昨日、国際交流センターで岡山新生児研究会がありました。多くの演題で、活発な討論が交わされました。その中の1題が「サイレントベビーの謎」という川崎医科大学小児科片岡直樹教授のものでした。 現在5人に1人は生まれたときからテレビがついている環境に育っているそうです。そのうち、ほぼ5人に一人は生後3〜4か月頃表情が乏しく、声を出さず、笑わないサイレントベビーになるというのです。この子達の何人かは1才過ぎても発達の遅れが見られるので、テレビに子守りをさせるような育児をしてはいけない、というのが論旨でした。その中でサイレントベビーにしない育児法として述べられたのが、“スキンシップ”、“アイシップ”、“うつぶせ遊び”、“ごっこ遊び”でした。 リズミカルでわかりやすく、なるほどと思ったので紹介しました。 この中で、“スキンシップ”、“アイシップ”は母乳育児の大きな利点です。
昨日、毎週木曜日放送の「生命育む人たちへ」(山陽放送)で私の担当だったので、“DV(ドメスティックバイオレンス)”についてお話しました。 DV,いわゆる家庭内暴力のうち夫が妻に暴力をふるう例のきっかけは、妊娠、出産、育児期に始まることが比較的多いようです。 夫婦だけの時はお互いを大切にし合うので、自分の存在感を感じ、満足した気分を味わいます。ところが妊娠すると、おなかの子に関心が集中します。妻は自分の体の中に赤ちゃんを感じますが、夫はそうはいきませんので取り残された気分になります。出産は生む女性の人間性を揺るがすほどの体験ですし、育児は母と子の密着です。とても夫が共有できるものではありません。 一方、夫は優しく見える人ほどいい夫、いい父親になろうとします。子育て中の母親はなりふり構わずというほど子どもに没頭していますから、とても夫に気を向けることができません。また、この時期は性欲が抑制されますから、夫が求めてもなかなかそれに応えることが出来ない。そんな中、一生懸命頑張れば頑張るほど、ご褒美(妻の笑顔、頼られている表現、感謝など)のない状態に、ついに切れてしまうことがあります。成育歴などいろいろな要素もありますが、一度切れると、感情がその閾値までいくとなんどでも暴力を振るってしまうことになります。 お互いに認め合う努力が必要です。できやすいことから日常的に初めのが子か的だと思います。ありがとうを意識して言い合う。お父さんカンガルーをしてみる。帰る前に電話(帰るコール)。妻から笑顔のプレゼント。等々思いついたところからやってみましょう。 他人事とは思わずにぜひどうぞ。
この稚拙な日記を読んでいただいている方に昨日の感染性胃腸炎の経過を報告いたします。 昼食は7部粥、夕食はうどんの煮込みと少しの熱燗(風邪の薬です)で早々に布団に横になりました。身体の重力と地球の引力を感じながら、いつのまにかぐっすり寝入ったようです。 今朝まだ身体が布団の一部のように感じながら、意を決して起きあがり、いつもの習慣をこなしながら、ま、昨日よりいいかなという気分で出勤し、勤務に就きました。体力はかなり快復していっているのを実感したのですが、胃の調子が今ひとつで、変な感じの嘔気が続いていました。昼前、あまりの気分の悪さにひと休みし、‘おかき’をつまんでみるとあっという間に気分が快復してしまいました。なんと、単なる空腹だったのです。 昼食のお粥とサワラのみそ漬け、そして麩のお吸い物をとても美味しくいただき、治癒感覚を楽しみました。ご心配をかけましたがこれで大丈夫です。
なんと胃腸の病気など、どこ吹く風と気にしなかった私がどうやら“冬季下痢症(感染性嘔吐下痢症)”という今はやりの病気にかかりました。 インフルエンザとともに、最近また外来で多くなったのですが、昨日受診された方と目があった瞬間、“うつるかな?”と思ってしまったのです。今朝起きてみると、少しおなかがしくしくするではありませんか。昨日のことは忘れていたので、夜のキムチ鍋が美味しすぎて、辛子に負けたかなと思っていたところ、いきなりスコールのような下痢さんが始まりました。その勢いに圧倒されたとき、パッと、昨日目が合ってしまった方の顔が浮かんできました。予感道理、もらってしまいました。 よく、“気が張っているときは風邪をひかない”と言いますが、これですね。うつるかな、と思った瞬間私のバリアが解けてしまったのです。ねらったように外邪がはいったわけです。身体の防御機構は、免疫だけではありません。不思議な仕組みが備わっています。いきいきと日々を過ごしていると滅多に病気になりません。笑う門には福来たる、というように、楽しく過ごしていると病気になりません。 知らないうちにストレスためたかな、とちょっと反省。(歳のせいとは思いたくない?)お粥を食べよっと!
