井口健二のOn the Production
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2009年11月29日(日) 人間失格、白鳥の湖/チェネレントラ、50歳の恋愛白書、監獄島

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『人間失格』
1948年に発表された太宰治の代表作を、太宰の生誕100周年
に当たる2009年に角川映画が満を持して映画化した作品。
貴族院議員でもある津軽の資産家の父の許に美貌を持ってい
生れた主人公が、やがて没落し、自らを見失って行く姿を描
いた原作に関しては、僕は破滅文学と心得ていたが、今回は
現代にも通ずる青春文学として紹介されていた。
確かに、美貌を持って生れた若者が幾人もの女性に慕われて
女性遍歴を繰り広げ、それと共に主人公が没落して行くとい
う展開は、青春文学の類型の一つのようではあるし、実際に
原作本は、漱石の『こころ』と並んで文庫本の売り上げトッ
プを競っているそうだ。
しかも今回の映画化では、原作が太宰の自伝的な側面を持つ
という説に基づき、主人公が通うバーを文壇バーという設定
にして、太宰が実際に交流した中原中也なども登場させ、特
に中原は主人公にも影響を与える重要な人物として描かれて
いるものだ。
という、一見、受け狙いの感じもする構成の作品だが、その
物語は心中などの重いテーマを描き続け、さらに後半では、
麻薬中毒など正に破滅的な主人公の姿を描き出す。その印象
はかなり強烈だった。
主演は、ジャニーズ所属の生田斗真。共演は、堀木役に『ブ
ラインドネス』などの伊勢谷友介、ヒラメ役に石橋蓮司、ま
た中原中也役にはジャニーズ系V6の森田剛が扮している。
そして本作では、主人公の女性遍歴の相手として、寺島しの
ぶ、小池栄子、石原さとみ、坂井真紀、室井滋、大楠道代、
三田佳子が登場。華やかさというより、かなり癖のある感じ
の女優陣が、アイドル系の主人公を盛立てている。
なお、同じ原作からは日テレ系の深夜枠『青い文学』シリー
ズでアニメ化された作品も、追加映像及び再編集されて劇場
公開される。こちらには中原中也は出てこないが、主人公の
感じる「おばけ」が映像として登場するアニメーションらし
い作品になっていた。
ただしこのアニメ版では、麻薬に係わる後半の部分が削除さ
れているのは、テレビ放送を考慮したのかな。それぞれいろ
いろな仕掛けはあるが、この両方を観れば、原作の全貌がそ
れなりに掴めてくる感じはしたものだ。

『白鳥の湖』“Swan Lake”
『チェネレントラ』“La Cenerentola”
前回紹介の『アイーダ』に続いてオペラなどの舞台を撮影し
たHD映像の試写が行われた。
因に今回は“World Classics@Cinema”と称して、今年上演
の新作だけでなく、2003年から昨年までのアーカイブの作品
も含め8作品が上映されるもの。その内から試写では、バレ
ーとオペラの2作品を観せて貰った。
バレーの『白鳥の湖』は2006年にロシアで撮影されたものと
のことで、製作はBBCだったと思うが、舞台面だけでなく
別撮りで舞台上にカメラが上がって撮影されたシーンも挿入
されていた。
僕は、このようなクラシックバレーをちゃんと観るのも初め
てだったが、作品の内容はまあ知られたもので、特に黒鳥の
踊りの有名なターンは迫力も満点で堪能できた。ただし、バ
レーというのは本当に踊りだけで物語が進むもので、予備知
識がないと理解が難しいことは認識できた。
もう1本は『アイーダ』と同じくヴェルディ作曲のオペラ。
『チェネレントラ』とは、イタリア語での「シンデレラ」の
ことのようで、不幸な境遇の娘が最後は王子様に認められる
という大筋は童話と同じものだ。
しかし魔女の登場はなく、代りに王子の教師でもある哲学者
が娘を誘導して王子に目逢わせる展開となっている。魔法の
出てこない「シンデレラ」なんてどんなものかとも思ってみ
たが、案外スマートな物語になっていた。
それにしても、ヴェルディのオペラは常にこうなのか、複数
の歌手が掛け合いで歌うシーンの迫力は凄まじく、汗も吹き
払いながら歌いまくる姿には、これは大画面の大音響が可能
な劇場のスクリーンで観るしかないとも感じさせた。
因に本作は、舞台面だけを忠実に撮影したもので、舞台裏や
インタヴューなどの挿入もないが、それはそれでちゃんと纏
まりも良く映像化されていたものだ。
“World Classics@Cinema”では、この他にバレーは『オン
ディーヌ』と『くるみ割り人形』、オペラは『椿姫』『愛の
妙薬』『ドン・ジョバンニ』、そして2003年に撮影されたス
ペイン・リセウ大劇場版の『アイーダ』が上映される。

『50歳の恋愛白書』“The Private Life of Pippa Lee”
劇作家アーサー・ミラーの娘で、2005年『プルーフ・オブ・
マイ・ライフ』の脚本を手掛けたことでも知られる女優・脚
本家・監督のレベッカ・ミラーが、2008年に発表した自らの
処女長編小説を脚色・監督した作品。
試写状の解説などを読んで僕が事前に持っていたこの映画の
印象は、貞淑な妻として人生を送ってきた女性が、ある日、
自分が演じてきた理想の妻のイメージを覆し、自らの望む道
に一歩を踏み出す…そんな物語だと思っていた。
しかし実際にスクリーンに登場したのは、そんな生易しい女
性の姿ではなかった。そしてスクリーンには、現在50歳代を
迎えている女性たちが送ってきた人生そのものが描かれ、そ
こにはヒッピーやドラッグなどに翻弄された1960年代、70年
代のアメリカの姿が見事に再現されていた。実はこちらの方
が強烈な印象を残す作品だったのだ。
まあ、映画の宣伝としてラヴストーリーで押すのは常套の手
段だし、確かにこの映画にはそういう一面もない訳ではない
から、それはそれで問題はないと思うところだが。ただ僕の
ように上記の印象で観ると、かなりの衝撃を受けてしまう作
品でもあるものだ。
それは僕自身が主人公に近い年齢の者としては、自分の生き
てきた体験や見聞きしていたことも踏まえて、この物語には
感銘を受ける部分もある訳で、それが観客層として狙いたい
年齢層と合わないであろうことは事実なのだが…難しいとこ
ろだ。
出演は、ロビン・ライト・ペン、キアヌ・リーヴス、アラン
・アーキン、モニカ・ベルッチ、ウィノナ・ライダー、ジュ
リアン・モーア、マリア・ベロ。それに自ら監督でもあるマ
イク・バインダーと、テレビの『ゴシップ・ガール』で人気
のブレイク・ライヴリー。
因に1966年生れのライト・ペンは、1964年生れのリーヴスが
10歳以上年下の恋人という役柄で、これはかなりの老け役を
強いられているものだが、1988年『プリンセス・ブライド・
ストーリー』のお姫様は上手く難役をこなしていた。
それにしても、ライヴリー以外は一番上が1960年生れのモー
ア、下が71年生れのライダーと、見事に同世代の女優が揃っ
た作品で、もう少し上の世代の自分からはこれらの女優の顔
を見るだけでも楽しい作品だった。

『監獄島』“The Condemned”
通算6度のWWE王座に輝いたというアメリカプロレス界の
スーパースター“ストーン・コールド”スティーヴ・オース
ティンが凶悪な死刑囚に扮して、他の9人の死刑囚との闘い
を繰り広げるバトルアクション作品。
世界中の監獄から選抜された凶悪な死刑囚を絶海の孤島に集
め、唯一残った勝者1人には釈放という餌を与えて殺し合い
を演じさせ、その模様をインターネットで生中継。それは究
極の死闘を世界中の観客に提供し、それによって巨万の富が
得られるはずだった。
そのために用意された舞台は、400台のテレビカメラがジャ
ングルや渓谷の水中にも設置された絶海の孤島。そこに10人
の凶悪な殺人鬼を解き放つ。しかも彼らの足首には、30時間
が経過すると爆発する時限爆弾が装着されている。
その30時間以内に他の犯罪者を排除して、バトルの主催者の
許に出頭するのが勝者となる条件だ。そして、世界中の牢獄
から集められた10人の犯罪者が、それそれの足首に時限爆弾
を装着されて島に放たれるが…
その中でオースティンが演じるのは、エルサルバドルで建造
物を爆破し、中にいた3人を殺害した罪で死刑判決を受けた
というアメリカ人のコンラッド。しかし彼の犯行には何かの
裏がありそうだ。
その他には、ルワンダで17人を殺害したという元イギリス特
殊部隊の兵士や、恋人を殺されたことへの復讐で25人を殺害
したという日本人、夫婦で凶悪犯罪を行ってきたメキシコ人
なども含まれている。しかし勝ち残れるのは夫婦と言えども
1人だけだ。
こうしてバトルが開始されるが、もちろんこれは犯罪行為。
このためFBIなどが捜査を開始するが、孤島の位置は巧妙
に隠されてなかなか場所も特定できない。しかもコンラッド
に関しては、深入りするなという圧力も掛かってくる。
まあお話としては、底は浅いがそれなりに考えられていると
言えるかな。しかも映像の中には、空中に張られたワイアー
を使って移動撮影をするロボットカメラなども登場して、そ
れなりに面白いところもあった。
それに何と言ってもオースティンの身体を張ったアクション
がかなりのもので、プロレスラーの底力も観せてくれるもの
だ。
オースティン以外の出演者は、2001年『ミーンマシーン』な
どのヴィニー・ジョーンズ。1994年版『ストリートファイタ
ー』に出ていたロバート・マモーネ、2004年『セルラー』な
どのリック・ホフマン。また日本人役は、『スーパーマン・
リターンズ』や『スター・ウォーズ:エピソード3』にも出
演していたというマサ・ヤマグチという俳優が演じている。
因に本作は、WWEが2006年以降に直接映画製作の乗り出し
た第3作だそうだ。



