ボクは空に恋をした..もえ

* * * 怠慢 * * *
2006年05月30日(火)
特別具合が悪かったとかでもないのだけど
一日おきの通院だけで
これといって何も代わり映えない日々だったので
なんか書きそびれてた。


母はまだ歩けないまでも
車椅子には乗れるようになって
時々帰ろうとするらしいから
もう病院の方でも 退院していいかもってこと。

ホームのほうと相談して
今の状態で戻っていいのならってことで。

きっと病院も手を焼いてるんだと思う。

認知症のせいかなぁ。。。困ったもんです。



いろいろね
考えてることや思うことはあるのだけど
結果が出せない感じ。
自分に自問自答繰り返しても
なかなか答えがだせないでいる。

だけど萌は必要じゃない気もする。


また愚痴っぽいことしか書けないけど
気持ち的には安定してんです。


思うことは
リアルで普通の人と同じように
当たり前のことが当たり前に出来ない分
ネットの中でくらい弾けたり
楽しんだりして
少しでも普通の子と同じでいたい。

滑舌よく喋れないとか
走れないとか
人と上手く向き合えないとか

通院治療が再開した今
もう外は暑いくらいなのに
帽子もマスクも外せない外出とか

出来ないことが多すぎなんだ。


せめてバーチャルな世界でくらい
人と同じように活発に動いたり
お話ししたり
駆け回ってみたりしたい。


何?この子って思われることばかりなんだろうけど
これでも生きてるし
これからも生きるし
生きたいし。。。ね


多分誰にも理解はされ難いことなんだろうけど
要はリアルから離れた場所でくらい
普通でいたいってことなんです。




* * * 風邪しんどー * * *
2006年05月23日(火)
熱はないけど
咳が少しと鼻水

昨夜大人しく寝とくべきだったかな。

母のとこも行ってないので
電話がかかってきた。

ねーちゃんも 母に風邪うつすといけないから
行かないでいいってゆーたもん。

明日はまた病院

こくろうは明後ボルト抜いてもらう予定。


それにしても身体中が痛いー
あちこちモーラステープ貼ってるけど
逆に動きにくい。。。





* * * 病院行っただけ * * *
2006年05月22日(月)
また週明け早々通院日。
朝ねーちゃんから電話があり
父の熱は37度ちょっとまで下がったらしく
父は病院行きをやめた。

夕方戻ってきてから電話して
なにか食べたか聞くと何も食べてないゆーし
なんも食べたくないとか。

麺類なら喉越しもいいからと思って
コンビニで何か買ってもって行くよう
でかちびに頼んで萌は休憩。

病院行って帰るだけでクタクタ
母の所もお休みした。

父の風邪がうつったわけじゃないと思うけど
昨夜夜中から喉が痛くて咳が出始めた。
熱はなかったので平気と思う。



昨夜(22日)のうちに書いておこうと思ったのに
ちょっとだるすぎで
夜中までベッドにいた。

メッセ繋げて少ししたら
シェイクの連打がきて
「寝ろ」と。。。
邪魔してないじゃないと言いつつ
なんだかまた険悪になったかも。
少しくらいネットも繋げたかったんだもの。

怒らせた気がするけど
すぐ落ちたからどうしよーもないし。


なんか気晴らしにネトゲでキャラの確認だけしよー思って
繋げたら先日お知り合いになった人から
メッセージが来て
少しその窓でお話ししてた。

寝ますねとおちたものの
いろいろ考え事してたら眠れなくなって
メッセも落としたまま
少しひとりでネトゲしてた。


なんかもー上手く行かない。
そんな自分に嫌気がさしてくる。


今日は病院ない日なので
夕方実家と母の所だけ行こう。
なんにもしたくない。





* * * ちょっと大変 * * *
2006年05月21日(日)
ねーちゃんが昨夜実家に帰ったら
また父が風邪引いて具合悪そうってことで
今日様子見に行ったら
熱が39度ちょいあって
急いでお薬買いに行ったり
ちょっとバタバタして大変だった。

他にもいろいろ大変なことあって
ちょっときついな。

父は自分で病院行くような人でないし
明日は萌も病院なので
一緒に連れて行く約束はしたけど
どうなんだろう。。。

インフルエンザじゃなきゃいいんだけど。

早く治してもらわなきゃこっちが困る。

なにも食べてないようだったので
冷やしぶっかけうどん食べさせたら
味がないって。。。
熱高いんだから当たり前。

冷蔵庫いれといてくれゆーから入れといた。
少しでも食べたからまぁいっか。


明日忙しそう。。。




* * * 坦々麺 * * *
2006年05月20日(土)
やだ 今ここ書こうとしたら
TVで坦々麺のことが。。。

晩ご飯は坦々麺食べてきたの。
久し振りの外ご飯

相変わらず昼間はなーーーんにも出来なくて
夜ねーちゃんがお気に入りのお店で
坦々麺食べてきたとこ。


こくろうの手術も連れて行かなきゃ思ってたのにな。
結局今日もなにもしなかった。


朝目が覚めてちょこっと
30分だけゲームしただけ。


昨夜メッセではよ寝ろ言われて
メッセ落ちて
すぐは寝られなかったけど
なーんもしないでお布団でゴロゴロ。
やっぱり眠れないので
別ブログにもブログペット置いて遊んだりね。

