子育て情報交換
sunclinicの日記

2004年03月31日(水) もったいないお化け

妊婦健診も中期以降になると、一日何回かは受診された方と苦笑いするのが体重です。1か月に2kg以内が体重増加許容量なのですが、なかなか守れないことがあります。
初産婦の方は大体太るような食材(パンや甘いもの、果物など)が多いのですが、経産婦の方は“もったいないお化け”が働いているようです。こどもが食事を残したりすると“ああ、もったいない”と思った瞬間、手と口が同時に動いて、残ったものをパクリ!これが毎食繰り返されますからだんだんオーバーカロリーになります。
どんな食材でも貴重な資源ですし、製品になるには人手がかかっていますから、確かに大切にしなければなりません。しかしそれと胎児と母体の健康を守るための節制とは別物です。もったいないことをしない工夫は必要ですが、もったいないお化けには注意しましょう。



2004年03月30日(火) 山桜

今日は朝から雨がしとしと降り続きました。気温は比較的暖かで、春たけなわに向かう前の今頃としては恵みの雨と言えましょう。
岡山の桜もあちこちで満開の知らせが届きます。後楽園の桜の見頃もあと一週間というところでしょうか。私の住んでいるこの近辺もあちこちが桜色に染まってきました。
夕方やっと雨が上がると、雨足にくすんでいた竜ノ口山の山麓に視界が開けました。昨日まで少しピンク色に見えていた山桜の集落が、盛り上がるような桜色に変わり、山頂からすそ野にかけて、輪郭を緑色にぼかした日本画をみるように、ぼってり、ぼってりと風情豊かに咲いているではありませんか。この季節ならでの贈り物です。
明後日は当院の駐車場公園に一本だけささやかに花をつけている桜のまわりで花見会です。



2004年03月29日(月) かわいすぎる!

今日は4人出産がありました。
夜遅くに最後の出産があったのですが、初めてのお子さんで、かわいい女の子が産まれました。カンガルーケアでお母さんの胸に抱かれている我が子の顔をまじまじと見とれていたお父さんが「やばい!かわいすぎる!」と小さな声で叫ぶようにつぶやきました。
これ以上の喜びの表現はないでしょうね。女の子が育つとき、とても大事なのがお父さんに十分受け入れられ、愛されるということです。この子はこの瞬間からその条件をクリアしたことになりますね。
いい光景でした。



2004年03月28日(日) やすらぎ出産リハーサル吹き込み

以前も一度書いた“やすらぎ出産リハーサル”CD作成のための収録が昨日から行われ、今日一日かかって無事終わりました。
BGMはヒーリングミュージック宮下富実夫氏の「地球瞑想より」、お話しは森千鶴氏によるすてきな吹き込みで、呼吸法の呼吸音だけ私が担当しました。
琵琶スタジオより宮下氏のご子息、ジョディー氏(録音担当)、田口氏(音合わせ、コーディネーター)による機材持ち込みのもと、アイナリーホールで行われました。
本格的な録音というのを初めて体験したので、かなり緊張しましたが、何度も繰り返すごとに、いいものができるという予期、確信が強まりました。完成が楽しみです。



2004年03月27日(土) 生理の遅れは病気?

毎日のように、月経の遅れを気にして何人かの方が受診されます。何か病気があるのではないか?不妊症になるのではないか?市販の妊娠診断薬は陰性だが、特別な妊娠ではないか?など、受診目的はいろいろです。
妊娠は別にして、月経の仕組みについては少し誤解があるようです。
月経は卵巣から分泌される卵胞刺激ホルモン(女性ホルモン)と黄体ホルモンの量的リズムに合わせて子宮が反応する結果です。ですから例え数ヶ月経が無くても、子宮自体の異常ではありません。
卵巣からのホルモン分泌については、卵巣自身の問題は特別の場合を除いては考えられません。卵巣は標的臓器といって、調節を受ける期間です。卵巣自体で働くのではなく、視床下部・下垂体という脳の一部が司令室となって調節しています。
視床下部・下垂体は卵巣の調節だけでなく、身体を守るほとんどのホルモンの調節をしています。卵巣は生命を伝える臓器です。身体を守る臓器やホルモンが優先されますから、卵巣の調節は後回しになります。仕事や人間関係でストレスをうけると、そちらの修復に調節機能が使われますので、卵巣が働かなくなります。それが無月経の正体です。
ですから卵巣が悪いわけではなく、お休みしているだけなのです。



