井口健二のOn the Production
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2006年07月31日(月) クリムト、西瓜、ミラクルバナナ、愛と死の間で、サラバンド、夢遊ハワイ、マイアミ・バイス

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『クリムト』
“KLIMT
    A Viennese Fantasy a la Maniere de Schnitzler”
1900年のウィーンとパリを舞台に、画家グスタフ・クリムト
の奔放な生き方をジョン・マルコヴィッチの主演で描いたド
ラマ。R−15指定映画。
19世紀末のこの年、パリでは万国博覧会が開かれ、そこでは
クリムトの出品した絵画が好評に迎えられている。一方、ウ
ィーンでは、クリムトは旧態依然としたアカデミーに反旗を
翻し、分離派を旗揚げしていた。
そんなクリムトの前に、フランスで映画興行を成功させたジ
ョルジュ・メリエスが現れ、クリムトの創作風景を写したと
称する映画を上映する。それはクリムトもモデルも俳優が演
じているものだったが、そのモデルの女性に魅せられたクリ
ムトは…
この謎の女性レア・デ・カストロとクリムト、それに彼の生
涯のパートナーだったエミーリエ・フレーゲ(ミディ)、ク
リムトの弟子で最後を看取ったエゴン・シーレら、虚実の人
物を縦横に配して、退廃的な世紀末の風景が描かれる。
マルコヴィッチは、数年前に「あなたはクリムトといろいろ
な面で似ている」と言われ、この映画の企画が始まったのだ
そうだ。しかし良い脚本がなかなか得られなかった。そこに
過去に2度マルコヴィッチと組んだことのあるチリ出身のラ
ウル・ルイス監督が参加、彼の脚本により映画は完成された
というものだ。
その脚本は、クリムトの作品や生き方に論評を加えることな
く、ありのままを描いたと言うことだが、そこに架空の女性
や、『ビューティフル・マインド』からヒントを得たのでは
ないかと思われる謎めいた人物を配することで、クリムトの
実像を見事にファンタスティックに描き出している。
特に、監督自身が『不思議の国のアリス』と称するこの作品
では、ウサギに相当する大使館の書記官と自称する謎の人物
に、クリムトの歴史的価値や心情なども語らせることで、美
術史を知らない観客にも判りやすく物語を描いている。
その一方で、映画は当時のパリ、ウィーンの室内装飾から衣
装までも細かく再現して行くが、それが必ずしも当時のその
ままではなく、特に衣装には、当時の思想を受け継ぐ現代の
デザイナーの作品も採用しているのだそうで、その辺が映画
に古臭さを感じさせない独自の雰囲気を出しているようだ。
その他、鏡やシルエットを使った映像演出にも、全体として
懐かしさや新しさが混在している感じで、R−15指定を受け
る様な作品でありながら、何か見ていて気持ちの安まる思い
のする作品だった。

『西瓜』“天邊一朶雲”
昨年の東京国際映画祭「アジアの風」部門では『浮気雲』の
題名で上映されたツァイ・ミンリャン監督による台湾映画。
なお、本作はベルリン国際映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)を
受賞している。
形式的には、同監督の2001年の作品『ふたつの時、ふたりの
時間』の続編ということで、前作に登場した2人のその後が
描かれているものだが、物語自体はほとんど関係はなく、僕
も前作は見ていなかったが、単独で鑑賞しても全く支障は感
じなかった。
そして物語は、主人公の女性が5年ぶりにパリから帰国する
ところから始まる。その時、台湾は猛烈な水飢饉に襲われて
おり、水道は断水、人々にはスイカで水分を取ることが奨励
されている。そんな中で彼女はトランクの鍵を無くし、途方
に暮れている。
一方、前作では路上の腕時計売りだったという男性の主人公
は、本作ではAV男優となって日々セックスシーンの撮影に
明け暮れている。因に、日本での上映指定がどうなっている
か知らないが、映画は巻頭からかなり強烈なシーンが登場す
るものだ。
そんな2人が再会し、彼女はトランクの鍵を開けてもらうた
めに、彼を自分のアパートに招くのだが…そのアパートが、
実はAV撮影のスタジオと同じ建物だったことから、男は自
分の正体を隠そうとしてすったもんだの展開となる。
これに、主人公2人の心情を歌い上げる、極めてカラフルな
ミュージカルシーンが随所に挿入されて、映画はコミカルか
つ華やかに進んで行く。
上にも書いたように本作はベルリンで受賞しているが、描写
されるセックスシーンは、芸術と猥褻のかなり際どいところ
を突いている。それが芸術として捉えられたのならそれでよ
しとするが、かなり強烈なものであることは確かだ。
因に本作は、台湾、香港ではノーカット上映されたと報告さ
れているが、ということはそれ以外の国では駄目だったとい
うことなのだろう。しかも本国の台湾では、この作品で上映
基準が変更されたとも伝えられ、好奇心も手伝って台湾映画
の年間興行第1位を記録したそうだ。
日本ではもちろんノーカットの上映が実現するが、日本人の
観客には、ちょっとあれれ?と思ってしまうところもありそ
うだ。というのも、実は映画に登場するAV撮影の相手役の
女優を日本人が演じているのだ。
確か去年の東京映画祭では、他にも日本のAV女優の登場す
る作品があり、日本製AVが東南アジアにはかなり輸出配給
されて、注目もされていることが紹介されていた。僕として
は「何を輸出しているんだか」という感じにもなったが、そ
れが現実のようだ。
ただし、本作はその方面の話題だけでなく、描かれた物語に
もちゃんとした内容が備わっている。その辺を真摯に捉える
ことが出来れば、他にも面白いシーンはいろいろある作品だ
と考えるが…

『ミラクルバナナ』
2002年に『白い船』という作品が公開されている錦織良成監
督作品。前作は、小さな漁村の小学生と、沖合を航行する白
い大型フェリー船との交流を描いたもので、小さな出来事が
生み出す感動を見事に描いた作品だった。
本作もそれに通じた作品と言える。バナナから紙を作る、聞
いただけなら「ああそんなことも出来るだろうな」と思うだ
けで済んでしまうことが、本当はものすごく大きな物語につ
ながっている。そんなことを考えさせてくれる作品だ。
物語の主人公は、愛知県の出身で外務省の派遣員に応募して
ハイチにやってくる。政情も安定せず、西半球で最も貧困な
国と言われるハイチ。インフラの整備も遅れ、首都でも停電
は日常という生活環境だが、そこに暮らす人々の笑顔は底抜
けに明るかった。
しかし、幼い子供が風邪を引いただけで死んでしまうという
現実や、何よりノートを取る紙も無くて識字率が上がらない
という現実を彼女は目の当りにする。そんなとき、実家から
送られてきたヴィデオの消し残りに、バナナから紙を作るこ
とが紹介されていて…
映画の物語はフィクションだと言うことだが、実際にバナナ
から紙を作る事業は、名古屋市立大学大学院教授・森島氏の
提唱でハイチ共和国から始まり、カリブ諸国やアフリカでも
行われているということだ。そんな実話を背景に、主人公の
女性の活躍が描かれる。
主演は小山田サユリ。『アカルイミライ』など、主に日本の
インディーズ作品で活躍する女優さんで、僕も過去に何本か
見ているが、今までは何か印象に残らないというか、逆に印
象に残った作品では映画の出来が今一つだったりで、いつも
ちょっと…という感じだった。
しかし今回は、何にでもチャレンジして行こうという雰囲気
が、この作品にはピッタリという感じで、多少オーバーアク
ションの笑顔も映画に合っている感じがした。
また、彼女を囲む緒方拳、山本耕史、現地職員役のアドゴニ
ー(さんまのTV番組などに出演)や、現地でオーディショ
ンされた子役などのアンサンブルも良く描けていた。
なお撮影は、ハイチでは治安が悪いために隣国ドミニカでの
ロケーションが中心になっているが、それでもハイチの現地
ロケも敢行され、見事な映像が捉えられている。この撮影に
は、ハイチで取材する日本人フォトジャーナリストの協力も
得ているようだ。
ハイチと言われても、映画の中に出てくるようにヴードゥー
教ぐらいのイメージしか湧かない。そんな地球の裏側で日本
人が起こした小さな奇跡を現地にまで行って映画にする。そ
れ自体が必要かとも問われてしまいそうな作品だが、この作
品が日本で上映され、これを見た人の心に何かが残れば、そ
こからまた何かの奇跡が起こりそうな感じもする作品だ。
因に、主人公の出身地が愛知県なのは、ハイチがフランス語
圏で、発音ではHが消えてアイチに聞こえることからの親父
ギャグなのだそうだ。そんなセンスもうれしい作品だった。

『愛と死の間で』“再説一次我愛你”
アンディ・ラウ主演で、優秀な外科医の主人公とその妻の心
臓を巡る数奇なドラマ。
主人公は総合病院の外科医だったが、優秀であるために帰宅
時間も儘ならず、新婚の妻との約束も翌日に延ばしてばかり
いる。そんなある日、彼を自家用車で迎えに来ていた妻が事
故で帰らぬ人となってしまう。
それから5年後、主人公は、亡くなった妻の父親が隊長を務
める救急隊の隊員となっている。そして出動の帰途、事故を
目撃した彼は、事故の被害者の女性が5年前に彼の妻の心臓
を移植された患者であったことを知る。しかもその時、彼女
は夫との仲に苦しんでいた。
ここまでで変なことを想像した人は、ここから後の捻りの利
いた物語の展開に嬉しくなるに違いない。香港映画界を代表
するラウは、かなりトリッキーな設定を見事に消化して、素
晴らしい物語を見せてくれる。
しかもそれを、観客には手の内を全て曝しながら描いて行く
のだから、この構成は見事なものだ。脚本監督は、ラウと共
に香港の製作会社フォーカスを主宰するダニエル・ユー。ま
た、テレビ出身のリー・コンロッが共同脚本と共同監督を務
めている。
因にラウは、『インファナル・アフェア/終極無間』直後の
出演で、極めて複雑な役柄の後にはストレートな人物を演じ
たかったということだ。その点で言うと、本作の人物像は確
かにストレートだが、物語は実にうまく捻られたものだ。
共演は、『セブンソード』のチャーリー・ヤンと、『ドラゴ
ン・プロジェクト』に出演していたツインズのシャーリン・
チョイ。他に、日本を舞台にした『頭文字D』に主演して昨
年の台湾金馬奨と香港電影金像賞のW受賞に輝いたアンソニ
ー・ウォン。
心臓移植に絡めて精神的な葛藤を描くドラマというのは、普
通なら患者が中心に描かれそうなものだが、それを心臓提供
者の夫の立場から描くというのは面白いアイデアだ。しかも
そこにうまい捻りが入ることで、ドラマが巧妙に展開してい
る。
もちろん、万に一つも起きないであろう物語ではあるが、ア
ンディ・ラウの魅力でうまく見せられてしまうという感じの
作品だ。それもまた映画というところだろう。