今度はペットの名前使わなかったけど。



ちょっと好きな曲みつけたのでHPに貼ってみた。
最初MIDIのオルゴールにしたけど
やっぱり個人的にはMP3のほうが気に入ってたので
重いかもだけどそっちに。。。


もし苦情があったらメッセかメールででもよろしくです。
きてくれてるお友達orお知り合いさん><


掲示板すっかり放置で。。。
見てはいます。

近いうちちゃんと書きます。
ありがとう。







* * * 今週は終わり * * *
2006年05月19日(金)
土日の二日間は病院行かなくていいので
ちょっとホッとしてみたり。

入院すれば毎回点滴の針刺さないで
バイパスとって置けるから少し楽だけど
一日置きに点滴グリグリはきちー。

血管が細い上に逃げてしまう?らしく
もう両腕 手の甲まで
射すとこなくなる勢い。

そろそろ足にいっちゃうか。。。



台風きてんですかね?
今外は風がめちゃ強い。
でもなんかムシムシと蒸し暑い。

帰ってきてなーんもできないで
ベッドにへたり込んで こんな時間。
母のとこも実家も行ってない。

一日おきの通院なのにまじできちー;


病院ではケータイ マナーモードにしてて
メールきてたの気付いたのもついさっき。
そのままで忘れてたから。


遅い晩ご飯でも食べて
なんかしますかね。。。

気持ちは上向き傾向にあるのだけど
身体がついてこない。
PCの前にいても 長時間座れない。
ゲームしたりして 気晴らしはしてるのだけど
昔ほど何時間も遊べる体力もなし。

手の動きがまたまた鈍ってきてて
ずっと痺れてる感じで 上手くマウス操作もできないので
今はクリックゲーくらいしか出来なくて
もう戻らない時間を懐かしんでるだけ。

また昔みたいに同じ時間を 同じ世界で共有できないのかな。

そう思うと虚しくて 寂しいけど
仕方ないか。。。


諦めも肝心。


今まで生きてきた時間は
そんなに長くはないけど
それでもたくさんのこと諦め続けてきた。
他の子と同じように遊べない。
学校も満足に行けない。
体力が人の半分も持たない。

諦めて絶望しながらも
ほんの微かな希望を見つけては
生きてきた。

人並みなことは出来なくても
それでもまだ小さな光はきっと射すはず。


今日頑張れなくても
明日こそ

そう思っても出来ないままだって
でもきっとまた明日はくるから。




* * * だめすぎ * * *
2006年05月18日(木)
今日も雨

何も出来なかった

身体がゆーこときいてくれない



もう〜なんでかな



明日は病院だ。

いつまで続くの。。。

* * * また雨よぉ * * *
2006年05月17日(水)
今日も朝から雨だった。
でも自分の病院の日で 憂鬱ながらも出かけなきゃ。
ちょー贅沢してしまった自分南無
雨でどうしても身体が動かなくて
タクシーで行っちゃった。
片道4000円が少し切れる運賃;

行かなくていいなら出たくないけど
そうもいかずちゃんと行けただけ偉いよね。。。


夕方遅めの日課の
母の病院は 今日は休んだけど。
きっと待ってただろうなと思うけど
今日はほんとに無理だった。
ねーちゃんが迎えに来てくれるときなら
無理してでも行けるけどなぁ。


無駄遣いしたし 母のとこも行かなかったし
父に知れたら怒られるかな。
明日は自分の病院ないから 母のとこは行こう。


こんなことばっか言ってて
梅雨になったらどーなるんだろ。
ただ 今は副作用の関係で余計なんだと思いたい。


昨夜またちょっとだけの幸せあったから
なんとか気持ちは持ち上がってきた気がする。
いあ なんとなくだけど。

当たり前だったことが
当たり前じゃなくなったから
きっと喜んだり悲しんだりの差が大きいんだと思う。
毎日楽しくて
嬉しいことばかりで生きていけたらいいのにね。


こくろうのボルト取る手術がまだだった。
今週末に行こうかな。
萌の病院がない日じゃないときついので
半日くらいで帰れるとは聞いたけど
朝連れてってまた夕方お迎えとか
麻酔もするだろうから 様子も見てあげなきゃだから。

すぐ甘えてくる時お腹だす わんこみたいなこくろう
お腹撫でると猫キックして
あごとか鼻の頭撫でてあげると
萌の手を掴んでくるような格好するし
何がしたいのかわかんない子。
でも愛しくてたまらない。

ペットみんな同じように愛しいけどね。
ハンデがあるこくが
やっぱりちょっと他の子より気になるから。



今日は半分も頑張れなかった気がするけど
明日はご飯作るのも 母のとこ行くのも頑張ろう。






* * * 雨ばっかり * * *
2006年05月16日(火)
夜中から降り出した雨は朝もやんでなかった。
今日は通院日じゃないからよかった。
でも明日はまた病院。。。
せめて雨降らなきゃいいな。


