井口健二のOn the Production
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2009年06月28日(日) ドゥームズデイ、ゴー・ファースト、バスティン・ダウン・ザ・ドア、カムイ外伝、96時間

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ドゥームズデイ』“Doomsday”
正体不明の致死性ウィルスの蔓延によりスコットランド全域
が隔離された近未来(?)のイギリスを描いたパニックアク
ション。
イングランド−スコットランド間の国境線に壁が設けられ、
海上も封鎖されてスコットランド全体が隔離状態にされる。
そして何年かが経ち、人々の記憶からもスコットランドが消
えようとしたとき、重大な事態が起きてスコットランドに調
査隊を送る必要が生じる。
そこに選ばれたのは、隔離の寸前にスコットランドを辛くも
脱出した女性。当時はまだ幼女だった彼女が成長し、特殊部
隊を率いて現地に乗り込むことになる。ところが辿り着いた
場所は、現代文明が途絶した異様な世界だった。
ということで、すでにいろいろな近未来終末物の映画で描か
れて来たようなものも含め、ある種ごった煮状態の不思議な
世界が展開される。そこには少なくとも3本の近未来映画の
影響が観られるようだ。
それにしても、イギリスを舞台にする近未来物というのは何
か不思議なムードが漂う。それは以前にも書いたと思うが、
イギリスSFには終末物の伝統のようなものがあって、その
影響もあるかも知れない。それと、やはりアメリカとは違う
歴史の重みのようなものも感じられるところだ。
因に本作は、アメリカのローグ・ピクチャーズ製作だが、脚
本・監督のニール・マーシャル以下、撮影、美術、編集など
の主要スタッフはイギリス人で固められているものだ。
また俳優にも主にイギリス人が起用されて、主演は『アンダ
ーワールド:ビギンズ』などのローナ・ミトラ。その脇を、
『ロジャー・ラビット』などのボブ・ホスキンス、『ココ・
シャネル』のマルカム・マクダウェルらが固めている。最近
はハリウッドで活躍する彼らも、元は全員がイギリス映画の
出身者だ。
とは言えこの映画では、突然中世の騎士物語風になったり、
あるいは終末世界物風になったり、目まぐるしく情景も変化
する。それはかなりのサーヴィス精神というか、その様々な
雰囲気の世界を観るだけでも充分に楽しめる作品になってい
るものだ。
なお野外シーンの撮影は主に南アフリカで行われているそう
だが、荒涼とした雰囲気が結構様になっていた。

『ゴー・ファースト/潜入捜査官』“Go Fast”
ヨーロッパにおける麻薬捜査の模様を描いた実話に基づくと
されるアクション作品。
主人公はフランス警察の潜入捜査官。宝石強盗団に潜入して
所定の成果を挙げた彼は、次の麻薬捜査では裏方に回らされ
る。ところが撤収の際のミスで同僚刑事が殺害され、無理を
承知で逮捕した連中も、証拠不充分で釈放されてしまう。
そんな彼に麻薬組織への潜入捜査のチャンスが訪れる。その
チャンスに賭けた主人公は、元々得意だった運転技術に磨き
を掛け、さらにその他の特殊な訓練も受けて、前の宝石強盗
事件での逃亡犯という触れ込みで、裏社会へと入って行く。
やがてそんな彼の許へ、スペインからフランスへの麻薬運搬
の仕事が舞い込む。それは、スペインのマラガで大量の麻薬
を積み込んだ車を運転し、斥候と呼ばれる先導車の指示に従
って時速200kmで高速道路を突っ走るというものだった。
そしてスペイン/フランス両警察の監視体制の下、主人公の
運転する車は一路フランスに向け疾走を開始するが…その麻
薬運搬の仕事には、証拠不充分で釈放された刑事殺しの犯人
も関っていた。
『トランスポーター』『TAXi』の両シリーズを展開して
いるリュック・ベッソン率いるヨーロッパ・コープ製作の作
品で、本作でも見事なドライヴィング・テクニックのカーア
クションが描かれる。
ただし今回は実話に基づいているとのことで、フランス警察
に25年勤務する傍ら作家としても活躍しているジャン=マリ
ー・スヴィラが脚本を執筆。さらに、『TAXi』シリーズ
の主演サミー・ナセリの実弟で脚本家・俳優としても知られ
るビビ・ナセリと、製作者のエマニュエル・プロヴォが共同
脚本家として名を連ねている。
一応実話に則してはいるのだろうが、描かれるカーアクショ
ンはかなりのもので、そこには多少の誇張もあるのだろう。
しかもそのカーアクションをCGIなしの、ほとんど実写で
撮影しているのだから、それも強烈な作品だ。カーマニアに
はその車の疾走する姿だけでも充分に堪能できそうだ。
主演はセザール賞に3度ノミネートの実績を持つロシュディ
・ゼム。共演には『息子のまなざし』でカンヌ映画祭男優賞
を受賞のオリヴィエ・グルメなど演技派が顔を揃えている。
その人間ドラマも見所と言える。
因に題名は、麻薬の運搬人を指す警察内の隠語だそうだが、
英語の発音では『ゴー・ファスト』ではないかと思えるとこ
ろだ。ただし本作はフランス映画なので、英語と同じ発音で
はないのかな?
それから、女性の登場人物の1人の首筋に「安」という刺青
があり、実は『トランスポーター3』のヒロインの首筋にも
同じ刺青が認められた。別段同じ人物と言うことでもなさそ
うだが、何か意味があるのだろうか。

『バスティン・ダウン・ザ・ドア』
               “Bustin' Down the Door”
1970年代のハワイ・オアフ島ノースショア。そこに打ち寄せ
る巨大な波を背景に、現在では数100億ドル規模とも言われ
るサーフィン産業を立上げた6人の男たちがいた。そんな男
たちの姿を追ったドキュメンタリー。
彼らはそれぞれが南アフリカやオーストラリアの出身者であ
り、母国のアパルトヘイトによる国際社会からの追放や、家
庭の貧困などの現実を背負って、その海岸に夢を求めて流れ
着いてくる。そこには地元民も恐れる巨大な波が打ち寄せて
いた。
そんな波に彼らは果敢に挑戦して行く。それはやがてサーフ
ィン写真家たちの注目を集めることになり、サーフィン雑誌
のグラビアや表紙を飾り始める。しかしそこには、地元民と
の確執や抗争も避けられなかった。
当時すでにサーフィンのコンテストは開かれていたが、そこ
に参加できる外国人の枠が制限されていたり、さらに地元民
が組織したギャングまがいの連中との流血の事態も繰り広げ
られる。そんな中で彼らはプロサーファーという新たな地位
を作り上げて行く。
1970年代初頭のノースショアには、ヴェトナム戦争の忌避者
やヒッピーなどがたむろし、酒やドラッグなどが大量に消費
される無法地帯だった。そして6人も最初はそれに溺れて行
くのだが、恐らくは地元民との抗争が彼らを目覚めさせる。
もちろんそこには運も味方してくれただろうが、それより自
然が作り出すノースショアの巨大な波に果敢な挑戦を続け、
その技を磨くことが、彼らを新しい世界の次元へと導いて行
くことになる。
そんな世界を変えた男たちの姿が、彼ら自身は元より当時抗
争を繰り広げた地元の連中などへのインタヴューと、当時に
撮影されたサーフィンの映像と共に綴られて行く。
ビーチ・ボーイズの『サーフィン・USA』が1963年。ジョ
ン・ミリウス監督の『ビッグ・ウェンズデー』が1978年。当
時すでにサーフィンは文化ではあったが、まだ産業としては
萌芽であったようだ。
そんな時代に生きた男たちの姿が描かれる。そしてそれはサ
ーフィンだけでなく、もっと広く人間の生き様を描いた作品
でもあった。

