みのるの「野球日記」
==すいません、ちょっと宣伝です==

●『中学の部活から学ぶ わが子をグングン伸ばす方法』(大空ポケット新書)

新刊が発売になりました。
しらかし台中(宮城)の猿橋善宏先生の
指導法などが掲載されています。
詳しくは、大空出版HPをご覧ください。
http://www.ozorabunko.jp/book/gungun/

●『グラブノート』(日刊スポーツ出版社)
BBA梅原伸宏さんのグラブ本。構成を担当しました。
親指かけ・小指かけの結び方、グリスの入れ方など、
グラブをよりよくするための方法が書かれています。

*ツイッター始めました
@mino8989 です。

2003年08月31日(日) 東京都秋季ブロック大会

 今日の日刊スポーツに「2003秋季高校野球東京都ブロック予選」の組み合わせが掲載されていた。
 昨年から変わったことがひとつ。ブロック数が20から24に増えた。
 東京都の秋季大会は、ほかの地区大会と違い、来年の春季大会の予選を兼ねている。秋季ブロック大会でベスト4に進まなければ、春季大会に出場することができない。昨年まで、秋季ブロック数は20。つまり、80校(20ブロック×4高校)しか、春には出場できなかった。
 今回、24ブロックに増えたことで、96校(24ブロック×4高校)が春季大会に出場できる。2005年には、東京都の全校が春季大会に出場できると聞く。

 秋季ブロック大会でベスト4に入れなければ、9月から翌年の7月まで、一切公式戦を経験できない。そのため、「まずはブロック大会ベスト4に入ること」が、東京都の高校の目標になる。秋に初戦敗退し、万が一、夏も初戦で敗れると、たった2試合で現役引退という信じられないことにもなる……。背番号を着ける試合が、わずか2試合しかできないなんて、悲惨なことである。
 私の住む神奈川の場合は、秋、春ともにリーグ戦を行う。最低でも秋、春に4試合の公式戦を行うことができる。恵まれていると思う。
 
 今回の東京都のブロック増は、都立の先生方が中心になり、実現までこぎつけた。2005年の全校出場に向け、グラウンドの確保、審判派遣の問題など、解決すべき件はまだありそうだが、まずは第一段階突破。

 ブロック大会には「当番校」という制度があり、これに選ばれると、かなり有利である。「当番校=強豪+グラウンドを持っている学校」と言われており(八王子市民球場や江戸川区民球場も使用するので、必ずしもそうではないが)、強豪vs強豪の試合を避けることができる。

 4ブロック増えたことにより、新たに4つの当番校が誕生した。
 ゞ擁 府中工 E豎ぢ膺生 ぬ逝臙飜酥王子
 東海大菅生は意外である。しかし、菅生のグラウンドまで行くのは大変……。秋と春の大会は、東西をわけずに「東京都大会」として行うため、東東京の学校が菅生に行くのはかなりキツイと思う。山奥ですから……。

 組み合わせを見て、強豪が集中しているのが、国士舘グラウンドで行う第14ブロック。初戦に東亜学園vs日大鶴ヶ丘があり、準決勝ではその勝者vs国士舘と対戦が予想される。逆ブロックには、東農大一、立川、国立と、なかなかの学校が揃っている。
 ほかには第2ブロックで、桜美林と世田谷学園。第3ブロックで、安田学園と堀越。第16ブロックで、早稲田実と二松学舎大付。強豪が同じブロックに入った。 

 夏が終わったと思ったら、すぐにセンバツの予選がスタート。大変ですね、監督も高校生も……。
 神奈川は今月4日に組み合わせ抽選。6日から秋季大会開幕です。
 ちなみに関東大会は11月1日から5日まで埼玉で行われます。もろに、早慶戦とかぶってるんですよね……。



2003年08月28日(木) サイドスロー禁止?

 野球に詳しい知人から、こんなメールが届いた。
「真壁(東北)は高校からサイドにしたんでしょうね。中学野球はサイド禁止ですから」
「え?! どういう意味ですか?」と、即座に返信した。
「え?! 中学野球はサイド禁止じゃないんですか」とメールが返ってくる。
 知人によれば、数十年前(どれくらい前?)は「サイドスローが禁止されていた」と。「おそらくヒジ、肩に負担がかかるから」という理由で。また、「そもそもサイドを教えられる先生がいなかったのでは」という理由があるかもという話でした。

 聞いたことないですよ。「サイド禁止」なんて。メール見た瞬間、ほんとにびっくりしました。
 今日、江戸川河川敷で行われた『下町杯』に行ってきたので、「サイド禁止」について訊いてみました。
「禁止とは言われてないけど、あまり良い投げ方ではない、と言われたことはあるかな」
「そんな話し、聞いたことない」
「少年野球では禁止だった可能性はあるかも」
 そんな話でした。

 お世話になっている宝立中の山岸先生に訊いてみても、「そんな話なかったよ」と一言。そうですよね、ぼくも知りません……。
 でも、知人「さん」は本当に野球にお詳しい方なので……、本当に「サイド禁止」のときがあったと思うのです。もし、「そういう話聞いたことある!」という方がいましたら、是非情報お寄せください!

