井口健二のOn the Production
筆者についてはこちらをご覧下さい。

2014年11月30日(日) カフェ・ド・フロール

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『カフェ・ド・フロール』“Café de Flore”
今年の米アカデミー賞で作品など6部門にノミネートされ、
主演男優、助演男優、メイク・へアスタイリングの3部門を
受賞した『ダラス・バイヤーズクラブ』のジャン=マルク・
ヴァレ監督が、それ以前の2011年に発表した作品。
物語の背景は、2011年(現代)のモントリオールと1969年の
パリ。それぞれの時代で健気に暮らす男女が、数奇な運命に
翻弄される。
モントリオールにいるのは人気のDJ。理解ある2人の娘と
若い恋人と共に暮らす彼は、両親も健在で経済的にも不満は
ない。しかし幼い頃から常に一緒だった元妻は別れを納得せ
ず、夢遊病のようになっている。
そんな元妻の白日夢に出てくるのが、パリに暮らすシングル
マザー。ダウン症の息子を抱え懸命に生きる彼女にとって、
息子は唯一の生き甲斐だった。ところがそんな息子に同じ病
のガールフレンドができる。
そして施設での活動にも支障をきたすようになった2人の仲
を切り離すべく、彼女は必死になって行くのだが…。そんな
夢の意味を探ろうとした元妻は、自らの前世に関る重大な事
実を知ることになる。

出演は、2011年7月紹介『ハートブレイカー』などのヴァネ
ッサ・パラディ、カナダの音楽シーンで活躍しているという
ケヴィン・パラン、カナダの舞台やテレビでも活躍するエレ
ーヌ・フローラン。
それに、2012年の製作で日本ではwowowで紹介されたカナダ
映画『クロエの祈り』に主演したエヴリーヌ・プロシェらが
脇を固めている。またダウン症の子役たちは実際にその病の
子供が出演しているそうだ。
2つの時代が並行に描かれ、さらにそれぞれの時代を描く中
で少し時間が逆行したりもする。そのため構成は複雑に見え
るが、実際の時間の逆行は1回ずつなので、それぞれの物語
にすれば比較的シンプルと言える。
しかも物語の筋はかなり丁寧に説明されるので、物語自体を
理解するのは容易な作品とも言えるだろう。それは運命とも
言える男女の恋愛を描いた作品では、多少トリッキーではあ
るが見事と言えるものだ。
ただ僕は本作を観終えた後で、ふと自分が理解したと思えた
物語を振り返った時に、徐々にそれぞれのシーンの持つ真の
意味が見えてきて、これはものすごく深い作品だと思えるよ
うになってきた。
確かに輪廻転生を描いた物語で、あまりにトリッキーなその
展開は一部の観客には受け入れられないものかもしれない。
しかし誰々が繋がり、そしてその関係が明らかになった時、
そこから判明するそれぞれの運命は見事な情感を呼ぶ。
これはもう一度観なければいけない作品になりそうだ。

公開は3月28日より、東京はYEBISU GARDEN CINEMAの再開場
の第1弾として。またヒューマントラストシネマ有楽町他、
全国ロードショウとなる。



2014年11月23日(日) 横たわる彼女

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『横たわる彼女』
2013年8月紹介『Miss ZOMBIE』などの小松彩夏の主演で、
多少ホラーの要素もある作品。
心の優しい姉と少し気儘な妹、それに妹の彼氏らしい男性が
出入りする家庭。しかしそこにはちょっと不思議な雰囲気が
漂っている。それは妹の姿が姉にも男性にも見えているが、
どこかおかしいのだ。
ということで、事前に内容がホラー系と判っているとネタは
ばれてしまうのだが、そんなお話が展開される。ただし作品
には特にコケ脅かしやファンタスティックな演出などが施さ
れているものではなく、普通のドラマが進んで行く。
それがホラーファンの目からすると多少は物足りなくも感じ
てしまうところが、まあ元々がそういう意図の作品ではない
ので、逆に小手先だけの物真似ホラーよりは真っ当に観てい
られる作品と言えそうだ。