2009年11月22日(日) ウルトラ銀河伝説、ソフィーの復讐、霜花店、イェロー・キッド、脱獄王、アイーダ、台北に舞う雪(追記)、カールじいさん…(追記)+他

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『大怪獣バトル/ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』
2007年にBS11ディジタルで放送され、その後にテレビ東京
系列でも放送されている円谷特撮シリーズの劇場版。
テレビシリーズは、人類が大宇宙に進出した未来世界を背景
にしたもので、『初代ウルトラマン』などに登場した怪獣は
出てくるがウルトラマン本人は登場せず、代りに怪獣使いと
してゴモラなどを操る特殊能力を持った若者が主人公となっ
ているようだ。
このためネットの解説では、『ウルトラマン』の物語は背景
にはあるが、その位置付けは微妙という書き方のものも見ら
れた。その作品が本作では、ウルトラマンとの関連性も明確
にする物語として描かれている。
人類が大宇宙に進出した未来。そこでは「ZAP SPACY」と呼
ばれる組織が宇宙域の開拓を目指して活動していた。その組
織に所属するレイは、実はかつて宇宙を支配した宇宙種族の
遺伝子を継ぐもので、宇宙怪獣を操る能力を持っていた。
一方、ウルトラマンの故郷M78星雲「光の国」では、日々宇
宙の平和を守るウルトラマンたちの訓練が続いていたが、正
義を守るウルトラマンの中にもダークサイドに落ちる者も居
ない訳ではなかった。
その1人は長く宇宙牢獄に捕えられていたが、その牢獄が宇
宙種族によって破られ、闇のウルトラマンが解放される。そ
の闇のウルトラマンは怪獣たちも操り、「光の国」を危機に
陥れるが…
元々はバンダイのカードゲームに連携した作品とのことで、
描かれるのは100体を越す怪獣たちの大乱戦。そこでテレビ
シリーズでは主人公が操るゴモラなどの怪獣と、その他の怪
獣の戦いとなっているようだが、今回はそれにウルトラマン
も参戦しているものだ。
『ウルトラマン』の劇場版では、2008年6月にも松竹配給の
作品を紹介しているが、ノスタルジーとマニアックで一杯の
その作品とは一線を画して、現在のファン向けに作られた作
品ではあるようだ。
それでも、実写シーンでの黒部進、森次晃嗣やつるの剛士、
声の出演で、団時朗など登場には歴史の厚みも感じられた。
もっともウルトラマンキングの声優にはあれあれという感じ
だったが…

『ソフィーの復讐』“非常完美”
間違いなく、現代中国映画界を代表する女優と言えるチャン
・ツィイーが、初めて自ら製作に携わり、初のコミカルな役
柄に挑んだ作品。
本作でツィイーが扮するのはソフィーという名前の漫画家。
その漫画家が恋愛をテーマにした作品で人気を博したところ
から物語は始まる。その人気で公開のトークショウにゲスト
出演した彼女は、その作品を生み出す切っ掛けとなった実話
を話し始める。
その実話の発端では、彼女は青年外科医との結婚を2カ月後
に控えて幸せの絶頂だった。ところがその青年外科医の前に
人気女優のジョアンナが現れ、外科医は心変わりをしてしま
う。しかも自分の母親からは結婚式の準備の電話が架かり続
けてくる。
そこで彼女は、親友の女性2人や偶然知り合った外国帰りの
青年写真家の協力を得て、外科医の心を女優から取り戻す作
戦を開始するが…。
共演は、外科医役に『ゲゲゲの鬼太郎』にも出演した韓国俳
優のソ・ジソブ。女優役には『墨攻』や今年の東京国際映画
祭で上映された『麦田』、さらにジャッキー・チェンと共演
した『新宿インシデント』などのファン・ビンビン。
また写真家役には『着信アリ2』や『仮面ライダー555』
劇場版などにも出演のピーター・ホーが扮している。『SAYU
RI』に主演のツィイーも含め、日本に関わりのある俳優たち
の共演だが、本作は中国・韓国の合作映画だ。
映画は、夢見がちな漫画家が主人公ということで、映像的に
はアニメーションとの合成が使われたり、その一方でツィイ
ーお得意のカンフーもちょっとだけ披露されるなどヴァラエ
ティーに富んだものになっている。
脚本と監督は、自身も漫画本を出版しているというエヴァ・
ジン。フロリダ州立大学映画科の出身で学生時代にエミー賞
カレッジアワードも受賞したという才媛の脚本にツィイーが
反応し、プロデュースも買って出たというのが製作の経緯の
ようだ。
それにしてもツィイーは、クールビューティとも称される最
近のイメージからは真逆の可愛い女性の役で、最初の登場シ
ーンではちょっと本人か疑うほどの変貌ぶり。『初恋のきた
道』以来のファンにはうれしい作品だった。
カンヌ映画祭での北京政府寄りの政治的な発言などで物議を
醸したこともあるツィイーだが、そんな彼女が満を持してと
いうか、本人が切望して出演したラヴコメディ。1979年生れ
の女優の実像はこちらの方が近いと思いたいところだ。

『霜花店』“쌍화점”
『マルチュク青春通り』などの作品で有名なユ・ハ監督が、
13世紀ごろに作られたという作者不詳の高麗歌謡「雙花店」
から想を得て描き出した歴史物語。
時は14世紀後半、高麗国が31代恭愍王に治められていた王朝
末期のお話。当時の高麗国は中国・元の属国となっており、
王宮には元から王妃が迎え入れられていた。
ところが王自身は男色家で王妃との間に子供を儲けることが
できない。このため元からは王妃の近親者、つまり元の王族
を次期国王に迎えるよう迫られ、王宮内にはそれを受け入れ
るか否かの対立も生じていた。
その恭愍王は、36人の乾龍衛と呼ばれる近衛部隊を彼らが幼
い頃から育て上げ、そこには美貌の青年たちが集められてい
た。そして恭愍王は、世継ぎを得るため苦肉の策として、自
らが最も寵愛する近衛隊長に王妃を交わることを命じるのだ
が…
王は男色家でも、その寵愛の相手がそうとは限らない。まし
てや彼は、王の寵愛を受けるために、それまでは女も知らな
い身体だった。そんな男子が王妃の相手を勤めたら…そこか
らは言うまでもない物語となって行く。
この展開が、王と近衛隊長との会話の中に見事に凝縮して描
かれており、特に王が隊長に命じる際の台詞や2人が交わす
最後の会話は、この種のテーマの作品では出色の台詞とも言
えそうなもの。この脚本は見事だ。

ただし物語は男女の関係だけでなく、さらにそれを引き立て
るような豪華な王朝絵巻きを描いて行く。そこには王の命を
狙った倭寇の襲来と戦う近衛兵たちの激しい剣戟シーンや、
さらに1000人が登場しているという祝宴なども華麗に再現さ
れていた。
出演は、王役に『MUSA』などのチュ・ジンモ、隊長役にチョ
・インソン、そして王妃役にソン・ジヒョ。いずれもモデル
出身という3人が、R−18指定となる激しい艶技も含めて、
特に男優の2人は乗馬や剣戟シーン、さらに琴の演奏なども
見事に披露している。
なお本作は11月21日から開催の「韓流シネマフェスティバル
2009」で特別上映され、その後の来年2月に日本公開も予定
されている。

『イェロー・キッド』
東京藝術大学大学院映像研究科の製作で、同科の大学生の修
了制作作品として作られた長編映画。独立系映画館主の団体
によって選考される今年度の自主映画のベスト1に選ばれ、
来年2月から全国主要都市の映画館で順次公開される。
脚本・監督は真利子哲也。すでに短編映画では各地の映画祭
などで受賞している人のようだが、製作費200万円、撮影期
間2週間という作品にも係わらず、その実績は伊達ではない
という感じのしっかりした作品だった。
物語は、若いボクサーと漫画家を中心としたもの。その漫画
家は、幼馴染みの元チャンピオンをイメージにしたキャラク
ターで10年前に発表した作品が一部にカルト的な人気を得て
いるらしい。
そんな漫画家が、次作の取材のため訪れたボクシングジムで
1人の若いボクサーと出会う。そのボクサーは両親を亡くし
て祖母と2人暮らしだったが、アルバイトも失職し先の生活
は不透明になっていた。
そして、その取材から得た新たな構想で10年前の作品の続編
を書き始めた漫画家は、やがてその物語と現実がシンクロし
ていることに気付いて行く。
この漫画というのが、約100年前にアメリカで実在した新聞
連載コミックスを基に、その続編を日本人漫画家が描いたと
いう設定なのだが、その内容はアメコミ・ヒーローもの。そ
んなコミックスの世界と現実が奇妙に符合して行くというお
話だ。
主演は、『クローズZERO』などに出演の遠藤要と、劇団
所属で映画出演は初めてという岩瀬亮。他に4月紹介『美代
子阿佐ヶ谷気分』などの町田マリー、さらに波岡一喜、でん
でんらが共演。学生映画とは思えない俳優陣がしっかりした
演技で支えている。
なお試写会では上映後にトークショウが行われ、そこで監督
は、「ボクサーと漫画家の主人公は後から考えた」と語って
いた。元々は、現実と非現実が混ざり合う物語が描きたかっ
たのだそうで、その意味では現実をボクサー、非現実を漫画
家が代表しているようだ。
ただし物語の展開ではそのような区別はなく、トークショウ
の相手をした黒沢清監督(藝大教授)も言っていたが、作品
自体は見事な現実感に溢れている。その現実感の中に非現実
が混ざり合うところがこの作品の面白さでもある。
そしてその展開は物語の結末に近づくにつれて加速していく
構成になっており、その加速の度合いも絶妙という感じの作
品だった。因に黒沢監督は、その結末の展開が判り難いとの
意見だったが、クレジット後の映像に関してはその前にその
ヒントがあったものだ。
いずれにしても、学生の作品とは思えない力量に溢れた作品
だった。

『板尾創路の脱獄王』
6月紹介『空気人形』にも出演していた俳優・板尾創路の企
画・脚本・監督・主演による作品。
板尾は吉本興行の所属で、本作はゴリの監督主演で7月に紹
介した『南の国のフリムン』などに続く吉本興行製作の映画
となっている。ただし本作は、お笑い芸人の作品とは思えな
いしっかりとした内容のもの。しかも板尾はお笑い芸人の分
もちゃんとわきまえていた。
物語の背景は、第2次大戦中の日本が国家体制も危うくなっ
ている時期のお話。板尾扮する男が刑務所に収監されるが、
いともた易く脱獄し、いとも簡単に再逮捕されてしまう。そ
して元の罪に逃亡罪を重ねた男はさらに重罪となって監獄に
戻ってくる。
しかし男は再び脱獄、そして再逮捕。その繰り返しに世間も
注目し始め、男は子供たちのヒーローにもなって行く。そん
な男の壮絶な生き様を、國村隼が扮する刑務官を語り部とし
て綴って行く。
男は何のために脱獄を繰り返すのか、その謎が本作の物語を
強引に引っ張って行く。それは正にそれだけの物語であり、
そこには奇想天外な脱獄の手法や、上手くアレンジされたア
クションも描かれるが、全体は見事な調和の中で無理のない
お話が進んで行く。
この無理(違和感)のない物語の展開には板尾の非凡さも感
じてしまう。お笑い芸人としてはホンコンと組んでいる板尾
は、シュールな笑いで人気があるそうだが、この作品は正に
板尾ワールドと呼べるもののようだ。しかも見事なオチまで
付いているのには…

