井口健二のOn the Production
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2016年11月27日(日) ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅、きょうのキラ君、ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』
      “Fantastic Beasts and Where to Find Them”
大ヒットを記録し、2011年7月紹介『ハリー・ポッターと死
の秘宝 Part2』で終結したシリーズからのスピンオフ作品。
脚本は原作者J・K・ローリングによる書き下ろしで、監督
は2007年6月紹介『不死鳥の騎士団』以降の終盤4作品を手
掛けたデイヴィッド・イェーツが担当した。
オリジナルのシリーズの時代設定は明確ではなかったが、恐
らく現代にかなり近かったと推測される。それに対して本作
の時代背景は1920年代。つまりオリジナルシリーズより数世
代前の物語ということになるようだ。そして映画は、1人の
若い魔法使いがニューヨークを訪れるところから始まる。
その頃のニューヨークでは、実は凶暴な魔法生物による大規
模な惨劇が巻き起こっていた。そして魔法使いたちはそれを
ひた隠しにしようとしていたのだが…。その一方でセーラム
を起源とする魔法使いを排撃しようとする団体も顕著な動き
を見せ始めていた。
そんな中でニューヨークに到着した主人公はトランクの中に
魔法生物を隠し持っていた。その魔法生物が隙間から逃げ出
して悪さをし始める。それを何とか修復しようとする主人公
だったが、やがてそれがニューヨークの魔法界を揺るがす事
件に発展する。

出演は、2012年1月紹介『マリリン・7日間の恋』などのエ
ディ・レッドメイン、2010年10月紹介『ウッドストックがや
ってくる!』などのダン・フォグラーと、同作に出ていたキ
ャサリン・ウォーターストン、さらにミュージシャンのアリ
ソン・スドル。
その脇を2013年12月紹介『ウォルト・ディズニーの約束』な
どのコリン・ファレル、同年9月紹介『ウォールフラワー』
などのエズラ・ミラー、同年2月紹介『コズモポリス』など
のサマンサ・モートン、さらに2004年12月紹介『ナショナル
・トレジャー』などのジョン・ヴォイトらが固めている。
物語は、オリジナルシリーズでは魔法学校の教科書とされて
いた映画化と同じ名称の書籍の著者を主人公としたもので、
その書籍自体もローリングの執筆でチャリティー用に出版さ
れている。つまり本作はその書籍の映画化ということにもな
りそうだ。
従って本作ではオリジナルシリーズの設定がほぼ踏襲されて
いるものだが、オリジナルでは「マグル」とされていた魔法
族以外の人間の呼び名が、本作では「ノーマジ(=ノー・マ
ジック)」とされるなど、微妙に異なっているのも面白い。
特にこの英語と米語の違いにはニヤリとさせられた。
他にもオリジナルを巧みに取り入れたところや、イギリスと
アメリカの文化の相違を描いたところには、深く観れば観る
ほどいろいろなことが出てきそうな作品になっている。また
結末にはサプライズが用意されており、それを見ると是非と
も続編が観たくなる、そんな作品でもあった。

公開は11月23日より、全国ロードショウが始まっている。

『きょうのキラ君』
2014年に実写映画化の『近キョリ恋愛』が話題になったみき
もと凜によるコミックスの映画化。
先日の第29回東京国際映画祭では、7月24日題名紹介『いき
なり先生になったボクが彼女に恋をした』や、8月21日題名
紹介『イタズラなKissハイスクール編』が特別招待上映され
るなど、正しく「胸キュン」ムーヴィが日本を代表する状況
になっているようだ。
本作もその流れの1本。年明けの公開には「2017年の初キュ
ン」というコピーも付されている…。という作品は本来なら
僕のテリトリーではないのだが、本作に関しては原作の良さ
なのか、脚本の巧みさなのか、観ていていろいろと考えると
ころがあった。
物語は、いじめにあうどころか同級生からはほぼ無視され、
それが自分と割り切っているような女子が主人公。ところが
クラスメイトにいじめに遭いそうになっているところを同級
のイケメン男子に救われ、その後を追いかけ始める。そして
彼も振り向いてくれて…。
というのは如何にもこの手のお話にはありそうな展開なのだ
が、校舎の屋上で追いついた彼女が捨て台詞のように放った
言葉から物語は予想外の展開になって行く。それはポスター
にも記された「365日」という言葉の意味に絡めて、極めて
巧みに構築されていたものだ。
ここからは完璧なネタバレになってしまうかもしれないが、
映画の中で3回使われる「365日」という言葉が、彼女が発
する1回目と2回目では微妙に意味が異なり、3回目に彼が
発する時には最初の意味になる。これが2時間足らずで展開
される映画ならではの趣になっている。
しかもこの意味の違いが、特に彼女が発する2回では当初は
観客には違って聞こえるのだが、実は彼女自身は同じ意味で
使っていたことが映画の進行と共に判ってくる。その展開の
巧みさには、これは侮れない作品だと思えてきた。これは映
画ならではの醍醐味だ。
通常物語の展開の中で、登場人物は知っているが観客には知
らされていないというやり方は、観客には馬鹿にされたとい
う印象が残るし、難しいものと考えるが。本作においてはそ
れが切なさになり、正しく「胸キュン」になるのは、見事と
しか言いようのない作品だった。
さらに結末に向かっての彼の心境の変化に関しては、成る程
これなら納得できると思わせるものになっており、この辺は
原作の通りなのだろうが、ご都合主義ではないあり得る話と
して観ることができた。

出演は、ティーンズモデル出身で2014〜15年『獣電戦隊キョ
ウリュウウジャー』の飯豊まりえと、今年5月15日題名紹介
『全員、片想い』などの中川大志。因に映画は中川のかっこ
良さを描く作品でもあるようだ。
他に、今年8月21日題名紹介『アズミ・ハルコは行方不明』
などの葉山奨之と、2013年12月紹介『ゲームセンターCX』
などの平祐奈。さらに岡田浩暉、三浦理恵子、安田顕らが脇
を固めている。
脚本は、2015年4月紹介『サムライ・ロック』などの中川千
英子に、テレビ版『近キョリ恋愛』を手掛けた松田裕子が協
力。監督は、2012年7月紹介『ひみつのアッコちゃん』など
の川村泰祐が担当した。
まあ、大の大人の男性が映画館に観に行くには多少気恥しい
作品ではあるが、作品としては優秀なものだと推奨できる。

公開は2月25日より、全国ロードショウとなる。

『ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男』
               “Free State of Jones”
主演のテキサス州出身マシュー・マコノヒーも知らなかった
というアメリカ合衆国の歴史の影に隠れた英雄の物語。
物語の舞台はアメリカ南部のミシシッピー州。時代は19世紀
の後半。南北戦争の末期から北軍の勝利と、その後の10年間
ほどの時代が描かれる。
主人公のナイトは南軍の歩兵として闘いに参加していた。し
かし貧農は幼い少年まで召集される現実の不平等さに想いを
打ち砕かれて脱走。自らの農場に戻った彼を待ち受けていた
のは、脱走兵は見つかれば死刑という現実だった。
そんな時、彼の息子が高熱を出し、医者を呼べない彼の許に
駆けつけたのは、近くの農場で奴隷として暮らす黒人女性の
治療師だった。そして自警団に発見された彼は、女性の手引
きで沼地の奥で暮らす逃亡奴隷の集団に導かれる。
やがて彼らの許には脱走兵や逃亡奴隷が集まりだし、沼地の
奥では手狭になった彼らは、遂に圧倒的な兵力を持つ南軍に
反旗を翻す。それは北軍の支援も得られないままの地の利や
様々な条件を利用した知略に満ちた作戦だった。

製作・脚本・監督は2012年7月紹介『ハンガーゲーム』など
のゲイリー・ロス。ロスは10年の歳月を掛けて本作の映画化
に取り組んだとのことで、その間の調査の詳細さを現すかの
ように、エンドクレジットには時代考証として各大学の先生
など多数の名前が連ねられていた。
出演はマコノヒーの他に、2015年3月紹介『ジュピター』な
どのググ・ンバータ=ロー、2013年8月紹介『ハウス・オブ
・カード 野望の階段』などのマハーシャラ・アリ、2010年
4月紹介『小さな命が呼ぶとき』などのケリー・ラッセル。
正直に言ってアメリカ合衆国の裏面史など、興味は湧き難い
かもしれない。しかし南北戦争が北軍の勝利に終った後も、
巧妙に奴隷制度を存続させていた南部諸州の富農の姿などは
是非とも知っておきたかった事実だ。その他にも続いていた
人種差別の実態などは、正にアメリカの黒歴史と言えるもの
で、その真実が描かれたことでは画期的な作品と言える。
上映時間2時間40分は長丁場だが、その分詳細に物事を理解
できる。恐らく今後はこの種の作品が増えてくると思われ、
映画ファンにはその嚆矢となる作品として是非とも押さえて
おきたいものだ。