2004年03月26日(金) 笑いのセンサーを磨こう

今日妊娠8か月に入った方の健診で超音波を一緒に見ていたとき、“笑ってる!”と驚きの声をあげました。まさにその子は至福の笑みを浮かべて軽く口を開け、両頬がやさしく上につりあがっていました。
まさに人間にしか与えられていないもののひとつが笑顔です。生まれて間もない赤ちゃんの笑顔にうっとりすることがしばしばありますが、人を心を和らげるこの笑いは、同時に自分の感情をとてもリラックスさせます。気分を明るくし、エネルギーを充足します。免疫をはじめ身体を守る様々な仕組みを活性化します。つまり、日常生活での一番の健康法です。
よく笑う人は前向き志向です。お産でさえスムーズに進むことが多いのです。
笑いは性格的なものがあるように勘違いしてはいませんか?胎内で既に笑顔があるように、みんな平等に備わっているのです。もし笑いの少ない、砂を噛むような日常を送っているとすれば、成長していく過程で、様々な事情から、笑いのセンサーを閉じこめてしまっていることが多いと思われます。
私たちは楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなるということを忘れてはなりません。笑いのセンサーを磨くためには、まず笑顔の練習をしましょう。毎朝鏡を見て、最高の笑顔を作ってみます。目を輝かせ、両方の口角をしっかり吊り上げ、にっこり笑ってみます。空を見てにっこり、花を見てにっこり、犬を見てにっこり、と毎日3分するだけで、人生はかなり明るくなり、楽しい出会いがやってきます。



2004年03月25日(木) 上の子の母乳

今日朝一番にお産がありました。とても安産でした。
お父さんとドアの外で待っていた出来たてのお姉ちゃんは“おめでとう、赤ちゃんが来たよ、妹だよ!”と声をかけられると、少し固まってしまいました。
早速お母さんに面会です。お父さんに抱かれて、嬉しそうに分娩室に入ってきました。カンガルーケアでお母さんの胸に抱かれている赤ちゃんをみて一瞬複雑な表情を見せましたが、ママの顔を見て嬉しそうでした。
生まれた赤ちゃんははやくも生後10分あまりで、お姉ちゃんに見せつけるようにおっぱいにたどり着き、ぐいぐいと吸い始めました。
お母さんの入院間際までおっぱいを吸っていたお姉ちゃんは目が点になりました。それを見たお母さんは“さあ、おっぱいの争奪戦が始まりそう。”とちょっと楽しそうでした。
そうなのです。上の子がおっぱいを飲んでいたら、拒否しないことが大切です。十分に平和共存ができるものですから。



2004年03月24日(水) 困ったちゃん

昨日書いた「第1反抗期と赤ちゃんがえり」に何人かのお母さんから反応がありました。この時期のお子さんには親でなくてもなかなか手こずります。あるお母さんのメールに「イライラの悪循環でした。ある人の言葉にはっと気がついて、どんどんほめるようにしたら、だんだん落ち着いてきました。私の気分も余裕が出てきて、こどもにもあたらなくてすんでいます」とありました。ほめるのはいい方法ですね。
妻から耳寄りな話を聞きました。最近テレビでしつけについての番組を見たとき、お母さんたちが手に余して、こどもを呼ぶとき“困ったちゃん”と呼んでいたというのです。これはグッドアイディアです。悪い子ではなく、意地の強い子ではなく、いやな子ではなく、困ったちゃんです。困っているのは大人の方で、こどもを否定していません。少しユーモアも感じられます。いただきかなと思いました。



2004年03月23日(火) 第1反抗期と赤ちゃんがえり

第2子以降の妊娠でまずこころを悩ませるのが上の子の赤ちゃんがえりです。以前、上の子はお母さんより早く新しい生命が宿るのがわかる、というお話しをしましたが、今日は第1反抗期(自己形成期)にあるこどもの赤ちゃんがえりの特徴を観察します。
この時期の子は胸の奥からわき上がってくる“自我”の衝動に突き上げられるように、“イヤ!、ダメ!、スル!”を連発します。まるでそれしか言葉がないかのようにさえ見えます。衝動ですからこども自身、抑えようがないのです。
一方、赤ちゃんがえりもまた抑えられない衝動です。お母さんとの絆の危機に、言いようのない不安感が胸にわき上がってくるのでしょう。抱っこ虫、泣き虫になります。今日お母さんと一緒に来た3才のお子さんは、夜寝る前、眠りにつくまで“おかあさん、赤ちゃんはお家で産んで・・。”と泣き続けるそうです。
このように、自我(自立)への衝動と、依存から切られる恐怖の衝動とが入り交じって、行動している本人自体、感情のコントロールができないわけです。あまりしつこいとついつい怒ってしまいがちですが、こどもの状態を理解しておくと、少しはとまどいが軽くなるかもしれません。



