井口健二のOn the Production
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2023年05月28日(日) ABYSS アビス、バカ塗りの娘

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※
※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『ABYSS アビス』
2020年3月紹介『ワンダーウォール』に主演の俳優・須藤蓮
が脚本、監督、主演し、同作の脚本を務めた2003年10月紹介
『ジョゼと虎と魚たち』などの脚本家・渡辺あやが共同脚本
で参加している都会に生きる若者を描いた青春ドラマ。
主人公は渋谷でのバー勤めやモデル稼業で目的もなく生きて
いる若者。その兄が行方不明の末に故郷の海で自死。その葬
儀に参列した主人公は、棺の前で泣きじゃくる女性を目にす
る。その女性は以前に兄が乱暴した相手だった。
そんな葬儀を終えて都会に戻った主人公は女性と再会。何と
なく彼女と付き合い始めるが…。主人公は兄は死んでくれて
良かったと思っていたが、その兄からひどい目に遭わされて
いたはずの彼女の意見は違っているようだった。
そんなすれ違う想いが、やがて兄を飲み込んだ故郷の海へと
2人を向かわせる。

共演は2016年8月紹介『闇金ウシジマくんザ・ファイナル』
に出ていたという佐々木ありさ。ダンス歴17年という女優は
劇中で特技も披露してくれる。他に夏子、松本亮、浦山佳樹
らが脇を固めている。
題名からは1989年のジェームズ・キャメロン監督作品を思い
出したが、海の深淵という意味合いでは実際の海中と、都会
という得体のしれない空間の中での深みというか、そんなイ
メージも湧いてくる。その中でもがき苦しんでいる主人公と
いう感じなのかもしれない。
主人公の兄への想いが憎悪なのか憧れなのか、その辺の複雑
な思いも微妙に語られ、それが兄の自死という顛末の中で複
雑に変化して行く様子も巧みに描かれているように感じられ
た。僕自身、多少疎ましい兄がいたこともあり、その辺はい
ろいろと考えてしまったものだ。
まあそれが監督の狙いかどうかは判らないが、個人的には複
雑な思いが感じ取れる作品でもあった。渋谷という土地柄に
は、新宿や池袋とも違う得体の知れなさを感じるが、そんな
雰囲気もしっかりと捉えられた作品とも言えるだろう。

公開は9月15日より、東京地区は渋谷シネクイント他にて全
国順次ロードショウとなる。
なお本作は本試写が始まる前の内覧のような状況で見させて
貰ったが、その際の監督の挨拶では特に地方上映に向けた熱
意も感じられた。因に本作は2本目の監督作だそうで、前作
を持って地方を巡った際にいろいろと思うところがあったよ
うだ。その気持ちにも共感したものだった。
監督・須藤蓮。ちょっと目を離せない名前になりそうだ。

『バカ塗りの娘』
2019年1月紹介『まく子』の鶴岡慧子脚本・監督で、2019年
7月紹介『超・少年探偵団 NEO』などの堀田真由を主演に迎
え、青森県の伝統工芸・津軽塗を描いた作品。
漆を塗っては研ぎ、塗っては研ぎの繰り返しで何度も塗るこ
とからバカ塗りとも称される津軽塗。主人公はそんな津軽塗
で代々続く職人の家の娘。祖父は文部科学大臣賞も受賞した
名工だったがすでに引退し、父親が継いだものの工芸品の需
要は多くはない。
そんな暮らしを嫌って母親は家を出て行き、長男の兄も家業
は継がないと宣言して美容師の道に進んでいる。そして主人
公は家計を助けるために近所のスーパーでパート務めしなが
ら、家業の事務管理などを行っていた。そんな主人公がパー
トに向かう道にある花屋の店員に目を留めるが…。
こんな日常の中で、主人公が津軽塗の大作に挑むようになる
までが描かれて行く。それはバラバラになった家族が再び結
集する過程でもあった。ちょっと唐突な感じの展開だが、そ
の間には見事な伏線回収や、ネタバレ禁止の展開も用意され
ているものだ。

