井口健二のOn the Production
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2016年06月26日(日) 記者会見(アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅)、ペット、 みかんの丘、とうもろこしの島、クズとブスとゲス

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』記者会見
 今回も記者会見の報告を1つしておこう。
 7月1日公開の作品に関連して、プロデューサー、監督、
主演女優の来日記者会見が行われた。
 この種の記者会見では以前は馬鹿気た質問も多く、僕なり
に質問も用意していたものだが、最近は登壇者の熱意も感じ
られる良い会見が増えている。そんな中で今回はイギリス生
まれのジェームズ・ボビン監督の発言が注目された。
 その会見で監督はイギリス生まれであることを繰り返し述
べ、原作には子供のころから親しんでいたとして、原作への
リスペクトぶりを語っていた。実際に本作は原作とは異なる
物語展開であるから、これは重要なポイントだ。
 そして監督は、「原作は複数の章からなるがその関連性が
希薄で、映画向けの物語を構築する必要があった」として、
「原作にもタイムに関する言及があり、その点を捉えて新た
な物語を作り出した」と語っていた。
 また以前の紹介で僕が指摘した「鏡を抜けるシーン」につ
いての説明はなかったが、実はその直前に映るチェス盤の棋
譜は原作ものを再現しているのだそうで、原作が詰チェスを
モティーフにしていることへのリスペクトだったようだ。
 一方、プロデューサーからはティム・バートンの係わりが
紹介され、バートンは今回プロデューサーに退いたものの、
映画の製作に関しては「セットのコンセプトなど、全面的な
バックアップをしてくれた」とのことだ。
 確かに物語は原作とは全く異なるものだけれど、原作に対
するいろいろな想いが込められた作品だということは、この
会見でも充分に伝わってきたものだ。
 公開は7月1日より、2D/3Dにて全国ロードショウと
なる。
        *         *
 以下は映画の紹介。まずは前回、情報解禁の関係で外した
この作品から。
『ペット』“The Secret Life of Pets”
2010年、2013年公開の『怪盗グルーの月泥棒』や、同作から
派生した『ミニオンズ』のシリーズで知られるユニバーサル
・スタジオ/イルミネーションが新たに登場させたペットが
主人公のアニメーション作品。
マックスはマンハッタンのアパートで飼い主ケイティと共に
暮らすテリア系の雑種犬。そんなマックスは、ケイティの留
守中は同じアパートに暮らすペットの仲間たちと楽しく遊び
ながら、飼い主の帰りを待ちわびていた。
ところがある日、ケイティが新しい犬を連れて帰ってくる。
デュークという名のそいつはむくむくの大型犬で、マックス
は大いに反発するが、言葉の通じないケイティからは「兄弟
のように仲良くして」と言い渡されてしまう。
しかしデュークはマックスのお気に入りのベッドを占領した
り、ご飯を横取りしたりのやりたい放題。しかも散歩代行人
に連れられて行った公園で、マックスはデュークの悪戯で置
き去りにされてしまう。
そして路地裏を彷徨う羽目に陥ったマックスとデュークは、
野良猫集団に襲われた挙句、保健所の捕獲員に捕まってしま
うことに。しかもデュークは以前にも捕獲された経緯から、
今回は即処分の運命にあるというのだ。
斯くして捕獲員からの逃亡を図った2匹は、すったもんだの
末に地下水道に住むうさぎのスノーボールとその仲間たちに
遭遇するが…。
僕自身が小型犬の飼い主の目で観ていると、ペットの描写が
実に見事で、これは間違いなくペット好きが作った作品だと
思わせる。それはまああざとくもありはするのだけれど、映
画の前半はニヤニヤする場面の連続だった。
それが後半になると一転の大冒険の連続で、それは多少荒唐
無稽な部分もありはするが、ペット好きの目からすると許せ
るというか、納得の物語が展開されている。それがエンター
テインメント性も豊かに描かれた作品だ。

監督は『怪盗グルーの月泥棒』などのクリス・ルノーと、ル
ノー監督の2013年公開『怪盗グルーのミニオン危機一発』で
美術担当のヤロウ・チェニーが共同監督としてクレジット。
脚本は、2011年7月紹介『イースターラビットのキャンディ
工場』などのブライアン・リンチが担当した。
飼い主がいないときのペットの状況や、野犬捕獲員の存在な
ど、僕はこの作品を観ながら1955年のディズニー作品『わん
わん物語』“Lady and the Tramp”を思い出していた。
本作のマックスは野良犬ではないし、レディの存在は希薄で
はあるが、ディズニー作品が当時のペット事情を反映してい
たのなら、本作は正に現代のペット事情を反映していると言
えるだろう。
本作は、『わんわん物語』に対する現代からの回答編という
感じもする作品だ。

公開は8月11日より、全国拡大ロードショウとなる。

『みかんの丘』“მანდარინები”
『とうもろこしの島』“სიმინდის კუნძული”
1991年のソビエト連邦の崩壊により独立国となったグルジア
(現呼称ジョージア)を舞台に、その後に発生した国内の民
族紛争を背景とした2作品。
1本目は収穫期を迎えたみかん農園が舞台。主人公はエスト
ニア人で民族紛争には関っていないが、近隣の同胞は安全の
ため帰国してしまっているようだ。そんな中で果樹はたわわ
に実ったものの、紛争でそれを収穫する人手が足りない。
そこで一方の軍の上官に収穫の応援を頼むのだが…。俄かに
戦線が切迫し、両軍の兵士が入り乱れる状況となる。しかも
目の前で起きた戦闘で、主人公は傷ついた両軍の兵士を救護
してしまう。
因に本作の英題名は“Tangerines”で登場する「みかん」は
日本風の手で皮の剥けるもの。そんなことにも親しみの湧く
作品だが、内容は戦争批判をユーモアも交えて巧みに描いた
もので、映画前半からの伏線も見事な作品だった。

