江草 乗の言いたい放題
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2007年12月31日(月) 報道における正義とは何か?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 ブログランキング投票いつもありがとうございます。少なくとも私の日記に投票してくださる方は正義を愛する人だと思いたいのですが、ランキングを見ると1位のきっこの日記は別格として、美少女との禁断の愛やチワワの日記がこの日記よりも上位にあることがなんとも残念に思います。同じ感想を持つ方はどうか日記の読者拡大の協力をお願い申し上げます。日記読者が全員この投票をクリックしてくだされば、必ずこの日記はランキング1位を奪取できます。1位を続ければいつかマスコミにも注目され、きっこさんみたいに本になるかも知れません。みなさまの応援をよろしくお願いします。


 新聞やテレビといったマスコミは常に真実を報道し、正義の実現を訴えてくれているのだろうか。裁判所というのは弱者の味方なんだろうか。そもそも裁判というのは正義の実現なんだろうか。この一年、オレはそのことを考え続けた。政治家や企業の悪が暴かれた時、一時的には話題になってもその続報がないのかなぜか。そこにどのような取引が存在したのかと。

 大手ゼネコンの鹿島が大分県のキヤノンの工場建設にからんで30億円の裏金を大分市のコンサルタント会社に払い、そのコンサルタント会社を経営するのがキヤノンの御手洗会長の知人だったという問題に関して、本当ならもっと各紙が報道して大騒ぎになってもいいはずなののいつのまにかこの問題はスルーされてしまった。そのような疑惑の人物が経団連会長であることも不愉快だし、オレはこの男が擬装請負の問題に関しても「ルールが間違ってる」と言い放ったその傲慢さも許せないのだが、なぜ報道が終息したかの理由を考えたとき、12月14日の毎日新聞に掲載されたキヤノンの全面広告以降報道が止んだことと考え合わせると自ずと答えが見えてくる。毎日新聞はゼニで黙らされたのではないだろうかと。

 もちろんそれはオレの憶測にすぎないし、こんなつまらないことで名誉毀損で訴えられたくないので「もしもそうなら不愉快だな」という程度の表現にとどめておくが、報道というものが常に権力者や大企業に迎合するのならそれは戦時中の翼賛報道と基本的には異ならないわけで、そんな糞マスコミにいったいどんな存在意義があるのかとオレは言いたくなるのだ。もはや真実を伝えるメディアはネット上の個人ブログや日記しか存在しないのかと。もちろんオレに対しても今後なんらかの圧力がかかってくる可能性はあるだろうし、実際間接的にそうした力を行使しようとした組織があったことも事実である。オレに書かれることで都合が悪いからオレを排除したいという動きは確実に存在するのである。たかが一日のアクセスが5000程度の弱小ブログであるオレが書くことでさえも押しつぶしたいというのが権力を握り国民を支配する階層の意志であるとすれば実に恐ろしいことである。

 福岡の飲酒運転の公務員が追突して3人の幼子を殺したあの事件に対して「危険運転致死傷罪」が適用されない可能性があるという。あの事件の加害者は事故の後で大量の水を飲んでアルコール濃度を薄める工作を行い、そのために「正常に運転できないほどの泥酔状態ではなかった」という主張がされているそうである。なぜこの男に重い罰を与えることができないのか。オレにはもっと何か別の力が働いてるような気がしてならない。それがどのような力であるのか、オレはここで明確に断定することはできないし、最終的にどのような判決が下るのかは裁判の結果を待つしかない。裁判官が正義を貫くのかそれともただのヘタレなのか、いずれそれが明らかになってからオレはこの日記で触れることになるだろう。

 オレはこの日記でくだらない万引き犯や痴漢を取り上げて話題にする。そのような記事を書きながらオレは思うのだが、本来オレが叩かないといけないのはこんなヘタレどもではなくて、もっと大きな悪なんだと。政治家や企業の巨悪を叩いてこそオレの日記の存在意義があるのではないかとオレは思うのだ。5年以上連続して毎日更新し続けることで少なくとも約5000の人が毎日オレの日記を読んでくださっているわけで、それはたった5000人かも知れないが、オレの訴える正義を理解してくれる(中にはオレの書く内容に対して反感を抱く方も多いだろうが)人が少なくともそれだけいるということは、まだまだ日本も捨てたものじゃないとオレは思いたいのである。

一教師としてオレが実際の仕事の上で影響を与えることができる対象となる生徒たちはほんのわずかである。彼らに対して正義を訴え、よりよく生きることをオレが説いたとしても、そうして伝えることができる相手はたかだか二百人程度である。オレのことをただの口うるさいオッサンとしか思っていない生徒もいるわけで、少しでも入学試験の偏差値の高い大学に入ることしか考えてない多くの生徒にとっては、正義なんてどうでもいいことなのかも知れない。オレの訴えはもしかしたら空しいのかも知れないが、だからといってオレはその訴えをやめるわけにはいかないのだ。

 報道とは何か。正義を伝えるとはどういうことか。弱者の権利を守るとはどういうことなのか。オレは日記の中で生活保護の不正受給を叩く。すると必ず「あなたは弱者を切り捨てればいいと思ってるのか」と反論される。しかし、ルールを逆手にとって不正に給付をだまし取る糞野郎どもが果たして弱者と呼べるのか。弱者というのはそうした救済の手をさしのべてもらうこともなく、ワーキングプアという状況にあえぐ派遣労働者や非正規雇用の労働者たちなのだ。彼らの権利を守るための法改正や正規雇用の拡大という動きに対して、キヤノンの御手洗会長は傲慢にもそれらを踏みつぶし、消費税20%を目指して更なる政治献金を自民党に対して行っている。その政治献金も、外資の株保有が過半数を超える企業はできないという縛りがあったためにキヤノンは行えなかったわけだが、そのルールを変えさせたのも他でもない御手洗会長なのだ。

 オレという一人の日記書きを抹殺することなど、権力者にとっては実に簡単なことなのだろう。もしもオレが毎日更新されるこの日記を続けることが突如できなくなり、この日記が更新されなくなってそのまま忘れられるとすれば、それは何らかのアクションがオレに対して起こされたことを意味するのである。そのような事態が絶対に起きないとは言えない。過去にもオレに対するさまざまな政治的圧力は存在した。たとえばオレは大阪府の乱脈財政や明らかな不正、税金の無駄遣いに対してこの日記で多くのことを書いてきた。もしも「こんな大阪府の悪口ばかり書く糞教師がいる学校には補助金を与えない」などという恣意的な政治的決定がなされるとしたらどうなるのか。オレは日記をやめるか教師という職業をやめるのかという二者択一を迫られるわけである。オレは家族を路頭に迷わすわけにはいかないのだ。いちおうオレの日記にはさまざまな広告が付いているが、少なくともそこから得られる収入はせいぜい帰りにちょっと買い食いができる程度であり、オレの生活を支えるのはとても無理である。

 もしもサイトから得られる収入だけでオレが食べていけるのならば、オレはたっぷりと時間を手に入れることができる。もっと自由な立場で取材し、企業や政治家の悪を暴露し、もっと内容のある日記を書くことが可能になるだろう。それは読者数が今の100倍くらいになれば可能かも知れないし、50万人が毎日読むというWEB日記がもしも存在すれば大手出版社の週刊誌以上の影響力を持つことは間違いない。それは日本の政治を動かす存在となるだろう。オレが正義をここで訴え続けた先に見つめているのはそんな未来なのだ。どうかオレの職業を「暴言コラムニスト」として自立させて欲しいのだ。そのために必要なのはやはり一人でも多くの読者が応援してくれることしかない。

 いつかオレがそこまでの読者を得ることができて、そうしてオレの訴える正義が同時に世間で多くの人が感じている正義そのものになるような時代がやってくれば、少なくとも世の中は今よりもかなりよくなってるはずだとオレは信じたいし、こうして日記を毎日更新し続けたことが無駄ではなかったと思えるだろう。だからこそオレは訴えるのだ。どうか一人でも多くの人がこの日記を読んでくださるように、友人や同僚、学校の先輩後輩、そしてネットで知り合った多くの人たちにここを勧めてくださいと。

 もしもあなたが正義を愛する一人の市民であるなら、どうかこの日記の読者数を増やすための協力をして欲しい。巨大匿名掲示板の2chにこのURLを貼り付けてたとえ祭の対象にされるのであっても、結果的に多くの読者が読んでくれたならば必ず心ある人は理解してくれるはずだとオレは信じたいのである。自分が巡回する掲示板にアドレスを貼り付けてくだされば、それを見た人が必ずこの日記にアクセスしてくださるだろう。その中にはここをブックマークしてこれからずっと読んでくださる方がいるはずである。オレの日記を読んでくださる人は少なくとも世の中の不正に怒り、正義を愛する心ある人の一人であるとオレは信じている。

 もはや新聞やテレビといったマスコミに正義を期待できなくなった時代、真に正義を訴え真実を報道できるのは誰にも妨害されずに発信できるネット上の日記やブログしかないのだ。オレは自分がその役目を果たすために書き続けたい。オレの日記をこれまで読み続けて応援してくれたすべての方々に感謝を込めて、そしてこれからオレの読者となってくれるすべての人に限りない期待を込めて、オレの2007年最後の日記としたい。


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2007年12月30日(日) 2年間万引きだけで生活した男        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 ブログランキングが7位に落ちました。このランキングがひとつ下がると、ランキング経由のアクセス数が確実に1割以上減少します。常にランキング経由のアクセスが500以上あったのが、今は300台です。どうかご面倒ですがお読みになる前にブログランキングのクリックをお願いします。それが読者を増やすためにもっとも役立つ方法です。どうか応援をよろしくお願いします。m(_ _)m なお1月1日未明には、力作の日記を掲載予定です。911テロの真実について執筆中ですので、ご期待ください。なおこの日記の本サイトにあたる「教師EXAの秘密の部屋」がこのたび50万アクセスに到達しました。これもみなさまが訪問してくださったおかげです。この場を借りて深く御礼申し上げます。


 オレは「万引き」というコトバが嫌いである。なぜ「窃盗」や「こそ泥」と言わないのだろうか。「売春」を「援助交際」と言い換えることでなんだかその行為が軽く思われるように、万引きという呼称もまたオレはその行為の犯罪性を薄める効果を持つと思うのだ。できることならそんなコトバは使わずにすべて「窃盗」にして欲しい。法律上でも「窃盗罪」はあるが「万引罪」などないはずである。
 ここではとりあえず一般的呼称として広く用いられるこの「万引き」というコトバを使うことにするが、その万引きだけで2年間生活していた男が居たのである。産経新聞のWEBサイトから記事を引用しよう。

万引繰り返しホテル生活2年…お代は370万円2007.12.29 12:32
 さいたま地検熊谷支部が窃盗と窃盗未遂の罪で起訴した男が、逮捕されるまで書店などでCDやDVDの万引を繰り返し、中古店で換金して約2年間にわたりホテル暮らしを続けていたことが29日、埼玉県警熊谷署の調べで分かった。
 男は住所不定、無職、清水努被告(44)。調べに「働く気はなかった。1000万円分くらいは盗んだと思う」と供述しているという。ホテル側は、清水被告がスーツ姿で出入りしていたことなどから、特に不審に思わなかったらしい。
 熊谷署によると、清水被告は平成17年1月ごろから埼玉県北部で万引を繰り返し、今年10月25日、CD5枚を万引しようとして警備員に取り押さえられた。逮捕されるまで716日間にわたりJR熊谷駅前のビジネスホテルに泊まり、計約370万円を支払ったという。


 オレが不思議に思ったことは、この男がずっと熊谷駅前のビジネスホテルを常宿にしていたということである。なぜ同じ場所で犯行を続けたのかと言うことだ。楽天トラベルで熊谷駅周辺のホテルを検索してみたところ、かなりの数がヒットしたので、泊まるホテルを転々と変えれば「よくやってくる出張のサラリーマン」としか思われなかったのかも知れない。ホテル側では「スーツ姿で出入りしていた」とある。ホテルが7軒あれば、それぞれを月に4、5日の利用で転々とすれば怪しまれないだろう。しかし、その気があるなら日本中を国内旅行しながら盗み回った方がバレないような気もするのである。なぜこの男はずっと同じ地域で犯行を重ねたのだろうか。

 盗まれている店の方は、この男が怪しいと言うことを2年間気づかなかったのだろうか。1000万円分の万引き被害が発生してるわけだから店の方も気づかないわけがない。もっとも盗む店を分散させて一軒あたりの被害額が少なかったら、バレにくいと言うことなのかも知れないのだが。

 ホテルにスーツ姿で出入りしていたということは、犯行時もスーツ姿だったという可能性も高い。それもまた犯行をバレにくくした一つの擬装工作だったのかも知れない。もっともオレがそういうことを書いたことが理由でスーツ姿の万引き犯が増えてもまた困るのだが。オレが想像する万引き犯というのはカジュアルな服装か、いかにも「ユルい」服装の連中だからだ。

 それにしても換金時には身分証の提示が必要なはずである。男が売りに来たアイドルのDVD写真集などの品物が、盗まれて被害届の出ている商品のリストと一致していればすぐにバレるだろう。この男が盗んだ物品を売りさばくのにヤフオクなどを利用せずに単純に店で換金したというのがオレは不思議でならないのだ。特定の人間がそんなに多くの品物を持ってくるというのはあまりにも怪しい。もしかしたら換金する店の側にとって、その男が盗んでくれる品物というのは人気があってすぐに売れるものであり、出所が怪しくても買い取って利益にしたかった品物ではないのかという疑問をオレは感じるのである。

 犯行が長期間にわたっていることと金額の大きさから考えて、この男の単独犯行ではなくて、盗まれる側、換金する側にも協力者が居たような気がしてならないのだ。たとえば大きな書店の場合、特定の社員やバイトとつるんで見逃してもらうという方法をとればかなり成功率は上がるだろう。そうして後で成果を山分けするのである。その場合できるだけ大きな書店の方がバレにくいだろう。単なる万引きではなくて、協力者がその街にいたからずっと同じところで犯行を重ねたのではないかとオレは憶測してしまうのだ。

 この男は「働く気はなかった」と語ってるようだが、2年間の間盗みやすい店をしっかりと研究して見つからずに犯行を重ね続けたその粘り強さを思えば、それはある意味しっかりとした「労働」であったと言えないこともない。金額と期間を考えれば実刑判決を受ける可能性が高いと思うが、できればこういう男は書店やCD/DVD販売の店に就職して、万引きを検挙する側のプロとして自分が磨いた技を生かして欲しい。これまで悪事に生かされてきたその才能を今度は善の方に是非とも生かしてもらいたいとオレは思うのである。それこそがこの男が身につけている唯一の技能だと思うからだ。

 12月30日の写真日記に書きましたが、かっぱえびせんの期間限定マヨネーズ味が最高においしいです。マヨラーのあなたは迷わず買いましょう!通販のリンクも貼っていますのでご利用ください。


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2007年12月29日(土) こらアマゾン、びっくりするじゃないか!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 オレはこの日記の下部にアマゾンのバナーをはりつけている。また、日記で話題にしたことに関係する本はアマゾンのリンクの形で紹介している。読者の方々がそのバナーやリンクを通じて本を注文してくだされば、オレにはその紹介手数料という形で報酬が入るのである。それは本当にささやかな金額なのだが、たとえばオレのWEBサイトにある「100万回生きたねこ・試論」という絵本に関する評論の所に貼ってあるリンクを通じてその絵本が売れることもあり、自分がそうして紹介している本が売れるということは自分の書いたテキストに対する正当な報酬だとオレは思って嬉しく受け取っているのである。これまでにオレは約30冊の「100万回生きたねこ」を売ってきたのだ。時にオレがここで本や映画を紹介するのは、もちろんオレがその本や映画に感動したからということもあるが、それが売れるととても嬉しいということも理由の一つなのである。