『サラバンド』“Saraband”
イングマール・ベルイマン監督による2003年作品。ベルイマ
ンは1918年の生まれというから、本作は85歳の時の作品。こ
の前の映画作品は、1985年の『ファニーとアレクサンデル』
だそうだから、20年ぶりの映画作品ということになる。
ただし、1985年以降もテレビ作品や脚本は何本か手掛けてお
り、引退していた訳ではない。そして本作も、撮影はHDで
行われていて、その点ではテレビ作品の延長とも言えるが、
がっちりした骨格の内容は、さすがに巨匠と呼ばれる監督の
作品だ。
作品は、1974年製作の『ある結婚の風景』の続編とも言える
もので、同作に主演したリヴ・ウルマンとエルランド・ヨセ
フソンが、離婚後30年を迎えた元夫婦を演じる。そして物語
は、元妻が隠遁生活を送っている元夫を訪ねようと思い立つ
ところから始まる。
その元夫は、大自然の中に建つ別荘で暮らしているが、その
近くに所有するロッジには、音楽家の息子が音楽院への受験
を控えた愛娘のチェロの特訓のため、2人だけの生活を続け
ている。そんな状況の中で各家族のさまざまな葛藤が描かれ
て行く。
因に、題名の「サラバンド」というのは、古典音楽のジャン
ル名だそうだが、映画ではその代表的な作品としてバッハの
「無伴奏チェロ組曲第5番」が紹介され、父娘のチェロの練
習を巡る葛藤にもつながっている。
それにしても、見事な台詞に満ち溢れた作品で、1時間52分
の中に、一度では聞き切れないほどの珠玉とも言える台詞の
数々が登場する。80歳過ぎの監督がこれだけの素晴らしい台
詞を脚本にしたというエネルギーにも敬服してしまう。
しかも、老元夫婦と音楽家の親子という、それぞれ普通では
ない家族の話だから、語られる台詞は全て創作のはずなのだ
が、その台詞がそれぞれの状況を見事に描き出すと共に、そ
の一方で普遍的な家族をも描く台詞になっているのだから、
これは本当に素晴らしい。
正に、台詞の宝箱と言えるような作品。一度ならず鑑賞して
流れるような台詞を何度も堪能したくなる。
なお公開は、ベルイマンの要望によりHD上映のみで行われ
ることになっており、出来れば既存の映画館より、HD設備
の整ったホールなどでの上映を期待したいものだ。

『夢遊ハワイ』“夢遊夏威夷”
2004年の東京国際映画祭「アジアの風」部門で上映された台
湾作品。
最近、映画祭を含め台湾の作品を見る機会が増えているが、
どの作品も非常に雰囲気が似通っている。元々台湾映画は、
本国ではほとんど興行的に成立していなかったようだが、こ
こ数年、少しずつ改善が見られているのだそうだ。
その切っ掛けとなったのが、2002年の東京国際映画祭のコン
ペティション部門に出品された“藍色大門”(日本公開題名
『藍色夏恋』)なのだそうだ。僕は当時この作品を見ている
が、実はその時にはあまり評価することが出来なかった。
というのも、その作品が1970年代のATG作品を思わせ、全
体に古臭いというか、現代映画の感覚から遊離している感じ
がしたものだ。ところが、その作品の雰囲気が、その後の台
湾映画に共通しているのだから、その影響力の大きさを感じ
てしまう。
本作も、そんな流れの中にある台湾作品と呼べるものだ。
物語の主人公は、兵役が終了間際の若者。ある日、彼は初恋
の女性が浜辺で死んでいる夢を見る。そんな主人公が、特別
休暇と称して脱走兵を連れ戻すための極秘任務を与えられ、
同僚と共に脱走兵の故郷へと向かうが…
その前に主人公は初恋の女性の安否を確認したりして、いろ
いろな出来事が生じて行く。
兵役という辺りで、日本の現実とは違ってしまうが、それは
韓国映画やアメリカ映画でも登場するシチュエーションだか
ら理解はできるつもりだ。でも、その他の点でも何か全体の
雰囲気が現実離れしている。
それは題名にもある「夢遊」の世界の話なのだから、全体を
ファンタシーとして見ればいいのだろうが、逆に、「こんな
ファンタシーばかり描いてて良いの?」と言いたくなってし
まう感じだ。それが最近の台湾映画に共通した感覚かも知れ
ない。
でも、まあファンタシーと割り切ってしまえば、映画自体に
はATG作品を思わせる懐かしさもあるし、そしてそれが自
分の青春時代でもあった訳だから…。それで、この映画の主
人公たちにはちょっと共感してしまうところもあった。
兵役以外にもいろいろと特殊なシチュエーションは登場する
が、それぞれは理解できる範囲であったりもするし…そんな
感じの作品だ。

『マイアミ・バイス』“Miami Vice”
1984〜89年に米NBCで放送された同名テレビシリーズの映
画版。
中南米などの犯罪コネクションが集まるマイアミを舞台に、
マイアミ警察特捜課(Vice)の潜入捜査官ソニーとリコが、
本作では、FBIのなど連邦機関による合同捜査で漏洩した
捜査情報の漏洩元を探るべく、特別任務に従事する。
実はテレビシリーズは見ていないのだが、当時はMTV Copな
どとも呼ばれ、最新のヒット曲に彩られたハードなアクショ
ンが大人気を得ていたということだ。そして今回は、その映
画版を、シリーズも手掛けたマイクル・マンが念願の企画と
して実現したものだ。
物語は、FBIへの捜査協力のために紹介した情報屋が緊急
連絡を寄越し、合同捜査が失敗したことを知ったソニーたち
が立ち上がるところから始まる。この動きにFBIの幹部の
一人が単独で協力を約束し、その情報からソニーらはハイチ
に飛ぶが…
その捜査によって、中南米の麻薬組織からロシア・マフィア
にまで繋がる巨大犯罪組織の存在が浮かび上がる。そして、
北米への物資の運び屋として組織に乗り込んだソニーとリコ
の前に、アジア系の謎の美女イザベラが現れる。
このソニー役をコリン・ファレル、リコ役をジェイミー・フ
ォックスが演じ、イザベラにはコン・リーが扮する。他に、
『パイレーツ・オブ・カリビアン2、3』のナオミ・ハリス
らが出演。
何しろ、スタイリッシュという言葉がピッタリの作品。元の
テレビシリーズもそう言われていたようだが、映画版もそれ
を踏襲している。小型ジェット機で雲海の中を縫うように飛
ぶシーンや、特別仕様のフェラーリ、パワーボートの疾走な
ど、目を楽しませるシーンが次々に登場する。
また、HDでの撮影が威力を発揮する夜間のシーンなど、本
当に見せるための演出が全てのシーンで周到に準備されてい
る。しかも2時間12分がアクションの連続で、その意味では
『パイレーツ・オブ・カリビアン』のRレイト版という感じ
もする。サーヴィス精神ではこの夏の双璧をなすとも言える
作品だ。
チームプレーの素晴らしさを見せつけるシーンや人間味のあ
るシーン、その一方でリアルな銃撃シーンなど、本当に映画
の魅力を堪能させてくれた。
因に、マン監督によるディレクターズ・カットは2時間26分
あったと伝えられ、両方を見た人からは物語が判り難くなっ
たという指摘もあるようだが、僕は本作のみでも気にならな
かった。でも、その内にオリジナル版も見てみたいものだ。



2006年07月20日(木) ミートボール・マシン、キャッチボール屋、グエムル、セプテンバー・テープ、ザ・フォッグ、鬘、ニキフォル、日本以外全部沈没

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ミートボール・マシン』
『魁!!クロマティ高校』の山口雄大監督によるスプラッター
作品。
登場するのは人体に寄生する謎の生物。宇宙から飛来した奴
らの目的は、人間に寄生し、寄生した人間を戦闘マシンに変
身させて、人間同士を戦わせるというものだ。そして今、一
組のカップルがその犠牲となる。
山口監督のスプラッター作品では、以前に『楳図かずお劇場
/プレゼント』を紹介している。その作品は、中編ではある
ものの、日本映画では限界に近い血飛沫に、大いに納得した
ものだった。本作は、その山口監督に、これも和製スプラッ
ターでは限界に挑んだ『自殺サークル』の西村喜廣特技監督
が加わって、最凶の期待を持てるタッグが成立したはずなの
だが…
結局のところ、ネクロボーグと称する半分メカの造形を登場
させたところで、本作からスプラッターの要素が減少してし
まっている。これでは『仮面ライダー』の戦いだし、造形の
腕をいくら引き千切っても、それはスプラッターとは言えな
いものだ。特に本作は、造形が雨宮慶太ということで、ます
ます『仮面ライダー』になってしまっている。
スプラッターである以上は、もっと生身の人間がずたずたに
なって行くのでなければ意味がない。その線で言えば『ハイ
テンション』などの方が真髄を突いているし、物語が目茶苦
茶でも評価してしまうのはその点だ。
因に本作には、共同監督を務める山本淳一による1999年製作
のオリジナルがあるようだが、そのオリジナルがどのような
ものだったか気になるところだ。それがもし生身の人間のス
プラッターだとしたら、本作では造形によってその魅力を減
じてしまったことになる。
実は本作でも、前半にはなかなかのシーンが描かれていた。
最近は日本映画もCGIの進出でスマートになってきている
が、もっとどろどろしたものを描くことは、今の造形や特殊
メイクの技術で可能なはずだ。そこにこそスプラッターの魅
力がある。そんな作品を期待したいものだ。

『キャッチボール屋』
北野武、竹中直人らの助監督を務めてきた大崎章による監督
デビュー作。近々工事で閉鎖される公園を舞台に、10分100
円でキャッチボールをする男と、その客たちとの交流と、彼
らが人生を再出発するまでを描いた、一瞬の人生ドラマ。
主人公は、北関東の名門校の野球部で3年間補欠だった男。
卒業後は上京して就職したものの、どうやらリストラされた
らしい。そんな主人公が故郷に舞い戻るのだが、ひょんなこ
とから東京に送り返されて、公園のベンチで目を覚ます。
その公園には髭面のキャッチボール屋がいて、その髭の男は
主人公に店番を頼んだまま姿をくらましてしまう。そして、
その男の住んでいたアパートも譲られた主人公は、跡を継い
でキャッチボール屋となるが…
そこには、常連客の元甲子園球児や、OLや、キャッチボー
ルをしたことの無い中年親父や、小学生や、いろいろな客が
いて、それぞれ人生の再出発のきっかけを求めていた。
いろいろな意味で日本映画を感じさせる作品だ。キャッチボ
ールという行為そのものが、野球の無いヨーロッパはもちろ
ん、アメリカ映画でも少なくとも最近は見た記憶が無い。ま
してやそんなものを商売にするなんて発想は、日本人だけだ
ろうなと思ってしまう。
この発想自体がどこから来たものかは知らないが、映画の中
ではいろいろ名言のようなものも出てくるから、それなりに
普遍的なアイデアなのかも知れない。しかし、いずれにして
も日本でしか成立しないお話のように思える。
かと言って時代遅れの内容と言う訳でもない。いろいろ現代
の日本を集約している部分もあったりもする。でも、結局見
終って、ああそうですかの一言で終ってしまいそうな作品で
もある。それも日本映画を感じさせる要因かも知れない。
確かに、描いている内容に関しては、それぞれ良く描き込ま
れている感じはするのだが、何かそれがこちらの心に響いて
来ない。最近の日本映画を見ていると、時々こんな感じに陥
ることがある。物語が淡々と進みすぎて映画に熱さが感じら
れないようにも思えた。

