今日は朝から雨。大阪出張だがかなり寒い。冬支度で新幹線に乗り、新大阪に到着したがまだ雨がぱらついていた。 大阪では河野渡様、森千鶴様という深いご縁を感じる皆様と実りある時間が持てました。河野様は歯科医で鍼灸師の資格も持っておられ、歯科治療に東洋医学を取り入れて効果をあげておられます。森様は鍼灸師でいらっしゃいますが、アンフィニーという癒しの空間をもたれており、鍼灸に音楽療法やアロマテラピーを併用し、ストレスフルな働く人たちにこころと身体のヒーリングを提供しておられます。先日この日記に登場した宮下富実夫ヒーリングミュージックコーディネーターの田口様(株式会社 琵琶)のお計らいで、この方々とこれからひとつのプロジェクトを完成させようとしています。 打ち合わせが終わった後、満たされた気持ちで空を見上げると雲間から放射状に光が降り注ぎ、光のカーテンができていました。
1か月ほど前、日本母乳の会の紹介で、韓国MBSテレビの取材に応じました。 韓国の母乳率は現在16%までに落ち込んでいるそうで、母乳率を上げるためのテレビ番組を作るにあたって、日本が短期間の間にほぼ50%位まで母乳率が上がった理由を知りたいというものです。2日間びっしり取材をして産婦さんの同意のもとにカンガルーケアも無事収録していきました。 昨日、放映された特集番組のビデオが韓国から送られてきました。当院の外来風景、院内に人工乳をおいていない状態、主任さんとのユーモアあふれる母乳談義、そして出産直後のカンガルーケアを紹介していました。生まれたばかりの赤ちゃんを抱きしめたお母さんの涙は感動的でしたが、それ以上に韓国ではまだ普及していないカンガルーケアで、その赤ん坊が自力でお母さんのお腹の上を這って昇り、おっぱいにたどり着き、しっかりと乳首に吸いつく映像におそらく驚いたことでしょう。 予定では今後半年くらいキャンペーンを続けるということなので、かなり母乳の良さを宣伝できることでしょうが、これを機会に韓国の、ひいてはアジアの母乳育児推進運動に日本が連帯できるきっかけになればいいなと、アジア母乳育児推進協会設立などの夢を見ています。
東京在住の知人のお嬢さんが旅行の途中クリニックに寄ってくれました。 いろんなお話しをしているうちに、ふと“岡山はなんか違いますね。ゆったりするような、昔に返ったような感じがする。東京都は随分違うし、京都とも違う。”と言いました。 たぶん、土地の時間が違うのに気がついたのでしょう。私たちがおくっている時間は、個人や年令によって随分違います。過去だけ、現在だけ、未来だけ見る人では時間の経過が全く違うでしょう。東京のように、住んでいる人がみんな走って日々を送っているところと、岡山のようなところとは街全体の雰囲気が違ってくるのは当たり前ということになります。 土地の雰囲気は、そこに住んでいる人たちの時間の送り方、つまり想念で決まってくると言える。 同じように、家庭でも、仕事場でもそこに関わっている人の時間のすごし方で雰囲気が作られているわけです。
| 2004年02月26日(木) |
鰊(にしん)が帰ってきた? |
今日出勤途中、車のラジオから北海道増毛町(ましけちょう)で鰊の豊漁が続いているというニュースが飛び込んできました。耳を疑いましたが、これまでの水揚げが200トンといいますから、本当のようです。 私の出身は北海道岩内町です。北海道開発の歴史の中でもかなり古くから栄えたところです。現在は原発の町になりましたが100年ほど前は石炭と鰊の町でした。小学校くらいまでは鰊伝説とも言える鰊にまつわる多くのエピソードを両親や祖父母から聞かされたものです。 海が鰊で埋まって、竿を立てても横になることはなかったくらい、沢山獲れたようでした。私が物心ついた頃、まだいくらか獲れていたのを覚えていますが、とれたての鰊を炭火で焼いて(当時はそれしかなかった)、生醤油で食べた味を今でも覚えています。鰊は数の子を捕った後、ほとんど肥料に回され、一部が身欠き鰊になりました。今考えるともったいない気がしますが、保存法が発達していなかったのでしょう。 昭和29年9月26日台風15号により、青函連絡船洞爺丸沈没という悲惨な事故がありましたが、岩内大火もありました。町の3分の2が焼けてしまいました。水上勉の小説「飢餓海峡」にかなり詳しく描かれています。不思議なことにこれを境に、鰊はぷっつり来なくなりました。 その幻の魚が近年すこしずつ北海道近海で水揚げされるようになりましたが、今年は昨年の30倍もの漁獲量とは尋常ではありません。北海道人としてはかなりわくわくしています。
