井口健二のOn the Production
筆者についてはこちらをご覧下さい。

2022年05月29日(日) アプローズ、ALIVEHOON、とら男、島守の塔

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※
※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『アプローズ、アプローズ!』“Un triomphe”
1985年にスウェーデンで起きた実話を基にフランスで映画化
され、2020年のカンヌ国際映画祭オフィシャルセレクション
に選出された人間ドラマ。
主人公は売れない舞台俳優。娘とやはり舞台俳優の妻もいる
が、娘は学業が忙しいと父親には会いたがらず、それでも母
親の舞台は観に行っているようだ。そんな主人公の許に刑務
所での演技ワークショップの講師の依頼が来る。それは舞台
の先輩に押し付けられた断れない仕事だった。
そんな訳で気乗りがしないまま訪れた刑務所だったが…。案
の定、集まっているのは不満ばかり述べ立てる受刑者たち、
特に先任者がやり残した寓話の舞台劇は不評の的だった。そ
の一方で刑務所の所長からは、支援者を集めるために形だけ
でも整えて欲しいと言われてしまう。
そんな中で、囚人の一人が発した「俺たちは待っているだけ
だ」という言葉が光明をもたらす。そこで主人公が思い付い
たのはサミュエル・ベケットの不条理劇『ゴドーを待ちなが
ら』の上演。そこには幾多の困難も待ち受けていたが、ある
モチベーションが囚人たちを纏めて行く。

脚本と監督は、舞台俳優出身で2010年11月紹介『君を想って
海をゆく』のオリジナル脚本も手掛けたエマヌエル・クール
コル。出演は、2018年6月17日題名紹介『オーケストラ・ク
ラス』などのカド・メラッド。コメディアン出身だが前作と
言いこの役柄にはぴったりの人だ。
作品に関しては、実話の当事者である舞台俳優が自ら演じる
舞台劇もあるようだが、プレス資料に掲載された俳優の弁に
よると、事件当時存命だったベケットは彼に対して「これは
自分の戯曲に関わる最高の出来事」と語ったそうだ。ただし
本作ではかなり大幅な脚色もされているが。
因に劇中で上演される不条理劇に関しては中々難解ではある
のだけれど、個人的には先に2019年3月31日題名紹介『柄本
家のゴドー』を観ていたお陰で、主人公の言っていることも
理解はし易かったかな。そこに本作が重なってさらに理解も
進んだ感じがした。
特に劇中劇の結末にはニヤリとしたものだ。そして映画の結
末にはそれを上回る感動があった。

公開は7月29日より、東京はヒューマントラストシネマ有楽
町、新宿ピカデリー他で全国ロードショウとなる。

『ALIVEHOONアライブフーン』
日本発のモータースポーツとされるドリフト。そのレースと
そこに繰り広げられる人間模様をCGIなしのリアル映像で
描いた作品。因に題名の中のHOONとは「走り屋」を表す俗語
だそうだ。
物語の中心は伝説のドライバーが率いてドリフトに参戦する
弱小チーム。ところがそのドライバーがレース中に負傷し、
スポンサーを持たないチームは解散の危機の陥る。この危機
にドライバーの娘がスカウトしてきたのは、eゲームのドリ
フトで日本チャンピオンの若者だった。
実際に海外のドリフトレースではeゲーム出身のドライバー
もいるそうだが、言ってみればオタクで実車経験はなく、し
かも人付き合いも上手くない若者が、如何にしてチームとの
輪を構築し自らのアイデンティティーを構築して行くか、そ
んな物語が展開される。

企画・原案は本作のエグゼクティブプロデューサーでもある
2019年2月17日題名紹介『JK☆ROCK』などの影山龍司。実は
試写の前に挨拶があったが、かなりの熱意が伝わってきた。
脚本は2019年9月29日題名紹介『いのちスケッチ』などの作
道雄と多くの作品で監督補などを務める高明。
そして監督と編集は、2014年5月紹介『キカイダーREBOOT』
などの下山天。撮影には車載カメラやドローンなども多用さ
れているが、本作の見どころの一つは監督自身による巧みな
編集だろう。特に登場するレースというかドリフトシーンの
捉え方が視点や緩急を変えて見事だった。
ドリフトと言うと映画の台詞にも出てくる「峠の走り屋」を
描いた2005年6月紹介『頭文字D』を知っている程度で、正
直に言ってそれ以外のことは全く知らなかった。ましてやそ
れが国際的なモータースポーツになっているということにも
驚かされた。
一方、eゲーム=eスポーツに関しては近年耳にする機会も
多くなったが、本作ではどちらかに偏るのではなく、その融
合も心地よく描いている。それはどちらのファンにも納得の
できる展開で、製作者たちにはその辺の状況が良く理解され
ての作品とも言えそうだ。