『グエムル−漢江の怪物−』(韓国映画)
『殺人の追憶』のポン・ジュノ監督が、韓国映画には珍しい
怪獣映画に挑んだ作品。
首都ソウルを流れる大河・漢江。韓国では平和の象徴とも呼
ばれ、河岸には四季を通じて観光客や遊覧客で賑わうこの河
から、突如巨大な怪物が出現。怪物は素早い動きと怪力でそ
の場にいた人々を襲い、食い始める。
主人公の一家は、その河岸で飲食物の屋台を営業していた。
その日、父親と共に店番をしていた一家の長男は、怪物の出
現を間近で目撃し、居合わせた一人娘の手を引いて避難しよ
うとするのだが、雑踏の中で手が離れ、娘は怪物に連れ去ら
れてしまう。
このため娘は死んだものと見做され、被害者の合同慰霊祭の
会場に遺影が飾られる。そして駆け付けた次男、長女と共に
一家4人で悲しみに沈んでいたとき、突然防護服を着た一団
が現われ、一家は強制的に施設に隔離されてしまう。
ところが、その収容先で長男の携帯電話に助けを求める娘の
声が届く。しかしその事実を訴えても当局は取り合ってくれ
ない。そこで、一家は自分たちの能力を駆使して娘の救出に
向かうことにするが…
これに、一家の次男が元学生運動の闘士で、長女がアーチェ
リーの名手という伏線があり、頼りにならない当局の裏を掻
いて一家が娘の救出に向かう顛末が描かれる。
日本の怪獣映画は、どちらと言うと当局の主導で、大掛かり
な対抗策を描くのが売りものとなる。従って本作のように、
市井の一家が単独で怪物と対決するという展開は、確かに新
機軸と言えるものかも知れない。その着眼点は面白いと感じ
る作品だった。
一方、登場する怪物は、体長4〜5mほどの巨大ナマズに手
足が着いたような感じで、グロテスクではあるがそれなりに
リアルに描かれたものだ。この怪物を、『炎のゴブレット』
などのオーファネージ、『キングコング』などのWETA、
それに『スクービー・ドゥー』を手掛けたジョン・コックス
というハリウッド映画でも活躍するVFXスタジオが共同で
作り上げている。
韓国映画でも、未来都市のCG映像などは見た記憶があり、
それなりの水準だとは思っていたが、怪獣映画となるとまた
違った技術が必要になる。その点で外部の力を導入するのは
正しいやり方だろう。実際、怪物の縦横無尽の動きの良さな
どは見事なものだった。
とまあ映画の作り方はいいと思うのだが、どうもお話が歯痒
い感じだ。特に、映画の発端で原因が駐留アメリカ軍にある
ことを匂わせ、途中でもアメリカ軍の強引な作戦などという
話もちらほら出てくるのだが、その経緯を明確に描かない。
確かに、映画のコンセプトは市井の一家が活躍するというも
のだから、それはそれでも良いのだが、観客としては歯痒さ
が残ってしまうものだ。それに結末も、ちょっと観客として
は納得できないものだった。まあ、これが韓国映画のリアル
さなのかも知れないが。

出演は、ソン・ガンホ、ピョン・ヒボン、パク・ヘイル、ペ
・ドゥナ、それに14歳のコ・アソンが怪物に連れ去られる娘
役を見事に演じている。

『セプテンバー・テープ』“September Tapes”
2002年、アフガニスタン−パキスタンの国境付近で8本のヴ
ィデオテープとヴォイスレコーダーが発見された。それは、
9/11以降にアフガニスタンに潜入し消息を絶ったドキュ
メンタリー監督のものだった…という触れ込みで始まるフェ
イクドキュメンタリー作品。
実際、この映画に監督役で登場するのは、『バンド・オブ・
ブラザース』などに出演しているジョージ・カリルという俳
優だし、通訳を演じているのも、ハリウッド唯一のアフガン
系俳優として活躍しているワリ・ラザキという作品だ。
しかし、撮影は現実のアフガニスタンで行われており、登場
する武器商人や賞金稼ぎ、それに警官なども、事前の協力は
得ているものの全て本物ということで、使用されている銃器
にも実弾が込められているという。
また、撮影されたテープは帰国時にアメリカ国防総省に提出
を求められ、その内のムジャヒディンの戦士との会見を撮影
した8時間分が未返還のままとも言われているものだ。
本作が2004年にアメリカで公開されたときには、『ブレア・
ウィッチ・プロジェクト』のポリティカル版という言い方も
されていた。確かに描き方を踏襲している部分は多々見られ
る。しかし僕には、それが損か得か判らなくなってしまうと
ころだ。
恐らく監督は『ブレア…』からこのコンセプトを思いつき、
そのアイデアに従って忠実に完成させたもので、それはそれ
でも良いのだが。しかし、折角危険を犯してここまで撮影し
ながら、ホラー映画の亜流のように見られてしまうのは、も
ったいない感じもしてしまう。
確かに、ヴィデオ撮影の映像は画質の良いものばかりではな
いが、それでも工夫をすればもっとストレートな物語を作れ
たのではないか。しかしこの構成では、亜流に見えることは
否めないし、逆にアフガニスタンで撮影されたことも疑って
しまうことにもなる。
もちろん、監督に言いたいことはエンディングにあるから、
それを活かすためにはこの構成は外せない物ではあるが…。
その前に『ブレア…』があったことがこの作品の不幸だった
のかもしれない。ただし、それなしにこの構成を思いつけた
かどうかは判らないが。

『ザ・フォッグ』“The Fog”
1980年製作のジョン・カーペンター監督作品のリメイク。オ
リジナル版の脚本家で、監督の盟友でもあった故デブラ・ヒ
ルが死の直前まで製作に携わった作品で、クレジットには彼
女への献示も掲げられている。
1980年のオリジナルは当時見ているが、全体の恐怖演出は良
かったものの、結末で明らかにされる真相があっけなくて、
僕自身はちょっと肩空かしな印象を持った記憶がある。
そんな訳で今回は、予め結末というか、因縁話の部分は了解
して見ていたものだが、今回はその因縁話の部分から丁寧に
描かれていて、その点ではオリジナルより全体的に納得して
見ることができた感じだ。
物語の舞台は、オレゴン州の小さな港町アントニオ・ベイ。
その町は100年を超える歴史を持っていたが、今年の周年祭
には、100年以上も前に町の基礎を築いた4人の男たちを称
える銅像の除幕式も行うことになっていた。
ところがその数日前から、海岸に難破船からの物と思われる
古い懐中時計やオルゴール、ヘアブラシなどが流れ着き始め
る。そして町では原因不明の火災や事故などが起き始め、さ
らに沖合からは濃密な霧が町を襲おうとしていた。
日本で、このような海岸線の霧がどのくらい発生するものか
知らないが、アメリカの特に西海岸では、サンフランシスコ
の霧に代表されるような濃密な霧の被害はいろいろあるよう
だ。そんな自然現象と、開拓時代のアメリカ人の気風が物語
の基になっている。
しかし物語の発端は1871年ということで、日本で言えば明治
初期の時代、そう考えてみると、これは日本でも起きていて
おかしくない物語だ。普通、洋画のホラー映画はとかく他人
ごとになりやすいものだが、この作品には親近感が湧いた。
過去の怨念が現代に蘇るというのはジャパニーズホラーでは
定番の展開だが、アメリカでも同じような発想の作品が作ら
れていたというのも面白い。しかもオリジナルは、ジャパニ
ーズホラーの始まる前に製作されたものだ。
リメイク版の脚本は『ザ・コア』のクーパー・レイン、監督
は『スティグマータ/聖痕』のルパート・ウェインライト。
また主人公を『ヤング・スーパーマン』のトム・ゥエリング
が演じている。

『鬘』(韓国映画)
末期ガンに冒された妹、姉は最後の時を病院の外で過ごさせ
ることにし、化学療法で頭髪を失った彼女に、長い黒髪の鬘
をプレゼントする。そして、その鬘を着けた妹は、見違える
ように元気を取り戻して行くが…
日本でも以前から韓国製ホラー映画の公開はされているもの
だが、日本で韓国映画というとやはり恋愛映画が中心になっ
てしまう。しかし海外での評価は、アクションとホラーが断
然リードしているものだ。そんな韓国製ホラーの一篇。
韓国製のホラー映画というと、小道具をうまく使っている印
象を持つが、今回は小道具の最たるものとも言える鬘が鍵を
握る。鬘というのは、元々が人の頭髪を使って作られていた
など、怨念が溜まりやすそうなものだが、本作もその辺をう
まく利用したものだ。
しかし本作では、その怨念の矛先が判り始めた辺りからちょ
っと物語が混乱と言うか、そうであるならちょっと描き方が
違うのではないかという感じがしてきた。
映画の発端で鬘を作るシーンが出てきてそこに帰着して行く
のは良いのだが、途中の展開がこれでは巻き込まれる人たち
が浮かばれない感じだ。確かに怨念というのは、過去の作品
でも無差別攻撃的に描かれることが多いが、やはりちょっと
違うような気がする。
それが貞子のように、もっと社会に対する怨念みたいなもの
なら理解もするところだが、本作の場合は個人的な恨みが発
端であるし、確かに社会的な差別を受ける可能性のある設定
はあるが、映画にはそこまでは描かれていなかったようだ。

東洋の女性にとって黒髪は特別の意味を持つ感じがするし、
また見た感じも金髪などとは違ったイメージの湧くものだ。
そんな黒髪の美しさは見事に描かれている。しかも主演女優
がその頭髪を剃って撮影に臨んでいるのも、特別な感じを持
ってしまうところだ。

『ニキフォル』“Moj Nikifor”
1895年から1968年までの73年間の生涯をポーランド南部の町
クリニッツアで暮らし、約4万点の作品を残したと言われる
画家ニキフォルの晩年を描いた作品。
物語の始まりは1960年。クリニッツアの役所の管理部で美術
担当のマリアンは、自分のアトリエに居座ってしまった老画
家に手を焼いていた。その老画家ニキフォルは、天衣無縫に
絵を描き、画家でもあるマリアンの作品に駄作だと言い続け
る。しかし、自分の才能の限界に気づいているマリアンは、
それに返す言葉もない。
そんなある日、マリアンは大都市クラクフの文化省に栄転の
決まった上司から同行を求められる。願ってもないチャンス
に妻や家族は大喜びだったが、マリアンはニキフォルのこと
が気掛かりで行くことを躊躇してしまう。そして老画家の戸
籍を確定するため奔走するマリアンだったが、やがて老画家
が肺結核の末期だということを知らされる。
この事態に、役所は老画家をアトリエから追い出し、マリア
ンは自分が保証人となって療養所に老画家を入院させること
になる。そして家族はクラクフへの引っ越しを求めるが、マ
リアンは退院までそこにいることを主張、家族は別れて妻の
実家へ引っ越してしまう。
やがて退院を出迎えたマリアンは、老画家をワルシャワで開
かれた個展につれて行くが…
実際にニキフォルは、1960年代にはアメリカで注目され、晩
年は自ら「高名な画家ニキフォル(Nikifor Matejko)」と
署名する程だったということだが、当時は社会主義国家のポ
ーランドで、その実体はほとんど紹介されなかったようだ。
そんなニキフォルの晩年を支えたのが、マリアン・ヴォシン
スキという人物で、この物語はその実話に基づいている。
因に、水彩や色鉛筆で1日3枚ずつ工場生産のように描かれ
たというニキフォルの絵は、映画の中でも何点か紹介されて
いるが、作風自体は素朴なものの味わいが感じられ、特に色
彩の豊かさには感銘を覚えた。
なお、映画の中でニキフォルを演じているのは、1920年生ま
れのクリスティーナ・フェルドマンという女優で、85歳の女
優が70歳の男性画家を演じているものだが、その風貌も含め
た見事な演技にも感銘した。

