井口健二のOn the Production
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2009年07月26日(日) アバンチュールはパリで、2012(特別映像)、アニエスの浜辺、わたし出すわ、イメルダ、ウォッチャーズ、虫皇帝、プール

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『アバンチュールはパリで』“밤과 낮”
2000年東京国際映画祭(TIFF)で審査員特別賞を受けた『オ
ー!スジョン』(日本DVD発売名:スジョンの愛)などの
ホン・サンス監督による2008年の作品。
主人公は、韓国内で友人と一緒に違法なドラッグを試し、そ
の友人が逮捕されて彼の名前を自白したとの情報に慌てて飛
行機に飛び乗り、パリに来てしまったという男。そんな男の
パリでの行状が綴られる。
映画では上記の顛末が巻頭のテロップで紹介される。僕はそ
こで最早笑いのモードだったが、この作品はそんな雰囲気の
コメディだ。
因に主人公は国選という肩書きを持つ画家。それがどれほど
権威のものか知らないが、一応先生と呼ばれるものらしい。
ところが、何せ上記の状況だから、所持金もあまりないし、
韓国に残したままの妻とは国際電話でほぼ毎日泣きくれてい
るという有様。
そんな男が、パリで昔のガールフレンドに出会ったり、泊ま
っている民宿の主人に紹介された美学生の女子に観光案内を
してもらったり、そして出会った若い女性に恋心を募らせた
り…というお話が展開される。
サンス監督は、以前の作品でもシナリオは用意せずにその日
の思いつきのメモで撮って行くとのことだったが、今回もそ
うなのだろうか。物語は実に取り留めもなく進んで行く。し
かし最後まで話の筋が振れないのは、コンセプトがしっかり
頭に描けているということなのだろう。
ただしそのコンセプトは、男性にはかなり手厳しいものがあ
って、正直にはそこまで描かなくても…と思ってしまうとこ
ろもあるのだが、男の情けなさみたいなものは本当にうまく
描いてしまう監督と言えそうだ。
主人公の画家役は、1999年のアクション作品『ユリョン』な
どのキム・ヨンホ。共演は、テレビドラマの『チャングムの
誓い』などに出演のパク・ウネ、同じくテレビドラマ『ホジ
ュン』などのファン・スジョン。
なお、監督の2000年作品を観たときには、その大胆なセック
ス描写に本当に驚かされたものだ。その監督でこの題名は…
という気にもさせてくれるが、それは観てのお楽しみ。因に
本作の製作者は、2006年のTIFFに出品された『浜辺の女』と
同じ女性だそうだ。

『2012』(特別映像)
日本では今年11月21日に公開されるローランド・エメリッヒ
監督の新作について、その約15分間のフッテージが世界初お
披露目された。
この作品に関しては、2008年3月1日付第154回の記事など
でも紹介しているが、マヤ暦がこの年の年末に終っているこ
とから、その時に世界が滅亡するのではないかとする予言に
基づく物語とのことだ。
ここまでの情報は以前から知られていたものだが、今回の映
像のお披露目と共に行われた監督の記者会見によると、ジョ
ン・キューザックが扮する物語の主人公は離婚歴のある作家
で、その主人公が偶然に人類滅亡が事実であることを知って
しまう…という展開。
一方、アメリカ政府は密かにその災害から地球上の生物の種
を残すべく方策を考えているが、救える個体の数は限られて
いる。それを知った主人公は、自分の元妻と子供たちを救う
ために獅子奮迅の活動を開始するが…となって行くようだ。
この物語が、世界滅亡の大スペクタクル映像と共に描かれる
もので、お披露目されたのは主にそのスペクタクル映像だっ
たが、これが何ともエメリッヒらしい外連一杯に描かれたも
ので、次から次のその映像はかなり満足できた。
ただまあ、エメリッヒの作品は得てしてそのスペクタクルば
かりが強調されて、人間ドラマの多少弱いことが常に指摘さ
れるものだが、今回は元夫であり元父親の主人公が、自分が
失ったものを回復するために活躍するというもの。それは特
に強調しなくても自ずと良い人間ドラマになりそうだ。
一方、それに並行して描かれる政府の動きの方でも、滅亡の
事実を民間に知らせるべきか否かの葛藤も在るとのことで、
それは小松左京『日本沈没』の原作本の中でも言及されてい
るものだが、それが明確に描ければ、それもまた良いドラマ
になる。

会見によると、映画の全体では1400〜1500のVFXショット
が盛り込まれるそうで、一部観られたその映像はかなりのク
ォリティで描かれていた。これならエメリッヒ監督最大のヒ
ット作『ID4』の再来は大いに期待してよさそうだ。

『アニエスの浜辺』“Les plages d'Agnès”
ヌーヴェル・ヴァーグ時代から活躍するフランスの女流監督
アニエス・ヴァルダが、自分自身のことや、1990年に亡くな
った生涯のパートナー=ジャック・ドゥミ監督の思い出など
を綴った自伝ドキュメンタリー。
ヴァルダは幼少の頃をベルギーの海岸に近い場所で育ったの
だそうで、一方、ドゥミ監督の代表作の『シェルブールの雨
傘』と『ロシュフォールの恋人たち』の舞台が共に湊町であ
ったことなどから、浜辺にこだわって自分の生涯を描きたく
なったのだそうだ。
そこには浜辺で遊ぶ幼少時代の再現映像や、そこにオーヴァ
ラップする現在の姿などが自由奔放な映像で綴られる。それ
と共に、ヴァルダ自身やドゥミ監督の数々の名作のフィルム
クリップや当時の撮影風景の映像なども挿入されて、映画フ
ァンには観ているだけで楽しくなる作品になっている。
もちろんそこにはドゥミ監督の死などの陰も在りはするが、
全体的には80歳を越えてまだ闊達な女流監督の元気いっぱい
の姿が写し出されている。中でも、パリ市内のシーンでも浜
辺にこだわって大量の砂を運び込んで撮影したというエピソ
ードなどは、今でも実力の在るところを見せてくれる。
その一方でヴァルダのいろいろな交友関係も描かれ、そこに
はジャン=リュック・ゴダール、カトリーヌ・ドヌーヴ、ジ
ェーン・バーキン、ヴァルダが自作にその曲を使用したドア
ーズのジム・モリスンなども登場する。特に『ラジュテ』な
どのクリス・マルケル監督が、猫のキャラクターに模しなが
らいろいろ述べる下りは愉快だった。
また一時はハリウッドにも移り住んだヴァルダが、ハリウッ
ド映画で起用しようとしたものの映画会社の反対で断念した
という後の人気スターの若き日の姿と現在のコメントなども
紹介され、これはファンには思いがけないプレゼントになっ
ている。
僕自身が体験したアニエス・ヴァルダの作品は、学生時代に
アートシアターで観た『5時から7時までのクレオ』と、複
数の監督が参加した『ベトナムから遠く離れて』程度で、そ
れほどの思い入れはなかったが、この作品に描かれた彼女の
半生には思っていた以上に魅かれるものを感じた。
作中ジャガイモの着ぐるみ(私物だそうだ)まで着てはしゃ
いでみせるこの小母ちゃんの作品を他にも観みてみたくなっ
たものだ。

『わたし出すわ』
『間宮兄弟』などの森田芳光監督が、1996年『(ハル)』以来
のオリジナル脚本で発表した作品。
北海道の函館を舞台に、東京から帰省してきた女性と、地元
に暮らすその高校時代の同級生たちの物語。その同級生たち
にはそれぞれ夢があり、その夢に対して女性は、題名のごと
く無造作にその資金を提供して行く。それがドラマを生んで
行く。
子供の頃に観ていたアメリカのテレビシリーズで『100万ド
ルを貰ったら』というようなタイトルの番組があって、それ
は突然100万ドルを提供された人々の悲喜交々のドラマを描
いたものだった。
それに最近では、深夜テレビで筒井康隆がホストになったゲ
ーム的な番組も作られていたようだが、いずれにしてもアイ
デアとしては目新しいものではないかも知れない。
ただし森田監督は、上映前の舞台挨拶で「金融機関も貸渋り
の世の中で、こんなことでもないかと思って作った作品」と
していたもので、確かに今の時代の中での社会一般に対する
アンチテーゼのような意味合いは在りそうな感じの作品にな
っている。
とは言うものの、登場する金を貰った人々の行動がかなりス
テレオタイプな感じなのは解せないところで、確かにそれは
現代を反映したものではあるが、もう少しその辺に捻りがあ
っても良かった感じはした。もっともそれが狙いという感じ
もしないではないが。
それに対してこの作品の最大の捻りは主人公の女性の方にあ
るのだが、それに関して僕はかなり心地よい感じで映画を観
終えることができた。ただまあこれが一般の映画ファンにど
う受け取られるかは心配なところではあるが…

主演は、『ラスト・ブラッド』『カムイ外伝』に続いて出演
の小雪。前の2作はそれぞれポストプロダクションに時間が
掛かったようで、今年それが一気に出てしまったものだが、
本当に良く頑張っている感じだ。
共演は、2006年『TANNKA』の黒谷友香、2008年『空へ』の井
坂俊哉、2009年『空気人形』の山中崇、2006年『雪に願うこ
と』の小澤征悦、2008年『あの空をおぼえている』の小池栄
子。他に、仲村トオル、ピエール瀧、藤田弓子、加藤治子、
永島敏行らが登場する。
映画では、高校時代のエピソードがディスプレイ表示のよう
な文字列で紹介されるなど、13年前の作品を髣髴とさせると
ころもあり、その監督の指向の先にあるものをもっと観たく
なる感じもした。

