみにしている方はほとんどスムーズなお産になります。つらさは無論あるのですが、こどもに会える楽しみが大きいといいようです。
ホリスティックヘルス&ヨガの講演会が午前10時からありました。龍村修先生により、呼吸について学びました。さまざまなストレスから、私たち現代人の呼吸に関する筋肉がこった状態で、胸郭を縛り付けている様な状態のため、呼吸が浅いということです。呼吸は単に空気の出し入れをするということではなく、生命エネルギー(気)を身体にとりいれる仕組みと考えることで、呼吸本来の役割を意識できるといわれます。その後、気を下がる方法や、呼吸を深くする体操を実際に参加者全員が実習しました。とても楽しく、ダイナミックな講演だったので、みんな大喜びでした。
午後、岡山県加茂川町の山間(やまあい)に「焼き屋」という全粒粉を使った本物のパンづくりに励んでいる三木啓靖ご夫妻を訪ねました。お二人とは以前からの知り合いなのですが、最近手作りでパン工房を完成させたニュースを雑誌で見て、なんとか訪問したいと思っていました。やっと時間がとれ、少し迷いながら1時間あまりかかって自然に包まれた円城にある工房を訪ねることができました。道中は山々が新緑に包まれ、山吹の黄色や山ツツジの薄紫が道ばたの山裾からこぼれ落ち、藤の花が木々の間にかいま見えます。山深いところでは山桜や八重桜が満開でした。民家の周りは様々な色の花が咲き乱れていて、この季節の恵みを心ゆくまで味わいました。 工房はよくご夫婦で作ったと思うほど大きなものでした。天井は7mほどの高さで、天窓から柔らかい日差しが差し込んでいました。パン焼き釜はこれも手作りの立派なものでした。しばし談笑の後、今日焼き上がった美味しいパンを求めて帰りました。 豊かな夕飯でした。
今日は午後に孫育てセミナーが、夜に法則史学セミナーがありました。 孫育てはパート2で30人あまりの方々の参加がありました。 法則史学は論語を学んできた最終回でした。これを読んでいただいている方に、最終行の孔子の言葉をプレゼントします。
“孔子曰く、命を知らざれば、以て君子たること無きなり。禮を知らざれば、以て立つこと無きなり。言を知らざれば、以て人を知ること無きなり。” 命とは天命のことです。自分がこの世で果たすべき使命が何かを知ることがリーダーの条件だというのです。禮とは土地や国の習慣を含め、お互いのコミュニケーションをスムーズにしていくための約束事や思いやりのことです。それがないと人を傷つけてしまい、社会で活躍することなどできない。言とは言葉です。言葉はいろんな意味があります。笑顔愛語(しょうがんあいご)という人間関係の基本を示した言葉もあります。言葉の中身を知ろうとしなければ、相手を理解することができないというわけです。政治に関わる方々に是非肝に銘じていただきたいものです。
今日はストレスと癒しについて考えてみました。 現代は社会全体がストレスをかかえています。地球そのものも、人間が作り出したストレスに悲鳴を上げているようです。 ストレスは現代人の宿命とも言われます。その本体を一言で表した言葉に、「ストレスは“肩書きと時間の観念”であり“未来のある日のために今日働く”ことに由来する」(上田紀行・文化人類学者)というのがあります。その歴史的過程は、500万年の人類の歴史の99.8%を占める採集狩猟時代から、1万年前の農耕革命が、それまで発生要因がなかった“肩書きと時間の観念”という意識の変容をもたらした結果であるというのです。 農耕革命は文明を起こし、智慧を発達させ、現代をもたらしました。善し悪しはないのですが、人類は今、繁栄の副産物としてのストレスに本腰を入れて対応する必要性に迫られてきました。ストレスが人間の存在そのものを脅かすからです。近年次第に脚光を浴びてきているホリスティック医学はまさに現代医学の病態治療ではなく、個人としての存在そのものの癒しを目的にしたもので、時代の要求のようにも思います。 癒しとは‘あるべき私’や‘未来の私’から離れ、『今ある私』を“これでよし”と、こころから受け入れることと、採集狩猟時代にさかのぼ遡る、潜在的生命の記憶と結びつく深い安堵感を感じることが基本になるでしょう。 社会の癒し現象としてはつい四半世紀前までどんな小さな村でも盛んに行われていた祭りです。春(豊作・豊漁祈願)、夏(慰安)、秋(豊年感謝)等があります。その他にも節句や祝い事での祭りもあります。祭りは非日常、無礼講などといいます。