ちむたんのつぶやき
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先週金曜から出社しています。 朝、未読メールが300通ほどあって昏倒しそうになりました。4日間休むと、さすがにいろいろな人に迷惑をかけていました…。
土日は近所のスーパー銭湯に行ったくらいで、あとは自宅でゆっくりしました。
そして今日は月曜日。いよいよ通常モードでスタートです。今週は月末週なので、気合を入れて仕事しなくてはなりません。
いつも通りの光景の中に、ひとりだけが欠けています。
平日は毎朝6時過ぎにおはようコールがかかってくるのに。 実家にいかない土日は、9時ごろになると「もう起きた?」というメールがくるのに。 毎週はじめには、Yahooの週間天気で、父がゴルフにたいてい行く月・水・金の予報をチェックして、寒そうだなあ、とか心配していたのに。 テレビの話題への雑感や、野球や大相撲の結果や、庭に花が咲いたよという報告、そういうメールがしょっちゅう届いていたのに。 英語のクロスワードパズルを、丸善で買って送っていたのに。 父の好きそうなつぶあんのお菓子を見かけるといつでも、今度買っていこうと思っていたのに。
ついこの間まで当たり前だった数々のこと…。
いつもの時間の流れ、そこに織り込まれた習慣の中に、父だけがいない。 仕方のないことだとよくわかってはいても、その事実が、ほんとうに寂しいです。
ゆうべ帰ってきました。 先週金曜の夜に実家に戻ったのが、あまりにも昔のようです。
メールや拍手のメッセージをくださったみなさま、本当にありがとうございました。とてもうれしかったです。 個々にお返事できず申し訳ありませんでした。
おかげさまでお通夜・告別式と滞りなく済み、その日のうちに父の遺骨を母が眠っているお墓に納めました。 二人とも喜んでくれているのではないかと思います。けんかしているかもしれませんが。
きょうだい三人で、たくさん話をしました。貴重な、貴重な時間でした。両親の贈り物のような気がします。 私が生まれる前の両親について、今まで知らなかったことをたくさん聞くことができました。
もう少し気持ちが(仕事も…)おちついたら、記憶が薄れないうちにここまでの日々の記録を書きたいと思っています。これからの自分のために。
たまらなく寂しくはありますが、悔いはまったくありません。 父が、母が、この胸の中に確かにいてくれるからだと思います。
| 2008年01月20日(日) |
ありがとう、また会おうね |
今日14時38分、父が逝きました。 83歳、2月7日の誕生日まであともうわずかでした。 入院から5日で、最期までがんだと知ることなく、あっという間に逝ってしまいました。
いまは自宅に戻ってきています。眠っているだけのような、つい声をかけたくなるような、とてもやすらかな顔です。
昨日の時点で余命はおそらく2、3週間、でも急変も起こり得ます、と言われていたのですが、まさにその言葉どおりになりました。 朝9時半に看護師さんから、呼吸が危険な様子になってきているので家族を呼んだほうがいいと勧めていただいたおかげで、きょうだいと父の妹、みんな揃ってみとることができました。病院のスタッフの方々には本当によくしていただき、心から感謝しています。
相棒は最後に少しだけ父と言葉を交わせましたし、臨終に立ち会ってもらうことができました。この巡り合わせに感謝します。
おとうさん。
今日まで、本当にありがとう。可愛がってくれて、大事にしてくれて、本当にありがとう。 お父さんの娘に生まれ、お父さんとたくさんの時間を過ごせて、私は幸せでした。
お母さんと一緒に、また会いましょう。 ありがとう。
父には、今までたくさん嘘をついてきた。 ほとんどが、知られたらなんとなく都合のわるいことを隠すための嘘だった。 友達と温泉にいくとか、ご馳走をたべるとか、一人暮らしの父に対して私ばかり楽しい思いをするような場合が多かった。
これから私は、父に一番大きな嘘をつかなくてはならない。
胃がんが肝臓にまで転移していて、もはや快復は望めないこと。 あとは、なるべく苦痛を緩和するための治療を行っていくしかないこと。
これらの事実を、病気をあれほど怖がっていた父に、最期までなんとしても隠し通すために。
大好きな父に少しでも安らかな眠りを。どうか。
復活の「ヤッターマン」。昨日が第一回放映日だったんですね。チェックしていなかったため見逃しました。リアルタイムで旧作を知る者としては初回はとりあえず見ておきたかったので残念です。ひょっとしたらYoutubeとかには上がってるのかもしれないけど、そこまでの熱意はない(笑) あ、こんなことを書くともしかしたらDVDを焼いてくださるありがたいお友達とかいらっしゃるかもしれませんが(いないか)、現在留守が多く荷物の受取がはなはだしく困難な状況なので、お気持ちだけお受けしておきます。全くもって念のため。 …そういえば主題歌は旧作と同じなのであろうか?