共演は2022年11月紹介『仕掛人・藤枝梅安』などの小林薫、
2019年8月4日付題名紹介『閉鎖病棟−それぞれの朝−』な
どの坂東龍汰、Kis-My-Ft2の宮田俊哉。他に木野花、坂本長
利、片岡礼子、洒向芳、松金よね子、篠井英介、鈴木正幸。
さらに王林、ジョナゴールドらが脇を固めている。
映画では津軽塗の制作課程や技法などもかなり丁寧に紹介さ
れ、それを観るだけでも感激する作品になっている。そんな
中で主人公が挑戦する大作に関しては、以前にニュースなど
で聞いた記憶があり、それをしっかりと観られたことも嬉し
い作品だった。
それに加えて津軽塗の特性を活かした見事な伏線と絶妙なそ
の回収。これには思わず目頭が熱くなるものだった。これは
良く描かれた作品だ。とは言うものの廃校のセキュリティの
甘さや、その侵入が問題にされない展開などは、少し疑問に
感じるところではあったが。
でもまあそんな乗りの作品ということでは良い出来と言える
だろう。

公開は8月25日より青森県での先行上映の後、9月1日から
全国ロードショウとなる。



2023年05月21日(日) ワイルド・スピード/ファイヤーブースト、ナチスに仕掛けたチェスゲーム、世界が引き裂かれる時、Gメン

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
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『ワイルド・スピード/ファイヤーブースト』“Fast X”
2017年4月16日付で第8作の『ICE BREAK』 を題名紹介した
カーアクションシリーズの第10作で、最終章になるとされて
いる作品。
2001年の第1作から観続けてきたシリーズではあったが、実
は前作はCOVID-19禍の影響で観ることを断念。従って本作を
観ることに懸念はあったが、それは杞憂、もちろん前作との
絡みもあるようだが、気にはならなかった
それよりも本作は、2011年7月紹介第5作『MEGA MAX』の続
きと言えるもので、同作で主人公らが成敗したリオの裏社会
で警察も牛耳っていた権力者の息子が、復讐に燃えて主人公
らに襲い掛かってくる。
とは言えその顛末は、主要部のほぼ全てがフラッシュバック
で紹介されるもので、初めて観ても全く支障がないように作
られている。まあ細かいところではいろいろと仕掛けは施さ
れていたが…。
という訳で本作では、ほぼ何の柵もなく、存分にアクション
を楽しめる作品になっている。それもカーアクションから格
闘技、さらには大規模な爆発まで、いろいろなアクションが
ぎっしりと詰め込まれた作品だ。
しかも上映時間も2時間21分とたっぷりある。それがほぼの
べつ幕なしのアクションで埋め尽くされているのだ。これを
観ずして何がエンターテインメントかと言いたくなるような
作品だった。
それにしてもカーアクションの見事さはとても書き切れない
ものだが、さらにそこに登場する車種の多様さも、2023年型
からヴィンテージまで、マニアには堪らない作品になってい
るようだ。

出演はヴィン・ディーゼル、ミシェル・ロドリゲス、ジョー
ダナ・ブリュースターのオリジナルメムバーに加えて、第3
話からのサン・カン。さらにタイリーズ・ギブスン、クリス
・“リュダクリス”・ブリッジス。
そしてシャーリーズ・セロン、ヘレン・ミレン、リタ・モレ
ノのオスカー3女優に加えて、2015年度の主演女優賞受賞者
ブリー・ラースン(前作から登場)。さらにジェイスン・ステ
イサム。そしてジェイスン・モモアらが脇を固めている。
脚本は前作を手掛けたジャスティン・リンとダン・マゾー。
監督は、前作までのリンに代わってステイサムとのコラボで
2002年11月紹介『トランスポーター』シリーズの最初の2作
を手掛けたルイ・ティリエが担当した。
公開は5月19日より、全国ロードショウとなっている。実は
本作の試写会は15日に1回だけ行われたもので、しかも18日
まで報道規制が敷かれていた。そんな訳で公開後の紹介にな
ったものだ。