我を忘れ、神(生命の根源)と一体化の感覚を味わうこと、肩書きをはずし、関係を平等化することでストレスを発散し、やすらぎや、安心感を得るとともに、運命共同体としての村社会の絆を強める効果がありました。また、祭りに欠かせないのが舞や踊りです。笛や太鼓が鳴り、開放感に身を任せて踊ったり、捧げものとしての舞を見たりすることは、大自然が放つ波動に調和し、まさに今ある私だけを感じる瞬間を味わうことになったでしょう。祭りの抗ストレス効果です。 祭りがすたれてきたのは、人口の都市集中と深く関係しますが、情報信仰の現代に合わないものがあることも事実です。見に見えるもの、手に触れるもの、過去の誰かの知識の集積に証明されるもの以外に信じることができなくなってしまった我々現代人に、医療も宗教も癒しをもたらすことは難しくなってきました。最近の健康食品ブームをみると、病的信仰にさえ思われます。しかしこの、体験したものしか信じられないところに、解決の方向があるのかもしれません。
今日は3年前からお手伝いしている朝日医療学院柔道整復師科の今年度初講義がありました。毎年この日は緊張します。初めての顔合わせですからお互いのファーストインプレッションが決まる瞬間ですからとても大切です。 今年も31名の学生さんと12月まで2週間に1回の人文科学の講義時間を共有します。不思議なことに今までになく何人かの方とは既にご縁がありました。そのせいかかなりスムーズな出だしであったように思います。 嬉しかったことがいくつかありました。なんと今年の卒業生の一人が学院に勤務し、私の担当クラスの担任だったのです。やはり先生になると顔つきまで変わり、落ち着いた雰囲気だったので最初見違えてしまいました。彼の方から「ぼくですよ!」と声をかけてくれて、やっと気がつきました。 また、やはり卒業生でさらに鍼灸学科に進学した彼が声をかけてくれましたし、就職が決まった彼からも声をかけられました。 教師役として最も嬉しい出会いの場でした。
桜が散り、山菜狩りのシーズンたけなわとなりました。 土手などに、黄色一色に群生するカラシナ(菜の花)の芽はもうだいぶ長けてしまいましたが、まだ間に合います。よもぎの新芽、たらの芽、ワラビやゼンマイ、芹、岡山では時に野生のクレソンが自生しています。 私は北海道生まれですが、5月はじめまだ雪の残る山道を、山ウドやたらの芽、行者葱などを探しに歩き回ったことを、そのあくの強い味わいとともに懐かしく思い出します。 旬の野菜の中でも、春の山菜は最も生命エネルギーの強いものです。どんどん延びるだけのエネルギーを凝集して持っているからです。今の時代のように冬でも野菜が食べられるのとは違って、冬の野菜といえば鰊漬けや白菜の漬け物くらいでしたから、春の山菜は貴重なビタミンの補給源でした。 中国地方ではこれから5月中旬頃までは山菜狩りが楽しめます。迷い込むような山道は、山をよく知っていないと生命の危険がありますから、入らない方がいいのですが、安全な川原や土手に家族や仲間と出かけてみませんか。植物の芽吹くエネルギーをいっぱいもらえますよ。
今日は今週のセミナーのご案内をします。 4月17日(土)午後1:30〜3:30「孫育てセミナー・パート2」があります。“子育ての基本”、“こどもの病気と事故の対処法”、“今どきの孫育て”の3つのプログラムです。1才以降の孫の成長を観ていくのにとても役に立つと思います。 4月18日(日)午前10:00〜11:30 ホリスティックヨガ講演会があります。講師は龍村修先生です。“深い呼吸でからだが変わる”というテーマで、暮らしにいかせる呼吸法を伝授してくれます。 呼吸は私たちの生命を維持するものです。ですから心臓がそうであるように、自律神経(生命維持神経)支配で、眠っていても自然に呼吸しています。自律神経はこころの動きと密接に関係しています。ゆったりとリラックスした状態ですと、呼吸は遅く、やや深めの腹式になり、心臓の拍動もゆっくりになります。緊張すると呼吸や心拍は速くなり、極度になると金魚のような呼吸になって、心臓は飛びだしそうになるほどドキドキしますね。時には過呼吸症候群という、なぜか息ができなくなって倒れることさえあるくらいです。わかっていても、何とかしようとしても、なかなかおさまるものではありません。 ギブアップのように見えますが、コントロールする方法があります。当たり前のことですが、心臓の活動は意志でコントロールできないのですが、呼吸は意識的に深さや速さを変えることができます。こころの変化に支配されるのではなく、逆に呼吸の仕方でこころや体の状態を調整する方法が、洋の東西を問わず遙か昔からあります。 それが呼吸法です。いろいろな呼び名がありますが、どの呼吸法も共通点があります。正しい呼吸法をひとつ覚え、実践することで人生は変わります。今度の講演会はいいチャンスになるでしょう。
