白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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引越し先 白い木蓮の花の下で


2008年02月29日(金) 春の兆し

今日は朝からポカポカ陽気。これはお散歩日和だと俄然張り切る。

今週は夫、夜勤週間。今日は残業で午前11時頃の帰宅だとメール。掃除も洗濯も済ませたし、ここは1つ夫を迎えに行こう…とて、娘を抱っこ紐で抱っこして夫を迎えに川沿いを歩いた。梅はそろそろ散りかけていて、そここの木の芽が膨らんでいた。娘に「ほうら、お花綺麗ねぇ」などと話しかけてみるものの、娘は花の美しさよりもコートの襟元を舐めることの方が楽しいらしく、母の話しかけには知らぬふり。川の途中で夫と合った。外で家族と会うというのは、ちょっと特別な感じがして良いものだ。妻子のお出迎えに夫ご満悦。

午後からは娘をベビーカーに乗せて実家へ顔を出し、その足で食料品を買いにスーパーへ。天気が良いとお出掛けの楽しさは倍増するような気がする。いつもの道を歩いていても、なんとなく心弾むような。

帰宅後、娘はお昼寝してくれるかと思いきや、何故かご機嫌斜め。もっと外にいたかったらしい。仕方が無いので再び娘をだっこ紐で抱いて、最寄のポストまでお礼状を出しに出掛けた。天気が良い日のお散歩は気持ちが良いと言うものの、35歳の母にとって1日3度のお出掛けともなると、いささか参る。娘は3度目のお出掛けに気を良くしたのか、だっこ紐の中でお昼寝。娘を起こさぬよう帰宅して、そ〜っと寝かせた。

小さい子供は外が好きだなぁ。なんだか虫みたいだ。天気が良くて暖かいと、家の中にはいられない。小さい子供は人間として成熟しきっていない分、動物的な…と言うか本能に突き動かされる部分が強いように思う。春になると外に出たくなるのは人間の本能なのだろう。

娘が成長していくにつれ、私も必然的に外へ出る機会が増えそうだ。娘のパワーに負けぬよう、しっかりと身体を作っておかねば。それにても春の兆しを実感するのは嬉しいものだ。まだ寒い日もあるだろうけれど、1月もすれば桜だって咲くだろうし。考えただけでワクワクするなぁ……って事で今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年02月28日(木) ほどほどです

出産前、周囲の人から「白蓮さんは、きっと良いお母さんになるね」と、よく言われた。私はどちらかと言うと子供好きなので、自分で言うのもどうかと思うけれど「きっと良いお母さんになるのだろう」と思っていた。が、実際に娘を育ててみると良いお母さんとは言い難い。これは謙遜ではなく、心底そう思う。

娘を産んでからは、子育てを終えた人や、あるいは現在子育て真っ只中の人と「子育て話」をすることが多くなった。母親と言っても色々なタイプの人がいて、「それって、どうだろう?」と思うような人もいれば、「なんと素晴らしい。表彰ものだ。この人は母親の中の母親。キング・オブ・母親だ」と思うような人もいる。そして「すごく良い母親」タイプの人と話をしていると、自分とは随分違っていて驚かされることが多い。

たとえば彼女達は「子供の顔を見ているのは2時間でも3時間でも飽きない」と言う。うっかり夕食の支度を忘れた…なんてエピソードを持つ人もいた。子供が昼寝中も、そばにいてじっと子供の顔を見ていたりするのだとか。私は娘がお昼寝すると「やれやれ。今のうちにお茶でも入れて本でも読むか」とホッっとしてしまう。

彼女達は子供に持たせる物、着せる服まで慎重に吟味し、またそうする事が楽しくて仕方ないらしい。私ときたらそう言う事には比較的無頓着で、万事適当。また、ベビーヨガ・ヘビーマッサージ等の赤ちゃん教室には1つも通っておらず、今後その類の教室に通う予定もない。

娘との暮らしは楽しいし、娘を愛しく思う心もあるけれど、周囲にいる「すごく良い母親」タイプの人と話をすると温度差を感じるのだ。ああ言う母親のもとに子供が沢山授かれば良いのになぁ…と心から思う。(ちなみに乙女な母はこのタイプの母親に属する)子育てのプロって言うのだろうか。私は呆然と見上げるばかりだ。

そんな訳で最近は「白蓮さんって、良いお母さんなんでしょうね」と言われると「いいえ。ほどほどです」と答えている。専業主婦になって子育てに専念している身としては、子育てのプロを目指して、子育て道に邁進するのが本当だと思うのだけど、子育て以外にも「やりたい事」があったりして、私には到底無理そうだ。

表彰したいくらい素晴らしい母親から、そうでない母親まで「母親」とひと括りにしても色々なタイプがあるものだ。良い母親にはなかなか届かないけれど、私なりに…ほどほどに頑張っていこう……って事で今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年02月27日(水) 鍵盤ハーモニカ

今日は朝から良いお天気だった。少し寒いけれど空気が澄んで、お日様の光が気持ち良かったので、さっさと掃除を済ませ、娘をベビーカーに乗せて少し遠いスーパーへ出掛けた。

スーパーへ行く道すがら小学校の脇を通る。娘が通う小学校では無いのだけれど「いつか娘も小学校へ通うようになるのだなぁ」などと、いつも思う。小学校ってのは、どの学校もなんとなく似通っていて、少し懐かしく感じる。今日は小学校の脇を通った時、音楽の授業中だったのか、鍵盤ハーモニカの演奏が聞こえてきた。

