井口健二のOn the Production
筆者についてはこちらをご覧下さい。

2006年06月30日(金) ワン・ラブ、レイヤー・ケーキ、カポーティ、サムサッカー、ジダン、ファントマ

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『ワン・ラブ』“One Love”
ジャマイカを舞台に、レゲエを手立てに世界に出ようとする
ラスタファリアンの若者と、敬虔なクリスチャンの娘が繰り
広げるラヴ・ストーリー。
映画の題名は、レゲエの神様とも言われるボブ・マーリーの
楽曲から採られており、その主人公を、ボブの息子で本人も
歌手が本業のキマーニ・マーリーが演じている。またヒロイ
ンは、こちらも歌手が本業のシェリーヌ・アンダースン。
監督は、イギリスのDJ出身でプロモフィルムなどを多数手
掛けているドン・レッツと、同じくプロモ監督のリック・エ
ルグッド。脚本はジャマイカ出身のトレヴァー・ローヌ。
物語は、クリスチャンと地元の宗教ラスタファリアンズの対
立を背景に、方やゴスペル、方やレゲエで、賞金2万ドルの
コンテストに挑む2人が、宗教や音楽の垣根を超えて結ばれ
て行く姿を描く。
といっても、現実にはクリスチャンとラスタとの間にこのよ
うな顕著な対立はないそうで、お話には誇張があるようだ。
しかし映画では、裕福なクリスチャンと貧しいラスタとの生
活レベルの違いなどはかなり丁寧に描かれており、このご時
世では、今は楽園でもこれから先どうなるかは判らないとい
う印象は受けた。
父親の作品から題名の採られた映画の主人公を息子が演じる
といっても、別段父親の伝記という訳ではない。また、正直
に言って、主演2人の演技は、監督の力不足もあるのだろう
が、プロの演技と言えるほどのものではない。
ただし、お話自体も他愛ないものだし、言ってみれば現代の
おとぎ話という感じの作品でもあるから、そんな作品には演
技も多少ぎこちない方が似合っているかも知れない。そう考
えると、物語にはちゃんと魔法も出てくるし、辻褄は合って
いるものだ。
それに、いろいろ出てくる歌唱シーンはさすがに堂々として
いて、それを聞くだけでも価値があるとも言える。特にシェ
リーヌのゴスペルからレゲエまで歌いこなす歌唱は、聞いて
いるだけで気持ちが良かった。

『レイヤー・ケーキ』“Layer Cake”
ガイ・リッチー監督の作品を製作者として裏で支えてきたマ
シュー・ヴォーンが初監督した2004年製作のイギリス映画。
主演は新007に抜擢されたダニエル・クレイグ。
イギリスの裏社会で麻薬のディーラーとして地位を固めてき
た主人公は、仕事から身を退く潮時を考えていた。ところが
そこに、100万錠に及ぶエクスタシー(1錠5ポンド)の取
り引きと、大ボスの娘の行方を探す仕事が命令される。それ
は、彼にはた易い仕事だったが…
同じような話は、ヴィン・ディーゼル主演でもあった気がす
るし、アクション俳優は必ず一度は演じる役柄というところ
だろう。それなりに格好よく決められるし儲け役でもある。
また新人監督にとっても、細かい演出も不要だし、こちらも
やり易いところだろう。
そして観客も安心して見ていられるという感じの作品だ。
J・J・コノリーという作家のデビュー小説の映画化で、原
作者自身が脚本も担当している。因にコノリーは、2001年に
『ロンゲ・ヤード』を翻案した『ミーン・マシーン』の脚本
も手掛けている。
現実がどうかは知らないが、イギリスの麻薬事情や、アムス
テルダムの様子、さらに東欧圏との関り合いなど、興味深い
ヨーロッパの裏事情が盛り込まれていて、その辺を見ている
といろいろ楽しめた。
登場人物は次々死んでしまうし主人公の命も狙われている。
その意味では殺伐とした話ではあるが、そんな状況を主人公
がいかに潜り抜けて行くか、そこが面白い作品だ。そのため
の伏線や策略なども、納得できるように作られていた。
『ミーン・マシーン』も、伏線や策略などの点は納得できる
作品だったから、これは脚本家コノリーの腕とも言えそうだ
が、初監督作品としても及第点を出していいだろう。
クレイグ以外の出演者では、コルム・ミーニイ(『新スター
トレック』のオブライエン)、マイクル・ガンボン、ケネス
・クラナム、ジョージ・ハリス、ジェイミー・フォアマンな
ど渋めのイギリスの映画人に加え、『カサノバ』のシエナ・
ミラーが色を添えている。
なお題名意味は、層構造のケーキ、つまり日本で言う所謂ケ
ーキのことで、階層構造の社会では一番上が一番甘いという
ことを言いたいようだ。それは甘いだけではないのだが。

『カポーティ』“Capote”
作家トゥルーマン・カポーティが『冷血』を書いた経緯を描
き、今年のアカデミー賞では主要5部門にノミネートされ、
フィリップ・シーモア・フォフマンが主演男優賞を受賞した
作品。ホフマンは映画の製作総指揮にも名を連ねている。
1959年11月15日、カンザス州ホルカムという田舎町で起きた
一家4人惨殺事件。その新聞記事に目を止めたカポーティは
事件に興味を持ち、幼馴染みで、後に発表される『アラバマ
物語』の作者でもあるネル・ハーパー・リーと共に現地に赴
き取材を始める。
当時のカポーティは、『ティファニーで朝食を』で名声を得
ていたが、その作品は図書館の禁書リストにも入っていた。
そんな中で名声を利用するなどして徐々に取材を深め、遂に
犯人が逮捕されると、その犯人とも面会できるようになる。
そして直接犯人を取材する内、カポーティは犯人の一人に共
感し、死刑判決を減じようと尽力することに…ところが彼の
作品は、犯人が死刑にならないと完結しないのだった。しか
も朗読会で一部が発表された作品は好評に迎えられ、人々の
期待は高まって行く。
発言を得るためには嘘も吐くし誤魔化しもする。そんな作家
の二面性が綴られる。自分も物書きの端くれであるから、こ
の作品のカポーティの姿には大いに共感する。しかし、ここ
には作家と言うだけではなく、人間としての悩み苦しみが描
かれている。
実際にカポーティは、1966年に『冷血』を発表した後は、ほ
とんど本格的な作品は出さないままアルコールやドラッグな
どの依存症となり、1984年に心臓麻痺で亡くなっている。そ
の苦しみは尋常なものではなかったということだろう。
そして映画は、その苦しみを共有しようとするかのように、
犯行の様子の再現から死刑執行までのカポーティの心象を克
明に綴って行く。特に、彼が心情を吐露する数々の発言は、
観客の胸に突き刺さるものだ。
主演のホフマンは、少し異様な感じもするカポーティを見事
に演じており、主演賞を実力で勝ち得たことがよく判る。共
演にはキャサリン・キーナー、クリス・クーパー、ボブ・バ
ラバンなど実力派が並ぶ。
脚本を手掛けたのは現役俳優のダン・ファーマン。監督は、
過去にはCMとドキュメンタリー作品しかないべネット・ミ
ラー。彼らは12歳の時からの友人で、その2人が高校時代の
サマー・シアターで知り合ったというホフマンと共に作り上
げた作品だそうだ。

『サムサッカー』“Thumbsucker”
原題には、I am worried about my future,just like youと
いう1行が添えられている。
ウォルター・キルンの原作から、1990年代のアメリカン・カ
ルチャーの立て役者と言われたマイク・ミルズが脚色、初監
督した作品。僕としてはだから何なの言う感じだが、映画は
普通に見て、将来に不安を抱える思春期の心理を上手く描い
た作品に思えた。
主人公は、17歳になっても指しゃぶりが止められない。元ス
ポーツマンの父親はそんな息子を叱りつけるし、歯列矯正の
歯医者は催眠術を試したりもするが、彼が本当に抱えている
問題は将来に対する不安だ。しかし大人たちは誰もそんなこ
とに気付いてくれない。
そんな彼が、学校での異常行動からADHD(注意欠如他動
性障害)と診断され、抗鬱剤の服用を勧められる。そして、
薬物の使用をためらう親の反対を押し切って服用を開始。そ
の効果はみるみる現れるが…
精神病の大半は、精神病医が判断の付かない症例に対して勝
手に付けたものだと言われているようだが、立派な略称を持
つこの病気もそんなものの一つなのかもしれない。しかもそ
れに、抗鬱剤、といってもスピードと分子構造が3カ所違う
だけという薬が処方され、それを学校の保健室で投与すると
いうのだから恐ろしい話だ。
それで効き目が抜群と言うのは、薬の内容から考えれば当然
といえば当然な訳で、これが根本的な治療にならないことも
明らかだ。だから主人公は途中で服用を止めてしまうし、そ
れでも問題がないというのが、この物語の言いたかったこと
であるかも知れない。
結局、自分の将来なんて親を含む他人、ましてや薬に頼って
決められるものではないし、いくら不安があっても、それを
抱えながら生きて行くのが人生ということだ。そのメッセー
ジは、映画のエンディングに明確に示されていた。
僕はミルズという人物をよく判っていないが、アメリカン・
カルチャーを支えてきたと言うことでは、若者の良き理解者
なのだろう。その意味では、この原作の映画化には最適の人
物であったと言えそうだ。
主演は、この作品でベルリンとサンダンスの両映画祭で主演
賞を受賞したルー・プッチ。共演は、ヴィンス・ヴォーン、
ヴィンセント・ドノフリオ、ティルダ・ウィントン(「ナル
ニア国」の白い魔女)、キアヌ・リーヴス。それにベンジャ
ミン・ブラットが笑える役で登場している。

『ジダン−神が愛した男』
         “Zidane un Portrait du 21e siècle”
2006年5月7日にワールドカップ後の引退を表明したサッカ
ーのフランス代表選手ジネディーヌ・ジダンの姿を、2005年
4月23日、彼が所属するレアル・マドリード対ビジャレアル
戦の90分間に亙って追った映像作品。
「これはサッカー映画ではない」という宣伝コピーがつけら
れているが、映像は本当にジダンだけを追い続け、ボールの
行方や得点経過もほとんど判らない。さすがにジダンが絡ん
だ得点シーンはテレビ中継の映像が挿入されたりもするが、
それもほんの一瞬だ。
確かに、この作品はサッカーの試合を写してはいない。しか
し、年間20試合以上スタジアムで観戦している者の目からす
ると、ジダンの一挙手一投足が試合展開を見事に現している
し、その各局面は明確に理解できるように作られている。
しかもその理解が、全てジダンの動きから見て取れる訳で、
そうしてジダンの姿を見ているうちに、感情移入と言うので
はないが、何となく自分がジダンと同化している感じがして
きたものだ。つまりこの作品は、ジダンを体感できると言う
か、自分がジダンになっちゃえる作品なのだ。
そしてその側には、ベッカムや、ラウルや、ロベルト・カル
ロスらのレアルの銀河軍団が一緒に戦っている。といっても
彼らの姿はほとんど出てこないのだが、ちらちら見え隠れす
る辺りがまた、実際の試合を擬似体験している感じにもなっ
てくるものだ。
撮影には17台の高解像度カメラや300倍のズームレンズが使
用され、中で本人は、「試合をリアルタイムで覚えているこ
とはない」と語っていたが、作品では見事にほぼ実時間で描
かれている。
従って、1人の選手がボールに触っている時間は、試合時間
の何10分の1と言われるサッカーでは、ジダンがボールを持
っている時間もそれほど長くはないのだが、それでも何度か
登場する華麗なドリブルシーンなどは、これぞジダンという
感じがするものだ。
監督は、ダグラス・ゴードンとフィリップ・バレーノ。2人
は、所謂アーチストと呼ばれる人たちの作品で、映像的にも
優れたものになっている作品だが、僕は1サッカーファンの
目で見て、本当にジダンに同化して素晴らしい体験をさせて
くれる作品と感じた。
先に公開された『ゴール』も面白かったが、それよりもっと
サッカーの本質を体感させてくれる作品だ。また、中でジダ
ン自身が引退後のことに言及している貴重な作品でもある。
なお、本作は今年のカンヌ映画祭で特別招待作品としてワー
ルドプレミアが行われ、フランスでは5月24日に公開された
もので、日本では7月15日に緊急上映される。