5才のお子さんを連れた妊婦さんが健診に来られました。 診察のあとお母さんが“お兄ちゃんが犬の交尾を見たがったり、おへそやちんちんをいじったりして困るんですけど、やめさせる方法はないでしょうか。”と尋ねました。“止めさせなくても大丈夫ですよ。”と答えると、“え?”とけげんそうな顔をされました。 以前、幼稚園が併設されている小学校でアンケートをとってくれたことがあります。赤ちゃんはどうしてできるの?など、性に関する10数個の質問をどのくらい受けているかを、3才から11才のこども達のお母さん方に尋ねたものです。結果は3才からぼつぼつ質問が出始め、5〜6才で最も多く、8才になると急に激減します。 これは5〜6才になると、生命現象に対する興味がとても強くなることを示しています。8才には性の体内時計のアラームがなり、性ホルモンが分泌し、思春期が始まります。そのため、性に対する羞恥心がおこり、質問しなくなるるというわけです。 5〜6才が生殖に関することも含め、生命現象を教える絶好の機会です。これを性教育といいます。生命の大切さ、すばらしさ、不思議さを子どもと共に学び、教え、感動を共有することが、こどものこころの財産になります。
今日はWHO/UNICEF認定のBFH(赤ちゃんにやさしい病院)申請に対する認定作業である現地調査に、UNICEFから委託された“日本母乳の会”の運営委員の方々5人が来院されました。朝8時過ぎからスタッフが緊張の面もちでお迎えの準備をしました。 BFH;Baby Friendly Hospital(赤ちゃんにやさしい病院)について少し説明しますと、 1978年WHO/UNICEFが赤ちゃんの健康を守るため母乳育児促進を提言しました。 1989年「母乳育児を成功させるための10カ条」を発表し、世界のすべての国のすべての産科施設に対して『10カ条』を守ることを呼びかけました。 1991年『10カ条』を採用し、実践する世界の産科施設に対して“赤ちゃんにやさしい病院”に認定を開始しました。 同年、先進国で最初に国立岡山病院(山内逸郎院長)が認定されたことを皮切りに、2003年8月現在30施設が日本で認定されています。 (日本母乳の会; http://www.bonyuweb.com/) 当院でもその時期が到来し、昨年申請し、書類審査の結果、本日の現地調査を迎えたというわけです。10年前の開業以来、母乳育児・母子同室を出産後のケアの基本にしてきました。女が最もおんな性、つまり「女性」を発揮するのが妊娠・出産・母乳育児で、当たり前ですが生物学的女にしかできません。人類発祥以来、その間に、こどもが知情意を備えた人間として育つためにどうしても必要な、母なる存在(母性性)に進化をとげるということが、どんな時代でも行われてきました。社会文化の変遷の中で、その自然の流れが現在では危うくなり、それをお母さんの意識の中に呼び戻そうと努力してきました。BFH認定はそのステップのひとつとしての取り組みです。日夜サン・クリニックを背負って粉骨砕身しているスタッフの方々の一里塚としても、今年、もしくは来年認定されることを願っています。
妊娠6か月検診に来られた妊婦さんが、赤ちゃんが元気に動いている超音波画像を見て、かわいい!と涙を浮かべていました。一緒に見ていたご主人も思わず涙ぐんででいました。嬉しい光景です。 赤ちゃんが動くのがわかるようになっても、妊婦健診はこどもの心音を聞き、超音波で顔の表情や元気に動く姿を見るといった、聴覚や視覚を通しての、自分が産み出す生命との出会いの場になります。その感動は赤ちゃんの存在をより具体的なもの、現実的なものにします。 胎児の身体のすべては一個の卵子から出発しますから、お母さんの細胞そのもの、身体の一部といえます。しかし、赤ちゃんがお母さんのすべてを感じるようには、お母さんは赤ちゃんを感じることができません。それは赤ちゃんはお母さんがすべてであり、特に胎児は100%依存しているのですが、お母さんには心が発達し、自我ができているうえ、日常的生活があるからです。 妊婦健診はお母さんのこころを赤ちゃんに寄せる大切な出会いの場になります。