監督は、ジョージア映画アカデミーの代表も務めるザザ・ウ
ルシャゼ。本作は2015年の米アカデミー賞外国語映画部門に
エストニア代表としてノミネートされた。
2本目は川の中州でとうもろこしを育てる老人とその孫娘が
主人公。春先に適当な中州を見つけた老人はその中洲に小屋
を建て、小舟で渡りながら種をまきとうもろこしを育てる。
すれは民族の古くからの習わしだった。
しかしその川は民族紛争を繰り広げる両軍の境界でもあり、
双方の軍隊の兵士たちがちょっかいを出し始める。それでも
黙々と作業を続ける老人と孫娘は遂に収穫の日を迎えること
になるが…。
この作品では、とうもろこしが見事に育って行く様が描かれ
ており、実際に半年を賭けた撮影であることは判断できる。
しかもその後に用意されたシーンには、何か崇高な思いもす
る作品だった。

監督は、ジョージア出身でニューヨークの映画学校にも通た
というギオルギ・オヴァシュヴィリ。本作は2015年の米アカ
デミー賞外国語映画部門にジョージア代表としてノミネート
された。
僕は元々神奈川県西部の生れ育ちなのでみかんの実る様子は
よく判っているし、中学か高校では授業でトウモロコシを育
てたこともある。従ってこの2作品に登場する作物にはどち
らも親しみが湧いたが、特にみかんはそれまでの世話も見え
てくるもので、それと戦争の理不尽さが見事に描かれている
と感じたものだ。

公開は9月17日より、東京は神田神保町の岩波ホール他で、
全国順次ロードショウとなる。

『クズとブスとゲス』
2011年『東京プレイボーイクラブ』という作品で東京フィル
メックス学生審査員賞などを受賞した奥田庸介脚本、監督、
主演による上映時間2時間21分の作品。
奥田監督自身が演じるのは、女性を薬で眠らせて裸の写真を
撮り、それをネタに女性を強請って生計を立てているという
ゲスな男。そんな男が1人の女性をカモにしたところから話
が始まる。
実はその女がヤクザの店で働く商売女で、男は逆に落とし前
として大金を要求されたのだ。そこで男は大麻を売って金を
得ようとし、行きつけのバーのマスターに強引に大麻の売人
を手配させるのだが…。
そんな話に恋人との真っ当な生活を目指していたものの、生
来のクズな性分から上手くいかない男と、その恋人(ブス)
が絡まり合い、物語は思いも掛けない壮絶な展開へと雪崩れ
込んで行く。

共演は奥田作品には常連の板橋駿谷と、オーディションで選
ばれ本格的な映画出演は初めてという岩田恵里。それに北野
武作品の常連の芦川誠らが脇を固めている。
なお本作では奥田が俳優として昨年の東京フィルメックスで
スペシャルメンションを受賞したそうだ。
何せ上映時間の長い作品だし、題名のセンスにも疑問が生じ
たもので、中々観るタイミングに苦慮していたが、先に観た
人たちからは「題名の割にはよかったよ」と聞かされ、スケ
ジュールを調整した。
それで観ての感想は、確かに評判通りの作品で、上映時間も
長くは感じさせなかった。内容的にもかなりギリギリの線を
狙ってきた作品で、これは評価するべきものだろう。それは
勿論、顰蹙を買うことも覚悟の上の作品だ。
それが題名にも出ていることは、確信犯的に疑いようのない
ものでもある。ただ題名に関しては、ブスとゲスを入れ替え
た方が、略称がKGBとなって笑えるのかなとも思ったが、
まあそんなことはどうでもいいことだ。

公開は7月30日より、東京は渋谷ユーロスペース他で、全国
順次ロードショウとなる。

この週は他に
『ストリート・オーケストラ』
            “Tudo Que Aprendemos Juntos”
(ブラジルのファヴェーラで子供たちに音楽を教えるヴァイ
オリニストの話。物語は有り勝ちだが、ファヴェーラの風景
が雰囲気を出していた。ただ、出だしの演奏をしない理由や
最期に練習できた理由は、もう少し説明が欲しかった?)
『キング・オブ・エジプト』“Gods of Egypt”
(2004年『アイ,ロボット』などのアレックス・プロイアス
監督がエジプト神話に挑んだ作品。僕は監督のSF的世界観
が好きだが、古代エジプトではちょっと違うかな。ただ神々
の身長が3m近いのは異星人説にも通じて面白かった。)
『シーモアさんと、大人のための人生入門』
             “Seymour: An Introduction”
(イーサン・ホークがドキュメンタリーの初監督に挑んだ作
品。達人の発言には何につけて深いものを感じるが、本作も
そんな至言に満ちている。ただ、日本でも人気の某演奏家に
対する評価にはニヤリとさせられた。)
『ダンスの時間』
(これもまた達人の話。新江ノ島水族館などでダンスの指導
をする様子が描かれるが、その練習の手法なども注目に値す
るもので、全てが納得でき、また勉強になる作品だった。こ
の人のことをもっと知りたくなった。)
『ティエリー・トグルドーの憂鬱』“La loi du marché”
(海外の映画祭などで注目された作品のようだが、最近の映
画祭向きというか、確かに以前の映画では描かなかった作品
であることは言えるだろう。ただ僕自身は苦手とするもの。
それが受けていることは認識するが…。)
『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』
                “La canción del mar”
(米アカデミー賞で長編アニメーション賞にノミネートされ
たアイルランド作品。正にメルヒェンという感じの作品で、
日本のジブリ作品にも通じるところがあるかな。近年のディ
ズニーでは観られないアニメーション世界が広がる。)
『はじまりはヒップホップ』“Hip Hop-eration”
(平均年齢80歳以上でヒップ・ホップダンスの世界大会に挑
んだチームの奮闘ぶりを描いたドキュメンタリー。日本でも
以前に沖縄の高齢者合唱団の話があったが、それ以上に明る
く前向きな作品だった。)
『生きうつしのプリマ』“Die abhandene Welt”
(2013年9月紹介『ハンナ・アーレント』のマルガレーテ・
フォン・トロッタ監督が自分自身の体験を基に描いた物語。
ただかなり脚色された部分が、一方的な女性目線で、男性の
観客としては少し引いてしまった。)
『少女』
(湊かなえ原作小説の映画化。この作品も女性目線の強い作
品で、男性としては評価に苦しむ。ただ内容的には1999年の
『17歳のカルテ』にも通じるところがあり、その現代版とい
う感じもした。)
『アルビノの木』
(野生動物による食害などの問題を扱った、社会性の強いド
ラマ作品。作者の言いたいことは理解する。しかしこの方法
でそれが訴えられているかどうか。タイトルには樹木の白化
現象を想像して最初に戸惑った。)
を観たが全部は紹介できなかった。申し訳ない。



