井口健二のOn the Production
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2016年01月31日(日) ヘイトフル・エイト、珍遊記、断食芸人、頭文字D−夢現−4DX

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『ヘイトフル・エイト』“The Hateful Eight”
2013年1月紹介『ジャンゴ繋がれざる者』などのクエンティ
ン・タランティーノ監督が再び西部劇に挑んだ作品。
発端の舞台は大雪の荒野。1台の駅馬車が黒人の男に止めら
れる。男はバウンティハンターで、仕留めた遺体と共に次の
町まで乗車したいと言う。しかし駅馬車は貸し切りで、中に
は賞金首の女を護送中の同業者が乗っていた。
そこで呉越同舟の2人は途中にある雑貨屋まで同乗すること
になるのだが…。さらに1人が加わり、辿り着いた雑貨屋で
は異様な雰囲気が漂っていた。そして大雪で足止めとなった
2人に女を救おうとする連中が襲い掛かる。

出演は、2015年8月紹介『キングスマン』などのサミュエル
・L・ジャクソン、2007年7月紹介『デス・プルーフ』など
のカート・ラッセル、2009年8月紹介『脳内ニューヨーク』
などのジェニファー・ジェースン・リー。
他にティム・ロス、マイクル・マドセン、ブルース・ダーン
らファンにはニヤリの面々が脇を固めている。さらに音楽を
エンニオ・モリコーネが担当しているのも嬉しくなる所だ。
物語には南北戦争の確執なども絡んで、日本人には少し判り
難いかな? でも、西部劇が好きな人にはこの程度は常識と
言えるのかな? いずれにしても『ジャンゴ』から続くタラ
ンティーノ節が炸裂する作品だ。
ただし、物語の後半にちょっとした仕掛けがあるのだが、こ
れが良いかどうか。これがアクション映画なら許されるが、
前半がサスペンス・ミステリーの展開で来ると少し違和感に
はなった。
とは言え、観客の思いなんか関係なしに引きずり回すのが、
タランティーノのやり方だから、これは仕方がないとも言え
るのかもしれない。取り敢えず観客は彼のやり口に乗っかる
しかないのだろう。
それともう一点、この映画では始めにUltra Panavision 70
と言うクレジットが登場する。これは元々は『ベン・ハー』
などの撮影に使用されたMGM Camera 65というシステムに、
アナモフィックレンズ装着で2.76:1の画面を生み出すもの。
ただしこの画面は70mmプリントのみだそうで、今回はさらに
上映時間187分とされたヴァージョンが、アメリカではロサ
ンゼルスのCinerama Domeなど100館で2週間限定上映された
とのこと。今だにそれが上映できるのもすごいことだ。

日本での公開は2月27日より、全国ロードショウとなる。

『珍遊記』
2011年6月紹介『men's egg/Drummers』などの山口雄大監
督が、2004年『ババアゾーン(他)』以来となる漫☆画太郎の
原作に再挑戦した作品。
映画の巻頭には「この作品は中国の有名な物語とは無関係」
という主旨のテロップが出る。まあそれをいまさら言われる
までもないが、わざわざそういうことを言うのがコンセプト
とも言える作品だ。
物語は、旅の僧が村人が手を焼く暴れん坊を諌めることから
始まる。しかし諌めただけでは終れないと感じた僧は、修行
と徳を積ませるため天竺へ向かう旅の供として、その若者を
連れて行くことにする。
そして2人がやってきたのは人で賑わう街。その町の入り口
で一くさりあった後、2人が目にしたのは何やら怪しげな教
祖のいる宗教だった。そんな宗教には関らず旅を進めようと
する2人だったが…。

出演は松山ケンイチ、倉科カナ、溝端淳平。他に田山涼成、
笹野高史、温水洋一、ピエール瀧、板尾創路、矢部太郎らが
脇を固めている。
実は2004年『ババアゾーン(他)』は、試写では観たがここで
の紹介はしなかった。つまり何と言うか作品全体に漂う品の
なさが、当時の僕には気に入らない作品だったものだ。正直
に言って、その印象は今回もあまり変わらない。
ただしかしこの作品に関してはそれが目的なのだし、原作の
読者にはそれが好まれているのだろうから、それは仕方ない
ことと言えるだろう。それが何とか許容できるくらいには、
少しは作品のレヴェルも上がったかな。
山口監督作品では、2005年4月紹介『魁!!クロマティ高校』
などはそれなりに評価しているつもりだが、中々洗練されな
いというか…。でもその洗練されなさが評価のポイントなの
だろうとは思ってしまうところだ。

日本での公開は2月27日より、全国ロードショウとなる。

『断食芸人』
『変身』『城』などの作品で知られるチェコの文豪フランツ
・カフカが1922年に発表した短編小説を、2012年6月『美が
私たちの決断をいっそう強めたのだろう/足立正生』という
ドキュメンタリーを紹介している足立正生監督が映画化した
作品。
物語は1人の男が街角に座り込むところから始まり、その男
の行動に対する周囲の者の反応や、周囲に与える影響などが
描かれて行く。そこには政治的なものや人間の欲望など様々
なエピソードが描かれる。

主演は、2014年1月紹介『魔女の宅急便』などの山本浩司。
他にテント劇団「風の旅団」リーダーの桜井大造、演劇演出
家の流山児祥、伊藤弘子。さらに2009年9月紹介『ゼロ年代
全景』などの本多章一らが脇を固める。またナレーションを
田口トモロヲが務めている。
カフカの原作は「断食芸」というものが認知されている状況
に基づいており、本作の展開とはかなり違っている。しかし
「断食芸」のルールみたいなものは踏襲されているようだか
ら、これを映画化としていいのかな。
ただし物語はかなり現代化されていて、カフカの時代では考
えられなかったお話が展開される。それがまた足立監督らし
さというか、正直に言ってちょっとレトロな感じも漂うとこ
ろは…。それを狙いとしているのだろう。
なお巻頭に置かれた災害の記録映像はかなり衝撃だった。

公開は2月27日より、東京は渋谷ユーロスペース他で、全国
順次公開となる。

『頭文字D−夢現−』4DX
2015年12月に紹介した作品で、その折にも告知した4DXに
よる上映を体験したので報告する。
その体験では、加速やブレーキ、コーナリングなどの荷重の
感じががかなり再現されていたもので、実際に主人公らと共
に車の乗車している気分は味わえたという、ある種の満足感
みたいなものが体験できた。
と言っても僕は自動車レースに同乗した経験などはないし、
実際はさらに激しいものだろうという感じもしたが、少なく
ともシミュレーションとして体験するには充分にその気分は
味わえたというところだ。
因に当日は監督らによる記者会見も行われたが、その発言に
よると、4DXのシミュレーションは乗車している車種毎に
よっても微妙に違えられていたのだそうで、これはかなり本
格的なものだったようだ。
公開は2月6日より、4DXも同時公開となっている。

