井口健二のOn the Production
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2015年01月25日(日) 唐山大地震、パリよ永遠に

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『唐山大地震』“唐山大地震”
1976年に中国河北省を襲ったマグニチュード7.8の大地震。
それにより生活の全てを変えられた一家の姿を、2008年10月
紹介『戦場のレクイエム』などのフォン・シャオガン監督が
追った2010年中国製作のドラマ作品。
元々は2011年3月に日本公開予定だったが、東日本大震災の
発生で公開は見送られた。しかしそれから4年が経ち、作品
に描かれた精神を伝えるため、改めての公開が行われること
になったものだ。
ということで本作は4年前にも一度紹介しているものだが、
今回はその時の文章も参照しながら改めて紹介をしたい。と
言うのも、4年前に観たときと今回の鑑賞とでこれほど印象
が変わった作品も珍しいと思えるからだ。
それは東日本大震災の前と後とで観る側の心情が変ったこと
もあり得るが、地震に関して僕らは本作以前にも1995年の阪
神・淡路大震災や2004年の中越地震も記憶していたもので、
自分の中で何が違うのかは釈然としない。
でも明らかに印象は変わっていた。
映画は、大地震で離散した一家のその後の32年間を追ったも
の。ほぼ巻頭に描かれる大地震で夫を失い、さらに実子で双
子の姉弟のどちらか1人しか救えないと言われその弟を選択
した主婦=母親と、その時に救って貰えなかった姉。
だがその姉は偶然に命を存え、救援隊=人民解放軍の兵士の
夫妻に養女として迎えられる。そして心に傷を負いながらも
必死に生涯を送って行く。しかしその生涯は、彼女がそのよ
うな境遇故の運命にも翻弄されて行くことになる。
一方、息子と2人暮らしとなった母親もまた、自分の身代わ
りとなった夫と、見殺しにしたと思い込む娘の供養のために
生涯を捧げてしまう。それは息子が事業に成功して裕福な暮
らしが許されるようになっても変ることはなかった。
そんな一家の32年間に渡る姿が描かれて行く。

シャオガン監督作品は、2003年3月紹介『ハッピー・フュー
ネラル』以降、日本公開された作品はほぼ全てを鑑賞してき
たが、その作品はいずれもちょっと特殊なシチュエーション
での人間の姿が巧みに描かれていると感じていた。
その監督が、2007年3月紹介『女帝』ではワイヤーアクショ
ンを採用し、さらに本作ではVFXや2000人とも言われるエ
キストラを動員するなど、映像的に大掛かりな作品を制作し
ている。
しかし本作でも描かれているのは、大地震の被災者という特
別なシチュエーションの下での家族の姿であり、そのような
シチュエーションだからこその、人間の心理や営みが巧みに
描かれているものだ。
出演は、2013年11月紹介『楊家将』などのシュイ・ファン、
2012年3月紹介『ビースト・ストーカー』などのチャン・チ
ンチュー。さらに『楊家将』などのリー・チェン、今年3月
公開『妻への家路』などのチェン・タオミン。
という作品だが、実は4年前の文章を読み返すと僕はかなり
批判的な紹介を書いていた。しかし今回観なおしていて、特
に毛主席の葬儀に関しては思っていたより短く、これなら時
代の紹介として問題ないと感じたものだ。
それに以前には一番気になった娘の死亡の確認に関しても、
混乱した中ではこんなものかな。まあこちらに関しては多少
引っ掛るところはあるけれど、それも容認できないことはな
いという気にはなった。
いずれにしても、本作の描きたいのはそういうところではな
くて、災害に遭ってから32年に及ぶ一家の営み。それは中国
の国情も背景にはあるけれど、本来の人間の生き方が見事に
描かれている作品であった。

公開は3月14日から、全国ロードショウとなる。

『パリよ、永遠に』“Diplomatie”
僕らの世代だと1966年に公開されたルネ・クレマン監督によ
る上映時間2時間53分の大作『パリは燃えているか』が思い
出される第2次大戦秘話の映画化。
第2次大戦末期。戦前のパリに魅了され、ベルリンをパリの
ようにしたいと思い描いていたアドルフ・ヒトラーは、連合
軍の爆撃で廃墟と化したベルリンの惨状にパリも同じ様にし
てやると復讐心をたぎらせる。
そしてパリ駐在司令官のコルティッツ将軍にパリ壊滅作戦を
指令。この状況にコルティッツは、すでにドイツ軍の敗北を
認識していたものの総統の命令には逆らえず、パリの各所に
爆薬の敷設を命令する。
一方、中立国スウェーデンの総領事を務めるノルドリンクは
実はパリに生まれ育ち、そんなパリを愛する男がナチスの将
軍に交渉を試みる。そして物語はドイツ軍パリ総司令部の置
かれたホテルの一室で開幕する。