 サイドについて、『下町杯』の主催者・西尾弘幸先生(小松川第三中)はこんなことを仰ってました。
「オーバースローでクセのある投げ方の選手は、どんなに練習しても、なかなか正しい投げ方にはならない。そういう選手は、サイドにすると、サイドの投げ方をイチから教えられるから、変なクセがついてなくて良いんですよね」
 たとえば、小学1年からはじめたとして、中学1年まで6年間の野球歴がある。小さい頃に見についてしまったクセは、なかなかとれない。そんなときは、スパッとサイドに転向させると……、大げさにいえば、その選手の新しい投手人生が始まるようなものなんでしょうか。

 西尾先生がもうひとつ興味深い話をされていました。
「高校の監督は、オーバースローよりもサイドの投手を欲しがるんです。シンカーとかツーシームとか、落ちるボールを投げやすいからだと思いますね」
 あとは右投手でいえば、右打者の内角へ食い込むナチュラルシュートを投げられる。高校生でも大学生でも、このエグイボールはなかなか打てない。いまはどの学校にもマシンがある。素直な球筋の速い球は、公立高校でも捕らえてくる。140kmを超える球でも、甲子園を狙うようなチームなら打ち返してくる。マシンとは違った角度で出てくるサイドスローのシンカー、ツーシーム、ナチュラルシュート。甲子園を狙う監督にとっては、チームに一枚は欲しいタイプなんでしょうね。

 というわけで、話がそれましたが、「サイド禁止」情報お待ちしております。



2003年08月26日(火) New 修徳高校

 埼玉県八潮市の修徳高校グラウンドで、修徳・遊学館・市船橋の練習試合(変則ダブル)が行われました。
3チームの監督さんは、ともに中学野球で実績を残し、中学から高校に指導の場を移した方です。遊学館の山本雅弘先生は、星稜中(石川)で全中制覇を経験。北野栄(ダイエー)、山本省吾(近鉄)らのプロ野球選手も育てています。修徳高校を率いる小田川雅彦先生は、16年間修徳学園中学を率い、全中に2度出場。甲子園で活躍した浜名翔(東海大浦安で00年夏の甲子園準優勝)、栗山辰徳(日大三−立正大)らを指導しました。市船橋の石井忠道先生は常盤平中、松戸第六中(ともに千葉)で全中出場。01年の全中では松戸第六中を率い、準優勝に輝いています。ちなみに決勝の相手は、鶴川(現明徳義塾)のいた明徳義塾中でした。

 JR亀有駅からタクシーに乗り、修徳高校グラウンドに着いたのは9時20分頃。9時半試合開始と聞いていたのですが、9時開始だったようで、第1試合の修徳対遊学館は始まっていました(練習試合では時間変更はよくあることです)。
 ネット裏に、修徳学園中の野球部を率いる小野寺信介先生を発見。小野寺先生は修徳学園中から修徳高校、日大に進んだ方で、中学時代は小田川先生の指導を受けていました。
 しばらく、小野寺先生と試合を観戦。ショートに見たことのある選手が守っていました。昨年の修徳学園中の主将・酒井啓行(1年)でした。キャッチャーも修徳学園中出身の長野祐斗(1年)でした。昨年の修徳学園中は酒井と長野を中心に、全中ベスト4にまで進みました。新チームで、早速レギュラーの座を掴んだようです。ただ、ふたりとも、試合ではあまり良いところが見られず……。酒井は中学時代、抜群に守備が良かったんですが、高校レベルに入るとまだまだという印象を受けました。

 小野寺先生が、「サードとセカンドの選手は栃木から来た選手」と教えてくれました。
 サードは栃木の強豪・益子中出身の長島一成(1年)。この夏の県大会でも、すでに出場を果たしていました。セカンドは佐藤寛己(1年)。こちらは芳賀中の出身。同じく強豪中学です。
 外野に目をやると、レフトにも栃木の軟式野球部出身の選手がいました。レフトを守る松本将志(1年)。物部中出身です。
 この栃木の3選手は、打つ方でも、3番松本、4番長島、5番佐藤とクリーンアップを務めていました。期待の大きさが伺えます。
 
 栃木から来た選手については、今年5月の下野新聞で特集されていました(新聞の切抜きが、グラウンドにある小部屋の窓にも貼ってありました)。

<修徳高の関係者が芳賀郡内の野球関係者と親交があり、これまでに数回、野球教室を開いた関係で、有能な選手が同校関係者の目に留まり、例年にない大量入学につながったと見られる>