 オレには「何がどれだけ売れたか」はわかるが、誰が買ったのかはわからない。オレはそうして買い物してくださる方に深く感謝するばかりである。わざわざオレの日記経由で買ってくださることに深く敬意を払い、読者の方が読んで少しでも楽しんでくれるような日記を書きたいと精進しているのである。

 ところが、そのアマゾンから一昨日送られてきたメールを読んで私はびっくりしたのだ。それはこのような文面のメールだった。

 Amazon アソシエイト・プログラムを 10月ご利用いただきありがとうございます。
このたび2007年10月の紹介料のお支払い手続きを開始いたしました。あなたのアソシエイトアカウントはすでにクローズされておりますので、今回が最後のお支払いとなります。


 な、あんだこれは。あなたのアソシエイトアカウントはすでにクローズ・・・それはいったいどういうことなんだ。クローズってもしかしてアカウント停止か。オレが何か規約違反をしたのか。それでアカウントを剥奪するのか。なんということだ。そんな警告があったのか。オレは過去数ヶ月のメールを読み返してアマゾンからの連絡を探した。そんな重大なことをいきなり通告するわけがない。そんな勝手な企業はグーグルだけでたくさんだ。(実はオレは以前にグーグルアボセンスといういやがらせに遭ってグーグルのアカウントを剥奪されている)それと同じようなことがアマゾンでも起きたのだろうかとオレは思ったのである。

 それにしても納得がいかない。オレはアマゾンのアフィリエイト管理画面にアクセスして(もしもアカウント剥奪なら、そもそもそうしてアクセスできること自体がおかしいのだが)すぐに問い合わせのメールを送ったのである。イライラしながらオレはその返信を待ったのだ。もしも納得できないような理由ならば、そのときはアマゾン相手に裁判を起こして一戦交えてやるぞとオレは思っていた。きっと応援してくれる仲間も現れるだろう。こんな理不尽な目に遭ってるのは自分だけではないはずだと。
 翌日、ちゃんと返信は届いた。そこにはこのように記されていた。

アソシエイト・プログラムにお問い合わせいただき、ありがとうございます。
お問い合わせいただいた件につき、確認をいたしましたところ、このたび当プログラムよりお送りした2007年10月紹介料についてのマンスリーレポートの内容に以下の誤りがございました。
1.Amazon.co.jp アソシエイト・プログラムにご登録いただいておりますアカウントはクローズいたしておりません。
2.紹介料のお支払いは、最後ではなく、以後規約に則りお支払いは続きます。
本件につきましては、今回対象となる皆様に、別途お詫びのメールをお送りする予定です。内容が重複することをあらかじめお詫び申し上げます。


 届いたメールを読んでおれはとりあえずほっとした。オレのWEBサイトにはマウス専門店マウスヲタク恋人にはマウスを贈ろうといったアマゾンのシステムを利用したコンテンツがある。それらを作るのにかかった膨大な時間と手間を思えば、それを一方的に廃止されるのは大変悲しいことだ。とりあえずそれらのコンテンツを存続できることがわかってオレはほっとしたのである。

 さて、問題はこのトラブルがなぜ発生したかということだ。オレはその説明をして欲しいのである。そして、オレが不安に過ごした24時間あまりの時間に対して精神的な補償を求めたいのである。もしもオレが早とちりしてコンテンツを削除してしまったら二度と元通りにはできなかったのである。オレは幸い24時間待つことができたが、中には一通目のメールであっさりとアマゾンのバナーや商品リンクをすべて削除してしまった人もいるかも知れない。そうした人々に対してアマゾンはどのようにお詫びするのか。

 オレは定型文の一片のメールでお詫びになるとは思っていない。今回のメールの誤送信が起きたすべてのアカウント保持者に対して、一律にたとえば5万円分のアマゾンギフト券を送るとかの実質的なお詫びが欲しいのである。少なくともお詫びメール一通で済ませて欲しくはないのである。このようなトラブルが今後起きたときにどのように誠実に対応するのか、これはアマゾンという企業の姿勢が試されているのだ。アフィリエイトシステムで商品を売ろうと思ったら、オレのように商品宣伝力のある有力なアフィリエイターを集める必要がある。楽天市場などのライバルに客を奪われないようにするためにもオレのような会員を大切にすることが必要なのだ。同じ商品がアマゾンと楽天の両方にある場合、オレは基本的にアマゾンの商品を勧めるようにしている。(極端に楽天の方が安い場合は別だが)そうしたオレの貢献をぜひともアマゾンは理解して欲しいのである。




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2007年12月28日(金) 「さすべえ」は果たして危険なのか?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 昨日の日記で紹介したアウトレットと中古パソコンの「イオシス」の激安中古パソコンですが、もうそろそろ売り切れになりそうです。あと12台になっていました。ここで書いた以外にも他にもお買い得な商品は多いので、年内はキャンペーン中ですのでどうぞアクセスしてごらんになってみてください。3万円程度ならサブのマシンとしてかなり価値があると思いますし、古いパソコンを使い続けてる方の中にはこれよりも性能で劣るマシンで苦しんでいる方も多いと思います。ぜひ一度ごらんになってください。遠くの方は日本橋のお店にはなかなか足は運べませんけどね。




 雨の日に自転車に乗ったままで傘をさせる、つまり傘を手に持たずに自転車の側に固定する「さすべえ」という商品がある。関西ではかなり人気があって愛用している人も多い。もちろん我が家で妻が使ってる自転車にもこれがついている。


写真をクリックすると説明が出ます。



 この「さすべえ」が、どうやら道路交通法改正でルール違反にされるらしい。オレはそのニュースを聞いて大変驚いている。以下はアサヒコムに報道された記事である。

携帯電話・傘立てダメ 自転車教則、30年ぶり改正へ 2007年12月27日19時24分
 警察庁は27日、自転車の正しい乗り方について教則を本格改正する方針を固めた。改正は来春ごろの予定で、自転車に関する教則の本格改正は78年以来の30年ぶりとなる。自転車が絡む事故は増える傾向にあり、悪質運転対策に取り組む同庁は、携帯電話の使用など最近の通行実態を反映させた禁止・注意事項を新たに加え、運転マナーの向上を図る考えだ。
 改正されるのは、自動車や自転車、歩行者が安全に通行するための禁止・注意事項などを定めた「交通の方法に関する教則」。教則は、教育現場などで自転車の安全な乗り方を紹介する教本のもとになっている。6月に成立した改正道路交通法で自転車関連の規定が変更されたため、有識者による懇談会で検討を進めていた。
 改正では、自転車は車道の通行が原則としたうえで、歩道を通行できる場合を具体的に示したり、車道と歩道の頻繁な乗り入れは危険だと明示したりする。携帯電話を通話・操作したり、音楽を聴いたりしながらの運転やむやみにベルを鳴らすこと、幼児2人を前かごと荷台の幼児座席に乗せての「3人乗り」などについては禁止・注意行為と定める。
 また子どものヘルメット着用や雨天時の雨がっぱ着用を求め、「運転が不安定になり、視野が妨げられる」として傘立てなどで傘を固定して運転することは危険と明記する。「3人乗り」は「2万円以下の罰金または科料」の対象で、その他は主に警告となるという。  警察庁によると、自転車絡みの事故は06年で17万4000件。対歩行者の事故は2767件で、10年前の4.8倍に上る。交通違反をしたとして摘発された自転車利用者は今年1〜9月で599人で、4年前の約5倍に増加。中高生の運転マナーの悪さが目立つという。
 同庁は今回の改正を踏まえ、教育現場や自転車販売店などで自転車の運転ルールを広めていく方針だ。


 どうやらいきなり罰金を取られるということではなくて、「警告」ということなのだが、それでもこの「さすべえ」という商品自体が認められないルール改正であることは間違いない。オレはこの決定に対して非常に不満である。

雨の日に自転車に乗るときに傘をさしながら乗れば、そのためには片手が常に傘でふさがってるわけで片手運転を余儀なくされる。その状態でたとえば急に目の前に子どもが飛び出したりしたとき、急ブレーキを掛けるのが一瞬遅れたりして危険かも知れない。また常に片手運転するということはただでさえ不安定な自転車の走行をさらに不安定にする。運転がへたくそな人には片手運転自体が危険である。そういうわけで、このさすべえという「傘をさしてるのにちゃんと両手運転できる」道具というのは、安全運転補助具であり、決して危険なものではないとオレは認識しているのだ。傘をさしながらの運転が危険だから取り締まるというのならよくわかる。傘は先がとがっていて時には凶器にもなる。傘で目を突き刺されると死亡することもあるだろう。そういうことを考えれば、手に持って乗るよりは自転車の側に固定されてる方が危険は少ない。そんなことは当然だろう。

 音楽を聴きながらの運転が危険なのは、周囲の音が聞こえなくなるからである。音楽を聴いていて、電車が近づいたことがわからずにそのまま踏切に進入してはねられるような馬鹿は基本的に自己責任だとオレは思うし、そういう行為をいちいち禁止するまでもなくそのリスクは本人が負うわけである。携帯電話をかけながらの運転も良く見かける。最近は自転車に乗ったままでメールを打つ女子高生とかもいる。オレは「なんて高度な技なんだ」と驚くわけだが、考えたら自分も歩きながらメールしてることもあるわけで、あまり難しいことではないのかも知れない。問題は移動速度だけである。自転車のような速度で移動してる場合、メールを打っていて周囲の状況に対する注意が散漫になると危険な場合もあるだろう。

 子どもにヘルメットをかぶせるのは安全の意味では好ましい、そもそもそうやって自己防衛しないといけないという状況がオレは嘆かわしいのである。まあ子どもを自転車に乗せたままでお母さんが転んだ場合、子どもが頭部に怪我をする可能性がかなり高そうなのでそれも仕方がないわけだが。オレも何度か息子を自転車の後ろに乗せたことがあるが、一番怖かったのは息子がうとうとして寝そうになったときだった。そんなところで居眠りされると危なすぎるぜ。子どもは眠気を我慢できないので、そういうときはあきらめてどこかで休むしかない。

 このような規制の背景にあるのはやはり自転車に乗る人のマナーの低下だろう。歩行者の多いところに平気で乗り入れてぶつかっても平気であったり、ひき逃げなどの事故を起こしたり、飲酒運転したり、信号を守らなかったりというマナーの悪い自転車乗りが増えて、そいつらが迷惑を掛けるから警察も規制しないといけないと思うのである。かつてサイクリング部に所属していて、自動車や歩行者に迷惑を掛けないようにと集団走行を心がけたオレはこのような風潮を嘆かわしく思うのだが、社会全体のマナーが低下してる今はこれも仕方のないことかと思うのであった。

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2007年12月27日(木) 新しいパソコンなんかいらない!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 今日、オレは妻に頼まれてインクジェット用のハガキを買いにコジマに立ち寄った。平日と言うことで売り場は閑散としていたが、そこに並んでるノートパソコンはほとんどが15万〜25万くらいするもので、10万円以下のものはACERのものが一台あっただけだった。並んでるのはたいていが富士通やNECやSONYのもので、もちろんそれらは安くはない。購入と同時にプロバイダと契約したら3万円値引きなどというサービスもあるが、基本的にプリンタやデジカメまで買わせて20万円近くぼったくろうとう姿勢は変わらない。しかし、そんなにゼニを使う必要があるのだろうか。そして、そういう店頭に並べられたメーカー品のパソコンが、使う可能性もほとんどないアプリケーションをこれでもかこれでもかと詰め込まれている上に、常駐ソフトが多すぎて本来の性能をろくに発揮できない欠陥商品ばかりであるという事実に気が付いているのか。

 オレの言ってることを信じられない人は今試しにキーボードの上にあるCtrlとAltとDelの3つのキーを同時に押してタスクマネージャーを起動し、その画面の中のパフォーマンスというところをクリックしてみればいい。PF使用量というのがわかると思うが、ただネットでこの日記を開いているだけでその使用量が700MBだったりCPU使用率が50%だったりするとすれば、あなたのパソコンはいつもよけいな仕事をさせられている状態にある。これはクルマのトランクにいつも荷物を満載してよけいな負荷を掛けて走ってるのと同じことであり、できるだけそうした負荷は軽くした方がいい。ところがコジマやヤマダ電機の店頭に並ぶメーカー品はたいていそんな欠陥商品なのだ。(ちなみにOSがXPでもうまく常駐ソフトをはずせばこれを200MBくらいにまで軽くできる。ビスタはいじったことがないのでわからない)

 たとえばNECには企業向け端末として使われることの多いバーサプロというシリーズの廉価版ノートパソコンがあって価格も安いのだが、大手家電店ではそういうのはまず置かない。そんなものを売ってもあまり儲からないからである。(いちおうNECの通販サイトでは買えるのだが)もっともそういうよけいなもののないパソコン、OS以外何も搭載されていないようなパソコンを買うとすれば、オレは中古品を勧める。3万も出せばかなり快適に動くマシンが手にはいるからである。
 
 日本橋にもある中古パソコンショップ「イオシス」(←クリックするとお店の説明になります)の通販サイトを見ると、

CPU:Pentium4-1.9GHz メモリ:512MB HDD:20GB ドライブ:CD-ROM モニタ:14.1"TFT(1024*768) 外部端子:USB(2.0)*4 LAN:100BASE OS:Windows2000_Pro

というスペックのノートパソコンが3万円を切っている。普通にインターネットする分には全く問題ない。購入した友人の話では起動するまで1分もかからず速くて驚いたということだった。とにかくPEN4の1.9Gに512MBのメモリでありながらOSがWIN2000ならものすごく軽いことは間違いない。難点をあげるとするなら、無骨なおっさんくさいデザインで、いかにも企業で端末に使われたリース品上がりという感じであるとうだけだ。とにかく安いマシンが欲しいという人ならそんなこと気にしないだろう。

 ここにあげたのは一例だが、上記イオシス以外にも、デジタルドラゴンなども安価なパソコンの品揃えが豊富である。オレは次男(今小学5年生)が使うパソコン(液晶一体型)を一年前にデジタルドラゴンでわずか2万円ほどで買ったが、次男はそれでYOUTUBEの動画などを楽しんだり学習ソフトを使って勉強したりしているのだ。そんな安いパソコンでもネットを見るには何の問題もないのである。そのパソコンはPEN3の800にメモリ128MBしかない。もっとも入ってるOSはWINDOWS/2000なのでそれで十分にYOUTUBEの動画が鑑賞できるのである。インターネットするには何の不足もないのだ。

 ビスタなんてクソ重いOSのために高価なCPUを搭載し、大量のメモリを必要とする新しいマシンを買わされるくらいなら、安い中古品を買って差額を他の娯楽に回した方がいい。オレは常々そう思っているのである。

 中古パソコンと言えば昔はソフマップが結構品揃えが豊富だった。それでオレも日本橋に立ち寄った時にいちおう覗いてみるのだが、はっきり言って高すぎる。新品のアウトレット品がかなり安く買える今、中古品というのはそれこそとびっきりの安さになっていないと意味がない。ところがソフマップの中古は新品と比べてほんの少し安いだけなのである。見ていて「高い!」と思うものばかりなのだ。昔のパソコンが高価だった頃は中古販売で割安な高級品を買うことにも意味があったが、今は激安品でも用途さえ限定すれば十分に使えるのである。

