江草 乗の言いたい放題
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2016年11月29日(火) 凶悪犯は射殺すべきである        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan



 刃物を持って無差別に人を傷つけている凶悪犯はその場で射殺してもいいとオレは常々思っている。日本の裁判はとてつもなく甘く、そういう凶悪犯に適正な量刑を科すことは不可能だ。裁判官にも馬鹿が多く、存在自体が危険なクソ野郎に対してもなかなか死刑判決を出さない。犠牲者が一人しかないからとかいう遺族にとっては耐えられない理由で減刑するのである。ふざけるなと言いたいのである。おまえら裁判官にとっては目の前にいる犯罪者はどうでもいい他人だが、肉親を殺された遺族から見れば絶対に生かしておきたくない不倶戴天の相手なのだ。それなのに常に裁判官は無責任に軽い判決を出すのである。

 司法による裁きがあてにならないのならどうすればよいのか。オレは警察官が凶悪犯を発見したその場で処刑してくれることを少し期待する。それはフィリピンで麻薬関係者が次々と処刑されている状況に多くの市民が拍手喝采してることと同じである。腐敗した連中をきちっと排除することが多くの市民にとっては理想なのだ。それは日本社会でも同じだとオレは思っている。

 京都市北区で、夜に刃物男が無差別に通行人に切りつける事件が起きた。現場に駆けつけた警官は威嚇射撃したが、その刃物男は「撃てるものなら撃ってみろ」と挑発してきたらしい。どうして左の胸めがけてぶっ放してやらなかったのか。相手は「撃ってみろ!」と挑発しているのである。リクエストに応えてやってどこが悪いのか。

 京都新聞の記事を引用しよう。


男児切りつけ、刃物男に警官発砲 京都の路上、容疑者逮捕
京都新聞 11/29(火) 23:21配信
 29日午後7時すぎ、京都市北区の住民から「男に殺すぞと言われた」と110番があった。駆けつけた北署員らが同区鷹峯旧土居町の路上で、頭などを切られた男児(5)と刃物を持った男を発見。拳銃を発砲し、男の両脚に命中させ、銃刀法違反と公務執行妨害の疑いで、現行犯逮捕した。男児と男は病院に運ばれたが命に別状はないという。
■5発中4発命中、男児とも命に別条なし
 北署によると、男は北区衣笠開キ町、無職(27)。逮捕容疑は、同日午後7時20分ごろ、同区の路上で、ナイフ様の刃物1本を所持するなどした疑い。
 北署の説明では、容疑者は午後7時すぎ、自宅付近の民家の玄関をたたき、「殺すぞ」などと怒鳴っていたため、住人が通報した。現場に急行した同署地域課の30代の男性巡査部長が、刃物を持った容疑者を見つけた。「刃物を捨てろ」などと警告し、威嚇のため空に向かって拳銃を1発発砲した。しかし、容疑者は「撃てるもんなら撃ってみろ」と迫ってきたため、さらに4発発射し、すべて男の両脚に命中させ、北区衣笠東開キ町で取り押さえたという。
 男児は母親(40)らと帰宅途中で、頭部には切り傷、腹部には刺し傷が複数確認された。母親は容疑者と面識はないと話しているという。同署は容疑者が路上で男児を切りつけた疑いがあるとみて調べる。
 拳銃の使用について、横田政幸副署長は「現時点では正当な発砲だった」と話している。


 この警官は発砲した4発をすべて動き回る男の左右の太ももに命中させたそうである。あまりにも射撃が上手すぎたのである。もしも下手くそだったら狙いがそれて胸や頭に当たってくれたかも知れないのである。その方がむしろよかったと思う方々も世間にはいるかも知れない。

 このどうしようもない外道を人権派のクソ弁護士が擁護して「心神耗弱状態だった」などと情状酌量を求め、裁判が長引き多くの人が時間を奪われ、裁判員に選任された人たちもまた裁判所に呼びだされて時間を奪われるわけで、その迷惑を考えればそれこそ「現場で処刑」などという極論に賛成される方も出てくるのである。

 市民に対する無差別攻撃に対して「市民テロ罪(仮称)」というものを設置して、被害者の有無にかかわらず「誰かが死ぬかも知れないような危険」があった場合は、最高刑を死刑にするという形で厳罰を科せられるようにしてもらいたいのである。

 ついでに言うなら、事故が起きたらその土地に住めなくなる様なものを無責任に動かそうとしてる政治家や電力会社の経営者も、事故の際には「市民テロ罪」ということで死刑にするということにしたらどうだろうか。小心者のあの連中はたちまち「原発廃止」に傾くかも知れない。彼らが原発推進するのは事故が常に遠くで起きることであり、自分たちが被害を受けることは絶対にないとたかをくくってるからである。福島原発の事故の責任を誰も取らなかった日本では、今後も無責任に原発を推進する馬鹿が亡くなることはない。


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2016年11月25日(金) ペーパードライバーは優良運転者か?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 一度も免許を取ったことがないのに50年近く運転を続けていた人が捕まって「無免許運転」ということで逮捕されるという事件があると、オレは免許制度というのはいったいなんだろうと思うのである。少なくとも50年近くその無免許野郎は無事故無違反で過ごしてきたわけで、ある意味「優良運転者」だったわけである。全く車を運転しないのでその結果違反することもないというペーパードライバーを「優良運転者」として表彰することとの矛盾と同時にオレはそれを不思議に思うのだ。

 今の技術では免許証をICカード化して、そこに運転履歴を記憶させることは可能だろう。そうすればその免許を持つ人が累積何キロを運転しているかがわかるのである。個人ごとに「これまで累積で何キロ運転しました」ということが把握できれば、その距離に対する事故率なども計算することが可能になり、真の優良運転者がわかるはずだ。