『カムイ外伝』
白土三平原作による漫画の実写映画化。同原作からはテレビ
アニメ化はされたことがあるが、実写による映画化は過去に
幾多の監督が試みたが実現していなかったものだそうだ。そ
んな原作の映像化がCGIの採用によって初めて実現した。
物語の舞台は17世紀。忍者の掟を嫌って抜忍となったカムイ
は、追手を逃れて孤島の漁村に暮らす漁師一家の許に身を寄
せる。しかしそこでの平穏な暮らしも束の間、一家やカムイ
本人にも追手が迫って来る。そして海を舞台にした壮大な歴
史絵巻が開幕する。
映画化の元とされた物語は、1982年のビッグコミック誌に連
載された「スガルの島」篇と呼ばれるもので、以前の記者会
見での崔洋一監督の発言によると、この物語を選んだのは話
が独立していることと、長大な原作の中で唯一海が舞台だっ
たからだそうだ。
昔の怪獣特撮映画では海の描写はタブーに近いものがあった
が、CGIのお陰でそれも解消されたようだ。そしてこの映
画には、嵐に翻弄される小船や巨大な渡り衆の船、さらには
フカ狩りの様子など海のシーンがふんだんに登場する。
その映像の完成度は、センスの問題として多少気になるとこ
ろはあったが、概ねよく作られているように観えた。その他
にも映像では、白土の原作に描かれた様々な忍法が巧みに再
現されており、それも楽しめるものになっている。
それに加えて、主演の松山ケンイチを始めとする俳優たちが
演じるアクションシーンも、撮影はかなりハードなものだっ
たようで、ここにもCGIによるサポートはあるものの、し
っかりとしたアクションが演じられているものだ。
共演は、カムイが身を寄せる漁師一家の妻スガル役に小雪、
渡り衆のリーダー不動役に伊藤英明。その他、佐藤浩市、小
林薫、大後寿々花、金井勇太、芦名星、土屋アンナ。そして
香港から『風雲−ストームライダーズ』などのイーキン・チ
ェンが参加している。
脚本は崔監督と宮藤官九郎。実は宮藤の脚本には、僕の中で
は作品によって好き嫌いが激しく分かれるのだが、今回は納
得できるものになっていた。といってもお話は原作通りなの
だろうし、アクションは監督の領分だろうから、後は卒なく
纏めたというところか。
白土原作の背景にある差別の問題なども明確に描き込んでい
るのは、さすが崔監督という感じのところでもあるし、映像
やアクションなど、映画の全体として僕には納得のできる作
品となっていた。
著名な原作に人気スターの主演、後はそれに相応のヒットを
期待したいもの。そして物語の続きも観たくなった。

『96時間』“Taken”
またまたリュック・ベッソン主宰ヨーロッパ・コープ製作の
アクション作品。アカデミー賞スター=リーアム・ニースン
の主演で、ヨーロッパ旅行中に犯罪組織に拉致された娘の救
出を目指す父親の大活躍が描かれる。
主人公は、仕事への没頭を理由に妻から離婚させられた男。
しかし娘への思慕が断ち切れず、天職だった仕事も辞めて娘
と妻の住む町で暮らしている。そんな男には、元の仕事仲間
が仕切る著名人のボディガードの仕事が斡旋され、そこでは
危機に際して絶大な能力を発揮する。
そんな男の娘が旅行中に拉致される。その犯行は人身売買を
目的とした旧東欧の犯罪組織の仕業と判明し、麻薬漬けにさ
れて売春組織に売られるまでのタイムリミットは96時間と判
断される。そして男は現地に向かい、昔の伝を使って犯人を
追いつめる。
実は主人公は元CIAというお話で、その能力や組織を最大
限に活用して一気に犯人たちを攻め立てて行く。元々タイム
リミットがある上に、映画の上映時間も93分という作品だか
ら、間怠っこしいところは一切なしで、強烈なテンポで話が
進んで行く。
それはさらに凶悪な犯罪者相手の攻防ということで手加減も
一切なし。打ちのめすは打ち殺すは…の連続で、それが一種
爽快という感じにまで昇華しているのは大したものと言える
作品だ。
脚本は、ベッソンと、『レオン』以来のコンビのロバート・
マーク・ケイメンが担当。監督には、2002年『トランスポー
ター』などの撮影監督で、2004年『アルティメット』で監督
デビューしたピエール・モレルが起用されている。
共演は、『007ゴールデンアイ』や『X−メン』シリーズ
などのフェムケ・ヤンセン、『ジェーン・オースティンの読
書会』に出ていたマギー・グレイス。他に、デビューシング
ルが全英ヒットチャート1位に輝いたという歌手のホリー・
ヴァランスらが出演している。
自分も年頃の娘を持つ父親として、娘に一旦何かことが起き
たら何でもしたい気持ちはあるが、この主人公のようにはな
かなか行くものではない。確かベッソンにも娘がいたと思う
が、そんな気持ちで脚本を執筆したのかとも思える。僕には
そんな共感も覚える作品だった。



2009年06月21日(日) ドリーム・オブ・ライフ、フラミンゴ/地球の秘密、宇宙へ、吸血少女対少女フランケン、空気人形、バーダー・マインホフ+製作ニュース

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『パティ・スミス:ドリーム・オブ・ライフ』
                   “Dream of Life”
1946年生まれのアーティストで、パンクの女王とも呼ばれた
女性ロッカー=パティ・スミスの半生を追ったドキュメンタ
リー。
主には1995年から11年間に亙って、写真家のスティーヴン・
セブリングが撮影したフィルムを基に、スミスの交流関係や
家族関係などが描かれ、そこに彼女自身の声でいろいろな思
いが綴られて行く。
しかしそこには、盟友だったロバート・メイプルソープや、
マネージメントを担当していた弟トッド・スミス、ギタリス
トの夫フレッド・スミスの死など、実は撮影開始の前に起き
ていた悲しい出来事の陰が色濃く残っている。
そんな中に、劇作家で『ライトスタッフ』などに出演した俳
優でもあるサム・シェパードとの交流を綴ったシーンは、映
画ファンにも興味深いものだ。ここではミュージシャンでも
あるシェパードの音楽への造詣の深さも覗かれて面白い。
その他、アルチュール・ランボー、ウィリアム・ブレイク、
ミッキー・スピレーン、ウィリアム・バロウズ、エドガー・
アラン・ポーなどの詩人や作家への言及や、音楽関係ではボ
ブ・ディラン、マリア・カラス、ビリー・ホリデイらへの思
いを語るシーンも興味深いものがあった。
その一方で、ジョージ・W・ブッシュに対する強烈な批判を
込めた歌詞の曲を歌うシーンや、バグダッド、エルサレムを
訪問しているシーンなどには彼女の政治的な姿勢も明確に描
かれている。
さらに、両親や弟、夫などの家族やメイプルソープについて
思い出を語るシーンや、夫の跡を継いで彼女のバンドでギタ
リストを務める息子を紹介するシーンには、1人の女性や母
親の姿も垣間見せている。
という作品だが、実は映画の中では上記のいろいろな事柄が
実に取り留めもなく描かれている。しかしそれが彼女=パテ
ィ・スミス自身を明確に描き出す。その描き方は見事なもの
だ。1人の人間をここまで見事に描いた作品も珍しいとすら
感じられた。僕は別段彼女のファンでないが、それでもこれ
は楽しめた。
なお映画には、以前に行われたジャパンツアーの様子なども
挿入されていて、日本人にも面白い作品と言えそうだ。

『フラミンゴに隠された地球の秘密』“The Crimson Wing”
ディズニーが「ディズニーネイチャー」という新たなブラン
ドで発表するドキュメンタリー・シリーズの第1作。
ディズニーのドキュメンタリーでは、5月に『モーニング・
ライト』という作品を紹介したが、その時も触れた1950年代
の「自然の冒険」シリーズを髣髴とさせる新シリーズの展開
が始まった。
最初にいつものシンデレラ城がシルエットで登場するが、実
はそれは…。というロゴマークで始まる新シリーズの第1弾
は、アフリカの大地溝地帯に暮らすフラミンゴが主人公。そ
の赤く染まった姿の秘密や、塩湖で暮らす様子が描かれる。
その内容自体は、普段からこの手の作品が好きでテレビなど
でも結構見ている自分としてはあまり目新しいものはなかっ
たが、それらが大画面で観られるのは、鑑賞に集中もできて
嬉しいものだ。特に、赤に染まったフラミンゴの美しさは格
別だった。
なお、日本語版のナレーションは宮崎あおいが担当している
が、優しい口調がお姉さんが弟妹に語り掛ける感じで、特に
子供の観客には好ましい感じがした。因に日本公開は日本語
版のみで行われるようだ。
ディズニーのドキュメンタリーは、以前はドラマティックに
描こうとするあまりの作為的な構成演出が問題にされたこと
もあったが、最近ではドキュメンタリーの全体がそういう傾
向になっているようだ。そんな傾向の中での本作にも多少の
作為はありそうだが、まあそれも許せる程度のものだ。
幼い子供と親子で観るにはちょっと残酷な描写も登場はする
が、それを理解させることも親の役目だろう。逆にそのよう
な衝撃が子供を映画に集中させることにもなりそうだ。
それから、先の『モーニング…』の紹介では、初めて人間を
描いたように書いたが、ディズニーでは1950年代に「民族と
自然」というシリーズも製作して、その中には、“Japan”
“Ama Girls”(後者はアカデミー賞受賞)などの作品もあっ
たようだ。前作は民族ではない人間を描いたという理解にし
ていただきたい。
また、「ディズニーネイチャー」では、この後に昆虫の世界
を描いた“Naked Beauty”という作品が続く他、“American
Cats”“Chimpanzee”“Orangutans”などの作品が予定され
ている。