夕方遅くにやっと雨もやんだ。

ケータイが鳴ってびっくり。
ねてたんか?
と言われた。
寝てはないけど だるくてお布団にいたから。。。

さっき出なかった 寝てたんか?
きっと下に降りてたときかな。。。
気付かなかった。

また暫くしてケータイが鳴った。
寝てたんか?
と言われ 寝てないってば
を数回繰り返し。

別に話すことないから切る
と言われて切れた。

萌はどんな位置にいるんだろう。。。
と思う。



ねーちゃんに迎えに来て貰って
母の所に行った。
いつも遅くなって悪いと思う。
うとうとしてたらしい母は
まだ昼間だと思ってたようで
時計を間近に持ってって見せても
「この時計おかしいやん」と言い出す始末。
やっぱ痴呆が進んでるんか
寝ぼけてるのか。


1Fの自販機で買っておいたオロナミンを飲ませてあげた。
半分こしよーよって。
「これはおいし〜」と喜んだ。
でも血糖値上がること気にはしてるのか
1/3程飲んだだけで もういいって。


今日はオパールを使って少し歩く練習もしたらしい。
長いこと座ってて疲れたんだとも言ってた。



昨夜長い時間メッセで話した気がする。
心が疲れてるんだなと思った。
萌が返して上げられる言葉は
拙くて上手く通じてないかも知れない。
だけど苦しい人は 自分だけじゃないんだと思う。
人 友人の繋がりで悩んでいたようだった。

いろんな価値観があって
人それぞれの捉え方もあって
自分が思うと同じように
誰かも考えているわけじゃないんだ。

辛いことだけはわかった
つもり。。。


ある友人は
萌が全快したら超高級なお肉を食べさせてくれるといって
笑わせてくれた。
何牛だったか忘れた。。。
なんでもそうとうなブランド牛らしい。


治すために頑張る。

いつか普通に生活できて
お薬もいらなくて
辛くて痛い治療もない生活


いつかそうなりたい。

叶えたい希望があるんだ。
ちょっとだけ望みが持ててきたから
頑張れるはず。



だからもうこの手離さないでいて。







* * * 通院日 * * *
2006年05月15日(月)
ちょっと採血の数値がよかったので
嬉しいな。
来週あたりにはマルクしとこう言われたんで
それがちょっと憂鬱だけど
今のところは点滴と注射とお薬で
どうにか乗り切れそうな感じ。
このまま上手くいけば。。。だけど。


朝ケータイがなって
久し振りの電話でびっくりしたけど
なんか様子がおかしくて
全く言葉になってなくて
すごく心配した。

結局は寝すぎで頭が起きてなかったみたいで
安心はしたけど。

意思の疎通ができない感じで
もどかしいけど
今はもうしょうがないかな
な気分。
いてくれたらいい。
繋がってたらいい。


昨日 父に頼まれてた
母の足に置くクッション
前の病院では ちゃんと数個用意されてたけど
今の病院では
厚めのかけ布団で代用してたので
父はそれを気にしたんだと思う。
萌は気がまわらなかった。
あまり口数多くない父だけど
やっぱり母のこと 一番思ってるのは父なんだなと思う。

反発枕を3個買ってきてもらっといて
今日はそれを母のところに夜一回戻ってから
届けてきた。

おとーさんが足に敷く枕買ってってやってくれて
お金預かったんよ

とゆーと 母はまた涙流して喜んでた。


今日からまたリハビリが始まったらしい。
順調に回復してくれること祈るのみ。


母が今いる病院の近くのショッピングセンターに
移動販売のクレープ屋さんがいた。
帰りに寄ってもらって買ったけど
ちょうどそこにいるのは今日までで
ちょっと残念。

時々家の近くの大型スーパーのところにも来る。
こ洒落たワイン色のバスみたいなクルマのクレープやさん。
結構地元では有名なんだ。
ローカル番組でもでてたし
美味しいし
お洒落だし

今日は会員カードもらった。
ケータイサイトから移動の予定もわかるらしい。

萌は生クリームが苦手なので
チョコ生クリームの生クリーム抜きをいつも食べる。
どこのクレープでもそう。
おかしいとか
勿体無いとかよくいわれる。
生クリーム抜きだからって安くなるわけじゃないけど
苦手なんだからしょうがない。

ケーキとか好きなんだけど
生クリームは好きじゃなくて
こしあんは食べるけど
粒あんは苦手で
考えてみたらちょっと変かなと思う。


これからの季節 暑くなるし
花粉症の季節も終わるし
いつもマスクつけてると変な目でみられるのが苦痛だな。

病院の中にいると
真夏でもマスクしてたって違和感ないけど
やっぱりご飯食べる以外はどこいっても
マスクつけてるのはおかしいんだろうね。

怪しい人に見られてるんだろうなぁ

でもこれが萌なんだ。
ちゃんと治して
マスクもお薬もなくていられるようになりたい。






* * * 母の日 * * *
2006年05月14日(日)
調子悪くてグダグダな日。

なんかいっつもこればっかゆーてる。
でもほんとなにも出来ないんだもの。

夕方遅くまでベッドでごろごろしてて
夕飯だけ実家で簡単に作って
ねーちゃんに迎えにきてもらって母のトコ行った。

因みに今日のメインは麻婆豆腐。


今日も母は嬉しそうに笑って喜んでくれた。
なんだろう。。。
どんなにしんどい思っても
母が喜ぶ顔見ると頑張った自分がホッと出来る。
恩着せがましく思うのじゃなく
純粋に喜ぶ顔で癒されるって感じ。