共演は、2013年3月紹介『ソラから来た転校生』などの相楽
樹と2009年12月紹介『ゲキ×シネ蜉蝣峠』などの木村了。脚
本、監督は今年春に全国公開された『ねこにみかん』などの
戸田彬弘。
公開は、東京のシネマート新宿にて12月6日から10日までの
5日間限定レイトショウ。公開中には連日イヴェントが予定
されており、初日には監督と出演者による舞台挨拶もあるよ
うだ。
正直に言ってホラーファンには困ってしまう作品だが、上記
のようにイヴェント絡みの上映ということで、まあそういう
ファンのための作品と言うことなのだろう。その辺は以前に
何本か紹介したイケメン系の作品と繋がるものだ。
それに本作を観ていると、それなりにドラマを作ろうと努力
している感じがする。実は最近の日本映画の何本かで、エピ
ソードはあるが全体を通してのドラマの感じられない作品が
増えているように思える。
それは海外の映画祭で受賞を果たした作品にしても、肝心の
主人公の生き様みたいなものが感じられず、僕には評価でき
ない作品もあった。そんな作品が最近増えているようで、し
かもそれらが高い評価だったり、ヒットしたりしている。
このことは僕自身が映画を観る態度を変えなくてはいけない
のかもしれないが、僕はやはり映画は観終えてからもじっく
りその内容を咀嚼して、それで堪能できたと思える作品を、
これからも観たいと思っている。
本作にはそこまでの重さも深さもないけれど、そんな方向性
に繋がる何かがあるようにも感じられた。
監督の名前を頭の
片隅に置いておこう。



2014年11月16日(日) ミュータント・タートルズ

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
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『ミュータント・タートルズ』
           “Teenage Mutant Ninja Turtles”
1984年に出版されたコミックスを原作とし、1980年代後半に
アニメシリーズ、1990年代には実写映画3部作も製作された
往年の人気キャラクターの復活編。因に本作は、先に公開さ
れたアメリカの興行で2週連続の第1位を獲得したそうで、
その作品が来年2月に日本に登場する。
物語の背景は現代と思われるニューヨーク。しかしその都会
の裏には悪の組織が蔓延り、住民はその恐怖に怯えていた。
その事態に警察は新たな応援を得て組織の壊滅に乗り出そう
としていたが…。
そして物語の主人公は、地元テレビ局で現場レポーターを務
める女性。彼女は独自に組織の調査を続けていたが、任され
る現場は軟派なものばかり。ところが港での怪しい荷揚げを
見張っていた時、彼女は途轍もない事態に遭遇する。
荷揚げをしていた一味に謎の人影が襲い掛かり、武装軍団を
あっという間に蹴散らしてしまったのだ。それを目撃した主
人公は、その事件を報道で取り上げるよう提案する。しかし
その証拠はあまりに薄弱だった。
こうして彼女は孤独に調査を続けるしかなくなるが、それは
彼女自身の過去に繋がる新たな展開を見せて行く。果たして
悪の軍団を蹴散らした謎の人影の正体とは…。原題にNinja
とある通り、日本の武道にも繋がるお話が展開する。