『イメルダ』“Imelda”
1986年に失脚した元フィリピン大統領の妻で、失脚後に一般
公開された大統領官邸マラカニアン宮殿に残された3000足の
靴、2000着のドレスなどで話題を撒いたイメルダ・マルコス
の半生を、本人の証言を許に追ったドキュメンタリー。
1929年にマニラで生まれ、第2次大戦後に進駐した米兵の前
で歌っているところを司令官マッカーサーに認められ、当時
フィリピンを訪れた作曲家アーヴィング・バーリンの前で学
校で教えられた英語の歌“God Bless Pilipinas”を歌った
ところバーリンに歌詞を直してもらったという逸話から始ま
る1人の女性の物語。
その後に国会議員だったマルコスと出会い結婚し、やがて大
統領夫人に。その半生は裕福な環境に恵まれ、貧困に喘ぐフ
ィリピンの一般民衆とはかけ離れたものだが、それでも本人
は貧困と闘い、民衆の生活の向上に努めたと言い切る。
しかし、彼女自身がマニラ首都圏知事に選出されたり、彼女
のために作られた居住環境省大臣なる役職で成し遂げたこと
は、靴やドレスと同様に民衆の生活実感からはかけ離れ、た
だ国の内外に無私無欲をアピールするためでしかなかった。
そんなイメルダの半生記だが、作った監督本人がイメルダに
心酔しているのかあまり批判的なものではなく、その辺には
多少の違和感を覚える。それでも真実というのは力のあるも
ので、そんな描き方でも不正の事実ばかりが浮かび上がるの
は面白いところだ。
それらが、イメルダの親族や子供時代の友人、マルコス政権
下で拷問を受けたと証言するジャーナリスト、当時の駐比ア
メリカ大使スティーヴン・ボスワース、当時の東アジア・太
平洋問題担当補佐官リチャード・ホルブルックらの証言と共
に紹介される。
そんなイメルダは、元大統領の死去後は帰国を許され、本人
の政界再進出は訴訟の問題に阻まれたが、息子や娘は政界に
進出、現在もその威勢を保っているとのことだ。それを国民
性とするのは簡単だが、それは日本でも対して変わらない民
衆の姿だろう。
なお、最初の作曲家のエピソードで、字幕ではバーリンとだ
け記されファーストネームが削除されていた。アメリカの作
曲家など日本の観客には無意味という判断かも知れないが、
“God Bless America”だけでなく、『ジャズ・シンガー』
や『ホワイト・クリスマス』も手掛けた作曲家は、日本では
アーヴィング・バーリンのフルネームで認知されているはず
のもの。これはちゃんと表記して欲しかった。

『ウォッチャーズ』“Homecoming”
スポーツで優秀な成績を残し、故郷に錦を飾ることになった
大学生とそのガールフレンドを襲う恐怖を描いた作品。
主人公は大学のフットボールで優秀な成績を残し、そのため
故郷の高校で彼の着けていた背番号が永久欠番されることに
なる。その式典に出席のため彼はガールフレンドを伴って帰
省するのだが、そこには彼が大学進学前まで付き合っていた
元カノの姿も在った。
しかも、その元カノの経営するボーリング場に集まった昔の
仲間たちとはしゃぎまくったガールフレンドは、酔っ払って
いては彼の両親に会えないとの配慮から1人モーテルに泊ま
ることに…そのガールフレンドが行方不明になる。
ところが、この行方不明事件に警察はなかなか動き出そうと
しない。その状況が、コミュニケーション手段の発達した現
代ですら成立する巧みな手法で描かれて行く。そして孤立無
援のガールフレンドの壮絶なサヴァイヴァルが始まる。
作品はアメリカのデータベースのジャンル分けでもホラーと
なっているものだが、ここに描かれているのはオカルト的な
恐怖ではなく、もしかすると人間の誰でもが陥るかも知れな
い現実的な恐怖を描いたものだ。
それは被害者の立場だけでなく、加害者にも容易になってし
まうもので、そんな現代の恐怖が巧みに描かれていた。しか
も映画では、いろいろと繰り出される状況判断のメッセージ
がなかなか相手に届かないというもどかしさも描いて観客の
共感を呼び込んで行く。
脚本は、ケイティ・L・フェッティング。映画化作品は2作
目のようだが、細かい状況まで配慮したシナリオはなかなか
のものだ。監督は、2002年『アメリカン・サイコ2』などの
モーガン・J・フリーマンが担当した。
出演は、テレビドラマの『The O.C.』でレギュラーを務めた
ミーシャ・バートンと、同じく“90210”で今期レギュラー
のジェシカ・ストループ。そして『ゴーストライダー』で主
人公の少年時代を演じたマット・ロングが大学生を演じてい
る。
日本人の感覚で言うホラーではないかも知れないが、アメリ
カではスティーヴン・キング原作の『ミザリー』と比較され
ているようだ。

『虫皇帝』
実体験に基づく闇金融を描いた小説などを発表している作家
・新堂冬樹のプロデュースによる虫同士の闘いを集めた映像
作品。
作品のコンセプトとしては、虫を昆虫と毒蟲に分け、それぞ
れから選んだ1対1の対決で勝敗を着けるというもの。その
リングは、対決する虫のサイズに応じた大きさのアクリル箱
の中で床面には足掛かりとなるようにウレタンが敷かれてい
る。そのリングで、どちらかが戦闘不能に陥るか、戦意を喪
失するまでの闘いが行われる。
闘うのは、標準体長25cmというダイオウサソリや20cmのベト
ナムオオムカデ。最大18cmになるというヘラクレスオオカブ
トの亜種や標準体長12cmのボルネオ島のクワガタなど。その
一方で、標準体長3cmのコオイムシや8cmのエジプト産サソリ
なども登場する。
これらの昆虫と毒蟲が1匹ずつ登場して1対1の闘いをして
行くもので、登場する虫の中にはかなり珍しいものも多いら
しく、それが実際に動き闘う姿が観られるということでは、
虫好きには堪らない作品と言えそうだ。
ただし、その闘いはかなり凶暴且つ凄惨なもので、実際に首
や頭部を千切ったり、相手に執拗に毒針を突き刺すなどの光
景も随所に描かれている。これは本人が虫好きだと言ったと
しても、お子様にはちょっと勧められないものだ。
それにしても、すでに関連のDVDなども発売されていると
いう本作で、動物愛護団体などから文句はないのかな。確か
に虫は動物ではないかも知れないが、生物であることには変
わりないはず。建て前だけで手をこまねいているのならそれ
も怠慢だろう。
大体が自然界では絶対に出会うはずのない2匹が闘うのだか
ら、それ自体が自然に反しているものだし、それで優劣を付
けたとしてもそれで何かの意味が在るものでもない。正に人
間の興味本位だけで闘わされているとしか言い様がない。
とは言うものの、その闘い振りの激しさには目を剥くところ
で、特に角や前脚を失っても闘いを挑んで行くなどの闘争心
には、所詮は虫の本能とはいえ、何とも言えないものを感じ
させられた。

『プール』
『かもめ食堂』『めがね』でも共演した小林聡美ともたいま
さこの2人が、タイのチェンマイで暮らす日本人を演じる作
品。ただし脚本と監督は前2作の荻上直子から替って脚本家
の大森美香。漫画家桜沢エリカの書き下ろし原作を大森自身
の脚色で映画化している。
チェンマイ国際空港に1人の若い日本人女性が降り立つ。到
着ロビーに出てきた彼女は誰かを探しているようだが、迎え
に来ていたのは1人の日本人男性。その男性の車に乗った彼
女は、途中から同行した中年の日本人女性と共にとあるゲス
トハウスにやってくる。
そこでは1人の日本人女性とタイ人の少年が彼女を待ってい
た。そして歓迎の料理も用意していたのだが、若い女性はそ
の歓迎も受けずに部屋に引き籠ってしまう。こうして若い女
性と彼女を待っていた女性とのちょっとぎくしゃくした生活
が始まるが…
そんな2人の関係がやがて明らかになり、その周囲の人々が
抱える問題も徐々に描かれて行く。しかしそれは当事者にと
っては重要なことでも、傍から観ればゆったりとした時間の
中に飲み込まれてしまいそうな些細なことかも知れない。
映画を観ている間は、小林、もたい共演の前2作と同じ雰囲
気を味わえた。それが良いか悪いかは別にして、これは最早
1つのブランドとも言えそうだ。そんな中で食材市場や、コ
ムローイと呼ばれる熱気球のようなタイの風物も織り込んだ
物語が展開して行く。
3作を並べるとお話はどちらかというと『めがね』の方に近
いかも知れない。それは家族の話が背景に在ったりというよ
うなことから受ける印象かも知れないが、各エピソードがか
なり飛び抜けていた『かもめ食堂』に比べるとそれなりに現
実的なお話だ。
それでもまあ、全体の雰囲気は共通しているから前2作が好
きな人には受け入れられるだろう。2人以外の共演者は「花
椿」などのモデルの伽奈と、『めがね』にも出演していた加
瀬亮。それにタイでのオーディションで選ばれたシティチャ
イ・コンピラ。
なお小林は、『かもめ食堂』のフィン語に続いて、本作でも
特徴のあるタイ語をスクリーン上では流暢に喋っている。僕
自身がタイ語を理解するものではないし、本当はどうなのか
は解らないが、タイ映画で聞き慣れた感じと違和感がないの
は素晴らしいものだ。
また今回の小林は、ギターの弾き語りと劇中歌の作詞作曲に
も挑戦しており、その出来もなかなかのものだった。



2009年07月19日(日) 恐竜ランド、ホースメン、女の子ものがたり、孫文、南の国のフリムン、Elic Clapton & Jeff Beck Live、白日夢+製作ニュース