 亡くなったオレの父親は、絶対にスピードを出さなかった。いつものんびりと制限速度以内で走っていた。超がつくほどの安全運転だったのである。違反などもするわけがないし、優良運転者の認定も受けていたはずだが、「なんか届いてるけどめんどくさいから行かなかった」ということを言っていた。

 長いことクルマを運転したことがないという人はきっと運転の仕方そのものを忘れてるだろう。街に出る前にペーパードライバー教習を受け直すべきである。今の時代はさまざまな運転アシスト機器が登場した。カーナビなどはその最たるものだが、オレのように頭の中に地図が入ってるようなベテランドライバーであっても、高速道路の複雑なJCTなどでは大いにナビが役立っている。一度ナビを使い出してその便利さに触れるともう後には戻れないのである。オレはもうナビなしでは運転したくはない。

 こないだホンダのディーラーに行った時に、展示してあるやけに巨大なRV車のダッシュボードにETCカードを入れる機器がすでに装着されてるのに気づいた。もはやETCは標準装備の時代である。だったらこういう形で免許証ホルダーも作れないか。そしてその免許証をICカード化することで運転履歴を保存し、オンラインで警察が情報収集できるようにすれば犯罪捜査にも役立つし、一括で情報管理できるということだ。もっともそうして個人情報をクソみたいな警察組織に委ねてしまうということには一抹の不安もあるわけだが。

年間に1万キロ以上クルマで走行し、その上で一度も事故や違反をしなかったドライバーを「優良運転者」と認定し、たとえ事故や違反がなくても運転したことを証明できない場合はそのままスルーすればいいのである。このような仕組みに変えてもらいたいとオレは思うのだ。

 高速道路の逆走を一度でもしたことのあるドライバーは即座に免許取り消しにすべきである。「危険運転」は故意か過失かを問わずに結果で判断してもらいたい。「飲酒運転」は例外なくすべて「危険運転」にしてもらいたい。裁判官が馬鹿なせいでせっかく施行された法律が歪められてしまったが、危険運転の中には、「粗暴すぎる性格」「あまりにも運転の下手くそなDQN」もぜひ含めてもらいたいのである。

 さて、オレは次の免許更新まで無事に切り抜けられるだろうか。大阪府警の交通取り締まりは「低速に制限する必要がないのに取り締まりだけのために作られたどうでもいい制限区間」で常々行われる。オレの通勤経路で言えば四天王寺の東側の謎の40キロ制限区間や、長居の陸上競技場のすぐ西側のあびこ筋南行き車線である。そこで卑怯な取り締まりにひっかかる善良なドライバーたちには深く同情する。警察が本来ちゃんと取り締まらないといけないのは、駐車禁止除外標章を悪用してパチンコ屋の前に駐めてる大型の黒塗りの高級車に乗る無法者どもなのである。ああいう無法者こそ逮捕して車両も没収して欲しいと思うのだ。

高齢者は免許更新時だけではなくて、街で走ってるところをどんどんチェックしてもらいたい。3年に一度しか検査しないというのはあまりにも怠慢だ。人をはねてからでは遅いのである。

 そして今一番望むのは「踏み間違い防止」の仕組みである。暴走事故は必ず「アクセルとブレーキを踏み間違った」という形で起きる。オレは30年以上運転していて一度もそんな失敗をしたことがないので、どうして世の中にはそんな間違いをする下手くそが居るのか想像も理解もできないのだが、とにかくそういう下手くそが居るということを前提にしてクルマの安全性を高める必要がある。

 アクセルを「踏む」のではなくて、足を「横にひねる」という操作にするとか、前に障害物があるときは絶対にアクセルを踏めないようにするとか、ベタ踏みしたら自爆してクルマが一瞬にして分解するとか、なんかそういう仕組みを考えて欲しいのである。

 あと、病院での老人暴走事故ではどちらも駐車場のバーをへし折って暴走しているが、バーが折られたら大きな音でサイレンが鳴って、みんなが注意喚起できるようにしてほしい。そうしたら暴走車から身をかわすことができるかも知れない。



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2016年11月21日(月) 「内部留保」っていったいなんだ?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 「富士そば」会長の丹道夫氏のインタビュー記事を読んだ。東京では何度も「富士そば」にお世話になってるが、今回の記事には大いに感動した。なんと「富士そば」ではアルバイトにもボーナスや退職金があるというのだ。従業員の待遇をよくすれば、長く働いてくれることになる。それが「内部留保」なんだと、W民とかいうどこかのブラック企業の社長とは全く違った方向を目指してることにオレは驚いたのである。そしてこういう企業がかつての高度成長の日本を支えていたのではなかったかと。

 利益最優先でコストカットしか考えてない経営者をどこからか引っ張ってきて、短期的な利益を上げて黒字にして、下請けや従業員や取引先をみんな不幸にするというのが今の時代の企業のトレンドである。資本主義の究極の姿である「強欲資本主義」がそこにある。そうして産まれた貧富の差の拡大が今の世の中を不幸にし、それが国同士の関係で現れたのが今のISやボコハラムといった無法者たちの横行ではないのか。それが人殺しの道具であるということを一顧だにせず、武器を売ることで金儲けに走った連中のせいで多くの無辜の民が亡くなったのではないのか。

 能年玲奈が声優を演じていることでテレビ局にそっぽをむかれたことでも話題になった佳作の映画「この世界の片隅に」は戦争の中で過ごす市井の人々の日常の細部を描く。あの戦争のさなかにも人々は毎日の生活をして、不自由さを嘆き、空襲におびえながらも暮らしていた。原爆投下直前まで広島には普通の人々の幸せな日々が存在した。我々の生活の中にある宝物とはそうした日常の中に存在する。