公開は2月4日より、東京は新宿武蔵野館、ヒューマントラ
スト・シネマ渋谷他にて、全国順次ロードショウとなる。

この週は他に
『壊れた心』“Pusong Wasak”
(一昨年の東京国際映画祭コンペティション部門で上映され
た作品。2014年11月2日付の記事を読んで貰っても良いが、
2年経って作品を観直して朧気ながらストーリーは理解でき
たかな。でもまあそれはどうでも良くて、結局これはクリス
トファー・ドイルの撮影を楽しむものだろう。それは主演の
浅野忠信による自撮りも含めて、かなり強烈な印象を与えて
くれる。因に本作の日本公開は目途が立っていなかったが、
今回はクラウドファウンディングの実施により資金が集まり
実現したものだそうだ。公開は1月7日〜27日に渋谷ユーロ
スペースにて上映の他、全国順次ロードショウ。)
『A.I. love you』
(偶然ダウンロードしたA.I.アプリが持ち主の人生を変えて
行くというお話。出演は9月4日題名紹介『金メダル男』な
どの森川葵。他に上杉柊平、中村アン、NONSTYLE石田明。そ
してA.I.の声を斎藤工が演じている。同旨の作品では2014年
4月紹介『her/世界でひとつの彼女』が思い浮かぶが、斎
藤はスカーレット・ヨハンソンに勝てているかな? それは
ともかく、本作はSF範疇に入る作品だとは思うが、内容は
かなり掟破り。それが活きているかというとそれほどでもな
いのが少し残念。あと一捻りあれば…。公開は12月10日より
東京は新宿武蔵野館他にて、全国順次ロードショウ。)
『変魚路』
(1989年『ウンタマギルー』で各国映画祭で受賞を果たした
高嶺剛監督による18年ぶりの新作。大体監督自身が「変な映
画」と称しているくらいの、上記『壊れた心』に続く解釈不
能の作品で、こういう作品もたまにはあるさという感じだ。
取り敢えずの物語は、死にぞこないのものばかりが暮らす村
を運営する主人公が、ご禁制の媚薬を盗んだとの嫌疑を掛け
られて村を脱出。それを追う女たちや村の男たちが繰り広げ
るロードムーヴィというのだが…。中には結構手の込んだ映
像もあったりして、それはそれなりの雰囲気も醸し出してい
る。公開は1月14日より、東京はシアター・イメージフォー
ラム他にて、全国順次ロードショウ。)
『ブラインド・マッサージ』“推拿”
(2010年7月紹介『スプリング・フィーバー』などのロウ・
イエ監督によるベルリン映画祭銀熊賞受賞作品。中国で20万
部発行のベストセラーとなったビー・フェイユィの同名原作
に基づき、南京のマッサージ院で働く盲人マッサージ師たち
の愛憎劇が描かれる。いやあ、とにかく凄い。盲人を描いた
作品は2008年8月紹介『ブラインドネス』などいろいろある
が、本作では正に盲人の心をなぞれるような気分にさせてく
れたもので、これは全く信じられないような感覚だった。も
ちろんそれは現実の盲人の心には及ばないものだろうが、僕
がこんな感覚を味わった映画は初めてなのは確かだ。公開は
1月14日より、アップリンク渋谷、新宿K's cinema他にて、
全国順次ロードショウ。)
『天使にショパンの歌声を』“La Passion D'Augustine”
(1960年代のカナダ・ケベック州を舞台に、教会の権威の許
で繁栄してきたカソリック系の学校が政変によって公立化に
直面し、その中で生き残りを図るために苦闘する修道女たち
を描いた作品。その学校は音楽教育でリードしていたが、公
立化ではその特徴も奪われる。そんな中で音楽教育の重要さ
を訴える作戦が立てられる。劇中ではコーラスからピアノ独
奏まで、クラシックの様々な楽曲が奏でられ、特にピアノ曲
は出演者のライサンダー・メナードが自ら演奏しているのも
注目される。公開は1月14日より、YEBISU GARDEN CINEMA、
角川シネマ有楽町他にて、全国順次ロードショウ。)
『ホームレス ニューヨークと寝た男』“Homme Less”
(仕事はファッションフォトグラファーで俳優。しかし住ま
いはアパートの屋上で雨ざらしという男性の生活ぶりを撮影
したドキュメンタリー。とは言え男性は近くのスポーツジム
の会員であり、そのジムのロッカーには着替えや洗面用具、
パソコンなどが収められている。そして男性は街でモデルを
撮影したりしながら、その日暮らしを続けている。過去には
華やかな生活があったりもした男性が、それらを捨ててそん
な生活に落ち着いている。その経緯も語られはするが、人生
いろいろというところか。公開は1月28日より、ヒューマン
トラスト・シネマ渋谷他にて、全国順次ロードショウ。)
『ニーゼと光のアトリエ』
           “Nise - O Coração da Loucura”
(1950年代のブラジルの精神病院で、周囲の抵抗に遭いなが
らもロボトミー手術に対抗する作業療法を実践した女医の物
語。昨年の東京国際映画祭でグランプリと最優秀女優賞に輝
いた作品で、僕は昨年も観ているが、改めて見直しても素晴
らしい作品だった。因に映画の後半で展覧会のシーンに登場
する絵画や塑像は全て実際の患者が作成した本物の作品であ
り、その素晴らしさが女医の信念の証となっている。ただ途
中のユング博士に手紙を書くシーンで、用意されている写真
がカラーなのは時代考証的に正しいのかな。そこだけは少し
疑問に感じた。公開は12月17日より、渋谷ユーロスペース他
にて、全国順次ロードショウ。)
『マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ』
                  “Maggie's Plan”
(男性に頼ることなく生きることを決心したものの、子供は
欲しいと思い、友人の男性から精子の提供を受けて人工授精
を試みる。ところがそのタイミングで憧れの男性に出逢って
しまい…、という女性を描いた作品。その人工授精のやり方
は最近他の映画でも見たもので、こんなことがアメリカでは
常識的になっているのかな。男性としては忸怩たる思いにも
させられる作品だ。でもまあ世間にはこんな考えの女性も増
えているのかな。出演は2012年『フランシス・ハ』などのグ
レタ・ガーウィグ。その脇をイーサン・ホーク、ジュリアン
・モーアらが固めている。公開は1月21日より、東京は新宿
ピカデリー他にて、全国ロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。



2016年11月20日(日) ドラゴン×マッハ!、ロスト・レジェンド 失われた棺の謎、人魚姫

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『ドラゴン×マッハ!』“殺破狼II”
2004年5月紹介『マッハ』などタイ映画のアクションスター
=トニー・ジャーが、香港のサイモン・ヤム、ウー・ジンら
と共演したアクション作品。
物語の始まりはタイの刑務所。そこに1人の男が収監されて
くる。男は「自分は警官だ」とわめくが、彼が怒鳴る広東語
と英語は周囲のタイ人の囚人には伝わらないようだ。しかし
1人の刑務官がそれを気に留め、愛娘に教えられたスマホの
翻訳機能で男の発言内容を知る。
その数日前、香港では臓器売買に絡むと思われる失踪事件が
相次いでいた。そこで香港警察のチャン警部は甥に潜入捜査
を命じ、その成果で次の犯行計画が判明する。しかし犯人ら
は包囲網を突破し、警察は標的の男性は保護するが、犯人ら
には潜入捜査官の素性を知られてしまう。
一方、タイの刑務官の娘は白血病で余命数か月と宣告されて
いた。そこにドナーが見付かったとの知らせが入るが、その
ドナーとの連絡が取れない。それはドナーの携帯電話が繋が
らなくなっていたのだ。しかし諦めずに架け続けた娘の電話
が遂に繋がるが…、相手の言葉は広東語だった。

監督は、2011年8月紹介『アクシデント』などのソイ・チェ
ン。彼は2015年公開ドニー・イェン主演『モンキー・マジッ
ク』とその続編の2016年7月紹介『孫悟空 vs 白骨夫人』の
監督も務めている。
原題を見ると2006年2月紹介『SPL狼よ静かに死ね』の続
編のようで、ドニー・イェンが出演した前作からはサイモン
・ヤムが同じ役名で登場する。しかしウー・ジンの役柄は異
なっており、ヤムの役柄も前作と同じなのかな? 確か前作
のチャンは別の問題も抱えていたと思うが。
ただし、その点も踏まえて本作は巧みに前作の流れを反映し
ているとも言える。それは両方を観ていると納得するところ
だ。とは言え本作は、それを知らな無くても充分に楽しめる
作品になっている。何たってジャーのムエタイと4度の中国
武術チャンピオンに輝くジンのカンフーが激突するのだ。
その展開も前作を巧みに踏襲しているものだが、さらに後半
からクライマックスの激闘ぶりは、見事に上記の邦題そのも
のと言える。邦題は有り勝ちなものとも言えるが、本作では
正に嵌っている。特に連係プレイの見事さは武闘コレオグラ
フィーの新展開と言えるかもしれない。
それとスマホの活用ぶり、上記の翻訳機能もそうだが、娘が
広東語の相手と意思疎通する展開には、これは1本取られた
という感じがした。

