江草 乗の言いたい放題
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2019年02月26日(火) 京都大学を守れ!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan



 京都大学の前期日程の入学試験が終わった。前期試験の日の早朝に出現する「折田先生像」は入学試験の一つの風物詩だった。地元の新聞でも紹介され、過去の折田先生像の写真を載せたサイトもある。今年は平成最後の年ということで、今年の折田先生像は「小渕恵三」だったのである。

 しかし、その折田先生像は大学当局にとってその日のうちに撤去されてしまったという。例年ならしばらくの間そのまま残されていて、訪れた観光客が記念写真を撮ったりしていたのでオレも京都に出かけるついでがあれば見てみようと思っていたのだ。それがすぐに撤去とはどういうことだ。折田先生像もまた規制の対象である「立て看」と同類だとみなされたのだろうか。

 京都大学では昨年、大学周辺の立て看が「景観を損なう」という勝手な理由で撤去されるという事件が起きた。オレは立て看そのものが京都大学の一つの景観であり、その存在が京都大学のアイデンティティーみたいなものであると思っていた。だから立て看規制には反対の立場だった。大学当局が立て看板を規制し、吉田寮の学生自治を排除し、管理強化に努めようとしていることで失われるものは何か。それはかつての京都大学が持っていた古き良き文化である。

 オレは京都大学が好きだ。好きだからこそがんばって受験勉強してそこに入学したのだし、京都大学出身の人が活躍すると嬉しくなる。自分が教えている高校生たちが京都大学を目指してがんばっていることをいつも応援している。ところが現実の京都大学がオレが思い描いた自由な学問の場ではなく、大学当局によって厳しく管理された世間一般の普通の大学のようなものになってしまっているのならオレは困るのである。オレにとっての京都大学はいつまでも昔のままの姿であってほしいのだ。どうして大学は管理を強化するのか。

 折田先生像の制作とは「どうでもいいことや無駄なことに時間を費やし、真剣に取り組む」という姿勢の表れであり、それは学問探求の基本である。なんでそんな研究するのか?と世間に笑われながらも取り組むことが、いつかはノーベル賞につながったりするのである。この世に無駄な学問などない。もしも無駄な学問があるとしたらそれは武器の研究や大量破壊兵器の研究くらいだ。人類を不幸にするそんな無駄なことにわざわざ取り組む連中はそれだけで死刑に値するとオレは思っている。世界の兵器産業のトップを全員殺人罪で処刑してしまえば。兵器産業なんてものはなくなるだろう。

 反戦平和を希求し、常に政治に対して批判的なスタンスで臨み、権力に抗して学問の自由を守るのが京都大学の存在意義である。オレはその卒業生であることをいつも誇りに思っている。

 学生たちが立て看板で自分たちの主張を行うことのどこがいけないのか。自由にモノが言えない社会がどこに向かっているのか。マスコミまでも政治権力に支配され、沖縄の県民投票の結果が黙殺され、官僚の不正が何の処罰も受けないこの最低最悪の自民党政治の中で、京都大学の立て看板は学生たちが正義を訴え、国民へ連帯を呼びかけるための手段であり、多くの人たちの目に留まることで世間にアピールできるものである。その発言手段を奪うことで大学は学生を大学当局の思い通りに従う従順な羊としてコントロールしようとしている。

 オレはそうした規制に断固として反対する。このままでは京都大学が終わってしまう。オレが愛した京都大学ではなくなってしまう。どうか卒業生のみんなが声を上げてほしい。管理強化しか考えてない総長を追放して、京都大学に学生の自治を取り戻すために協力してほしい。


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2019年02月25日(月) 政治における民意とは何か?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 辺野古の基地建設の可否を問う沖縄県の県民投票で、7割以上の人が基地建設に反対という票を投じた。この結果に対して安倍晋三は「真摯に受け止める」といつものように嘘をついた。彼が「真摯に受け止める」と答えるときはいつも「そんなものは無視」というのが本心である。いつもウソしか言わないクソ総理は、ロシアとの領土問題に関しても、森友学園や加計学園の疑惑に関しても、厚労省の統計偽装問題に関しても、常にウソしか言わなかった。福島原発の汚染水は完全にコントロールされているという大ウソをついて東京五輪の誘致を決めた。

 オレはすべての国民に問いたい。あなたがたは今から74年前に、沖縄で日本本土防衛のために地上戦が行われ沖縄県民の1/4が犠牲となったことを知ってるのか。その沖縄県に多くの米軍基地が押し付けられ、さらに辺野古に新たな軍港が建設されることをなんとも思わないのか。そのために投入される税金が2兆5000億円になることを知っているのか。

 沖縄県民の多数が反対し、しかも多くの税金が使われる「辺野古軍港建設」を安倍晋三は「絶対にやめない」と主張している。日本国民はそれを支持するのか。あなたが自民党や公明党に投票するということは、沖縄県民のこの意志を踏みにじり、県民のいやがる施設を無理やりにおしつけようとすることだ。人の嫌がることを無理やりおしつけるというのは「いじめ」である。つまり自民公明への投票行動は、沖縄県民に対して集団で行っているいじめみたいなものである。そんな理不尽なことをあなたはしているのだ。どうしてその恥ずかしさに気づかないのか。

 どうして安倍晋三はこの基地建設がしたいのか。それはこの土木工事が巨大な利権だからである。工事にゼニがかかればかかるほど、そこから自民党の議員に還流するゼニも増える。土木工事というのは利権の巣窟である。かかった工事費の1割は自民党議員にキャッシュバックされるので、2兆5000億円の辺野古軍港建設によって自民党には2500区の裏金が転がり込むのである。もうウハウハで笑いが止まらないのである。

 この愚行を止めるることができるのは日本国民の意志だけである。辺野古軍港建設をやめさせるためには、自民党を選挙で負けさせるしかないのである。2兆5000億円もかけて沖縄のきれいな海に赤土交じりの土砂を投入して海洋汚染するような馬鹿な事業は絶対に阻止しないといけないのだ。そのために絶対に次の国政選挙では自民党を敗北させないといけないのである。

 そしてオレは公明党にも言いたい。いつからあんたたちは自民党の犬になり下がってしまったのか。昔は平和を愛し、憲法の精神を守るリベラルな党じゃなかったのか。いつから庶民の敵になって、大企業や大資本の走狗になってしまったのか。創価学会を支える多くの庶民の気持ちを裏切るようなことをしていて恥ずかしくないのか。貧富の差がどんどん拡大し、不動産を所有していたり株式投資をしている富裕層だけがどんどんその資産を拡大し、その一方で非正規雇用が増えて労働者の平均賃金は下がってしまった今の世の中をあなたがた公明党支持者はよしとしているのか。

 日本の国土防衛のためには何の役にも立たないイージスアショアをどうしても作りたいならアメリカがゼニを出せばいい。どうしてその建設を急ぐのかといえば、北朝鮮の非核化が実現すれば不要になるのでその前に着工したいのである。そんな無駄なことのためにゼニを使うのと、国民の福祉のために使うのとどちらが大事なのか。自民党の連中には無駄遣いのほうが大切なのである。

 民主主義とは何か。それは民意を政治に反映することだ。沖縄の民意とは何か。それは新たな軍港を作らせないことだ。普天間基地が危険だというのなら、周辺住民をすべて移転させるだけのゼニを出せばいい。2兆5000億円どころか、せいぜい3000億円くらいで片が付くだろう。そのほうがはるかに安上がりだぜ。


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2019年02月24日(日) 映画「翔んで埼玉」は最高だ!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 映画館で「翔んで埼玉」を観た。鑑賞しながら何度か思わず声を出して笑ってしまった。あまりにばかばかしいその内容の悪ノリぶりにもう笑うしかないのである。なんでここまでふざけた内容で作ることができるのか。よくぞここまで本気で全力でおバカ映画を作り上げたなあというその意欲をオレは買いたいのである。