主演は、2007年『トランスフォーマー』とその続編でもヒロ
インを演じたミーガン・フォックス。因に本作は『トランス
フォーマー』の監督を手掛けたマイクル・ベイが製作を担当
しているものだ。
他に2009年12月紹介『スパイアニマル』などのウィル・アー
ネット、2013年8月紹介『エリジウム』などのウィリアム・
フィクトナー。さらに、オスカー女優のウーピー・ゴールド
バーグらが脇を固めている。
また本作の監督は、2011年3月紹介『世界侵略:ロサンゼル
ス決戦』などのジョナサン・リーベスマン。
脚本は、2011年12月紹介『ミッション・インポッシブル/ゴ
ースト・プロトコル』などのアンドレ・ネメックとジョッシ
ュ・アッペルバウム、それに2012年6月紹介『スノーホワイ
ト』のイヴァン・ドハーティが参加している。
実験室での研究がスーパーヒーローを生み出したり、そこに
ジャーナリストの主人公が関るなど、『スパイダーマン』に
被って見える部分も多いが、戦いのシーンはチームプレイも
あってそれなりに工夫されている。
それに台詞の中に日本語も登場して、それが違和感なく嵌っ
ているのは嬉しく感じられるところだ。また登場人物による
ラップのシーンが巧みにドラマに溶け込んでいるのにも感心
した。

公開は2月7日から、2D/3Dでの全国一斉ロードショウ
となる。



2014年11月09日(日) ガガーリン 世界を変えた108分、インターステラー、ミタケオヤシン

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『ガガーリン 世界を変えた108分』
  “Гагарин. Первый в космосе”
1961年4月12日、ボストーク1号で人類史上初の宇宙飛行に
成功したユーリイ・アレクセーエヴィッチ・ガガーリン少佐
の生涯を描いた作品。
ガガーリンの飛行時間は題名の通り108分であったとされ、
上映時間113分の映画では、その宇宙飛行がほぼ実時間で再
現されると共に、その間の地上での動きやさらにガガーリン
本人の生い立ちなどがカットバックで挿入される構成となっ
ている。
そこにはアメリカとの軍事競争で優位に立たんとするニキタ
・フルシチョフ書記長の様子なども描かれる。また両親との
生活や結婚生活、厳しい訓練の様子。そしてガガーリンとは
宇宙一番乗りを争っていたゲルマン・チトフとの間で、何故
ガガーリンが選ばれたかなども紹介される。
一方、ボストークの発射から帰還までの様子は、CGI−VFXも
絡めてかなり克明に描かれる。中でも帰還の様子は、今まで
漠然としか理解していなかった高空での射出という仕組みが
目の当たりに再現され、正しく死と紙一重の危険極まりない
方法であったことが明白に確認できた。
さらに帰還後では、当時のアーカイヴ映像などが紹介され、
その中には日本の様子なども垣間見られた。またその後は重
責に苛まれ、精神的に病んで行ったことはテロップのみでの
記述になるが、それでもそのことまで触れられているのは、
ソ連がロシアになったことを感じさせてくれた。

主演は、今年4月紹介『メトロ42』に出ていたというヤロ
スラフ・ザルニン。後半に出てくるアーカイヴの映像と比較
しても違和感がない程度に似た俳優が起用されている。他に
フルシチョフ書記長を演じた役者も良く似せていた。
監督はパヴェル・パルホメンコ。初監督のようだが、プロダ
クション・デザイナーとしては1980年代の後半からかなりの
本数を手掛けており、1960年代初頭を再現した本作でもその
手腕は発揮されていたようだ。
小学校の頃に学校から『地球は青かった』というドキュメン
タリーを観に行った記憶がある。しかし内容はほとんど覚え
ていない。因に「地球は青かった」という言葉は日本のみの
報道で実際にはそんな発言はないのだそうだ。
ただまあ打ち上げのシーンなどはあったと思うが、今回はそ
れがCGI−VFXも駆使して見事な迫力で描かれている。しかも
帰還の様子は、当時は当然その映像はなかったはずで、それ
も今回は目の当たりにすることができる。
アメリカの宇宙開発に関しては、1983年『ライトスタッフ』
などでかなり克明に紹介されたが、旧ソ連の宇宙開発などは
ほとんど知ることもできなかった。それが本作では見事に再
現されたもので、それが観られるだけでも満足の作品だ。