 動画を編集したり、ものすごく高性能なデジカメのデータを加工したりという作業をパソコン上でしている人はいったいどれだけいるのだろうか。もしもそういうことに使うならパソコンは最新のスペックであった方がいい。しかし、ネットを見てブログを書いてメールのやりとりをして筆まめで年賀状を作成するくらいなら、中古品のパソコンで十分である。上に書いた3万円のパソコンで十分なのである。

 それともうひとつ大事なことは「インターネットに接続可能なマシンを複数持つ」ということである。故障というのは突然やってくる。年賀状を作成しているその瞬間に突如原因不明の故障でパソコンがフリーズするかも知れないのである。そんなときにスペアのマシンがあるかどうかは大変重要なことである。高級品が一台しかないことよりも、そこそこの性能のものが二台あって、両方とも使ってるという状態の方が万一のトラブルに対応できるのだ。そういう保険を掛けるような意味でのセカンドマシンとして、こういう中古パソコンはやはりお勧めだろう。読者の方のパソコンの故障でオレのこの日記を読んでもらえないという不幸な事態を防ぐためにも、オレは二台目、三台目、子供用のパソコンを用意することをお勧めする。今回紹介した店のWEBサイトに行けば、値段の安さに驚くはずである。安いのはパソコンだけではなくて、周辺機器などもとにかく激安なんだが。

↓文中に紹介したお店を2軒と、それでも新品を買いたい人のためにドスパラのバナーを貼っておきます。




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2007年12月26日(水) リニア中央新幹線は必要なし!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 JR東海が全額自己負担でなんとリニア中央新幹線を事業化するという。オレはそのニュースを知ってぶったまげたわけである。なんてことを企画するんだ。5兆円も掛けていったいどうするんだ。

JR東海:東京−名古屋にリニア 5兆円自己負担で事業化
 JR東海は25日、東京−名古屋間(約290キロ)で2025年の開業を目指すリニア中央新幹線の建設費、車両費総額が約5兆円になると試算し、全額自己負担で事業化する方針を発表した。公的資金の投入を待たずに建設することが早期開業につながると判断した。輸送能力増強がほぼ限界に達している東海道新幹線のバイパス機能を担うとともに、最速40分で東名間を結ぶことで航空機との競争力を大幅に強化したい考えだ。
 JR東海は今年4月、リニア新幹線を「自らのイニシアチブ(主導権)のもとに実現する」と発表。ただ、東京−大阪間の全区間の建設費が総額約10兆円にのぼることから、JR東海、国、地方自治体のそれぞれの負担額がどの程度になるのかが焦点になっていた。
 JR東海によると、東京−名古屋間の用地取得費を含めた建設費について、地元負担が前提の区間途中の駅の建設費などを除き5兆1000億円と試算。さらに▽建設に伴う長期債務は、最大となる25年段階で4兆9000億円にとどまり、過去最高(91年)の5兆4000億円を下回る▽航空旅客の取り込みで利用者が開業前の10%増となり、債務削減のペースが加速する−−ことなどから、経営に影響を与えずに、全額自己負担での建設が可能と説明した。
 会見した松本正之社長は「現状の整備新幹線計画では、リニア中央新幹線は最後に位置づけられており、他線の進ちょく状況を見ると着工のメドが立たない」と指摘。東海道新幹線のバイパス建設の必要性から、自己負担での建設を決断したことを明らかにした。名古屋−大阪間の建設費についても自己負担することを検討しているという。
 JR東海は、新幹線整備の手順を定めた「全国新幹線鉄道整備法」に基づく輸送力、建設費などの調査開始の指示を、できるだけ早く国土交通省から受けたい考え。ただ、国交省内には、先に計画された整備新幹線を抱える地域への配慮や全額民間負担というこれまでにない建設方式への慎重論もある。【山田一晶】


 オレはこのような計画を聞くといつも「費用対効果」ということを考える。5兆円というゼニを使って、いったいどんな効果があるのか。それをどうやって回収するのかと言うことである。今東海道新幹線は年間で2300億円の経常利益があるという。売上高に対する利益率もきわめて高いのである。それはすでに建設にかかったゼニが回収されているからなんだが、それだけ利益があるからこのリニア新幹線の建設費の負担にも十分に耐えられるとJR東海の松本社長は主張するわけだ。ただ、オレが気になるのはあの30兆円以上の旧国鉄債務はいったいどうなったのかという疑問である。巨額の累積赤字を抱えて倒産・分割されたときにそのまま棚上げされた旧国鉄債務は今も金利分が膨張しているはずである。今のJR各社はその債務とは全く無関係なのか。もしもJRの各社が膨大な利益を上げることが可能だったら、その利益は旧国鉄の累積債務の返済のために使われるべきではないのか。もちろん民間会社となったJRに、国の借金である旧国鉄債務を背負わせるべきではないのかも知れない。しかし、利益は民間会社へ、債務は国民負担へというのがどうもオレには納得できないのである。

また、このリニア新幹線を営業的に成功させるためには、今の新幹線の乗客を大幅にこちらに誘導しないといけないわけである。そんなことが果たして可能なのだろうか。料金はいったいいくらにするのか。今、東京名古屋間は正規運賃で10980円である。これがリニアになれば2万円くらいになるだろう。往復で4万である。それだけ払うならのぞみで十分だと思う人も多いだろう。一応ここから後は料金が2万円であると想定して話を進めていきたい。

 今のぞみで東京名古屋間は1時間52分である。それが40分になれば1時間12分の短縮だ。しかし、料金が約9000円余分にかかるのである。つまり、約1時間のために9000円も余分に支払うことになるわけで、たった1時間を9000円払って買うようなものである。時給が9000円ももらえるのは風俗嬢のような特殊なお仕事くらいで、普通の人は「そんなにかかるのなら遅くてもいいよ」と思うだろう。つまり、料金を高く設定すれば客は集まらないのである。最初は物珍しさで乗る人も出るだろうが、すぐに飽きられてしまう。そして建設費を回収できないままJR東海は巨額の借金を抱えるのだ。

 だったらリニア新幹線の料金を値下げしてのぞみと同じくらにすればどうか。そうすると今度はのぞみの乗客が一気にリニアに移るだろう。もちろんリニアの方は輸送能力や輸送密度の点でのぞみには劣ると思われるので、移る割合には限界があるが、それでものぞみなんてばかばかしくて乗れなくなってしまう。そうなるとこれまで大きな収益を上げてきたのぞみが一転して赤字路線になってしまうのである。これまでドル箱だったものが今度はお荷物になってしまう。オレが気になるのは実はここなんだ。

 地方に新幹線ができることで便利になる一方で、これまで十分に地方の足として機能していた在来線は第三セクターにされたりして価値を失う。しかし、価値を失わせるほどそれらは意味がないのか。新幹線が停まる駅と停まらない駅の格差がますます開くことが果たしてその地域にとってよいことなのか。

 移動時間が短縮されたことで、出張するサラリーマンにゆとりが生まれるのか?答えは否である。その分仕事を多くさせられるだけだ。移動中もノートパソコンを開いて熱心に仕事をしているサラリーマンが多くいる一方、その2時間を睡眠時間にあてて休養している者も多い。その睡眠時間によってかろうじて過労死から救われている者もいるわけである。もしも睡眠時間がそこで1時間削られるならどれほどストレスは増加するだろうか。オレはそんなことまで心配するのである。

 ここでもしもオレがJR東海の株主ならどうか。その遠大な計画を支持するだろうか。答えはやはり否である。そんなことに使える剰余金があるなら全額配当に回してくれ。そうしたら株価もどんどん上昇するからキャピタルゲインも狙える。絶対にやめてくれと言うだろう。株主総会でその件に関して投票を行えばおそらく大多数の株主は反対に回るだろう。そしてそんな暴挙を提案した松本社長を解任するだろう。そんなこと当たり前である。20年先の完成よりも今のゼニである。そんなことに大切なゼニを使うよりも、今配当金として株主にじゃんじゃん分配して欲しいというのが株主たちの本音に決まっている。JR東海の株価は12月25日時点で113万円だが、配当はたったの7500円、配当利回りは0.66%しかないのだ。発行株数はわずか224万株なので、当期利益の1300億円をすべて配当に回すとすれば6万円も配当を出せる計算になる。それはまあ極端だが、少なくとも今のJR東海の利益配分はきわめて株主を軽視しているのである。もしも外資が大株主になればこんなひどい経営陣はみんなクビにされるだろう。利益を全額配当にというのは極端だが、もしも配当が6万円も付くのなら株価は300万円近くまで上昇してもおかしくないわけで、そうなれば今の株価の3倍近いのである。

 JR東海の株主は断固としてこの暴挙に反対すべきだ。そもそも将来の日本は人口がどんどん減っていくわけで、道路にしても鉄道にしても空港にしても、これ以上のインフラ整備を進めようとしている連中の頭の中にあるイナカモンドリームをオレは断じて認めたくはないのである。

やはりオレの想像通り、株式市場はこの報道に冷ややかに対処した。
JR東海が新安値――リニア構想に市場は否定的
 JR東海<9022.T>が3日ぶりに反落。一時12万円安の101万円まで売られ、11月16日の年初来安値110万円を更新した。同社は25日、総投資額5兆1000億円(車両費含む)で超伝導リニアを利用した「中央新幹線(東京―名古屋)」の建設を取締役会で正式決定した。
 しかし、07年4月に松本正之社長が初めて自社主導でのリニア新幹線構想を打ち出した時から市場は否定的で、今08年3月期の好業績推移にもかかわらず株価はほぼ一貫して売られてきた。きょう26日も投資家のリニア新幹線に対する拒否反応を改めて示した形で、終日売り優勢の展開となった。
 市場の拒否反応の理由として、少子化で長期的に東京―大阪間の旅客増がほとんど望めない中、やはり5兆円もの負担は大き過ぎることが挙げられる。東京―名古屋間の路線ではより期待薄で、「のぞみよりは便利だが、旅客純増にはならない」(岡三証券 投資情報部・宮本好久氏)という。特に根幹をなす旅客増の前提が甘く、「計画全体があまりにも非現実的」(同)とされ、夢のリニア新幹線構想は前途多難と言えそうだ。[ 株式新聞ニュース/KABDAS−EXPRESS ] 提供:(株)株式新聞社 (2007-12-26 15:56) 。



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2007年12月25日(火) 人気ブログの書き方教えます!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 オレの読者と称する方から変なメールが届いた。

 江草先生こんにちは。いつも日記を楽しみにしています。ぶしつけな質問で恐縮なんですが、私もブログを書きたいと思っています。どうすれば江草先生のような人気ブロガーになれるのでしょうか。今は何を書いたらよいのかもわからない状態です。よろしくご指導をお願いします。

 同様の質問はこれからも舞い込むことが予想されるので、せっかくだからオレはこの読者に公開の形で返信することにした。まずメールの中の前提が間違っている。オレは断じて人気ブロガーなどではない。人気ブロガーというのはいわゆるアルファブロガーと呼ばれる一日1万アクセス以上を誇る書き手たちであり、真鍋かをりや中川翔子(しょこたん)のことを言うのである。だから質問メールはおれではなくてそういう方にこそ送るべきなのである。もっとも返信をもらえるかどうかはわからないが。オレはただに暴言コラムニストである。日記もたかだか数千のアクセスがあるにすぎない。この程度のブロガーというか日記書きはおそらく日本中に何万人もいるだろう。

 それよりももっと驚くのは、このメールの主の「今は何を書いたらよいかもわからない」という部分である。オレはかなりあきれている。書く内容もないのに人気ブロガーになりたいという。ふざけるのもほどほどにしてもらいたい。その発言がどれほど矛盾したことであるか、あなたはわかっていて書いているのか。

 もしもある男性が「結婚したいけど女性に全く興味がないんです!」と語ったらあなたはそれを聞いてどう思うだろうか。「将来はJリーグで活躍するプロサッカー選手になりたいのですが生まれてこのかたサッカーを一度もしたことがありません」なんてお馬鹿なことを言う人間がこの世に存在するだろうか。書くことがないのに人気ブロガーになりたいなんて思うことはそれと同じレベルの矛盾である。それがわかってこの方はオレにメールを送ってきたのだろうかと言うことだ。オレはこの場でこの方を罵倒しなくてはならない。「そんなアホなメールを送ってくるな!」と。しかし、このアホアホメールのおかげでおれは一本の日記を書けるのである。そういう意味ではこの方はオレに材料を提供してくれたということになるのかも知れない。

 なぜオレが毎日ここで暴言を綴っているのか。それは社会に対する怒りが根底にあるからだ。政治家の不正に対する怒り、悪徳企業の醜いやり方に対する怒り、犯罪者の人権が守られ、被害者の人権が無視されることへの怒り、そうしたもろもろへの怒りがオレの執筆の原動力だと言える。オレは常にこの場で何かを罵倒してるのである。もしも日本がもっとまっとうな社会ならオレは書くこともなかっただろう。

オレの場合はたまたま「怒り」が執筆の動機なんだが、じゃあ他の方は何を書けばいいのか。そもそも怒りなど感じずに穏やかに日常生活を来る幸せな方は何を書けばいいのか。そんな方はとりあえず自分の日常を書けばいい。朝起きて何を食べたか、昼食に何を食べたか、夕食に何を食べたか。三食きっちりと写真付きで毎日書いていくならそれはそれでひとつのブログになるだろう。ただ、そこに出てくる食事が毎日同じなら読者は飽きる。毎朝吉野家で同じのものを食べるとか、夕食は吉野家とココ壱番屋で交互に食べるとか、そんなワンパターンの食事なら読者は見向きもしなくなる。そこで見栄を張って毎日欠かさず吉兆に通って・・・なんてことをするとゼニがかかりすぎて破産する。

 自分にしか書けない自分のプライベートな日常を書く・・・これだけで十分にブログになるわけだが、ただの平凡なOLや会社員の日常にさして面白味があるわけではない。面白いのはやはり「昼はOLだが夜はSMクラブの女王様」とか「サラリーマンのように見えているが実は殺し屋」という非日常の含まれるものである。人は知らない世界のことだから面白く読めるのであり、風俗嬢の書いた日記とか政治家の秘書の日記とか、芸能人が本音で語る芸能界のウラ話とかに興味がわくからそれなりに読者が集まるのである。オレのような教師が学校生活のことをそのまま書いても全然面白くない。ところがとてつもない変態教師が次々と女生徒をその毒牙に掛けている「女子高生漁色日記」なんてものがもしもこの世に存在するならものすごい人気ブログになっているはずだ。その証拠に「15才美少女と塾講師の禁断の愛」という題名を見ただけで多くの人が「何だろう?」とそのページにアクセスするという事実があるのだから。

 自分が食べたものを淡々と記録していくブログは実在する。毎日の昼食を記録してるブログや、毎日息子に持たせている弁当を写真付きで記録しているブログは見たことがある。いうブログはすでに存在するわけだから、その中で目立とうと思えば特に変わったことをしなければならない。毎日吉兆に通うというのは「目立ったこと」の例としてオレはあげてみたのである。そこでオレは考える。毎日の食べたものを記録するブログは存在するわけだが、じゃあ毎日自分が出したものを記録するブログなんてものはあるだろうか。自分の排泄物の写真を延々と毎日撮り続ける日記である。「まる子のウ○コ日記」なんて題名の日記が仮に存在するとして、どれだけのアクセスがあるだろうか。

 いや、案外はこれは面白いかも知れない。人間というのはそういう汚いものであってもそれが美少女のものなら興味があるのだ。今昔物語の巻三十には、平貞文という色好みが本院侍従という女性に恋をして、そのおまるを盗み出すという話がある。愛する女性に思いが通じないので、そのウ○コを見ればきっと想いも醒めるだろうと思って手に入れたところ、香をたきこめてあってあまりにもいい香りがしていたのでますます好きになったというオチがついている。もしも顔写真付きで美少女が登場し、その美少女が毎日の排泄物の写真をUPするというブログが仮に存在するなら、それはかなりのアクセス数を稼ぎそうな気がするのである。ネットアイドルならぬ、ウ○コアイドルとしてデビューするというのもひとつの人気ブロガーへの道である。もっともその恥ずかしさに耐えられる女性が居るとは思えないのだ。女性にとって、排泄物を見られるということはある意味ヘアヌードを見られることよりも恥ずかしいことなのかも知れない。

 タクシードライバーがその日の変な乗客について記すブログ。警察官がその日遭遇したお馬鹿な事件について記すブログ。放火魔が自分が放火した火事について書くブログ(これはくまぇりだったかな)。ナンパ野郎がその日その日に抱いた女性について書く千人斬りブログ。空き巣の常習犯が自分の戦果を誇るブログ。へたくそなトレーダーが自分の負けを毎日綴るブログ。とにかくこの世にはブログのネタはいくらでも転がっているのである。その内容が公序良俗に反するものであっても、面白くて更新が頻繁であれば必ず読者は増えていく。誰も書かないような題材を発見し、気が付いたらあなたはもう人気ブロガーになっているだろう。テーマ選びと地道な更新、この二つが大切だということしかオレには言えない。それでもとりあえず人気ブロガーを目指したいというあなたにオレは言いたい。こんな日記を読んでる暇があれば今すぐ何か書いてみろ!