本作は舞台劇に基づくもので、主演のアンドレ・デュソリエ
(2011年9月紹介『風にそよぐ草』などアラン・レネ作品の
常連)と、ニエス・アレストリュブ(同月紹介『サラの鍵』
などに出演)も舞台に引き続いての共演となっている。
そのフランスで大ヒットしたというシリル・ジュリーの戯曲
から、ドイツ出身で昨年10月日本公開された『シャトーブリ
アンからの手紙』などのフォルカー・シュレンドルフ監督が
脚色・映画化したものだ。
僕は1966年の作品を公開時に観ているのだが、実はオースン
・ウェルズとゲルト・フレーベによって演じられたこの2人
のドラマをほとんど覚えていなかった。ただ、映画の最後の
シーンがこの部屋だったことは鮮明に覚えているのだが…
それは1966年作品の全体がアラン・ドロン、ジャン=ポール
・ベルモンド、シャルル・ボアイエらのオールスターで演じ
られたレジスタンスの活躍を描いていて、僕の目がそちらに
行っていたせいもあるのだろう。
他にもジョージ・チャキリスやグレン・フォード、ロバート
・スタックらが演じる連合軍など、当時の人気者がきら星の
ごとく登場し、次から次の展開も目まぐるしい兎にも角にも
オールスターの映画だったのだ。
そんな大作に対して本作は、歴史の大きな流れの中に埋もれ
てしまいそうな1ページに光を当てた作品とも言える。正直
には1966年の作品では釈然としなかった部分が本作で明瞭に
なったという感じもした。
この他、本作の中でヒムラーがルーブルの美術品をベルリン
に運ばせるという台詞には、そこでは1964年の映画『大列車
作戦』が行われているのだと思い出されたり、各映画で描か
れたエピソードが繋がって行く。
そんなことも楽しめる作品になっていた。

公開は3月7日より、東京はBunkamuraル・シネマほかで、
全国ロードショウとなる。



2015年01月18日(日) JIMI:栄光への軌跡、ら

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『JIMI:栄光への軌跡』“Jimi: All Is by My Side”
1970年に27歳で早世した天才ギタリスト=ジミ・ヘンドリッ
クスが世に認められるまでを描いたドラマ作品。
僕は基本的に音楽にはあまり興味がないのだけれど、流石に
ジミヘンの名前ぐらいは知っている。とは言え、有名すぎる
のかプレス資料にもあまり紹介がなくて、止むを得ずWebで
経歴を調べてしまった。
それによると、1942年シアトル生まれ。若いころから地元や
軍隊などでバンドを組み、除隊後に音楽活動を本格化、一時
はアイク&ティナ・ターナーやリトル・リチャードなど著名
なミュージシャンのツアーなどにも同行していた。
そして1966年、本作のプロローグでもあるニューヨークでの
演奏をローリング・ストーンズ/キース・リチャーズの恋人
だったリンダ・キースに認められ、アニマルズ/チャス・チ
ャンドラーを紹介されてロンドンに渡る。
そこから1967年夏のモンタレー・ポップ・フェスティヴァル
に至るジミヘンの軌跡が描かれる。その中では、同年6月に
『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』を演奏する感
動的なシーンなども再現されている。
また一方でリンダ・キースとの微妙な関係や、その他の女性
関係などが中心に描かれ、その中には黒人活動家と交流や、
薬物への傾倒ぶりなどがジミヘン本人の人物像として描き込
まれているものだ。
因に本作にはジミヘン本人の曲目はほとんど登場しないのだ
が、『Wild Thing』や『Hound Dog』など彼が好んだ楽曲の
演奏が次々に再現されて物語に彩りを与えている。その中に
は録音が残っていない曲もあるようだ。