『宇宙へ。』“Rocket Men”
イギリスBBCがNASAの設立50周年に合わせて製作した
という記録映画。
ただし本作を実質製作したデンジャラス・フィルムスでは、
昨年度ディスカヴァリー・チャンネル向けに“When We Left
Earth: The NASA Missions”という全6回のミニシリーズを
製作しており、本作はその総集篇という面もあるようだ。
NASA50年の歴史の中で撮影された膨大な16mmフィルム。
その中には、栄光の歴史と共に、失敗や挫折、特には事故が
起きた際の人々の生の姿も記録されていた。
NASAの記録映画としては昨年9月『ザ・ムーン』を紹介
しているが、本作はアポロ計画だけでなく、その後のスペー
スシャトルも含めたNASAの全ミッションが描かれる。そ
こにはチャレンジャー、コロムビア両機の事故の模様も含ま
れている。
つまり『ザ・ムーン』にはアポロ1号の悲劇はあるものの、
全体的には栄光の記録がノスタルジーと共に綴られていたの
に対して、本作ではまだ記憶も生々しい現実の衝撃が描かれ
る。その際の呆然とする人々の姿は、観客の胸にも重くのし
かかるものだ。
来年2010年2月に予定される飛行を最後にスペースシャトル
の歴史も幕を閉じようとしている。そんな時に観たこの作品
には、正直に言って自分の中ではまだ充分咀嚼仕切れていな
い部分も残っている。特に、それに追い討ちを掛けるような
最後のナレーションには参った。それは二重否定の構文にな
っているのだが、最初は耳を疑うようなものだった。
製作はイギリスBBC、デンジャラス・フィルムスもイギリ
スの会社で、つまり部外者が冷静に観るとNASAのミッシ
ョンはこういうことなのかも知れない。その意味では元来が
SFファンの僕は、あまり部外者の立場にはなっていないよ
うだ。
なお僕はオリジナルの字幕版で観たが、日本公開ではナレー
ションが日本語に吹き替えられることになっている。そのナ
レーションは「雨上がり決死隊」の宮迫博之が担当するよう
だが、できることなら最後は二重否定では無くして欲しい。
その他、日本語版にはゴスペラーズの主題歌も付くようで、
出来るだけ華やかな作品にしてもらいたいものだ。

『吸血少女対少女フランケン』
漫画家・作家の内田春菊が1991年に「ハロウィン」誌に発表
した『吸血少女』と、1993年に同誌に発表した『少女フラン
ケン』を合体し、『クジラ〜極道の食卓〜』などの脚本家の
友松直之と、映画造形師で『東京残酷警察』の監督も務めた
西村喜廣が新たな発想を加えて脚色、共同監督で作り上げた
スプラッター・ホラー・コメディ。
原作はそれぞれ独立して発表された作品で、対決シーンは描
かれていないそうだが、本作ではそれを尋常でない血糊の量
と共に描き出している。といっても、元々の原作はラヴコメ
だったようで、その要素はしっかりと描かれているのだが…
ちょっと原作だけのファンには厳しいところもあるかも、と
いう作品だ。
共同監督の西村喜廣に関しては昨年8月に『東京…』の紹介
でも書いたが、自ら残酷効果請負人と名告っている人物で、
本作もそれは面目躍如という感じのものだ。血糊や赤色の照
明、さらにはCGIも絡めて大量の血飛沫を見事に表現して
みせている。
お話はとある高校が舞台。そこには現代の高校らしく(?)
ゴスロリやガングロ、リストカッターらが集っている。そん
な中にその少女はいた。彼女は最近の転校生だったが余り目
立つこともなく、普段は居るのか居ないのかも判らないよう
な存在だった。
そして主人公は、その転校生の編入してきたクラスの男子生
徒だったが、2月14日に彼女から小さく包まれた1個のチョ
コレートを手渡される。それはクリームの入ったトリュフの
ようなものだったが、そのクリームにはちょっと不思議な味
がした。
一方、ゴスロリグループのリーダーは教頭の娘でもあったの
だが、理科教師の教頭は文系の教師に頭が上がらない。しか
しその教頭は密かに重大な研究を続けていた。そして転校生
の少女と教頭の娘との間で、主人公を巡る抗争が始まるが…
この転校生をヤンジャン・制コレの出身者で舞台女優として
も活躍している川村ゆきえが演じ、男子生徒を『クジラ』に
も出ていた斎藤工が演じる。一方、教頭の娘役はテレビの特
撮ドラマなどにも出演している乙黒えり、そして教頭役には
津田寛治が扮している。
まあこの顔ぶれだと、斎藤も津田も演技には実績があるし、
また本作では、川村は自らがホラーファン、乙黒はデビュー
が香港映画でカンフーもできるとのこと。それぞれが楽しん
でいる風なのも観ていて気持ちが良かった。
観るまでは多少の不安もあったが、観てからは大満足。西村
監督の名前はこれからも記憶して置いた方が良さそうだ。

『空気人形』
『誰も知らない』などの是枝裕和監督の最新作。本作は今年
度カンヌ映画祭の「ある視点部門」に“Air Doll”の題名で
公式上映された。
題名は、成人の男性なら多分一度は耳にしたことがあるであ
ろうあの人形のことだ。本来の英語では、blow up dollとい
う方が一般的なようだが、孤独な男性の性処理のために作ら
れた人形。その人形に心が宿ったことから始まるファンタス
ティックな物語が展開される。
初めその心は赤ん坊のように無垢で、男を愛することしかで
きないのだが、やがてレンタルヴィデオ店の店員に恋をし、
一緒にアルバイトをしながら少しずつ世間を知って行くよう
になる。そして空気しか入っていない空っぽの心を満たそう
ともがき続ける。
さらに彼女の周囲には、いろいろな意味で心の空っぽな人々
がいて、その人々も心を満たそうともがいている。それは、
現代に生きる人なら誰もが共感できるような切ない物語の集
合体だ。
完成披露試写会の舞台挨拶で監督は、「特にメッセージはな
い」と繰り返していたが、観ていればいろいろな思いが伝わ
ってくる。それは特にメッセージと言うほどのものではない
かも知れないが、現代人の心には沁みるものだ。
人形が空ビンを愛し、特に中にビー玉の入ったラムネのビン
を大事にしているなど、端々に描かれるエピソードが観客の
心にさまざまな思いを形成する。そんな、気が付いたら忘れ
られなくなるようなシーンがいっぱい描かれた作品だ。
原作は、『自虐の詩』などの業田良家による漫画短編集の表
題作。是枝監督はデビュー作を除いては自らの原作によるオ
リジナル作品だけを手掛けてきたが、本原作とは9年前に出
会い、以来映画化を準備してきたのだそうだ。そんな長年の
思いが籠もった作品でもある。
恐らく2度、3度と繰り返し観て行けば、さらにいろいろな
ことに気付くことになるのだろう。そんなことも考えてしま
う奥深い作品のようにも思える。
主演は、韓国女優のペ・ドゥナ。2005年『リンダ・リンダ・
リンダ』以来2度目の日本映画出演作だが、2006年の『グエ
ムル』をちょっと期待外れに感じた僕としては、久しぶりの
彼女の愛らしい姿に感激した。
共演は、是枝作品3度目のARATAと、『ニセ札』などの
板尾創路。他に、富司純子、高橋昌也、オダギリ・ジョーな
どが出演している。