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2007年12月24日(月) こんな人間を野放しにしないでくれ!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 12月24日になったのにまだクリスマスプレゼントが決まらないあなた、恋人に贈るのに高価なマウスはいかがですか?というわけで、まだお悩みの方は「恋人にはマウスを贈ろう」「マウスヲタク」の両コーナーをぜひごらんになってください。プレゼントじゃなくて自分が使う激安ノートPCに興味がある方は12/23日分の大人の写真日記をごらんになってください。中古パソコンショップ「イオシス」の激安パソコンを見ると新品を買うのが馬鹿馬鹿しくなりますね。


 この世には存在そのものが危険という人間がいる。そういう人間は社会でどのように生きているのだろうか。少なくともちゃんと職業についている人間というのは周囲とうまく協調してやっていくことができる人間である可能性が高いので、存在そのものが危険な人間というのは無職になってしまうのだろうか。暴力団員にそういう「人間凶器」はいそうな気がするのだが、ヤクザであってもやはり他の構成員との協調は欠かせないのでやはり居場所はないのかも知れない。このような事件のニュースを知るとオレはいつも暗澹たる気持ちになる。このような人間の責任を問うことができない社会の仕組みに対してである。それにしても、存在そのものが危険なこのような人間を社会はどう扱えばよいのか。

食事中の小6女児、フォークで刺される 渋谷の百貨店2007年12月23日22時20分
 23日午後0時50分ごろ、東京都渋谷区の渋谷駅ビル内にある東急百貨店東横店9階のレストランで、母親と食事中だった埼玉県内の小学6年の女児(12)が、隣の席に座っていた男に突然、頭頂部をフォークで刺された。女児は病院に搬送され、約1週間のけが。男は店員に取り押さえられ、駆けつけた警視庁渋谷署員に傷害の疑いで現行犯逮捕された。
 同署によると、男は都内に住む40代の無職。調べに対し「食事後にぼーっとしていたら、危険な目に遭う夢を見た。気づいたら刺していた」などと供述しているという。犯行時、店内はクリスマスの買い物客らでにぎわっており、一時騒然とした。


 もしもオレが家族で食事していて、突然息子の頭をフォークで刺されたりしたらどう反応するだろうか。その加害者をぶん殴るのは当然だが、その程度では済まさないだろう。逆にオレが暴行傷害で起訴されるような事態になってしまうかも知れない。しかし、子どもの頭をフォークで刺すような野蛮な行為をするクソ野郎は、その場で群衆によってリンチされ、場合によっては死亡してもオレはかまわないと思っている。そんな危険な人間がこの世に存在すること自体がオレは耐えられないからだ。

 ラッシュアワーの駅のホームで、電車が接近するときも平気で立っていられるのはまさか自分を線路に突き飛ばすような基地害がいなと思うから平気なのであり、そんな危険があるのなら誰も怖くてホームに立てなくなる。オレがこのフォーク突き刺し野郎にたいして思うのはそういう恐怖である。この男がまたおかしくなって人を殺そうとしたらどうすればいいのか。こういう人間凶器を社会に野放しにしてることが正しいのか。こういう人間にも人権があって、それが保証されないといけないのか。オレにはどうも納得がいかないのである。

 この40代無職の男は、どうやって日々の生活を築いていたのか。親と同居でパラサイトしていたのか。あるいは生活保護を受けていたのか。前者なら親はその異常さにきっと気がついていたはずである。なぜそんなヤツを外に出したのか。いや、その危険なことに気がついているのなら、予防措置で入院させて隔離してしまうという方法があったはずである。このようなことを書くと「統合失調症」の方々を私が差別しているかのように受け取られかねないのだが、社会で刺激やストレスにさらされることで攻撃的行動に出る可能性があるなら加害者被害者のお互いにとって不幸なことである。もしも後者ならそれも納得がいかないわけで、どうしてそんな危険なヤツを税金で養うのかということになるのである。
 
 とりあえずそんな人間凶器であっても人間である以上「人権」なんて鎧に守られているわけで、一方的な暴力に遭う側の人権はないがしろにされているのに、なぜか犯罪者の人権が守られてしまう不思議な国がこの日本である。オレは断じそういうことがて許せないのである。


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2007年12月23日(日) おまえらのせいで消費税が上がるんじゃボケ!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 NHKの番組で年金や消費税に関する討論会をしていた。今の年金制度は破綻しているから制度を手直ししないといけないという。またこのままでは高齢者が増えすぎて現役世代だけでは支えきれなくなるから財源が必要だという。その財源に充てるために消費税の値上げが必要だという。60%くらいしか掛け金を払っていないので制度そのものを維持することが無理だという。だから消費税を財源にして、基礎年金部分をすべて税金から給付する仕組みにするべきだという。

 オレはこうしたやりとりを聞いていてものすごく腹が立ったのである。オレの感じる胸くその悪さは、その場に出ている連中が誰も「年金掛け金を払っていない人が大勢いる」問題に関してつっこまないことである。そもその将来の財源不足というのは、掛け金を払わない連中がこれから増えていくから起きるのじゃないのか。60%という納付率を100%にできるならかなり年金会計は改善するはずである。なぜ徴収率を上げるという方向の改革を推進しないのか。

 年金の破綻をふせぐために消費税を上げないといけないのなら、なぜ年金が破綻するのかということを考えて欲しい。年金掛け金を払わない連中のせいで年金が破綻するから消費税を上げないといけなくなるのである。だったら、掛け金をちゃんとみんなが払っていてこの仕組みがうまく機能していればそんな心配はかなり不要になるわけだ。「消費税を上げるな!」という国民大衆の怒りの矛先は政治家に向いているようだが、オレは「待てよ、おまえらが真に責めないといけない相手は自分たちの身内にいるだろう!」と言いたいのである。

 年金掛け金を払わないボケのせいで消費税が上げられてしまう!

 もっとこの状況をこそ宣伝すべきなのだ。国民が真に消費税が上がることをのぞまないのなら、年金掛け金納付率が100%に近づくように、払えるのに故意に払っていない非国民に対する風当たりが強くなるようにしないといけない。この国民年金の掛け金だが、学生である期間は申請によって納付義務を猶予されるわけだし、収入が極端に低い場合はきちっと届け出て納めなくてもよくなる。ということは、今払っていない人たちというのは基本的に「払えるけど払わない人」「払う気が全くない人」「そんなもん払えるかと思ってる人」「そんなの関係ねぇオッパッピーと思ってる人」などである。しかし、この勝手な連中のせいで消費税が上げられそうなのである。国民はこの状況をなんとしても打開しないといけない。

 まず、あなたの周囲の未納付者撲滅キャンペーンだ。年金掛け金をきちっと納付している人には写真入りの年金IDカードを発行して、商店などでそれを提示しない場合は(つまり未納付者は)他の人よりも消費税を4倍払う、つまり20%払わないといけないようにするのである。未納付者のせいでちゃんと納付してる人まで高い消費税をぼったくられるのは不合理である。未納付者がたちまち音を上げてあわてて納付したくなるような状況を作ればいいのだ。

 この無年金者どもの大部分は将来、必ず生活保護のお世話になって今度はもっと多くのゼニをみんなの払った税金からもらうのである。しっかりと働いて社会に貢献し、年金掛け金もちゃんと納めた人よりも、掛け金を払わずに無年金のまま老人になった方が得なんだとしたら、つまりそんなイカサマを許してしまったらもうオシマイである。だからこそそういう払わない人間に対しては著しく不公平な待遇を社会が与えるべきだ。

 基礎年金部分は税金(消費税)を財源にして・・・という主張もオレには大変不愉快である。払ってない不心得者の方をベースにして、「払わなくてももらえる仕組み」を作ろうとしているわけで、これはたとえるなら「みんながバスにただ乗りするからこの際バスを無料化しよう」と主張してるのと同じだ。ただ乗りしてるヤツをなぜしっかりと非難しないのか。なぜそんなことが公然と許されているのか。

「年金掛け金を払わない人を社会が絶対に許さない!」

という仕組みを作ることで、今の年金問題はかなり改善されるはずである。テレビでもCMをばんばん流して「未納付は恥!」「未納付は非国民!」「消費税値上げは未納者のせい!」と連呼してもらう。とにかく買い物のたびに「未納付」であることを意識させられるようにすれば、みんな恥ずかしくてあわてて納付するだろう。本当に払えない人はちゃんと免除されている。残りの「払えるのに払わない連中」をこそ撲滅すべきなのだ。

 あと、年金返上制度も設けて欲しい。つまり、金持ちだからそんなはした金の年金なんかいらない!という人もいるわけで、そういう人に特典を与える制度だ。さっきの逆でそういう人からは消費税をとらないようにする。名誉国民の称号を与えて、人々に敬われるようになれば成功だろう。名誉国民様が来れば電車でも席を譲らないといけないとか。

 生活保護の給付水準が、ちゃんと25年以上掛けてきて給付される国民年金の額よりも多いということはつまり、国民年金が最低限の生活を補償する金額にも足りないという意味である。そんな国民年金は安すぎる。生活保護費をこれ以上削減できない以上、もっと年金の給付水準を上げるべきだ。あるいは生活保護費を年金の水準まで引き下げる代わりに、その金額でも生活できるように公営住宅の無償提供などの環境整備を行うべきだろう。郊外の空き家になってる公営住宅はかなりの数である。今日本には全体で約700万戸の空き家があるわけだが、その中には公営住宅の空き家もかなり多いのである。貝塚市のように、生活保護受給者が転入して欲しくないからと「公営住宅に空き家が出てもわざと募集を掛けない」というむちゃくちゃな自治体さえあるのだ。


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2007年12月22日(土) 変な切符で収入アップだ!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 地方の私鉄や第三セクターのローカル線の鉄道はどこも経営が大変だ。銚子鉄道みたいに煎餅を売って点検の費用をなんとか捻出したりするところもあるが、基本的にどこも赤字なのである。オレは鉄道の赤字の責任はすべて地元にあるといつも思っている。赤字でないようにするならみんなで乗ればいいのである。ろくに乗りもしないでふだんはクルマばかり使ってる人間が「廃止反対」を叫んでも何の説得力もないのである。赤字ローカル線の営業を維持するために国が税金で補助することを求める連中もいるが、そもそもローカル線の維持経費なんて知れてるのである。それでも赤字になるのははっきり言って利用者がいないからだ。通勤通学の時間帯以外は空気を運んでるような路線が黒字になるわけがないし、利用者がなければ増発しても意味がない。

 オレは以前にこの日記でも書いたが、絶対にローカル線を廃止して欲しくないのならば、それこそ利用ノルマをもうけて、住民は必ず月に4回以上利用しないといけないなどと決めてしまい、その切符を前売りで買わせ、もしも利用しなくても払い戻しができないような仕組みにする・・・つまり一定額の売り上げを確保してしまうという方法が考えられる。売れない劇団が劇団員にチケットを無理矢理買わせるように、赤字ローカル線は住民に切符を無理矢理買わせるという方式だ。

 あとは遠方の方に切符を買ってもらうという方法がある。昔北海道の広尾線に「幸福」という駅があったとき、愛国駅から幸福駅行きの切符が話題になった。縁起のいい名前の駅名であればそうして切符販売で儲かるわけだ。だったらいっそのこと駅名をどんどん改名して、それでマニアな人や縁起を担ぐ人に買ってもらうという方法もある。たとえば「天国」とか「極楽浄土」という駅名ならば、臨終間近の高齢者が争ってその入場券を買うだろう。「受験」駅と「合格」駅を作れば「受験→合格」という切符がじゃんじゃん売れるはずだ。あと「大穴」駅は競馬ファンに売れるだろうし「玉の輿」駅を作れば結婚願望の強い独身女性に売れるだろう。「ゆりかご」駅と「墓場」駅を作れば「ゆりかご→墓場」という切符を作ることができる。それもまたなかなか面白そうである。「モテモテ」駅とか「千人斬り」駅とか「加藤鷹」駅とかを作れば意外と人気が出るかも知れない。ここには詳しく書けないが、卑猥な名称の駅を作れば絶対に切符が売れる。しかし、それはかなりの批判を浴びるだろう。

 ところが、オレのそんな想像をはるかにこえた面白い切符があったのだ。以下、アサヒコムの記事を引用したい。

湯飲み型の切符を発売 22日に限定500個 伊賀鉄道 2007年12月21日19時54分
 近鉄伊賀線の運行を引き継いで10月に開業した三重県伊賀市の第三セクター・伊賀鉄道が22日、駅構内などで開かれるクリスマスイベントに合わせて、湯飲みの形をした伊賀焼の記念切符を500個限定で発売する。
 開業時に定期券ぐらいの大きさの陶製記念切符を販売したところ、鉄道ファンらが殺到。追加分を含め約800枚が完売した。今回は湯飲みという奇抜なデザインだ。
 上野市―伊賀神戸間の往復乗車券として利用でき、湯飲みの側面に改札印も押してもらえる。普通運賃と同じ700円で、22日午前9時から両駅で発売する。伊賀焼の切符は今後、シリーズ化する予定で、受験シーズンに合わせて絵馬型にする案も出ている。
 当日は電飾で車内を彩ったイルミネーション列車でのライブなどの企画もある。問い合わせは伊賀鉄道(0595・21・0863)へ。


 まさか切符の形で攻めてくるとは思わなかったぜ。それも陶製とは驚きである。切符は紙でできているという常識を打ち破ってきたのである。こんなのがありだったら「食べられる切符」なんかはどうだ。有明海周辺は特産の海苔でできた切符はどうだろう。富山県ならスルメイカの切符だ。草加煎餅の切符というのもできそうだ。ただ、こういう食べられる切符の場合、降りる前にうっかり食べてしまうという事態が発生するかも知れない。ちゃんと切符に「降りるまで決して食べないでください」と注意書きを書いておかないといけないわけだが、うっかり食べてしまう子どももいるだろう。

 缶コーヒーの缶が切符になってるというのも面白そうだ。どうせなら降りるまでに飲み干すという仕組みにして、降りるときにその空き缶を回収するようにするとか。そんな仕組みなら記念の持ち帰りができないわけだが、どうしても持ち帰りたい人にはもう一本買わせればそれだけ売り上げが増えるのである。一本でも多く売れた方がそれだけ利益は増えるわけだ。