| 2004年02月25日(水) |
タミフルの適応について |
2月21日付の日記、“インフルエンザと妊娠”の中で、インフルエンザの特効薬であるタミフルが、胎盤を通過して胎児に、母乳を介して乳児に移行するので服用できないことを書きましたが、その後乳児のインフルエンザの治療に苦慮している小児科医から1才未満の乳児にタミフルを処方してなぜいけないかの声が多くあり、厚生労働省が通達を出しました。そんな折授乳中のお母さんからのメールで、内科から処方薬を服用しているが授乳していて大丈夫?という質問が来ましたので、現在の私の見解をお伝えしたので、ここに書いておきます。 初めまして、岡山市で開業しており、日本母乳の会運営委員をしております山縣威日といいます。母乳育児サークルからあなたのメールが転送されてきましたので、タミフルに関する情報をお知らせいたします。 妊娠中、および授乳中は胎盤や母乳を介してこどもに移行するので、服薬不可とされています。なぜ胎児や乳児に移行してはいけないかの根拠は、どのような影響が出るかわからないからということで、医学的根拠ではありません。 平成16年(今年)2月2日づけの日本小児科学会から厚生労働省への質問という形で、1才未満の乳児にタミフルを使用してはいけないのかという問いに対する答えとして、通達がありました。それによると“保護者の同意を得た上で、慎重に使用してください。”というものでした。 このことを見ても、胎盤通過や母乳に出る量は、実際に飲ませる量に比べ微量と考えられますので、お母さんがタミフルをのんでも母乳を止める必要はないことがわかります。 どうぞ心配せずに母乳を続けてください。
3人目のお子さんを産んだ方が今日退院されました。5才になったお姉ちゃんはことさら嬉しくて、赤ちゃんの周りを離れません。 そういえば、生まれた時も、幼稚園に行く前に、おばあちゃんにお願いして、ちょっとだけという約束でつれてきてもらい、満面の笑みを浮かべて、赤ちゃんをみていました。“赤ちゃん来たね!かわいい?”と尋ねると“うん。かわいい!”と頬を真っ赤にして答えてくれました。傍で1才半の弟が複雑な顔をして、ウン、ウンとうなずいていました。 今日はその赤ちゃんが退院の日。 お姉ちゃんは赤ちゃんと帰れるのが嬉しく、お兄ちゃんはお母さんと帰れるのが嬉しい様子。 お兄ちゃんをベビースリングに入れて毎日通ってきた元気いっぱいのおばあちゃんはカメラ片手に記念撮影しています。大きな車で迎えに来たおじいちゃんもはいって、私共々家族全員ハイ、ポーズといつもの退院風景でした。 みんな乗り込むのをニコニコ待っていたおじいちゃんに“にぎやかになりますね”と声をかけると、“にぎやかすぎるくらいじゃ。なにしろこの10年で8人の孫ができた。”と果報者のおじいちゃんは颯爽と運転席に乗り込んで車を発進させました。そうだ、みんなうちで生まれてるんだ、と私も嬉しくなりました。
昨日は“助産師のための母乳育児セミナー”2日目。特別講演は岡山市自然保護センター、井口萬喜男氏の「翔べ!タンチョウ」〜いのちを育む〜 でした。絶滅寸前といわれた日本のタンチョウが、大正13年釧路湿原の奥に数羽発見されてから現在の1200羽に増やすまでの驚異的努力のお話しから始まりました。そして岡山の後楽園から戦後消えたタンチョウが、中国友好の架け橋としてつがいが贈られてきたが、実はどちらも雌だったこと、それから繁殖にいたるまでのまさに血がにじむような努力を語られました。飼育を通して学んだ、タンチョウの夫婦愛、親子愛をまるで家族のような情愛を込めて伝えられ、感動でした。
教育講演は、宮城県立こども病院副院長 堺武男先生による「母乳を長く続ける意義と離乳食」でした。母乳の利点、しかも長く続けることの利点をこれまで世各国で積み上げられた科学的データをまじえて、情緒的に訴えられました。育児に関する一時代前の常識が、今非常識であることを科学的に説明されました。冒頭、核家族化が進んで育児文化が伝えられなくなった現在、施設が家族の意識を持ち、大家族の一員として子供やお母さんのお世話することが必要であると述べられ、これからの周産期医療のあり方を示唆するものでした。