『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』
             “Schachnovelle/Chess Story”
オーストリア出身のユダヤ人作家シュテファン・ツヴァイク
が1941〜42年に亡命先のブラジルで執筆し、その完成直後に
自死したことから、ナチスに対する最大の抗議の書とされる
中編小説「チェスの話」の映画化。
開幕はロッテルダム港。ニューヨーク行きの客船の乗船口に
男性が向かっている。その男性は乗船口で生き別れだった妻
と再会するが…。
話は過去に戻って1933年、ウィーンで公証人として開業する
主人公の許にはユダヤ人企業家の財務資料が集まっていた。
そんな中でナチスドイツとオーストリアの併合が発表。しか
しユダヤ人ではない主人公には危機感は湧かなかった。
ところが進駐したドイツ軍のゲシュタポは主人公の持つ財務
資料に注目。その原本は辛くも焼却したが、ゲシュタポの将
校は彼が記憶したはずの口座番号を聞き出そうとする。それ
を拒否する主人公はとあるホテルに監禁され…。
そこから想像を絶する拷問が始まる。それは肉体を傷つける
のではなく、主人公を世間から隔絶させることで、精神的に
追い詰めようとするもの。そんな中で主人公は偶然チェスの
教本を手に入れ、それは彼を思わぬ運命へと導く。

出演は2016年4月紹介『帰ってきたヒトラー』でヒトラーを
演じていたオリヴァー・マスッチ。他に2022年版の『西部戦
線異状なし』でBAFTA 最優秀助演男優賞にノミネートされた
アルブレヒト・シュッヘ。2010年9月紹介『白いリボン』な
どのビルギット・ミニヒマイアーらが脇を固めている。
監督は2010年1月紹介『アイガー北壁』などのフィリップ・
シュテルツェルが担当した。
同じ原作からは1960年にクルト・ユルゲンス主演による映画
化もされているようだが、その他にも舞台化やオペラ化もさ
れ、さらにはグラフィックノヴェルとしても出版されている
とのこと。
正直に言って僕は原作は知らず、邦題だけを見てナチスに対
する機密作戦みたいなものかなと思っていたのだが、物語は
もっと深く観客の心を抉るような作品になっていた。正しく
観終って直には席を立てなかったくらいのものだ。
それは恐らく侵略戦争の現実を、侵略された側から巧みに描
き切ったものだし、今ウクライナで起きていることかもしれ
ない物語ということだ。監督は「原作者の知らなかった未来
を我々は知っている」と発言しているが…。

公開は7月21日より、東京地区はシネマート新宿、大阪地区
はシネマート心斎橋他にて全国順次ロードショウとなる。

『世界が引き裂かれる時』“Клондайк”
上の作品に続いての反戦映画で、こちらはモスクワの侵略に
直面しているウクライナの作品。2020年にウクライナ国内で
撮影され、昨年のサンダンス映画祭、ベルリン国際映画祭な
どで受賞し、全世界では41冠に輝いている。
物語の舞台は最近のニュースでもよく耳にするウクライナ・
ドネツク州。ヒマワリ畑や草原の広がる場所にウクライナ人
の夫婦が暮らしている。その妻は妊娠しており、体形は臨月
も近いと思わせるものだ。
一方、夫は隣人に貸した車を取り返そうと草原を走り回って
いるが、どうやら車は親ロシアの分離主義者の組織に徴発さ
れているようだ。そんな夫婦の家に砲撃の誤射が着弾し、家
の壁が吹き飛んでしまう。
それでも夫には組織への加入が求められ…。やがて夫婦は否
応なしに親ロシア派と親ウクライナ派の対立に巻き込まれて
行く。そして2014年7月17日、マレーシア航空17便の撃墜事
件が発生する。

実話に基づくとされる脚本の執筆と監督は、キーウ国立映画
大学で学んだ後にポーランドのアンジェイ・ワイダ映画監督
学校を卒業したというマリナ・エル・ゴルバチ。女性監督に
よる長編第5作とのことだ。
主な出演者はオクサナ・チェルカシナ、セルゲイ・シャトリ
ン、オレグ・シェルビナ。
親ロシア派と親ウクライナ派の対立というのは、傍目からは
なかなか判り難いところがあるが、本作を観ているとその複
雑な様相も少し判りかけたかなという感じにはなる。でも実
際はもっと複雑なのかな。
でもまあ親ロシア派の横暴振りなどはよく理解できるし、そ
の辺が監督が描きたかったポイントでもあるのだろう。そん
な監督の思いは良く伝わってくる作品だった。そしてその現
実は今も現地では続いているものなのだろう。
正直に言って戦争の愚かしさを描いた作品は今までにも何本
もあったが、本作ではシュールとも言える意味不明の対立の
様相で、これが現実と思うと、それは正に狂気の沙汰と言い
たくなるようなものだ。
そんな現実が見事に描かれた作品とも言える。なお出演者や
スタッフの多くは、現在は前線で戦いに身を投じているそう
だ。