今日1歳過ぎのお子さんを連れてこられたお母さんが、“先生、この子がまだおっぱいが止められないのですが、大丈夫でしょうか?”と尋ねました。“もちろん大丈夫ですけど、なぜですか?” “周りの友達などが口々に、1才過ぎたらみんな止めてるよというもので、卒乳しようかなと思って。” “卒乳するのはお子さんですよ。お母さんが止めるのは断乳というのです。” “卒乳させようと思うのですが、いつ頃がいいですか?” “2才でも、3才でも、お子さんが自然に自分から止めるまでは飲ませていていいですよ。” “ええーっ!ほんとですか?” “ほんとです。小学生になっても飲んでいる子もいるくらいです。十分におっぱいを飲んだ子の方が、愛されているという自信を持てるし、勇気ある子に育つといわれますよ。” “そうなんですか〜。わかりました。” あまり納得できていない様子で帰られました。多分、授乳を続けてくれると納得できるようになるでしょう。 各界の著名人の中には以外と遅くまで母乳を飲んでいた人たちが多いことが知られています。社会をリードしていく仕事に就くには、自分に自信が持て、自己犠牲ができ、自分の責任がどこにあるかがわかる資質が必要です。自信や犠牲を支えている、愛されているという原体験の元こそ母乳育児であると思います。
| 2004年01月26日(月) |
抱くとホルモンが出る? |
今日昼食の際、スタッフと食堂でペットの話で盛り上がった。ペットを抱くと女性ホルモンが多く出て美しくなるという。テレビで実験していたが、確かに女性ホルモンの量が増えていて、ペットがいないヒトと比べ若々しいのだそうだ。 なるほど一理がある。もともと女性ホルモンは子どもを生み育てるための生殖ホルモンなので、愛おしむ感情を込めて抱くとき、ホルモン分泌の仕組みが活発になっていくのかもしれない。若々しく見えるのはそれだけではなく、その感情が顔の表情を豊かにする効果もあるだろう。 続いてスタッフの一人が、“夫婦仲がいい女性はきれいに見えるし、よくないと老けて見えるんですって!”と教えてくれた。う〜む。思わず“コメントは控えさせていただきます”と言ってしまった。
“こころのすきま”という微妙な言いまわしがあります。すきま(隙間、透き間)というのは、すきま風に代表されるように、立て付けが悪くなった建物の構造的状態を言うものですが、日々の心の動きで、むなしさや寂しさを感じる時の表現に使うのでしょうね。 そんな状態にはなりたくありませんが、しかし考えてみるとこれは人間にしかない感情かもしれません。つまり、人間だからこそ持つ感情であるといえます。このこころのすきまを埋めるために、様々なコミュニケーションを発達させてきました。家族から始まって、友達や学校、井戸端会議や会社組織、地域社会の中で、自分を意識し、相手を理解する。そんな中で、自分は一人ではないという存在意識を持つことができるわけです。 パソコンや携帯電話の進化で、自分だけの好きな時間を退屈せず過ごすことができるようになりました。情報は無尽蔵といえるほど豊富にあり、便利もいいのですが、生身の人間とのコミュニケーションが無くなってきました。私たちは血の通ったふれあいがないと寂しさを感じるようになっているので、うっかりすると便利さが多くなった分だけ、こころのすきまが広がっているのかもしれませんね。
昨夜いつものようにお産がありました。深夜のお産は、赤ちゃんを迎える喜びとは別に、また違った楽しみがある。スターウオッチングである。星空は冬、しかもこの頃のように凍てついた夜がとくに美しい。 寒さに身構えながら、空を見上げる。南の高いところに冬の大三角、それに続くように西の天空にカシオペア、東の空に白く輝く金星が目を楽しませる。そしてなんと言っても北海道生まれの私が慣れ親しんだ、北の北斗七星と北極星が冬ならではの光を放っている。 いつも変わらない位置にある北極星は、私にとって人生行路の灯台のような存在である。日常の折にふれ、天を仰いでは北極星を確認し、自然の運行の確かさに安心し、我に返る。 スターウオーズはファンタジーだが、スターウオッチングはファンタスティックな楽しみです。