この週は他に
『黒崎くんの言いなりになんてならない』
『スティーブ・ジョブズ』“Steve Jobs”
『インサイダーズ 内部者たち』“내부자들”
『アーロと少年』“The Good Dinosaur”
『緑はよみがえる』“torneranno i prati”
『風の波紋』
『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』
               “Banksy Does New York”
『LOVE3D』“Love”
を観たが全部は紹介できなかった。申し訳ない。



2016年01月24日(日) 太陽、ローカル路線バス乗り継ぎの旅in台湾 THE MOVIE、ボーダーライン、女が眠る時

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『太陽』
2011年に第63回読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞した前田
知大の戯曲を、2012年3月紹介『サイタマノラッパー3』な
どの入江悠監督が映画化した作品。
物語の背景は、21世紀の前半に発生したウィルス疾患により
人類の多くが死亡した世界。その疾患を克服した新人類と呼
ばれる人々は太陽の下では暮らせない身体となったが、人類
の遺産を引き継ぎ科学技術に基づく社会を構築していた。
その一方で、今も疾患に怯えながら生き長らえている人々も
存在した。しかし旧人類と蔑称される彼らは独自には社会を
維持することができず、新人類から支給される物資に頼って
ようやく生活ができる程度だった。
そんな旧人類である主人公の暮らす村は、新人類の暮らす領
域とフェンスを隔てただけの場所にあったが、過去に起きた
新人類への反抗によって物資の支給が制限されていた。その
制限がようやく解除されることになったが…。

出演は、2015年12月紹介『TOO YOUNG TO DIE!』などの神木
隆之介と、2014年1月紹介『愛の渦』などの門脇麦。他に、
2011年2月紹介『高校デビュー』などの古川雄輝。さらに村
上淳、古舘寛治、鶴見辰吾、中村優子らが脇を固めている。
太陽の下では暮らせないという設定はヴァンパイアなどでは
定番だが、実際の難病などもあって現実的な物語と言えるの
かもしれない。そんな中で本作は、それをSFの設定として
見事に物語を構築しているものだ。
前田が主宰する劇団イキウメでは、以前からSF的な題材を
多く取り上げているそうだが、ここに展開されているSFの
世界観はかなり完璧に作られている。実は日本人の演劇系の
SF作品には偏見があったが、これはしっかりしていた。
しかもそこには様々なSF的なギミックなども散りばめて、
これはSFとして納得できる作品に仕上げられていた。因に
映画化は前田と入江の共同脚本となっており、VFXも絡め
たアイデアが入江なら今後も期待したくなる。
特に映画の前半に登場する新人類の日光浴シーンは掴みとし
ても面白いし、そこからのVFX処理も気に入ったものだ。
一方、物語の全体では古館が演じる父親役が巧みで、物語の
終盤の別れのシーンには、世界観が見事に集約されていた。

映画の全体に関してはいろいろな意味でのバランスも良く、
この様な作品が作られただけでも、SFファンとして賞賛を
贈りたくなるような作品だった。物語の最後に描かれる希望
と共に、新しい光が見えてきたような感じもした。
まだ1月だが、今年のSF映画のbest1に選んでも良い作品
だ。
公開は4月23日より、東京は角川シネマ新宿、池袋シネマ・
ロサ、渋谷ユーロスペース他にて、ロードショウとなる。

『ローカル路線バス乗り継ぎの旅in台湾 THE MOVIE』
太川陽介と蛭子能収のレギュラー+女性タレントの出演で、
テレビ東京をキー局に2007年に開始され、すでに第21弾まで
放送されているというヴァラエティ番組の劇場版・海外編。
テレビ番組は最近になって何作か観ているが、番組の設定は
3泊4日の日程でロケ開始地点から指定された目的地まで、
高速バスは使わずにローカル路線バスのみの乗り継ぎで到達
するというもの。その様子が同行取材で描かれる。
そして今回は番組初の海外ロケということで、台湾北部の首
都台北から、最南端の鵝鑾鼻岬を目指すというもの。因に台
湾はローカルバスが発達しており、路線図上は可能のような
のだが…、その日は台湾に巨大台風が接近していた。
果たして3人は無事に目的地に到達できるのか。
僕自身、サッカーの応援では東京から九州まで夜行バスで行
くこともあるが、それは高速バスということで、ローカル路
線バスの乗り継ぎと言うのは、実際にこの様な番組の企画で
もなければ普通はやらないことだろう。
それを敢えてやるところがこの企画の面白いところで、それ
は乗り継ぎの場所ごとに風情やドラマが感じられるところに
もなる。その辺はすでに国内で21作も手掛けているスタッフ
には、正に手の内のように巧みに手堅く描かれた作品だ。
それは逆に上手く嵌り過ぎている感じもあって、ドキドキ興
奮するような展開には欠けているかもしれないが、先々での
人との出会いなどがそれなりに温かく描かれているところな
どが、ほのぼのとした良さにもなっている。
それに映画ファンには、先に話題になった台湾映画の舞台の
土地なども登場して、これは劇場版として計算されていたの
かな? これにはちょっと驚かされた。その辺は上手くでき
た作品だ。
内容的にはテレビ番組そのままで、それを劇場で観る価値が
あるのかというところにはなるが、映画館で観たら案外テレ
ビも観たくなる…そんな感じの作品にもなっていた。いずれ
にしても見慣れない風景を観るのも映画の楽しみの一つだ。

公開は2月13日より、東京は新宿ピカデリー、ユナイテッド
・シネマ豊洲ほかで、全国ロードショウとなる。

『ボーダーライン』“Sicario”
2011年10月紹介『灼熱の魂』などのドゥニ・ヴィルヌーヴ監
督が、2014年6月紹介『ALL YOU NEED IS KILL』などのエミ
リー・ブラントを主演に迎え、麻薬戦争の実態を描いたアク
ション作品。
ブラントが演じるのはFBIの誘拐即応班でリーダーを務め
る女性捜査官。ところが彼女の指揮するチームが踏み込んだ
メキシコ国境にほど近い街の家の壁には、おびただしい数の
遺体が埋め込まれていた。
その家の所有者は実はメキシコの麻薬組織に繋がる男で、そ
れらの遺体は麻薬密輸に関って殺された人々だった。そして
彼女は上司の許に呼び出され、麻薬組織撲滅のためのより高
レヴェルのチームにスカウトされたと告げられるが…。
それは国境を越え、FBIの捜査範囲を超える新たな作戦の
始まりだった。

