みのるの「野球日記」
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2004年08月31日(火) 頑張れ真壁賢守!

 ある日の午後。携帯電話が鳴った。着信音は「帝京高校応援歌」。中学野球部の先生からの電話は野球関係と分かるように、応援歌にしてある。というわけで、電話は中学校の先生から。第一声に驚いてしまった。

「いま、東北高校に来てるんだけど」
「え?!」
「若生監督と真壁くんに会って、幸せな時間を過ごしたよ。若生監督は心が広いし、真壁くんは好青年!」
「…」(いきなりの展開についていけず)
「で、真壁くんに、みのるさんのこと伝えたから。真壁くんのことを応援しているライターがいるからって。いま隣にいるから替わるね」
「はい?!」

「もしもし、真壁です」
「え?! あ、はじめまして」
 テレビで見ていた高校生と、電話で話すって、かなり変な感じ。自分の自己紹介をしたり、「応援しているから」と告げたり、何だかよく分からない会話をしてしまった(笑)。
 先生の言っていた通り、真壁は丁寧に対応してくれて、とってもいい青年。ほんの1〜2分の電話だったけど、人の良さを感じました。進路もすでに決まったということで、次のステージでの活躍を期待しています!
 
 高校時代はダルビッシュの陰に隠れがちだったけど…、軟式出身者として末永く応援します! 頑張れ真壁賢守!!


 電話は再び先生に。
「あ、若生監督も近くにいらっしゃるから、今替わります」
「え?!」(かなり動揺)
「もしもし若生です」
 以降の会話は緊張のあまり、よく覚えていません(苦笑)。



2004年08月30日(月) バント禁止令 〜岩手県全中初勝利を目指し〜

 26回目の大会を終えた全中。47都道府県の中で唯一、白星をあげていない県がある。今大会が始まる前までは富山県と岩手県が未勝利県だったが、富山の桜井中が準優勝となり、未勝利県から脱出。ということで、岩手県だけが未勝利県として取り残されてしまった。
 岩手県は過去、6中学が全中の舞台を踏んでいるが、いずれも初戦敗退。しかも、平成5年に遠野中が出場して以来、全中出場はなし。ここ十年、東北大会を勝ち抜けずにる。

 今年の全中で、岩手県K−Ball少年野球連盟の下川恵司理事長と、住田町立有住中の千葉賢一先生とお会いした。全国のレベルを感じようと、岩手から視察に訪れたという。下川さんは現在教育委員会に勤めているが、以前は東北中体連野球部のブロック長を務めていた。

 岩手県は約4年ほど前からK−Ballで中学野球の強化を進めている。下川さんはK−Ballに力を注ぐ理由をこう話す。
「脱学校。少子化のために1学年1〜2クラスの学校がほとんど。部員が足りなくて思うように試合ができない学校も多い。K−Ballなら地域選抜を結成でき、部員不足も解消され、試合をやることができる」
 たとえば、オール気仙という選抜チームがあるが、これは2市1町の選抜チーム。理想としてはもっと細かく、地域選抜を作りたいそうだ。

 お話を聞いた日は、ちょうど甲子園の決勝戦が行なわれており、北海道の駒大苫小牧が全国制覇。岩手はというと…、盛岡大付が出場するも、初戦で明徳義塾に完敗した。
「中学で差があるから、高校で差が出るのは当たり前。やっぱり、中学から強化しないといけない。でも、ちょこちょこいい選手も出ているんですよ」
 聞けば、東北高校の一塁手伊藤篤は大船渡市立赤崎中の野球部出身。ヤクルトに在籍している志田宗大も岩手市内の中学野球部出身だそうだ。でも、ふたりとも宮城の高校に誘われ、県外に出た。

