井口健二のOn the Production
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2022年06月26日(日) 復讐は私にまかせて、川っぺりムコリッタ、激怒

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※
※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※
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『復讐は私にまかせて』
    “Seperti Dendam, Rindu Harus Dibayar Tuntas”
2018年9月30日題名紹介『アジア三面鏡 Journey』の一篇を
監督したインドネシアの俊英エドウィンが、同作でも組んだ
撮影監督の芦澤明子を招請して制作した2021年に本国公開の
ヴァイオレンスアクション作品。
時代は1989年、場所はインドネシア・バンドン郊外のボジョ
ンソアン地区。主人公の青年アジョはバイクレースと喧嘩に
明け暮れていた。そんな若者は町の悪徳実業家を叩きのめそ
うと思い立ち、奴が経営する採石場に向かう。
そこで若者を迎えたのは、女ながらに伝統武術シラットを極
めたイトゥンだった。彼女は実業家のボディーガードを務め
ており、2人は死力を尽くした戦いを繰り広げる。そしてそ
れが2人の愛を育む。
こうして愛し会うようになった2人は結婚に漕ぎ着けるが、
アジョには他人には話せない秘密があった。それは彼が子供
の頃のトラウマから勃起不全だったのだ。そのことを聞いた
イトゥンはトラウマの原因への復讐を思い立つが…。
彼女が原因究明のために取った行動が2人の愛に亀裂を生む
ことになる。

脚本監督のエドウィンは2008年の長編デビュー作でロッテル
ダム国際映画祭の国際批評家連盟賞を受賞、次いで2011年の
第2作ではアジア・フィルム・アワード新人監督賞に輝き、
第4作の本作でロカルノ国際映画祭の最高賞を受賞した。
一方、黒沢清監督の諸作や、沖田修一、原田眞人監督作品な
どでも知られる芦澤撮影監督は、エドウィン監督がフィルム
での撮影を希望していると言われて参加を即断。芦澤監督の
伝でコダックフィルムでの撮影が実現したということだ。
物語はインドネシアでのベストセラー小説が原作となってお
り、脚本には原作者も参加しているようだが、映画はアクシ
ョン中心で物語は端折られた感じなのかな。特に後半に登場
する呪術的な部分はもう少し説明が欲しかった。
でもまあ、特に東南アジアの映画ではこのような展開は良く
あることだし、それはそれで了解できないことはないから、
これでよしということになるのだろう。アクションがそれを
凌駕しているとも言えるものだ。

公開は8月20日より、東京はシアター・イメージフォーラム
(渋谷)他にて全国順次ロードショウとなる。

『川っぺりムコリッタ』
2006年1月紹介『かもめ食堂』などの荻上直子監督で2020年
9−10月に撮影され、当初2021年11月に封切り予定だったが
COVID-19の影響などで延期されていた作品が、ようやく今秋
公開となる。
物語の舞台は北陸の石川県。そこに在る塩辛製造工場に一人
の男性が就職する。寡黙な男性は工場の社長の紹介で川沿い
にある長屋風の住宅に入居し、風呂上がりには牛乳を飲み、
一人で米を炊いて食事の準備をするが…。
そこに隣人と称する中年男性が現れ、風呂を借りたいと言い
出す。そして男はずけずけと部屋に上がり込む。その他、長
屋には、女手一つで娘を育てる女性大家や、幼い息子の手を
引いて墓石を売り歩くセールスマンなどもいて…。
やがて主人公の許に封書が届き、そこには彼の生い立ちに関
る行政からの通知が記載されていた。