思わず立ち止まって鍵盤ハーモニカの音に聞き入ってしまった。調子っ外れの音が混じっていたり、明らかにメロディーを追えていない演奏が混じっていたり。決して上手とは言えないけれど、それはそれで味があって良いものだ。

小学生の頃、私は鍵盤ハーモニカの音が大嫌いだった。どうにも貧乏臭いような気がしてならなかったのだ。ついでに言うとリコーダーの音も大嫌いだった。ピアノやフルートのような楽器と較べると、それらは格下の楽器だと考えていて、そんな楽器を演奏しなければならないのが嫌で嫌で仕方がなかった。

鍵盤ハーモニカにしてもリコーダーにしても、プロの演奏家がいるってことを知ったのは大人になってからだ。子供の頃にプロの演奏に触れていたなら、私の中の鍵盤ハーモニカやリコーダーの印象は変わっていたかも知れない。

大人になった今、鍵盤ハーモニカやリコーダーの良さが分るようになり、また子供達の演奏に目を細める事が出来るようになったのだけど、演奏している子供達の中には、かつて私がそうだったように「鍵盤ハーモニカなんて大っ嫌い」と思っている子もいるのだろうなぁ……なんて思うと、ちょっと面白い。

楽器の演奏なんて、とんとしなくなってしまったけれど、鍵盤ハーモニカに触発されて何か演奏したくなってしまった。久しぶりにオカリナを吹いてみようかなぁ……なんて事を思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年02月26日(火) 爪の切り方

人は時として当たり前だと思っていた自分の中の常識を根こそぎ覆される瞬間を味わうことがある。先日、私はそんんな目にあったのだが、私の中の「当たり前」を覆してくれたのは夫だった。

爪を切る際、私は「切り取り線を基準にして切るもの」だと思っていた。(私が言うところの「切り取り線」とは、爪の色がピンクから白へと変わっているラインのこと。正式名称は知らない)私は切り取り線ギリギリを切って、余白がほとんどない状態が好きだが、余白が多目の人もいれば、切り取り線よりも、やや尖り気味に切る人もいる。切り方の好みはそれぞれだけど基本は「切り取り線が基準」だと信じて疑ったことが無かった。

ある日、ふと夫の指先を見ると爪の中央がとんがり山のように尖っていることに気が付いた。どうやら夫は爪を切る時、切り取り線を無視して、右から1回、左から1回の2回こっきりで済ませているようだった。そんな横着な爪の切り方があったものかと、夫に聞いてみたら「基本的に爪はTwo strokeで切る」とのこと。切り取り線をどう思っているのかと訊ねると「そんなの知ったことではない。爪をちまちまと切る必要性を感じないから、手早く2回で切る」と夫。

衝撃的な話に私は呆然としてしまった。今までずっと「爪は切り取り線を基準にして切るもの」だと信じて疑ったことが無かったのに、切り取り線など無かった物として、爪を切っている人がいただなんて。しかも、身近な人間が。

私達は結婚して2年になる。それなのに、今までどうして夫の爪の形の不可解さに気付かなかったのかと不思議に思っていると、夫が言うには「とても気分の良い時は2回でなく、3回で切ることもある」のだとか。確かに他の爪を見ると、爪の頂は「とんがり山」ではなく「富士山」の形をしていた。流石に3回切りの爪は、2回切りよりも違和感は感じなかった。今までは3回切りの爪ばかりが目に入っていたのだろう。ちなみに私は自分が爪を切る時、何度で切っているか数えてみたら7回だった。

世間の人は爪を何度で切っているのだろう? 切り取り線については、どう思っているのだろう? 私は自分が「当たり前」だと思っていたけれど、夫の自信満々な様子を見ていると切り取り線で切るなんてナンセンスなんじゃないかと思えてきた。どうでもいい話なのだけど、ちょっと気になる。

そんなに面倒なら切ってあげようか?」と提案したが「俺はこれでいい」と夫は決して引こうとしない。今回のことで私は娘が自分で爪を切るようになる年頃までは何があっても生きていたいと思った。夫には娘の爪を任せられない。あらためて長生きを決意したところで、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年02月25日(月) 梅見

土曜日は家族で天満宮まで梅見に行ってきた。

午後からは寒くなるとの予報だったので、暖かい午前中に出発。パッとしないお天気だったせいか、梅園は思いの他空いていて、普通の観光客はチラホラ。元気なのはアマチュアカメラマンの人達。アマチュアカメラマンは団塊の世代が多いようだ。なんとなく……の印象だけど、私の周囲にいる「定年を向かえた団塊の世代」の人々は、カメラか山登りか、絵手紙のどれかを愛好している。ブームなのだろうか?