共演は、2008年12月紹介『チェ28歳の革命/39歳別れの
手紙』などのベニチオ・デル=トロ、2013年2月紹介『L.A.
ギャングストーリー』などのジョッシュ・ブローリン。
脚本はテレビシリーズの主演も務める俳優でもあるテイラー
・シェリダン。テキサス州出身の俳優が自らの子供時代とは
様変わりし、悪の巣窟となってしまったメキシコへの思いを
込めて描いた作品とのことだ。
宣伝文には『ゼロ・ダーク・サーティ』『アメリカン・スナ
イパー』などの作品名が並ぶが、軍隊万歳で右傾化の臭いも
するこれらの作品に対して本作は、正にアメリカ庶民が直面
する問題を背景に、国家犯罪も匂わせる作品になっている。
その点で言えば、この週に観た作品の中で一番の問題作とも
言えそうだ。
それにしてもブラントは、以前は若い女性の憧れを体現して
いるような女優だったと思うが、『ALL YOU NEED IS KILL』
でのアクションのお蔭でこんな役も演じるようになるとは、
ハリウッドスターも大変な職業だ。

公開は4月9日より、全国ロードショウとなる。

『女が眠る時』
1992年に発表された『白い心臓』という小説が日本語に翻訳
されているスペイン作家ハビエル・マリアスの短編小説を、
2009年7月紹介『千年の祈り』などのウェイン・ワン監督が
映画化した作品。
主人公は数年前に出したデビュー作が評判になったという作
家。しかし第2作で躓いてスランプに陥り、さらに編集者の
妻とも倦怠期となって就職を決意。最後の骨休みでリゾート
ホテルに来ている。
そんな主人公がプールサイドで日光浴をする若い女性と初老
の男性のカップルに目を止める。その不釣り合いなカップル
が気になった主人公は2人の後をつけるようになり、やがて
カップルの部屋を覗き見るようになるが…。
主人公は初老の男性に声を掛けられ、部屋に招かれた主人公
はある秘密を教えられる。

出演は、ビートたけし、2014年10月紹介『ハーメルン』など
の西島秀俊、2013年8月紹介『許されざる者』などの忽那汐
里。他に、小山田サユリ、リリー・フランキー、新井浩文、
渡辺真起子らが脇を固めている。
主人公の覗き見る情景が現実なのか妄想なのか、そんな非現
実の雰囲気を漂わす映像がスクリーンに展開される。それを
どう評価すべきかは悩むところだが、取り敢えずはそのまま
受け止めればいいのだろう。
主演の西島は、2008年7月紹介『真木栗の穴』でも妄想に取
り憑かれる作家を演じて印象深かったが、本作はそれを前提
に観てしまうのが良いかどうか。映画鑑賞を続けていると、
そんなことも悩んでしまうところだ。
もう一点、ワン監督に関して前作の『千年の祈り』は上記の
紹介でも書いたように製作には日本の資本が投入されていた
ものだが、本作に関してはさらに進んで東映製作による完全
な日本映画になっている。
そのため紹介も日本語題名のみとしたが、実はポスターなど
には“While the Women Are Sleeping”という英語題名が添
えられている。ここで注目するのは‘Women Are’と複数形
になっていることだ。
しかし映画の中で寝姿が登場するのは1人だけ。一方、登場
する女性には主人公の妻もいて、そうすると複数形にはこの
妻も含まれることになる。しかも「時」は‘When’ではなく
‘While’で…。悩むところはいろいろある作品だ。

公開は2月27日より、全国ロードショウとなる。

この週は他に
『さざなみ』“45 Years”
『セーラー服と機関銃−卒業−』
『マリーゴールド・ホテル幸せへの第二章』
       “The Second Best Exotic Marigold Hotel”
『木靴の樹』“L'albero degli Zoccoli”
『ハロルドが笑う その日まで』“Her er Harold”
『ロブスター』“The Lobster”
『光りの墓』“Rak ti Khon Kaen”
を観たが全部は紹介できなかった。申し訳ない。



2016年01月17日(日) 復讐したい、夜会VOL.18−橋の下のアルカディア−劇場版、SHERLOCK 忌まわしき花嫁、リップヴァンウィンクルの花嫁、華魂 幻影

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
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『復讐したい』
2005年8月紹介『あそこの席』『@ベイビーメール』などが
公開された2005年以降、20作品以上が製作されているという
山田悠介原作の映画化。もっともその内の6本は『リアル鬼
ごっこ』だが…。
物語の背景は、犯罪被害者の遺族が犯人を復讐のために殺す
ことが許されるという「復讐法」が施行されている近未来。
主人公は、通り魔的な犯罪者に妊娠中の妻を殺された教師。
彼は元々は「復讐法」には反対だった。そんな主人公が絶海
の孤島に設けられた復讐のための施設にやってくる。
この施設で復讐者には各種の武器が支給され、犯罪者には密
かに位置を探知できる発信機が埋め込まれている。この復讐
者が絶対有利の状況下で復讐は開始されるが、復讐を遂げる
までの時間は18時間に限定され、その期限を過ぎると犯罪者
は無罪放免されるという条件も付けられている。
そしてこの施設には、主人公の他に爆弾テロで家族を失った
被害者のグループや両親を友人に殺されたという若い女性も
来ていた。斯くして指令センターの監視の許、主人公らによ
る復讐劇が開始されるのだが…。犯罪者側には武器を奪って
反撃するチャンスも与えられていた。

出演は、名古屋が活動拠点のアイドルグループBoys & Menの
メムバーで2015年4月紹介『サムライ・ロック』などの水野
勝、相手役に2014年5月紹介『キカイダー REBOOT』などの
高橋メアリージュン。
他に、Boys & Menのメムバーの小林豊、本田剛文ら、さらに
2012年6月紹介『闇金ウシジマくん』などの岡田義徳らが脇
を固めている。
脚本と監督は、2009年『湾岸ミッドナイト THE MOVIE』など
1990年代から活動している室賀厚。さすがのベテランが、人
間ドラマも構築した物語を展開している。
山田悠介原作の映画化については2014年3月紹介『パズル』
のときにも書いたが、年配の評論家諸氏の評価が頗る低い。
それは映画の内容が、シチュエーションに手が凝んでいる割
には展開はエピソードばかりで、ドラマがなく人間性が感じ
られないということなのだろうと考えている。
それに対して本作では、ベテランの監督が巧みなドラマ展開
を披露してくれたもので、それは感動の名作という訳ではな
いが、それなりに僕らでも納得できる作品に仕上げられてい
た。特にサブキャラクターのテロリストの描き方が良くて、
その辺での展開や若い女性の存在も良い感じだった。
ただこれが今までの作品をヒットさせてきた若い観客の嗜好
に合うかどうかは判らない訳で、その辺の結果も楽しみにな
るところだ。