出演は松山ケンイチ、ムロツヨシ、満島ひかり、吉岡秀隆。
他に江口のりこ、田中美佐子、柄本佑、緒形直人。さらに薬
師丸ひろ子、笹野高史。そして元「たま」の知久寿焼が出演
と共に主題歌も担当している。
監督は、前作の2016年12月25日題名紹介『彼らが本気で編む
ときは』から自身で「第2章」と称しているようだが、確か
にそれまでの作品とはテイストが一変している。しかしそれ
以上に人間を深く見つめていると言えるだろう。
因に江口のりこと田中美佐子は前作に引き続いての出演だ。
ファンタスティックな要素もいろいろある作品だが。正直に
言って、作品全体に流れる死生観みたいなものが少し重苦し
くも感じられる。まあそれが監督の狙いなら仕方がないが、
全体はコメディだし、ちょっと気になった。
ただマイノリティというか、社会弱者の人々に向ける目の暖
かさは前作同様で、この辺が監督自身の言う「第2章」なの
だろう。しかも前作より裾野が広がった感じで、これはもっ
と追及していって欲しいものだ。

なお題名の「ムコリッタ(牟呼栗多)」とは仏教における時間
の単位で、1/30日の時間=48分間だそうだ。最小単位の刹那
よりは長いが、人生から観れば一瞬かも知れない時間だ。
公開は9月16日より、東京は新宿ピカデリー、UPLINK吉祥寺
他にて全国ロードショウとなる。

『激怒』
1969年生まれ、早稲田大学文学部除籍で、映画評論や字幕翻
訳、ポスターアートなども手掛けるという高橋ヨシキ脚本・
監督による長編デビュー作。なお本作では2020年1月12及び
19日紹介『AI崩壊』などに出演の川瀬陽太が主演及び製作
も務めている。
物語の背景はニューヨークの世界貿易センタービルが崩壊し
ていないパラレルワールドなのかな? 川瀬が演じるのは、
とある町の警察本署に勤務する中年刑事。いわゆるステレオ
タイプの刑事で、勤務中にその手の連中とつるんだり、捜査
のやり方も強面だ。
ところがその町に奇妙な空気が流れ始める。それは「安全・
安心」をスローガンに掲げる町民運動で、その流れもあって
主人公は暴力刑事の名の下に海外の矯正施設に送られてしま
う。そして数年が経ち、治療を終えた主人公は元の町に帰っ
てくるが…。
矯正施設の描き方は1971年の映画『時計じかけのオレンジ』
へのオマージュなのかな。暴力を矯正するというテーマだか
ら当然だが、それならもっと突っ込んで、オマージュを明確
にした方が良かったような気もする。昨今だとパクリと言わ
れることを気にしたのかもしれないが。
それに映画前半の刑事がステレオタイプなのは理解するが、
後半の町民運動の様子もステレオタイプに描いたのは勿体な
い。ここには監督のアーチストとしての心意気が発揮されて
欲しかった。本作で描くべきはコロナ禍でのマスク警察の様
な社会現象への問題提起にも思えたので。
いずれにしても、映画としての体裁はそれなりに取れている
が、全体として何か食い足りない。映画へのシンパシーは僕
に近いものも感じるので、もっといろんな映画の要素を取り
入れて、暴力に関しての映画表現の極致みたいなものを感じ
させて欲しかった。

共演は、プロ社交ダンサーとしてレッスン講師も行っている
という彩木あや、2018年5月13日題名紹介『菊とギロチン』
などの小林竜樹、2012年3月紹介『サイタマノラッパー』な
どの奥野瑛太。
公開は8月26日より、東京は新宿武蔵野館、大阪はテアトル
梅田他にて全国順次ロードショウとなる。



2022年06月19日(日) 霧幻鉄道、映画 バクテン!!、1640日の家族、アンデス

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
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『霧幻鉄道』
2022年10月1日に全線復旧が予定されているJR東日本只見線
の復旧までの道のりを描いたドキュメンタリー。
2011年7月26日から30日にかけて新潟県、福島県を襲った豪
雨により、両県の山間を縫って結ぶ只見線は、路線に沿って
流れる只見川の増水で福島県内の3つの鉄橋が流失。以来全
線での運行は不通となっていた。
しかも同線はもともとが赤字路線であり、豪雪などの理由で
国鉄再建法に基づく廃線対象からは除外されていたものの、
3つの鉄橋を再建してまでの復旧には問題が多かった。実際
に福島県が行った検討でもバス転換が有力だった。
それがなぜ全線復旧するに至ったのか…。そこには只見線を
数10年に亙って年間 300日撮影しているという一人のカメラ
マンの存在があった。星賢孝。彼は只見線の映像を内外に発
信し、写真展や講演会などでその魅力を訴えた。
その成果は徐々に実を結び、2016年頃には台湾から団体で観
光客が訪れるなど活況を呈し始める。そんな中で撮影ツアー
のガイドを務めて撮影スポットでの撮り方を惜しげもなく紹
介するなど、絶景撮影の名所としての価値を上げ続ける。
その熱意が福島県や沿線自治体を動かし、遂には路線の全線
復旧へと繋いでいったのだ。そして現在では、全線復旧に向
けた撮影スポットの整備など、より高い観光立地に向けた努
力が続けられている。