2004年03月22日(月) 雨と桜

最近あちこちから桜の開花宣言が聞かれるほど暖かくなりましたが、今日は珍しく、朝から冷たい雨が降り続いています。
雨とさくらの組み合わせで思い出すのが鶴山公園です。今から25年前、国立岡山病院小児科で研修していた頃のことです。同科出身の弓狩(ゆがり)先生が津山で開業されておりました。桜の季節になり、医局員一同を夜桜見物に招待してくれました。桜にはそれほど思い入れがなかったのですが、折角のご厚意に甘え諸先輩とともにお世話になりました。津山城跡の鶴山(かくさん)公園の夜桜の華やかさは、まさに比類無きものでした。その豪華さを愛でながらご馳走をいただき、いい気分になって頂上付近まで昇っていきました。屋台も沢山出ていてまさにお祭り気分でした。その時突然大粒の雨が降ってきました。あれよあれよと思う間もなく屋台が次々と閉められ、ごった返していた人たちが魔法のように消えていきました。雨も小やみになり、誰もいないライトアップされた桜の海を、雨に濡れて何とも言えずしっとりとした風情の桜を、一人占めして愛でながら、感動に酔いしれました。
雨と桜の最高の思い出です。なにしろ日本の国花ですものね。



2004年03月21日(日) 見ザル、聞かザル、言わザル?

社会の中の保身術として昔から、見ザル、聞かザル、言わザルということわざがあり、左甚五郎の彫刻も有名です。しかし家庭でも最近夫婦や親子の会話が無くなり、テレビだけが賑やかに鳴っている会話レス家族が結構あるようです。更年期や思春期のいろいろな問題を持って受診される方々からお話を聞いていると、それが当たり前のように言われます。
人間は言葉の動物です。言葉によって相互理解ができています。その言葉を家庭から無くすことは、お互いがどんどん見えなくなっていくことになります。絆を強めていくためには、いつも相手の言葉を聴き、表情を見ながら、話をするという努力が必要です。観る、聴く、話すの3原則ですね。



2004年03月20日(土) アイナリーホール大活躍

当院のお役立ち施設、アイナリーホールはほとんど毎日のように行事が入っているのですが、今日はことのほか大にぎわいでした。
午前中、「プランター菜園」、午後1じ30分から「孫育てセミナー」、午後6時から「林英臣出版記念講演会」と時間差で担当スタッフ一同大活躍でした。
孫育てセミナーはパート1で、30名ほどの方々が参加し、妊娠・出産・育児をめぐる祖父母の関わりをお話しした後、母乳育児の大切さ、沐浴の楽しみ方などを実演を交えてお話ししました。
講演会は「伸びる経営のヒントとコツ」という出版された著書について、そのエッセンスを1時間30分話されました。その一部。
・こころの神経を張りめぐらそう!
 身体の神経は限界があるが、こころの神経は自分の意識の力、観(こころ
 の眼)の力でその人にあったところまでどこまで伸ばすことができる。
・2-6-2の法則:一般的にいわれている組織の中の人間の種類。
 自然性人(じねんせいじん):熱い情熱を持って自らを燃やし仕事や人生
 に向かう人。
 可燃性人(かねんせいじん):いわれたら気づき燃えて仕事ができる人。
 不燃性人(ふねんせいじん):どうやっても情熱が湧かない人。働かない
 人。
 それぞれのタイプの比率でもあるようです。
林先生の勉強会が毎月第3土曜日(第3日曜日の前の土曜日)の6時30分からアイナリーホールで開かれています。興味のある方はのぞいてみてください。歓迎いたします。