公開は1月7日より、シネマート新宿、シネマート心斎橋他
にて、全国順次ロードショウとなる。

『ロスト・レジェンド 失われた棺の謎』
                  “鬼吹灯之尋龍訣”
元はネット小説だそうだが、コミックス版の邦訳も出ている
中国・天下覇唱原作「鬼吹灯」シリーズからの映画化。
主人公は、三国時代に魏の曹操が創設したと劇中で語られる
皇帝公認の墓泥棒「探金官」の末裔のコンビ。しかし現在は
ニューヨークで怪しげな土産物を売って暮らしている。とい
うのも彼らは、1960年代後半の下放政策によって内モンゴル
に送られ、過酷な目に遭って渡米したのだ。
そんな彼らに新たな仕事の依頼が届く。それは彼らが内モン
ゴルで発見した墳墓を目指すというもの。その現地には、今
では外国人も容易に訪れることができた。しかし草原にしか
見えないその場所で墓を発見しその中に入るには、探金師の
特別な能力が必要だったのだ。
こうして再び墓に向うことになった主人公たちだったが、そ
の墓には彼らの苦い思い出が残されていた。

出演は、2014年6月紹介『ライズ・オブ・シードラゴン 謎
の鉄の爪』でも共演のチェン・クンとアンジェラベイビー。
それに2012年8月紹介『ハーバー・クライシス』などのホァ
ン・ボー。さらに2008年12月紹介『ブラッド・ブラザーズ』
などのスー・チー。中国映画期待の若手が勢揃いだ。
監督は、2012年7月紹介『画皮』の続編で2013年公開『妖魔
伝』などのウー・アールシャンが担当した。
物語は『インディ・ジョーンズ』か『トゥームレイダー』と
いった感じだが、そこに中国の古代史から近代の下放政策ま
で関ってくるというのは流石というところだ。ただまあ近代
のところをあまり突くといろいろ問題も起こりそうで、その
辺はほどほどなのかな。案外シビアにも感じるが。
因に『インディ・ジョーンズ』だとナチスの動きが関るが、
本作にもちゃんと日本軍が登場するのは偉いというか、それ
なりなのだろう。
それに加えて墓を守っているいろいろな仕掛けや、さらには
墓が発動する妖術など、いろいろな要素が華麗なアクション
やVFXも駆使して正にサーヴィス満点のてんこ盛りで描か
れている。
これぞエンターテインメントという感じの作品だ。

公開は1月7日より、シネマート新宿、シネマート心斎橋他
にて、全国順次ロードショウとなる。

『人魚姫』“美人魚”
2002年6月紹介『少林サッカー』や2008年3月紹介『ミラク
ル7号』などのチャウ・シンチー監督が、再度挑戦したファ
ンタシー・コメディ。
物語の背景は、観光開発の進む中国の沿岸部。そこで地元出
身の成り上がり者が新たな利権を獲得する。それはイルカの
生息地とされる保護区域を大掛かりに埋め立てるものだ。そ
れにはイルカを追い払う悪辣な手段が隠されていた。
ところがその海域は、実は人魚たちが隠れ住む場所で、その
計画を知った人魚たちは、権利を獲得した成り上がり者の暗
殺を計画する。そこで女性の人魚が苦労して人間に変装し、
成り上がり者を誘惑して誘き寄せることに成功するが…。

出演は、2008年10月紹介『戦場のレクイエム』や2012年4月
紹介『王朝の陰謀』などのダン・チャオ、監督の秘蔵っ子グ
ループ《星ガール》の一員で本作が映画デビュー作のリン・
ユン。同じく《星ガール》の一員で『ミラクル7号』などの
キティ・チャン。それに“SHOW”名義で日本デビューもして
いる台湾出身のショウ・ルオ。
邦題は誤解を呼びそうだが、本作は原題を見れば判る通りに
『リトル・マーメイド』の翻案ではない。しかし巧みにその
流れを踏襲しているのが、脚本も手掛けるチャウ・シンチー
らしさとも言えそうな作品だ。
しかも映画に登場する大掛かり且つ水気たっぷりのセットに
は、1985年公開『グーニーズ』のような趣もあって、その遊
園地のような雰囲気も素敵な作品だった。しかも本作では、
そのセットの中でチャウ・シンチー本領発揮のアクションが
展開されるものだ。
因に『グーニーズ』に関しては7月3日付題名紹介『ヤング
・アダルト・ニューヨーク』では若い映画人が知らない設定に
ショックを受けたが、先日のテレビ番組でジャニーズ「嵐」
のメムバーが普通に題名を挙げてくれて嬉しかった。そんな
作品へのオマージュも感じられた。
巻頭には、監督の悪い癖とも言えるちょっと社会派ぶった映
像もあるが、全体は面倒なことは言わずに、ファミリーピク
チャーとして存分に楽しめる作品になっている。

公開は1月7日より、シネマート新宿、シネマート心斎橋他
にて、全国順次ロードショウとなる。
なお今回紹介の3作品は、いずれも「2017 冬の香港・中国
エンターテイメント映画まつり」として上映される。

この週は他に
『グリーンルーム』“Green Room”
(売れないパンクバンドがようやく出演したステージ。しか
しそこはカルト集団の巣窟だった。そして凶悪な事件に巻き
込まれる。アントン・イェルチンとパトリック・スチュアー
トの共演というトレッキーには夢のような作品だが、かなり
過激なアクションに彩られた危険な作品でもある。監督は新
時代のサム・ペキンパーと称されるジェレミー・ソニエル。
その伝では『わらの犬』も想起するが、そのスタイリッシュ
さには物足りないかな? しかし今はこの過激さの方が受け
るのだろう。公開は2月11日より、新宿シネマカリテ他にて
全国順次ロードショウ。)
『人生フルーツ』
(日本住宅公団の創設に参加し、各地に建設された団地の基
本設計を担当するも、理想と現実の狭間で苦しんだ建築家の
姿を追った東海テレビ製作のドキュメンタリー。建築家は自
らが最後に手掛け、理想とはかけ離れた形で完成した団地の
一角に土地を購入し、そこだけは理想に近づけた暮らしを実
践して晩年を迎えた。日本の高度成長の歪みを目の当たりに
するような作品だ。ただし観客がそれをどこまで読み取れる
か。彼の理想が叶わなかった理由をもっと明白にして欲しか
った。公開は1月2日より、ポレポレ東中野他にて全国順次
ロードショウ。)
『アラビアの女王』“Queen of the Desert”
(イラク、ヨルダンの建国の親とも言われるイギリス人女性
の実話をニコール・キッドマンの主演、2012年1月紹介『忘
れられた夢の記憶』などのヴェルナー・ヘルツォーク監督で
映画化した作品。T・E・(アラビアの)ロレンスなども登
場し、列強の思惑が渦巻く中で現実の国境を定めたとも言わ
れる女性の姿が描かれる。なお劇中の記念写真のシーンで、
背景のスフィンクスに顔面の彫刻があるのが歴史的に正しい
もの。これにはさすがヘルツォーク監督と感心した。公開は
1月21日より、丸の内TOEI、新宿シネマカリテ他にて、
全国順次ロードショウ。)
『エゴン・シーレ 死と乙女』
           “Egon Schiele: Tod und Mädchen”
(第1次大戦末期のウィーンで活躍し、28歳で夭逝した画家
の姿を描いたR−15指定の作品。劇中には彼が師事した画家
クリムトなども登場し、絵画ファンには注目される作品だろ
う。それに加えて本作では、当時の状況に合わせた蝋燭1本
の灯だけでの撮影なども行われ、その再現力にも注目した。
ディジタル撮影技術の賜物と思われるが、1976年公開『バリ
ー・リンドン』の撮影でスタンリー・クーブリックが苦労し
たのも、今は夢のようだ。公開は1月28日より、Bunkamura
ル・シネマ、ヒューマントラスト・シネマ有楽町他にて、全
国ロードショウ。)
『14の夜』
(1990年代の中学生を主人公にしたノスタルジーたっぷりな
作品。そして主人公らは行きつけのレンタルビデオ屋でアダ
ルト作品の入手に奔走する。舞台になるビデオ屋にはVHS
テープがずらりと並び、それはかなり壮観だった。因にエン
ディングロールによると某氏のコレクションが提供されてい
たようだ。ただそこまでやっておきながら、その直後に登場
する自転車の前照灯がLEDというのはちょっと…。それと
障害者に対する差別的な言動は、時代背景に沿ったものとは
言え少し気になった。公開は12月24日より、東京はテアトル
新宿他にて、全国順次ロードショウ。)
『ダーティ・グランパ』“Dirty Grandpa”
(ロバート・デニーロとザック・エフロン共演による現在の
状況でのジェネレーションギャップを描いたコメディ作品。
監督は2007年4月紹介『ボラット 栄光ナル国家カザフスタ
ンのためのアメリカ文化学習』や、2016年9月11日に題名紹
介『ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ
期』などの脚本を担当したダン・メイヤー。この2作品から
想像できる通りのかなりぶっ飛んだ感じのコメディで、特に
ザック・エフロンはここまでやっちゃって良いのかと心配に
なるほどだった。公開は1月6日より、東京はTOHOシネマズ
みゆき座他にて、全国ロードショウ。)
『SUPER FOLK SONG』
(副題に「ピアノが愛した女」とあり、矢野顕子が1992年に
発表した表題作の録音の模様を記録したドキュメンタリー。
最初にカメラの音が入っているのではないかという疑いから
始まり、その疑いが晴れた後は正に息が掛かるほどの至近距
離から、ピアノと対峙し、納得が行くまで録音を繰り返すピ
アニスト=シンガーの姿が記録されている。それは鬼気迫る
とはちょっと違う、ある種の崇高とも言える姿が捉えられて
いる。僕自身が元々矢野の歌声が好きではあったが、さらに
惚れ直すといった感じの作品だった。公開は1月6日より、
新宿バルト9他にて、15日間限定ロードショウ。)
『RANMARU 神の舌を持つ男』
(2016年9月4日題名紹介『真田十勇士』や2015年『天空の
蜂』などの堤幸彦監督が、自らの原案でドラマ化したテレビ
シリーズの映画版。事前にハガキで製作告知が届き、そこに
は「テレビでの評判の悪さが判らない」旨の監督の思いが記
載されていた。その番組は僕は観ていないが、家人は第1回
で呆れて観るのを止めたそうだ。その映画版だが、多少出演
者にアクが強いかな。でも映画だとこれくらいはどうとない
が、その辺にギャップがあったのかもしれない。それと主人
公の能力が活かし切れていない感じなのは少しもったいない
気もした。公開は12月3日より、全国ロードショウ。)
『王様のためホログラム』“A Hologram for the King”
(2012年12月紹介『クラウド・アトラス』などのトム・ティ
クヴァ監督が、トム・ハンクスの主演で描いた中東の砂漠で
奮闘するIT企業の営業マンの物語。売り込むのは3Dホロ
グラムを応用したコミュニケーションシステムのようで、映
画の後半にはその実演シーンも登場する。ハンクスはいわゆ
る英雄役ではなく、久々の人間味たっぷりの男性で、その辺
も魅力の作品なのだろう。ただ僕自身が卒論でホログラムを
研究した者としては、実施装置の詳細が良く判らず、その辺
で違和感になってしまった。全く個人の問題だが…。公開は
2月10日より、全国ロードショウ。)
『なりゆきな魂、』
(最近では『64ロクヨン 前・後編』などメイジャー大作も
手掛ける瀬々敬久監督が、インディペンデントのスタンスで
作り上げた作品。元々は4年前に撮影し未完だった『魂』と
いう作品があり、そこに2015年に出版されたつげ忠雄の原作
『成り行き』を組み合わせて、全体をオムニバスで仕上げて
いる。その『魂』という作品は、夜行バスの事故を題材に、
その事故の遺族や、乗った人乗らなかった人が交錯する物語
で、さらにその立場が入れ替わるというファンタシーファン
には魅力的な作品。でも上手く纏まらなかったのかな。本作
では、それが観られたことでも価値がある。公開は1月28日
より、東京は渋谷ユーロスペースにてロードショウ。)
『ひるね姫』
(2017年3月18日に全国ロードショウとなるアニメーション
作品だが現状は未完成。しかし完成は公開間際となりそうだ
ということで、未完成状態の特別上映が行われた。同様のこ
とは以前に2009年7月紹介『サマーウォーズ』でも行われた
が、今回はさらに未完成状態が激しく、鑑賞できたのは人気
俳優たちによる台詞の音声と、画面はラフスケッチの齣撮り
だけという状態だった。でも物語は、夢世界と現実が交錯す
るファンタスティックなもので、そこに陰謀や冒険が織り込
まれた魅力的なもの。完成版を観たら是非とも紹介したいと
思ったものだ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。
なおこの週にはもう1本、11月23日封切りの大作も観ている
が、情報公開日が封切り日以降に設定されているので次回に
紹介する。