『ファントマ危機脱出』“Fantômas”
『ファントマ電光石火』“Fantômas se déchaîne”
『ファントマミサイル作戦』
           “Fantômas contre Scotland Yard”
日本では1965年、66年、67年に公開されたフランス製のアク
ション映画シリーズが、3本まとめて再公開されることにな
った。公開は8月後半に順次で行われるようだが、試写会は
1日で3本連続して行われたものだ。
物語は、世界征服を狙う希代の悪人ファントマと、それを追
うジャン・マレイ扮する新聞記者、彼の恋人でミレーヌ・ド
モンジョ扮する女性カメラマン、そしてルイ・ド=フィネス
扮するパリ警察の警部が繰り広げるアクションドラマ。特に
ファントマが変装の名人というのが味噌で、次々に登場人物
に変装しては悪事を進めて行くと言うものだ。
そしてシリーズは、第1作はフランス、第2作はイタリア・
ローマ、第3作はイギリス・スコットランドを舞台に、それ
ぞれの土地柄を活かした物語が展開する。特に、第3作では
ネス湖が出てきたり、最後は古城にあっと驚く仕掛けまで登
場した。
その他にも、ノートパソコンを思わせるパネル型ディスプレ
イの映像装置や、テレパシーで他人を操る武器、スカイダイ
ビング、今見るとちょっと懐かしいマジックハンド、それに
ポスターにも描かれた翼付きのシトロエンなど、結構先進的
というか、未来的な小道具がいろいろ登場するのも面白い作
品だった。
実は、第1作は多分高校に進学した年の春休みに日比谷スカ
ラ座で見た記憶があるが、第2作は見たかどうか記憶が定か
でなく、さらに第3作は大学受験の年なので見なかったと思
っていたものだ。
そのシリーズを、少なくとも第1作に関しては約40年ぶりに
再見した訳だが、40年前の記憶というのはこうも薄れてしま
うものかと自分でも嫌になってしまった。
実際のところ、第1作では、プロローグでのサインが消えて
Fantomasの文字が浮かび出るところや、途中のモンタージュ
を作るシーン、それに最後の台詞などは記憶通りだったもの
の、その間の繋がりはほとんど憶えていなかった。
それこそ昔見た第1作は、緑の油粘土のようなファントマが
無気味で、警部役のルイ・ド=フィネスはもっとドタバタで
笑わせていた印象だったが、ファントマは無気味というより
殺人も厭わない残忍さだし、ド=フィネスのコメディは案外
ストレートだった。
なお、第2作はタイトルを見てそこだけ記憶が蘇ったが、そ
こから後の物語は憶えておらず、第3作はやはり見ていなか
ったようだ。
正直に言って、第1作のテンポは今の標準から見ると相当に
緩いが、2作、3作と続けて見て行くと、段々テンポが上が
ってくるのが判る。これは連続で見て慣れが生じている面も
あるかも知れないが、ちょうどこの頃に映画のテンポが上が
り始めた時期なのかも知れないとも思えた。
また、マレイが演じる格闘シーンは、最近のものを見慣れて
いるとかなりきついが、逆にヘリコプターから縄梯子を伝っ
て降りてきたり、小型機や高層クレーンからぶら下がってい
るシーンは、CG無しの生身のスタントだからこれは凄いと
思ってしまうものだ。
なおプレス資料には、全3作を監督したアンドレ・ユヌベル
は、SFも撮っていると書かれていたが、手持ちの資料の範
囲では、1961年に“Le Miracle des Loups”(The Miracle
of the Wolves)というファンタシー作品があるようだ。他
には“OSS-117”シリーズを3本撮っているものだが、この
点は、もう少し調べてみたい。



2006年06月29日(木) チーズとうじ虫、ダスト・トゥ・グローリー、THE WINDS OF GOD、ママン、ハイテンション、狩人と犬、森のリトルギャング

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『チーズとうじ虫』
ガンを告知され、死期の迫る母親の姿をその娘が追ったヴィ
デオ作品。本作は、ナント三大陸映画祭でドキュメンタリー
部門の最高賞を受賞した。
この映像が撮られた経緯は、「母親の病気が直ると信じ、そ
の奇跡を記録するために始められた」とプレス資料にある。
そうでもなければ、実の娘がこんな記録を撮れるものではな
いだろう。
だからこの作品では、闘病の辛さなどは出てこない。何故な
ら、そんな時は撮影できる状況ではなかったのだから…写さ
れているのは、あくまでも奇跡を信じて、明るく健気に生き
ている祖母、母親、娘3代の記録だ。
それこそ、作品の始まりでガンの告知に対する多額の保険金
が下りて、自動車やテレビを買い替え、さらに家庭菜園のた
めに小型の耕運機を買ってしまったりもする。そんな無邪気
な生活が綴られて行く。
母親は元教員だったようで、油絵を描いたり三味線を習った
り、余命の減っていく中、精一杯の生活を楽しもうとしてい
るようだ。しかし、抗ガン剤によって頭髪が抜け落ちたり、
徐々に弱って行く姿も記録される。
だが、娘は途中で記録を続けられなくなったようだ。それは
当然だろう。従って映像はそこで飛んで、後は葬儀となる。
そしてその後の生活が写し出される。自分の娘のことを語る
祖母の姿や、自然の変化の中で母親がいないことの不思議さ
が描かれる。
ドキュメンタリーというのは得てして冷酷なものだ。この作
品は、そういうシーンは撮れなかったと言いながらも、やは
り冷酷に感じられる。それは映像という残された形が冷酷さ
を助長するのかも知れない。
ただし本作は、決して嫌な感じのするものではなかった。な
お、題名はイタリアの歴史家カルロ・ギンズブルグの著作か
らの引用で、その中でうじ虫は天使に例えられているのだそ
うだ。刺激的な題名だが、その意味は決して邪なものではな
かったようだ。

『ダスト・トゥ・グローリー』“Dust to Glory”
毎年11月にバハ・カリフォルニアで開催されている半島の付
け根の町エンセナダから、南端のラバスに至る全長1000マイ
ルのオフロードレース=バハ1000を記録したドキュメンタリ
ー作品。
製作は、『エンドレス・サマー』の監督ブルース・ブラウン
の息子で、自身も『ステップ・イントゥ・リキッド』で大ヒ
ットを記録しているデイナ・ブラウン。彼はこのレースを、
50台以上のカメラと4機のヘリコプター、13のカメラユニッ
ト、90人のスタッフで記録した。
レースの起原は1962年、当時アメリカでのオートバイの販路
拡大を狙っていたホンダが、プロモーションのために2人の
ライダーによるバハ・カリフォルニア縦断を企画。それが雑
誌などに紹介されてホンダの知名度を高めたというものだ。
そして1967年からは公式にレースとして毎年実施されている
という。ただしレースと言っても、冠スポンサーなどによっ
て大掛かりに運営されているのではなく、主催はほとんど個
人とヴォランティアによって実施されているものだ。
実際、事故などの情報は、ヴォランティアの無線士によって
伝達されているが、その連絡が不調で焦る様子や、事故処理
が無事に終ってほっとする様子などは、プロの仕事では出せ
ない暖か味に溢れていた。
一方、参加者もほとんど素人ばかりで、そんな中にマリオ・
アンドレッティがいたり、過去にはジェームズ・ガーナーや
スティーヴ・マックィーンが参加したこともあるそうだ。な
お、ファクトリーとしての参加が紹介されているのホンダだ
けだったようだ。
また、一族で参加している人たちや、夫や息子の走る姿を見
ていて自分たちも出場することにした女性チーム、さらに初
代チャンピオンが息子と共にレースに復帰するなど、まさに
玉石混淆。ある意味ではお祭り騒ぎのような雰囲気も見事に
伝えられていた。
先にツール・ド・フランスの模様を、スポンサー付きチーム
の内部から記録したドキュメンタリーを見たが、ある意味非
情というか殺伐としたその作品に対して、本編は人間的と言
うかいろいろな暖かさが描かれてていた。
もちろんその中には、本来は3人のライダーが交代で乗ると
ころを、1人で最後まで行くという鉄人的なレーサーの姿も
描かれ、彼がうわ言のように同じ言葉を繰り返す姿には壮絶
さも感じさせたが、全体的にはユーモラスなシーンも随所に
織り込まれて、見ていて楽しいドキュメンタリーだった。
それと、本作ではいろいろとナレーションが入って解説して
くれるのも、理解し易くて良い感じのするものだった。

『THE WINDS OF GOD』
1988年から今井雅之が自らの原作演出で演じ続けている「神
風」特攻隊を描いた舞台劇の映画化。同じ作品は1995年に一
度映画化されており、また昨年テレビドラマ化もされたよう
だが、今回はそれを、海外での上映を目指して英語台本で再
映画化したものだ。
そこで今回のリメイク版の主人公は、ニューヨーク在住の芸
人コンビ。一方が日系人なので、侍をモティーフにしたコン
トを演じているが評価はされていない。そんな2人が、次は
ラス・ヴェガスで一旗上げようと出発した直後、交通事故に
巻き込まれてしまう。
その彼らが目覚めたのは1945年夏の国分航空隊基地。そこで
彼らの魂は特攻の出陣を待つゼロ戦飛行士の身体に宿ってい
たのだ。そして隊員たちが次々に出陣して行く中、平和な時
代を知る2人は戸惑い、他の隊員たちの行動に反発するが…
プロローグの舞台は現代のニューヨークで、そこでの台詞は
当然英語。その後に日本に舞台が移るわけだが、その日本人
も台詞は英語ということなので、そのつなぎがどうなるか気
になっていた。でも、実に素直につないでいて、それはちょ
っと感心したものだ。
その英語の台詞回しはかなり大袈裟な感じだったが、英語圏
以外の観客も対象にするとなると、これくらいはっきりした
発音の方が判りやすいと思えたものだ。また翻訳も、時々ア
メリカ映画に出てくるような言い回しなどもあって、良い感
じだった。
ただし内容は、最初のニューヨークシーンでグラウンド・ゼ
ロを写して、その後で特攻の意味を考えるとなると、いくら
「神風」は民間人を攻撃目標にしなかったと言われても、そ
の論理は理解し辛い。結局、自爆テロと同じと捉えられるの
が落ちになりそうだ。
ここで特攻が人間性を否定したもので、テロと同じ論理のも
のだということが言いたいのなら、このやり方は正しいと思
われる。でも、映画の後半で愛する人のために特攻に行くな
どという台詞が出てくると、僕は製作者の意図を計りかねて
しまうものだ。
つまり、平和ボケした若者に特攻の精神を教えるということ
になると、それはテロリストの論理と何ら変らない。結局の
ところ自爆テロを行う女性たちだって、愛するもののために
行っていると言い出すだろう。民間人を対象とするかどうか
は詭弁でしかない。
僕にはそうとしか捉えられなかったし、それで良いのなら構
わないのだが…