脚本には、『魁!クロマティ高校』などの山口雄大監督が参
加、さらに吉本新喜劇を手掛ける俳優の増本庄一郎と共に綿
密なプロットが作られたとのことだ。
上記以外の出演者では、ぼんちおさむ、オール巨人、宮迫博
之、千原せいじ。テレビで見慣れたお笑い芸人がそれぞれ別
の顔を見せてくれるのも見事だ。他に木村裕一、阿藤快、津
田寛治、石坂浩二、笑福亭松之助らが共演。
吉本興行と角川映画が組むのは3作目だと思うが、その1作
目は人気スターの共演で話題にはなったが、吉本らしさが感
じられず誰でも作れる凡庸としか言えない作品だった。それ
に比べると上記のゴリ監督作品は、正に吉本映画という感じ
で好ましかった。
それに続く本作は、吉本の枠を見据えながらさらに日本映画
に新風を吹き込む作品とも言えそうだ。板尾ワールド恐るべ
し。ぜひとも次の作品も期待したいところだが、板尾の仕事
ぶりから考えると、それには時間が掛かりそうかな。

『アイーダ』“Aida”
ニューヨーク・メトロポリタン劇場2009−2010年シーズンの
オペラ公演をHDで撮影した作品が、「METライブビュー
イング」と称して順次劇場公開される。
その内の本作は、今年10月24日に公演された舞台を撮影した
ものだが、全米及びヨーロッパには生中継もされたとのこと
で、そのため幕間などには出演者へのインタヴュー映像や、
舞台裏での場面転換の模様なども挿入されている。
僕は、オペラなどにはついぞ縁のない人間だが、本作品に関
しては「凱旋の行進曲」は耳にしたことがあると言うか、そ
れだけは知っていた。そのためこの作品にも興味を引かれた
ものだが…でも、それ以外は見事に全く知らなかった。
物語は、エジプトとエチオピアが戦っていた古の時代。エジ
プトに捕えられファラオの家で奴隷として暮すアイーダは、
実はエチオピアの王女だったが、その身分は誰にも明かすこ
とができない。
そんなアイーダは、エジプトの若き武将ラダメスと密かに愛
し合っていたが、そのラダメスに神官からエチオピア討伐軍
の司令官が任命される。その名誉ある任務に喜ぶラダメスに
対してアイーダの心境は複雑だ。
一方、ファラオ家の娘アムネリスもラダメスに心を寄せてお
り、ラダメスが出陣で勝利を収めれば、彼との結婚が約束さ
れている。しかしアムネリスは、ラダメスとアイーダの関係
にも疑いを持っていた。
こんな三角関係とそれを取り巻く物語が、ヴェルディ作曲の
歌曲に載せて描かれて行く。そしてその舞台が、メトロポリ
タン劇場の巨大な舞台空間の中に構築された壮大なセットと
共に描き出される。
という本作だが、映画作品として観ていると多少の違和感は
ある。それは特に幕間に挿入される出演者へのインタヴュー
や舞台裏での場面転換の模様などに感じてしまうものだが、
本作の成立を考えるとそれも致し方ない。
ただ、以前に紹介した歌舞伎座の舞台面映像はそうではなか
ったから、その辺が違和感になった面はありそうだ。しかし
それを全部削除して2時間半ほどの作品にしたらそれも味気
ないのかな。所詮はイヴェントムーヴィという作品だろう。
とは言えそれなりのムードは味わえるし、舞台裏の場面転換
などは僕の目には興味深く観られて面白いものだった。
なお上映作品はこの他に、『トスカ』『トゥーランドット』
『ホフマン物語』『ばらの騎士』『カルメン』など全9演目
が、全て今年から来年の公演の模様で予定されている。

『台北に舞う雪』“台北飄雪”(追記)
この作品は東京国際映画祭のコンペティション部門に出品さ
れたもので、10月16日付の紹介(1)にも掲載したが、今回
は2月の日本公開に向けたマスコミ試写が行われ、改めて見
直して気付いたことを追記しておく。
そこで書きたいのは、建物の壁面や窓の明かりなどの照明効
果が見事な作品だったということだ。本作は題名に「雪」が
あることから雨のシーンが多いのだが、そのシーンの映像も
クリアで美しいのに加えて、夜景のシーンの素晴らしさに改
めて気付いた。
それは先の紹介に書いた「天燈」のシーンにもあるのだが、
その他でも、かなり後方にある建物まで丁寧に照明されてい
るシーンには目を引かれた。実は映画祭では上映後のQ&A
も記者会見も行われず、もしかすると監督自身はあまり納得
していないのかなとも思ったが、確かに他人の脚本を演出し
ただけの作品であったとしても、この映像美にはフォ・ジェ
ンチイ監督らしさが現れていると思ったものだ。
なおその他のコメントは上記の日付をご覧ください。

『カールじいさんの空飛ぶ家』“Up”(追記)
この作品も9月6日付で一度紹介したが、今回は3Dでの試
写を観たのでその報告。
実はこの作品については、前回の記事で「2Dだからオリジ
ナル音声が聞けた」と書いたものだが、今回の試写は3Dで
も字幕だった。実は3Dの映像では、字幕が左右の画像で全
く同じ位置にないと視覚上おかしなことになるので、字幕は
不可能と言われていたものだ。
ただし1973年に日本公開された“The Stewardesses”などの
作品では字幕公開がされているが、この時は片側の画面の字
幕範囲を黒マスクで覆って、反対側にだけに字幕を付けると
いうトリッキーなこともしていた。
それが今回は、上映がディジタル方式になって、画像の位置
も字幕の書体もピッタリ合わせることができる(昔の字幕は
手書きだった)もので、そのため字幕上映も可能になったよ
うだ。
こんな分かり切ったことを、何故今までやらなかったのかも
疑問だが、取り敢えずこの作品では字幕版3D上映も実施さ
れるようだ。以前の記事でも書いたように、エド・アズナー
やクリストファー・プラマー、それにジョーダン・ナガイの
声も聞きたい人は字幕版3D上映の映画館も探してみてくだ
さい。
        *         *
 最後にアカデミー賞関係の情報で、例年報告している長編
アニメーション部門の予備候補が発表され、今年は20本がエ
ントリーされていることが判った。ただし、この内の7本は
最終条件であるロサンゼルス地区での一般公開がまだ行われ
ていないものだが、その内の何本かは大手の配給で公開は間
違いなく、これにより基準となる予備候補の本数16本はクリ
アされて、来年の最終候補の本数は5本となるようだ。
 エントリーされたのは、アルファベット順に
“Alvin and the Chipmunks: The Squeakquel”
“Astro Boy”
“Battle for Terra”
“Cloudy with a Chance of Meatballs”
“Coraline”
“Disney's A Christmas Carol”『Disney'sクリスマス・キ
ャロル』
“The Dolphin-Story of Dreamer”
“Fantastic Mr.Fox”
“Ice Age: Dawn of the Dinosaurs”
“Mary and Max”『メアリーとマックス』
“The Missing Lynx”
“Monsters vs. Aliens”
“9”
“Planet 51”
“Ponyo”
“The Princess and the Frog”
“The Secret of Kells”
“Tinker bell and the Lost Treasure”『ティンカー・ベ
ルと月の石』
“A Town Called Panic”
“Up”『カールじいさんの空飛ぶ家』
 この内、邦題を併記したのはこのページで以前に紹介した
作品。なお『メアリーとマックス』は東京国際映画祭で上映
された作品で、10月26日付の紹介(3)に掲載している。そ
の他、製作ニュースを紹介したことのある“Coraline”や、
ディズニー配給の“The Princess and the Frog”はその内
に紹介できそうだ。
 ということで、これらの中から最終候補には一体どの5本
が選ばれるのだろうか。最終候補は来年2月2日に発表され
る。



2009年11月15日(日) ユキとニナ、フォース・カインド、サロゲート、パレード、Dr.パルナサスの鏡、抱擁のかけら、作戦、バニッシング・ポイント

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ユキとニナ』“Yuki & Nina”
2007年3月に紹介した『不完全なふたり』や、06年12月紹介
の『パリ、ジュテーム』の一編を監督している諏訪敦彦監督
が、『不完全…』の製作時に知り合ったという俳優イポリッ
ト・ジラルドとの共同監督で制作した作品。因にジラルドは
初監督だそうだ。
パリに暮らす母親が日本人で父親がフランス人という少女ユ
キが、両親の離婚と母親に同行しての日本への帰国という岐
路に立たされ、それでも前に進んで行く姿を、ちょっとファ
ンタスティックな描写も含めて描いている。
ユキにはニナという両親が離婚して母親と2人暮らしの親友
がいる。だからユキとニナは、両親の離別によって傷つく子
供の気持ちをユキの両親に伝えたいのだが、なかなか上手く
は行かない。そしてユキとニナはあることを決断する。
大人の事情が子供に伝わらないのは大人として考えなければ
行けないことだし、子供の事情が大人に伝わらないのも、大
人として注意しなければならないことではあるが、これもあ
る意味仕方のないことでもあるのだろう。
そんなごくありふれた物語が、少女の視点という特別な形で
捉えられている。ただしそれは、2人の大人の監督によって
作られた作品ではあるが、予めシナリオを用意しない諏訪監
督の手法によって、主演の少女自身が見事に表現している感
じもするものだ。
その主人公ユキを演じているノエ・サンピは、1999年生れ、
実際に日本人とフランス人の両親の間に生まれた子供で、今
までに演技経験はないそうだが、明らかにフランス人とは異
なる顔立ち、しかも日本人にもちょっと神秘的に見える風貌
は見事な配役だ。
対するニナ役は、相手が演技未経験ということで演技経験の
ある子役が選ばれているが、こちらも1999年生れで主演は初
めて、しかしはきはきした物言いでは、物静かなユキの相手
役をよくこなしている。
さらにユキの父親役はジラルド監督自身、母親役はクレジッ
トにはTsuyuと記載されていたが、1996年モニカ・ベルッチ
とヴァンサン・カッセルが共演した『アパートメント』や、
2000年『TAXi 2』にも出ていたフランス在住の女優さんだそ
うだ。