『バーダー・マインホフ/理想の果てに』
            “Der Baader Meinhof Komplex”
1970年代のドイツを震撼させたRAF(Red Army Faction=
ドイツ赤軍)の創始者とされるウルリケ・マインホフとアン
ドレアス・バーダーの姿を追った再現ドラマ。
1967年西ドイツ。シャー・パーレヴィの訪独に反対する学生
デモの最中、その参加者の1人が警察によって射殺される。
しかし大手メディアによるその報道は曖昧を極め、学生たち
の行動は一方的な悪として報じられる。そして、そんな報道
姿勢に疑問を感じた女性ジャーナリストのマインホフは左翼
思想へのシンパシーを高めて行く。
一方、バーダーとグドルン・エンスリンのカップルはヴェト
ナム戦争への抗議行動としてデパートの店舗に放火、逮捕さ
れる。その姿に共感したマインホフは、自ら彼らの脱獄に関
与し、そのグループの一員となる。
ところがその後の彼らの道程は当初の理想とは掛け離れたも
のとなって行く。彼らはまず組織の拡大を目指し、その資金
獲得や逮捕された仲間の救出のために、銀行強盗や誘拐、爆
弾テロ、ハイジャック、そして要人暗殺などの重罪に手を染
めて行くのだ。
「日本赤軍」の場合と同じで、最初は理想に燃えていたはず
の若者たちが、次第に悪事を重ねて行くようになる。それは
その国の左翼運動に冷水をぶち掛けることになり、結果それ
を終焉させてしまう。
何故そのような行動を彼らは取ったのか、それは理想と現実
のギャップを感じ始めたせいなのか。それは僕自身にとって
も長年の疑問だったし、その答えがこの作品にあるのかとも
期待はしたが、所詮は彼ら自身にも理解不能な心の闇のこと
だったようだ。
そんなRAF10年の歴史が綴られる。それは現代史の闇の部
分であったことは確かだが、この映画でもその闇は完全には
晴らされない。映画にはフィクションも含まれているし、謎
は謎のままだ。後は我々自身が考えなくてはいけないことな
のだろう。
出演は、『マーサの幸せのレシピ』などのマルティナ・ケデ
ィック、ウォッシャウスキー兄弟の『スピード・レーサー』
にも出ていたモーリッツ・ブライプトロイ、舞台女優のヨハ
ンナ・ヴォルカレク。
共演者では、『4分間のピアニスト』のハンナ・ヘルツシュ
プルング、『ヒトラー最後の12日間』などのベテラン=ブル
ーノ・ガンツらも登場。若手からベテランまで多数のドイツ
演技陣が結集している。
        *         *
 今回の製作ニュースは、前回積み残したリメイクの話題を
お届けする。
 まずは3月1日付第178回で紹介した“Total Recall”の
リメイクについて、その脚本に2006年『ウルトラヴァイオレ
ット』などのカート・ウィマーの起用が発表された。
 オリジナルは、言うまでもなくフィリップ・K・ディック
原作の映画化だが、実はこのオリジナルの映画化では『エイ
リアン』などダン・オバノンとロナルド・シュセットが原作
のエッセンスのみ使った別のストーリーに仕上げたもので、
従って今回も、原作『追憶売ります』の再映画化ではなく、
1990年の映画“Total Recall”のリメイクとなっている。
 そして今回の映画化では、オリジナル版の現代化を目指す
としているもので、元々未来が舞台の作品に現代化というの
も変な感じだが、取り敢えずはVFXなどに最新の技術を投
入した作品となるようだ。
 製作は、『アイ・アム・レジェンド』も手掛けるニール・
モリッツ。監督は未定だが、ウィマーは『ウルトラ…』の監
督も務めていた。また、このリメイク権は以前はミラマック
スが所有していたものだが、今回の映画化が撮影まで進めば
同社は共同出資者になるという権利を留保しているそうだ。
それだけ期待できる作品ということなのだろう。
        *         *
 次も続報になるが、昨年4月15日付の第157回で紹介した
1986年“Short Circuit”のリメイクにダン・ミラノという
脚本家の起用が発表されている。
 この脚本には、当初はオリジナルを手掛けたS・S・ウィ
ルスン、ブレント・マドックの再登板も報告されていたが、
今回はさらにミラノの参加が発表されたものだ。そのミラノ
は、2003年版『ミニミニ大作戦』などのセス・グリーンらと
共に、“Robot Chicken”というテレビシリーズで評価を得
た人のようだが、ストップモーション・アニメーションで描
かれる同シリーズはかなり過激なギャグセンスのものだそう
で、その中には、“Star Wars”“Star Wars: Episode II”
など、気になる題名の作品も含まれている。
 そして、今回の起用に当ってオリジナルと本作も担当する
製作者のデイヴィッド・フォスターからは、ミラノに対して
「ウィルスン&マドックのオリジナルに、根底から覆すよう
な改変を与えてくれることを期待している」とのコメントが
発表されている。また本作では、「ナンバー5を21世紀に連
れてくることを基本のコンセプトとして、すでにロボットが
実社会にも登場している世界でのナンバー5の活躍が描かれ
る」とのことだ。
 ただしナンバー5の姿は変えないとのことで、これはその
デザインがウォーリーに似ていることにもよるようだ。それ
に付いてフォスターは、「我々は『ウォーリー』を、これか
ら作るフィルムの長めの予告編だと思っている。何しろ顔が
そっくりだからね」ということだ。因に、オリジナルのナン
バー5のデザインは、『ブレードランナー』『トロン』など
のシド・ミードが手掛けたものだ。
        *         *
 そして最後は新規の話題で、これも1986年に公開されて、
銀色に輝くUFOのCGIが話題になった『ナビゲイター』
(Flight of the Navigator)をディズニーでリメイクする
計画が発表された。
 ディズニーでは、すでに先月作品を紹介した『ウィッチマ
ウンテン』のリメイクや、『トロン』の続編“Tron 2.0”な
ど、往年の名作を再開発する計画がしきりだが、今回はその
中ではちょっとマニアックな作品と言えそうだ。
 物語は、少年が行方不明になり8年経って発見されるが、
彼の容姿は8年前のままだった…と言うもの。そして墜落し
たUFOが発見され、少年の行動とUFOとの関連が追求さ
れて行くことになる。ここまで書くと、大方のSFファンは
結末を予想してしまうだろうが、正直に言ってその期待を裏
切るか裏切らないか、実は当時に観た僕にはちょっと満足し
切れない感じもあった作品だ。
 その作品を、今回は2008年1月紹介した『団塊ボーイズ』
などのブラッド・コープランドが新たな脚本とするもので、
できれば単純なSFに逃げない形でのリメイクを期待したい
ものだ。実はそれが最高のSFになるはずのものだが。
 製作は、2007年12月1日付第148回などで紹介したブルー
ス・ウィリス主演のSF大作“The Surrogates”を9月全米
公開する予定のデイヴィッド・フーバーマンとトッド・リー
バーマン。大作SFがお得意の製作者が、どのような作品に
仕上げるかも楽しみだ。



2009年06月14日(日) 屋根裏のポムネンカ、山形スクリーム、妻の貌、クヌート、3時10分、決断のとき+製作ニュース

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『屋根裏のポムネンカ』
      “Na půdě aneb Kdo má dneska narozeniny?”
チェコの人形アニメーター=イジー・バルタの最新作。因に
バルタの前作は1989年だがこれは短編で、長編作品は1986年
以来のことだそうだ。ただし、1996年に長編映画化を目指し
ていた『ゴーレム』のパイロット版が映画祭で上映されてい
るようだ。
物語は、とある家の屋根裏が舞台。そこでは、可愛い女性の
人形ポムネンカと粘土の塊やクマのぬいぐるみ、操り人形ら
が暮らしていた。その毎日は、ポムネンカがケーキを焼くと
ころから始まり、それぞれには列車の運転や駅長、ドラゴン
退治などの仕事があった。
そして屋根裏には、列車に乗る多くの人形たちがいて、また
ラジオ局もあって重要なお知らせなどが放送されていた。と
ころがある日、その放送から不審な声が流れ始める。その声
はポムネンカに一方的な思いを告げるのだが…
実は、屋根裏の反対側には別の邪悪な勢力が蔓延っており、
その連中のボスがポムネンカを狙っていたのだ。そしてポム
ネンカの暮らす一角でいろいろな事件が起き始め、ついには
ポムネンカが拉致されてしまう。
主人公の名前のポムネンカは、チェコ語で「思い出」という
ような意味だそうだ。つまり屋根裏に置き去りにされた人形
やガラクタたちが魂を持って、日々の暮らしや冒険を繰り広
げる物語。そしてその背景なども全て屋根裏に置かれたもの
で表現される。
その背景などの造形がまた見事で、それはネタバレになって
しまうからここには書かないが、ガラクタを材料に成程と思
うものがいろいろな事象に変化して描かれて行く。そこには
子供の頃の楽しい夢や想像、そして時には悪夢も混ざってい
るようだ。
チェコの人形アニメーションには伝統的なものがあるが、そ
の伝統を正当に受け継いだ作品と言える。素朴な味わいの中
に、置き去りにされた物への愛情やちょっと風刺的な面も描
かれた素晴らしい物語だった。
CGI全盛のアニメーション界で、手作りの人形アニメーシ
ョン製作の大変さは想像以上のものだろうが、監督は1948年
生まれとのこと、未完の『ゴーレム』などまだまだ新作を生
み出して欲しいものだ。
なお本作は本国チェコでも今年3月に公開されたばかりの作
品で、日本公開は、夏休みに東京渋谷のユーロスペース。ま
た公開期間中にはバルタの全作品が観られるレイトショーも
行われるようだ。
因に、原題の英訳は“In the Attic or Who Has a Birthday
Today?”だそうだ。