 強化という意味で、下川さんは昨年からK−Ballの試合で面白いルールを作っている。
「バントしたら、ストライク。バントの構えをしてもストライク。だから、K−Ballの試合ではバント禁止です。とにかく打つ意識を持って欲しい。中体連の試合は待つ野球で、とにかく試合が長い。あと、バントのうまいチームがだいたい勝つんです」
 バントを転がして、内野手のミスを誘う。ボールを待って、ピッチャーの自滅を待つ。また、審判のストライクゾーンも狭いという。打つよりも、四球を待った方が得策というわけだ。でも、やっぱりそれでは高校で通用しない。
「K−Ballのときは硬式バットを振りますから、スイングする力もついてくる。大分、効果は出ていると思いますよ。以前は外野手が内野手のすぐ後ろを守っていたのが、硬式の定位置くらいになってきた。外野オーバーが出るようになったんです」
 昨年の冬にはバッティング指導に定評のある東林中の佐相眞澄先生を講師に招き、指導者や選手を集めバッティング講習会を開いた。

 「待つ野球」から「打つ野球」へ、岩手の中学野球は全国1勝を目指し改革を始めている。そのため下川さんは、新たなルール作りも考えている。
「真ん中のストライクを見逃したら、いきなり2ストライクとか。2ストライクで三振とか。とにかくバットを振るようにさせたい」
 誰が真ん中と決めるかはさておき…、ファーストストライクから積極的に振っていく野球を身に付けさせることが目的だ。

 唯一全中白星のない岩手県。K−Ballでの取り組みがどう中体連に生かされていくか、今後に注目してみたい。
 



2004年08月29日(日) 最期は気持ち(刈谷東中野球部)

◆8月21日 全中1回戦 inひたちなか球場
刈谷市立刈谷東 1000010000|2
釧路市立幣舞中 0200000001|3
 (特別延長の末、幣舞が勝利)

 試合前、刈谷東中の応援席に向かうと、保護者が着ているTシャツが目に入った。背中にはこんな言葉が書かれていた。


決心

結果は心の中にあり
本気になって 心の野球を やり遂げるのみ
最期は気持ち


 こうやって文字にすると簡素なイメージだが、Tシャツには達筆な文字で書かれていた。スタンドでお会いした兼子コーチに聞くと、木野昌孝先生の直筆だという。心のこもった言葉がTシャツの背中に込められていた。
 この言葉を読んだとき、「最期は気持ち」の「最期」が気になった。サイゴは「最後」と書くのが普通。最期…、辞書を引くと「生命の最終の時」という意味とある。しかもTシャツの言葉は、「最期は気持ち」だけが色が変わっていた。
 「死を覚悟して、野球をやれ」という意味? と思いながら、Tシャツを見つめていた。

 木野先生は刈谷東中に赴任し、今年が3年目となる。前任の豊橋市立中部中では01年に全中出場を果たしベスト8。02年から刈谷東中に移り、それまで勝てなかった野球部を全国の強豪校に引き上げていった。

 全中初戦は幣舞中に特別延長戦の末、惜敗した。勝てるチャンスはあった。だが、全道予選で70イニング連続無失点の記録を作った幣舞のエース村上を攻めあぐね、初戦で散った。

 
 敗戦から数日後、木野先生から電話を頂いた。「最期」の意味について訊くと、
「あれは死ぬ覚悟じゃない(笑)。最期は、『最も期待するとき』という意味です。7月入ってすぐ、チームが苦しいときがあった。そのときに芥川が涙ながらに言ったんです。『最期は気持ちが大事』と」

 芥川翔平は3番捕手を務める刈谷東の大黒柱。幣舞中との試合では先制の二塁打を放った。打で守も心も中学トップクラス。東海地区の強豪校から注目を集めている選手だ。
 ここぞというときに、気持ちを発揮することができるか。全中レベルになれば、技術はさほど変わりはない。弱気になったら負け。勝てないと思ったら負ける。木野先生がいつも言葉にする「結果は心の中にある」も、そんな意味が込められている。

 芥川は全中を終えたあと、保護者の前でこんな言葉を話した。
「まだ野球が終わったわけではありません」
 試合が終わって、まだ20分くらいだったと思う。そんな状況で「先を見る」言葉が中学3年生から出てきたことに驚いた。

 木野先生は「これからが刈谷東中のスタート」だという。全中を経験したことで、刈谷東中野球部がどう変わっていくか。来年の全中(静岡)で再び野球を見られる日を、そして卒業生が次のステージで活躍する姿を、今から楽しみにしたい。