2016年06月19日(日) コロニア、ハリウッドがひれ伏した銀行マン、死霊館 エンフィールド事件

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
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『コロニア』“Colonia”
『ハリー・ポッター』シリーズのハーマイオニー役でお馴染
みのエマ・ワトソンが主演する1970年代の南米チリが舞台の
実話に基づくとされる作品。
ワトソンが演じるのはルフトハンザ機に乗務するキャビンア
テンダント。折しも1973年9月11日、彼女の搭乗便がチリの
首都サンティアゴの空港に到着。4日後の帰国便を待つ間、
彼女は現地に住むドイツ人で恋人の男性の許にやってくる。
その恋人は世情が混乱する中で、社会主義のアジェンデ政権
を支持する活動家でもあった。
そんな逢瀬を楽しんでいた2人の部屋に突然1本の電話が架
かってくる。それは軍事クーデターが勃発し、アジェンデ派
の活動家が次々に逮捕されているというものだった。そこで
取るものも取り敢えず部屋を出た2人だったが、警察の動き
は早く、恋人は拉致されて救急車に載せられ、何処へか連れ
去られてしまう。
一方、彼女自身は解放され、行方不明の恋人を探して行動を
開始する。そして得た手掛かりは、恋人が秘密警察への関与
が噂されるカルト集団コロニア・ディグニダに連れ込まれた
というものだった。しかもそのコロニアからは生きて出てき
た者はいないと言われていた。そのコロニアに、彼女は恋人
救出のため向かうことにするが…。

共演は、2012年7月紹介『コッホ先生と僕らの革命』などの
ダニエル・ブリュール、2010年7月紹介『ミレニアム』など
のミカエル・ニクヴィスト。
他に、2001年『トゥームレイダー』出ていたというリチェン
ダ・ケアリー、2011年5月紹介『ハンナ』に出ていたという
ヴィッキー・クリープス、本作が映画デビュー作のジャンヌ
・ウェルナーらが脇を固めている。
脚本と監督は、ダニエル・ブリュールらも出演の2009年製作
『ジョン・ラーベ 南京のシンドラー』などのフロリアン・
ガレンベルガーが担当した。
実は、試写の前には監督の名前をチェックしておらず、僕は
試写状に大きく書かれたワトソンの名前だけで勝手に作品を
想像していた。しかも映画の始まりでは、ちょっとレトロな
キャビンアテンダントのユニフォームに身を包んだワトソン
が登場するなど、楽しげな気分が溢れていたものだ。
ところが物語が始まると、これはもう生半可な作品ではない
と覚悟を決めることになった。登場のコロニア・ディグニダ
については、2012年10月28日付「第25回東京国際映画祭」で
紹介した『NO』(日本公開2014年)でも言及されていたと
思うが、本作ではその驚愕の実態が描かれている。
そこでは被疑者の生命の危険も考慮しない残虐な拷問なども
平然と行われていたとされるものだ。とは言うものの本作は
そこからの脱出劇を描くもので、そこにはアクションやサス
ペンスも盛り込まれた作品になっている。その辺のバランス
の巧みな作品とも言えるだろう。
それにしても、ワトソンが何故このような作品にとも思える
が、実は彼女は大学卒業後に1年間女優業を休業し、国連の
フェミニズム活動の広報大使なども務めていたのだそうで、
その辺の問題意識がこの作品を選択させたということはあり
そうだ。因に本作は女優復帰第1作とされるものだ。
かなり強烈な内容の作品だが、独裁政権の恐怖はいつの時代
にもあるものだし、そんなワトソンの問題意識を汲んであげ
たくなる作品だ。

公開は9月17日より、東京は角川シネマ新宿、ヒューマント
ラストシネマ渋谷他で、全国ロードショウとなる。

『ハリウッドがひれ伏した銀行マン』“Hollywood Banker”
『ターミネーター』『ランボー』『薔薇の名前』『プラトー
ン』『ダンス・ウィズ・ウルブス』…これらの作品の製作を
支えた1人の銀行マンの姿を描いたドキュメンタリー。
オランダ人のフランズ・アフマンは、ロッテルダムに本拠を
置くスレーブブルグ銀行でエンターテインメント事業部を立
ち上げ、同時期に知己を得たプロデューサーのディノ・デ・
ラウレンティスと共に「プリセールス」という新たなビジネ
スモデルを構築する。
やがてデ・ラウレンティスとの契約を円満に満了したアウフ
マンは、そのモデルを使って新興の映画製作プロダクション
の支援を開始する。それは映画の企画書段階で世界中の配給
会社から資金を募るもので、これによりハリウッドに頼らな
い新感覚の映画が誕生するようになって行く。
それはまた独立系の配給会社がハリウッド並の映画の配給権
を獲得することができるようにもなった。なお作中では東宝
東和、GAGAの社名が挙げられていた。勿論東和はそれ以
前からヨーロッパ映画の配給は行っていたが、この後は『ダ
ンス…』などがラインナップに加わることになる。
そして1987年のアカデミー賞授賞式では、彼の関った『プラ
トーン』『眺めのいい部屋』“De Aanslag”が、作品賞、監
督賞、など8つのオスカーに輝くことになる。特にオリヴァ
・ストーンは謝辞の中で「フィリピンのジャングルまで金を
届けてくれた」と、彼に言及したものだ。
そんな痛快で、映画好きなら誰しもが憧れるような男の姿が
描かれる。

