井口健二のOn the Production
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2006年03月31日(金) トランスアメリカ、ロンゲスト・ヤード、アンダーワールド・エボリューション、間宮兄弟、RENT、ナイロビの蜂、セキ★ララ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『トランスアメリカ』“Transamerica”
トランスジェンダー(性同一性障害)の父親と息子の関係を
ユーモラスな語り口で描き、主演のフェリシティ・ハフマン
が、ゴールデン・グローブ受賞とアカデミー賞のノミネート
にも輝いたドラマ作品。その他にも各地の映画祭で受賞を果
たしている。
主人公のドリーはロサンゼルスの片隅で慎ましく暮らしてい
た。幼い頃から性同一性障害だったドリーは、ホルモン剤の
投与や整形手術などで女性的な身体つきとなっていたが、最
後の手術は未実施。しかしついにその性転換手術が許可され
る日が来る。
ところがその直前、ニューヨークの刑務所からの電話で、ド
リーが男だったときにできた息子が保釈金の支払い者を求め
ていることを伝えられる。そして、カウンセラーの勧めもあ
ってニューヨークに向かったドリーは息子と面会するが…。
息子はドリーが父親であることに気付かず、ドリーも教会か
ら派遣されたと名告ってしまう。
こうして巡り会った親子だったが、さらに息子の夢が映画ス
ターになることだと知ったドリーは、真実を語らないまま、
一緒にロサンゼルスに向かうことにする。しかも、手術費を
確保するため飛行機は諦め、息子と2人、自家用車でアメリ
カ大陸横断(トランスアメリカ)することに決めるのだが…
トランスジェンダーは、アメリカでは正式に病気として認め
られているが、実際に性転換をするには、かなり厳格な資格
審査が要求されるようだ。そして映画は、冒頭でその現実に
も触れているが、全体としてその病気への理解を求めようと
する方向性のものだ。
とは言うものの、物語はちょっと風変わりな父親と問題を抱
える息子という図式で、トランスジェンダーの問題を抜きに
しても見ることができる。実際に僕は、自分が息子を持つ身
として、いろいろ考えながら見ることができた。
トランスジェンダー以外にも、ドラッグやアル中や先住民や
宗教などいろいろな問題が語られる。アメリカという国が、
如何にいろいろな問題を抱え込んだ国であるかが良く解かる
映画ということもできる。
でも、全体は最初にも書いたようにユーモラスな語り口で、
楽しく見ることができる作品だった。

『ロンゲスト・ヤード』“The Longest Yard”
1974年のバート・レイノルズ主演作品のリメイク。
極悪刑務所で、看守と囚人がスポーツ競技で対決するという
物語は、2001年にイギリスで競技をサッカーに変え、インス
パイアされた作品として映画化(2002年8月2日紹介)され
ているが、本作は元のアメリカンフットボールに戻して正式
にリメイクされたものだ。
1974年のオリジナルは、翌年の日本公開を確か渋谷パンテオ
ンで観ているはずだが、実は当時はアメリカンフットボール
のルールが良く解かっていなくて、何となく釈然としなかっ
た記憶がある。でも今回は、ルールもちゃんと理解している
ので、面白く観ることができた。
それでオリジナルの物語もうろ覚えだったのだが、今回の作
品を観て、2001年のイギリス映画が実にオリジナルに忠実で
あったことも理解した。まあ、それだけオリジナルの映画が
素晴らしかったと言うこともできるが、本作はそれに加えて
VFXを駆使した試合の描き方で進化した作品というところ
だろう。
主演はアダム・サンドラー。サンドラー主宰のハーピー・マ
ディスンとMTVの共同製作で、元々サンドラーは製作だけ
の予定だったが、完成された脚本を読んで主演を買って出た
というもの。お陰で本来はMTVの親会社のパラマウントの
単独配給だったが、サンドラー主演作品の権利を持つソニー
が海外配給権を獲得することになった。
共演は、クリス・ロック、ジェームズ・クロムウェル、さら
にオリジナルのバート・レイノルズがコーチ役で出てくるの
も嬉しい。他には、NFL、AFLの現役や元選手、さらに
プロレスラーからMTVのミュージシャンまで多彩な顔ぶれ
が登場する。
オリジナルに勝てているかどうかは、前の記憶が曖昧なので
何とも言えないが、2001年のイギリス版との比較では、サッ
カーとのルールの違いが明確だと言える。そしてどちらもそ
のルールを忠実に守って物語を展開しているのは素晴らしい
ところだ。
もちろん最大限の拡大解釈は有りだが、それも納得できる範
囲だと言える。いずれも人間ドラマとスポーツ映画の面白さ
を満喫できる作品というところだ。

『アンダーワールド・エボリューション』
               “Underworld Evolution”
ヴァンパイア(吸血鬼)とライカン(狼人間)との数100年
に及ぶ戦いの歴史を背景に、ヴァンパイアの女(ケイト・ベ
ッキンセール)とライカンの男(スコット・スピードマン)
との禁じられた恋を描いた2003年作品の続編。
オリジナルに関しては2003年11月2日付で紹介しているが、
実は当時観ていて、全体の流れは解かるが、細かいところで
釈然としない部分がいろいろ有った。特に主人公の背景など
が今一つ理解できなかったのだが、今回の作品で謎は氷解、
納得できた感じのものだ。
まあ、多分元々がシリーズで構築された物語なのだろうし、
前作の結末も続きを予感させるものだったから仕方のない面
は有るが、これで前作がヒットしなかったらどうするつもり
だったのだろうか、というところだ。
主演のベッキンセールは、前作でかなり人気も高まったと思
うが、それでもちゃんと続編に出てくれるというのは嬉しい
ものだ。もっとも彼女は、この間『ヴァン・ヘルシンク』な
どにも出ているから、元々こういう話が好きなのだろうか。
それにしても製作元のスクリーン・ジェムズでは、『バイオ
ハザード』のミラ・ジョヴォビッチと並んでこういう女優を
確保できたのは力強い。
物語は、前作で追手を逃れた2人がさらに両種族の歴史の謎
を解き明かして行くというもので、それにいろいろな大仕掛
けも登場し、また華麗なアクションも楽しめるという作品。
吸血鬼や狼人間はホラー映画の代名詞だが、本作はホラーと
いうよりはアクション映画だ。
前作を観ていればさらに楽しめるが、物語の展開は本作だけ
でも理解できると思う。まあ発端は前作の結末なのは仕方が
ないが。でもそこさえ過ぎれば、後は基本的にアクション映
画だから、それを楽しめればいいという作品でもある。
なお以前の情報によると、物語は前日譚も含めて3部作にな
る計画ということだったが、実は本作では前日譚の部分もか
なり詳細に描かれている。それで物語の全体も把握できた訳
だが、さてシリーズの今後の展開はどうなるのだろうか。

『間宮兄弟』
江國香織の原作を、森田芳光監督が映画化した作品。
ビール工場で開発に携わっている兄と小学校の校務員の弟。
共に成人はしているが、それぞれ独身どころか恋人もなく、
2人で寄り添うように暮らしている兄弟の物語。
「だって間宮兄弟を見てごらんよ。いまだに一緒に遊んでる
じゃん。」というのが宣伝のコピーだが、このせりふは映画
の中にも登場する。そんな2人夫兄弟を、佐々木蔵之介と塚
地武雅が演じて、基本的にはコメディを淡々と描いている。
森田監督は、元々は『そろばんずく』などのコメディも撮っ
ているし、僕としては『未来の思い出』や『(ハル)』のよ
うなちょっとSFに近い作品でも印象に残っている。しかし
最近では、『黒い家』や『模倣犯』のような作品が話題にな
っていたものだ。
その森田監督が、久しぶりのコメディというか、人情味あふ
れるとまでは言わないが、日常の生活の中でのちょっと心に
残る物語を作り上げた。
物語は、兄弟の恋人捜し作戦というか、小学校の女先生やビ
デオ店の女子店員を部屋に招いてカレーパーティを開催する
ところから始まり、兄が同僚の不倫騒動に巻き込まれたり、
弟がボッタクリバーに引っかかったりというエピソードが続
くが…
正直に言って、大きな事件が起こる訳でもなく、ドラマティ
ックなところも殆どない。これが万人に受けるかと言われる
と、多少迷うところでもあるが、たまにはこんな何も起こら
ない話があってもいいじゃないか、という感じの作品だ。
物語はそんなところだが、実は兄弟の住む部屋のセットが、
本がぎっしり本棚に並んでいたり、鉄道模型や飛行機の模型
など、「マニア兄弟だな」というせりふが有るくらいのもの
で、それはかなり面白く見られた。
主演の2人を囲んで、常盤貴子、沢尻エリカ、北川景子、戸
田菜穂、岩崎ひろみら多彩な女優陣が共演。中でも北川は、
この後にハリウッド映画の『ワイルド・スピード3』が控え
ており、その前に見ておきたい女優というところだ。

『RENT』“Rent”
1996年2月のプレヴューの前日に作者が35歳で急死するとい
う衝撃の開幕の後、3カ月でブロードウェイに進出、そして
今もロングラン中という伝説のミュージカルの映画化。
1980年代末のニューヨークのイーストヴィレッジを舞台に、
芸術家を夢見て集う若者たちを描いた作品。
だが、背景となる1980年代末はエイズ蔓延期であり、貧困、
犯罪、ドラッグ、同性愛、友の死など、社会から排斥され、
夢を奪い去る出来事が次々と襲いかかる。しかし、そんな悪
環境の中でも、夢を信じ、夢に向かって進んで行く若者たち
の姿が描かれる。
青春ものと言ってしまえばそれだけだが、目標が定まってそ
こに向かって行くような単純なものではない。自分たちの目
指すものも判らず、もがき苦しんでいる。そんな若者たちの
物語だ。それはちょうど、現代の若者たちの姿にも重なるよ
うでもある。だからこそ、今の時期の映画化が実現したのだ
ろう。
監督はクリス・コロンバス。1980年代を含む17年間をニュー
ヨークで暮らしていたという彼は、ブロードウェイでの上演
開始直後に舞台を見て直ちに映画化を希望したという。それ
から10年を経て、まさに満を持しての監督という感じだ。
そのコロンバスの演出は、ニューヨークの市街地のロケや、
ILMが手掛けるVFXを含め映画的な処理も随所に施され
てはいるが、全体はオーソドックスな歌と踊りのミュージカ
ルの味わいを見事に活かし切ったものだ。
特に、巻頭で8人によって歌われる「シーズンス・オブ・ラ
ヴ」のシンプル、且つ力強い熱唱は、これから語られる物語
の全てを予感させる。
そして出演者は、オリジナルキャストからの5人に加えて、
『シン・シティ』のロザリオ・ドースン、テレビ出身のトレ
ーシー・トムズ、テレビや舞台でも活躍するジェシー・L・
マーティン。彼ら総勢8人の群像劇が見事に演じられる。
中でも、オリジナルメムバーではエンジェル役のウィルスン
・ジェレマイン・ヘレディアが見事なパフォーマンスを見せ
てくれる。一方、ドースンは、年齢的にも他のメムバーから
は飛び抜けて若いハンデを負う中で、難しい役柄をしっかり
と演じていた。
大元の着想は、プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』から得
られたものだそうだが、そのオリジナルも含めていろいろな
ミュージカルや映画へのオマージュも数多く見られ、それも
含めて映画ファンとしては心地よい作品でもあった。