「先生、おなかの赤ちゃんになにか異常はないですか?]と健診に来られた妊娠後期のお母さんが尋ねられました。一緒に超音波で赤ちゃんを見ていましたので、手や足の指、内蔵、顔などを見ながら、少なくとも言える範囲では異常はなさそうであることを説明しました。 「私はそれほど心配ではないのですが、周りの人たちが異常がないかどうか訊きなさいとしきりに言うんで、私も心配になってきました」と不安そうです。 胎児へのイメージは子どもの性質に影響しますし、産んでからの子育てにもとても大きな影響があります。授かった生命を喜び、感謝して受け入れる、肯定的な気持ちを持てると幸いです。みんな子どもを心配して、いろいろなことを妊婦さんにアドバイスしてくれるのですが、ほとんど心配の種を蒔いていることが多いようです。お母さんが自分に宿った生命に感謝する気持ちになるようなお話しを、できるだけしてほしいものです。
朝、犬の散歩からいつもより白く引き締まった顔で息子が帰ってきた。「今日は特別に寒かった。天気は快晴、雲一つない」と言う。そういえば昨日が大寒だった。今年はこのところ、日本中がつよい寒気におおわれている様子。そんなことを思っているところへ娘が寒そうに身体を丸めて下りてきた。「さむい〜」と泣きそうな顔で言う。無理もない。彼女が数年過ごしてきたオーストラリアは今、夏だ。 昨夜の食事は主食がパンだったが、その時彼女が「以前半年くらいお米を食べなかったことがあったけど平気だった」と話していた。早速その話を持ち出して、「パンとサラダ、ワインは身体を冷やすね。冷え性はそのせいかも・・・」と言うと、「でも、土地にあったものなら食べていいんでしょう?」と切り返す。むむ・・、おぬしなかなかやるな。 人間が生きているということは、その土地で暮らし、その土地のものを食べる、つまり人間もその土地の一部であるという考え方で、身土不二といいます。とくに旬のものを食べると言うことが医食同源のはじまりで、中華料理の専売特許ではありません。体質をその土地にあったものにするのが健康の基本です。 今夜は寒くなりそうですから、温かい鍋物はいかがでしょうか。
昨夜、家族と夕食の団らん中、かたずけの話から優先順位が話題になった。しなければならないことをまず見つける習慣が大切であるが、長い間オーストラリアで暮らしていた娘からおもしろい話を聞いた。向こうで学び始めたときまず徹底的に仕込まれたのが“out of the box(アウトオブザボックス)”という考え方だという。いらないものをまず除いていく。残ったものが大事なものという意識の志向がおもしろい。 ふと考えると、大規模災害時の救急医療活動の際、トリアージという概念が導入されたが、私自身の意識の中でなかなかなじまなかった。簡単にいえば、傷を負った被災者を、その時の医療で、救命できる人と困難な人を瞬時に振り分けて、救命できる人から手当てする、その振り分けをトリアージいいます。これはまさに out of the box の意識がしっかりしていないとできない作業であろうと、私の意識がなじまなかった理由が納得できた。 優先順位をつけるといっても、その土地で培われた文化によって、方向性が全く逆のことがあるのに感心した。
今朝、NHK番組「朝のホットモーニング」で高齢者集合住宅“シャロームつきみの”に住む人たちを特集していました。 高齢化社会に拍車がかかっている現在、年齢が高くなるにつれ、一人暮らしになっていくことへの諸問題が懸念されています。なかでも孤独感は人間性を破壊するほどつらいものがあります。人は誰かのために、何かのために自分があると思うことで自分が意識できますから、一人で生き続けることはとても難しいのです。 映像で見た“シャロームつきみの”には12人の男女の方々が共同生活をしている。もちろん個室の自室があり、食事や団らん、パーティーなどに共有スペースを使う。料理や建物の維持管理は40人のボランティアの人たちが交代で受け持っている。その他の基本的なことは住人の責任でお互いに助け合って暮らしている。お互いに必要としあっている仲間という関係だが、入居者同士だけではなく、ボランティアと入居者の関係もまた必要としあっているのが印象的だった。ちなみに私の浅い知識ではシャロームは平和という意味がある。 入居者の方々は口々に今が幸せと話していたが、幸せの元の字が仕合わせであるように、お互いに仕え合う共同体こそが、しあわせを感じる終の棲家にふさわしいのかもしれない。