あとどれくらいこうしていられるかわかんないものね
少しでも母の記憶の中で
昔のことなんか置いといて いい娘だったと思って欲しい。

気難しくて偏屈な父にも時々理不尽さを感じるけど
やっぱり今萌に出来て
父が一番喜ぶことは
こうして 母の顔見に行ってあげること。
いつかの日が来たとき
父にもいい娘だったと思って欲しいから。
今出来ることはなるべく頑張ろう。

ヒステリックで機嫌の波が激しい姉にも
時々キレそうになることあるけど
実際今の萌の身体を 一番わかってくれてるのは姉なのかも。
いろんな意味で感謝。

やんちゃで生意気でいつも怒らせるちびら二人
勉強出来る人じゃなくていいから
元気な身体で
人の痛みがわかる優しい人になってって欲しい。


思えば去年の母の日も
うちの母は病院にいた。

おかーさん 今日は何の日?

と聞くと「なんやろなぁ」ってゆーから

母の日よ?今年もまた病院やなぁ
何も今はあげる物がないけど 
おかーさん おってくれてありがとうね
はよ元気なってな

と言うと涙目になった母がいた。


いろんな人に感謝して 生きていきたいと思う。

家族も
友人も
ペットも
大切な人も

小さなことにでも感謝して
いてくれてありがとうの気持ちを込めて
接していけたらなと思う。





* * * 焦る必要ないんだ * * *
2006年05月13日(土)
いろんなこと すぐどうにかしなきゃなんて
今の萌にはないんだもの
ゆっくりいこうと思った。

最近ネガティブなことばかり書いてて
やっぱり心配してもらって
ありがたいと思うのと
ごめんねがいっぱいね。。。

今日明日は自分の病院もないので
なんか気持ちはゆったりかなぁ〜
ゆったりしすぎて
またメッセを繋げっぱなしでいないとか
昼間はゆっくりしてて
今日はそんなに体調悪くはなかった。
ただひたすら寒かった。
雨だったけど ずっとベッドにいたから
そんなに具合悪い自覚もなかった。
ここんとこ調子悪い日が続いてたから
少々のしんどさは当たり前になったかな。
また始まった治療の副作用がしんどいけど
まだこれくらいで根を上げてたらこの先持たないし。

夕方遅い目にねーちゃんが迎えに来てくれて
母のところに行ったらすごく喜んでくれて
長い時間はいられなかったけど
体調いい日は出来るだけ 頑張って行ってあげようと思う。


風邪で調子悪いから早めに寝ると聞いて
萌も早めに寝ようとお薬飲んだはいいけど
タイミングよく誘ってくれる悪友二人に笑った。
別々なのにほぼ同時に。。。なんて気が合うのと
おかしかった。


今日は寒いです。
エアコンの暖房きつくした。






* * * 母 転院 * * *
2006年05月12日(金)
一ヶ月足らずの入院で 
計60万で数百円のお釣りだって。
個室だったので 差額ベッド代が大きいかも。
父も大変だなと思う。
転院先の病院での入院加療予定表では
約3ヶ月となってたらしい。
そんなにかかるのかな。
そこそこ歩けるようになったら
もういいんじゃないかと思う。
またこけて骨折したり
頭でも打ったりしたら大変だもの。
転院先の病院では3人部屋になった。

また今日も気分が悪くて目が覚めた。
7時前。
セットした目覚ましが鳴る予定よりきっかり1時間早かった。
吐き気と眩暈が治まらなかったらどうしようと思いつつ
1時間くらいポリバケツにレジ袋入れて
ベッドの下に置いて
横になってたらどうにか吐き気は治まった。

母の退院手続きと転院と
自分の予約で時間がギリギリ
9時半の予約だったけど 母の荷物の整理もあったので
病棟に呼び出ししてもらえるようお願いしておいた。
昨日一昨日と二日も行かなかったから。。。

血液検査と注射が終わって病室に戻ったらねーちゃんが来てた。
全部終わって母の転院先の病院に着いたら
時間ギリギリ11時直前だった。
ただの転院と思ってたのに
内科受診と胸のレントゲンと心電図検査があった。


実家に父を送ってからお腹が空いたというねーちゃんと
家の近くのカフェレスト寄って
ギリギリランチの時間だったので
日替わりランチにしたけど 半分も食べられなくて残念。

今日はクリニックのお薬も貰いに行かなきゃいけない日。
午後遅くに帰ってきたらしんどくて
ちゃんと自分で行かなきゃと思ってたのに
今日はねーちゃんにお薬貰いに行ってもらった。



最近毎日泣きながら寝てる気がする。
嬉しくても泣いて
悲しくても泣いて
辛くても泣いて
不安発作が止まない。


今日も疲れちゃった。





* * * 気付かないこと * * *
2006年05月11日(木)
きっかけは某ネトゲだけど
知り合ってもう数年の友人 C氏としとこうか。

お互いメッセを立ち上げていても
挨拶交わすくらいで お互いがROMしてることが多い。
ここ数日全くC氏のメッセが立ち上がることなく
いつものわざわざ萌用に作ってくれた
挨拶用のCGI付きメッセもこない。