出演は、2004年に1100万枚のセールスを記録し、グラミー賞
Album of the Yearにも輝いたというロック・デュオOutkast
のアンドレ・ベンジャミン。俳優として2008年3月紹介『リ
ボルバー』などにも出ている彼が、ジミヘンの超絶とも言わ
れる演奏も再現している。
他に、2011年8月紹介『キャプテン・アメリカ』などのヘイ
リー・アトウェル、2011年10月紹介『フライトナイト』など
のイモージェン・プーツ、2013年7月紹介『ワールド・ウォ
ーZ』に出ていたルース・ネッガ、イギリスのTVや舞台で
活躍のアンドリュー・バックレーらが脇を固めている。
という作品だが、実はSF映画ファン的にいろいろと注目。
まずはジミがロンドンに行く時代の象徴としてインサートさ
れるのが『怪獣ゴルゴ』。映画の製作は1960年で時代は少し
合わないが、登場人物の1人がヘンドリックスという。
他にも、SFファンだというジミが古本屋でアーサー・C・
クラークの『都市と星』を手にして内容を解説するなど、そ
ういう時代を言えばそれまでだが、SFファンには嬉しい話
の出てくる作品だった。

公開は4月。東京はヒューマックスシネマ渋谷ほかで、全国
ロードショウとなる。

『ら』
以前に何本か紹介したアートポート配給「青春H」シリーズ
の近作などに主演する女優の水井真希が、自らの体験を基に
脚本、監督した作品。
スクリーン上では題名の『ら』に英語で「KEPT」と添えられ
ている。そしてこの「ら」は漢字では「拉」であり、これは
「拉致」の一文字目だが、これだけで「強引に連れていく」
という意味にもなるものだ。
物語は居酒屋で働く女性の事件から始まる。その女性が深夜
の帰宅中を襲われ、若い男の運転する乗用車に拉致される。
しかし酔客の扱いに馴れた女性はやさしい言葉で男に話し掛
け、特に重大な被害もないまま女性は解放される。
それでも女性は警察に被害届を出そうとするのだが、警察の
不誠実な応対に届け出は諦めてしまう。そんな彼女には深い
心の傷が残っていたのだが…。そして事件は継続し、犯行は
エスカレートして行く。
本作で監督デビューを果たした水井は、元々園子温監督作品
を観て映画業界を志し、やがて西村喜廣が主宰する西村映造
に所属して2009年6月紹介『吸血少女対少女フランケン』の
スタッフなどを経て女優デビューしたとのこと。
まあ、この経歴を見るだけで本作は尋常ではないだろうなと
思わせるものだが、実際のところ僕は作品を観るまでかなり
の不安も感じていた。しかしその心配はほとんど杞憂だった
と言える。
物語は3つのパートに分かれていてオムニバスのような構成
だが、その中で上記のように犯行がエスカレートする。その
犯行の様子が、西村映造の特殊メイク技術で再現される。そ
れは最後にはかなり凄惨なものにもなる。
その表現は特に女性には衝撃だったようで、僕の観た試写会
では前方にいた女性が試写後泣き崩れていたものだ。しかし
その凄惨さは現実にもあり得るものであり、それがある意味
誠実に描かれているとも言える。
西村喜廣=西村映造が関る作品は、その血糊の量などで多く
は顰蹙を買うレヴェルになってしまう場合もあるが、本作の
リアルさは本作を支える柱になっており、僕が観てきた中で
最も正当に評価されるべき作品と言える。

出演は、AKB48の第1期生で昨年9月公開の金子修介監督作
品『少女は異世界で戦った』などにも出ていた加弥乃。相手
役に元ジャニーズJr.で2006年5月紹介『タイヨウのうた』
に出ていたという小場賢。
他に、2013年4月20日紹介「ゾンビ・オリンピック」の中の
『レイプゾンビ』に出ていたというももはと衣緒菜。さらに
2002年2月紹介園子温監督『自殺サークル』に出ていたとい
う屋敷紘子らが脇を固めている。
公開は3月7日より、東京は渋谷のアップリンクほか、全国
順次上映となる。