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『マーシャル博士の恐竜ランド』“Land of the Lost”
アメリカでは1974年から3年間に亙って放送されたお子様向
け30分SF冒険シリーズからの映画化。
僕はオリジナルのシリーズは観ていないが、2005年5月15日
付のサイトの記事でも紹介したように、当時の番組を手掛け
今回の製作も務めるクロフト兄弟は典型的な子供番組の製作
者。当時の番組脚本家に錚々たるメムバーが並んではいるも
のの、同兄弟の別の作品などから想像するとあまり大掛かり
な作品だったとは思えない。
そんなオリジナルから今回は、2004年『レモニー・スニケッ
トの世にも不幸せな物語』のブラッド・シルバーリングの監
督、2006年『主人公は僕だった』のウィル・フェレルの主演
で映画化が行われた。
物語は、タキオン理論により時空を超越する装置が作れると
主張したものの、学会からは無視された科学者が主人公。彼
はその装置を完成し、彼の理論が正しいことを証明したいと
息巻く女性と共に実験を行う。そして2人は、実験に巻き込
まれた男性と共にパラレルワールドに到達するが…
何とも安易な発端の設定だし、そこから後のお話の展開もあ
まりSF的とは言えないものに終始する。とは言え元々がお
子様番組の映画化、そういう気分で観ればこれも有りという
感じの作品だ。
ただし主演のフェレルは、2007年10月に紹介した『俺たちフ
ィギュアスケーター』や昨年6月紹介の『俺たちダンクシュ
ーター』の主演でもあり、そのアクの強さは相当と言える俳
優。そのアクの強さがこの作品にも随所に現れている。
したがって、そんなフェレルの演技を気楽に楽しめれば本作
も充分に楽しめるものだが、何かに引っ掛かるとちょっと厳
しくなってしまうかも知れない。そんなことにならないよう
に出来るだけお気楽に楽しみたいものだ。
共演は、1998年『スカートの翼をひろげて』や2005年『GO
AL』などのイギリス人女優アンナ・フリエル。他に『トロ
ピカル・サンダー』などのダニー・マクブライド、SNLの
脚本演出を手掛けるヨーマ・タッコンらが登場する。

『ホースメン』“The Horsemen”
『アルメゲドン』などのマイクル・ベイ監督が立上げたホラ
ー専門プロダクション=プラチナム・デューン製作の作品。
新約聖書「ヨハネの黙示録」第6章に準えた連続猟奇殺人事
件が、デニス・クェイドの主演で描かれる。
事件の発端は、凍結した川面で発見されたある物体。そして
その物体の置かれた現場には、その周囲の東西南北に位置す
る木に、それぞれ‘come and see’というメッセージが残さ
れていた。
物語の主人公はその事件を追う刑事。最近妻を亡くした刑事
には2人の息子がいたが、まだ幼い弟の面倒は高校生の長男
に任せきりで、そのことには負い目を感じていた。だから長
男がチケットを手に入れたスポーツ観戦にも一緒に行く約束
をするのだが、折悪しく呼び出しの電話が鳴ってしまう。
それはリグに宙吊りにされた死体。しかもその内臓の一部が
抜かれていた。さらにそこにも‘come and see’というメッ
セージが…そしてそのメッセージが聖書からの引用であるこ
とが判明し、それはさらなる惨劇も暗示していた。
聖書の言葉というのは普通に読むと意味不明のものが多く、
そこにはいろいろな解釈も存在する。そしてこの「ヨハネの
黙示録」でも、その最悪の解釈は人類の滅亡を意味するとも
されているもののようだ。そんな最悪のシナリオも含めて、
いろいろな背景の絡んだ物語が展開されて行く。
共演は、被害者の養女役にチャン・ツィイーの他、 2005年
『サムサッカー』のルー・テイラー・プッチ、前回紹介した
『アドレナリン2』のクリフトン・コリンズJr.など。
脚本は、2005年にザ・ロックが主演した『DOOM』(PC
ゲーム“Doom 3”の映画版)などを手掛けているデイヴィッ
ド・キャラハム。監督は、スウェーデン出身でマドンナのP
Vなども手掛けているジョナス・アカーランド。
基本的に聖書ものは、特にその暗示に関わるものは他宗派の
人間には判り難い。そんな条件の作品だが、本作が伝えよう
とするメッセージは判り易く、自分なりにいろいろと考えて
しまうものではあった。

『女の子ものがたり』
西原理恵子原作による半自伝漫画の映画化。
西原漫画の映画化では、今年はすでに『いけちゃんとぼく』
が製作されているが、実は完成披露試写も観せて貰ったこの
ファンタシー作品を、僕はあまり好きになれなかった。
その理由はいろいろ有るが、僕自身が西原漫画には何となく
毒が強い印象を持っていて、それが前作では違和感に感じて
しまったところもあったようだ。ただしこの毒の部分は、一
般には評価されているようだが僕自身は好みではない。
そんな思い込みを持ちながら観に行った本作だが、本作では
前半からいじめやDV(ドメスティック・ヴァイオレンス)
のオンパレードで、その毒気は、最初の内は思い込みのせい
もあってかなり退く感じにもなってしまった。
しかし物語の後半になって、主人公がそれが現実だと気付き
始める辺りから、何か心に突き刺さるものを感じ始めた。原
作は半自伝だそうだが、紛れもなくここに描かれているもの
が今の日本の現実でもあるのだろう。
僕自身、このようないじめやDVを目撃したこともあり、こ
の映画に描かれたことが実話に基づくとしたら、そこから目
を逸らすことはできないとも感じられた。
物語は多感な少女の青春時代を描いたもので、そこにはいろ
いろな思いが詰まっている。その映画化は少女版『スタンド
・バイ・ミー』を目指したとのことで、作者自身が登場して
その思い出話が綴られる形式となっている。
そこには甘美な部分も有るが辛いものもある。そして、全体
を通じてのやるせない感じが、最後に強く印象に残る作品だ
った。
出演は、深津絵里、大後寿々花、森迫永依が3世代の主人公
を演じる他、『空へ』の高山郁子、『ちーちゃんは悠久の向
こう』の波瑠、『うた魂♪』の三吉彩花、佐藤初が同級生を
演じている。
その他に、福士誠治、風吹ジュン、板尾創路、奥貫薫らが共
演。脚本・監督は昨年の東京国際映画祭「ある視点」部門で
特別賞を受賞した『小猫の涙』の森岡利行が担当。
女性の物語だし、男性の僕には分かり難いところもある。た
だまあ、それだけではない部分でいろいろ考えさせられる作
品ではあった。なおプレス資料の表紙には“Your Story”と
記されてあったが、これを英語題名にするつもりなのかな。

『孫文』“夜明”
1910年、辛亥革命前夜の孫文の英領マラヤ・ペナン島におけ
る活動を描いた歴史ドラマ。
この年6月23日に日本からの退去を通告された孫文は、香港
でも上陸不許可となった後、7月11日にシンガポール上陸。
その後にペナンに入ったとされている。その当時の孫文はす
でに何度かの蜂起に失敗、革命資金の流用の噂などもあって
窮地に立っていた。
そして孫文は、ペナンではとある富豪の華僑の許に身を寄せ
るのだが、そこでも状況はあまり芳しくない。その一方で、
孫文の首には多額の懸賞金が賭けられ、本国からの暗殺者や
一攫千金を狙う者たちも暗躍を始めていた。
そんな中で孫文がペナンに住む華僑たちを動かし、革命への
支援を勝ち取って行く姿が描かれる。またそこには、孫文に
信頼を寄せる富豪の一人娘や、長年孫文の世話を続けてきた
女性の姿もあった。
実はこのペナンでの孫文の動向はあまり記録が残されていな
いのだそうで、従ってここに描かれたドラマがすべて史実に
基づいているかどうかは明確ではなさそうだ。しかし、長年
世話をした女性の存在は事実のようで、それはそれなりの物
語となっていた。
その他、港湾労働者のストライキなども史実は伺い知れない
ものだが、実際に革命の資金が集まる切っ掛けはあったはず
だから、この映画のような事があってもおかしくはないもの
だろう。そしてそれが、辛亥革命→国民政府の樹立へと繋が
って行くものだ。
出演は、1997年『宗家の三姉妹』でも孫文役を演じていた趙
文宣、2002年『THE EYE』などの李心潔。他に呉越、趙崢、
王建成らが共演している。監督は、過去には香港ニューウェ
ーブの旗手とも呼ばれた趙崇基。
巻頭、たどたどしい日本語の台詞で始まり、日本とも関係の
深い人物の物語ではあるが、やはり他所の国の歴史という感
覚は拭えない。それでも本作には、微妙な女性の心理や、暗
殺者との銃撃戦、クラシックカーのカーチェイスなど見所は
多く、2時間を越える上映時間を飽きさせなかった。
それに現マレーシア政府の協力も得て再現された20世紀初頭
のペナンの風景など、エキゾチックな雰囲気も味わえ、歴史
に関心がなくても楽しめる作品に思えた。