『ナイロビの蜂』“The Constant Gardener”
ジョン・ル=カレ原作の同名の長編小説の映画化。その監督
を、『シティ・オブ・ゴッド』のフェルナンド・メイレレス
が手掛け、主人公の妻を演じたレイチェル・ワイズがアカデ
ミー賞助演女優賞を獲得した。
巻頭、一人の女性が奥地に向かう飛行機に乗り込む。それを
見送る夫は、2日後に会おうと声を掛けるが、その2日後、
彼の元に不吉な報告が届けられる。
主人公はイギリスの外交官。と言っても実はガーデニングが
趣味で、外交の仕事はほとんどイエスマンで通している。そ
んな男が、ある日、ワシントンで開かれた記者会見に上司の
代理で出席し、出席者の一人の若い女性から手厳しい質問を
受ける。
しかしその質問自体がイレギュラーで、他の記者たちの失笑
を買った女性は、記者たちが退席した後に一人残されてしま
う。そんな女性に声をかけた主人公は、瞬くうちに深い関係
となり、赴任先がケニアになったとき彼女は彼と共に任地に
行くことになるが…
彼女の身に一体何があったのか、彼女はその奥地で何をして
いたのか。そして彼女は、本当に彼を愛していたのか。謎は
謎を呼び、主人公は自分が彼女のことを何も知らなかったこ
とに気付かされる。
名作『寒い国から帰ってきたスパイ』を始め、ル=カレの描
くスパイは、007に代表される華麗な活躍からは程遠い、
地道なしかし国際政治の中で重要な役割を果たす現実的な姿
で描かれる。本作もそのような背景が見え隠れする作品だ。
ル=カレの原作では、2001年に『テイラー・オブ・パナマ』
が原作者本人の脚本製作で映画化されているが、どちらかと
言うと佳作に属する前作に比べて、今回は物語の舞台も、背
景も極めて壮大なアドヴェンチャー作品だ。
中でも、大きな舞台の一つとなるスラム街のシーンは、実際
に現地に入って撮影されたもののようだが、その映像はさす
がに『シティ…』の監督と納得させられるものだった。
しかもその撮影を、ケニア政府の協力の下に行っているのも
凄いところだ。因に、原作本はケニアの政治的腐敗を描いて
いるために発禁本なのだという。それでも協力が得られたの
は、描かれているアフリカの抱える悲劇に、ある種の共感が
得られたからのようだ。
昨日付けで、セネガル映画の『母たちの村』を紹介したが、
この作品もまた違った面でアフリカの悲劇を描いたものだ。
ただし、セネガルの作品が実話に基づくのに対して、本作は
あくまでもフィクションだが、でもこのような悲劇がないと
は言い切れないものだ。
今年は正月の『ホテル・ルワンダ』から、アフリカを題材に
した作品が連続しているが、遠い国ではあっても、やはり注
目していなければならない問題ばかりという感じだ。

『セキ★ララ』
韓国人、朝鮮人、中国人のアダルトヴィデオ俳優を題材にし
たドキュメンタリー。監督の松江哲明は、自身が在日韓国人
という立場で、在日韓国人問題を描いて来ているようだ。そ
の新作は、実はアダルトヴィデオとして製作されたものであ
るが、その内容は見事なドキュメントになっている。
全体は2部構成で、その前半は韓国名金紅華、芸名相川ひろ
み、自称20歳が子供の頃を過ごした京都と尾道を訪ねる様子
が描かれる。もちろんAVであるから、男優との本番シーン
も挿入されるが、全体的には在日韓国人としての自身の環境
が語られるものだ。
これに対して後半は、朝鮮名柳光石、芸名花岡じったと、中
国名張心茄、芸名杏奈が登場し、花岡が親との確執を語る一
方、来日1年半の杏奈は、中国に住む親のことも話しはする
が、重点は花岡に置かれている。
そして全体は、在日という立場のことや、家族への想いなど
が語られるが、特に家族に関する言及が多いことは意外なほ
どだ。恐らく今の日本人の同年代の人に同じ質問をしても、
こんなに語られるかどうか、そんな在日の人たちの姿が描か
れる。
ピンク映画のドキュメンタリーでは、昨年業界を題材にした
『ピンクリボン』を紹介しているが、それとは全く違って、
本作は人間、あるいは民族を描いている。実は、ピンク映画
で人間を題材にしたセミドキュメンタリーも見たことがある
が、本作は全体が真摯で見ていて気持ちが良かった。それに
何より作家の暖かい視線が伝わってくる。
もちろん、彼らは日本人ではないし、そのことを彼らも判っ
ている。実際にそれでいじめにもあっているようだし、不満
足な面もあるのだろう。でもその中で人間として生きている
姿は、日本人もきっと同じなのだと思いたいが、今世間で見
られる日本人よりは真っ当なようにも見えた。
特に、家族への想いと強くありたいという気持ちが日本人よ
り強く感じられ、何か日本人が忘れてしまったことを、教え
られたような気もした。作品は在日人を描いたものだが、日
本人が自分を見つめ直す一助になるようにも感じられた。
なお、語られる在日の家族の様子では、こちらの予想通りの
部分と、ちょっと意外な部分とが交錯し、また予想以上の部
分などもあって面白かった。実際に試写会でも場内から笑い
声がよく上がっていたものだ。



2006年03月30日(木) 母たちの村、アンジェラ、バイバイママ、夢駆ける馬ドリーマー、トランスポーター2、ママが泣いた日、カサノバ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『母たちの村』“Moolaadé”
1923年生まれ、アフリカ映画の父とも呼ばれるウスマン・セ
ンベーヌ監督による2004年作品。同年のカンヌ映画祭・ある
視点部門のグランプリにも輝いている。
アフリカのとある村。村の中央には蟻塚を模したモスクが建
ち、一夫多妻制の家族がそれぞれ塀に囲われた住居で暮らし
ている。そして妻たちは、自転車に引かれた移動雑貨屋でラ
ジオを聞くための電池を買う。
そんな村で、ある一家の第2妻コレの許に4人の少女が保護
(モーラーデ)を求めて駆け寄ってくる。彼女たちは10代の
娘に科せられたFGM(female genital mutilation)を恐
れ、数年前に自分の娘のFGMを拒否したコレに助けを求め
てきたのだ。
その時、一家の主人は外出しており、コレは独断でモーラー
デの綱を門に張って彼女たちを保護することを宣言する。し
かし2000年以上も続くと言われるFGMを、他人の子供にも
拒否したことは、村の伝統を守る人々にいろいろな波紋を投
げかけて行く。
映画の中で主人公のコレは、FGMを受けたために2人の子
を死産し、3人目も帝王切開で産まなければならなかった。
そしてその出産を助けた女医から、FGMの真実を教えられ
たようだ。しかし今でも夫との夜には自分の小指を噛み切り
そうな苦痛に耐えている。
そんな現実の苦痛が自分の娘のFGM拒否につながり、少女
たちの保護へと立ち上がらせるのだろう。だがその行動は、
彼女だけでなく、他の人々にも累を及ぼすことになる。因習
と対決、そして新しい時代を産むことへの苦痛を見事に描い
た作品だ。
僕がFGMの存在を知ったのはかなり前だと思うが、時とし
て死に至り、生き延びてもその後の生活に苦痛を生み出すそ
の儀式が、WHOなどの勧告にも関わらず、今も続いている
という事実は信じがたいことだ。でもそれが現実なのだ。
監督の出身地はセネガルだが、映画の撮影はブルキナファソ
で行われている。でもそれは迫害を受けたということではな
く、映画はモロッコ、コートジボアール、ベニン、マリ、ブ
ルキナファソ、そしてセネガルの協力で作られたとされる。
つまり本作は、アフリカの複数の国が注目し、その協力で作
られた作品ということだ。
そして撮影現場となったブルキナファソの村は、乾燥した風
土のためか抜けるように澄み切った映像で捉えられ、そんな
美しい風景の中で、恐ろしい現実が今も続いていることを、
映画は訴えている。
なお、FGMについて映画のチラシには全くその言葉が記載
されていない。日本に住む我々にとっては、確かに遠い国で
起きている問題かも知れない。しかし、同じ地球上に住む人
間としてこれは決して見逃すことのできる問題ではない。
例えば『ホテル・ルワンダ』に関心を寄せてくれたような人
たちが、この問題にも関心を寄せてくれることを切に望みた
いものだ。アフリカの抱える問題は内戦だけではないのだ。

『アンジェラ』“Angel-A”
リュック・ベッソンが1999年の『ジャンヌ・ダルク』以来、
6年ぶりに手掛けた21世紀最初の監督作品。
ただし、物語自体は1993年の『レオン』の後で15ページのシ
ノプシスを書き上げていたということで、感覚的には『ニキ
ータ』『レオン』に続く作品ということになる。しかし当時
のベッソンはこの物語を映画化せず、SF大作の『フィフス
エレメント』に進んでしまったものだ。
主人公はアルジェリア人の男だが、抽選に当ったというアメ
リカ市民権を持ち、パリで暮らしている。仕事は輸出入だと
言うが、怪しげだ。そして映画の巻頭では、借金取り立て屋
の暴行を受け、返さなければ命はないと言われてしまう。
男には他にも多額の借金があって、もはや他から借りる術も
なく、ついにセーヌ川に架かる橋の欄干を越えて、飛び込み
自殺の準備に入る。ところが、ふと横を見ると、同じように
欄干の外側に若い女性が立っており…
この男を、『ミッション・クレオパトラ』にも出演していた
片腕のコメディアン=ジャメル・ドゥブーズが演じ、若い女
性を、身長180cmのスーパーモデルで、女優、短編映画の監
督も手掛けるというリー・ラスムッセンが演じている。
『ニキータ』『レオン』と同様に女性が活躍するアクション
映画の展開だが、本作では派手な銃撃戦などがある訳ではな
い。しかし裏社会の住人がいろいろ登場するなど、感覚的に
は前2作を髱髴とさせて、ベッソンが帰ってきてくれたとい
う感じのするものだ。
ベッソンは、確かに『レオン』後の2作のような大作も撮れ
る監督だとは思うが、今回のような作品で一番力を発揮する
ようにも思える。実際この作品では、最初は反発している男
女が、徐々に心を通わせて行く姿が見事に描かれていた。
ベッソンは、「同じことは繰り返さない」を自分の監督とし
ての信条としているようだ。だから『ニキータ』『レオン』
の後でこの作品を撮ることは、繰り返しになることを恐れた
のかも知れない。
では何故、今この作品を撮ったかとなると微妙な感じだが、
僕は、21世紀初頭の出来事で映画を作ることに虚しさを感じ
ていた中で、ようやくもう一度映画に賭けてみようという気
持ちが出てきたものと考えたい。
また、もしこの映画が『レオン』の直後に撮られていたら、
映画はもっと激しい作品になっていたのかも知れない。しか
し2005年完成の作品は、そのような描写が極力押さえられ、
全体がしっとりとした落ち着いた作品に仕上がっている。
それは全編をモノクロで撮影された映像に拠るのかも知れな
いし、毎週日曜日の早朝4時起きで撮影されたという静かな
パリの風景のせいかも知れない。でもそんな雰囲気の中で、
最高に愛しい作品が生まれたことは確かなことだ。