梅は良い感じで咲いていた。満開のものもあれば、来週くらいが見頃かな……という木も。家の近所にも庭木に梅を植えておられるお宅があって、梅の花は毎日見ているのだけれど、沢山の梅を1度に見るというのは格別なものがある。ちょっと特別な空間へ足を運ぶことで、日々の生活をリセット出来るような気がする。娘は梅園にいる間ずっと夫に抱かれて眠っていた。彼女にはまだリセットしなけれればならない物など無いのかも知れない。むしろ日々の積み重ねが大切な時期。

梅見の後、近くに住む伯父夫婦の家へ。伯父は昨年から入院と手術を繰り返していて、まだ娘の顔を見てもらっていなかったので。娘を連れて伯父の家へ行くと伯父はしきりに「親父さんが生きていたら喜んだだろうなぁ」と言っていた。愛想良しの娘は伯父宅で盛大に愛想を振りまき、伯父夫妻を喜ばせてくれた。

どうやら娘が今1番感心を持っているのは「人間」のようだ。どんな場所に連れて行くよりも、どんな物を見せるよりも人間と接触することを好む。『天空の城ラピュタ』の中でヒロインが「人は土から離れては生きていけない」と言っていたけれど「人は人から離れては生きていけない」ってのも、これまた真理。生まれて間もない赤ん坊は、生きることに必要なことを優先事項の高い順に身につけていく。食べること。排泄すること。自分の意思を相手に伝えること。そして人と交わること。

その日の夕食は実家の家族と母の友達とで賑やかに。私は少し人疲れ気味に。しかしお世話になった方に娘を紹介出来て良かった。梅見から始まって盛りだくさんの1日だった。色々あったけれど私としては、のんびり梅を眺めることが出来たのが嬉しかったなぁ……って事で今日の日記はこれにてオシマイ。











2008年02月22日(金) 気鬱な日

専業主婦&子育て1年生の私は毎日楽しく暮らしいてる訳だが「毎日楽しい」って言うのは「たいがいの日は楽しく過ごせている」と言うことであって、ごくまれにそうでない日も存在する。今日はそうでない方の1日で、気鬱の虫に取り憑かれていた。

今日は朝から駄目だった。いつも枕元においているお茶(夜中に授乳すると喉が乾くので毎晩枕元にお茶を置いている)の容器のフタの閉め方が悪かったらしく、目覚めたらシーツが麦茶に濡れていた。わざわざ自分で用事を増やしてしまうなんて……と軽く凹む。

娘をベビーカーに乗せて買い物に出掛け、近くのスーパーの目の前で財布を忘れたことに気が付いた。サザエさんではあるまいに、財布を忘れて買い物に行くなんて。ふと2年前、結婚しようと役所に行った時のことを思い出した。あの時は婚姻届を家に忘れたのだ。

財布を取りに戻り再度スーパーへ。スーパーにある郵便局のATMに貯金箱に溜まった小銭を入金しようとしたら、スーパーのATMは硬貨が入れられなかった。仕方が無いので買い物をして、郵便局まで足を運んだ。郵便局のATMは混雑していた。

些細な失敗ばかりなのでヨシとするべきなのだろうけれど、今日は他にも、する事成す事失敗続き。気鬱だから失敗するのか、失敗するから気鬱になるのか、こうなってくると「卵が先かニワトリが先か」って話。気分転換をするのは比較的得意なのだけど、今日はいいアイデアが思いつかず、娘がお昼寝している間に大好きなアイスクリームを食べてみたが、やはり気持ちは晴れなかった。

こんな日は何故か哀しいことを思い出したりする。わざわざ自分から潜っていかなくても良いと思うのに、何故だろうなぁ。どんなに幸せな状況にあったとしても、人は決して哀しみから逃れることは出来ず、常に何某かを抱えているのだろう。それはきっと私だけ……って話ではないはず。

なんとなく、もやもやしたまま夕方を迎えてしまった。もうすぐ娘がお昼寝から起きるのだし、気持ちを切り替えていかなくては。それが無理でも夕食を食べて一晩寝たら、またコロリと気分も変わるだろう……って事で今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年02月21日(木) 隙間読書

最近になって、ようやく本を読むペースが掴めてきた。

出産直後は産後疲れも手伝って、娘が寝ていても本に集中することが出来ず、育児に慣れてきてからも「まとまった時間が取れない」ということで、全く読まない…ってことは無かったけれど、コンスタントに本を開くことが出来ずにいた。「出産前の働いていた頃は通勤電車でガッツリ読んでいたのになぁ」と懐かしく当時を思い出し「もう、以前みたいには本を読まない人になるのかもなぁ」なんて思ったりもした。

しかし、よくよく考えてみると「まとまった時間」に読もうとするからいけないのだ。育児中と言っても、一瞬たりとも自分の時間が持てない…って訳ではない。現に、こうやってPCに向かう時間はあるのだし。産後のダメージから身体が回復してくるにつれ、少しずつ集中力が戻ってきたのも手伝って、今月に入ってからは比較的好調に読み進めている。それに加えて、娘が成長して図書館へ行けるようになったのも読書好調の理由の1つ。

結局のところ自分にとって本当に必要なことは、何があっても手放したりはしないのだ。

猿夢中でガッツリと本に取り組むのは至福の喜びだが、隙を見計らって少しずつ読み進めていくのは、ガッツリと取り組むのとは違った喜びがある。

余暇を読書にあてるようになってから、以前にも増してテレビを観なくなってしまった。もっとも、赤ちゃんにテレビを見せるのは良くないとのことなので、朝のニュースを観て、夫が出勤したらテレビを切り、娘が起きている間は一切テレビを付けない。夜、娘を寝かしつけた後、夫が帰宅するまでテレビを観ていた時間が、そっくり読書時間へとスライドしてしまったので、世の中の流行から取り残され気味なのは困った事ではあるのだけれど。