登場は、アウフマン本人を始め、ケヴィン・コスナー、製作
者のゴーラン&グローバス、アーノルド・コペルソン、マー
サ・デ・ラウレンティス、アンディ・ヴァイナ。
監督のオリヴァ・ストーン、ポール・ヴァーホーヴェン。さ
らに俳優のミッキー・ロークまで。錚々たる顔ぶれがインタ
ヴューに答えている。
監督は、アウフマンの愛娘のローゼマイン・アウフマンが制
作した。
ローゼマンは以前には監督の経験はないようだが、ガンで余
命を宣告された父親に、回想録を書きたかったと告白され、
その時間も残り少ないことから記録としてカメラを回し始め
たようだ。
そしてそこに多量のアーカイヴ映像やインタヴュー映像を挿
入して本作を仕上げている。それは今までは一部にしか知ら
れなかった近代アメリカ映画の裏面史を描いてもいる。
実際に僕は彼の名前を本作まで知らなかったが、実は作品の
後半に出てくるクレディ・リオネの件は、当時はニュースを
追いかけていた中で調べてもいたものだ。そこに関った人物
ということで少し構えたが、本作で彼の役割が判明し、そこ
はほっとして少し悔しくもなった。
正にアメリカ映画ファンが観るべき作品と言えるものだ。

公開は7月16日より、東京はヒューマントラストシネマ渋谷
にてレイトショウとなる。

『死霊館 エンフィールド事件』“The Conjuring 2”
2013年9月紹介『死霊館』“The Conjuring”の続編。前作
同様ヴァチカン公認心霊現象研究家の夫と、霊視能力を持つ
妻のコンビが、今回はイギリスで起きた事件に挑む。
前作の事件は1971年に起きたもの。その後の1975年に起きた
アミティヴィル事件で夫妻の名声は高まり、テレビ出演など
も頻繁になる。しかし妻ロレインには自分の能力が負担とな
り、以後の調査依頼は断るように夫のエドに頼み込む。
ところが1977年、イギリスのテレビ局が心霊現象を撮影した
と報じられる。そして夫妻はテレビ局の要請を受け、ただ現
象の真偽を確認するだけ、という約束で英国エンフィールド
の住宅へと赴くのだが…。
それは心霊現象史上最悪とも言われる事件の始まりだった。

出演は、前作に引き続いてパトリック・ウィルソンとベラ・
ファーミガが夫妻を演じ、その脇を2003年12月紹介『タイム
ライン』などのフランシス・オコナー、2016年4月紹介『ト
ランボ』で娘の幼少期を演じていたマディソン・ウルフらが
固めている。
製作、脚本、監督は前作に続いてのジェームズ・ワン。また
脚本には、前作と同じくチャド&ケイリー・W・ヘイズ兄弟
と、2009年9月紹介『エスター』などのデイヴィッド・レス
リー・ジョンスンが参加している。
ワンの演出は前作同様外連味もたっぷりで、好き者には存分
にその醍醐味を味わせてくれる。因にワンは前作の完成後に
は「ホラー引退宣言」をして、2015年『ワイルド・スピード
SKY MISSION』などを手掛けていたものだが、いろいろ思う
ところもあったのか、今回再びの監督となったものだ。
その意気を感じて、スタッフ・キャストも再結集しているの
だろう。
そしてその作品は前作とほとんど変わらないというか、決ま
りごとはきっちりと描いてくれているもので、しかも演出の
ツボは心得ているし、和製のホラーとは一味違ってファンに
は堪らない作品となっている。
上映時間2時間14分をたっぷりと楽しませてくれる作品だ。

公開は7月9日より、東京は新宿ピカデリー他で、全国ロー
ドショウとなる。

この週は他に
『ファインディング・ドリー』“Finding Dory”
(2003年11月紹介『ファインディング・ニモ』の続編。前作
でニモの捜索に協力した忘れん坊のドリーが、ふと思い出し
た家族を探して新たな冒険が始まる。お話の流れはほぼ同じ
だが、とにかく全てがスケールアップした作品。試写は2D
だったが、最初から計算された3Dの効果も凄そうだ)
『祈りのちから』“War Room”
(『復活』『天国からの奇跡』に続くソニーピクチャーズ、
キリスト教映画の第3弾。さすがに3本目になると宗教を真
正面から訴えるような作品になった。それはそれで観る人が
観れば良い作品であって、部外者がとやかく言うものではな
いだろう。教会で説教を聞いている感じだった。)
『神聖なる一族24人の娘たち』
“Олык марий пылвомыш вате-влак”
(ロシア連邦内で暮らすMariという民族を描いた作品。民族
の説話に基づく話やもっと下世話な物語が短編集のように綴
られる。民族には特殊な宗教観もあるようで、アニミズムに
似たそれには惹かれるものもあったし、現代にそれが通用し
ていることも興味深かった。)
『シング・ストリート 未来へのうた』“Sing Street”
2006年『ONCEダブリンの街角で』などのジョン・カーニー監
督による最新作。1980年代の北アイルランドを舞台に、音楽
で境遇を脱出しようとする少年たちの姿を描く。往時を髣髴
とさせるヴィデオの撮影風景や音楽が満載で、映画ファンの
心を鷲掴みにすること間違いなしの作品。)
『バッド・ブレインズ バンド・イン・DC』
             “Bad Brains: A Band in DC”
(カリスマ的なリードヴォーカルの奇矯な行動に翻弄される
バンドを撮影したドキュメンタリー。いやはやという感じの
作品で、僕は音楽のことはまるで判らないが、それでも人気
があるというのはどれだけ凄いのか…? それにしても歌わ
ないヴォーカルというのは…。)
『きみがくれた物語』“The Choice”
(2004年11月紹介『きみに読む物語』などのニック・スパー
クスが自ら製作した自作小説の映画化。ロマンティック小説
の名手と言われる作家の作品で、こういうのが好きな人には
堪らないのだろうなあ…、と思わせる。それを他人がとやか
く言う筋合いでもないだろう。)
『DOPE ドープ!!』“Dope”
(映画の最初に題名の意味が紹介されるが、それを善とする
人たち向けの作品なのだろう。僕にはどうも理解し難い世界
のものだが、数年前の東京国際映画祭でもこの類の作品が高
い評価を受けているから、世界の趨勢はこちらに向いている
ようだ。僕にはよく判らないが。)
『ポバティー・インク  あなたの寄付の不都合な真実』
                   “Poverty, Inc.”
(いろいろな機関の名目で世界中から集められる寄付がどの
ような効果をもたらすかを描いたドキュメンタリー。それは
胡散臭いものではなく、ちゃんとした機関への寄付でも必ず
しも民衆のためにはならない場合がある。多分そうだろうな
あ…と思っていたことが、確信できた。)
『ドラゴン・クロニクル 妖魔塔の伝説』“九層妖塔”
(2006年5月紹介『ココシリ』などのルー・チューアン監督
が挑戦したVFX多用のアクションアドヴェンチャー大作。
中国映画の監督は成功すると皆さんこの様な作品に挑戦した
がるのかな。ちょっと大味な部分はあるけど、サーヴィス精
神は旺盛で、観ている間は面白くはある。)
『涙の数だけ笑おうよ 林家かん平奮闘記』
(比較的若い年代で病に倒れた落語家の生活ぶりを記録した
ドキュメンタリー。闘病ものではあるし、たった1人家族の
母親も寝たきりという、かなり極限状態の生活だが、兎に角
本人が前向きで、平凡な言葉ではあるけれど観ていて勇気が
湧いてくるような作品だ。)
を観たが全部は紹介できなかった。申し訳ない。
 なおこの週はもう1本完成披露試写を観たが、その作品は
情報解禁が6月24日と定められているもので、次週に紹介さ
せてもらうこととする。