アメリカ映画「閉ざされた森」をビデオで観ました。 6人の志願兵が、ジャングルの中での過酷なサバイバルトレーニングを強制される中で事件が起こります。事件の全容を知るため、専任の捜査官と麻薬局に左遷させられた尋問を専門にしている元兵士とが、生還した二人の兵士の供述を通して事件の解明に迫るものです。 非常に展開が早く、どんでん返しの連続で、飽きることなく最後まで進むのですが、最後は“一本とられた、してやられた!”という感じでした。映像という目に焼き付ける手段を使って、思いこみ効果を作ります。思いこみはその映像が本物だと信じてしまうのですね。 映像のトリックを信じてはいけないと言う、教訓をもらった気がしました。
今日もいくつかの素敵なほほえみに出会いました。 まず妊娠27週の健診で超音波を見ていたときです。モニターに映ったおなかの赤ちゃんの表情がにっこりほほえんだのです。同時にそのお母さんが「あっ!わらった!かわいい!」と感動の笑みを浮かべました。思わず私にも「かわいいですね!」と共感の笑みがこぼれました。 笑いの中でもほほえみは、自分の心を開き、相手の心を和ませる、自然な感情表現です。この微妙な表情は顔のいろいろな筋肉が、心の動きに合わせた神経の微妙な調節を受けて働く、人間だけに発達した感情の表現方法です。
もうひとつのほほえみは、今日アイナリーホールで開かれたエンジョイ育児サークルでのことです、お母さんに抱かれた5か月のお子さんが、「よく来たね、かわいいね!」と笑いながら話しかける私に、緊張の面もちでじっと見つめた後、パーッと表情が明るくなり、にっこり笑いました。それを見ていたお母さんが「わかったのね!すごいね、わかったのね!」と喜びの笑みを浮かべました。 ほほえみはすごい力を持っていますね。
卒業・入学シーズンがやってきました。今年もまた沢山の空きの巣ができることでしょう。 両親、とくに母親にとってこどもは日々の生活そのものです。愛情を注ぐだけの存在です。意識するしないにかかわらず、こどもを抜きに人生を考えることはできません。成長したこどもはまさに愛の作品といえるででしょう。そのこどもが進学・就職などで生活空間から消えてしまいます。こどもの気配が無くなるのは何とも寂しいものです。 こどもは希望の塊です。前を見て進んでいきます。人生行路を勢いよく進んでいきます。 多くの場合そのさびしさにだんだん慣れていくのですが、適応できないことがあり、そのストレスからいろいろな不定愁訴が出てきます。不眠、憂鬱、倦怠感、頭痛・肩こり・胸のつかえなどのこころと身体の不具合です。これを“空きの巣症候群”とか“荷下ろし症候群”と呼んでいます。 今日来られた方がとてもいいことを言っておられました。自分の人生、夫婦の人生と向き合う時期というお話しをしましたら、“それが、夫婦だけになったら、なんか夫が優しくなったんです。それに、こども達がいなくなっても私の隣にいつもこどもを感じているから何とかやれそうです。”と言われました。さすがお母さんです。まさにこれからが“私らしく生きること”を十分謳歌できる時期となることへの期待感ですね。
陰と陽という言葉を聞いたことがありますか。簡単にいえば大陽は陽で月は陰です。「男性」性は陽、「女性」性は陰、笑いは陽、涙は陰などとなります。胎児は陽、母胎は陰で、子供は陽、高齢者は陰です。 健康は心と身体の陰陽のバランスをうまくとっている状態です。自分の感情が今陰陽どちらに傾いているかをちょっと他人事のように眺め、もし傾きすぎていれば、自分に向かってそれを教えてあげるといいでしょう。食べ物もそうです。地下に伸びるものほど陽性が強く、空に伸びるものほど陰性とされています。辛いものは陽、甘いものは陰です。バランスをとって食べるのですが、陽のものを多めにとるようにしたほうが身体に元気が出ます。 大体でいいですから、自分の心と身体のバランスを観る癖をつけておくといいでしょう。
今日妊婦検診についてきた2歳の子が、お母さんのそばにむぐむぐしている時お母さんが「ほらいってごらん!、ほら!」と言ったすぐ、その子が「赤ちゃんじいちゃん、赤ちゃんじいちゃん!」と嬉しそうに言いました。 何かいい感じの語感! 子どもは詩人だと思いました。 自分の年齢になかなか入っていけていない私としては、思いがけず「これだ!」というインプレッションを持ちました。 ありがとう! 日本が長寿国になって久しいのですが、それにともなって人生半ばで祖父母になることが珍しくなくなりました。私の周りでも結構いらしゃるのですが、みなさん嬉しさ半分、複雑な気分半分という方が多いようです。名前を呼ばせるとか、大きなお母さんと呼ばせるとか、ニックネームで呼ばせるとか、色々苦労しているようです。 そんな気持ちもわかってあげたいですね。