昨日岡山道産子会新年会が国際交流センターで開かれましした。 会員総数は300人くらいですが、そのうち90人の会員、家族が集まって新年を祝いました。 ご縁をもとにさまざまな集まりがありますが、私たちは何かと理由をつけてはグループを作ります。どうしてでしょう? 実は本能と深く関係があります。動物は本能として3つの欲と2つの行動パターンを持っています。つまり、一、食欲、二、性欲、三、群れる欲、行動として四、闘争、五、逃走となっています。動物は進化に伴って群をつくりますが、中でも特化したのが人間です。気が遠くなるような長い時間をかけて村的なグループができてからは、闘争と和平をくり返し急速に国をつくるまでになりました。まさに群れることが人間の進化の基になっているようです。 道産子会は北海道という土地に生まれ育った、地縁で結ばれた群ということができます。岡山という内地(本州のことを北海道ではいまでもこう言います)で暮らしている仲間が懐かしさを暖めて集まって、お互いの無事を喜び合う。北海道でも、岩内という片田舎で育った私としても、なかなか捨てがたい気分にさせてくれる集まりです。
阪神大震災は様々なエピソードを生みました。多分当時の記憶を持っている人なら日本中の誰もがいくつかのエピソードを話すことができるでしょう。 今日はその一つ、家族の絆についての話題です。笑えないことですが、話してくれた方があまりに明るかったのが以外でした。 震災後数カ月が過ぎたころ、何人かの妊婦さんが実家などに避難して、当院で妊婦健診などを受けておられました。そのうちの1人の方が“離婚しました。こどもは自分で育てます。”といわれました。大変ですね、と言うと“いいえ、かえってよかったんです。あの日、子どもを真ん中に寝てたのですが、ぐらっときたとき夫は、あっという間に私たちを飛び越えて逃げたんです。その瞬間夫の気持ちが分かったようで、一緒に暮らす気持ちが無くなりました。それで離婚して岡山に帰ってきました。”とふっきれたような感じで言われました。 とっさの危険回避行動もとんだ結果を招くものだと変に感心しました。
9年前の今日、1月17日午前5時46分、阪神大震災が起こりました。 あの時、自宅に寝ていた私はドーンと身体を突き上げるような震動に目を覚まし、いえ全体が揺れる中急いでテレビをつけました。長男が東京にいたため、何度も取りざたされた関東大地震かと瞬間的に思ったからです。妻は“これからすぐ東京へ行く”と私を驚かせました。 テレビは臨時ニュースで神戸付近に地震発生のテロップを流し続けましたが、詳しい情報はなかなかわかりませんでした。その後次第に現場の映像やニュースの量が増えるにつれ、あまりの悲惨さに言葉を失いました。
無念の日を迎え、あらためて犠牲になった方々のご冥福をお祈りいたします。
| 2004年01月16日(金) |
さすって、さすって! |
アトピーで治療に通っている5才のお子さんのお母さん。“随分痒いようで、ぐっすり眠れていないようです。うわごとのように「さすって1さすって!とぐずるんで、さすってあげると、その間は気持ちよそうに眠っています。おかげで私は寝不足でつらいです。”と疲れた表情を見せました。 お母さんは大変です。 アトピーのかゆみはとても耐え難く、血が出るまで掻いてしまいます。 でも、お母さんのハンドパワーは効果大で、たちどころにかゆみセンサーが引っ込んで、やすらぎセンサーが活動します。 皮膚はすべて神経と直結しています。神経そのものと言っていいくらいです。受胎後、身体ができるとき、まず皮膚になる部分ができて内臓になる部分を、脳を含む神経系をつくります。つまり神経のルーツは皮膚というわけです。ストレスを柔らげるさまざまな方法の中でも、マッサージが効果的なのは直接的な方法だからです。 お母さんのマッサージは愛情がこもっていますから最高の手当法ですね。