もっとマニアックな切符というと、フィギュアとかガンダムの模型とかを想像してしまうがそれはあまりにもマニアすぎる。CDやDVDの形になっていて、パソコンで再生できる映像がついているというのは面白いかも知れない。運転席から撮影した沿線風景が往復入ってるというDVDならかなり人気が出そうだ。音や映像の出る記念切符というのは、それがおまけについてるモノは過去にはあったかも知れないが、切符自体がCDやDVDの形をしているモノというのはなかったような気がする。

 素材も陶製があるのなら石や木、布、金属製などなんでもできそうだ。いっそのこと金(GOLD)でできた一枚5万円くらいの切符を出してみればどうだ。そんな変なモノでもきっと集めたいと思うマニアがいて、数量限定なら必ず完売するだろう。

 ただ、そうした面白切符の場合自動改札は通れないわけで、そんなのを発行するのが可能なのは自動改札とは全く縁のない地方ローカルの鉄道ということになる。どうせなら自動改札を通過できる形のマニアックな切符を出してくれると面白いのだが。スイカやイコカなどのシステムが今後どのように発展していくのか、オレは興味を持って見守ってるのである。


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2007年12月21日(金) 若者が買えるクルマを出しやがれ!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 下にリンクで紹介してる日記感想掲示板(罵倒座談会)で激論が展開されています。ぜひ日記をごらんの皆様はお立ち寄りください。よろしければ議論への参加もなさってください。


 自動車が売れないという。国内自動車販売が4年連続前年割れだという。当たり前である。労働者の実質賃金は下がり続け、就職できない若者は増え、ニートやワーキングプアと呼ばれる人たちが増加してるというのに、自動車メーカー各社は若者にはとうてい買えない車ばかり出してくる。いくらGTRが魅力的で高性能だといっても、800万出せる若者がどれだけいるのか。自動車メーカーがそんな車造りをするから若者がクルマを買わなくなったということがわからないのか。若者がクルマのためにゼニを使わずに携帯電話料金やゲームのためにゼニを使うのは、クルマが魅力的なデートアイテムではなくなったことが最大の原因である。

 かつて、若者に愛されるデートカーと呼ばれる安価な2ドアクーペを各自動車メーカーは出していた。日産シルビア、ホンダプレリュード、トヨタからはレビン、トレノ、もっと貧乏な若者にはサイノス、少しマニアックに走りを追求するならホンダCRXなどのクルマがあった。グレードの低い車種ならせいぜい150万円程度で買えた。ローンを組めば十分に手が届く範囲内だった。就職したばかりの若者が、クルマでドライブするデートのために買ったのである。ところがいつのまにかそういう車種は絶滅種となってしまった。売れないから生産をやめたんだと自動車メーカーの連中は言うだろう。それは大きな間違いである。売れなくなったのは自動車メーカーの戦略ミスだ。

 安価で燃費もいいデートカーをそのまま作り続けていればよかったのに、バブルの頃にクルマはどんどん大型化し、いつのまにか3ナンバーになり、排気量も拡大する一方だった。その結果値段も上昇して若者に買えなくなってしまった。売れなくなったのは自動車メーカーのせいなのに、馬鹿な経営者は売れるようなクルマ造りをせずに、デートカーを作ること自体をやめてしまった。その結果、2ドアクーペは絶滅種となってしまったのである。今国産の新車で購入できる4シーターの2ドアクーペはばかでかくて鈍重なあのスカイラインクーペくらいだろうか。(マツダRX−8は厳密には2ドアとは呼べない。)デートカーは見事にマーケットから消滅してしまったのだ。

 クルマが売れてないということを報道する記事をアサヒコムから紹介しておく。

国内自動車販売、4年連続前年割れ 08年見通し
2007年12月20日22時13分
 日本自動車工業会の張富士夫会長(トヨタ自動車会長)は20日、08年暦年の国内自動車販売台数(軽自動車を含む)について、07年の販売見通し(538万3700台)より1.2%減の531万9400台と、4年連続の前年割れになるとの見通しを発表した。
 07年後半から各社が新型車を積極的に発売したことから、08年の普通乗用車の販売は前年を5万台程度上回る見込みだ。一方、軽乗用車は同0.9%減の144万台で2年連続の前年割れとなる見通し。原油高による物価上昇などが響き、08年も消費の大幅な伸びは見込めそうにないとしている。
 張会長は「08年は国内市場の活性化が喫緊の最優先課題。魅力ある商品投入で少しでも台数を増やしたい」と述べた。


 魅力ある商品投入か。そんなことを本気で張富士夫は考えてるのか。だったらちゃんと「魅力ある」ものを作ってくれよ。少なくともオレには今のラインナップはそんなふうには思えないんだ。2009年には富士重工と共同開発で2ドアクーペを出してくれるそうだが、ちゃんと5ナンバー枠に収まる大きさで、排気量は1600くらいで、価格は130万円くらいのものを出してくれば絶対に売れる。とてもそんな価格では出せないだろう。しかし、その価格は今の若者が買える限界に近い価格なんだ。それくらいでないと軽自動車の方に流れてしまうんだ。どうすれば安くできるのか。その方法をもっと考えてくれよ。スズキはインドで30万円クラスの小型車を売るという話だが、少なくともトヨタが世界最大の自動車メーカーを目指すならば、そういう価格破壊をすることで若者がもっとクルマを買えるようにしてくれよ。

 トヨタだからうまくコストを削って作れたMR−Sもいつのまにか生産が打ち切られた。セリカもなくなった。どちらもデートカーと呼ぶにはちょっと高くて、実際に乗ってるのはオレのようなおっさんばかりだったが。

 オレみたいなおっさんが買うクルマに力を入れるのではなく、これから何台もの車を乗り継いでいく若者のハートに訴えるような車造りをすることが、自動車産業に隆盛をもたらす唯一の方法だ。そんなことがわかってるような経営トップがいれば今のような状況にはならなかっただろう。オレはかなりマニアックなおっさんだが、少なくともどんなふうなクルマを出せば売れるかという点にかけては、お馬鹿なクルマを出し続けて経営危機に陥った日産の過去の経営陣の100倍はわかってるつもりだぜ。


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2007年12月20日(木) 酒を飲んで人をはねたら死刑です!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 我が国の交通事故の量刑は軽い。確かに交通事故には不可抗力のものもある。過失がなくても人をはねてしまう場合もある。オレも過去に何度か目の前に子どもが飛び出してきて冷や汗をかいた記憶がある、そういう場合はきちっと「事故の責任はなかった」と判定して欲しいのだが、飲酒運転だけは別だ。酔っぱらいが運転してるというただそれだけでクルマはもう走る凶器、殺人マシーンなのである。だからこのような判決が下る。読売新聞のWEBサイトから引用しよう。

尼崎3人死亡で過去最長の量刑、危険運転致死に懲役23年

 兵庫県尼崎市で6月、酒を飲んでワゴン車を運転し、歩行者や衝突したタクシーの乗客ら計3人を死亡させたとして、危険運転致死罪に問われた大阪府豊中市、建設作業員宮田和弘被告(50)の判決が19日、神戸地裁尼崎支部であった。
 渡辺壮裁判長は「泥酔状態で異常運転を繰り返し、高速で走る車を凶器とした危険で無謀な犯行で、身勝手極まりない」として、懲役23年(求刑・懲役30年)を言い渡した。最高裁によると、交通事故を巡る刑事裁判ではこれまでで最も重い量刑という。
 判決によると、宮田被告は6月23日午後9時半ごろ、尼崎市南塚口町の県道でワゴン車を飲酒運転し、歩行中の井上和俊さん(当時29歳)をはねて死亡させ、さらに約800メートル南で対向のタクシーと衝突、運転手の岩田浩一さん(同48歳)と乗客の松村美津子さん(同68歳)を死亡させた。
 判決で、渡辺裁判長は「この2年間、ためらいなく飲酒運転を反復していた」と指摘。「3人もの尊い命を奪った刑事責任は甚だ重大。飲酒の上での危険運転による事故について、国民の法意識は、かつてに比べて相当の厳罰を是認するようになっている」と述べた。
(2007年12月19日21時48分 読売新聞)


 この裁判官の発言はしごくまともである。ただ、懲役30年からかなり割り引いたこの判決には納得いかない。なぜ満額回答しなかったのか。交通事故の場合は加害者がどんなに悪質であっても死刑にはできないそうである。それゆえ交通事故に擬装された殺人事件がかなりありそうな気がするのだ。

 さて、飲酒運転と言えばやはりあの福岡県の事故だ。海中に沈んだクルマの中から必死で運び出した3人の我が子を失った母親の嘆きを思えば、追突した上に逃亡、水を大量に飲んで飲酒をごまかそうとしたクソ野郎は死刑以外考えられないのだが、交通事故なので最高刑は危険運転致死傷罪の30年ということになるわけだ。しかし、どうもこの罪を適用しにくい状況らしいのである。弁護団の主張は「酔ってはいたが、正常に運転できないような状態ではなかったから危険運転致死罪を適用するのは重すぎる」ということらしい。ふざけるな!と言いたくなるぜ。正常に運転すると言うことは事故を起こさないことだ。他のクルマに衝突した時点ですでに正常に運転できていないのである。酒も飲んでないのに正常に運転できないのは運転が極端にへたくそな場合というのも考えられるが、酒を飲んでいて正常に運転できない場合、原因は酒以外に何があるだろうか。他のクルマに高速で追突して橋から転落させたのに、その場から逃亡した後友人に電話をかけて工作を依頼したという周到さに対して「その時点で十分正常に行動できるから酔っていないのと同じ」ということなのだろうか。オレが遺族の側で、被告側弁護士がこんな主張をし始めたら、オレは怒り狂って椅子を振り回し、その弁護士どもを全員なぎ倒すだろう。酔っていないのなら事故など起きない。事故の原因は酒を飲んでいたこと以外に何があるだろうか。

 オレは交通事故というのは結果責任の世界だと思う。酒を飲んでいる人間が全員事故を起こすわけではない。事故を起こさなかったらバレないのが事実だ。しかし、ひとたび事故を起こしてそれによって人が死んだり傷ついたりすれば、それなりの罰を与えるべきだと思う。オレが無罪にしてもいいと思うのは不可抗力の事故、つまり子どもがボールを追いかけて車道に飛び出してきたとか、高速道路で逆走車にぶつかられたとかである。そういう事故というのは本人がいくら注意して慎重に運転していても逃れることはできないからだ。ところがそれ以外の事故、つまり大きな過失があって結果的に発生してしまったような事故はきちっと責任をとらせるべきだ。その大きな過失とは、スピードの出し過ぎや飲酒運転、居眠り運転などである。クルマを運転するときに寝るなんてもってのほかである。眠かったら手にナイフを刺してその痛みで覚醒するくらいの根性がないヤツは、眠いときは家で寝るべきである。まかりまちがってもクルマに乗ってはならない。

 せっかく作った危険運転致死傷罪なんだが、適用条件がかなり厳しくて実際にその罪で処罰される人は年間300名程度、交通事故の総数から見ればきわめてわずかな数字である。なぜそういうことになったのだろうか。検察側にかなり厳しい立証義務が課せられているからである。ただオレは思うのだが、冤罪の心配がない以上この法律は死者が出た事故のほとんどに適用すべきだと思う。認知症の老人が事故を起こした場合は家族にこの罪を適用するのもありかと思う。つまり、そんな危険な人にクルマを運転させたという時点で「危険運転致死傷未遂」ということになり、事故を起こせば即「危険運転致死傷罪」となるわけだ。飲酒の立証義務だなんて「酒を飲んだ」だけで十分だ。この加害者のクソガキは「酔っていても正常な運転はできた」と強調したいのだろう。だったら事故なんか起こすなよボケ。正常な運転ができないから事故を起こしたのじゃないか。そんなこともわからないほどの馬鹿に免許を与えた福岡県公安委員会は、3児を一気に失った親たちから賠償金を請求されてもおかしくないとオレは思う。クソガキからはろくに賠償なんかとれそうもないからなあ。

 幼稚園に通う子どもの集団の中に暴走してつっこんだり、横断歩道を渡る人々を信号無視してなぎ倒したりという交通事故に対して「公正でまともな処罰」を行うためにこの「危険運転致死傷罪」という法律は設置された。そんな事故を「過失」で片づけるのはあまりにも被害者感情を無視した行為だからだ。それなのにその趣旨を忘れて、口のうまい卑怯な弁護士が依頼者の利益を最大限守って高額報酬を引き出すためにこの法律の適用条件を狭めようとしてきても、裁判官は正しい見識と裁判官としての良識を持って外道には外道にふさわしい罰を与えるべきである。そこで正義を実行しないでいったい誰がこの世で正義を貫けるのか。事実として「人が無惨にも殺された」ということを忘れないでもらいたい。

 オレは福岡の事件の裁判の行く末を見守っている。あんなド外道が「懲役5年」程度の罰で許されるのなら、交通事故の裁判なんてみんなクソだ。福岡地裁が事件を取り扱うエリア内の事故なら罰が軽いということになれば、質が悪くて事故ばかり起こしてるクソドライバーたちは「おお、おれにぴったりの土地だ!」と喜んで、きっと大挙してやってくるだろう。福岡県のドライバーたちはこぞってこの事件の厳罰化を求めるべきである。


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2007年12月19日(水) いま受験生である君たちへ        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 この暴言コラムを読んでいるのはほとんどが会社で休憩時間や仕事中に見ているサラリーマンか家庭の主婦、そして暇な大学生だと思うので、このようなメッセージを書いても読者の中で関係するのはほんのわずかだと思うのだが、普段思ってることをオレは伝えたい。これは今受験生である高校生の諸君へのメッセージだが、社会に関することでオレが日頃感じてることでもあるので、高校生ではない人たちも是非読んで欲しい。

 はっきり言おう。今の日本の社会の現実は正義なんて空しくなるようなことばかりだ。高級官僚と呼ばれる連中や政治家どもは自分たちの利益のことしか考えていないし、大企業のトップも同様だ。経団連の会長の御手洗もいかにして安く労働者をこき使って自社の利益を増やすことしか考えていない。ゼニもあって社会を動かす力のある立派な人たちが、中身は全然立派ではないのだ。そんな情けない状況なのが今の日本の社会の現実なのだ。そんな世の中に生まれてきた君たちはもしかしたらかなり不幸なのかも知れない。

 しかし、少なくともこの現実に立ち向かって君たちは自分の人生を切り開いていかないといけない。これもまた事実なのだ。未来は待っていたら与えられるようなモノではない。高収入ややりがいのある仕事というのは努力の結果得られるモノであり、そうした努力をしないで与えられるのを待っているクレクレ野郎は決してそうした仕事に就くことができずにいつまでも「こんな仕事したくない」と消化不良のままフリーターやニートを続けることになる。なんの技能も持たないままに低賃金で働くワーキングプアの生活に落ち込んでしまう人も多い。多いどころではない。今高校生である人たちのほとんどが将来ワーキングプアにされてしまうのが、実は今の大企業のトップの連中が考えている未来の社会なのだ。連中はそうすることが日本企業の成長を支え、自分たちの高額報酬を守る手段だと勘違いしているから困ったモノだ。