公開は12月20日から、東京はヒューマントラストシネマ有楽
町他で、全国順次ロードショウとなる。

『インターステラー』“Interstellar”
2010年7月紹介『インセプション』、2012年7月紹介『ダー
クナイト ライジング』のクリストファー・ノーラン監督が
満を持して放つ上映時間2時間49分のSF超大作。
物語の背景は、資源が枯渇し気候異変で植物も育たなくなっ
た近未来の地球。植物の消滅は酸素の再生を不可能にし、人
類の余命は計れるほどになっている。そんな中で主人公は、
農業機械の修理で何とか植物を守ろうとしていたが…。
ある日のこと彼の書斎の本棚が妙な形で崩れ、そこから地図
の座標を読み取った主人公がその地点に向かうと。果たして
そこには人類の未来を占う施設が隠されていた。そしてその
施設に迎えられた主人公は宇宙の果てへと旅立つ。
だがそこには、時空を超えた驚異の冒険が待ち構えていた。
さらには時間の圧縮で瞬く間に地球での時間が経過して行く
状況の中、主人公は地球に残した幼い娘との絆を信じ人類を
救うための究極の冒険に踏み出して行く。
とまあ物語の概略を書いてみたが、本作にはこの他にも実に
様々な要素が絡まっていて、それらを簡単には紹介し切れな
いものになっている。さらにこの作品に掛けるノーラン監督
の想いも伝わってくる感じの物語が展開される。
この作品の製作の経緯に関しては、本ページの製作ニュース
では2006年7月1日付第114回、2007年4月1日付第132回で
紹介し、2013年3月16日付の第189回で製作開始を報告した
ものだ。
その中で本作には当初はスティーヴン・スピルバーグ監督が
関っていたことも紹介しているが、それを踏まえると本作の
前半には『未知との遭遇』を思わせる展開もあり、ニヤリと
させられる。
とは言え全体を見渡すと、本作における『2001年宇宙の旅』
へのオマージュはさらに容易に見出されるところだが、実は
神の存在を根底に置いた『2001年』に対して、本作では人類
自身の行為こそが未来への鍵と主張している。
これは恐らくはスタンリー・クーブリックの『2001年』では
なく、アーサー・C・クラークの『2001年』に寄せられたも
のだと思うところだ。それは映画の終盤でスクリーンの右下
に映されるディスプレイの映像にも現れている。
そしてさらにその想いは、現在はデヴィッド・フィンチャー
の監督が決まっているクラーク原作『宇宙のランデブー』の
映画化に対して、まるで「やらないなら俺に任せろ」と言っ
ているような、そんな気分にもさせられた。

出演は、マシュー・マコノヒー、アン・ハサウェイ、ジェシ
カ・チャスティン、マイクル・ケイン。マコノヒーの名前は
1997年『コンタクト』で初めて認識したが、本作はその回答
編のようでもある。

他に、2013年9月紹介『死霊館』などのマッケンジー・フォ
イ。さらにマット・デイモン、ケイシー・アフレック、トッ
ファー・グレイス、エレン・バースティン、ジョン・リスゴ
ーら多彩な顔ぶれが脇を固めている。
公開は11月22日から、全国一斉のロードショウとなる。

『ミタケオヤシン』
武蔵野美術大学出身の現代アーティスト加藤翼の姿を追った
ドキュメンタリー作品。
加藤が行うアートは「引き興し」と称され、現地で自身が制
作した造形物に何本ものロープを結び付け、それを多数の参
加者の団結した力で引き興すというもの。そこには達成感も
有り、参加型のアートとして成立している。
その「引き興し」を加藤は福島の被災地でも実施し、そこで
引き興された灯台のモニュメントは、参加した被災者たちに
心地よい感情を湧き立たせたようだ。そんな加藤のパフォー
マンスアートがアメリカで実施される。
実施場所は、アメリカ合衆国のノースダコタ、サウスダコタ
両州に跨るスタンディングロック・インディアン居留地。こ
の場所にはアメリカインディアンのスー族が多く暮し、北部
で最大級の居留地が設けられている。
その場所で加藤は、最初に巨大なティピの引き興しを計画す
る。ティピは本来はテントだが今回の造形では引き興しのた
めに木材で制作され、その壁面には子供たちなどが参加して
様々な絵が描かれていた。
続いて加藤はそのティピを造形した木材を持参して、かつて
インディアン寄宿学校(ボーディングスクール)が置かれた
場所に赴き、そこで校舎を模した造形を制作。今回はそれを
引き興し、さらに引き倒すことを計画する。