2004年03月19日(金) 夢はあなたを裏切らない

今日であった言葉さんです。
“夢はあなたを裏切らない、あなたが夢を裏切っている”というものです。
私たちは小学校の頃、だれでも荒唐無稽な夢を持ちました。その時はなにも違和感が無く、実現可能に思えたのですが、大きくなるにつれてその夢は意識の片隅に追いやられ、「そんなこともあったな」という程度になってしまうようです。
私たちは人生を有意義に、楽しく送りたいと誰しも思います。しかし、その思いはなかなか叶いません。そのために何をすればいいのかがわからないのです。何をすれば自分が満足するのか、それこそが意識の彼方に追いやっていた小さな頃の夢ではないでしょうか。
もう一度その夢を思い出してみませんか。



2004年03月18日(木) サービスの本質

今日、月1回の職員研修会、“サン・クリニック共に育つ会”がありました。
今回は講師を招いての講演会でした。講師は「社会人に大切なことはみんなデズニーランドで教わった」という本を著された、感動ストーリーライターの香取貴信氏でした。高校1年生から8年間デズニーランドでアルバイトとして働いた体験をもとに、感動とユーモアにあふれたすばらしい講演でした。
その中からひとつおすそわけです。
「感動を与えるサービスは新鮮さです。スキルは積み重ねることによって自然に身につきますが、新鮮さを維持することは難しい。その仕事を始めたときの緊張感と新鮮な感動を維持しながらスキルを上げていけるかが大切です」
いかがです?



2004年03月17日(水) 助け合うとは

 先日登場していただいた浦崎太郎先生の配信メールにこれからの時代の有り様としてとても示唆に富んだ卓見が載っていました。

「貧しいから義務的でも助け合わないと生きていけなかった」時代から,
「豊かになって助け合う必要がない」今日的過渡期を経て,
「助け合う と,多少の不自由を補って余りある,豊かで楽しい暮らしができ
る」時代へ,というのが大きな流れではないでしょうか?
 
  これは「more and more から save and enjoy へ」の,私流の表現でもあ
 ります。 浦崎太郎

助け合うというのにもいろいろな意味があります。今助け合うとは“こころを助け合う”ということではないかと思います。そう理解すると先生の書かれていることがより理解しやすいでしょう。



2004年03月16日(火) テレビの実害

日本速読連盟の佐々木豊文先生から3月10日付の毎日新聞の記事が送られてきました。内容は“テレビを長時間見る子どもに言葉の発達の遅れがそうでない子どもの2倍の割合でおこる”というものです。

日本小児科学会が1才半の子どもの親を対象にした調査でわかったものです。調査内容は1才半健診の対象児1900人の親へのアンケートを行いました。子どもが1日に見る時間が4時間より多いか少ないか、さらに子どもが直接見ていなくても、家族がつけている時間が8時間より多いか少ないかで4つのグループに分け、主語、述語の2語分が話せない子どもの割合を比べたものです。その結果、「子どもが4時間未満で、家族が8時間未満」という最も少ないグループでは言葉の発達遅れがあったのは約15%でした。これに対し、「子どもが4時間以上、家族が8時間以上」の最も視聴時間が長いグループでは約30%に言葉の遅れが見られたという結果が出たのです。

以前も1度テレビの実害について書いたことがありましたが、きちんとしたデータがありませんでした。これである程度の目安ができたようですね。



2004年03月15日(月) おむつスリング?

今日1か月検診に来られたお母さんがミルクを足していました。“だって先生、のましてもすぐ欲しがって泣くんです。ミルクを飲ませると寝てくれます。”“置けば泣くんでしょう。今そういう時期ですよ。お母さんと離れるのがいやで泣くのですが、おっぱいが足らないと誤解しちゃうんですよ。”“ええ?!知らなかった。でもどうすればいいんですか?”“ベビースリングがいいですよ。自分でも作れるし・・・。”とおすすめしたがあまり乗り気でない様子。
その時ハッと思い出しました。いつかテレビで、おむつを利用した抱っこの方法を紹介していました。布おむつですと裾同士ほつれないように縫い合わせていますから、拡げると丸くなります。それをベビースリングの要領でお母さんの首から肩に掛け、その中に赤ちゃんのお尻を包むように入れると、実にすっぽりと具合良く抱っこできます。
“おむつスリングはどうですか?”と提案すると、楽しそうに“それはおもしろそうですね、やってみます!”と元気よく帰られました。