三連休は実家にこもりっきりで、食料品の買い物に出たくらいでした。寒かったし、父からあまり目が離せなかったですしね。 13日はすごい強風の中、消防の出初め式をやってました。実家のある市は消防本部が今月下旬から新庁舎に移転するので例年より気合が入ってたのかもしれませんが、あの強風ではせっかくの出初め式も大変だったろうなあ。会場に向かって歩いていた制服姿の職員の人が、帽子を風ですっ飛ばされて一瞬呆然としていたのを目撃しました。
父は朝はまあまあ元気で、ジュース・ヨーグルト・食パン半分くらいは食べられるのですが、昼や夜はアイスクリーム、おじやや温かいおそうめんなどをほんの少し口にするくらい。体力が落ちているのに食べられないというのが見ていて心配なところです。 吐いたりおなかがこわれたり、ということは今のところないのですが、食後しばらくして背中がなんとなく痛むそうです。ふと気づくと座ったまま眠ってしまっていることも頻繁になりました。 寝室は二階にあり、日中も二度くらい昼寝をしにいくのですが、階段を上がると傍で見ていて怖いほどひどく息切れしてふらふらします。着替えや洗面、お手洗いなど身の回りのことは一通り自分でこなしますが、いちいち消耗がひどいので思わず手を出したくなるくらい大儀そうです。
疲れてぼんやりしてきて、1〜2時間くらい昼寝をして下りてくると少し元気になっている、という感じ。 13日の夜は7時くらいに寝てしまったあと、9時半に下りてきて、昔の仕事の思い出を1時間ばかり話してくれました。話しぶりを聞いていると、声に少し力がありませんが話の流れはよどみなく、内容もしっかりしています。 テレビのニュースにコメントしたりもしますし、趣味のクロスワードパズルやPCのトランプゲームも少しずつながらやっています。頭の働きのほうはほとんど鈍っていないですね。むしろ私よりしっかりしているかも(苦笑)。
どこか病気はあるだろうけど、薬でどうにかできて、入院するほどではないんじゃないかね、と本人は言います。 私も病気自体が今すぐ命があやういほどの状態だとは思わないのですが、体力がかなり落ちているので、そういう意味で入院を勧められる可能性はあるかな?と考えています。 明日の診察で、先生がなんとおっしゃるのか…。
三連休はバッチリ帰省です。これから先、土日はないんだ…。 明日の夜帰って、火曜は会社行って、その晩また実家です。はー。負けないわっ。
父はだいぶ弱ってしまっていて食事の量もめっきり落ちており、先月の今頃と比べると愕然とするほどですが、なんとなく入院にはならないんじゃないかな…という気がしています。ほんとに勘ですけど、そこまで重態ではないよなあと。 入院しないとウィークデイはこの状態で一人でいてもらうことになるので心配は心配なんですけども、なるべく家にいさせてあげたいと思いますしね。
先週金曜に、いつも外出の多い上司が珍しく本社に来たので、状況報告をしました。 密かに狙っていた、メール送受信+基幹システム&共有ファイルサーバへのアクセスを実家でできるようにしてもらって在宅勤務…という夢はあっさり破れてしまいました。セキュリティ上、メールの送受信はOKだけどそのほかは許されないのだそうです…。ケチー。 それがダメだと、基幹システムとサーバからデータを取る作業を出勤している同僚に全部頼まなくてはならないので、かなり迷惑度が高くなってしまうのですよ。 上司はわりとイージーに、他のふたりに頼んで…と言ってましたが、できれば迷惑は最小限にとどめたいんだけどなあ。ふたりともとてもいい人たちですが、ひとりは小さなお子さんがいるお母さんだから残業は絶対できないし、もうひとりは派遣さんなので、あまり負荷が大きくなると辞めてしまう心配があるし。難しいなあ。
ひととおり事情を聞いてくれたあと、私に辞められたら困るし、誰にとってもいつかは他人事じゃないので出来る限り協力するから、と上司に言ってもらえてありがたかったです。