監督と撮影は、テレビドキュメンタリーの出身で2011年以降
に福島県に制作拠点を移して作品を発表している安孫子亘。
同県を中心に行政から教育問題まで様々なドキュメンタリー
を精力的に発表している監督だ。
ただし本作に関しては、なぜ現時点を以って本作の終わりと
したのかが理解できない。それは一つの区切りとなるはずの
全線復旧が目前に迫っている時点であり、それを敢えて結末
としなかった意図が掴めなかった。
特に作中では、せっかく準備したのに観客が集まらなかった
実例なども紹介されており、それが復旧後にどうなったか、
そんな検証があっても良かったと思えた。そのため僕にはも
やもや感が残って作品も中途半端に感じられた。
全線復旧後を描いたPart 2はありなのかな?

公開は地元福島県ではすでに行われており、東京は7月29日
より、ヒューマントラストシネマ渋谷、UPLINK吉祥寺他にて
全国順次ロードショウとなる。

『映画 バクテン!!』
東日本大震災から10年の2021年4〜6月に深夜のフジテレビ
他で全12話が放送されたアニメーションシリーズの映画版。
宮城県岩沼市の私立高校を舞台に、男子新体操に打ち込む若
者たちの青春ストーリーが展開される。
実はテレビシリーズは観ていないのだが、前回紹介の『劇場
版ねこ物件』と同じく本作もシリーズに続く物語のようだ。
とは言うもののシリーズの抜粋なども回想形式などで卒なく
紹介され、シリーズを観ていなくても違和感なく物語に入れ
るように工夫がされていた。
それで多分、シリーズでの目標だったインターハイ大会が終
わり、3年生の引退やその後の進路の問題、そして新たな目
標に向かっての主人公たちの動きが描かれる。それはまあこ
の手の部活ものではよくあるテーマだが、男子新体操という
ちょっと特殊なシチュエーションも活かされた展開だった。
そんなある意味定番の物語だが、そこで何と言っても作品の
見どころは随所に挿入される男子新体操の演技だろう。それ
らはプロのパフォーマーや大学、高校などの新体操部現役部
員による演技をモーションキャプチャーしたもので、それは
見事な映像が展開される。
しかも映画版では、さらにその背景に3D-CGIが導入され、そ
の中で視点を縦横に移動させる映像は、観ていて思わず興奮
してしまう美しさに表現されていた。それは実物をドローン
撮影でも同じかもしれないが、アニメーションという形態の
中で特に見事に昇華されていた。

監督はシリーズも手掛けた2016年『舟を編む』などの黒柳ト
シマサ。脚本もシリーズを手掛けた2022年『機動戦士ガンダ
ム/ククルス・ドアンの島』などの根元歳三。因にクレジッ
トには原作者名があるが、ネットの情報ではオリジナルアニ
メーションとなっている。
声優は土屋神葉、石川界人、小野大輔、近藤隆、下野紘、神
谷浩史、櫻井孝宏、佐倉綾音ら、シリーズと同じメムバーが
担当している。
という作品だが、実は僕が観た試写の時点では3D-CGIとモー
ションキャプチャーの映像との繋ぎ目で少し乱れがあった。
ただし僕が観たのは試写の初回だったので、もしかすると公
開までに修正があるかもしれない。
それと映画後半でマットへのプロジェクションマッピングの
シーンが登場するが、これは映画のクライマックスでもやっ
て欲しかったかな。最近話題になっているものなのでこの辺
も期待したい。