昨日は駒沢勝先生の「医者と宗教」の講演を聴きました。 白血病が今ほど治療法がない時代、病の中にある子供達は自分の死期を感じ、怯えていたといわれます。“ある日、きっと良くなると言われ続ける毎日に、次第に医療不信に陥っていた子供に、元気をつけようといつものように冗談を言ったり、くすぐったりしたが反応せず、難しい顔を崩さなかった。ついに向こうを向いてしまったその子に手を伸ばすと、その手を後ろ向きのまましっかりと握った。私は一瞬言葉を失った。数秒間の沈黙はどんな言葉よりも事実を伝える瞬間だった。”と言うくだりから入る先生のお話は、ご自分がなぜ浄土真宗の世界に導かれていったのか、そしてついには世の価値観そのものが、色眼鏡で見る世界であり、色眼鏡さえかけなければ、すべては“そのままでいい”優劣や正否のない阿弥陀の世界になっていくという悟りにいたるまでを、ユーモア十分、涙十分で語られました。80人あまりの聴衆はすっかり感動の世界に入り込んでいました。
今日は久々に御用繁多の日です。 外来を終えた後、午後1時30分より本日のメインイベント“すこやか人生講座”があり、駒沢勝先生が「医者と宗教」という題で講演をしてくれます。生命の、人生の原点に迫るドキュメンタリーなお話が聴けるでしょう。 その後私的な会議が夕方まであり、夜は第12回助産師のための母乳育児セミナーに出席します。今回の特別講演は「胎児は訴える“私のこともっと大事にして”」という題で川崎医療福祉大学 黒木良和先生が話されます。おそらく夜半まで楽しい仲間との語らいが続くはずです。このセミナーは明日もあります。明日の特別講演は「母乳を長く続けることの意義と離乳食」と題して宮城県立こども病院副院長 堺武男先生が話されます。 今回も500人あまりの参加者になるでしょう。
今日妊娠の確認に来られた二人目のお母さん。胸には1歳半のお兄ちゃんがしっかりしがみついていました。 その子にまず名前を呼んで、“こんにちは!大きくなったね。”と挨拶したのですが、“ウウッ”とにらみつけるだけで、少しも笑おうとしません。診察を済ませ、お母さんに妊娠のお祝いを言って、相変わらずしがみついているお子さんに“赤ちゃんが来るよ!よかったね!”と声をかけると、こらえきれずに泣き出しました。お母さんは“なんか変なんです。この頃泣いてばかりいて、私から離れようとしないんです。”と苦笑いされました。 “子どもは赤ちゃんが来るのがおかあさんより早くわかるんですよ。”というと、“ホントですか?なにもわかってないようだけど?”とけげんな表情です。 実際、子どもの甘えがいやにひどくなったと思っているうちに、生理の遅れに気がついて、妊娠を確認されることがよくあります。 ある時2才半くらいの男の子を連れた方が妊娠を確認にきました。超音波で胎児が順調に育っているのを見てとても喜びました。その前の妊娠では残念ながら流産に終わっていたからです。診察の後お母さんは、傍に座っている子どもさんを見て、「この子は少し変なんです。前の妊娠の時、“赤ちゃんがくるよ!”と言ったら、私のおなかを見て“ううん、来ないよ。バイバイしてる。”と言うので、いやなことを言うな?と思っていたら、ご存じのように流産したんです。実は今日きたのは昨日この子が私のおなかを見て、“赤ちゃんがきた!ニコニコしてる!”と言うのでほんとかなと変な気持ちになったので確かめにきたんです」と不思議そうな顔で言われました。 本当に不思議なことですが、この時期の子どもはおなかの赤ちゃんが見えているようです。 早くから赤ちゃんがえりする子どもは珍しくありませんが、きっと見えているんでしょうね。
今朝家の周りを歩いていると、ご近所の梅の花がほとんど終わりに近づいているのに気がついた。冬の寒さの中、春の足音を知らせる早春の梅花は清らかさではおそらく他の追随を許さないでしょう。 昨年の年末、家族旅行で訪れた金沢の兼六公園でわずかに蕾を開いた梅花のかすかな甘い香りを思い出します。 思い出といえば、かなり昔、太宰府天満宮に旅行した折の、菅原道真公の飛梅伝説のご神木「飛梅」を思い出しました。 “東風吹かば においおこせよ梅の花 あるじなしとて春なわすれそ”権力の絶頂にあった道真公が太宰府へ流されるとき、愛された京の紅梅殿の梅に詠まれた有名な歌です。 北海道に生まれ、小さい頃から、冬になると雪に閉じこめられた家の中で、家族や友人たちが集まって楽しんだ、百人一首の中にある馴染み深い歌のひとつとして親しんだ歌の主と、時空を越えて出会った驚きの時でした。 ちなみに、ご神木である梅の木は京の紅梅殿から道真公を慕って飛んできたとされています。 春爛漫の桜の季節がもうすぐですね。