あとは時短勤務を許してもらって、実家から通うことも考えようかなと。けっこうキツいけど、出来なくはない感じなので。 などなど、長引いても辞めずになるべくみんなハッピーに両立させる手段をいろいろと思い巡らせております。ここを辞めたら、次は正社員の口はないしな。(鼻息荒く)
拍手やメールでお見舞いメッセージをくださった皆様、ありがとうございます。勇気がわいてきます。
A様(ですよね?)、本当に相棒がいてくれてよかったと思います〜。この三連休も一緒に来てくれてるんですが、昨晩寝る支度をしてるとき、いまこの瞬間一人だったらどれだけ辛く心細いことだろうとつくづく思いました。
「患者さんに接する時の一言一言がどんな影響を与えているのかと思うとコワイ」とお書きくださった方、言葉がたりず申し訳ありません…。 母が入院していたときのスタッフの皆さんにも、私は今でも心から感謝しているのですよ。入院中は忙しいなかとてもよくしていただきましたし、在宅看護するにあたっては往診してくれるお医者さんや保健婦さんを紹介してくださったり、本当にありがたかったです。 病気という切ない事態の中では、看護する側もされる側もどうしようもない辛さはありますが、それでも必ず伝わるやさしさ、残るやさしさがあるのだということは、あの時心から実感し、その思いに今でも支えられています。
とびとびになるかもと言いつつ今日も更新です、ははは。
次兄がゆうべ実家に行ってくれて、今朝9時10分から超音波検査でした。父は朝食抜き。 9時5分くらいに父からメールがあって、早く行ったらもう終わってしまったそうです。これから喫茶で朝食を食べて帰ります、とのこと。 こ、こんなにあっさり終わるとは。まあ今日は検査だけだからそう手こずるまいと思ってはいましたが。会社を休んでもらった次兄にはなんだかすまないことをしました…。 次兄からは「楽勝。のんびりしていますが、今会社のメールを開けたらどっさりでトホホです」というメールがきました。うわあほんとほんとすまん。サンキュー。
検査たいへんだった?と父に訊いたら「15分ほどだったと思うけど長く感じた。器具を当てるとお腹が痛かったので、悪いのではないかと心配」という返事がきました。 超音波検査は私も子宮で経験済みですが、けっこうぐいぐい押されたような記憶が。父はあまり検査慣れしてないのでより長く、しんどく感じたかもしれませんね。病状のせいで痛むのではないといいのですが…。
そんなことを考えていたら、母が同じ病院に入院していたときの辛い出来事を突然思い出してしまいました。
二度目の入院のときでした。母は6人1室の病室にいて、私は朝食の時間にあわせて通っていました。 その朝病室に入ってみたら、昨夜は確かに普通だった母の髪が、ほぼ丸刈りにされているのです。仰天しました。 当時の母はもう言葉が出なくなっていたので、理由を聞くこともできません。驚く私を、うっすらと涙を浮かべた悲しそうな目で見つめるだけ。 周りの患者さんに尋ねても埒があかずただ嘆いているうちに、看護婦さんがやってきてようやく理由がわかりました。
脳神経外科なので、手術をうける患者さんは当日の早朝に床屋さんが来て、髪をすべて刈られることになっています。母の隣のベッドの患者さんがその日手術をうけたのですが、母は人違いされてしまったのです…。 看護婦さんの指示ミスなのか、床屋さんの勘違いなのかはわかりません。 もちろん謝られましたが、怒りで腹が煮えくり返るようでした。
母は口が利けなかったので、突然やってきて頭を刈り始めた床屋さんに何も言えませんでした。 でも、二年半前に手術を受けた経験から、頭を刈られるということはその日手術があるのだ、と想像はできたはず。何も聞かされていないのに、とどんなに怯えたことでしょう。 母があまりにかわいそうで、くやしくて、申し訳なくて、泣きながら肩を抱いて繰り返し謝ることしかできませんでした。 命にかかわることではなくてまだよかったにしても、相当ひどい出来事だと今振り返っても思います。言ってみれば患者の取り違えですから。 母の看護をしていた2年間の中でも一、二を争う悲しい記憶です。
あの当時に比べると、職員のみなさんの対応はずいぶんよくなった印象を先日受けました。今は医療を取り巻く環境がいろんな意味で格段に厳しくなっているのだろうなと思います。