公開は2月27日より中部エリアでの先行上映の後、3月5日
から全国ロードショウとなる。

『夜会VOL.18−橋の下のアルカディア−劇場版』
シンガーソングライターの中島みゆきが1989年から続けてい
る舞台の2014年版を劇場向けに収録した作品。
中島みゆきの関連では、実は昨年劇場公開されたコンサート
映像も試写を観せて貰っていたが、そちらは正しく演奏会の
収録という作品で、映画としての評価を控えたものだ。それ
に対して本作には物語性もあってこれは評価の対象とした。
その物語は題名にもある橋の下を舞台にしたもので、そこに
は占い師らしい女性とカウンターバーの代理ママの女性など
が暮らしている。ところがそんな彼女らに治水工事か何かの
関係で立ち退きを迫られる。
そしてその立ち退き告知のために警察官の若者が街にやって
くるが…。実は彼と彼女らには、遠い昔から続く橋の建設を
巡っての深い因縁があった。

そんな物語が、46曲の書き下ろし楽曲を含む2幕物として、
中島みゆきの脚本、作詞、作曲、歌、主演で綴られる。そし
て共演には、やはりシンガーソングライターの中村中、石田
匠が出演している。
生の舞台の迫力がこの映像作品で完璧に再現されているかに
ついては多少疑問に思うところはあるけれど、中島みゆきの
圧倒的な世界観は充分に感じることができた。つまりその世
界観の物凄さが、映像を通しても伝わってくる作品だ。
それは哀しい物語とも相まって、見事に「みゆきワールド」
を構築しているとも言える。ただ最後の描かれる希望のとこ
ろで第2次世界大戦の兵器が登場することには、僕の個人的
な思想の面で疑義を感じるが、これも時代なのだろう。

いずれにしても中島みゆきの歌唱力も含めて、最初から最後
まで圧倒され続ける作品であることは間違いない。
公開は2月20日より、東京は新宿ピカデリー&丸の内ピカデ
リーほかで、全国ロードショウとなる。

『SHERLOCK シャーロック 忌まわしき花嫁』
          “Sherlock: The Abominable Bride”
2012年5月に紹介したベネディクト・カンバーバッチ、マー
ティン・フリーマン共演のテレビシリーズの特別版で、今年
1月1日に本国イギリスで放映された作品が、日本では劇場
公開されることになり試写が行われた。
映像の舞台はヴィクトリア朝のロンドン。おや?本シリーズ
は現代が背景ではなかったの…?という展開だが、ちゃんと
シリーズとの繋がりも付けられている。そして本作では、正
にコナン・ドイル卿のホームズが再現されるのだ。
その物語は花嫁姿の女性が銃を乱射した挙句に、自分の頭を
撃って自殺するところから始まる。ところがその後に今度は
花婿が花嫁の女性に射殺される事件が発生。果たして花嫁は
甦ったのか…?ということで、名探偵の登場となる。

共演は、アマンダ・アビントン、マーク・ゲイティス、ルイ
ーズ・ブリーリー、ルパート・グレイヴス、ユナ・スタブス
らテレビシリーズのレギュラー陣が、普段とはちょっと違っ
た雰囲気で登場。その捻り具合も良い感じになっている。
製作と脚本は、出演者でもあるゲイティスとスティーヴン・
モファット。彼らは2015年5月紹介『ドクター・フー』にも
関っているコンビで、その流れで観ると本作の仕掛けも納得
できるところだ。監督も『ドクター・フー』のシリーズから
ダグラス・マッキノンが起用されている。
という作品だが、本作では謎解きが見事にその時代を捉えた
壮絶なもので、これがテレビシリーズとは思えないほどのも
の、これには正に脱帽という感じだった。現代版のシリーズ
との繋げ方といい、特別版に相応しい作品と言えるものだ。

公開は2月19日より、東京は各TOHOシネマズ系の映画館で、
期間限定特別ロードショウとなる。

『リップヴァンウィンクルの花嫁』
2012年8月紹介『ヴァンパイア』などの岩井俊二監督が、劇
映画では同作以来となる4年ぶりに発表した作品。本作では
原作、脚本も手掛けており、作品は上映時間3時間の大作と
なっている。
主人公は、SNSで知り合った男性と結婚することになった
派遣教員の女性。しかし彼女には親族が少ないためSNSの
伝手で「なんでも屋」の男に結婚式の代理出席を依頼する。
ところがその時から彼女の周囲が変わり始める。
式は挙げたものの代理出席が露見し、不倫疑惑などで家を追
い出された主人公は、「なんでも屋」の男から月収100万円
のハウスメイドの仕事を斡旋され、そこで先輩メイドの女性
と知り合い、意気投合するのだが…。

主演は、2015年11月紹介『母と暮らせば』などの黒木華、相
手役に2014年2月紹介『そこのみにて光輝く』などの綾野剛
と、シンガーソングライターで2012年2月『KOTOKO』
などのCocco。他に原日出子、毬谷友子、りりィ、金田明夫
らが脇を固めている。
黒木華に関しては、ベルリン国際映画祭の銀熊賞を受賞した
2013年12月紹介『小さいおうち』での演技は実はあまり評価
していなかったが、昨年公開された『幕が上がる』での演技
指導のシーンには、これはと思わせるものがあった。
そんな黒木が本作では再び頼りなげな女性を演じているのだ
が、今回はそこに綾野剛が演じる謎の「なんでも屋」が絡ん
で見事なドラマが展開される。特に綾野の演じる男が悪人な
のか否か、その描き方も巧みとしか言いようがない。
長尺を感じさせない素晴らしい作品だった。

公開は3月26日より、東映配給にてロードショウとなる。

『華魂 幻影』
2011年9月紹介『UNDERWATER LOVE−女の河童−』では監督
を務めたいまおかしんじが脚本を手掛けた廃館寸前の映画館
を舞台にしたちょっとホラーの要素もある作品。
主人公は廃館寸前の映画館で映写技師を務める男。その上映
はあと数日だが、そんな彼が映写室から見詰めるスクリーン
に、フィルムには映っていない黒衣の女性が現れる。その女
性は次には客席にも現れ、その後を追った主人公はとある河
原へと誘われる。そして真相が明らかになるが…。