『ママン』“Ma mère”
原作者ジョルジュ・バタイユの死後、1966年に発表された遺
作を映画化した2004年の作品。
原作は、そのスキャンダラスな内容から映像化不能と言われ
ていたようだが、今の映画界はそれを克服できたようだ。実
際、本作には相当の映像は登場するが、それを描くことので
きる自由を享受したい。と言っても、日本ではかなりぼかさ
れてしまうが。
物語は、主人公の17歳の青年が母親の許を訪れるところから
始まる。それまで彼は父親と共に暮らしていたが、自堕落な
父親の生活態度を煩わしく思っていた彼は、父親のもとを離
れ、崇拝する母親(ママン)のところにやってきたのだ。
ところが、平穏な日々がやってくると思った生活は、直ぐに
その根底から覆されることになる。実は母親が、父親以上に
堕落した女であることを告白し、主人公にも自分と同じ生活
をするように仕向けたのだ。そして彼のもとに1人の若い女
性が現れる。
このような物語が、ヨーロッパ最高のリゾート地とも言われ
るスペイン・カナリア諸島を舞台に繰り広げられる。
つまり、不道徳な母親によって堕落して行く若者の姿を描く
ものだが、まあ何と言うか、原作の発表された時代とは社会
通念のようなものも変化してしまっているし、それを現代に
通用させるためには、宗教的なものを持ち出さざるを得なか
ったのだろうが…
それが日本人というか、神との付き合いの少ない僕のような
人間にはなかなか感覚的に掴み難い。ただしこの映画では、
主人公が結構ぎりぎりまで宗教的に縛られていたりして、い
ろいろ悩んでくれたりもするので、そこから理解の糸口は得
られた気はしたものだ。
日本映画でもこの種のタブーを描いた作品はあると思うが、
この作品を見ていると宗教のような共通する最後の拠所のな
いのが、日本のドラマ作りで致命的な弱さのようにも思えて
しまう。つらつらそんなことも考えてしまった。
出演は、2001年の『ピアニスト』でのカンヌ最優秀女優賞受
賞や、ジュード・ロウ共演の『ハッカビーズ』にも出ていた
イザベル・ユペールと、2006年のセザール賞で新人男優賞を
獲得したルイ・ガレルが、母子を演じる。特にユペールの存
在感は見事だ。
なお、監督のクリストフ・オノレは1970年の生まれ、2003年
4月頃に紹介した『NOVO』の共同脚本も手掛けている。
その作品でも大胆な描写を話題にしたが、元々は小説から戯
曲、詩、さらに絵本まで手掛ける文筆家だそうだ。
そして、2002年に映画監督デビューしているが、その作品は
カンヌ映画祭の「ある視点」部門で上映されるなど、実力は
かなり認められている。本作は第2作のようだが、出来たら
デビュー作も見てみたいし、また現在製作中の次回作にも期
待したいところだ。

『ハイテンション』“Haute Tension”
主人公は、試験勉強のために同級生の実家である農場にやっ
てきた女子大生。ところがその農場に殺人鬼が現れ、同級生
の両親と幼い弟を殺害、さらに同級生が拉致される。
その犯行の時、主人公は咄嗟に身を隠して難を逃れていた。
そして拉致された同級生の救出のため、殺人鬼の車を追って
行くが…というフランス製のスプラッター映画。
こういう作品は、どう紹介してもネタバレになってしまう。
以下はそのネタバレです。
確か1年くらい前にも、都会を舞台にした同じようなテーマ
のヨーロッパ作品があったと思うが、結局のところ犯人の意
外性みたいなものが勝負になる作品。大本はヒッチコックと
いうことになりそうだが、それが判った時点で思い返して、
「ああ成程」となれば成功と言えるタイプの作品だ。
ところが、1年前の作品も何か辻褄が合わない感じがしたも
のだが、今回の作品に至っては、そんなことはまるで無視。
実は結末は予想していたので、それなりに気をつけて見てい
たが、正直に言って、いくら考えても言い訳が出来ないほど
辻褄は合っていなかった。
ただし本作は、それをスプラッターで押し切ってしまおうと
いう魂胆の作品。だから若い女性が、チェーンソウならぬ原
動機付き丸鋸を振り回したり、足に刺さったガラスの破片を
引き抜いたりと、大活躍を繰り広げる。それを楽しめば良い
という作品だ。

アメリカでは、『SAW』シリーズのヒットなどでスプラッ
ターが復権してきているが、ヨーロッパ映画もそれに敏感に
反応しているというところなのだろうか。
主演は、『スパニッシュ・アパートメント』でセザール賞新
人賞を受賞。最近では『80デイズ』にも出演していたセシ
ル・ドゥ・フランス。同級生を『フィフス・エレメント』な
どに出演のマイウェン。そして殺人鬼を『クリムゾン・リバ
ー』『ジェボーダンの獣』などに出演のベテラン、フィリッ
プ・ナオンが演じている。
また特殊メイクを、『砂の惑星』や『ウエスタン』も手掛け
たジアンネット・デ・ロッシが担当している。
なお、本作で共同監督を務めたアレクサンドル・アジャとグ
レゴール・ルヴァスールは、次回作はハリウッドで、“The
Hills Have Eyes”(サランドラ)のリメイクのようだ。

『狩人と犬、最後の旅』“Le Dernier Trappeur”
カナダのユーコン準州。ほとんど北極圏に位置する北の大地
で、罠を使って猟をする狩人たち。その1人ノーマン・ウイ
ンターを追って二度の冬を掛けて撮影された物語。
元々は、現代のジャック・ロンドンとも称されるフランス人
の作家・冒険家ニコラス・ヴァニエが、カナダでの冒険中に
出会ったウインターとの交流から彼の話に興味を持ち、それ
を自身の監督で描いた作品。従って本作は、演出されたドラ
マ作品である。
ただし、それをウインター本人の主演で描いてるというのが
ちょっとややこしいが、実は彼の妻の役は女優が演じている
ものだし、さらに登場する熊や狼、カワウソ、オオヤマネコ
なども、エンドクレジットによるとプロダクションに所属す
るタレント動物のようだ。
しかし、中で描かれる物語は全てウインターの実体験に基づ
いており、さらに雪深い山々や新緑、紅葉と移り変わる大自
然の背景は、全て本物のユーコンで撮影されたものだ。
また、物語のテーマでもある犬ぞりを牽く8頭の犬たちも、
ウインターの所有犬が登場して素晴らしい「演技」を見せて
くれる。因に字幕には現れないが、原語では犬たちをboy、
girlと呼び分けており、その中でノブコという犬がboyなの
はちょっと笑えた。
物語は、山での生活は最高の自由を満喫できるとして愛して
止まない狩人たちだが、いずれもが高齢化して山を下りなけ
ればならない日が近づいている現実を背景に、愛犬の事故死
で一旦は下山の決意を固めかけた主人公が、新たな犬の登場
で思い直して行く姿を描く。
その中で、材木の切り出しから始まる山小屋の建設や、主に
罠を用いた狩猟、犬ぞりでの旅などが描かれ、最近の自然回
帰ブームの中では打って付けの大自然の中での生活が描かれ
ている。勿論それは都会生まれが一朝一夕で出来るような甘
いものではないが…
とは言え、空撮から始まり見事に切り立った渓谷の谷底を進
む犬ぞりへとワンショットで迫る導入部の映像や、心洗われ
るような大自然の美しさは、自分にはとても無理だろうと思
いながらも、大いに憧れを感じさせてくれるものだ。
ただし映画の中での、企業によって森林が次々に伐採され、
企業活動を優先するために罠を仕掛けることも規制されてい
るという発言や、現状の野生動物の生態系は狩人たちが適切
に間引くことで成立しているという話などは、どこまでが真
実かは判らないが、考えさせる問題提起も含んでいる作品だ
った。

『森のリトルギャング』“Over the Hedge”
マイクル・フライの文とT・ルイスの絵によって1995年6月
に発表された風刺色の濃いコミックスをCGアニメ化したド
リームワークス・アニメーション作品。
原作は、郊外の森林と住宅地の境界線で暮らす動物たちが、
人間の生活を眺めながら批評するというもののようだが、今
回のアニメーションの物語では、原作の主人公となるアライ
グマとカメの出会いが描かれる。
アライグマのRJは天涯孤独、ずる賢くて機転も利くが…。
一方、冬眠から醒めたカメのヴァーンと彼が率いる小動物た
ちのグループは、冬眠中に彼らのテリトリーの中に垣根が建
ち、人間の住宅地が広がっていることを知る。
ところが呆然とする彼らの前にRJが現れ、彼は、これから
は人間から食料を奪って暮らして行くのだと説く。こうして
人間から食料を奪う作戦がスタートするが…
ドリームワークスでは、『マダガスカル』に続いて動物を主
人公にしたアニメーションだが、今回はアライグマのRJが
ゴルフのクラブ入れを背負って登場するなどさらに人間化さ
れていて、多分原作がそうなのだろうが、その辺はちょっと
戸惑うところだ。
つまりこの作品では、登場するキャラクターたちに動物的な
魅力は感じられず、ほとんどが人間のキャラクターと同等の
感覚で見なければならないのだが…、その辺が原作を知らな
い観客としては多少条件的に厳しいものがある。
でもそれを乗り越えると、キャラクターが人間的である分、
風刺やパロディもストレートに決まるし、映画の面白さは満
喫できるものだ。特に、後半のSFアクション映画顔負けの
シーンには大いに笑わせてもらった。
声優には、ブルース・ウィリス、ニック・ノルティの他、コ
メディアンのギャリー・シャンドリック、スティーヴ・カレ
ル、ワンダ・サイクス。またユージン・レヴィ、ウイリアム
・シャトナー。さらに歌手のアヴリル・ラヴィーンなど多彩
な顔触れが揃っている。
なおシャトナーに対しては、『スタトレ』ネタも最後に登場
していた。