公開は6月17日より、東京地区は渋谷のシアター・イメージ
フォーラム他にて全国順次ロードショウとなる。

『Gメン』
2022年にテレビドラマ化された『ナンバMG5』などの小沢
としおが、2014−18年に「週刊少年チャンピオン」誌で発表
した不良学園漫画を、ジャニーズ岸優太の主演で映画化した
作品。
女子にモテモテとされる名門私立高校・武華男子高校に転校
してきた主人公は早速ナンパを開始するが、彼が転入したの
は「武華の肥溜め」とも称される落ちこぼればかりの最底辺
クラスだった。…。
そんな中でも生涯初のガールフレンド獲得を目指して奮闘す
る主人公だったが、敵対する不良グループとの抗争やガール
ズグループとの交流の中で徐々に仲間を獲得し、遂には教師
も巻き込む青春ドラマへと昇華する。

共演は竜星涼、矢本悠馬、SixTONES森本慎太郎、EXITりんた
ろー。。他に恒松裕理、吉岡里帆、高良健吾、尾上松也、田
中圭らが脇を固めている。
監督は2019年『劇場版おっさんずラブ』などの瑠東東一郎。
脚本は2019年4月21日付題名紹介『凪待ち』などの加藤正人
と2011年『アジアの純情』などに出演の丸尾丸一郎が担当し
た。
脚本の加藤は1980年代の日活ロマンポルノに始まって、90年
代の『ゲレンデがとけるほど恋したい。』や2006年の『日本
沈没』なども手掛けた大ベテランで、そのツボを心得た展開
が映画を見事に整えていると言えるのだろう。
不良学園ものというと最近では喧嘩自慢の俳優を集めたガチ
の格闘技戦ような作品も目立つが、そうではない見せるアク
ションを丁寧に演出した作品には好感が持てるし、そこに挟
まるコミカルさも充分に生きている。
正直には巻頭シーンなどの学芸会的な演出に少し危惧も感じ
たが、それが逆に乱闘シーンの真剣さを際立たせ、ガチでは
ないけど真剣にアクションしている感じを盛り上げている雰
囲気にもなっていた。
アイドル主演の映画でこれは悪い作りではない。因にこの作
品も情報解禁前で、配役などのいろいろな情報をお伝え出来
ないものだ。ただし岸優太の主人公は、原作者のお墨付きだ
そうだ。

公開は8月25日より全国ロードショウとなる。
        *         *
なおこの週はもう1本、DC映画の『ザ・フラッシュ』の内
覧試写もあったが。6月16日公開のこの作品は情報解禁前と
いうことで紹介ができない。フラストレーションで一杯のと
ころだが、マニアには涙ものの作品とだけ記しておきたい。



