ちむたんのつぶやき
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| 2009年03月29日(日) |
家売るぞ日記(その8)モンローウォーク |
ナンバリングもその8まで来ました、家売るぞというか片付けるぞ日記。 片付けについてはそろそろ最終局面を迎えていると信じたいです。だって!家の中にゴミ袋やらひもで縛った本やらがどっさり積み上がって、まともに歩けないんですもの! ゴミの山をよけて歩く様子はさながらモンローウォーク。色っぽくないけどな。 しかもモンローウォークは不自然な姿勢を取りがちになるため、いわゆる魔女の一撃(ぎっくり腰のことです)を誘発する危険性を秘めているので、ガラスの腰の持ち主であるわたくし戦々恐々。今度の土曜に第一次引き取りに来ていただく算段中です。
30日まで雨漏り対策工事中なので、金曜夜に来てみたら家の周りに立派な足場が出来ていて、当たり前だけどびっくり。近所に挨拶しておいて本当によかったと胸をなでおろしました。 中に入ってみたら、雨漏り被害で壁紙がべろんと剥がれていた1階のリビングと和室の壁紙が綺麗に張り替えられていてこれまたびっくり。家の中から新築の匂い(おそらく接着剤だと思うのですが)がするよ! ゴミだらけではありますが、2部屋の壁紙が新しくなっただけで見栄えがかなり違い、建て替えなくても売れると言ってくれた不動産屋さんは正しいんだな、と感心しました。
この土日は主に台所を片付けておりました。かつては母が、母が病に倒れたあとは私が、日々の食事を作ってきた場所です。私が家を出てからは父も炒め物とかうどんを作っていましたが。
むかし家族で出かけたときに使っていたお弁当箱や水筒がちゃんとしまってあって、子供のころ母が作ってくれたいろいろなお弁当メニューに思いをはせました。うちの母、なかなかお料理上手でしたので。 海苔巻きとお稲荷さんは絶品でした。おにぎりもちらし寿司も美味しかった。 お菓子もたくさん作ってくれました。クレープやクッキー、シュークリームにマドレーヌ。パンも焼いていましたっけ。一番のお得意はバターケーキ(とうちでは呼ばれていたのですが、パウンドケーキの生地を丸い型で焼いたようなもの)でした。一度真似して焼いてみましたが、味が全然違いました…。 竹内まりやの『不思議なピーチパイ』が流行ったときにおねだりして、ピーチパイ(パイ生地の上にカスタードを敷き、かんづめの黄桃スライスが乗っている)を焼いてもらったこともありました。
もう二度と食べられなくなってしまった、なつかしいお料理の数々。どれもみんな美味しかった。 おかあさん、たくさん美味しいものを食べさせてくれて、本当にありがとう。
とか言いながら、今でもじゅうぶん美味しいものを食べさせて頂いている私であります。 土曜の夜に相棒の実家で出してくださったのは、その日の朝まで海の中にいたウニとムール貝と新わかめでした。たらふく頂戴しました!(笑)
えらく冷え込んだので夕ご飯は鍋物にしました。 と言っても最初はカレーが食べたかったのですが、外食する気にはならず、帰宅してからカレーを作る気もなく、ふと思い立ってカレー鍋のつゆを購入。これまで市販の鍋つゆを買ったことはなかったので初体験でした。 具は豚ロースとぶなしめじ(白いの)と水菜たっぷり。あと下仁田葱が2把97円で売られていたのでこれも買い、とことん温まる鍋を目指しました。 スパイシーなおつゆに葱がすごーく合って、うまうまでした! 鍋のシーズンもそろそろ終わりですが、市販のつゆもおいしいのですねえ。
単行本買っちゃおうかなー、と思っている漫画が4作ほどあるのですが、いずれも既刊3冊ほど出ているので、全部買ってしまうと一気に12冊も本が増えることに…。 実家ではビシバシ物を捨てまくり、自宅では物を増やすという無限ループに苦しむ日々です。
| 2009年03月25日(水) |
言われたらキツいこと |
最近の楽しみのひとつである日曜朝放映の『侍戦隊シンケンジャー』で、先週の回に出てきた敵が「本人が内心気にしていることを読み取って指摘しダメージを与える」というイヤーな能力を持っておりました。 たいへん面白く見たあと、さて私なら何を言われたらいちばんキツいかな?と考え、わりとすぐに思いつきました。でも本当に言われると切ないので伏せます(笑)
