井口健二のOn the Production
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2002年03月15日(金) 第11回+Versus、グラスハウス、友へ チング、ドメスティック・フィアー

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※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
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 今回は、ちょっと嬉しくなったこの話題から紹介すること
にしよう。                      
 昨年9月に『Versus』(紹介文を後のページに再録
してあります)を公開した北村龍平監督が、アメリカのミラ
マックス社と優先契約を結んだことが発表された。    
 北村監督は紹介文にも書いたように、オーストラリアの映
画学校卒業という経歴の持ち主で、僕は直接に面識はないの
だが、個人的にその経歴を活かし切れない日本映画界に不満
を感じていた。だから今回、その監督が直接アメリカの映画
会社と契約を結んだことには諸手を挙げて賛成したいし、ぜ
ひとも成功してもらいたいものだと思っている。     
 最近のアメリカ映画界では、『リング』がドリームワーク
スでリメイクされるなど、特に日本のホラー映画に注目が集
まっているということだが。作品だけでなく、作り手の人材
が進出するというのは、条件的にもいろいろ難しい点もある
ことで、それを乗り越えての今回の契約は本当に素晴らしい
ことだ。もっとも監督の経歴からすれば、条件のいくつかは
緩和されそうな感じではあるが…。           
 契約の条件や、この後の計画がどうなっているかは判らな
いが、とにかく今後が楽しみなニュースと言えそうだ。  
        *         *        
 後は製作情報を紹介しよう。             
 まずは、先日『コラテラル・ダメージ』のキャンペーンで
来日したアーノルド・シュワルツェネッガーの記者会見の中
でも、「今度は恐い(frighten)作品になる」と言っていた
“Terminator 3: The Rise of the Machines”の製作準
備が着々と進んでいる。                  
 この製作では、当初はカナダのヴァンクーヴァとロサンゼ
ルスで撮影を行う予定で、計画では 100日間の撮影の60%を
カナダで行うということだったが、ハリウッド映画が経費の
安い海外撮影に逃げる傾向に歯止めを掛けようという意見の
中で、この作品は最終的に 100%ロサンゼルスで撮影するこ
とが決断された。もっともカナダとアメリカでは、経費の面
ではそれほど大きな開きがある訳ではなく、逆に監督のジョ
ナサン・モストウは、これで両国を移動しながら撮影すると
いう頭の痛い思いをする必要がなくなったということだ。 
 なお撮影は、セット撮影が、最近ではティム・バートン版
の『猿の惑星』の撮影にも使われたL.A.センタースタジオ。
このスタジオはダウンタウンにあって、1920年に設立された
という由緒正しい撮影所だそうだ。またロケーションは、ロ
サンゼルス市内全域を使って行われるということで、撮影開
始は4月2日の予定になっている。『ターミネーター』も、
『T2』も、元々舞台はロサンゼルスだったのだから、これ
は良い傾向と言えるだろう。              
 物語は、『T2』の10年後が舞台で、20数歳に成長した未
来の指導者ジョン・コナーと、シュワルツェネッガー扮する
T-800が、新たに登場する女性形のターミネーター(ターミ
ナトリックス=略称TX)と闘うというもの。そして出演者
には、シュワルツェネッガーの他に、『ファイト・クラブ』
のエドワード・ノートンと、『ワイルド・スピード』のヴィ
ン・ディーゼルがすでに発表されているが、肝心のジョン・
コナーとTXの配役が遅れていた。           
 しかしこの内のTX役には、クリスターナ・ロケンという
女優の抜擢が発表されている。彼女は22歳、芸歴はTVシリ
ーズの出演と、映画では“Panic ”という作品があるという
ことだ。そこでこの題名をガイドブックで調べてみると、ア
メリカではケーブルで初公開された2000年製作の作品がある
が、この出演者には、ドナルド・サザーランドやネーヴ・キ
ャンベルの名前があるだけで彼女の名前はない。従ってこの
作品が当りかどうかは不明だが、いずれにしても本当に無名
の新人の大抜擢のようだ。               
 これに対してコナー役は、一時は前作と同じエドワード・
ファーロングが契約したという情報もあったのだが、結局彼
は出演しないことになり、3月上旬現在の情報では、20歳台
の俳優をまだ選考中のようだ。しかし撮影開始の4月2日ま
でには決定するはずなので、次回には報告できるだろう。 
 一方、この作品のf/xは、ILMが再び手掛けることが
決まっているが、さらにスタン・ウィンストンの再登板も発
表された。ウィンストンは前2作にも関わり、第2作ではア
カデミー賞を受賞しているが、今回彼の参加が決まったこと
についてモストウ監督は、「スタンのような伝説的な人と、
それに彼の驚くようなチームと一緒に仕事が出来ることは最
高の喜びだ」と語っており、いよいよ“T3”は最高の体制
で製作が進むことになったようだ。           