2004年03月14日(日) 無意識のとらわれ

夜のテレビでアメリカのイラク派兵で戦地に赴いた若者たちを特集していました。今回は日本もほとんど当事者に近い行動をとっていますので他人事ではありません。戦争は悲惨です。人間としてのこころが奪われててしまいます。テレビではイラクでの戦闘でこどもを失った、軍人家族と一般家族との今を、それぞれの人間関係を中心にこころの動きを追っていました。
その中で発せられた弟の言葉に“自由は絶対だ。自由を守るために誰かが戦わなくてはならない。私もそう思ってイラクで働いている。しかし、今、イラクに戻ろうかどうか迷っている。”というのがありました。
まるで“自由という王様”がいて、無意識の中で王様のために戦うべきだという潜在意識の檻の中にとらわれている印象を受けました。
このように命を懸けたとらわれがあるが、私たちもまた日常生活の多くの部分で“とらわれ”の中にあります。時々はこの檻の中から出てみる意識を持つことが、私らしく生きる方法ではないかと思います。



2004年03月13日(土) 添い寝・添い乳

回診の時、産後3日目のお母さんが横にねていた赤ちゃんを抱き上げながら“この子は一緒に寝ていないとすぐ泣き出すんです。いいんでしょうか?”と尋ねられました。“もちろんです。赤ちゃんは今お母さんの一部なんです。“添い寝の方が赤ちゃんにとって気分が安定するし、傍に赤ちゃんがいるとお母さんも安心じゃないですか。”
“そうなんですけど、つぶしてしまわないかと心配です。”“大丈夫ですよ。お母さんには特別なセンサーがあって,いつも赤ちゃんを感じていられるんです。赤ちゃんに触ると無意識のうちに赤ちゃんをかばう姿勢をとります。”“添い乳もいいんですか?”“もちろんそれができる方がいいですよ。”なんとか安心したようです。
添い寝、添い乳について、母と子が一緒に寝ることの必然性を、鋭い観察眼を持つデズモント・モリスは著書「Babywatching」(邦訳:赤ん坊はなぜかわいい)の中で次のように述べている。「はるか太古の時代には、赤ん坊をひとりにするにはおそらく危険すぎた。ひとりぼっちにされないよう、赤ん坊は絶対的な保護者である両親から隔離されたと感じるや、鋭く激しい半狂乱の警報を発するようになったのだ。ヒトの赤ん坊は、子ザルのように母にしがみつくことも、子鹿のように母の元へ駆け込むこともかなわない。身を守るすべといえば声だけが頼りである。母親は我が子の発する警報にごく自然に反応し、そしてすべてはうまくいった。夜は母の傍らに寝て、いつでも抱き寄せてもらえた。・・・・病院でも家庭でも、赤ん坊をそばに置ける母親は、それだけで満ち足りて、鬱に苦しまずにすむと言われる。母としてのホルモンが、我が子をうんと抱きしめて慈しんでやりなさいと要求してくるのである。それに応えられないと、母親は胸にぽっかり穴が開き、自分を役立たずとかんじてしまう。」



2004年03月12日(金) やさしさのもとは?

このところペット界ではカメがブームだと息子が教えてくれました。妻の解説では、あまり汚れないこと、餌の食べっぷりがよく、ゆっくり動く、2〜3日の旅行なら餌無しで耐えられる、などが人気の理由だろうという。
ところでペットを飼う人に共通しているのは、異常なほど可愛がることだと思います。あの可愛がるやさしさのもとはなんでしょう。もちろん飼い主が癒されるからでしょうが、ペットがなにをしようが無条件に受け入れています。ありのまま受け入れています。ペットがペットである以上になにも期待していません。無欲、無私の愛情を注いでいますね。
子育てはなかなかそうはいきませんね。



2004年03月11日(木) 天使の時期

今日エンジョイ育児サークルがありました。毎月第2木曜日、当院出生の5か月児のお母さんとこどものペアに集まってもらい、離乳食など子育てについてのいろいろな話題やアドバイス、子どもの病気への対処の仕方等を話し合う会を持っています。今日も30人位のこどもたちで熱気いっぱいでしたが、久しぶりに合うこどもたちはあやすとみんなよく笑ってくれます。お母さん方はみんな“わーっ、先生になついているんだー、やっぱりわかるんかなー。”等と嬉しいことをいってくれるのですが、実は少し違います。
大体3〜6か月は天使の時期といって、とても人なつこくなり、遊んでくれる人にはたいてい誰にでもよく笑いかけます。誰からも可愛がられる時期とも言えます。育児期の中でも最も楽しい時期でしょう。
可愛がられ、愛されることで、その子に人として最も大切な“愛のセンサー”ができていきます。人間の子どもとして備わったこの能力を無条件で発揮することで、人を引きつける愛情の能力もとをこの時期にまず学習するのでしょうね。