『フォース・カインド』“The Fourth Kind”
試写会で配布されたほとんど情報のないプレス資料の注意書
きに、「本作は“驚愕の超常ドキュメンタリー”」と記され
ていた作品。
映画の中の説明によると、アラスカ州の最北の都市ノームで
は、他の地域に比べて異常に多い行方不明者がおり、誘拐事
件などを扱うFBI捜査官の来訪数も群を抜いているのだそ
うだ。
そしてその地域で、これも異常に多いとされる不眠症患者の
調査に当っていた心理学者夫妻の夫が異常な死を遂げ、その
夫の調査を引き継ごうとした妻の周囲で発生する異常な事件
が描かれて行く。
作品では、最初に女優ミラ・ジョヴォヴィッチが本人として
登場し、今から自分が心理学者に扮して事件の再現を行うと
説明、こうして製作された再現フィルムと、心理学者が調査
のために撮影したとされるヴィデオ映像が、マルチ画面など
を使って提示される。
それは調査ヴィデオに撮影された異常な現象と、その異常現
象の発生の際の周囲の状況などが再現映像によって説明され
ていく構成となっているが、そのどちらもが迫真の映像で描
かれているものだ。
といったところで、この題名を観たときにスティーヴン・ス
ピルバーグ監督の『未知との遭遇』(Close Encounters of
the Third Kind)を思い浮かべる人がどのくらい居るか気に
なった。
この情報は、本作がドキュメンタリーであるかどうかには言
及していないから、公開してもいいものと思うが、おそらく
アメリカの観客は、スピルバーグ作品を気にして観に行くも
のだろう。それを知って観に行くかどうかが、本作の評価の
境目のようにも思えてきた。

なお試写会では、マスコミ向けの試写会ではあったが、この
作品の内容を信じるか否かというアンケートがされた。僕は
躊躇なく「信じる」に投票したが、周りはそうでない人が多
いようだった。でもこれくらいは「信じる」に投票する洒落
っ気が欲しいよね。
それから、映画の中の「kidnapingではない、abduction(拉
致)」という台詞には、日本では北国の影がつきまとうが、
信じるか信じないかということでは、何か似たところもある
かなあ…という感じもしたものだ。

『サロゲート』“Surrogates”
『T3』『T4』のジョン・ブランカトー&マイクル・フェ
リスの脚本、『T3』のジョナサン・モストウ監督で、人間
の社会活動をロボットが代行するようになった未来社会を描
いた作品。
引き籠もり人間がロボットのオペレーターとなって、五感を
含む全ての受動能動の行動をロボットに代行させる。そうす
れば人は、嗜好に合せて作られたロボットを操縦して自分の
容姿や人種、性別、身の危険なども考慮することなく、勝手
気儘な生活を営める。
このようなロボットは、2005年4月に紹介した『HINOKIO』
でも描かれていたが、本作ではさらにそれを押し進めて、社
会活動をしている人類のほとんどがオペレーターとなり、屋
外に居るのは代行ロボットだけという究極の世界が描かれて
いる。
そして物語は、そんな世界で起きた殺人事件の捜査が主題と
なる。それは特殊な武器を使用して代行ロボット(サロゲー
ト)だけでなく、オペレーター本人にも死もたらす凶悪なも
のだった。
さらに主人公はその捜査を行う刑事で、同僚の女性刑事と共
に事件を追って行くのだが。捜査の行き過ぎから行動が規制
され、バッジと拳銃を取り上げられ、サロゲートの使用も禁
じられてしまう。そこで彼は…
この主人公に扮するのはブルース・ウィリス。最初の登場シ
ーンで頭髪がフサフサの金髪姿に試写会場でざわめきが走っ
た。本当ならもっと笑い声でも良かったかも知れないが、そ
れくらいに衝撃的な映像で、これで一気にこの世界が説明さ
れてしまうものだ。
このサロゲートの映像は、スペシャルメイクと、多分CGI
も使われていると思うが、何人かの俳優は本人としても登場
するから、その変貌ぶりは見事なものだった。その上、この
サロゲートのシーンではアクションも超人的になる。

共演は、『サイレントヒル』のラダ・ミッチェルと『リバテ
ィーン』のロザムンド・パイク。他にヴィング・レイムズ、
ジェームズ・クロムウェルらが登場する。
1時間29分と短い作品で、SFというよりアクションを中心
にそつなく纏められていた。

『パレード』
芥川賞受賞作家でもある吉田修一による山本周五郎賞受賞作
を、2007年6月紹介『遠くの空に消えた』などの行定勲監督
が映画化した作品。
行定監督の作品はあまり観ていなくて、いわゆるヒット作や
受賞作はほとんど観ていないが、本作では監督の原点回帰と
いうことで、2002年の青春群像劇『きょうのできごと』に繋
がる作品とのことだ。
で、実はこの『きょうの…』も映画祭で観たことを思い出し
たのだが、正直その時にはあまりピンと来なかった。しかし
今回は、監督の描こうとしている若者のモラトリアムなるも
のが、何となく判るような気がしてきた。
物語は、何故か4人の男女が1つの部屋に暮らしているとこ
ろから始まる。彼らは別段恋愛関係にある訳ではなく、契約
上は夫婦が借りている賃貸マンションに、劇中でも「中国か
らの不法就労者のよう」と表現されているように寄り集まっ
ているものだ。
しかしそれぞれはそれなりの生活態度で、互いにトラブルを
生じることもなく、取り敢えず平穏に暮らしていた。そんな
彼らの生活に、1人の若者が紛れ込んでくるまでは…。
物語の冒頭では、近所で連続通り魔事件が発生していること
が告げられ、その一方で、彼らの住む部屋の隣室が何やら怪
しげな仕事をしているらしいことも話題に挙がってくる。そ
んな世間との関わりも含めた若者たちの生活ぶりが描かれて
行く。
そしてその若者たちを、藤原竜也、香里奈、貫地谷しほり、
小出恵介、そして林遣都という最近よく観る、多分、今一番
旬な若手俳優たちが演じている。特に林と小出は、『風が強
く吹いている』に続いて共演作を観たものだ。
僕の中での『きょうの…』との違いを言えば、物語に違和感
がなかったことかな。物語的には本作の方が奇抜なところも
あるのだが、お話としてこの方が納得できる感じがした。若
者のモラトリアムという点では、僕も大人の目で観るように
なったのかも知れない。
正直、最近の若者というのは特に付き合いもないし、よくは
判らないものだが、これはこれでありそうな話という感じの
ものだ。それに登場する俳優たちの演技も、最近よく観る顔
ぶれのせいか、何となく親しみもあって良い感じだった。
それに、映画の中で主人公の1人が挙げる一番好きな映画の
題名が…。これは原作にもあるものなのだろうか。

『Dr.パルナサスの鏡』
        “The Imaginarium of Doctor Parnassus”
『未来世紀ブラジル』などのテリー・ギリアム監督による最
新作。
主演のヒース・レジャーが撮影半ばで急死したことから、一
時は完成の危ぶまれた作品を、ジョニー・デップ、コリン・
ファレル、ジュード・ロウの協力により、それぞれがその役
柄を引き継いで作り挙げた。
物語の中心は、人間の心の中の欲望を具現化してみせる装置
「イマジナリウム」。その装置を操る博士は悪魔との契約で
その装置を使い人間を「獲得」しなければならないのだが、
現代のロンドンには不似合いな馬車で引かれた装置にはなか
なか人も集まらない。
そんなとき、橋から吊るされていた1人の男が博士たちの一
座に救われ、その男トニーの活躍で人間の「獲得」にも目処
が付き始めるが…
この現実世界でのトニーをレジャーが演じて、装置の中での
それぞれの人物の願望によるトニーの姿を、デップ、ファレ
ル、ロウが演じて行く。それは物語上での違和感はないもの
だったが、一々顔が変ったことを強調するのはちょっと意識
し過ぎかな。まあそれも仕方はないが。

そしてその装置の中では、それぞれの人間の願望に従った異
様な世界が展開される。それはその願望の主が子供であれば
子供なりだが、それが熟年の女性であったりすると…そこか
らが『バロン』なども髣髴とさせるギリアムワールドの展開
となって行く。
いやそれ以前に、薄暗いロンドンの街角に登場する4頭立て
の馬車に載せられた巨大なイマジナリウムの舞台装置が、す
でにギリアムワールドそのものにもなっているものだ。
因に脚本は、『未来世紀…』『バロン』以来となるチャール
ズ・マッケオンとの共同で執筆されたオリジナル。そこには
いろいろなことが思い通りに行かない監督自身の心情が、ク
リストファー・プラマー演じる博士に投影されているとも言
われている。
共演は、イタリア・ヴォーグ誌などのトップモデルでもある
リリー・コール、『ブーリン家の姉妹』などのアンドリュー
・ガーフィールド、『オースティン・パワーズ』のミニ・ミ
ー役で有名なヴァーン・トロイヤー、『フィッシャー・キン
グ』にも出演した作曲家歌手のトム・ウェイツ。少々癖のあ
る顔ぶれが作品を支えている。
製作時の経緯が作品の宣伝にもなるだろうが、それ以上に本
作は完成された作品自体が、ギリアム監督のファンには最高
の贈り物と言えるものだ。

『抱擁のかけら』“Los arrazos rotos”
2003年2月紹介『トーク・トゥ・ハー』などのペドロ・アル
モドヴァル監督による2007年2月紹介『ボルベール<帰郷>』
以来の新作。
主人公のマテオは元映画監督。しかしある事情から盲目とな
り、その後はペンネームだったハリー・ケインを名告ってい
る。そんな主人公の許に、映画監督志望の若者が訪れること
から物語は動き始める。
その若者はある富豪の息子で、その富豪と主人公には因縁が
あった。そして物語は、主人公の身の回りの面倒を見ている
女性マネージャーと、マネージャーの息子の青年も巻き込ん
で、主人公の挫折の原因となった物語を語って行く。
アルモドヴァル監督の作品では、自分の住んでいるのとは違
った世界で、自分の人生ともかけ離れた物語が展開される。
だからその物語は、自分を部外者に置いてゆっくりと楽しむ
ことができるし、お話をお話として堪能できるものだ。
因に本作は、監督が旅行先で何気なく撮った写真に、撮影時
には気付かなかった抱擁する男女が写っていたことから、想
像の翼を拡げて作り出したとのこと。正にフィクションとい
う感じ物語が繰り広げられる。
その物語で主人公の映画監督は、彼の作品に主演した1人の
女性に恋をするのだが、その恋は現在の彼の生活には繋がっ
ていない。その事情が徐々に明らかにされて行くものだ。
出演は、『ボルベール』でオスカー候補になったペネロペ・
クルス、同監督の『バッド・エデュケーション』に出演のル
イス・オマール、『ボルベール』や『アラトリステ』のブラ
ンカ・ポルティージョ。
『ボルベール』の来日記者会見のとき監督は、「ペネロペは
満点に近い素晴らしい女優だが、唯一の欠点はおしりが小さ
いこと。撮影ではパッドを入れさせた」と語っていたが、本
作の彼女の後ろ姿を観ていてそれを思い出した。
先にも書いたように、アルモドヴァル監督の作品は自分の生
活とはかけ離れているから、この作品で涙を流すような感動
が得られるものではないし、見終って「ああそうですか…」
という程度のものだ、でもこれが映画の面白さだし、それを
堪能できる作品だ。
なお本作の劇中では、主人公と青年がヴァンパイア映画の構
想を語るシーンがあったが、それは監督の今後の構想の中に
あるのかな。それから主人公の書斎の棚に並ぶロボットのお
もちゃにも興味を魅かれた。