出演は、2018年8月26日題名紹介『ビブリア古書堂の事件手
帖』などの野村周平と、2018年4月15日題名紹介『虹色デイ
ズ』などの吉川愛。他に劇団 EXILEのメムバーで2016年9月
25日題名紹介『たたら侍』などの青柳翔、2019年1月20日題
名紹介『翔んで埼玉』などの福山翔大。
さらに陣内孝則、本田博太郎、モロ師岡、土屋アンナらが脇
を固め、2006年公開『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』
のスーパーバイザー及びドライバーを務めたプロレーサーの
土屋圭市が特別出演と監修も担当している。他にもプロレー
サーが多数出演しているようだ。
公開は6月10日より、東京はイオンシネマ シアタス調布、
池袋HUMAXシネマズ、ユナイテッド・シネマ アクアシティお
台場他で全国ロードショウとなる。

『とら男』
石川県警の元刑事が在職中の未解決事件を再捜査する。その
模様を元刑事本人の出演で描いたセミドキュメンタリー。
映画の主人公は東京の大学に通う女子学生。植物学の授業で
メタセコイアに興味を持った彼女は、ネット検索でその植物
が石川県に自生していることを知り現地を訪問する。そして
金沢おでんの店で食事中に元刑事と出会う。
元刑事の名前は西村虎男。彼が追う未解決事件は1992年9月
に起きた「金沢女性スイミングコーチ殺人事件」。その事件
の被害者の髪にメタセコイアが絡みつき、事件の犯行現場が
特定されたのだ。
そしてその事件にも関心を持った主人公は元刑事と共に事件
の再捜査を開始するが…。すでに公訴時効も成立している過
去の出来事には人々の関心も薄かったが、徐々に証言する人
も現れ始める。

脚本と監督は石川県生まれでニューヨーク市立大学卒業とい
う村山和也。大学在学中から映像制作を始め、帰国後は映像
ディレクターとしてCM−MVなどを手掛けながら短編映画
も発表していたという俊英の長編デビュー作だ。
共演は加藤才紀子。加藤は2016年1月紹介『リップヴァンウ
ィンクルの花嫁』でスクリーンデビュー、2019年11月7日付
「第32回東京国際映画祭」で紹介『海辺の映画館―キネマの
玉手箱』にも出ており、本作が初主演作となっている。
因に映画の中で主人公のメモ帳に描かれるイラストや垂れ幕
の筆字は全て加藤自身が描いたものだそうだ。
試写会の後で監督と出演者2人による会見があり、そこでは
何故この事件が未解決に終ったかというような発言も飛び出
した。それによると元刑事は事件捜査の途中で突然配置転換
になったのだそうだ。
しかも今回の映画撮影に関しても、石川県警からは妨害はな
かったものの協力は全く得られず。他にも行政からの協力は
ほとんど拒絶されたようだ。これは相当の裏事情をうかがわ
せる発言が出ていた。
その一方で映画の後半に登場する県警の刑事は、名前をクレ
ジットに載せない約束で、現職の刑事が出演しているとのこ
と。元刑事には犯人の目星は付いているということだが、こ
の辺にも複雑な事情が隠されているようだ。
警察の癒着というのは、湾岸署や特命課でもいろいろ描かれ
ているが、絵空事のようなことが現実に起きている。そんな
ことが描かれた作品だ。

公開は8月6日より、東京は渋谷ユーロスペース他で全国順
次ロードショウとなる。

『島守の塔』
第2次世界大戦末期の米軍による沖縄上陸作戦を背景に、戦
争に巻き込まれた庶民の姿を描いた作品。
物語の中心になるのは戦前の沖縄県で最後の官製知事となっ
た島田叡。兵庫県出身の島田は1945年1月に辞令を受け、家
族の反対を押し切り単身で着任した。もう一人は沖縄県警察
部長の荒井退造。栃木県出身の彼は島民の本土疎開を推進す
るが、その中で対馬丸の撃沈が起きてしまう。
それでも二人は、一億総玉砕が叫ばれる中で「命どう宝、生
き抜け!」と住民を鼓舞し、1945年3月までに7万3千人の
県外疎開を実現し、米軍の侵攻で疎開が困難になってからは
激戦地となった島の南部から15万人を北部に避難させ、その
命を救ったとされる。
そんな二人が最後は同じ壕に居たとされるが、その遺体はい
まだに見つかってはいないそうだ。