公開は7月2日より、東京は新宿バルト9、TOHOシネマズ日
比谷他で全国ロードショウとなる。

『1640日の家族』“La vraie famille”
フランスの里親制度を背景とした実話に基づくとされる本国
では2021年公開のドラマ作品。
登場するのは夫婦と3人の子供のいる一家。子供たちも仲良
く遊ぶ一家だが、一番下の子は寝る前のお祈りが他の家族と
異なる。実はその子は生後18か月の時に一家の許にやってき
た里子だったのだ。
それでも他の子と宗教以外では分け隔てなく育ててきた一家
だったが…。ある日、その子の実の父親が息子を還してくれ
と申し立ててくる。それは里親一家には抗うことのできない
法律に従ったものだった。
そんな一家の残された日々が描かれて行く。

脚本と監督は短編映画の出身で、2017年の長編デビュー作で
映画祭受賞歴もあるファビアン・ゴルジュアールの第2作。
デビュー作は代理母を描いたコメディだったようだが、本作
は監督の実体験に基づく物語だそうだ。
出演は、2017年12月紹介『ロープ 戦場の生命線』などのメ
ラニー・ティエリー、フランス版『カメラを止めるな!』に
出演のリエ・サレム、それに2012年8月紹介『リヴィッド』
などのフェリックス・モアティ。そして子役のガブリエル・
パヴィが素晴らしい演技を見せる。
配偶者の死去などで、残された片親が世話し切れなくなった
幼い子供の面倒は、日本の場合は児童施設に預けられるのが
ほとんどのようだ。それに対してフランスでは多くが里子に
出され、健全な家庭での成長が推奨される。
しかもそこでは里親と同時に実の親との交流も行われ、本作
のように週末は実の親と過ごすようなことも普通のようだ。
しかしそこに本作のような事態も起こりうる。本作は監督の
実体験に基づくとされているものだ。
もちろん監督はこのやり方を批判しているものではないが、
それにしてもやるせない物語で、何か他に解決策はないのか
とも思ってしまう。その辺を考えさせるのが本作の目的でも
あるのだろう。
ただし家族間に入る行政官の描き方には、かなり厳しい目も
向けられている感じだが…。

公開は7月29日より、東京はTOHOシネマズシャンテ他で全国
ロードショウとなる。

『アンデス、ふたりぼっち』“Wiñaypacha”
2017年製作のペルー映画で、5月紹介『マタインディオス、
聖なる村』に先駆けたシネ・レヒオナル(地域映画)の一篇。
本作は2018年のグアダラハラ国際映画祭(メキシコ)で最優秀
新人監督賞と撮影賞を受賞した。
物語の舞台は、背景に氷河や滝も見えるアンデスの山懐。電
気もガスもない寂れた高原に老夫婦が暮らしている。二人は
神を信じ、助け合いながら生活しているが、その暮らし振り
は厳しさに満ちている。そして悲劇が襲う。
いやはや壮絶な物語で、そこには目をそむけたくなるような
シーンもリアルに描かれる。これがアンデスに生きることの
現実なのかとも思わせる。兎にも角にも、荒野に生きること
の厳しさがてんこ盛りに描かれた作品だ。
因に原題の「ウイニャイパチャ」は現地の言葉で「理想郷」
の意味だそうだが…。

脚本と監督、撮影は1987年生まれのオスカル・カタコラ。大
学で演技とコミュニケーションを学び、当初は俳優を目指し
ていた若者は独学で映画制作を習得。2007年に制作した中編
映画が評価されて徐々に台頭。本作に漕ぎ着けた。
しかし2021年、長編第2作の撮影中に34歳の若さで急逝した
とのことだ。デビュー作から4年での第2作というのは、周
囲にかなりの期待があったと思われるが、その期待は叶わな
かった。そんな監督が遺した唯一の長編作品だ。
作品の中では都会に出て行った息子の存在も言及されるが、
果たして…。その存在自体を否定するような描写もあったよ
うに思える。それはある種の全体が幻想のようにも受け取れ
るが、それを上回るリアルさが映画を貫いている。
因に劇中で老夫を演じているビセンテ・カタコラは、監督の
母方の祖父だそうで、映画には監督の自叙伝の意味合いもあ
るようだ。ただしそれは作中で言及される両親を見捨てた息
子ではなく、幼い頃に祖父の許で暮らした思い出という。
しかし現実社会では映画のように両親の許を訪れない世代も
多いとのことで、そういった人々への警鐘も込められている
ようだ。いずれにしても厳しい現実が描かれた作品だ。