『日本以外全部沈没』
1974年開催の日本SF大会で、星雲賞日本長編部門の『日本
沈没』と並んで、日本短編部門を受賞した筒井康隆原作の映
画化。地球規模の地殻変動で日本列島以外の世界中の大陸が
沈没し、世界中の難民が日本に押し寄せた事態を描いたパニ
ックパロディ作品。
元々の筒井の原作は、クラブのカウンターでの会話形式で進
められるものだが、この映画化では世間の様子も描かれ、特
に外国人難民との関り合いのシーンなどは、もちろん戯画化
はされているが、現実にもありそうな感じに見事に描かれて
いる。また、ちやほやされるだけで無策の政治家が、突然強
行路線に走る場当たり的な政策転換の様子も如何にもありそ
うで、その意味では見事な風刺ドラマにもなっている。
因に、今年リメイクされた本家の映画化を僕は全く認めてい
ないが、中でも不満に感じるのは、映画の中で一般人の姿が
ほとんど描かれないことだ。それに対してこの作品では、そ
の点もちゃんと描いているのには感心した。
ミニチュアを用いた特撮シーンは見るからにチープだが、そ
れが逆に外国人ホームレスの段ボールハウスが焼かれるシー
ンでは、本火とCGの炎が組み合わされてなかなかの効果を
上げていた。その他にもいろいろなアイデアが駆使されてい
るという感じの作品だ。
正直に言って、僕はもっとぐちゃぐちゃな作品になることを
予想していたが、予想外にまともな風刺パロディになってい
る。その意味では、筒井ファンにはちょっと期待外れになる
かも知れないが、僕はこの作品でリメイク版で感じた溜飲が
下がる思いがした。
出演は、小橋賢児、柏原収史、松尾政寿。また、藤岡弘、、
村野武範という、過去の映画版及びテレビ版『日本沈没』で
主人公小野寺を演じた2人の俳優が顔を揃えているのも良く
やったというところだ。他に、中田博久、寺田農、黒田アー
サー、土肥美緒、松尾貴史、デーブ・スペクター、さらに筒
井康隆の特別出演もある。
監督は、『いかレスラー』や『コアラ課長』など一連のパロ
ディ作品が話題の河崎実。この起用には多少危惧もしたが、
実は、彼は学生時代には8mm映画のアマチュア特撮で注目を
集めていたということで、本作の特撮シーンのこだわりもそ
れで納得したところだ。できたら、本家の再リメイクをこの
監督でお願いしたいとも思ってしまった。