 教室で熱心に授業に集中してる生徒がいる一方で、起きてるのか寝てるのかわからないような状態のろくに授業内容を理解していない生徒もいる。試験の時だってていねいに問題を読んでから解き始める生徒もいれば、ろくに問題を読まずにいいかげんに解答する生徒もいる。そうしたやる気のない生徒たちに共通するのは「受け身」であることなのだ。彼らは自分の成績が上がらない理由を「授業が面白くない」「教師がへたくそ」「学校が悪い」などと自分の外側に求める。自分がろくに予習もしない宿題もしないし、授業中も隣の生徒とおしゃべりしてるし、ときどき居眠りしているなんてことを棚に上げてできないことを自分の責任であると自覚できない。それでも大学生になりたいなどと思ってるわけで親にゼニを出してもらって予備校に行く。そんなヤツははっきり言って大学に行く価値はないとオレは思うのだが、とりあえずそういう生徒が大勢いるから河合塾や駿台という大手予備校はビジネスとして成り立つのである。「受け身であるが故に現役で大学に入る力をつけられなかった・・・」多くの受験生のために予備校は存在する。受験勉強なんて参考書や問題集があれば自分でできる。本代に模擬試験代だけならせいぜい年間数万もかからない。それなのに50万も100万もかけて予備校に行く者たちが大勢いるのである。

 塾はいらない。オレははっきりそう思っている。勉強は自分一人でできる。それなのになぜ大勢の高校生が塾に行くかというと、彼らは小学生の時からそうしていたのであり、それ以外の勉強のスタイルを知らないからである。彼らは受験勉強という世界にデビューしたときからすでに受け身だったのだ。

 君たち受験生が自己実現したいのなら勉強するしかない。それも自分の力で学ぶことを見つけ出し、いろんな方法で知識を得るしかない。少なくとも高校生である君たちは、努力によって東大や京大、阪大などに行ける可能性がある。可能性はすべての受験生に向かって開かれているんだ。しかし、受験生のうちでまともに勉強してる人はごく一部である。オレは受験生の平均レベルがなんでこんなに低いのだろうかと驚いている。古典文法の係結びの問題なんて、センター試験をまじめに受ける気がある受験生なら100%正解するだろうと思ったら、「こそ→已然形」の係り結びの正解率が30%以下、駿台予備校の出身者でやっと50%と聞いて愕然とする。7割の受験生は係り結びもろくにわかっていないのである。それが受験生というものの現実なのだ。

 電車の中で単語集をせっせと暗記している連中がいる。そうやって英単語を覚えたつもりでいても、長文になるとろくに意味を把握できないのである。彼らは英語の勉強に入っていく方法を根本的に間違えている。公立高校に勤めていた頃、「構文と単語さえわかればどんな英文でも読める」と豪語した同僚がいたが、オレは「あほか!」と心の中で思った。理論だけ知っていてもどうにもならないのである。構文と単語の知識に加えて、膨大な量の英文を読むことではじめて英語力は向上するのだ。ルールがわかっているだけでは実際の戦いはできないのである。自分が受験生だったときにどれほど多くの英文を毎日読んでいたかと思い出す。「試験に出る英単語」などの単語集なんかわざわざ使わなくても辞書がぼろぼろになるまで使っていれば自然に単語力は向上する。

 もうすぐ冬休み、そして年が明ければすぐに大学入試センター試験がやって来る。50万以上の受験生がそれを受験するわけだが、まともに勉強している受験生はそのうちの2割くらいだろう。あんな易しい試験の平均点が思いの外に低いことを聞いてオレはそう感じるのである。そう、オレは問題を見た後で毎年の平均点を知って、日本の受験生のレベルの低さに唖然とするのだ。そんな情けない知識で大学に行きたいなんて、ゼニを持たずに買い物に行くのと同じじゃないかとあきれるのだ。

 大学全入時代を迎えた結果、大学の4割はフリーパスになってしまった。努力しないでもどこかに入れるから、勉強を全くしない連中によってキャンパスが埋め尽くされるようになった。講義なんか聴かずにDSやPSPで遊んでいたり、メールを打っていたりというのが今の一般的馬鹿大学生の現実だ。もしも君たちが受験生としての努力を怠って、誰でも入れるような入学試験の偏差値の低い大学に入学してしまえば、そんなニート予備軍の群れに飲み込まれることとなる。「こんな馬鹿の群れに染まりたくない」と思っても、いまそこにいるということは君自身が馬鹿の一人なんだから仕方がない。少なくともそういう程度の所にしか合格できなかったのは事実なんだから。

 オレは大学を偏差値で序列化したいという意図はない。しかし、まともな受験生がほんのわずかしかいない以上、それがごく一部の大学に集中するのは当然の結果である。優秀な学生は一部の大学にのみ集中し、そうでない学生がその他の大学にあふれる。もしも君たちが本当は優秀でやる気があるのに、まわりにやる気のない連中しかいないような大学に入ってしまったらかなり大変だと思う。そこで自分を向上させる最大の要素、つまり「自分によい影響を与えてくれて向上させてくれる友人」を得られないからである。だからオレは言いたい。「必死で勉強しろ!」と。そうすればきっと自分の周囲には自分同様に必死で勉強してきた仲間がいるはずだ。

 もう一度言う。今の企業のトップはクソみたいな連中ばかりだ。しかし、君たちが努力をして優秀な人材となって、そうした企業に入ってしっかりと出世することで、そうした企業を変えられるかも知れない。今はクソみたいな社長がいるが、きみたちが社長になるときは本当にすばらしい企業になってるかも知れない。企業を変える力を君たちは持ってるはずだ。クソみたいな政治家もあと50年も生きてるわけじゃない。いずれみんなくたばってあの世に行くだろう。そのときに次の世代の政治家となる君たちが、本当によりよい社会を築くためにはどうすればいいのか。それもまた大学で学ぶことを通じて考えていって欲しいのだ。

オレも君たちからみればクソみたいな大人の一人だ。こんな情けない社会を築いてしまった責任はもちろんオレにもある。だからこそ君たちには期待をかけてるんだ。自分たちの世代、自分たちよりも上の世代がめちゃめちゃにしてしまったこの社会を少しでも立て直し、再生することができる可能性を君たちは秘めているはずだと。だからこそもっと真剣に学んで欲しいわけだし、もっと優秀な受験生であって欲しいと思うのだ。こんな易しい問題ができないようなレベルではまだまだだとオレは思うのだ。

 君たちが「あんなクソみたいな大人になりたくない」と思うこと、それが社会を変える第一歩だ。そのためにまず、自覚ある高校生、そして受験生であって欲しい。日々を全力で生きる一個の人間であって欲しい。クソみたいな大人のまねをして、一人を集団でいじめたり他人の財産を盗んだりするような情けない卑怯な人間にならないで欲しい。ただの暴言野郎のオレからの願いなんて君たちの胸にはきっと響かないだろうと思うが、オレからのとっておきのメッセージだ。どうかきいてくれ。


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2007年12月18日(火) 100万円を股に差した女行員        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 江草乗の大人の写真日記の方ではお買い得ノートパソコンのことを話題にしています。興味のある方はぜひごらんになってください。


 銀行で働いていれば100万円の札束なんて見慣れてると思うのだが、その札束を見ていてついつい魔が差してパンツに入れて着服してしまった女子行員がいたのである。魔が差すというか、股に差すというか、とにかく恥ずかしい事件である。産経新聞のWEBサイトから記事を引用しよう。

下着に隠し100万円着服 山陰合銀の女性職員を解雇2007.12.17 22:18
 山陰合同銀行(松江市)は17日、金庫から現金100万円を着服したとして、大元支店(岡山市大元上町)の臨時職員に当たる女性準職員(34)を8日付で懲戒解雇処分にしたと発表した。
 準職員は下着の中に札束を隠し、男性調査員の目を逃れていた。「魔が差した」と話し、既に全額を弁済、同行は刑事告訴しないという。
 同行によると、準職員は11月12日午前、大元支店の金庫室内で当日扱う現金を準備中、別の職員が目を離した際に100万円を持ち出した。
 同日、現金残高が合わず問題化。本店から男性調査員8人が派遣されたが、準職員はパンツの中に札束を隠して自宅に持ち帰った。1週間後に自ら申し出て発覚した。
 調査員は男性職員らの身体検査をしたが、女性職員らはしなかった。同行は「調査の方法も含め反省している」としている。


 身体検査をして、もしもパンツの中から札束が発見されたらとっても恥ずかしかっただろうと思うのである。パンツと言えば誰もが思い出すのがあの勝新太郎だ。彼の場合は見つかったのはコカインだったわけだが。

 それにしてもこういう犯罪を見ていて思うことは、「どうしてすぐにバレるようなくだらないことをするのか」という疑問である。絶対に見つからないように周到に計画を練ってごまかすような完全犯罪を企図するのではなくて、ただ単に「そこにあったから盗んでみた」なら子どもの万引きと同じである。万引き感覚で100万円をちょろまかそうとするのならとんでもない女である。こんなのが準職員とはいえ行員にいるのなら上で監督する管理職の方も大変である。そこまで幼稚なヤツがいることなど誰も想定していないからである。

 銀行の着服事件などの場合、たいてい着服役の女子行員がちょろまかしたゼニは、そのヒモである男性に巻き上げられてしまってることが多い。そしてバレそうになったら女が殺されたりとろくなことはない。今回の事件の場合はそんな背景もなく、どうやら本当にゲーム感覚で「ついつい盗っちゃった!」だったようである。

 ただ今回の場合、一週間後に申し出たとある。ここから先はオレの憶測なんだが、きっと内部犯行の犯人が見つけ出せなかった銀行側は、「自分から罪を認めれば警察沙汰にはしない」と言う形で行員全員に対して呼びかけ、それに応じてこの女子準職員が自分から名乗り出たという構図なんだろう。

 今回の事件の焦点はやはりお金をどこに隠して持ち出すのかということである。パンツに差すというところが面白くて笑える。身体検査されることになってもまさかパンツの中まで見ないだろうということなのだが、男性のぶかぶかのトランクスならいざ知らず、あんな小さいパンティに差し込めば札束ははみ出るわけで、そんなにうまく隠せるものなんだろうかとも思うのだ。本当に隠せるかどうかなどと女性の皆さんはくだらない実験をしないで欲しい。その股に差した札束が回り回ってオレの手元にやってくるかも知れないからである。


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2007年12月17日(月) ODA(政府開発援助)の本質とは何か?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 なぜODAなんかが必要なのだろうか。先進国が「援助」の美名の下に貧しい発展途上国にゼニを恵んでやるこの傲慢な仕組みはなぜ存在するのだろうか。ODAの金額をへらせとか、中国にODAを与えることがけしからんとかいう議論はあっても、こいつがいったいどんな性格のものなのかということはこれまであまり議論されたことを聞かない。それでオレがいつもの調子で乱暴にこの本質を語ろうと思っている。

 国が国を援助するなんてナンセンスなことがなぜ必要なのか。国とはそもそも自立した存在であり、自立し得ないのならその地域は国を名乗る必要はない。他国の領土の一部として組み込まれていればいいのだ。国家とはその国の国民の生命に対して責任を負う巨大なシステムである。もっとも国家が常に正しいと言うことはなく時に暴走することでとんでもない犠牲を出していることもあるのだが。

 かつて、国とはすべて自立した存在であった。それは江戸時代の藩を考えてみればいい。あの時代、それぞれの藩は食料をほぼ自給しつつ、藩ごとに独立国のように振る舞っていたのではないか。食糧を自給できないのは米がとれない松前藩くらいで、他はみんな領民を喰わせることは最低限できたのである。(もっとも領民の食い扶持まで搾取してしまって多くの餓死者を出した藩もないわけではないか)

 アジアアフリカの諸国だってそうだ。自分たちの国で喰うモノは基本的に自分たちで作り出していたわけで、どこもおしなべて農業国だった。それを喰えなくしたのは誰なのか。それはアフリカから大量の奴隷を運び出したアメリカやヨーロッパの連中のせいだろう。屈強な働き手を拉致されて奪われることで、アフリカの農業はたちまち壊滅した。自分たちの主食を作れなくなった彼らはアメリカやヨーロッパ産の小麦を食わざるを得なくなる。植民地で栽培するモノは宗主国であるイギリスが自由に決める・・・というわけで、アフリカではコーヒーやゴムやカカオの栽培のために、自分たちの食い物を作る権利まで奪われてしまったのだ。

 なぜアジアやアフリカの諸国が自立できないか。それは自立できないのではなくて、かつで自立できていたのにその仕組みを誰かがぶっつぶしたからである。まあそんな状況はイラク戦争後のバグダットも同じである。そしてぶっつぶした張本人の側の国が「ODAの増額」などということを政治的プロパガンダとして掲げているわけだ。利用されるだけ利用され尽くして、いらなくなればボロぞうきんのように捨てられるのだ。ひどい話じゃないか。

 今存在する多くの「貧しい国」はもともと西欧諸国の植民地であったわけで、それらの国が貧しいのならすべて宗主国の責任である。しかし、その貧しさの本質はいったい何なのだろうか。彼らをそこまでも貧しくしたのはいったい誰なのか。

 いや、貧しくてもいい。一日1ドル以下で生活していても、それで食えるのならいい。もともとそれらの国には西欧型の商品経済は存在していなかったわけで、商品経済の存在しない土地では一日の生活費が1ドルあるかないかなんてどうでもいい話である。昔の農村ではゼニなんか持たなくても生活は可能だったんだ。必要なモノはほとんど自分で作り出せたり手に入れたりした。一日に1ドルも使わないというのは究極のエコ生活である。そのどこがいけないのか。どうしてそんな立派な生活をわざわざ破壊して、そこに商品経済を無理矢理に浸透させ、そんな馬鹿げた文化の破壊を「グローバル化」などと呼ばせているのが今の国際社会じゃないのか。アメリカが押しつけてくるのはそういうことだろう。

 なぜ貿易を自由化などしないといけないのか。自分たちの主食は自分たちで作るというのが国家の基本だろう。そんな権利を乱暴にも奪い取って、安い穀物をアメリカは大量に押し売りすることで輸入国それぞれの国内農業を壊滅させ、実効支配してきたんじゃないか。だったらずっと安く穀物を供給すればいいのに、いきなり「バイオエタノールに使うので穀物の価格が上昇しました」と平気で値上げしてくるわけだ。日本みたいな金持ち国ならうどんやパンの原材料価格が多少上がったところで容易に吸収できるだろう。ところがこれが貧しい国ならそんなわけにもいかない。国民がたちまち餓死寸前に追い込まれることもあるかも知れない。

 もともと自立していた国が、自国の努力だけでは食えない国になってしまったのはすべて西欧の植民地支配の結果である。今アフリカの民が貧しいことに関して、すべての責任はその土地を搾取の対象としかみなさなかった西欧の連中にある。彼らがODAという名のゼニを贖罪のために支払い続けるのはある意味当然のことである。そして日本がインドネシアなどの東アジアの諸国に対して援助をするのも同様だ。少なくとも日本は一時期東アジアの広い地域を植民地化していたわけで、その土地の民に対して責任が発生すると言われても仕方ないと思うし、これまでの援助は戦時賠償の意味もあったわけで、ある意味「贖罪」として支払われていたのである。

 もともとゼニなんか必要なかった国にゼニを持ちこんだのは誰か。商品経済を世界の隅々まで浸透させることが「グローバル化」なのか。それは本当に必要なことか。そのグローバル化のまやかしを信じて、西欧的な豊かさを手に入れることを絶対的価値と錯覚して盲進し、自分たちの文化的伝統をあっさりと捨ててしまい、その大切な結果モラルまで完全に失って犯罪大国になってしまった国がいくつもある。その責任はどこにあるのか。治安を維持できなかったその国の政府が悪いのか。

 アフリカにはこれまでどれほど多くのゼニがつぎ込まれてきただろう。すでに累積債務が一兆円を超えていて、その利払いのために教育や医療費を削らないといけない国もあるという。実にひどい話である。援助するはずの先進国が逆に「金利」という理由で教育費や医療費を奪い取るのだ。そんなものが果たして本当に自立を助けてるのか。