林真理子の『本を読む女』のヒロインは自分の身に何が起こっても本を読んでいたけれど、私もまた彼女のように死ぬまで本を読み続けるのだろうなぁ。子育てが一段落するまで「猿夢中・ガッツリ読書」は無理かも知れないけれと、少しずつなりとも読んでいきたいなぁ…って事で今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年02月20日(水) 左足の存在

娘は昨日から、しきりに両足を上げ、左手で左足を触っている。「暇があれば足を触っている」という感じ。しかも相当楽しそうだ。経緯などは娘に聞いてみないことには分らないが、推察するに娘は昨日、左足の存在に気付いたのだと思う。ちなみに、右足はまだ発見していないようだ。

「今まで彼女の世界に左足は存在しなかったんだ」と思うと不思議でならない。赤ん坊の目に映る世界は、私達大人が見ているそれとは随分様子が違うらしい。それにしても……だ。娘の言っていることは随分と分かるようなったと言うものの、意志の疎通が出来ない人間と四六時中一緒にいるってのは面白い。娘も自分の意思を完全に伝えることが出来ずに、さぞや不自由しているだろう。まぁ、それは私とて同じなので、お互い様なのだけど。

なんだかんだで楽しい毎日だが少し困ったことも。ここのところ、やけにお腹が空くようになり、体重もガクッっと落ちたので「お乳を飲む量が急に増えたのだな」と思っていたが、母乳の急激な生産増加に身体がついていかなくなったのか、昨日は酷い貧血で大変だった。あんなに貧血で気分が悪くなったのは久しぶりだ。仕事をしていて忙しい頃以来じゃないかと思う。原因は分っているので心配は無いのだけど。今まで以上にしっかり食べるようにしなけれぱ。昼食などは、ついおざなりになりがちだが、手を抜かないようにしよう。

娘は今も私のかたわらで足を触って遊んでいる。1人遊びもいいけれど、そろそろ相手をしてやらねば。今日は天気も良いことだし少し散歩の時間を長くしようかな……などと思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年02月18日(月) 4ヶ月検診

今日は午前中に娘の4ヶ月検診へ行ってきた。

本来なら市の保健センターで受けるものなのだが、保健センターは不便な場所にあって、自宅からバスを乗り継いでいくと1時間以上かかる。検診の待ち時間や栄養指導等を受けると半日仕事。この寒い季節、4ヶ月の娘を連れて往復2時間以上かけて移動するのも嫌なので、どうにかならないかと調べてみたら4ヶ月検診は所定の医療機関でも受けられるとのこと。自宅から徒歩2分の小児科で診てもらった。

しかしながら「保健センターは遠いので医療機関で4ヶ月検診を受けたい」と、保健センターに連絡したら「普通は保健センターで受けていただくものなんですけどねぇ……」から始まって、非国民のような扱いを受け、あれこれ質問攻めにあってしまった。最近は育児放棄や虐待なんかが多いので、仕方の無いことなのかも知れない。

ちなみに小児科でも同じような扱いを受けた。何も4ヶ月検診を受けさせない訳じゃないのに、ここまで言われなくても……と内心ムッっとしたけれど、娘は順調に成長していてホッっとひと息。小児科では事前にお願いしていたので待ち時間は無く、娘に無理をさせることなく受診出来たので、結果的には良い選択だったと満足している。

検診中はニコニコと愛想を振りまいて、まったく泣かなかった娘だったが、帰宅してお昼寝の時、何度もうなされて泣きまくり。普段はお昼寝をはじめたら、まとめてグッスリ眠るのだけど。仕方が無いので、おんぶで寝かせる。お布団で寝た方がゆっくり眠れるように思うのだけど、赤ん坊はおんぶや抱っこで眠るのが好きみたいだ。知らない人に身体を触られたりしたのは彼女にとって刺激的だったのだろう。長時間のおんぶは肩が凝って草臥れるけれど、私の背中に貼り付いて眠る娘の顔はたまらなく可愛い。

娘が生まれて4ヶ月。気が付けば娘から新生児臭さが抜けている。嬉しくも少し寂しい。赤ん坊が「新生児」と呼ばれる期間の短さに感じ入ってしまった。これからも、スクスクと育って欲しいものだなぁ……って事で、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年02月15日(金) バレンタインデー

連休中の出来事を遡って書いていたら今日は早くも金曜日。もう1つ「楽しくなかった出来事」を書くつもりだったけれど、あえて不愉快話を書くこともないだろう……とて、今日は昨日の日記など。昨日の日記を今日書くこと事体、日記としてどうかと思うが気にしない方向で。

昨日は朝から風邪っぽかった。喉が痛くて身体がだるい。酷くならないうちになんとかしようと授乳中でも飲める数少ない薬、葛根湯を飲む。大事を取って拭き掃除・トイレ掃除等はお休み。ゆっくり過ごすことに。私がダウンして娘の世話が出来なくなるのが何よりも恐い。

娘が生まれてから自分の身体を大切にするようになったのは、子供を産んで間接的に良かった事だと思う。昔の日記を読んでいると毎年、この時期は風邪を引きまくり、熱を出しまくっている。今年は風邪を引いても熱を出さずに持ちこたえている。このまま春まで乗り切りたいものだ。