ああいかんいかん、痛すぎる。(だったら書くなよ…)
何度か書いていますが、12月はじめの一件以来、父の具合があまり思わしくありません。 お正月に見ていても急に元気がなくなったなあと心配しているうち、事態がかなり大きく動いてしまいました。
7日: ゴルフに行き、息切れがあまりにひどいので半分でやめて帰ってきましたが、さすがに自分でもどこかおかしいと思ったようで、私がかかりつけの医院になるべく早く行くよう勧めたら、ようやくその気になってくれました。
8日: かかりつけのS医院で受診。 S先生にこれまでの出来事を説明し、採血してもらって帰宅したのですが、夕方電話がかかってきて、検査結果が急激に悪くなっているから明日総合病院の消化器内科を受診するようにと指示されたそうです。 父から連絡をうけ、私が会社を休んで付き添うことにしました。 父はひとりで行けると言い張りましたが、押し切りました。あとでS先生とお話したところ、そのまま入院になる可能性もあると思っていたので付き添ってもらってよかったといわれました。 父もどうやら覚悟していたようで、実家に着いたら入院の用意を一通り済ませていて、内心かなりどきりとしました。
9日: 総合病院へ。(2005年夏にペースメーカーの手術をしてもらったところ) S先生からの紹介状を提出したところ、内科の事務の人が案内してくれたのですが、開口一番「待ち時間が1時間ほどになりそうですが、お待ちになれますか?」と。 父は、このあとなにか予定などないか?という意味の質問だと解釈していたようですが、私は体調は大丈夫か、普通に待っていられるか、と訊かれたのだと思いました。 これもS先生から伺った話ですが、昨日の血液検査の数値を送ったところ総合病院のほうから「この患者さんは外来受診できる状態ですか?」と問合せがきたそうです。 専門家から見ると、それだけ悪い状態なのですね。しかも高齢者だし。
ちなみにこの1時間、父に「時間つぶしに、車の中に置いてきた本を持ってこようか?」と訊いたら「喫茶室にお茶飲みにいこう」と。内科から喫茶室は階も違うしけっこう離れているので、歩かせるのがひやひやでした。 ケーキも食べようというので、ひとつ頼んで半分こ。なかなか美味しいよ、と食べていました。
消化器内科のO先生の診察。とても感じのよいかたで、診察室に入ってすぐ「大変お待たせして申し訳ありませんでした」とおっしゃり、父も好印象を持った様子。 血液検査の結果を見ながらこれまでの経緯や飲んでいる薬など詳しく訊かれ、私が補足しながら父が答える形で問診。 今のところはなんともいえませんが、やはりお年ですからどうしても内臓に思うように動かないところが出てくるのはしょうがないんですよ、とのこと。 数値から見ると、肝臓と胆嚢、胆道のところに何かしら問題があるようなので、超音波検査をしてその結果を踏まえて対処を考えたい、その先胃カメラや大腸の検査をすることもあり得ます、といわれました。 S先生から「精密検査を嫌がっている」という申し送りがあったようで「これだけ血液検査の数値にいろいろ問題がある以上、不本意でしょうがここはひとつ詳しく検査をさせてください」との言葉に、父は驚いたことに「もうまな板の上の鯉ですから、ちゃんと調べていただきます」と答え、私はゴルフが生きがいですが、それもしばらく休みます、とも言っていました。
採血して、超音波検査と次回の外来の予約を取ったら今日はお帰りになってかまいません、とのことで、すぐに入院しなくてもいいのだと父はとてもほっとしていました。 脂っこいものとお酒は控えてください、いまもらっている薬はそのまま続けてかまいません、熱が出たりどこか痛いなどの症状が出たら次の予約前でも受診してください、という指示がでました。 ペースメーカーをつけている心臓に問題がある可能性もあるので、循環器と消化器の外来を同日にダブル予約。できてよかった。
家に帰ってきて兄たちに連絡をし、今週金曜の超音波検査には次兄が付き添ってくれることに。検査だけなのでひとりで行ってもらってもいいのですが… 今後こういうことが長く続くかもしれないので、どこまでやったらいいのか非常に悩ましいところです。