| 2004年02月18日(水) |
妊娠とインフルエンザ |
このところますますインフルエンザが猛威を振るっている。連日のようにインフルエンザの妊婦さんや子どもが受診され、隔離部屋を確保するのも一苦労です。今年のウイルスの型はA/香港型がほとんどとされ、当院での検査でもA型以外は検出されていない。 ワクチンを受けた人もかなり感染しており、安心できない。毎日のように電話で妊婦さんから、感染しているが赤ちゃんには影響がないかどうかの問い合わせがある。妊娠中期はほとんど影響がないが、妊娠初期ではときに流産に終わることがある。妊娠後期にはいると、お母さん自身が重症化することがあるので注意が必要です。 治療といっても、以前にも書いたが、特効薬とされるタミフルやシンメトリルといった抗ウイルス薬は胎盤を通り、胎児に移行することがわかっているので使えない。また、母乳にも出るので、授乳中のお母さんにも使えない。頭を悩ますことになるが、漢方薬「麻黄湯(まおうとう)」が有効で、服薬翌日には大体解熱し、身体が楽になることが多い。後は対症療法になるが、3日くらいでほとんどよくなるので、早期に治療すれば、それほど恐れなくてもいいように思う。ただ、子どもにはインフルエンザ脳症(髄膜炎)があり、命を失うことや後遺症を残すことがあるので、48時間以内の受診が奨められている。 かかったかなと思ったら、風呂に入らない、お粥や煮込んだうどんのような、温かく消化のよいものを食べ、飲むものは白湯(湯ざまし)くらいにして、とにかく寝ることです。 感染症情報センターによると、現在なお日本全国警報レベルにあるが、昨年の傾向を見ると、3月いっぱい続いているので、当分は不必要に人混みの中に出ないことが賢明であろう。
朝のニュースでMDMAという麻薬の特集を放映していました。 これは3,4-メチレンジオキシメタンフェタミンの略で、幻覚剤アンフェタミン類似物質でエクスタシーとも呼ばれている。これまであまり日本では話題になっていなかったようだが、平成10年頃から急に増加し、最近では中学、高校での売買さえ行われていることで社会的問題となっている。錠剤もあるので、手軽に飲んでしまうようで、実に怖い。 刹那的に現実逃避をせざるを得ない若者たちに胸が痛む。彼らがいつも叫んでいる、おまえたちが悪いんだという声が聞こえる。 戦後日本が諸外国に経済力で追いつけ追い越せの時代、ヒロポンという覚醒剤が労働効率を上げるなどの理由で広く出回ったことがあった。私の小学校時代のことだが、その怖さを映画にして見せられたことを思い出す。様々な幻覚や、狂気に暴れ回る映像は子供心に恐怖感がしっかりと植え付けられた。今でもその映像を思い出せるくらいだ。 麻薬を取り締まる様々な努力が続けられている。ボランティアも頑張っている。しかし効率を考えると小学校高学年に、実態をドキュメンタリーとして情報提供することが、麻薬を拒否する力になるのではないだろうか。 現代は楽しさが生き方のキーワードであるが、日常の退屈さや寂しさを紛らわすような、退廃的な想念から来る、楽しみの求め方が随分多いように感じられる。若者たちの多くが、人生の行き場を見つけることができず、さまよっている。せめて家族を再構築し、こころの深いところからわき上がってくる、喜びにつながる楽しさを味わうセンサーを子どもたちに養うことだ。
当院のお役立ち行事のひとつ“すこやか人生講座”が今月2月21日(土)午後1時30分より3時、近接するアイナリーホールで開かれます。今週です。今回の講師の方は、現在備前で小児科医院を開業されております駒沢勝先生です。演題は「医者と宗教」という少し固い印象を受けるものですが、先生の語り口はやさしく、生命とは何かという人生の本質に触れる問題を、患者様との様々な出会いを通して得られた先生独自の哲学にのせ、実にわかりやすく話されます。 先生とのご縁は28年前に遡ります。私が国立岡山病院小児科に2年間研修をさせていただいたとき、小児科全般にわたってご指導いただいたのがはじまりです。今から10数年前、岡山県で最も小児科を必要としているところに後半生を役立てたいとお考えになって、現在の地に開業されました。その後も何かとお世話になって現在に至っております。私の最も尊敬いたしております方々のお一人です。 出会いは人生を変えます。自然に出会うことももちろんですが、自分の中のセンサーを養う意味でも、積極的チャンスを生かしたいものです。