2016年11月13日(日) フィッシュマンの涙、エルストリー1976 新たなる希望が生まれた街

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『フィッシュマンの涙』“돌연변이”
突然魚人間に変身した若者を巡るドラマ作品。
主人公は、今ではテレビ局で「食レポ」番組を担当している
ディレクター。しかし彼の願いは数年前に国中の話題を席巻
したまま姿を消した「フィッシュマン」のドキュメンタリー
を纏めることだった。それは彼がテレビ局に入る切っ掛けに
なった題材だったのだ。
その数年前、地方大学出身の彼にとってテレビ局への就職は
夢のまた夢だった。ところが彼がネットで見つけた題材を持
ち込んだテレビ局がストの真っ最中で、彼は臨時雇いでその
題材を追うことになる。その番組は話題となり、彼は正採用
となるが、取材は局名を隠したまま続行された。
それはフィッシュマンを人気者に仕立て上げ、その一方で企
業の悪事を暴き、裁判や刑事事件など社会問題にまで発展す
る。しかしそのギャップがフィシュマンを追い詰め、遂には
最悪の事態を招いてしまったのだが…。

出演は、2005年2月紹介『オオカミの誘惑』などのイ・チョ
ニ、2015年『コンフェッション 友の告白』などのイ・グァ
ンス、それに2013年4月紹介『私のオオカミ少年』などのパ
ク・ボヨン。
脚本と監督は、韓国芸術総合学校出身で短編映画を手掛け、
2013年カンヌ国際映画祭短編部門のパルムドールを獲得した
“Safe”という作品の脚本を務めたクォン・オグァン。本作
はその長編監督第1作となる。
題材としては2002年4月紹介『パコダテ人』なども思い出す
が、女性らしいメルヘンで終る日本映画に対して韓国映画で
は流石に社会問題などにも深く切り込み、見応えのある作品
になっている。
ただフィッシュマンの造形が少し不気味かな。僕は少し前に
話題になった高知県のゆるキャラ「かつお人間」を思い出し
たが、後頭部の処理がそれなりになっているのは良かった。
しかも目や口の動きなどもかなりちゃんとしている。
という少し問題なキャラクターだが、それを補って余りある
のが、ヒロイン役のパク・ボヨンの存在だろう。かわいい顔
をしてかなり大胆なこともする。そんな現代っ子(死語か)
ぶりが魅力的だ。
そして結末は、それなりに有り勝ちなものではあるが、そこ
に至る切っ掛けには思わずニヤリとしてしまう工夫が凝らさ
れていて、この辺が韓国映画の巧みさのようにも感じさせら
れた。

公開は12月17日より、東京はシネマート新宿、ヒューマント
ラストシネマ渋谷他で、全国順次ロードショウとなる。

『エルストリー1976 新たなる希望が生まれた街』
                    “Elstree 1976”
世界的な大ヒットとなったSF映画の製作時の状況を伝える
ドキュメンタリー。
本作のタイトルだけ見て何のことか判らない人はこの作品の
観客としては不向きかもしれない。
それはロンドン郊外に在ったエルストリー撮影所での1976年
『スター・ウォーズ』第1作の製作時に関るものなのだが、
まあファンにしか興味を惹かないような話ばかりで、これは
ファン専用の作品と言えそうだ。
登場するのは撮影のエキストラに参加した人たちで、中には
ダース・ベーダーを演じたデイヴィッド・プロウズなどもい
るが、殆んどはグリードやビッグス・ダークライターなど、
ファンにか判らないようなキャラクターばかりなのだ。
しかしその人たちが伝える撮影の風景は、当時のジョージ・
ルーカス監督の姿などが活写され、それはニヤニヤしたり、
大笑いしたりなど、ファンには堪らない作品になっている。
特に監督との初対面の話はそうだろうなあと思わせる。
その他、公開版ではカットされてしまったプロローグの惑星
タトゥイーンのシーンは、その一部のフィルムが挿入され、
これはファンには貴重な映像にもなっている。これは本来な
らルーカスの宇宙への憧れを描いた重要なシーンだ。
また撮影当時の状況なども紹介され、彼らが参加するに至っ
た経緯や、異常な暑さでストーム・トルーパーのマスクを着
けているだけで大変だったという話には、自分もその撮影に
参加していた気分にもさせてくれた。
また彼らのその後の状況なども紹介され、本人が「エキスト
ラ程度なのにどうして?」と語る程のファンの熱狂ぶりや、
アピールし損ねてその後も長く下積みのままような人たちが
思いを語る。それは僕らの胸にも突き刺さる。
そしてそのような話がそれぞれの出演シーンと共に登場し、
そこにはその後の様々な映画のシーンもあって、ある種の映
画史的な興味もそそられる。特にスタンリー・クーブリック
やスティーヴ・リーヴスとの件はおお!と思わせた。
ただそれらのシーンのやらずもがな画面構成や、また巻頭の
語りだけのシーンはちょっとうざいかなとも思えるところも
あって、ファンはそこを耐えれば大いに楽しめるのだが…。
その辺でファン専用とも言いたくなるものだ。

公開は12月17日より、東京は新宿武蔵野館にてモーニング&
レイトショウ、他は大阪はシネマート心斎橋、愛知は名古屋
シネテークなどで、全国順次ロードショウとなる。