公開は7月30日より、東京は新宿K's cinema他にて全国順次
ロードショウとなる。



2022年06月12日(日) サハラのカフェのマリカ、劇場版ねこ物件、失われた時の中で

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
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『サハラのカフェのマリカ』“143, rue du Désert”
2016年に長編デビュー作“Dans ma tête un rond-point”が
公開されたというアルジェリアの俊英ハッセン・フェルハー
ニ監督が、2019年のロカルノ国際映画祭で最優秀新人監督賞
を受賞したドキュメンタリー。
舞台はサハラ砂漠。その中で産業道路らしく大型トラックが
行きかう街道の傍らに若くはない女性が一人で切り盛りする
雑貨屋があった。その店には常連らしいトラックの運転手や
そのトラックにヒッチハイクする人々が訪れていたが…。
その店は、現状は一軒家だが近くには以前は店だったような
廃墟もあり、今また新たな給油所が建つ工事も進んでいる。
つまりそれなりの交通の要衝ではあるようだ。そんな場所に
建つ店にはいろいろな人物が集まってくる。
そんな人々の話を女性はただ聞いていたり、それなりの茶々
を入れたり…。中には女性の一人暮らしを心配してくれる人
もいるが、ただ自分の愚痴を言い続けるだけの様な客もいた
りもする。そして女性にある転機が訪れる。
監督は「逆説的ロードムーヴィ」と称しているようだが、撮
影場所は一か所で、そこにいろいろな人間模様が行きかう。
そしてそこには一人の主人公がいる。それは確かに監督の言
いたいことも良く判る作品だった。
本作を観ていて僕は是枝裕和監督の1999年作品『ワンダフル
ライフ』を思い出していた。その作品はドラマだが、そこで
は素人の出演者にシチュエーションだけ伝えて演技をさせ、
その様子を捉えてドラマにする手法が採られていた。
是枝監督もドキュメンタリーの出身で、その中から編み出さ
れた手法だと思われるが、特に出演者がシチュエーションを
逸脱してしまう瞬間が見事なドラマに昇華して描かれていた
ものだ。
それが本作の中でも実は途中で女性によるイレギュラーな発
言があり、何となく似た感じも受けてしまったものだ。しか
もそこに、出演者への深い愛情が感じられるところも是枝作
品に通じるものを感じた。
そして本作では共演する2匹の猫と2匹の犬の存在も生きて
いた。この動物たちがマリカの安全を保っているのかな。

公開は8月26日より、東京はヒューマントラストシネマ渋谷
他で全国順次ロードショウとなる。

『劇場版ねこ物件』
2022年4月8日(金)にテレビ神奈川で第1話放送、6月10日
に最終話の予告編が更新されたということは多分6月17日に
それが放送となる最新シリーズの劇場版。従ってこの記事に
は、現時点で最終話のネタバレも入っている。
そのいきなりのネタバレで本作は、ドラマの舞台である二星
ハイツから以前の住人たちが巣立った後の家主である主人公
と2匹の猫の暮らしぶりが描かれる。そこで主人公は不動産
会社の女子社員と新たな入居者の募集を始めるのだが…。
実は主人公には幼い頃の記憶がなく、そこに亡くなった祖父
からの謎の手紙が届く。そしてその手紙に触発されて僅かな
思い出が再生され、そこから自らの記憶を取り戻すための新
たな物語が展開される。
まあ何というか、かなりミステリアスな雰囲気も漂う物語の
展開となるが、そこにクロとチャー2匹の猫の存在と以前の
仲間たちとの交流などが重なって、全体としてハートフルな
物語に仕上げられている。