しばらく様子を見て、買い物に出るついでにS先生に報告にいきました。 血液検査の結果は本当によくないそうです。精密検査の結果、悪性のものが見つかる可能性もあります、今までご本人が自覚症状がなかったので検査を拒否されていた分、もしかしたら処置が遅れているかも、といわれました。 父が検査を避けてきた以上当然予想されていたことではありますが、データの悪化という形で具体的に示されると、すごいショックでした…。
手術や投薬などでまだ間に合うよう願っています、お父さんの「いや、私は検査はしたくありません」という元気なお声を聞けないとさびしいので…と看護師さんと一緒に言われたときが、一番胸に響きました。
明日は休めないので、心配ではありましたが夕方帰ることに。 疲れたしそれほど食べたくないから、消化のよさそうなものを用意して、といわれておじやを作りました。あとはレトルトのおかゆやプリン、ゼリーなどを買い置きして。 おじやに鶏むね肉を小さく切って入れようと思ったら、肉は入れないでというので大根と長ねぎとミックスベジタブルというなんか妙な中身になりましたが、美味しいといって食べてくれました。
帰宅し相棒に報告してひとしきり泣き、いまから泣いててもしょうがないとすこし落ち着きを取り戻した22時過ぎ。 父から慌てた声で電話があり、早く床についたけれど、急に背中が痛みはじめて眠れない、どうしたらいいだろう、といいます。 起きて椅子に座っていればすこし楽だけれど、痛くて仰向けには横になれないそうです。 痛いと訴えるのははじめてだったので私も動揺しました。 救急車を呼んだらどうだろう、と言ってもそれは大げさすぎると拒むし、途方に暮れてしまいました。 時間外とは承知しつつS医院に電話してみたところ、おそらく先生のお母様が出られて、先生は別のところに住んでいるので、総合病院の代表電話に連絡してみたらどうですかと教えていただきました。 かけてみましたが、できればご本人か、傍についている方からお電話いただかないと様子がわからないので判断できない、ご本人からかけていただければ症状を伺って、すぐに来てもらう必要があるかどうかお伝えします、とのことでした。 ふだん父はそういう電話をかけることを極端に嫌いますが、番号を伝えたらあっさり了解したので、よほど不安だったのでしょう。
待つことしばし。父からまた電話が来て、我慢できるようなら朝になってから外来を受診してくださいといわれたとのこと。こればかりは父に判断してもらうしかないので、そのまま電話を切りました。 23時過ぎまたかかってきて、痛みが治まってきたような気がするのでこのまま寝てみる、と。 何かまたあったら何時でもいいから電話してください、このまま落ち着いても、明日の朝には総合病院に電話して相談してみてね、と言って、不安な一夜を過ごしました。やはり一人で置いてきたのは間違いだったんだと悔やみながら。
10日: 朝6時に電話をしたら、昨夜はそのままどうにか眠れたよというので、総合病院が開く時間になったら電話して指示を受けてくださいね、と頼んだらいきなり断固拒否。この程度で騒いで病院に行ったら笑われるよ、というのです。 何か症状があったら来なさいって言われたでしょうと言ってもどうせ明日検査に行くんだから今日は行かない、の一点張り。 挙句の果て、お前にそんなに心配されるとこっちまで不安になってしまう、率直にいうと大騒ぎしすぎだ。頼むからそっとしておいてくれないか、と涙声になるので、どうしようもありませんでした。
けっこうひどい言い草ではあるな……。 こちらとしても、どのくらい重大視するべきものか、でも楽観して手遅れになるのが怖い、と迷いながら言っているわけなのですが。 遅くに個人経営の医院に電話してしまったり、兄たちにも電話したり、いくらなんでも私ったら取り乱しすぎ?ともうすうす不安になっていたりするわけで。
あとでさすがに申し訳ないと思ったのか「いろいろ迷惑を掛けてすまないね。感謝してます。」という殊勝なメールが届きましたが。