2006年06月15日(木) 第113回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 今回は久しぶりに記者会見の報告から。
 7月1日に日本公開されるピクサー=ディズニー作品『カ
ーズ』のジャパンプレミアに合せて監督のジョン・ラセター
が来日し、都内で会見が行われた。会見では後半に日本語吹
き替えを担当する声優なども登場して、映像報道はその辺に
集中しそうだが、前半ではラセター監督のキャラクター作り
の秘密のようなものも披露され、興味深いものだった。
 その中で監督は、キャラクター作りには最初にその存在の
目的を考えるとしていた。そこで監督は演壇のコップを手に
取って、「コップの目的は液体を入れること。であるなら水
の満たされたコップは幸せに感じているだろう。しかし水を
飲まれたら、コップは幸せを減じられて、もしかしたら飲ん
だ人に怒りを感じるかも知れない」と発想して行くそうだ。
これを監督は、自分で喋ったときと通訳の時の2回同じ身振
り手振りで説明してくれた。
 アニメーションというのは、一般的にキャラクターが先行
してそこから物語が作られて行くが、今回の監督の発言は、
さらにその前のキャラクターそのものの発想に関するもので
興味深かった。それにしてもこの発想によると、全てが人間
の感情に置き換えられることになるものだが、この辺にラセ
ター監督作品のキャラクターがいつも「人間の置き換えでは
ないのに人間臭く感じられる」理由があるようにも思えた。
それは他社の作品ではあまり感じられないし、ピクサーでも
ラセター作品以外ではちょっと違う感じもする。この辺が彼
の作品の魅力のようにも感じた。
        *         *
 以下は製作ニュース、今回は続報がいろいろ届いている。
 まずは、2005年12月1日付第100回で紹介したジム・キャ
リーとティム・バートンの顔合せで、パラマウントが進めて
いた“Ripley's Believe It or Not”の計画が、1億5000万
ドルに達すると見られる製作費の高騰で頓挫し、替ってバー
トンが以前に計画していたミュージカルの映画化“Sweeney
Todd”が再浮上する可能性が出てきたということだ。
 しかもこの計画は、以前にはジョニー・デップの主演で進
められていたもので、そのデップは12月15日付第101回で紹
介した“Shantaram”の映画化の準備を進めていたものの、
こちらも監督のピーター・ウェアが降板を表明して撮影が先
送りされる可能性が出てきたということだ。そこで、両者の
スケジュールが空く可能性の高い来年前半に撮影できるとい
うことなのだが…。
 因に“Sweeney Todd”は、1979年度のトニー賞で、作品、
主演男・女優、演出、作詞作曲、振り付けを独占したヒット
ミュージカルだが、お話は、世にも恐ろしい床屋と人肉パイ
を売る肉屋の女将が主人公という飛んでもないもの。それを
バートン、デップ、それにヘレナ・ボナム=カーター(?)
の顔ぶれでというのは、かなりの作品になりそうだ。
 そしてこの計画は、以前はワーナーで計画されていたもの
だが、バートンがスケジュールの都合などで降板したことか
ら権利が放棄され、その後をドリームワークスが引き継いで
いた。従ってパラマウントとしては、すでに子会社化してい
るドリームワークス作品が替って製作されるのは好都合とい
うこともある。またドリームワークスでは、権利を獲得した
後はサム・メンデス監督が脚本家のジョン・ローガンと共に
準備を進めていた時期もあったということで、会社的には計
画は進行中ということのようだ。
 ただし“Shantaram”はワーナーで進められている上に、
デップとしては、自身で設立したプロダクションの第1回作
品という位置づけもあり、そう簡単には諦められない。さて
どうなることか。
 なお、その後の情報で、パラマウントとバートン、それに
キャリーは、脚本とVFX予算の見直しを行って計画を立直
し、2007年秋ごろに中国で撮影を行いたいという方向も示し
てきており、その前にバートンが1本監督する余裕はある、
という状況になってきたようだ。
        *         *
 お次は、前回は製作時期を未定として紹介したヴィン・デ
ィーゼルの監督主演による歴史大作“Hannibal”の計画が進
み始めているようだ。
 報告によると、ディーゼルはスペイン、ポルトガル両国の
ある南ヨーロッパのイベリア半島でロケ地のスカウティング
を行っており、また、物語のキーとなる巨象を乗りこなす訓
練も始めているとのことだ。ただし、ディーゼルは何故か象
の乗り方は事前に知っていたそうだ。
 一方、ディーゼルは、俳優監督の先輩メル・ギブスンの例
に倣って本作の台詞を当時の言葉にすることを希望、そのた
め『パッション』の製作にも協力した古代語の研究者を招請
して、台詞をギリシャ語とラテン語、それに古代カルタゴの
言葉ピューニックに翻訳する作業を開始しており、さらに彼
自身もラテン語の学習をしているとのことだ。
 カルタゴの将軍ハンニバルが象に乗ってアルプスを越え、
ローマに攻め入ったという故事については、1960年にイタリ
アでの映画化と、1969年にオリヴァ・リード主演の『脱走山
脈』(Hannibal Brooks)がインスパイアされた作品として
知られているが、ハリウッドでちゃんと映画化された記録は
ないようだ。最近はCGIのおかげで古代世界の再現も結構
手軽になってきているようだし、ここはひとつディーゼルの
思い入れで、本格的な映画化を期待したいものだ。
 ただしこれによって、前回紹介したロマンティック・コメ
ディの方は少し先になってしまいそうだ。
        *         *
 前回、キャラクターの独立シリーズが計画されていること
を紹介したコミックスの映画化“X-Men”について、計画は
4つあることが正式に報告された。
 計画が報告されたのは、まずは前回も紹介したヒュー・ジ
ャックマンが演じるウルヴァリンを主人公にした作品で、こ
の計画ではすでにデイヴィッド・ベニオフの脚本も執筆され
ているものだ。
 続いては、これも前回触れたが、イアン・マッケランが演
じたマグニトーの物語がやはり進んでいたようだ。なお今回
の報告では物語については紹介されていなかったが、以前の
情報によるとマグニトーの若い時の話となっていたはずだ。
 そして3本目は、映画シリーズには登場していないがコミ
ックスでは人気のテレパスで、身体をダイアモンドに変えら
れる能力を持つエマ・フロストを主人公にした作品も計画さ
れている。前回ハリー・ベリーが独立シリーズを断ったこと
を紹介した後でこの情報は、その代わりという感じもしない
でもないが、Webに紹介されているイラストを見ると、かな
りCGI向きという感じのキャラクターで、その映画化にど
んな女優がキャスティングされるかも話題を呼びそうだ。
 さらに4本目として、プロフェッサーXが率いるミュータ
ント・スクールの子供たちの話も作られるということだ。こ
の作品は“Harry Potter”路線という感じで、他の3本より
はちょっとお子様を狙ったものになりそうだが、作るとなる
とパトリック・スチュアートの出演は欠かせない感じで、そ
の辺の調整はちゃんと行われるのだろうか。
 なお、前回も紹介したように、ハリー・ベリーは“X-Men
4”なら出ると発言しているものだが、それにはウルヴァリ
ンの登場は望めない。しかし、折角ベリーほどの女優が出る
と言ってる作品を切るのも忍びないところだ。大人の超能力
者のチームものでは、すでに“Fantastic Four”をスタート
させているフォックスが、これをどう決断するかも注目され
る。
 因に、“Fantastic Four”の続編については、新たにシル
ヴァー・サーファー登場の線で計画が進んでいるようだ。
        *         *
 2003年5月1日付第38回で紹介したニコラス・ケイジ主演
による“Ghost Rider”については、実は昨年夏に撮影が行
われ、当初は今年7月14日の公開を目指して製作が進められ
ていた。ところが昨年12月になって、突如その公開を2007年
2月16日に半年以上延期することが発表され、この延期に関
しては、MGMの買収で作品のだぶつくソニーが公開場所を
失ったのではないか、などの憶測が飛び交っていた。しかし
その真相が製作者でもあるケイジの口から報告された。
 その報告によると、公開の遅れは純粋にVFXの完成度を
高めるためだったということだ。それは映画のクライマック
スで、主人公がヘリコプターと共に闘うシーンということだ
が、すでに会社側のOKは出ていたにも関わらず、脚本・監
督のマーク・スティーヴ・ジョンスンが納得せず、作り直し
が進められた。その結果はケイジの発言によると、「奴らは
本当に凄いよ」ということなのだそうで、ケイジ自身のドリ
ームプロジェクトでもあるこの作品は、かなり満足の行く出
来になっているようだ。
 お話は、以前にも紹介したように、闇の力に魂を売り渡し
たオートバイレーサーの主人公が、彼を愛する女性を守るた
めに闇の力に反抗し、彼らとの闘いを始めるというもの。こ
れに、一時は『ブレイド』などのスティーヴン・ノリントン
監督も関っていたが、最終的には『デアデビル』のジョンス
ン監督が映画化したものだ。
 因に、ヒーローアクションもので2月の公開というと、昨
年の『コンスタンティン』のように、ちょっとダークサイド
を持ったヒーローが活躍する作品が生まれる時期で、今回の
作品もその路線に乗ったものになるようだ。その路線からも
ちょうど良い時期の公開になりそうだ。
 なおケイジは、現在リー・タマホリ監督でフィリップ・K
・ディック原作の“The Golden Man”を映画化する“Next”
を撮影中で、今回の発言はその休憩時間に行われたインタヴ
ューに答えたものということだ。
        *         *
 続報はこのくらいにして、ここからは新しい話題を紹介し
よう。
 ディズニー傘下のミラマックス時代には、『HERO』や
『もののけ姫』のアメリカ公開を手掛けたワインスタイン兄
弟が、新会社でも積極的にアジア作品に関わる姿勢を見せ始
めた。
 その一端としては、すでにタイ映画『トム・ヤム・クン』
のアメリカ配給に続いて、同じくトニー・ジャー主演で今秋
撮影される“Ong-Bak 2”(『マッハ!』の続編)の北米配
給権も獲得しているものだが、今度はチャン・ツィイーとの
3作品の契約が発表され、この契約では製作段階から直接関
わることになるようだ。
 その1本目には、1998年にディズニーが長編アニメ化した
ことでも知られる中国の民話に基づく女性レジスタンス闘士
の物語“Mulan”を、実写で映画化する計画が発表された。
この計画では、『グリーン・ディティニー』などのワン・ホ
エリンが脚本を担当し、製作費2000万ドルを掛けて来年2月
の撮影予定になっている。因にこの物語は、1956年に中国で
実写映画化された記録があるそうで、今回はそのリメイクと
いうことになるようだ。
 そして2本目もリメイク計画で、何と黒澤明監督の1954年
作品『七人の侍』を、ツィイーの主演で映画化すると発表さ
れている。こちらはまだ本当の計画段階のようだが、以前に
は西部劇でもリメイクされたこの物語を、女性を主人公にし
て一体どんなお話になるか楽しみだ。
 さらに3本目の計画については、今後改めて発表されると
いうことだ。
 それにしても、“Mulan”のリメイクとはディズニーへの
対抗意識も感じられるところだが、中国映画界にはそのディ
ズニーも含め各社入り乱れての参入合戦が続いており、その
中で、今回のTWCとツィイーとの契約は、一歩リードの感
じもするところだ。
        *         *
 今年4月に盗聴事件に関連した偽証罪で逮捕されて話題に
なったジョン・マクティアナン監督が、再始動ではFBIと
組むと発表された。と言っても、これはFilm Bridge Intl.
というプロダクションが彼の次回作の資金調達と配給権を契
約したもので、その契約で“Deadly Exchange”という作品
が予定されている。
 この作品の内容は、FBI捜査官に父親を殺されたテロリ
ストが、その捜査官に復讐を企てるというものとなっている
が、その脚本家が『エイリアン』『トータル・リコール』、
それに最近では『エイリアンvsプレデター』などのロナルド
・シュセットということで面白くなりそうだ。なお、脚本は
イアン・ラビンとの共同で執筆されているものだ。
 因に、映画の計画自体は逮捕前からあったもののようで、
本物のFBIの取り調べを受けたマクティアナンの実体験が
生かされるか…?という報道もされていた。
 キャスティング等は未発表だが、撮影は晩夏に開始予定。
カンヌ映画祭でプレセールスが行われて、スペイン、ポルト
ガル、ロシア、ギリシャ、東欧、中東などの配給は決定した
ようだ。
 なお、マクティアナンの監督作品は、2003年のジョン・ト
ラヴォルタ、サミュエル・L・ジャクスン共演による『閉ざ
された森』以来となるものだ。また、今回逮捕の訴因となっ
た盗聴は、2002年に公開された『ローラーボール』リメイク
の製作者チャールス・ローヴェンに対して行われたものだっ
たそうだ。
        *         *
 『イル・マーレ』リメイク版のプロモーションを開始した
キアヌ・リーヴスが、昨年公開された“Constantine”の続
編について語っている。
 彼の発言によると、「多分、(続編製作の)空気はある。
自分もそれは望んでいる。この物語はすごく長いものだし、
自分たちはそれを語り尽くしたいと思っている。後は製作者
(ジョール・シルヴァ)の意志次第だ」とのことだ。
 因にこの発言に対しては、今回の共演者で1994年の『スピ
ード』でも共演したサンドラ・ブロックからは、1997年の続
編に彼が出演しなかったことを鋭く突っ込まれたようだが、
彼自身は昨年のプロモーションの時にも続編の期待を表明し
ていたもので、これはかなり本気のようだ。
 元々がDCコミックス発行のグラフィックノヴェルを原作
とするこの物語は、地獄と天国の究極の闘いを描いており、
昨年の映画化がそのほんの一部でしかないことは見ても判る
感じだった。ただし、その中途半端さが映画の評価にもつな
がってしまった感じもするもので、ここはちゃんと続編を製
作して、物語を完結させてもらいたいものだ。
 なおリーヴスの主演作では、今回のリメイク作の後には、
フィリップ・K・ディックの原作を映画化した“A Scanner
Darkly”も連続公開されることになっており、これからも発
言の機会は多くありそうだ。
        *         *
 1978年にジョン・カーペンター監督の手で第1作が公開さ
れた“Halloween”シリーズの新作が計画され、その脚本・
監督を、2003年に“House of 1000 Corpses”(マーダー・
ライド・ショー)を手掛けたロブ・ゾンビが担当することが
発表された。
 オリジナルは、1974年に公開された“The Texas Chainsaw
Massacre”と共にスプラッター(スラッシャー)ムーヴィ
の先駆けとなった作品だが、その後のシリーズ化では2002年
に最新作の“Halloween: Resurrection”が発表されている
ものの、作品的には1998年にスティーヴ・マイナー監督が担
当した“Halloween H20: 20 Years Later”がオリジナルと
並ぶ評価を得ているようだ。
 その新作が計画されているものだが、今回の計画は単にシ
リーズの本数を増やすものではなく、オリジナルのコアな部
分に立ち返って、ゾンビ監督の発言によると、「前日譚とリ
メイクを併せたようなもの」になるとのことだ。さらに「物
語はシリアスで、恐怖感をあおる作品にしたい」とも語って
いる。
 またゾンビ監督は、監督就任に当ってカーペンターとも会
見を持ったということで、「オリジナルの“Halloween”は
僕の拠所となっているものだ。そのことを彼に話すと、彼は
今回の計画を支援すると言ってくれた」とのことだ。
 因に、ロブ・ゾンビは元々がロック・ミュージシャンで、
自作の映画音楽も担当しているが、一方、カーペンターも、
自作の映画音楽を手掛けている。その音楽については、今回
のゾンビはスーパーヴァイザーという立場を取るということ
で、オリジナルを活かしたものになりそうだ。
 また、今回の計画は、過去の経緯からディズニー傘下のミ
ラマックスとTWC傘下のディメンションの共同製作となる
ものだが、実権はディメンション側が握るようだ。そこで、
実質的な製作統括となるTWCのボブ・ワインスタインは、
「ゾンビは天賦のミュージシャンであり、パフォーマーで、
さらに才能ある映画作家だ。今回の“Halloween”に対する
彼のヴィジョンは途轍もなく素晴らしいもので、このコラボ
レーションには大いに期待している」と発言している。公開
は、オリジナルから29年目の2007年10月に予定されている。
        *         *
 最後は短いニュースをまとめて紹介しておこう。
 『アイ,ロボット』を製作したアントニー・ロマノとマイ
クル・シェーンが、イギリスで製作されるインディーズ作品
“The Other Side”の製作を手掛けることになった。この作
品は、理系の学生の主人公が、夏休みを離島で過ごすことに
なるが、そこは現実世界からちょっとずれたところに位置す
る場所で、そこで主人公はいろいろ不思議な体験をするとい
うもの。デイヴィッド・マイクルズとフィル・リーヴスの脚
本からマイクルズが監督するものだ。そしてこの作品には、
ブリタニー・マーフィ、ライアン・ゴスリング、ティム・ロ
ス、ジョヴァンニ・リビシ、ジェイスン・リー、アンジェリ
カ・ヒューストンの出演が発表されており、これだけの顔ぶ
れを引きつけた作品の魅力も気になるところだ。
 もう1本。昨年12月15日付第101回で紹介したエド・プレ
スマン製作“The Mutant Chronicles”の映画化に、デヴォ
ン・アオキの出演が発表された。23世紀を舞台に、地下世界
から現れたミュータント部隊との闘いを描くこの作品には、
すでに主人公を演じるトーマス・ジェーンの他、ジョン・マ
ルコヴィッチ、スティーヴン・レエ、ロン・パールマン、ベ
ンノ・ファーマンらの出演は発表されているが、今回発表さ
れたアオキが演じるのは、母親の跡を継いで戦士となったデ
ュヴァルという、キャスティングリストも2番目の副主人公
ということだ。『シン・シティ』でもかなり頑張っていたア
オキの活躍を期待したいところだ。
        *         *
 最後にぎりぎりで、『コナン』のリメイクの計画が正式に
ワーナーから発表されたことと、スティーヴン・スピルバー
グ監督が、ついに『2001年宇宙の旅』の後を追うことを
目指すとした本格宇宙SF映画の情報が飛び込んできたが、
これらは次回に改めて報告することにしたい。