今年最初の長船町両親学級の担当でした。いつもより少し多い11組の22人の方が参加されました。嬉しかったのはそのうち3組の方々が顔見知り(当院で健診されている)だったことです。講演先で懐かしいお顔に出会うのは緊張がほぐれ、その方たちに語りかけることから始められますから、私としてもとても助かります。 今日は親子の絆のお話しで、とくに父と子の絆のの大切さと、それをどのように強めてゆくかの方法について具体的に説明しました。 子どもが育つには母と子の絆の形成が絶対的に必要ですが、そこにはお父さんの妻や子への強い想いが不可欠です。妻が妊娠し、子どもが生まれると、父となる夫はほとんど誰でも、父親として自覚を持とうとします。しかし、実際には、どのようにしてそれを表現していいかわからないことが多いようです。最近やっと、母親への育児支援が社会的取り組みとして認知されてきましたが、父親へのまなざしはあまりないようです。現代社会の家族の有り様にを向けるべき時がきていると思います。
| 2004年02月14日(土) |
抱かれることで子どもは育つ |
健診に来られたお母さんが“私のことではないのですが、友達が5か月くらいの子供のことで悩んでいるんです。その子は抱かれるといやがるというのです。そんなことってありますか?”と尋ねました。 本来人間の子どもは生まれて1年間は歩くことができません。抱かれることで生命が守られます。泣くこと、笑うことは抱かれるために備わった人間の能力ですし、おっぱいを吸うことは栄養や免疫だけではなく、母親の愛情を勝ち取ることにもつながる、プロラクチンという母性ホルモンを沢山引き出す行為にもなります。しかもこの間に、こころの発達の基礎になる、母親への絶対的信頼感が培われます。ですから、赤ちゃんが抱かれて喜ぶのは当たり前のはずです。 生きることを放棄したとも見える、抱かれることをいやがる行動は何か変です。しかし、このような報告はずいぶん前からありました。日本で知られるようになったのは30年ほど前、アメリカからのmaternal deprivation(母親離断症)という言葉でした。その後、胎児行動学や、赤ちゃんの能力、親と子の絆などについて非常に沢山の研究が行われました。そして、抱かれなくとも静かにしている、親たちを困らせない、いわゆる“いい子”こそ、将来心身に問題を持つ可能性があることが指摘されました。そして抱き癖がつかない“しつけ”がその原因の一つであるといわれました。実際私の経験でも、3日間抱くのを我慢するとほとんど泣かなくなります。 “もしかして、その子はあまり手のかからない、いい子と言ってませんか?”“そういえばたしかそうです。” 一度小児科を受診していただくことと、積極的にスキンシップをしていくことで、だんだん抱っこやおんぶに慣れさせていくように、彼女のお友達に伝えてもらうよう、お願いしました。
今日30週の妊婦健診に来られた方が「先生、いつまで仕事を続けていいですか?」と尋ねられました。 少なくとも34〜35週位までにした方がいいと答え、「花嫁修業というでしょう。お母さんになるのはもっと大変なので、母親修行という意味でも1か月くらいは時間をとる必要がありますよ」と言いながら、怪訝そうに聴いている妊婦さんの顔を見ながら、(そういえば、今は花嫁修業という言葉は死語かな?)と思ってしまいました。 おなかの子どもに意識を集中する時間が必要であることを説明したかったのですが、どうも例えが悪かったようでした。
花嫁修業といえば、お花とお茶、料理と相場は決まっていた様に覚えています。多分、お花は日本人としてのセンスを、お茶は日本家屋の中で生活するための立ち居振る舞いを、料理は家族の健康を守り、こころを癒す団欒の場づくりに必要な最低技術を学んでいたのでしょう。結局は母親修行でもあったんですね この時代、こどもを育てる親たちにどのくらいその意識が残っているでしょうか?