2016年06月12日(日) 記者会見(コープスパーティー 、疾風ロンド、仮面ライダー/スーパー戦隊、ターザン)、貞子vs伽椰子

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『コープスパーティー Book of Shadows』記者会見
『疾風ロンド』記者会見
『仮面ライダー45周年/スーパー戦隊第40作』記者会見
『ターザンREBORN』特別フッテージ上映
 6月に入ってからいろいろな映画の記者会見を立て続けに
見る機会があったので、纏めて紹介しておく。
        *         *
 まずは7月30日公開の『コープスパーティ』。この作品は
昨年公開された映画の続編とのことで、前作で映画初主演を
果たしたアイドルグループ乃木坂46の生駒里奈をはじめ、
前作から引き続き出演のメムバーや、新登場のメムバーと、
監督の山田雅史による記者会見が行われた。
 会見の前には出来立てという予告編も流され、僕は前作も
観ていないが、スラッシャーの描写も激しくてかなり強烈な
作品だという印象は受けた。監督も会見で「かなりグロい」
を強調していたから、そういう類の作品という印象を付けた
いのだろう。それはそれで認めるところだ。
 一方、会見では生駒の決意みたいなものも聞けたが、アイ
ドルグループ出身での演技力の問題はあまり周囲のサポート
もなさそうな中で、真剣に頑張っている風に見えたのは好感
したところだ。その演技をぜひ本編で観たいという気持ちに
もなった。
 本編の試写が観られたらまた報告したいものだ。
        *         *
 次は11月26日公開の『疾風ロンド』。かなり早い記者会見
だが、実は撮影が終了したということの報告会見で、これか
ら編集やVFXなどのポストプロダクションが行われること
になる。
 東野圭吾原作のサスペンス小説の映画化ということだが、
監督が『あまちゃん』などの吉田照幸で、会見に臨んだ監督
からは「実は原作には相当にユーモアが盛り込まれていて、
その点を狙っての映画化」とのことだ。
 さらに出演者では主演の阿部寛以下、関ジャニ∞の大倉忠
義、元AKB48の大島優子、『龍馬伝』などの濱田龍臣、
『烈車戦隊トッキュージャー』の志尊淳らが登壇したが、こ
の内で大島だけはウィンタースポーツが得意で待ち望んだ役
だったそうだ。
 一方、阿部は雨男ならぬ雪男だそうで「自分が行くと降雪
に見舞われることが多いが、今回は喜ばれた」とのこと。た
だしその寒さは、前作でロケに行ったエヴェレストより厳し
かったそうだ。
 さらに大倉は「プロフィールに特技スキーと書いて置いた
らこの役が来た」そうで、さらに会見で隣に座った志尊に対
して「ジャニーズとD−BOYSの対決」と振って志尊を慌
てさせていた。
 D−BOYSは初期のメムバーの主演作品なども紹介して
いた気がするが、大倉の発言に対する志尊の恐縮振りが微笑
ましかったものだ。
 本編の試写は秋ごろからと思われるが、その際にまた紹介
したい。
        *         *
 続いては8月6日公開の『仮面ライダーゴースト 100の眼
魂(アイコン)とゴースト運命の瞬間』と『動物戦隊ジュウ
オウジャー ドキドキ サーカス パニック!』。こちらは
2作の変身後も併せると数十人の大所帯の会見だった。
 そこでまず『動物戦隊』では今回のゲストキャラとして出
演の平成ノブシコブシの吉村崇が巧みに会見を仕切っていた
のがさすがという感じだった。因に『動物戦隊』が登場する
映画作品は3作目だが、今までは『仮面ライダー』作品への
客演で、主役を務めるのは初めてになるものだ。
 一方、『仮面ライダー』では今回のゲストとして沢村一樹
と木村了が登壇したが、2人は思い出のライダーを訊かれて
沢村は『V3』とした上で当時の悪役の名前まで挙げ、思い
出を語っていた。
 対して木村は、ちょうど『仮面ライダー』が途切れたころ
の育ちだそうだが、それでもタイトルやキャラクターは有名
だったと語り、歴史の長さを感じさせてくれた。
 両作とも試写会は公開直前になりそうだが、観たら紹介し
たいものだ。
        *         *
 そして最後は7月30日公開の『ターザンREBORN』。主演の
アレクサンダー・スカルスガルドが来日し、一般ファンも招
いての特別フッテージ上映会が行われた。
 そこでまず上映されたフッテージでは「蔦渡り」や野獣の
群れの暴走などのシーンが紹介されたが、特に「蔦渡り」は
従来の「ア〜ア、ア〜」と叫びながら行くものではなく、も
の凄い高速で正しくアっという間のシーンになっていた。
 これは当然CGIを駆使したものだが、それはもう1983年
『SWジェダイの復讐』でエンドアの森にランドスピーダー
が登場した時のような興奮を予感させるもの。正に新時代の
『ターザン』という感じがしたものだ。
 ただし会見では、男性のMCがこのシーンを捉えて「蔦渡
りの気分はどうだったか」と訊いていたが、俳優がちょっと
困った顔をして何とか誤魔化していたものだ。映画ファンな
ら周知の事柄で、この辺は少し考えた人選が欲しかった。
 なお本作の試写はそろそろ始まるるものだが、僕は3Dで
の試写の開始を待つつもりなので、本編を観ての紹介は来月
になってからになりそうだ。
        *         *
 以下は映画の紹介。
『貞子vs伽椰子』
1991年に鈴木光司の原作が発表され、1998年第1作映画化、
さらに続編や多数のリメイクが製作された『リング』の貞子
と、1998年に短編作品で発表され、1999年第1作が映画化さ
れた『呪怨』の伽椰子が相見えるというジャパニーズホラー
の究極作。
物語の発端は古いヴィデオテープのダビング。そのためリサ
イクルショップで買ったデッキには古びたカセットが入って
いた。そしてそのヴィデオを観ると、主人公の部屋の電話が
鳴り響く。
それに並行して主人公の通う大学での超常現象の講座などが
描かれ、そこでは専門家と称する大学教授が貞子の呪いを説
明している。斯くして大学教授も巻き込んでの呪いとの対決
が始まるが…。
一方、家族の都合で転校してきた女子高生の家の向いには、
立入禁止という看板の掲げられた廃屋が建っていた。そして
その家の前に屯していた小学生グループの行方が判らなくな
る。