『バイバイ、ママ』“Loverboy”
子離れできないシングルマザーの姿を描いたヴィクトリア・
リデル原作の小説を、『ミスティック・リバー』などの俳優
ケヴィン・ベイコンの初監督で描いた作品。
主人公をベイコン夫人のキラ・セジウィックが演じ、その少
女時代を実の娘のソジーが演じる他、実の息子や夫人の弟、
ベイコン家の犬まで出演するファミリー作品だが、その周囲
をベイコン自身は元より、メリッサ・トメイ、サンドラ・ブ
ロック、マット・ディロンらが固めるなど、ベイコン夫妻の
人脈も活用されて作られている。
そしてもう一人の主人公ラヴァーボーイ役を、『マイノリテ
ィ・リポート』のドミニク・スコット・ケイが演じている。
主人公のエミリーは放任主義の両親に育てられた。その後は
両親の遺産で悠々の生活は送っているが、自分の子供は最高
の愛情を込めて育てたいと思っている。しかもその子供の成
長に父親は不要と考え、出来るだけ優れた男の精子で子供を
宿し、一人で育て始める。
その子育ては溺愛そのものだったが、やがて子供は小学校へ
通う年となる。しかし今まで自分の目の届かないところに子
供を行かせたことが無く、しかも画一的な学校教育に反対の
母親は…
これほど過激な母親が実在するかどうかは…、いないとは言
い切れないご時世のようにも感じるが、作品はある意味アン
チテーゼでもあるし、逆にまさに放任主義の親たちへの警鐘
であるとも言えそうだ。
その意味では、エミリーの少女時代と母親となっての時代が
バランスよく描かれているのは見事と言える。プレス資料に
は、脚色が難航したと紹介されていたが、最後に依頼された
ハナ・シェイクスピアという新人脚本家は素晴らしい仕事を
しているものだ。
ベイコンの監督は、多分師匠のイーストウッドが「キャステ
ィングを決めれば、後はやることはない」と言っているのと
同じで、これだけの役者と脚本が揃えば、後はやることはな
かっただろう。ただし、中でのサンドラ・ブロックの撮り方
は何となく新人監督っぽくて微笑ましかった。
また、映画に登場する2人の子役の中では、多分スコット・
ケイの方が注目されるのだろうが、僕にはソジー・ベイコン
の伸び伸びとした演技も好ましく感じられたもので、これは
父親の演出の賜物と言えそうだ。

『夢駆ける馬ドリーマー』
          “Dreamer: Inspired by True Story”
カート・ラッセルとダコタ・ファニング、それにクリス・ク
リストファーソンやエリザベス・シューの共演で、レース中
に骨折した牝の競争馬を巡る物語。
原題には実話にインスパイされたとあり、実話そのものの映
画化ではないが、これに近い話はあったそうだ。また、実在
の馬の名前も次々に登場し、競馬ファンには堪らない作品の
ようだ。しかも、クラシック競馬の舞台裏などの様子もいろ
いろと描かれている。
ラッセルが扮する父親は、競馬馬の調教ではその名を知られ
た男。先代は競争馬の優秀なブリーダーだったが、育てた馬
を手放すことを嫌った彼は牧場を閉め、他人の牧場に通って
馬の体調などの管理に当っている。
しかしある日、管理していた牝馬が体調不良なのにオーナー
の意向で出場させ、レース中の事故で骨折させてしまう。そ
してオーナーから屠殺を命じられた彼は、哀願する娘の目を
見て、未払いの給料の代りに牝馬を引き取り、厩務員と共に
自宅に連れ帰る。
実はその時の彼の考えは、牝馬に種付けをして子供を取るこ
と。そして、彼の人脈で優秀な種馬の提供も決まるが、その
種付けに掛かる費用は莫大なものだった。
正直に言って、主人公の行動に思慮深さが無くて、はらはら
し通しだった。でも、夢見る人というのはこんなものかも知
れない。そんな夢に浸っていたいという作品なのだろう。そ
んな夢見る父親と娘を、ラッセルとファニングが心地よく演
じている。
そろそろ幼女から少女になり始めたファニングの演技はいつ
もながら見事だし、さらに何度も登場する馬の疾走シーンや
レースシーンの撮影の見事さは、それだけで見る価値がある
と言えそうなものだ。またレース中の事故のシーンの迫力も
見事なものだった。
ただ、字幕にはちょっと注文があって、多分原語ではraceと
gameが区別して使われているはずなのだが、字幕ではそれが
混乱している。gameがレースと訳されていた部分があったよ
うにも感じた。
それから、途中の馬の権利の持ち分を決めるシーンで、「一
人に51%、もう一人に39%、お前たち(2人)に10%ずつ」
という字幕があったが、これでは合計が110%になってしま
う。原語の台詞は聞き取れなかったので原語から間違ってい
る可能性もあるが、ちょっと何とかしてもらいたかったとこ
ろだ。

『トランスポーター2』“Transporter II”
2002年公開のジェイスン・ステイサム主演アクション作品の
続編。前作と同様リュック・ベッソンが脚本製作を務める。
前作では、フランスを舞台に、元特殊部隊兵士のプロの運び
屋が巻き込まれたトラブルを描いたが、今回の主人公は運び
屋を引退したのか、アメリカのフロリダ州マイアミで暮らし
ており、資産家の一人息子の学校の送り迎えの運転手をして
いる。
この設定は、2004年の『マイ・ボディガード』を思い出させ
るが、本作はあくまで送迎だけでボディガードの役目ではな
い。しかし送迎中にことが起きると、彼は品物を無事送り届
けるために最大限の仕事を始めることになる。
そして本作では、まあ殆どありえないカーアクションと、生
身の格闘技のアクションを見事にバランスさせて、裏に潜む
大きな陰謀も暴き出す。
勧善懲悪を見事に描いた作品で、悪人は悪人らしく、善人の
協力者はちゃんとその役目を果たしてくれる。プレス資料で
は、最初はもう少し捻った展開が用意されていたことも窺え
るが、完成した作品は見事に単純ですかっとするものだ。
監督のルイ・ティリエと、アクション監督のコーリー・ユン
も前作そのままに再結集し、特にステイサムに振り付けられ
た格闘シーンや、悪の首領ジャンニの登場シーンの過激な剣
道、さらに2丁の軽機関銃を操るローラとの戦いなどアクシ
ョンの見所は満載。
たかがアクション、されどアクション。アクション映画も、
どうせやるならこの位はやって欲しいという観客の期待に見
事に応える作品と言えそうだ。しかも本作では、アクション
シーンで緊張して肩が凝るようなもこともなく、気軽に純粋
に楽しむことができる。
ステイサム以外の出演は、資産家夫妻をアンバー・ヴァレッ
タとマシュー・モディーン、ジャンニ役をイタリア名優ヴィ
ットリオの息子のアレッサンドロ・ガスマン、ローラ役をモ
デル出身のケイト・ノタ。また、前作の警部役フランソワ・
ベルレアンも再登場する。
なおベッソンは、ステイサムが演じる運び屋フランク・マー
ティンには、まだ描くべき物語があると考えているようだ。

『ママが泣いた日』“The Upside of Anger”
人間は、自分が理不尽な仕打ちをされたときに怒りでそれを
解消するしかないのか…
2006年シカゴ映画批評家協会賞でジョアン・アレンが主演女
優賞を獲得し、2005年サンフランシスコ映画批評家協会賞で
はケヴィン・コスナーが助演男優賞を獲得した作品。
デトロイト郊外で広い土地を所有し、4人の娘と暮らす主婦
テリーは、ある日、夫が家を出て行ってしまったことに気付
く。原因はスウェーデン人の秘書と思われ、数日前に帰国し
た彼女と駆け落ちをしたのだ。
そして、それまで優しかった母親は酒浸りとなり、娘たちの
行動にいちいちけちを付ける嫌みな母親になってしまう。そ
こには、近所に住む元大リーガーのデニーが、何くれと無く
世話を焼いてくれるのだが…、夫の仕打ちにテリーの怒りが
鎮まることはない。
こうして、ちょっとした発言の行き違いや、言葉尻を捕えて
は怒りをぶつけ合う、最悪な一家の生活が描かれて行く。
本当に行き場の無い怒りというのはこんなものだろう。それ
にちょっとした言葉の行き違いが言い争いに発展して行く様
は、自分たちの普段の生活でも経験しているものであり、そ
の辺りの様子が実に巧みに描かれる。
しかも全体はコメディであり、深刻な題材を見事にエンター
テインメントに仕上げた作品とも言えそうだ。脚本監督は、
出演もしているマイク・バインダー。元スタンダップ・コメ
ディアンという鋭い視線が、見事な作品を作り上げた。
その他の出演は、4人の娘を、『砂の惑星』がデビュー作の
アリシア・ウィット、テレビの『フェシリティの青春』のケ
リー・ラッセル、『フライトプラン』のエリカ・クリステン
セン、『ダウン・イン・ザ・バレー』のエヴァン・レイチェ
ル・ウッド。
若い女優たちが華やかだし、描かれる内容は実生活でも経験
する身近な話で、笑わされたり考えさせられたり、生活環境
は多少違うが、物語の全体は有りそうで無さそうで、悪くは
無いけど…面白い不思議な感覚の作品だった。

『カサノバ』“Casanova”
人類史上最高の「恋愛の達人」と呼ばれるカサノバの若き日
の冒険を描いた作品。これを『サイダー・ハウスルール』な
どのラッセ・ハルストレイム監督が映画化した。
ハルストレイム監督というと、今までの作品からは、人間の
悲しみを正面から見据えて描く生真面目な作風の人と考えて
いた。しかし本作は本質的にコメディ、元々監督のファンで
もある僕としては、最初は驚くと共に、すぐに大歓迎で楽し
んで観ることができた。
18世紀のヴェネチア。カサノバは今日も修道院に潜り込み、
神に仕える娘たちを楽しませていた。ところがそこに官憲が
現れ、カサノバは屋根伝いに逃亡、折しも大学の講堂で女性
の入学を検討している討論の場に飛び込んでしまう。
しかし結局捕えられたカサノバは、ヴァチカンから派遣され
た審議官の前に引き出され、不貞や異端行為などの罪で死罪
を申し渡される。これは、そこに現れた総督の取り成しで無
罪放免となるが、総督は彼に教会の目を逃れるため結婚する
ことを命じる。
そこで、彼が目を付けたのは美貌で処女の誉れ高き富豪の娘
ヴィクトリア。その父親に婚約を申し入れ、めでたく婚約者
となるのだが…。その時、彼の前には別の女性が現れ、彼女
=フランチェスカこそが初めて彼の真の心を奪う存在となっ
てしまう。
これに、ヴィクトリアに想いを寄せる青年やフランチェスカ
の婚約者、さらに教会と共和制統治のヴェネチアと対立など
も絡んで、物語は壮大な歴史絵巻を展開する。
カサノバと言うと、女たらしの放蕩者という描き方が普通だ
が、そこはさすがにハルストレイム監督。彼の放蕩への理由
付けや彼自身が抱える問題なども巧みに織り込んで、人間カ
サノバを見事に描いて行く。
脚本は、キンバリー・シミのオリジナルに、ジェフリー・ハ
ッチャーらの脚本家が参加して完成されたということだが、
この脚本の完成度の高さがこの映画を支えている。また、ヴ
ェネチアの隅々までロケーションした舞台の美しさ、さらに
『眺めのいい部屋』でオスカー受賞のジェニー・ビーヴァン
による衣裳の美しさが作品を盛り上げる。
なお史実によると、カサノバは30歳の時の捕えられ、見事に
脱獄を果たして喝采を浴びたそうだが、映画の物語はそれを
巧みに利用していると言えそうだ。
出演は、ヒース・レジャー、シエナ・ミラー、ジェレミー・
アイアンズ、レナ・オリン、オリヴァー・プラット。アクシ
ョンシーンでは、レジャーらの剣捌きなども楽しめる。
因にヴィクトリア役の新人ナタリー・ドーマーは、トリヴィ
アによるとロンドン・フェンシング・アカデミー会員という
ことだ。