『南の国のフリムン』
お笑いコンビ・ガレッジセールのゴリ監督主演によるゴリの
故郷沖縄を舞台にした作品。
物語は、ゴリ扮する地元でフリムンと呼ばれる男が主人公。
両親はすでに他界して隣家の叔父夫妻のやっかいになってい
るが、養豚場を経営する叔父と共にそれなりの生活はしてい
る。因にフリムンとは沖縄方言で「愛すべきおバカさん」と
いうような意味らしい。
そんな男がある日、米兵も集まるポールバーで花形ダンサー
に一目惚れしたことから面倒が起こり始める。そのダンサー
には屈強な米兵も目を付けていて、横柄な態度で周囲からも
鼻摘みの米兵にダンサーを賭けて自ら挑戦する羽目になって
しまったのだ。
そこに、叔父が以前に習っていたという沖縄空手の達人も登
場して、主人公が米兵に挑むまでの顛末が綴られて行く。
空手修業の模様には、現在リメイクが進められている1984年
『カラテキッド』のパクリのようなところもあるが、単純な
作業の繰り返しが思わぬ力を発揮するという展開が、オリジ
ナルとは異なる形で活かされているのは笑えたところだ。
その他にもいろいろな笑いのテクニックが随所に活かされて
いて、これでこそお笑い芸人の映画という感じもした。当然
恰好の良さなどは有り得ないが、それも芸人の作品というと
ころだろう。下ネタも多いけれどそれなりに納得できる範囲
には納まっていた。
共演は、元Folder5のAKINA、『ホテル・ハイビスカス』など
の照屋政雄、平良とみ、お笑いコンビ・ハムの諸見里大介、
ゴリの相方の川田広樹ら。他にもDA PUMPのメムバーや主題
歌も歌っている夏川りみの友情出演など、出演者は沖縄出身
者で固められている。
またナイジェリア出身のボビー・オロゴンが米兵役で出演の
他、トム・クルーズのそっくりさんが怪しげなパロディを繰
り広げるなど、細かな細工も仕込まれていた。
本作は吉本興行と角川映画の提携による映画製作の第2弾と
のことで、実は第1弾も観ているのだが、その作品は、監督
はしているが出演していない芸人の態度も気に喰わず、あま
り自分の好みには合わなかった。
そんな訳で今回も多少の不安は抱えながら観に行ったものだ
が、思いの他にしっかりと作られていて今回は気に入る作品
だったものだ。芸人はやはり自分のために作るのが本来の形
なのだろう。

“Live from Madison Square Garden”
“Jeff Beck: Live at Ronnie Scott's”
エリック・クラプトンとジェフ・ベック。1960年代のロック
バンドThe Yardbirdsの元メムバーだった2人のミュージシ
ャンのライヴを納めたコンサートムーヴィ。それぞれは90分
と100分の独立の作品だが、音楽は僕の専門でないし、試写
も2本まとめて行われたので一緒に紹介してしまおう。
この2人に、やはり元The Yardbirdsのジミー・ページを加
えた3人が世界3大ギタリストと呼ばれるそうだが、中でも
クラプトンのテクニックと、ベックのギターの可能性を極限
まで高めたと言われる演奏法は著名なもののようだ。
そんな2人のライヴの映像だが、まず1本目は、クラプトン
と共に1968年にBlind Faithを結成したスティーヴ・ウィン
ウッドとの2008年2月に行われた、ニューヨークはマディス
ン・スクエア・ガーデンでのジョイント・ライヴの模様が納
められている。
共に還暦を過ぎの2人のミュージシャンを観に集まった観客
も正に熟年過ぎという人たちだが、その熱狂ぶりが微笑まし
い以上に、クラプトンの異常なまでの攻撃的ともいえる演奏
が見事に写し出された作品だ。
それは途中からキーボードに切り替えたウィンウッドに対し
て、執拗なまでに演奏でけしかける、超絶という言葉が正に
ピッタリの凄まじいテクニックの応酬で、それは音楽には部
外者の僕にも圧倒的な迫力で迫ってきた。
そしてもう1本は、ベックが2007年11月にロンドンのジャズ
・クラブで行った演奏の模様を納めた作品。こちらは、これ
が1本のギターから紡ぎ出されるのかと思うほどの多彩なサ
ウンドに溢れたもので、正にギターの持つ可能性を身を持っ
て体験させてもらえた。
それにこの作品では、ベックの優しさ暖かさも存分に描かれ
ており、特に2人の女性ゲスト歌手やクラプトンとの共演シ
ーンでは、一旦は完全に伴奏に下がりながら、必要なところ
ではその存在を示してみせる、その懐の深さにも感動した。
なお試写は、日本版のタイトル表記も字幕も一切なしのオリ
ジナル版で行われたもので、従ってここでも邦題なしで紹介
しているが、一般公開でMCなどに字幕が付くかどうかは不
明。と言っても大したことは話していなかったようだが。
ただし、本作は音響も充分に計算されて作られているので、
鑑賞にはできる限り音響の優れたスクリーンを選びたい。僕
はイマジカの第2試写室で鑑賞したが、最前列のシートでの
鑑賞は、正に圧倒的な迫力だった。

『白日夢』
谷崎潤一郎原作による官能戯曲の映画化。
同じ戯曲からは1964年に武智鉄二監督による映画化があり、
その作品は2006年8月に本サイトでも紹介している。そして
武智監督は1981年に自らリメイクを手掛け、その作品は日本
初の「本番」映画として話題を撒いたものだ。
今回はそのリメイク版でヒロインを務め「本番」女優として
名を馳せた愛染恭子が共同監督に参加しており、それなりの
リメイク作品ということにもなるもののようだ。
64年版については以前の紹介でも書いたが、そのファンタス
ティックな展開などは今観ても斬新に感じられるほどに時代
を超越している作品だった。その作品を、さらに過激にリメ
イクした作品の主演女優が今回は監督に挑戦している。
物語は、とある交番に勤務する警官が主人公。彼は勤務中も
夢見心地だったりする性分だが、ある日のこと空き巣の通報
で出動した彼の前に現れた被害者は、彼の夢に出てくる女性
にそっくりだった。
やがて歯の治療で訪れた歯科医院で看護婦を務める彼女に再
会した主人公は、治療の際の麻酔で寝ている間に再び彼女の
夢を観る。しかしそれはただならぬ内容のものだった。そし
て彼女から被害届の取り下げが申し出られるのだが…
主人公の妄想と現実が交錯するという構成は64年版と同様だ
が、本作ではそれがかなり現実的で、ファンタスティックと
いう感じには作られていない。それでそこをどう評価すれば
いいのかが悩ましいところで、正直には僕の守備範囲ではな
いという感じもした。
もしかしたら、監督以下の映画の制作者たちが極めて真面目
で、谷崎の原作を真面目に解釈したのが本作というところな
のかも知れない。脚本は、2007年瀬々敬久監督『刺青』や、
2009年木村祐一監督『ニセ札』も手掛ける井土紀州。共同監
督にはピンク映画出身のいまおかしんじが名を連ねている。
主演は、元ジャニーズJr.の大坂俊介と本作がデビュー作の
西条美咲。他に鳥肌実、小島可奈子、菅田俊らが共演してい
る。ただまあ、愛欲シーンでパンツを履いたままの男優には
多少がっかりした。
なお、本作の9月公開に併せて64年版、81年版及び87年製作
『白日夢2』の旧作3本のレイトショウ上映が東京銀座シネ
パトスで行われるようだ。
        *         *
 今回は久しぶりに製作ニュースを2つ紹介しよう。
 まずは3D映画の話題で、昨年12月1日付第172回の中で
ディズニーの3D化計画の一環として題名だけ報告した“G-
Force”という作品に関して、かなり面白い試みがされるこ
とになった。
 実はこの作品では、その後の見直しで一度は3D製作がキ
ャンセルされていたようなのだが、それを再度3Dに変更す
ることが発表されたものだ。しかもこの時点ではすでに実写
の撮影も半ばを過ぎているというのだが…ここで今後の3D
映画製作に一石を投じそうな動きが現れている。
 その1つ目はソニー・イメージワークスの存在で、『ポー
ラー・エクスプレス』なども手掛けたVFXの大手会社が、
本作のVFXシーンの関してその3D化を行うことを発表し
た。因に同社では、『ポーラー…』でも撮影時は2Dだった
ものを、その後にIMAX-3D化して現在の3Dブームに繋がる
大成功を納めたものだが、そのテクニックを今回も活かすこ
とになるようだ。
 そしてもう1つは実写シーンの3D化で、ここにはすでに
複数の会社が参入しており、その手腕が試されることになり
そうだ。何れにしてもすでに報告されている技術の組み合わ
せということにはなるが、1つの作品の中で双方の技術が一
緒に採用されるのは初めてのことになるようで、その成果が
期待されている。
 元々3D映画の製作では、カメラ一つにしても専用のもの
を用意する必要が在るなど、ジェームズ・キャメロンのよう
に全てをそこに傾注するのでなければ一朝一夕に実現できる
ものではない。それを今回は、2Dで撮影した後に3D化す
ることで撮影の負担を軽減するものだが、以前からその方式
も提案されてはいたものの全編となると経費の点などの問題
も生じていたようだ。
 そこでさらに今回は、VFXシーンと実写シーンの3D化
を分けることで実現可能にするものだが、ただしこの方式で
は両者のテクニックの融合も問題になってくる。これには、
イメージワークスで3Dを研究しているロブ・エングルとい
う技術者が腕を振るうことになるようで、基本イメージワー
クスの主導で進められることになるようだが、うまく行って
欲しいものだ。
 なお当初の計画では2009年の公開となっていた作品だが、
そのままなのだろうか。
        *         *
 もう1本はシリーズの情報で“Resident Evil”(バイオ
ハザード)の第4作が2010年9月11日の全米公開予定で製作
されることが発表された。
 その題名は“Resident Evil: Afterlife”。これはつまり
ポール・WS・アンダースンが当初掲げていた3部作の完結
篇となるものだ。そしてその撮影に向けてカナダのトロント
に在るスタジオに、9月28日から8週間の予約が入れられた
そうだ。
 キャスティングは未発表だが、ミラ・ジョヴォヴィッチと
アリ・ラーターの再演は在るとのことで、前3作の合計では
3億8000万ドルを稼いでいる作品には、その他のメムバーも
戻ってきそうだ。ただし、監督が未定でアンダースンが自分
でやらないのならその選考が大変になりそうとのことだ。
 因に、物語の舞台は東京との情報も在るものだ。