 ところが企業のトップが金儲けのことだけを考えている時、その企業の末端で働く一従業員のことや、下請け企業の零細企業の町工場のオヤジがどんな日々を過ごしているかは全く考慮されない。グローバル化とは世界中の労働者の賃金の値下げ競争であり、みんなをどんどん貧しくしていく仕組みである。だからオレはグロ−バル化が無条件によいことであると信じてる連中が嫌いだ。

 黒田日銀総裁の断行した大規模な金融緩和で輸出に依存する大企業は大きな利益を得た。しかしその利益はほとんど役員報酬や内部留保や自民党への政治献金に回され、下請け企業や労働者には届かなかった。国を豊かにするということは国の借金を減らすことでも税収を増やすことでもない。一人一人の国民を豊かにすると言うことだ。それが本当の国家にとっての「内部留保」なのである。

 アメリカ大統領選挙は、強欲資本主義の行き着く果てが何であるかを示しているような気がする。米国民はアメリカの今の豊かさに疑問を持ったから変化を望んだのであり、その期待をトランプという一見むちゃくちゃなことを言うオッサンに託したのである。では日本の国民はどうなんだろうか。

 自民党政治を支えてる財界・大企業というのが国民を搾取することしか考えてないクソみたいな連中であり、だったら野党の民主党はどうかというと日本の利益よりも中国や韓国の国益のために働こうとする売国政党だったりする。他には全く時代遅れになったイデオロギーを金科玉条とするサヨク政党しかないという無残な状況下では「棄権」というのがもっとも正当な意思表示なのだ。カスの中でよりましなカスを選ぶよりは、どのカスにも入れないということを主張している外山恒一氏の考え方にオレは共感する部分もある。

 このまま日本はどうなっていくのか。沈没しそうな財政状況の中でリニア新幹線を作ろうとし、次の大規模災害が起きれば国家が非居住地域になるかも知れないのに原発をやめられない大戦末期の大本営の様な政財界の馬鹿集団が老害を発揮している。

 50代半ばのオレは、もしかしたら生きてる間に日本という国家の崩壊を目の当たりにすることができるのではないだろうかと少し悪い想像をしてしまう。今、東日本大震災と同じ規模の津波が来れば、福島原発の廃炉工事作業の現場は完全に壊滅し、我々は福島県を日本国から放棄しないといけなくなるだろう。次に大地震が来るのは1000年先とでも思ってるのだろうか。阿蘇山がカルデラ爆発すれば九州全島が火砕流で埋まるのである。チマチマと内部留保のゼニを積み上げるのではなく、みんな労働者にばらまいてやれよ。明日なんかもしかしたらないかも知れないんだぜ。


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2016年11月17日(木) 「聖者の行進」を覚えてますか?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 かなり前のドラマだが、知的障害者への虐待をテーマにした社会派の「聖者の行進」というドラマがあった。酒井法子が出ていたということで今はお蔵入りになってしまっていて、レンタルDVDも並んでないと思うのだが、ネット上には違法動画の形であるかも知れない。脚本は野島伸司で、「高校教師」などのヒットで勢いがあった頃の作品である。そのような虐待は過去のことだと思っていたが、韓国で昨年だったか、知的障害者を奴隷のように酷使していた塩田の事件があった。日本ではこんなことは起きないだろうと思っていたら、そんなことはなかった。熊本県での事件のことを西日本新聞の記事から引用しよう。

知的障害者施設で虐待 暴言、使い込み横行 天草
2016年11月16日 03時05分
 熊本県天草市の知的障害者の入所支援施設で、職員が利用者の所持金を使い込んだり、差別的な発言や襟首をつかむ虐待をしたりしていたとして、県が障害者総合支援法に基づく改善指導をしていたことが15日、分かった。昨年8月にも虐待があったと認定され、指導を受けていた。県は「改善勧告や措置命令などの重い処分ではない」との理由で、いずれも公表していない。
 県が虐待を確認したのは、社会福祉法人啓明会が運営する「苓山寮」と「第二苓山寮」で、利用者は計90人。県が情報提供に基づき、今年6月と9月、両施設に立ち入り調査した。
 県や施設によると、50代の女性職員が利用者の代行で買い物をした際、私物を購入したり、品物を横領したりしていたのが今春、発覚して解雇された。別の職員たちも襟首をつかむ虐待のほか、「ばか」と暴言を吐いたり、嫌がる利用者に「山に連れていこうか」と言って怖がらせたりした虐待が確認された。県は、施設では過去にも利用者の預かり金の紛失が数件発生するなど、不適切な金銭管理を確認したという。
 県は施設側に、12月までに具体的な再発防止策などを示した計画書の提出を求めている。両施設の飽田一夫施設長(67)は西日本新聞の取材に「昨年、県の指導を受けて職員の研修をしてきたが、こういう事態になり、利用者に申し訳ない」と話した。
=2016/11/16付 西日本新聞朝刊=


 このような施設で働く職員の全員が、入所者のことをよく理解して献身的に働く立派な 方々であるというのは幻想で、どんな職場にも問題のあるヤツは居る。警察官が殺人事件を起こしたり小学校教頭が盗撮で捕まったりする世の中である。だからこのような事件が起きてもオレは少しも驚かない。」
 県からの立ち入り調査というのもどうせ形式的なものなのだろう。県にとっては「調査を行った」という形式だけが欲しいわけで、実際に問題を解決したいわけではない。「放置していたわけではない」ということなのだ。公務員というのはそんなものである。仕事をしてないわけではないけど、仕事をするわけでもない。オレは以前に公立学校に勤務していたことがあるのでそうした公務員気質はよくわかる。

 しかし、虐待されたりしている入所者たちにとってその地獄の様な日々がいつまでも続くのは耐えがたいことである。オレが不思議に思うのは、施設の職員の中にまともな人がいないのかということなのだ。正義感のあるまともな職員が居れば、虐待も使い込みもすぐにやめさせることができただろう。それがなかなかバレなかったのはなぜかというと、それを容認するような空気が施設の中に存在したか、あるいは内部告発させないような何らかの締め付けがあったのではないか。