『山形スクリーム』
2005年7月に前作の『さよならCOLOR』を紹介している
竹中直人監督による新作。
竹中の監督は本作が6作目になるが、1994年の『119』以
外は原作もので、本作はそれ以来のオリジナル作品となる。
ただし『119』も本作も他の人の脚本によるもので、本作
では、BS-i放送のコメディの監督やインディーズ作品の脚本
歴のある継田淳の脚本を映画化しているものだ。
物語は、山形県の山奥にある御釈ヶ部村というところが舞台
となる。そこには、800年前の源平の合戦を逃れてきた落ち
武者を惨殺したという歴史があり、その呪いを封じるための
祠も建てられていた。
ところが村では、縁結びのご利益もあるというその祠を中心
にした観光地化が計画され、それに乗せられた主人公たち東
京の女子高生の一団が村を訪れる。そしてその日は、観光地
化のシンボルとしてスーパー祠を建設するため古い祠を取り
壊す日でもあった。
ということで、後は大方の想像の通りの展開となるものだが
…物語の展開は御都合主義の満載で、それなりにサーヴィス
精神の旺盛さというか、いろいろなものがごった交ぜ。それ
はその手の作品が好きな人には好まれそうなものだ。
ただし物語の構成にはかなり弱いものがあって、特にクライ
マックスの展開に関しては、それぞれのシーンの見た目は良
いが全体を通すと辻褄が合わない。つまりキーとなっている
あれは、あそこにあってはおかしいのだ。
とまあ、マニアとしてはそんなところに大きく引っ掛かって
しまうものだが、その他の御都合主義に関しても、もう少し
捻りがあればもっと面白くなるような感じのものも多かった
し、肝心の歌があれでは誰の心を擽りたいのかもよく判らな
い部分もあった。

結局、全体的に脚本の練り込み不足が感じられて、それは竹
中らが協力しても基本的な弱さは補い切れなかったようだ。
でもこの作品では、竹中が初めて本格的なコメディ映画の監
督に挑戦している訳で、それはこれから先の作品に期待した
いものだ。
主演は『神童』『君にしか聞こえない』などの成海璃子。他
に波瑠、紗綾、桐谷美玲、AKIRA、マイコ、生瀬勝久、
由紀さおり、温水洋一、沢村一樹、そして竹中直人が共演。
さらに荻野目慶子、石橋蓮司、赤井英和など、大勢のゲスト
が登場する。
これが日本のコメディ映画の現状として観たらよいという感
じの作品だ。

『妻の貌』
広島在住の映像作家=川本昭人が50年以上に亘って原爆症の
妻を撮影した作品。
原爆症といっても、この夫人の場合は戦後もかなり経ってか
ら甲状腺癌の形で発症したもので、いわゆるケロイド等があ
る訳ではない。しかし甲状腺の異状は、常に気怠さが付き纏
うなど、精神的な負担が大きいものとされている。
そんな夫人は、それでも12年に亘って寝たきりの夫の母親の
介護を続けたという。それは病人に病人の世話をさせるとい
う厳しいものだったが、それでも献身的な夫人の介護は、お
互い若い頃にはあったという嫁姑の確執を超えた見事な介護
ぶりだった。
それに合わせて、子供や孫の成長や親類縁者との交流なども
描かれて行く。実際ほとんどのシーンはそういった家族の記
録なのだが、そこに広島→原爆症という陰が色濃く描かれて
行く。それは広島の人なら描かなければいけないことなのだ
ろう。
僕自身、自分の母親が甲状腺腫を患った(母は広島関係者で
はないが、若い頃に受けた放射線治療が原因だったようだ)
ことがあり、その病気には多少の知識もあった。自分の母親
は手術も成功して健在だが、本作の夫人のような状況も理解
できるものだ。
そんな病気を抱えながらも生き続けなければならない。それ
は広島→原爆症だけに限られるものではないが、逆にその状
況であることによって、特に映画祭などでは取り上げられる
機会も増えるのだろうし、それを利用すると言っては語弊が
あるが仕方ない面もある。
ただ、このようなことは広島→原爆症に限らず、他の難病で
も起こっていることだということは理解したい。病気という
ものは本人とその周囲にもいろいろな影響を及ぼす。それを
理解して病気と付き合わなければいけないものなのだ。
なお本作は、2001年に短編映画として製作されて神奈川映像
コンクールでグランプリを受賞した作品に、川本監督の以前
の短編作品などを挿入し、新たな長編作品として再構成した
もののようだ。
ただし、音声の繋がりなどの編集に多少ぎこちなく感じると
ころがあったが、それは意図的なのかどうか、その辺りがち
ょっと気になった。

『クヌート』“Knut und seine Freunde”
ベルリン動物園で母グマが育児放棄した後に人工飼育され、
その是非が話題になったホッキョクグマを巡るドキュメンタ
リー。
人工飼育中の仔グマを安楽死させろと主張した輩がどういう
立場の人間か知らないが、すでに成長している生物を殺せと
言えるのは相当に偏った考え方の持ち主なのだろう。言論は
自由だが、人間として言うべきことではないように感じる。
そんなクヌートの物語。ただし映画はそのようなことには殆
ど触れない。わずかにナレーションで触れる程度だ。実際そ
れは瑣末なことだしそれで充分なものだ。しかしそのお陰で
世界中がクヌートに注目したことは、ナレーションで触れる
程度には事実だ。
そして映画では、そんなクヌートの人工飼育の様子から、単
独で飼育されるようになるまでのいろいろな出来事が、北極
で生きる母グマと3匹の仔グマの様子、ベラルーシで母グマ
を失った幼いヒグマの兄弟の姿と並行して描かれて行く。
それは、北極の物語では現実の仔グマの成長とクヌートとの
違いを観せ、ベラルーシの物語では母親を失っても仔グマは
生きられることの証を観せている。それはまた、安楽死を主
張した輩への回答でもあるようだ。
こうして映画では、3つの異なる舞台、状況での仔グマの愛
らしい姿が描かれ、それはそれを観るだけで充分な作品にな
っている。
ただし、映画の中で充分に餌のあるクヌートが魚を食い散ら
かしている様子や、籠の中からクロワッサンを見つけ出して
食べている姿などには、人工飼育の問題点と飽食の時代に生
きる我々へのアンチテーゼのようなものも垣間見られた感じ
はした。
なお日本版のナレーションは藤井フミヤが担当しているが、
特別に特徴のある喋り方でもないので可もなし不可もなしと
いう程度だろう。ただし最後に何かドイツ語のテロップの出
ていたのが気になったもので、これには日本語字幕を付けて
欲しかった。
地球温暖化に絡んで、ホッキョクグマの生態を描いたドキュ
メンタリーが何本か公開されているが、その中では判り易く
作られているしクヌートの話題性もある。夏休みに子供と観
て何かを考えるには良い作品と言えそうだ。