2006年07月15日(土) 第115回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 まずは、ちょっとびっくりしたこの話題から。
 ウィル・スミス主演で進められている“I Am Legend”の
3度目の映画化に、“Pirates of the Caribbean”の第3作
を製作中のジョニー・デップの出演が報道された。
 この作品については、『エコーズ』の原作でも知られるリ
チャード・マシスンが1954年に発表した終末ものの原作を、
1964年の“The Last Man on Earth”、1971年の“The Omega
Man”に続いて、初めて原作の題名を用いて映画化するもの
だが、さらに5月15日付第111回でも報告したように、急遽
この夏に撮影されることが発表されていた。
 物語は、疫病によって人類のほとんどが吸血鬼と化してし
まった終末世界を舞台としたもので、その中でスミスの役柄
は、過去2度の映画化の題名でも知れる通りの「地球上に生
き残った最後の人間」となる。因に「オメガ」は、ギリシャ
語の最後の文字ということだ。
 これに対してデップの役柄は公表されていないものだが、
普通に考えると、スミス扮する主人公ロバート・ネヴィルの
旧来の隣人で、先に疫病に冒され吸血鬼のリーダー格となる
ベン・コートマンというキャラクターと思われていた。とこ
ろが最近の報道によると、デップが演じるのは、ネヴィルが
発見して彼の仲間になるフィリップという名の、もう1人の
生き残りの人間とのこと。しかも、『ポセイドン』などのマ
ーク・プロトセヴィッチの脚色からアキヴァ・ゴールズマン
がリライトした脚本では、登場する吸血鬼は喋ることができ
ず、知性もないということだ。
 まあ、知性の無い役柄では、如何にデップでも演じるのは
難しそうだが、それにしても原作では、吸血鬼はそれなりに
組織されて、最後の生き残りの主人公を襲っていたもので、
その吸血鬼の設定を変えるというのはかなり大胆な発想だ。
そう言えば、ゴールズマンは、アイザック・アジモフ原作の
『アイ,ロボット』でも、かなり設定を変えていたが、それ
が時代の流れなのだろうか。それに、喋れなくては伝説にも
ならないと思うのだが…
 と言うことで、いずれにしてもデップの出演は、主役では
ないものだが、となると今の時期に、そのような役柄に何故
デップが出演をするのかというところが気になってくる。そ
こで出てきたのが、デップとワーナーの間には出演の契約が
あって、何らかの形で作品に出ないと、次に進めないのでは
ないかと言う推測だ。つまり、ワーナーとデップの間では、
前々回に報告したように“Shantaram”の計画がピーター・
ウェア監督の降板で頓挫している訳だが、その代わりとして
今回の出演が行われる可能性は考えられるものだ。
 そうなると今度は、デップが契約をクリアにした後にやろ
うとしている次の作品も気になってくる。ここで考えられる
のは、現状では前々回にも紹介したティム・バートン監督の
“Sweeney Todd”か、2005年6月1日付第88回で紹介してい
るハンター・S・トムプスン原作の“The Rum Dialy”辺り
が候補になるということだ。因に、2004年3月1日付第58回
で紹介した“The Diving Bell and the Butterfly”の計画
については、デップの出演が確保できないため、すでに別の
俳優で進めることが報告されている。
 従って、デップが主導権を持って進められるのは、“The
Rum Dialy”となりそうだが、さてどうなることか。そう言
えば、『デッドマンズ・チェスト』の中では、やたらとラム
酒をがぶ飲みしているが、その伏線だったのかな?
 なお、『POTC3』の撮影は、キース・リチャーズの出
演決定による撮り直しなどを含めて、秋一杯掛かることが報
告されており、これでは“I Am Legend”にデップが出演し
ても、カメオ程度になりそうだ。
        *         *
 お次はリメイク(?)という話題で、1963年にアルフレッド
・ヒッチコック監督が映画化したダフネ・デュモーリア原作
“The Birde”(鳥)を、再映画化する計画が紹介された。
 この計画は、2003年“The Texas Chainsaw Massacre”、
2005年“The Amityvill Horror”に続いて、現在は2007年向
けに、オリジナルは1986年製作の“The Hitcher”をリメイ
ク中のマイクル・ベイ主宰=プラティナム・デューンが進め
ているもので、このスケジュールに従えば、本作は2009年の
公開を目指すことになるものだ。
 ヒッチコック版の物語は、1人の女性が西海岸の港町を訪
れるところから始まり、その直後からカモメやカラス、それ
にスズメなどの鳥たちが人間を襲い始めるというもの。大空
から急降下で人間を襲う様子を鳥の目線で捉えたシーンや、
何気なく座ったベンチの後ろの木に、徐々に鳥が群れをなし
て行くシーンなどは、ヒッチコックお得意の恐怖演出で見事
な効果を上げていた。
 しかし、ミステリー作家のエヴァン・ハンターが手掛けた
この映画化の脚本は、実はデュモーリアの原作からはかなり
離れたもので、短編小説の原作はもっとシンプルな作品だと
言われている。そこで今回の計画は、同じ原作小説の映画化
ではあるものの、ヒッチコックの映画化とは異なる視点から
物語を描くということで、その脚本には、今年5月に紹介し
た『ブギーマン』のジュリエット・スノードンとスタイルズ
・ホワイトのコンビが当たることになっている。
 まあ、原作が短編小説では、描かれたエピソードには限り
があるので、長編映画にするにはどうしても内容を膨らます
必要があるが、今回はそれを1963年の作品とは違う視点で行
うというものだ。また、原作とは異なる登場人物も当然新た
なものに変えられることなる。結局のところ、鳥が人間を襲
うという原作小説の設定を用いて新たな物語を構築する訳だ
が、それで名作と言われる作品と勝負するというのも、かな
り勇気のいることだ。しかし『ブギーマン』は、それなりに
理詰めの面白い作品だったので期待したい。
 なお、『パール・ハーバー』などのベイ監督は、現状では
1980年代の人気玩具の設定に基づく“Transformers”の映画
化に、2007年7月の公開を目指して着手していて、本人は到
底本作に関わる時間はない。そこで、本作の監督には別の人
材を起用することになるが、その監督は未定となっている。
しかし、実は主演にはかなり著名な女優が興味を示している
のだそうで、1963年版でティッピー・ヘドレンが演じた主人
公とはもちろん違う役柄になるが、それだけの魅力のある物
語であることは間違いないようだ。
        *         *
 続いては、前の記事に登場した“The Hitcher”をリメイ
クしているデイヴ・メイヤー監督が、“Witch Hunters”と
題されたファンタシー作品を手掛けることが発表された。
 この作品は、今年2月15日付第105回で紹介したギレルモ
・デル=トロ監督の“Killing on Carnival Row”なども手
掛けているコペルスン・エンターテインメントが製作するも
ので、内容は『パイレーツ・オブ・カリビアン』タイプの物
語を、魔法と黒魔術が使われる世界で描いたものとだけ紹介
されている。脚本は、フォックスで“Ditch Day”という作
品を監督しているジョー・バラリーニが執筆したものだ。
 まあ、『POTC』の大ヒットの様子を見ると、そのタイ
プの作品というのは今後もどんどん出てきそうな感じだが、
舞台が魔法の世界となると、チャンバラに代って魔術の掛け
合いということにでもなるのだろうか。因に監督は、ミュー
ジックヴィデオの出身ということで、リメイク中の作品が劇
場映画デビューのようだが、ミュージックヴィデオの映像感
覚を魔法対決のシーンに活かしてもらえれば良いというとこ
ろだろう。目一杯に派手な対決を期待したいものだ。
        *         *
 新人の次はベテラン監督で、『ダ・ヴィンチ・コード』の
ロン・ハワード監督が、テレビシリーズの“Babylon 5”な
ども手掛けたJ・マイクル・ストラチンスキーの脚本による
“The Changeling”というスリラー作品を監督する計画が発
表されている。
 この作品は、実話に基づくとされているもので、息子を誘
拐された母親が子供を返してくれるように一心に祈り続け、
やがて祈りが通じて子供は返されるが、母親はその子が自分
の息子ではないとの疑いを持つという物語。これに超自然的
な要素が入っているか否かは不明だが、ストラチンスキーは
マーヴル・コミックスと専属契約を結んで、“Spider-Man”
のコミックスなども手掛けている作家なので、期待したいと
ころだ。
 ただし、ハワード監督には、イラク戦争を扱った“Last
Man Home”、娘のブライスが主演する“The Look of Real”
の計画が進んでいる他、歴史ものの“The Serpent and the
Eagle”、地方政治を描いた“The Power of Duff”などの企
画も目白押しで、次の作品がどれになるかは全く不明のよう
だ。また、『ダ・ヴィンチ・コード』の続編の監督契約は、
まだ結ばれていないとのことだ。
        *         *
 ところで、前の記事の脚本家のストラチンスキーについて
は、この他にも興味を引かれるニュースがあったので、まと
めて紹介しておくことにしよう。
 まずストラチンスキーは、前の記事でも触れたようにマー
ヴル社と専属契約を結んでいるものだが、そのため今年5月
15日付第111回で紹介したマーヴルの映画製作でも、かなり
中心的な位置にいるようだ。そこで彼の口からはマーヴルが
進めている各作品の進捗状況も報告されている。
 その報告で、以前の記事でも紹介した北欧神話を背景とす
る“Thor”の映画化の脚本に、『ブレイド』や『バットマン
・ビギンズ』のデイヴィッド・ゴイヤーが起用されることに
なったということだ。なおこの脚本は、前にはマーク・プロ
トセヴィッチの名前が紹介されていたものだが、今回はこれ
に、ゴイヤーがストーリーの執筆を契約したということだ。
ここでこの契約が、プロトセヴィッチのストーリーを改訂す
るものか、新規にストーリーを作るものかは明らかにされて
いないが、契約にはゴイヤーの脚本も含まれているもので、
いずれにしても脚本はゴイヤーの名前になるようだ。
 一方、脚本家としてのストラチンスキーは、彼が2004年頃
に“Star Trek”の新テレビシリーズの計画に参加していた
ことも公表している。この計画では、“The Crow”のテレビ
シリーズなども手掛けた脚本家のブライス・ゼイベルと共に
進めていたもので、そこではカーク、スポック、マッコイが
登場するものの、オリジナルシリーズとは別の世界で展開さ
れる新たな物語を構築するものだったようだ。因に彼は、当
時14ページのストーリー概要を提出したとしている。
 つまり、現在進められている映画版で、カークとスポック
を登場させるというアイデアはその当時からあったもののよ
うだ。しかし、ストラチンスキーらが考えたのは、彼らの新
たな冒険を描くもので、彼らの若い頃を描くというものでは
なかったそうだ。ただし、今後の映画シリーズがどのような
発展をするかは不明だが、場合によってはストラチンスキー
らの考えに沿うこともあり得そうだ。
        *         *
 ワーナーから、新しいSF3部作の映画化権を獲得したこ
とが発表された。この作品は、“Dark Angel”の原作でも知
られる作家のデイヴィッド・クラスが、Caretaker Trilogy
という呼び名で計画しているもので、今回はその第1作とな
る“Firestorm”の映画化権が契約され、さらに続編2作の
オプション契約もされたものだ。
 物語は、ごく普通の高校生だった主人公が、ある日、自分
が現在進んでいる地球上の出来事と、1000年後に起きる地球
破滅の両方の戦いにおいて中心人物であることに気付くとい
うもの。そして第1作では、環境破壊の問題を扱い環境保護
団体のグリーンピースが初めて推薦した小説になったという
ものだ。また、計画されている第2作は“Whirlwind”とい
う題名で熱帯雨林の問題を扱い、第3作では“Timelock”の
題名で地球温暖化の問題を描くとされている。
 因に紹介されたストーリーでは、主人公のジャックは高校
フットボールの花形選手だったが、最後の試合でラッシング
の記録を破れないで終わる。しかしその夜、ガールフレンド
のPJとピッツァを食べに行った店で、彼は自分が記録を破
ったというテレビニュースを見る。その瞬間、彼は時空を超
え、1000年後の未来では彼の現代の行動が地球破滅の危機の
ターニングポイントであることを教えられる。そしてその後
現代に戻されたジャックは、超能力を持つ仲間たちと共に、
1000年後の地球を救うための行動に出るというもの。
 何か典型的な環境保護の啓蒙小説という感じのお話だが、
ジャンルはSFアクションアドヴェンチャーということで、
それなりに現実を見据えた作品ということなら、ちょっと面
白いものにもなりそうだ。
 製作は、ワーナー傘下で、マーシャル大学フットボール部
の実話に基づくスポーツドラマ“We Are Marshall”などを
手掛けるベイジル・アイワニク主宰のサンダー・ロード。監
督は未定だが、脚本は原作者が担当する。なお、原作者のク
ラスは、2004年“Walking Tall”のリメイク版(ワイルド・
タウン)など30作以上の映画脚本を手掛けているものだ。
        *         *
 2007年5月18日の全米公開が予定されている“Shrek 3”
のヴォイスキャストが発表された。それによると、シュレッ
ク(マイク・マイヤーズ)、フィオナ(キャメロン・ディア
ス)、ドンキー(エディ・マーフィ)、長靴をはいた猫(ア
ントニオ・バンデラス)ら前作から続くメムバーに加わる新
登場のキャラクターは、かなり強烈なものになりそうだ。
 その顔ぶれは、まずはシンデレラ(エイミー・セダリス)
と白雪姫(エイミー・ポーラー)、それにラプンゼル(マヤ
・ルドルフ)、眠れる森の美女(シェリー・オテル)。彼女
たちについては、その住居が前作で王国に着いたシュレック
らが街を巡るシーンに登場していたが、第3作では本人たち
が登場するようだ。そしてその役柄は、フィオナ姫が前作に
登場したチャーミング王子(ルパート・エヴェレット)の陰
謀を暴くために組織した地下レジスタンスで、超優秀な忍者
スタイルの突撃部隊のメムバーだそうだ。
 この他、フック船長(イアン・マクシェーン)、ランスロ
ット卿(ジョン・クラシンスキー)、アーサー王=別名アー
ティ(ジャスティン・ティンバーレイク)、魔法使いマーリ
ン(元モンティ・パイソンのエリック・アイドル)らも登場
するとなっている。
 元々『シュレック』の物語は、童話や伝説などのキャラク
ターの住む世界を舞台にしたものだったが、これらのキャラ
クターをオリジナルの設定に合わせて物語の中で活躍させる
というは、かなり周到な脚本が必要になりそうだ。それにし
ても、童話のお姫様たちで組織された忍者スタイルの突撃部
隊とは、一体どんなことになってしまうのか、それだけでも
話題を呼びそうだ。
 なお、以前『シュレック2』のプロモーションで来日した
製作者のジェフリー・カツェンバーグは、記者会見で、「シ
リーズは全4部作で、最後はシュレックの故郷を訪ねること
になる」と言っていたものだが、今回も舞台は前回と同じく
「遠い遠い国」のようで、ここから第4作に繋ぐ物語の伏線
にもなっているのだろうか。
        *         *
 昨年の8月15日付第93回で紹介したフィリップ・プルマン
原作のファンタシー3部作“His Dark Materials”の映画化
で、その第1作“The Golden Compass”の映画化が今年9月
4日に撮影開始され、来年11月16日の公開を目指すことが、
ニューラインから発表された。
 この計画については、第93回の記事では、脚本を執筆した
クリス・ウェイツが監督は降板することを表明し、替りの監
督の起用が発表されたものだったが、その後任監督が今年の
5月に「創造上の相違」を理由に降板を表明、しかしその時
点ではすでに製作準備がスタートしていたことから、急遽元
の計画通りウェイツが監督することになったものだ。因に、
ウェイツが降板したのは、当時の技術的な問題によるものだ
ったということだが、それは2004年の話で、その後の2年間
で技術的な問題は解決しているようだ。
 また、この作品には、全イギリスで募集された10,000人を
超える少女の中からダコタ・ブルー・リチャーズという12歳
の少女が選出され、主人公のライラ・ベラキュアを演じるこ
とになっている。物語の中で彼女は、武装したクマや魔法使
い、その他のファンタスティックの生物たちと共に、親友救
出の旅を行うことになるというものだ。
        *         *
 ソニー傘下のジャンルブランド=スクリーン・ジェムズが
韓国の那民友(ヒョン・ミンウ)原作のコミックスで英題名
“Priest”の映画化を行うことになり、その主演にジェラル
ド・バトラーの出演交渉が行われている。
 物語は、終末戦争後の世界を背景に、姪を吸血鬼集団に誘
拐された司祭が、教会の掟に背いて邪神と契約し、超能力を
駆使する戦士となる。そして若い保安官や女性司祭とチーム
を組み、全米に点在する吸血鬼の巣窟を襲って行くというも
の。この司祭役にバトラーの出演が交渉されているものだ。
 なおこの報道では、バトラーは『オペラ座の怪人』として
紹介しているものが多かったようだが、バトラーといえば、
2000年の“Dracula 2000”(ドラキュリア)で吸血鬼を演じ
た実績が先にあるもので、そのバトラーが吸血鬼ハンターを
演じるのが、この作品の面白さだと思えるところだ。
 監督は、2005年リメイク版の“The Amityvill Horror”を
手掛けたアンドリュー・ダグラス。この作品はオリジナルよ
り評価が高いようなので、ホラー演出は期待できそうだ。
        *         *
 今回は最初にちょっと怪しげな話題を報告したが、最後も
かなり怪しげな情報で、6月15日付の第113回で“Fantastic
Four”の続編にシルヴァー・サーファーが登場することを
紹介したその役を、ヴィン・ディーゼルが演じるという噂が
広まっている。
 この噂の元は、続編を監督するトム・ストーリーの発言と
いうことだが、さらにそれを裏づける話として、ディーゼル
が6月1日付第112回で紹介した“Black Water Transit”の
出演を明確な理由なしにキャセルしたということも伝えられ
ていた。しかし、その後にディーゼルが“Black…”には出
演しているという情報もあり、一方、ディーゼルの情報では
“Hannibal”が秋にも撮影開始できる状況になっているとい
うことで、彼がスーパーヒーローを演じる可能性はかなり低
くなっているようだ。
 この他、“Indiana Jones 4”には、ナタリー・ポートマ
ンがインディの娘の役で出演するという噂も拡がるなど、本
当に怪しげな噂が飛び交っている状況だ。
        *         *
 最後の最後に、ブライアン・シンガー監督に、ワーナーか
ら“Superman vs.Batmann”のオファーがあったことが報告
された。ただしシンガーは、その前に現在の“Superman”の
物語を完結させたい意向とのことで、実現は少し先になりそ
うだ。



2006年07月14日(金) イルマーレ、ディア・ピョンヤン、パイレーツ・オブ・カリビアン2、マスター・オブ・サンダー、天軍、スーパーマン・リターンズ

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『イルマーレ』“The Lake House”
2000年に製作・公開された韓国製ファンタシー映画のリメイ
ク。サンドラ・ブロックとキアヌ・リーヴス=『スピード』
コンビの12年ぶりの共演で、湖畔の家の郵便ポストに入れら
れた手紙が2年間の時を超え、男女を結びつける物語。
一方の主人公は女医。シカゴの総合病院に勤務の決まった彼
女は、勤務状況を考慮して湖畔の家を引き払って市中のアパ
ートに引っ越すことにする。そして、ポストに転居先への郵
便物の転送を依頼するメモを入れる。
他方の主人公は建築士。彼は廃屋と化していた湖畔の家を修
理し、新たに住もうとしていた。そして、郵便ポストに、あ
たかも今その家を出ていこうとするかのような、意味不明の
転居のメモを見つける。しかもその日付は、2年後のものだ
った。
この種の話は、どうやってもネタバレになる。以下はネタバ
レです。
この物語の上手さは、時間移動しているのが手紙だけという
ことだ。よく似た話では、同じ2000年に“Frequency”(オ
ーロラの彼方)という作品がアメリカでも作られているが、
アメリカ作品では、かなりの重大問題が最初に掲げられるの
に対し、本作ではそれが隠され、男女の問題に集約されてい
るのも、上手さと言えるかも知れない。
それに2年という時間差も、微妙な味わいと言えそうだ。本
作では、主人公の2人は均等に描かれるが、通常の時間もの
では未来にいる方が主導権を持つものだ。しかし本作では、
過去にいる方が有利というか、主導権を持つところも、他の
作品にないアイデアでもある。
ただし、SFファンにとって時間ものの注目点は、やはりタ
イム・パラドックスの処理になるが、それが上手くできてい
るかというと、正直に言ってかなり難しい。特に結末はこれ
では成立しないし、本当はもっとえげつないことをしなけれ
ばいけないのだが、そこはラヴロマンスが主体の作品だから
仕方がないと言うところだろう。
実は、韓国版のオリジナルは事前には見なかった。チャンス
はあったのだが、ハリウッド版を真っ新で見たかったので、
敢えて見ないようにしたものだ。従って物語は主人公たちと
同じ立場で見たが、この結末はSFファンならもっと早くに
気が付くはずのものだ。
映画の中で、主人公はジェーン・オースティンやドストエフ
スキーを愛読していたようだが、もう少しSFも読んでいれ
ば良かったのに、と言いたくなるのは、SFファンの特権と
言えそうだ。