2004年08月26日(木) 青竹を踏むエース

 今年の夏は遠征続きで、ホテルに泊まることが多かった。ないとヒマなので、ノートパソコンを持っていく。そのほか、当たり前だが着替えや取材道具を一式(といってもノート、ペン、テレコ、デジカメくらいか)。今回持って行こうか真剣に悩んだのが、部屋にある青竹。足裏のツボを刺激する、足踏みです。

 カバンに入らなかったので断念したが、あれは本当に気持ちいい。疲れがとれる! 足を踏むだけでなく、足を乗っけたまま前屈すると、ふくらはぎが伸びて、これまた気持ちいい。というわけで、疲れをとるための必需品。

 14日から18日まで滞在した甲子園。
 聖光学院の本間裕之投手を取材していた途中、控え部員が本間に何かを差し出した。本間はこの日行なわれた市和歌山商戦で完投勝利を挙げ、取材陣約10人ほどに囲まれ、10分ほどずっと立ちっぱなし。また、本間クンは律儀な男なので、大量の汗を垂らしながらも、誠実に記者の質問に答えていた(ホントに純朴な高校生という感じ)。

 そこで、控え部員から受け取ったのが、何と青竹。本間は足元に青竹を置き、取材陣の質問に対応しながらも、足ではしっかりと青竹を踏んでいた。県大会など今までの取材で、青竹を踏みながら取材を受ける高校生は初めて見た。よっぽど疲れていたんでしょう。というか、おそらく毎日踏んでいるのかな。なかなか面白い光景だった。

 今年の甲子園で一番印象に残った投手は、この本間かも。投球もさることながら、彼の発する言葉に味があってよかった。
「命をかけてマウンドに上がる」
「一球一球、魂を込めて投げる」
「このマウンドで野球人生が終わってもいい」
 本間語録と名づけてもいいほど。

 ちなみに本間の球を受けていた4番捕手の橋川侑輔は横浜市磯子区にある横浜市立岡村中学校の出身(ゆずの母校です)。中学時代は硬式の横浜ベイボーイズで野球をやっていた。横浜から福島まで行くなんて、すごいなぁ。周囲の反対もあったようだが、甲子園に出られて、ベスト16まで行けたのはすごいことだと思う。

 しかし…、ボールが良く飛ぶ最近の甲子園。M社製ですか?!




2004年08月16日(月) 野球王国静岡

 第10回中学校軟式野球交歓会静岡大会が8月12日から14日まで、東海大学松前球場をメイン会場に開催された。今年は県外42チーム、静岡県内16チーム、静岡市内34チームの92チームが参加。史上最高の参加チーム数となった。

 13日に横浜で仕事、14日から甲子園に行く予定にしていたので、今年は12日だけ参加。朝っぱらの新幹線で新横浜を出発し、9時前に開会式の会場となる東海大学松前球場に到着。ここを訪れるのは2月にあった東海大の三保キャンプ以来。キャンプのときスタンドにいるのは大学の関係者だけで閑散としたもの。だが、交歓会のときは違う。さまざまなユニホームを来た中学生がわんさかいて、賑やかなスタンドに変わっていた。

 静岡交歓会の特長ともいえる出場全チーム全選手による入場行進が始まる。1チーム20人と考えても、2000人近い中学生が一斉に入場行進を行なう光景はなかなか感動もの。なお、今年の静岡交歓会は少年野球チームも同じように行進。中学チームはプラカードを持っての行進だったが、少年野球はプラカード+団旗を持っていた。あとで中学の先生が「あの団旗いいな〜。中学も作るか!」と言っていたが、同感。団旗って、なかなかカッコイイ!