        *          *        
 お次はまたまたトム・クルーズの情報で、今度は何と日本
を舞台にした作品の計画がワーナーから発表されている。 
 この作品は“The Last Samurai”と題されているもので、
19世紀の日本を舞台に、天皇の軍隊を指導するために招かれ
た主人公が、国体を守るためにその障害となる侍社会を終焉
させようとする施策の進む中。体面と現実との板挟みになる
武士の姿を目の当りにするというもの。         
 正に題名通りの作品になりそうだが、しかも監督は『グロ
ーリー』のエド・ズウィック、脚本は『グラディエーター』
のジョン・ローガンだから、これはかなり骨太の作品になり
そうだ。もちろんクルーズは、時代の目撃者となる主人公を
演じることになっている。               
 なお時代背景から言うと、岡本喜八脚本・監督、三船敏郎
主演で69年に映画化された『赤毛』という作品があり、この
作品も幕末の激動の時代を見事に描いた作品で、比較すると
面白い比較論ができそうだ。              
 それにしても突然大変な計画が発表されたものだが、実は
この計画は元々ワーナーで準備されていたもので、その計画
にクルーズが出演者として参加することを表明したものだ。
なお、クルーズの次の公開作品はスティーヴン・スピルバー
グ監督の『マイノリティ・リポート』で、その次にはアンソ
ニー・ミンゲラ監督の“Cold Mountain”という南北戦争を
題材にした作品が決定しているが、その後が空白だったとい
うことで、今回はその空白を埋める作品ということになる。
 ただし今回の計画に関しては、全く同じ題名の作品(もち
ろん内容も共通する)が、『ウインドトーカー』のジョー・
バティーアとジョン・ライスの脚本でニュー・リジェンシー
でも計画されているということで、題名を確保する必要性か
らも、その計画に先んじて進められることにはなるようだ。
 と言うことで、前々回紹介した“The Lost Regiment”の
計画の方は、まだ原作の映画化権が契約されただけなので実
際の映画化は先のことになりそうだ。それともう1本、この
ページでは報告しなかったが、スピルバーグ監督とのコラボ
レーションで“Ghost Soldiers”という計画が1月に発表さ
れており、この作品も日本がらみの内容のようだったが、一
体どうなっているのだろう。              
        *         *        
 続いても競作の話題で、紀元前4世紀に当時の世界の半分
を支配したと言われるアレキサンダー大王の生涯を映画化す
る計画が各社から発表されている。そしてその先陣を切って
オリヴァ・ストーン監督の計画が進み始めたようだ。   
 20歳でマケドニアの王に即位してギリシャからペルシャま
での広大な帝国を築き上げ、さらにインドにまで攻め入った
翌年に33歳で亡くなったアレキサンダー大王を描く計画は、
以前から何度も報告されていたものだが、その壮大な生涯を
描き切るためには膨大な製作費が掛かることは必至で、今ま
では実現されることのない幻の企画だった。       
 しかし先にケーブル向けの番組を提供するHBO社から、
メル・ギブスン主宰のイコンプロで、04年の放映を目指して
10パートのシリーズ“Alexander the Great”を製作する
計画が発表され、今回のストーンの計画は、そのシリーズの
放映の前の映画館上映を目指すとして発表されたものだ。  
 なおストーンの計画では、題名は“Alexander ”とされ、
脚本は“K-19: The Widowmaker”を手掛けたクリストファ
ー・カイルが担当、主演には『パトリオット』でギブスンの
息子役を演じたヒース・レジャーが発表されている。そして
撮影は、10月16日にインドで開始される予定ということだ。 
 またこの作品の全世界向けの配給は、“T3”も手掛けた
インターメディア社が扱うことになっているが、同社の首脳
の発言では、「公開は03年のクリスマス。製作費については
ヒースの出演料はシュワルツェネッガーより安い」そうだ。
 この他のアレキサンダー大王の計画では、クリストファー
・マカリーの脚本を、マーティン・スコセッシ監督がレオナ
ルド・ディカプリオ主演で映画化する計画や、ディノ・デ=
ラウレンティスの製作で、ヴァレリオ・マンフェディの原作
からテッド・タリーの脚色、リドリー・スコットの監督で映
画化する計画も発表されているが、その中からまずストーン
の計画が一歩先に踏み出したということのようだ。    
        *         *        
 最後に訂正で、前回紹介したメグ・ライアン主演、チャー
ルズ・ダントン監督の“Against the Rope”は3月に撮影が
開始されている。従って7月に開始されるジェーン・カンピ
オン監督の“In the Cut”よりも先になるということだ。 
 また前回、エンゾ・フェラーリの伝記映画の計画について
「フォーミュラー1の自動車レースを作り上げた人物」とし
たのは誤りのようだ。これは米紙の記事の内容をそのまま紹
介したものだったが、SF作家クラブの先輩でレース事情に
詳しい高齋正氏に伺ったところ、そうではないと言うことだ
った。当然スポーツカー製作者としてのレースとの関わりは
ある訳だが、自動車レースそのものを作り上げたとするのは
間違いだということで、訂正させていただきます。    
                           