 と、紹介されています。
 松本、長島、佐藤以外に、益子中からひとり、真岡東中からひとり、修徳高校に入学しています。

 修徳高校の先発ピッチャーは、183cmと大柄な左腕・斉藤勝でした。130km前後のストレートと、大きなカーブが武器。タイプ的には広島の河内(国学院久我山出身)のような感じです。もっと良く言えば、ランディ・ジョンソンですが……。
 斉藤は7回まで投げ、7失点。初回に4失点、2回1失点、3回2失点。3回までに7失点するも、その後はほぼ完璧に抑えました。まだまだ波の激しい投手。精神的な甘さを感じました。ただ持っている潜在能力には相当高いものがありそうです。
 斉藤は東京の矢口中出身。軟式あがりだそうです。

 結局、修徳のスタメンは8名が1年生。その全てが軟式野球部出身でした(おそらく)。
 来年は全中準優勝になった修徳学園中の主力選手も入部予定。そのほか、軟式の有望選手が小田川先生を慕って、入部するという話を聞きます。
 
 一方の遊学館は、地元金沢でシード決めの大会も行われているということで、レギュラー格の数名は遠征に帯同していなかったそうです。
 それでも・・・、濱村(2年)、江川(1年)、中山(2年)、鈴木(1年)らが出場。遠征組も豪華布陣でした。
 先発ピッチャーは小嶋に投げ方がそっくりの左腕・曽根(1年)。小嶋がまだ残っているのかと錯覚したほどでした。まぁ、球のキレやコントロールに雲泥の差がありますが……。線の細いスタイルも小嶋と似ていました。ちなみに曽根は星稜中出身。当時はエースに片岡(現星稜1年)という素晴らしい投手がいたため、曽根は主にファーストを守っていました。今後、山本先生の指導でどこまで成長するか、楽しみです。



2003年08月24日(日) 全中レポ(3) サッカー決勝戦など

 今日は、NHK教育で全中サッカーの決勝(常葉橘vs桐蔭学園中)をやっていました。昨日は確か水泳を、一昨日は陸上を放送していたような気がします。う〜ん……、うらやましい。数年前までは野球の決勝戦もやっていたんだけどなぁ。東林中・清原が3年のときまではTV放送があったと聞きます(ということは99年まで)。自分も見たことあるし。
 どうして、TV中継がなくなったのか。中体連野球専門部のお偉いさんによれば、「野球はお金がかかるし、つまらないから」ということでした。
 私も見ていたときの記憶があるんですが、何か異常につまらない中継だった気がします。いま思えば、ネット裏に設置したカメラひとつで中継していたんだと思います。
 お偉いさんは「保護者の方が撮影した試合のビデオって、すごくつまらないでしょう。何でだと思う? ずっと同じ位置から撮影して、しかもカメラ一台で映してるからだよ」とも言ってました。妙に納得してしまいました。確かに保護者が撮影したビデオはつまらない。よほど注目して見なければ、1試合通しては見られません……。
 
 今日のサッカーを見て思ったんですが、カメラ一台でやっていましたね。でも、それなりに楽しく見られました。水泳も陸上もカメラ一台でした。
「水泳や陸上なんて、レーンの横にカメラ置いて、レース撮っておけば良いんだから」とお偉いさん。確かにその通り。楽しく見れてしまいました……。

 で、サッカーを見てびっくり。サッカーに詳しい人からすれば、常識なんでしょうが、一度交代した選手が、また試合に出場することが可能なんですね。桐蔭中が前半7分くらいに選手を交代しました。「随分早く交代させるなぁ」と思ったら、ベンチにいた監督が「また後半出るぞ! 今日は総力戦だ!」と。まじっすか!?
 ついでに「給水タイム」なるものもありました。でも、気温によってあるときと、ないときがあるようです。「今日は18度なので、給水タイムはありません」と実況の方が言ってました。何度以上なら、「給水タイム」があるのでしょうか……。ご存知の方いますか?

 「交代」について、ネットで調べると、
<「1999年度競技規則の改正について」のFIFAからの通達が掲載されています。
「交代の数」としていたものを「交代」という表現に変えることにより、U-16、女子、および年長者(35歳以上)のカテゴリーに限って「自由な交代」をすることが可能となったのです。「自由な交代」とは交代して退いた競技者がまた交代要員となって、出場できることをいいます。>

という記載を見つけました。
(U−16って、U−16以下ってこと?)

 サッカーは何だか、自由な発想があって良いですね。

 ちなみに全中で、サッカーの代表校は32校です。ほかの球技を見ると、バスケが24、ハンドボール20、バレーボール36、ソフトボール(男子)16、ソフトボール(女子)20です。で、野球は16です。サッカーの半分です。少なすぎませんか? 関係者からも「少なすぎる」という声が実際に上がっていて、参加校増に向けて動き出しているようです。
 上記の球技の中で、平成14年度調べで中体連への加盟校がもっとも多いのがバレーボールで(男女)9039。次が野球の8974、サッカーは6984です。ハンドボールにいたっては、733。
 全体の加盟校数から見ても、野球の代表校が16というのは少なすぎる気がします。8974分の16なんて、狭き門すぎます……。
 でも仮に、全国8ブロックで1校ずつ増えたとして、参加は24校。となると、いままで3日で消化していた試合が、最低でも1日増えて4日間となります。最終日に準決勝・決勝をダブルでやるとすると、決勝までは4連戦、そして最後はダブルと非常に過酷な日程になります。とくにピッチャーにとっては過酷ですね。硬式のように「一日、●イニング以上投げてはいけない」というルールはありませんから……。投げさせれば、何イニングでも投げられてしまいます。