 少し前に神奈川県で障害者施設が襲われて多くの犠牲者が出る事件があった。程度の違いはあっても共通するものは同じである。今回の熊本県の事件はもっと重い罰を与えることが適当であるとオレは思っている。



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2016年11月15日(火) 奈良県警の取り調べは拷問ですか?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 昔の警察では容疑者を厳しい取り調べによって自供させるということが日常的に行われていたらしい。そして疑いをかけられた人がその拷問で殺されることも起きた。プロレタリア文学の作家だった小林多喜二が死んだのは特高警察の拷問の結果である。それがかつての警察の姿だったのだ。
 もしも同様のことが今の警察で起きていたらどうなのか。6年前に奈良県警は取調中の拷問の末に容疑者を殺害した可能性があることを、法医学の専門家が告発している。記事を引用しよう。

医師死亡は「警官の暴行の可能性」法医学教授が告発
毎日放送 11/15(火) 19:19配信
 6年前、奈良県警に逮捕された医師が勾留中に死亡したのは、警察官による暴行が原因だったとして、法医学の専門家が刑事告発しました。
 6年前、当時大和郡山市にあった「山本病院」の医師が(54)肝臓手術のミスで患者を死なせたとして奈良県警に逮捕されました。逮捕当時、医師の健康に問題はなかったといいますが取り調べが続く中、19日後に死亡。警察は「急性心筋梗塞だった」と発表しましたが、遺族は納得できなかったといいます。
 「亡くなった当時の警察の対応があまりにもひどい状態だったので…」(医師の妻)
 遺族が遺体の鑑定書を請求したところ、なぜか全身に皮下出血が。特にひどかった右脚はどす黒く変色していたといいます。遺族から相談を受けた法医学の専門家は、取り調べ中に警察官から暴行を受けた疑いがあると指摘。このけがが原因で「クラッシュシンドローム」と呼ばれる状態に陥り、急性腎不全を起こして死亡した可能性があるとして、奈良県警に告発状を提出しました。
 「あれだけ広い範囲に打撲を受けて出血している。常識的に考えて足を蹴られたんだろうと」(岩手医科大学法医学 出羽厚二教授)
 奈良県警は「告発状の内容を検討中でまだ受理していない」としていますが、警察官の暴行は否定。右足の皮下出血については、こうコメントしています。
 「医師には大きな音を立てて足から座る癖があり、その座り方によってできた傷だと考えている」(奈良県警 監察官のコメント)
 告発状を提出した法医学の専門家は―
 「奈良県警にとっては言わば身内が疑われている。これを本当に調べることができるのか。残念ながら日本のシステムでは他に訴えるところがない。ぜひ今後の経過をよく見ていただきたい」(岩手医科大学法医学 出羽厚二教授)


 この「山本病院事件」というのは、大きく報道された事件である。手術をしていないのにしたことを装って診療報酬をだまし取ったり、経験のない手術を行って入院患者を死亡させたりという多くの問題が明らかになり、当時は筒井康隆のSF小説「問題外科」を再現したような事件だと話題になった。確かに新聞報道を読みながらオレはその病院の理事長のや医師たちのことを極悪人だと思った。しかし、だからといって警察が拷問で死なせても良いわけではない。

 きちんと取り調べをして、行われた犯罪の中味を明らかにしてその行為に対して相応の罰を与えるのが司法の役目である。ところが「全身の皮下出血」「どす黒く変色した足」というのは、通常の取り調べで発生するとは考えられず、何らかの違法な取り調べがあったことが想像される。

 このような警察内部の犯罪の場合、警察官は決して真実を語らない。彼らの論理では「正義」よりも「組織の論理」が優先されるのだ。人気ドラマの「相棒」の中でもそうした警察内部の腐敗が描かれたことがあるが、2006年に起きた高知白バイ衝突事故でもそうであるが、警察が証拠のねつ造までして組織を守ろうとした悪質な事件が過去に起きている。司法関係者もこの企みに荷担して、後に栄転している。警察とはそういうクソみたいな組織なのである。

 さて、今回の裁判、果たして奈良県警の当時の取り調べに関わった人たちが真実を語るだろうか。否である。もしも裏切って本当のことを語る者が居れば、おそらく口封じで殺されたりするだろう。そうなるのがわかってるから誰も本当のことは語らないのである。

 オレは日記の中で常に権力批判、警察批判を行っている。たかだか1000人くらいしか見ていないこの日記が大きな影響を世間に与えることなどないので比較的自由にいろんなことが書けるのだが、もしもオレの記事が国家機密に関わったり、政治家の犯罪に関わる問題だった場合、オレの存在が抹消される可能性もある。あるいは「痴漢」などの犯罪をでっち上げてオレを検挙し、社会的に葬り去ろうとするかも知れない。だからもしもオレがある日突然逮捕されれば、それは国家権力による報復なのである。

 診療報酬の不正受給は今も日本中の病院で行われているだろう。もちろんそれは取り締まらないといけない。ところがそれを審査する側の人手は全く足りない。せめて見つかった時のペナルティを極端に重くして、不正が引き合わないというものにするしかない。山本病院事件で診療報酬の巨額の不正受給を行い、不要な手術で何人かの患者を死なせた可能性のある院長に下された判決は「禁固2年4ヶ月」という軽いものだった。今頃はもう出所しているはずだ。


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2016年11月12日(土) 安全なクルマを作ってください        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 高齢者の起こす事故が続出している。認知症の疑いのある87歳が暴走して登校中の小学生をなぎ倒して死傷させたり、自治医大病院の駐車場から駐車場のゲートをへし折って飛び出してきた84歳男性の運転するクルマがベンチにいた高齢者をなぎ倒して89歳の女性が死亡したり、立川市の病院敷地内で83歳の女性の運転するアクアが、急発進して男女二名を死亡させたりと立て続けに同様の事故が発生しているのだ。