この週は他に
『キム・ソンダル 大河を売った詐欺師たち』
                    “봉이 김선달”
(17世紀の清に支配された朝鮮を舞台に、清の威光を着て庶
民を苦しめる役人を懲らすため立ち上がった詐欺師の物語。
その手口は奇想天外で壮大なものだった。実在したとされる
題名でもある詐欺師については、日本ではほとんど知られて
いないが韓国では有名な人物のようで、虚実を絡めたその物
語がVFXも駆使して描かれている。なお物語の結末の一部
はエンディングロールの中でも話が進むので、席は立たない
ように。公開は1月20日よりTOHOシネマズシャンテ他にて、
全国順次ロードショウ。)
『こころに剣士を』“Miekkailija”
(1950年代のソ連に支配されたエストニアで、戦時中ナチス
の兵士だったために秘密警察に追われる元フェンシング選手
の物語。本名を隠して教師となり、子供たちに競技を指導し
た主人公は、生徒の希望で全国大会に臨むことになる。しか
しそこには秘密警察の包囲網が待ち構えていた。2016年11月
5日付「東京国際映画祭」で紹介『ザ・ティーチャー』に続
いてソ連時代の衛星国での状況が描かれる。今後はこういう
作品が増えるのかな? 公開は12月24日より、東京はヒュー
マントラストシネマ有楽町他で、全国順次ロードショウ。)
『マグニフィセント・セブン』“The Magnificent Seven”
(2016年9月紹介『七人の侍』をハリウッドがリメイクした
1960年『荒野の七人』に、2001年『トレーニング・デイ』、
2014年『イコライザー』のデンゼル・ワシントン主演、アン
トワン・フークワ監督のコンビが挑戦した作品。物語はオリ
ジナルから少し違えて、『イコライザー』に出演ヘイリー・
ベネット扮するヒロインも活躍する作品になっている。闘い
のシーンも敵側に当時の最新兵器まで登場する大掛かりなも
のだ。公開は1月27日より、全国ロードショウ。)
『バンコクナイツ』
(2011年公開『サウダーヂ』が話題になったの富田克也監督
と脚本の相澤虎之助が、タイを主な舞台に描いた彼らの作品
の原点とも言える「娼婦、楽園」がテーマの物語。実は昨年
6月に製作発表イヴェントがあり、その際に彼らの意気込み
も聞いていた。その物語はバンコクの日本人向け歓楽街を舞
台に、そこに蠢く日本人男性やタイ人女性の姿が描かれる。
そして舞台はラオスにまで広がる壮大な物語が展開される。
公開は2月25日より、テアトル新宿にてロードショウ。)
『タンジェリン』“Tangerine”
(昨年の東京国際映画祭でも上映された全編iPhone5Sだけで
撮影したというロサンゼルスが舞台のストリートムーヴィ。
物語は出所したばかりの娼婦を中心に、彼女がいない間に浮
気をしていたらしい恋人を巡って、トランスジェンダーの娼
婦などが絡むもの。なおiPhoneでの撮影は素人俳優に負担を
掛けないための配慮だそうで、特別なアナモフィックレンズ
も使用されているそうだ。公開は1月下旬より、渋谷シアタ
ー・イメージフォーラム他にて全国順次ロードショウ。)
『ママ、ごはんまだ?』
(歌手の一青窈の姉で女優の一青妙が彼女らの母親を綴った
作品の映画化。台湾の実業家に見初められて海を渡り、台湾
料理をマスターしたという母親の姿とその料理の数々が紹介
される。中華ちまきや大根もちなど見るからに美味しそうな
料理ばかりで、空腹時に観ているのは結構辛かった。それと
同時に日本との関係の深かった台湾人の戦後の社会問題など
に触れられているのも良かった。公開は2月11日より、角川
シネマ新宿他にて、全国ロードショウ。)
『抗い』
(戦前の日本に徴用され、筑豊の炭田地帯で強制労働に従事
した朝鮮人の実態を追い続けている記録作家・林えいだいを
追ったドキュメンタリー。作家が追うのは戦前の富国強兵か
ら戦後の高度成長までを陰で支えた人々の真実。そこには僕
らが知りえなかったとんでもない事実が隠されていた。これ
には僕自身が居住まいを正す思いがしたものだ。ただ後半の
「さくら弾機」の問題に関しては取材に疑義があり、それを
どうしたものかちょっと悩んでいる。公開は1月下旬より、
渋谷シアター・イメージフォーラムにてロードショウ。)
『一週間フレンズ。』
(記憶障害を扱った葉月抹茶原作コミックスの映画化。アル
ツハイマーの絡みなどで最近よく目にする題材だが、安易に
扱うには重すぎるし、若年向けの作品でどう描けるか、観る
まではかなり不安だった。しかし作品は展開に捻りもあって
予想以上に良い出来と言える。しかも因果関係などもそれな
りに納得できるし、結末もこれなら了解できるものだ。いや
日本映画でここまでできるとは、正直、期待以上の作品だ。
公開は2月18日より、全国ロードショウ。)
『L−エル−』
(ロックアーティストのAcid Black Cherryが2015年に発表
したコンセプトアルバムの映画化。因にこの種の映画化は日
本初だそうだ。物語は色のない街で生れた少女が数奇な運命
に翻弄されて行く姿を描く。主演は2016年3月紹介『探偵ミ
タライの事件簿』などの広瀬アリス。監督は2014年5月紹介
『キカイダー REBOOT』などの下山天。シーンのほとんどが
合成という作品だが、物語にもう少しメリハリが欲しかった
かな。公開は11月25日より、全国ロードショウ。)
『パリ、恋人たちの影』“L'ombre des femmes”
(2012年5月紹介『愛の残像』『灼熱の肌』などのフィリッ
プ・ガレル監督による2015年の作品。ドキュメンタリー映画
の製作のため元レジスタンスに取材する映画監督と彼を支え
る妻。しかし監督はふと知り合った若い女性に惹かれ、その
気配を感じた妻も不倫に走ってしまう。モノクロで上映時間
は73分。実に簡潔に纏められた作品で、しかも本質をしっか
り突いているのは見事だ。公開は1月21日より、渋谷シアタ
ー・イメージフォーラム他にて、全国順次ロードショウ。)
『愛を歌う花』“해어화”
(1940年代、レコード文化の普及が生み出す韓国大衆芸能。
その中で妓生でありながら有能な作曲家によって人気歌手に
なろうとしていた女性が、日本軍の弾圧によってその運命を
翻弄される。ステレオタイプの日本軍人の姿は置くとして、
当時の京城府の様子などが見事に再現された作品。出演は、
2012年12月紹介『王になった男』などのハン・ヒョンジュ、
2013年4月紹介『私のオオカミ少年』などのユ・ソンヨク。
監督は2005年4月紹介『初恋のアルバム』などのパク・フン
シク。公開は1月7日より、シネマート新宿、シネマート心
斎橋ほかでロードショウ。)
を観たが、全部は紹介できなかった。申し訳ない。



2016年11月06日(日) ブレア・ウィッチ、ドント・ブリーズ

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『ブレア・ウィッチ』“Blair Witch”
1999年公開『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』の正統と称
される続編。因に同作からは2001年に『ブレアウィッチ2』
が製作されているが、今後は無視されることになりそうだ。
物語は、1999年作で行方不明になったヘザー・ドナヒューの
弟がネット上に公開された姉の姿と思われる映像を見付ける
ところから始まる。そしてその映像の出所がメリーランド州
のブラックヒルと知った弟は3人の仲間を募り、最新の装備
で姉の後を追うことにするが…。

出演は、2012年6月紹介『ウォーキング・デッド:シーズン
2』などのジェームズ・アレン・マキューン、2014年1月紹
介『マチェーテ・キルズ』に出ていたというカリー・ヘルナ
ンデス、ブロードウェイの舞台出身のコービン・レイド、そ
して2013年2月紹介『シュガー・ラッシュ』で声優をしてい
たブランドン・スコット。
監督は2013年8月紹介『サプライズ』などのアダム・ウィン
ガード、脚本も同作のサイモン・バレットが担当した。
1999年のオリジナルは、その後に多数の模倣作が製作されて
found footageブームの切っ掛けとされるものだが、当時は
まだ撮影機材も充分ではなく、その映像が発見されるという
のはそれなりに説得力があった。
しかし現代では、携帯電話にまで撮影機能が搭載され、社会
全体が映像化されていると言えるくらいの状況で、ましてや
それが容易に配信できるという情勢では、found footageと
いう設定そのものが説得力を持ちにくい。
その中で本作は、前作の存在を核に置くことで、それなりの
成立性は持たせられたと感じるものだ。ただそれがそれだけ
で終ってしまっているのはちょっともったいない。やるなら
ただ姉の後を追うだけではない何かが欲しかった。
そしていよいよ森への侵入となるのだが、そこで今回は各自
が装着するイア・マウントカメラなど複数の撮影機材が投入
される。しかしこれは事後に回収されて本作が生み出される
というポイントを曖昧にしてしまう。
ただしこの点に関しては他の作品でも同様で、この問題を解
決した作品になかなかお目に掛れないのは残念だ。ネットの
専門家でも企画に入れて工夫をすれば、何か方法は見つかる
と思うのだが。
この他に本作ではドローンの登場もあるが、これももう少し
活躍させて欲しかったかな。ただ上って降りるだけでなく、
最後の家の中まで行ければ、もっと大活躍できたのではない
だろうか。