2023年05月14日(日) 世界のはしっこ小さな教室、NEW RELIGION、古の王子と3つの花、リファッション、ミート・ザ・フューチャー

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『世界のはしっこ、小さな教室』“Être prof”
アフリカのブルキナファソ、ロシアのサハ共和国、南アジア
のバングラディシュ。それぞれの土地で初等教育に携わる女
性教師の姿を追ったドキュメンタリー。
最初に登場するのはブルキナファソの教師。2人の子供を抱
える女性だが、自らが教育を受けたことの恩恵を語る彼女は
国立初等教育学校を卒業、家族と離れて6年間の任期で僻地
の任地に向かう。
人口2150万のこの国では15歳以上の識字率が41.2%。しかも
公用語のフランス語の他に50以上の言語が話されているとい
う。そして彼女がやってきたのは5つの言葉が話される村。
インフラもないこの場所で活動が始まる。
次の描かれるのは人口97.2万人というシベリアの小国。この
国でも4つの言語があり、しかも遊牧民のエヴェンキ族では
その伝統や言語も失われつつあるという。そんな土地に生ま
れた女性は、民族の伝統を守るため奔走する。
それはユネスコの支援も受けた教育とされるが、トナカイの
引く橇に教材や机を載せて遊牧民のキャンプを巡り、1ヵ所
10日間ずつの授業を行う移動式の学校だ。そして彼女は義務
教育だけでなく先祖の言語や伝統を伝える教育も行う。
最後に登場するのはモンスーンの影響で1年の半分は水に浸
かっているという北部の地域。ここでは結婚を勧める両親を
説得して高校を卒業し、教育者を目指したという女性教師が
ボートスクールに子供たちを集める。
そして法律では禁じられている児童婚が常習されるこの土地
では、親を説得して子女に高等教育を目指させることが彼女
の使命にもなっている。そんな中で姉の結婚が進められてい
るという少女が学校を休みがちになる。

監督は前作では定年間近の老教師の風変わりな授業を追った
というエミリー・テロン。プロデューサーは2012年『世界の
果ての通学路』のバーセルミー・フォージェア。教育問題に
関心を寄せる両者が、世界の果てで教育に全てを捧げる女性
教師の姿を見事に記録した。
作品では3カ国の映像が入れ子で提示される。しかし風景や
展開も異なる3つの物語は混乱することもなく、すっきりと
見ることができた。そしてそれぞれの国での教育の抱える問
題点が巧みに描き尽くされている。
さらにそれぞれが、期待以上の成果を上げていることも見事
に描かれている作品だった。

公開は7月21日より、東京地区はヒューマントラストシネマ
有楽町、新宿武蔵野館他にて全国順次ロードショウとなる。

『NEW RELIGION』
第21回(2018年)文化庁メディア芸術祭で新人賞を受賞したと
いう愛知県出身Keishi Kondoの脚本・監督・編集・プロデュ
ースによるアブストラクト・SF心理ホラーと称する作品。な
お本作はサンティアゴホラー映画祭にて審査員賞受賞の他、
今年のSlamdance Film Festival への参加も決まっているよ
うだ。
主人公は幼い娘を亡くした母親。その後に離婚した女性は、
その悲しみを癒すためかデリヘルで働いている。そんな女性
が客から背骨の写真と撮らせて欲しいと頼まれる。写真撮影
は店からは禁止されていることだったが…。
ところが撮影が進む内に彼女は肉体の一部を喪失して行くよ
うな感覚を覚え、それに併せて亡くした娘の存在を感じるよ
うになって行く。しかしそれはある目的に向かって進む出来
事の序章だった。
タイトルは「新興宗教」というような意味合いだと思うが。
それを宗教と呼べるかどうかは判らないものの、それに似た
心理学的な事柄が描かれているようには見える。ただし物語
の本質は別のところにある。

出演は瀬戸かほ、岡サトシ、西園寺流星群、沼波大樹、水田
黒恵、ナカムラルビイ、永田祐己。主にインディペンデンス
の作品で活躍の俳優や、ミュージシャン、コスプレイヤーと
いった人たちが登場している。
上では宗教的な意味合いと書いたが、実は物語では蛾の繭か
ら成体までの完全変態のことが語られており、そこに記憶を
注入するというような説明もある。これはつまり映画化もさ
れたジャック・フィニーの『盗まれた街』なのかな。
他にも星新一のショートショートでもそんな話はあったよう
に思うが、本作ではそれを記憶を盗まれる側から描いている
ということようで、これはSF的にもなかなか興味を惹かれ
る話になっていた。
ただしその点が映画の中で明確ではなく、観ていて混乱を生
じる。出来たらアブストラクトなどと言わずに真っ当なSF
として描いて欲しかったかな。それに十分に耐える話だし、
それを描ける監督のようにも思える。
その点がちょっともったいなくも感じる作品だった。