 東京都民が埼玉県人を見下して差別する気持ちがオレにはわからない。なぜか。大阪の人間、特にオレのような河内のオッサンには、自分の住む土地以外の地域を見下すという価値観が存在しないからだ。大阪の中でも特に民度が低い南河内というどうしようもないカオスの世界でオレは育った。大阪は北から上中下に分けられる。淀川以北、淀川と大和側の間、大和川以南の3つの地域から構成されていて、大和川以南の地域は南河内と泉州という二大DQN地域なのである。泉州の代表が清原和博だとしたら、南河内の代表はダルビッシュ兄弟である。どちらも野球界を代表する問題児である。ダルビッシュ有は入団したばかりの沖縄キャンプの時にパチンコ屋で喫煙していたところを写真週刊誌に撮られている。清原は言わずと知れたホームランを打つ代わりに覚せい剤を打ってしまった男である。

そんな南河内出身のオレにとって、神戸はカッコよくてあこがれの街だし、京都は歴史と伝統文化の街である。大学生の4年間、オレは旅先で出身地を訊かれるといつも「京都」とごまかしていた。確かに京都に住んでいたが、オレの出身地は南河内である。オレは卑怯にも産地偽装していたのだ。

 東京都民から見た埼玉県人はそんなに田舎者なのだろうか。埼玉県人の80%は池袋に集結してるのだろうか。千葉や茨城は東京からどんなふうに見えてるのだろうか。そして埼玉よりももっと田舎の群馬とか栃木はどんな世界なのだろうか。それをこの「翔んで埼玉」という映画は極端にデフォルメして描いているのである。もう最高の面白さである。

 山の手に住む東京都民が、それ以外の地域を見下しているということ、そして同じ都民の中でも微妙な序列意識があり、都区内に住む者は八王子や田無を見下していること。都民のそうした序列意識が自分たちの下に埼玉県人という被差別階級を作ったことなどをこの映画は明確に示してくれていて面白いのである。

 そうして笑いものにされたことで埼玉県人がこの映画に対して怒ってるだろうか。否である。むしろここまで極端に書かれると怒るどころか笑ってしまうのである。そして最後には埼玉への郷土愛ということに帰結するのである。オレはどんなふうにこのお話をまとめるのかと思ってハラハラしながら観ていたのだが、見事に落ち着いたのである。

 おバカ映画は楽しい。すぐれたおバカ映画は見ている人を幸福にする。何も考えずにゲラゲラ笑えるのは最高である。そこに挿入された小ネタの一つ一つが笑いのツボにヒットするからもう最高である。

 このようなすぐれたおバカ映画がもっと評価されてほしい。オレが最高のおバカ映画だと信じている「鴨川ホルモー」も、一人でも多くの方に観てもらいたいのである。


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2019年02月23日(土) 小中学校にスマホ持ち込ませるべきか?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 文部科学省が小中学校への児童のスマホ持ち込みを認めるかどうかという方針で揺れている。地震の時の緊急連絡などで必要であるということも事実である。オレはどちらかというと持ち込みには賛成なんだが、ただ校内での休み時間の使用を認めるということではない。あくまで緊急連絡用であり、ふだんはカバンの奥底にしまっておくということである。通学の距離の長い高校なら絶対に必要だろう。

 ただ、小中学校はどうか。公立の小中学校の場合は徒歩で通学可能なところなので、保護者との緊急連絡といっても住んでいるのは同じ地域である。だからオレが想定する「緊急連絡」というのは電車通学の場合である。だから公立中学では禁止でも、私立中学ではOKなどというふうに運用基準を考えるべきだ。

 ただ、今の小中学校の学級崩壊の現状を考えた場合、カバンの底にしまっておくというルールは守られないだろう。小学生は必ず休み時間に使うようになるだろう。授業中にゲームするやつも出てくるだろう。そうしたトラブルが急増することは間違いない。そこで生徒から取り上げれば必ずモンスターペアレントが出現して、「使えなかった間の基本料金を支払え」などと言ってくるのである。

 スマホ依存症の小中学生はものすごく多い。不登校の理由の一つとして、のべつまくなしにスマホに触れていて、学校に行くとスマホが触れないからというのもあるのだ。そういう理由で不登校になってしまう児童生徒まで救済する必要はないとオレは思うのである。そういうのはただ単にそいつがアホというだけの問題だからだ。

 スマホは本当に便利である。そしてわからないことがあればググればたいてい解決する。通勤途中で見たカッコいい車の特徴を同僚に話すと、直後に「これですか?」とその写真を示してくれる。本当に便利なのである。

 その便利なスマホなんだが、オレは小中学生に持ち込ませる云々よりも、まず「小学生のうちはスマホ持たせるな!」と言いたいのである。デビューは中学生から、そして必ず「ルールを守らないと取り上げる」ということを決めておく必要がある。まあそれ以前に子どもをきちっと叱れない親と、叱るのではなく虐待する親とがいることが問題なのだが。


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2019年02月21日(木) 振り込み詐欺に思うこと        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 改元詐欺というものが登場しているそうである。日本銀行協会という団体から郵便物が届く。そこには「改元によってお手元のキャッシュカードが使えなくなります。つきましては現在使用中のキャッシュカードの口座番号と暗証番号を同封した用紙に記入の上でこの返信用封筒で二日以内に返送してください。」というもとのである。

 そんなもの送るわけないやろと思うのだが、なぜかそれを信じて送ってしまうお年寄りがたくさんいるそうである。そしてだまし取られたキャッシュカードからゼニが引き出されてしまうということになるわけだ。もちろんカードを渡して暗証番号を教えてしまうというのは顧客の側の重大な落ち度であり、それによって失われたゼニは戻ってこない。ただ「そんな詐欺にひっかかるなんてアホすぎる」というだけのことである。

 世間には老人を騙すビジネスはたくさんある。リフォーム詐欺や押し売り、羽毛布団詐欺など悪徳商法は無数に存在する。我が家にもそういう詐欺の電話はオレの不在中にかかってくるそうだが、母親にしっかりと言い含めてあるので今のところ被害はない。もしもかかってきたらオレは絶対にその詐欺師たちを誘い出して一斉検挙につなげようと思ってるのである。

 詐欺師に騙されて銀行のATMに出かけた老人は、そこで不審に思った銀行員が声をかけても無視して振り込んでしまうことがあるそうだ。3割の老人は全く聞き入れずにそのままだまされてしまうそうである。詐欺師を信じて、目の前の本物の銀行員を信じないのである。全くもって意味不明な行動である。しかもこれだけ世間で報道されているのに。それでもなおかつひっかかるというのがオレには不思議なのだ。

 振り込み詐欺の被害を防ぐにはどうしたらいいのだろうか。怪しい操作の場合画面がいったん強制終了して「あなたは振り込み詐欺に遭ってる可能性があります。今一度連絡を取りなしてください」とアナウンスしたらいいのだろうか。

 そして「受け子」として検挙される人たちの低年齢化も目立つのである。彼らはそれが重大犯罪という認識がなくて、わずか数万の謝礼でその犯罪行為に手を染めてしまうのだ。ただ、やってることは詐欺の実行犯だからきちんと刑罰を科さないといけない。犯罪グループは末端は捕まってもなかなか上にはたどっていけない。億単位で稼いでいる組織のトップは暴力団ともつながっているのだろう。そういう連中に対して、警察の捜査は全く届いていない。なんとか「お金に目印をつける」ことはできないだろうか。だまされたふりをして少額だけ振り込み、そのあとでそのゼニの行方を追跡するような仕組みはないものかとオレは思うのだ。もちろん組織のトップは財産没収の上で死刑である。このような詐欺犯罪を撲滅するためには「司法取引」制度をもっと活用して、自分よりも上の人間を告発したら本人の罰が軽減されるという形で、捜査が上に進むようにしてもらいたいとオレは思うのである。

捕まえた詐欺師たちは釈放すればまた手を変え品を変えて新たな詐欺犯罪を行うだろう。それを阻止するためには国外追放処置が望ましいとオレは思うのである。日本の刑法ではこういうクズ野郎を死刑にできない。しかし性犯罪者と同じく社会の秩序を著しく乱す存在である。このクズ野郎どもをどうしたらいいのか。誰か明暗を考えてほしいのである。


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2019年02月20日(水) コンビニの出店規制を!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 コンビニは多すぎる。多すぎるのに、さらに新規出店するので既存のコンビニはますます経営が苦しくなる。バイトも集まらない。そのうえ24時間営業という苦しみもある。バイトも足りずやむなく夜に閉店することを決めたセブンイレブンは、元締めから違約金1700万円の支払いを求められたという。このような現代版の搾取の構造に対してどうしてなんの指導も入らないのか。どう考えても仕組みが間違っているのである。元締めに対してFC店が弱すぎる不当な契約が結ばされているのである。