2006年03月15日(水) 第107回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 アカデミー賞の結果は、いまさら報告するまでもないと思
うが、取り敢えず視覚効果賞のオスカーは“King Kong”=
ウェタに贈られた。同作は他に、音響ミキシングと音響編集
も受賞した。因に、この3賞には“War of the Worlds”も
候補になっていたものだが、兎角オスカーは集中することが
多く、今回はそれが“Kong”に集中したものだ。ただしこの
2作はVESAwardsでは賞を分け合っていたもので、それが
アカデミー賞で“Kong”に軍配が挙がった結果には、以前は
常勝と言われた“Worlds”=ILMの求心力の低下も気にな
るところだ。ましてや、スティーヴン・スピルバーグ+トム
・クルーズ=2枚看板の作品での敗戦はちょっと痛い。
 一方、スピルバーグに関して言えば、彼が製作を担当した
“Memoirs of a Geisha”が、撮影、美術、衣裳の3賞を受
賞したが、これはスピルバーグに監督賞を受賞させなかった
ことに対する代償のようにも取れる。実際、発表のたびに笑
顔を見せていたスピルバーグは、内心は覚悟していたという
ところだろう。またメイクアップは“Narnia”が受賞、これ
により“Star Wars”の最終作は無冠に終ってしまった。
 さらに、長編アニメーション賞は“Wallace & Gromit”が
受賞した。これについて一部日本の新聞報道では、「ハリウ
ッド式の行き詰まりの現れ」などと論評していたが、この作
品は、内容的には評価されていても年間の興行成績が上位な
訳ではなく、アニメーション興行第1位の“Madagascar”に
比べたら1/3も稼いでいないのだから、これをもってハリ
ウッド式の行き詰まりとされてはたまったものではない。逆
に言えば、こういった作品もちゃんと評価して、配給公開す
るハリウッドの包容力の方を評価するべきものだろう。
 それから短編アニメーション賞は“The Moon and the Son
: An Imagined Conversation”という作品が受賞して、期待
した“9”の受賞はならなかった。
 以上が僕の気になった部門の報告だが、主要賞の方では、
番狂わせと言われている作品賞の“Crash”は、今回は数少
ない試写で見ていた作品の1本で、自分なりにも評価してい
ていたので嬉しかった。また長編ドキュメンタリー賞を受賞
した“March of the Penguins”も自分の好きな作品だった
から、この辺は納得の行く結果と思っているところだ。
 ということで、盛り上がらないアカデミー賞の話はこれく
らいにして、以下はいつもの製作ニュースを報告しよう。
        *         *
 最初はシリーズの話題からで、昨年秋に公開された第2作
もスマッシュヒットとなった“Saw”シリーズの第3作“Saw
3”が、今年10月27日の全米公開を目指して製作されること
が発表された。
 この第3作に関しては、日本での第2作の試写会の後に行
われたダレン・リン・ボウスマン監督の記者会見で、「製作
者のグレッグ・ホフマンが、自分のブログに第3作で頭が痛
いと書き込込んでいた」と発言するなど既定の事実となって
いたものだ。ところが、その後の12月8日にホフマンが急死
する事態となり、一転、実現が危ぶまれることになった。し
かし製作元のツイステッド・ピクチャーズは、ホフマンの遺
志を継いでシリーズを継続することにしたものだ。
 その第3作の監督はボウスマンが引き続き担当することに
なった。彼は第2作のオリジナル脚本を執筆し、その脚本が
第1作の脚本家のリー・ワネルによって“Saw 2”へと改作
されて、監督も務めたものだが、その演出は製作も兼ねるワ
ネルの信頼を勝ち得たようだ。そして第3作の脚本は、ワネ
ルと第1作の監督ジェイムズ・ワンのアイデアに基づき、ワ
ネルが執筆することになっている。
 元々シリーズの基本路線はワネルががっちり守っているも
のだが、第1作の2人から第2作では一挙に8人に増やした
登場人物を、今度はどうするのだろうか。
 なお、ツイステッド・ピクチャーズは、“Saw”の第1作
が最初の製作作品で、その作品がライオンズゲイトから配給
されて大成功を納めたものだが、“Saw 2”に続いて現在は
ライオンズゲイト向けに“Catacombs”という作品がすでに
撮影を終了しており、さらに“Silence”という作品もユニ
ヴァーサルに向けて製作中ということだ。いずれもホラーっ
ぽいタイトルなので期待したい。
        *         *
 続いて、最近いろいろお騒がせのブラッド・ピットの主演
によるSF映画の計画がワーナーから発表された。
 ピットが主宰するプロダクション=プランBは、元々ワー
ナーを本拠で設立されたものだが、昨年主宰者の一人だった
ブラッド・グレイがパラマウントの社長となり、ピットとジ
ェニファー・アニストンの離婚などもあってワーナーを離れ
るものと思われていた。しかしワーナーは、以前からプラン
Bで企画されていたメアリー・ドリア・ラッセル原作のSF
大作“The Sparrow”の製作を進めることを発表し、この計
画にはピットが主演を希望しているということだ。
 原作の物語は、宇宙から届いた通信を手掛かりに遠い宇宙
へと旅立った飛行士たちを描くもので、主人公はそのメムバ
ーの一人のイエズス会の宣教師。つまり、戦国時代の日本に
キリスト教の布教にやってきたザビエル神父の宇宙版といっ
た感じの人物だが、物語では異星人間の激しい戦いに巻き込
まれて主人公の信念が揺らいだりもするようだ。
 そしてこの計画では、“North Country”(スタンド・ア
ップ)のマイクル・ゼイツマンが脚色を担当することも発表
されており、社会派の脚本家がどのように仕上げるかにも興
味の湧くところだ。
 因に、この原作の映画化は元々はユニヴァーサルで進めら
れていたものだが断念され、その原作の映画化権をワーナー
が、“North…”を製作したインダストリー・エンターテイ
ンメントとプランB向けに獲得したもの。従って、ゼイツマ
ンの脚色とピットの主演はほぼ決定事項と言えそうだ。ただ
し、ワーナーが本格的に製作にゴーサインを出すのは、ゼイ
ツマンの脚本が完成してからになるということだ。
 なおピットは、1月15日付の第103回で紹介した“Ocean's
Thirteen”に関しては未だ態度を表明していないが、他に
“Benjamin Button”という計画を、ワーナーとパラマウン
トの共同で進めている。またプランBとしては、マーティン
・スコセッシ監督の“The Departed”(『インファナル・ア
フェア』のリメイク)をワーナーで製作しており、さらにパ
ラマウント向けには、ピットの主演による“Babel”という
作品が進められているようだ。
 そう言えばプランBでは、確か以前にピットとジョニー・
デップの共演で、遠藤周作原作によるイエズス会の宣教師を
主人公にした作品をスコセッシ監督で撮る企画もあったはず
だが、どうなったのだろうか。
        *         *
 お次は、いよいよ動きが活発になってきたボブ&ハーヴェ
イ兄弟によるザ・ワインスタインCo.(TWC)の話題をま
とめて紹介しておこう。
 まずは2000年公開の“Crouching Tiger, Hidden Dragon”
(グリーン・デスティニー)で知られる中国の作家・王度盧
原作の武侠シリーズの映像化権をワインスタイン兄弟が獲得
し、映画化作品の舞台化と、シリーズ全体の映画化を目指す
ことが発表された。
 因にこのシリーズは、英語では“Crane-Iron Pentalogy”
と呼ばれる5部作で、その全容は、
1) 舞鶴鳴鸞 Dancing Crane, Crying Phoenix
2) 宝剣金釵 Treasured Sword, Golden Hairpin
3) 剣気珠光 Sword Force, Pearl Shine
4) 臥虎蔵龍 Crouching Tiger, Hidden Dragon
5) 鉄騎銀瓶 Iron Knight, Silver Vase
というもの。それぞれに組み合わされた単語が見事にバラン
スされた題名だが、実は第1作は、後に“Crane Frightenes
Kunlun”(鶴掠昆崙)と改題されて、英語のシリーズ名は
その最初と最後の巻の頭の単語を繋げたものだそうだ。ただ
しこの順番は物語の年代順で、執筆や出版の順ではない。
 つまり映画化された“Crouching …”はシリーズの第4話
に当たるもので、その前に3話と後に1話があるということ
だ。しかしシリーズは、一族の3代に渡る物語を描いたもの
で、必ずしも共通の主人公ということではなく、従って映画
の出演者は同じでなくても良いということになる。
 そこで今回のシリーズ映画化では、“Crouching …”の再
映画化は考えていないということだ。ただし兄弟としては、
“Crouching …”を手掛けたアン・リー監督と製作のビル・
コングには参加を呼びかけているようだが、今期のオスカー
受賞監督が参加してくれるかどうかは未確定のものだ。
 なお、原作者の王度盧は、1909年に満州の貧しい家に生ま
れ、後に北京に出て作家となり1930年代にこれらの作品を発
表している。しかし1949年の人民共和国の成立にともなって
執筆を中止、その後は教鞭を取っていたようだが、文化大革
命の最中の1977年に亡くなったということだ。その一方で、
彼の名声は「十大家(Ten Great Authers)」とか、「北派
四大家」の一人とも呼ばれていたようだが、現在中国本土で
の評価はあまり高くはないようだ。従って、シリーズ以外の
作品の詳細も明らかではないということで、この映画化を切
っ掛けに再評価も期待したいところだ。
        *         *
 この他、TWCからはスリラー作品の計画が3本発表され
ている。まとめて紹介すると、
 1本目は“Panic”と題された作品で、ジェフ・アボット
という作家の小説を映画化するもの。ドキュメンタリー作家
の主人公が、自分の両親の失踪を切っ掛けに、実は両親が諜
報機関のスパイで、自分の人生がすべて偽造されたものであ
ったことに気付くというお話。パロディにしても面白そうだ
が、物語は主人公が狙撃されたり、かなり緊迫した展開にな
るようだ。
 監督は、先にTWC製作の“Matador”を手掛けたリチャ
ード・シェパード。因に監督は「70年代作品を思わせるスタ
イリッシュなアクション・スリラー。スマートで視覚的にも
斬新な映画にする」と抱負を述べている。ただしシェパード
は、本作の前に“Spring Break in Bosnia”という作品を、
ワーナー傘下で今年の夏に撮影する予定になっている。
 2本目はTWC傘下のディメンションレーヴェルで、ステ
ィーヴン・キングの最新作“Cell”の映画化権を獲得し、こ
の監督に2月1日付第104回でも紹介した“Hostel”が好評
のエリー・ロスを起用することを発表している。
 この原作は、初期のキング作品を髱髴とさせる内容で、物
語の骨子は、携帯電話が発生する異常パルスによって人々が
発狂し、殺人ゾンビに変身して行くというもの。この手の作
品は日本映画でも作られているようだが、キングがどのよう
に捻っているかも面白そうだ。
 ただしロスは、共同でもいいから脚色を自分で手掛けるこ
とを希望しており、このため製作開始はロスが現在プラハで
撮影中の“Hostel 2”の終了後になりそうだ。しかし製作担
当のボブ・ワインスタインは、“Hostel 2”の後ただちに取
り掛かると発表している。
 因にロスは、“Hostel”をクェンティン・タランティーノ
の製作で進めると決めたときに、最初にTWCに配給を交渉
したそうだ。しかし、TWCでは内容が暴力的すぎるとして
配給を断られてしまった。ところがその後に兄弟から直々に
「あれは間違いだった」と詫が入れられ、次回作は必ずとい
う約束が交わされたのだそうだ。ということで今回の起用に
なったようだが、ロスは元々のキングの大ファンだそうで、
「読んでいる本を途中で置くことができなかった。ゾンビジ
ャンルの映画に新風を吹き込める」として直ちに引き受ける
ことを決めたそうだ。
 3本目もディメンションで、ミッキー・ウィガートという
脚本家の実話に基づく“Shiver”という作品を、2001年に公
開された“L.I.E.”という作品の評価が高いマイクル・クエ
スタの製作監督で進めることが発表されている。
 この作品は、大晦日に大吹雪に見舞われたミネソタで足止
めされた酔っ払いのグループが、ちょっと異常なドクターの
科学的研究の対象にされてしまうというもの。社会的に当然
と思われていることが、ちょっとした切っ掛けでホラーにな
ってしまう恐怖を描いているということだ。
 元々ディメンションは、ホラージャンルの作品を製作する
ために設立されたレーヴェルということで、特に3本目の作
品には実話に基づくとは言いながら、どんなホラーが展開さ
れるのか興味深い。なおディメンションでは、第100回で紹
介した“Scary Movie 4”と、前々回紹介の“Grind House”
の製作が進められている。またスティーヴン・キング原作で
“1408”という中編小説の映画化権も獲得しているようだ。
        *         *
 映画作品を原作にした舞台ミュージカルを、さらに映画化
した“The Producers”(プロデューサーズ)が4月8日に
日本でも公開されるが、それに続いてもう1本、同様の映画
化の計画が発表されている。
 その作品の題名は、“Hairspray”(ヘアースプレー)。
オリジナルは1988年の公開、ジョン・ウォータース監督、ソ
ニー・ボノ主演によるもので、1962年のボルティモアのテレ
ビ局を舞台に、ダンス番組に集まる若者たちを描いた作品。
オールディーズの音楽やダンスが満載で、ノスタルジックな
内容に評価も高い作品だ。そして、この作品は2002年に舞台
化され、その公演だけで1億5000万ドルを超える収入を挙げ
るなど、すでにブロードウェイミュージカルとしても成功を
納めている。
 この作品が今回は、アダム・シャンクマンの監督で映画化
され、その主演には、ジョン・トラヴォルタ、クイーン・ラ
ティファの共演が契約されたことが発表されている。製作は
ニューラインで、撮影は、9月にボルティモアとトロントで
開始され、公開は2007年の夏に予定されているものだ。
 因にトラヴォルタは、秋の撮影予定ではテレビシリーズの
映画化の“Dallas”の主人公JR役もオファーされていたも
のだが、1978年の『グリース』以来、約30年ぶりのミュージ
カル復帰となる本作への出演が優先された。そして映画化で
は、舞台化でトニー賞を受賞した作曲のマーク・シャイマン
と作詞のスコット・ウィットマンがトラヴォルタのために新
曲を書き下ろし、舞台より活躍の場が広げられるようだ。
 一方のラティファは、シャンクマン監督とはすでに2003年
の“Bringing Down the House”(女神が家にやってきた)
でも組んでいるが、ニューラインは2002年の“Chicago”で
オスカー候補にもなったところでもあり、今回も活躍が期待
されるところだ。
 という大物2人の出演だが、実はこの作品の本当の注目は
トレイシーという役名の10代の子役で、舞台でもトニー賞を
獲得した配役には全米でオーディションが開催される。その
オーディションは、すでにニューヨークとアトランタ、シカ
ゴでは受付が開始されたようだが、今後もボルティモアを含
めた各地で行われ、夏に開始されるリハーサルを目指して、
新星の発見が期待されているようだ。
 なお、ニューラインの2007年夏の公開予定には、この他に
も“Rush Hour 3”や、第100回で紹介した“Journey 3D”、
それに巨大鮫物の“Meg”なども計画されているということ
で、かなり豪華なラインナップになりそうだ。
        *         *
 ディズニーが、『デイ・アフター・トゥモロー』の脚本家
ジェフリー・ナチマノフと契約し、ジェリー・ブラッカイマ
ー製作を含む3作品の脚本に起用することが発表された。
 その1本目は、“Prince of Persia:The Sands of Time”
という題名で、内容は、ペルシャの王子が人類を滅亡させる
砂嵐の発生を食い止めるために、遠隔の地の王国を舞台に活
躍するアクション・アドネンチャー。元々は、昨年の4月に
ブラッカイマーが、7桁($)の契約金でヴィデオゲーム原
作の映画化権を獲得していたものだ。
 2本目は、“Unnatural History”の題名で、自然史博物
館の中に閉じ込められた一家が、夜になって生命を取り戻し
たいろいろな時代の生物たちとのサヴァイヴァルを繰り広げ
るというアクションドラマ。この作品はナチマノフのオリジ
ナルらしく、すでに脚本は書き上げられているようだ。
 そして3本目は、“Liberty”という題名の大型アクショ
ン。物語は、強力な電磁波の発生によって全ての都市基盤が
破壊され、1940年代から50年代の生活に逆戻りした世界を描
いたもので、その時代の技術だけで外敵の侵略からアメリカ
を守ろうとする人々の姿を描くもの。この作品には、エリク
ソン・コアという監督の名前も発表されている。
 以上の3本だが、中には権利獲得の発表から製作が滞って
いたものもあり、これで一気に実現に向かって進むことが期
待されているようだ。
        *         *
 リメイクの情報で、『Vフォー・ヴェンデッタ』のアメリ
カ公開が始まったワーナーから、同作のジョール・シルヴァ
製作で1967年公開のロバート・オルドリッジ監督作品“The
Dirty Dozen”(特攻大作戦)を現代版にする計画が発表さ
れた。
 オリジナルは、リー・マーヴィン、アーネスト・ボーグナ
イン、ジム・ブラウン、ジョン・カサヴェテス、ロバート・
ライアン、チャールズ・ブロンスン、ドナルド・サザーラン
ド、ジョージ・ケネディ、テリー・サヴァラス、ラルフ・ミ
ーカー、リチャード・ジャッケル、クリント・ウォーカー、
トリニ・ロペスという曲者揃いの配役で、第2次大戦を背景
に、殺人やその他の罪で捕えられた12人の囚人が、無罪放免
を報奨にほとんど不可能な作戦に挑むというお話。
 まあ、何しろこの顔ぶれが魅力で興行も大ヒットを記録し
た作品だ。そして1980年代には、主なキャストが再結集して
3本のテレビムーヴィと、キャストを代えて短期間のテレビ
シリーズも作られている。
 そして今回は、この作品のリメイクを、『コン・エアー』
のスコット・ローセンバーグと、“Alias”のアンドレ・ネ
メック、ジョッシュ・アップルバウムのトリオに依頼して現
代版にした物語を構築することになったものだ。なおスコッ
トは、名作のリメイクには気乗りがしなかったようだが、今
回は現代版にするということで納得したということだ。また
3人は、1988年に“Let's Get Harry”という同様の作戦物
の脚本も執筆しており、この脚本の映画化は実現しなかった
ようだが、その脚本を読んだ共同製作者のスーザン・ダウニ
ーが彼らの起用を決めたということだ。
 因にオリジナルの映画の脚本には、E・M・ネイザンスン
の原作があるもので、今回はその原作を現代化するというこ
とでは、スコットも納得ができるものになりそうだ。
 製作はワーナーとヴィレッジ・ロードショウの共同で、ギ
リシャ、シンガポール、ニュージーランド、オーストラリア
を除く地域はワーナーが配給する。
[3月20日発売のキネマ旬報に、少し長文の記事を書きまし
たので、よろしければ見てください。]