2009年07月12日(日) アドレナリン2、TAJOMARU、サマーウォーズ、ワイルド・スピード4、千年の祈り、悪夢のエレベーター、BLACK WATER、ココ avant シャネル

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『アドレナリン/ハイ・ボルテージ』
                “Crank: High Voltage”
2007年に日本公開されたジェイスン・ステイサム主演『アド
レナリン』の続編。前作の結末で絶体絶命だった主人公が生
き長らえ、再び大暴走の犯人捜しを繰り広げる。
実は前作は配給会社の関係で観ていないのだが、今回は配給
が変わって試写を観られた。それで前作との繋がりはほとん
ど判らないのだが、取り敢えず前作で有り得ない状況から生
き延びたことが、今回の物語の切っ掛けではあるようだ。
それは、ある組織の101歳の長老が主人公の強靱な肉体に目
を付け、取り敢えず彼の心臓を取り出して移植。さらに他の
部位も使うため主人公には人工心臓を持たせたというもの。
ところがその人工心臓は駆動電源が1時間しか持たない粗悪
品で、主人公はいろいろな手段で充電を繰り返しながら奪わ
れた心臓を追いかけることになる。
前作は中国の特殊な毒を打たれ、毒が回れば1時間で死ぬと
宣告された主人公が、アドレナリンを出し続ければその毒の
回りを止められると判り、自分を常に興奮状態に置きながら
その解毒剤を追いかける…というものだったようだが、そん
な支離滅裂な状況を今回も無理矢理生み出しているものだ。
そしてその充電の方法は、自動車のバッテリーから信号機、
さらには静電気と様々だが、中には科学的にはおかしなもの
も含まれる一方で、日本でも昔の隠語で発電と言っていたな
あ…というようなものもあって、かなり飛んでもないものに
なっている。因に日本公開はR-18指定の作品だ。
共演は、前作に引き続いてのエイミー・スマート、ドワイト
・ヨーカム、エフレン・ラミレッツ。それに加え、先にバン
コックで急逝したデイヴィッド・キャラダイン、2005年『カ
ポーティ』で殺人犯役を務めたクリフトン・コリンズJr.、
『TAXi(3)』などのバイ・リンらが登場する。
先に紹介したステイサムの『トランスポーター3』はかなり
スマートな作品だと思うが、それに引き換え本作は…でも、
こんな目茶苦茶な作品も作ってしまうのがアメリカ映画の底
力かな。脚本監督は、前作と同じマーク・ネヴィルダイン&
ブライアン・テイラーが担当している。
なおキャラダインは、昨年ステイサム主演でリメイクされた
『デスレース』のオリジナルに主演しており、もし来日した
らその辺の経緯なども聞きたかった。合掌。

『TAJOMARU』
題名は漢字では「多襄丸」と書く。黒澤明監督が1951年のヴ
ェネツィア映画祭を征した『羅生門』の原作/芥川龍之介の
短編小説『藪の中』に登場する盗賊=多襄丸に発想を得て新
たに創造された作品。
平安時代の物語。主人公の直光は次期管領職を約束された畠
山家の次男。家督を継ぎ管領職にも就こうという長男と共に
成長しているが、彼自身は人生に目標を見出せない。しかし
彼の側には幼馴染みで大納言の娘の阿古姫が居り、2人は将
来も誓い合っていた。
そしてもう1人、直光が幼少の頃に命を助け家臣として召し
抱えた下人の子・桜丸。彼も直光らと共に居て、4人は兄弟
のように成長してきたのだが…
やがて阿古姫の親の大納言が死去し、時の将軍足利義政は兄
弟の何れかが阿古姫を娶り、大納言の遺産を引き継いだとき
に、その者に管領職を授けると宣言する。それはその遺産を
義政に献上せよというお達しでもあった。
こうして兄弟と桜丸も含めた骨肉の争いが勃発。そして直光
は、阿古姫と共に都を離れる決心をするのだが、その道行き
で多襄丸に出会ってしまう。
出演は、小栗旬、実生活でも小栗と同じ事務所の後輩という
田中圭、女優真野響子の1人娘の柴本幸。他に、やべきょう
すけ、松方弘樹、萩原健一らが共演。
脚本は。初期には『ウルトラセブン』なども手掛けていた市
川森一と、本作のプロデューサー山本又一朗の別名である水
島力也。監督は、1998年『SFサムライ・フィクション』な
どの中野裕之。
試写後に行われた記者会見で山本は「小栗旬の舞台を観て、
この役者で映画と作りたいと思った」と、本作の映画製作の
動機を語っていたが、その通りの正しく舞台で芝居を観てい
るような感じの作品が展開される。
それは全編を2台のカメラで、常に台詞を言う側と聞く側の
役者を撮影するという撮影方式にも拠るかも知れないが、そ
のまま舞台で上演しているような演出スタイルで貫かれ、そ
れは良い意味で最近の映画とは少し違う感触になっている。
そして描かれるのは『羅生門』の世界。ここでも山本は「黒
澤作品に太刀打ちできるはずがない」としながらも、そのポ
イントをド真中に据えて、見事にそれを拡張させてみせた作
品になっている。
特に当時の政治情勢を模した物語は、史実ではないものの、
それなりの時代背景を作り上げる一方で、そこに描かれる愛
憎劇は現代にも通じる面白い作品に仕上げられていた。
最近流行りのナチュラルではない大芝居が観られる作品。そ
れもまた映画=演劇の面白さとも感じられた。

『サマーウォーズ』
2006年公開の『時をかける少女』が高い評価を受けた監督・
細田守、脚本・奥寺佐渡子、キャラクターデザイン・貞本義
行のトリオによる新作。
夏休みを迎えた高校2年の男子が主人公のお話。彼は憧れの
先輩女子にアルバイトを頼まれて、彼女と共に信州上田の実
家を訪れる。ところがその夜、彼の携帯に届いた数字の暗号
を解いたことから、大変な事件に巻き込まれることになる。
物語の背景では、OZと称するネット上のヴァーチャル世界
が運用されており、それはいつの間にか世界を動かすコミュ
ニケーションの根幹となっていた。そしてその日、彼が解い
た暗号が原因でそのセキュリティーが破られる。
それはやがて、全世界を巻き込む未曾有の災厄をもたらして
行く。この事態に、実は謎の実力を持つ集団だった上田の一
族が立ち上がり、ヴァーチャル/リアルの2つの世界に跨が
った戦いが始まるが…
この種のヴァーチャルウォーズものは、『マトリックス』の
3部作を筆頭に数々作られているが、本作ではその3部作の
結末で残った溜飲が一気に下がったように感じた。それはヴ
ァーチャルを見てくれ優先で描くのではなく、物語としてし
っかりと描こうとしているもので、その結末にはそれなりの
満足が得られたものだ。
もちろん、まだ甘いところや説明不足が感じられる部分もな
いではないが、ヴァーチャル世界での戦いと、それがリアル
世界にもたらす影響がそれなりに納得できるようにうまく描
かれていた。
特に、物語の全体がリアル社会には知らされずに進行してい
るという設定が見事で、それでも気づいている人々もいると
いう展開には、SF的なセンスオブワンダーと、ある種のカ
タルシスも感じさせてくれた。
作家たちの前作『時かけ』に関しては公開時に観る機会がな
く、今回参考としてヴィデオで鑑賞したが、青春ドラマとし
ては良いかも知れないが、正直に言ってあまりセンスオブワ
ンダーを感じなかった。
この前作は、確かにオリジナルの設定に乗った作品ではある
が、その設定からの広がりやSF的な感動に乏しいものだっ
たのだ。その不満が本作では解消されていた。しかも青春ド
ラマの部分もちゃんと残されていたのにも感心した。
実は、6月中に上映時間1時間50分の未完成ラッシュフィル
ムでの上映が行われその時にも鑑賞したが、当時はネットで
の紹介は控えて欲しいとの要請があった。そこで今回は、改
めて上映時間1時間54分の完成版を見直しての紹介をしてい
るものだ。
お陰で内容的な理解度も上がったと思うのだが、映像的には
それなりに細部にも拘わって描かれていたようだ。それにラ
ッシュ時とは少し編集も変わって、テンポなどが改良されて
いるようにも観えた。
2006年の『時かけ』を楽しめた人には充分に楽しめると思う
し、さらにSFファンにも満足できる作品と言えそうだ。

『ワイルド・スピードMAX』“Fast & Furious”
2001年に公開されて大ヒットしたシリーズの第4弾。と言っ
ても、第1作の主演者の内で第2作に出演したのはポール・
ウォーカーのみ。さらに第3作では舞台も東京に移して、物
語的にも繋がりの薄いシリーズになっていた。
ところがこの第3作では、最後にサプライズなオリジナル俳
優の登場があり、そして本作では、ヴィン・ディーゼル、ウ
ォーカー、ミシェル・ロドリゲス、ジョーダナ・ブリュース
ターのオリジナルメムバーが勢揃いで再登場した。
さらに本作には、第3作から韓国系アメリカ人俳優のサン・
カンが再登場するなど、微妙に継続性も保たれている。また
監督は第3作のジャスティン・リンが担当しており、脚本も
クリス・モーガンが引き続き担当しているものだ。
そして物語は、オープニングはアメリカ国外での大アクショ
ンで始まるものの、主な舞台はロサンゼルスに戻って、違法
公道レースをメインに置いたカーアクションが展開される。
そこにFBIが絡むのも、第1作の物語の再構築となってい
る。
ただし、第1作の監督ロブ・コーエンがカーアクションを華
麗に観せることに執心したのに比べると、以後の作品ではキ
ャラクターの人間ドラマもそれなりに描き込んでおり、特に
本作では、ディーゼルとロドリゲスの関係が中心に描かれて
いた。
とは言え、カーアクションも強烈に描かれているもので、本
作のオープニングでは第1作を髣髴とさせるチームプレイで
の大型トレーラー強奪作戦がVFXも使って展開される。そ
れは第1作では謎だった部分も含めて、ある種のオマージュ
にもなっていたようだ。
ただし第1作では、夜間の作戦が特殊な車のライティングな
どで飽く迄も華麗に描かれていたのに対して、VFXも使っ
た本作は如何にも力ずくという感じがした。その辺がコーエ
ン監督との資質の違いとも言えそうだ。
なお製作は、第1作から継続してニール・H・モリッツが担
当。また原題は、第1作のときには真ん中が“and the”だ
ったもので、微妙に違えられている。さて、これで第5作は
あるのかな?