 開会式を終えたあと、実行委員長の弓桁義雄先生(東海大翔洋中)と話す。
「少年野球はいつも入場行進があるから、自分のチームでプラカードを持っている。中学になると、全国大会くらいにならないと入場行進はなかなか経験できない」
 聞きながら、そうだよなぁと心の中で頷いた。自分の中学時代を振り返っても、入場行進なんてした経験はない! 少年野球のときは区大会とか小さな大会でも入場行進はあった(気がする)。

 入場行進を観ていると、チームの個性が見られて面白い。慎重に慎重に歩幅をあわせようとして、なかなかスピードの上がらないチームや、歩幅が大きくやけに進みが速いチームなどまちまち。あまりにもだらしなくて、開会式が終わった後、球場の周りを再度行進させられていたチームもあった。。

 開会式のあと、松前球場で行われた、東海大翔洋中vs東林中の開幕戦を観戦。この日の夜に催される講演会の講師として招かれた「流しのブルペンキャッチャー」安倍昌彦さんと一緒に見る。しばらくしてから、安倍さんと一緒に会場を移動。車で40分ほどの球場で小松川三中が試合をしていたからだ。
 残念ながら関東大会は見られなかったため、7月の桐蔭学園中Gで見た以来の小松川三中の試合。桐蔭中で大乱調だった左の2年生エースが、かなり成長していて驚いた! 関東大会でも全国制覇した習志野二中に延長で惜敗したのも頷ける。中学生の成長の早さには驚くばかり。。旧チームの4番サードくんも後輩のお手伝いとして、交歓会に来ていた。ベンチで後輩に指示を送る姿を見て、コーチ? と思ってしまうほど貫禄十分。高校でどんな選手になるか、楽しみだ。

 スタンドで観ていると、次の試合を行なう修徳学園中を発見。小野寺信介先生と、少し話す。この日は甲子園で修徳vs鹿児島実が行なわれており、つい数分前に修徳が勝利した。決勝タイムリーを打った長野は修徳学園中の卒業生。ちなみに長野の弟は修徳学園中の旧チームで主将を務めていた。

 夜。安倍さんの講演会を東海大翔洋高校の音楽ホールで聴く。開始前はかなり緊張気味の安倍さんだったが、講演会が始まると、いつもの饒舌な(?)安倍さんに。「見るものとしての野球」というテーマで1時間半ほど話をされた。会場は中学生、指導者、保護者と約1000人ほど。1000人の前で喋るってどんな気分だろう。。
 講演は大好評。「安倍さん深い!」と絶賛する先生方が多数。確かに、野球を見る目が深い、とワタシも改めて思いました。

 講演終了後、近くの居酒屋で20日からの全中に参加する刈谷東中の木野昌孝先生の激励会開催。東海大会の初戦で対戦した松坂中部中の道貝投手がすごかったそう。「鶴川(明徳義塾中)より速い投手を初めて見た!」と興奮気味に話をされていました。

 そんなこんなで0時頃、ホテルに戻り、長い充実した一日が終わりました。

 なお、静岡は来年の全中の開催地。草薙球場と西ヶ谷球場で行われる。草薙球場といえば、沢村栄治が全米相手に好投した球場。西ヶ谷球場も立派な球場と聞くし、来年の全中が楽しみ。静岡は近いし(笑)。確か来年は愛媛だったような…。

 ちなみに県外参加チームは以下の通り。

【県外参加チーム】
<北海道>
岩見沢市立光陵中
<栃木>
小山市立第三中、栃木市立吹上中、栃木市立東中、小山市立間々田中
<千葉>
東海大学付属浦安中
<東京>
足立区立第九中、修徳学園中、江戸川区立小松川三中、明星中、東海大学付属菅生中
<神奈川>
慶應義塾湘南藤沢中等部、相模原市立東林中、茅ヶ崎市立萩園中、桐蔭学園中、桐光学園中
<石川>
金沢市立額中、金沢市立森本中、珠洲市立緑丘中、珠洲市立宝立中、小松市立芦城中、星稜中、鶴来町立北辰中、根上町立根上中、能都町立能都中
<新潟>
糸魚川市立東中、上越市立雄志中
<愛知>
依佐美クラブ、刈谷市立刈谷東中、名古屋市立豊正中、緑クラブ、豊田市立上郷中、大府市立大府中、東海市立上野中、名古屋市立有松中
<岐阜>
養老町立高田中
<三重>
玉城郡立玉城中、四日市市立港中
<滋賀>
近江八幡市立八幡中
<兵庫>
神戸市立歌敷山中、神戸市立大池中、神戸市立櫨谷中