                           
                           
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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを公開に合わせて紹介します。※
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最初に情報ページで書いた『Versus』の紹介文を載せ
ておきます。この文章は昨年の7月11日に試写を見たすぐ後
に書いたもので、ちょっと辛口ですが、僕としては監督にエ
ールを贈っているつもりです。             
                           
<9月8日封切り>                  
『Versus』                   
『マッドマックス2』に魅せられて17歳で単身オーストラリ
アに渡り、彼の地の映画学校を卒業したという北村龍平監督
の長編第2作。                    
世界中に666箇所あるという異界との門の開放を巡って、
400年以上戦い続けている2人の男の物語。この2人がゾ
ンビを操れるという設定で、「黄泉返りの森」という場所を
舞台に殺りくが続けられる。ゾンビ物であるから、そういう
目で見ていれば殺りくシーンも気にならず、それなりに一生
懸命やっている感じで面白かった。           
ただし、主演からゾンビに至るまでの俳優の演技力の無さが
致命的で、主演の若者たちはまだ許容するとしても、脇を演
じた少し年上の連中の、吉本新喜劇を連想する大仰な演技に
は、多分監督も絶望的な気分だっただろう。       
こういう連中の演技力が上がらないことには、日本映画はい
つまでも良くならないというところだが、監督にそういう演
技をやらせないようにするだけの力が無いことも、この映画
の問題点だ。この点は監督に経験を積んで貰うしかない。 
それから、物語が独り善がりで、特に「異界との門の開放」
という結末が一体どういうことなのかよく判らないところな
ども、もう少しストーリーテリングの勉強をしてもらいたい
と感じた。                      
一般的な日本映画よりは良いと思うが、まだまだ習作の感じ
で、今後の作品に注目したい。それにしても、帰国してから
この作品まで10年以上掛かり、結局インディペンデントでし
か映画作りができない日本映画界の閉鎖性にも問題を感じて
しまった。                      
                           