 話変わって、中学軟式野球独自の規定かは分かりませんが、高校野球にはない規定があります。個人的には、なかなか良い措置だと思っています。以下、全中の大会特別規定からの抜粋です。

<暗黒・降雨などで試合が途中で中止になった場合は、5回以前に中止になった場合(ノーゲーム)でも、5回を過ぎて正式試合になって同点で試合が中止の場合でも、原則として再試合にしないで、翌日の第1試合に先立って特別継続試合を行う。但し、決勝戦は再試合とする>
 
 今年の関東大会初戦で、実際にありました。
 修徳学園中(東京)対国本中(栃木)の試合は、2回表を終わって6−0と修徳中がリード。2回裏に国本中が無死一、二塁とチャンスを迎えたところで、雨天中止になりました。試合開始当初から、台風の影響で強い雨が降っており、もう試合のできる状態ではありませんでした。
 高校野球であれば、ノーゲームとなり、翌日、1回表からやり直しますが、中学野球の場合は上記の特別規定が適用され、2回裏の国本中の攻撃から継続して再開されます。ということは、今年の夏の甲子園、駒大苫小牧対倉敷工の試合も、中学野球で考えれば、駒大苫小牧のリードを継続して、翌日に試合を行ったことになります。

 全中……。自分が中学生のときは、存在すら知りませんでしたし、出場の仕方も分かりませんでした。東林中や修徳学園中の選手は、平気で「目標は全国制覇」と言いますからね、すごいことです。
 
 甲子園。常総学院、優勝おめでとう。優勝投手になった飯島は藤代中(茨城)出身。今年のセンバツに出場した藤代高校のエース美馬の1年先輩になります。美馬のときは全中に出場し、ベスト8まで進みました。茨城の強豪中学です。
 決勝の登板はありませんでしたが、東北高校の真壁は、2年前の全中に村田第一中(宮城)のエースとして出場しています。残念ながら、初戦敗退でしたが。
 今年全中に出場した選手の中で、2年後3年後、甲子園で活躍する選手がどれくらいいるのか。いまから楽しみです。まぁ、明徳義塾中の選手は、来年あたりにもう出ていそうですが……。





2003年08月23日(土) 全中レポ(2) 北海道代表・白老中、明徳義塾中に大健闘【1】

 過去2度の全中優勝経験がある明徳義塾中(高知)対北海道代表・白老中の2回戦。
 試合開始前、「3−0くらいで明徳が勝つだろう」と思っていたが、その予想は見事に覆された。「明徳勝利」の予想には、いくつかの理由があった。

 1週間ほど前に横浜スタジアムで行われた「全日本少年軟式野球大会」で北海道代表・釧路鳥取中クラブの試合を見た。正直、全国レベルで見ると北海道のチームは「落ちる」と感じた。「北海道のチームは、全国レベルの中で少し取り残されている」と口にする指導者もいたほどだ。
 釧路鳥取中クラブは初戦で横浜クラブに0−4で完敗。一番印象に残ったのは、内外野の守備位置だった。ほかのチームに比べ、守備位置が浅い。今大会は「ビヨンドマックス」の登場もあり、とくに外野の守備位置が深めだった(硬式野球の定位置なみ)。その中で、釧路鳥取中クラブだけは浅い守りだった。
 象徴的なシーンが、横浜クラブとの試合、1死二塁でファーストが前進守備を敷いていたこと。なぜ前進守備か。セーフティーバントの警戒である。「北海道はそういう野球なんだろうね。でも、いまそんな野球をやっていたら勝てないよ」。ネット裏からそんな声も上がっていた。事実、この前進守備を敷いた場面では、左打者に一塁線を破られ、得点を許した。定位置であれば、さばけた当たりだった。
 
 帰宅後、大会プログラムで、全日本大会の北海道代表の成績を調べて、驚いてしまった。何と今年の敗戦を含め、12年連続で初戦敗退(そのうち6回が完封負け)。20回の歴史の中で、初戦を突破したのが平成3年の南郷スワローズ、ただ1チームだけだった。つまり、北海道代表の全日本成績は1勝20敗である……。

 といっても、これだけ負け続けているのには、カラクリがある。
 過去20回の北海道代表チームを調べると、
  南郷スワローズ       8回
  長沼クラブ         1回
  南区スターズ        1回
  札幌ジャガーズ       2回
  北陽ファミールサンダーズ  3回
  東海大四クラブ       2回
  登別クラブジュニア     1回
  釧路(鳥取中)クラブ    2回