午前中はチョコレートケーキを焼いた。絹こし豆腐を使って作るチョコレートケーキ。レシピはネットで見つけたもの。お正月のおせち料理に使う予定だった栗の甘露煮も入れる。ケーキをオーブンに入れたところで夫からメール。用事があって、一旦家に戻ってくるとのこと。吃驚させようと思っていたのに間の悪いことだ。家の中にはチョコレートケーキの甘い匂いで充満していたが、帰宅した夫は何も言わなかった。武士の情け…ってヤツだろうか。今日は遅くなりそうだと言い残して夫は再び家を出た。

母親の調子にシンクロするのか、娘、グズグズ気味。体調不良の時にエネルギー全開の乳児のお相手は、ちょっぴり辛い。本を読んだり、自分も一緒に横になってゴロゴロ相手をしたりしてやり過ごす。

夫、宣言通り遅い帰宅。クリームシチューとサラダを食べた後、2人でチョコレートケーキを食べた。かなり美味。我が家の定番お菓子に加えたいと思う。それにしてもバレンタインデーだと言うのに、奮起してケーキを焼いた以外はパッっとしない1日だった。そして今日も風邪っぴき模様。今日も、のんびりペースで体調回復につとめよう…って事で日記はこれにてオシマイ。









2008年02月14日(木) 小学校の同窓会

連休中の話。楽しかったこと、その2。日曜日の夜、娘を夫にお願いして小学校の同窓会に出席してきた。

同窓会に集まったのは40人中、約半数。同窓会と言うと「昔は格好良かった(可愛かった)子が年を取っておじさん&おばさんになってがっかりした」なんて話を聞くけれど24年ぶりに会った同窓生は吃驚するほど劣化していなかった。身贔屓抜きに素敵に変貌している子が多かった。当時、お洒落で格好良かった担任の先生も57歳。そのお年とは思えないほど若々しくてお元気そうだった。

1番嬉しかったのは当時「愛すべきガキ大将」だった男子が年商10億の会社を経営する社長さんになっていたってこと。彼はクラスで1番大きくて、1番小さかった私は散々殴られたものだった。(私は殴られて殴り返すようなタイプだったけれど、腕力差ゆえによく泣かされた)小学校在学中にお父様が亡くなって、お葬式に出席した時、彼は小学生ながらもしっかりとお母様を支えていて「男の子って何かあると急に大人になるんだなぁ」と思ったのを今でも覚えている。グレた時期もあったりして「彼は大成功するか、道を踏み外すかのどちらかだろう」と思っていたのだけど、立派に成功していて嬉しかった。

最も遠くから駆けつけてきてくれた子は北海道在住。わざわざ同窓会に出るためだけに帰省したとのこと。出席した面子は男子も女子も、それぞれに立派な社会人になっていて、それ相応に幸せそうだった。

それにしてもクラスの半数が集まったのは、幹事になった子の努力の成果。当時みんなが住んでいた家を歩いてまわったとのこと。消息不明の子はネットで検索をしたらしい。(社長になったガキ大将などはネットで名前を検索して見つけたらしい)その他、あの手この手を使って探偵のように消息を探し出したとのこと。

子供時代を共に過ごした仲間ってありがたい。24年もの空白があっても、すぐに昔に戻れるのだもの。同窓会はかなり盛り上がったのだけど、私は娘のことがあるので途中退席。ゆっくり話を出来なかった子もいたけれど、懐かしい人達と会えて嬉しかった。

帰宅して夫に「みんな吃驚するほど素敵になってて、ガッカリする子はいなかったよ」と報告した。「でも、白蓮さん、それはね……」と夫。そう……夫が言うことは私も分っている。同窓会に出席した面子は、そこそこ幸せにやってる人達ばかりだってことを。遠くにいて出席出来なかった人もいるだろうけれど、そうでない人も多かったようだ。「○○さん、いまは大変らしいよ」との話もチラホラ。

今回、同窓会に出席した面子が次の同窓会にも幸せそうな顔をして出席出来る確約なんて、どこにも無い。そして今回は出席できなかった子でも次回は出席出来るようになっていることもあるだろう。私だって1番大変な時期に同窓会があったら出席出来ていなかっただろうと思う。

幸せは永続的なものでは無い。嫌な話だけれど、誰しもずっと幸せでい続けるなんてことは不可能なのだ。今の幸せに感謝しつつ、幸せでいられるように努力を惜しまぬようにしなくてはと自戒した。次の同窓会も出席出来る状況だといいなぁ…なんて思いつつ今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年02月13日(水) 雪夜の騒動

連休中の話。楽しくなかったこと、その1。

雛人形を飾った日、大阪は雪が降っていた。雪なんて滅多に積もることのない大阪に雪が積もるだなんて大事件。ウィークディなら通勤に支障を来たして大変だけど、週末だったので自宅で暢気に雪見など。暖かい部屋で中国風白菜鍋、偏炉(ピエンロー) を突付きながら、のんびりと夕食など。

「娘をお風呂に入れて寝かし付けたら、あとは大人のまったりタイム」となった時、私の携帯が鳴った。乙女な母からだった。「具合が悪いから来て欲しい」とのこと。手足が痺れ、息が苦しいとのこと。電話の声からしてただごとでは無さそう。この冬1番の寒い夜に生後4ヶ月の娘を連れ出す訳にもいかないので、夫に娘を託して実家へ急いだ。