今日午前中町内会総会がありました。約90世帯がすんでいますが、約80世帯のお家の方が出席され、熱心に討議が行われました。早朝から雨がしとしと降り続き、とても肌寒い気候でした。この時期のこの寒さはまさに“花冷え”と呼べるものでした。 午後からとても久しぶりに妻と笠井山へ桜道の花見に出かけました。道ばたに古木とも言える見事な桜が、満開の今を咲ききるように天を覆うように咲いていました。人気は全くなくもったいないほどの静けさの中に、私たちだけの時間を贅沢に提供してくれました。 日本人の桜好きは誰しも認めるところですが、四季の中でも一瞬の栄華のような有り様、そして見事な散り際が愛されているとか。まあ、人間の歴史そのものが、地球の歴史のまさに瞬きほどしかないこととやや重なりますか。しかしその風情は、はるかに桜の方が理に適っているように見えますね。
最近女性の男性化、男性の女性化が指摘されるようになりましたが、その反面、「女性」性、「男性」性そのものがよくわからなくなっています。いうなれば「女らしさと男らしさ」、あるいは「女の役割と男の役割」の中身は何だろうということでしょう。 戦後、民主主義の導入、浸透、そして経済至上主義の中で、教育方針は一貫して「私らしく生きる、人間らしく生きる」ことを進めてきたように思います。性役割もその中に入っているはずなのですが、男女平等のかけ声の中に性役割はすっかり影を潜めてしまいました。社会活動の中で性差を無くすことはとても大事なことで、まだまだ男優遇が続いている現代においては、進めていかなければならない課題の一つです。 しかし、性役割が薄れると子どもが育ちません。子どもが育たないと家族が崩壊し、社会が育ちません。 妊娠、出産、子育ての期間中、家の中では圧倒的にお母さん、女性が主役になります。「女性」性が最大限に発揮される期間といっていいでしょう。お父さん、男性は主役であるお母さんの力が最大限に発揮されるための脇役です。このときの男らしさは<どのように家族を守るか>というこです。家事や子どもと遊ぶことは<どのように家族の役に立つか>という私らしさの発揮です。名脇役がいないと主役は光りません。 脇役がんばれ!
たまにおしゃぶりを加えたこどもに出会います。口全体を覆われて異様な顔に見えます。 幼い時期は口唇期と言われ、おっぱいを通してこころと身体の満足感を得るようになっているのですが、おしゃぶりはそれを利用して気をそらせ、こどもの要求をがまんさせるのが目的です。ようするに大人の都合です。 いつも口に何かをくわえていないと安心できないようになっても困りますが、なんといっても口封じなので、こどものこころの発達によくありません。 また母乳育児中は乳頭混乱といって、スムーズにおっぱいを飲めなくなることから、つい人工乳になってしまうことがあります。 いずれにしても、おしゃぶりはあまりお勧めではありませんね。
1か月検診に来られた赤ちゃんの体重があまり増えていませんでした。生まれたときの体重より150g余りの増加です。“これだけ増えていれば大丈夫ですよ。”と私。“ええ、私は結構重くなっていると思うのですが、周りがいろいろ言ってくれるんで困ります。”とお母さん。 このお母さんのように、そんなに体重が増えなくても、母乳だけで十分と思える方ならいいのですが、周りの人たちが親切心から口をそろえて足りないコールをあびせると、どうしても不安になってしまいます。 こどもは太らせなければならないという迷信に近い思いこみは、戦後の混乱期、食糧難でお母さんの食べるものに不自由し、赤ちゃんの栄養が心配された頃や、それに続くミルク全盛時代の名残です。いまだにそれにとらわれている産科施設もあります。 基本的には1か月検診で出生体重に戻っていると問題はありません。母乳の出る量は個人差があることと、こころの動き(気分)に随分影響されます。お母さんの安心感が増すごとにおっぱいは出てきます。
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