2006年03月14日(火) キスキス,バンバン、隠された記憶、ぼくを葬る、プロデューサーズ、戦場のアリア、僕の大事なコレクション

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『キスキス,バンバン』“Kiss Kiss,Bang Bang”
『リーサル・ウェポン』でアクション映画の新時代を切り拓
いたと言われる脚本家シェーン・ブラックが、自らの脚本を
初監督した作品。
ひょんなことからハリウッドでスクリーンテストを受けるこ
とになった元こそ泥の男が、役作りのためにゲイを公言して
いるタフガイ探偵と行動を供にすることになるが、彼らの向
かうところに死体が次々に登場してしまう。
その一方で、主人公は幼馴染みの女性と再会し…
ブラックは、子供の頃からハードボイルド・ミステリーのマ
ニアだったそうで、その思いの丈をスクリーンにぶつけたと
言えそうな作品。名文句になりそうな台詞や、パロディ掛か
った演出も満載で、同じ趣味の人には思わずニヤリという感
じのものだ。
謎の美女が登場したり、無関係に思えた2つの事件が結びつ
いて大きな事件に発展して行くというのは、映画の中で主人
公が説明するハードボイルドの展開そのもの。そんなハード
ボイルドの解説も兼ねた作品になっている。
作者の分身とも言える元こそ泥を演じるロバート・ダウニー
Jr.や、探偵を演じるヴァル・キルマーもはまっているし、
物語には洒落も利いていて、同じような傾向の作品では、以
前にハリスン・フォードの主演で『ハリウッド的殺人事件』
というのがあったが、僕は本作の方が面白く感じた。
ただ、主人公がナレーションも勤めるという構成は、ハード
ボイルドものではよくあるとはいうものの、ちょっと現代に
は時代錯誤という感じもする。それでフィルムを止めたり、
巻き戻したりという演出も、ちょっと才に走ったという感じ
もしてしまう。
実際は、パロディにしたいのか、ハードボイルドの復権を目
指すのか、その辺をもう少し明確にして欲しかった気もする
が、逆にちょっとやりすぎにも思える演出で、それらの作品
の面白さを現代に再現するということでは成功しているとも
言えそうだ。
ブラックの本当の狙いはこの作品だけでなく、この後にもっ
と本格的なハードボイルドが続いてくれることを期待してい
るのかも知れない。その呼び水になってくれれば良い、そん
な感じにも思える作品だった。