 同じチームが複数回出ていることが分かる。全日本の予選に参加するチーム数が少ないためだ。中体連の予選と並行して行われることもあるため、「強豪」といわれる中学校の野球部が全日本の予選には参加していない。中体連は3年生の主力チームで、全日本は1、2年生中心のチームで臨む野球部もある。
 そのため、全日本の成績だけを見て、北海道は「全国レベルでは落ちる」とは言えないのだが……、「明徳vs白老」という名前だけ見て、明徳の勝利を予想した。

 全日本では大不振の続く北海道勢だが、全中では過去に全国制覇を成し遂げたこともある。高校野球では結果の出ていない北海道。中学野球の世界では、活躍を見せているのだ。硬式野球でも、先日閉幕したジャイアンツカップで札幌新琴似シニアリーグが、準優勝に輝いた。

 今年、全道大会を制し、初めて全中に出場した白老中は、野球の盛んな白老町にある。「大昭和製紙白老」「Viga白老」などの社会人野球チームが活躍した野球の町だ。小学生の学童野球でも、昨年行われた「全日本学童軟式野球大会(マクドナルド・トーナメント)」で、白老緑ヶ丘ファイターズが全国3位に入った。

 そんな白老町立白老中が、野球をするために全国から集まっている明徳義塾中と対戦した。



2003年08月22日(金) 全中レポ(1) 北信越の勢力図が変わる?

 8月17日から20日まで、修学旅行(高校2年)以来の「北海道上陸」を果たしてきました。岩見沢で行われた「第25回全国中学校軟式野球大会」を見るためです。
 というわけで、何回続くか分かりませんが、全中について書いてみたいと思います。

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「長野県勢、初勝利だったんで、本当嬉しかったですよ」
「え? そうなんですか」
 思わず聞き返してしまった。
 今年25回目を迎える全中で、まだ勝利をあげていない都道府県があるとは思ってもいなかった。
「だって、長野県勢で全中に出たのはうちで3チーム目ですよ」
 その言葉に再び驚いてしまった。
「歴史的1勝といっても良いと思います」
 
 言葉の主は、北信越代表・茅野北部中(長野)を率いる篠原一成先生だ。茅野北部中は大会初日、羽津中(東海・三重)を2−1で下し、2回戦に進んだ。その勝利が、長野県が全中で挙げた初めての勝利だった。

「ずっと、石川の中学ばかり出てて……。でも今年ようやく、出ることができましたよ」
 北信越の中学が全中に出るには、まず県大会で上位二校に入らなくてはいけない。上位二校に入ると、北信越大会に進むことができ、優勝すると全中に出場することができる。北信越5県のすべての中学の中で、わずか1校しか出場できない狭き門である。
 そこで去年までの過去24回、県ごとに全中に出場した回数を見ると
(*ヽ催地枠で出場した場合は除く 第2回大会は北陸枠で新潟が出場)
新潟 2回
長野 2回
富山 3回
石川10回
福井 8回

 石川と福井が抜けていることが分かる。
「石川の中学ばかり」という言葉はイコール「星稜中」と置き換えることもできる。10回のうち、6回が星稜中の出場。開催地枠での出場も入れれば7回である。その頃の星稜中は、現在遊学館高校の監督を務める山本雅弘先生が率い、中学野球をリードしてきた。全中制覇も2度ある。
 その星稜中だが、2000年の出場以来、全中からは遠ざかっている。今年は石川県大会を突破し、北信越大会までコマを進めたが、決勝で敗退した。決勝で星稜中を下したのが、篠原先生の茅野北部中だった。星稜中のカベに何度も跳ね返されてきた長野県勢が、星稜中を破り全中の切符を掴んだ。

 茅野北部中は数年前から金沢交歓会に参加している。
「全国レベルを肌で感じられていることは大きい」と篠原先生はいう。
 全国を狙うチームがどんな態度で試合に臨むのか、どれほどの実力なのか、ホテルや合宿所ではどのような生活態度なのか。
 今年、金沢交歓会に初めて参加した札幌東栄中の和田俊雄先生は、全道大会の試合前に選手にこう話したという。
「金沢で星稜中と試合したんだぞ。ほかにも強いチームとやった。北海道でそれ以上に強いチームはないだろう。だから恐れることはない」
 全国レベルと対戦することで、自分たちの通じるところ、足りないところが分かる。札幌東栄中は、金沢交歓会で学んだことを生かし、今年の夏、創部史上最高の全道大会ベスト4にまで進んだ。

 茅野北部中は羽津中を破った翌日、準優勝した修徳学園中と対戦し、0−5で敗れた。
「完敗です。力の差が違いすぎました」
 試合後、篠原先生はさばさばとしていた。
 だが、まずは「長野県勢の1勝」という歴史は作った。これからである。