因に、韓国版の“Il Mare”というのはイタリア語で「海」
の意味だが、アメリカ版は湖畔の家の話で原題も“The Lake
House”となっている。しかし、上記の邦題がちゃんと成立
するのは、アメリカ版製作者の配慮という感じもした。

『ディア・ピョンヤン』
朝鮮総聯の創設以来の幹部という父親と、その娘の確執を描
いたドキュメンタリー作品。
作品の全体は、父親を主体にした家族の記録だが、そこにピ
ョンヤンを訪問したり、離散した家族との再会など、普通の
家族とは違うものが描き出される。
また、監督である娘は父親の政治思想に批判的だが、それで
も相互に理解しようとする気持ちは、日本人の家族ではなか
なか考えられない。それは重くもあるが、互いの真剣さが爽
やかでもあった。
恐らくそれは、親に対する尊敬の念のようなもので裏打ちさ
れているというところもありそうだ。被写体の父親は、普段
は実に快活であり、面白い親父であるが、一旦政治を口にす
るとガラリと態度が変わる。
と言っても、娘に対する態度は穏やかではあるのだが、最終
ポイントは絶対に譲らない。そんな父親の真剣さが娘にも伝
わっているのだろう。そしてそれが、時にユーモラスにも描
かれている。父親のキャラクターのお陰もあるが、その辺は
良くできた作品だ。
南北朝鮮問題というのは、国際的な側面はいろいろ報道もさ
れるが、日本国内の在日の人たちの話というのは、日本人の
僕達には伺い知れないものだったし、今まで気にもしていな
かったというのが本音だった。
しかし、つい先日もAVの製作に絡めた在日の俳優のドキュ
メンタリーを見たし、そういったことで徐々に認識を新たに
して、少しは考えるようになってきたところだ。
それにしても、在日の人にとっての南北問題の複雑さは、こ
の作品を見ると予想以上に考えさせられた。特に、本作では
朝鮮総聯の幹部という父親の立場が、話を一層複雑にしてい
るが、それがまた、最近の国際情勢の中で微妙に変化してい
る点も写し出されている。
なお実際は、北朝鮮で撮られた映像は北朝鮮政府の検閲済み
のものであるようだし、韓国での上映も考慮して表現も注意
していると、プロダクションノートには記載されている。そ
の辺で監督には多少不満が残っているようだが、作品は父親
と娘の関係を通して穏やかに語られることで、いろいろな問
題が理解しやすくなっているようにも感じられた。

『パイレーツ・オブ・カリビアン
              /デッドマンズ・チェスト』
    “Pirates of the Caribbean: Dead Man's Chest”
ディズニーランドのアトラクションに基づいて2003年に製作
・公開され、大ヒットを記録した海賊映画の続編。
イギリスが海洋支配を進める時代を背景に、前作ではアズテ
カの金貨の呪いによって死ぬことのできなくなった海賊たち
との戦いが描かれたが、今回は、海底に引き摺り込まれて半
分海洋生物と化した異形の海賊たちとの戦いが描かれる。
物語は、前作でスパロー船長の逃亡を助けたエリザベスとタ
ーナーに逃亡幇助の嫌疑が掛けられるところから始まる。
ところが、そこに東インド貿易会社の権力者と名乗る男が現
われ、彼は船長からコンパスを奪ってくればエリザベス共々
無罪放免にすると申し出る。その言葉を信じたターナーは、
エリザベスを牢獄に残し、単身スパロー船長の後を追うが…
一方、スパロー船長は海賊稼業を続けているが、その意気は
上がらない。それはとある男との約束の期限が迫っていたた
めだった。そして、ついにその男からの使者が現れ、絶体絶
命の最後通牒が突きつけられる。そこで船長は、我身を救う
ため一計を案じるが…
上映時間は2時間30分。前作は2時間23分だったから7分ほ
ど長くなっているが、前作と同様、時間はあっという間に過
ぎてしまった。実際、エンディングのクレジットが上がって
きたときには、もうそんなに時間が経ってしまったのかと驚
いたくらいだ。
何しろ映画はアクションに継ぐアクションの連続で、しかも
その連携が実に上手い。ちょうどそれはディズニーランドの
アトラクションを見ているのと同じ感覚で、その意味では見
事にアトラクションの映画化になっているものだ。
その上、映画には、アトラクションの一部のようなシーンも
次々に登場し、中には本当に「カリブの海賊」の中で再現し
て欲しいと思ってしまうものもあった。因に、アナハイムの
アトラクションにはスパロー船長が登場したそうだが、まだ
この作品の再現ではない。
なお、映画はこの後、第3作へと続く。その日本公開は来年
5月26日に決定している。
映画の興行において続編というのは、昔は正編の8割行けば
良い方と言われたものだ。最近はそういうこともなくなった
が、本作の場合は、さらに続きの公開が1年後で、いわゆる
バック−トゥ−バックというのが興行的には唯一の弱点と言
えないことはない。
端から見ると、そんなことは杞憂のようにも思えるが、しか
し、この映画の製作者はそこにも周到に手を打っているよう
に思える。
実際この作品では、先にも書いたようにアトラクションを見
事に再現している。つまりこの作品は、スクリーンで上映さ
れる新しいアトラクションの雰囲気なのだ。そして、新しい
アトラクションにはリピーターが付き物ということだ。
この作品の狙い目は、これをアトラクションと見る観客だと
言える。そのアトラクションでは観客は傍観者となるものだ
が、それを後押しするかのように、映画の中でも他の俳優の
アクションを傍観しているというシチュエーションが随所に
作られているものだ。
そんなアクションを傍観する2時間30分の超豪華なアトラク
ションと言える作品。従って今回は、人間ドラマは極めて希
薄だが、第3作は逆に人間ドラマが中心に描かれるという噂
もあるようだ。そこまで周到に計画された作品ということな
のだろう。
なお、前作同様、今回もクレジットの後に追加映像があるの
で最後まで見逃せない。

『マスター・オブ・サンダー』
倉田保昭と千葉真一。日本を代表して海外でも活躍してきた
アクション俳優2人が映画では初共演した作品。といっても
実際には、倉田が製作統括を務める作品に千葉が客演した形
のものだ。それに2人は主役ではなく、主人公は7人の若手
が務めている。
ということで、若手俳優によるアクション作品なのだが、そ
の若手というのが、日曜朝の「戦隊」シリーズや「仮面ライ
ダー」などからそれぞれ主役級やヒロインを演じた顔ぶれを
揃えており、その手の番組のファンの観客動員が狙いという
感じの作品だ。
従って、アクションや演技もそのレヴェルだし、物語もその
域を出るものではない。でもまあ、狙っている観客層もそれ
を期待しているのだろうし、これはこれで良いというところ
だろう。僕も別段それが嫌いという訳ではない。
ということで需要と供給のバランスは取れているのだが、で
も折角の千葉、倉田が揃ってこのアクションでは、やはり物
足りなさは否めない。映画には2人の直接対決も用意されて
いて、それはそれで良いのだが、他の連中がそれにほとんど
絡めないのは残念だ。
多分レヴェルが違い過ぎて、編集でもそれがカバーできなか
ったというところかも知れないが、やはりそれなりのもっと
がっちりした絡みのシーンが欲しかった。お陰で2人の対決
シーンは、見事に映画の流れから浮いてしまっている感じも
するものだ。
それに、ワンカットで撮られた巻頭の1:150人の対決シーン
も、よく撮ったとは思えるが、これも物語の中にちゃんと納
まっていないと、唯の自己満足にしか見えない。このシーン
をクライマックスか、その前ぐらいに持ってくる構成が欲し
かった感じだ。
「戦隊」シリーズや「仮面ライダー」などの俳優とそのファ
ン層があって、それを狙って映画を作る需要があるのなら、
もう少しそれなりのアクションを見せる工夫が欲しい。もち
ろん俳優たちのアクションのレヴェルが上がれば問題はない
が、そうでなくてももっとやれることはあるはずだ。
本作でもいろいろ細かい細工はしているようだし、それぞれ
は頑張っているようだが、それが物語の全体に活きてこない
のが残念なところだ。
確かに格闘技系のアクションには演技者の力量は必要だが、
『チャーリーズ・エンジェル』や『バイオハザード』の彼女
達にそんな力量があったとは思えない。それは見せ方の工夫
によるところが大きいはずだ。次にはそんなアクションを期
待したいものだ。

『天軍』(韓国映画)
2000年6月に行われた金大中訪朝の際の秘密協定に基づき、
南北朝鮮が国際社会に隠して行っていた共同研究を背景に、
南北3人ずつの兵士と密かに作られた核弾頭、それに研究員
の女性物理学者が、433年前の李王朝時代にタイムスリップ
してしまう物語。
そこでは、王朝から見放された辺境の村人たちが、略奪と殺
戮を繰り返す蛮族の脅威に晒されていた。そしてタイムスリ
ップした兵士たちが目にしたのは、後に豊臣秀吉の朝鮮侵略
を阻止する朝鮮半島で最も有名な英雄・李舜臣の若き日の姿
だったが…
近代兵器を持った兵士たちが過去の戦乱の時代にタイムスリ
ップすると言えば、日本では半村良原作の『戦国自衛隊』が
昨年公開されたばかりだが、本作は2000年頃から企画が進め
られてきたということだ。
もちろん、『戦国…』には1979年の映画化もあるから、そこ
からインスパイアされた可能性も否定はできないが、この作
品では南北朝鮮の問題を踏まえ、さらに李舜臣という人物を
配することで、見事にオリジナルな物語を作り上げている。
それどころかこの作品には、半村原作の真髄とも言える歴史
的事実との関りが、ちゃんと描かれているものだ。
前にも書いたと思うが、半村の『戦国…』の原作では、最後
に主人公が自分たちのタイムスリップをした理由に気付くと
いう見事にSFマインドを発揮するエピソードがある。しか
し過去2度の日本での映画化では、その点が完璧に無視され
ていた。
ところがこの作品は、ある意味でそれを描いているとも言え
るものなのだ。映画はその他のいろいろな要素も複合してい
るので、その点が明確に描かれているものではないが、少な
くとも日本での映画化よりは正しくSFマインドを持った作
品と言えるのだ。
しかもそれが、重大な歴史的事実につながっているという感
覚は、見事に半村の描いた物語に通底するものだ。もちろん
それは剽窃などと言うものではなく、逆にSFが判っていれ
ばこうなるはずのものなのだが、日本映画では何故かそうは
ならなかった。
韓国版『戦国…』などと呼ぶことが失礼であることは重々承
知の上で、僕は敢えてこの作品を『戦国…』の正統な後継者
と呼びたい。ジャンル名などとほざく輩の作品よりずっとま
ともな作品だし、間違いなくSF映画と呼べる作品だ。