出演は、萩原聖人、村上淳。他に吉岡里帆、池間夏海、榎本
孝明、成田浬、水橋研二、勝矢、香川京子らが脇を固めてい
る。
監督は、2010年8月紹介『半次郎』などの五十嵐匠、脚本は
監督と2010年8月紹介『武士の家計簿』などの柏田道夫が執
筆している。
第2次世界大戦での沖縄戦と言われると、美談のように描か
れる『ひめゆりの塔』のようなものもあるが、現実は2018年
5月紹介『沖縄スパイ戦史』で描かれたような悲惨かつとん
でもないものだったようだ。
それを踏まえると本作はある意味美談ではあるものの、その
現実として2018年紹介作の様な悲惨な物語が描かれて行く。
実際監督らはその現実を知って本作の脚本を執筆したのでは
ないかと思えるほどのものだ。
戦勝国のアメリカが戦争を美化するのは致し方ないが、日本
国民はこの沖縄戦の悲劇を、もっと現実として知っておくべ
きではないか。そんなことを考えさせられる作品だった。

東京での公開は7月22日よりシネスイッチ銀座にて。その後
8月5日から沖縄、兵庫、栃木で上映開始され、さらに全国
順次ロードショウとなる。



2022年05月22日(日) マタインディオス、戦争と女の顔、女神の継承、神々の山嶺

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※
※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『マタインディオス、聖なる村』“Mataindios”
2016年にペルー文化庁主催の長編映画企画コンペティション
で入賞し、現地ではシネ・レヒオナル(地域映画)と呼ばれる
形態で映画化。2018年リマ映画祭に出品されてベストペルー
映画に選出されたという作品。
物語は鍵穴から外を覗く映像で始まる。その外側には村人が
集まっており、彼らは苦労の末に鍵を開けて、現地ではマタ
インディオスと呼ばれるイエス・キリストの12使徒の一人、
大ヤコブを祭るお堂に入ってくる。そんな彼らは深い悲しみ
に捉われているようだ。
そして彼らは花や羊毛で紡いだマントを村の守護聖人とされ
るマタインディオスに捧げ、祭礼を執り行おうとするが…。
それが白人司祭の説くカトリックとの確執を生む。アンデス
山脈の山岳地帯に位置する集落を舞台に、伝統的な信仰と現
代信仰との狭間に揺れる村人たちの姿が描かれる。
伝統的といってもスペイン人に持ち込まれたキリスト教であ
り、僕らの目には変わりないように思えるが、より呪術的と
いうか原初的な宗教観のようだ。そんな宗教の違いも描かれ
るが、それよりも重要な映画のポイントは、村人たちが捉わ
れている悲しみの原因だろう。
それは祭礼の中で1987年7月24日という同じ日付の記された
2つの十字架と「銃声がした」という台詞によって示されて
いるものだが、この年号はアルベルト・フジモリが大統領に
なる直前のペルー経済がどん底だった時代のものだ。つまり
その時代に起きた事件が背景のようだ。
しかし物語はその悲劇を詳細には語らず、最後は村の子ども
たちのはじけたような行動で締め括られる。そこには過去に
捉われない子供たちの未来が描かれているようにも見える。
そしてそれを鍵穴から見つめているのは、守護聖人マタイン
ディオスなのだろうか。

脚本と監督を共同で手掛けたのは、共にペルー国立演劇高等
学校卒でペルー国立サン・マルコス大学で学んだオスカル・
サンチェス・サルダニャとロベルト・フルカ・モッタ。因に
オスカル監督は、2019年7月14日題名紹介『サタンタンゴ』
などのタル・ベーラ監督を手本に本作を制作したそうだ。
その割には本作の上映時間は77分と短いが…。また作中での
司祭役はペルーのテレビで活動するカルロス・ソラノという
俳優が演じている。
公開は6月18日より、東京は渋谷シアター・イメージフォー
ラム他で全国順次上映となる。