ちなみにお話では、敵が繰り出す悪口(しかも図星)攻撃に他のメンバーが次々とダメージを受けていく中でひとりだけが、子供の頃からのろまで悪口ばかり言われていたから自分には効かない!と雄々しく戦うのですが、相棒いわく自分はこの子の感覚に近い、のだそうです。そうなのか… 思わず学生時代に無神経な発言などを相棒に向かってやらかしてなかったかしら、と回想してしまいました。(でもそれはきっとあったと思う…)
ダメージを受けた中のひとりは「ファザコン」「マザコン」と言われてガックリ来ていたのですが、親離れできてないって意味だったら私もそうかも?と思い、そもそもファザコンとかマザコンって世の中でどのように定義されているのか、とWikipediaなど見てみましたら、読解力不足でどうもよくわかりませんでしたが該当してると言われても抗弁できないかもしれませぬ。 まあもし言われてしまったら大事な人のことが力いっぱい好きで何が悪いのかしら?と開き直ってみようと。
拍手ありがとうございます。
>mさん
貴重なアドバイスありがとうございます!参考にさせていただきます。 兄がやや不動産関係なので、話が具体化するようなら相談してみようと思います。 と思っていたら不動産屋さんから「お隣さんから問合せがきました」と連絡がありました。本当に本気だったのかー!といまさら驚いております。
相棒の日記が更新されております。 忘れたころにふと書かれるので、どうぞお見逃しなく(笑)
で、ナイトキャップのお話。 『戦国BASARA』のアニメ、4月3日金曜26時25分からって…(注:関東エリア) いくら週末とは言え、リアルタイムでは見られそうにありません。 最近のテレビアニメは夜中の放映がほんとに多いですね。『ささめきこと』や『青い花』も深夜なのかなあ(後者は特にそれっぽい)。昭和育ちのわたくしにはちとハードルが高うござりまする。
たいへん遅くなりましたが、拍手ありがとうございました。
>N島さん
『プ〜ねこ』面白そうです♪ もともとは少女マンガ出身なのですが、ジャンプに載ってる作品にすごーく長い周期でときどきハマります…って、最初がキャプテン翼、次が幽遊白書、その次が銀魂なので周期長すぎですね!
>Hちゃん
腰痛復活ですか(涙) おばあさんのような歩き方って、大丈夫!?再来週はうちに車を置いてもらって歩いて街に出ようと思っている(街中はお祭りで大渋滞になるので)のだけど、いかがなものかしら…
| 2009年03月22日(日) |
家売るぞ日記(その7)ひょっとして? |
昨日の日記はあまりに感情的すぎる…のですが、正直な記録ということで残しておきたいと思います。ご容赦くださいまし。 まあ、上がったり下がったりするのは仕方ないかなと。<開き直ってるし…
2階はだいたい見終わって、作業は1階に移ってきております。来週最大の難所である台所に着手してやっつける予定。 それにしてもそこらじゅうに45リットルのごみ袋や束ねた本やら戸棚から出した食器類やらが積み上がってえらい状況になってます。今のところ、4月の2週目か3週目に廃棄業者さんを頼んで一気に持っていってもらう見込み。 ただ再来週、お花見にきてくれるH&S夫妻をお泊めする予定があるのですが…こんなゴミ屋敷にお客様を連れてきて本当にいいのだろうか…(涙)
23日から1週間の予定で例の雨漏り対策工事が入ることになったので、両隣と裏の家に菓子折りを持って挨拶にいきました。売りに出すこともまだ伝えていなかったし、いろんな人が出入りしているのを心配されるといけないですし。
この日は長兄がやってきて手伝ってくれました。前回同様いろいろ持って帰ったので、家庭争議の種にならないかと心配です(苦笑)。姪1号が大学を卒業して帰ってくることになりあちらはあちらで片付け中なのに、文学全集とか持ってったからな…。くわばらくわばら。
天気が荒れて帰りの電車のダイヤが乱れてしまいどうしようと思っていたら、長兄が家まで送ってくれて本当に助かりました。おかげで自宅に持っていく荷物も少し運べたし。こういうとき車があるとやっぱり便利ですね。