お仕事が忙しいんだろうか
元気ならばいいと思いつつ
あまりに長く見かけないままなので先日メールをした。

帰ったらお説教が待ってるぞと 元気そうな返事が来た。

萌に対してのお説教だとも露とも思わず
昨日寝ようかなな頃 久し振りに上がってきたC氏と
少しメッセで会話した。

C氏が悩み考えネット逃避してた原因は
萌の書いた日記のある一言だったと聞いた。

意識もはっきりしないまま
考えもないまま だらだらとその時の思いを書くこともあれば
ちゃんと残したいこと 伝えたいことがあって
書いてることもある。

こんな萌のとりとめのない日記を真剣に見てくれて
いろんな考えを持ってくれるひとがいる。
C氏に限らずだけど 敢えて今日はC氏に触れてみた。

昼間メールが来た。
その人らしい文面だけど
そこにはたくさんの労わりと応援と愛情がある気がした。

WEBで書いてる以上 誰かの目に止まる言葉たち。
こんなちっぽけな存在でも
どこかで萌の紡いだ言葉ひとつひとつに
なんらかの喜怒哀楽を感じてくれる人もいたんだ。
気付かないまま 無責任な言葉を垂れ流し
ごく僅かな人にでもそれが何らかの影響与えてるってこと
もっと自覚を持たなければと思った。

だからって 書いていく内容を脚色したり
奇麗事だけ書いたり
楽しいことだけ書いたり していくつもりはない。

何度も口にしてきたことだけれど
一日にあったこと全てを書いてるわけじゃない。
思うこと全部を吐き出してるわけでもない。

先日初めて自分が書いた日記の一部を消したことがあった。
今まで誤字があろうと 自分で振り返って痛すぎる
情けなすぎると思った言葉でも
その時確かに自分が残したいと思い書いた言葉だから
消したことは一度もなかった。

C氏は多くを語らない。
どんな風に思い 何を考えたのか
日記でも多くは語らない。
萌が知ってるのはごく一部分の顔なのかもしれない。
逆に萌の全てを知る人だって ほとんどいない。


可愛い振りするのも限界を感じて
明るいことだけ書くことも躊躇われて
もう今は本当に素のままに書いてることが多い。

流行のブログももちろん持ってはいるけど
ここはまた違う場所だと 自分の中で区切りがあるから。


自分の気持ちには過剰に敏感で すぐ泣いたり
しょうもないことで喜んだりするくせに
人のことになると本当に鈍感すぎると思う。
自分が傷ついた以上に 自分が苦しい以上に
どこかでだれかを傷つけてきてるのだと思う。
意図しないことで 怒りを買い 傷つけてきてると思う。

今は正直自分のことだけでいっぱいいっぱいで
関わってくれるひとのことまで
わかってあげられる余裕もない。
自分の辛さや思いを押し付けるだけで
受ける言葉や温かさや苦しさも わかってあげられない。


もっと余裕が欲しいと思う。
不安や取り残されそうな切迫感だけに過剰に敏感で
逆にそれが人に対しての不快感を煽るだけな気がする。


そこにいてくれるだけで 安心できるってこと。
繋がってるというだけで救いになってること。

言葉で意思を伝えることが本当に上手く出来ない。
バカはバカなりに思うことだってたくさんあるけど
それを上手く伝えたい人に伝えられない。
もどかしい。


もっと気楽に生きたいな。
残す言葉ももっと軽く書けるようになりたい。





* * * 一日中雨 * * *
2006年05月10日(水)
今日からちびのほうが修学旅行。
広島 山口 九州らしい。
残念ながら生憎朝から雨
明日も雨らしいけど。。。


萌はというと 今日はなんにも出来ず。
昨日の反動なのか 身体の方なのか
足はもつれるし おトイレ行くのがやっと。

たまには一日中寝てる日もいい。


母の転院が決まった。
朝 今いる病院から電話があった。
12日の10時〜11時に転院先の病院に行くことに。
一旦今いる病院に行って 支払い済ませて
母の退院手続きしないとだから 朝が早そう。
萌だけでは無理なので 父に同行。

萌の治療方針もそろそろ決めないといけない時期。
憂鬱でしかない。
毎日の注射と投薬で乗り切るか
また直接背骨から投薬治療を数クールでやるのか。

まぁそんな内容ここで書く主義ではなかったんで
やめとこう。

なるようにしかなんないもの。


自分の日記なのに
ここに来るとなんかいろんなことがフラッシュバックしてきて
最近辛い。
出なくていい不安発作まで出る始末。

気が重いってゆーのかな。
残したいことはたくさんあるのに
書く言葉が浮かばない。


軽いODには慣れてしまったのか
耐性付きすぎたのか
ご飯も食べてないのに
夕方のパキシルとデパス
倍ずつ飲んだのに浮き上がれない。


こんな身体どーでもよくなってくる。
どうせポンコツなんだ。
いつ動かなくなるかもわかんない。


直接の知り合いではないけれど
先日ブログに「死にたい」と残したまま
心不全で亡くなったと聞いた。
本人は死ぬ気で飲んだんじゃないんだろう。
いつもの軽いODが弱ってた心臓を止めてしまったらしい。
苦しむことなく眠ったようにお亡くなりになったとのこと。
ご冥福お祈りします。。。
とか
ありきたりなことしか言えもしない。