『隠された記憶』“Cache”
ドイツ生まれのミヒャエル・ハネケ監督の2005年作品。カン
ヌ映画祭の監督賞やヨーロッパ映画賞の作品賞なども受賞し
ている。
ハネケ監督は、前作のカンヌでグランプリを受賞した『ピア
ニスト』が、作品の見事さは理解できるもののどうにも自分
の性に合わず、困ってしまった記憶がある。今回の作品も一
面ではそれに近いところもあるが、今回はそれに勝るものが
あると感じた。
主人公はテレビで文芸番組のホストなども勤める人物。出版
社に勤める妻と思春期の息子がいて、生活は安定していた。
しかしその彼の元に1本のビデオカセットが届けられたこと
から全てが狂い始める。
そのカセットの映像には、彼の家の正面が延々と写されてい
るだけだったが、それは彼が監視下に置かれていることを暗
示するものだった。そのカセットを最初は放置した主人公だ
ったが、次には無気味な絵が添えられて届き、そこには彼の
生家が写されていた。
そして主人公は、その絵の内容と生家の映像から、幼児期の
記憶を呼び起こされることになる。それは家で働いていたア
ルジェリア人の一家に関するもので、暴動に巻き込まれて一
家の夫妻が亡くなった後、家に引き取ったその一人息子を、
自分が迫害した記憶だった。
そしてビデオの映像に導かれるまま、彼はそのアルジェリア
人の後を追うことになるのだが…謎の監視者とアルジェリア
人との関係、やがて息子が行方不明となり、主人公の焦燥が
頂点に達する。
展開は有り勝ちなものだが、演出の巧さで主人公の焦燥が痛
いように伝わってくる。プレス資料に掲載された海外映画評
では、いろいろな社会問題と関連が見いだされているようだ
が、僕にはもっと根元的な恐怖を体験する感じだった。
なおラストカットの衝撃というのが宣伝コピーだが、最近の
社会情勢などを見ていると、僕はさほど衝撃には感じなかっ
た。しかしこのラストカットによって恐怖の本質が明らかに
されることは確かだろう。そしてこれが現実ということだ。
主演はダニエル・オートゥイユと、その妻役のジュリエット
・ビノシェ。また、主人公の寝たきりの母親役でアニー・ジ
ラルドが出演していた。

『ぼくを葬る』“Le temps qui reste”
『8人の女たち』や『ふたりの5つの分かれ路』などのフラ
ンソワーズ・オゾン監督の最新作。オゾン監督の作品はいつ
も女性が主人公だと思っていたが、本作は、僕が見た中では
初めて男性を主人公にした作品だった。
その主人公は、ファッションカメラマンとして将来が期待さ
れていた。ところが撮影中に倒れてしまう。そして診断の結
果は、複数の臓器がガンに侵されて手術は不能。化学療法を
拒否した彼の余命は3カ月程度と宣告されてしまう。
その3カ月間で、彼が何をしたかが綴られる作品だ。
同様の物語では、2003年8月に『死ぬまでにしたい10のこ
と』という作品を紹介しているが、女性(主婦)が主人公の
前の作品が、極めて計画的に死を迎えるまでの準備をしてい
たのに対して、今回の作品の主人公の場当たり的なこと。
実は、前の作品は脚本監督も女性だったものだが、今回、脚
本監督のオゾンは男性ということで、男女の違いが見事に表
わされた2作というところだ。
とは言え、場当たり的とは言っても主人公のやってみせるこ
とは、人間としては実に見事に正しいことであって、その点
では見終って清々しい気持ちにさせられた。然もそれが、何
ら特別なことではなく、自分でもその立場なら同じようなこ
とをしただろうと思えることで、納得して見ていられたもの
だ。
特には、確執のあった姉との関係や、事情を抱えた夫婦との
関係では、予想以上に見事な主人公の行動が素晴らしくも感
じられた。この辺りは、自分がその行動を思いつけるかどう
か自信がないが、その点でもこの物語に感心した。
主演は、フランスの若手有望株と言われるメルヴィル・プポ
ー。また、主人公の祖母役でジャンヌ・モローが素晴らしい
演技を見せている。
なお邦題は「葬る」と書いて「おくる」と読ませるようだ。
因に、本作の原題は「残された時間」という意味だが、そう
言えば、2003年の作品の原題は“My Life Without Me”とい
うもので、どちらも原題は抽象的な表現が使われていた。一
方、邦題には、死や葬という言葉があってかなり直接的な感
じだ。
まあ、日本の観客には、これくらい直接的にしないとアピー
ルしないのかも知れないが、何となく、日本人の死に対する
感覚が変わってきているような感じがして、ちょっと気にな
ったところだ。

『プロデューサーズ』“The Producers”
1968年度のアカデミー賞オリジナル脚本賞を受賞したメル・
ブルックス監督の同名の映画(日本未公開)を、2001年にブ
ルックス自身の脚色、作詞、作曲で舞台化し、さらにそれを
映画化した作品。
なお舞台作品はトニー賞で史上最多の12部門で受賞し、その
際の演出及び振り付けのスーザン・ストローマン(両賞受賞)
と、主演のネイサン・レーン(受賞)、マシュー・ブロデリ
ック(ノミネート)がそのまま映画化にも参加している。
ブルックスの映画作品は、『ブレージングサドル』や『ヤン
グ・フランケンシュタイン』などいろいろ見てきたが、パロ
ディは秀逸、だけどギャグは泥臭くて、なかなか日本では受
け入れられ難い映画作家だったように思う。
そしてアメリカでの人気も、1970年代がピークと言われ、映
画作品は1993年の『ロビン・フッド』辺りが最後だったよう
だ。この作品も悪くはないけれど、これを面白がるには、相
当の知識とブルックスコメディへの思い入れが要求されたも
のだ。
そのブルックスが大復活を遂げた作品ということで、僕は期
待半分、心配半分という感じで見に行ったのだが…心配はま
ったく無用。パロディは実に判りやすく、ギャグは日本で言
えば吉本新喜劇というところだが、吉本と同様、充分に市民
権を得られるものだった。
物語の舞台は1959年のニューヨーク。レーンが扮するのは、
昔はヒット作を生んだこともあるブロードウェイのプロデュ
ーサー。しかし今は落ち目で、ようやく完成した新作の舞台
も、初日で打ち切りの憂き目にあってしまう。
ところが、彼のオフィスに帳簿の整理にやってきたブロデリ
ック扮する会計士が、ある事実に気づく。それは、舞台が失
敗すると俳優やその他の経費を払わずに逃げることが出来、
うまくやれば集めた出資金を持ち逃げすることも可能だとい
うことだ。
そこで製作者と会計士は、絶対当らない脚本と、ろくな演出
のできない演出家と、演技も踊りも駄目な俳優を集めて、絶
対に失敗する舞台を製作。そこに小金を溜め込んだ未亡人た
ちから出資金を集め、200万ドルをせしめる計画を立てる。
そのため選ばれた脚本は社会的なタブーに触れるもので、演
出家はゲイ、俳優はド素人のドイツ人と英語もろくに話せな
いスウェーデン女優という舞台が製作される。そしてその舞
台が初日を迎えるのだが…
これに飛んだり跳ねたり、転けたりのベタなギャグや、ちょ
っとエッチなくすぐりなども満載で物語が進行するものだ。
もちろん映画や舞台のパロディもいろいろ登場するが、そん
なこと一々考えていられないほどテンポが速く、上映時間の
2時間14分はあっという間に過ぎてしまった感じがした。そ
して、僕が映画を見ながら声を上げて笑ったのは、本当に久
しぶりのことだった。
出演者は舞台からのメムバーがほとんどだが、中でウィル・
フェレルが演じるドイツ人とユマ・サーマンが演じるスウェ
ーデン女優が映画用にキャスティングされている。この内で
サーマンはそれなりの感じだが、フェレルの芸達者ぶりには
舌を巻いた。
フェレルの演技は、昨年はニコール・キッドマン主演の『奥
様は魔女』と、その後でBSで放送された『エルフ』を見た
が、どの作品も感心して見てしまったものだ。そのフェレル
の芸が今回も最高に発揮されていた。
なお試写会場で、映画から舞台になってまた映画化された作
品が他にあるかというような話をしている人がいたが、本作
以外でも、1960年のロジャー・コーマン作品が舞台ミュージ
カルになり、さらに1986年に映画化された『リトルショップ
・オブ・ホラーズ』などがそれに当る。
その他にも、『サウンド・オブ・ミュージック』は1956年の
西ドイツ映画『菩提樹』が元になっているし、『オペラ座の
怪人』もガストン・ルルーの原作のミュージカル化というよ
りは、1925年のロン・チェニー版映画の演出を踏襲している
部分が多いものだ。
なお、自作にいつも登場するブルックスは、エンドクレジッ
トでは今回は鳩と猫という人を食った役名が表示されていた
が、本人は映画の最後の最後に登場している。実は、長年連
れ添ったアン・バンクロフトが昨年6月に亡くなって、この
シーンの撮影はその後だと思うが、彼の表情にちょっと哀愁
を感じたのは僕だけだろうか。

『戦場のアリア』“Joyeux Noël”
1914年、第1次世界大戦の勃発した年のクリスマスに起きた
出来事の実話に基づくフランス映画。フランスでは2005年の
観客動員第1位を記録した作品ということだ。
1914年8月3日に第1次世界大戦が開戦して4カ月半が過ぎ
た頃。ドイツ占領下のフランス北部の村デルソーでは、ドイ
ツとフランス+スコットランドの部隊が1軒の農場を巡って
対峙していた。
スコットランド部隊にはある教区から来た若者とその教区か
ら派遣された神父が従軍しており、ドイツ部隊にはベルリン
オペラの花形だったテノール歌手が従軍していた。そしてフ
ランス部隊はその戦場からさほど遠くない町出身の若い中尉
に率いられていた。
第1次世界大戦は、元々はドイツが圧倒的な優位のうちにフ
ランスを占領して終わるはずのものだった。しかしイギリス
の援護を受けたフランスが予想以上の抵抗を見せて膠着状態
となってしまう。
そんな戦場のクリスマスが近づいたある日、ドイツ軍は余裕
を見せつけるために最前線にクリスマスツリーを並べ、そこ
にベルリンからテノール歌手の妻が慰問に訪れる。一方スコ
ットランド軍はバグパイプの演奏を始め、フランス軍にはシ
ャンパンが振舞われていた。
そしてドイツ軍から流れたテノール歌手の歌声にスコットラ
ンド軍のバグパイプが伴奏を合わせ、その歌声にフランス軍
から喝采の拍手が沸き起こった時、テノール歌手はツリーを
手にノーマンズランドに飛び出してしまう。
しかしその行動は、フランスとスコットランドの兵士たちも
ノーマンズランドに誘い出すこととなり、そして3軍の現地
司令はクリスマス休戦を取り決めるが…
毒ガス兵器が使われるなど、最初の近代戦とも言われる第1
次世界大戦だが、最初の頃はまだ殺伐としたものではなく、
この年のクリスマスだけでなく、翌年のイースターにも休戦
が実現した戦線もあったようだ。
もちろんこの事実は軍の公式記録には載ることもなく、人々
の間で言い伝えられているだけのものだったが、近年、そこ
にいた兵士たちが家族に宛てた手紙などによってその事実が
立証され、それらの取材に基づいてこの作品が作られたとい
うことだ。
人間が、本当に人間らしくいられた頃の物語。そしてこの作
品は、それに対する戦争が如何に非人間的なものであったか
を、見事に描き出している。
なお、原題のJoyeux Noëlは、英語のMerry Christmasに当る
フランス語で、さらにドイツ語のFrohe Weihnachtenと共に
映画の中で交わされるものだ。