出演は、2013年11月『祖谷物語−おくのひと−』などの大西
信満、新人のイオリ。他に2010年7月紹介『花と蛇3』など
の川瀬陽太、2013年8月紹介『今日子と修一の場合』などの
愛奏、それに1972年『天使の恍惚』などの吉澤健、さらに真
理アンヌ、三上寛らが脇を固めている。
監督は2006年1月紹介『刺青』などの佐藤寿保。因に監督は
2014年に『華魂』という作品を発表しており、物語は独立し
ているようだが、本作はその第2弾だそうだ。
映画ファンにとって、この作品に登場するような館内は思い
切り郷愁を誘ってくれるものだ。そんなことも判っての作品
が展開されている。そこに亡霊のような女性の登場で、これ
は正にノスタルジックな展開かと思いきや、何たって脚本は
いまおかしんじ、後半はその期待通りの展開となる。
それはまあいやはやの展開になる作品だが、本作にはこれが
期待されているのだから、それは仕方のないところだろう。
でもそれももう少し濃密には描いて欲しかったかな。新人女
優が頑張っている分、もう少し描写を工夫して欲しかった感
じもした。

公開は4月30日より、東京は新宿K's cinemaほかにてロード
ショウとなる。

この週は他に
『幸せをつかむ歌』“Ricki and the Flash”
『モヒカン故郷に帰る』
『母よ、』“Mia madre”
『あまくない砂糖の話』“That Sugar Film”
を観たが全部は紹介できなかった。申し訳ない。



2016年01月10日(日) X−ミッション、ジョーのあした、Mr.ホームズ、ジプシーのとき、バナナの逆襲、いいにおいのする映画

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『X−ミッション』“Point Break”
エクストリームスポーツに興じていた若者が、政府の捜査官
となって活躍する姿を描いた3Dアクション作品。
映画の開幕は、切り立つ山の稜線を疾走する2台のバイク。
ところが最後のジャンプで塔峰の頂きに着地した主人公に対
して、彼の後を追った仲間のバイクは着地に失敗して転落。
主人公は仲間の死を目の当たりにしてしまう。
それから7年後、バイクを走らせていた若者は、規律が最も
厳しいと言われるFBI捜査官の登用試験を受けていた。し
かし彼の経歴は試験官に良い印象を与えてはいないようだ。
それでも成績が優秀であることは間違いなかった。
そんな時、X−スポーツを駆使する強盗団が出現。その技の
レヴェルから彼等の行動が伝説の活動家の理念に基づいてい
ると判断した主人公は彼等の次の出現場所を予測。仮採用の
身分で現地に捜査に赴くことになるが…。
稜線の疾走に続いては、高層ビルからのパラシュート降下、
さらには輸送機からのスカイダイビングに、大海原のド真ん
中で発生する高波でのサーフィンなど、X−スポーツの妙技
がつるべ打ちのように登場する展開となる。

出演は、オーストラリア出身で人気ブレイク中のルーク・プ
レイシー、2013年6月紹介『ウォーム・ボディーズ』などの
テリーサ・パーマー、2012年7月紹介『カルロス』などのエ
ドガー・ラミレス。
他に、2011年10月紹介『ザ☆ビッグバン!!』などのデルロイ
・リンドー、2007年3月紹介『こわれゆく世界の中で』など
のレイ・ウィンストンらが脇を固めている。
監督と撮影は、カメラマン出身で2001年『ワイルド・スピー
ド』の撮影も手掛けたエリクソン・コア。本作は2006年『イ
ンヴィンシブル 栄光へのタッチダウン』に次ぐ監督2作目
となる。
脚本は、2012年8月紹介『トータル・リコール』などのカー
ト・ウィマー。因に1991年のキアヌ・リーヴス主演作『ハー
ト・ブルー』(キャサリン・ビグロー監督)が本作の原案だ
そうだ。
X−スポーツのアスリートが捜査官になるという設定では、
2002年9月に紹介したヴィン・ディーゼル主演の『トリプル
X』などが思い浮かぶが、登場する競技の多彩さでは本作が
上回る。しかもそこに日本人が絡むのも愉快なところだ。
それに本作では、3Dの効果が見事な点も注目できる。特に
山岳シーンでは山肌の凹凸が明確に把握できて、これは迫力
満点の映像だった。また海のうねりや瀧脇の岩壁を登攀する
シーンなども3Dで効果的に描かれていた。
実は昨年観た『アルプス天空の交響曲』というドキュメンタ
リーでは、2Dのために山肌が凹なの凸なのか俄かに判らず
困ったが、3Dではその心配もなかった。これは今後の参考
にもなる作品だ。

公開は2月20日より、東京は新宿ピカデリー他で全国ロード
ショウとなる。

『ジョーのあした-辰𠮷𠀋一郎との20年-』
1989年『どついたるねん』で元プロボクサー赤井英和を銀幕
デビューさせた阪本順治監督が、やはり関西のプロボクサー
辰𠮷𠀋一郎を題材に描いたドキュメンタリー作品。
辰𠮷は1989年にプロデビュー。1991年には8戦目にして世界
タイトルを奪取する。しかし同年末に網膜裂孔と診断されて
長期入院。その後の1992年に行われた復帰世界戦ではTKO
負けを喫するが、翌年の再戦で王座に返り咲く。
だがその後に網膜剥離が判明して王座を返上。さらに治療の
手術は成功するが、日本ボクシングコミッションは規定によ
り国内での対戦を禁止。このため辰𠮷は海外での対戦を実施
して勝利し、その実績により特例の世界戦が認められる。
ところがそこには1戦でも負けたら引退の条件が付けられて
いた。そして1994年に行われた世界戦では敗れた辰𠮷だが、
さらに海外での対戦を続け、遂に1997年3度目の世界王座返
り咲きを果たす。
その後は2度の防衛に成功するも1998年の防衛戦で敗戦。さ
らに2008年に年齢規定により国内ライセンスが失効。それで
も辰𠮷はタイ王国で戦いを続け、4度目の王座への返り咲き
を狙っている。
そんな辰𠮷の姿を阪本監督は、1995年にラスヴェガスで行わ
れた再起戦から2014年まで20年間に亙って追い続けた。そこ
には1999年に他界した父親との思い出や、同じ道を歩み始め
た息子への思いなども語られる。
ボクシングに興味がある訳でもない自分にとって、この作品
は特に食指が動くものではなかった。しかし昨年の東京国際
映画祭のパノラマ部門に出品され、初日の上映では他に観る
ものもなくて鑑賞したものだ。
ところがその内容では、特に家族の関係が巧みに描き込まれ
ていて、何か心地良い感じで観ることができた。それは阪本
監督の上手さなのかもしれないが、特にボクサーを英雄に祀
り上げるでもなく、淡々と描かれた作品は見事だった。
そして今回は、マスコミ試写の案内を受けて再度同じ作品を
観に行ったものだが、今回は躊躇いもなく再見ができた。そ
れは作品の出来にも納得していた為だが、さらに今回は内容
の理解も進んで、一層満足できた感じだ。