『作戦 The Scam』“작전”
テレビの『冬のソナタ』にも出演していたパク・ヨンハ主演
で、オンライントレードなど「株」取り引きの現状を描いた
韓国映画初と言われる作品。
株取り引きで全財産を失った主人公は、一度は漢江に架かる
橋にも佇むが…そこから株を勉強し直しデイトレーダーとし
て復活する。そして、とある株の値動きに着目して大儲けす
るのだが、それは元暴力団の経済やくざが仕掛けた「作戦」
を妨害するものだった。
こうしてその経済やくざに目を付けられた主人公は、彼らに
脅されながらその作戦に加担して行くことになる。そこには
過酷な弱肉強食の闘争が待ち構えていた。しかも奴らは、作
戦が終了したら秘密を知る彼を消すことが必至だった。とい
う究極の状況から、主人公が如何に抜け出すかというお話。
この種の経済活動を背景にした映画作品では、1983年のジョ
ン・ランディス監督、ダン・エイクロイド、エディ・マーフ
ィ、ジェイミー・リー・カーティス共演による『大逆転』が
思い出されるが、元々その種の経済活動に興味のない者には
その背景がなかなか判り難いものだ。
それでも、1980年代の話ならそれなりに理解もできたが、最
近のデイトレードの世界となると…。ただし本作で「闇取り
引き」の説明の辺りまでは何とか判ったつもりだったが、最
後の株価の下落の展開は、何故そうなるのか最早ちんぷんか
んぷんだった。
という自分だが、本作は取り敢えず勧善懲悪の話ではあるよ
うだし、最後の場面は株取り引きとは関係なく事件は解決し
ていたようで、その辺は理解もできたし、それなりの満足感
は得られた。
ただまあそこに至るまでの展開が、都合よく大金持ちが現れ
たり、やくざが不必要な殺人を犯してしまったり、正直には
御都合主義な感じもしないではなかった。でも、その辺は僕
が物語の背景をよく理解できていなかったせいもあるのかも
知れない。
共演は、2006年2月紹介『恋の罠』のキム・ミンジョン、今
年5月紹介『セブンデイズ』のパク・ヒスン。まあ人気俳優
の出演作品ではあるし、取り敢えずはファンの人には嬉しい
贈り物というところだろう。
なお本作は11月21日開催される「韓流シネマフェスティバル
2009」で特別上映され、その後の来年1月に日本公開も予定
されている。

『バニッシング・ポイント』“Vanishing Point”
1971年公開、その一見不条理とも言える展開で、『イージー
・ライダー』などに続くアメリカン・ニューシネマの70年代
を代表する1本とも呼ばれた作品。その作品が、当時日本公
開されたUS版より7分長いUK版でHDリマスタリングさ
れ、DVD発売されるのを記念した試写会が行われた。
コロラド州デンヴァーからカリフォルニア州サンフランシス
コまでを15時間で走り切ろうとする男。その爆走を威信に賭
けて止めようとする各州の地元警察。そして、その男の行動
に反体制の匂いを嗅ぎ放送を通じて支援する盲目のDJ。
そんな1人の男の行動が巻き起こす、当時のアメリカの国情
も反映した様々な出来事が、オール現地ロケーションによる
鮮烈な映像と強烈なロックミュージックで綴られる。
僕は、日本公開当時に確か昭和通りにあったビルの試写室で
観せて貰ったが、正直に言って当時は意味がよく判らず、そ
れでもある種の不条理劇と理解して評価をしていたものだ。
その評価は、今回のプレス資料の中にも不条理という言葉が
見えるから、恐らく一般的にもそうだったのだろう。
そんな作品を今観直してみると、確かに男の行動にはその理
由などは明確にされないが、それでも男の行動には不条理で
はない何かを感じてしまう。それは何と言うか、世間も不条
理になった今の状況だから理解できるものかも知れず、ある
意味世間がこの作品に追い付いたとも言えそうだ。
脚本はキューバ出身の作家でもあったギレルモ・カブレラ・
インファンテ。監督はテレビで『アイ・スパイ』などを手掛
け、後に『クライシス2050』などという珍品も撮る(公開は
アラン・スミシー名義)、リチャード・C・サラフィアン。
出演は、主人公を演じるバリー・ニューマンの他に、『頭上
の敵機』で1949年のオスカー助演賞を受賞したディー・ジャ
ガーらが共演している。
さらに今回のDVD化はUK版とのことで、当時のUS版で
カットされたシャーロット・ランプリングの登場シーンが復
活されている。ただし、このシーンは物語をさらに不条理な
ものにしてしまいそうだ。
なお、映画の後半に出てくる地図で大写しになる地名が昔観
たときは謎だったが、今回は哀愁に感じられた。



2009年11月08日(日) かいじゅうたちのいるところ、誰がため、ウディ・アレンの夢と犯罪、泣きながら生きて+製作ニュース

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『かいじゅうたちのいるところ』
             “Where the Wild Things Are”
1963年の初版以来、全世界で2000万部以上が発行されたと言
われるモーリス・センダック原作の名作絵本を、『マルコヴ
ィッチの穴』『アダプテーション』などのスパイク・ジョー
ンズが自らの脚色・監督で映画化した作品。製作は、俳優の
トム・ハンクスが製作業に乗り出して最初に企画した作品の
1本であり、以来12年を掛けて夢を実現したとのことだ。
母子家庭に暮らしながら、姉や母親からも疎まれていると感
じていた少年が、ある夜、狼の着ぐるみ形のパジャマのまま
家を飛び出し、海を超えて不思議な島にやってくる。そこは
キャロルとその仲間の怪獣たちが暮らしている島だった。
そこで主人公は怪獣たちに仲間入りするのだが、恋人のKW
に去られて間のないキャロルは荒れ気味で自分たちの住処を
壊してばかり、そんな中で王様と名告ってしまった主人公は
何とか怪獣たちを纏めていこうとする…
お互いの痛みを分かち合ってこそ判り合える本当の仲間。し
かしその痛みを本当に分かち合わなければいけない相手は誰
なのか。1970年代以降、常に児童向け図書のベストセラーリ
ストを飾り続けている名作がついに映像化された。
出演は、1年以上を掛けたオーディションで見いだされ、本
作で主役デビューするマックス・レコーズ。明るさの中にも
憂いを秘めた撮影時9歳の少年俳優の演技は、見事にこの作
品をリードしている。
その他の人間の配役は、主人公の母親役に『マルコヴィッチ
の穴』でオスカー候補になった『路上のソリスト』などのキ
ャサリン・キーナー。また母親の恋人役で『ゾディアック』
などのマーク・ラファロも共演している。
一方、怪獣の声優では、『サブウェイ123』などのジェイ
ムズ・ガンドルフィーニがキャロルを演じる他、『アダプテ
ーション』でオスカー受賞のクリス・クーパー、『ラストキ
ング・オブ・スコットランド』で受賞のフォレスト・ウィテ
ィカー。
さらに、テレビシリーズ“Six Feet Under”のローレン・ア
ンブローズ、『ペネロピ』などの出演や『ナイトメア・ビフ
ォー・クリスマス』などの声優も務めるキャサリン・オハラ
らが、個性豊かな怪獣たちの声を当てている。
そしてその怪獣の姿は、3頭身で巨大な顔を持つ奴や山羊型
など様々だが、主には着ぐるみで撮影されていると思われ、
さらにそこに口の動きなど顔の表情がCGIで合成されて、
それは見事な怪獣たちの再現となっていた。
童心に帰るのではなく、子供の頃の心をもう一度取り戻して
自分を見つめ直すために、大人にも観て貰いたい作品だ。

『誰がため』“Flammen og Citronen”
1940年4月9日ナチスドイツに侵略占領されたデンマーク、
その占領下の小国の1944年の出来事を描いた作品。
占領されたものの在来政府による統治権は認められたため、
デンマークはドイツの属国のような扱いとなる。このため当
初は政府の手でユダヤ人も保護されるなど、国民の日常生活
はあまり変わらなかった。
しかし戦局の変化によって徐々に暗い影は落ち始め、1943年
には続発するサボタージュへの対抗策として占領ドイツ軍が
戒厳令を発動。さらにデンマーク陸海軍のドイツ軍への引き
渡しなどが求められてデンマーク政府は崩壊してしまう。
その一方でデンマークの地下組織は1940年からレジスタンス
行動を開始。1943年には崩壊した政府に代って「デンマーク
自由評議会」が設立される。その地下政府は連合国の一員と
しても認められ、武器供与も受けるようになる。
そんな頃の物語。主人公はフレメン(炎)とシトロン(檸檬)の
コードネームを持つ2人の男。彼らはレジスタンス組織に所
属し、連合国側からの情報に従ってナチスの要人やナチスに
加担するデンマーク人売国奴の暗殺を実行していた。
その成果は絶大で、彼らにはナチスから高額の懸賞金が掛け
られ、その行動は日増しに危険の度を高めて行く。しかし愛
国心に満ち溢れる2人は、危険も顧みず任務を遂行していっ
た。そしてフレメンには女性諜報員の恋人もできるが…
そんなある日のこと、指令に従って要人暗殺に向かった2人
は、その標的の取った態度に疑問を感じ始める。またフレメ
ンの恋人が2重スパイと指摘される。その一方で指令を発し
た人物が、実は連合国側からの指示のない暗殺も指令してい
た疑いが強まってくる。
果たして2人の犯した殺人は、彼らの信じる正義だったのか
…強まる疑念の中、彼らの信念が試されて行く。

日本における第2次大戦はただの侵略戦争だったから、中国
や朝鮮の人にとって日本人は侵略者でしかなかったが、ヨー
ロッパではナチスが政治理念であるために、侵略された各国
にもナチスの信奉者が現れるなど様相は複雑だった。
そんな複雑さが背景の物語ではあるし、またデンマーク政府
が現在も当時の捜査資料を非公開としているために、事件の
全貌は未だに明らかではないようだ。ただし、戦後2人には
アメリカ政府から「自由勲章」が贈られるなど、その栄誉は
称えられているものだ。
つまり、彼らは国民の英雄ではあるが、行ったことは殺人。
でも、そこが戦場だと考えれば殺人も認められて栄誉が称え
られるのか…。何とも哀しい物語だ。