…こんなのきっと序の口なのでしょう。 これからきっと、もっといろんなことが起こる。辛いことも、悔やむことも。 父の性分からいって、もろもろのことを真っ向から私にぶつけてくるはず。 それを受け止めてゆくのはなかなか骨が折れそうです。
長々と書いてきました。去年の6月からの毎日更新も途切れてしまいました。 (これだけ書くなら、その日ごとに分けてもよかったんじゃ?って気もするけど)
第一段階として検査をひととおり受け、病名の診断がつくまでかなり落ち着かない日々が続きそうです。検査はぜんぶ平日ですから実家との往復回数が増え、仕事の段取りも難しくなるだろうし。 今の状態でひとりで家にいてもらう不安も大きいです。 仮に入院となってしまえばその不安は消えますが、また別の心配が起きてくる。
とにかくがんばってみます。 日記はとびとび更新になるかも、です。
たいへん珍しいことですが、土曜あたりから「そろそろ会社に行ってもいいかも」と思っておりました。だって生活のリズム崩れまくりなんですもの(苦笑) 取引先は4日から営業のところもあるので、出社したらすぐお正月ムードが吹っ飛びましたな。しくしく。 でも大して残業もしないですみました。今年もこういう感じでいければありがたいなあ。
ただ、父の具合がどうもよくありません。今日は今年初めてのゴルフにいきましたが、息切れがするのでハーフでやめて帰ってきたそうです。 確かにお正月休みのときの様子を見ていても、ずいぶん動作がゆっくりになり、食事をするだけでも息切れしているようでした。食欲もあまりないそうですし、貧血が悪化しているのではないかという気がします。 さすがに本人も不安に思うところがあったのか、明日はいつも通っている病院に行ってくるそうです。
気持ちは明るく持って、準備は最悪の事態を考えて動けるようにしておかなくては、とずっと考えています。
| 2008年01月06日(日) |
新春名古屋紀行(その2) |
ゆうべ別れ際に「明日はどこか行く予定があるんですか?」とTさんから訊かれましたが、何もありませんでした。 有名な「名古屋の喫茶店のモーニングサービス」を体験したい、というだけ。しかもホテルはビジネス街にあったので、日曜の朝はたいへん静かなのです。 このへんに喫茶店あるかなー、と頭を抱えたTさんは、名駅からホテルまで歩く途中にあるコメダコーヒーに寄るのが一番確かだと思うよ、というナイスなアドバイスをくださったのでした。結果的に、その通りにしてすごくよかったです。
電王を見てひとしきり涙してからチェックアウトしました。 コメダコーヒーでは、モーニングの時間帯にドリンクを頼むとゆで卵とトーストがもれなくついてくるんですねー!野菜も食べたかったのでサラダを頼みました。サラダも新鮮なお野菜大盛りで、とてもおいしかったです。 しかしこうやってコーヒーにいろいろついて出てくるのに慣れてる人は、他の地方で喫茶店に入ったら騙されたような気分になるのではなかろうか。 ちなみに帰ってきたあと愛知県出身の会社の同僚に聞いたら、彼の実家近くの喫茶店ではトーストに小倉あんorいちごジャムの付け放題+お菓子+茶碗蒸しというサービスだそうです…。すごすぎ。
満腹になったのち、相棒とT野さんがまだ行ったことがないという名古屋城にいきました。 私も小学校低学年のときに行ったきりでほとんど記憶がありませんでした。最上階は展望台で、当時の記憶のままでしたが、その下の階の展示がずいぶん充実していました。 石垣を造るための石を当時どうやって運んだか体験できたり、実物大のしゃちほことツーショット決められたり(笑)、太平洋戦争で焼失した本丸御殿を3D映像で見られるコーナーなどなど、けっこう見ごたえありました。
父が単身赴任していた当時の宿舎が、名古屋城のすぐ傍に今でもあります。遠目に眺めながら、あの頃は父も母も元気だったなあ、と思い出していました。
名古屋駅に戻り、まだ少し時間があったのでまたしてもコメダコーヒーでシロノワールの食べ納め…と思ったらちょうどおやつどきで満席だったため、別の喫茶店へ。フルーツパフェ食べました。相棒は小倉トースト食べてました。