 オレは提案する。一定面積の中に出せるコンビニの店舗数を規制するのだ。そうして既存のコンビニがちゃんと事業を継続できるようにするのである。すぐ隣にライバル店が新規出店などといういやがらせはできないようにしてしまえばいいのである。そうした「出店規制」を考えるべき状況ではないのか。

 コンビニが倒産しても、損害を受けるのはそのオーナーだけで元締めには何のダメージもない。だから元締めはコンビニが集中するところにさらに出店するのである。本部の意に沿わないFC店があれば、いやがらせのようにその近くに出店するのだ。FC店を不幸にすることで本部が儲かるというこの仕組みは、「ワークマン」みたいなまともなチェーン店の仕組みとは大違いである。

なぜコンビニ経営が儲からないのか。それは元締めとの不当な契約内容にある。利益のほとんどを搾取されてしまい、人件費を増やせばそれはオーナーの利益を減らすことになる。元締めが人件費を被ることはないからだ。いかに人件費を安くあげるかということになった結果、家族労働になってしまうのである。オレはあるコンビニで小学生くらいの子ども(たぶんオーナーの家族)を働かせている現場を見たことがある。これは労働基準法違反ではないのか。そこまでしないと回らないような仕組みを押し付けておいて、無理だからと営業時間を短くしようとすれば違約金を取り立てる。こんなあくどい商売をしているコンビニの社長は逮捕されるべきである。罪状はFC店に対する不当な搾取で刑務所にぶち込めとオレは思うのである。

どうかまともなコンビニチェーンが出現してほしい。FC店が生き残れるように搾取しない、その上きちっと営業できるように指導してくれ、バイトの足りない店には応援のための社員を派遣してくれるようなそんな善良なコンビニチェーンが出現して。セブンイレブンとかローソンとかファミマといった大手からFC店を奪い取るようなことになってほしいのである。

 コンビニ元締めからコンビニに納入する卸値がすでに高いと言われている。どうしてその段階で利益を稼ぐのか。高値で納入することで、本来FC店が得られる利益の一部をもぎ取ってるのである。それが今のコンビニの実態である。このような搾取の構造を告発し、ボロ儲けしてる元締めの連中がクズであるということが今必要なのである。

 24時間営業をやめたFC店に違約金1700万円を要求するセブンイレブンにオレはもう二度と行かないと宣言する。この方針を撤回しない限りオレはその搾取を許さない。


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2019年02月19日(火) 肉食ってガンバレ!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan



 新宿で焼き肉店4軒を経営する「ファクト」という会社が、奨学金ならぬ奨学肉という制度を導入したことで話題になっている。一日一食、焼き肉が食べ放題になるのである。この「奨学肉」、お金ではなくお肉で支援する、返済のいらない奨学制度なのである。なんとすばらしい企画だろうか。オレはこの会社の姿勢を応援したいのである。

 「奨学肉」を受給できる学生は、学業成績ややりたいことへの意欲が審査基準になっているそうである。ただ、経済的困難な学生は優遇しているそうだ。まじめに勉学に励むためにあまりアルバイトもできない学生にとって、一日一食しっかりと肉を食えるというのはとても価値がある。

 「食べる」ことはすべての活力につながる。悲しいときもおなかがいっぱいになれば少し幸せな気分になって悲しみも忘れられる。失恋した女の子がスイーツのやけ食いをするのはそういう理由からである。

 ただ、この仕組みについてオレが疑問に思うのは、友人と二人で食った場合である。「奨学肉」を受給している学生と、一般の学生が二人で焼き肉を食った時はどのようにお勘定するのだろうか。一枚の伝票で、どっちが食ったのかというのは分けられないわけで、そうなるとこの仕組みはあくまで「一人焼肉」を前提としたシステムであるといえる。

 自分の大学生活を応援してくれた店には就職してからも通うだろう。そうなると未来のお客さんをGETする仕組みであるともいえる。

 東京で大学生が親元を離れて一人暮らしするのは大変である。金銭的な負担を考えて志望校への進学を断念し、あきらめて地元の大学に進む者も多いだろう。早稲田や慶応義塾、そして東京大学の入学者に首都圏の者が圧倒的に多いのは、物価の高い首都圏への進学が地方出身者にとっての重荷になっているからである。

 もちろん大学の方でも地方出身者を増やすための戦略を考えている。たとえば慶応義塾大学では「学問ノススメ奨学金」という制度があって、審査をパスした地方出身の優秀な学生が入学試験に合格すれば、年間60万円の奨学金を貸与ではなくて給付するという仕組みである。オレが担任した生徒の中にもこの制度を使って慶應義塾大学から奨学金を受けた者がいる。年間60万円支給されるのなら、国立大学との授業料の差を埋めることができる。また、入学試験に合格しなければこの制度は利用できないわけで、慶応義塾はこの制度を導入することで優秀な受験生の囲い込みをはかっているのである。

 外食産業がこの「奨学肉」のような制度を導入することは、企業のイメージ戦略にも大いに役立つ。ぜひともこのような企画は広まってほしいのである。「奨学肉」いがいにも「奨学うどん」「奨学ラーメン」「奨学マグロ」などのネーミングでどんどん似たような制度が増えればいいのだ。

 ただ、納豆が嫌いなオレは「奨学納豆」という制度があっても絶対に利用しないと思うのである。嫌いなものを一年間食わないといけない苦しみを与えるという制度なら笑ってしまうのである。


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2019年02月18日(月) 貧困になる自由と馬鹿を目指す若者        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 努力しない若者は多い。学校できちんと勉強しないどころではない。学校では居眠りばかり、家ではゲーム、夜は夜更かし。日本中の高校生中学生の多数派は勉強なんかしていないのである。だからこそ努力した少数派は難関大学に入れるのだし、学力格差が生まれるのである。みんなが真面目ならば差はつかない。大多数が不真面目で自堕落だからこそ受験勉強には意味があるのだ。ほとんどの高校生が勉強していないのだから、ちゃんと勉強した少数の人間が望んだ結果を出せるのである。

 昔はみんな貧しかった。だから富にアクセスするためには努力して階段を昇っていかないといけなかったのである。今はみんなそこそこ豊かである。だから何もしないでも生きていける。若者には「将来の進路はニート」という選択肢もありなのだ。

 ニートになったとしても、別に生きていけないわけではない。ワーキングプアという生き方もあるが、別に働くことは義務ではない。ブラック企業に行ってしまうのはむしろまじめな人であり、働かなくて何もしないという選択肢も十分ありなのだ。

若者の親世代はまだ高度成長期の余裕がある。だからニートの子を抱えても生活はしていける。そのうち親は退職する。そしてニートの子を支えきれなくなって破綻する。そうした悲劇も世の中にはいくらでもある。

 このままの道を進んでいけば貧しくて大変な未来が待っているということがわかってるのに、あえてその選択肢を選んでしまうのが今の若者なのである。そしてそういう愚かな若者が多いことを利用してるのが自民党政権なのだ。

 センター試験を50万人以上の若者が受験するが、その中でちゃんと受験勉強してる若者は少数で、大多数はろくに勉強もしないでノリで受けている。だからあんなに易しい問題なのに平均点も低いのである。「毎日10時間勉強してるけど成績が上がらない」と自慢する奴はたいてい勉強のやり方が本質的に間違ってる。手の運動を勉強と勘違いしてるやつもいるし、受験者が一分後に覚えたことをすべて忘れるような英単語テストをえんえんとやり続ける塾や予備校や高校がある。 

 教わったばかりの知識をなぜ直後に全部忘れることができるのか。くだらないことでも頭から離れないオレから見れば、その忘却の技術は神業のように思えるのである。もっとも国会議員や官僚の多くが「記憶にございません」と国会で答えてるわけで、忘却の技術というのは性根の腐った連中にはけっこう身近なものなのだろう。

 目の前のやるべきことをやらないで馬鹿になっていき、その結果として貧困になる若者は、選んで貧困になってるのである。彼らは「貧困」という選択肢をあえて選んでるのかも知れないのだ。勉強しなかった結果としてまともな大学に入れず、Fランク大学というニート養成所に通う若者は、もしかしたらその結果を自ら選び取ってるのかも知れないのである。