そんな加藤の活動が、武蔵野美術大学の同級生だという江藤
孝治監督によって記録されている。因に江藤監督はドキュメ
ンタリー制作会社のグループ現代に所属し、本作も製作は同
社になっている。
という作品だが、実は本作ではボーディングスクールの歴史
も一歩踏み込んで紹介されている。この寄宿学校については
2011年6月紹介『ワン・ヴォイス』でも紹介されたが、正に
民族の歴史を奪う同化教育が行われていた。
従って本作は、そんな歴史認識に関する政治的な意識も織り
込まれた作品になっている。実はこの点に関しては、試写後
に会場を訪れていたアーティスト本人とも少し話をしたが、
加藤氏自身もそれは意識しているとのことだった。
そこで僕は加藤氏には、「一つ次元の違う領域に踏み込む」
として応援する旨を伝えたものだが。しかしそれは諸刃の剣
でもあって、アートと政治意識とのバランスは極めて慎重を
要するものにもなる。
そんなことも踏まえながら、このアーティストの今後の活動
にも注目したくなったものだ。

公開は12月6日から、東京は新宿バルト9他で、全国順次の
ロードショウとなる。
因に題名はスー族の言葉で「全てのものは連環している」と
いう意味とのこと、インディアンの言葉というのは哲学的で
深いものだ。



2014年11月03日(月) 第27回東京国際映画祭《コンペティション以外》

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※今回は、10月23日から31日まで行われていた第27回東京※
※国際映画祭で鑑賞した作品の中から紹介します。なお、※
※紙面の都合で紹介はコンパクトにし、物語の紹介は最少※
※限に留めているつもりですが、多少は書いている場合も※
※ありますので、読まれる方はご注意下さい。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
《アジアの未来部門》
昨年新設されたこの部門では、対象作が第1作または第2作
の新鋭監督の作品が紹介される。

『遺されたフィルム』“The Last Reel”
今回の国際交流基金アジアセンター特別賞を受賞した作品。
カンボジアのポルポト政権時代に数多くの映画人が虐殺され
たという事実を踏まえて、当時製作された映画の最後の巻を
求めて現代の若者たちが行動するドラマ作品。出演する女優
は実際に当時の人でフランスに亡命して難を逃れたそうだ。
重い歴史が巧みな物語で甦る。

『メイド・イン・チャイナ』“메이드 인 차이나”
日本でも指摘されている中国からの輸入食品の汚染問題を扱
った韓国映画。中国でウナギの養殖をしていた男が水銀検出
の疑いを晴らすために、ウナギを持参して密入国するが…。
韓国内の事情なども絡めて娯楽作品としては楽しめる作品に
仕上げられていた。水銀検査のやり方などかなり常識外れな
シーンもあり、その辺は首を傾げたが。

『北北東』“东北偏北”
文化大革命が終了して2年後の中国農村部を舞台に、大学に
戻ることが決まった漢方医学の女性教授と、軍隊では料理係
だったという地元の警察署長が連続レイプ犯を追うコメディ
作品。当時の中国事情などがいろいろと再現されてそれなり
に面白くはあったが、事件の顛末が今一つ理解できず、肝心
の推理もよく判らなかった。