そして。 明けて月曜の朝、携帯に見知らぬ番号から電話がかかってきました。 日曜に挨拶まわりをしたうちの1軒からで、伺ったときは奥さんがお留守でだんなさんに家を売りに出すことを伝えていたのですが、電話をくれたのは奥さんでした。 どこの不動産屋さんに頼んでいますかと訊かれたので、何か苦情でもあるのかと慌てましたが、よくよく聞くと、だんなさんのお兄さんが独り暮らしになり、お隣だとちょうどいいので不動産屋さんに購入の問合せをしようかと思う、ということのようです。 おおおお。 まだ家の中をいっしょうけんめい片付けている状況なのですが、ご縁があったらぜひ…と言って、不動産屋さんの連絡先を伝えました。不動産屋の担当さんにも、こういう話があったのでもしかすると問合せがいくかもしれません、と連絡済み。 もちろん決まったわけではありませんが、声がかかったのはありがたいことですね。なまじ知り合いだとかえって難しいのかな?という心配もありますけど、具体的なやりとりは不動産屋さんを介してする(そういう契約になっていて、私が希望者と話を勝手に進めることはできない)わけですし。 ひょっとしてひょっとするかしら。
| 2009年03月21日(土) |
家売るぞ日記(その6)さようなら、ピアノ |
幼稚園のときはオルガンを習っていました。 小学校にあがった頃にピアノにかわり、それにあわせて両親がヤマハのアップライトピアノを買ってくれました。 私と同じくらいの世代の女の子がいる家には、かなりの割合でピアノがあるのではないかと思います。
ピアノを弾くのは好きでしたし、可愛い洋服を着せてもらえる発表会も楽しみでしたが、幼い頃から今と変わらず怠け者だった私は地道な練習がとにかく大嫌いでした。それでもまだ小学校低学年のころは持ち前のハッタリでなんとかなっていましたが、手が小さく1オクターブ届くのがやっとだったこともあり、少し難しい曲を弾くようになってきた4年生くらいの頃になるともうやめたくてやめたくてたまらず、どうやって週1回のお稽古をさぼろうか、と頭を痛めていた記憶があります。 結局、せっかく両親ががんばって買ってくれたピアノも、お稽古に通ったのはたったの5年間でした。母はさぞかしがっかりしたことでしょう。
中学、高校時代は時々思い出したように昔教わった曲を弾いてみたり、ニューミュージック(今となっては死語ですが)の楽譜を買ってきてたどたどしく弾き語りをしてみたり、でした。 大学は合唱団にいたので、音取りや伴奏の練習でそれなりに弾いていました。 でも社会人になってからは蓋を開くこともなくなり、二度の引越しについてきてくれたピアノは物置と化していました。
いま住んでいる部屋にこのピアノを持っていくことはできません。 楽器店に電話して、引き取りにきてもらうことにしました。
古いものですし、国内では売れないそうです。今はこういう中古ピアノはもっぱら海外に輸出されるのだそうですが、昨今の円高で輸出も止まっているとのこと。 てっきりこちらがお金を払うのだと思っていましたが、逆に2万円支払われました。買ってから33年も過ぎているのに、と驚きました。 たぶん明日引き取りに来られると思います、と楽器店の人が言って帰ったあと、ピアノに突っ伏して泣きました。
両親がどれほど私を愛していてくれたか、今ならこんなに胸が張り裂けそうなほどわかるのに、私はどこまで愚かなんだろう。 今さらこんなふうに悔やんだって、もう何も償えない。その上私は、両親の思いがいっぱい詰まった家や品々を、どんどん捨てていこうとしている。
約束どおり翌日には運送業者さんが来てくれて、私のピアノはほんの10分足らずで運び出されていきました。
| 2009年03月20日(金) |
家売るぞ日記(その5)戸棚から出てきたもの |
おお、だいぶごぶさたしてしまいました…
三連休を控えた木曜の夜、ひょっとしたら日曜は休日出勤!?という事態になり慌てましたが幸い免れ、結果的には実家でどっぷり過ごし、たいへん濃い三日間となりました。
初日、土曜日のことです。
一階リビングのキャビネットにどっさり入った書類や手紙などの類を片付けていたところ、封筒に入った何かの本のコピーらしき紙の束が出てきました。 中を見てみると、公に出版された本ではなく、幼くして亡くなった子供ふたりの追悼記を親が自費出版したもののコピーのようです。