『戦争と女の顔』“Дылда/Dylda”
ウクライナ生まれで2015年のノーベル文学賞受賞者スヴェト
ラーナ・アレクシエーヴィチが、1985年に発表したノンフィ
クション『戦争は女の顔をしていない』から想を得て映画化
された2019年製作のロシア映画。
最初に登場するのは軍病院で働く周囲からディルダ=のっぽ
と呼ばれる女性イーヤ。実際に周囲の女性たちより頭ふたつ
飛び出る長身の女優が演じている。時は1945年秋、所は当時
のレニングラード。彼女は幼い男の子を育てているが、時折
PTSDの発作で身体が硬直する。
もう一人登場するのは、激戦地から復員してきたマーシャ。
彼女とイーヤは元戦友だったが、彼女もまた身体に深い傷を
負っていた。そんな二人は共同生活を始め、マーシャも軍病
院で働き出す。その病院では意識は明瞭だが首から下が麻痺
した傷病兵など、様々な戦後の悲劇が描かれる。
そしてマーシャはイーヤと病院長の秘密を目撃する。

出演は、共にロシア演劇芸術アカデミー出身のヴィクトリア
・ミロシニチェンコとヴィシリサ・ペレリギナ。この二人の
演技が素晴らしい。他にアンドレイ・ヴァイコフ、クセニア
・クテボア、イーゴリ・シローコフ、コンスタンチン・バラ
キレフ、ティモフェイ・グラスコフらが脇を固めている。
製作は、ウクライナ・キーウ出身で2012年12月紹介『クラウ
ド・アトラス』などハリウッド映画も多数手掛けるアレクサ
ンドル・ロドニャンスキー。脚本と監督は、ロシア連邦内の
カバルダ・バルカル共和国出身で本作が2作目のカンテミー
ル・バラーゴフが手掛けた。
映画には600mのセットを組んで走らせたという往時の路面電
車や1938年製のメルセデスベンツなども登場するが、これら
はサンクトペテルブルグの交通博物館から借り出したもの。
特にベンツを運転するシローコフには特別な緊張があったと
思うが、実は彼の本業は美術監督なのだそうだ。
原作は第2次世界大戦に従軍した 500人余りの女性元兵士に
インタヴューして纏められたというものだが、勝利した闘い
の戦後でもこれだけの苦しみが残っている。特にPTSDに関し
ては近年いろいろな情報を見聞きする機会も増えているが、
本作ではもっと根源的な傷病も登場する。
そんなこともひっくるめて戦後になっても続く戦争の悲劇が
鋭く描かれた作品だ。それが様々な描写を通じて徐々にしか
も着実に観る者の胸に迫ってくる。そんな感じにもなる。そ
してその戦争が今現在も続けられている。そんな悲しい思い
にもさせられる作品だった。

公開は7月15日より、東京は新宿武蔵野館、ヒューマントラ
ストシネマ渋谷他で全国順次ロードショウとなる。

『女神の継承』““ร่างทรง/랑종”
2017年1月15日に題名紹介した韓国映画『哭声/コクソン』
などのナ・ホンジン監督が原案と製作を担当し、2014年8月
紹介『愛しのゴースト』などのタイ国の俊英バンジョン・ピ
サンタナクーンが脚本と監督を手掛けた作品。
舞台はタイ国東北部のイサーン地方。その地方では代々受け
継がれる祈祷師が病気の治療や悪霊のお祓いを行っていた。
そんな祈祷師の一人の女性に密着取材が試みられる。その女
性は、本来継ぐはずだった姉がキリスト教に改宗して勤めを
拒否したために祈祷師を継いだものだった。
そんな姉にはすでに社会人となっている娘がいたが、取材を
始めてほどなくその娘に異変が生じ始める。そこで取材班は
その娘にも密着取材を始めるのだが…。取材陣のカメラや市
中の監視カメラの映像などを通じて、祈祷師一族を襲う恐怖
がモキュメンタリーの手法で描かれて行く。