『ウディ・アレンの夢と犯罪』“Cassandra's Dream”
今年3月に2008年の『それでも恋するバルセロナ』を紹介し
たウディ・アレン監督による2007年の作品。
因にアレン監督は、以前から1年1作のペースをほぼ完璧に
守っており、その2009年度分は“Whatever Works”という作
品が海外ではすでに公開済で、2010年公開予定の作品も撮影
完了しているとのことだ。
そして本作は、2006年6月に紹介した『マッチ・ポイント』
で始まったロンドン3部作の締め括りとされているもので、
実は3部作2作目の“Scoop”は観せて貰っていないが、い
ずれも、ちょっとした出来心が招く重大な犯罪が描かれてい
たようだ。
本作の主人公は、ロンドンに住む兄弟。頭も顔も良いとされ
る兄は父親の経営するレストランを手伝っているが、本人は
もっと大きな仕事をしたいと夢見ている。それでもそれなり
に堅実に人生を歩んでいたが、ある日1人の女性と出会って
しまう。
一方の弟は、元サッカー選手で現在は自動車の修理工をして
いるが、ちょっとアルコールとギャンブルの依存症で、ギャ
ンブルでは時々大当たりを出したりもしている。しかし結婚
を控えて自宅購入資金のために大きな勝負に打って出て…
こんな2人が、最初は「カサンドラの夢」と命名した小さな
ボートを購入するところから、やがて重大な犯罪に巻き込ま
れ、徐々に人生の転換を迫られて行く。
まあ、ほとんどの観客は、自分はそんなことにはならないと
信じて観ていることになると思うが、何処かで一歩を踏み外
すとこんな事態にならないとも言い切れない。そんな人生の
転換期が、ユーモアと皮肉を込めて描かれる。
『…バルセロナ』の喧噪とも言える台詞やナレーションの氾
濫に比べると、本作の物語は淡々と進むが、行われているこ
とは重大。しかしそれが実に巧みに主人公たちを誘導し、そ
うしなければいけないように仕向けられてしまう。
この作品を観ていると、アレンには詐欺師の才能があるなと
も思えてくる。それくらい言葉巧みに物語が進められて行く
ものだ。出演者は、兄弟役にユアン・マクレガーとコリン・
ファレルが扮する他、トム・ウィルキンスンらイギリスの俳
優たちで固められているようだ。

『泣きながら生きて』
2006年11月3日にオンエアされたフジテレビ製作のドキュメ
ンタリー番組を放送後3年を経て劇場公開するという作品。
一般的にテレビ番組を改めて劇場で公開する場合には、製作
者が当初からその認識の許で番組を製作していない限り、隣
接する権利関係のクリアなどがかなり困難なようだ。本作の
状況がどんなものだったかは知らないが、それを1人の大学
生の熱意で実現に漕ぎ着けたとのことで、試写会ではその挨
拶から行われた。
作品の内容は、1人の中国人男性の15年に亘る日本での生活
を追ったもの。しかも取材はその来日7年目から最後まで、
ほぼ10年間の記録が500時間以上のテープに納められ、そこ
から約1時間50分に纏められているものだ。
その男性は1950年頃の生まれのようだ。上海に出身だが両親
には学歴がなく、本人は大学進学を目指したが、折りからの
文化大革命の下放政策で中国の農村でも最も貧しい地域に送
られる。しかしそこで同じ上海出身の女性と巡り合い結婚。
やがて文化大革命が終って上海に戻るが、勉強したい時期に
学業をすることの出来なかった男性は、学歴もなく技術も知
識もないままでは将来もおぼつかないことになる。そこで彼
が目にしたのが日本にある中国人向けの日本語学校のパンフ
レットだった。
そこで彼は、中国では夫婦が15年掛けて稼ぐ金額と言われる
42万円の渡航費用を親戚に頼み歩いた借金で工面し、日本で
学業をしながら働いて借金を返し、行く行くは日本の大学に
進学したいと夢見て上海空港を旅立つのだが…
着いたところは北海道阿寒町の番外地。雄別炭坑の閉山で過
疎の悩む町が1000万円の町予算も注ぎ込み国の認可も受けて
誘致した学校は、近くに働く場所もない山奥に建っていた。
そしてこのままでは埒が開かないと判断した男性は、密かに
脱出して不法滞在者となって行く。
それから15年に亘る彼の苦難の人生が描かれるが、その間の
唯一の支えとなるのは、上海に残してきた1人娘を海外の著
名大学に留学させること。そのため彼は風呂もない木造アパ
ートに暮らしながら稼いだ金のほとんどを上海に送金する。
一方、上海にいる妻は、自らも縫製工場で働き、夫からの送
金には手を着けていない。そして来日から7年、手紙のやり
とりはあるが顔も見ることもできなかった母子の許へ、取材
陣が東京で撮影されたヴィデオを持参する。
不法滞在者だから、何があっても目的を達するまでは日本を
出ることが出来ない。それは、家族が訪ねてきたときにも、
身分証明を求められる成田空港への出迎え見送りもできない
厳しさだ。
もちろんこの物語の背景には、文化大革命という特殊な状況
がある。だから僕らの世代ではまずその点に頭が行ってしま
う。しかし、今回上映を企画した大学生は、もっと純粋に父
親が娘に掛ける思いを感じ取ったようだ。
それはそれで素晴らしいことだし、今の時代にはそんな感じ
でこそ観てもらいたい作品とも言えるものだ。
        *         *
 久しぶりの製作ニュースは、シリーズの話題を4つほど。
 まずは、1979年に第1作、その後1981年、85年と製作され
た終末世界を舞台にしたアクションシリーズ“Mad Max”の
第4作が本格的に動き出している。
 この計画については、2007年11月1日付第146回でも報告
したが、元々は2003年頃から計画(2003年1月1日付第30回
参照)されていたものだった。しかしこの時には、撮影地に
予定されていた南部アフリカのナミビアが中東紛争の激化な
どの煽りを受けて保安上危険と判断され、撮影準備に着手さ
れながら断念という結果になっていた。
 その計画が復活してきたものだが、今回は主演に『ブラッ
クホーク・ダウン』などのイギリス人俳優トム・ハーディ、
そしてヒロイン役にシャーリズ・セロンが契約されて、来年
8月にオーストラリアはニュー・サウスウェールズでの撮影
が予定されている。
 因に、主演のハーディは、2002年の『スター・トレック/
ネメシス』で敵役などを演じた俳優だが、1977年生まれです
でに32歳。前の主演のメル・ギブスンが21歳で第1作に登場
し、第3作に27歳で出演した頃よりさらに年長な訳で、彼が
マックスを演じるのであれば、前作より後の時代の物語が作
られることになりそうだ。ただし、本作の脚本も執筆してい
る監督のジョージ・ミラーは、ギブスンの出演について質問
されて、「それはメルかも知れないし、それ以外の誰かかも
知れない」と、微妙な発言をしていたようだ。
 とは言え、第1作からは30年、第3作からでも4半世紀が
経過して、第1作の頃は石油の枯渇が大問題だった時代は変
化しているし、この時代にどのような終末世界が描かれるか
にも興味が募るところだ。
 なお、今回の記事を書くため情報を整理していたところ、
セロンの次回作はディメンションの製作で2008年2月1日付
第152回などで紹介したやはり終末世界物の“The Road”、
一方、ハーディの次回作は“Warrior”というのだそうで、
これらを合わせると“The Road Warrior”(『マッド・マッ
クス2』のアメリカ公開題名)になるのも面白いところだ。
因に本作には“Fury Road”という副題が付けられている。
 ところで本作の配給に関しては、一時はフォックスが行う
との発表もあったが、今回の発表ではミラー監督が本拠を置
いているワーナーになっており、以前のシリーズ作と同様に
行われることになるようだ。また、以前に本作と一緒に発表
されていたCGIアニメーションの続編“Happy Feet 2”に
ついては、同じくワーナーから2011年11月18日の全米公開が
セットされている。
 そこで本作の撮影開始が来年8月ということは、ポストプ
ロダクションなどに1年掛けたとしても、2011年夏の公開は
実現できる。本作の公開はアニメ作品の前にするか後になる
か、いずれにしてもその頃には観られそうだ。
        *         *
 続いては、第1作は1997年、2002年に第2作が製作された
地球上にはすでに異星人が侵入しているとするSFコメディ
“Men in Black”の第3作が計画されている。
 元々はマリブ・コミックスから発表されていたアメコミを
原作とするこのシリーズは、1995年『バッド・ボーイズ』、
1996年の『インディペンデンス・デイ』と実績を積んできた
ウィル・スミスが、正にその映画スターとしての人気を確定
した作品とも言えるものだ。
 それはまた共演のトミー・リー・ジョーンズについても、
それまではどちらかと言うと渋い感じの俳優からコメディも
出来る新たなスターの道を拓いたと言えるのかも知れない。
特に最近日本で流れている缶コーヒーのCMは、このシリー
ズなしには考えも付かないものだっただろう。
 そんな2人の主演で製作された第1作は、それまでのコロ
ムビア映画の稼ぎ頭だった『ゴーストバスターズ』を抜き、
2002年『スパイダー・マン』が公開されるまでその座を守り
続けたものだ。そしてその後は、テレビのアニメシリーズや
ヴィデオゲーム、またテーマパークでのアトラクションなど
にも発展した後、第2作が製作された。
 というシリーズの第3作だが、その計画としてまずは脚本
家に、昨年公開の『トロピック・サンダー』が大ヒットを記
録したイーサン・コーエンの起用が発表されている。脚本家
の前作は、登場キャラクターの設定などもかなり強烈なコメ
ディだったが、その一方で描かれる物語にも、かなり凝った
設定や展開が楽しめたもので、その点では“MiB”の新作に
は好適な人材と言えそうだ。
 ただしこの計画には、スミスもジョーンズも未だ参加を表
明しておらず、一方、前2作ではバリー・ソネンフェルドが
担当した監督についてもコロムビア側はしっかりと口を閉ざ
しているとのことだ。従って、本作が前2作と同じ顔ぶれで
映画化出来るものかどうかも流動的だが、そんな時点での今
回の発表となっているもので、それが顔ぶれが揃うというコ
ロムビアの自信なのか、はたまた最初からそれは諦めている
のかも定かではないものだ。
 因にアメリカの映画データベースによると、ジョーンズに
は計画進行中の企画が2本、ソネンフェルド監督には7本、
さらにスミスにはそれが25本もあるもので、その中に割り込
むのも容易ではなさそうだ。
 なおコロムビアのシリーズ作品では、すでに紹介している
ように“Spider-Man 4”が、2011年5月6日の全米公開日で
来年撮影が開始される他、2006年6月1日付第112回で紹介
した“Ghostbusters”の第3作についても、新たにハロルド
・ライミス監督の許、今年6月全米公開された“Year One”
などの脚本家コンビ=リー・アイゼンバーグとジーン・スタ
ピニツキーが契約して、現代版の脚本が作られることになっ
たようだ。
 つまりコロムビアでは、歴代稼ぎ頭のシリーズにそれぞれ
続編の計画が進められているもので、これらが2011年以降毎
年登場したら、これはかなり強力な布陣となりそうだ。
        *         *
 お次は、シリーズなら3作目だが、今回は第1作のリメイ
クという計画で、今年6月21日付でも紹介したロボット作品
“Short Circuit”の監督に、2003年10月紹介の『チャーリ
ーと14人のキッズ』などを手掛けたスティーヴ・カーの起用
が発表されている。
 オリジナルは1986年と88年に公開されたもので、その第1
作では軍用に開発された高度の適応能力を持つロボットが、
落雷の影響で回路に短絡(Short Circuit)を引き起こし、
それがどう作用したのか機械なのに心を持ってしまう…とい
うもの。そして偶然街に飛び出したロボットは、とある家で
百科事典を読破するなど人類に関する知識を蓄え、徐々に人
間の世界に溶け込んで行くのだが、当然軍からは追われるこ
とになり…
 1986年の第1作はこういう展開だったが、今回リメイクで
それを21世紀を舞台にするとどうなるか…というところだ。
なお脚本は、前回も紹介したように“Robot Chicken”とい
う作品も手掛けるダン・ミラノが担当。またロボットのデザ
インは、シド・ミードが手掛けたオリジナルのものがそのま
ま使われるとのことだ。
 ところで、オリジナルの2作に出演し、第2作では主演も
務めたフィッシャー・スティーヴンスという俳優のことは、
2007年2月に紹介した『ダウト』などでも報告しているが、
その彼が、今年の東京国際映画祭で追加上映とされた“The
Cove”(10月20日付で紹介)の製作にも名を連ねていること
を発見した。だからどうと言うことではないが、いろいろ頑
張っているようなので付記しておく。
 またスティーヴンスは、昨年、北村龍平監督がハリウッド
デビューを飾った“The Midnight Meat Train”の製作総指
揮も務めていたようだ。
        *         *
 最後に、今年シリーズ第4作が製作されて復活したばかり
の“Terminator”の製作会社ハルシオンが倒産し、同シリー
ズの映画化権、テレビ化権、商品化権を含めた権利のオーク
ションが来年1月に開催されることになった。
 因に第4作の“Terminator Salvation”は、製作費に2億
ドル掛かったものの全世界からの配給収入は3億7100万ドル
あったとのこと。しかしそれでも会社の危機は救えなかった
ようだ。ということで権利のオークションとなった訳だが、
これでしっかりした売却先が決まれば、少なくとも後2作は
ある続編の製作も直ちに行えることになるそうだ。
 なお、売却金額には7000万ドル程度が期待されているとの
ことだが、同社がマリオ・カサールから買い取ったときの金
額は3000万ドルだったそうで、この権利は最後まで利益をも
たらしてくれるようだ。