登場してくる人名や地名などから推測するに、どうやら書き手は私の母方の祖父母(私の母の両親)と大伯父(祖母の兄)。 そして亡くなった子供ふたりというのは、私の伯母(母の姉)にあたる人たち。 母は五人きょうだいの末っ子で、お兄さんとお姉さんが二人ずつだと思っていましたが、実は長女と長男の間にもう二人女の子がいて、七人きょうだいだったのですね。 早く亡くなったお姉さんがいたという話は母から聞いた覚えがなかった(兄たちにも訊いてみたけどやっぱり知らなかった)のでちょっとびっくりしました。
亡くなったのは大正十三年、母が生まれる六年前(ちなみに父が生まれた年)。お盆の頃、暑い盛りのほんの十日ほどのうちに、立て続けに疫痢にかかってあっという間に亡くなってしまったのでした。わずか六歳と四歳だったそうです。 祖父はいまの慈恵医大で学んだ眼科医だったので自身はもちろん専門外だったでしょうが、つてを頼って当時としてはおそらくかなり高いレベルの治療が施された様子でした。 祖父が綴った、医学の徒でありながら我が子を救えなかったことへの嘆きと後悔、祖母が娘たちの生前の愛らしい仕草や言葉のかずかずを大事に大事に思い起こし悲しみに暮れている様子、いずれも涙なしには読めませんでした。
祖父は昭和十二年、祖母は私が生まれた昭和四十四年に亡くなっています。今まで、昔話には聞いたことがあっても本当にいた人たちなんだという感覚は全く持っていなかったのですが、こうして祖父母がしたためた文章を読んでみて初めて、確かに生きていた、自分と血がつながった生身の人々であることを実感した次第です。
子供の頃買い食いしたくて母にねだると「ママが小さいとき、おばあちゃんは“疫痢になる”って絶対買ってくれなかったのよ」と言われるのがお約束のようになっていました。単におばあちゃんは衛生観念が厳しい人だったんだなあ、と思っていただけでしたが、そりゃ厳しくもなりますよね、二人続けて子供を亡くしていれば…。まさかとは思いますけど、祖母は母にお姉さんたちのことを話さなかったのでしょうか?それとも母が、私を怖がらせたくなくて言わなかったのでしょうか。今となっては確かめようもないことですが。
母方の祖父母は愛児の死を一冊の本にまとめて悼みました。 両親は手帳やノートのあちこちに日記めいたものを書き残し、そしてだいたい挫折しています。父が死の間際までパソコンで書いていた日記はかなり長期間続いていますが、そのほかの日記帳や手帳はあまりにいろいろなところにあるので、整理する側としては大変にきびしいものがあります…。 私もこの「つぶやき」をはじめ、小学校のころから長短織り交ぜ日記の類を書いています(今のところ挫折していないのはここだけ)。
日本人は記録好きの人種だとはよくいわれることですが、この記録癖みたいなものも、血のつながりの証なのかもしれません。
今日は休みを取って美容院に行ってきました。 けっこうばっさりと切ってもらい、ここ10年で一番短くなりました。洗ったあと速く乾きそうです。ここのところなんとなくくさくさしていたので、さっぱりすっきりしました。
先週木曜に病院にいってきた腹痛はいちおう治まってきております。薬が効いてくれたのかな。
拍手ありがとうございました。
>Pさん
私は占いを気にしないと思いながら気にするほうなので、あえて見ないようにしています(笑)お互い大事にしましょうねー。
この土日も実家で引き続き片付けを進める予定にしておりました。
先週の金曜夜7時少し前、上野駅に向かっていた山手線車中にて。
車内ドアの上に小さなモニターがついていて、ニュースやCMのほか、首都圏の路線で遅延などが発生した場合、「ピンポンパンポーン」という小さな音のチャイムとともにお知らせが流れるようになっています。 座って携帯を見ていたらそのチャイムと同時にわたくしの携帯にもメール着信。う、イヤな予感(普段通勤に使っている路線と実家にいく路線が遅れたとき、メールでお知らせがくるように設定しているのです)。 案の定実家にいく路線でほんの数分前に人身事故が発生し運転見合わせ中とのこと。うわーん、21時の指定席持ってるんですけどー。