正直羨ましいと思った。

死のうと思ったわけでなく
ちょっと寝逃げしたかっただけだろうけど
結構死なんて簡単に目の前にある気がした。
治療の苦痛や副作用に苦しんで
それでも生きたいと願った同病の闘病友達が亡くなって数年。

幸か不幸か萌はまだここにいる。

いろんなことから逃げたくて
現実逃避したくてネットを覚え
そこではごく当たり前に 普通の人と変わりなくいられた。
それが嬉しかった。
現実から逃げて 違う人格でいられたのかも知れない。

全てを晒していくことに恐怖があって
ほとんどのことを隠しながらネットに存在してきた数年。

当たり前のことが 当たり前にできないからと
毎年のように 一年を乗り越えたご褒美みたいに
唯一逃げられる場所の媒介のPCを新調してきてくれた姉。
かたやネットなんかしてるから
精神病にまでなったと何度も壊し 反対してきた母。


そこでリアルで諦めた恋もした。
まだ普通に恋愛も出来るんじゃないかと思った。
いつか結婚して お嫁さんになれる夢も
実現できる気もした。

その一方で 何度も隠しながら存在してる自分に嫌気が差して
いろんなこと頑張る努力すら無駄に思えて
苦しいだけの治療や
頭の病気まで併発して
生きてる意味がわかんなくなって自暴自棄になったりした。


今 なんのためにいるんだろう。

母の介護がせめて出来るリアルでの萌の存在価値。
動けなくなって それすら出来なくなったら
家族からも必要とされなくなる不安。


きっと雨のせい。
身体が不調なのも 気持ちが浮き上がれないのも
きっとこの雨のせいにしとこう。


同情や哀れみが欲しいわけじゃないんだよ。
本当の心が欲しいだけ。
それがないなら無理しなくていいよ。










* * * 覚めない夢でいて * * *
2006年05月09日(火)
朝からずっとなんだか自分の身体が自分じゃないみたいな
変な感覚だった。
ずっと長い長い夢をみてるみたいな
もしかしたら自分はもう存在してないみたいな


目は覚めてるのに意識がいまいちはっきりしないで
身体の重さと気分悪さに苦しんでた時
ケータイが鳴った。

どっちが現実なのかはっきりしないまま
それでもちゃんと言葉のひとつひとつが
繰り返し頭の中で回ってた。


長い長い夢をみてたみたいに
あっさりと昨夜死にたいと 消えたいと思った気持ちなんか
すっ飛んでいった。
今が夢なのかもしれない。
ならずっとこの世界の住人でいたいと思う。

今までが長い夢だったのか
今がそうなのか
そんなことどっちでもいい。

明日またここに何か書くとしたら
元に戻ってるかも知れない。
それでもいいとさえ思う。
もういいって。


今はすごく幸せな気持ちだから
全てが自分ひとりで作ってる妄想の世界でもいいんだ。
そしてまた現実に引き戻されるとしても
今 この瞬間は世界中の誰より幸せだと思えるもの。


食べたらなくなっちゃいそうで
手で触れたら溶けて消えそうな
そんな感じ。。。

消えてなくなってもいい。
こんな幸せもあるってこと味あわせてもらえたから。





* * * 消しちゃった * * *
2006年05月08日(月)
昨夜夜中に書いた2日分の日記は消した。
余りに痛すぎたので。
2つめの日記は お薬飲んでから書いたので
ある人に送ったと思うメールからのコピペも入れて。

もうバカなことはしない。
もっと前向きになる。
頑張る努力は捨てない。

吐けもしないで
数時間眠れただけで 朝早くから気分悪くて目が覚めた。
例えようない気分の悪さ。
また死ねないと思いつつ
でももうこれからの治療やめたら死ねるんじゃんと
考えたりして もう頭の中もボロボロだった。


夢でも幻覚でも幻聴でもなくて
ちゃんとリアルだった。
いろんな不安は消えないけど
まだ未来に繋がる糸は見えてきた気がする。

人より少し鈍いかもだけど
今度こそゆっくりこの糸を手繰り寄せて
いつかそこに繋がる先に辿りつきたい。

もう焦らない。
自棄になんない。
確実に足元と前を見て
躓かないようにちゃんと進みたい。


これまでも生きてきたもの。
これからも生きていける。

ひとつ乗り越えた分だけは きっと強くなれたはず。
たくさん泣いて辛かった分だけは
人の痛みだってわかるヒトになれたはず。


忘れてた。
午後から大事な用事で出かけないとだったんだ。
また今夜 日記書くかもなので
敢えて昨日の日付にしとこう。

生きててよかった。

今は心からそう思う。
まだ生きてていいんだと思えた。


ありがとう




* * * 夢占い * * *
2006年05月03日(水)
今日はどうしても具合悪くて
ご飯も作りに行かなかったし 母の病院も行かなかった。
一日中お布団の中にいて 寝たり起きたりの繰り返し。