2015年01月11日(日) ANNIE アニー、SHOAHショア/不正義の果て、プリデスティネーション

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『ANNIE アニー』“Annie”
1924年に連載開始された新聞漫画“Little Orphan Annie”
を原作として1977年にブロードウェイミュージカル化され、
同年のトニー賞にも輝いた名作舞台の映画版。
映画化は1985年にも1度行われており今回は2回目。しかし
ハリウッドが同じものを2度作るようなまねはしないので、
今回の映画化ではかなりの改変が施されている。その主な点
は物語の現代化だが…
まずプロローグは学校の授業風景。そこではアニーが1930年
代の大恐慌とニューデール政策について、現代的なリズムに
乗せた説明をしている。それは音楽的な違いを示すと共に、
オリジナルへの見事なオマージュにもなっている。
続いて気が付くのは、アニーの住まいが孤児院ではなく里親
のアパートということ。これは孤児院の設定自体が現代には
合わないもので、代わりに手当目当ての里親というのは近年
ニュースなどでもよく耳にするところだ。
一方、ウォーバックスに代わってアニーに関るのは携帯電話
で財をなし、現在はニューヨーク市長選に出馬中のという人
物。元々は子供嫌いだった彼が偶然アニーの危機を救ったこ
とから、選挙宣伝に利用しようと考える。
里親手当に携帯電話、それに選挙戦と、これは正しく現代を
反映した設定だが、そんな設定の中で物語自体は、アニーと
大金持ちが各々の失ったものを見出すという、オリジナルの
舞台で描かれたテーマを忠実に再現している。
これは極めて巧みに現代化が行われていると言えるもので、
それは試写会で隣に座った見るからミュージカルを観馴れて
いそうな女性が、映画の後半では目の周りを繰り返し拭って
いたことからも明らかと言えそうだ。

主演は、2013年2月紹介『ハッシュパピー』で史上最年少の
オスカー主演女優賞候補になったクヮヴェンジャネ・ウォレ
ス。相手役に2004年『レイ』でオスカー受賞のジェイミー・
フォックス。
さらにキャメロン・ディアス、2011年6月及び2013年11月紹
介『インシディアス』などのローズ・バーン、2012年7月紹
介『WIN WINダメ男とダメ少年の最高の日々』などのボビー
・カナヴェイルらが脇を固めている。
映画用の脚本と監督は2011年9月紹介『ステイ・フレンズ』
などのウィル・グラック。脚本には、2010年12月紹介『恋と
ニュースのつくり方』などのアライン・ブロッシュ・マッケ
ンナが協力している。
という作品だが、実は多少気になる点もある。それは物語の
後半のキーとなるアニーの抱える問題が現代に合っているか
どうか。これは1985年の映画化のときにも違和感があったの
だが、当時は1930年代という時代設定で納得していた。
それをそのまま現代に持ってきてよかったものかどうか?
ただしこれに関連して、映画の中では携帯電話に拘る大金持
ちに対する揶揄のようなセリフがあり、それが結末に向かう
伏線にはなっているのだが…
もっとも上述の女性はこれが明らかになる辺りから涙を拭い
始めてもいたので、やはりこれは変えられなかったのかな。
とは言え、スマホを使った最後の展開などは見事に現代で、
これにはやられたという感じもしたものだ。

公開は1月24日からTOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショウ
となる。

『SHOAHショア』“Shoah”
『不正義の果て』“Le dernier des injustes”
ナチスによるユダヤ人虐殺(ホロコースト)を追い続けてい
るフランスのドキュメンタリスト=クロード・ランズマン監
督の作品が纏めて公開されることになり、公開3作品の内の
2本の試写が行われた。
その1本目の『SHOAHショア』は1985年の作品。実は本作は
1995年にアウシュヴィッツ解放50周年として日本でも上映さ
れているものだが、何せ上映時間が9時間半という膨大な作
品で僕自身は観る機会を得ないままだった。その作品が製作
から30年を経て改めて日本公開されることになり、1日掛り
の試写を鑑賞した。
内容は、強制収容所で行われたナチスの悪行をナチスの手先
となって生き延びたユダヤ人や収容所にいた兵士たち、また
その周辺で暮らしていた人々の証言のみで纏めたもので、中
には収容所で将校に可愛がられていたという人物が当時の様
子を再現するシーンもあるが、ほとんどはインタヴューのみ
の映像で構成されている。
それが9時間半も続くというのは通常の感覚ではほとんど耐
え切れないものになりそうだが、流石にこの題材では観る方
も生半可な態度ではいられないし、途中3回の休憩は挟んだ
ものの、終始緊張した気持ちで最後まで観ることができた。
そしてその感想は、正しく凄いものを観てしまったというの
が率直な気持ちだった。
ただ今の時点で観ていると、近年数多くのホロコースト物の
ドラマ作品なども観る機会があり、強制収容所内の様子など
はある程度の予備知識もあったものだが、それにしても具体
的なユダヤ人抹殺のための手順や、それを効率よく行うため
の装置の改良などをつぶさに紹介されると、自分と同じ人間
がこれを行ったことに震撼としてしまうものだった。
正直、知識として持っていたアウシュヴィッツの印象と実際
に行われたこととの間には、今回この作品を観て認識を新た
にしても、尚且つまだ大きな隔たりがあるのだろう。そんな
現実に対する恐怖のようなものも如実に感じられた。正しく
人類の負の側面がこんなにも明白に描かれた作品は、恐らく
今後2度と生れないだろう。