2004年08月14日(土) 第26回全国中学校軟式野球大会 組み合わせ

 第26回全国中学校軟式野球大会の組み合わせが13日行われ、以下のように決まりました。大会は20日から23日(20日は開会式のみ)まで茨城県水戸市とひたちなか市で開催されます。

<1回戦>
”Ш市立東中(近畿2)vs青森市立西中(東北1)
⊇志野市立第二中(関東2)vs飯山町立飯山中(四国)
B深8市立南ヶ丘中(東海2)vs熊山町立磐梨中(中国)
っ羮訛捨中城中(九州1)vs相模原市立内出中(関東3)
ハ族了鎧堽東中(近畿1)vs黒部市立桜井中(北信越)
春日部市立東中(関東1)vs佐賀市立城南中(九州2)
長井市立長井北中(東北2)vs鉾田町立鉾田南中(開催地)
┫谷市立刈谷東中(東海1)vs釧路市立幣舞中(北海道)

<2回戦>
,両ー圍s△両ー
の勝者vsい両ー
イ両ー圍sΔ両ー
Г両ー圍s┐両ー



2004年08月13日(金) いろいろ

 更新滞りまして、すいません。

 夏は野球に限ります。知らないうちに、色んなところで花火をやっていますが、そんなものには見向きもせず、野球を見ています。まぁ、花火は夜なので野球とは全く関係ありませんが…。

 先週の7日、恥ずかしながら生まれて初めて、シニアの試合を見てきました。どんな怪物がいるかと思ったら…、中学校野球とさほど変わりはなく、ホッとしました。ただ、スイングスピードはやはり中学校より速いですね。噂の中本牧・浦川が準決勝・決勝と完封して、中本牧が9年ぶりの優勝。マウンドでも、グラウンド外でも、中学3年とは思えぬ落ち着きぶりを見せていました。

 8日から10日までは中学の関東大会を見に、大宮&上尾に行っていました。電車賃だけで往復3000円……、高すぎ! 春日部東中が初優勝を果たしました。前評判どおりの強さを発揮。これで公式戦34連勝だとか。エース難波くん、かなりの好投手です。
 ワタシの地元神奈川からは、相模原の内出中が2年連続の全中出場。初日、エースが高熱を出し緊急事態発生も、二番手投手が奇跡の完全試合! 神がかっています!「去年の3位を超える成績を目指す!」とは武内監督の言葉。全中での戦いぶりが楽しみです。

 と、関東大会を見ていたとき、愛知の刈谷東中が全中を決めたという、嬉しすぎる知らせが舞い込んできました。木野先生は3年前に豊橋中部中で出場、そして今年は刈谷東中で出場となりました。

 で、11日はこの夏はじめて甲子園のテレビ中継を見ました。いやいや、甲子園に飢えていました。見たくて見たくて、しょうがなかったです。そんな積り積もった思いが爆発し(?)、明日から5日間ほど甲子園に旅立ちます。パソコンは持っていくので、時間があれば日記更新したいと思います。

 ちなみに、昨日は中学校野球静岡交歓会に行ってきました。今年は史上初の100チームが参加。すごい開会式でした! 



2004年08月04日(水) キャプテン 〜横浜高校・村田浩明〜

◆神奈川大会決勝 7月28日 横浜スタジアム
神奈川工 000 000 000 | 0
横浜高校 110 140 14/ |12

 校歌を歌い始めた頃、村田の目には涙がたまっていた。応援席に走り出し、挨拶を終えると、それは大粒の涙として頬を伝った。優勝インタビューは、泣きながら。涙のインタビューが終えると、選手による村田の胴上げが始まった。監督よりも部長よりも、誰よりも早い胴上げだった。
「横浜高校のキャプテンをやっていて、初めて良かったなと思いました。今までの苦労が全部報われました」
 村田はキャプテンとして過ごした約1年間をしみじみと振り返っていた。
「誰かほかのヤツが悪いことをしても、全部自分のせい。監督や部長に怒られるのは自分ばかりで、毎日のように辞めたい辞めたいと思っていました。キャプテンなんてやるもんじゃないって」
 