後は3月と4月封切りの作品から紹介します。      
                           
<3月16日封切り>                  
『グラスハウス』“The Glass House”          
Shocking Movie Projectと名付けられたシリーズ興行の第
1弾。                         
3作連続上映の内の残りの2作はスケジュールの都合で見て
いないが、本作以外はR−12指定になっているし、タイトル
も『ヴァンパイア・ハンター』に『アナトミー』ということ
で、多分その手の作品なのだろう。           
しかし本作には、実はショックシーンは余りなくて、僕とし
てはリリー・ソビエスキーとダイアン・レインという新旧の
美少女スターの共演の方に興味が曳かれた。特に、最近は脇
役で良い演技を見せているダイアン・レインに期待して見に
行ったと言うところだ。                
で、お話は、交通事故で両親を亡くした高校生と小学生の姉
弟が、昔隣人だったグラス夫妻に引き取られる。その家はマ
リブの高台にある総ガラス張りの豪邸で、そこでは豪華な食
事とプレステなどの遊び道具が待っていたのだが…。姉はグ
ラス夫妻の謎に気づき、やがて両親の事故にも疑いを持ち始
める。しかし周囲には誰一人助けてくれる人はいない。  
正直言ってストーリーは在来りだが、ソビエスキーの演じる
姉がやたら頭が良いというか勘が冴えていて、常に悪人の裏
を画いて行くところが小気味よく、予想より楽しめた。多分
アメリカで評判を呼んだ理由もその辺にあるのだろう。  
僕は最早関係ないが、お台場でデートの途中に見るには良い
作品かもしれない。最初からそういう狙いの作品なのだろう
し、少なくとも他の2本に予想されるようなえげつなさはな
いから、これで彼女に嫌われることもない。興行もそういう
押し方を出来れば良いのだが。             
                           
<4月6日封切り>                  
『友へ チング』“親旧”               
韓国で史上最高の興行成績を記録した2001年度の作品。  
1976年、釜山。この町で小学生だった4人の少年が、1993年
までに過ごした日々を描いた青春映画。         
2人は大学へ進学し、その内の1人は海外留学までするエリ
ート。他の2人はやくざとなり、互いに抗争を繰り広げる。
前にも書いたと思うが、僕は基本的にやくざものというのに
興味が無く、以前に東京国際映画祭の特集で紹介した『レイ
ン』にしても積極的な評価はしなかったし、昨年の秋に某映
画祭で上映された台湾の作品に対しては、周囲の評価は高い
ようだが、僕は全く評価していない。          
しかしこの作品については、特に台湾の作品との比較では、
主人公たちが決して頭が悪い訳ではなく、周囲の成り行きで
こうなってしまうことの必然性が、上手く描かれていたこと
は認めざるを得ない。                 
その意味では、特別なシチュエーションで描かれた青春映画
として評価することが出来るだろう。確かに脚本には2年を
費やしたというだけの緻密さがある。それに結末は予想以上
に厳しいもので、妙な感覚でやくざを賛美していないところ
も良い感じだった。                  
それにしても、76年といえば『スター・ウォーズ』の前年で
僕はもう社会人だったが、その僕がこの映画の風景に、もっ
と幼い頃のノスタルジーを感じるというのは、当時の日本と
韓国の文化の差がそれだけあったということなのだろうか。
今は完全に追い付かれてしまったようだが。       
なお原題はハングルだが、映画の中で上記の漢字を当てるこ
とが紹介されていた。これで「チング」と発音するようだ。
                           
<4月6日封切り>                  
『ドメスティック・フィアー』“Domestic Disturbance” 
ジョン・トラヴォルタ主演のサスペンス・スリラー。   
12歳の息子ダニーを妻の元に残して離婚したフランク。元妻
は2年前に町に現れた資産家のリックと再婚するが、息子は
再婚相手に懐かない。そして町に現れた謎の男が失踪し、息
子は義父が彼を殺すところを目撃したと主張する。しかし義
父との確執で問題児になっていた息子の、今や町の名士とな
ったリックに対する嫌疑を誰も信用はしない。唯一人、実父
のフランクを除いては…。               
最近は見事な活躍のトラヴォルタだが、この作品には、ブラ
イアン・デ・パルマと組んだ初期の佳作『ミッドナイト・ク
ロス』の頃を思い出させた。自分の耳だけを信じて謎を解い
た20年前と、息子の証言だけを信じて犯罪を暴く今回の演技
に、その姿がダブったのだ。              
上映時間1時間29分は1本立ての大作ではないと思うが、こ
の作品にトラヴォルタ、ヴィンス・ヴォーン(義父)、ステ
ィーヴ・ブシェーミ(謎の男)の配役はすごい。     