乙女な母はグッタリと横になっいた。「息が出来ない・胸が苦しい・手足が痺れる・寒い」と訴える。今すぐどうこう…というレベルではなさそうだったが、これはちょっとヤバいぞと、救急車を呼ぶ。救急隊の指示に従い掛かり付けの病院へ電話。掛かり付けの病院へ搬送されることとなった。乙女な母は救急処置室へ。私は外出中の愚弟と夫に状況報告。愚弟は小1時間ほどして病院へやって来た。

乙女な母は60歳。そんな年では無いけれど、何があってもおかしく無い。入院・手術等は覚悟しなくては…と思っていたら、看護士さんに処置室へ入るよう言われた。

乙女な母は……過呼吸だった。

今まで過呼吸にかかった事が無かったため、余計にパニックになってしまったらしい。過呼吸だと分っていれば私も救急車を呼ばずに処置出来たのになぁ。適切な処置をすれば救急車を呼ばなくて済んだのに…と反省。「手足が痺れる・胸が苦しい」などと言われたものだから、別の病気を連想してしまっていた。ちなみに原因は不明。とりあえず良かったね…と言うことで、乙女な母を連れて愚弟の車で実家へ帰った。

帰宅したら娘は夫がお風呂に入れて、哺乳瓶で冷凍母乳を飲ませて寝かしつけてくれていた。それなりにおりこうだったとのこと。しかし、眠る時にお乳が無くて私がいない……という異常事態に興奮したのか、その夜は珍しく夜泣きが酷くて大変だった。

少し残念だったのは、いざと言う時のために用意していたまとまった現金(へそくりに非ず)を、こんな形でデビューさせてしまったこと。本当なら夫がピンチの時、山内一豊の妻のように「こんな事もあろうかと」と出したかったのだけど。「とりあえず家にあるだけの現金を……」という夫に「大丈夫。こういう時の用意はあるから」とサラリと出してしまった。夫は「へぇ。なるほど。用意がいいなぁ」と思ったとのこと。

吃驚させられたが、今回は大したことが無くて良かった。と思うと同時に、今後はこういう事(もっと大変な事)もあるだろうなぁ…と改めて思った。とりあえずは良かった…って事で今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年02月12日(火) 雛人形を飾る

この3連休は楽しい事とや、そうでない事が入り混じって盛り沢山だった。とても1度では書き切れそうにないので何回かに分けて順を追って記しておこうと思う。

まずは楽しかった事その1。立春も過ぎたと言うことで居間に娘の雛人形を飾った。我が家は狭くて段飾りを置くスペースが無いので、お内裏様とお雛様だけのこじんまりとした親王雛。居間の出窓に置けるくらいの可愛らしいサイズなので、飾りつけも簡単なのだけど、それでも初めてのことなだけに、夫と2人で雛人形と一緒に梱包されていたパンフレットを見ながら1つ1つ丁寧に飾り付けていった。

家に雛人形が飾っているなんて子供の頃以来のことだけど、いいものだなぁ……と思った。そして、夫と2人で選んだ雛人形は驚くほど我が家に馴染んでいて、10年くらい飾られているような馴染みっぷり。あちこち見てまわって「これだ!」と思う物を選んだつもりだったけれど、自分達の生活空間に、こうまでしっくりハマるとは驚きだった。

娘はまだ雛人形よりも、自分の手で掴んで口に運べる玩具の方が良いのだけれど、もう少し大きくなった時に気に入ってもらえると嬉しいのだけど。関東風の木目込み人形は、関西で多い着せ込み人形に較べると華やかさには欠けるので、子供の目で見ると物足りないかも知れない。娘もいずれそういう良さが分るようになるとは思うのだけど、果たしていつの頃になるのやら。

雛人形を眺めつつお茶を飲みながら、夫と2人で「雛人形って子供が小さい時には飾っても、大きくなると飾らない家が多いようだけど、私達は娘が大人になっても飾ろうね」なんて話をした。娘の成長を祈って母(娘の祖母)が買ってくれた品なのだから、末長く大切に親しんでいきたいと思う。

初節句の日まで可愛らしいお雛様を眺めながら毎日が過ごせるなんて、ちょっと嬉しい。しばらく楽しませてもらえそうだなぁ……って事で、今日の日記はこれにてオシマイ。

日記を有料版に移行して画像がアップ出来るようになったので、試しに雛人形の写真など。気が向いたら今後も画像をアップしていこうかと思ったり。









2008年02月08日(金) マラソンと算数の次に嫌いなもの

専業主婦になって以来、家にいる時間が格段に増えた。娘はまだ友達を作るような年齢でもないので、家にいたところで日中、我が家を訪ねる人はほとんどいない。宅配便の人か、せいぜい乙女な母くらいだ。……と思っていたら、定期的に招かざる訪問者がやってくる。

彼らがやって来るのは平日の午前中。「普通の専業主婦なら掃除や何やらで忙しい時間帯」に……だ。彼らはきまって2人組み。性別はたいてい女性。たまに男性もいる。服装は「授業参観に行きます」というような真面目な感じで、所属が違っていても似通った雰囲気を持っている。そう……彼らは新興宗教の勧誘員。専業主婦になるまで、彼らがこんなに頻繁にやって来るとは思ってもみなかった。