出演は、2013年12月紹介『黒執事』などの山本美月と2016年
2月紹介『ヒメアノ〜ル』などの佐津川愛美、さらに2015年
『天の茶助』などの玉城ティナ。他に甲本雅裕、田中美里、
安藤政信、2013年『貞子3D2』に出ていた菊地麻衣らが脇
を固めている。
脚本と監督は、2015年5月紹介『戦慄怪奇ファイル 超コワ
すぎ!』などの白石晃士が担当した。
今年になって、3月公開『バットマン vs スーパーマン』に
続いて、4月公開『シビル・ウォー』でのキャプテン・アメ
リカvsアイアンマンと対決物が相次いでいるが、いずれもブ
ランドが同じで、すでに原作もあったりするものだ。
それに対して本作は、全く別のクリエーターが創造したキャ
ラクターが一緒になるもので、中々こういうケースは少ない
だろう。強いて言えば1970年の『座頭市と用心棒』が思い浮
かぶ程度で、1962年の『キングコング対ゴジラ』はちょっと
違うケースのように感じる。
そんな稀有な作品だが、白石晃士監督は両先達へのリスペク
トをしっかり感じながら作っているように思える。特に貞子
に関しては、再生される映像の違いや否定要素の持ち込み方
など、ファンの心をくすぐる部分が満載だ。
一方、伽椰子に対してはかなり完璧な再現振りで、こちらも
先達への愛情を感じる。本当に好きな人が一所懸命に作って
いる、そんな微笑ましさも感じる作品だった。ホラー作品に
対して微笑ましいは失礼かもしれないが…。いずれにしても
僕には納得の作品と言えるものだった。

公開は6月18日より、東京は新宿バルト9、ヒューマントラ
ストシネマ渋谷他で、全国ロードショウとなる。なお4D/
4DXの上映もあるようだ。

この週は他に
『シュガー・ブルース家族で砂糖をやめたわけ』
                    “Sugar Blues”
(3月公開『あまくない砂糖の話』の姉妹編のような作品。
違いは前作は男性/父親視点で、本作は女性/母親の視点と
いうところ。関心のある人は両方観るべきだろう。ただ全体
としてはまだ物足りないかな? 問題の大きさは両作で充分
判るが、強いてもっと突っ込んだ作品が観たくなる。)
『エル・クラン』“El Clan”
(1980年代のアルゼンチンを舞台にした実話に基づくとされ
る作品。独裁政治下での特権階級一家による悪魔的な犯罪が
暴露される。途轍もなく悪辣な犯罪が特権意識によって当然
ものとして実行される。いやはや…、都知事の感覚もこんな
だったのだろうな。)
『ペレ 伝説の誕生』“Pelé: Birth of a Legend”
(2009年公開の『マラドーナ』はアルゼンチン、本作のペレ
はブラジルの英雄だが、かなり破天荒な前者に比べると優等
生の生涯ということになる。ただしブラジルサッカーの立て
直しへの寄与は大きく、本作もその点を中心に描いている。
ドラマ作品だが本人もカメオ出演している。)
『五島のトラさん』
(長崎県の五島列島に住む男性の姿を22年間に亙って追った
ドキュメンタリー。多くの家族に囲まれ、その家族を守るた
めにいろいろなことをし、それらは成功するが本人への負担
も計り知れない。そんな日本人庶民の原点のような男性が描
かれている。これが日本の現実なのだ。)
を観たが全部は紹介できなかった。申し訳ない。