2006年06月14日(水) マッチ・ポイント、DEATH NOTE、夜のピクニック、カーズ、キンキー・ブーツ、いちばんきれいな水、フラガール

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『マッチ・ポイント』“Match Point”
ニューヨーク派と呼ばれたウディ・アレンがニューヨークを
離れ、ロンドンで撮影した2005年監督作品。
英国の上流社会を舞台に、アイルランドの貧しい生まれから
テニスを武器にのし上がった青年と、アメリカからやってき
た女優の卵がそれぞれの目標に向かって突き進んで行く姿が
描かれる。
青年は、ツアープロとしてそこそこの成績を残していたが、
それをやめてロンドン会員制テニスコートのコーチとして働
き始める。そして一人の実業家の息子と知り合い、彼に誘わ
れてオペラを見に行き、その妹に見初められる。
しかし、その息子の生家を訪ねたとき、そこで彼の婚約者の
アメリカから来た女優の卵に出会ってしまう。そして、彼女
のセクシーな魅力に取り付かれた青年は、危ない綱渡りを始
めることになるが…
この青年に、“M:I3”でトム・クルーズとの共演を控えるジ
ョナサン・リース・メイヤーズが扮し、女優の卵を、正にセ
クシーという感じのスカーレット・ヨハンソンが演じる。
プロローグでネットに掛ったテニスボールが真上に跳ね上が
る映像が登場する。そのボールが、向こう側に落ちるかこち
ら側に落ちるか、それは運命のなせる技。そんな運命に翻弄
される人たちの物語だ。
アレンは、ここ数年はアメリカで行き詰まりを感じさせてい
たようだ。僕自身は最近の作品も面白く見ていたが、確かに
往年の勢いに比べれば、最近の作品はこじんまりとしている
という感じだったかも知れない。
そのアレンがロンドンに行き、舞台を変えることで新しい活
力を見出したとも評されている。物語は皮肉で一杯だし、正
直に言ってかなり不道徳な作品だが、それこそがアレンの本
質。しかもそれが絶妙のタイミングで発揮される。
僕が見たのは、スポンサーなども集まる披露試写で、周りの
人たちはまじめに見ていたようだが、僕は途中からクスクス
笑いが止まらなくなっていた。そしてそれが、あるタイミン
グで声を挙げて笑ってしまった。なお、同じ反応は会場で数
人いたようだ。
このアレンを、これから誰がどのように評価してくれるのか
判らないが、僕としては、アレンを見続けてきて良かったと
思わせてくれた、そんな感じで本当に楽しめる作品だった。
頭の中の古い価値観など全部外してしまいなさい。70歳のア
レンにそう教えられた感じだ。