正しく見る価値のある作品だった。
そして2本目の『不正義の果て』は、『SHOAHショア』のた
めに撮影されたが雰囲気が合わないとして採用されなかった
インタヴューに基づく作品。このフィルムはワシントンの博
物館に収められたが、一般人の視聴が制限されため、その事
実を遺憾としたランズマン監督が2013年に新たな作品として
発表したものだ。
その内容は、ナチスが対外宣伝用に準備したモデル収容所=
テレージエンシュタット強制収容所にあったユダヤ人評議会
で唯一人生き延びた議長=長老へのインタヴューを中心に、
この収容所を管理したアドルフ・アイヒマンの実像に迫って
いる。それは長老が戦前からの知己であるアイヒマンとの対
決を生々しく語ったものだ。
アイヒマンに関しては、その裁判が2013年9月紹介『ハンナ
・アーレント』でも描かれていたが、ユダヤ人女性哲学者が
受けた印象と長老の証言とにはかなり隔たりがあるようだ。
そのどちらが正しいかはここで判断することはできないが、
歴史認識の在り方として、この違いのあることは理解してい
なければいけないことなのだろう。そんなことも考えさせる
作品だった。

公開は2月に東京は渋谷のシアター・イメージフォーラムに
て、紹介した2本と『ソビブル、1943年10月14日午後4時』
という2001年の作品と共に、3週間の限定で行われる。

『プリデスティネーション』“Predestination”
アメリカのSF作家ロバート・A・ハインライン原作で、作
家の短編集の邦訳版では表題作にもなっている『輪廻の蛇』
“All You Zombies”の映画化。
内容的にはタイムトラヴェルもので、所謂ワンアイデアの作
品なので何を書いてもネタバレになる。従って原作を読んで
いる人には今更ともなる作品かな。でも、読んでいなくても
さほど複雑なタイムパラドックスではない。
しかしまあ、ある意味衝撃的な結末ではあるし、これはやは
り何も知らずに楽しんで貰いたい作品と言えそうだ。正直に
は「これはやばいんじゃない?」と思いながら観ているのが
正解だろう。
因に原作小説の原題はちょっと穿ち過ぎの感じで、邦題の方
が適切な感じもする。映画化の題名は神学用語で「運命予定
説」というのだそうだから、これも小説の邦訳題に近いもの
と言えそうだ。

出演は、昨年10月紹介『6才のボクが、大人になるまで。』
などのイーサン・ホーク。ホークは1997年の『ガタカ』から
2010年9月紹介『デイブレイカー』など。さらに2012年8月
紹介『トータル・リコール』にも無記名で出ているというの
だから、本当にSFが好きなようだ。
相手役にオーストラリアでいま最も注目の女優というサラ・
スヌーク。また2013年10月26日付「東京国際映画祭《コンペ
ティション部門》」で紹介『ザ・ダブル/分身』(公開題名
『嗤う分身』)などのノア・テイラーらが脇を固めている。
脚色と監督は『デイブレイカー』などのピーター&マイクル
・スピエリッグ兄弟。この人たちもSFがお好きのようだ。
ハインラインでタイムトラヴェルというと1956年に発表され
た『夏への扉』が思い浮かぶが。本作の原作は1959年の発表
ということで、名作から派生した作品とも言えそうだ。テー
マの設定は共通で、少し進化した作品とも言える。
実は、1984年の『ターミネーター』第1作を初めて観たとき
に本作に近い誤解をして、「これは凄い」と思ってしまった
(本当は違う)ものだが、翌年の『BTTF』にも繋がる、
ある意味タイムパラドックスの極限とも言える物語で、これ
は記念碑的作品と言えるかもしれない。
ただし基本はワンアイデアの物語で、SFとしてはこれで満
足ではあるのだけれど、現代の映画的にはもう一捻りが欲し
かったかな。その辺が少し惜しくも感じる作品だった。