出演は、監督の前作『一日だけの恋人』にも出ていたという
舞台女優のサワニー・ウトーンマと、オーディションで抜擢
されたナリルヤ・グルモンコルペチ。特に後者には『哭声/
コクソン』や2017年7月紹介『新感染ファイナル・エクスプ
レス』などのパク・ジェインの指導の許、撮影中に約10�圓�
減量を含む役作りが行われたそうだ。
監督の2014年作に関しては、上記の記事を読んで貰えば判る
ように気に入っていない部分はある。しかし作品全体として
は適度なユーモアもあって評価したくなるものではあった。
その点に関して本作は少しやりすぎの感はしてしまうかな。
正直に言ってしまえばタイ映画の良さが消えて、韓国映画の
どぎつさが目立つ感じはしてしまった。でもまあこの方が今
の観客には受けるのだろう。その辺を判っての本作と思う。
後はこれが監督の次の作品にどのように反映されるか。それ
を期待して待ちたいところだ。

公開は7月29日より、東京はシネマート新宿、ヒューマント
ラストシネマ渋谷他で全国順次ロードショウとなる。

『神々の山嶺』“Le sommet des dieux”
日本では2016年に実写映画化された夢枕獏原作による山岳小
説から、故谷口ジロー氏(2017年に逝去)の作画によって発表
された漫画作品に基づき、前々作でセザール賞長編アニメー
ション映画賞を受賞のパトリック・インバート監督が制作。
本作でも同賞に輝いた2021年本国公開の作品。
主人公はフリーの山岳カメラマン兼ライター。彼は金持ちの
道楽の様なエベレスト遠征隊に同行し、登頂に失敗した後で
現地に留まっていた。そして酒場で話しかけてきた男からあ
る登山家の遺品とされるカメラを見せられる。そしてその時
はインチキと一蹴するが…。
その遺品と、消息不明だった伝説の日本人登山家が重なり、
主人公はその日本人登山家の影を追って日本とネパールを結
ぶ探索行が始まる。そこには天才と謳われた日本人登山家の
哀しい過去が横たわっていた。そんな物語が精緻に描かれた
山岳の風景と共に語られて行く。
正直に言えば、すでに実写で映画化されたものをわざわざア
ニメ化するという辺りには疑問を感じるが、本作が製作され
たフランスでは原作小説の翻訳はなく実写映画も公開されて
おらず、ただ漫画の翻訳はあったということで、この流れは
納得できた。
そこで本作では、巻頭に実写と見まごうばかりの山岳風景が
展開され、その精緻な描写にはなるほど大きな賞を受賞する
だけのことはある作品だと思わされた。その他にも故谷口氏
の原画に基づく東京などの風景も妥協なく映画化されている
ようだ。

なお日本公開は全て吹替版で行われるようで、その声優には
堀内賢雄、大塚明夫、逢坂良太、今井麻美らの名前が並んで
いる。
公開は7月8日より、東京は新宿ピカデリー、ヒューマント
ラストシネマ有楽町他で全国順次ロードショウとなる。



2022年05月15日(日) ビリーバーズ、ゆめパのじかん、スープとイデオロギー

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※
※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『ビリーバーズ』
2019年11月17日題名紹介『ファンシー』などの原作者・山本
直樹が1999〜2000年に発表したコミックスを、2013年12月紹
介『猫侍』や、2019年10月27日付<JAPAN CONTENT SHOWCASE
2019>で紹介『恋の豚』などの城定秀夫監督が、満を持して
映画化した作品。
物語の舞台は、海岸に「私有地につき立ち入り禁止」の立て
札のある絶海の孤島。その島には3人の男女が暮らし、彼ら
はメールで指示された特別な修行に明け暮れていた。そして
謎の段ボール箱を運ぶ作業を行い、それによって食料の配布
を受けていたが…。
絶対的な禁欲によって俗世の汚れを拭い去り、<安住の地>
を目指すという修行を続ける彼らの生活が、届くはずの食料
が滞り始めたことから少しずつ狂いだす。そして予期せぬ闖
入者の来訪は撃退するが、その時から拭い去ったはずの俗世
の汚れが彼らを蝕み始める。