 どうすればすべての国が自立できるのか。どうすればかつての状態、つまりすべての国家がちゃんと自立していた頃に戻れるのかとオレは嘆くのだが、このODAという贖罪は少なくともすべての国家が自立できるようになるまでは永遠に続くのだろう。


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2007年12月16日(日) 変なヤツに銃を持たせるな!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 佐世保の乱射事件の犯人は無職だった。オレはいつも「無職」にろくなヤツはいないと主張しているのだが、今回もまたその通りだったのである。働けるのに働かず、資産が有れば別だがそんなものもなく他人に寄生し、家族にも迷惑をかけているというとんでもないヤツ、そして近所の人たちから「怪しいヤツ」「いつか何か起こしそうなヤツ」と思われていた人間にどうして銃を持たせたのか? 二人の人命が失われた今回の事件だが、その責任はこんなヤツに銃を所持することを認めた長崎県公安委員会と、市民からの「街中で銃を持って歩いてる」という通報に対しても全く動かなかった警察の怠慢にある。少なくとも警察は自分たちの「不作為」が事件の原因の一つであったことを認識し、被害者からの賠償に誠実に応じるべきだろう。

 この平和な日本でなぜ銃の所持が必要なのか。狩猟などという野蛮な趣味がなぜ認められているのか。オレはそれが納得いかないのである。北海道で熊を撃つとかいう特別な理由でない限りこんな制度は廃止してくれ。どうしても銃を所持してハンティングを楽しみたいのならば、連帯保証人を20人集めて、もしも人を傷つけた場合は全員で賠償に当たりますという保証ができるものにだけ所持を認めろ。そうすればこんな事件は起きなくなるだろう。

銃所持許可に疑問の声、散弾銃は26万丁 乱射事件2007年12月15日22時48分
 長崎県佐世保市の銃乱射事件で、8人を殺傷した馬込政義容疑者(37)は02年7月〜今年9月に順次、散弾銃3丁と空気銃1丁の所持について同県公安委員会から許可を受けていた。県警は「適正な許可だ」と説明しているが、この許可には、事件前から近隣住民が疑問の声を上げていた。犯罪の道具にもなる銃の許可のあり方は、改めて議論を呼びそうだ。
 「銃は面接や銃の検査をした上で適正に許可されている」「本来の適正な目的外で犯罪に使われており、残念」。15日昼、県警佐世保署の幹部たちは馬込政義容疑者への銃の所持許可について、取材にそう語った。
 馬込容疑者の近所に住む男性は数年前、「(馬込容疑者が)銃を持っているのは危ないのでは」と交番に訴えたが、取り合われなかったという。男性は馬込容疑者が銃を持って近所を歩き回るのを見たことがあった。
 県警は銃所持許可手続きで馬込容疑者の面接をした際は、「(様子が)おかしいという報告はなかった」としている。
 猟銃や空気銃を所持するには、講習会や筆記試験などを受ける必要がある。その上で警察署の審査を経て、都道府県公安委員会から許可される。
 用途は狩猟、有害鳥獣駆除、標的射撃に限られる。許可の有効期間は許可日から3回目の誕生日が経過するまで。引き続き所持するには更新を申請し、許可を得る必要がある。申請には医師の診断書などの提出が要る。
 警察庁によると、06年末現在で所持の許可を受けているのは、散弾銃約26万4000丁、ライフル銃約4万1000丁、空気銃約3万4000丁。散弾銃の数は、減少傾向にある。猟銃による発砲事件は昨年は前年比10件減の3件で、死者はゼロ、けが人は5人だった。
 ところが、今年は1〜6月ですでに7件発生。5月には鹿児島市で金融業の男が弟を散弾銃で射殺する事件があった。
 銃所持の許可をめぐっては、警察の審査の違法性が争われる訴訟も起きている。宇都宮市で02年、主婦2人が散弾銃で殺傷された事件で、遺族らが「栃木県警は主婦の1人と犯人とのトラブルを認識しながら、不十分な調査しかせずに許可した」として、県などに賠償を求めて提訴。今年5月の宇都宮地裁判決は県警の責任を全面的に認めた(県は控訴)。 94年に米国で射殺された福岡県出身の砂田敬さん(当時22)の父で、NGO「ストップ・ガン・キャラバン隊」代表の向壱さん(61)は、今回の事件に「公安委には市民の安全・安心が喫緊の課題だという危機感が感じられない」と憤る。
 「公安委員会は銃所持者を公表し、周囲が監視できるようにするとともに、銃の管理状況を抜き打ちでチェックするなどの対策をすべきだ」


 恐ろしいことに26万丁もの散弾銃が野放しになってるのである。それだけあればきっと持ち主の中にはろくでないヤツもいるはずだ。

 ただ、ここであれこれ言ってもはじまらない。このような犯罪をどうすればなくせるかということを考えないといけない。そこでオレに名案が一つある。これは究極の案である。これを導入すればもう二度とこのような犯罪は起きないだろう。それはすべての銃に人間感知センサーを搭載させるのである。もしも標的の中に人間が存在する状態で引き金を引けば、その瞬間に銃が自爆して引き金を引いた方が死ぬという仕組みにすればいい。そうすれば絶対にこのような犯罪は起きない。ただ自殺は可能である。自分に向けて撃てば自爆してくれるのだから。まあ死にたい人が自分で死ぬのはここでは問題ではない。無辜の市民が無差別に殺されることが問題なのだ。いますぐに銃器を製造してるメーカーはこの人間感知センサーの開発に力を入れ、完成したら順次すでに出回ってる銃と交換させ、交換に応じない人からは強制的に取り上げてしまえばいい。

 そういう装置の開発には時間とお金がかかるから無理・・・ということならどうすればいいのか。その場合は変なヤツが銃を持つことの可能性を前提にして、銃の所持者全員から税金をとるか、掛け捨ての保険に加入させておいて、犠牲者が出た場合にその保険金から補償金を拠出するという方法だ。26万丁に対して一丁あたり年に1万円とれば、この基金を26億円用意することができる。年間に銃犯罪による犠牲者が出ればこの基金からその補償金が払われるようにするというのはどうか。もちろん撃った馬鹿は死刑だが、死んでしまえば賠償がとれないことがあるのでこのようにその原資を用意させるのである。

 今回の事件でオレが一番納得いかないのは、この事件の加害者の不審な行動に対して近隣住民が通報していたにも関わらず、警察が放置したことだ。この危険な男を放置するということは佐世保というのはよほど犯罪が多くて警察が忙しく、こんな男一人に取り合っていられないという状況だったのかも知れない。もしかして米兵の犯罪が多かったのだろうか。

 銃を人に向けるような人間に情状酌量の余地は全くない。殺意を他人に向けることができるという時点で、そんな危険な人間を市民社会に置くわけにはいかない。死刑以外はありえない。そういう意味で今回の事件の容疑者がおそらく自殺していたという決着は残念ではあったが、意味不明な言動を繰り返されてよけいに不快な思いをさせられるよりはマシだったかも知れない。しかし、よりによって教会を死に場所に選んだとはどういうことだ。これだけの事件を起こしながらもまだおまえは神に救いを求めていたのか。救われないことをしたのはおまえだろう。とっとと地獄に堕ちやがれ。


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2007年12月15日(土) ドーピングでもええじゃないか!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 米大リーグで薬物使用の疑いのある選手が86名、実名入りで発表された。オレの愛する阪神タイガースのウィリアムス投手も含まれていたということで大いにオレは驚かされたのである。日本球界もなんらかの処分を検討しないといけないのかと。もしも「出場停止」なんて罰が与えられるのならいったいどうすればいいのか。

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 しかし、ドーピングってそんなに悪いことなのだろうか。野球がプロスポーツである以上、そこで稼ぐためにさまざまな工夫をするのは当然のことだろう。オレはあくまでこの行為を擁護したいのである。そもそもドーピング=悪という考え方は本当に正しいのだろうかと。またあまりにも多い禁止薬物リストにもうんざりである。オリンピック選手は栄養剤や風邪薬さえも気を遣うという。風邪を引いても薬も飲めないということだ。ヤクルトの選手だったか、育毛剤の中に禁止薬物の成分が含まれていて出場停止という事件もあった。あまりに神経質になるあまり、なんでもかんでも指定されてしまってる感じである。もしもEDに悩む選手が勃起不全(精力減退)を克服した店長が作った精力アップサプリメント「FORCE」(←クリックするとお店の説明が出ます)なんてものを飲めばたちどころにドーピング検査に引っかかるだろう。

 オレは思うのだがたとえば女性がするあの「お化粧」という行為は一種のドーピングではないのか。すっぴんではかなり評価の劣る自分自身の価値を高めるために顔にいろんなものを塗りたくる行為、これは薬物によるドーピングとどう異なるのか。オレから見れば全く同じレベルに思えるのだ。いや、場合によってはそれは詐欺だ。美人と思ったのに化粧を落とすとそこからこの世のものとも思えない醜悪な物体が出現するなんてレベルまでいけばそれはもう犯罪だ。美容整形や豊乳も同様だ。ところがプロ野球の世界で「整形」を問題視することはない。

 テレビに出てる歌手や女優が整形美人だったからと言って、世間から貶められることがあるだろうか。釈由美子や浜崎あゆみのようにそうした噂がある人もいるが、だからといって彼女たちの価値が下がるという訳でもない。ヅラだという噂のある神田正輝が、そのことによって罵倒されることがあるだろうか。髪の毛がないことをカツラによって隠す行為はOKなのに、肉体の衰えを薬物で補う行為がなぜいけないのか。オレからすればどっちも同じ程度に卑怯だし、世間がそれを卑怯ではないと認めるならば卑怯ではないということなのだ。

 野球選手の中には桑田投手や村田兆二投手のように肉体にメスを入れてまでプレイを続ける方もいる。このような一種の「改造」と治療行為の境界はどこにあるのか。そうした手術が明らかに肉体強化を目指したものであるとするならばそれは許されるのか。手術によって改造することと、薬物によって改造することは、医療行為における手術と投薬程度の差異しかないのではないか。

 肉体改造はどの程度まで許されるのか。たとえば足首から先を失って義足をつけてる選手がプロ入りした場合、マスコミの論調は好意的になるだろう。しかし、その義足に早く走れるような特別な工夫がなされていたとする。その場合は禁止なのかOKなのか。身体の一部に人工関節を入れた人がもしもプロ野球を目指すとしたらどうか。病気などでやむを得ずそうしている場合と、肉体改造して増強するために身体の一部を機械と置き換えることと、どうやって見分ければいいのか。

 それにしても今回の大リーグ関係者への捜査、なんでそんな証拠が出てくるんだと思うようなモノばかりがあげられている。そのこと自体もなんだかうさんくさく思えるのである。

 野球は見せ物であり興業である。選手はそれでゼニをもうけてるのであり、我々はゼニを払ってそれを見てるのである。今更フェアプレーの精神に立ち返って・・・なんてナンセンスだ。もう過去には戻れないからだ。見せ物である野球で、選手が自分の商品価値を高めようとして薬物を使ったとしても何が責められるのか。投資のリターンが元金よりもはるかに大きい場合、チャレンジする選手が大勢いてもオレは不思議には思わないのである。プロスポーツってそんなものじゃないのか。

 ドーピングを禁止して、使用選手を追放したところでその行為がなくなるとは思えない。というか、オレはその行為がさほど効果をもたらすモノであるとは思えなかったのである。今後、球界は名前の出た選手への処分の動きを見せるだろう。それによってスタープレーヤーを失う球団も出てくるはずだ。そのデメリットを思えば、この問題に関して騒ぎ立てない方がいいような気がするのである。

 40歳を過ぎてるのに全く衰えを知らないような肉体の持ち主がいて、仮にその肉体が薬物によって作られたモノであったとしてもオレはそれを否定する気はない。その年齢でそれだけ活躍できることの方がありえないことであり、そのありえないことを実現した薬物の力の偉大さをオレは思うのである。クレメンスの偉大さはそこにあるわけだ。昔はそういうスポーツ医学が発達していなかったから稲尾和久の実働年数はほんのわずかしかなかったのかもしれない。同様に60をこえても美しい女優がシワ取りやコラーゲンの注入を行っていたとしても、それを反則だとは思わない。人は誰でも美しさを保ちたいだろうし、野球選手がいつまでもプレイしたいと願う点では同じだと思うからだ。

ドーピングなんて問題にする必要もない。みんなどんどん薬物を使用すればいいのである。いずれ価格高騰を招き、費用対効果という点でも劣ることがわかれば使用者は減るだ。そのリスクも覚悟の上で、巨額の収入を目指して肉体を犠牲にしてがんばってるのである。彼らの究極の選択を我々凡人が自分たちの物差しではかるのは実に愚かなことである。


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2007年12月14日(金) 80点とってコロッケをもらおう!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

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 どうすれば生徒がもっと勉強してくれるのか。オレはその方法を日夜考えている。いや、考えない日などないくらいである。オレのような不真面目な教師でさえそんなことを考えてるくらいだから。まじめな教師ならもっとそのことに頭を痛めてるだろう。その難題である「生徒を勉強させる方法」に、いとも明快に答えを出してくれたコロッケ屋さんがいたのである。80点以上ならコロッケをもらえるというものである。あまりの単純さにオレは言葉を失った。こんな簡単な方法で生徒は勉強するようになるのかと。

高校生諸君!テスト80点以上でコロッケ2個 岐阜2007年12月13日10時10分
 高校生が頭を悩ます期末試験シーズン。岐阜県御嵩町のコロッケ店「ユタカ店」が、80点以上の答案1枚でコロッケ2個を贈呈するサービスを続け、学校帰りの生徒たちでにぎわっている。
 店を始めて40年近くになる森島豊さん(79)が、6年ほど前に思いついた。客として訪れた高校の先生が「生徒が勉強しなくて」と嘆いていたのがきっかけだ。店先に「高校生諸君 テスト八十点以上にコロッケ二ケ呈上 一生懸命頑張ってネ……」の檄文(げきぶん)が張られている。
 コロッケは1個40円。18年前から値上げしていない。値段の手頃さにひかれて、近くの県立東濃高校や東濃実業高校などから、連日、30人ほどの生徒たちが立ち寄る。黒コショウの利いたピリ辛味は、ビールのつまみにもなり、多治見市や愛知県から100個単位で買いに来る常連もいる。
 試験シーズンには生徒が店先で答案を広げ、5教科で10個もらう子もいる。森島さんは「すごいね。東大か、名大か」と大げさに励ますが、その後の進路も気になる。
 高校の先生が店に買いに来ると、「あの子どうなった?」。そっと尋ねる。昨春には「おかげで合格しました」と、父親と一緒にお礼に来た女子生徒もいた。
 必ずワイシャツにネクタイを結んだ上にかっぽう着をつけ、揚げ物鍋の前に立つのが森島さんのスタイル。
 ズボンをずり下げた男子生徒には「僕、ズボンあげい。そんなんじゃコロッケ売ってやれん」と注意する。姿勢が悪い生徒には「おじさんの姿勢みてみい」。背筋はピンと伸び、がんで昨春までに胃と大腸を切除した体には見えない。
 学校帰りに10個は買っていく東濃高校3年の岩井真一さん(18)は「買うのはいつもコロッケ。ずっと店を続けて」と逆エールを送っていた。


 80点以上とれば一個40円のコロッケが2個もらえるのである。たった80円のことだが、自らの努力によって勝ち取ったコロッケはきっとうまいはずだ。それはまぎれもなく努力の結晶だからである。

 しかしオレがもっと驚いたのは、このコロッケ屋さんにわざわざ遠くから買いに来る常連がいることだ。100個単位で買う人もいるという。そうやって指名買いする方があるということは、この店のコロッケはかなりおいしいということか、あるいはクセになるような味ということなのである。そんなにおいしいのならオレも行って食べてみたくなる。おそらくそれはただ単に味の問題などではなく、おじいさんの人柄に惹かれてお客さんがやってくるのだろう。客商売にとってもっとも大切な要素は実はそこにある。今回はそのすてきなお人柄と、この成績向上プレゼントが相乗効果を上げたのだ。

 それにしてもこんな単純な成績向上策をなぜ誰も思いつかなかったのだろうか。学校が近所の店とタイアップして、成績優秀者がその成績に見合ったご褒美をもらえるようにし、それが近所の商店の集客にもつながるという持ちつ持たれつの関係を築くわけだ。たとえば大阪なら、学校が近所のたこ焼き屋と契約を結び、成績優秀な生徒には「たこ焼き無料券」を発行する。その無料券をたこ焼き屋で行使するとき、それを見ている他の生徒たちは限りなくそれをうらやましく思い、自分たちも努力してそのたこ焼きを手に入れようと努力するだろう。そうしてたこ焼きによる成績UPが実現するわけだ。

 家が貧しくてほとんどお小遣いがなく、買い食いなんてちっともできない哀れな生徒も、成績優秀者として認められることで食べられるようになる。誰でも努力の結果たこ焼きが食えるならそれは平等と言うことであり、このたこ焼き平等革命がすべての受験生に達成感を与えて幸せにしてくれるという戦略である。なんて名案なんだ!