 これらはすべて「危険運転」である。認知証なのに運転していること、制御不能な高速で、ブレーキを踏んでるつもりでアクセルをベタ踏みしていることなど、危険きわまりないのである。それを「踏み間違いだからただの過失」と馬鹿裁判官は判定するわけだが、そんな言い訳が通用するのならば、「魚と間違えて人を3枚におろしてしまいました」などという過失もまかり通るわけで、そもそもそういう踏み間違いをする様な下手くそは絶対に運転してはならないのである。

 さて、これからの超高齢社会の中でこうした事故はどんどん増えていくだろう。てんかん患者にも高齢者にも「運転する権利」を与え、免許証を発行している以上、このような暴走事故はなくならない。だからこそオレは自動車メーカーに研究してもらいたいのだ。暴走しない安全装置付きのクルマを。

まず「軽い衝突」があれば緊急停止するようにはできないのか。たとえば自治医大病院の事故の場合、クルマは駐車場のゲートバーをへし折って暴走している。その時点で緊急停止していればその後の事故は防げていたのである。

 クルマに人工知能を搭載して、人間の出す運転操作が適切かどうかを判断し、適切な場合しかクルマに伝えないという仕組みにすることも、今なら十分に可能なことだと思うのだ。自動運転ではなくて監視された運転ということである。

 アクセルを力一杯踏み込んで・・・という操作は通常の運転では絶対にしない。そのような操作が行われた時点で「異常」であると判断して停止するとか、あるいは燃料が供給されなくなるとか、歩行者用のエアバッグが外で開くとか、何か工夫はできないのか。

 立川市で2人をはねて死なせた83歳の女性は「ブレーキが効かなかった」と語ってるが、トヨタ自動車はいますぐにその女性に対して訴訟を起こすべきだ。そのようなデタラメを主張されることで、まるでクルマに欠陥があったかのように思われるからである。日本のように常識的な判断が通用する国ならいいが、アメリカのような馬鹿裁判の横行する国ならそのデタラメが裁判で通用してしまう。ブレーキが効かなかったのではない。あなたが踏んでいたのはブレーキではなくてアクセルだったのだ。力一杯アクセルを踏み込んで二人を死なせた加害者が「ブレーキが効かなかった」と情けない言い訳をしている時点でオレは情状酌量の余地はないと思うのである。83歳であっても「アクセルベタ踏みで暴走した危険運転」と認識して、それに見合った罰を与えるべきだ。

 高齢者の運転に不安を感じたら、絶対にその家族は運転させてはならない。オレは80歳になる前に母に免許を返納させたが、その代わり母が墓参りに行きたい時は必ずオレが運転して連れて行くことにしている。事故を起こして誰かを死なせたり傷つけたりしてしまった後では遅すぎるのだ。

 今運転をしているすべての高齢者に言いたい。スバル車に搭載されてるアイサイトのような安全装備が付いているクルマに買い換えよう。それは自分のためではなくて、自分以外のすべての人のためである。「いつまでも運転をしていたい」という利己的な動機で、もしも人を死なせたり傷つけたりしたらどうするのか。事故が起きた時にどうやって責任を取るのか。

 87歳の老人が認知症の状態で車を走らせて小学生の命を奪った事故を見て、同じように高齢で運転している方々はどのように思ったのだろうか。「自分は大丈夫!」と思ったのか。それとも「あんなことになったら取り返しが付かないから運転をやめよう」と思ったのか。高齢者でも安心して運転できる「自動運転車」を早く実用化してもらいたいのである。


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2016年11月08日(火) 朝日新聞社はもう新聞屋を辞めればいいと思う        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 最近の新聞の紙面は全面広告が多い。記事よりも広告の方が多いくらいである。試しに広告の比率が何%くらいだろうかと全紙面に占める広告率を計算してみたが、6割を越えている。紙面に占める広告率の業界基準などは決まっていないのだろうか。宅配が激減していく中で、もはや新聞社の収益源は「広告収入」しかないということなんだろう。しかし、こんなに広告だらけの紙面なのに、購読料をわざわざ払うのは実に馬鹿馬鹿しいのである。我が家はとっくに新聞を取るのをやめているが、職場にあるので読むことには不自由しない。しかし、その職場の新聞も読む記事がどんどん減っていってることに気がつく。中味がないので読むのに掛かる時間も減った。オレの様な忙しい人間でさえそんなふうに思ってるくらいだから、他にすることのない新聞だけが楽しみの老人はもっとそういう不満を感じているだろう。

 新聞のこの「宅配」というシステムも、もうそろそろやめてしまってもいいんじゃないか。こういうシステムに依存している人はこれからもどんどん減っていくだろう。いつのまにか街の牛乳配達がなくなったように、新聞配達ももはや昔の慣習だ。大手の新聞社は新たなビジネスモデルを構築しないといけないのである。ただそこで「広告収入頼り」ということになるとますます電通とかの支配下に組み込まれるわけで、過労死問題を大手新聞社が大きく取り上げないのは「電通様の機嫌を損ねたくない」ということの現れである。粉飾決算の東芝の悪口を書けなかったこととか、福島の原発被害の報道に関する偏向ぶりとか、もはや日本のマスコミはまともに機能していないとオレは感じているが、この広告だらけの新聞紙面からでもそれは明らかである。

 広告屋の支配下にある新聞にどうしてゼニが払えるのか。広告収入にそこまで依存するのならば、フリーペーパーにして購読料無料にして、宅配料として月に500円くらいもらえばいいじゃないか。少なくとも今の若者はもう新聞を新規購読しようとは思わないだろう。いくら日経新聞社がTVでCMを打ったとしても、せいぜい電子版の読者が増えるだけで紙の新聞は購読されないのである。読んでいれば就職に有利だとかいうことをもはや若者は信じていないし、そもそも新聞は政府のただの宣伝機関でしかない。