脚本と監督は、2022年4月紹介『劇場版おいしい給食』など
の綾部真弥がテレビシリーズに続けて手掛けている。
出演は、2018年1月14日題名紹介『曇天に笑う』などの古川
雄輝がテレビシリーズに続いて主演の他、長井短、竜雷太ら
が共演。さらに細田佳央太、上村海成、本田剛文、松大航也
らが脇を固めている。
また2022年『ウルトラマントリガー エピソードZ』などの
金子隼也、2019年の主演作でマドリード国際映画祭・最優秀
外国語映画主演女優賞受賞の山谷花純らも登場する。
実は僕はテレビシリーズを観ていなくて、物語的にはあまり
思い入れはなかったのだが、本作では上述したミステリアス
な展開もあって、それなりに楽しむことはできた。いずれに
しても猫の愛らしさが楽しめればよい作品ではある。
ただ綾部監督では、4月紹介作品もテレビとは少し違うテイ
ストだったがその辺はどうなのかな。まあテレビと劇場版と
は違うコンセプトというのも理解はするが、その辺は視聴者
の考え方次第だろう。

公開は8月5日より、東京は新宿ピカデリー他で全国ロード
ショウとなる。

『失われた時の中で』
2011年8月紹介『沈黙の春を生きて』や2018年8月5日題名
紹介『モルゲン、明日』などの坂田雅子監督が、2008年公開
の『花はどこへいった』と『沈黙の春を生きて』に続けて三
度、枯葉剤の現実を描くドキュメンタリー。
監督が枯葉剤と向き合う切っ掛けとなったのは、ベトナム帰
還兵であった夫グレッグ・デイヴィスの枯葉剤の影響とみら
れる肝臓がんによる死だったが、前2作ではその点は深く描
かれていなかった気がする。
しかし本作では、フォトジャーナリストだったデイヴィス氏
が遺した作品や手記なども挿入され、監督がようやくそれに
向き合えるようになったのかな。と思うと、感慨というか、
少しほっとした気持ちにもなれた。
それはさておき本作では、監督が2011年の災害以降に原発と
核の問題を追っていた期間に起きた枯葉剤のその後が描かれ
る。それは前作の取材で出会った被害者一家との再会や、フ
ランスでの新たな裁判など多岐に渉る。
しかしそれでも枯葉剤の問題が全く進展していないことには
愕然とさせられる。ただ最大の被害国であるベトナムの家族
で、老いた母親が自分の後は社会に任せられるとしているこ
とは、共産国の優等生である国家のおかげなのかな。
これに対して未だに責任を認めない合衆国や福島の後始末も
できない日本の現状は、いったい何が違うのだろうと思わさ
れる。その一方で被害に遭った子供の体躯が、10年経っても
ほとんど変わっていないことは衝撃だった。
10年経って何も変わっていないのが現実だろう。そして戦争
が今も続いていることも現実。これらを締めくくるように挿
入されるグレッグ・デイヴィス氏の言葉が胸に突き刺さって
くるものだった。

因に本作の英語題名は“Long Time Passing”。 これは監督
の第1作の題名の元となったフォークソングの歌詞の続きだ
が、本作に込めた思いのようにも感じられた。
公開は8月より、東京はポレポレ東中野他で全国順次ロード
ショウとなる。前2作の公開は神田の岩波ホールだったが、
同館が閉館することも改めて考えさせられた。