私は今までマラソンと算数の次に会社の飲み会が嫌いだと言って憚らない女だったが、仕事を辞めた今は「マラソンと算数の次に新興宗教が嫌い」に訂正しようと思う。なにしろ人の弱味に付け込む輩は昔から大っ嫌いなのだ。

家族に不幸事が重なった時期には、うんざりするほど色々な宗教からお誘いがかかったものだ。特に愚弟が事故で指を切断した時など「そんなもん信じたからって、失った指が戻ってくるかよ!」とムカッ腹を立てたのは一切ではない。

何某かの宗教を信仰するのは否定しない。だが人の弱味に付け込むような真似をする輩の宗教は大嫌い…ってだけなのだ。わざわざ勧誘に来るような宗教は、決まって人の弱味に付け込む輩だ。おかげさまで今は穏かな暮らしを送らせてもらっているが、娘を抱いて玄関先に出ると「子育てにも役に立つお話を…」なんてアプローチで攻めてくる。もちろん、お引取りいただく訳だが、夫の転勤等のため、慣れない土地で子育てに孤軍奮闘しているお母さんだったら、ふらりとしてしまうかも知れないなぁ……と思うと腹立たしい限りだ。

私は本質的に「喧嘩上等!」というような気質を持っているのだけど、勧誘員はご近所の人だったりするケースもあるので、丁重にお引取り願っている。子供のいないときならまだしも、娘がいる今はご近所さんとは仲良くやっていきたいと思うのだ。娘が成長して、迷惑をかけたり、あるいは助けられたりすることが沢山出てくると思うので。

本当に素晴らしい物ならば、わざわざ人を誘わなくったって、自然と人が集まってくるだろうになぁ。

専業主婦になって家にいると、新興宗教以外にも怪しげな誘いも多いのだが、自分をしっかり持って対処していかねばなぁ……って事で、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年02月06日(水) 赤ん坊の世界

赤ん坊を見て「この頃が1番幸せだね。何の苦労も辛いこともないんだから」と言う人がいるけれど、実際に赤ん坊を育ててみて「それは違うんじゃないかな」と思うようになった。

赤ん坊は興奮することがあったり、はじめての経験をした夜は、うなされることがある。もうすぐ4ヶ月になる娘も例外ではない。新生児の頃と違って寝付きも良くなったし、夜に泣く回数も減ったのだが、何か刺激的な事のあった夜はウンウンとうなされて泣く。抱いてやったり、背中をトントンして声をかけてやったりすると落ち着くのだけど、それはそれは辛そうな顔をしてうなされるのだ。

赤ん坊に聞いてみないことには分らないけれど、脳内で日中に受けた刺激を寝ている間に処理しようとして、処理し切れずに混乱してしまうんじゃないかなぁ……と推察する。そんな夜は夫と2人で娘をあやしつつ「どんな恐い夢を見ているのだろうね」話したりする。辛そうにウンウン言ったり泣いたりしていた娘が、私や夫の腕の中でやすらかな顔を見せてくれると言うのは本当に可愛くて愛しい。

もの凄い速度で成長する赤ん坊は、心も身体も不安定。頭が混乱してパニックになったり、成長痛のようなものを感じたりしているように思う。赤ん坊は、お腹が空いたでもなく、おしめが濡れているでもないのに泣く時があるのだけれど、彼らにしてみればちゃんと何某かの理由があるのだろう。

子育てを終えた人達は「赤ちゃんが小さい時は大変でしょ?」と言って労ってくれるのだけど、親だけじゃなくて赤ん坊自身も大変な思いをしているんじゃないかなぁ。もっとも、これは赤ん坊に聞いてみた訳でもないので、個人的な推察の域を出ないのだけど。

人は大きく飛躍・成長する時に苦痛を伴う。もしかすると赤ん坊は少しずつ、それを学んでいるのだろうか……なんて事を思ったりしつつ娘と過ごす今日この頃。

昨日の結婚記念日は、夫と2人で食べようとチーズケーキを用意していたのだけど、夫も同じようなことを考えていたらしく、私がお気に入りのシュークリームを買ってきてくれた。夜遅くに2つも甘い物を食べるのはどうか……って事で、昨日はシュークリームを食べ、チーズケーキは今夜食べることに。2日続けてお楽しみだなんて贅沢過ぎるなぁ……なんて事を思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年02月05日(火) 結婚記念日(2年目)

今日は夫と結婚して2年目の結婚記念日。2年目の結婚記念日は「藁婚式」と言うらしい。質素倹約を意味し贅沢を戒めよ…とな。子供も生まれたことだし、なるほどなぁ……と思う。

夫と生活を初めて丸2年。はじめての1年に較べると、この1年は喧嘩をすることがグッっと減った。もともと喧嘩をする事なんて滅多に無いのだけれど、それでも1年目は意見の食い違い等が何度かあったのに対し、この1年はそういう事も激減している。環境の違う中で暮らしてきた2人の「擦り合わせ」が良い感じで出来てきたのだろうなぁ……と思う。

この1年は「妊娠・出産・はじめての子育て」と娘のことが全てだった。娘を産んでみるまで、夫がどんな父親になるか想像もつかなかったが、想像以上に良い父親で吃驚している。私は……まぁ、ほどほどの母親ってところだろう。特別良い母親でもなければ、悪い母親でもないような。娘が生まれたことで、夫と私との間に「娘を育てる」という共通の目標が出来たのは良かったと思う。