2004年03月10日(水) サン・クリニックの本「孫育ての時間」の利用法

先日1か月検診に来られたお母さんが、“「孫育ての時間(とき)」を重宝しています。子どもの成長のタイムテーブルのようで、今この子がどういう時期なのかがわかるので、あわてないですむんです。育児って本当に楽しい。かわいくって仕方がない。”と嬉しそうにいわれました。
確かに子どもがどのように成長するか、予測することはほとんどできません。それに親のいう通りになったら、個性がないことになりますよね。ほとんどの場合、子どもの成長を親が追いかけるようにして世話をする、というか、ついていかざるを得ません。それが当然です。
ゆとり子育てとパニック子育ての違いは、“うちの子はよく育っている”と確信を持つか、“ほかの子と比べて異常ではないか”と不安をかかえてしまうかの違いです。ゆとり子育てには成長を喜ぶ感動と、感謝があります。
「孫育ての時間」がゆとり子育てに役に立っているのは、既に一度子育てを経験している祖父母の視点から子どもの成長を見ているので、子育てをイメージしやすいことによるかもしれません。
本を出版しますと、それは子どものように一人歩きします。自分の子どもについていい評判を聞くと親は嬉しいように、作った本が予想外に評価されたときの喜びは格別です。



2004年03月09日(火) 未見ということ

フランスのパリに有名な凱旋門があります。破竹の勢いでフランスの皇帝に昇りつめたナポレオンが、パリを世界一の都市にすることを目的に計画した記念建造物のひとつです。1806年に着工し、ナポレオン政権の崩壊に伴って中断された後、着工から30年後、ナポレオンの死後15年後に完成しました。ナポレオンにとって未見の大作になったのですが、彼の夢見た凱旋門は今もなおフランスの誇る文化遺産です。彼が息子のローマ王へ残した遺訓は「おまえは、私が各地に開花させた新思想を継承せねばならない。 欧州を永久に和解統一するという私の理想を。」というものでした。今まさに・・・。
私の師に山内逸郎先生という日本の誇る小児科医がいます。とくに未熟児・新生児医療の分野で華々しい活躍をされました。いわば日本の未熟児医療の基礎を作った方々の一人でした。先生が最後に行き着いたのは母乳育児の推進でした。『赤ちゃんは母乳で育てられなければならない』と強く主張され、多くの医学的・生物学的根拠を研究・発表されました。血液の不治の病と闘いながら、日本中を講演で飛び回り母乳育児の大切さを説かれました。全ての子どもたちが母乳で育てられることを夢みて、そのためには産科医の理解がなければならないと、“母乳育児を推進する産科医と小児科医の会”を作られました。そして間もなく1993年亡くなられました。
それまで先生の弟子たちは、先生のお仕事に共感しながらも、どこか自分の仕事とは違うと思っていたようです。亡くなられて初めて、みんなでそれを担っていかなければならない状況に立たされ、できないなどといっていられなくなって、私などはついに“母と子の絆”がライフワークにまでなってしまいました。先生が残された“産科医と小児科医の会”は“日本母乳の会”と名前を変え、毎年のシンポジウムには1000人を越える参加者でにぎわうようになりました。また、日本の母乳育児率は30%足らずだったのが50%に迫ろうというくらいに向上しました。1991年先進国で初めて国立岡山病院がBFH(赤ちゃんに優しい病院)に認定されてから、2003年現在BFHは30施設になりました、ここ数年、毎年10施設以上の申請があります。
先生の命を懸けた事業は、先生の死後加速度的に広がっていきました。ナポレオンも山内先生も《未見の事業》に最後の人生を託しました。それは私という存在のためではありませんでした。ある意味ではなにか大いなる意志の力に従っているかのようです。
考えるまでもなく、世界の歴史はどこかこの大いなる意志の力によって文化を築いてきた印象を受けます。山内逸郎先生がご自分で書かれたこの世とのお別れのメッセージの最後は「実に楽しい人生でした」というものです。
私たちは知らず知らずのうちに、個人で、あるいは集団で、未見の事業に関わっているのです。要はそれを意識するかどうかだけのような気がします。