お布団から出ると寒くてたまらない。
エアコンまたつけた。


昼間はなんとか晩ご飯の用意はしようと思って
必要なもの買ってきてもらったけど
やっぱり身体が動いてくれないで
もう動かないことに決めた。

夢に萌が出てきたとメールをもらった。
お薬でぼんやりしてて すぐ返せないまま
また軽く眠ってたりした。
メールの影響だったのか 今度は軽い眠りの中で
萌がその人の夢をみた。

どこかのお店にご飯食べに行ってたのかな。
記憶にはまったくないはずの内装。
ドリンクバーの飲み物取りに行ったら
戻る席がわからなくなって半泣きになった。
そして見つけてもらって安心した。

次のシーンはクルマの後部座席で寝転んでた。
ひどく身体はだるいけど幸せな気分だった。
急に運転席にいるはずのその人が
目の前の工事中の家かなにかの壁に向けて
何度もぶつかってる。
壁のになった視界の左端には 作業着着た人が苦しんでる。
なにかが挟まって抜け出せないのか 焦ってる。
萌の視点はクルマの後部座席からなのに
運転席にいるはずのその人は バイクで壁に何度も突進。
そして壁を壊した。
もがいてた作業着の人は 助かったと喜んでる。
人助けの為に自分のバイク壊れるのも省みず
突進してたのだとわかった。
優しい人なんだと思った。

次のシーンは狭い道路かなんかで
ぶつかりそうになってきたバイクを 上手く避けてた。
相変わらず萌は後部座席から見てる。
運転上手い人なんだなと思った。

いっぱい会話をしたのに 覚えてるのは
どこかのお店で迷子になった萌に「大丈夫 萌だから」
って感じのこと言われたのしか覚えてない。

顔は萌が知ってる顔じゃないのに
夢の中ではその人を特定してる。

夢だからおかしなことばかりで当然だけど。。。


ひとつ思い出した。
明け方 寝られなくていろんな占いサイト巡りしてて
夢占いのページ見たんだった。
そのことはだれにも言ってない。

そして今日 萌の夢みたとメールきた。

さっき自分が見た夢占いをしてきたら
あまりいい意味の結果が出なくて悲しくなった。



明日はまたねーちゃんとちびは徳島に行くので
一人で母のところも行かなきゃいけない。
寝込んでる暇はないんだった。
今日はねーちゃんたちに母のお見舞いも任せた。



明日は頑張ろうね。
きっと大丈夫。




* * * アシュリー * * *
2006年05月02日(火)
明日本屋に行けたら「アシュリー」欲しいなと思った。

プロジェリア(早老症)の女の子の本。
アシュリーのママの本も読みたくなった。
「みじかい命を抱きしめて」
なんとなく読みたくなっただけ。
アシュリーは先日本とCD買いに行ったとき
チラッと見たけど買う気にはならなかったから。
だんだん読む本がなくなってきて
寝るわけでもなくベッドで考え事してたら
なんだか気になってきたので欲しくなった。


今日もいつもと変わらない日。
朝はひどく雨が降っていたのに
午後になってカラリと晴れ上がった空。

体調は相変わらず良くはないけど
義務みたいに日課だけはこなしてる。
スーパーには入れないのでまた買い物は頼んだ。

特に今日は何を作ろうと考えてもなくて
正直ご飯の用意してから 母の病院に行けるか
自信もなくて。。。

ねーちゃんたちに任せて買ってきてもらった食材は
 牛肉切り落とし
 もやし
 水菜
 木綿豆腐
 チーズ
 子持ちししゃも
 冷凍黒枝豆
 たまご

 一個だけ残ってたという枝豆豆腐
(これはもえの食べたかったもの)

後は忘れたや。。。
使った食材しかほとんど覚えてない。

取り合えずそれで作れるもの考えたけど
面倒なもの作るのはしんどくて適当。

牛切り落としともやしはごま油で炒めて塩コショウ。
水菜とチーズは甘酢ドレ作って
買い置きの糸寒天も入れて簡単サラダ。
枝豆は父の晩酌用に。
木綿豆腐は玉子豆腐にしようか思ったけど
面倒になってそのままお味噌汁。
ししゃもはグリルで焼いただけ。


母の食べたがってたポエムも買って
看護師さんが来ないかハラハラしながら一個食べさせた。
バンソウレイ茶も買ってきて。

最初は買ってきたこと言わずに黙ってた。
少ししてから母が「アレ買うてきてくれたかなぁ」
言い出したから アレってなん?
と意地悪なようだけどわざと聞いた。
「日切り焼き。。。」とかまた違うこと言い出すから
そんなんきいてないよ?と 母の言葉を待つ。
そして母がちゃんと「昨日頼んだポエムないかなぁ」
と言うまで待った。
意地悪なようだけど そういうなんでもないことを
ちゃんと思い出させ 考えさせることも
認知症の進行を遅らせる手段だと思うから。