出演は、2017年の連続テレビ小説『ひよっこ』で人気を得た
磯村勇斗(映画初主演)と、撮影当時は21歳の新鋭北村優衣、
それに名バイプレーヤーの宇野祥平。さらに2020年1月紹介
『AI崩壊』などの毎熊克哉と、原作者の山本も登場する。
2019年10月13日題名紹介『エンド・オブ・ステイツ』などの
海外映画の配給を手掛けるクロックワークス社が、映画制作
プロダクションのレオーネと手を組み、�好轡優浤Δ播刑与�
人と呼ばれる城定監督を起用して製作した作品。
その企画を進める中で、監督への「今、本当に撮りたいのは
何か?」という問いに対して、即答されたのが本作。それは
原作のテーマ性や過激な描写などハードルは高かったが、脚
本も手掛けた監督の原作者へのリスペクトがR-15指定での映
画化を実現した。
テーマは間違いなくカルト宗教だが、それを前面に押し出さ
ず、敢えて人間の本性を暴くような展開にしているところが
本作の巧みさの様にも感じられる。そしてその人間の本性を
北村優衣が体当たりで演じ切っている。この演出も城定監督
の得意技で安心して観ていられるものだ。

そして全てのシーンが原作へのリスペクトに支えられて見事
に映像化されている。
公開は7月8日より、東京はテアトル新宿他で全国順次上映
となる。

『ゆめパのじかん』
2000年に制定された「川崎市子どもの権利に関する条例」に
基づき、川崎市高津区の工場跡地に2003年開設された「川崎
市子ども夢パーク」(通称・ゆめパ)を、2016年4月紹介『さ
とにきたらええやん』の重江良樹監督が2年の歳月で取材し
制作したドキュメンタリー。
約1万�屬箸いι瀉呂砲六匐,燭舛�大人の干渉なしに自由に
遊べるプレーパークエリア、音楽スタジオや創作スペース、
乳幼児と親子のための部屋、全天候型スポーツ広場などが設
けられ、毎日大勢の子供たちで賑わっている。
その一角には不登校の子供が集まる「フリースペースえん」
も設けられており、そこに来ている4人の子供たちを中心に
本作は作られている。
その中には植物に興味を持って米作りに挑戦する子や昆虫の
観察から社会の仕組みを考える子、木工に興味を持って宮大
工を目指したいとする子やバードカービングを始める子など
もいて、個性溢れる子どもたちが育っていることが判る。
そしてパークの年1回の行事である「こども夢横丁」が開催
される。本作ではその準備から後始末までを子供たちが率先
して行う姿も記録されている。そこには巧みにサポートする
大人の姿もあるが、主役は子どもたちだ。
この映画を観ていてこの場所がユートピアなのだろうとは感
じる。それは自分が子供の頃にこの場所に出会いたかったと
いう思いにも繋がる。そしてそれがこの映画の作り手の意図
でもあるし、それに乗せられているという感覚にもなる。も
ちろんこの作品に嘘はないし、その意図は真摯なものだ。
でも観ていて何か違和感は残る。それはもちろんやらせ等が
ある訳ではないが、どことなく暗部が隠されているような、
そんな気分にもなってしまったのだ。ただしそれは、本作が
このような活動を広めたいという意識下では許容されるべき
ものだろう。
ここはその考えに乗ってあげなければいけない。大人の下衆
な考えは排除すべき作品だ。ただ思うのは、登場した子供た
ちがしっかりその道を進んで欲しいということだ。大人には
夢の時間が広がる作品とも言える。

公開は7月より、東京はポレポレ東中野他で全国順次上映と
なる。

『スープとイデオロギー』
2006年7月紹介『ディア・ピョンヤン』などのヤン・ヨンヒ
監督が、2011年2月紹介『愛しきソナ』に続けて三度放つ、
南北と日韓の狭間に暮らす朝鮮半島に起源を持つ一家を描く
ドキュメンタリー。
監督の映画作品ではもう1本、劇映画として撮られた2012年
7月紹介『かぞくのくに』があるが、それぞれの紹介記事を
読んで貰えば判るように、いずれもが家族の内輪の話を描い
ていた。しかしそこには南北と日韓の問題が色濃く反映され
ていたものだ。
これらの作品に対しては、「いつまで家族をさらけ出してい
るのだ!」という批判もあるようだが、僕は上記したように
それらの作品の中に垣間見える三国間の問題提起に納得して
おり、それ故にどの作品にも好評価を贈ってきたつもりだ。
ある一点を除いては…。
その一点とはこれらの作品において、済州島の出身とされる
監督の両親が、何故にここまで北朝鮮に肩入れするのかとい
うことだった。それは2011年、12年の作品において北朝鮮の
現実が明らかになった後でも揺るぎがなかった。その真相が
本作で明らかにされる。
それは作品の冒頭で病床にいる監督の母親の述懐に始まり、
文在寅政権によって北朝鮮国籍を取得した在日の人にも韓国
渡航ができるようになったことでの済州島への再訪によって
描かれる。さらにアニメーションによってその事実が克明に
再現される。
因にこの出来事を描いた韓国映画では、2013年に『チスル』
という作品が初めてタブーを破ったとされているようだが、
その年号から判るようにヤン監督の前作の当時には語ること
もできないものだったのだろう。正に韓国現代史における暗
部とも言える出来事だった。
そんな事実がようやく語られたということだ。それにしても
こんな思いを胸に秘めたまま生き続けてきた母親の姿にも感
動した。もちろん韓国での出来事だし、日本人の僕には関係
のない話だが、実際に母親が済州島を再訪したときの様子に
は、僕は観ていて涙が禁じえなかったものだ。