『スーパーマン・リターンズ』“Superman Returns”
1978年と81年に、故クリストファー・リーヴの主演で製作公
開された『スーパーマン』の復活編。なお、前のシリーズで
は1983年と87年にも作品が作られているが、今回の復活では
その2作は完全に無視されている。
物語は、『スーパーマン2』でクリプトン星の3悪人との戦
いに勝利したスーパーマンが、その後の5年間、故郷を訪ね
る宇宙の旅に出たという設定で始まる。そして再び隕石と共
にカンザスのケント農場に飛来するのだが…
その頃、宿敵レックス・ルーサーは、仮釈放の審査法廷に検
察側証人のスーパーマンが出席しなかっために仮釈放を認め
られ、老未亡人(往年のテレビシリーズでロイス・レーンを
演じたノエル・ニールが扮している)に取り入ってその資産
をせしめようとしていた。そしてスーパーマンの秘密基地を
訪れたルーサーは…
一方、デイリー・プラネット社に復帰したクラーク・ケント
は、そこでロイス・レーンがホワイト編集長の甥と婚約し、
彼女には5歳の息子がいることを知る。そして、再び現れた
スーパーマンにロイスは、もはや世界は英雄を必要としてい
ないと告げる。
この物語に、スペースシャトルの発射や、ジャンボジェット
の墜落に始まる世界中に拡がる危機を迎えて、スーパーマン
の獅子奮迅の活躍が描かれる。
スーパーマンの5年間の不在期間というのが、ちょうど前の
シリーズの後半2作の製作期間に重なる寸法だ。今回の復活
編は、そこまでして物語を原点に戻し、もう一度レックス・
ルーサーとの対決を描き直そうとしている。
そしてそのルーサー役は、オスカーを2度受賞のケヴィン・
スペイシーが演じ、コミカルな仕種の中にも心底から冷酷な
悪人像を存分に描き出している。
一方、スーパーマン役には、新人のブランドン・ラウスが扮
している。彼は以前にテレビ出演はあるようだが、映画では
真っ新の新人ということだ。
身長190cm、体重100kgの体型が起用の理由ということだが、
元々はテレビシリーズ化の時のオーディションの応募テープ
が残っていて、そこから見出されたさというのは良くできた
話だ。なお、本人がアメリカ中西部の出身だということも決
め手になったようだ。
この他、ロイス・レーン役には、スペイシー監督主演の『ビ
ヨンドtheシー』で共演したケイト・ボスワース、ホワイト
編集長役にはフランク・ランジェラ、その甥のリチャード役
に『X−メン』でサイクロプスのジェイムズ・マーズデン。
また、スーパーマンの父ジョー・エルの映像と音声は、第1
作の撮影時に収録された故マーロン・ブランドのものが使用
されている。さらに養母のマーサ・ケント役には、ブランド
のと共演もあるエヴァ・マリー・セイントが扮している。
さらに巻頭のテーマ音楽には、第1作のときのジョン・ウィ
リアムス作曲のものがそのまま使用され、それ続くタイトル
は…。ここまで第1作にオマージュを捧げるというのも大変
なことだと思うが、後はこの監督の思いが観客にどこまで伝
わるかというところだ。
その監督は、『X−メン3』を蹴ってこの作品に参加したブ
ライアン・シンガー。製作は、旧『バットマン』を手掛けた
ジョン・ピータース。また製作総指揮は、元ソニー・ピクチ
ャーズの製作部代表で、『スパイダーマン』の立上げも行っ
たクリス・リーが担当している。
アメリカでは独立記念日を含む公開5日間で1億ドル突破の
興行を達成したようだが、日本は一息置いて8月19日の公開
となる。さらに本作は、アイマックスでの上映も予定され、
それには20分間の3D化された映像も含まれるようだ。それ
にも期待したい。
因に、本作の撮影には、ソニーとパナビジョン社が共同開発
した最新型のディジタルカメラが全面使用されたそうだ。