 
 今年、長野県が1勝を挙げた。
 じつは昨年は新潟県勢が22年ぶりの1勝をあげていた。22年前の1980年は「北陸代表」として臨んでいたため、現在の北信越代表として新潟の中学が全中に出るの初めてだった。
北信越大会を勝ち抜いた十日町中が、奈良で行われた全中の緒戦で、西陵中(北海道)に勝利。2回戦では、準優勝した玉城中(三重)に0−1で惜敗した。

 岩見沢には新潟の先生も観戦に訪れていた。
「去年は十日町、今年は茅野北部。北信越は石川だけじゃないですよ」
 新潟では、糸魚川中の沢辺剛先生が中心となって「中学校野球糸魚川選手権」を10月末に開催している。今年で10回目を迎える。新潟の中学のほかに、関東や東海から強豪チームを招き、リーグ戦、トーナメント戦を行う。こちらも、金沢交歓会同様、全国レベルを感じることで、レベルアップを図ろうとしている。

 新潟の中学野球は、去年十日町中のほかに、「新潟クラブ」という選抜チームも全国大会で活躍した。こちらは軟式野球ではなく、伊豆で行われたKボールの大会で、夏の全国大会準優勝に輝いた。
  
 星稜中がリードしてきた北信越の中学野球。少しずつではあるが、勢力図が変わりつつある。 

<過去25回 北信越の全中成績>
新潟  2勝2敗
長野  1勝3敗
富山  0勝4敗
石川 22勝3敗(*22勝中18勝が星稜中)
福井  2勝8敗

⇒現在全中未勝利県は、富山と岩手(0勝6敗)の2県




2003年08月15日(金) 静岡交歓会と洗濯

 12日夜から14日早朝まで、「中学校野球交歓会静岡大会」を見るために、静岡・清水市に行ってきました。
 現地では珠洲市立宝立中学と行動を共にさせて頂きました。宝立中学は全校生徒100名弱の小さな中学で、学校の運動部は野球部とテニス部しかありません。野球部は今年の夏、部員18名で石川県大会に臨み、ベスト8まで進みました(準々決勝で星稜中に敗退)。 
 チームを率いるのは就任3年目の山岸昭彦先生。服のサイズはXXOという大柄な先生です。前任の緑丘中では、横浜スタジアムで行われた全日本少年軟式野球大会でベスト4という実績も持っており、毎年3月に開催されている「中学校野球交歓会金沢大会」では事務局長も務めています。一言でいえば、熱い先生です。

 12日の夜、東海大海洋学部で行われた指導者懇親会に参加したあと、宝立中学の保護者の方の運転で、山岸先生とともに宿泊先に向かいました。宿泊先は、清水エスパルスの寮の隣にある「東海大学三保研修館」でした。
 この研修館には慶應湘南藤沢中(神奈川)や茅ヶ崎市立萩園中(神奈川)、東海大浦安中、東海大菅生中など、複数の中学が宿泊先として利用していました。そのため、廊下や食堂で顔を合わすと、ジャージ姿の中学生に次々と挨拶をされました。向こうは「この兄ちゃん誰だ?」と思って挨拶をしつつも、研修館にいるのだから、どこかの学校の関係者だと思っているのでしょう。元気よく挨拶されたら、こちらも挨拶しないわけにはいけません! 良いことですね(笑)。

 宿泊する部屋で、山岸先生、宝立中の保護者とお酒を飲みました。そこで話題になったのが、「洗濯の仕方」。こちらはもちろん、ただ聞いているだけですが、「なるほど」と思いました。
 遠征に来ると、保護者は毎日毎日、ユニホーム(もちろん、アンダーシャツやストッキングも)をコインランドリーで洗濯します。宿泊先、あるいは試合会場の近くにコインランドリーがあることを事前に確認し、試合が終わったあと、コインランドリーに走ります。たいていのチームは、たくさんのユニホームを大きな袋(たとえばゴミ袋)に入れ、車で移動します。コインランドリーに着くと、袋からユニホームを取り出し、洗濯機に放り込みます。終わると乾燥機にかけ、乾燥が終わると、選手別に分けてたたみ、各選手に返します。
 宝立中の保護者の話では、乾燥機が終わったあと、選手別に分けるのが非常に大変とのこと。それならばと考え出されたのが、「洗濯ネット」です。100円ショップで売っている、あれです(あれといっても、分からない人には分からないでしょうが)。私は学生時代、ひとり暮らしをしているときに、Tシャツを洗濯するとき使っていました。
 宝立中では、洗濯物を洗濯ネットに入れて、出させるそうです。それをそのまま洗濯機、乾燥機に突っ込み、一度も洗濯ネットから出さず、選手のもとへ返ってきます。「ネットに入れたままで、乾くんですか?」と訊くと、「乾くんですよ」と一言。
 宝立中野球部は現在12名で活動しています。旧チームから3年生が6名抜けました。仮に、100名もいるような大所帯の野球部だったら、洗濯するのも一苦労。選手別に分けるのも大変なこと間違いなしです。「洗濯ネットを使うのは良い方法だと思いますよ!」と宝立中の方々はお薦めしていました。