2002年03月01日(金) 第10回+少年と砂漠のカフェ、パトレイバー、ビューティフル・マインド

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※このページは、キネマ旬報誌で連載中のワールドニュー※
※スを基に、いろいろな情報を追加して掲載しています。※
※キネ旬の記事も併せてお読みください。       ※
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 今回も記者会見の話題からで、2月20日に行われた『ロー
ド・オブ・ザ・リング』の俳優とプロデューサーの来日会見
の報告から始めることにしよう。            
 といっても製作情報を紹介しているこのホームページで、
完成作品の会見では報告することは余りないのだが、今回の
会見で、既に3部作の実写部分の撮影が全て完了しているこ
とは何とか確認できた。これは当初から、3部作を同時に並
行して撮影するという計画の発表で一応了解されていたもの
ではあったが、今回、俳優たち全員が撮影中のエピソードを
過去形で喋っていたことで確認することができたものだ。 
 それともう一つ興味深かったのは、アルウェン役のリヴ・
タイラーが、「もしもう1度この映画に参加して別の役を演
じられるとしたら何の役をやりたいか」という質問に対し、
「ビルの役」と答えていたことだろう。         
 実は、世界中で高い評価を受けているこの映画化だが、僕
は原作の読者として全く不満が無いという訳ではない。それ
は原作に描かれたエピソードのいくつかがこの映画化で失わ
れていることで、もちろんあの長大な作品を3時間足らずに
収めるために仕方の無いことは重々承知の上なのだが、今回
公開された第1巻で言えば、僕はリヴ・タイラーが言及した
ビルのエピソードが失われたことが一番残念だった。   
 といっても完全に失われている訳ではなくて、このビルと
いうのは、映画の中のモリアの坑道の入り口で「こいつなら
大丈夫だから」といって放される小型の馬のこと。そしてこ
の台詞は原作にもそのまま書かれているもので、つまり脚本
も担当したピーター・ジャクスンは、この台詞を残すことで
ビルのエピソードの存在を暗示してくれているのだ。   
 しかも今回の会見席でタイラーがここに言及してくれたこ
とで、僕は映画の中にもビルがしっかりと存在していたこと
を確認することができ、読者としてうれしく思えたという訳
だ。まあ、原作の読者のささやかの喜びということで、この
他の会見の内容は映画の公式サイトなどを見てください。 
        *         *        
 以下は製作情報で、まずはスーパーヒーローシリーズ復活
の話題から紹介しよう。                
 78年から87年に掛けて4作品が製作されたDCコミックス
原作、ワーナー製作のスーパーヒーロー『スーパーマン』の
映画シリーズがようやく再開される気配になってきた。  
 このシリーズでは、78年の第1作で初の大役に抜擢された
クリストファー・リーヴが、第4作では共同原案と第2班監
督も勤めるなどシリーズの顔となっていたものだが、87年の
第4作でシリーズが中断、その後、93年には原作コミックス
でスーパーマンが死亡、さらに95年にはリーヴが落馬事故で
半身不随となって、元の体制でのシリーズの再開は不可能に
なっていた。                     
 しかし96年に、元々ワーナー製作の『バットマン』などを
手掛けていた製作者のジョン・ピータースがソニーを辞め、
フリーとなってワーナーに復帰。そしてこの頃から『スーパ
ーマン』復活のプロジェクトが動き始め、一時はハンバーガ
ーチェーンでのキャンペーンも決まるなどシリーズ再開は確
実とされていたものだ。                
 ところが、当初は原作コミックスで発表された“Superman
Reborn”を映画化するとされた計画は、いくつもの脚本が作
られたものの決定に至らず、その間、監督にはティム・バー
トン、主演はニコラス・ケージという体制になって、製作費
は1億4000万ドルにまで高騰。これにはいくらヒットが
約束されているとは言ってもリスクが大き過ぎるということ
で見直しが要求され、これによりバートンは去り、ケージは
興味を残していると言いながらも98年末に計画は白紙に戻さ
れていた。                      
 その計画が復活してきたもので、今回はまず監督に『チャ
ーリーズ・エンジェル』のMcGの契約が発表された。McGは
現在、シリーズ第2作の“Charlie's Angels 2: Halo”を
準備中だが、実はその前から計画していた“Dreadnought”
という作品が、劇中でジェット旅客機が爆破されるシーンが
あるために、9月11日の事件との関係で製作中止となり、ス
ケジュールが空いたことからこの計画への参加が可能になっ
たということだ。                    
 一方、脚本には、メル・ギブスンとイライジャ・ウッドの
共演で映画化された『フォーエヴァー・ヤング』や、『アル
マゲドン』の共同脚本を手掛けたJ・J・エイブラムスの起
用が発表されている。この2作はいずれもSF/ファンタシ
ー系の作品だが、特に前者は心暖まる優しい物語で、その感
性がこの作品にも活かされることを期待したい。     
 なお現在のところ、物語の展開については全く決まってい
ないということだ。従ってこれから物語の検討を行うことに