 オレが大学生の時、一人暮らししているアパートでちゃんと新聞をとっていた。新聞を読むことが社会に対して開かれた窓であり、そうして世間の情報を得ることが大人の大切な習慣だと思っていた。しかし、今は新聞などとらなくてもたとえばスマホでヤフトピを読むとか、ツイッターで話題のニュースを拾うとかいう形でいくらでも世間の最新情報に接することが可能だ。右や左に偏向している新聞ではなく、個人のブログからの方がよほど有益な情報を得られることもある。

 職場にある朝日新聞の紙面の中に、全面広告の紙面は11ページもあった。それ以外にも広告は至る所に入っている。審査がないので詐欺まがいの連中の悪徳業者の広告も掲載されている。某スポーツ新聞などは売春斡旋の3行広告を平気で載せている。これは明らかに売春防止法違反である。メディアがいきなりだめになったのではなく、購読料で経営が成り立たないので仕方なく広告依存を強め、その結果として電通みたいな広告屋の支配下に成り下がっていったということが正確な状況だろう。昔から情けない存在だった大手新聞社が、最近は特にダメになってきたということなのである。

 タイトルに「朝日新聞社は」と入れたが、読売も毎日も産経も、大手新聞社の内情はどこも同じようなものだろう。もはやかつてのビジネスモデルは完全に崩壊し、ヤクザを使った拡張(というか購読の押しつけ)も効果を上げられなくなり、長期購読してくれていた老人たちがどんどん死んでいって子や孫の世代はもはや新聞を読んでくれない。外国人の人口比率が増えればますます新聞購読者は減っていく。その先にはいったいどんな未来が待ち受けるのだろうか。

 くだらない広告で埋め尽くされた無残な新聞を見ながら、オレはまだ自分が大学生の頃に新聞社に就職したいと思っていたことを思い出すのである。残念ながらオレは大手新聞社の採用試験を突破できなかった。あの時に仮に朝日新聞社に入社できていたとしたら、今のこの無残な状況についてどう感じただろうか。それともねつ造やガセネタを反省しない社風に怒りを感じてとっくに辞めていただろうか。このまま新聞は滅びていくのだろうか。

 ドラマ「とと姉ちゃん」の中で、唐沢寿明演じる花山編集長が「広告を入れれば広告主に逆らえなくなる。だから広告は載せない!」と断固として広告を拒否する場面がある。そうした気骨を持った言論人が居なくなった。ゼニのために簡単に主義主張を変え、権力の側に立って保身をはかる連中ばかりになった。オレはそうしたマスコミのあり方に深く絶望すると共に、こうして個人の立場で情報を発信でき、意見を主張できることが最後の希望だと思っている。どうか多くの人にオレの主張を読んでもらいたい。


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2016年11月05日(土) クルマで徘徊する認知症老人という凶器        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 クルマは動く凶器である。いつでも無差別に歩行者を殺傷できるだけの能力を備えているのだ。だからこそ飲酒運転には厳罰が科せられるのであり、所有者には車検時に必ず自賠責保険の加入が義務づけられているのである。
 横浜で87歳の老人が暴走させた軽トラックが小学生を死なせるという事故があった。その87歳の老人は、前日からクルマで徘徊していたこともわかった。どこをどう走ったのか、自分がなぜそこにいるのかもわかっていなかったという。そういう明らかに「認知症」の老人がクルマを運転してるのである。おそらくこのような状況は日本中で発生していて、こうして事故が起きて初めて明らかになるのだろう。

 自分が何をしてるのかわからない精神状態の人がクルマという凶器を動かしていることは明らかに「危険運転」だ。しかし日本の裁判はこれをなかなか「危険運転」にはしてくれないのである。その老人は高速道路に入ったり降りたりしている。またセルフ式のガソリンスタンドを二回利用している。つまり「高速料金を払ったり、自分でセルフスタンドで給油できる程度の認識能力はあった」ということで、「直前までは正常に運転できていた」と判断され、「危険運転」であるとは認められないのである。事故を起こしたから「危険だった」というのではなくて、事故を起こしていてさえ「危険ではない」とむりやりに裁判所は判定しようとするのだ。

 ただ、それを無理に「厳罰化」して、認知症の高齢者を刑務所に入れたところで、それは受刑者介護の問題が発生するだけのことである。ここで大切なのは「厳罰化」ではなくて「事故防止」なのだ。若者の危険運転は厳罰化で防げるかも知れないが、認知症運転は厳罰化では防げないし、そもそも罰を受ける意味さえわかってないような人たちが運転してるのである。

日本の自動車メーカーは競うようにさまざまな事故防止機能を取り入れて、わずかなオプション金額でそうした安全装備がつけられる様になった。こうした装備は、一定年齢以上の人の車にはすべて義務づける様にしたらどうだろうか。たとえば70歳を過ぎればそうした安全装備を装着したクルマ以外には乗れない様にするといった対策である。それによってかなりの割合でこうした高齢者の事故は防げるはずである。

 高齢ドライバーが踏切から線路に侵入するとか、高速道路を逆走するとかいう事故はこれまでもかなり起きている。逆走は事故に至らないものを含めるとかなり発生しているらしい。なんとかしてそうした事態が起きないように工夫する必要がある。そのためにはどうしたらいいのか。運転しない方がいい人たちが運転しなくてもよいような社会体制を作り出すしかないわけで、そのためには交通の不便なところでの交通手段の整備である。もっとも地方のローカル線をJR各社がどんどん廃止していることはそれに逆行することである。