『僕の大事なコレクション』
             “Everything Is Illuminated”
ウクライナを舞台に、アメリカ生まれのユダヤ人の青年が祖
父の残した1枚の写真を手掛かりに、祖父の故郷の地を訪ね
るロード・ムーヴィ。
『スクリーム』などの俳優リーヴ・シュライバーの初監督作
品で、ユダヤ人の青年をイライジャ・ウッドが演じる。
青年の趣味は、所縁の品をジップバッグに封入してコレクシ
ョンすること。それを家族の顔写真と共に壁一面に張り付け
ている。そのコレクションの発端は祖父の臨終。従って祖父
の写真の下にあるのは、臨終の枕元にあったバッタ入り琥珀
のペンダントだけだった。
ところが祖母から1枚の写真を渡される。その写真では祖父
が祖母ではない女性と並んで写っており、女性の胸元は琥珀
のペンダントで飾られていた。そしてその写真の裏には、そ
の女性の名前と祖国ウクライナの地名らしきものが書き込ま
れていた。
こうして青年は、その写真を手にウクライナの地を訪れるこ
とになる。ところがそれを出迎えたのは、ウクライナでユダ
ヤ人の遺跡巡りのガイドを仕事とする一家の若者。怪しげな
英語で通訳もする若者は、運転手の祖父と共に青年の案内を
することになるが…
写真に書き込まれた地名は、旧ソ連時代の地図にも載ってお
らず、人々に訪ねても知らないと言うばかり、しかし運転手
の祖父は青年の希望を叶えようと車を走らせ続ける。
以下、ネタばれあります。
実は戦前のウクライナでは、ナチスの方がましだと言われる
ほどの激しいユダヤ人に対する迫害があったようだ。その事
実は、現代のウクライナ人の若者には教えられておらず、完
全に歴史の中に埋もれてしまっているが、もちろん年配者は
記憶しているものだ。
そんな歴史の隠された一面が、物語の中で徐々に描かれて行
く。そして地図からも消えてしまった村の謎が明らかにされ
て行く。
物語の始めの方では、ウクライナ人の若者もその祖父もユダ
ヤ人を軽蔑するような言動を行っている。それは、彼らがユ
ダヤ人を案内することを一家の仕事としているが故の発言よ
うにも見られるが、実は根強いユダヤ人蔑視の風潮があるこ
とも窺える。
僕は、ウクライナでこのようなユダヤ人の迫害があったこと
は知らなかったし、それによる悲劇のことも全く知らなかっ
た。しかもそれが現地でもほとんど伝えられていないという
事実。同じようなことを近隣の国々にやって、頬被りしてい
る日本人の言えた義理ではないが、ソ連の歴史教育も相当に
歪んだものだったようだ。
もちろん本作は、ユダヤ人の監督と俳優によるユダヤ人の主
張に沿った映画ではあるが、それでもこういうことが描かれ
るだけでも有意義なことと言わざるを得ない。重く深い歴史
の淀みがあるのだろうな、そんなことを考えさせられる作品
だった。
しかし映画は、ある一点を除いては、この題材を重苦しくせ
ずに描いており、その新人脚本家、監督とは思えない手腕に
も感心した。