2004年03月08日(月) 感動を忘れる

時々感動を忘れた方に出会います。共通しているのは表情にその人本来の人間性が感じられないことです。
私らしく生きている実感を持つにはいくつかの基本があります。まず出会いがあること、出会いだと感じる感性のセンサーを開いておくこと、心を通わせる感動のセンサーを磨くことです。
出会いは日常的に必ずあります。家族との朝の出会い、それぞれの表情との出会い、会話の中の言葉との出会い、文章との出会い、テレビから、ラジオから流れる気づきの言葉たちとの出会い、季節との出会い、大陽との出会い、動物たち、植物たちとの出会い、みんな毎日違います。
それらを出会いだと感じるには意識をそれらに向ける必要があります。意識をを向けることが感性のセンサーを開くことになります。
意識を向け、それになったつもりで言葉をかけると心が通います。心を通わせていると時に不意に胸の奥から感動の渦がわき上がってきます。
感動の渦がわき上がってくると生きていること、生かされていることが嬉しくなります。嬉しくなると内面が表情となって表れ、その人の人間性が外に浮かび上がり、私らしく生きている実感を持つようになるでしょう。



2004年03月07日(日) 父親の役割座談会

今日はとても有意義な座談会を開くことができました。次号のファミリー通信のメインタイトルを「夫の役割、父親の役割」としたことを受けて、当院出産のご夫妻で8歳から生後2か月までのお子さんを持たれている5組の方々に集まっていただき、本音トーク座談会を開きました。
ラッキーだったのはその中にイギリス人のご主人がおられたことです。つまり文化の全く違う方が一人入られることで、仲間うちではない緊張感が生まれ、お互いに自分の持っている文化を再確認できるのです。
西洋の育児文化は自立に代表されるパーソナルアイデンテイテイーを、日本の育児文化は甘えや、譲り合いに代表されるファミリアルアイデンテイテイーを基本としているように思う。おのずと夫婦や親子への意識の違いが出てくる。
とはいうものの、今の日本では前述の育児文化がほとんど失われ、西洋の勝ち取る独自性(わたしらしさ)ではなく、当然の存在としての独自性をこどもの中に創る育児に変わってきている。
そんな時代背景の中で日常的な役割認識がどのようなものかをかいま見る座談会となりました。次号のファミリー通信をお楽しみに。



2004年03月06日(土) アイナリーガラス展

3月2日よりガラス工房“透明館”で学ぶ方々の作品展が「六太郎ガラス展」と銘打って、当院のアイナリーホールにて1週間の予定で開かれています。2年前にもされたのですが、メンバーがほとんど同じなせいか、格段の芸術性と完成度の高い作品に仕上がっているようです。
皆さんにとって嬉しいのは展示即売会で、先生の作品をふくめ、格安で好きな作品を求めることができることでしょう。どの作品も2000度くらいに熱せられた電球のような形のガラス玉から一気に作り上げます。そこにはその人の持つ最高の集中力が要求されます。ですから手作りの作品は既製品にはない、人間性が洗われた温かみがあります。いわゆる“味がある”器と言えるでしょう。



2004年03月05日(金) 使命感

当院の地域社会お役立ちセミナーのひとつに文明法則史学研究会があります。毎月第3日曜日の前の土曜日に午後6時30分から林英臣先生を迎えて9時くらいまで講座を開いています。
法則史学は全国ネットです。岐阜県の仲間に浦崎太郎先生(公立高校教師)がおられます。日本の未来をなんとか明るいものにしようと日夜身を粉にして研究に、実践に励んでおられます。
この方が『21世紀日本委員会』の懸賞論文に応募し、優秀賞に入選されました。応募原稿は「日本再生は確かな技法に基づく小学校区の絆づくりから」というものです。
21世紀日本委員会は以下のURLです。
http://www32.ocn.ne.jp/~year2001/essay15.html