テレビの特集でライオンの五つ子の成長物語を密着取材していました。 多摩動物園のライオン舎は出来るだけ自然に近い状態で飼育環境をつくっています。そこで五つ子が産まれました。 問題はライオンのおっぱいは4つしかないということでした。動物は自分のおっぱいが決まっていますから、一匹あぶれるのです。トシと名付けられた、そのかわいそうなライオンのこどもは、どんどんやせていきました。見かねた飼育係の方が、動物用のミルクを使って専用のミルクの配合をし、トシに飲ませたところ、一気に飲み干してしまいました。その後トシだけ専用ミルクで五つ子ライオンはすくすくと育っていきました。 3か月たちました。いよいよお披露目の時期です。説明によると、これはとても大切で危険な瞬間のようです。こどもライオンたちが大人ライオンたちに仲間として受け入れてもらえるかどうかがかかっており、場合によっては命を落とすこともあるようです。いよいよその日が来て、係りの方々がかたずを飲みながら見守っている中、五つ子ライオンは広場に放たれました。嬉しいことに全員無事に受け入れられて遊びは締め、園内バスの観客へのお披露目も無事済んで飼育係の方々のホッとした様子が映し出されていました。ところが数日後、五つ子のうち一匹が大けがをしているとの連絡がバスの運転手さんから入ります。なんとあのミルクで育てられたトシでした。メグという雌ライオンに突進され腰を噛まれたのです。トシは病院で手当を受けましたが2日目に亡くなってしまいました。 その後飼育係の方の様々な努力と工夫があり、残った4匹は1年後すっかり成長してメグからも受け入れられるのですが、見ていた私は、噛まれたのがミルクで育った子だけだったのが、どうも気になって仕方ありませんでした。
何気なくテレビを見ていたら、おもしろいことがありました。 30代後半や40代前半で、ストレスなどによる続発性無月経があり、憂鬱、肩こり、頭痛、いらいらなどの不定愁訴のある方を特集したものでした。 コメンテーターとして招かれていた産科医が“それはプチ更年期障害というのです”と楽しそうに言いました。聞き慣れない言葉に思わず注目すると、司会者が目を丸くして(演技)“ええっ、プチ更年期!?”(字幕が出る)と叫ぶように言いました。その後しくみの解説やモデルケースを紹介していったのですが、思わずこみ上げてきたのは<また変な言葉が流行るのかな>ということでした。 以前(今でもかなり使われている)若年性更年期という意味不明な言葉がマスコミに横行したことがあります。受診された30代の方がよく「更年期障害と言われたのですが、ホルモン療法をした方がいいでしょうか?」と訴えられました。その都度誤解を解いてきたのですが、今度はしゃれた言葉だけに20代の方々にも広がりそうな予感がします。 更年期障害はあくまでも45才以降の加齢に伴って生理的におこる卵巣の機能低下が原因ですので、他の原因で起こる無月経や不定愁訴と意味は全く違います。もちろん治療法も違います。
| 2004年01月13日(火) |
赤ちゃんは、産まれてくる |
今日の日記は、生命が産まれる仕組みを体験しながら出産された方のお話しです。 昨夜から今日にかけて4人の方の出産があり、皆さん安産でした。 その中のお一人が、あかちゃんの頭が産道から外へ見え隠れする、産まれる間際、時々“すごい!すごい!”と、つぶやくように、傍にいるご主人に言っていました。出産が無事終わり、カンガルーケアで胸のあたりに抱きついている、かわいい我が子を感じながら、ふと漏らした言葉が“赤ちゃんはほんとに産まれてくるんだ”でした。 分娩の開始は胎児の側に引き金があることがわかっていますが、生命の不思議な営みを実感しながらの出産に、私たちも感動をいただきました。
最近我が家に室内犬が2匹やってきた。実にかわいい。しかし実に大変。室内犬は人間と同じように生活するから、どうやら自分が人間と違うとは思っていないらしい。当然の権利とばかりに自己主張する。そこで訓練の話になった。家族が自分の思うところを言うわけだが、結局最近見た盲導犬の訓練の話に落ち着いた。 決して怒らない。決して譲らない。出来たときは大げさにほめ、なで、さする。これって子育ての原理!?