公開は12月1日より、東京はTOHOシネマズ六本木ヒルズ他に
て、全国ロードショウとなる。

『ドント・ブリーズ』“Don't Breathe”
2013年4月紹介『死霊のはらわた』のリメイク版を手掛けた
フェデ・アルバレス監督が、再度サム・ライミ(製作)と組
んだサスペンス・スリラー作品。
主人公らは、セキュリティ会社を経営する父親の立場を悪用
して狙った家の合いカギを入手し、さらに侵入後は警報装置
を解除して窃盗を繰り返していた。そんな彼らが次に目を付
けたのは空き家の並ぶ住宅地に住む独居の老人。
その老人には数年前に娘を事故で失い、その事故の示談金を
現金で隠し持っているという情報があった。しかもその老人
は戦争で失明しており、忍び込んで現金を奪うのは容易いこ
とだと思われたが…。

出演は、『死霊のはらわた』に続いてのジェーン・レヴィ、
2014年公開『とらわれて夏』などのディラン・ミネット、昨
年12月紹介『IT FOLLOWS』などのダニエル・ゾバット。それ
に2012年5月紹介『コナン・ザ・バーバリアン』などのステ
ィーヴン・ラング。
題名の意味は、盲人の老人が聴覚が鋭くて息遣いだけで場所
を定めてピストルを撃ちまくる。だから老人と同じ部屋に居
るときは息もしてはダメ…。しかもその老人が元軍人で滅法
強く、さらに部屋を真っ暗にして迫ってくる。
このシチュエーションには見事にやられた。その上、この後
の展開も強烈で、流石にサム・ライミが認めただけのことは
あるという感じがした。上映時間も88分と手ごろなもので、
とにかく面白かった。
因に試写の後で、「これは『ホーム・アローン』(1990年)
の裏返し」と語っている声が聞こえたが、ここで挙げるべき
はやはり1967年の『暗くなるまで待って』の方だろう。暗闇
がテーマだし、立場は逆でも主人公は女性だ。
さらに本作では、被害者であるはずの老人の設定も巧みで、
最終的には犯罪者である主人公に喝采したくなる。この多少
屈折した想いが観客に共犯者的な気分を植え付ける。これも
上手いと言える作品だった。
なお本作はホラーではなく、典型的なサスペンス作品だが、
この言葉は死語になってしまったのかな。

公開は12月16日より、東京はTOHOシネマズみゆき座ほかで、
全国ロードショウとなる。

この週は他に
『ミューズ・アカデミー』“La academia de las musas”
(2010年5月紹介『シルビアのいる街で』などのホセ・ルイ
ス・ゲリン監督による2015年製作の作品。バルセロナの大学
に勤めるイタリア人の教授が、ミューズの定義を求めてアカ
デミーを開講する。そこでは古典作品に登場するミューズな
どが検証されるが…。教授は饒舌だが何となく底が浅く、女
性の聴講生の反撃を受けてしまう。その模様がドキュメンタ
リー風に描かれる。上記の前作の紹介を読み返して、この監
督のやりたいことは変わっていないなと感心した。ただ上記
作ほどアートでなくなっているのが少し気になったが。公開
は2017年1月7日−29日に、東京都写真美術館ホールで開催
される監督特集の1本として上映される。)
を観たが、東京国際映画祭の報告もあり、全部は紹介できな
かった。申し訳ない。



2016年11月05日(土) 第29回東京国際映画祭<コンペティション以外>

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※今回は、10月23日から11月3日まで行われていた第29回※
※東京国際映画祭で鑑賞した作品の中から紹介します。な※
※お、紙面の都合で紹介はコンパクトにし、物語の紹介は※
※最少限に留めたつもりですが、多少は書いている場合も※
※ありますので、読まれる方はご注意下さい。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『アジア三面鏡:リフレクションズ』
東京国際映画祭が独自に製作する映画の第1作。本作は特に
部門の分類なく上映されるようだ。
作品は、フィリピンのブリランテ・メンドーサ、日本の行定
勲、それにカンボジアのソト・クォーリーカー(2016年5月
紹介『シアター・プノンペン』)の3人の監督によるオムニ
バスで、各々40分ほどの短編が連続して上映される。
内容はそれぞれ独自のものとなっており、メンドーサ監督の
作品では北海道の「ばんえい競馬」とマニラの競馬場の対比
が面白かったかな。他に行定監督は引退してマレーシアで暮
らす老人の話。クォーリーカー監督は首都に架かる友好橋の
再建を巡る話を描いている。
でもそれぞれの上映時間では、特に語るほどの内容が描ける
ものでもなく、全体に物足りない。でも映画祭の主導でこの
ような作品が作られたこと自体が大事なのだろう。

《アジアの未来部門》

『ケチュンばあちゃん』“계춘할망”
済州島を舞台にしたベテラン海女とその孫娘の絆を描いた作
品。海女は幼い孫娘と2人暮らしだったが、市場でその孫娘
がいなくなってしまう。それから12年後、孫娘がひょっこり
帰ってくるのだが、孫娘はそれまでの生活について語ろうと
しなかった。
映画の中で話がどんどん広がって行き、収拾がつくのか心配
になったが、それが巧みに収斂し見事な結末を迎える。ただ
その転換点の描写でちょっと疑問は残るのだが、結論として
そんなことはどうでもよくなってしまうくらいに素敵な作品
だった。
本作が第3作というチャン監督はこれからも注目だ。

『ブルカの中の口紅』“Lipstick Under My Burkha”
インドの地方都市に暮らす4人の女性を追ったドラマ作品。
1人目は外出には黒のブルカを被らされる厳格な家に育った
女子大生。しかし通学の途中でブルカは隠し、大学では権利
主張のデモにも参加する。2人目は浮気癖が抜けない夫と暮
らす女性。3人目は政略結婚を迫られているが他にも恋人の
いる女性。そして4人目はもう若くはない女性。
最初はナレーション(?)の意味が判らず戸惑ったが、作品で
は男尊女卑の風潮が残る国に暮らす女性たちの厳しい日常が
明確に描かれる。それは各国への理解を深める意味で貴重な
作品だ。それがある程度明るく描かれているのも良かった。

『バードショット』“Birdshot”
保護鳥とされるワシを撃ってしまったために警察に追われる
ことになった少女の物語。物語は少女を中心に展開するが、
実は事件はもう一つ起きていて、その謎が少女の逃亡劇と並
行して徐々に解き明かされる。それは社会問題を背景にした
かなり重要な事件なのだが…。
二重構造の構成が中々面白い作品で観ている間は感心してい
たのだが、結末でもう一つの事件の謎は解けるもののそれが
解決には至らず、モヤモヤした気分が残る。もちろん映画と
しては成立しているし、その主張の意図は理解するが、この
クリフハンガーは痛々し過ぎる感じがした。

『雨にゆれる女』
ホウ・シャオシェン監督やジャ・ジャンクー監督などの作品
を手掛ける音楽家半野喜弘による映画監督デビュー作。
世間から身を隠すように暮らす男と、その男に預けられた謎
の女。そんな男女の心の交流が描かれて行く。先にマスコミ
試写も行われていて、そこでの評判も高かった作品。かなり
特異なシチュエーションだが、それなりの説得力もあるし、
結末の意外性も含めて物語は巧みに作られている。
この手の経歴の監督の作品は得てして奇矯なものが多いが、
本作はシンプル且つオーソドックスで見応えもあった。監督
の今後にも期待したい。

《CROSSCUT ASIA部門》

『舟の上、だれかの妻、だれかの夫』
 “Someone's Wife in the Boat of Someone's Husband”
『ディアナを見つめて』“Following Diana”
共に中編のため2作同時上映となった作品。因に1本目は今
映画祭では数少ないファンタシー作品とされていた。
その1本目だが、内容的には異星人(異生物)との交流を描
いているようにも見えるが、作中に具体的な描写がある訳で
はなく。これをファンタシーとした識別力に感心した。でも
本当にそうなのかは疑問が残る作品だった。
2本目は、一夫多妻制が認められている社会の現実を描いた
もので、正直に言って今までは考えたこともなかった題材に
驚かされた。でもやはりそうなのかという認識もできたもの
で、世界の現状を知る上で貴重と言える作品だ。

『フィクション。』“Fiksi.”
金持ちの娘が家のしきたりに反発して家出、下層階級が暮ら
す街のぼろアパートで生活を始める。そのアパートには作家
志望の男性がいて、彼の案内で探訪したアパートには各階ご
とに様々な環境の人々が暮らしていた。
そしてその男性は、それらの住人たちをモティーフにした小
説を執筆していたが、ストーリーは出来たもののその結末が
書けないでいた。そんな中で映画は、現実ともフィクション
ともつかない少女の行動を描いて行く。
この作品もファンタシーのジャンル分けになっていたものだ
が…。僕の目からするとかなり苦しいかな。

『外出禁止令のあとで』“Lewat Djam Malam”
「インドネシア映画の父」と呼ばれるウスマル・イスマイル
監督が、1954年に発表した作品のディジタルリストア版。
1949年に勝ち取ったオランダからの独立戦争で英雄となった
男性が、その後の平時の生活に馴染めず苦悩する姿が描かれ
る。英雄だった男はそのままの正義を貫こうとするが、元の
戦友たちは新政権の許で甘い汁を吸い始めている。
インドネシアではこの後も政変が続き、そこでは2014年公開
『アクト・オブ・キリング』のような事態にもなるが、それ
を予感させる作品でもある。
なお本作は4Kリマスターだが、原版のフィルムはかなり損
傷が激しかったようで、その痕跡が随所に現れている。現状
ではこれがベストなのだろうが、さらなる修復も望みたいと
ころだ。