2009年11月01日(日) クリスマス・キャロル、理想の彼氏、THIS IS IT、釣りバカ日誌20、キャピタリズム、いぬばか、ジュリー&ジュリア、2012

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『Disney's クリスマス・キャロル』
             “Disney's Christmas Carol”
過去に50回以上も映像化されていると言われるチャールズ・
ディケンズの古典クリスマスストーリーから、今回は『バッ
ク・トゥ・ザ・フューチャー』などのロバート・ゼメキスが
脚色・監督した作品。
物語は原作通りのクリスマス・イヴの出来事、人嫌いで強欲
な守銭奴スクルージの許へ、先に亡くなった共同経営者の導
きで3人のクリスマスの精霊が現れる。その3人はスクルー
ジに過去・現在・未来の彼の姿を見せ付け、それによって冷
たかった彼の心が溶けて行く…というもの。
この物語を今回は、ゼメキス監督が『ポーラー・エクスプレ
ス』や『ベオウルフ』などで培ったパフォーマンス・キャプ
チャーの技術を駆使し、ジム・キャリー、ゲイリー・オール
ドマン、コリン・ファース、ロビン・ライト・ペン、ボブ・
ホスキンスらの出演を得て映像化している。
俳優を、声優だけでなくその演技も取り込んでCGIアニメ
ーション化するパフォーマンス・キャプチャーでは、俳優は
いろいろな役柄に挑戦できるが、今回のキャリーは、高齢の
スクルージの他、各年代のスクルージと、3人の精霊も1人
で演じている。
そしてパフォーマンス・キャプチャーでは、先行の2作品も
3Dの映像が話題を呼んだものだが、今回は特にその映像が
見事に計算されているものだ。
中でも、巻頭少し後のロンドンの町中を縦横無尽に動いて行
く映像はその立体感も素晴らしいもので、無理に何かが飛び
出してくるようなことをしなくても、3Dが堪能できること
が証明されていた。さすが3Dでは一日の長という感じだ。
さらにプロローグでは、原作の挿絵がそのまま膨らんで3D
の映像になるなど、その演出効果も存分に楽しめた。
ただ物語の展開は、原作が常識であることが前提なのか、か
なり端折り気味で、この映画だけではスクルージの心変わり
が充分に描かれているかどうか多少不安になる。でもまあ、
それを補って余りある映像が展開される作品であることは確
かだろう。

クリスマスには最高のプレゼントという感じの作品だ。

『理想の彼氏』“The Rebound”
2人の子持ちで40歳の女性と、24歳でフリーターの男性との
ラヴストーリーを描いた作品。
普通に考えてこのような2人が恋に落ちることは少ないと思
えるが、そんな奇跡の恋物語が見事に描かれる。しかも、そ
の恋愛感情は主に精神的なものであり、そんな精神面が徐々
に進展して行く物語が丁寧に描かれている。
日本映画でもこのような、いわゆる道ならぬ恋の物語は時々
見かけるが、その2人が一体互いのどこを好きでそうなった
のか、理解できないことが多い。その「そうなってしまった
のだから仕方ないだろう」的ないい加減さには、いつも辟易
していたものだ。
それが本作では、実に見事に2人の互いを必要としている心
理が描かれているし、そこに至るまでの経緯も、それは偶然
に掛かる部分もありはするが、実に自然に物語が進展して行
くものだ。
主人公の女性は、サンフランシスコに住んでいたが夫の浮気
を確認してしまい2人の子供を連れてニューヨークにやって
くる。そして彼女は新しい人生を男に頼らず生きて行こうと
心に決めていた。
一方の男性は、24歳になっても親掛かり、コーヒーショップ
の店員をしながら、その店の2階にあるアパートの管理も任
されていたが、そこに彼女と2人の子供が引っ越してくる。
そして最初は、彼女が就活中に子供の世話などを頼まれるの
だが。
この男女を、『シカゴ』でオスカー受賞のキャサリン・ゼタ
=ジョーンズと、『ナショナル・トレジャー』ではニコラス
・ケイジとダイアン・クルガーに振り回される役柄のジャス
ティン・バーサが演じている。
また、1980年代の人気テレビ番組『爆発!デューク』に主演
のジョン・シュナイダーがカメオ的に出演している他、ケリ
ー・グールドとアンドリュー・チェリーという2人の子役が
見事な演技を見せてくれる。脚本と監督は、日本には初お目
見えのバート・フレインドリッチ。
女性はキャリアウーマンとしての立場を築いて行き、男性は
親離れができない。これでは2人の恋が実るはずもない。そ
んな2人がそれでも互いの関係を認め合い、お互いを不可欠
なものと認識して行く。その展開が見事に描かれた作品だっ
た。

『THIS IS IT』“This Is It”
今年6月に急逝したマイクル・ジャクスンが、今年の夏に予
定されていたワールドツアーに向けて準備していたライヴス
テージのリハーサルの模様を撮影したドキュメンタリー。
ショウそのものの演出を担当していた『ハイスクール・ミュ
ージカル』などのケニー・オルテガが、この映画版の監督も
務めており、恐らくはショウの構成に従ってリハーサルでの
パフォーマンスが紹介されて行く。
それは、衣裳こそ着けられてはいないが、正にショウそのも
のが全編を通して再現されているものであり、世界中でその
ショウを待っていたファンにとっては最高で最後の贈り物と
なったものだ。
しかもそこには、マイクルの音楽に対する姿勢やパフォーマ
ンスに関する考え方、さらには共演者に対する気遣いや家族
への思いなども語られる。その一方で、着られなかった衣裳
のデザインやコンサートに使用される予定だった映像なども
紹介され、正にコンサートの全貌が観られるものにもなって
いた。
僕自身はコンサートなどついぞ行ったことのない人間だが、
この作品を観ているとこの衣裳をマイクルが着ている姿を観
たかったなどとも思ってしまったものだ。でもそれは叶わぬ
こと、この作品を最後のプレゼントとして受け取らなくては
ならないのだ。
それにしても、それぞれのパフォーマンスごとに恐らくは何
10本もあったであろう記録映像を丁寧に切り貼りして、それ
ぞれの作品に仕上げている技術は素晴らしいもので、そこに
は画質ごとに別のスタイルにするなど観客の違和感を極力押
さえる工夫もされていた。
また、映画の中では1983年ジョン・ランディス監督で発表さ
れたプロモーションヴィデオの名作“Thriller”を3Dでリ
メイクしている現場も写し出されており、いつかその作品も
観せて貰いたくなったものだ。
なお、本作品はすでに公開されている(試写会は世界一斉の
封切り時刻の6時間前から2回だけ行われた)ものであり、
しかも公開期間が2週間の限定では、ここで紹介する効果が
どれほどあるかにも疑問を感じてしまうところだが、本作を
観たことを自分自身の記録として残しておきたい、そんな気
持ちにもさせてくれる作品だった。

『釣りバカ日誌20/ファイナル』
1988年からほぼ毎年1本ずつのペースで製作され、他に2本
のスペシャル版も公開された人気シリーズの第20話にして最
終話。
このシリーズに関しては、何故か昨年の『19』から試写状
を送って貰えるようになったものだが、それがあっという間
に最終話となってしまった。従って作品には特別な思い入れ
はないが、このようなプログラムピクチャーのシリーズが日
本映画を支えていた時期があったことも考えると、それが失
われることには残念という気持ちはするものだ。
お話は、いつものようにぐうたら営業部員でありながら、勤
務先の会社の創業者会長と昵懇の間柄の主人公が、今回は珍
しくも会社の業績に貢献したり、さらに北海道を舞台に会長
のバックグラウンドにも関る問題を解決する。
そしてそこには北海道での渓流釣りの風景や、その後にはち
ょっと驚くような仕掛けも施されていた。
さらに最終話ということで、映画のエンディングには各々の
登場人物が舞台から三方に向かって頭を下げるグランドフィ
ナーレの様式が取られていたり、それは華やかに締め括られ
ているものだ。
ただまあ、世界不況の現状は避けては通れなかったようで、
それによる社会的な暗い話題も登場してしまうのは致し方な
いものだが、出来たらもっと華やかにフィナーレを飾りたか
った…そんな気持ちは察せられるところだ。