継続は力なりと昨日も書きましたが、忍耐強く継続する中で、どうすれば世の中に役に立てるのかという使命感が本物を作ってゆくように思います。



2004年03月04日(木) 太極拳

当院アイナリーホールで月1回第1木曜日に太極拳の講座がもたれています。講師は福山在住の目黒やすし先生です。
ここ2か月、お産などで時間がとれず参加できていなかったのですが、久しぶりに短時間の参加をしました。
太極拳は動気功と言われる分野になり、じっとしてする静気功とは別に、ゆったりした動きの中に自然に体中に気をめぐらせます。武術太極拳を習っているので、動きそのものはそのまま武術として使えるようになっています。途中しばらく休みましたが、もう15年以上、継続は力なりという建て前で続けていますがなかなか進歩しません。最近では、気持ちがよければいいさ、と開き直って続けています。実際、体中に気が流れて、実に気分爽快になります。はじめは少し難しそうで取っつきはよいとは言えないのですが、少し慣れるとやみつきになります。
今日は雪が舞い、冬のぶり返しのような寒さ(寒の戻りか)でしたが、終わった後の爽快さは格別でした。



2004年03月03日(水) 天地人の新解釈

当院のコンサルタントをしてくれている株式会社ハイネットの社長、角田識之氏の「一日一善メール」があります。今日の配信にすてきなメッセージがありましたので分かち合いをさせていただきます。

(天地人を人生活動に照らし合わせると)
天の時、未来へ続く路をどこまで伸ばせるか?
地の利、世界のどこまでを行動半径とできるか?
人の縁、どれだけ多くの人と出会い、人にどこまで深く関われるか?

この「天地人」との関わり半径、行動半径は、どれ位があなたにとっての限界範囲なのでしょうか?それを決めるのがあなたの「イマジネーション」なのです。
この「イマジネーション」の扉に「つっかい棒」が掛かっていると、あなたの未来世界は限られたものになります。この「つっかい棒」自体は、幼少時の多感な折に「だめ、むだ、やめろ」の刷り込みをされたことによることが多いようです。
しかし私もあなたも大人、この「つっかい棒」を外す力はあるはずなんです。ないというのは思い込みです。子象のときに付けられていた鎖の感触が印象に残り、大人の巨象になっても“切れないとの錯覚でいる”というケースに似ています。

いかがですか?しらずしらず、こどもにこころのつっかい棒を作ってしまうことがありますね。時々は自分の言葉を振り返ってみることが必要でしょうね。



2004年03月02日(火) 涙もろさ

年令を重ねるごとに涙もろくなるのはなぜか?という特集を朝のテレビで放送していました。少ししか見れませんでしたが、生理学的には涙腺が弛むのではなくて、涙嚢に涙が溜まりやすくなり、あふれて来るという。なぜ溜まりやすくなるかというと、心理学的には人生の経験値が多いほど、また人生の節目になるライフイベントが多いほど涙もろくなるようです。司会者が“涙は人生の一滴(ひとしずく)”と含蓄のある言葉で締めくくっていました。
私はもともと涙もろく、昔は男の沽券に関わる気がして、よく涙をこらえたものですが、最近はあまり気にせず流しています。感情の琴線が網の目のようにこころを覆っているのでしょうね。私の場合悔し涙や、つらく悲しい涙はほとんどありません。
沖縄の物語療法家、宮里マチ子先生が『涙は魂の言葉です。言葉は魂を汲み出すつるべのようなものです。』といわれました。しみじみとそう思います。



2004年03月01日(月) 久高島

昨日の日記で光のカーテンがありました。光のカーテンといえば数年前に訪れた沖縄を思い出します。
仕事が終わり、とても美味しい夕食をご馳走になった後、敬愛している宮里マチ子先生のご案内で、知念にあるホテルサンライズ知念に一泊しました。沖縄で一番美しい日の出を見ることができるといわれ、楽しみに早朝5時前の暗いうちから起き出し、明るくなるのを待ちました。ほんのり明るくなったのですが、なんと薄曇りで日の出を見ることができませんでした。もう一つの楽しみ、海を眺めながらの朝風呂を堪能した後、時間があったので海岸に降りました。昨日先生から聞いていた久高島がかなり間近に見えます。しばらく太極拳などをしていましたら、突然久高島の真上が輝きだし、ひとすじの光が島に向かってまっすぐにつらぬきました。島の一角がぱっと明るくなった瞬間何本もの光のカーテンが島を覆いました。思わず「おおーっ」と声をあげてしまいました。私だけでなくホテルの窓から見ていた幾人かの方々の声を聞いたのを覚えています。光が当たった久高島は光の祭壇のように輝き、今にも天上の音楽が鳴り響くのではないかという情景でした。
サンライズ知念、すごい所でした。


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