個室にいて ましてまだ自力でベッドから離れられないから
一気に認知症が進行する。
そうさせたくないから 意地悪でも「考えること」をさせる。

本当は小さめのベビーポエムにするつもりだったけど
自分で買いに行けなくて 普通サイズのポエムだった。
母は「おいしい」と満足そうに
大事そうに一口分ずつ手でちぎりながら食べた。
最後一口分ほどの一欠けらを残して
「これ明日食べるけん置いといて」というから
全部食べんのはえらいねって言って
けどまだあるから また明日あげるねって
母が残した一欠けらは 固くなるからもえが食べるよと言って
あまり甘いもの食べたくはなかったけど食べた。


今日はなかなか安定剤を持ってきてもらえず
8時半を過ぎても来ないので ナースセンターに貰いに行った。
結局今日も母はなかなか帰してくれず
病院出たのが9時過ぎた。

GW中は多分転院はないので 連休明けになるそうな。
今日手配をしてもらったと主任さんらしき人に聞いた。


実家に寄って遅い晩ご飯を食べて
片付けて家に帰ったのは11時も過ぎてた。

家に帰ってから取り合えず習慣でPC立ち上げて
メッセも立ち上げてたのだけど
二言三言お返事したり 帰宅のメッセいれたりして
そのまましんどくてPCの前から離れてたけど
シャワーだけ浴びてきてメッセは落とし
横になって休んでからこんな時間になって日記書いてる。

とにかくだるくてどうしようもない感じ。
お薬の副作用もまたちょっとしんどい。


身体は不調だけど 精神面は少し安定してるかな。
今は何も出来ないし どうしようもないことありまくりだけど
細々と支えてもらってる気がするから。


昨日は品切れで 今日は一個だけあったって
もえが食べたい言ってた紀文の枝豆豆腐買っててくれて
今日は食べられたから それも小さな幸せ。

なんでもない短い言葉でも 貰って嬉しいから
それも幸せなんだろうなと思う。


小さな幸せいっぱいあった今日は
きっとおっきい幸せなんだなって。。。


昨夜帰ってこなかったまるこが
今朝は帰ってきてたので安心。
こくろうの顔がだんだん戻ってきて
おっきな目がしっかり開いてるから それも嬉しい。
どこから出たのか もえが2階の部屋に戻ったら
締め切ってた窓の外で 網戸だけ全開にして
「ナァナァ」鳴いてたクマのおバカさに笑った。
自分が出たとこから戻ってくればいいのに
何時間開かない窓のところで待ってたんだろう。
身体が冷たかった。


平穏ではないけど 特別大きい変化もなく
順調に母もペット達も元気になってるからそれでいい。


欲張らないって決めたんだもの。





* * * フラフラだったけど * * *
2006年05月01日(月)
昨夜は11時過ぎにはもうお布団にいたみたい。
夜中1時過ぎから2時間おきくらいに一回ずつ
目が覚めては飲み物取りに行ったりしてたけど。

目が覚めてもずっとクラクラしてて
午後早めに実家行かなきゃだったけど
ねーちゃんにお尻叩かれてようよう動いた感じ。

お買い物はさすがGWで
駐車場見ただけで気分悪くて
ねーちゃんたちに必要なものだけ言って
買ってきてもらって
家で作っておいたもの以外を40分ほどで仕上げて
休む間もなく母の病院へ。

今日は7時過ぎに安定剤持ってきてもらってたので
看護師さんに聞くと「8時半くらいでいい」
と言われたので 飲ませたら帰りますと。

体調がイマイチなせいか 今日は時間が長かった。

テレビ観たり母と何気ない話ししながら
8時半になって安定剤飲ませて 帰る用意始めた。

また明日もきてくれるんかなぁと
心細そうに何度言ってたか。
帰り際 どうしてもお願いがあると。
地元のお菓子の 母絵夢が一個だけでいいから食べたいという。

血糖管理されてるから 間食はだめなのだけど
毎日のように言うから
一個だけ小さいほうのベビーポエム 食べさせようと思う。
明日かって行く約束した。

良くないことはわかってるけど
食べられる時に 出来るときに食べさせてあげたいと思うから。


ねーちゃんのクルマで実家についたら9時をかなり過ぎてた。
急いで温めたりして用意した。
やっぱり出かける前に作っておいてよかった。
帰り 例え早めに帰ったとしても
病院から戻ってから作るのはかなりキツイと思う。

出かける前 ジャージャーの具のシイタケを数個置いといて
普通に塩コショウで焼いて
父の場所の前に置いておいたけど
戻ったらお皿だけシンクにあるので 捨てた?と聞くと
全部食べたって。

昨日のことがあったので またもえが用意したものは食べないかな
思ったけど そうでもなく
今日は結構食べてくれたので嬉しかった。

今日のHITはやっぱりジャージャー飯で
最初は文句言いながらもねーちゃんが一番食べたみたい。
あっさり葉っぱだけのサラダが欲しかったとも。
明日はもうちょっと豆板醤利かせてまたジャージャーでいいとか。
明日はジャージャー麺にするかとか
レタスかチシャに包んでもいいかとか
作るのは簡単だけど
材料全て手で微塵切りするのが面倒なんだぞー。


今日のは残り 夜ご飯食べない父の分が
残ってるだけだから
また明日もジャージャー?



晩御飯の献立にまた悩まないと。。。
もえが作れるものって知れてるからなぁ。

いろんなもの作れるよーになりたいな。





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Edit by オレンジミルク 。