 静岡から帰ってきて、東林中の元保護者に宝立中の洗濯の話をすると、「ネットに入れたままでは、汚れが落ちないし、乾きも悪いんじゃないかな」と苦言を呈していました。そして、「ネットのままで返すということは、畳まないで返すってこと?」とも……。
 畳んで返すのが普通なんですか、それとも畳むのは選手にやらせるもの? 各学校の洗濯情報、待っています!(笑)




2003年08月11日(月) 続々と・・・、全中代表校決まる

 本日、中学野球関東大会が終了しました。第三代表決定戦は、修徳学園中が勝利。二年連続の全中出場を決めました。これで、全地区の予選が終了(のハズ)。ただ、トップページを見れば分かるとおり、四国と中国大会の結果が分かりません。どなたか、ご存知の方、教えてください! 一番気になるのが、明徳義塾中なのですが……。

 横浜スタジアムでは、全軟連主催の『第20回全日本少年軟式野球大会』が開幕しました。投手のレベルの高さ、そして岡山クラブの「足」にびっくり。岡山クラブのコーチは、昨年「足」で全中を制覇した宇野中の監督さん。なるほどなぁ、と納得してしまいました。宇野中の監督さん曰く、「宇野中が全中を制覇して以来、岡山では宇野中の走塁が流行っている」そうです。

 明日から静岡県清水市で、『中学野球交歓会静岡大会』が始まります。すでに全中出場を決めている修徳学園中、東海大翔洋中ら50校近くが参加します。この交歓会から、本格的に新チームがスタートする中学も多いようです。
 
 というわけで、明日、明後日は静岡です。
 関東大会や全日本の日記は、静岡が終わってから更新します(予定…)。

 



2003年08月06日(水) 11日から全日本少年軟式野球大会開幕

 来週11日から「第20回全日本少年軟式野球大会」が開幕する。20回の記念大会ということもあり、例年より2校増の18校が参加し、中学軟式野球No.1を決める。
 「中学校野球」ではなく「中学野球」。学校の部活動ではなく、地域のクラブチームや選抜チームも参加が可能だ。

<今年の出場校>
釧路鳥取中クラブ(北海道) 初出場
Akita中クラブ(秋田) 2年ぶり4回目
いわき松風クラブ(福島) 2年連続2回目
真岡クラブ(栃木) 初出場
桐生山田クラブ(群馬) 初出場
横須賀スターズクラブ(神奈川) 3年連続7回目
中野島中クラブ(神奈川) 初出場
桐蔭学園中クラブ(横浜) 3年ぶり4回目
横浜クラブ(横浜) 初出場
星稜中クラブ(石川) 3年連続7回目
神戸中クラブ(三重) 初出場
広畑クラブ(兵庫) 初出場
日高オールスターズ(和歌山) 初出場
城南中クラブ(愛媛) 9年ぶり2回目
岡山クラブ(岡山) 3年連続4回目
多久中央中クラブ(佐賀) 5年ぶり2回目
島原第二中クラブ(長崎) 初出場
上本部中野球クラブ(沖縄) 2年連続2回目


 2年ぶり4度目の出場を果たしたAkita中クラブは、秋田県の中学野球部から選抜した「秋田選抜」。卒業生は秋田経法大付属や秋田高校など、名門校に進む。夏の甲子園に出場する秋田高校の1番佐藤拓也(ショート)、2番成田大(センター)もAkita中クラブ出身。3年前の第17回全日本に出場したが、初戦で岡山クラブに4−5で惜敗した。

 岡山クラブも選抜チーム。今年も3年連続で全日本に出場する。
 こちらはAkita中クラブとは違い、全県選抜ではない。倉敷市・岡山市・赤磐郡・総社市・玉野市・浅口郡の中学野球部からの選抜チームである。倉敷工業の2番大森伸哉(セカンド)は、この岡山クラブの卒業生。今年センバツに出場した岡山城東には、岡山クラブ出身選手が4人(ベンチ入りメンバーに限り)もいた。さすが選抜チーム!

 そして、地元横浜。横浜クラブが、初出場を果たす。
 初出場なのは当たり前。チームが結成されたのは今年になってから。この大会用に結成された選抜チームだ。ベンチ入り20名での初練習は先月末だった。そして、初試合は今月末。横浜スタジアムで、同じく全日本に出場する桐蔭学園中と練習試合を行った。結果は1勝1敗だったが、さすがに横浜市150チームから選りすぐられた選手たち。センス溢れる選手が揃っていた。とくにピッチャーは、変化球で確実にストライクがとれ、大崩れすることはなさそう。最速127kmを記録する速球派投手もいた。

 
 力のある選手を集めた選抜チーム。単独の野球部よりも強いはずと思われるが、成績を見ると、それほど顕著には表れていない。
 98年に千葉の全流山が初めて全国制覇するが、その後頂点には立っていない。岡山クラブは2度、Akita中クラブは1度の準優勝がある。5年ぶりに選抜チームが優勝できるか、注目だ。