新幹線の改札口でTさんとお別れ。二日間ほんとうにお世話になりました。 私がコアラを見たことがないので、次に来たときは東山動物園にいきたいです、と言ったらメンツがみんな野球好きだったため、コアラだけでなくナゴヤドームでドアラ(中日ドラゴンズのマスコット)も見よう、という話に。 そうなると週末にナゴヤドームで試合がないといけないので、日にちがけっこう限定されますけども(笑)。
帰りの新幹線では半分以上寝てました。よく晴れた日だったので、富士山がとてもきれいに見えましたね。
ひさびさに思いっきり笑ってオタク話をして、とてもとても楽しい旅でした。 …Tさんの日記に「銀魂でカップリングはやめようよ」と書かれてしまいましたが、私はへこたれない(意固地)
| 2008年01月05日(土) |
新春名古屋紀行(その1) |
いやもう今回の旅は、同行のT野さんが新幹線に品川からちゃんと乗ってきてくれただけで満足です。完。
…じゃなくて。
3人掛けの席でグダグダ話をしながらいきました。声は大きくなかったと思うのですが、話題がアレな感じで周囲の人には迷惑だったかも。ああでも前の席の男子高校生がバカでっかい荷物で網棚を私たちのエリアまで占領していたので迷惑はお互い様だな(けっこう立腹した様子)
名古屋に着いてTさんと合流し、前回同様コメダコーヒーでシロノワール(2006/7/15の日記参照)を食べてから熱田神宮に向かいました。父が名古屋に単身赴任していた30数年前に行ったことがあったかもしれませんが、全く記憶なし。三が日は過ぎていたとはいえ、かなりの混雑でした。おみくじは吉でまあまあの内容。 参道には屋台がたくさん並んでいましたが、そのなかで初めて見たのが「玉子せんべい」というもの。通称たませんというらしい、薄いオレンジ色のおせんべい(これは関東でも駄菓子屋さんでよく見るものですが、名前はなんていうんだろう…)で、両面を焼いた目玉焼きにソースをかけてはさんだものですね。 名古屋育ちのTさんはもちろんご存知でしたが、関東組の三人は全然知りませんでした。
名古屋に戻ってホテルにチェックイン。お目当ての居酒屋さんが開く時間までまだけっこうあったので、名駅周辺をうろつきました。前回来たときにはなかったピカピカのビルがたくさんできてましたね。バーゲンでセーターを一枚買ってしまいました。宝塚ファン時代からの、旅先で突然要りもしないものを買う悪癖健在です。
そのあとはもう、延々と飲んでました。5時に入って、たしか10時くらいでお店を変えたんだったかな? 最初のお店はカクテルがとてもたくさんあり、お料理も美味しくてよかったです。お料理かカクテルのどちらかを20%引きにしてもらえるクーポンを持っていき、最終的にカクテルに使ったのですが、本当はどっちが得だったのかはナゾです。でもあの飲みっぷりだとカクテルで正解だったんじゃないかなあ…。 とにかく最初から最後まで笑いっぱなしでしたが、私が持ち出した銀魂の近土についてはカンプなきまでに却下され、ちょっと涙目でした(爆)みなさんに口ではかなわないことがよーくわかりましたとさ。とほほ。 いいんだ、くじけないもん(涙)
二軒目は昭和ムードを売りにしているレトロ居酒屋さんでした。 懐かしメニューがいっぱいの中、昼間熱田神宮で見た玉子せんべい(略してたません)を食べることができました。熱々でおいしかったです。 そこを出たのは12時を回っていたかも……。飲み会7時間。すごい。
しかもその上、T野さんと相棒は深夜2時半まで再放送されていたドラマ「SP」を見たのでした。いやもうすごすぎる。脱帽。 私はあっさり寝ました。
| 2008年01月04日(金) |
また揉んでもらいました |
今日はまだ休みでして、去年のうちに予約を入れておいたマッサージに夕方行ってきました。相棒は実家での年末大掃除により絶賛鼻風邪中のため苦しそうです。 帰りは自宅近くのイタリアンでピザ食べてきました。
明日あさっては名古屋に行ってきます。Tさん、新年早々お騒がせしますがよろしくお願いしますー!