2022年06月05日(日) 長崎の郵便配達、新章パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
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『長崎の郵便配達』
英国の作家ピーター・タウンゼンドが1984年に発表したノン
フィクション小説“The Postman of Nagasaki”に基づき、
作家の娘で女優のイザベラ・タウンゼンドが父親の足跡を辿
るドキュメンタリー。
作家は第2次大戦中の英国空軍の英雄的パイロットで、映画
『ローマの休日』のモティーフとも言われる王女マーガレッ
トとの熱愛で知られた人物。しかし王女との破局後に傷心を
癒すための世界一周の旅に出た旅人は、訪れた日本の長崎で
一人の被爆者と出会う。
その被爆者の名前は谷口稜曄。戦時下で14歳にして郵便局に
勤めた谷口は1945年8月9日午前11時02分、自転車に乗って
郵便物の配達中に原爆に遭遇する。そして背中一面に火傷を
負った少年は1年9ヶ月に亙りうつ伏せのまま治療を受け、
退院したのは被爆から3年7ヶ月後だったという。
そんな谷口をタウンゼンドは1978年と82年の2度に亙って取
材、特に82年には約6週間長崎に滞在して親交も深めたとの
こと。そしてその成果を上記の作品として1984年に英米で出
版した。その後タウンゼンドは1995年に死去。谷口も2017年
に他界している。

企画・監督・撮影は、2010年から複数本のヒューマンドキュ
メンタリーを発表している川瀬美香。本作は2014年に監督が
谷口氏に面会したことから企画化され、翌年にニューヨーク
で行われた核兵器不拡散条約再検討会議での谷口氏の講演な
どを収録して製作がスタート。
さらにタウンゼンド氏のパリの旧居にてイザベルさんとの面
会を撮影。その後にタウンゼンド氏の取材録音テープなども
発見されてイザベラさんの長崎訪問に繋げられている。それ
は上記の書籍を縦糸に、その後の谷口氏の活動などを横糸に
織りなされた見事な作品だ。
因に上記の書籍のタイトルに対して、本映画の英語題名が、
“The Postman from Nagasaki”となっているのも良い感覚
だった。

2022年6月の現在、北の大国が核兵器の使用をちらつかせつ
つ世界を恫喝している時代に、核兵器の廃絶を願う日本国民
の真実の声として世界に問うべき作品だろう。
公開は8月5日より、東京はシネスイッチ銀座、UPLINK吉祥
寺他にて全国ロードショウとなる。

『新章パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり』
          “Une saison (très) particulière”
2020年3月16日にCOVID-19のパンデミックによりパリ・オペ
ラ座が閉鎖、そこからの復活に向けたバレエ団員たちの姿を
追ったドキュメンタリー。
映画の始まりは2020年6月15日。3ヶ月に亙る閉鎖が解かれ
て、団員たちがレッスンに戻ってくるところから撮影は開始
される。ここで宣伝コピーにもある「1日休めば…」の言葉
には重みがある。
それはバレエダンサーに限らず、一般的な社会人にとっても
同じようなものだったかも知れないが、「集合住宅ではジャ
ンプの練習もままならなかった」という言葉には、共感以上
のものも感じてしまった。
これこそが、COVID-19によるパンデミックという新たな共通
認識の誕生と言えるのかもしれない。それはアメリカの同時
多発テロや東日本大震災とも違う、自分自身の内に根差すも
ののようにも感じられた。
そして映画では、自分自身を取り戻すための厳しいレッスン
や、さらにオペラ座の再開場を目指す高いハードルの演目へ
の挑戦へと続いて行くのだが…。そこに新たな試練や、未来
への希望も描かれる。

監督はソルボンヌ大学のパリ政治学院で学位を取得したとい
うプリシラ・ピザード。監督は2015年にパリ・オペラ座の設
立者でもあるフランス国王ルイ14世の没後 300年を記念した
ドキュメンタリーを制作しており、その実績から本作は誕生
したようでもある。
上にも書いたようにCOVID-19によるパンデミックは僕らにも
共通する体験だった訳だが、本作ではそこにバレエダンサー
ならではの葛藤も描かれる。しかしそれが普遍的に思えるの
は、背景の特殊性なのか、監督の技量なのか。いずれにして
も観客の心に響く名作と言えそうだ。
なお映画には、灘作と言われるルドルフ・ヌレエフ振り付け
による『ラ・バヤデール』と『ロミオとジュリエット』の制
作の様子や公演の一部なども描かれ、その見事さにはバレエ
ファンならずとも目を見張るものがあった。

公開は8月19日より、東京は渋谷Bunkamura ル・シネマ他で
全国順次ロードショウとなる。


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井口健二