『R-18文学賞vol.3 マンガ肉と僕』
年1作ずつ紹介しているシリーズの第3弾。プロデューサー
としても活躍する女優杉野希妃による初監督作品。三浦貴大
の主演で、杉野は特殊メイクによるヒロインも演じる。その
特殊メイクは過去の作品にもあって、お話の全体も有り勝ち
かなあとも思うが、新人監督はそれらを上手く纏めていた。
なお監督の第2作は釜山で掛かるそうだ。

『あの頃のように』“As You Were”
それぞれにタイトルの付された3つの物語のようだが、相互
に登場人物が絡まるなど、かなりトリッキーな作品。ただし
その構成が生きているかと言うとそうでもなく、特に最初の
物語の意味は何なのかなど、言葉足らずの部分が多い。志が
高すぎたというよりは、途中でムードに流されていい加減に
なってしまった感じがした。

『ゼロ地帯の子どもたち』“Bedone Marz”
アジアの未来部門の作品賞を受賞した作品。国境の河に浮か
ぶ廃船を舞台に、自給自足で暮らしてきたアラビア語を話す
少年の生活にペルシャ語を話す子供が闖入してくる。さらに
英語の兵士が登場して寓意に満ちた物語が展開される。それ
は寓意と言うよりもかなり明白なメッセージを持ち、そこで
語られる物語も素晴らしかった。

《ワールドフォーカス部門》
『黄金時代』“黃金時代”
1911年に中国東北部の黒竜江省に生れ、31歳で夭逝した中国
の女流作家蕭紅の生涯を描いた作品。一時は戦前の日本にも
滞在したという女性の生涯はかなり波乱に満ちたものだが、
本人を含む登場人物がカメラに向いて語り始めるという構成
は本作に適切だったかどうか。それで時間軸が狂うなど観て
いて煩雑な感じもした。

『アトリエの春』“봄”
1960年代の後半を背景に、難病で創作意欲を失った彫刻家の
妻が夫の意欲を掻き立てるモデルを見つけ出すが…。監督は
韓国映画で美術を担当してきた人物で本作が第2作。ミラノ
国際映画祭で大賞、撮影賞、主演女優賞を獲得した。作品の
アイデアなどは面白いが、結末はちょっと唐突で、もう少し
その前後をしっかり描いて欲しかった。

『リアリティ』“Réalité”
互いに繋がりのないいくつかの物語が並行して進む作品で、
しかもその一つでは夢の中の話が他方では現実であったりも
するトリッキーな作品。タイトルは登場する少女の名前でも
あり、彼女を中心に現実と非現実が入り混じる。かなり複雑
な作品だが、実はそれなりに整理されていて理解はし易く、
この監督カンタン・デュピューは気になりそうだ。

『ミッドナイト・アフター』
       “那夜凌晨,我坐上了旺角開往大埔的紅VAN”
今回の上映作品の中で日本映画以外では唯一SFにジャンル
分けされていた作品。深夜の酔客などを乗せた郊外行きバス
がトンネルを抜けるとそこは無人の世界だった。ということ
でサヴァイヴァル劇が展開されるかと思いきや、監督の興味
はそこには無いらしく、グダグダした人間模様が綴られる。
SFとしてみるのはかなり酷だが、他でもないか?

『遺灰の顔』“The face of the Ash”
イラン・イラク戦争の時代の話。クルド族の村で婚礼が行わ
れている最中に棺が到着し、一家の息子が戦死してその遺体
だと告げられる。ところがその遺体には息子の特徴がなく、
該当するのは別の一家の息子だった。混乱した当時の状況で
はこんなことも間々あったそうだが、そんな悲喜劇が巧みに
描かれており、作品の出来も上々だった。