2016年06月05日(日) 不思議惑星キン・ザ・ザ、リトル・ボーイ、MARS(マース)、神のゆらぎ

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『不思議惑星キン・ザ・ザ』“Кин-дза-дза!”
1986年に旧ソビエト連邦で発表され、日本では1991年に公開
されたカルト的評価の高いコメディSF作品。
発端は1980年代の冬のモスクワ。1人の若者が異星人と名の
る男を発見し、相談した男性と共にその男の持っていた空間
移動装置で砂漠の星キン・ザ・ザに飛ばされてしまう。その
ため2人は地球に帰るための方策を練り始めるが…。
その星は資源が枯渇しかかっており、水やマッチ棒が貴重な
資源とされている。そして人間そっくりの住民は支配階級と
被支配階級とに大別され、そんなディストピア的な背景の中
で、風刺ともとれる物語が展開される。
一応風刺と書いたが、当時のソ連で公認され公開された作品
であり、あまりあからさまな体制批判のようなものはない。
でも当時のソ連国内では、登場人物たちの口調が真似される
ほどの一種の社会現象にもなった作品のようだ。
それは1991年に公開された日本でも一部では話題にはなって
いるが、どこまで内容が理解されて評価されたのかは定かで
はない。いわゆるカルト作品の部類に入るものだ。ただし、
そんな作品が多い中ではしっかりと評価は残っている。
でそんな作品を今観ると、最近の戦闘や犯罪まがいの話ばか
りの状況の中では、ふんわりしたムードがよろしいかな。今
年3月紹介した園子温監督の『ひそひそ星』が、『2001年』
『ソラリス』よりはこちらだったなとは思わされた。
ちょっとした小道具なども、今の時代にはない味わいを感じ
るし、背景はただの砂漠なのだが、これはこれで最近の作品
にはない雰囲気を持っている。これらは今の時代にも欲しい
と思わせる作品だ。

出演は、1965年のヴェネチア映画祭で審査員特別賞を受賞し
た『私は20歳』などのスタニスラフ・リュブシン。他にユー
リ・ヤコブレフ、1971年『遠い日の白ロシヤ駅』などのエフ
ゲニー・レオーノフ、現在は監督に転身したレベン・ガブリ
アーゼらが脇を固めている。
脚本と監督は、1977年モスクワ国際映画祭で金賞を受賞した
『ミミノ』などのゲオルギー・ダネリヤ。スタッフ・キャス
ト共に中々の陣容と言える作品だ。
公開は8月20日より、ディジタルリマスターによる作品が、
東京は新宿シネマカリテにてレイトショーされる。

『リトル・ボーイ 小さなボクと戦争』“Little Boy”
第2次世界大戦中のアメリカ本土の田舎町を舞台にした少年
の成長ドラマ。
主人公はカリフォルニア州の山を臨む海辺の町に両親と兄と
住む少年。体格は小柄でリトル・ボーイとあだ名され、いじ
めの対象にもなっている。そんな少年の親友は、いつもやさ
しい父親だったが…。
戦火が激しくなる中、ごく普通の若者の兄が偏平足のために
徴兵審査に落ち、代わりに父親が戦地に向かうことになる。
そしてフィリピン戦線に向かった父親が行方不明になってし
まう。
一方、その町にアメリカへの忠誠を誓って収容所から解放さ
れた1人の日系人が現れる。しかし町民の目は当然のように
厳しかった。そして主人公も兄と共に日系人の家に嫌がらせ
をしてしまう。
それに対して少年の通う教会の神父は、父親を取り戻す奇跡
を起こすための7つの試練を少年に課す。そこで少年は試練
をひとつづつクリアして行くが、その項目の一つは日系人の
男性と仲良くなることだった。
という内容でこの題名は、特に前の週に『いしぶみ』という
作品を観た直後では、これはかなりの危惧を持って試写会に
臨んだものだ。しかし作品は、そのことも踏まえながら実に
見事に物語を展開させて行く。

主演は、2003年生まれで、2008年からテレビ出演を始めたと
いう2013年公開『エスケイプ・フロム・トゥモロー』などの
ジェイコブ・サルヴァーディ。
共演者に2010年1月紹介『鉄拳』などのケイリー=ヒロユキ
・タガワ、2008年1月紹介『ウォーター・ホース』などのエ
ミリー・ワトスン、2005年2月紹介『最後の恋のはじめ方』
に出ていたというマイクル・ラパポート。
さらに『ウォーター・ホース』などのベン・チャップリン、
2008年2月紹介『フィクサー』などのトム・ウィルキンスン
らが脇を固めている。
脚本と監督は、メキシコ出身で2006年の長編監督デビュー作
“Bella”が各地の映画祭で受賞を果たしたというアレハン
ドロ・モンテヴェルデ。
自身が移民であり疎外感の中で育ったという監督は、大戦中
の日系人収容所のことも原子爆弾のことも知らなかったが、
負け犬だった少年の成長を描き込む内、多層に描かれたこの
物語を編み出したとのことだ。

公開は8月27日より、東京はヒューマントラストシネマ有楽
町、渋谷ユーロスペース他、全国ロードショウとなる。

『MARS(マース) ただ、君を愛してる』
1996年〜2000年に「別冊フレンド」誌に連載され、単行本の
累計発行部数 500万部を記録したという惣領冬実原作コミッ
クスの映画化。
プロローグは海辺で奇跡的な出会いをする男女の高校生。女
子は元から男子を見ていたが、男子は刹那的な生き方で付き
合った相手も数知れなかった。しかし彼女との出会いは彼の
心を動かし、彼女を一途に愛するようになる。
ところがそこに別の要因が現れる。それは1人の転校生で、
男子の双子の弟の親友でもあった転校生は男子に歪んだ思い
も持っていた。そして女子の過去を調べた転校生は、彼女の
弱点を見つけ、それをネタに別れを強要する。

出演は、ジャニーズKis^My-Ft2の藤ヶ谷太輔と、2013〜14年
『獣電戦隊キョウリュウジャー』などの飯豊まりえ。それに
2013年7月紹介『飛べ!ダコタ』などの窪田正孝。他に山崎
紘菜、稲葉友、前田公輝、福原遥、足立梨花など、正に今が
旬の若手が揃っている。
脚本は2010年4月紹介『BECK』などの大石哲也、監督は
2014年『百瀬、こっちを向いて。』の耶雲哉治が担当した。
開幕と結末は正に少女コミックという感じで、試写の会場で
は僕は場違いかなあと思っていた。ところが転校生が登場し
てからの展開は一筋縄ではいかないもので、それはかなり物
語を堪能できたものだ。
最近この種の作品の試写は多く観させて貰っているが、特に
原作が近年のものではまあ仕方がないかなあと思ってしまう
ことも多い。でも本作では、さすが20世紀の原作だとは思わ
させてくれた。
しかもそれを映画化では、見事に最近のこの手の作品のオブ
ラートで包み込んでいるもので、その辺には脚本の巧みさも
感じたものだ。これもさすがと言わせてもらう。
ただ題名に関して、その意味合いが映画の中では全く説明さ
れない。これは自明というものではないと思うが、その辺を
くどくど説明するのも野暮と考えたのかな。最初の石膏像で
判る観客だけで良しとしたのだろうか?