今のところ夫とは仲良く暮らせているように思う。私にとって夫は夫であり、娘の父親であると同時に、最高のヲタク友達でもある。今後、私達は娘の親として生きるウェイトが多くなってきるだろうけれど、それ以外の部分も大切にしていけたらなぁ……と思う。

結婚記念日のイベント的なことは週末に済ませてしまったので、今日は特別なことはしないのだけど、全く何も無し…と言うのも寂しいので買い物に出掛けた際、チーズケーキを買った。食後に食べる予定。今日はひと手の間かけて、冷蔵庫にあるジャムを使ってソースを作り、チーズケーキにかけようと。ほんの少しだけ特別感を……と言うことで。

つつがなく結婚生活を続けていけたのは夫の努力の賜物だ。私には欠けているものを補ってくれる夫には、心から感謝している。来年も仲良く結婚生活を続けていられたら良いなぁ……と思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年02月04日(月) 節分の夜

昨夜、娘を寝かしつけた後、お茶を飲みながら夫と節分の煎り豆を食べていたら、忘れていた記憶が不意に蘇ってきた。

私が小学校の低学年の頃。実家では節分の日には律儀に巻き寿司とイワシを食べ、豆まきをしていた。父が煎り豆についてくる安っぽい鬼のお面を付けて鬼の役をしてくれるのが嬉しかったのを憶えている。お昼間、折り紙で折った三方の中に、年の数だけ豆を入れてもらって食べたりして、私にとって節分はちょっと特別な感じのする日だった。

そんな節分の日の夜。就寝後、トイレに行きたくなったか、喉が渇いたかで目が覚めて階下に降りたら、居間で父と母が煎り豆をアテにして晩酌をしているところに出くわした。当時はまだ缶ビールがまだ普及していなかったのか、瓶ビールだったように思う。スナック菓子等を食べる習慣の無い両親が煎り豆を食べている姿は私にとって珍しいものだった。そして子供達が眠った後で、大人は秘密の時間を持っているのだなぁ……なんて事を漠然と思ったものだ。

昨日は夫と煎り豆を食べていて、記憶の底に追いやられていたその光景がフラッシュッバックしたのだ。懐かしさを感じると共に、自分自身が当時の両親と同じ立場になっていることが、なんだか不思議に感じられてならなかった。

その時、私達夫婦は煎り豆をつまみながら、娘のことを話していた。「だいぶん大きくなったねぇ」とか「今日は楽しそうだったね」とか。当時の両親も煎り豆をつまみながら子供達のことを話し合ったりしていたのだろうか? 両親が歩いた道を私もまた歩いていることの不思議。やけに感慨深い夜だった。

寝る前、夫にその事を話して「私を親にさせてくれてありがとう」と言った。「こちらこそ、ありがとう」と夫。しみじみと良い夜だった。娘はまだ豆まきを喜ぶ年ではないけれど、いずれ私達家族も節分の日に豆まきをしたりするのだろう。これから先の節分も家族で平和に過ごしたいものだなぁ……って事で今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年02月01日(金) 何事もほどほどに

娘を「おんぶ」するようになってから疲れ気味でいただけない。

言うまでもなく原因は「おんぶ」なのだけど、おんぶが直接の原因かと言うとそうじゃなくて、本当は「おんぶをして家事をする」のが良くないようだ。娘はおんぶしていると大人しくしてくれるので、おんぶをして家事をすると劇的に家事がはかどるのだ。昨年末は実家に通っていて大掃除をする余裕が無かったので、これを機に少しずつ家の中の大掃除をはじめた。なんと言うか……家事ってのは、やりはじめたらキリが無くて、毎日夢中で励んでしまっていたのだ。そう……クタクタに疲れてしまうほどに。

おかげで娘をおんぶするようになってから家の中はピカピカになった。日々の掃除に抜かりはないし、毎日ピンポイントでどこかしらが綺麗になっていく。が、家の中のピカピカ度が増していくのと平行して私の疲れ度も増していった。

なんだか家の中綺麗〜。頑張ってる私スゴイ〜。

馬鹿じゃないか……と、ふと思った。そもそも私が仕事を辞めて専業主婦になったのは家を磨き上げるためでは無かったはずだ。私の仕事は「娘を自分の手で育てつつ家族が楽しく暮らせる家庭を作る」ことであって、家政婦になった訳ではない。「なんだか家の中綺麗〜。頑張ってる私スゴイ〜」なんてのは自己満足でしかない。もちろん自己満足もある程度は必要だけど、自分の原点を忘れてしまうようでは話にならない。

家の掃除はほどほどにして、自分自身がもう少し余裕を持てるようにしなければ……と反省した。夫も娘も私がクタクタになるほど家の掃除をすることを望んでいる訳じゃないのだ。何か1つ事をはじめるとブッチギリで走ってしまうのは私の悪い癖だ。独身の時はそれでも良かったけれど、所帯を持って母親になったのだから、この癖は直すようにしなければなぁ。

そんな訳で今月の目標は「何事もほどほどに」にしたいと思う。明日は夫が休みなので、夫に娘を見てもらって美容院へ行くつもりでいる。週末はリフレッシュすることに重点を置いて過ごしたいなぁ……って事で、今日日記はこれにてオシマイ。


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