なお、作中では美味しそうな鶏料理のレシピも紹介される。
また音楽監督を2018年3月11日題名紹介『タクシー運転手』
などのチョ・ヨンオクが担当しているのも注目される。
公開は6月11日より、東京は渋谷ユーロスペース、ポレポレ
東中野他で全国順次ロードショウされる。



2022年05月01日(日) 三姉妹、帰らない日曜日、宇宙人の画家

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※
※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『三姉妹』“세자매”
2004年1月紹介『Oasis』 などのベテラン女優ムン・ソリが
脚本に感動し、自ら製作も手掛けて映画化した2020年本国公
開の韓国映画。
ソウルに暮らす三姉妹。長女は潰れかけた小さな花屋を営み
ながら女手一つで娘を育てているが、別れた夫の遺した借金
の取り立てが来たり、反抗期の娘は売れないミュージシャン
に入れ挙げたり。そして彼女自身も体調に異変を感じる。
次女は見た目は裕福で教会の聖歌隊の指揮者を務めている。
しかしその内実は、夫の浮気に苦しんでおり、姉の窮状にも
かまっていられない状況だ。そして三女は劇作家として活動
しているが現在はスランプ中。しかもアル中気味でバツイチ
夫の連れ子の息子にはかなり疎まれている。
そんな三姉妹が、父親の誕生日を祝うことになるが…。韓国
社会の縮図の様な、様々なトラブルが彼女らに襲い掛かる。

ムン・ソリが次女を演じ、長女役は2020年3月1日題名紹介
『マルモイことばあつめ』などのキム・ソニョン。三女役は
モデル出身で映画出演は2作目のチャン・ユンジュが演じて
いる。
脚本と監督はキム・ソニョンの夫でもあるイ・スンウォン。
次女や父親は敬虔なキリスト教徒として描かれており、その
家族が陰で何をやっているか、そんな韓国社会の矛盾が描か
れている。その描き方はかなり執拗で、観ている間は苛々さ
せられるが、それが結末に向かって一気に収斂して行く展開
は、正に映画を観ているという感じの醍醐味だった。
これは結末を字面で読んでも判らない面白さで、そういうこ
とをする人たちには判らない世界だろう。これぞ映画という
感じの作品だ。特に最後に登場する2つの動画が、心に深く
突き刺さってくる。
これが映画だ。
それにしても本作には韓国人の二面性みたいなものが描き尽
くされている感じで、これは日本人には理解が困難とも感じ
られた。因に監督はクリスチャンなのだそうで、その立場で
これが描けるというのも二面性の表れなのかな? 韓国人は
考えていた以上に複雑だ。

それを見事に表現した3女優には青龍映画賞他、韓国各映画
賞の演技賞が贈られている。
公開は6月17日より、東京は新宿武蔵野館、ヒューマントラ
ストシネマ有楽町他で全国ロードショウとなる。

『帰らない日曜日』“Mothering Sunday”
1996年に英国で最も権威ある文学賞の一つとされるブッカー
賞を受賞した作家グレアム・スウィフトが、2016年に自身の
10冊目として上梓した小説の映画化。この原作も1919年に創
設された英国で最も古い文学賞とされるホーソーンデン賞を
受賞している。
1924年3月の第4日曜日。英国で母の日とされるこの日は、
貴族の邸宅などで働くメイドが里帰りを許される日だ。しか
し孤児院育ちの主人公ジェーンには帰る家もなく、館の主人
から借りた自転車で遠出をして同じく借りた本の読書に耽る
つもりでいた。
ところがそこに1本の電話が架かる。それは隣家の跡継ぎの
息子からの誘いの呼び出しだった。実はその息子は別の隣家
の娘と2週間後の結婚式が決まっており、主人公とは最後の
逢瀬となるかもしれなかった。そしてその日は主人公が働く
一家を含む3家族で会食をする予定だった。
そこで息子はその席に遅刻することで時間を作り、家族やメ
イドが出払った邸宅で主人公との逢瀬を楽しもうとしたのだ
が…。この物語にその24年後の出来事と、さらにその後の出
来事が重ねられ、文学を糧に20世紀を駆け抜けた1人の女性
の姿が描かれる。