公開は6月18日より、東京はTOHOシネマズ新宿、シネマサン
シャイン池袋他で、全国ロードショウとなる。

『神のゆらぎ』“Miraculum”
2015年3月紹介『Mommy マミー』などのグザヴィエ・ドラン
監督が俳優として出演を熱望したというカナダのダニエル・
グルー監督によるアンサンブル劇の作品。
物語の中心となるのは、ドラン扮する男性とその婚約者の看
護師の女性。実は男性は白血病の末期にあり、その病は輸血
によって治療できるが、彼も婚約者も教義で輸血を禁じてい
る「エホバの証人」の信者だった。
そんな中、看護師の女性に旅客機墜落の通知が入り、唯1人
の存命者の看護に参加することになる。しかも突然の容体悪
化で輸血を必要とする存命者の血液と適合するのは彼女だけ
だった。
という物語に並行して、不倫関係の老境の男女の逃避行の話
や、ギャンブル狂の夫のアル中の妻の冷え切りながらも対面
を繕う話。さらに別れた愛娘のために違法行為で金を作り、
その金を届けようとする男の話などが描かれる。

共演者にスターは居ないようだが、その内のアンヌ・ドルバ
ルはドラン監督の前作『マイ・マザー』と、本作の後に撮ら
れた『Mommy マミー』にも出演している。またロビン・アル
バートは本作で映画賞の助演男優賞候補になっている。
脚本は、本作の出演俳優でもあるガブリエル・サブーラン。
監督は、数多くのテレビシリーズを手掛け、監督第2作とな
る2010年“10 1/2”で数多くの賞に輝いたダニエル・グルー
が担当した。
最近に観た試写会では宗教に絡む作品が多くあるように感じ
られ、その動向が少し心配にもなっていたが、本作の中では
神を否定するような発言も見られ、その点では少しほっとし
た作品でもあった。
特にドランはゲイをカミングアウトしており、対して描かれ
る「エホバの証人」ではゲイを禁じているそうだから、その
辺は間違いのないところだろう。と言っても宗教関連は取る
人によって様々だから何とも言えないが。
ただ映画の構成はかなりトリッキーで、ドランはその点が気
に入ったのかな? それは時間軸をかなりいじくっており、
さらにそれが判った瞬間からまた別の興味が惹かれるなど、
相当に面白い作品に仕上げられている。
それは見事な作品だ。

公開は、7月16日より開催のカリテ・ファンタスティック!
シネマコレクション2016にてプレミア上映された後、全国順
次ロードショウが予定されている。

この週は他に
『ジャングル・ブック』“The Jungle Book”
(キプリング原作による児童文学の映画化。ディズニーでは
1967年にもアニメ化があるが、本作はその実写版というか、
主役の少年は実写だけどそれ以外の動物も背景も全てCGI
という作品。しかしこれにより原作の精神は完璧に映像化さ
れた言える。豪華な声優陣も聞きものだ。)
『イレブン・ミニッツ』“11 minut”
(上に書いた『神のゆらぎ』と同じく時間軸を色々いじった
アンサンブル劇。最後の纏まりは成程と思わせる。ただその
結末自体が個人的には多少好みではなかったかな? 巧みな
作劇ではあるし、試写室での評判も良いようで、それ自体を
楽しめればそれが良いのだろう。)
『花芯』
(瀬戸内寂聴が瀬戸内晴美時代の1957年に発表した作品の映
画化。原作の発表後は瀬戸内がしばらく文壇的沈黙を余儀な
くされたということだが、それは映画を観ていれば判るとこ
ろだ。でもまあ現在ならそうはならなかったろうし、むしろ
描かれた内容には現代女性の共感も呼びそうだ。)
『ヒップスター』“I Am Not a Hipster”
(サンディエゴのインディミュージシャンを描いた作品。僕
には音楽的なことは判らないが、描かれる父親との関係は、
自分も父親として考えるところはあるかな? それと肉親を
送らなかったことへの感情は、自分はちゃんと送れたとは言
え、理解できたように思えたものだ。)
『AMY エイミー』“Amy”
(2008年のグラミー賞で最優秀楽曲賞など5部門を受賞した
シンガーソングライター、エイミー・ワインハウスの生涯を
描いた2016年のオスカー長編ドキュメンタリー部門に輝いた
作品。驚くべき破滅的人生を描いた作品で、それがまた克明
にヴィデオに収められていたというのも驚く作品だ。)
『トリプル9 裏切りのコード』“Triple 9”
(警官の腐敗を描いく作品は、最近邦画でも北海道警の実話
に基づくとされる作品があったものだが、それにも増したア
メリカの警官の腐敗ぶりが描かれる。兎に角ひどい奴らで、
全く救いようがないのも見事。さらにオールスターキャスト
も見どころと言える作品だ。)
『チェブラーシカ動物園に行く/ちえりとチェリー』
(ロシアの人気キャラクターを、その生誕50周年の年に日本
で映画化した作品と、その新作を手掛けた日本人監督がロシ
ア人原作者の協力も得て作り上げた、人形アニメーションの
特性が見事に生かされた作品。昨年の東京国際映画祭で上映
されたが、ようやく一般公開となった。)
を観たが全部は紹介できなかった。申し訳ない。


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井口健二