ナレーションを豊川悦司が担当。
公開は2月20日よりシネ・リーブル梅田ほかで大阪先行上映
の後、東京はテアトル新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷
にて2月27日より、さらに全国順次ロードショウとなる。

『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』“Mr. Holmes”
2006年4月紹介『ローズ・イン・タイドランド』(テリー・
ギリアム監督)の原作者ミッチ・カリンが、2005年に発表し
た小説“A Slight Trick of the Mind”を、2005年5月紹介
『愛についてのキンゼイ・レポート』などのビル・コンドン
監督、『LOTR』などのイアン・マッケラン主演で映画化
した作品。
物語は、かなり高齢の男性がイギリスの田舎町の駅に降り立
つところから始まる。男性は著名らしく周囲の人からも注目
されているが、それには構わず帰り着いた邸宅で彼は、取る
ものも取り敢えず庭に置かれた養蜂箱の世話に勤しむ。
そう彼こそは老境を迎えた名探偵シャーロック・ホームズな
のだ。そんなホームズの振る舞いはワトソンによって描かれ
た人物像とは多少異なっているが、それでも名声を誇った探
偵への憧憬は今も続いているようだ。
ところが彼自身は老いを自覚しており、減退する記憶との闘
いの中で、ワトソンが真実を描けなかったある事件の真相を
探ろうとしていた。それは自らの失策により引退を余儀なく
されたものであり、そのため遠く日本まで赴いたのだ。
こうしてホームズ最後の事件の真相と、訪れた日本での出来
事、さらにはホームズの身の回りの世話をする母子との生活
が、いまだ衰えぬホームズの推理力と共に描かれて行く。

共演は、2014年に“Robot Overlords”というイギリス製の
SF作品で演技デビューを飾っているマイロ・パーカーと、
2012年8月紹介『最終目的地』などのローラ・リニー、それ
に真田広之。
他に、2008年9月紹介『バンク・ジョブ』などのハティ・モ
ラハン、2007年12月紹介『つぐない』などのパトリック・ケ
ネディ、そして1985年『ヤング・シャーロック』で若き日の
ホームズを演じたニコラス・ロウが劇中映画のホームズ役を
演じている。
本編の中でホームズが訪れる日本のシーンに関して、エンド
クレジットでは千葉県の地名なども挙がっていたが、実際に
はイギリス国内で撮影されたようだ。しかしそこに描かれる
ものにはちょっと驚かされた。
恐らく原作がそうなのであろうが、日本人には考えさせられ
るものだ。

公開は2016年3月、TOHOシネマズ シャンテほかで全国順次
ロードショウとなる。

『ジプシーのとき』“Dom za vešanje”
2005年4月紹介『ライフ・イズ・ミラクル』などの旧ユーゴ
(現ボスニア・ヘルツェゴビナ)サラエボ出身エミール・ク
ストリッツァ監督が1989年に発表した作品。
舞台は、ジプシーたちが居住するユーゴのとある村。主人公
は、祖母からちょっとした魔法の力を授けられた青年。彼に
は相思相愛の彼女がいるが、財力のない青年は彼女の母親に
認めてもらえない。
そんな青年は、村にやってきた金持ちらしい男の口尾車に乗
り、脚の不自由な妹を病院に入れてくれる約束で妹と共に男
の車に乗り込むが…。男のあくどい手口に翻弄されて、見知
らぬ土地を放浪する羽目に陥ってしまう。
映画はロマ語の台詞で描かれているそうで、主人公らが異国
に出てそれぞれに国の言葉になるシーンでは字幕に<>が付
いていた。といっても僕にはロマ語自体も判らないのだが、
何となく納得できる作品だった。
ただまあ、僕自身が新婚旅行でパリに行った際に、多分ジプ
シーと思われる子供たちの集団に財布をすられそうになった
経験があると、この作品に登場するジプシーたちの生態は、
納得できるというか何とも複雑な気分にさせられる。
恐らくそれがジプシーの現実なのだろうし、それを真剣に描
きたかったのが、監督の気持ちなのだろう。
因に僕がパリに行ったのはこの映画が発表されるよりさらに
10年ほど前のことだが。最近でも同じような被害にあった人
の話も聞いたりすると、その現実は今もあまり変わってはい
ないということのかな。

公開は1月23日〜2月12日の3週間限定で、YEBISU GARDEN
CINEMAにて「ウンザ!ウンザ!ロードショウ!」として紹介
されるクストリッツァ監督の特集上映の中で行われる。
なお同特集では、
『アリゾナ・ドリーム』(1992年、ジョニー・デップ主演)
『アンダーグラウンド』(1995年)
『黒猫・白猫』(1998年)
『SUPER8』(2001年)
『ライフ・イズ・ミラクル』(2004年)
の上映も行われる。

『バナナの逆襲第1話ゲルテン監督、訴えられる』
              “Big Boys Gone Bananas!*”
『バナナの逆襲第2話敏腕?弁護士ドミンゲス、現る』
                     “Bananas!*”
果実では世界有数の企業であるドール社が、中米ニカラグア
のバナナ農園労働者に対して行った行為を巡る2つの裁判を
取材したドキュメンタリー。
実は第1話は2011年の作品、第2話は2009年の作品で、順番
は逆になるものだが、制作者の主張をより強力に訴えるには
この順番に観せるのが最適と言えそうだ。
その第1話で描かれるのは、第2話となる作品の上映を巡る
もの。アメリカの映画祭での上映に際してドール社が妨害工
作を実施し、それが裁判に至るものだ。従ってこの第1話の
中には第2話の一部がインサートされるが、それはあまり気
にならなかった。
そして第2話は、そこまでしてドール社が上映を阻止しよう
とした作品の本編となるものだが。それはドール社がニカラ
グアで行った不正行為を告発するものであり、その危険な行
為と、さらにそれを隠ぺいしようとするあくどさが克明に描
かれるものになっていた。
ここで第2話に関しては、ドール社は被告人だから裁判を受
けて立つのは仕方ないことなのだが、第1話の妨害工作は、
明らかに言論の自由に対する侵害行為でなぜこのような行動
に出たのかは理解に窮するものだった。とは言え第2話が描
く利益至上主義も疑問ではあるが。
それにしてもこのドール社の行為は、まずは資金力に物を言
わせての弾圧であり、さらには「他国がどうなろうと自国さ
え良ければよい」という、アメリカ政府の遣り口をそのまま
踏襲した感じのもの。そのやり方が通用しなくなっての焦り
は、現政府を観ている感じもした。
つまりこの作品は、制作者が意図した以上に今の世界情勢を
反映しているものとも言え、これを観て日本とアメリカの関
係を考え直すことも重要な作品に思えてきた。特にアメリカ
企業の思惑優先で進むTPPの目的がどこにあるかも、この
作品を観て考えて欲しいところだ。
ただ本作では、特に第1話はその遣り口の横暴さと共に浅は
かさも露呈しているもので、それを観ながら対策を考えるの
も役に立ちそうだ。ただし、第1話では最終的に監督の母国
が国を挙げての対抗に乗り出す辺りが、今の日本に期待でき
るかどうか…。