公開は2月28日から、東京は新宿バルト9ほかで全国ロード
ショウとなる。



2015年01月04日(日) 2014年Best10、TM NETWORK THE MOVIE 1984 30th ANNIVERSARY

 明けましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いいたします。
 ということで、新年最初は2014年の僕的なSF映画ベスト
10の発表から。選考対象は2014年度の公開作品で、試写を観
せて貰った中から選びます。
1位:インターステラー(11月9日紹介)
2位:ホドロフスキーのDUNE(3月9日紹介)
3位:ガガーリン 世界を変えた108分(11月9日紹介)
4位:her/世界でひとつの彼女(4月6日紹介)
5位:茜色クラリネット(9月21日紹介)
6位:ヲ乃ガワ(9月21日紹介)
7位:エンダーのゲーム(2013年12月8日紹介)
8位:ALL YOU NEED IS KILL(6月8日紹介)
9位:スノーピアサー(2013年11月17日紹介)
10位:スガラムルディの魔女(10月19日紹介)
1位は、現時点で21世紀のSF映画ベスト1と呼べる作品。
実はこの試写に続けて別の試写を観に行ったら、同じ流れで
来たらしい人物が「『2001年』と同じじゃねえか」と怒鳴り
散らしていた。しかし本作がそんな単純なものでないことは
SF映画ファンならすぐに気付くところで、20世紀の名作へ
のオマージュも含めて実に周到に作られている。特に最後に
その名作に関りながら不満を漏らしていたアーサー・C・ク
ラークの映像が登場したのは驚き以上の感激だった。
2位は、ドキュメンタリーでフィクションではないが、SF
映画に関るものだし、ある意味フィクション以上にファンタ
スティックと言える内容の作品だった。しかも本作の中では
作られなかった映画の重要な部分がメビウスらのコンセプト
アートに基づくアニメーションで再現されており、これには
半分映画を観たような気分にもさせてくれた。それにしても
とんでもない映画を作ろうとしたものだが、これが実現して
いたらSF映画は根本から違っていたのだろう。
3位は、この作品も史上初の宇宙飛行士の伝記映画であって
フィクションとは言い難い。しかし映画の背景は宇宙旅行が
まだ夢物語=SFであった時代のものだし、その点ではSF
と言っても良いものだ。しかも映画の中では、話には聞いて
いたがまさかと思っていた宇宙からの帰還の様子が目の当た
りの映像で再現され、これは興味のある人には最高の見もの
と言える。ソ連=ロシアは国家の体制が変って、このような
作品が次々出てくるのも楽しみだ。
4位は、スカーレット・ヨハンセンが声の出演だけで映画祭
の女優賞を獲得したという作品。ヨハンセンが絡んだ作品で
はこの後に『LUCY/ルーシー』(8月17日紹介)が公開され
て、内容的にも対のような2本のどちらを選ぶかは迷ったと
ころだ。実は他のサイトでベスト10を頼まれて、そちらでは
男性向け映画という括りもあったので、ベッソン作品の方を
選んだが、純粋にSFならこちらにするかな。それにしても
ヨハンセンはマーヴェル物にも出てSFが満開だ。
5、6位には、日本映画を選出。実は日本SF作家クラブが
贈賞するSF大賞の推薦も依頼されていたが、この賞は選考
の対象期間が9月まででこの2本は来年度。去年はその辺が
モヤモヤして推薦自体を止めてしまった。特に『茜色…』は
もっと話題を盛り上げたいという気持ちもあるので、来期の
推薦は忘れないようにしたい。『ヲ乃ガワ』は自らスチーム
パンクと名告る洒落っ気も気に入ったが、内容でもSF的な
捻りもいろいろあって面白い作品だった。
7位は、ベストセラーにもなったというSF小説の映画化。
原作はミリタリーSFと言う触れ込みもあったので読まない
でいたが、映画化は確かにその見方も出来るものの全体的に
は反戦的な色合いも強く感じる作品だった。それで原作にも
目を通したが、その結末では微妙に暈されてはいるものの、
確かに映画の結末も読み取れる。映画の製作者には原作者も
名を連ねているから、これが本心なのだろう。その点も巧み
と言える作品だった。
8位は、トム・クルーズ主演作で、前年は『オブリビオン』
を1位に選んだが、今年はこの順位。RPGから想を得たと
思われるアイデアは面白いが肝心の話の詰めが甘い。後半の
新たな超能力も唐突だし、ゲームならもっと何度も繰り返し
トライして徐々に進んで行くはずのものが、後半を素っ飛ば
されると達成感も乏しくなる。この展開は原作通りなのかも
しれないが、登場異人物のキャラクターも変えたという脚色
は、もっと徹底して欲しかったところだ。
9位は、フランスのコミックスを韓国の監督が脚色・映画化
したという作品。話はそれなりに壮大で、映像も悪くない。
それに韓国映画にありがちなアクションに走ることもなく、
真面目にSF映画が作られている。しかし全体的に何となく
物足りなさも感じてしまった。何が足りないのかその辺も定
かではないが、ポン・ジュノ監督の作品では『グエムル−漢
江の怪物−』のときもどこか違うと感じたもので、結局この
種の作品に合っていないのかな。
10位は、毎年1本はエントリーされるスペインからの作品。
と言っても今年はお得意のダークファンタシーではなくて、
ちょっとオフビートな感じのコメディ作品だ。映画マニア的
には好む人も多いと思われる作品だが、SF映画ファン的に
はちょっと違うかもしれない。でも公開前に来日した監督の
イヴェントでの見るから「映画が好きです」という雰囲気が
嬉しくて、この監督の作品には1票入れたくなった。ポラン
スキーほどスマートではないが『吸血鬼』を思い出した。