都合により、製作ニュースの更新は週末になります。



2006年03月01日(水) 第106回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 今回は、前回予告したVESAwards受賞結果の報告から。
 まず、4本がノミネートされたVFX主導映画のVFX賞
は“King Kong”。3本ノミネートのVFX主導でない映画
のVFX賞は“Kingdom of Heaven”。3本ノミネートの単
独のVFX賞には“War of the Worlds”での近隣の人々が
逃げ惑うシーンが選ばれた。
 この他、背景賞は“King Kong”でのニューヨークの攻撃
シーン。ミニチュア賞は“War of the Worlds”。合成賞も
“War of the Worlds”。実写映画におけるアニメーション
キャラクター賞は“King Kong”のコング。そしてアニメー
ション映画におけるキャラクター賞は“Wallace & Gromit:
The Curse of the Were-Rabbit”のグルミットが選ばれた。
 つまり、VFX主導映画では、“King Kong”と“War of
the Worlds”が3賞ずつを分け合ったものだが、これはIL
Mとウェタが分け合ったことにもなった訳で、しっかりバラ
ンス感覚を伴った結果とも言えそうだ。一方、この結果は、
最終的な興行成績ではトップ3となる“Star Wars”“Harry
Potter”“Narnia”を蹴落として、下位の作品が受賞した
ことにもなるものだが、この辺がプロの見方ということにな
るのだろう。この結果がアカデミー賞にどのように影響する
かも面白くなりそうだ。
 なお映画部門の結果は以上だが、ついでにテレビ部門も結
果だけ報告しておくと、まずミニシリーズ、スペシャル番組
におけるVFX賞は“Walking with Monsters”。シリーズ
番組におけるVFX賞は“Rome-Episode 1”。VFX主導で
ない番組におけるVFX賞は“Lost-Exodus Part 2”。また
実写番組(CF、ミュージックヴィデオを含む)におけるア
ニメーションキャラクター賞は“Battlestar Galactica”の
サイロン・センチュリオン。背景賞は“Into the West”。
ミニチュア賞は“Las Vegas”。合成賞は“Empire”となっ
ている。
 さらに個人に贈られる芸術貢献賞としてのジョルジュ・メ
リエス賞を、ピクサーの創始者のジョン・ラセターが受賞し
たことも報告されていた。
 因に、往年の話題シリーズをリメイクした“Battlestar
Galactica”は、受賞対象は第2シーズンのものだったが、
第1シーズンのエピソードも同時にノミネートされるなど、
頑張っているようだ。
        *         *
 以下は、いつもの製作ニュースを紹介しよう。
 まずは前回、次回作として“Maps to the Stars”という
作品の計画を紹介したデイヴィッド・クローネンバーグ監督
から、さらにもう1本の計画が発表された。
 今回発表された作品は、“Eastern Promises”という題名
で、2002年にスティーヴン・フリアーズ監督で映画化された
『堕天使のパスポート』(Dirty Pretty Things)などの脚
本家スティーヴ・ナイトの新作を映画化するもの。物語は、
脚本家の前作と同じくイギリスの首都ロンドンで社会の底辺
で暮らす人々を描いており、本作では若い助産婦の女性が、
クリスマスイヴの日に出産で死亡したロシア人女性の身元を
辿る内に、国際的な売春組織の抗争に巻き込まれて行くとい
う内容のようだ。
 題名の「東方の約束」というのは、何だか宗教的なイメー
ジも湧きそうで、しかもクリスマスイヴに関わる物語という
ことでは一層その思いが高まるところだが、監督がクローネ
ンバーグということでは、これも一筋縄では行きそうにない
感じのものだ。
 そしてこの脚本の映画化は、元々はBBCの映画製作部門
で進められていたものだが、BBCが海外配給権をユンヴァ
ーサル傘下のフォーカスと契約したことから、クローネンバ
ーグの起用につながったようだ。また製作には、リメイク版
の『プライドと偏見』などを手掛けるポール・ウェブスター
が当ることになっている。
 撮影は今年の秋にロンドンで行う予定とのことだが、現状
では前回紹介した作品とどちらが先になるかは未定。ただし
撮影が開始されると、クローネンバーグ監督の同地での撮影
は、2002年公開の『スパイダー』以来のことになるものだ。
因に製作費は、1500−2000万ドルが予定されている。
 なお、今回の作品に関しては、クローネンバーグがナイト
と共に、撮影台本の執筆に着手したという情報もあるようだ
が、前回報告した“Maps to the Stars”では、クローネン
バーグはワグナーの脚本を信頼して「自分は年の功を加える
だけ」としていたもので、この情報だけでロンドンでの撮影
が先行するとは言えないようだ。
        *         *
 『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』が好調なジェー
ムズ・マンゴールド監督と、彼の妻で製作者のキャシー・コ
ンラッドが、監督の次回作として1957年コロンビア映画製作
の西部劇『決断の3時10分』(3:10 to Yuma)のリメイクを
手掛けることが発表された。
 オリジナルはデルマー・デイヴィス監督、グレン・フォー
ド、ヴァン・ヘフリン共演によるもので、ヘフリン扮する金
の必要な農夫が、フォード扮する護送されるならず者を列車
が到着するまでの間だけ見張ることになるが、ならず者はい
ろいろな手立てで農夫を懐柔しようとし…というサスペンス
に満ちた物語。後に犯罪小説のベストセラー作家になるエル
モア・レナードが映画会社に所属していた時に執筆した短編
小説を映画化したもので、1950年代の西部劇の最高作の1本
とも呼ばれているものだ。
 そして今回のリメイク計画では、最初に『ワイルド・スピ
ード×2』などのマイクル・ブラントとデレク・ハースが書
き上げた脚本を、『コラテラル』のスチュアート・ビーティ
がリライトし、このリライト脚本にマンゴールドが乗ったも
の。因にマンゴールド監督は、「善人と悪人をテーマにした
作品はいろいろあるが、この作品にはオリジナルな手触りが
ある。また最近の西部劇は精神的に描くものが多いが、この
作品では映画史上最高と成り得るガンファイトを含めて全て
の要素が描かれる」と語っているそうだ。
 報道では製作時期は明確ではなかったが、監督の次回作で
あることは確かなようだ。また、マンゴールドとコンラッド
は、この他にも3本の計画を各社で進めていて、それぞれの
状況も紹介されていた。
 その1本目は、2003年12月15日付の第53回で一度紹介して
いるが、1995年にイギリスで製作された“Mute Witness”の
リメイクをスパイグラスと共同で進めているもの。内容は、
モスクワで撮影されるホラー映画に参加した口の利けないメ
イクアップアーチストが殺人現場を目撃し、そこから始まる
恐怖を描いているということだ。そしてこの計画は、以前の
紹介ではソニーで進められていたが、その後同社は降板して
現在はユニヴァーサルが権利を引き継いでいるそうだ。
 2本目は“The Rich Part of Life”という作品で、妻に
先立たれたシカゴの大学教授が、1億9000万ドルのロトくじ
に当ったことから始まる家族の出来事を描いた作品。ジム・
ココリス原作の長編小説の映画化で、計画はフォックス2000
で進められている。
 そして3本目は“Follow Me”という作品で、自分の写真
を撮ってもらうために写真家を雇った女性を巡るスリラー。
なおこの計画は、最初にディメンションで立上げられ、次に
ディズニーが権利を保有したが、現在はパラマウントで進め
られているということだ。
 さらにマンゴールドとコンラッドは、コンラッドが10年以
上温めてきた“Men in Trees”と題されたアラスカがテーマ
のテレビシリーズの計画も、アン・ヘッシュの主演を得てワ
ーナーの製作で進めているということで、まったく大忙しの
夫妻というところのようだ。
        *         *
 お次は、昨年は『キャプテン・ウルフ』でコメディにも挑
戦した俳優ヴィン・ディーゼルが、ゲームメーカーのミッド
ウェイ社で開発中の新世代ゲーム“The Wheelman”の映画版
に、製作、主演の2役で参加することが発表された。
 この計画は、ミッドウェイとパラマウント/MTVが先に
締結したゲームの映画化に関する契約に基づくもので、さら
にディーゼルは、主演作『リディック』のゲーム化をミッド
ウェイで行ったことから3者が顔を揃えた。そしてミッドウ
ェイ側は、ディーゼルのゲームに対する取り組みの姿勢から
彼に新作への協力を求めることで思惑が一致したようだ。
 映画版の物語は、特別な品物の運び屋だった男が稼業から
足を洗ったものの、恋人の女性を過去のしがらみから護らな
ければならなくなる、というアクションアドベンチャー。こ
れに対してゲームでは、主人公の運び屋稼業を描いている。
つまり映画のストーリーはその後日談となるものだが、相互
に関連した出来事も描かれるということだ。
 そして、この映画版の脚本は『XXX』のリッチ・ウィル
クスが担当して、2カ月以内の完成が期待されているという
ことだ。というのも、ゲームは新世代ゲーム機のXbox 360と
PS3用に開発されているものだが、ゲームの発売が2007年
後半に予定されており、できればそれと同時期に映画の公開
も期待されているものだ。ただしゲームの開発は、往々にし
て遅れるもので、その場合は映画単独での公開も行うとして
いる。因にゲームの開発には1500万ドルが費やされ、これは
ゲームの開発費としては最高額に近いものだそうだ。
 なお、ミッドウェイとパラマウント/MTVは、資本系列
が近いということで上記の契約も締結されたようだが、この
他にも、すでに“L.A.Rush”という作品が今年後半にゲーム
と映画の同時公開で予定されている。また、ミッドウェイ社
の“The Suffering”と“Area 51”というゲームの映画版の
計画も進行中で、さらにジョン・シングルトン監督が進めて
いる“Fear and Respect”という作品も映画とゲームの同時
進行が計画されているが、こちらは開発の遅れで公開時期は
未定だということだ。
 前回は、映画スターとコミックスの関係を紹介したが、今
度はゲームということで、業種を超えた協力がいろいろな方
面で現れてきているようだ。
 なお、ディーゼルの映画の新作では、シドニー・ルメット
監督による“Find Me Guilty”の全米公開が3月17日に予定
されている。
        *         *
 2003年に“The Texas Chainsaw Massacre”(悪魔のいけ
にえ)のリメイクを成功させたマイクル・ベイ主宰のプラテ
ィナム・デューンズとニューラインでは、同じくスプラッタ
ーホラーの人気シリーズ“Friday the 13th”(13日の金曜
日)の第11作を製作することを発表した。
 オリジナルのシリーズは1980年にスタートしたものだが、
第1作だけで4000万ドルの興行を記録。しかし以後の作品は
これを超えることはできなかったものだ。ところが2003年に
公開された『フレディvsジェイソン』が、客演作品ではある
が8200万ドルを稼いだとして新作の気運が生まれたもので、
新作のタイトルは未定だが、脚本は、オリヴァー・ストーン
監督の次回作“Son of the Morning Star”などにも参加し
ているマーク・ウィートンが担当し、オリジナルの4作目ま
でのジェイソン・ボアヒーズのキャラクターに基づいて作ら
れるということだ。
 また監督には、リメイク版の前日譚となる“The Texas
Chainsaw Massacre: The Beginning”を担当したジョナサン
・リーブスマンが抜擢されて、公開は今年の10月13日金曜日
が予定されている。この監督には、一時はクェンティン・タ
ランティーノが参加するという誤報も登場して糠喜びもさせ
てくれたものだが、今回は正真正銘本物のようだ。
 因に、オリジナルシリーズは、1984年に公開された第4作
に“The Final Chapter”の副題が付けられて一旦終了とな
ったものだ。ところがその翌年には、“A New Beginning”
の副題で堂々と復活。その後は、ジェイソンがマンハッタン
に現れるなど、かなり思い切った展開にされたものだが、そ
れも1993年公開の第9作“Jason Gose to Hell: The Final
Friday”で完結していた。
 さらに2002年には第10作として“Jason X”が製作されて
いるが、この作品は2455年の未来が舞台になるなど、かなり
傍系的な作品で、2003年の客演作品と併せて別立てにしても
いいと思えるものだ。ということで、今回4作目までの設定
に基づくということは、基本のスプラッターに戻すというこ
とのようにも取れるが、さてシンプル・イズ・ベストだった
オリジナルの味が現代に通用するものかどうか。興味津々と
いうところだ。
 なお、プラティナム・デューンズは、『アイランド』など
のマイクル・ベイ監督が、自ら監督する大作映画とは別に、
低予算のホラー映画を専門に製作する目的で2001年に設立し
たプロダクションだが、当初はオリジナルの作品も製作して
いたものの、最近ではリメイクばかりが目立つようになって
しまっているようだ。別段リメイクが悪いとは言わないが、
たまにはオリジナルな企画の情報も期待したいものだ。
        *         *
 『ナルニア国物語』の日本公開も始まったところだが、こ
の映画を製作したウォルデン・メディアから、さらに『ナル
ニア』スケールのファンタシーの計画が発表されている。
 この計画は、イギリスの作家ディック・キング=スミスの
“The Water Horse”という児童向けのファンタシーを映画
化するもので、スコットランドを舞台に、孤独な少年が見つ
けた不思議な卵から、伝説の海の怪獣が誕生して…という物
語。これで『ナルニア』スケールというのは一体何が起きる
のかという感じだが、監督のジェイ・ラッセルは、5年以上
も前からこの原作の映画化を計画していたようだ。しかし今
までは映画化を可能にする技術がなかったということだ。
 その技術が、『ナルニア』によってようやく完成したとい
うことで、ウォルデンでは、『ナルニア』を手掛けたウェタ
・ディジタルにVFXを依頼して、実写とCGIの合成にな
るこの作品の完成を目指すことにしている。
 脚色はロバート・ネルスン・ジェイコブスが担当し、5月
にニュージーランドでの撮影開始が期待されている。なお製
作は、ウォルデンとビーコン、それにリヴォルーションの3
社共同で、配給はソニーになる可能性が高いようだ。
        *         *
 続いてはまたまたCGアニメーション話題をいくつか紹介
しよう。
 まずは、1920年代のニューヨークを舞台に、ゴキブリとハ
ムスターが、離れ離れになったゴキブリの一家を探してさ迷
うという物語を、3Dアニメーションで描く計画が発表され
ている。
 この作品は“A Hard Life”と題されているもので、題名
からはピクサー製作の『バグズ・ライフ』を連想させるが、
製作者の発言によると「ピクサー作品との最大の相違点は、
動物を擬人化しないこと」だそうだ。つまりこの作品では、
リアルなゴキブリとハムスターがスクリーンを駆け回ること
になるようで、ハムスターはともかく、ゴキブリに対する観
客の反応はどうなのだろうか。
 因に、製作はベルリンに本拠を置くプロダクションが行う
ものだが、製作者及び監督はそれぞれルーマニア出身の人た
ちのようだ。そして製作者は、「我々の最初のアイデアは、
100%リアルなゴキブリを作ることだったが、余りに気持ち
悪くなるのでそれはやめた」ということだ。まあ現代のCG
Iの技術なら相当リアルなものも作れそうだが、今回それを
止めたというのは賢明というところだろう。
 製作費は2500万ドルが予定され、5月のカンヌ映画祭まで
に予告編を完成して、映画祭のマーケットで製作資金調達の
ためのセールスを行う計画だが、すでに声優との交渉は始め
られているようだ。また音楽には、20年代のジャズと東欧か
らの移民たちのジプシー音楽を使用するとしており、この音
楽のセンスには、ルーマニア出身の監督の才能が発揮されそ
うだ。
        *         *
 お次は、6年ぶりの新作『アンジェラ』がもうすぐ公開さ
れるフランスのリュック・ベッソン監督が、続いてはCGア
ニメーションに進出し、5月のカンヌ映画祭でのプレミア上
映に向けて仕上げの段階に入っていることが報告された。
 “Arthur and the Minimoys”という題名のこの作品は、
ベッソンの自作の児童書を映画化するもので、10歳の少年の
主人公が、祖父の家の取り壊しを阻止するために、自然と共
に暮らす小人たちの世界で、隠された宝物を探すという冒険
物語。そしてこの少年の声を、『チャーリーとチョコレート
工場』のフレディ・ハイモアが担当し、他に歌手のマドンナ
が王女セレニア、デイヴィッド・ボウイがマルタザードとい
う役で声の出演をしているということだ。
 なお、報道ではアニメーションの製作会社名は紹介されて
いなかったが、特殊効果はBUFという会社が担当している
ということだ。また、フランス製のCGアニメーションは、
確か昨年1本見ているはずだが、従来のセルアニメーション
より監督の意図などは容易に反映されそうで、題材によって
は今後もいろいろな監督が進出してくることになりそうだ。
        *         *
 CGアニメーションの話題の最後は、2月1日付第104回
で“Hoodwinked!”の続編の情報を紹介したTWCから、同
作の脚本家のトニー・リーチとコーリー・エドワーズによる
別の作品も進めることが発表されている。
 この作品は“Escape from Planet Earth”という題名で、
アメリカ政府がエイリアンを隠していると言われるエリア51
を舞台に、ここに捕えられたゲイリーという名のエイリアン
が、宇宙中から集められたエイリアン達のグループと共に、
地球を脱出するまでを描くというもの。パロディの要素があ
るかどうかは不明だが、全体はファミリーコメディのように
なっているということだ。
 なお、TWCではこの他にも、エクソダス・フィルム・グ
ループ製作による“Igor”という作品と、さらに“Doogal”
というCGアニメーションも公開するなど、ワインスタイン
兄弟がディズニーから独立して半年、一気に牙城へ攻め込む
勢いのようだ。
        *         *
 最後に続報で、昨年12月1日付第100回でも紹介したフィ
リップ・K・ディック原作の“Next”に、さらにジェシカ・
ビールの出演が発表されている。一方、リー・タマホリ監督
が変な罪で逮捕されたりして多少流動的な面はあるが、全体
としては撮影の準備が整ってきたようだ。
 ただし最近の情報によると、映画のストーリーは国際的な
テロ組織とFBIの闘いが背景にあるということで、以前に
原作を紹介したときの核戦争後の世界という設定とは多少違
っている。まあ、ディックの原作の映画化は、いつも何かし
ら変更や付け加えが起きるものだが、超能力者と一般の人間
の関わりという物語の本質が変わらなければいいとはいうも
のの、この設定の変更は多少気になるところだ。


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井口健二