『DEATH NOTE』
ヤングジャンプ連載で、既刊10巻の単行本は合計1400万部発
行されたというベストセラーコミックスの映画化。ただし今
回の公開はその前編だけで、後編は10月に公開される。
本来は死神が持つべき死のノートを、退屈した死神が地上に
落とし、司法試験に合格して将来は警視総監を属望される天
才がそれを拾う。そして、法律の手の届かないもどかしさを
感じていた主人公は、そのノートを使って世界中の犯罪者の
処刑を始めるが…
しかし、法に拠らない処刑は大量殺人と見做される。そして
事件を追うICPOは、処刑のパターンから犯人の居住地を
日本と割り出し、犯罪捜査に天才的な推理力を発揮する謎の
人物Lを派遣する。こうして2人の天才の対決が始まる。
Lは、正義である捜査のためには人の死も厭わない。一方、
徐々に追いつめられる主人公は、自らの正義を全うするため
犯罪者以外の死も利用するようになって行く。この歪んだ正
義感のぶつかりあいは、物語の中では否定しつつもゲームの
世界の倫理と言える。
原作は、途中までは抜群に面白いと言われているようだが、
その途中までを映画化したこの作品も抜群に面白い。何しろ
天才同士の凌ぎ合いで、その倫理観も我々とは異なるのだか
ら、その展開にはある意味僕の予想を越える部分もあった。
特にこの映画化では、原作にはいない主人公の幼馴染みを登
場させ、彼女をキー・プレイヤーの一人として物語の設定の
説明や、主人公の心情の吐露などをさせており、これが見事
にうまく機能していた。
脚色は、テレビシリーズの『金田一少年の事件簿』などを手
掛ける大石哲也。これからもちょっと気にしたい名前だ。た
だし、主人公の正義感が変質して行く過程、もしくは歪んだ
正義感に酔って行く過程は、もう少し映像的に丁寧に描いて
欲しかった感じは持った。
主人公の夜神月を演じるのは藤原竜也。若手では抜群の演技
力と言われているようだが、今回は特に雰囲気などもはまっ
ているように感じた。一方のL役は松山ケンイチ。彼も昨年
は新人賞を総嘗めのようだが、今回はちょっと役を造り過ぎ
の感じがする。
また、映画独自のキャラクター・秋野詩織役は香椎由宇。昨
年から大活躍だが、今まで以上に存在感が出てきて良い感じ
だった。他に、鹿賀丈史、藤村俊二、瀬戸朝香、細川茂樹、
戸田恵梨香らが共演。そして、CGIで登場する死神の声を
中村獅童が担当している。
後編を見なければ最終的な評価は下せないが、でも前編は、
僕の予想を越えて面白い作品だった。10月公開の後編が楽し
みだ。

『夜のピクニック』
恩田陸原作、『博士の愛した数式』に続く第2回本屋大賞を
受賞した小説の映画化。
原作者の出身高校で現在も行われているという、全校生徒が
24時間掛けて80キロの行程を歩き抜く「歩行祭」を背景にし
た青春ドラマ。
主人公は3年生の女子、これが終われば受験体制となる最後
の歩行祭で、彼女は同級生の男子に話し掛けることを密かに
誓っている。しかし、2人の間には簡単に話し掛けることを
許さないある秘密があった。そんな2人を級友たちは温かく
見守っているが…
2人の秘密は、観客にはかなり早くに明かされる。従って観
客は彼らと秘密を共有しながら、その秘密がどのような形で
他の級友たちに明かされて行くかを見て行くことになる。そ
こにアメリカに転校した親友の弟などが絡んで、物語は意外
な方向に展開して行く。
さらにアニメーションや、騙し絵的な背景など映像的な興味
も引っ張りつつ、実にヴァラエティに富んだと言うか、サー
ヴィス精神満点の映画が展開して行く。しかもそれが、変に
浮いたり、嫌みになったりすることなく展開するところも見
事な作品だ。
監督は長澤雅彦。去年『青空のゆくえ』という作品を紹介し
ているが、その時も等身大の高校生の青春群像を丁寧に描い
ていた。また監督は、毎年紹介しているニューシネマワーク
ショップにも関わっており、その意味でも興味を引かれた作
品だった。
でも、そういうことを抜きにしても、ちょっと甘酸っぱいと
言うか、ほろ苦いと言うか、そんな青春が描かれる。正直に
言って、2人の関係はかなり特別なシチュエーションではあ
るけれど、逆にそれが微妙な隠し味になって心置きなく楽し
める作品になっている。
出演は、多部未華子、石田卓也、郭智博、西原亜希、貫地谷
しほり、松田まどか、高部あい、池松壮亮、加藤ローサ、柄
本佑。昨年辺りから一気に台頭してきて、これからも活躍し
そうな若手が大挙して出ている。
中には、たぶん演出方針で、わざとわざとらしい演技をして
いる役柄もあるが、全体的には高校生の雰囲気を見事に出し
ていたし、それぞれ個性的なのも魅力な若手たちだ。それに
延べ5000人、最大1000人がワンカットで登場するシーンもあ
るという大量のエキストラを動員した歩行祭の再現も見事に
描かれていた。
話し掛けたいけど話し掛けられない、でも思い切って…そん
な思い出って誰にでもあるだろう。涙を流すようなタイプの
感動作ではないが、見終って本当に清々しい思いが残る、そ
んな純朴な青春を描いた作品だった。

『カーズ』“Cars”
1995年公開の『トイ・ストーリー』に始まったピクサー製作
による長編CGIアニメーションの10周年記念作品(当初の
公開予定は昨年末だった)。また本作では、1999年の『トイ
・ストーリー2』以来のジョン・ラセターが、脚本・監督を
手掛けている。
物語の主人公は、史上初の新人によるシリーズ優勝に王手を
掛けている花形レーシングカーのマックイーン。ライヴァル
は今期で引退が決めているキングと、万年2位だったチック
・ヒック。しかし最終戦は3車同着となり、1週間後の再戦
で決着をつけることになる。
その再戦の場所カリフォルニアに向け、トレーラーの中で休
息しながらフリーウェーを進んでいたマックイーン。ところ
が、彼がトレーラーに無理強いをしたために起きたちょっと
した事故で、彼はトレーラーを振り落とされ、旧道に迷い込
んでしまう。
そして辿り着いたのは、田舎町ラジエータースプリングス。
そこはフリーウェーが迂回したために、地図からも消されて
しまった寂れ切った町。
『ルート66』というと、軽快な主題歌と共に大人気だった
テレビシリーズを思い出す世代としては、そのかつての幹線
道路が今やフリーウェーによって寸断され、以前は華やかだ
った沿線の町が寂れているという現実はショックだった。
でもそんな町だからこそ、昔の人情が残っていて、旅人を温
かく迎え入れてくれる(多少頑固で強引ではあるが…)。高
度成長の陰に消えそうになっている古き良きものを取り戻し
たい。そんな思いは、アメリカ人も日本人も同じなのかも知
れない。
物語には人間は全く登場せず、小さな羽虫まで全てが自動車
の形をしているカーズの世界が描かれる。正直に言ってその
世界を受け入れられるか否かが観客としては勝負になるが、
キャラクター自体は見慣れた自動車なので、僕にはあまり違
和感はなかった。レーサーから軍用車、それに当然パトカー
や消防車などの個性も豊かだ。
また、数々登場するギャグやパロディは、そんなことを抜き
にしても充分楽しめるし、巻頭から登場するレースシーンは
CGIと判っていてもかなりの迫力だった。それに、かなり
アレンジされてはいるが『ルート66』の主題歌が聞こえて
きたときは、正に感動ものだったと言える。
なお、オリジナルの声優では、1995年のデイトナ優勝の記録
も持つポール・ニューマンがキーマンとして登場する他、現
役F1レーサーのゲスト出演もある。

『キンキー・ブーツ』“Kinky Boots”
2003年の東京国際映画祭のコンペティション部門で上映され
た『カレンダー・ガールズ』の製作者、脚本家が再結集した
ブリティッシュ・コメディ。
イギリス中部の町ノーサンプトン。ロンドンの北に位置する
この町は、古くから革靴を地場産業として栄えていた。しか
し、近年は東欧圏からの安物の輸入靴に押され、すでにその
命運は尽きかけていた。
主人公は、そんな町で4代続く靴製造工場の跡取り息子。し
かし性格は優柔不断、キャリアウーマンの婚約者の尻に敷か
れ、ついには彼女のロンドン転勤を機に町を出ることを決意
して、ロンドンの新居に引っ越すが…
その家具も揃わない内に父親の訃報が届き、彼は工場の社長
として町に舞い戻ることになってしまう。ところがその工場
はすでに倒産状態、父親は温情というか、無策のまま社員を
雇い続けていたのだ。そして彼には、社員の首を切る仕事だ
けが残されていた。
こうして、日々社員の首を切るだけの仕事を続ける主人公だ
ったが、ある日若い女性社員から、何故新しい市場を見つけ
ないのかと詰問される。
そこでふと思いついたのが、ソーホーで偶然知り合った女装
バーのドラッグクィーン。女性用のハイヒールでは体重を支
えきれないと語る彼女(彼)の言葉に、男性向けのハイヒー
ルブーツの開発を始めるが…そこには試行錯誤の上に、世間
の偏見が満ちあふれていた。
イギリスのコメディというと、ピーター・セラーズからモン
ティ・パイソンまで、かなり過激な笑いを狙う印象があった
が、『カレンダー…』辺りからはもっと穏やかな笑いの路線
が誕生したようだ。と言っても、熟女ヌードと女装用ブーツ
はかなり過激だが…
ただし『カレンダー…』も本作も実話に基づいているという
ことで、こういう新しいことに挑戦する活力があると言うの
は素晴らしい話だ。それを言い出すと、また、他の作品も挙
げなければならなくなるが、イギリスにはそんな活力も再生
して来ているようだ。
お話自体は、起死回生の逆転を狙って奮闘するだけのことだ
し、過去にもいろいろある展開だろう。ただ、そのテーマが
ちょっと過激という程度かも知れない。でもほのぼのとした
人情と暖か味のある笑いは、ほっとする心地よさももたらし
てくれた。
主演は、新『スター・ウォーズ』でオーウェン・ラーズを演
じていたジョエル・エドガートン。彼はオーストラリア出身
だそうだが、その脇を新進からベテランまでのイギリスの演
技陣が固める。そのアンサンブルも良かった。

『いちばんきれいな水』
漫画家・古屋兎丸原作の映画化。主演は加藤ローサと『仄暗
い水の底から』の菅野莉央。監督は、ミュージックヴィデオ
やCFを数多く手掛け映画は初のウスイヒロシ。
物語の主人公は、8歳の時から11年間眠り続けている姉と、
12歳の妹。その姉が、両親が急用でいない間に突然目覚めて
しまう。しかし姉は19歳の身体でも精神年齢は8歳。そんな
姉を、中学受験を控えて塾の夏期講習も真っ最中の12歳の妹
が世話することになるが…
加藤の主演作品では、すでに『シムソンズ』を見ているが、
撮影順では本作が初主演作になるようだ。上映前の記者会見
で、本人は一番演じやすかった役と言っていたが、新人とし
てはまずまずの出来だろう。それに本作では菅野の演技も目
を引くところだが、いずれにしても見ていて引っ掛かるよう
なところはなかった。
それに対して物語は、ちょっとこじんまりとまとまり過ぎて
いる感じが否めない。恐らく原作はもっとシンプルなのだろ
うし、シンプルさゆえに評価も高いのだろうが、映画的な感
動を呼ぶにはちょっと物足りない感じだ。
そのためには、題名でもあり、キーワードとなる「いちばん
きれいな水」の存在が、もう少し何かドラマティックに描か
れても良かったように思える。
確かに、後半のこの場所に関わる展開はドラマティックでは
あるのだが、その存在そのものがもっとドラマティックであ
っても良かったはずだ。それに、この後半の展開は、姉にと
っては昨日のこととして覚えているはずなのに、その辺の扱
いが曖昧な感じもした。

現代の都市の近郊を舞台にファンタシーを描くことは難しい
が、この作品のように一種の都市伝説みたいなものを題材す
るのは魅力的に感じられた。そのシチュエーションをもっと
明確に描ければ、ここでいろいろな素敵な物語が生まれるよ
うにも思えた。
原作がどのような展開をしているかは知らないが、映画のオ
リジナルででも、この「いちばんきれいな水」のシチュエー
ションを発展させた別の物語が作れれば面白い。そんなこと
も考えてしまった。