今日受診された方と性質と癖の違いについて話し合いました。 子どもが欲しいのですが妊娠せず、不妊ではないかと来られました。月経はくるが不順だという。結婚数年になるその方は、引っ込み思案の上なにごとも気になる性質なので、子どもができないでいることへの周囲の視線や言葉のプレッシャーがきつく、だんだん耐えられなくなっていると訴えました。“気になる性質と言われましたが、誰かがそういいましたか?”と私。 “いいえ、親がいろいろなことを気にする性質なので遺伝だと思っています。”と彼女。 “感性が敏感なのは性質かもしれませんが、感じたことを気にして、自分の殻に籠もりがちになるのは性質ではなく、あなたの癖です。” “よくわかりませんが・・・?” “誰でも自分を守ろうとするのは人間共通の本能です。そのための行動は人それぞれで、その行動の積み重ねが行動のパターンを決め、反射的にする行為が癖です。” 性質は胎児期に自分でつくるといわれ、ほとんど変えることができません。しかし、行動パターンは気づきやその他の努力でいくらでも変わります。どんな性質でも2面性を持っています。最初から自分の性質が好きだと思っている人はほとんどいません。親などが子供を戒めるとき、大体その性質を指摘し、注意を促すからです。嫌いにとらわれると、その部分に触れられると過剰に反応してしまいます。反面から見ると、とてもいい性質なので、これでいいと気づくところから行動は変わります。だから行動は癖なのです。 “なるほど”と彼女は少し納得したようですが・・・。
今朝NHKテレビでフランス絵画の特集をしていました。馴染みの印象派の名作が次々と紹介され、いろいろなエピソードを交えて興味深い解説をしてくれていました。 その中で感動的なお話しがありました。あの有名な、そして不思議な魅力を感じるモネの「日傘の女」のエピソードです。モネ特有の柔らかな、そして豊かな光があふれる草原にたたずむ一人の女性は、顔立ちや表情がぼかされており、鑑賞する人たちに様々な想像力をかき立てます。実はあの絵の前にもう一つの「日傘の女」があったのです。題が同じだったかどうかは失念してしまいましたがパテオと思われる木立のテーブルに近く立っている「日傘の女」の絵には、美しい女性の顔がはっきりと描かれていました。そのモデルは最愛の妻でした。妻を亡くしたモネは「日傘の女」に二度と顔を描くことをしませんでした。妻を忘れるのではなく、永遠に自分の世界にとどめておくために妻の顔を隠したというのです。いかがでしょう。 もしかして知らなかったのは私だけかも・・・・・?
親しくしていただいている作家 神渡 良平 氏よりいただいた氏の近著「星降るカミーノ」じっくりと浸って読みました。 著者は九州大学医学部を思うところ有り中退した後、新聞・雑誌記者として多忙な日々を送ってた38才に脳梗塞で倒れ、一時は半身不随となったが、安岡正篤の世界に出会い、“一隅を照らす”の言葉に導かれるように必死のリハビリの結果奇跡的に再起を果たし、作品「安岡正篤の世界」を皮切りに作家活動を続けておられます。生死の境にいたときの気づきから、人生の方向性を見失っている現代人にカンフル剤となる、確かなこころの世界の有り様を、実在の覚者達を通していきいきと描き、示しています。 「星降るカミーノ」は氏のこれまでのこころの旅路の総決算とも言える“召命”に応えて、スペインへのキリスト教布教つくしたイエスの十二弟子の一人、聖ヤコブの墓への巡礼道“カミーノ”を、フランス最南端サン・ジャン・ピエ・ド・ポーからピレネー山脈を越えてスペインに入り、サンティアゴ・デ・コンポステーラまで約800キロを、歩いて巡礼した記録です。その内容は副題にあるように、まさに“魂の旅路”そのものです。しかも氏個人に内在している聖ヤコブの魂の復活にまで踏み込んだもので、肉体の限界を超えるようなすさまじい巡礼行と沈黙の世界での魂との対話を通して、上からこころの根まで降りてきた言葉が記されており、読む者を圧倒します。 決して難解ではなく、氏特有の読みやすい文体のうえ、ユーモアあふれる表現が随所に現れます。チャンスがあれば手に取ってみられてはいかがでしょう。
今週土曜日(2月21日)午後1時30分より当院のアイナリーホールにて“健やか人生講座”が開かれます。 今回の講師は駒沢勝先生で「医者と宗教」いう題でお話しされます。先生は現在備前市で小児科医院を開業されています。私が28年前国立岡山病院で小児科を研修していた頃、私の指導医をしてくださいました。先生の人生哲学は聴く人の心を感動でいっぱいにします。まだ間に合いますのでお申し込みください。 申込先:ボーンネット ? 086-275-9501 FAX 086-275-9502
宮下富実夫のヒーリングミュージック「希望」のCDジャケットに載っていたすてきな詩を紹介します。
人生の畑に 希望の種を蒔こう あなたがこの世に誕生した時 手の中に希望の種を渡してくれた父と母 空も大地もひとつになって あなたを守り育ててくれる 収穫の時を告げる鳥達が 風に乗って歌う 希望は永遠に あなたの手の中に