こちらも仕事を終えて上野にやってきた相棒と合流して様子を見ていましたが、なかなか運転が再開されず、見込み時間が発表のたびに少しずつ繰り下がっていく状況。 21時半頃ようやく19時半の特急が発車するということになり、これでは当初予定の21時の特急がいつ出るかわからないし、それより早く出る列車に乗るとしたら自由席争奪戦は必至。にわかに「今週は行くのやめようか」という気分が私の中で優勢を占めてきたのでした。普通にいけるならともかくこの状況、ここで一週休みを入れて、来週からまたがんばろう!と相棒と相談し、自宅に帰りました。 少なくとも土曜は外に出なくてすむようにしっかり買い物をして、バッタリ寝ました。起きたら11時半すぎてました。やっぱりけっこう疲れてたみたいです。
ちなみに土曜朝にいくという手ももちろんあったわけですが、その根性はなかったですし、土曜も早朝から強風でまさかの連日運転見合わせ。再挑戦しなくてよかった…。 こじつけのようですが「今週は来なくていい」と誰かに言われているような気分になりました。
かくして土曜は一歩も家を出ずにだらーんと過ごし、日曜は近所に出かけてビール飲んできました。 予定は遅れちゃったけど、今度は三連休だし、また気分新たにがんばろうと思います。
昨日スタバにいたら、隣に座った20代前半とおぼしき男女が漫画の単行本を開いておしゃべりしていまして。 何を読んでるのかなー?と思って見たら(行儀悪いな)、北条司『エンジェル・ハート』でした。 若いのにシブいの読むねーと思っていた(そうでもないのかしら)のですが、彼氏のほうは『CITY HUNTER』も読んでいる様子。(聞き耳立ててすまない)
と、彼女のほうが
「この人、絵上手くなったねー!」
おいおいおいおいおい北条司つかまえて「絵が上手くなったね」ってスゲーな!!と飲んでいた紅茶を噴きそうになりました。 彼氏もべつにそれに異存はないらしく、特に「いやこの人はもう大ベテランで」などとうんちくを垂れるなどもなく「そーだよねー」と同意。
そしてふたたび彼女が
「この絵、スラムダンクの人の絵に似てる」
…若いってすばらしい!!!! イヤミじゃないです。あまりに素直な言葉になんだか毒気を抜かれてしまいましたです。 ジャンプって歴史長いんだなあ。
ちなみに北条司が1959年生まれ1980年デビュー、井上雄彦が1967年生まれ1988年デビューだそうです。 そして今調べて知りましたが、井上雄彦はデビュー直前に10ヶ月ほど、北条司のアシスタントをしてたんですね。彼女の眼力恐るべし!
引き続きおなかが痛くてつらかったので、昨日は定時にさっと会社を出て、近所にある内科・消化器科の看板を出しているお医者さんに行ってきました。 おなかがだいぶ張っているとのことで、下剤と整腸剤を処方されましてしばらく様子見です。
帰宅したら実家のある市の市役所からはがきが来ており、3月2日引き落とし分の固定資産税が残高不足で未納になっているとのことでした。 16日に再引き落としだそうですが、やっぱり延滞金かかっちゃうのかなあ(涙) 普段かんぽの保険料の引き落としくらいにしか使っていない、郵便局の口座から引き落とされるようにしたのがいけないのですが。うう、不覚…。
とまあ、日々いろいろありますが、なんとかがんばっていこうじゃないか。(何キャラだ)
日記の配色をちょっと変えました。 結局好きな色を使ってしまうので、どこが変わったの?って感じですが…。 もし見づらいなどありましたらご遠慮なく拍手ででもお知らせくださいませ。
雨漏り工事の再見積をもらいました。最初の見積から60%近く減ったので一安心し、発注してくれるように依頼。この対策が効を奏してくれますように。
あれ?今日って水曜日?まだ火曜かと思ってた…そういえば今朝は萌えるゴミ、もとい燃えるゴミを出したか。一日トクしたぜフフフ
ってな感じで(どんな感じだ)どうも不調でございます。去年の今頃も同じ状態になってるので、季節柄なんでしょうかねえ。月曜あたりからずーっとおなかが張って痛く、うっすらと吐き気がしてます。 予算も第一次は出したし、本社から問合せとかの波が来る前に病院いこうかしら…
拍手ありがとうございました!