 それともう一つはやはり「歩車分離」の徹底である。多くの児童生徒が行き交う通学路はその時間帯だけでもいいから原則自動車通行禁止にするとかの対策が欲しい。通学路がラッシュ時の抜け道として通学時間帯に交通量が増えるなんてことは言語道断である。通学の子どもたちの列にクルマが突っ込むという痛ましい事故は毎年数多く起きている。なぜ繰り返されるのか。もしも完全に交通を分離していれば絶対にそうしたことは起きないのである。

 日本の少子高齢化はますます進んでいく。このまま放置すれば今に街を走るドライバーの一割は認知症などというとんでもない危険な状況が起きるかも知れない。もちろんそれはオレ自身の可能性でもある。このオレ自身が「次に車を買い換えるときは安全装備がしっかりとついてるクルマにしよう」と心に決めている。60代で今と同じ反射神経や判断能力が備わってるとは思えないからである。


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2016年11月03日(木) 人が死んでるのに「危険運転ではない」とは?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 安全な運転をしていれば人を死なせることはない。また、オレのような善良なドライバーが起こす事故と、いつも乱暴な運転をしていて酒を飲んだりポケモンGOをしながら運転するクソ野郎が起こす事故とは性格が全く違う。

 そもそも「危険運転致死傷罪」が導入されたのは、飲酒運転や暴走運転のクソ野郎を通常の「過失致死」の範疇に入れるのは不合理だったからではないのか。それなのになぜ「飲酒」でありながら通常の事故と同じ罰しか受けないのか。それがオレは納得できないのである。パニックに陥ってアクセルとブレーキを踏み間違え、一方通行を逆走して暴走したのは飲酒の影響ではないのか。1.5Lもの酒を飲みながらどうして「影響はない」と言えるのか。酒が強かったら飲んでも罰は軽いのか。そんな理不尽なことがあっていいのか。こういう間違った判決を下す裁判官は、個人的に損害賠償の訴訟を起こされるべきだと思っている。こんな馬鹿裁判官のために「正義」は踏みにじられているのだ。毎日新聞の記事を引用しよう。頭のイカれた判決を下したこの裁判官をオレは断じて許さない。

<ミナミ暴走>3人死傷、被告に懲役3年6月 大阪地裁
毎日新聞 11/2(水) 12:01配信
 大阪・ミナミで昨年5月、飲酒運転の車で暴走し3人を死傷させたとして自動車運転処罰法の危険運転致死傷罪などに問われた無職、白坂愛里被告(26)の裁判員裁判の判決公判で、大阪地裁は2日、予備的に問われた同法の過失致死傷罪などを適用し、懲役3年6月を言い渡した。飯島健太郎裁判長は「原因はアクセルとブレーキの踏み間違えで、飲酒の影響は認められない」と述べ、危険運転致死傷罪の成立を否定した。検察側は控訴を検討している。
 裁判は、白坂被告が飲酒の影響で正常な運転が困難な状況だったかどうかが主な争点だった。弁護側は「アクセルとブレーキの踏み間違え」と訴え、過失致死傷罪の適用を求めていた。
 飯島裁判長は主文の言い渡しを後回しにし、判決理由から読み上げる異例の措置を取った。
 判決によると、白坂被告は昨年5月11日未明、大阪市中央区西心斎橋2の駐車場から不注意で車を暴走させ、自転車で通りかかった准看護師の河本恵果(けいか)さん(当時24歳)らをはねた。恵果さんは死亡、友人女性ら2人も重軽傷を負った。
 白坂被告は居酒屋で3、4杯のビールを飲み、運転直前にも缶ビールを口にした。しかし、飯島裁判長は、事件前後の白坂被告の意識ははっきりしており、「酔いの程度は弱いものだった」と認定。正常な運転が困難な状態に陥っていたとまでは認められないとして、危険運転致死傷罪の成立を否定した。
 そのうえで検察側が予備的に追加していた過失致死傷罪を検討。判決は事故原因について、白坂被告が駐車場の車止めに乗り上げた際、目に入った被害者の姿に焦ってアクセルとブレーキを踏み間違えたと認め、少なくとも運転時の注意義務を怠ったと結論付けた。
 飯島裁判長は量刑理由について、「被害者や遺族の処罰感情は峻烈(しゅんれつ)だが、過失は反射的な不注意によるもので、とりわけ悪質なものとまでいえない」と述べた。
 検察側は過失致死傷罪適用の場合は懲役5年、危険運転致死傷罪では懲役9年が相当と求刑していた。
 大阪地検は当初、白坂被告を過失致死傷罪などで起訴した。しかし、遺族らが地検に対し、より刑罰の重い危険運転致死傷罪の適用を求める上申書と約17万人分の署名を提出。補充捜査を行った地検は同罪への訴因変更を決め、地裁もこの請求を認めて裁判員裁判で審理していた。【向畑泰司】


 この判決の中で裁判長は大きな勘違いをしている。あんたの下した「懲役三年六ヶ月」という判決は、酒を飲んでない正常な判断のできるまっとうなドライバーが不注意で人を死なせてしまった場合の罰なのである。もしもオレが不注意で人をはねて死なせてしまったならば、オレはその重い罪をわずか3年6ヶ月という軽い懲役刑で済ませてもらえることに感謝するだろう。そしてその刑をしっかりつとめようと思うだろう。しかし、酒を大量に飲んでいて同じ事故を起こしたのならば、それが加算された罰を受けるのが相応しいのだ。もともと軽い交通事故の加害者の量刑の中で「酒を飲んでいた場合」に課せられる追加措置がこの「危険運転致死傷罪」なのである。それは飲酒運転のドライバーすべてに適用されなければならないし、飲酒なのに適用されないというようなことがあればそれは法の下の平等に反するのである。