『千年の祈り』“A Thousand Years of Good Prayers”
デビュー作にしていきなりヘミングウェイ賞などを受賞した
中国生まれでアメリカ在住の女流作家イーユン・リーの原作
を、1993年『ジョイ・ラック・クラブ』などのウェイン・ワ
ン監督が映画化した作品。
文化大革命を生き抜いた老境の父親がアメリカで暮らす娘の
許を訪ねる。最近妻を亡くした父親と離婚したばかりの娘。
しかも、中国とアメリカという違う社会の中で暮らす2人の
微妙な関係が描かれて行く。
と言っても、親子の関係はどのような背景にあってもあまり
変わるものではない。自分自身が娘を育ててきた者として、
この作品に描かれた親子の関係は他人事ではないし、いろい
ろなものを考えさせられてしまった。
元はロケット学者だったとされ、無口な母親とも幸せな毎日
だったと語る父親に対し、娘の見解はそうではないようだ。
そしてアメリカの大学に務める娘の生活も、父親の想像とは
違ったものになっている。
元々遺伝子的に女性は自分の父親を好きにならないようにさ
れているのだそうだ。それは生物としての配慮のようにも思
えるものだが、それでも父親は娘の身を心配し愛情を注ごう
とする。それは娘が苦難の中にあるとすれば尚更だろう。
ところが娘はそれを意に解さない。それは父親の側にもいろ
いろな問題はあったのだろうが、ここに描かれた父親の問題
は少し見方を変えれば、自分にだって心当たりがないとは言
えないものだった。
そんな訳で僕はこの作品を純粋に映画としては観られなかっ
たし、だからこの作品を冷静に評価できているとは思えない
ものだ。ただ自分としては、父親の悩みというのはどの国民
にとっても同じものなのだと言うことが判って、少しほっと
した気持ちにもなれた。
出演は『ラスト・エンペラー』などのヘンリー・オー、『ジ
ョイ・ラック…』にも出ていたフェイ・ユー。他にイラン出
身のヴィダ・ガレマニ、『クローバー・フィールド』や『ス
ター・トレック』にも出演のパシャ・リチニコフ。
なお本作は日本の会社が主な製作に当っているもので、国籍
は日本映画かも知れない。

『悪夢のエレベーター』
停止したエレベータに閉じ込められた人々を描いた木下半太
原作の映画化。同様の設定の作品は古今東西いろいろあると
思うが、本作では敢えてエレベーターの外にも話を発展させ
て、別の要素も含んだ物語が展開される。
同様の作品では、2001年にお笑いグループ・ジョビジョバの
リーダー・マギーが監督した『ショコキ!』という作品が記
憶に残っているが、同作にも出ていたモト冬樹が本作にも出
演して、監督は構成作家としても活躍する堀部圭亮が初長編
作品として手掛けた。
停止したエレベーター。そこにはヤクザ風の男と、ジョギン
グに向かう途中だったという中年男性、ゴスロリの少女、そ
れに若い男性の4人が閉じ込められて、それぞれに訳あり風
の男女の物語が展開される。
その中でも、若い男は妻が産気づいて急いで自宅に帰ろうと
しているのだが、その割りには乗っているのが住居マンショ
ンの下りエレベーターというのも変な話だ。その他にも、過
去や現在の各自の置かれている立場などが徐々に明らかにさ
れて行く。
携帯電話も普及している現代でこの設定にはいろいろ無理が
あって、観る前には何故外部との連絡が取れないのだろうな
ど、いろいろ考えてしまった。しかし作品ではうまくその辺
が説明されており、まあこんなこともあるかも知れない。
そしてそこからの外部への展開が、正直にはこちらこそが支
離滅裂なのだが、その無理を承知の展開がフィクションとし
て楽しめた。まあこちらも、「そんなこともあるかも…無い
よ!」と言うようなものだ。
出演は、モトの他には内野聖陽、佐津川愛美、斎藤工。上記
のキャラクターとは一目瞭然という感じの配役だ。その他、
本上まなみ、大堀こういち、芦名星が共演。芦名は『鴨川ホ
ルモー』『カムイ外伝』に続いて、毎回異なる役柄なのも面
白い。
堀部の監督は、基本コメディの作品で、笑い所もしっかり演
出されているのは当然だが、それ以外の人間ドラマも手堅い
感じで、最近のお笑い芸人による監督作品の中では、一つ頭
を出している感じがした。

『ブラック・ウォーター』“Black Water”
クロコダイルに襲われた人間の姿を描いた実話に基づくとさ
れる作品。
ヴァカンス旅行でオーストラリア北部に出掛けた姉妹と姉の
恋人の3人がリヴァーフィッシングのツアーに参加する。そ
れはやがて広大なマングローブの森に到着し、釣り糸を垂れ
る一行の乗ったボートの底から、突然突き上げるような衝撃
が襲って来た。
そして、転覆したボートから辛くも近くのマングローブの幹
によじ上った一行には、携帯電話なども使用不能となり、残
る脱出の手立ては水面に船底を見せているボートだけとなる
が…そこに、黒く淀んだ水の中から恐怖の陰が忍び寄る。
オーストラリア北部は最近人口も増えているが、同時に河川
に生息するワニ=クロコダイルの数も増加しているのだそう
だ。そして映画では、先に主人公たちがワニ園を訪問するシ
ーンなども織り込まれてクロコダイルの凶暴さが印象付けら
れる。
そしてこの作品では、現地を訪れた人なら誰でもが巻き込ま
れる可能性のある現実的な事件が、極めてリアルに描かれて
いると言える。しかも、撮影は北部ではないが実際のマング
ローブの沼地を使って行われ、クロコダイルの映像も本物だ
そうだ。
それでなくても、テレビで人気だったクロコダイルハンター
が襲われて亡くなったとか、クロコダイルの凶暴さはいろい
ろと知らされているものだが、本作でも樹上にいる人間にま
で襲いかかってくるなどの強烈さは、最近の動物愛護的な映
画の多い中では出色だ。
しかも、襲ってきたときの映像の呆気なさにも逆に衝撃を受
けるもので、まさに瞬殺という感じで描かれている。これは
単に残酷描写による観客の年齢制限を避けるためのものでも
なさそうだ。さらに孤立無援となる恐怖も描かれていた。
出演は、オーストラリアテレビ出身のダイアナ・グレン、舞
台出身のアンディ・ロドレーダと、5歳の時から映画に出て
いるというメーヴ・ダーモディ。特に妹役のダーモディは今
後の活躍が期待できそうだ。
監督と脚本は、共に共同で担当のアンドリュー・トラウキと
デイヴィッド・ネルリッヒ。演出のスタイルは多少淡泊な感
じもするが、大袈裟すぎるのよりは良いという感じだ。

『ココ・アヴァン・シャネル』“Coco avant Chanel”
フランスのファッションデザイナー=ココ・シャネルの伝記
映画。5月に紹介したシャーリー・マクレーン主演『ココ・
シャネル』の記事でも触れたオドレイ・トトゥ主演、フラン
ス版の伝記映画がワーナー配給で日本公開されることになっ
た。
本作では、5月の作品にも登場したイギリス人との悲恋が描
かれる。このエピソードは、生涯を独身で過ごしたシャネル
にとっては唯一の本当に愛したと言える男性とのラヴロマン
スのようで、映画にするにはこのポイントしか無いというこ
とのようだ。
ただし僕は、幸か不幸か5月の作品を先に観ていたので、こ
の物語の前後の様子などもそれなりに知識として入っていた
ものだが、果たして本作だけを観てそこまでの理解が容易に
できるものかどうか。フランスではともかく日本ではちょっ
と心配にもなった。
しかしそれは、僕が5月の作品を観ていたから受けた印象な
のかも知れないし、その辺は今の僕には判断できない。正直
には、この作品を先に観て、それから5月の作品を観た方が
良かったかも知れないと思える程度だ。
それはともかく本作では、正真正銘のフランスを舞台に、全
ての台詞がフランス語で描かれたシャネルの人生の最盛期を
観ることができる。それは現代に生きる女性にも、人生の指
針となるはずのものだ。
共演は、2002年『ル・ブレ』などに出ていたブノワ・ポール
ブールド、1997年『フェイス/オフ』などのアレッサンドロ
・ニヴォラ、2005年『美しき運命の傷痕』などのマリー・ジ
ラン。
ドモンド・シャルル=ルーの原作に基づくもので、この脚本
には1988年『危険な関係』などのクリストファー・ハムプト
ンが協力しているようだ。
因に、シャネルがパリのガンボン通りの初めて帽子屋を開い
たのが1910年だそうで、来年はその100周年となる。ここに
来て彼女の伝記映画が相次いで公開されるのもその影響なの
だろうか。