 あの竹中平蔵というオッサンは「若者には貧困になる自由がある」とほざいたそうである。その傲慢な発言に対して腹が立つのだが、実際にそうした自由を行使する若者がいることも事実なのだ。

 貧困から逃れようとする努力の一方で、貧困をわざわざ選びとる努力も存在する。毎日ノルマのように10時間近くゲームをし、ひたすら学校の授業中は居眠りして過ごし、宿題も積極的にやらず試験勉強なんて面倒なこともしないという努力を続ければ、ちゃんと貧困が待っている。努力して貧困を目指すのである。オレは彼らをあえて「馬鹿」と呼びたい。


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2019年02月17日(日) イージスアショア欲しいですか?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 秋田県と山口県に建設が予定されている地上基地「イージスアショア」を本当に地元民は欲しがってるのだろうか。核戦争が起きても標的になるのは東京のような大都市や米軍基地であり、秋田や山口というのは当面の核攻撃を免れることができる場所だったはずである。それがイージスアショアなんか作るから逆に狙われることになるのだ。最初に地上の標的を核攻撃で破壊してからICBMを打てばいいだけである。

 国民には知らされてないことだが、イージスアショアというのはアメリカに飛んでいく弾道ミサイルを迎撃するものであり、日本の領土防衛には関係ないのである。だったら日本がゼニを出すのではなくアメリカが払えばいいわけだが、そのゼニは日本が出さないといけないのだ。

 アメリカ人のための基地を日本国民の税金で作り、しかもそれがあることで余計な核攻撃を受けることになるというもう馬鹿としか思えない計画なのである。そんな馬鹿なことに国民の税金がおよそ1兆円使われるのだ。辺野古の基地建設にかかる2兆5000億円と合わせて本当にばかばかしいことに我が国の税金が使われるのだ。辺野古基地建設の費用があればすべての国立大学の授業料を10年間無料にできるのである。意味のない基地建設と、教育にかけるゼニとどちらが価値があるかと言われれば教育のほうが大事に決まってるだろう。

 金正恩というデブのために世界が振り回され、日本が何兆円も税金を使わされてるというのも実にばかばかしい。どうしてゴルゴ13のようなスナイパーを使ってピンポイントで射殺しないのか。会談のために出国してきたらチャンスではないか。ならず者国家の独裁者に対してどうしてそこまで気を使わないといけないのか。アメリカなんて平気で一般市民の上に大量虐殺兵器を行使した国のくせに、こんなところ紳士ぶるなよとオレは思うのである。

 ただ、イージスアショアも辺野古軍港建設も、日本本土防衛のためにというのは本当の理由ではない。政治家の利権のため、すべてはゼニのためなのである。辺野古の基地建設のために2兆5000億円使ったとしたら、その1割は自民党の政治家の懐に入るのだろう。どうしてそういう無駄なゼニの使い方をするのだろうか。オレはこの利権政治にはもうとことんあきれてるのだが、いっそのこと税金の無駄遣いを減らすために、「おまえらが基地建設やめてくれるなら1割のゼニは自民党にあげるからそれで納得してくれ」と言いたくなるのである。それで税金の無駄遣いが9割減るならいいじゃないか。意味のないものを作るくらいなら、おまえらの欲しい程度のゼニはくれてやるぜといいたいのだ。

 山口県民は馬鹿ばかりだからいくら嘘つきでも安倍晋三を熱烈に支持してると思うのだが、自分たちが標的になって弾道ミサイルで瞬時に蒸発させられるということを心配しないのだろうか。イージスアショアさえなければ、山口県が標的になることなどない。日本の大都市が廃墟になってもかろうじて生き残れるのである。北九州に戦術核が撃ち込まれても、萩や岩国は大丈夫だと思われる。ところがイージスアショアが建設されればそこが必ず狙われる標的になるのだ。犠牲になるのは安倍一族だけではないのである。

 トランプを背後で操ってる軍産複合体の金儲けのために多くのゼニが浪費され、世界中で軍事費がふくらみ、人殺しのための兵器が大量生産され、その一部はテロ集団にも渡っていく。無関係な市民が殺傷されるという悲劇は永遠になくならない。こうした悪循環に対して「NO!」と言える資格のある唯一の国が日本であるとオレは思っていた。今でもその考えは捨てていない。アメリカと中国のくだらない覇権争いに対して堂々と「NO!」といえる国を糾合して、いまの国際連合をぶっつぶして真に平和を希求する組織に作り変えてほしいのである。そんな理想を実現できる立派な政治家は今の日本には望むべくもないのだが。


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2019年02月16日(土) キミは「片道GO」を知ってるか?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan


 クルマは所有するものではなくて使うときにだけ借りるモノであるという価値観が若者中心に広がる中で、レンタカーやカーシェアを利用する人が増えている。そうしたサービスを利用する人にはさまざまな事情で「乗り捨て」という借りた場所とは違う場所に返却するということが発生するわけだが、それを回送するのはレンタカー会社にっては負担である。そういう負担を解消する裏技をなんとトヨタレンタカーが編み出したのである。それがトヨタレンタカーが実施している
「片道GO」というサービスである。

 これは東京⇔京都・大阪間という区間に限定して、車種や台数限定で利用者に回送業務を行わせ、しかも利用料金を払ってもらうという仕組みなのだ。トヨタレンタカー側は回送業務に人手を使う必要がなくなり、利用者は通常の利用料金よりもはるかに安く借りることができるのである。

 東京・大阪間の利用料金が2160円(車種問わず)なのである。これでヴィッツのようなコンパクトカーから、ベルファイアやハイエースのような多人数の乗れる1BOXカーまで借りることができるのである。利用時間は24時間(2160円)〜48時間(4320円)ということになる。48時間の利用ならば、途中で富士山を眺めたり浜名湖でうなぎを食べたりなどと観光しながら温泉に一泊してという形での利用が可能である。

 今のところ認知度はあまり高くないようで、当該サイトを見るといつでも借りられる車があるという状況である。極端な話、大阪から東京に5人で行くのに時間を気にしなければ高速道路を使わず超低コストで移動できるのである。車種がヴィッツだとして、ガソリン代と保険料を加算すると総額8000円程度になる。一人当たりわずか1600円である。まさに超激安なのである。

 もちろん回送車の発生というのは予測できず、このサービスの場合予約して利用するということもできないわけで、当日空きがあるかを見て電話連絡するという形でしか利用できないのだが、それでも安さという点では際立っている。

 片道だけこのサービスを利用して、帰りは新幹線を利用するという組み合わせでもいいのではないか。

 オレは仕事や趣味で東京に出かけることもよくある。そんな時に時間に余裕があればこのサービスを利用してみるのも面白いかも知れない。もっとも一人で移動するのは効率が悪いので一緒に東京に行ってくれる人がいないともったいないのである。運転はオレが引き受けるので、誰かオレを誘ってほしいのである。あるいは美女数人が利用するのでオレを運転手として雇ってくれるということはないだろうか。

 宅配便業界や引っ越しのためのドライバー不足というのは今の日本で大きな問題となっている。レンタカーの回送という業務をこのようなアイデアで解消したトヨタレンタカーはなかなかお見事なのである。


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2019年02月14日(木) もう男はいらない        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 子どもの虐待事件の報道があるたびにオレは悲しくなるのだが、そういう虐待をするのはたいてい男である。もちろん母親による虐待もないわけではないが、男親による妻の連れ子への虐待などは極めて多い。そういう事件を通してオレが感じることは「もう父親なんかいらない」ということである。いっそのこと世の中の母親が男なんかいなくてもわが子と安心して生活していけるように制度を作るべきじゃないかということである。

 まず、子供を作って逃げる男を許さないことである。DNA鑑定の仕組みをきちっと整備して、生まれた子供は全員DNA鑑定を受け、情報が登録されるようにようにする。そして自分のDNA情報が受け継がれている子供がいるのに逃げているクソ父親からは、強制的に収入からゼニを取りたてするようにするのである。種まきばかりしていて逃げている男なら収入の9割を養育費に取られてしまうとかいうようにしてやればいい。強制的に養育費をもぎ取る仕組みを作るのである。