 そしてオレはいつも思うのだ。「アクセルとブレーキを踏み間違えた」というクソみたいな理由だ。オレは免許を取って35年になるが、そんな馬鹿なミスはただの一度もしたことがない。一度でもそういうミスをしたドライバーからは免許を取り上げるべきだし、そもそも今回の事故を起こしたあの巨大なRV車で暴走されたらどんな大惨事になるか。でかいクルマに乗ってる奴は交通事故の量刑を倍にすべきだとオレは思っている。大きなクルマがカッコイイと思って乗ってる馬鹿は、事故の時はそれだけの責任を負わせるべきである。正面衝突すれば、必ず小さいクルマの方が死ぬのである。

 このクソ判決を絶対に確定させてはならない、控訴審ではまっとうな判決が下ることをオレは望んでいる。それにしても大阪地裁の判決はどうしていつもこんなに軽いのだろうか。大阪が犯罪者天国だからなのか。



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2016年11月02日(水) 稲田大臣は南スーダンで指揮を執れ!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan




 南スーダンは戦争状態にある。政府軍というのは実際はならず者の集団で、PKOの活動のために派遣されてる人たちはそれを恐れて何もできず、略奪やレイプを傍観しているだけである。多数の民間人が虐殺されているのに何もできないという点では、かつてPKOがルワンダに派遣されていて大虐殺を阻止できなかったことと同じである。そしてここには日本の自衛隊も派遣されているという。国会では「戦闘行為には参加させるな」などと馬鹿げた議論が延々と続いているのだが、今目の前で殺されている人々がいるのに「傍観しろ!」「犠牲者を絶対に出すな」という議論をしていることを日本の政治家たちは恥ずかしく思わないのか。現地に派遣されている自衛隊の方々は何を感じているのだろうか。オレはそこで日本の果たすべき役割を考えてしまうのである。
 時事通信の記事を引用しよう。

PKO対応怠り、民間人多数犠牲=略奪、レイプでも出動せず―南スーダン
時事通信 11/2(水) 6:37配信
 【ニューヨーク時事】国連は1日、南スーダンの首都ジュバで7月、政府軍とマシャール前副大統領派が衝突した際、国連平和維持活動(PKO)の国連南スーダン派遣団(UNMISS)が「指導力の欠如」などを背景に適切な対応を怠り、多数の民間人の死や性的暴力の発生につながったと反省する調査報告書を公表した。
 UNMISSに対しては、住民から「何もせず傍観しているだけ」と激しい批判が起きており、国連は対応を迫られていた。
 ジュバでは日本の陸上自衛隊もPKOに従事している。報告書抜粋によると、政府軍、マシャール派の双方は7月8〜11日、ジュバのPKO本部や、隣接する避難民の保護収容施設に無差別に銃砲撃を加えた。
 政府軍兵士は本部近くの国連文民スタッフらのキャンプに押し入り、略奪や殺害、レイプを行った。しかし、UNMISS部隊は度重なる要請にもかかわらず緊急出動しなかった。
 国連によれば、7月10日前後の3日間に、避難民20人以上を含む少なくとも73人が死亡。UNMISSの中国兵2人も死亡した。
 報告書はUNMISSの準備不足、指揮統制における問題点を指摘。潘基文事務総長は調査報告を受け報道官を通じて声明を出し「民間人と国連スタッフの保護任務の遂行を怠ったことは明白。重大な欠陥に驚いている」と表明した。
 UNMISSの部隊を現場で率いてきたケニア人の司令官は1日、解任された。UNMISSを統括するエレン・ロイ事務総長特別代表(デンマーク出身)も今月いっぱいで辞任する意向を表明した。ロイ氏は、10月に南スーダン入りした稲田朋美防衛相とも現地で会談している。 


 政府軍の兵士が国連文民スタッフのキャンプに押し入り、虐殺やレイプを行っているのである。それは「政府軍」ではなくてただのテロ集団である。そうした犯罪者集団が「政府軍」を名乗るならば、そんな国家はIS同様にならず者の集団だ。即座に攻撃を加えて殲滅させるか、全員武装解除の末に逮捕拘禁すべきじゃないのか。そして南スーダンの政府首脳は犯罪者として検挙されるべきである。

 日本の果たすべき役割は何か。オレはそれを「正義の実現」だと考えている。今そこに治安が悪化して人々が安心して暮らせない土地があり、武器を持ったならず者の集団が跳梁跋扈しているのならば、そこに派遣されてそのならず者を全員殺害してでも治安を取り戻すことが「正義」ではないのか。海外派兵が何かの利益のために行われるのではなく、純粋に「正義」のために行われるのならオレは自衛隊の派遣を容認したい。守るべき命が存在し、その命を守るために活動してこそ真のPKOではないのか。

 稲田防衛大臣にはぜひとも南スーダンに赴いて、現地で指揮を執ってもらいたい。政府軍による攻撃のさらされて欲しい。いざというときは隊員と共に死ぬ覚悟で日本の「大義」を示してもらいたい。それができないのならば今すぐにPKO派遣部隊は全員引き上げるべきだ。命を捨てる気が無い軍隊ほど足手まといになるものはない。ペルー大使館人質事件の時に逃げ帰った池田行彦外務大臣のような腰抜けではなくて、防衛大臣らしい真に勇気ある行動をオレは期待している。政治家というものは国民のためにいつでも死ねる覚悟があってこそ価値のあるお仕事だと思っている。白紙領収書で裏金作り放題という特権も、いざというときに死ねる覚悟があるのならちっとも気にならないぜ。

 もちろんオレにはそんな覚悟はない。政治家というのは国民のために命を捨てないといけない大変重い仕事だ。オレの様な卑怯者には絶対に務まらない仕事だ。絶対に安全な場所から語る安倍首相とは違い、本当に国家のために命も捨てるという行動をオレは稲田大臣に期待するのである。それができずに派遣された隊員だけに死ねというのならば、あまりに情けなくてそれが自国の防衛大臣かと思うと涙が出てくるのである。


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