2009年07月05日(日) エッチを狙え、さそり、アンナと過ごした4日間、シャンソニア劇場、HIGH WATER、牡丹灯籠、サブウェイ123、HP/謎のプリンス

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『エッチを狙え!』
葉月京の原作『イヌネコ』から『死神の精度』の小林弘利が
脚色し、『春琴抄』の金田敬が映画化した作品。
男性に触れると発疹ができて意識を失うほど純真な女性教師
と、その教師に恋をし女装で彼女が務める女子高に入学した
若者。そして、その若者の従姉妹で幼い頃からの彼への思慕
を持ったまま育ってきた女子高生。
こんな3人が1つ学校に揃っての擦った揉んだの恋愛劇が描
かれる。つまり女子高生→若者→女性教師という一方的な恋
愛感情で、これでは何も成就しないと思われるのだが、これ
が女性教師と女子高生の人格が入れ替わって…という展開に
なる。
人格の入れ替わりというのはいろいろ名作もあるものだが、
通常は男女の人格が入れ替わるから、そこに感情の乱れやド
ラマが作られるものだ。それが本作では女性同士、ただし一
方が清純な女性教師で、他方は行け行けギャルという辺りが
捻りとなる。
とは言うものの、物語はその設定が余り活かされているもの
でもなく、特に女性教師が男性に触れると発疹が出るという
設定が何故途中で解消されたのかも理由が判然としない。そ
の辺は小林の脚色に期待もしたのだが、ちょっと彼の得手で
はなかったようだ。
出演は、初代ミス「チャンピオン」で3代目ミニスカポリス
の宮内知美、腋毛アイドルとかいう矢吹シャルロッテ、そし
て『仮面ライダーカブト』の内山眞人。
特に宮内はフルヌードも披露するという頑張りだが、そのシ
ーンが物語の中で浮いていると、ただ好きで脱いでいるよう
で有り難みも薄れる。監督の金田はピンク映画の出身だから
その辺の描写は馴れているはずだが、ここもやはり小林脚本
の問題かな?
せめて『空気人形』のペ・ドゥナのシーンくらいの現実味が
在れば良いのだが…でもまあ宮内のファンが観るならこれで
も良いのかな。出演者は他に、徳井優、『クローズ0�供戮�
大口兼悟らが共演。またエンディングテーマ曲を相川七瀬が
歌っている。
一般公開は8月29日より池袋シネマロサにてレイトショウ。
なお試写会はTMシアター新宿という新しい劇場で行われた
が、小規模なディジタル上映専門館のようで、これからこの
ような映画館が増えるのだろうか。

『さそり』“蠍子”
篠原とおる原作漫画から、1972−73年に伊藤俊也監督、梶芽
衣子主演で映画化された女性アクションシリーズ『女囚さそ
り』を、香港映画としてリメイクした作品。
婚約者の親族殺しの罪で収監され、刑務所内での抗争に巻き
込まれて瀕死の状態となり、死体として廃棄されたところを
「死体収拾人」に拾われ、過酷な訓練の末に刺客として復活
し、自分を陥れた者への復讐を遂げる女の姿を描く。
オリジナルの映画は、クウェンティン・タランティーノ監督
が『キル・ビル』のエンディングに梶芽衣子が歌った主題歌
「恨み節」をフィーチャーするなど、海外でもファンが多い
ことで知られる。
そんな作品を今回は香港で映画化、2006年8月紹介『雨音に
きみを想う』のジョー・マ監督がカンフーアクションもたっ
ぷりの作品に仕上げている。そして主演には、『ハード・リ
ベンジ・ミリー』などでアクション女優としても注目される
水野美紀が挑戦した。
共演は『雨音…』の主演ディラン・クォ。他に、『カンフー
・ハッスル』のブルース・リャン、『ドッグ・バイト・ドッ
グ』のサム・リー、『カンフー無敵』のエメ・ウォン、『エ
グザイル/絆』のサイモン・ヤム、ラム・シューらが登場。
さらに石橋凌、『鎧/サムライゾンビ』の夏目ナナらも出演
している。
オリジナルの映画化はかなりクールな映像感覚だったと記憶
しているが、香港でのリメイクは肉体的にハードなアクショ
ンを中心に置いて、相当に熱っぽい雰囲気になっている。従
ってテイストはかなり異なるものなのだが…
ただ、その熱っぽさがちょっと物語から浮いている感じもあ
って、何となく物語の全体がしっくりとしていない。アクシ
ョンのハードさは、さすが香港映画のレヴェルの高さを感じ
させるし水野もよく頑張っているだけに、その辺が多少もっ
たいない感じもした。
なお、エンディングテーマを中村中がカヴァーしていて、そ
の歌いっぷりがオリジナルとは違う本作のイメージを表わし
ているようだ。それなら思い切ってこの歌を巻頭に持って行
って、そのイメージを強く打ち出しても良かったように思え
たが。

『アンナと過ごした4日間』“Cztery noce z Anna”
昨年の東京国際映画祭コンペティションに出品され、審査員
特別賞を受賞した作品。
実は映画祭でも観ているのだが、昨年は映画祭の報告をしな
いままになっているので本作の紹介もしていなかった。幸い
日本公開が決まったので改めて紹介できるものだ。
物語の主人公は、病院の焼却場で働いているちょっと魯鈍?
かも知れない男性。年老いた祖母と2人暮らしだが、目撃し
ただけのレイプ事件の濡れ衣を着せられたり、指輪の窃盗を
疑われたり…、それでも実直に生きている男だ。
そんな男が、祖母の死去を切っ掛けに飛んでもない行動に出
る。彼が目撃したレイプ被害者の看護婦に祖母が使っていた
睡眠薬を飲ませ、彼女が熟睡している間に彼女の部屋に忍び
込み始めたのだ。そんな男の、哀しくも微笑ましい4日間が
描かれる。
監督は、ポーランド出身で1962年ロマン・ポランスキー監督
の『水の中のナイフ』の台詞などにも協力し、後にベルギー
に渡って1970年にはコナン・ドイル原作『勇将ジェラールの
冒険』を監督するなどしたイェジ・スコリモフスキ。
俳優として1997年『マーズ・アタック!』などにも出演し、
2007年には『イースタン・プロミス』に顔を出して復活をア
ピールした監督が、監督としては1991年以来17年ぶりに手掛
けた作品ということだ。
初期のスターリン批判、後には「連帯」への加担などで2度
に渡って祖国を追われた監督が、17年ぶりに手掛けたのはポ
ーランドを舞台にした社会の矛盾の中に生きる男の姿を描い
た作品だった。
降り続く雨や雪などが寂しい風景を作り出す中で、それでも
主人公は懸命に生きている。そしてちょっとした出来心、そ
れも彼は相手に被害を及ぼすようなことはしない。それどこ
ろか彼がしたことは…
そんな主人公の姿が、ユーモラスな演出と共に、愛しくなる
くらいに切ない物語の中で描かれる。それでも彼の置かれた
立場には、現実の厳しさが観客にも突きつけられる。そんな
現代に生きることの苦しさが表現されているような作品だっ
た。
出演は、共に舞台出身のアルトゥル・ステランコとキンガ・
プレイス。的確な演技は落ち着いて観ていられたものだ。

『幸せはシャンソニア劇場から』“Faubourg 36”
1936年、人民戦線時代のフランス。フォブールと呼ばれるパ
リ下町に建つ劇場を背景に、不況に喘ぐ劇場関係者たちが、
ナチスの陰や共産主義の台頭など世情不安の中を生き抜いて
行く姿を描いた作品。
映画は、警察の取調室で1人の中年男が取り調べを受けると
ころから始まる。彼の罪状は殺人。そして物語では、彼がそ
の罪を犯すまでの経緯が綴られて行く。
それは前年の大晦日、劇場がギャングのボスのものとなり、
閉鎖が宣告されたことが発端だった。主人公はそんな劇場で
長年裏方として働いてきた男性。しかしこの事態で失業し、
同時に舞台の花形だった妻にも逃げられてすっかり落ち込ん
でしまう。しかも息子が警察に補導され、無職の彼は息子の
養育権も取り上げられる始末。
そんな時、劇場の封鎖を破った芸人がこっそり興行を始めて
いた。そこにギャングの連中が乗り込んで来るが共産かぶれ
の元照明係がその前に立ちはだかり、主人公は行き掛かりで
占拠を宣言、ボスから1カ月の期限で劇場を借りることにな
る。
そして始まったオーディションには、昔の仲間やいろいろな
芸を持った連中が集まってくる。そしてその中には、ボスの
推薦で現れた美貌の女性歌手も交じっていた。そんな女性に
は、ボスへの嫌悪はありながらも引かれる主人公たち。こう
して劇場は再開し、その舞台は女性歌手の人気にも支えられ
て評判となって行くが…
脚本と監督は、2005年1月に紹介した『コーラス』のクリス
トフ・バラティエ。オスカー候補にもなった同作から満を持
しての第2作は、再び音楽が中心に据えられた作品だ。
ただし今回は、作曲家のラインハルト・ワーグナーと作詞家
のフランク・トマが作り続けてきた人民戦線時代をテーマに
した楽曲集に、オリジナルの物語を付けるという形で進めら
れているもので、そのバランスもよく考えられていた。
主演は『コーラス』に引き続いてのジェラール・ジュニョ、
またカド・メラッド、マクサンス・ペランがちょっと似た役
回りで再登場の他、『ロング・エンゲージメント』などのク
ロヴィス・コニアック、本作で新人賞受賞のノラ・アルネゼ
デール。さらにベテランのピエール・リシャール、ベルナー
ル=ピエール・ドナデューらが共演している。
元々が芸や才能の在る人たちの物語だから、一概に自分らの
境遇に引き当てることはできないが、それでも不況の中で懸
命に生きて行く人々の物語は、現代に生きる我々にも共感を
呼ぶものだ。そんな愛しい人々の物語が展開される。