 昔ブラジルでは小さな子供が大勢働かされていた。学校にも行けずにわずかな収入のために働かさせられる子供を救うために、女性の大統領は子育て中の母親に補助金を出して子供が学校に通えるようにした。その子供たちは知識を身に着けたレベルの高い労働者となって国を豊かにすることにつながった。男にゼニを与えてもギャンブルとかに浪費するだけである。それは日本でも同じではないか。

 独身の男たちからゼニをじゃんじゃん巻き上げて、そのゼニを子育てする母親に還流するような仕組みが作れないかと思うのである。たとえ未婚の母であっても、不倫相手の子ができた場合でも、その子は社会がきちっと成人まで面倒を見てくれるような仕組みがあれば、女性は安心してどんどん恋愛して好きな相手の子供を作れるのではないか。婚外子への差別や偏見のない社会をつくることこそが大事なのではなかとオレは思うのだ。

 今の婚姻制度なんてぶっこわしてもいい。結婚した人の半数が離婚してしまうような今の時代は、旧来の婚姻制度そのものが崩壊しているのである。家を守るためなどという理由で旧来の制度にしがみつく必要などもうないのである。そうして守り続けた旧家の多くが、もう後継ぎがいなくなったり。家そのものが放棄されてしまったりしてるじゃないか。オレの勤務する学校の近くにある白壁の大きな蔵があった旧家も、いつのまにか敷地の半分にマンションが建てられ、そのうちに立派なお屋敷も更地になって駐車場になっていた。その家にどんな歴史があり、どんな貴重な古文書がその蔵にあったのかわからない。しかし大阪市内の便利な場所であるというゼニの魅力にはそんな価値などふっとんでしまったのである。もう守るべき家やご先祖さまなどどんどん失われていくのが時代の流れなのである。

 男なんかいらなくても女性が子孫を残しているような社会にすればいいのである。男をただの搾取の対象にして、働かせてその稼ぎは全部国が巻き上げて、そこから子育てのために使えるように社会が来れば劇的に少子高齢化は解消されるだろう。未婚の母が生活に苦しむよう今のような世の中でいいのか。意に添わない妊娠をした女性が自殺を考えるようなことは間違っている。極端な話、大学に入学した女性が在学中に子供を産めば、その子供の養育費も学費も社会がサポートしてくれて、安心して学業も子育ても続けられるようなそんな世の中が必要であるとオレは思うのである。

 この世に男なんか存在せず、女性だけで単為生殖できるならば世の中の性犯罪はなくなるのであるし、貧富の差やくだらない戦争も起きなかっただろうとオレは思うのである。男なんかがいるから人類の不幸ははじまったのだ。

 極論だが、男なんかもういらない。これからは「女尊男卑」の価値観をどんどん広めて、男なんてただの種馬という程度に社会が冷遇して奴隷扱いすれば、今よりもまともな社会になるような気がしてならないのである。オレもいちおう男なんだが、いつも女性に迷惑ばかりかけている自分を情けなく思うのである。


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2019年02月13日(水) レオパレスという悪徳商法        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




「レオパレス21」の物件で施工不良が見つかった問題の発端は手抜き建築を告発するテレビ東京制作の番組だった。この番組が話題になって、そのうちに本社も知らんぷりはできなくなって今回の公式発表につながったのである。しかしあくまでウソをつきとおしたいのか、この手抜き建築が会社ぐるみの犯罪であったことは隠して、「現場の判断」だったことですませようとしている。記者会見に出てきた社長がいかにも悪人顔だったことは別にして、一連の手抜き工事は実は社長や幹部の指示であったことは間違いないとオレを含めて多くの人々は確信しているわけである。

 いつから日本の企業はこんなに劣化してしまったのだろうか。品質管理の点で世界に誇れるはずだったものが、次々と発表される不正の数々、いつのまに日本企業はこんなにダメになってしまったのだろうか。まじめにやってる会社の社長は激しい怒りを感じていることだろう。

 オレはレオパレスの悪徳商法のことを、稼ぐことにどん欲になりすぎててそれ以外のものをすべて犠牲にしたクソ企業の末路だと思っている。安くてよい品質の賃貸住宅を供給すれば一人暮らしの学生も快適に過ごせるし、居住者の満足はオーナーの満足にもつながるのである。しかしレオパレスは「劣悪な居住環境の賃貸住宅を大量に供給し、手抜き工事で建設費からゼニを抜いてオーナーの利益をも奪い、問題が起きても責任逃れする典型的なクソ企業」だったのである。こんな企業が生き残ってはいけないのである。

 いつから日本の企業経営者はこんなクソになってしまったのだろう。バブル崩壊以降の失われた30年というのは、このようなクソ経営者がはびこって良心的な企業が駆逐され、そしていつのまにかほとんどの日本企業がクソになってしまっていたという流れである。

 オレが大学生だった頃、京都には「貸間」という文化がまだ残っていた。縁側から出入りするその部屋には風呂はなく、居住者は銭湯に通っていた。一か月5000円とか8000円という低廉な家賃で住むことができたのである。京都大学吉田寮の寮費は当時は月100円だった。今は2500円もするのだから25倍である。さまざまな物価が値上がりしたが、さすがに25倍になったものはないだろう。

 一人暮らしの若者にとって、家賃というのは出費の中で学費に次いで最大のものである。時給1000円程度でバイトしてる若者が、家賃7万とか8万の物件に入ってしまえばそれこそ食費にはほとんど回せないことになる。そういう若者のために行政は家賃2万円程度の良質な物件を供給すべきだと思うのだ。築古の公営住宅とかならそういう家賃でも貸せるはずである。

 家が大量に余ってるのに、そこには市場原理が働かなかった。おそらく電通とか政治家の圧力とか、さまざまなものがウラで動いていたのだろう。もしも家賃が値崩れすれば亜新築住宅もタワマンも何もかもが値崩れする。それを阻止するためには家余りの中でも永遠に新築住宅を供給し続けなければならなかったのである。そしてゼニのない若者はレオパレスのようなひどい賃貸に住むしかないように仕向けられ、オーナーはその欠陥物件を建てるためのゼニをぼったくられたのである。

 コンビニ経営にしてももうかるのは元締めだけだ。今の日本にはこんなにひどいビジネスモデルばかりがあふれている。どうして日本はここまで劣化してしまったのだろう。政治家もあきれた失言をする馬鹿ばかりである。首相がそもそも字も満足に読めないレベルの無教養な馬鹿である。「云々」を「でんでん」と読むのだから話にならない。

このまま馬鹿国家として日本が沈没していくのをオレは悲しく眺めるしかないのか。日本をなんとかするにはオレはもう年を取りすぎてしまったのである。


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2019年02月11日(月) 食べ物を粗末にするな!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 オレは小さいころにごはんを大切にしろと親から教わった。お茶碗に残ったごはんつぶも残さずにきれいに食べることが普通のことであり、食べ物を粗末にしないということは当然のマナーだったのである。

 「くら寿司」の店員が調理中の切り身をゴミ箱に投げ込んだりする動画が問題視され、くら寿司は当該アルバイトを訴えるということになったのだが、そのアルバイトは「食べ物を粗末にするな」という教えを親から受けなかったのだろうか。それは単純にしつけができてなかったというだけの問題のような気がするのである。

飲食店やコンビニで起きるこの「バイトテロ」という事件は数年前にも話題になったが、忘れたころに繰り返されるという感がある。そして今回の事件の場合、くら寿司が訴訟を起こせばこの馬鹿バイトは数億円の賠償金を背負うわけで、もうそれで人生が詰んでしまうほどのダメージを食らうのである。

今回「くら寿司」はこの食べ物を粗末にしたバイトを訴えたわけだが、考えたら大量の食べ残しや売れ残りの食材は廃棄されているわけで、アルバイトはそうした裏事情を知っていたから食べ物を粗末にすることが平気だったのかも知れない。恵方巻の大量廃棄という問題は今年も起きている。ふだん粗末にされている大量の食材を見ていることで、彼は食べ物を粗末にしても平気だという価値観を身に着けたのかも知れないのだ。