なお公開は当初の予定では6月となっていたが、何かの事情
で延期になっているようだ。

『古の王子と3つの花』
      “Le pharaon, le sauvage et la princesse”
2019年5月紹介『ディリリとパリの時間旅行』などフランス
のアニメーション作家ミッシェル・オスロ監督による2022年
の作品。
前作の物語に時間旅行はなかったが、本作では約3000年前の
古代と中世、それに18世紀の3つの時代の3つの物語が描か
れる。
その第1話「ファラオ」では、アフリカ・スーダンの王国を
舞台に絶世の美女に恋した王子が彼女の摂政である母親の命
に従いファラオになるため研鑽し南北エジプトの統一を成し
遂げる。
第2話の「美しき野生児」では、オーヴェルニュの城に暮ら
す幼き王子は領主の父親からは疎まれていたが、牢獄の囚人
と話を交わす内に彼に同情し脱獄を手助けしてしまう。それ
を父に話した王子は森で処刑されることになるが…。
第3話の「バラの王女と揚げ菓子の王子」は、謀反でモロッ
コの王宮を追われた王子は隣国に逃げ込み、揚げ菓子の職人
の許で研鑽してその菓子が評判を呼び始める。そして王女に
献上することになる。

元々はパリのルーヴル美術館で2022年に開催された展覧会の
ために第1話が制作され、そこから派生して他の2話が作ら
れたそうだが、いずれも時代考証などは正確に作られている
ようだ。
その中でも第1話ではエジプトの壁画風のヴィジュアルが見
事に物語に嵌っている。そして第2話では往時の城の姿など
が綿密に調査され、その成果は本作だけでは収まり切れない
ものだったとされる。
それに対して第3話の物語はかなりファンタスティックに展
開されるが、登場するお菓子やその他の食べ物には詳細な考
証がされたようで、それは観ていて食べたくなるようなもの
ばかりだった。

声優は、ストーリーテラーとして2019年6月紹介『風をつか
まえた少年』などのアイサ・マイガ。他に、2022年Netflix
で配信『危険な関係』などのオスカル・ルサージュと、コメ
ディ・フランセーズ所属のクレール・ドゥ・ラリュドゥカン
が各話のヒーローとヒロインを演じている。
正に芸術的アニメーションという感じの作品だ。
公開は7月21日より、東京地区はヒューマントラストシネマ
有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA、UPLINK吉祥寺他にて、全国
ロードショウとなる。

『リファッション』“reFashioned”
『ミート・ザ・フューチャー』“Meat the Future”
「エシカル・ライフ・シネマ特集」と題して上映される2本
のドキュメンタリー。
1本目は香港を舞台に衣服のリサイクルを目指す3人の企業
家を描く作品。
その1人目は衣服を繊維の段階にまで戻して新たな生地を再
生産する。2人目は高級子供服をリサイクルするためのシス
テムを構築する。そして3人目はペットボトルのリサイクル
を進めている。
そんな3人の仕事ぶりが、今回最初に紹介した作品と同様の
ストーリーを入れ子にした構成で提示される。ただし本作で
はいずれもが香港の話で、背景の区別も付き難く、観ていて
混乱を避けられない感じがした。
しかも内容的には互いに共通するものが薄く、もちろんリサ
イクルという点では共通するが、全体としては統一感のない
作品になってしまっていた。それは同時に訴えるものも希薄
に思えたものだ。
これならそれぞれを独立させて、3部構成で描いた方が判り
易かったのではないかな。それと香港の特殊性みたいなもの
が全く紹介されないのも奇異に感じたが、これは政治的な配
慮もあったのだろうか。
それに対して2本目は、動物の肉を培養して食肉として提供
できるものにするという壮大なもの。それをかなり初期の段
階から綿密に取材して描き上げたもので、これには見ていて
納得するところが大きかった。
原題は“Meat”だが、正に‘meet the future’ の感覚で見
られる作品になっていたものだ。これは本当にSFが現実に
なってきているという感じもした。それに起業家の元職が心
臓外科医というのも関心した。
人造肉というと以前は大豆ミートや、中にはミミズバーガー
なんて話題もあったが、こんな風に筋肉繊維を作り出せると
は…。それが心臓外科技術の応用ということにも感激したも
のだ。
そこに旧来の牧畜産業のロビイストが絡むのも現実的で、こ
れは良く取材されているという感じもした。それにしてもト
ランプ政権時代の話で、ロビイストがテンガロンハットとい
うのには笑ったが。
いずれにしてもこれは見事なドキュメンタリーだった。