出演は、1998年オーストラリア生まれで撮影時22歳の新星オ
デッサ・ヤング。相手役に1990年イギリス生まれのジョシュ
・オコナー。その脇をコリン・ファース、オリヴィア・コー
ルマンらが固め。さらにグレンダ・ジャクソン、ソープ・デ
ィリスらが登場する。
監督は、2018年11月11日題名紹介『バハールの涙』などのエ
ヴァ・ユッソン。脚本は主にテレビで活躍し2016年『レディ
・マクベス』で英国インディペンデンス・フィルム・アワー
ド受賞のアリス・バーチによる映画2作目のようだ。
実は1924年という年号が最初はピンと来なかったのだが、物
語が進む内にその持つ意味が重くのしかかってくる。そして
それが1948年という年号に重なって行く構成も見事だった。
しかもそれを巧みな演出で描き切っている。これもまた映画
の醍醐味を感じさせてくれる作品だった。

こういう作品を観ていると本当に嬉しくなる。
公開は5月27日より、東京は新宿ピカデリー、ヒューマント
ラストシネマ有楽町、シネリーブル池袋他で全国順次ロード
ショウとなる。

『宇宙人の画家』
保谷聖輝監督は1999年岐阜県恵那峡生まれ、高校時代に地元
の映画祭で入賞を果たし、京都大学文学部・宗教哲学専攻で
在学中の2019年に撮った作品がカナザワ映画祭「期待の新人
監督」2020グランプリを受賞。その基金によるスカラシップ
で制作された2021年度の作品。
巨大な観音像が聳え虚無ダルマという首領の居る犯罪組織に
支配された裏日本のK市を舞台に、組織が究極の兵器を入手
するとの情報を基に送り込まれた米国スパイの活動と、その
物語を描いた漫画の作者の少年を巡る物語。
有り勝ちな発想の作品だが、スパイの話は活劇であり、少年
の話は苛めの絡む学園もので、この両者に奇妙な符合がある
ところは少し新趣向と言えるかな。ただしそれを97分の上映
時間に収めるとかなり舌足らずな作品になる。
実際問題として新人監督が書いたオリジナルの脚本はもっと
シンプルだったようだが、カナザワ映画祭の主催者でもある
本作の製作者がそれに膨らみを持たせたとのこと。その辺で
新人監督の力量を超えてしまった面はあるようだ。
とは言えその辺を見極めるのが製作者の仕事とも思えるが、
その人物の来歴は良く判らないけど、映画製作の実務にはあ
まり携わったことがなかったのかな? そういう制作現場が
監督の思いとは裏腹になってしまったのかも知れない。
因に同じスカラシップで製作の作品は他にもあるようだが、
データを観るとその作品の監督はシネマワークショップなど
で学んできた人のようで、その辺の違いが出てしまった可能
性もある。
いずれにしても本作の監督には、この体験を基に新たな作品
へ挑戦して欲しいものだ。ただしタルコフスキーの『ソラリ
ス』が好きでスパイ活劇は少し違う感じもする。オリジナル
はそういう脚本ではなかったようだが。

出演は、2019年の映画『阿吽』などの渡邊邦彦と保谷監督の
前作にも出ていた丸山由生立。他にプロラッパーの呂布000
カルマ、Kカップアイドルの桐山瑠衣、2015年5月紹介『戦
慄怪奇ファイル超コワすぎ!』などの大迫茂生、芸人のシソ
ンヌじろうらが脇を固めている。
公開は7月2日より、東京は新宿K's cinema、アップリン
ク吉祥寺他で全国順次公開となる。

 今回は以上の3本。次週はゴールデンウィーク明けのため
更新はありません。


 < 過去  INDEX  未来 >


井口健二