 なお、初戦注目のカードは、前年度優勝の上本部中(沖縄)と過去2度優勝の桐蔭学園中(神奈川)の対決。
 上本部中のエース与那嶺祐也は、昨年もエースとして活躍し、優勝投手に輝いている。昨年の大会でピッチングを見ている桐蔭学園中の大川先生は、「120km後半のストレートがあり、コントロールも良い。そう簡単に点はとれない」と、与那嶺を警戒。与那嶺には沖縄だけでなく、九州、関西の高校からもスカウトの手が伸びているというウワサ。

 上本部中対桐蔭学園中は、12日の10時20分から横浜スタジアムで試合開始予定。近くに住んでいる人は、是非浜スタへ! 中学軟式野球をまだ見たことない人は、レベルの高さにビックリすること間違いなし!



2003年08月02日(土) 給前を支えた2年生捕手 〜横浜商大10年ぶりの優勝〜

 10年ぶりに夏の神奈川を制した横浜商大。
 背番号13を着けて、7試合すべてにフル出場したのが2年生捕手・宮本憲人だ。スローイングもキャッチングも抜群にうまいとは言えない……。だが、エース給前の良さを存分に引き出した。

 夏の大会前まではストレートで押しまくるのが給前のイメージだったが、この夏は違った。とくに準決勝の桐光学園戦から、緩いカーブを交え、投球スタイルを変えてきた。
 優勝を決めた決勝戦。キーマンと見られた1番荒波、4番黒木に対しては、外角のカーブを多く配球し、打ち気にはやる二人を翻弄した。
 圧巻だったのが最終回の攻め。西江、吉田斉(ともに代打)に対し、7球連続で変化球を要求し、凡打に仕留めた。
 それでも、最後のバッター荒波に対しては給前らしさが見えた。カウント1−0から外角のカーブを投げ、空振り。2−0と追い込む。今日の投球スタイルでいけば、最後は変化球かと思ったが、そこはやはり給前。2−0からストレートを3球続け、最後は外角ストレートで空振り三振に仕留めた。最後の最後はやはり給前の持ち味であるストレートだった。
 宮本は「最後は絶対にストレートと決めていました」と試合後、笑顔で言った。

 宮本がキャッチャーを始めたのは、高校2年の春から。それまで主にファースト、サードを守っていたが、突然のコンバートだった。
「いきなり、監督にキャッチャーやれ! と言われたんですよ。最初は戸惑いばかりでした」と宮本は苦笑いを浮かべる。
「自分のどこが良くて、キャッチャーにコンバートされたか、未だに分かりません……」
 キャッチャーの経験は、「少年野球でちょっとだけある」程度だったという。
 給前のストレートを初めて受けたとき、「あまりに速すぎて、ちゃんと捕れなかった」と昨年の春のことを振り返った。
 
 給前に宮本のことを聞くと、想像とは違う答えが返ってきた。
「2年生なんで、自分の言いたいことが何でも言えるし、やりやすい」
 「リードがうまい」「肩がいい」「視野が広い」など……、宮本の能力を誉める言葉を想像していたが、違った。でも、自分が「やりやすい」キャッチャーは、能力以上に大事なのかもしれない。

 宮本に、この給前の言葉を伝えると、少し言いづらそうに、小さな声で言った。
「給前さんは3年生なんで、ぼくは正直やりにくいところもあります……」
 給前は「やりやすい」と言い、宮本は「やりにくい」と言う。おかしな関係である。

 金沢監督は宮本を起用し続けたことについてこう説明する。
「給前は宮本と組むと、やりやすいんでしょうね。6月の練習試合から、二人でやらせてきて、相性の良さを感じていました」
 「やりにくい」と考えているのは下級生の宮本だけのようだ。

 10年前、商大は川崎球場で行われた決勝で横浜を下し優勝を決めた。小学生だった宮本は、商大野球部出身の父親に連れられ、川崎球場のスタンドにいた。
「その頃、どんなふうに思った?」と訊くと、
「小学生なんで、ただ試合を見て、商大が優勝したな、くらいにしか思ってませんでしたね。あの試合があったから、商大に入ろうと思ったわけでもないですし……」と宮本。
 それでも、球場で10年前の優勝を見て、10年後には自分が選手として優勝を味わうなんて、カッコ良すぎる……。

「甲子園では給前さんをしっかりとリードして、勝ちたい」と抱負を話す。
 商大の試合を見ていれば気づくが、宮本のサインに対して、給前が首を振ることが結構ある。
「給前さんの方が経験があるので、その点は全然気にしてないです。首を振ってもらうことで、自分の勉強にもなりますので」
 素直な2年生である。

 神奈川大会終了後、甲子園登録メンバーが発表された。
 宮本は「13」から、レギュラー番号の「2」に昇格していた。
 


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