今回の事件に関して、くら寿司に対してさまざまな批判があった。どうして社員がその場にいなかったのかとか、安い時給でこき使われるバイトにモラルが低いのは当然とか、そうしたどちらかというとこの馬鹿バイトを擁護する意見がツイッター上にも流れたということは事実である。

 この事件の原因を「正社員ならそういう事件を起こすことはなく、愛社精神の低いバイトだったから」ということに無理やりに持っていこうとするならば、正社員をなくしてそういう社会を作ろうとした竹中平蔵のせいであるということになる。オレは竹中平蔵が大嫌いなので、そういう結論ならばむしろ支持したいくらいである。

 オレはくら寿司をよく利用する。もっとも最近はカレーうどんなどの非寿司メニューばかり食べている不届きな客である。よく利用する客だけに、こういうバイトテロに対しては厳しく処罰してもらいたい。ただ、アルバイトには適正な賃金をしっかりと払ってもらいたいと願うばかりである。


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2019年02月09日(土) 北海道はシベリア並みに寒い        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 北海道を寒波が襲っている。雪まつりの札幌で最高気温がマイナス11度というのを聞いてびっくりしたのだが、もっと寒い地域は大変なことになっていたようである。ツイッターでは陸別町のマイナス40度を記録した写真が話題になっていた。もうシベリアや南極並みの寒さである。そんな極寒の中で人々はどうやって暮らしてるのだろうか。自動車は果たして動くのか。クルマの冷却水は凍らないのか。そもそもどうやって暖房してるのだろうかとオレは想像するのである。そんなことは地元北海道の方からは「そんなこともわからないの?」と一笑に付されそうなのだが。

 その寒さの中を半ズボンの小学生がいたりするともうびっくりするしかない。ふだん寒いところで過ごしている方は寒さへの耐性ができていて、寒いところでも薄着で暮らせるのだろうか。ちょっと寒くなるとパッチをはき、ユニクロのヒートテックなどのお世話になって生活しているオレのような軟弱な人間は絶対に北海道で暮らせないと思うのである。

 オレが大学の4回生の頃、北海道で中学教員をされていた方でもしかしたらオレに好意を寄せてくれていたのかも知れない女性がいた。彼女は2つ年上で中学の音楽の先生をしていた。学生時に北海道に旅行した時はいつもごちそうしてくれたし、手紙もよく交換していた。

 教員採用試験を受験するときにオレは大阪府を受けたのだが、彼女が熱心に北海道を受験することを勧めてくれたことを覚えている。もしもオレが北海道で教員採用試験を受け、へき地で高校教員をするということになっていれば全く違った人生があっただろう。今頃オレは利尻島のような最果ての島にいるとか、ディべート部ではなくてスキー部の顧問となって生徒を指導していたかも知れないのである。もしかしたらその女性と結婚していたかも知れないのである。札幌から夜行列車で稚内に向かうとき、ホームで彼女がいつまでも手を振ってくれていたことを覚えている。オレはどうしてその時彼女の気持ちに気づかなかったのだろうか。

 オレが大阪で高校の教員になってしばらく経ってから彼女は同じく中学教員の同僚と結婚し、それ以来便りは途絶えた。最後に届いた手紙には「来春に結婚します」とあった。彼女は今も音楽の先生として生徒を指導し、合唱部なんかの顧問をしてるのだろうか。

 その後のオレにとって北海道は、「たまに旅行する場所」という位置づけとなった。今勤務している学校の修学旅行が北海道なので、数年に一度は必ず生徒を引率して行くことになっている。ただその季節は初夏の爽やかな時期なので、極寒の北海道を体験することはないのである。これからの人生でその寒さを体験することがあるだろうか。学生時代に一度、社会人になってから2度訪れた冬の北海道にこれから行くことは果たしてあるだろうかとオレは寒波を伝えるニュース映像を観ながら「今は北海道旅行はやめとこう」という気になるのである。

 「地球温暖化」というが、実際は温度変化が激しくなったということであり。寒さも暑さも雨風も激烈になった。近頃はすさまじい台風がやってきたり、大きな地震が起きたりして自然の猛威を我々は思い知らされることが多いのである。

 人間が自然を支配することは無理だ。その自然をうまく受け入れて共生するしかないのである。大きな地殻変動が来たら大事故につながるような原子力発電所みたいなものを作るのは本当にばかげている。人類滅亡の引き金を引くことにつながるからである。

 激しい吹雪に襲われたら家のすぐ近くであっても凍死する危険がある。クルマが雪で渋滞すれば一酸化炭素中毒で死に至るという事故も起きている。そうした不幸な出来事は毎年のように発生している。いくらさまざまな情報機器が発達していても、我々はそうした危険を防ぎきれないのである。

 今の寒波が最後の寒波なのか、まだ次があるのかわからない。しかし不幸な事故で命を落とす方が出ないことをオレは祈るだけである。



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2019年02月08日(金) 人種差別をしてるのは誰か?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 どうして黒人を連想するようなデザインや図案は差別なのだろうか。オレはそのことをものすごく不思議に思うのである。そうした感情を持つのは基本的に欧米の白人であり、日本では基本的にそのような発想はない。だからかつてのカルピスのロゴマークや、手塚治虫の漫画に登場する黒人の描き方を問題視することもなかったのである。ところがそれに対して「これは黒人への差別だ」といちゃもんをつける人たちが登場し、それらのロゴはなくなり、アニメ版の「ブラックジャック」はいつのまにか黒かった顔の皮膚の半分が青になっていたのである。

 今回の事例もそうした魔女狩りのようなものであるとオレは思っている。

 記事を引用しよう。

グッチ、「黒人差別」で謝罪=セーター販売中止 2/8(金) 6:22配信
 【パリ時事】イタリアの高級ブランド「グッチ」は7日、黒色のセーターが黒人差別に当たるとの批判を受けて謝罪し、販売を中止したと発表した。
 ファッション業界ではここ最近、人種差別問題が相次いでいる。
 問題となったのは、グッチが890ドル(約10万円)で販売した黒いタートルネックセーター。襟を口元まで引き上げると、大きな赤い唇が現れるようデザインされている。顔を黒く塗って黒人をまねる差別的な「ブラックフェース」を想起させるとして、インターネット交流サイト(SNS)などで批判が上がっていた。
 騒動を受け、グッチはツイッターで「今回の出来事を力強い学びの機会としていく」と表明した。
 

 オレはそのセーターのデザインをとてもオシャレだと思った。タートルネックの部分を口元まで引き上げたときに、大きな赤い唇が現れるというのは面白いデザインであり、インパクトがある。黒いセーターが黒人を連想させるというのなら、他の色のセーターならOKだったのだろうか。その奇抜なデザインを評価するのではなくて「黒人を連想させるからアウト」というのは、そのような批判をする人の心の中にこそ「黒人を連想させるものは悪いもの」であるという価値判断が存在するからではないのか。

 外観の違いは優劣ではない。肌の白い人もいれば黒い人もいる。かつての日本は国際連盟で「人種平等宣言」を提唱したがアメリカやイギリスといった白人差別国家の反対に遭ってつぶされた。アメリカではその頃、ひどい人種差別が日常的に行われてたのである。アフリカから大量の黒人を奴隷として拉致して働かせた犯罪行為を行っていたことをオレは未来永劫にわたって忘れてはならない白人の汚点だと思っている。人間を奴隷として扱う発想というのは西洋文化の中に常に存在した。彼らが「差別」を騒ぎたてることは、そうやって主張することで、いかにも自分たちがすぐれた人権感覚を持ってるとアピールして過去の差別行為を糊塗してるだけである。あんたたち白人がいくらくだらないアピールをしたところで、過去の歴史の中で黒人を虐待したことやアメリカインディアンの土地を奪って虐殺したという事実は消えないのである。

 日本が満州国を建国した時、「五族協和」というスローガンがあった。五族とは日本人・漢人・朝鮮人・満洲人・蒙古人を指す。これは孫文の中華民国政府の提唱した「五族共和」のパクリであるが、満州国の国旗にはその五族を表す5色が使われていた。

 日本の植民地支配の特徴はその土地に住む人との共生である。住民を搾取の対象ではなく共に生きる仲間ととらえたからこそ、台湾や朝鮮半島には学校が整備され、住民は選挙権を持っていたのである。そこには人種差別という概念はほとんどなかったのではないか。相手を見下して差別することが基本だった欧米の価値観と、目の前の相手を尊重して交流しようとした日本の価値観は全く違うのである。