2006年07月01日(土) 第114回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 まずは、前回予告したスティーヴン・スピルバーグによる
宇宙SF映画の情報から。
 スピルバーグとパラマウント映画は、探究者たちがワーム
ホールを抜けて、他の次元に到達する宇宙の旅を描いた作品
の計画を進めることを発表した。この計画はリンダ・オブス
ト製作の下で進められ、スピルバーグは本作の監督も希望し
ているということだ。
 この計画の大本は、カリフォルニア工科大(カルテック)
のキップ・S・ソーン教授が提唱するワームホール理論に基
づくもので、その物語の概要はソーン教授によって書かれた
とされている。そしてその概要に感銘したスピルバーグと、
彼の父親で引退したエンジニアのアーノルド(89歳)が、先
日カルテックで開かれたソーン教授を含む科学者たちのワー
クショップに参加、その映画化の確信がスピルバーグに生ま
れたということだ。
 ただし、その概要に書かれた物語などの詳しいことは明ら
かにされていないものだが、ソーン教授の理論によると、ワ
ームホールは単に宇宙的な距離を光速を超えて瞬時に繋ぐ移
動手段というだけではなく、タイムトラヴェルの手段として
も考えられているもので、その理論からすると、時空を超え
た雄大な物語が展開されていそうだ。
 といってもこの計画は、今直ぐ実現されるものではなく、
これから直ちに準備を開始したとしても、劇場公開までには
少なくとも4年間が掛るとされている。また、スピルバーグ
はその前に、懸案の“Indiana Jones 4”と、リーアム・ニ
ースン主演予定のリンカーン大統領の伝記映画も監督する計
画があるということだ。
 実はスピルバーグは、ドリームワークスのパラマウントに
よる吸収に伴い、ここ数ヶ月は独立の映画会社を傘下の製作
プロダクションにするための組織の変更に奔走していたとい
うことだ。そこで今回の発表は、その作業が一段落し、本来
の仕事が進められるようになったことも現しているようだ。
 スピルバーグの宇宙SF映画というと、1977年の『スター
・ウォーズ』と『未知との遭遇』が相次いで公開された直後
に、次はスピルバーグとジョージ・ルーカスが手を組んで、
『2001年宇宙の旅』を超える究極のSF映画を作るとい
う情報が流されたことがある。それは結局、1981年の『レイ
ダース/失われた聖櫃』となって、究極のSF映画はどこに
行った(?)ということになってしまったが、それでもスピ
ルバーグの胸の内には、いつか『2001年』を超えるとい
う夢が残っていたのだろう。だから、その後もスタンリー・
クーブリックとの親交を深め、最後は残された『A.I.』を
手掛けることにも繋がったと思われる。
 そんなスピルバーグが満を持して、今度こそという意気込
みで今回の計画を発表したもので、この計画にはたっぷりと
時間を掛けて、正しく究極のSF映画を目指して欲しいと思
ってしまうものだ。
        *         *
 お次も、前回予告の『コナン』の情報で、ワーナーは懸案
だった『コナン・ザ・グレート』(Conan the Barbarian)
のリメイクを、2000年公開された『タイタンズを忘れない』
などのボアズ・ヤーキンの参加を得て、2007年初旬の製作開
始を目指して進めることを発表した。
 この計画に関しては、2002年4月1日付第12回で紹介した
ことがあるが、その時は1982年のオリジナルを手掛けたジョ
ン・ミリウスが再び脚本を執筆し、製作にはラリー&アンデ
ィー・ウォシャウスキー兄弟も協力するということだった。
しかし、ドウェイン“ザ・ロック”ジョンスンの主演で、ア
ーノルド・シュワルツェネッガーが父親役で出演するとした
この計画は、2003年秋のシュワルツェネッガーの州知事当選
によって、父親役の出演が困難になったという理由で頓挫し
てしまう。まあ、この辺の経緯はよく判らないが、本当の理
由は他にもありそうな感じがしたものだ。
 その後、実はロベルト・ロドリゲスの参加による計画も立
上げられていたようだが、今度は2004年3月の『シン・シテ
ィ』の共同監督を巡るトラブルで、ロドリゲスがアメリカ監
督協会を脱退したことからこちらも頓挫してしまった。この
時は、目前に“A Princess of Mars”の問題があったので隠
されていたが、実はこちらも頓挫していたということだ。
 その計画が再び立上げられたものだが、今回のヤーキンも
子供の頃からのロバート・E・ハワードの原作小説のファン
だったということで、以前のシュワルツェネッガーが主演し
た2作よりも、もっとハワードの原作に近付けた映画化を目
指すとしている。因に今回発表された契約は、脚本の執筆と
いうことだが、その脚本が会社側に好印象を与えられれば、
監督も依頼されることになるということだ。
 キャスティングなどは、脚本が出来上がるまでは当然未定
だが、製作者には『ポセイドン』を手掛けたアキヴァ・ゴー
ルズマンやジョン・ヤシニらが名を連ねており、ワーナーと
してはかなり大規模な映画化を考えているようだ。
        *         *
 もう1本、実は同じ日付で報告された情報で、ブラッド・
ピットとパラマウントが、マックス・ブルックス原作による
“World War Z: An Oral History of the Zombie War”とい
う長編小説の映画化権を獲得したことが発表された。
 この原作者は、前作では“The Zombie Survival Guide”
という作品も発表しているようだが、今回の作品は、病原菌
によって人食いゾンビと化した元人類の軍団との戦争を描い
たもの。原作本は今秋の出版予定ということだが、その前に
映画化権が争奪戦となり、ピット+パラマウントと、レオナ
ルド・ディカプリオ+ワーナーの2者が争っていたというこ
とだ。そしてピット側が権利を獲得、プランBで映画化を行
うことになったものだが、その権利料は6桁($)の上の方
とも言われている。
 それにしても、ゾンビと言えば、ジョージ・A・ロメロの
作品を筆頭にスプラッター・ホラーの定番という感じのもの
だが、そのゾンビを描いた原作にピットとディカプリオが争
奪戦を演じたというのも意外な感じだ。もちろんゾンビと言
えばブードゥー教の呪術によるものもあるが、今回の紹介で
はわざわざflesh-eatingと紹介されていたもので、ロメロ系
のゾンビであることは間違いない。もっとも、原作者の前作
の題名を見るとパロディという線もありそうだが、それにし
ても…という感じのものだ。
 ただし、映画化権を獲得したと言っても、即ピット主演と
いうことではないが、少なくとも彼が製作には関わる訳で、
ハリウッドにおいてゾンビという題材が、それだけ市民権を
得てきたことを現しているとは言えるかも知れない。映画化
がいつになるかは不明だが、楽しみに待ちたいものだ。
        *         *
 『スパイダーマン2』の脚本に関ったことでも話題になっ
たピュリッツァー賞受賞作家マイクル・シェイボンが、その
受賞作“The Amazing Adventures of Kavalier & Clay”の
映画化を進めていることを公表し、その出演にナタリー・ポ
ートマンが興味を示しているということだ。
 この作品は、2002年10月1日付第24回でも少し紹介してい
るが、1930年代のニューヨークを舞台に、2人の若い従兄弟
同士が自ら作り上げた“The Escapist”というスーパーヒー
ローコミックスに夢を託し、コミックスの黄金時代と言われ
たこの時代を生きた姿を描いている。また、映画化はシェイ
ボン自身の脚色で行われ、監督には『めぐりあう時間たち』
のスティーヴン・ダルドリーが予定されているものだ。
 そして今回ポートマンの名前が紹介されているのは、ロー
ザという登場人物で、彼女は強力にその役を希望しているそ
うだ。因に、スーパーヒーローを生み出す従兄弟同士は少年
たちということで、ローザはその役ではないようだが、彼女
が強力に希望しているということは、それだけ魅力的なキャ
ラクターなのだろう。ポートマン以外のキャスティングも順
次進められているということだが、とりあえず俳優の名前が
出たことで、製作状況はプレ−プレ・プロダクションから、
プレ・プロダクションに昇格したとも書かれていた。
 現在の状況は、長過ぎる脚本をカットする作業が続けられ
ているということだが、それと並行して、映画化では描かれ
たコミックスのキャラクターがアニメーションで登場するシ
ーンもあるようで、そのためのアニメーションスタジオとの
技術の検討も開始されているということだ。
 コミックスヒーローの映画化がブームになっている中で、
そのルーツを探る作品というのも面白そうだ。
 なお、ポートマンの出演作品では、2005年5月15日付第87
回で紹介した“Mr.Magorium's Wonder Emporium”の撮影が
すでに完了。続いてウォン・カー・ワイ監督で今夏撮影予定
の“My Blueberry Nights”に出演が予定されている。また
BBCフィルムス製作の“The Other Boleyn Girl”という
コスチュームプレイに、エリック・バナと共演する予定も発
表されており、『スター・ウォーズ』が終ってますます忙し
くなっているようだ。
        *         *
 冬のアラスカを舞台に、白夜とは逆に30日間太陽が昇らず
夜が続く町をヴァンパイアが襲うという物語が、ジョッシュ
・ハートネットの主演で映画化される。
 この作品は、スティーヴ・ナイルズ、テッド・アダムス、
ベン・テムプルスミスの3人が2002年に発表した“30 Days
of Night”と題されたグラフィックノヴェルを映画化するも
ので、ハートネットが演じるのはアラスカ州の合衆国最北の
町バーロウで、夫妻で保安官の職を務めている夫。しかし、
真冬の30日間に亙って太陽が昇らないこの町を、ヴァンパイ
アが襲う。この事態に保安官夫妻は、自分たちを助けるか、
危険を冒して4500人の住民を救うかの二者択一の選択を迫ら
れることになるというお話だ。
 ヴァンパイアが太陽光線を嫌うというのは、古来から伝統
的な設定だが、この作品はその設定を逆手にとって、30日も
の間、ヴァンパイアが自由に活動できる場所を舞台にしてし
まったというもの。普通の吸血鬼ものなら1夜を頑張り通せ
ば何とかなるが、24時間30日では、ちょっとどころでなく大
変になりそうだ。題名のNightが単数なのが洒落ている。
 そしてこの物語を、『コラテラル』『パイレーツ・オブ・
カリビアン』の第1作を手掛けたスチュアート・ビーティが
脚色し、さらに“Hard Candy”というインターネットを背景
にしたサスペンスドラマが話題になっているデヴィッド・ス
レイド監督と、脚本家のブライアン・ネルソンのコンビが、
リライトと監督することになっている。製作は、サム・ライ
ミとロバート・ターペット。彼らが主宰するゴースト・ハウ
スの作品で、アメリカ配給はソニーが担当する。
        *         *
 2002年公開の『8Mile』では、自伝的な作品にそこそこの
演技を見せてくれたラッパーのエミネムが、今度は何とバウ
ンティ・ハンター役に挑戦する計画が発表された。作品の題
名は“Have Gun, Will Travel”で、実は2003年2月15日付
第33回で一度紹介したテレビシリーズ『西部のパラディン』
の映画版の計画が再燃してきたものだが、今回の計画では、
物語が現代化されるということだ。
 オリジナルは1957年に放送開始された毎回30分のシリーズ
で、アメリカはCBS、日本ではNHKで放送されている。
そしてオリジナルの物語は、1870年代を背景に、元陸軍士官
で南北戦争でも活躍したという男が西部の流れ者となり、普
段はサンフランシスコのホテルで優雅な生活をしているが、
依頼を受けると黒ずくめの衣裳に身を包み、雇われガンマン
として事件の解決に赴くというもの。以前の計画では『トー
タル・フィアーズ』のダニエル・ペインが脚本を担当するこ
とも発表されていた。
 しかしその計画はキャンセルされていたようで、今回は改
めてエミネムの主人公パラディン役で計画が進められるとい
うものだ。また物語は現代化して、エミネムの出身地のデト
ロイトを舞台にすることも報告されている。ただし、登場す
るキャラクターは、オリジナルにルーズではあるが沿ったも
のになるということで、パラディンはもちろんだが、他にも
「ヘイ・ボーイ」などのキャラクターは活かされることにな
りそうだ。また、音楽もエミネムが担当することが発表され
ている。
 なお、配給元のパラマウントでは、取り敢えずリメイク権
に対して契約のオプション期間を18カ月間延長しているが、
会社としては最優先で製作準備を進める意向ということだ。
製作は、やはりラッパーの50 Cent主演による“Get Rich or
Die Tryin'”なども手掛けるISAが担当する。
        *         *
 『サイレントヒル』に続いて、またまた日本製ホラーゲー
ムの映画化で、今度は『バイオハザード』のカプコンが発売
している“Clock Tower”の映画化計画が発表された。
 因にゲームは、1995年に第1作がヒューマンからスーパー
ファミコン用に発表されたもので、その後にプレイステーシ
ョンに移植されたシリーズは、全体として史上最も売れたゲ
ームの一つに数えられているようだ。またカプコンが製作し
た第3作は、全米で200万本を売り切ったとされている。
 そして計画されている映画化は、すでに2005年5月1日付
第86回で紹介した“When a Stranger Calls”(夕暮れにベ
ルが鳴る)のリメイクなども手掛けているジェイク・ウェイ
ド=ウォールによる脚本が完成されており、今回はその監督
に、チリ人で、2000年の監督デビュー作“Angel Nero”が、
同国興行成績No.1を記録したジョージ・オルグインの起用が
発表されたものだ。なおオルグイン監督は、第2作でホラー
作品の“Sangre Eterna”(Eternal Blood)も成功を納め、
その成功を目に留めたギレルモ・デル・トロの手で、第3作
となる“The Call of the Sea”が製作されたそうだ。
 また監督は、今回の映画化を担当する製作会社のメイヘム
に対し、ウェイド=ウォールの脚本に基づいてゲームの悪役
キャラクター=シザーマンが登場する映画の予告編にもなる
ようなアニメーション・ストーリーボードを提出し、プレゼ
ンテーションを行ったということだ。そう言えば、『サイレ
ントヒル』のクリストフ・ガンズ監督も、同様にプレゼンテ
ーション用の短編を自主製作したということだったが、特に
英語圏以外の監督がアピールを行うには、このような手法が
定番になりそうだ。
 なお、ウェイド=ウォールが執筆した脚本の物語は、主人
公の若い女性が、ある日、疎遠だった母親から実家に帰って
きてはいけないという不穏な警告の電話を受け、その事情を
調べるうちに、彼女自身の過去に関る恐ろしい超自然的な真
実を解き明かすというものだそうだ。ゲームでは、北欧のオ
スロにある古城が舞台になっていたもののようだが、それが
どう関るかも気になるところだ。
 キャスティグは未発表だが、撮影は今年の秋の開始予定に
なっている。
        *         *
 ここからは、嘘か真か、噂のキャスティング情報を4つま
とめて紹介しよう。
 まずは、真になった情報で、公開目前となった『パイレー
ツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』に続く第
3作に、以前から噂されていたローリング・ストーンズのキ
ース・リチャーズの出演が公式に発表された。これは監督の
ゴア・ヴァービンスキーが、映画サイトのインタヴューに答
えたもので、それによると、「キースの出演は、“Pirates
of the Caribbean”の第3作に明確に決定した。それは小さ
な役だが、重要な役だ」とのことだ。また、役柄はジャック
船長の父親かという質問には、「それは秘密だ」とだけ答え
たということだ。怪我によるツアーのキャンセルなどで心配
させたキースだが、取り敢えず映画の小さな役をこなすくら
いには回復しているようだ。
 お次は、まだあやふやな情報で、J・J・エイブラムス監
督が本当に決まってしまった“Star Trek XI”のカーク船長
役に、マット・デイモンのキャスティングがかなり真実味を
帯びてきたようだ。この情報も1カ月ぐらい前からウェブ上
で頻繁に流されていたものだが、今回は製作に近い筋のイン
サイダーから「監督もその気になっている」という情報が流
されたものだ。元々デイモンはやる気満々という説もあり、
トレッキーの間では賛否両論あるようだが、アカデミー賞脚
本賞受賞者で、『ボーン』シリーズでもヒットを続ける人気
スターの登場は、映画会社側にとっては大歓迎というとこと
だろうが、これは真になるのだろうか。
 3本目は、ピアーズ・ブロスナンがジェームズ・ボンドに
復帰するかも知れないという噂が登場した。実はこの噂は、
またぞろという感じがしないでもないが、“Thunderball”
の権利を保有し、その権利を利用して1983年にショーン・コ
ネリー主演の“Never Say Never Again”を実現したケヴィ
ン・マクローリーが、その再々映画化を目論んでいるという
もので、その主演にブロスナンが起用されるということだ。
しかもこの噂が、“Casino Royale”の撮影現場で囁かれて
いるというから、噂だけと片づける訳にも行かないようだ。
実際、この権利に関するこの前の計画では、結局、裁判はソ
ニーの取り下げで終った訳で、権利自体の効力の判断はされ
ていない。一方、ブロスナンも一時期復帰をアピールしたこ
ともあったから、この可能性もないとは言えないようだ。
 キャスティングの情報の最後は、昨年公開された“Batman
Begins”の最後で、続編への登場が予告されたジョーカー
に付いて、ロビン・ウィリアムスが出演を熱望していること
が明らかになった。これも映画サイトのインタヴューに答え
ているものだが、それによるとウィリアムスは、「神様、僕
はこの役をやりたいのです」とのことだ。前のシリーズでは
ジャック・ニコルスンが途轍もない存在感を発揮した役柄だ
が、監督のクリストファー・ノーランは新たなジョーカー像
を求めているとのことので、ウィリアムスはそれにも自信を
覗かせている。なおこの役には、すでにポール・ベタニーや
エイドリアン・ブロディの名前も噂されているようだ。しか
し、ウィリアムスとノーランは2002年の『インソムニア』で
も組んだことがあり、その線からも有力候補になりそうだ。
ただしノーランは、現在はこれもクリスチャン・ベイル主演
の“The Prestige”という作品を進めており、続編の準備に
掛るのはその後になる。因に、ウィリアムスは前のシリーズ
では1995年の“Batman Forever”でジム・キャリーが演じた
リドラーに一時噂されたことがあったものだ。
        *         *
 最後に、前回報告した『カーズ』の記者会見での監督の発
言で、書き忘れたことを一つ補足しておく。実は映画では、
主人公の発する「カッチャウ」という台詞が、字幕では「勝
っちゃう」に読めて、やり過ぎの意訳のようで気になったも
のだ。しかし、これは演じたオーウェン・ウィルスンによる
稲妻の擬音なのだそうだ。主人公の名前がライトニングなの
で、彼にその擬音を頼んだところ、子供の頃に使っていたも
のを思い出し、それが採用になったとのこと。原語にも特に
意味はなく、意訳に見えるのは単なる偶然だったようだ。


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井口健二