趣味で吹きガラスを学んでいるが、形あるものを作れるようになった最初はグラスをつくることから始める。 グラスをつくる時最も難しいのが底を残すことだ。ガラス玉を熱して、空気を吹き込んでふくらませるのだが、薄いところは早く冷め(固くなる)、暑いと吹きすぎて、つい底が無くなる。底がないと割れてしまう。 子育てにも通じるものがある。子育ての底づくりは3才までというのが昔からの定説のように思う。日本語で一人前の人間のことを“知情意”のそろった人というが、この“知情意”こそ底にあたるものだ。情(じょう)はなさけとも読むがこころの最も深い部分までを表す言葉である。人間だけが生まれて1年間はあまり動くことができない動物である。お母さんに抱かれ、おっぱいをもらい、命を守られる。納豆の糸のように見えない絆がつむがれ、母への絶対的な信頼感が確立する。これが情というこころの底をつくる。
例年、新年には当院出産の方々から、家族やお子さんの写真いり年賀状が沢山届きます。みんな一番いいお顔をして、にこやかにこちらを見ています。 1月7日には全員の家族賀状を待合いロビーに貼って、外来受診の方々に幸せのおすそわけをしています。今年は300通もの笑顔が壁いっぱいに広がりました。 当院のお正月です。
今日朝目ざめると、喉に痛みがあり、身体の違和感を感じた。ありゃ?風邪かな?と思いながら出勤し、いつもの外来、予定の手術などをしていると、だんだん鼻水が止まらなくなってきた。久しぶりに風邪さんとのデートになるらしい。 不思議なことに、風邪をひくときは決まって週末か休日前で、月曜日には治っているというパターンがほとんどだ。休養しなさいと言う天の声かなと思い、あまりがんばらないのがいいのか、休み前には気が抜けるのかは定かではない。 確かに人間の身体は不思議なもので、夢中になって何かをしているときは症状は全く消えている。今日も手術の最中は風邪をひいていることさえ忘れていた。病は気からというけれど、風邪もそうなのかと思う。
神の領域にまで足を踏み込んだかのようにも見える現代の生殖医療は、まさに子供を作る産業とさえ言えます。不妊に悩むカップルには福音の医療ですが、その最先端医療にたずさわる専門家の間に、どこまで生まれてくるこどもたちの未来に関われるかという深刻な問題が広がっています。 家人が不妊治療を長く続けてきた知り合いの方からとても心を打たれるお話を聞くことができました。 “子どもが欲しいとばかり思ってきたのですが、親が欲しいと思っている子どももいるんですよね。それに気づいてから、こどもをつくるのではなく、子どもを待つという自然な気持ちになりました。” 辛抱強く続けた不妊治療の末の貴重な気づきです。
今日知人から胸に響くメールが届きました。強い想像力は想いを実現させるというテーマで、感動的体験談を記したものです。
15年前の正月、ロサンゼルスのリトル・トーキョーにもお餅を焼くにおいが広がっていた。私の背丈の二倍はあろうかというスペースシャトル像の下には、次のような銘版が刻み込まれていた。
「君達の未来や理想は目に見える範囲だけのものに制限されるのでなく、君達の想像力を自由に働かせることによって広がるものです。そして君達の人生を価値あるものにしなさい。君達が努力した事により世界はより良き場所となるだろう」
1986年1月28日に、悲劇のチャレンジャー号と共に大空に散った、初の日系人宇宙飛行士エリソン・ジョージ・オニズカ空軍大佐の言葉だった。私は、感動と共にしばし立ち尽くした。(角田識之)
あのスペースシャトル、チャレンジャー号の貴重な遺産の一つですね。