 今回のくだらない魔女狩りのように今後も世間では「黒人的なもの」が差別とされるのである。「黒人的なもの」を差別だと感じる人たちの心の中にこそ差別は存在するとオレは思っている。オレが美しくて素敵だと感じるものを、一方的に差別の対象とする愚劣な人たちがこの世には存在するのだ。


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2019年02月06日(水) 虐待親は何をしたかったのか?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan



 千葉県野田市の小学4年生、栗原心愛さんが自宅で死亡し、両親が傷害容疑で逮捕された事件で、母親のなぎさ容疑者は夫から「外に出すな」と言われ、娘を一カ月ぐらい外出させていなかったなどと供述していることが6日、捜査関係者への取材で分かったという。娘が外に出ると虐待されたことを誰かにしゃべるかも知れない。暴行の事実が発覚しないようにするために外出させなかったということらしい。

 父親の栗原勇一郎は、最後に娘をどうしたかったのだろうか。虐待が発覚しないように殺したかったのだろうか。ろくに食事も与えずに虐待を続けていた行為は傷害致死ではなくて殺人罪が相当すると思うし、その虐待が長期にわたっていたことを思えば単なる殺人ではあまりにも量刑が軽い。死刑以外の選択肢をオレは考えられないのである。

 前にもオレは書いたが、心愛ちゃんの死因は「絶望死」であるとオレは思っている。生きている限り永遠に続く虐待の中で絶望した彼女は、早くこの世から去ることでその苦しみが終わることを選んだ。すべての生きる気力を父親の栗原勇一郎が奪ったのである。

 今の警察の取り調べは昔と違って暴力や拷問はない(とされている)。ただ、やってない犯罪を自白して、法廷では否認する被告もいるので本当に暴力的な取り調べがないとは断言できないのだが、この栗原勇一郎に関しては拷問されるべきだとオレは思っている。

 裸にして冷水を浴びせるとか、食べ物をろくに与えないとか、日常的にぶん殴るとか、そういう拷問をこの加害者本人に与えないといけない。自分が行っていた加害行為がどれほどひどいものであったかを身体で教え込まないと罰にはならないとオレは思うのである。

 日本の裁判は加害者を守ることばかり考えていて被害者側の痛みには無関心である。犯罪加害者側から賠償金が支払われることもほとんどなく、殺され損であるというのが現状だ。国が犯罪加害者の財産を没収して被害者救済に充てるという制度もない。賠償が得られないのならば、せめて肉体的な痛みだけでも被害者と同様のものを与えるしかないのではないかとオレは思うのである。特に今回の場合、心愛ちゃんを殺したのが実の両親であり、その賠償を誰も求めることができないのである。

 どうして父親はわが娘が死ぬまで虐待したのだろうか。自分の加害行為の事実をアンケートに書いたということが「殺意」につながったのだろうか。わざわざ娘にうその手紙を書かせてまで自分の行為を隠蔽し、結果として虐待を続けたことの動機はいったいなんだったのだろうか。

 外では普通の人なのに、家に帰ると自分よりも弱い家族を暴力的に支配している人間というのは実際に存在する。そんな家庭に生まれてくることは悲劇以外の何ものでもない。どうしてそんな人間になるのだろうか。何がその性格を歪めてしまったのだろうか。結婚する前に相手がどんな人間なのかを完全に知ることはできない。ただ、結婚相手や交際相手、家族がクズであるとわかったときに、逃げ込めるようなシェルターが欲しい。そこに逃げさえすれば安全が確保される。そういう場所が必要だ。いじめから逃げ出すために。いやなことを強制されないために。ブラック企業から逃げるために。それは社会が作らないといけないとオレは思うのである。クズ人間を撲滅することは不可能なのだから。


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2019年02月05日(火) 名古屋城にエレベーターはいらない        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 河村市長の公約の一つであった名古屋城の天守閣が木造で再建され。建設当時の姿をできるだけ忠実に再建しようとしているわけだが、当然のことながらそこにはエレベータはーはない。なんとそのことに対して障害者の団体が反対しているそうである。つまり、足の不自由な高齢者や障害者も天守閣に登壇する権利があり、エレベーターを設置しないということはその権利が侵害されるというのである。オレはあきれたのである。どうしてそんな主張ができるのか。
 江戸時代の名古屋城にはエレベーターはなかった。だからその当時の姿を復元しようとしている天守閣にエレベーターを設置しないのは当たり前である。そこにエレベーターがあればそれは自然の姿ではない。

 富士山にエスカレーターを設置して、誰でも簡単に登れるようにしたい。そうすれば障害者も高齢者もどんどん登れるようになるということを主張する人がいれば「アホか?」と思うだろう。富士山は登山の対象である。そこに登るのは屈強な足腰が必要なのである。もしもエレベーターでれるようになったらもはやそこは登山の対象ではなくなる。

南米のアコンカグアを登頂しようとして断念した老人がいたが、若者でも大変困難な山によぼよぼの老人が無理に登らなくてもいいのである。オレが言いたいのは一言、「無理するんじゃねえ」である。ましてや話題作りとか金儲けのために登ろうとするのは登山に対する冒涜である。

 ボランティアの方々が車いすをかついだりして富士登山するイベントが昔あったと思うが、オレがそのイベントで感じることは「偽善」だけである。ボランティアの方々は自分たちのやったお節介を崇高な行為であったと思い込み、無理やり富士山に連れていかれた車いすの方々は「もしも車いすごと落下したらどうなるんだろう」という恐怖を味わったわけである。そんな余計なことは全くする必要がない。

 バリアフリーになってさまざまな場所に行けるようになったし、駅や公共交通機関も車いすで利用しやすくなった。しかし、そうしたインフラ整備はどこにでも必要なのだろうか。隠れ家的なレストランが狭い階段を上った二階や降りた地下にある時、そこに連れて行けと主張する方がいればそれはまわりが苦労してかなえないといけないことだろうか。オレはそうではないと思うのである。夜中にバナナが食いたいといわれたら断るべきなのである。同じ目的を達成するためには他に行ける場所がたくさんあるのに、わざわざ実現困難なところに行かなければならないというのはおかしいとオレは思うのだ。

 心肺機能に不安のある老人は高尾山にでも登っていればいいのである。そこなら万一倒れてもすぐに救助してもらえるだろう。おまえのその道楽のためにどれだけ周囲が困ってるかわかってるのか。

 こんなことを書くと「健常者のおまえにはオレたちの気持ちはわからない」と叩かれ、炎上するかも知れないのだがそれでもオレは断固として主張したいのである。名古屋城にエレベーターはいらないと。今朝、エレベーターの設置を求める新聞の投書を読んでオレはただ一言「アホか?」と思ったのである。


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2019年02月04日(月) 電気自動車は進化している        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 登場したばかりの初代日産リーフはひどいものだったらしい。だんだん充電容量が減るために航続距離が減少し、結局「使えない」ということでみんな手放す。中古車市場で投げ売り状態になっていたのである。デザインも実に不細工だった。オレはそのスタイルを観て、「いくら先進的なメカニズムでもこんな不細工なクルマには乗りたくない」と思ったものである。もっとも不細工さでは初代プリウスの象みたいな顔もいい勝負だったのだが。

 そのうち、アメリカではかっこよくテスラが登場した。いつのまにかテスラはアメリカの高級車市場を席巻してベンツやBMWよりも売れるクルマになってしまった。自動車用の高性能バッテリーの生産が追い付かず客はなかなか手に入れられない状況だという。世界最大の自動車市場になるという中国はガソリン車の全廃を将来の目標に掲げている。おそらくテスラは今後の中国市場で大量に売りまくることになるだろうし、電気自動車シフトの遅れたトヨタは戦いに勝てないかも知れない。