公開は2月27日より、東京は渋谷ユーロスペースでのロード
ショウとなる。

『いいにおいのする映画』
新進気鋭の映画監督とアーティストの掛け合わせを目指して
2012年頃に始まったMOOSIC LABという企画で製作され、昨年
のイヴェント上映でグランプリ・観客賞を含む6部門を受賞
したという作品。
登場するアーティストはVampillia。その名前から予想され
るように吸血鬼の物語が展開される。そこには幼い頃に離れ
離れになった少年と少女が再会し、少年の父親がリードする
バンドに関って行く少女の姿が描かれる。
しかし予想通り少年は吸血鬼の血筋を持ち、やがて少女にも
牙をむく時が来てしまうが…というもの。まあ安易と言った
ら安易な展開だが、作品の性質上これは仕方のないところだ
ろう。
ただマニア的に言わせて貰えば、少年吸血鬼の行為を単純な
嫌悪感で描いてしまっているところが不満にはなるもので、
特に少女が受け入れてからの展開はもっと違ったものにして
欲しかったところはある。
それは少年の母親との関係も含めて、もっといろいろと描き
込んで欲しかったものだ。特に少女が母親の姿を観る切っ掛
けの部分では映画的にもっと面白い展開もあったはずで、そ
の辺はもっと期待できた。
映画界では数年前からのブームもあって、吸血鬼には様々な
ヴァリエーションが描かれているもので、そんな中で本作に
新たなものは見い出せなかった。その辺が残念にも感じられ
たものだ。
とは言え本作では6部門を受賞しているのだから、その時の
観客には受け入れられたということだ。こういう刹那的な作
品が受け入れられ易いのは理解するが、もっと深く映画を観
たい観客が居ることも考えて欲しいものだ。

公開は2月6日より、東京では19日までの期間限定で、新宿
シネマカリテにてレイトショウとなる。



2016年01月03日(日) 2015年Best 10、ザ・ウォーク、ジョギング渡り鳥、ミラクル・ニール!

 明けましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いいたします。
 今回は新年第1回ということで、2015年の僕的ベスト10を
発表したいと思います。選考対象は2015年度の公開作品で、
試写を観せて貰った中から選びます。
 まずはSF/ファンタシー映画:
1位:神々のたそがれ(2月1日紹介)
2位:アース・トゥ・エコー(9月13日紹介)
3位:コングレス未来学会議
          (2014年9月7日紹介The Congress)
4位:プリデスティネーション(1月11日紹介)
5位:リザとキツネと恋する死者たち(11月15日紹介)
6位:コードネームU.N.C.L.E.(8月30日紹介)
7位:キングスマン(8月9日紹介)
8位:トゥモローランド(5月24日紹介)
9位:バードマン(2月8日紹介)
10位:ヴァチカン美術館4K3D(2014年12月7日紹介)
番外1:草原の実験(2014年11月2日付紹介)
番外2:Re:LIFE〜リライフ〜(8月30日紹介)
番外3:7500(6月28日紹介)
 昨年のSF映画は大粒の作品が少ないというか、あるけど
試写で観ていなくて、ベスト10は全体的に小粒な作品ばかり
になってしまった。
 その中で1位〜5位はそれなりに納得して選べたかな。特
に2位は『未知との遭遇』と『E.T.』の巧みな融合で気に
入ったものだ。5位は今回日本映画を選ばなかった分、この
作品を入れておきたかった。
 6位、7位は共にスパイものだが、昨年公開された『ミッ
ション:インポッシブル』『007』よりSF的に面白いと
思えたものだ。7位は多少異論もあるだろうが、オマージュ
も感じるイギリス流のブラックユーモアと理解した。
 8位は久し振りのディズニーSF映画という感じで好まし
かった。『インサイド・ヘッド』(6月7日紹介)も久し振
りに納得できるピクサーアニメーションだったが、センス・
オブ・ワンダーの点でこちらを選んだ。
 9位は大物監督による「アメコミヒーロー考」といった感
じの作品で、一般的にはアンチテーゼのように捉えられてい
ると思うが、僕は逆にこの監督の「アメコミヒーロー愛」を
感じられたように思えた。
 10位は種別としてはドキュメタリーの作品だが、3D化と
いうのはフィクションに入れてしまいたくなるものだ。特に
この作品での名画の3D化は、賛否の両論は踏まえた上での
フィクションとして評価したくなった。
 そして今回は番外として3作品を挙げておきたい。番外1
は昨年の『ガガーリン』に続く旧ソ連時代の科学実験の再現
ドラマだが、宇宙飛行ほどSF的ではないのでこことする。
番外2と3は共にロッド・サーリング(ミステリーゾーン)
へのオマージュの強い作品で、ここに置くことにしました。
 続いて一般映画はベスト5で、
1位:それでも僕は帰る(7月26日紹介)
2位:ボーダレス ぼくの船の国境線
      (2014年11月3日紹介ゼロ地帯の子どもたち)
3位:ロシアン・スナイパー(9月27日紹介)
4位:カフェ・ド・フロール(2014年11月30日紹介)
5位:Mommy マミー(3月8日紹介)
 こちらもいわゆる大作は選べなかったが、いずれも僕の心
に深く残った作品と言えるものだ。特に1位はドキュメンタ
リーだが、観ている間にいろいろなものが錯綜して深く残る
作品になった。
 2位は、ある意味1位と真逆な作品だが、こういう作品が
今の時代に必要と感じられた。3位は、本来この種の戦争を
描いた作品は僕は評価しないつもりだったが、この作品には
感心したものだ。
 そして4位、5位はどちらも正しく映画と呼べる作品で、
2015年度の映画の中で僕が最も好きな作品と言い切れるもの
だ。しかし映画の評価はそれだけではないということでこの
順位とした。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『ザ・ウォーク』“The Walk”
2009年4月紹介のドキュメンタリー作品『マン・オン・ワイ
ヤー』を、2009年11月紹介『クリスマス・キャロル』などの
ロバート・ゼメキス監督が3D映像でドラマ化した作品。
フランス人の大道芸人プティは綱渡りを生業としていたが、
自分の目標とするものを決められないでいた。そんな彼が目
にしたのはニューヨーク・ワールド・トレード・センターの
建設記事。そのツインタワーの姿に魅せられたプティは、そ
の棟の間に綱を張って渡り切ることを夢見るようになる。
そして大道芸で知り合った恋人や仲間と共に準備を重ね遂に
その日を迎えるが…。