なる訳だが、“Charlie's Angels 2”の撮影は今年の春から
で、公開は03年の夏とされており、『スーパーマン』復活は
それより後の、早くても04年の夏ということになりそうだ。
        *          *        
 お次は、『ロード・オブ・ザ・リング』が絶好調のニュー
ラインから、またまたイギリス製ファンタシー3部作の映画
化の計画が発表されている。              
 発表されたのは、“The Golden Compass”と“The Subt-
le Knife”、それに“The Amber Spyglass”からなる3部
作。この3部作は全体を“His Dark Materials”と呼ばれ、
既に日本でも翻訳が出版されているが、3冊ともかなりの厚
みがあり、『ロード…』に匹敵する大型の3部作と言えそう
だ。
 物語はパラレルワールドに住む2人の子供を中心に、いろ
いろな怪物や魔法が登場するということで、『ロード…』よ
りは『ハリー・ポッター』に近い内容のようだが、善悪の対
決やモラルの問題などが、『ハリー・ポッター』よりもダー
クに描かれているそうだ。そしてこのシリーズでは、第3部
の“The Amber Spyglass”が子供向けの本としては初めて
イギリスの文学賞を受賞したことから注目され、各社が映画
化に名乗りを挙げて、一時はシドニー・ポラックとアンソニ
ー・ミンゲラのミラージュが計画を進めていたこともあった
ようだが、ここに来て、『ロード…』の勢いを買われたニュ
ーラインが最終的な権利の獲得に成功したものだ。     
 なおニューラインとしては、『ロード…』に続けて今回の
3部作の映画化を進めたい意向のようだが、同社ではこのホ
ームページの第5回でも紹介したように、『ロード…』の原
作『指輪物語』と並び称されるイギリスのもう一つの大河フ
ァンタシー、C・S・ルイス原作の“The Chronicles of
Narnia”(ナルニア国ものがたり)の映画化に乗り出すこと
も発表しており、元々ワーナー傘下に納まるまではB級ホラ
ーやSF映画で鳴らしていたニューラインが、いよいよ本領
発揮ということになりそうだ。              
        *         *        
 後半は短いニュースをまとめておこう。        
 『オーシャンズ11』に続いて『惑星ソラリス』のリメイク
にも挑むことが発表されているジョージ・クルーニーとステ
ィーヴン・ソダーバーグから、もう1本のコラボレーション
の計画が発表されている。今回発表されたのは、『ブレード
ランナー』などのフィリップ・K・ディックが79年に発表し
た“The Scanner Darkly”という小説を映画化するもので、
この原作は薬物に犯され、妄想に取り付かれた男を主人公に
したディックの半自伝的な物語なのだそうだ。なおこの原作
に関しては、一時は『マルコビッチの穴』のチャーリー・カ
ウフマンの脚色や、レオナルド・ディカプリオの主演などの
計画もあったようだが、今回の計画ではそれらは全てキャン
セルされ、一からやり直されるということ。製作会社はワー
ナーで、映画化にはCGIなどによるアニメーションと実写
の合成が検討されているようだ。            
 続いてはファンの人には興味を引かれる作品だと思うが、
フォーミュラー1の自動車レースを作り上げた人物とも言わ
れるイタリアのスポーツカー製作者、エンゾ・フェラーリの
伝記映画の計画が発表されている。この作品は、ブロック・
イェツが91年に発表した“Enzo Ferrari:The Man,the Car,
the Race,the Machine”という本からインスパイアされた
作品ということだが、実はこの計画は、『アリ』のマイクル
・マン監督が93年にロバート・デニーロの主演で進めたこと
があるということだ。しかしその時は実現せず、今回マンは、
自分は製作に下がって映画化の実現を目指しているものだ。
なお製作には他に、シドニー・ポラックとアンソニー・ミン
ゲラも参加している。製作総指揮はイタリアのセティ・ゴリ
で、監督は未定のようだが、脚本は現在、95年にポラックが
監督したハリスン・フォード主演の『サブリナ』を手掛けた
デイヴィッド・レイフィールが執筆中だそうだ。     
 最後に、今年の夏に『ニューヨークの恋人』が公開される
メグ・ライアンの主演作品の計画が2本発表されている。 
 その1本目は、俳優のチャールズ・ダントンが初監督する
“Against the Rope”という計画で、この作品は、ジャッ
キー・カレンという女性初のボクシングマネージャーを描い
たもの。彼女は周囲との軋轢の中で4人のミドル級チャンピ
オンを育て上げたということで、その内の一人ジェームズ・
トーニーは、マイクル・マン監督の『アリ』にジョー・フレ
ーザー役で出演しているそうだ。             
 そしてもう1本は、ジェーン・カンピオン監督による“In
the Cut”という作品で、スザンナ・ムーア原作のエロティ
ックスリラーを映画化するもの。実はこの作品は、元々ニコ
ール・キッドマンが原作を気に入って、自ら映画化権を手に
入れていたものだが、今回の計画では彼女自身は出演せず、
製作総指揮を担当することになっている。なお、撮影はこの
作品が先に7月からニューヨークで予定されており、その後
の11月からダントン監督の作品の撮影に入るということだ。
                           