 日産自動車のリーフは二代目となって少しデザインがよくなった。これはモデルチェンジしたらカッコ悪くなるというのがこれまでの日産の伝統の中では稀有の例である。そしてこの1月にマイナーチェンジしてさらに車種が追加された。航続距離が400キロから550キロに伸びて、エンジン出力も向上した。ライバルがテスラであることを意識してその性能に少しでも近づけてきたということであるが、価格的な面では絶対的な優位を持っているリーフは日本国内ではかなり売れるだろうとオレは予測する。そのために大事な役割を担っていたのだがコンパクトカーのnoteである。ノートに設定されていたeパワーというエンジンで発電した電気で走るモデルが大量に売れたことで、多くの人が電気自動車の運転感覚に慣れ親しんだのである。

 S660の次に乗る車は何か? それを考えたとき、そうして電気自動車の充電スタンドの普及ぶりを知った今、電気自動車という選択肢も悪くないとオレは思っている。スポーツ走行を楽しむクルマは今で打ち止めで、次に買うクルマはできるだけ自動化された楽なクルマにしたいと思っていたわけで、電気自動車に自動運転技術が組み合わされたというものがその目的にかなっていることは確かである。

 後はレンタカーなどで運転してみてどんな感覚なのかを肌で理解したい。確か日産は試乗用としてリーフを一泊二日で貸し出してるようだが、そういうのを利用すると絶対に買わないといけないみたいでいやだ。もっと気軽に試乗する機会があればいいのにと思うのである。

 極端から極端へという選択肢はオレにふさわしい。18歳の時に医学部受験をやめて文学部という人生を捨てたような選択をしたように、S660という硬派のクルマから日産リーフという全く方向性の異なる選択というのもいいじゃないか。通勤時に商業施設での充電を繰り返せば限りなく燃料代を節約できそうな気もするのである。さて、次はどうなるのだろうか。


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2019年02月03日(日) 一般人であることの幸福        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan



 「嵐」の大野さんが「普通の生活を送りたい」と願ったことが、グループの解消ということにつながったということが報道されている。一般人であるオレが普通にかみしめている日常が、アイドルには残念ながらないのである。そう思うと、なんだか同情してしまうのである。

 オレが公立高校に勤務していたころは、狭い地域の中でいつも監視されている気分だった。近鉄南大阪線に乗ると必ず電車のハコの中には関係者がいた。それは教え子だったり、その保護者だったり、同僚の教員だったりした。南河内という濃密な世界で暮らしていたころは、本屋でエロ本を立ち読みする自由もなかった。どうしてもエロ本が読みたいときは学区外に出るしかなかったのである。

 オレのような一般人でもそういう気分になるのだから、国民的アイドルグループともなるともうどうしようもなく不自由な気分になるのもよくわかる。

 アイドルが海外留学したりするのも、尾崎豊が若いころにニューヨークに渡ったのも同じことだろう。そこでは自由な生活が待っている。皇族に海外留学させるのもきっと同様の理由だろう。日本では味わえないのんびりとした時間が手に入るからである。

 オレは仕事が終わればブックオフで立ち読みし、たまに好きな本を買い、そしてイズミヤやイオンモールやユニクロなどをぶらぶら歩き、北花田のイオンモールにある紀伊国屋で新刊書を眺めたり手に取ったりする。

 そういう自由に過ごせる時間こそがもしかしたら「至福」の時間であるのかも知れないのだ。仕事に追われている時間でもなく、何かから逃避している時間でもない。本当に好きなことをして過ごしていられる時間なのである。

 家でのんびりと録画したテレビドラマを観る時間があることはある意味幸福である。仕事に追われていたり、するべき大量の作業を家に持ち帰っていたり・・・ということならそういう時間はないからである。

 きっとアイドルの方々は日々余裕のない時間を過ごし、ストレスに押しつぶされそうになりながらも売れっ子であることを維持してるのだろう。そういう苦労はヒマな一般人にはとうてい理解不能なものである。

 この世で一番楽な仕事でありストレスのたまらないものは何だろうかと考えたとき、オレには「政治家」という答えが真っ先に浮かぶのである。政治家ほど馬鹿でも務まる仕事はないし、選挙の時は組織が守ってくれるし、自民党や公明党の議員ならばなんの苦労もなく2期、3期と務めることができる。不倫スキャンダルや暴言スキャンダルでもないかぎり大丈夫なのである。若いころにパンツを盗んだことも全く問題ないのである。なんともうらやましい身分である。しかし、さすがに一般人とは言えず、ユニクロで買い物するとか一人でこっそりマクドに立ち寄るとかはしにくいのだろう。

 そう考えていくとオレは一般人であることの幸せをもっと感じないといけないのである。これからオレが一般人以外の何もかになる可能性は限りなく少ないのだが、一般人でいられたことは実はよかったことなのである。エロ本はやはりついつい見てしまうのである。


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2019年02月02日(土) 世界は破滅に向かっている        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 プーチンが自国のICBMを自慢している。10発でアメリカの国民を全員殺せるそうである。世界はなんでこんなことになってしまったのだろうか。こんなひどい世の中をなんとかする方法は唯一、タイムマシンでも作って太平洋戦争の前の歴史をいじるしかないのである。核兵器なんか作ろうとした国がすべて戦争犯罪国として抹殺されるようにしないといけないのである。

 第二次大戦で日本が三国同盟を結んでいなかったらどうなっただろうか。ルーズベルトの陰謀に気づき、対米参戦しないでイギリス、オランダに対してのみ宣戦布告していたらどうなっただろうか。アメリカが欧州戦線に参戦するためには日本がアメリカを攻撃することが必要だったのである。そうした国際情勢を冷静に分析できるような賢い外交官がいなかったこと、そして「軍事力」の本当の意味を日本国内でわかってるものがいなかったということなのだ。

 日本はアメリカと同盟を結び、ドイツやソ連と戦うべきだったと思っている。そして中国では国民党を助け、社会主義国がこの世に存在することを排除することしか戦争を無くす方法はなかったのだ。

 米ソの冷戦構造がなければ、軍産複合体が今のように世界を支配することはなかっただろうし、そもそも核兵器も不要だっただろう。もっと前にさかのぼるならば、日本が国際連盟で人種平等宣言を提唱したときにそれが受け入れられることで日本は孤立することもなかったとオレは思うのである。

 毛沢東の側近であった劉少奇は盧溝橋事件を「八路軍の謀略」であったことを後に語っている。中国共産党にとって、国民党軍と日本軍を戦わせて漁夫の利を得ることが必要だったわけで、真の敵は毛沢東であることに軍部は気づくべきであった。

 太平洋戦争がなかったら、アメリカは核兵器の開発を急ぐこともなかっただろうし、原子力の軍事利用を阻止することもできたのではないか。ドイツとソ連が戦って消耗している間に世界秩序を構築して、全体主義国家や社会主義国家の台頭を阻止できたのではないか。

 かつて繁栄した恐竜は巨大隕石によって滅びたといわれている。今繁栄している人類は核戦争によって滅びるとオレは予言する。その戦争は米中の対立にロシアと北朝鮮がからむことで起きるだろう。

 今から起きることをオレは予想しよう。まず韓国が北朝鮮に統一される。在韓米軍が撤退すればすぐに北朝鮮は韓国統一戦争を仕掛けてくるだろう。その時は日本もアメリカも、もはや韓国を同盟国とは思っていない。だから一週間も経たずに韓国は北朝鮮に併合される。大量の難民が日本に押し寄せ、日本に居住する韓国人は1000万人を超えることになるだろう。中国は北朝鮮を支援し、38度線はそのまま朝鮮半島と対馬の間まで下がってくることになる。

 中国とアメリカの対立は軍事的衝突に向かうことになる。まず中国は日本にある米軍基地を叩く。上陸した中国軍を攻撃するためにアメリカは日本本土に核ミサイルを撃ち込むことになる。かつて太平洋戦争の時に日本が沖縄を捨て石にしたように、今度はアメリカが日本を捨て石にするのである。数発の核ミサイルで日本本土は完全に廃墟になってしまい、そこで米中は停戦することになるが、戦争の巻き添えで破壊されたすべての原発がメルトダウンすることで世界中に大量の放射性物質が拡散し、世界は終わりを迎えるというのがオレの予想する未来だ。こんな馬鹿なことが本当に起きるのである。プーチン、トランプ、習近平という大量虐殺をすることに何のためらいもない3人が今の世界を動かしているのだから。オレが言いたいのは「戦争やるならオレが死んでからにしてくれ」ということである。生きてるうちにそんな地獄は見たくない。


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