次兄に家まで車で送ってもらいました。幸い渋滞にもほとんどあわず、所要時間はドアツードアで2時間弱。おかげでとっても楽でした。 実家を出るときに父が「これでまた火が消えたようになるな」ととても寂しげに言っていたのがつらかったです。 次の金曜には来るからね、と言ったら「じゃあ明日来るの」と。当然来週の金曜なんですが、まるで子供のような揚げ足を。胸が痛い。 体調があまりすぐれないようで、食べたものがなかなかこなれないと言いますし、夕方になると椅子に座ったままうつらうつらすることが増えてきて、かなり大儀そうです。疲れたから寝ると、早めに床に就くことが多くなりました。 ここ一週間ばかり、血圧を一日三回測っていますが、夕方になると上が80〜90台前半とかなり低くなるので、それが夕方の疲れた様子に関係しているのかもしれません。 来週は病院に行くと言っていますが。
どれだけ気を揉んだところで、一人暮らしをさせている時点で既にどうしようもないのかもしれません。 どうにも、なるようにしかならないんですけれども。
長兄一家が日帰りでやってきました。愛犬ダッちゃんが不定期にけいれんの発作を起こすので、泊まりがけで外出できない由。体質らしく、かわいそうです…。
姪1号(大学3年)は来年の卒業と国家試験を控え、理学療法士としての勉強も佳境に入ってきているようです。 腰をはじめとして身体中が痛いんだよう、と訴えたらマッサージをしてくれることになりました。 「筋膜と筋肉をはがす、んだっけかな…あれ?」などとつぶやきつつ揉んでくれるのでなんだかおそろしかったですが、上手かった。しかし「普通ならこうすれば悲鳴をあげて痛がるはずなのにおかしい…凝りすぎ」と言われてしまいました。どういうSっぷり?(笑) そして、明日は揉み返しでえらいことになるからね、とブキミな予言を残して去っていきましたが、私は今まで一度も揉み返しって経験したことないんだもんねフフン。明日を楽しみにしているがいい。<揉んでもらっておきながらその言種か 北村薫を読んだことがないというので「空飛ぶ馬」を押し付けて勧めておきました。
姪2号はもうすぐ高校受験です。でも余裕っぽかった。風邪ひくなよ。
| 2008年01月01日(火) |
今年もよろしくお願い申し上げます |
あけましておめでとうございます!
初日の出、ばっちり拝めましたー。 毎度おなじみ携帯画像です。

さて今年の抱負は。 身体と心の健康に注意して、毎日を大切に過ごしたいです。 それから、チャーちゃんの舞台がある予定なので、それがとても楽しみです。
あとはー、去年夏以降わたくし銀魂〜、近土〜、と騒ぎ出してその後めっきり静かになっておりますが、全然あきらめておりませんです。この年末年始もひっそり書いてました。 さすがに同人誌を作るのは、イベントに出るのが難しいので断念しましたが(それでもかなり真剣に検討はしたらしい…)、サイトは作ります!作りたいです!…もうちょっと原稿が書きためられたら(笑)。 長い話があんまり進んでないので、いま作っても読みでがなくて寂しい気がするんですよね。 自分が読みたい話を書く、というスタンスでがんばりたいです。楽しいです。
そんな感じの新年です。 今年も相棒ともども、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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