 春の大会中、「横浜のキャプテンってどんなもの?」と訊くと、村田は「つらいです」と即答した。
「キャプテンになった頃は、『よし、やってやろう』と。でも、やっていくうちに思った以上につらいことが分かって…。もう、みんなが言うことを聞いてくれないし、チームはバラバラ。今の代は個性が強いと言われているけど、強いなんてものじゃないです」
 昨秋は横浜隼人に3回戦でサヨナラ負け。常勝を求められる横浜にとっては、あまりにも早い敗戦だった。
「横浜高校は名門だけに成績を残さないといけない。過去の先輩たちの栄光を汚すわけにはいかない。かなりのプレッシャーがありました」
 横浜隼人に敗れたあと、チームはバラバラに。村田自身も、キャプテンのプレッシャーに押しつぶされ、ついには練習中に呼吸困難に陥り、病院で点滴を受けることに。村田はキャプテンを降りることを決意した。代わりに主将を務めたのが玉城秀一。それでも、玉城を主将に添えたチームはわずか2週間しか続かなかった。
「監督に『やっぱり、お前がやって欲しい』と頼まれて、もう一度キャプテンに復帰しました」
 チームは村田を求めていた。個性の強すぎる横浜をまとめるには村田しかいない。再びの決意で村田は主将に就任した。

 春。村田は甲子園にセンバツ準優勝旗を返しにいった。一人で歩いた甲子園のグラウンド。悔しい思いばかりが胸にこみ上げてきた。
「つらすぎました。でも、センバツから帰ってきて、本当にチームがひとつにまとまった。みんなが『夏は甲子園に行ってやろう!』という気持ちが強くなって、チームがいい方向に進んでいきました」
 チームは春の県大会を優勝し、関東大会も制覇。昨秋から見事な復活を遂げた。村田は準々決勝の桐光学園戦で決勝タイムリーを放つなど、攻守に活躍。主将として選手として、横浜を支え続けた。
 桐光学園戦後、渡辺監督はこう話していた。
「チームで誰よりも甲子園に出たいと思っているのは村田。あいつは誰よりも練習している。今日のタイムリーは野球の神様が打たせてくれたんでしょう」
 
 夏。村田の名はスタメンから消えた。入部前から即戦力と噂されていた緑中央シニア出身の1年・福田永将が評判どおりの活躍を見せ、レギュラーに定着。インサイドワークと肩に優れた村田は終盤から登場する「抑えのキャッチャー」として、試合出場を果たした。
 再び桐光学園と対戦した準々決勝。試合後、敗れた桐光学園の3年生が、村田のもとへ千羽鶴を渡しに来た。中学時代、川崎北シニアでチームメイトだった片根勇介の姿もあった。
「村田〜、福田なんかに負けてんなよ。応援してるからなら、絶対甲子園行けよな」
「おう、ありがとう」
「あと、お前、手のサイズいくつ? これ、やるよ」
 そういって、片根が村田に差し出したのがバッティンググローブだった。
「新しいんだよ、これ。でも、全然使ってないから、お前にやる」
「ほんとか? いいのかよ?」
 そう言いながら、村田は嬉しそうに受け取った。(ただ残念ながら、サイズが合わなかったため、バッティンググローブは涌井の手に) 
 
 2年センバツに続く、自身2度目の甲子園に向け、「自分の仕事をきっちりとこなしたい」と村田は言う。1年にスタメンを奪われ当然、心中穏やかではないはず。それでも、「チームのためにやるだけ。使ってもらったときに自分の力を出します」とキャプテンらしいコメントを残す。
 村田の帽子のツバには、太く黒い文字で「鬼強心」と書かれている。村田の造語であるが、「どんなときでも、鬼のように強い心を持ち続けたい」という思いが込められている。
 キャプテンとしての1年間、苦労ばかりが続いた。日々、気持ちが揺れ動く中、「鬼強心」を自分に言い聞かせ、神奈川制覇を成し遂げた。次に狙うは、もちろん98年以来の全国制覇。
「チームワークさえしっかりしていれば、優勝できる」
 個性派揃いのチームをどれだけまとめられるか。横浜の全国制覇は、キャプテン村田にかかっている。


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