昨日、東京グランドホテルでBFH連絡会議が開催されました。 BFHとはBaby Friendly Hospital(ユニセフ/WHO認定“あかちゃんにやさしい病院”)の略称で、ユニセフ/WHOが推奨する「母乳育児を成功させるための10カ条」を順守し、母乳育児・母子同室を育児方針とし、そのためにおかあさんと子どもを支援し、しかも地域社会にそれを奨めていると認められた産科医療施設におくられる称号です。 1991年世界で初めて国立岡山病院がBFHとして認定されて以来、日本では昨年までに30施設が認定されました。 今まで横の連絡がなかなか取れなかったのですが、今年から2年ごとに、連帯を強めることをふまえて、活動報告をする会を持つことになり第一回の記念すべき会議を持ったのです。 BFHを奨める動きはとても大切です。日本母乳の会という組織があります。私もその一員なのですが、その母乳の会に認定作業が一任されています。今日はそのための運営委員会があり、東京におります。
昨日、県当局からインフルエンザ警報が出されたのが医師会を通してまわってきました。いつもは12月くらいから流行するのが、今年は暖冬が続いたせいか、一気に寒くなった1月後半からの流行となり、とくにここ2週間がすさまじい勢いで広がっています。今流行しているのはインフルエンザA型です。 妊婦さんと1才未満の授乳中のお母さんには、抗ウイルス薬(タミフルなど)が胎盤を通ったり、乳汁への移行から、赤ちゃんへの影響が心配されますので使えません。 幸い今のところそれほど重症にはならないようなので、漢方(麻黄湯マオウトウが効きます)や対症療法で治療できます。 今年は感染性胃腸炎(冬季嘔吐下痢症ともいいビールスが原因です)がおおはやりで、症状はインフルエンザよりきついようです。また喉の痛みを特徴とする風邪も流行っています。またそろそろ花粉症が出てきました。 対処法に苦慮しそうですが、基本的には免疫力を高めておくことと気をゆるめないことです。そのためには自分にあった休養と睡眠を十分にとること、ストレスをためないこと(1日1回は腹から笑うことがいいでしょう)、嫌々ではなく張り切って日常をおくる努力をすること、旬のものを取り入れた温かいものをしっかり摂ることなどが予防策です。 いずれにしてもあまり怖がらない方がいいようです。神経質になると免疫が下がり、身体の内側から弱ってしまいます。
| 2004年02月06日(金) |
ヒーリングミュージック |
昨日ご縁があり、株式会社 琵琶 の田口幸範様にお会いしました。感性の鋭い方で、しかも優しい心根を感じさせるお人柄でした。彼は10年前ふとしたご縁で故 宮下富実夫氏と出会い、以来一緒にヒーリングミュージックの分野で音楽活動を続けてこられました。 私は以前より瞑想に興味があったので、その際使うヒーリングミュージックに馴染みがありました。とくに宮下氏のシンセサイザーと自然音を組み合わせた独特の音色と旋律は、瞑想音楽とも言えるもので、こころの深い部分まで意識を誘ってくれました。お産のBGMにも興味があって20年前から分娩室にいろいろな曲を流してきましたが、その頃からよく使っていました。いままで遠い存在の方と思っていたところ、最も身近におられた方に親しくお会いできたことはとても嬉しいことでした。 田口氏の口から驚くべき事実が語られました。“宮下は昨年2月6日午前2時に亡くなりました。今日は1周忌です。今日の出会いはきっと彼の、上からの計らいです。”と言われたのに私も思わずうなずき、感動しました。 いただいた「こころのくすり」を聴いて思わず目頭が熱くなりました。今これをもう1枚の「HOPE]を聴きながら書いています。いただいた資料に目を通したところ宮下氏の次の1文がこころに留まりました。ヒーリングミュージックの聴き方は“聴き込むな、聴き入るな、聴き流せ”というものでした。 合掌。
今日山陽放送で“父親の役割”ということでお話ししました。 “子どもが生まれるとお母さんは子どもに没頭し、お父さんは仲間に戻る”という言葉があります。 これは家庭の中でお母さんが子どもを抱え込み、子どもがお母さんに自分の存在感を感じさせてくれますが、お父さんは役割を果たせなくて自分の居場所を作れず、会社(仕事仲間)や遊び仲間の中で自己実現しようとする姿ですね。 家庭の中でのお父さんの役割はなんでしょう?炊事、洗濯、お買い物?それともハウスキーピング?これらは全部お母さんでもお父さんでもできることです。もちろん役割分担は必要ですが、お父さんでなければできないことはなんでしょう。 “あなた稼ぐ日と、わたし使う人”などというキャッチフレーズがありましたが、“お父さんは家族を養い、お母さんは家族を守る”という意味でしょうね。 “お父さんは船長、お母さんは甲板長”といった表現もあります。お父さんもお母さんもともに働いていますが、協力しあって乗組員である家族を守り、家庭という船を進めていくというわけです。 どうも男女とも、育てるとか、守るというのが動物的癖のようです。それが満足されると、私らしく生きている満足感につながるようです。 そこでお父さん、子どもが生まれたら家訓をつくってみませんか。要するに家族の理念です。あるいは旗印です。お父さんがそれにそって行動することで、子どもの身にお父さんの生き方が染みついていき、人生の道しるべとなるでしょう。まさに子どもの判断基準、つまり人生のものさしがお父さんの役割といえるでしょう。 結婚したら相手の幸せのために、子どもが生まれたら子どもの幸せのために、なんとか役に立ちたいと思うのは女も男も変わりません。その思いをもち続ける意志と、どう表現するかです。マザーテレサが言われたように、“ラブ イズ アクション”なのでしょうね。