>Aっちさん
家のことは私がひとりで大変だ大変だと騒いでいるような気もします。もっと大変な思いをしてらっしゃる方もたくさんいらっしゃいますし。 いつもご心配いただき、本当にありがとうございます。 ヘンなカタカナ言葉や略語には全くもってついていけませんよねー。
>Hちゃん
ガラスの腰に鞭打って労働中です。現在はトクホン愛用しております。お灸も試したいところ。
>ひとこと「ガンバレ、ちむたん」の方
私の日々のどうということもない出来事を書いてるだけの日記なのに、楽しみにしているとおっしゃってくださり本当にうれしいです。このうれしさをどうお伝えしていいか…(涙) これからもお言葉を励みにがんばります!
| 2009年03月08日(日) |
家売るぞ日記(その4) |
それは去る5日(木)のことじゃった。
携帯に不動産屋のKさんから電話がかかってきました。用件は先日依頼していた雨漏り対策工事の見積が業者から出たので、今度実家に来た際に説明&相談したい、ということ。 そのときはまだ会社にいたので「で、おいくらだったんすか?」とは訊かず時間の約束だけして電話を切ったのですが、電話口のKさんのどことなく苦笑っぽい話し方がちょっと気になり、退社してから掛け直してみました。 そしたらびっくり、わたくしの昨年の年収のほぼ半分の金額を告げられたではありませんかー!(そりゃ年収もたいした額じゃないんだけどさ…)
ささやかな蓄えを思い切って放出すれば出せない金額ではないけど、手持ちの預貯金がけっこう減ってしまうのでございます。しかも手持ちの中にはドル建ての定期預金が含まれるため、この円高の今解約したらバッチリ額面割れ。それはちょっとつらい。 いくら、家が売れればそれなりにお金が入るとは言っても、工事費用の請求のほうが間違いなく先にくるわけですし。
頭を抱えた私でしたが、土曜に会った際にKさんが説明してくれたのは以下の通り。
1)雨漏りの原因箇所の特定というのはたいへん難しいこと 2)したがって、再発しないよう万全を期すにはなるべくいろいろな対策を施すこと 3)そのため今回の見積には、家の外壁をすべて塗り直すという作業も含まれており、その部分の費用が半分くらいを占めていること 4)外壁を塗り直したからといって、1の理由により絶対雨漏りがなくなるとは言い切れない。買手がついた際に経緯を説明して納得してもらえるケースなので、今回はそれ以外の対策のみでいいと自分は考える
ふむふむなるほど。
私が「外壁を塗り直した場合見た目が良くなるだろうから、それによって家に買手がつく可能性があがりますか?」と質問したところ「それはもちろんあり得るけど、それほど外壁が汚れているわけではないので著しい差はないと思います」という答えだったので、勧められたとおり外壁塗り直しはなしでいくことに決めました。
ほっ。 工事の段取りはこれからですが、大雑把に言って4月中には終わるだろうとのこと。 並行して依頼したシロアリ被害の調査結果は問題なし。鉄骨造りだったのがよかったそうです。
それにしても。 父が元気だった頃からよく外壁塗り直しを勧める業者がセールス電話やチラシを寄こしていまして、私はてっきり見た目だけの問題なんだと思っていましたが、外壁の塗装というのは室内への雨水の浸入を防ぐ意味もあり、建ってから年数が経過している家においては大切なことだったのですね。無知すぎ。
ともあれこれで一通り、売りに出す前に行わなくてはならない調査が完了したので、あとは中の片付けをどんどん進めればよいということに。 引き続き捨てるもの・残すものの仕分けをやっております。 この週末でだいたい2階部分は見終わりました。(両親が不用品をかたっぱしからしまい込んでいた屋根裏、庭とベランダにある物置の中は基本見ないで全部捨てる覚悟)
日曜にはグレートシスターズ(相棒のお母上とその妹である叔母上)が降臨し、私が全く興味も知識もないためお手上げだった桐箪笥2本分の着物と、食器棚や台所収納におそろしいほど納められていた食器類について、快刀乱麻で仕分けてくださいました。
いやー、とりわけ着物の話は本当に面白かった。なんでちょっと広げて見ただけで「これは染め直せばあなたが着られるから持っていきなさい」「これはおそらくお祖母さん、もしかしたらひいお祖母さんの持ち物」などなど見立てられるんでしょうねえ。お二人とも凄腕の探偵のようで、丁々発止のやり取りがとてもステキかつ頼もしかったです。
差し入れ(お寿司&おにぎり&鯛焼き)はくださるわ、もらっていただいた荷物を私たちが車まで運びますといっても「私たちのほうが力持ちよ、いいからあなたたちは片付けなさい」とキッパリ断ってどんどん運び出していくわ(実家の入口は階段になっていてけっこう大変なのです…)、カッコ良すぎでした。いやはや生活能力の圧倒的な違いを見せ付けられた思いでございます。
桐箪笥と茶箪笥はおそらく母が祖母からもらったもので、それなりに上等なはずなのですが私の自宅には持っていかれないし捨てるしかないか、それも申し訳ないなあ…と思っていたところ、叔母様がどちらも自分の家に欲しいとおっしゃってくださり、うれしかったです。
どうやら3月中に分別は済ませられそうな感じになってきました。4月に入ったあたりで廃棄業者さんをお願いして一気に捨てるつもりです。4月後半からは少し落ち着けるかなあ。
最大の問題はわたくしのブレイク限界のガラスの腰です。 頼む、片付けが終わるまでもってくれ………。お灸でも据えてみようかと。
大学時代に所属していた女声合唱団で、同期の名簿をわたくしが管理しています。 最近引っ越した人がいたので、その人の住所を書き換えた名簿をみんなに送ることにして、メールを書き始めました。 題名をつけようとしたとき。
「名簿直しました」とか「修正しました」でもいいんだけど、別に間違ってたわけじゃないんだよなあ。えーと、こういうときもっといい言葉があった気がする…なんていうんだっけ?