 後は一般映画でこちらはベスト5だけ書いておこう。
1位:サード・パーソン(3月23日紹介)
2位:KILLERS/キラーズ(2月2日紹介)
3位:監視者たち(8月10日紹介)
4位:ディス/コネクト(3月23日紹介)
5位:イフ・アイ・ステイ(8月24日紹介)
 この5作にSF映画枠で選んだ上位5作を加えた10本が、
僕の2014年の映画ベスト10としておきたい。

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『TM NETWORK THE MOVIE 1984 30th ANNIVERSARY』
1980年代〜90年代に絶大な人気を集め、その後の日本の音楽
シーンに多大な影響を与えた音楽ユニットTM NETWORK(TMN)
のデビュー30周年を記念して製作されたライヴムーヴィ。
内容は、1984年のデビューから最初の10年間に各地で行われ
たライヴコンサートの模様を纏めたもので、その中には当時
としては珍しい演奏者の宙乗りなどもあってファンの人には
懐かしい貴重な映像が集められているようだ。
僕自身は、正直に言って音楽のことはよく判らないのだが、
流石にこのユニットは知っていたし、相当数流れる楽曲の中
でも2曲くらいは聞き覚えがあった。それはそれなりに僕に
も懐かしかったが、これはやはりファンのための作品だ。
そんな訳で僕は、内容よりも技術的な面に興味を持ったのだ
が、作品の全体は4:3のスタンダードの画面で、しかも最
初の方はかなり画質も劣っている。しかしそれが後半になる
と格段に画質が安定してくる。
これは最初の部分は当時普及が始まった民生用VTRで保存
されていたと思われ、後半になるにつれてプロ機材での保存
が行われたのだろう。素材はソニーに保存されていたという
ことだが、案外プロ機材の普及は遅かったようだ。
因に最後の楽曲だけが複数のライヴ映像からのコラージュに
なっていて、その中には16:9のハイヴィジョン映像が含ま
れる。ただし今回は全体がスタンダードのためレターボック
スだが、これは次の10年分には高画質を期待させるものだ。
一方、画面に映る機材の中では小室哲哉が演奏するシンセサ
イザーの中央にCRTディスプレイが置かれていて、これは
マニアックに懐かしさを感じさせた。他にも照明など観る人
が観たら懐かしいものがありそうだ。
また当時のTMNのコンサートでは、舞台でパフォーマンス
するユニットを支えるサポートメンムバーもいろいろいて、
その中には後にブレイクするミュージシャンの姿もあって、
その人たちのファンにとっても貴重な映像になるようだ。
ただしこの情報は著作権の関係なのか公式には流されないよ
うで、ファンの人で自分の好きなミュージシャンが昔TMN
に関っていたと判っている人はチェックしてみると、かなり
若い時の姿が楽しめることになる。
往年のミュージシャンの映像は、2012年11月紹介『クイーン
ハンガリアン・ラプソディ』などもあったが、日本ではかな
り以前からVTRでの記録があったと思われ、今後このよう
な作品が続くことも期待したい。

公開は1月17日より、全国の映画館で上映される。


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井口健二