今午後10時30分です。 つい先程外来診療が終わりました。辛抱強く待っていただいた多くの方々に深くお礼とお詫びをいたします。 午後から3人の赤ちゃんが生まれた嬉しい日ですが、外来を中断せざるをえなかったわけです。待ってくださって、ありがとうございました。
研修医の頃手術の基本を教えていただいた大先輩から今年も年賀状をいただいた。その一節に、“時代はまた変わっていくようです。”とありました。 確かに産科医療は、生命が生まれるという自然の仕組みは何一つ変わっていないのに、それを取り巻く社会的要求や、医療に仕組みの基準は、凡人には未来予測不能なくらい様変わりしてきましたし、さらに世代変化のスピードを速めて変わりつつあります。 時代に合わせた判断基準をパラダイムといい、その世代変化をパラダイムシフトと呼びますが、新しいパラダイムをつくっていく人たちはいいのですが、それについていく我々は、うっかりすると浮き草のように根がどこにも届いていない、浅い知識の中で付和雷同してしまうおそれがある。 しっかりと根を見定めて、その時代の根元的なパラダイムを自分の中に位置づけていく努力を怠らないことを痛感する。
先日ラジオでジャズシンガー、エディ・クリプトン特集をしていました。何気なく聞いていると、彼が語った言葉「今はしあわせだ。仕事と家族、半分ずつのしあわせが味わえるようになったから」というのが印象に残った。 好きなことを一生懸命にすることは自己実現につながる。それは重要。しかし振り返ってみると、その一生懸命さに随分犠牲になった家族や仲間がいたことを思い知らされる。 今日は今年最初の父親学級でした。120人あまりのご夫婦と子どもずれでさすがのアイナリーホールもいっぱいで、熱気にあふれた会になりました。父と夫の役割を果たすのはなかなか難しいものがある。さらに社会人と家庭人の二つを楽しみながらこなすには不断の努力がいる。 “半分ずつのしあわせ”とはなかなか味わい深い言葉です。
| 2004年01月03日(土) |
遊びをせんとて生まれけん |
明け方、お産があり、ホッとしてテレビをつけると、ふもと温泉という地元の方々のためにつくられた温泉の紹介をしていました。いろいろな方々が登場した中に、ご主人を亡くされた方のお話しがありました。 「気がついたときは癌が進行し、手術したのですが助かる見込みはないと言われました。退院した後、ふたりで通ったのがこの温泉です。最後まで思いっきり遊ぼうと思ったのです。それから二人だけの密度の濃い時間を送ることができました」といわれるその方の顔を見ながら、思わず涙がこみ上げてきました。本当にいい道を選ばれたものだと感動しました。
今年はどうしたことか、年初めから出産、外来、入院とスタッフは息つく暇もないくらいめまぐるしく時間が過ぎてゆきます。その中のひとりが「まるで今年1年を象徴しているみたいですね」と感想を言っていました。嬉しいことです。 以前、私が“忙しい!”と言ったら、敬愛している方が“忙しいとはこころを亡くすと書きます。御用繁多と私たちは言います。”と諭されたことをこころに刻んでいます。確かに忙しいと言われると、とりつく島もない、拒否の言葉にとられますね。
あけまして おめでとうがざいます
今年も世情は波乱の幕開けとなりました。 世界がどうあれ、こどもたちの未来が 明るいものとなるために 何が出来るかだけを考えて 私たちに与えられた役割を果たしてまいります。 皆様のますますのご活躍をお祈りいたします。
平成16年元旦 医療法人サン・クリニック 院長 山縣 威日 スタッフ一同
今日は4人の方が出産で待機されています。今年も沢山のこどもたちがやってきそうです。感謝!
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