公開は2作一緒で6月9日より、東京地区はYEBISU GARDEN
CINEMA、UPLINK吉祥寺他にて、全国ロードショウとなる。



2023年05月07日(日) フリークスアウト、THE KILLER/暗殺者、NO LIMIT, YOUR LIFE

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
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※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※
※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『フリークスアウト』“Freaks Out”
イタリアのアカデミー賞とされるダヴィッド・ディ・ドナッ
テロ賞で7冠に輝いた2017年4月紹介『皆はこう呼んだ、鋼
鉄ジーク』の脚本・監督を手掛けたガブリエーレ・マイネッ
ティによる第2作。本作では6冠に輝いた。
時代背景は第2次世界大戦下。そこに登場するのはユダヤ人
イスラエルが率いる5人だけのサーカス団。しかしその演目
は、口に咥えた電球を輝かす電気少女やアルビノの蟲使い、
多毛男に磁石人間など少し毛色の違ったものばかりだ。
そんなサーカス団にも戦火が迫り、団長はアメリカへの脱出
を企てる。ところが資金を持って手筈を整えに行った団長が
消えてしまう。そこで残された4人のフリークスは生きる術
を検討し始めるが…。
一方、イタリアで興行中のベルリン・サーカス団は、異能の
ピアニスト=フランツに率いられて華麗な興行を繰り広げて
いたが、フランツの真の狙いは悪化する戦況を打開できる特
異な能力の持ち主を探し出すことだった。
そんなフランツの前に4人組が現れる。

出演は、『皆はこう呼んだ…』でドナッテロ賞主演男優賞を
受賞したクラウディオ・サンタマリアと、2002年生まれ8歳
から演技を始めていたというアウロラ・ジョヴィナッツォ。
他に2004年9月紹介『赤いアモーレ』などのセルジオ・カス
テリット監督の息子で同作で映画界デビューしたというピエ
トロ・カステリット。さらにジャンカルロ・マルティーニ、
ジョルジョ・ティラパッシ、フランツ・ロゴフスキらが脇を
固めている。
試写案内の惹句には「超人サーカス団VSナチス・ドイツ」
とあって、そんな映画かなあと思って見ようとしたら、上映
時間が2時間21分もあって驚かされた。正直に言ってそんな
に持つのかな、と不安にもなったものだ。
ところが観はじめると、掴みからキャラクターの立て方、そ
れに物語の展開などが実に巧みで、観ていて全く飽きさせな
い。特に敵役のキャラクターの立て方が巧みで、それを良い
アクセントにして見事な展開になっていた。
しかも主人公側のフリークスの異能は、言ってみれば昔の地
元の祭りなどに来ていた眉唾物の見世物が実はインチキ無し
だったという程度で、イメージ的には今一なのだが。敵役の
異能は本物。その捻りが実に巧みなのだ。
その辺りのヒューマンドラマが見事としか言いようがなく、
そこに対抗するように描かれる女性フリークスのドラマも巧
みで、完璧としか言いようのない作品だった。因に敵役の異
能だけを見れば、これは正しくSFと言える作品だ。

まだ第2作で、本当に凄い作品を作ってきたものだ。
公開は5月12日より、東京地区は新宿バルト9他にて全国ロ
ードショウとなる。

『THE KILLER/暗殺者』“더 킬러: 죽어도 되는 아이”
2012年5月紹介『依頼人』などの俳優チャン・ヒョクが自ら
企画・主演したという作品で、10年以上にわたりボクシング
やテコンドーで肉体を作り上げてきたという俳優が、その成
果を発揮するアクション作品。
主人公は元暗殺者。その報酬や財テクで引退後は優雅な生活
を送っている。そんな主人公の妻が女子友と旅行に行くこと
になり、その間に女子友の娘を預かることになる。ところが
その娘が人身売買組織に拉致され、主人公はやむを得ずその
奪還に動くことになるが…。