結局適切な単語が思いつかなかったわたくしは「名簿アップデートしました」と書いて送ったのでした。なんでカタカナかなー、と思いつつ。
そのあと同期のひとりから返事をもらいまして。 「名簿更新ありがとう」と書かれておりました。
そうだ! 「更新」だ!私が使いたかったのはそれだ!
いちおう外資系の会社に勤めてはや3年。 「会議」=「ミーティング」、「請求書」=「インボイス」、「(人の)手配」=「アサイン」、「修正」=「リバイズ」などなど、そんなの日本語で言えよ!と思うことが常日頃多々ありましたが、いつの間にやら私もかなり毒されてきていたようです。 深く反省した次第。
今年は『天地人』や『シンケンジャー』など和風なものにハマっていることもありますし、今日からは心を入れ替えて日本人らしく、一人称は「身共」もしくは「やつがれ」、二人称は「貴殿」「そこもと」で行きます。<履き違えてます
拍手かたじけのうござりまする。<戻ってない
>Hちゃん
スラムダンク、なぜか実家と自宅に分かれてあるので本当に全巻揃ってるかどうかビミョウなのですけど、よかったらそのうちお貸ししますよ。 4月の件、PCアドレスにメール送りました。あいかわらずトンマな私を許して…
2010年度売上予算の策定シーズンがやってきました。 去年の日記を見ると2月6日にブーブー言いながら入力しているので、一ヶ月遅れですね。 本社いわく「今は予想の難しい時期だから、あえて策定時期を遅らせた」ですと。その後に「遅らせてやったんだから予測精度あげろよ」というのが隠れているわけですが。
昨日、上司から「準備始めといてね」という電話がかかってきました。 私「2009年度の第2四半期までの実績と、第3〜4四半期の予測を取り急ぎ入れておきますね」 上司「おうヨロシク、なんだったら2010年の分も入れてくれちゃってもいいよ」 私「私に任せたらとんでもない夢の数字を出しますがいいですか。一律で昨年比200%とか」 上司「いいよいいよ、夢の数字結構」 私「達成できなかったら罰ゲームですかね」 上司「正座一時間くらいで」
…真面目にやれって感じですが。 会社もいろいろ大変すぎて、せめて冗談でも言ってないと。
2月10日の日記で書いた、吉田拓郎さんのラスト全国ツアーはあっさり外れてました。ちぇっ。 一般発売前にもう1回プレリザーブのチャンスがあることはあるんですけど、ぴあカードを作らねばエントリーできないので気が進みません。 一般では取れっこないし、かといってオークションなどにチャレンジするほどのガッツはなし。ヤフオク見たらそれなりに出てましたが。 ここは心から観たい人に観ていただく方向で。DVD出るといいな。
拍手ありがとうございます。
>Pさん
私の場合比較的若いからより辛いというわけでもなく、たとえ70歳くらいになっていたとしてもやっぱりビービー泣きながら片付けているような気もします…。 まあ体力はあるってことでがんばります!