『HIGH WATER』“High Water”
現代のハワイ・オハフ島ノースショアを舞台に、打ち寄せる
巨大な波に挑戦する人々の姿を描いたドキュメンタリー。
前回にも同じ場所を背景にしたドキュメンタリーを紹介した
が、今回は現代のノースショアで繰り広げられる3つのコン
ペティションを中心にそこに集う人々の姿が描かれる。
毎年11−12月のノースショアでは、OPプロハワイ、オニー
ル・ワールドカップ、パイプラインマスターズの3つのコン
ペティションが開催される。それは賞金総額75万ドルを賭け
たプロサーファーたちの戦いの場だ。
そんな60日間に亙るサーファーたちの戦いを、1966年『エン
ドレス・サマー』を監督したブルース・ブラウンの息子で、
2000年“The Endless Summer Revisited”や、2006年6月に
紹介した『ダスト・トゥ・グローリー』などのデイナ・ブラ
ウンが描いた。
サーフィンが数100億ドル規模の産業に膨れ上がったことは
『バスティン…』で紹介したところだが、本作ではその頂点
に建つサーファーたちの姿が描かれる。そこには弱冠13歳で
コンペティションに挑む少年サーファーの姿や歴戦の勇者た
ちも登場する。
という作品だが、如何せんサーファーのことは現役も過去の
名前もほとんど知らないし、コンペティションの採点方法や
ここに描かれている3戦の位置づけすら全く知らない自分に
はいささか判りにくい作品で、多少戸惑いながら観てしまっ
た。
それに登場するサーファーの名前も、原語のナレーションで
は一々オーストラリアンとかハワイアンとか出身地付きで紹
介されていたようだが、字幕では文字数の関係かその辺は省
略されて、それが突然「地元との争いが」とか言われると、
前回の作品を観ていたから良かったものの、そうでなくては
ちんぷんかんぷんになりそうだ。
なお、配給会社は鎌倉に在るそうで、恐らくはサーファーの
ために輸入した作品だから、僕らは部外者ということにはな
るが、その他にも、「homework(宿題)のために帰る」と言
っているのに「学校に戻る」と訳されていたりで、多少心配
にもなった。
同じブラウン監督でも『ダスト…』の時にはこんな印象は持
たなかったが、大会の規模が大きくなるといろいろ細かいこ
とが増えてくるようだ。それはどんなスポーツでも同じだが
やはり初心者には厳しいもの。それを解消するのも映画の役
割だと思うのだが。
因に、本作のアメリカ公開時の上映時間は90分となっている
が日本では99分。その長くした分でせめてコンペティション
の採点方法ぐらいは紹介して欲しかった。でもサーファーに
は当たり前過ぎて邪魔なのかな。こんなことを書くのも邪魔
と言われそうだ。

『怪談 牡丹灯籠』
松竹シネマ歌舞伎の第12作。
シネマ歌舞伎では、第7作の『文七元結』から第10作『刺青
奇偶』まで紹介しているが、何故か11作目の『牡丹亭』は観
せて貰えず本作となった。その本作は三遊亭円朝作の怪談噺
の舞台版で、円朝原作のシネマ歌舞伎は『文七元結』に次い
で2作目となる。
『牡丹灯籠』の口演は、僕は講談では聴いた記憶があるが落
語は憶えがない。ただ講談でも落語でも、後半の栗橋の段は
あまり演じられることはなくて、そこが観られることでも今
回は期待したものだ。
しかし、舞台の狭い高座では迫力の増す怪談噺も、間口の広
い歌舞伎では多少恐さも薄れるもので、しかも今回は大西信
行が文学座のために脚色した作品とのことで、ユーモアも交
えて気楽に楽しめる作品となっていた。正直に言って余り恐
くはない。
僕自身の『牡丹灯籠』体験では、小学生の頃に町内会の招待
で川崎に在ったビクターの研究所を見学したことがあって、
その時にステレオ音響の実験として6チャンネルの音響ドラ
マを聴いた記憶がある。
それは、カランコロンの下駄の音から主人公が取り殺される
までを描いたもので、前半は前面だけだった音響が、後半一
気にサラウンドになる瞬間はかなり迫力があったものだ。
そんな印象で言うと、今回の歌舞伎座では客席の頭上を灯籠
が彷徨うような演出になっていたようにも観えたが、その迫
力がシネマ歌舞伎には再現できていなかった感じがした。夏
場を迎えて怪談噺は好適だが、もう少し何かの工夫が欲しか
ったところだ。
出演は、片岡仁左衛門、坂東玉三郎、坂東三津五郎ほか。三
津五郎には円朝に扮して口演を行うという演出もあって、そ
れも面白かった。それにしてもこのお話は、新三郎とお露が
主人公ではなかったのですね。
それから本作の上映では、9月の横浜本牧での公開が『牡丹
亭』と同時期に行われるようだ。この作品は『牡丹灯籠』の
下敷きになったとも言われるもので、それを比較して観るの
も一興となる。僕は『牡丹亭』は観せて貰えなかったので気
になるものだ。

『サブウェイ123 激突』
            “The Taking of Pelham 1 2 3”
1974年にウォルター・マッソー、ロバート・ショウの主演、
ジョセフ・サージェント監督で映画化された『サブウェイ・
パニック』。その作品が、『L.A.コンフィデンシャル』で
オスカー受賞のブライアン・ヘルゲランドの脚本、デンゼル
・ワシントン、ジョン・トラヴォルタ主演、トニー・スコッ
ト監督で再映画化された。
ハイジャック犯が地下鉄の車両を占拠し、乗客を人質に市へ
巨額の身代金を要求する。その要求は受け入れられて身代金
が支払われるが、さてそこから犯人たちはどうやって脱出す
るのか。そんな2重3重のサスペンスが描かれる。
オリジナルは日本公開の当時に観ているが、僕自身は正直に
言って地下鉄の描き方も今一つの感じだったし、マッソーの
アクションというのもピンと来なかった作品だ。ただし、こ
の作品をネットで調べると佳作として評価が高いようだが。
そんな作品が今回は見事に現代化されて、納得できるように
再構築されていた。しかも、オリジナルにはなかった主人公
となる運転司令室係官の背景や、犯人との駈引きも存分に描
かれ、それをワシントン、トラヴォルタの2人が見事に演じ
ているものだ。
そして後半のアクションも、これなら納得できるように描か
れていた。まあ市側が簡単に要求に応じるなど御都合主義的
なところは多少あるが、そこを細かく言ってもアクション映
画では始まらないだろう。
それ以上に本作では、白バイの先導で身代金を運ぶシーンの
迫力や、その他のアクションシーンがさすがトニー・スコッ
ト監督と納得させられたものだ。ただし、ここにちょっと自
嘲気味のコメントが付くのも面白いところだった。
それに、今も戦争を続けている国の国民だからこそ判るよう
な端々の台詞や描写なども、今のアメリカの現状を如実に表
わしている感じがして、それはちょっと痛々しくも感じられ
たところだ。
因に、邦題の『123』は「ひゃくにじゅうさん」と読ませ
るようだが、1974年のオリジナルでは“One Two Three”と
なっていたもの。また映画の中では“One Twentythree”と
いう台詞になっていた。

『ハリー・ポッターと謎のプリンス』
      “Harry Potter and the Half-Blood Prince”
2001年に第1作が公開されて以来、毎作話題を撒いてきたシ
リーズも第6作。本作が公開されると残すは最終巻の映画化
のみとなる。
物語は、2005年に発表された原作とほぼ同じと思われるが、
何せ4年も前に原書で読んだままなので正確には思い出せな
い。ただ、原作では主人公以外のところで展開されたいろい
ろなエピソードがほとんど省略されて、映画は主人公の冒険
に特化されている。
そのため何処となく物足りない感じもしてしまうが、取り敢
えず粗筋としては判りやすく作られているし、気になるなら
原作を読み返せということにもなるのだろう。それで上映時
間は2時間34分、そこに映像的な見所はたっぷりと描かれて
いる。
僕は、映画を観ながら「おおそうだったそうだった」と一々
頷いていたものだ。そんな訳で僕自身は大変満足できる作品
だったと言える。ただ、原作の読者でない人にどのように受
け取られるかは僕には判らないが…多分冒険物語としては楽
しめるはずだ。
全7巻の原作は、最初の3巻は見事なプロローグであって、
第4巻を挟んで第5巻からが最後の敵へと向かう壮絶な戦い
の物語となっている。その構成は恐らく最初から計算されて
いたと思えるし、それをその通りに完遂した原作者には敬意
を表したいくらいだ。そんな物語がここから展開される。
出演は、ダニエル・ラドクリフ、ルパート・グリント、エマ
・ワトスンの3人組の再登場に加えて、ロビー・コルトレー
ン、マイクル・ガンボン、アラン・リックマン、マギー・ス
ミス、トム・フェルトン、ボニー・ライト。さらにヘレナ・
ボナム・カーター、ルナ役のイヴァナ・リンチ、チョウ・チ
ャン役のケイティ・ルングらも再登場している。
一方、ラヴェンダー・ブラウン役には新たにジェシカ・ケイ
ヴが起用された他、本作でのキーとなるスラグホーン役には
『ナルニア国物語』などのベテラン=ジム・ブロードベント
が扮している。
監督は、前作に引き続いてデイヴィッド・イェーツ。2部作
となる最終話『死の秘宝』も彼が手掛ける。因にテレビ出身
のイェーツは、4月に紹介した『消されたヘッドライン』の
オリジナルミニシリーズを手掛けていたそうだ。


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井口健二