『3時10分、決断のとき』“3:10 to Yuma”
1957年に映画化されて日本でも公開(邦題:決断の3時10分)
されたエルモア・レナード原作西部劇のリメイク。監督は、
前作『ウォーク・ザ・ライン』をアカデミー賞5部門の候補
に導いたジェームズ・マンゴールド。
マンゴールドの監督作品は、第1作と前作以外の4作を観て
いて今回が5作目だが、何と言っても1999年の『17歳のカ
ルテ』がテーマの社会性などで印象に残るものだ。それでい
つも彼の紹介にはその作品を挙げてしまうのだが…
実は、それ以降の作品が、2002年6月に紹介したタイムトラ
ヴェル物の『ニューヨークの恋人』と、2003年9月紹介の見
事な心理劇『アイデンティティー』なのだから、多彩と言う
か守備範囲の広い監督だ。それに1997年の『コップランド』
ではしっかりと男性映画も撮っていた。
そのマンゴールド監督の新作は、ガンプレイからホースアク
ション、駅馬車の襲撃に酒場の女、ダイナマイト爆発に蒸気
機関車まで登場するサーヴィス満点の西部劇アクション映画
だった。しかも脚本には、オリジナルを手掛けたハルステッ
ド・ウェルズと共に、2008年『ウォンテッド』のデレク・ハ
ース、マイクル・ブラントが名を連ねているものだ。
物語は、元北軍の兵士で脚を負傷し、なけなしの金で西部に
は来たものの手に入れた土地は水利も悪く、牧草も乏しくて
借金に塗れた男。妻と2人の息子を養う術も絶たれかけた男
が、駅馬車強盗団の首領の逮捕に行き合わせ200ドルの金で
その護送を買って出る。
それは首領を列車の出発駅まで護送し、3時10分発の列車に
乗せるというものだったが、そこには首領の手下たちの襲撃
や、大金で主人公の決意を揺るがそうとする首領の甘言が待
ち構えていた。
僕は残念ながらオリジナルの映画化は観ていないが、プレス
資料に掲載されたストーリーを読むと物語の骨子は多少の登
場人物の異動を除いては変えられていないようだ。しかしこ
のたっぷりのアクションは、やはり最近の映画の趣だろう。
そのたっぷりのアクションをマンゴールド監督は見事な手際
で描き挙げている。そして男と男の対決。そこにはラッセル
・クロウとクリスチャン・ベイルを配して、これも見事なド
ラマに仕上げているものだ。
その他、ピーター・フォンダ、『30デイズ・ナイト』のベ
ン・フォスター、『13F』のグレッチェン・モル、『幸せ
のセラピー』のローガン・ラーマンらが共演。
日本での西部劇人気は今一つのようだが、本作はアクション
ムーヴィとして充分に楽しめる。またクロウとベイルの共演
では、女性の観客にもアピールして欲しいものだ。
        *         *
 後半はいつもの製作ニュースだが、今回は今まで紹介して
きた計画が立て続けに動き出している。その続報をまとめて
紹介しよう。
 まずは待望の続報で、2007年2月1日付の第128回などで
報告したディズニーが進めるエドガー・ライス・バローズ原
作“John Carter of Mars”の映画化に、『ウォーリー』の
アンドリュー・スタントン監督と、『スネーク・フライト』
のタイラー・キッシュ、『BUG』のリン・コリンズの主演
が発表された。
 この計画に関してはすでに何度も紹介しているが、元々は
ディズニーがごく初期の段階で計画していたものを、一時は
パラマウントが映画化権を設定して準備を進めたが、諸般の
事情で挫折。その権利をディズニーが再設定して今回の計画
となったものだ。そして、一度はCGIアニメーションでの
映画化という情報もあったが、結局はERBの遺族も希望す
る実写での映画化が進められることになったようだ。
 このためスタントン監督は、実写監督デビューともなった
ようだが、すでに2005年“One Man Band”でオスカー候補者
になったマーク・アンドリュースと共に脚本も執筆し、来年
早期の撮影開始に向けて準備を進めている。これで何とか、
2012年の原作発表100周年にも間に合いそうだ。
 なお今回発表された俳優2人は、ヒュー・ジャックマン主
演“X-Men Origins: Wolverine”でも共演しているようだ。
        *         *
 お次は5月3日付で報告したギレルモ・デル=トロ監督の
“The Hobbit”について、やはり2作では終らないという観
測が強くなっている。
 それは、以前のピーター・ジャクスンの発言が「『ホビッ
ト』と『旅の仲間』を繋ぐ作品」としていたのに対して、デ
ル=トロが「白の会議によるドル・グルドアを巡る戦い」と
明言していたためで、これでは両者を繋ぐことにならないと
いうことになり、「繋ぐ作品」は別にあるのが当然と考えら
れているようだ。
 ただし、デル=トロ自身は「自分は2作やるのがベスト」
と考えているようで、それなら本来の「繋ぐ作品」は誰が監
督するのか…そこに、ジャクスンが再出馬するのではないか
という観測も出されている。そうすれば、スケジュール的に
もジャクスンには物語を充分に検討する余裕が生まれるし、
ファンにとってはベストの条件が整うことになる。案外これ
は最初からの考えではなかったかとも思えるところだ。
 なおデータベース上では、“The Hobbit”の公開は2012年
となっているものだ。
        *         *
 2002年12月1日付第28回で紹介した“Where's Waldo?”の
映画化が改めて動き出した。
 この計画は以前の紹介ではパラマウントとニコロディオン
が進めていたものだが、その権利は消滅したようで、新たに
ワーナーとユニヴァーサルが争奪戦を行った結果、最低6桁
($)の上の方から、映画完成時には7桁という契約金で、
ユニヴァーサルが権利を獲得したものだ。因にユニヴァーサ
ルでは、新たに発足した傘下のファミリー・ピクチャーのブ
ランド=イルミネーションとの共同で製作を進めるもので、
映画化は実写で行われることになっている。
 因に原作からは、以前イギリスでテレビ向けアニメーショ
ンシリーズが製作されたことがあり、一方、ユニヴァーサル
とイルミネーションでは、すでに2作品の計画が発表されて
いるがいずれもアニメーションとのことだ。その状況で初の
実写映画化には多少の不安は残されるが、後は脚本家と監督
次第だろう。一方、映画化の製作の規模は、上記の契約金の
額では大作映画化を目指すことになるようだ。
        *         *
 2007年12月15日付第149回で紹介した“Tom Swift”の映画
化について、コロムビアがバリー・ソネンフェルド監督作品
として進めることを発表した。
 この計画に関しては、以前の記事では元ニコロディオンの
アビー・ヘクトが映画化権を獲得したことを紹介したものだ
が、今回の計画もヘクトの権利に基づいて行われており、そ
こにソネンフェルドらが参加することになったものだ。なお
ソネンフェルドとヘクトは、2004年『レモニー・スニケット
の世にも不幸せな物語』を共に製作総指揮で手掛けた仲だ。
 そしてソネンフェルドは、ベン・デイヴィッド・グラビン
スキーと共に脚本も担当していて、彼らの計画では、史上最
高の発明家トム・スウィフトとその息子の2人を主人公にし
た物語になるとのこと。これは原作も後半で息子の物語にな
っていることへの対応策でもあるようだ。また映画化の題名
は“Swift”だけになるとのことだ。
 因に、同じ原作からは1960年代に20世紀フォックスがジー
ン・ケリーの監督主演による大作ミュージカル化の計画を進
めたことがあり、その計画はほとんど準備の整った最終段階
でキャンセルされたとのこと。その後も計画は何度も立上げ
られてはキャンセルされたとのことで、ついにハリウッドの
長年の夢の計画が実現しそうな雰囲気だ。
        *         *
 最後は、2007年9月1日付第142回などで紹介したミレニ
アム/ヌ・イメージスが進めているロバート・E・ハワード
原作“Conan the Barbarian”の再映画化について、その監
督を、2003年『テキサス・チェーンソー』などのマーカス・
ニスペルが担当すると発表された。
 この計画については、以前の紹介にも書いたように映画化
権の契約に破格の条件が付けられているものだが、その契約
から2年を経てようやく実現の目途が付いたものだ。なお脚
本は、2008年8月15日付第165回で紹介したトーマス・ディ
ーン・ドネリー、ヨッシュア・オッペンハイマーのものが完
成されていたようで、撮影は年内にブルガリアと南アフリカ
で開始されることになっている。
 因にニスペルは、今年公開の『13日の金曜日』のリメイク
も手掛けており、3作目のリメイク挑戦となる。ただし前の
2作はいずれも映画オリジナルの作品のリメイクだったが、
本作は原作もの。そして彼自身が子供の頃からのその原作の
ファンだったとのことで、会見では原作と共にフランク・フ
ラゼッタのイラストをイメージした映画化を目指したいと抱
負を語っていたようだ。
 コミックスやゲームでも好調な英雄譚のリメイクは、今度
こそ間違いなく実現しそうだ。
        *         *
 ということで、この後にはリメイクの情報をいくつか紹介
する予定だったが、ここまでで1回分の容量をオーヴァしそ
うになってきた。後は次回に報告することにしよう。