                           
                           
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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを公開に合わせて紹介します。※
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今回は3月封切りの作品から紹介します。なお、今回の作品
はいずれも3月30日の封切りが予定されているものです。 
                           
『少年と砂漠のカフェ』“Delbaran”(英語題名)    
『キシュ島の物語』などのイラン人監督アボルファズル・ジ
ャリリの最新作。                   
砂漠の町デルバラン。アフガニスタン国境に近いこの町には
1本の道路が走っていて、その道路沿いに1軒のカフェがあ
った。14歳の少年キャインは戦火のアフガンを逃れ、そのカ
フェで働いている。                  
そこには流刑になっている政治犯や、アフガンから出稼ぎに
来ている道路工事の労働者などが訪れる。そして違法に入国
する難民を捕えようとする刑事も。毎日を身を粉にして働く
キャインは、実は違法入国者だったのだ。        
ジャリリは砂漠地帯を描く映画のロケハン中に、実際にアフ
ガン難民の少年キャインと出会い、彼を主人公に物語を変更
してこの映画を作り上げたのだそうだ。そしてこの映画に主
演した少年キャインは、9月11日の事件の後にアフガニスタ
ンに戻り、アメリカの攻撃で一時は行方不明だった(その後
イランに戻ってきた)という。             
映画の内も外も、揺れ動く世界の一断面が見事に描き出され
た作品だ。                      
それにしても少年が砂漠の中を走る走る、素人の少年に演じ
させるのだから、これは演出上のテクニックの一つでもあっ
たのだろうが、その走りっぷりが少年の健気さを見事に表現
していた。                      
なお、映画の製作資金の一部はバンダイとオフィス北野が提
供しており、イラン+日本の合作映画となっている。   
                           