2014年11月02日(日) 第27回東京国際映画祭《コンペティション部門》

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※今回は、10月23日から31日まで行われていた第27回東京※
※国際映画祭で鑑賞した作品の中から紹介します。なお、※
※紙面の都合で紹介はコンパクトにし、物語の紹介は最少※
※限に留めているつもりですが、多少は書いている場合も※
※ありますので、読まれる方はご注意下さい。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
《コンペティション部門》
『紙の月』
主演の宮沢りえが映画祭の最優秀女優賞を受賞した作品。直
木賞作家角田光代の原作を、『霧島、部活やめるってよ』で
日本アカデミー賞受賞の吉田大八監督が映画化した。物語は
女性銀行員による巨額横領事件を描いたもので、まあそれこ
そ子役の頃から見ている宮沢が、見事に生活に疲れた主婦を
演じ切った。受賞は妥当なところだろう。

『爆裂するドリアンの河の記憶』“榴莲忘返”
早稲田大学を卒業のマレーシアの監督が、自国で実際に起き
た事件を基に映画化したという作品。レアアース採掘工場の
操業を巡って地元の高校教師らが反対運動を繰り広げる。そ
こに日本を含む近隣各国での民衆運動の歴史が再現挿入され
る構成だが…。何とも生硬で青臭さがきつかった。それに民
衆運動として描くべきはこれらの事件ではない気もした。

『壊れた心』“PUSONG WAZAK”
浅野忠信の主演でマニラが舞台の犯罪組織を扱った作品。ク
リストファー・ドイルの撮影で、巻頭の人物紹介などはニヤ
リとさせられる。でもほとんどの台詞を廃した構成は物語の
展開を判り難くし、映像はあるがドラマが不在の感じ。プロ
グラムブックのシノプシスを読んでも?だった。因に監督は
詩人だそうで、挿入歌の歌詞にだけ字幕が付くのも…。

『来るべき日々』“Les Jours Venus”
1951年生まれの監督の作品で、映画の中でも新作を作ろうと
する監督の奮闘が描かれる。今回の映画祭では他にも映画作
りがテーマの作品があって、ちょっとそれらと被ったかな?
また過去の同様の作品へのオマージュみたいなものも散見さ
れ、それが却ってウザイ感じのする部分もあった。作ろうと
している作品の方が面白そうだったかな。

『1001グラム』“1001 Grams”
ノルウェーの度量衡研究所に勤める女性が、父親から世襲の
ように引き継いだ「kg原器」を守る仕事に奔走する。物語は
ワンアイデアでシンプルな作品だが、主人公の仕事への傾注
ぶりが微笑ましく、また結末の重量に関わるエピソードも素
敵だった。廃止された「m原器」の空ケースなど、純粋に科
学に拘るという点でも気に入る作品だった。

『遥かなる家』“家在水草丰茂的地方”
中国の中央部で北は内モンゴル自治区に接する甘粛省に暮ら
す少数民族ユグル族の幼い兄弟を描いた作品。親は遊牧民で
兄は祖父の家で育つ。しかし親と一緒だった弟が寄宿舎にい
たとき祖父が死去、兄弟は親を探すことになるが…。親の愛
を知らないと思う兄と、衣服はお下がりばかりで不満な弟。
雄大な草原を背景に兄弟の確執が巧みに描かれる。

『マルセイユ・コネクション』“La French”
ハリウッド映画でも有名な「フレンチ・コネクション」の撲
滅に関わるフランス側の事情を描いた実話に基づくとされる
作品。フランス映画伝統のフィルムノワールといった感じの
作品だが、ジャン・デュジャルダン、ジル・ルルーシュらを
配した演技陣も往年の俳優たちの渋さには物足りない。実話
に拘りすぎた感じなのかな。

『ザ・レッスン/授業の代償』“Urok”
映画祭の審査員特別賞を受賞した作品。教職と翻訳のアルバ
イトで生活を支える女性教師が、様々な葛藤の中で生きて行
く姿を描く。クラスで起きた盗難事件、主人公はその犯人を
毅然とした態度で探し出そうとするが…。物語は確かに巧み
で、受賞は妥当なところだろう。ただ全体的には物足りない
感じもして、消去法での受賞にも感じた。