2009年06月07日(日) 童貞放浪記、8月のシンフォニー、のんちゃんのり弁、花と兵隊、僕らはあの空の下で、キャデラック・レコード、30デイズ・ナイト

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『童貞放浪記』
1962年茨城県生まれ、東京大学卒、ブリティッシュコロムビ
ア大学留学を経て東大大学院を満期退学。大阪大学の講師→
助教授を勤めながら東大博士号を取得、さらにちくま新書で
「恋愛論」の著作もあるという比較文学者・小谷野敦原作に
よる小説の映画化。
上記の経歴の作者が、東大卒で著作もあり、地方大学の新任
講師/30歳童貞という主人公を描く。
原作は2007年発表だそうだから作者45歳の時の作品というこ
とになるが、何と言うかお話は幼いし、主人公も含めて登場
人物はステレオタイプだし、物語に新鮮味もないしで、原作
を読んではいないが映画と同じ物語ならそれほど優れている
とは思えない。
とは言うもののこの原作が、それなりの文芸雑誌に発表され
て話題になったと言うのだから、日本文学のレヴェル低下と
言うか、これではケータイ小説も嘲笑えないな…という感じ
の代物だ。もっとも話題になったというのは、評価されたの
とは違うのだろうが。
大体主人公が二言目には「東大出なんて…」と言うのだが、
これが主人公、もしかしたら原作者も気付いていないのかも
知れないが実に鼻持ちならない。自分も周囲に東大出の知人
は多いが、こんな人にはお目に掛ったことがないような人物
なのだ。
ただまあ、そんな頭でっかちの主人公について、多分頭でっ
かちな作者が描いた作品を、映画化ではそれなりに上手く計
算してまとめていることには感心した。実際、映画の内容は
原作本の出版社サイトに載っている作品の概要とはかなり違
うものだ。
そしてそんな主人公を、映画では『イヌゴエ』などの山本浩
司がそれなりに観られるように演じて見せている。また相手
役には、元グラビアアイドルの神楽坂恵が扮して体当たりの
演技を見せる。他に、堀部圭亮、木野花らが共演。
脚色は、劇団主宰の傍ら作家として三島由紀夫賞、芥川賞に
もノミネートされたことがあるという前田司郎が担当。映画
の脚本は初めてのようだが、本作の出来はこの脚本によると
ころが大きそうだ。
監督は、2006年『AKIBA』という作品が評価されている
小沼雄一(苗字は「こぬま」ではなく「おぬま」と読むらし
い)。それ以来の作品となるが、本人には別にも仕事がある
らしく、この程度の寡作は仕方がないようだ。
いずれにしても、物語自体は大したことはないが、そこに描
かれた人間にはそれなりに考えさせられるところもあるし、
人の人生にはこんなことも有るのかなあと言う程度には観る
ことができた。

『8月のシンフォニー』
2002年2月の路上ライヴ開始から1年半後には渋谷公会堂の
舞台に立ったというシンガーソングライター川嶋あいの半生
を描いたアニメーション作品。
主人公は、地元福岡では名前の知られた前座歌手だったが、
高校進学を前に母親の決断で東京の芸能コースのある学校に
進学することになる。そしてプロダクションにも所属してス
ター歌手を目指すが挫折。しかしめげない主人公は路上ライ
ヴを開始する。
その路上ライヴにとあるベンチャー企業の社長が目を留め、
その手引きで学生グループの支援を得るようになる。そして
路上ライヴ1000回、CD手売り5000枚、渋谷公会堂でのリサ
イタルを目標に掲げて活動して行くが…
物語は実話に基づくとのことでそれならそれで仕方ないが、
実にとんとん拍子に進んで行くお話で、世の中には本当に運
の良い人もいるものだと感心させられてしまった。
もちろんそこには涙の秘話も含まれてはいるが、全体的には
それを自ら乗り越えているものでもなく、常に周囲に支えら
れてその周囲の人たちが彼女のためにかなりの犠牲も払いな
がら、でもまあその人たちも結局は成功して利益が得られる
ようになる物語だ。
従って全てが万々歳という感じの物語で、路上ライヴの妨害
などのエピソードはあるが、悪い人も殆ど出てこないし、正
直には世の中こんなに甘くはないがなあ…と思いながらも、
これが実話なのだから、世の中、案外捨てたものでもないか
なとも思えてきた。
そんな物語だが、映画の中にはチャンと泣かせる場面も設け
られているし、それは川嶋のファンでなくても普通に感動す
ることができるものになっている。それに加えて川嶋本人の
歌声が聴けるのだから、これはファンには堪らない作品と言
えそうだ。
ただし、アニメーションは基本的に実写をトレースするロト
スコーピングの技法で描かれているが、背景は実写を画像処
理しただけらしく、そこに写っているものの処理のいい加減
さには頭を抱えた。
それは、例えば2002年の時代背景のはずなのに2008年公開の
『L change the World』のビルボードが観えたのは見間違い
かも知れないので追求しないが、渋谷駅の路線図に2008年開
業の副都心線が描かれているのには呆れてしまった。
確かに副都心線の路線図はかなり前から書かれてはいたが、
いくら何でも8年も前からはないだろう。写り込んでいる店
の看板をいろいろ書き替える労力を費やすなら、もう少しは
こういう時代考証にも気を使って欲しいものだ。『ラスト・
ブラッド』のように本物を走らせるのではないのだから。


『のんちゃんのり弁』
漫画雑誌「モーニング」で、1995−98年に連載された入江喜
和原作コミックスの映画化。
生活力のない夫に愛想を尽かして下町の実家に子連れで帰っ
てきた主人公が、周囲の迷惑も顧みず、自らの目標に向かっ
て突き進んで行く姿を痛快に描く。
主人公は、作家志望という男の夢に憧れて結婚したが、その
実体は親の脛かじりで住居や生活に不自由はないものの将来
に全く希望が持てない。そんな夫に愛想を尽かし1人娘を連
れて下町の実家に帰ってきたが、年金暮らしの母親に頼るこ
とはできない。
しかも主人公自身にも何の特技も技能もなく、その上、慰謝
料も貰いたくない主人公は、何とかお金を稼ぐ方法を考える
が…。そこには別居した夫がストーカーのごとく現れるし、
1人娘はその夫を今でも慕っているようだ。
ところが、幼稚園に通園する娘のために作った「のり弁」が
評判になり、料理には少し自信のあった主人公は弁当屋を開
くことを夢見始める。そして、近所で1人で切り盛りしてい
る居酒屋の店主などを巻き込んで、夢はどんどん膨らむが…
基本は下町人情ものという感じだが、結構厳しい現実も捉え
ていて、特に夢見がちの主人公に対して居酒屋の店主が現実
の厳しさを説いて行く下りには、はっとさせられるものがあ
った。
その一方で、主人公と地元の幼馴染みの男性が繰り広げるぎ
こちない恋愛騒動にも、如何にも有りそうなリアル感があっ
て、その辺が最近のブームかも知れない下町ものの中では一
つ際立っている感じもする作品だった。
主演は、『死神の精度』のヒロイン役が印象に残る小西真奈
美。共演には、岡田義徳、岸部一徳、村上淳、倍賞美津子。
そしてタイトルロールの子役は、オーディションで箸を使っ
た食べっぷりが認められたという佐々木りおが演じている。
脚本監督は、2000年『独立少年合唱団』でベルリン映画祭新
人監督賞受賞、2005年『いつか読書する日』でモントリオー
ル映画祭審査員特別賞受賞の緒方明。まだ3作しか撮ってい
ない監督だが、受賞歴は伊達ではないようだ。
なお劇中に登場する「のり弁」を『かもめ食堂』『めがね』
などのフードスタイリスト飯島奈美が手掛けていて、CGI
も絡めたその解説は実に美味しそうだった。また、劇中登場
の工事現場はスカイツリーの建設地だそうだ。

『花と兵隊』
インパール作戦に参加。敗戦後の日本軍解体の時に離隊して
そのまま現地に留まった元日本兵の現在を取材したドキュメ
ンタリー。
その人々の中には、兵役で学んだ知識を活用して戦後に財を
なした人や、戦後に放置された日本兵の遺骨を収集して個人
で慰霊塔を建てた人、また自宅の居間に昭和天皇の写真を飾
っている人もいる。
その一方で、インパール作戦に参加する以前には、中国人と
見るや協力者か非協力者かの見境もなく殺すことを命じられ
て幾人もの中国人の子供を虐殺したとか、インパール作戦中
には戦友の人肉を食べることを命令されて食べたと証言する
人もいた。
実は登場する内の何人かは、以前に今村昌平監督が『未帰還
兵』シリーズとして取材した人たちだそうで、今回はその今
村氏が創設した日本映画学校卒の松林要樹監督が、彼らと家
族との関りを中心にその後の姿を追っている。
従って、最初の内は妻との出会いの状況などが語られている
のだが、そこから徐々に上記の発言へとシフトして行く。そ
の構成は多分に意図的なものなのだろうが、今までのこの種
のドキュメンタリーより一歩踏み込んだ戦争の恐ろしさを描
いている感じがした。
元日本兵で戦後を日本以外の地で過ごしてきた人々のドキュ
メンタリーでは、4月に『台湾人生』という作品を紹介して
いるが、今回はそれとは違った意味で戦後の日本国が置き去
りにしてきた人々が描かれる。
もちろん今回の人々は、自らの意志(戦犯になることを恐れ
て隠れた人もいる)もあってその国に留まった人々だが、そ
れでもそこにはまだ終わっていない戦後が取り残されている
感じがした。
そんな中で、上記の虐殺発言や人肉食発言をしているのは、
実は個人で慰霊塔を建立した人と同じ人なのだが、その建立
の背景には単に戦友の慰霊だけではない自分自身の懺悔の気
持ちも入っているようだ。
そして、その人物に関しては映画の最後で死去されたとのク
レジットが表示されたが、彼自身が最後に安らかな気持ちで
逝けたのかどうか、この人たちにとって戦後は死ぬまで続い
たのではないか。その姿を我々も真摯に受けとめる必要があ
ると思えた。