《ワールド・フォーカス部門》

『シエラネバダ』“Sieranevada”
一家の主の法要にいろいろな親戚が集まってくる。宗教はロ
シア正教なのかな? そこにはかなり面倒なしきたりもある
ようで、その手順と共に現代の風俗みたいなものも織り込ま
れ、さらに共産主義時代の残滓も影を落としてくる。
いやはやという感じの作品だが、これが現実なのだろう。そ
ういったものを観ることができるのも映画の面白さだ。ただ
舞台劇のような会話の連続で、上映時間173分の長丁場は、
体力的にはかなり大変だった。

『ゴッドスピード』“一路順風”
2013年10月27日付「東京国際映画祭」で紹介した『失魂』の
チョン・モンホン監督によるトロント映画祭出品作。主演に
マイケル・ホイを迎え、麻薬の運び屋に絡むロードムーヴィ
風アクションコメディが展開される。
『失魂』はかなりシュールなムードも漂う作品だったと記憶
しているが、本作は比較的オーソドックス。でもタクシーが
堂々巡りを始めたり、それなりの雰囲気は持っていたかな。
それ以上にはならなかったが。

『ネヴァー・エヴァー』“A jamais”
2013年2月紹介『コズモポリス』などのマチュー・アルマリ
ックの主演で、ふと目に留めた女性パフォーマーに惹かれて
行く映画監督の顛末を描いた作品。それにしてもフランス映
画のバイクシーンには独特の雰囲気があるものだ。
登場人物の死後に残された者の喪失感が見事に描かれた作品
で、これは正しくゴースト・ストーリーと呼べる作品だ。映
画祭はこの作品にこそファンタシーの識別子を付けて貰いた
かったが、そうはなっていなかった。

『鳥類学者』“O Ornitologo”
山奥に観察に来ていた鳥類学者が川に流され、摩訶不思議な
冒険に巻き込まれる。最初に遭遇するのは2人の中国人の女
性、続いては聾唖者の青年、そして天狗の面を被った若者た
ち。そんな連中が主人公を翻弄する。
物語にはキリスト教的な意味合いがあるらしく、その辺のこ
とは教徒でない僕には全く判らない。でもそれでもいいとも
思える作品。それにしても、明らかにプロの緊縛師がしたと
思われる吊りや天狗の面は一体何だったのだろうか。

『見習い』“Apprentice”
新人の刑務官が死刑執行の担当部に配属される。しかし彼に
は特別な事情があるようだ。いろいろな謎が徐々に解き明か
される。
まずまあ特殊過ぎるシチュエーションだが、それはないとは
言えないものだし、主人公の経緯などでそれなりの説得力は
持たされている。でもそこにサスペンスを盛り上げるでもな
く、ただ淡々と進むのは監督の意図なのだろう。
その点では説得力に欠ける気もしたが。

『アクエリアス』“Aquarius”
「アクエリアス」という名の古びたアパートに住む老女の許
に不動産屋が部屋の明け渡しの交渉にやってくる。そのアパ
ートに再開発の計画が持ち上がっているのだ。しかし老女は
頑としてその交渉を拒み続ける。
亡き夫と共に苦労して手に入れた住居、不動産屋の交渉に応
じればさらに快適な暮らしになることは判っているが、部屋
に残る思い出は捨てることができない。不動産屋の過剰な行
動も含めて現代社会にありそうな話が展開される。

『ザ・ティーチャー』“Ucitelka”
1980年代のチェコでの物語。女性の教師が受け持ったクラス
の初授業で生徒一人一人の家の仕事を聞いて行く。その目的
は…。共産党時代には横行していたのであろう権力を持った
者の横暴が描かれる。
有ったであろうことは想像できるが、その現実が見事に描か
れる。でもそれを笑いながら観て良いのか、震撼として観る
べきなのか、当事者でないとその判断も憚られる。
カルロヴィ・ヴァリ映画祭で主演女優賞を受賞した作品。

《日本映画スプラッシュ部門》

『かぞくへ』
上京して暮らしを作り彼女との結婚を控えた若者が、故郷の
幼馴染に仕事を紹介する。しかしそれは詐欺だった。そのた
め苦境に立たされた幼馴染に、彼は何をしてやれるのか。
現代の日本では頻繁に起こっていそうな物語。ただ主人公の
出す結論には賛否両論が巻き起こりそうだ。現代の若者には
これが常識なのか。主人公の取るべき道と共に、僕には判断
できなかった。

《ユース部門》

『アメリカから来たモーリス』“Morris from America”
元サッカー選手で現在はプロチームのコーチを務める父親と
共にドイツにやってきた黒人少年を描いた作品。彼はラップ
などもこなすが、中々周囲には溶け込めない。
子供向けの映画の紹介として新たに創設された部門だが、劇
中では大麻の吸引や性行為を思わせるシーンなどが垂れ流さ
れ、これがヨーロッパの現実にしても、僕はこの作品を子供
に観せたいとは思えなかった。

今年のコンペティション以外は、事前の試写会を含めて17本
を鑑賞した。
なお、《アジアの未来部門》作品賞は『バードショット』、
特別賞が『ブルカの中の口紅』に贈られた。部門の全作は観
ていないが、僕的には作品賞はちょっと不満かな。特別賞は
納得だが。



2016年11月04日(金) 第29回東京国際映画祭<コンペティション部門>

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※今回は、10月23日から11月3日まで行われていた第29回※
※東京国際映画祭で鑑賞した作品の中から紹介します。な※
※お、紙面の都合で紹介はコンパクトにし、物語の紹介は※
※最少限に留めたつもりですが、多少は書いている場合も※
※ありますので、読まれる方はご注意下さい。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『アズミ・ハルコは行方不明』
(2016年8月21日付の題名紹介を参照してください。)

『サーミ・ブラッド』“Sameblod”
僕が子供の頃には「ラップ人」と教えられたヨーロッパ北部
に住む民族に纏わるスウェーデンでは黒歴史とも言える出来
事を背景としたドラマ作品。
1930年代のスウェーデンではサーミ族と呼ばれる人々が差別
と同化政策によってその民族の歴史を失おうとしていた。そ
んな中で自らの出自を消してスウェーデン人になり切ろうと
した少女の物語。
自らサーミの血を引くアマンダ・ケンネル監督が、サーミ族
の少女を主演に起用してその悲劇を描き上げる。主人公が辿
る、ある意味、民族の思いとは正反対の出来事を描くことに
より、その悲劇が際立たされる。巧みに描かれた作品だ。

『ダイ・ビューティフル』“Die Beautiful”
2013年の『ある理髪師の物語』で主演女優に受賞をもたらし
たジュン・ロブレス・ラナ監督の新作。
前作とは打って変わった現代劇で、トランスジェンダーの美
人コンテストで優勝した主人公が急死し、その生前の様子と
遺言に沿った葬儀を行おうとする残された人々の姿が、時間
を交錯させてコミカルに描かれる。
正直に言って僕はこの文化にはなかなか馴染めないのだが、
そんな中で本作に関しては、最初は引き気味に観ていたもの
の、最後にはある種の共感が得られるほどに描かれていた。
これも監督の手腕であることは確かだろう。

『ビッグ・ビッグ・ワールド』“Koca Dünya”
2013年に『歌う女たち』などが出品されたレハ・エルデム監
督の新作。孤児院で育ち、互いの絆だけを生きがい兄妹が、
彼らを分けようとする社会に抵抗し苦闘する姿を描く。2人
は罪を犯してまで逃亡を図り、森の中に隠れるが…。
兄が岸辺にバイクを隠して川を渡って隠れ家と行き来する。
その様子には2014年の『ゼロ地帯の子どもたち』を思い出し
た。本作はよりシビアな内容だが、森の中の様子はメルヘン
でもある。
その暗示するものにはいろいろと考えてしまうところもある
が、テーマとしての社会性と、その一方での描かれる映像美
などがバランスよく纏まっている作品とも言える。

『空の沈黙』“Era el Cielo”
女性が自宅でレイプされる衝撃的な場面から始まるブラジル
の作品。しかし彼女は帰宅した夫にそれを伝えず、夫も何か
秘密を抱えているようだ。そんな夫婦の微妙なバランスが、
やがてとんでもない事態へと進んで行く。実に見事な作劇の
作品。次から次へ変化して行く物語の展開が面白い。
2009年の審査員特別賞『激情』の原作者セルジオ・ピージオ
の小説に基づく作品で、原作者自身が脚色も手掛けている。
監督のマルコ・ドゥトラは、2011年のデビュー作がカンヌ映
画祭「ある視点」部門でプレミア上映されたとのことで、本
作は監督の第3作となる。

『フィクサー』“Fixeur”
未成年者売春組織を追ってフランスから来た撮影隊に地元の
若者が通訳兼助手として参加。彼はいろいろな手蔓を使って
取材に協力して行くが…。その取材を妨害する地元の黒社会
が徐々にその実体を現し始める。
ルーマニアの作品で原語表記のものはよく判らないが、エン
ドクレジットには実話からインスパイアされたと書かれてい
る気がした。正に実話に基づくものなのだろうが、そこから
何が言いたいのかがよく判らなかった。
監督のアドリアン・シタルは同時期にもう1本撮っていて、
そちらはベルリン映画祭に出品されたそうだ。監督は被害者
の人権も考えない報道の過熱を描きたかったようだが、それ
がちゃんと描けたかどうかは疑問だ。