| 2009年03月01日(日) |
家売るぞ日記(その3) |
さて、今週から3月いっぱいは毎週末実家に通います。金曜夜の上野駅で、ああ、このまま逃げて旅に出てしまいたいと思いました。<単なるものぐさです
前回に引き続き、私のかつての自室からスタート。 なんかこう、ちょっと取っておきたかったかな?というものまでごみ袋に突っ込んでしまったような気もしますがいいの全部捨てるのよ、昔の写真や手紙や寄せ書きの色紙なんてもう見ないもの。 とか言いつつ、漫画の単行本はほぼ全部自宅送りにしたあたりが度し難いわたくしです。『キャプテン翼』『あした天気になあれ』『SLAM DUNK』あたりはなんせ巻数が多いので悩みましたが、もう一度揃えられるとは思えないし。フジョシの嗜みとして『風と木の詩』もちゃんと持っていきますよ(笑) あと、昨年亡くなった氷室冴子さんの本も今となってはそうそう入手できそうにないので確保。今後ちゃんとした全集が出て「なんだ買えたじゃん」と笑えるといいのですが。
つづいて2階の和室へ移動。タンスが5本と押入れが1間半ある、大きなポテンシャルを秘めた一室です(苦笑)。でもまあここは洋服や着物だけだからどんどん捨てていけば楽勝だろう…と思っていた私が甘かった。
実際の物量もさることながら、そこにしまわれている「思い出の量」がハンパじゃなかったのでした。
たとえば大きな衣装箱いっぱいに入っていたのは、編み物好きだった母の手編みのセーターやマフラー。そういえば母が亡くなってしばらくした頃に身の回りのものの整理をしたとき、思い切って捨てられずこの箱に集めたようなおぼろげな記憶が…。 この赤いセーターは小学校の頃編んでくれたもの、この編み込みのセーターは高校の頃編み物の本を見てリクエストし編んでもらったもの、とひとつひとつ広げながら相棒に説明しているうちに、涙がとまらなくなってしまいました。 ほかの箱からはやはり母が縫ってくれたポンチョやお気に入りだった赤いレインコート、そしておそらく私が生まれたばかりの頃に着ていたのであろう、黄色いお花の縫い取りがある肌着と、共布のずきんとブルマーがセットになった可愛いレースのついたベビードレスが。 私の服がなんでもかんでも取ってあるという感じではなかったので、おそらく母がやはり整理しながら愛着があって捨てられなかったものが残っている、という印象でした。 私のものもさることながら、母が着ていた服を見ていくと、元気だった頃の母がお気に入りの服を着て笑っている姿が脳裏にありありと浮かび上がってくるようでした。
だからといって思い出の品を全部取っておけるわけではなく。 心を鬼にし、ごくわずかだけ残してほとんどのものを処分することにしました。 すごくすごく、間違ったことをしているような不安と苦しさがあります。 でも、手編みのセーターをたくさん持って帰ったところで着られる機会は限られているでしょう。母の着ていた服が似合うようになるまでには、まだだいぶ時間がかかるでしょう。
不思議と、上で書いたような手紙や写真など、自分だけの過去にまつわるものについては、捨てるのにもあまりためらいを感じないのですね。やはり両親の思い出が残る品々には割り切れなさがあります。
大泣きして腫れた目のままで雨漏りの検査に来てくれた業者さんを迎えることになったので、かなり恥ずかしかったです。花粉症だ、私は花粉症なんだ(苦笑)。
いやー、消耗します。しんどいですわ、本当に。何回「私もう絶対、物は増やさないわ」と口走ったことか。 ずっと私のそばにいて一緒に泣いてくれた相棒さん、ごめん。ありがとう。
例によって土曜の夕食は相棒の実家におじゃまさせていただいたのですが、伺ってよかったです。夜までこもりきりでずっとあの作業をするのは相当こたえただろうという感じなので。実家には相棒のお兄さん一家もいらしていて、甥っ子ちゃんたちにたくさん遊んでもらってとても安らぎました。
家そのものと同じで、金銭的な価値が残っているわけではない。まだ使えるからもったいない、というほどでもない(もちろんそれを言い出せば、いくらでも役に立つものもあるでしょうが)。 ものの価値は、人の心が決めてゆくのですね。 この先片付けを終えるまで、まだまだ苦しいことがたくさんあると思いますが、きっとそこから学べることもたくさんあると信じてがんばりたいです。
拍手ありがとうございます。
>Pーさま
お茶会楽しみですよねー!私の心配までしてくださって、ありがとうございます。
>お名前なしのかた(もちろん無記名でOKですよ!)
ご心配くださってありがとうございます。体に気をつけて、元気にチャーちゃんの舞台やお茶会に乗り込みたいです(笑)
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