『アイス・フォレスト』“La Foresta Di Ghiaccio”
イタリア北部の旧東欧圏との国境の河に築かれたダム。その
ダムと麓の村を舞台に、その地で発見された死体を巡って、
ダムの修理に訪れた若い技術者やクマの生態調査に来たとい
う女性らが過去の歴史に埋もれた出来事を暴いて行く。雪に
埋もれたダムなどの風景は雄大で見応えがあるが、物語の展
開は先が読めるし、結末にはちょっと疑問も生じた。

『メルボルン』“Melbourne”
イラン人の若いカップルが、母国からオーストラリアへ留学
に旅立つ日の物語。出発間際の部屋の片づけで慌ただしい中
での善意に始まるちょっとした出来事が、重大な事態を引き
起こす。ボタンの掛け違いがにっちもさっちも行かなくなる
というお話はそれなりのドラマを生むが、その切っ掛けが本
作では正直に良い感じがしなかった。

『ナバット』“NABAT”
戦火に曝されるアゼルバイジャンの寒村を舞台にした作品。
村外れで病弱な夫と共に倹しい生活を送る老婆は、戦死した
息子の墓もあって村を離れることができない。しかも戦火が
迫り空き家ばかりの村はオオカミの来襲も問題だった。そん
な中での老婆の取った行動が戦況に皮肉な結果をもたらす。
ヒューマンな作品で女優の淡々とした姿も好感だった。

『ロス・ホンゴス』“Los Hongos”
コロムビアの中都市を舞台に、グラフィッティで自己主張を
行おうとする若者の姿を描いた作品。グラフィティに関して
はアメリカのドキュメンタリーなども紹介されているから目
新しいものはないし、そこで繰り広げられる青春ドラマも、
まあ在り来たりの感じは免れなかった。もう少し何か共感を
呼べるものが欲しかった。

『マイティ・エンジェル』“Pod Mocnym Aniołem”
アルコール依存症の実態を描いて主演のロベルト・ヴィエン
ツキェヴィチが最優秀男優賞を獲得した作品。依存症のどう
しようもない姿を体当たりで演じた俳優は受賞も当然という
感じだ。僕自身も酒は飲むし過去には失敗もあるが、こんな
風に酒に溺れなかったことは、自分自身の身体に感謝したい
と思う。そんな依存症の実態は見事に描かれていた。

『草原の実験』“Испытание”
1949年のカザフスタンの大草原を舞台にした青春ドラマ風の
作品。鉄道の終着駅だったのか、庭に列車止めのある線路を
持つ家。そこに父と暮らす少女は、アジア系の若者と金髪の
若者に思いを寄せられていたが…。実は画面中の旗に気付い
た時に結末が予想され、そこからの緊張感が半端ない。芸術
貢献賞を受賞したが、僕的にはグランプリの作品だった。
        *         *
 実は、今年のコンペティション部門には15本がエントリー
されていたが、もう1本は内容的に観るに堪えなくて、上映
の途中で退席してしまったものだ。しかしその作品の評価が
高いようで…。
 でも僕に言わせれば、暴力やドラッグなど若者の生態を唯
だらだらと写しているだけの作品で、同種の作品ならもっと
気の利いたものも先にあるし、それらの作品に伍してこれを
評価できるほどのものではなかった。
 とは言え、例年こんな作品が1本はある中で、今回は特に
選ばれた作品が受賞したということでは、作品を選考した人
の意見は正しかったのだろう。僕の考えとは違うが、これが
最近の風潮であるのかもしれない。
 と言うことで僕の考える受賞作は、
グランプリ:草原の実験
審査員特別賞:マイティ・エンジェル
最優秀男優賞:ロベルト・ヴィエンツキェヴィチ
最優秀女優賞:宮沢りえ
最優秀芸術貢献賞:アイス・フォレスト/遥かなる家


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井口健二