出演は、2010年7月紹介『インセプション』などのジョセフ
・ゴードン=レヴェット、2013年5月紹介『恋のベビーカー
大作戦』などのシャルロット・ルポン。他に、ベン・キング
スレー、2007年9月紹介『アヴリルの恋』などのクレマン・
シボニーらが脇を固めている。
実は以前のドキュメンタリーの紹介文を読み返して、自分が
かなり批判的に書いていたことに驚いてしまった。それは多
分、記録映像に挟まる再現ドラマという手法が納得できなか
ったもので、今回はそれが全編ドラマ化となったものだ。
ということで改めてドラマ化作品を観ると、これなら納得で
きるという感じだった。特に再現ドラマでは「そんなこと有
かよ!」と思っていた部分が、今回の作品の中にもあって、
それはもうその通りだったんだと思えたりもした。
そして最後に出てくる‘Forever’という言葉には、思わず
居ずまいを正してしまった。恐らくゼメキスの言いたかった
ことは、この一言に尽きるのではないかな。そんな思いもす
る作品だった。

公開は1月23日より、全国一斉の2D/3Dロードショウと
なる。

『ジョギング渡り鳥』
東京・渋谷にある映画専門学校・映画美学校が製作した上映
時間2時間37分の作品。
映画の初めの方に空飛ぶ円盤の不時着シーンがあって、そこ
から異星人らしき連中がぞろぞろ出てくるという展開。ただ
し彼らの姿は地球人には見えないらしく、そんな設定の中で
異星人による人間観察が開始される。
というお話で、最初はもっとSF的な展開を期待したが、制
作者にはあまりそういう意図はないらしく、ただ不可視の異
星人という設定を利用した人間ドラマが展開されるものだ。
さらにそれがジョギングという共通テーマの中で複数のドラ
マがアンサンブル的に描かれるものになっていた。
まあそのドラマの一部として異星人による「神」探しという
のはあるのだけれど、それが意味を持つほどには描かれてい
ない。結末は一応その方向で着いてはいるのだけれど…。全
体は普通の人間ドラマを錯綜させて描いた作品だ。

監督は、2013年10月紹介『楽隊のうさぎ』などの鈴木卓爾。
2011年5月に開校した映画美学校アクターズ・コースで講師
を務める監督が、その第1期生たちのキャスト&スタッフで
作り上げた作品ということだ。
鈴木監督には『楽隊のうさぎ』でも、1952年『ハーヴェイ』
のような展開を期待していたらはぐらかされたもので、結局
そういう資質なのだろう。ただ本当はファンタシーが好きな
のかもという感じもあって、その辺が歯痒いところだ。
それから、実は本作の映画製作のスタッフ欄に「脚本」がい
なくて、監督に「場面構成」という肩書と、「人物造形・台
詞」としてアクターズ・コース第1期生と記載されている。
つまり本作はほとんどアドリブで作られたもののようだ。
で、その良し悪しを問題にするつもりはないが、ただ本作の
ようなアンサンブル劇では、全体的なバランスなどを考える
とあまり効果的ではなかったのではないかな。そんな風には
感じられた。
なおよく似た傾向では、『ハッピーアワー』という作品が神
戸ワークショップシネマプロジェクトというところから発表
されていて、12月12日公開された上映時間5時間17分のその
作品はそれなりにまとまりを持って作られていた。
そちらは監督を含む3人の作者による脚本が用意されていた
もので、SFではないので紹介は割愛したが長尺を飽きさせ
ずに観せられたものだ。今回は、やはり脚本は大事だとも思
わせてくれた。

公開は3月に、東京は新宿K's cinemaにてロードショウさ
れる。

『ミラクル・ニール!』“Absolutely Anything”
元モンティー・パイソンのテリー・ジョーンズが、劇場用長
編映画としては1996年“The Wind in the Willows”以来の
約20年ぶりに手掛けたSFコメディ作品。
物語の発端は大宇宙の何処か。形態もサイズも様々な5人の
エイリアンが「地球」と呼ばれる惑星の審査を行っていた。
それは「銀河法」の定めに従ったもので、その審査にパスす
ればその惑星は宇宙社会の一員に迎えられるのだ。
その審査の方法は、惑星の住人の1人に全ての願いが叶う能
力を与え、その住人が正しい行いをすればパスとなるもの。
ただし一度でも悪い行いに走ると、その惑星は即破壊となっ
てしまう。そして主人公にその能力が与えられるが…。

出演は、『スター・トレック』『ミッション:インポッシブ
ル』や2015年5月紹介『殺し屋チャーリーと6人の悪党』な
どのサイモン・ペッグ、2012年8月紹介『トータル・リコー
ル』などのケイト・ベッキンセール。
他に、2011年10月紹介『ロンドン・ブルバード』に出ていた
サンジーヴ・バスカー、2015年公開『帰ってきたMr.ダマー
バカMAX!』に出ていたロブ・リグルらが脇を固めている。
そしてさらにエイリアンの声の出演で、ジョン・クリース、
テリー・ギリアム、エリック・アイドルらの往年のモンティ
ー・パイソンのメムバーが揃うのも嬉しいところだ。また主
人公の愛犬の声を2014年に他界したロビン・ウィリアムスが
当てている。
普通の人間が全能の力を手にする話は、2003年10月紹介『ブ
ルース・オールマイティ』など数多くあると思うが、そこに
SFという味付けでは、本作はかなりの出来栄えと思える。
それはSF的なセンスの問題でもあるもので、その点でイギ
リス人はさすがなのだ。特に能力が途切れた時の出来事など
が、成程これは上手いと思えた。日本映画でもこんなセンス
を観てみたいのだが…。

公開は4月に、全国ロードショウが予定されている。

なお今回は御用納め最後の週に観た作品を中心に紹介した。
この週は他に
『さらば あぶない刑事』
『探偵なふたり』“탐정: 더 비기닝”
『ブラック・スキャンダル』“Black Mass”
『キャロル』“Carol”
を観たが全部は紹介できなかった。申し訳ない。

 今年もこんな調子でやっていきますので、どうぞよろしく
お願いいたします。


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井口健二