『WXIII PATLABOR THE MOVIE 3』
88年から94年に製作された『機動警察パトレイバー』の8年
ぶりに製作された劇場版第3作で、原作はコミック版の『廃
棄物13号』とその続編の『STRIKE BACK(逆襲)』。そして
脚色をとり・みきが担当している。           
正直言って日本製のアニメはほとんど見ない方なので、この
原作にも一応設定のインフォメーションは持っている程度で
思い入れは何にもない。そういうスタンスでこの作品を見る
と、実に良くできたうまい作品だと思って見てしまった。 
ところが思い入れのある当時のファンにはこれが全く不評な
のだそうで、配給元ではあわてて短編の『ミニパト』3本を
発注し、併映作品として上映することになっている。しかし
この短編が面白いテクニックは使っているものの、画質が荒
くて走査線はやたら目立つし、とても商業作品とは言えない
ような代物で、あきれ果てた。             
実際、試写からの帰り道でも、周囲からは、この短編が余り
にひどい過ぎるという意見が聞こえてきたのだが、試写室で
はこれに馬鹿笑いしている連中が何人かいたのだから、結局
そういう連中相手の商売のようだ。           
それにしてもこの本編のどこが悪いのだろう。確かにパトレ
イバーがほとんど出てこないのは問題だろうが、物語は実に
うまくできているし、アニメーションの作りも丁寧で、演出
の水準もかなり高く、こういう日本アニメならもっと見ても
いいと思ったのだが。                 
                           
『ビューティフル・マインド』“A Beautiful Mind”   
94年度のノーベル経済学賞を受賞した数学者ジョン・フォー
ブス・ナッシュJrの半生を描いた作品。といっても、映画の
原作には彼の伝記が挙げられてはいるが、ゴールデン・グロ
ーブ賞でも脚色ではなく脚本賞が与えられているという、見
事に映像化された作品だ。               
プリンストン大学の大学院に奨学生として学ぶ若きナッシュ
は、MITのウィーラー研究所を目指していたが、そのため
に必要な論文が完成しない重圧に苦しんでいた。しかしルー
ムメイトのチャールズの励ましの下、ついに彼は、後のノー
ベル賞の対象となる「非協力ゲーム理論」を創造する。  
これにより念願の研究所に入れたナッシュだったが、周囲か
らの期待はさらに彼に重圧を与えて行く。そんなとき彼のも
とに国防総省からの依頼が来る、それはソ連から傍受した暗
号無線の解読への協力だった。             
その暗号を見事に解いてみせたナッシュは、次に黒いコート
に身を包む謎の男パーチャーの訪問を受け、全米で発行され
る雑誌の記事に隠されたソ連スパイへの暗号文の解読を要請
される。それは直感だけが頼りの過酷な任務だった。   
こうして国家の安全保障を担う秘密任務に従事することにな
ったナッシュだったが、聴講生のアリシアと知り合い、任務
のことは秘密のまま結婚し子供が生まれる。しかしその頃か
ら、彼の周囲に謎の男たちが現れ始める。そして恐怖に怯え
るナッシュは、ついに精神に異状を来してしまうのだが…。
何といってもドラマの作りの上手さが、この映画の全てとい
える。確かに47年間を演じ切るラッセル・クロウやジェニフ
ァー・コネリーの演技も見事だが。主人公の精神的な動揺を
見事に映像化させてみせた、アキヴァ・ゴールズマンの脚本
の素晴らしさが光った。                
                           
 この他、                      
3月2日封切りの『ぼくの神様』は第3回、       
        『モンスターズ・インク』、      
        『アメリカンスィートハート』、    
        『タイムリセット』は第6回。     
3月9日封切りの『ヒューマンネイチュア』は東京国際映画
祭の特集。                      
3月16日封切りの『寵愛』は第2回。          
3月30日封切りの『羊のうた』は東京国際映画祭の特集  
にそれぞれ紹介があります。              
                           
なお、前回紹介した『シッピング・ニュース』について、再
度試写を見る機会があったのだが、2回目に見ても新たな発
見があり、ますますこの作品が好きになってしまった。この
作品がアカデミー賞で全く無視されてしまった理由はよく判
らないが、多分、アメリカの製作会社が他の作品の方に力を
入れたためだろうということで、せめて日本での興行は頑張
ってもらいたい。                   
それから『羊のうた』についても2度目の試写を見たが、こ
の作品も良くできている。特異な状況を扱っているので感情
移入はし難いが、正面からしっかりと描いているところが素
晴らしいと思う。何とかこの作品にも頑張ってもらいたい。


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井口健二