早朝お産がありました。 3人目のお子さんでした。スムーズに出産され、お母さんはカンガルーケアで、裸の我が子がおなかや胸の上で動く感覚を、感動を込めた表現で楽しんでおられました。赤ちゃんが動きを止め、じっとしているとき、お母さんは静かに、“これがしたくてあなたを産んだのよ!かわいい!なんて気持ちがいいんでしょう!”と何度もつぶやきました。 私たちには、人間である前に動物である、動物である前に生物である、生物である前に地球の一部である、といったような“原風景”、“原体験”、あるいは“元型”といった感覚が備わっている。ある意味では細胞感覚とでもいったほうがいい、潜在意識の深い部分かもしれない。それが本能となって表現され、さらには知恵の源に進化してきたように思う。文明が発達してきても、最後まで原風景として残ったのが死生観であった。ところが近代医療はその部分を見事なまでに覆い隠してしまいました。私たちが見るのは、“経過”ではなく“結果”になってしまいました。それは結果的に、本来備わっている智慧を私たちから奪うことになりました。 最近次第に、延命医療拒否などにみられる、自分の死に際の選択など、死に関して元に戻ろうとする流れがおこっていますが、生(出産)に関しても近代医療の中にありながら、カンガルーケアや同伴分娩、そして母子同室・母乳育児のように原初の生を味わう動きが次第に活発になっています。これこそ私たち人間の“智慧”の復活、もしくは進化ではないでしょうか。
早朝、新しい生命がやってきました。生命の息吹を伝える、元気な泣き声をあげながら母の胸に抱かれた赤子。生まれる瞬間の緊張から開放された安堵と喜びの空気が産室を包む。 誕生日を特別な日として祝うのは洋の東西を問わず、自然に行われています。しかし、母と子の命を懸けた出産を目の当たりにすると、誕生日の意義の大きさに、いまさらながら心を打たれます。 生まれた瞬間、まさに大陽の色と同じ真っ赤なエネルギーの塊として人生の第一歩を踏み出す。このエネルギーはその人間の命が続く限り、心身の芯として、生命エネルギーとして身体を流れ続けるのです。誕生日はその生命エネルギーが最も輝く日とされます。 もし家族で祝うことができれば、幼き日の出来事を思い出し、生命の源をたどるのがいいでしょう。アルバムがあればイメージがふくらみますね。 今日は我が息子、俊介の20才の誕生日です。
| 2004年02月02日(月) |
ザ ラスト サムライ |
最近の話題作「ザ ラスト サムライ」を観ました。トム・クルーズよりも、渡辺健よりもはるかに真田廣幸に人を切る凄みを感じ、武道家の皮一枚の世界を観ました。 後半はすっかり侍の世界に浸りきって、涙が乾くことがなかったくらいでした。 覚悟とはまさに‘いつでも死ぬ容易がある’ということです。しかも自殺とは違い、大儀のためにこの身を犠牲にするということであり、痛みや別れから死を恐れることがないように日頃から心身の鍛練を怠らないことです。 その世界は銃では不可能で、やはり剣でなくては適いません。 今に生きる私たちに立志が難しくなったのは、死を意識して自分を律する、この国の文化を忘れてしまったからかもしれませんね。
昨夜仲間の医師達と歓談の時をもった。幸せになると言うことが話題になりました。幸せのハードルを高くしすぎると幸せに感じることがなかなかできない。幸せのハードルは低い方がいいという話をしました。 7〜8年前になりますが、チベットの法王、ダライ・ラマ14世のお話を聴きました。比較的少人数の会で、法王様は「人間の生きる目的は“しあわせになる”ことでしょう。でも幸福な人は多くありません。それは幸福になる方法を知らないからです。その方法は日々、胸の奥からわき上がってくるような深い満足(deep satisfaction)を感じようとすることです」と言われました。 自分の中の“幸せを感じるセンサー”を、どのようにすれば感度をあげることができるかということです。 中野裕弓さんが示唆に富んだ、感度のあげ方を紹介してくれました。“自分を思いっきり大切にすること。自分をとことん喜ばせること。これを続けていくうちに、少しのことにもすぐ感動し、なんて幸せなんだろうと思えるようになります。”というものでした。 さて皆さんはどうでしょう?!
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