『雪女』
デビュー作の『R-18文学賞vol.3 マンガ肉と僕』が2014年の
「アジアの未来部門」に出品された杉野希妃監督の第3作は
コンペティション部門で上映されることになった。
小泉八雲の原作は、1964年の小林正樹監督『怪談』の中でも
映像化されているが、今回は新解釈も含めて杉野の脚色・主
演で映画化されている。ただまあその新解釈が物語に生きて
いるかというとそれほどでもなく、全体的には物足りなさの
残る作品だった。
今回のコンペティションの日本映画は2作品だが、いずれも
少し軽めな感じの作品で、海外からの骨太の作品にどこまで
対抗できるのだろうか。

『7分間』“7 MINUTI”
フランスでの実話をイタリアに舞台を移してドラマ化した作
品。海外企業による買収が進む伝統ある工場で、買収の条件
とされる労働問題を女性の労組幹部11人が検討する。その条
件は、休憩時間を7分短縮するという些細なものだったが、
それを受け入れることに疑問が呈される。
目先の状況のために未来に残すべきものを差し出すのか…?
極めて大きな問題提起だが、作品中では海外からの移住者な
ど現在のヨーロッパが抱える問題がてんこ盛りで、本質が少
し見え難くなってしまった感じもした。
『12人の怒れる男』の女性版といった感じでもあるが、そこ
に出産までは、いくら何でもやり過ぎだ。

『シェッド・スキン・パパ』“脫皮爸爸”
2006年岸田戯曲賞を受賞した佃典彦作の舞台劇を、香港で映
画化した作品。要介護の老人だった父親がある日突然脱皮し
て若返る。その現象は繰り返され、どんどん若返って行く中
で、父親の生涯や主人公である息子の過去などが問い直され
て行く。
単純に若返りかと思っていると、途中でかなり幻想的な展開
になる。全体的なトーンが統一されているから観ている間は
判らないのだが、観終えてちょっと飛躍ぶりが気になった。
舞台だとそれはそれで押し通してしまえるのだろうが、映画
でこの展開は違和感になる。
監督が舞台演出家でもあるそうで、ちょっと感覚が違った。

『ブルーム・オヴ・イエスタディ』
              “Die Blumen von Gestern”
ドイツのホロコースト研究所を舞台に、ナチスの将校を祖父
に持つ研究員の許に、アウシュヴィッツで殺害された女性を
祖母に持つ研修者がやってくる。
かなり強烈な設定だが、やってきた研修者の女性がかなりエ
キセントリックで観ていて辟易する。しかも途中でその女性
が感情を爆発させるシーでは、その表現の仕方もあって観客
の複数人が席を立ってしまった。
最後まで観れば主張したいことは理解できるが、途中で観客
を帰らせては、その目的は果たせない。展開の中には謎解き
もあったり、いろいろ工夫はされているのだが。特に前半の
やり過ぎは、何の意図があるのだろうか? 

『誕生のゆくえ』“Be Donya Amadann”
登場するのは、過去には評価されたこともあったようだが現
在はスランプ状態の映画監督が家長の一家。その暮らしぶり
も芳しくない家庭で、第2子の誕生を巡って諍いが始まる。
最初は中絶に合意していた妻が疑問を抱き始めたのだ。
切実な問題を描いており、本作がそれを巧みにドラマ化した
作品であることは確かだが、背景となる中東社会が男尊女卑
の蔓延るという認識の許でこのような作品は、後半の展開も
含めて過去に何本も観てきている感じがする。
それ自体が中東社会に対する偏見かも知れないが、ようやく
ここまで来たのなら、さらにその次に進んで行って欲しいも
のだ。この作品はその手前に留まっている感じがする。

『パリ、ピガール広場』“Les Derniers Parisiens”
フランスの首都でも犯罪多発地区とされる場所を舞台にした
ドラマ作品。犯罪者からの立ち直りを模索する弟と、そんな
場所でも真っ当に生きてきた兄との確執が描かれる。
周囲には正当なビザを求めて苦闘する違法入国者なども配さ
れ、恐らくパリの現状が描かれているのだろう。ただしその
パスポートを巡る話が中途半端だったり、物語の全ては描き
切れていない。
主人公の問題にしても、其れなりの決着はあるがそれでよし
とは到底言えない状況。そんな中途半端な話ばかりが羅列さ
れている感じだ。全てが中途半端なままそれで終ってしまう
のは最近の映画の潮流ではあるのかもしれないが。

『天才バレエダンサーの皮肉な運命』
               “После тебя”
天才と謳われて国際的に活躍したが、自らの傲慢さとそれに
よって生じたとされる怪我で現役を引退したダンサーが、思
いの外に短い余命を告げられ最後の勝負に出る。そこに実の
娘とされる少女などが登場して物語が開幕する。
最初にDAYと表示されて1日で彼の性格などが紹介され、
次にWEEKと表示されて主人公の来歴や現状が描かれる。
そしてMONTHと表示されて…。この構成が極めて巧みで
物語自体も面白い。
また、主演の俳優が見事なソロダンスを見せたり、彼の娘を
演じる子役もちゃんと踊ってみせる。その準備の周到さも伺
える作品だ。完成度は今回のコンペ作品の中では頭抜けてい
ると思えた。

『私に構わないで』“Ne gledaj mi u pijat”
クロアチアの観光地を舞台に、華やかな街とは裏腹に底辺の
生活を余儀なくされる若い女性を描く。主人公は病院の検査
課に勤めているが安泰ではない。家には障害を抱える兄と口
煩いだけの母親、それに厳格な父親がいる。
その父親が突然倒れ、一家の生計が彼女の上にのし掛ってく
る。そして今までは誠実だった彼女の生活態度が徐々に崩れ
始める。
全世界的な不況は止まる所を知らず、今映画祭の上映作品の
中でもそのような背景の作品が多く見られる。それは行方も
定まらぬ暗中模索といった感じのものばかりだ。
その中で本作は最後に微かに何かが見えているようで、それ
が希望とは限らなくても、少しほっとする作品だった。

『浮き草たち』“Tramps”
過って留置所に入ってしまった兄に代って多少は真面目な弟
がアタッシュケースの運び屋を頼まれる。ところがケースを
交換する相手を間違えてそれを取り戻さなければならなくな
る…、といういたって有り勝ちなストーリーお話。
展開にはそれなりに工夫もあって観ている間はまあ面白かっ
たのだが、この物語では本来交換するはずだったアタッシュ
ケースがそのままになっており、話の辻褄が全く合わない。
物語上の多少の齟齬は目を瞑れる場合もあるが、本作程度の
話ではそれは出来ないだろう。
シナリオはもう少し慎重に書いて欲しいものだ。

『ミスター・ノー・プロブレム』“不成问题的问题”
1943年に発表されたという抗日戦争当時の富豪が経営する農
園とその使用人の姿を描いた小説の映画化。どんな問題も手
際よく解決する雇われ番頭を主人公に、生産性は高いが収益
の上がらない農園の状況が描かれる。
元の小説は新聞に連載されたものとかで、次から次に登場人
物が現れて、様々な問題が主人公の番頭に襲い掛かる。ただ
当時の国情を反映してか、それぞれの政治思想などはあまり
深く描かれず、また人間性に対する描き込みも中途半端で、
全体的には物足りない作品だった。
モノクロ、固定カメラという当時を髣髴とさせる映像は見事
ではあったが。
        *         *
 以上16本が今年のコンペティション作品。事前の試写会を
含めて今年は全作品を鑑賞することができた。
 そこでまず映画祭の各賞は、
グランプリ:ブルーム・オヴ・イエスタディ
審査委員特別賞:サーミ・ブラッド
最優秀監督賞:ハナ・ユシッチ(私に構わないで)
最優秀女優賞:
   レーネ=セシリア・スパルロク(サーミ・ブラッド)
最優秀男優賞:
   パオロ・バレステロス(ダイ・ビューティフル)
最優秀芸術貢献賞:ミスター・ノー・プロブレム
観客賞:ダイ・ビューティフル
WOWOW賞:ブルーム・オヴ・イエスタディ
に贈られた。
 これに対して僕の個人的な感想は、『サーミ・ブラッド』
の2冠は喜ばしい。監督賞と芸術貢献賞も納得かな。
 しかしグランプリに関しては、上記のように途中で観客が
席を立つような作品にはどうかと思う。審査員は最後まで観
ての判断だろうが。
 それに男優賞は、元々この演技は彼自身がこれを持ちネタ
にする芸人という情報もあって不満だった。
 それよりグランプリと男優賞には、『天才バレエダンサー
の皮肉な運命』の作品の完成度と俳優(セルゲイ・ベズルコ
フ)の演技力に感心したのだが。
 それと観客賞は、実は僕が観た会場にはロシア人が大量動
員されていてこれは獲れたと思ったが、それより動員力のあ
る集団があったようだ。


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井口健二