『フラガール』
常磐ハワイアンセンター(現スパリゾート・ハワイアンズ)
の誕生を描いた実話に基づく作品。
物語の背景は昭和40年。江戸時代末期に開山し、朝鮮戦争の
時代には黒いダイヤとも呼ばれて、日本の戦後復興を支えて
きた常磐炭鉱。しかし、30年代後半のエネルギー革命で燃料
の中心は石油に代り、本州最大と言われる常磐の山も閉山が
続いていた。
そんな中、当時1トンの石炭を掘り出すのに40トンの温泉を
捨てていたと言われる常磐炭鉱は、その温泉を利用したリゾ
ート施設を企画。そこを炭鉱を解雇された鉱夫やその家族た
ちの再雇用の場とすることを計画する。
そしてその施設の目玉となるハワイアンショーのフラダンサ
ーを、鉱夫の娘たちから募集することにしたのだが…その説
明会場で見せられた腰蓑姿で踊る女性の映像に、応募者の大
半は退席、かろうじて残ったのは4人だけだった。
フラの教師は、元SKDで8ピーチェスのメムバーだったと
いう女性。しかし彼女も東京で食いつめた末の都落ちで、し
かもど素人の応募者たちの拙い踊りを見せられては、やる気
が生まれる余地もない。でも、施設のオープンは7カ月後と
決まっていたのだ。
こんな状態から、教師やダンサーたちが情熱を沸き立たせ、
オープンの日を迎えるまでの紆余曲折が描かれる。
もちろん映画の物語はフィクションだし、現実はこんなにド
ラマティックではなかったのかもしれないが、そこは映画の
物語として、涙あり笑いありのお話が見事に綴られる。しか
もそれが苦境からの逆転物語としては、無理なく良い感じに
作られていた。
まあ、この手の話は題材が良ければ、大体のところは感動を
呼べるし、だからといって悪いものではない。それにこの作
品では、主演の松雪泰子を始め、蒼井優、山崎静代といった
面々が3カ月の特訓でフラをものにし、踊ってみせるという
バックステージ的な話題も提供されている。
そのフラは、完成披露試写会の舞台で実演もされたが、特に
松雪、蒼井には感心させられた。山崎の場合はご愛嬌もある
が、立場からすれば、これで上等だろう。それにしても蒼井
の表現力には、『ハチ・クロ』に続いて感心したものだ。
オリンピック後のバブルに向かって行く世間一般が好景気と
言われた状況の陰で、こんな苦労をしていた人たちもいた。
それは現代に似た部分もありはするが、かと言って、取り立
てて現代に通じるような社会問題を扱っている訳ではない。
ある意味、感動の押し売りでもあるこの種の作品は、人によ
っては迷惑なものかも知れないが、暗い映画館の中で単純に
感動を満喫する、そんな用途にはピッタリと言えるものだ。
ただし、お茶の間のテレビで家族と一緒に見るにはちょっと
恥ずかしいかも知れない。
僕にとっては、年代的に一番判っている時代でもあるし、そ
の目で見ているといくつかミスも見えてくるが、時代考証は
それなりに納得できた。特に長屋の並ぶ炭住街の風景は、銀
残しの色調と共に、時代を充分に味わえる作品でもあった。