共演は、韓国・日本・台湾出身のメムバーからなるガールズ
グループ「公園少女」のイ・ソヨンと、4部作ドラマ「ファ
ンレターを送ってください」で人気のパク・ヨンウン。他に
香港やハリウッド映画にも出演のアクション俳優ブルース・
カーン。テレビドラマに多数出演のイ・スンジュンらが脇を
固めている。
原作はウェブ小説だそうで、その物語からチャンの前作でも
組んだというチェ・ジェフンが監督している。
格闘技自慢の俳優が自ら企画したアクション映画と言うのは
他の国でも散見されるところだが、得てして格闘技の見せ場
ばかりで映画としては不満足なことも多い。その点で本作は
原作を巧みに昇華させたというところかな。
物語もそれなりのどんでん返しがあったり、巧みに作られて
いるし、特に主人公と妻との関係性が短いシーンで巧みに表
現されているのも良い感じだった。上で紹介の作品で女性フ
リークスのドラマも一瞬のシーンで表現していたが、本作も
その短いドラマが響いてくるものだ。
そして本来のアクションシーンでは、斧から拳銃まで多彩な
武器が巧みに扱われて、しかも元暗殺者という設定らしく、
敵を必ず仕留めて行くという展開も観ていて納得できるもの
になっていた。その行為に全く後ろめたさがないというのも
見事な作劇だ。
それに韓国映画には珍しく(?)、政治家が全く絡んでこない
というのも観ていてすっきりする感じだったかな。取り敢え
ず上質のエンターテインメントと呼べそうな作品だ。上映時
間が95分というのも良い。

公開は5月26日より、東京地区はシネマート新宿他にて全国
ロードショウとなる。

『NO LIMIT, YOUR LIFE』
27歳でALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症した男性と、その
病を知りながら結婚した女性を追ったドキュメンタリー。
内容紹介からは2018年12月2日付題名紹介『こんな夜更けに
バナナかよ』を思い出したが、その作品で描かれたのは筋ジ
ストロフィーによる全身麻痺。それに対してALSでは、発
症後には手足の麻痺だけでなく、喉の機能の低下による誤嚥
を防ぐための胃婁処置によって声も奪われ、眼球の動きによ
るコミュニケーションも困難になって行くという。正しく難
病中の難病と言われる病だ。
しかし本作に登場する武藤将胤・木綿子の夫妻は、その状況
を打開すべく雄々しく立ち上がって行く。そんな夫妻がまず
着目したのは、ALSで最後まで動かせるとされる「目」。
そのため夫妻は眼鏡メーカーと協力して目の動きを検知する
眼鏡を開発。それを用いて将胤はDJになる夢を叶え、著名
アーチストとの共演も果たす。
元々将胤は、発症前は大手広告代理店の広告マンだったとい
うことで、そんな前職での人脈がこういう事業を叶えさせて
いるのかもしれない。それ自体が普通の人とは違うと言われ
てしまうかもしれないが、こうやって実現した技術が他の患
者にも還元されることを考えれば、大いなる実験材料として
の活動も称賛されるべきものだろう。
その点で言えば、途中で登場する高額の車椅子のシェアする
話も、彼の行動力を見事に表していると言える。特にそこで
語られるALS患者は病の進行によって車椅子に乗れる期間
が短いという言葉には、この病気の本当の恐ろしさも衝撃的
に描かれていた。
さらに「目」が動かせなくなった時に備えて、脳波を直接計
測してコミュニケーションを採れるようにする試みや、分身
ロボット「OriHime」 の開発状況など、ここまでくるとある
種のSFを観ているような気分にもなってくる、そんな未来
が見事に展望される作品にもなっていた。

監督は、テレビ朝日「報道ステーション」のディレクターと
して2015年にはALS患者に密着したドキュメンタリー番組
で日本民間放送連盟賞を受賞した毛利哲也。ナレーションを
夫妻との交流も深いという石原さとみが担当している。
公開は6月23日より、東京地区はT・ジョイPRINCE品川、大
阪地区はT・ジョイ梅田にて先行上映の後、7月7日からは
丸の内TOEI他にて全国順次ロードショウとなる。
        *         *
 なお今週はゴールデンウィークで試写会がお休みのため、
紹介した3作品はいずれもオンライン試写で鑑賞したもので
す。


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井口健二