出演は、西田敏行、三国連太郎、浅田美代子、中本賢、奈良
岡朋子、笹野高史らのレギュラー陣に加えて、今回は松坂慶
子、吹石一恵、平田満、角替和枝、六平直政らがゲスト出演
している。
ところで、前作を観ていたときに映画の主題曲が何となく気
になっていたのだが、今回観ていて映画の後半に突然ラテン
の名曲「シェリトリンド」の替え歌が登場してびっくり、主
題曲は正にそれだったようだ。
そしてその曲を中心にミュージカル仕立てになったのも驚き
で、それは極めて泥臭くなるように演出されているのだが、
その洒落気にも驚かされた。それからエンディングの背景に
は、「納竿」という監督の書が登場。最後までしっかりと観
させてくれたものだ。


『キャピタリズム』“Capitalism: A Love Story”
『ボウリング・フォー・コロンバイン』などのマイクル・モ
ーア監督による『シッコ』以来2年ぶりとなる新作。本作で
は2008年9月15日に起きた投資会社リーマン・ブラザーズの
経営破綻を中心に、アメリカが信奉するキャピタリズム(資
本主義)の本質を炙り出す。
アメリカンドリームという言葉に象徴されるように、この国
では金(資本)を持つことが成功の最高の目標とされ、資本
の獲得が全てに優先される。それは経済弱者からの収奪を促
し、貧富の差の拡大を誘導する。
そんなアメリカ社会の現状が、特にブッシュ政権末期に襲っ
たリーマンショックの状況から、オバマ当選までの時間の中
で語られて行く。
そこにはまた、自宅住居を銀行に差し押さえられて路頭に迷
う人々や、知らない間に会社が受取人の生命保険を掛けられ
ていた従業員の話など、日本でも見られそうな状況も多々描
かれているものだ。
実際に僕自身が以前に勤めていた会社では、会社が受取人の
生命保険を掛けられていて、いくら何でもそれは退職したと
きに解約されたと信じたいが、当時僕が死んだらその会社に
保険料が支払われる状況にいた。従って僕自身には、かなり
身に染みる内容で真剣に観ざるを得ない作品だった。
ただしそれをモーア監督は、特にレーガン、ブッシュと続く
共和党政権を標的として皮肉を込めて描いており、そこには
アニメーションなども登場して笑わせてくれている。このた
め僕が鑑賞した試写会では笑い声もかなり挙がっていたが、
手を胸に置いて考えるとあまり笑ってばかりもいられないと
思わせる作品だった。
元々モーア監督は、最初に評判を取った『ロジャー&ミー』
の時から資本主義に対する疑念を追求してきたもので、それ
が再び原点に戻っての本作となっている。そのため本作では
1980年発表の作品との対照も行われているが、状況は変って
いないばかりかさらに悪化しているように観えるのは恐ろし
いところだ。
そしてその疑念が、本作ではオバマ当選によって払拭される
かのように描かれているのも心配なところで、それは日本人
にとっても同様の状況にあるようにも感じられた。

『いぬばか』
2004年に週刊ヤングジャンプで連載が開始され、現在は月刊
で連載が続いている桜木雪弥原作コミックスの映画化で、テ
レビのヴァラエティ番組などに出演しているスザンヌによる
映画初主演作品。
バカが付くほど犬好きの女性が実家には書き置きを残しただ
けで愛犬を連れて上京。ところがその愛犬がいきなり他の犬
に交尾して、交尾された側の飼い主は大慌て。その飼い主は
ペットショップの店長で、彼女はそのペットショップに勤め
ることに…というお話。
何ともまあ安直な展開だが、ただしこの作品には、ペットを
飼うことに対する人間の責任やペットロスの問題なども描か
れていて、それなりに問題意識も持って作られている作品で
はあったようだ。
因に本作の映画化には、日本の動物保護団体では初めてイギ
リス王立動物虐待防止協会の国際会員に認定されたNPO団
体のARKや、科学的な根拠に基づいて犬の訓練を行う専門
団体のD.I.N.G.O.などが協力して100匹以上の犬の出演
が実現しているそうだ。
その犬種は、主人公の愛犬として登場するARKから提供さ
れたミックスの他に、ラブラドールレトリーバー、ゴールデ
ンレトリーバー。さらにチワワ、ポメラニアン、フレンチブ
ルドッグ、芝犬、アフガンハウンドなどが登場している。
一方、人間の共演者は、『仮面ライダーカブト』などの徳山
秀典と、『さまよう刃』などに出演の岡田亮輔。他に宮崎美
子、前田健、赤座美代子、渡辺美奈代らが顔を出している。
上にも書いたようにそれなりの問題意識は持って作られてい
る感じで、その意味では悪い評価は出来ない作品だ。
ただまあ、この手の作品でお笑い芸人をずらずら並べて演技
力の無さを誤魔化すのは、そろそろ止めにして欲しいところ
ではあるが。それもヴァラエティ番組の乗りで作られている
のであれば、それはもう何の文句も付けられない世界になっ
てしまう。
因にスザンヌの演技は、等身大というか、ほとんど地のまま
という感じで、それはヴァラエティ番組の出演時とほとんど
変らないものになっているから、まあそうだと思ってしまえ
ばさほど気にはならなかった。
とは言うものの、彼女を本当に育てたいのであれば、もう少
しは時間を使って演技指導などもして欲しかったものではあ
るが、恐らくテレビの仕事が忙しくてそれどころではないの
だろう。その辺は多少勿体無くも感じられたものだ。

『ジュリー&ジュリア』“Julie & Julia”
アメリカではテレビにも出演して人気者だった料理研究家の
ジュリア・チャイルズ。そのジュリアの料理本に掲載された
500を超えるレシピを1年を掛けて作り続け、その記録を個
人ブログで発表したジュリー・パウエル。そんな2人の女性
の2つの実話に基づく作品。
ジュリアは185cmという長身の女性、40歳を過ぎて結婚した
外交官の夫と共に、夫の赴任先のパリにやってくる。そこで
外交官の妻の暇を持て余したジュリアは、何と名門料理学校
コルドン・ブルーのプロ養成コースに入学、最初は満足に包
丁も使えなかったが、持前の負けん気で猛特訓の末、めきめ
きその腕を挙げる。
そして料理本を執筆中という女性たちと知り合い、夫の赴任
先を転々としながら8年を掛けて原稿を完成。700ページを
超える大作は出版社もなかなか決まらなかったが、それでも
ついに1961年に出版。テレビ番組「ボナペティ」にも出演し
て一躍人気者となる。
そして現代、9/11後のニューヨーク市庁に務めるジュリー
は日々受けるいろいろな市民の苦情に身も心もくたくただっ
たが、そんな彼女の気分転換は料理を作ることだった。そし
て最も落ち込んだある日、彼女はジュリアの料理本を全て実
現する計画を立てる。
このジュリア役にメリル・ストリープが扮し、本人はそれほ
ど長身ではないはずだが、見事に長身で甲高い声の女性を演
じ切っている。そしてジュリー役には、昨年の『ダウト』で
ストリープと共にオスカー候補になったエイミー・アダムス
が再度の共演を果たしている。
物語の発端は1949年、そして2002年。この時代を超えた2つ
の物語が見事にシンクロし、夢や挫折もある物語が展開され
て行く。脚本と監督は、『めぐり逢えたら』などのノーラ・
エフロン。1983年『シルクウッド』でメリルの主演女優と共
にオスカー候補に名を連ねた脚本家が、こちらも再会を果た
しているものだ。
僕自身ホームページは開いているが、僕は他人の反応などあ
まり気にせず勝手に書きたいことを書いている方だ。それで
もたまに自分の名前を検索して良い反応を見つけたりすると
嬉しくもなる。そんな自分もちょっと共感する作品だった。

『2012』“2012”
すでに、15分の特別映像と、前半53分までの物語という2回
もマスコミ向けの上映が行われた作品が、ついにその全貌を
露にした。
物語の発端は2009年。インドの鉱山の地下3000メートルに設
けられたニュートリノの検出施設で、検出用の純水が沸騰を
起こす。それは、今までは物質と反応しなかったニュートリ
ノが、太陽の異状活動で活性化し、地殻を電子レンジのよう
に加熱し始めた証拠だった。
この事態を把握したアメリカ政府に務める研究者の主人公は
直ちにワシントンに戻り、その報告を直接大統領に告げる。
それは地殻が加熱によって流動化し、地球に重大な災害をも
たらすとした予測が現実化したということなのだ。
これに対してアメリカ大統領は、G8サミットの席で通訳も
排除した首脳だけの秘密会議を開き、各国に人類の存亡を賭
けた作戦の遂行を提案する。しかしその事実は、その他の民
間には全く知らされなかった。
こうして発動された秘密計画は、それでも徐々に漏れ始める
のだが…その一方で、挫折したSF作家で妻と2人の子供に
も決められた日にしか会えないもう1人の主人公は、子供と
の面会日に2人を連れて山にキャンプに出掛けるのだが、そ
こで異常な事態を目撃する。
そしてその事態から重大な危機の到来を察知した主人公は、
今では一緒に暮らすことも出来ない家族を救うために、人生
最大の決断をして行くことになる。
『日本沈没』どころか、正しく「地球沈没」といった感じの
物語であり、そこには小松左京の物語と同様に「事実を民衆
に知らせるべきか否か」という葛藤も描かれている。そして
2時間38分の上映時間を掛けて国際政治から個人までのあら
ゆるレヴェルの物語が展開される。
それはまた、過去に作られたありとあらゆるデザスター映画
の集大成のような映像のオンパレードであり、地震、噴火、
津波などの災害が、過去のどの作品もはるかに超える巨大な
スケールで描き出されている。
ただまあ、雲仙の悲劇を知る者には火砕流はそんなに甘いも
のではないと言いたくなるシーンはあるし、これだけの災害
の後ではそうた易く青空は見えないだろうとか、特にマヤ暦
が期限を切っているのに何で手をこまねいていたのかなど、
言いたいことはいろいろあるが…

とやかく言うのは止めにして、とにかく娯楽映画として、映
画館の大スクリーンで観るための入場料が惜しくないと断言
できる作品だ。
主演はジョン・キューザックとキウェテル・イジョフォー。
他に、アマンダ・ピート、ダニー・グローヴァー、オリヴァ
ー・プラット、タンディ・ニュートン、ウッディ・ハレルソ
ンら。どちらかというと渋目の作品歴の並ぶ俳優たちが人類
史上最大の災害に立ち向かって行く。


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井口健二