2006年06月01日(木) 第112回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 今回は早速始めることにしよう。
 まずは、『ダ・ヴィンチ・コード』の記録的ヒットを受け
て、同じ主人公ロバート・ラングドンが活躍するダン・ブラ
ウン原作のもう1篇“Angels & Demons”の映画化も進める
ことが公表された。
 実はこの計画については、2003年7月15日付第43回で報告
したように、コロムビアでは当初からシリーズで映画化権を
獲得していたもの。従って、その製作は既定の事だったとも
言えるが、取り敢えず今回は、前作と同じアキヴァ・ゴール
ズマンと脚色の契約が結ばれたことが報告され、製作が正式
にスタートしたことになるようだ。
 ただしこの原作は、実は『ダ・ヴィンチ・コード』より先
に発表されたラングドン教授が最初に登場する物語で、いわ
ば前日譚に当たる。と言っても、2作の間で特別な繋がりが
在るとも聞かないので、映画化ではどうするのか、その辺は
ゴールズマンに任されることになりそうだ。
 因に物語は、ラングドン教授の許にスイスに在る欧州素粒
子物理学研究所の所長からFAXで写真が送られ、研究員の
物理学者の殺人事件の調査が依頼されるところから始まる。
そしてその遺体の胸にはアンビグラム化されたイルミナティ
の焼印が見出される。
 イルミナティとは、ガリレオも参加していたと言われる反
カトリックの秘密結社だが、現在は消滅したと考えられてい
たもの。それが犯人?しかも殺された学者は、娘と共に「反
物質」を作り出す研究を密かに行っており、その研究は成功
して、その「反物質」が犯人に持ち去られたという。
 一方、ヴァチカンでは前法王が亡くなり、後任を選出する
ためのコンクラーヴェが開催されようとしていた。しかし、
そこに犯人から「反物質」を使ってヴァチカンを破壊すると
の通告が入る。さらに法王候補者4人の枢機卿が拉致され、
1時間ごとに1人ずつ殺害して、その後に破壊を行うという
のだが…。
 果たしてラングドン教授は、このヴァチカン最大の危機を
回避することが出来るのか、というお話のようだ。
 今回も殺された被害者の娘が協力者ということで、お話の
発端はかなり似たものになるようだ。ただし、主な舞台はロ
ーマで、紹介文によると『ダ・ヴィンチ』以上にスピーディ
でスリリング、正に映画的な物語が展開するとのこと。ロー
マの名所旧跡も多数登場して旅行に行きたくなる作品という
ことだが、それが映画化されれば旅行代りにもなりそうだ。
 それにしても、前作ではヴァチカンの反発を買ってしまっ
たが、今回その危機を救うといっても協力を得ることは出来
るのだろうか。なお、報道ではロン・ハワード監督、トム・
ハンクスとの契約は未だとのことだが、2人が断る理由は見
当たらず、監督と主演は間違いなさそうだ。
 それと、どうしても気になるのは「反物質」という言葉だ
が、SFにはよく登場するものの、実在させることは極めて
難しい。ダン・ブラウンのことだからその辺は綿密に調査し
て記述しているとは思うが、実在しないものを映像で描く際
には、くれぐれも細心の注意を払って貰いたいものだ。
        *         *
 お次は、『キャプテン・ウルフ』でファミリー・コメディ
を成功させたヴィン・ディーゼルが、今度はロマンティック
・コメディに初挑戦する計画が発表された。作品は、題名が
“Player's Rules”というもので、内容は男女間の戦いを新
たな視点から描く…とされている。
 実はこの計画、『SAYURI』などの脚本家ロン・バス
が、最初はシリアスドラマのアイデアを持ってディーゼルの
家を訪ねたのだが。話し合い中で彼がロマンティック・コメ
ディをやりたがっていることが判り、1997年の『ベスト・フ
レンズ・ウェディング』など、元々はそちらも得意分野のバ
スが、ジェン・スモルカとの共作でタッチストーンと契約し
たばかりの本作を説明、進めることになったということだ。
 アクションで鳴らした男優によるファミリー・コメディや
ドラマへの挑戦は、アーノルド・シュワルツェネッガーなど
もやってきたこと。ディーゼルも、すでに上記のファミリー
・コメディに続いて、“Find Me Guilty”ではドラマにも挑
戦している。しかし、ロマンティック・コメディとなると、
これはかなりの勝負だろう。実際、若い内でないとできない
ものだし、出来るだけ早く実現してもらいたいものだ。
 なお、ディーゼルの次回作には、ケヴィン・ベーコン、ジ
ェームズ・フランコ、ソフィー・オコネドと共演するシカゴ
ギャングvs警察の不正武器を巡る戦いを描いたアクション・
スリラー“Black Water Transit”が7月に撮影開始の予定
で進められている。ディーゼルは、アール・パイクというギ
ャングの構成員で、不正武器を守る役を演じるようだ。
 また、彼の監督主演で計画されている“Hannibal”は、著
作権などの関係もコントロールが付き、現在は製作資金の調
達が進められているようだ。従って、今回の作品はその進行
状況との兼ね合いで製作時期が決まることになりそうだ。
        *         *
 ディーゼルの話題に続いては、彼が主演した『ワイルド・
スピード』『XXX』の監督ロブ・コーエンが、次の監督作
品としてマーシャル・アーツの世界を舞台にした“Arrow”
という計画をワーナーで進めることが発表された。
 この作品はコーエンのアイデアに基づくもので、内容は極
秘とされて全く明されていないが、現在は脚本家のブランド
ン・ヌーナンが撮影台本の執筆を進めているとのことだ。な
お、ディーゼル主演の2作や、昨夏の『スティルス』などを
見るとメカフェチの印象が強いコーエンだが、実は、1993年
には『ドラゴン/ブルース・リー物語』の監督も手掛けてお
り、マーシャル・アーツ系の作品にも理解がありそうだ。一
体どんな作品になるか期待したい。
 因に、コーエンの予定では、現在はポルノ映画の帝王ラス
・メイヤーを描く伝記映画“Big Bosoms and Square Jaws:
The Biography of Russ Meyer, King of the Sex Film”の
準備を進めている他、2003年4月15日付第37回で紹介した日
本製アニメを実写で映画化する“Kite”の計画もまだ生きて
いる。ただし“Kite”の計画は、現状では製作のみの担当と
なっているようだ。
        *         *
 リメイク版『宇宙戦争』の脚本家デイヴィッド・コープの
脚色と監督で1999年に発表され、日本では昨年ようやく公開
された『エコーズ』(2005年7月紹介)の続編の製作が、日
本公開を待っていたかのようなタイミングで発表された。
 “Stir of Echoes: The Dead Speak”と題されたこの続編
では、前作でケヴィン・ベーコンを苦しめた死者の声が聞こ
える能力は、今度はロブ・ロウ扮するイラクからの帰還兵に
宿ることになるようだ。脚本監督は、2000年の『アメリカン
・サイコ』の製作者で、2004年に発表された『キューブ』シ
リーズの第3作“Cube Zero”では脚本監督も手掛けている
アーニー・バーバレッシュ。
 リチャード・マシスンが1958年に発表した小説は、40年を
経てようやく映画化が実現されたものだが、それから6年経
っての続編の製作だ。撮影は7月中旬にトロントで開始の予
定で、製作費はライオンズゲイトが拠出している。
 それにしても、ベーコンに続いてロウの主演とは、俳優に
とってかなり魅力のある役柄のようだ。前作は僕の中ではか
なり評価の高い作品だが、続編も秀作を期待したいものだ。
        *         *
 1984年と89年に公開されて軽快な音楽と共に大ヒットした
『ゴーストバスターズ』に第3作の計画があることを、オリ
ジナルのクリエーターの1人のハロルド・ライミスが公表し
ている。
 その紹介によると、作品は“Ghostbusters in Hell”と題
されており、脚本はダン・エイクロイドが執筆。物語は、前
2作のような特定の敵が出てくるものではなく、ニューヨー
クに似た街そのものが地獄と化しているという設定。しかも
それは現実と表裏一体のちょっとした狭間に存在していると
いうものだ。なおライミスの発言では、「毎秒24コマの映画
フィルムで、コマとコマの間の暗黒のようなもの」と説明さ
れていた。
 さらに、その実現には特別な装置が開発されたということ
だが、その装置はブルックリンの工房にあるとのことだ。そ
して実はこの辺の紹介が、撮影用の機材の話なのか、物語の
設定なのかよく判らないのだが、その装置を出ると、見た目
は同じ街だが実は地獄になっていて、車は動かず、また運転
手は口々に違う言語を話しているのだそうだ。まあ、この手
のクリエーターの発言は、いつもどこからがフィクションな
のか判らないものだが、取り敢えずそういう映画が計画され
ているようだ。
 なお配役は、ビル・マーレイ、エイクロイド、リック・モ
ラニスのオリジナルメンバーの再登場を期待したが、実は、
マーレイが出演を拒否したのだそうで、現在は替りにベン・
スティラーに参加を呼び掛けているとのこと。ニューヨーク
にスティラーはお似合いだが、実現には人気者の彼のスケジ
ュール調整も大変になりそうだ。
 また、前2作を監督したアイヴァン・ライトマンと、共演
したシゴーニー・ウィーヴァーの名前は今回は出ていなかっ
たが、どうなるのだろうか。
        *         *
 2005年12月1日付第100回などで紹介したジュール・ヴェ
ルヌ原作『地底旅行』の現代版リメイク“Journey 3-D”に
ついて、その日本配給権をギャガが獲得したことが発表され
たが、それと同時に“Mimzy”というSF作品の配給権も併
せて獲得したことが紹介された。
 この“Mimzy”というSF作品、報道の中の紹介によると
「未来から送られてきた玩具によって影響される子供を巡る
物語」となっていたが、実は、この作品はヘンリー・カット
ナーがルイス・パジェット名義で1943年に発表した“Mimzy
Were the Borogoves”(邦訳題ボロゴーブはミムジー)の映
画化なのだ。
 と書いて、何を興奮しているのだと思われそうだが、実は
この原作は1965年のSFマガジンに翻訳が掲載されており、
当時読んだ僕にとって最も好きなSF作品の一つと言えるも
のなのだ。また、この意見は僕だけのものではないようで、
内外のSF研究書を見てもカットナーの代表作として必ず挙
げられている名作。その作品が映画化され、日本公開も決ま
ったということだ。
 お話は上記の紹介文の通りだが、補足すると、その玩具に
よって子供たちの頭脳は現代人の知識を超えて進化して行く
が、親たちはそれをなす術もなく、ただ見ているしかないと
いう、親の立場からすればかなり切ない展開となる。
 脚本は、『サハラ』のジェームズ・V・ハートと、『コン
・エアー』のジム・コーフが最初に手掛け、それを『ゴース
ト』のブルース・ジョエル・ルービンがリライト、さらに、
『ヒストリー・オブ・バイオレンス』のトビー・エメリッヒ
がセカンドリライトしたというもので、かなり難航したよう
だが、それだけ練り込まれた作品が期待できそうだ。また監
督は、ニューライン社の創始者で1990年に“Book of Love”
などの作品も監督しているロバート・シャイが担当。ティモ
シー・ハットン、マイクル・クラーク・ダンカンらの配役も
発表されていて、製作状況は撮影中となっている。
 なお現在、原作の翻訳本は手に入り難い状態のようだが、
映画の公開の際にはぜひとも再刊を期待したいものだ。
 因に、小説の原題は、ルイス・キャロル作の『鏡の国のア
リス』に登場する「ジャバウォックの詩」の一節に在るもの
で、その翻訳は「弱ぼらしきはボロゴーブ」となるようだ。
また、この「ジャバウォックの詩」は、テリー・ギリアム監
督が1977年に映画化した“Jabberwocky”の元にもなってい
るものだ。
        *         *
 7月に“Superman Returns”が全米公開されるブライアン
・シンガー監督が、以前から希望していた“Logan's Run”
のリメイクから降板することが発表された。
 この計画については、2004年3月15日付の第59回などで紹
介してきたものだが、いよいよ今年の秋の撮影開始が発表さ
れ準備が進められていた。ところが、7月の公開を待たずに
“Superman”の続編の製作が決定。その撮影は2007年秋の開
始となってはいるものの、シンガーとしては2年連続の大作
映画の監督は無理と判断、来年の続編をやるなら今年のリメ
イクは出来ないとなったものだ。
 元々シンガーは、フォックスで成功した“X-Men”シリー
ズを降板してワーナーに移籍してきたものだが、その切っ掛
けは“Logan's Run”だった。つまりこの作品のリメイクを
撮ることが先に在って、その繋がりから“Superman”の監督
がオファーされたものだ。しかし結局その作品が撮れなくな
ったことは皮肉な巡り合わせとしか言いようがない。
 ただし、製作担当者のジョール・シルヴァは、シンガーが
このリメイクのためにもたらした功績は明記したい意向で、
彼にはプロデューサーのクレジットを提供することが考えら
れているようだ。また、秋からに迫っている撮影には、早急
に監督を決定する必要があるが、それには『Vフォー・ヴェ
ンデッタ』のジェームズ・マクティーグ監督の名前が第1候
補として噂されている。しかしいずれも決定ではないという
ことだ。
 一方、シンガーは、来年の続編の前に小規模な作品は1本
監督したいという意向で、その作品にはワーナー・インディ
ペンデント製作の“The Mayor of Castro Street”が検討さ
れている。サンフランシスコのゲイ活動家ハーヴェイ・ミル
クの暗殺事件を扱ったこの作品は、かなり以前からワーナー
が映画化権を所有していたが、最近その権利がインディペン
デントに移管されたもので、シンガーが希望する小規模作品
にはピッタリのもののようだ。
        *         *
 ついでに“X-Men”の話題で、5月の最終週に全米公開さ
れた最新作“X-Men: The Last Stand”は、3日間で1億ド
ル突破の今期最高の出足となったようだが、その内の2人の
キャラクターの今後についての情報が届いている。
 まずはストームについて、演じているハリー・べリーは、
「ストームだけを独立させたシリーズに出演するつもりはな
く、また他のスーパーヒーローを演じるつもりもない」とし
ている。しかしオリジナルのシリーズに関しては、「フォッ
クスはもう1本の続編を作るつもりだろう」と語り、彼女自
身も「映画がたくさんのファンに愛されればそれは当然」と
考えているようだ。
 一方、ウルヴァリン役のヒュー・ジャックマンは、すでに
独立シリーズへの出演を契約しているものだが、その製作状
況ついては、「現在デイヴィッド・ベニオフが2本の概要を
書き上げ、3本目を執筆中、それが出来次第、監督の選考に
入る」としている。そして「本来は概要がなければ監督は決
められないが、その第1候補はブレット・ラトナーを置いて
他にない」とも語っていた。ただし彼自身は、オリジナルシ
リーズからは卒業したい意向のようで、「“X-Men 4”には
ウルヴァリンは登場させない」とのことだ。
 つまりこれらを総合すると、“X-Men 4”の製作は既定の
事のようで、他に各人の独立シリーズもいろいろと計画が進
行しているようだ。以前の情報では、現シリーズでイアン・
マッケランが演じている敵役マグニトーの若い頃の話という
企画もあったと思うが、それも進んでいるのだろうか。
        *         *
 ここからは、テレビシリーズからの映画化の続報を2本続
けて紹介しておこう。
 まずは、2003年4月1日付第36回と2004年6月15日付第65
回、2005年4月15日付第85回でも紹介したハナ=バーベラ製
作のテレビアニメーション“The Jetsons”の実写映画化に
ついて、ワーナーから再度の実現に向けての動きが発表され
た。それによると、この計画に、新たにドナルド・デ=ライ
ンが製作者として参加。またアダム・F・ゴールドバーグと
いう脚本家が新しい脚本を執筆しているとのことだ。
 元々この計画は、『旅するジーンズと16歳の夏』などの
製作者のデニス・ディ=ノヴィが10年以上も前から進めてき
たものだが、一時はアダム・シャンクマン監督、スティーヴ
・マーティンの主演などの線も公表されていたものの、ここ
1年ほどは音沙汰が無かった。
 その計画が再開されたというものだが、ディ=ノヴィも製
作者として残ってはいるものの、新たな製作者と脚本家が入
るということは、今までの計画はキャンセルということなの
だろう。また少し待たされることになりそうだ。
 因に、デ=ラインは最近ワーナーと契約した映画製作者で
コメディ得意とのこと。またゴールドバーグは、フォックス
で“Revenge of the Nerds”のリメイクなどを手掛けている
ということだ。
        *         *
 もう1本は、2003年5月1日付第38回で紹介した“Knight
Rider”で、以前の紹介の時はリヴォルーションとコロムビ
アの計画だったが、それは頓挫したようで、今回はワインス
タイン Co.(TWC)が製作するという発表が行われた。
 また、今回の発表によると、テレビシリーズの製作者だっ
たグレン・A・ラースンが直接映画版も製作するもので、ラ
ースンからはシリーズ化も視野に入れて映画化を行うとの発
言も紹介されていた。さらに、TWCとラースンとは包括的
な契約を行ったようで、後には“Magnum P.I.”“The Fall
Guy”も控えているとの紹介になっていた。
 因に、TWCでは、2005年12月15日付第101回で紹介した
ように、1980年代テレビシリーズの“The Equalizer”の映
画版を契約している他、アイス・キューブの製作主演で、ジ
ョン・トラヴォルタが出演していたことでも知られる1970年
代後半の学園ドラマ“Welcome Back, Kotter”の映画化の計
画も進めているようだ。
        *         *
 最後に“Harry Potter”の情報で、第5作の“The Order
of the Phoenix”の撮影はすでに開始されているが、そこに
登場するデス・イーター=ベラトリクス・レストランジェの
配役にヘレナ・ボナム=カーターの出演が発表された。元々
この役は、今月公開の『カサノバ』でカサノバの母親役を演
じているヘレン・マクローリーが予定されていたが、妊娠が
判って安全のため降板。代ってボナム=カーターの出演とな
ったものだ。映画の公開は来年7月13日の全米封切りが予定
されている。
 また、“Harry Potter”の原作本を出版しているブルーム
スバリー社からは、第7巻の発行が2007年中に行われるとの
報告もあったようだ。いよいよ最終巻、第6巻でもお話はか
なりダークな方向に進んでしまったが、結末は一体どうなっ
てしまうのだろうか。なお、原書はかなり読みやすい英語な
ので、中学生以上なら1年先の日本語訳を待たずに、最後く
らいは原書で読むことをお勧めしたいものだ。


 < 過去  INDEX  未来 >


井口健二