『僕らはあの空の下で』
ミュージカル『テニスの王子様』などで人気の出た若手男優
の共演による青春映画。
ここ数年、この手の男優たちによる学園ものなどの作品を定
期的に観ている感じだが、今回はいわゆるボーイズラヴもの
ではなく、どちらかというと真面な学園ものが展開されてい
た。
物語の舞台は神奈川県三浦市の高校。そこにボストンからの
転校生がやってくる。と言っても彼自身は日本人で、母親の
病気治療に付き添っての一時帰国の間だけの転校だった。そ
してその転校生は、最初に生徒会長に紹介されるのだが…
その生徒会長は漫画家志望でせっせとコンテストにも応募し
ているが、その結果はいつも残念賞。彼の作品には、絵は良
いが物語の構成が駄目という評価が続いていた。
ところがその彼が転校生の名前を聞いて驚く。それは同じコ
ンテストにボストンから応募してくる奴と同じ名前だったの
だ。しかもそいつは、物語の構成は良いが絵が駄目という評
価で残念賞ばかり貰っていた。
という2人が揃えば、後は共作での漫画の創作となって行く
が…そんな中で母親の回復まで期間限定の青春ドラマが展開
される。
出演は『キズモモ』の古川雄大、『虹色の硝子』の細貝圭、
『少年メリケンサック』の永岡卓也、それに本作が映画デビ
ュー作の佐藤永典。他に『赤い糸』などの矢柴俊博らが共演
している。
脚本は『キズモモ』の吉井真奈美。また1人気になる脚本家
の誕生のようだ。共同脚本と監督は助監督出身の平林克理。
本作が初監督作品になるが、助監督作品には『ホテルハイビ
スカス』『誰も知らない』『ゆれる』『僕の彼女はサイボー
グ』などが並んでいる。
僕自身、高校時代は文科系のサークルにいた人間だが、そん
な自分の昔が思い出させるような作品だった。体育会系では
ない、ちょっと温いかも知れないが、そこでも切磋琢磨はあ
る。そんな感じの青春が上手く描かれていた。
しかも上映時間68分の作品なので展開のまだるっこしいとこ
ろは余りないし、基本はイケ面俳優たちによる女性向けの作
品なのだろうが、案外自分にも填ってしまったものだ。

『キャデラック・レコード』“Cadillac Records”
1947−69年のシカゴを舞台に、黒人音楽を世間に広め、ロッ
クンロールやヒップホップの基礎を作り上げたチェス・レコ
ードの創始者でポーランド移民のレナード・チェスと、彼が
見出した黒人アーティストたちの姿を描いた実話に基づく物
語。
人種差別もまだ根強い時代を背景に、音楽を媒介にしてその
壁を取り除いて行った人々の姿を描く。そこでは、南部を旅
するときに敢えて黒人のスター歌手に運転をさせる、そうし
ないと白人と黒人の同乗を認められなかった…などの様子も
描かれる。
また、白人女性を舞台に上げたことが問題にされて逮捕収監
されたチャック・ベリのエピソードや、ユダヤ人のチェスが
黒人アーティストたちを家族のように面倒を見ながらも、金
銭面では搾取し続けた事実などが描かれる。
物語の中心となるレナードは、シカゴで廃品の回収業を営ん
でいたが収入は少なく同郷の成功者の娘との結婚もままなら
なかった。そんな彼が、一念発起して黒人音楽を演奏させる
クラブを開業し、黒人アーティストをスカウトし始める。
そこに南部のプランテーションからやってきたマディ・ウォ
ーターズや、ハーモニカ演奏の天才リトル・ウォルター、ソ
ング・ライターのウィリー・ディクスン、独自のスタイルで
ギターを弾くチャック・ベリ、女性歌手のエラ・ジョーンズ
らが集まってくる。
上でも書いたように基本的にはまだ人種差別が根強い時代、
黒人たちには読み書きのできないものも多く、そんな中でレ
ナードはヒット曲の代償には高級車キャデラックを与えるな
どのやり方で黒人たちの心を掴んで行く。
もちろんそんなやり方は、金銭的なトラブルの原因ともなる
が、一方で酒や麻薬に溺れて行くアーティストたちには、そ
れを食い止める役には立っていたのかも知れない。まあある
意味おおらかな時代の話かも知れないが。
出演は、『戦場のピアニスト』で史上最年少のオスカー主演
賞受賞者となったエイドリアン・ブロディ、『ブッシュ』で
はパウェル国務長官に扮したジェフリー・ライト、本作の製
作総指揮も勤めた歌手のビヨンセ・ノウルズ。
他に、コロムバス・ショート、セドリック・ジ・エンターテ
イナー、モス・デフ、イーモン・ウォーカーらがそれぞれ著
名な歌手の役で共演している。
アーカイブ映像で登場するエルヴィス・プレスリーと、リト
ル・ウォルターの1曲以外の楽曲は全て出演者自身が歌って
いるのも魅力的で、特にビヨンセの圧倒的な歌唱とモス・デ
フが楽しそうにベリを演じているのも面白かった。

『30デイズ・ナイト』“30 Days of Night”
厳冬の30日間太陽が顔を出さない極夜が続くアラスカ最北
部の町バローを舞台に、太陽光を恐れるヴァンパイアの集団
と町の住民の対決を描くグラフィックノヴェルの映画化。
原作はアメリカのIDW社から2002年に出版されたミニシリ
ーズのコミックスで、その時から映画化の情報はあったが諸
般の事情で映画化が実現したのは2007年。そのアメリカでの
興行は第1週に1500万ドル、第2週にも1000万ドルを超える
ヒットとなり、その後の全世界興収では7000万ドル以上を稼
ぎ出しているとされる。
そんな作品がようやく日本でも公開されることになった。
極夜の町でのヴァンパイアとの闘いを描く作品では、2007年
6月にスウェーデン製の『フロストバイト』を紹介している
が、設定を活かし切れていなかった欧州作品に比べると、さ
すがにハリウッド=サム・ライミの製作では一味違う作品に
なっていた。
その本作の主人公は、バローの町を守る保安官夫妻。しかし
性格の不一致からか妻は極夜を迎える最終便で町を離れると
宣言している。ところがアクシデントで彼女は町に戻ること
になり、ぎくしゃくした夫婦関係の中に恐怖の事件が襲来す
る。
以前に製作情報を紹介したときにも書いたが、ヴァンパイア
に極夜とは考えたもので、これに対する人間にはどのような
対抗手段が残されているか。それもまたその設定条件の中か
ら生み出して行かなければならないものだ。
その辺の捻りがいろいろ面白くなってくるものだが、それは
それなりに了解できるものにはなっていた。ただしベラ・ル
ゴシなどの古典的な名前が出てくる割りにはその説明が明瞭
ではなく、この辺はアメリカの観客には良くても日本では多
少心配になった。
それに襲ってきた集団がヴァンパイアと判る下りや、30日
間隠れているというアイデアの出所も不明で、この辺ももう
少し説明が欲しかったところだ。
確かに説明的な台詞を多くすると演出のテンポが阻害される
ことにはなるが、かといって全くなしでは部外者の観客には
不親切だろう。今回ならベラ・ルゴシが1931年映画化の時の
ドラキュラ役者で…という程度の説明でいいと思うのだが。
出演は、『シン・シティ』『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイ
ン』などのジョシュ・ハートネット。
他に、1998年『ダークシティ』のメリッサ・ジョージ、『ナ
ンバー23』のダニー・ヒューストン、『バットマン・ビギ
ンズ』のマーク・ブーンJr.、『3時10分、決断のとき』
のベン・フォスター、『シルク』のマーク・レンドールらが
共演している。
監督は、2005年『ハードキャンディ』で注目され、『トワイ
ライト』の第3作への起用も決まったイギリス出身のデイヴ
ィッド・スレイド。VFXはニュージーランドのウェタが担
当して見事な雪景色を造り出している。
        *         *
 前回の記事の最後に製作ニュース他を追記しましたので、
よろしければご覧ください。


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井口健二