 さっそくオレが勤務する学園にもこの方法で・・・と言いたいところだがそれは無理だ。生徒が登下校の際に買い食いすることは校則で禁じられてるのである。だからオレの勤務先ではこの方法は使えない。しかし、全国の高校や中学の中には校則が緩やかで買い食いすることも全然問題ないという学校もたくさんあるはずだ。そういう学校ならなんら問題なくこのたこ焼きやコロッケを褒美に与えるという学習促進策が導入可能となる。モノでつるなんて卑怯じゃないかと批判する方があれば言いたい。生徒たちは努力の結果手に入るモノに対してなかなか具体的なイメージを持つことができない。何十年も先の未来のことなどまだ想像もできないのだ。そんなときに具体的なコロッケやたこ焼きが存在することで、その目標を形にすることが可能になるわけである。

 コロッケは80点! たこ焼きは80点で10個もらえる!この仕組みを全国のコロッケ屋さんやたこ焼き屋さんに導入し、文部科学省はそのための財政支援策をいますぐ導入すべきである。こんな民間のアイデアをうまく生かさないとだめだぜ。ただ一つの問題は、うまいコロッケ屋さんやたこ焼き屋さんが必ずしも日本中にあるとは限らないということである。その場合はどうしたらいいのだろうか。オレにも名案はないのである。


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2007年12月13日(木) さあ、オシッコを遠くへ飛ばすんだ!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 オシッコの時に男は立ってするが女は座ってする。これは断じて変えてはならない伝統だとオレは思っていた。犬だってオスは足を上げてするがメスは座ってするのである。これはもはや動物の本能なのだ。立って豪快に遠くに飛ばすことが男の立ちションベンの美学だとオレは思っていたのである。子供の頃、よくオシッコの飛ぶ距離を競い合ったことを思い出す。悪ガキ同士が並んでオシッコを開始して、どっちのオシッコが遠くに飛ぶかを競い合ったのである。斜め上方45度の角度に向けて噴射された尿は、きれいな放物線を描いて遠くに飛ぶ。その勢いもまた重要である。また、遠くに飛ばすための裏技、つまり先っちょをつまんでそこに尿をためて、圧力をかけて一気に飛ばすというテクもあった。子どもはそういう遊びが好きなのである。しかし、オシッコを立ってするという大事な習慣そのものが危機に瀕してるということを知ってオレは愕然とした。産経新聞のWEBサイトでオレは次のような記事を読んだのである。

男の「座りション」、ついに半数に2007.12.12 23:38
 男性の約半数は「座りション」−。12日、松下電工がまとめた「トイレの使用実態調査」でこんな結果が出た。同社は「立って小便をするより、座ってする方が飛び散らないので、掃除の手間が省けると奥さんにお願いされるケースが増えた」(広報部)と分析している。
 アンケートは今年6月、関東・関西在住の30〜50歳代の夫婦1036人を対象に実施。
 このうち、男性に「自身の小便スタイル」を聞いたところ、49%が「座ってしている」と回答。同社では同じ調査を過去2回実施しているが、平成11年は15%、16年は30%と、「座りション」スタイルが年々増えている実態が浮き彫りになった。
 年代別では、若い世代ほど座りションに抵抗が少ないようで、30代は「たまに」を含めると、46%が「座って」している。
 一方、妻の53%が「夫は座ってしている」と回答したのに対し、「いつも座ってしている」と答えた男性は27%にとどまった。同社は「家庭では座り、外出先では立って小便しているのでしょう」と話している。


 なんと男性の49%が家でオシッコをするときに座ってやるという。49%といえば約半数だ。なんということだ。だったらズボンの前のあの小窓の意味がないじゃないか。オシッコというのは立ってするものである。その文化的伝統を「周りが汚れるから」というつまらない苦情のためにあっさり撤回して、妻の言いなりになって座ってオシッコするとは全くもって許せないのである。おまえらそれでも男かとオレは叱咤したくなるのだ。

 そもそも飛び散ってあたりを汚すのはオシッコの仕方が悪いのである。勢いをつけてど真ん中に命中させるようなオシッコをすればさほど飛び散らない。勢いがないからうまくど真ん中に出せないのである。中には陰茎が右曲がりのダンディや、小さすぎて指でつまめないペニスの小人もいるかも知れないが、ごく普通の男性なら狙った場所にちゃんとオシッコを出せるはずである。年をとった老人で尿の噴出時の勢いがなくなっているのなら仕方がないと思うが。

 そんなオレもたまに座ってオシッコする場合もある。それは大をする時ために腹圧をかけると膀胱が圧迫されて不本意にも尿が漏れてしまう場合である。それはある意味屈辱的なことではあるが、出るものは仕方がないのでオレは手で陰茎を押さえて便器内に尿が落ちるようにしている。しかしそれはあくまで大便時に発生する例外的自体であり、尿はついでに出てしまうのである。尿だけをする場合はあくまでも立ってするのがオレのポリシーである。尿だけをするためにわざわざズボンを脱いでトランクスをおろし、洋式便器に腰をおろすなんて面倒なことはしたくないのである。通常の立ちションなら30秒で終わることが、その面倒な脱衣のために2分かかるとすれば、それは時間の無駄というものである。もしも日本中の男性がすべてオシッコを座りションの形で行うようになった場合、全国にあるあらゆる男子便所を建て替えないといけなくなるし、それによって余分に時間がかかるようになった場合に失われる時間のトータルは膨大なものになる。男性従業員を大勢雇用する工場などではオシッコの時間が長くなることで生産性に悪影響が出てくるかも知れない。

 とにかくこのオシッコの所要時間の差は重大な問題だ。劇場などの同時に大勢の人間が利用する場所にある公衆トイレの場合、一人あたりの所要時間が30秒から2分に伸びれば混雑が4倍になるのと同じである。女性トイレの前には長蛇の列ができても、男性トイレの前には列ができないのはこの所要時間の差が大きいからである。立ったままオシッコできるという利点はすなわち男女の労働生産性の違いにも関わる問題なのだ。一日のオシッコの回数を5回として、立ちションの所要時間を30秒、座りションの所要時間を2分とした場合、なんと7分30秒も座りションの場合は時間を無駄にしてる計算になる。また一人あたりの排尿時の所要時間の増加は、高速道路のSAのトイレの数などの見直しにつながる。つまり、この座りションの問題を突き詰めていくと、かなりの公共投資が必要になってくるほどの重大な問題なのだ。

 日本中のトイレを作り直すにはどれほどのゼニがかかるだろうか。これからの高齢化社会や格差社会の中で新たに必要になってくる社会的インフラはたくさんある。その上にトイレのためにまでゼニがかかるような事態は断じて避けないといけないのだ。そのためにもこの座りション現象は絶対に阻止しないといけない。男は立ってションベンするべきなのだ。

 しかも「汚れるから座ってして!」と妻に言われて唯々諾々と従う夫たちの意気地のなさをオレは憂う。なぜ立ってオシッコする権利という男の股間(コカン)、いや沽券(コケン)に関わる権利をいとも簡単に手放してしまうのか。オレにはどうしても納得できないのである。オレなら一言「馬鹿野郎!オシッコが飛び散ったトイレをきれいに掃除するのは妻の役目だ!」と言い放つだけだ。

 誇りを失いうなだれて座ってオシッコをしてる男たちよ。明日からもう一度便器に向かって勢いよくオシッコを飛ばせ!そうして男の誇りを取り戻すんだ。すわってオシッコをするなんて男の恥だ。男なら立って豪快にオシッコを飛ばすんだ。


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2007年12月12日(水) 江草の大学改革試案        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 いつのまにか6位転落です。どうか5位以内に復帰できるように投票による支援をお願いしますm(_ _)m → ブログランキング投票!



 今の日本に大学は多すぎる。オレははっきりそう思っている。そして、多すぎる大学が実は国民を限りなく貧しくしてるということに誰も気づいていない。そういう観点で語られる論考をオレは読んだことがない。そういう部分からオレは今日書いてみたい。

 入学試験の偏差値の高い大学ほど高学歴高収入の家庭の子弟が多いと言うことは昔から言われてきたわけだが、逆に入学試験の偏差値の低い大学には、平均レベル以下の家庭から多くの学生が進学することになる。するとどういう現象が起きるのか。それは教育費の負担が重すぎるという現象である。大学の入学金や授業料は4年間で約500万、そしてその間の生活費などの重い負担が親にのしかかるのである。住宅ローンの返済にあえぐ親にさらにこの負担がのしかかることはますます親たちの生活を圧迫する。もちろん奨学金などを利用するという方法もあるが、この奨学金を踏み倒してる連中が増加していて、貸し倒れになった金額が2000億という話を聞くとどうやらその制度も破綻寸前だ。つまり、レベルの低い大学を作りすぎたために、その負担で社会は青息吐息の状態になってるのである。もしもそういう大学をなくせばどうなるか。社会は安価な若年労働者を大量に手に入れることとなり、親たちは学費や仕送りの負担から解放される。また、若者の就職や自立が早まると言うことで、晩婚化に一定の歯止めがかかることとなる。つまり、大学を思い切って減らしてしまうことは長い目で見れば社会にとってプラスになるということだ。

 もう一つ、大学が増えすぎて困ることは社会における労働者の構成比率である。実際の社会では現業部門で働く多くの労働力を必要とするわけだが、その人たちが大学を出ている必要があるとは思えない。いや、事務職でさえもそうである。それは地方公務員の中に大学卒業という事実を隠して採用試験を受験しているものが大勢いて処分を受けているということでよくわかる。そんなことなら最初から大学に行く必要はなかったのである。大学進学率が向上することは、高卒で就職する層の質的低下につながる。大学に行く意欲のない層しか残っていないということは、やる気がなかったり遅刻や欠勤が多かったり学力が低かったりというグループが高卒で就職するということにつながる。(実際は高卒で就職する人のたちの中にも優秀で勤勉な人はかなりいるのだが、平均的に見ればやる気のない者の方が多いということになる。)すると企業側は「高卒はダメだ」ということになってしまう。そのために高卒で就職すべき人材が、大学という4年間の回り道をしてきて、そのために親たちに無用の負担を与えてしまうのである。全く不合理な話である。

 また、やたら増えた中身のない大学にも文部科学省は補助金を出している。全くばかばかしい話である。大学生同士のケンカの末に殺して埋めたあの東大阪大学とか、ラグビーをやってるのか大麻をすってるのかわからない関東学院大とかにもちゃんと補助金はたっぷり出ている。大学の4割が定員割れで、選ばなかったらどこかに入れるという時代、分数の計算ができなくても大学生にはちゃんとなれるわけで、その質の悪さといったらもう想像を絶する状況らしい。講義中の私語雑談は当たり前、メールを打っている者やDS、PSPで遊んでる者までいるとか。高校と違ってそれを厳しく注意されることもない。つまりクソ学生であってもちゃんと授業料を払ってくれるお客さんなのだ。そういうわけで大学と言うよりはニート収容所と呼ぶにふさわしい施設がいたるところに乱立してるのである。社会はこんな連中を遊ばせるために高いコストを支払ってるのだ。全くばかばかしい話である。

 オレはそういうレベルの低い大学はつぶせと思う。どんどんぶっつぶしてしまえと思っている。極端な話、大学生を無作為抽出で試験して一定レベルに達しない場合は問答無用で取りつぶし、解散ということにしてしまえと思う。そうやって毎年大学の取りつぶしというか予備校への格下げを行えば、少なくとも大学教育は今よりもまともになるだろう。まずは数を減らすこと。今の半分の数にするだけでかなり大学生の質は向上するはずだ。高卒者ばかりになって不安が残るならその分専修学校とかの職業教育に力をいれればいい。もっとも職業科を減らして大学受験を前提にした全日制普通科ばかり作った高校側の状況にも問題がある。高卒で就職することを前提としたコースをもっと設置するべきなのだ。たとえば職業的ドライバーを養成するコースなんてものを高校で設置したらどうか。コンビニ科、ファミレス科なんかもいい。ユニクロやしまむらに就職するためのコースなんてものを高校で設置してもいい。企業が丸抱えの高校をもっと増やしてもいい。トヨタ高校や日産高校、日立高校、東芝高校なんかを作って現業部門の労働者を養成すればいい。CANONはあのクソ社長のことだから派遣社員で間に合わせようとするだろう。そこだけは論外だ。

 こんなに大学を増やせばどんなことになるか・・・そういうことについてゆとり教育を推進したあの馬鹿の寺脇研をはじめとする文部官僚どもはわかっていたのだろうか。増えすぎた大学は勉強しなくても進学できるという状況を生み出し、過重な学費負担は親たちの貧困化をますます加速し、やる気がない大学生の群れはその後大量のニートを生み出してるということに気づいていないのだろうか。

 どうすれば大学を減らせるのか。簡単なことである。入学定員を満たさないところ、学生が一定の学力レベルに到達しないところの補助金をカットして兵糧責めにすることで倒産を加速することだ。そうすれば経営の立ちゆかない大学がどんどんぶっつぶれて自然淘汰が進む。大学教員がセクハラ事件を起こしたところ、学長が変態だったところなども同様に補助金削減の対象にする。つまり教員の質を向上させられないところもまた弾圧するのである。そうやって数を減らせば自然に入学試験の学力偏差値は向上するはずだ。

 かつて日本の大学生は優秀だった。大学進学率が10%くらいだった時代、大学生になることは社会のエリートであることを意味したはずである。今は誰でも大学生になれる。全く受験勉強をしなくても大学生になれる。分数の計算ができなくても、カタカナが読めなくてふりがなをふってるような超弩級の馬鹿でも大学生になれる。そんな学生しか集められない大学を設置させてしまった文部科学省にも責任の一端はあるし、大学の設置ということが一つの公共事業であり、イナカモンドリームの実現であったというこの国のあきれた社会状況も一因だろう。ただ、間違った状況は速やかに改善されるべきだ。馬鹿しかいない大学に補助金が浪費される現状をオレは許せない。オレの払った税金が、講義中に大声で雑談しDSやPSPで遊ぶような馬鹿大学生のために使われることなど断じて許したくないのである。


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2007年12月11日(火) ガソリン価格の謎        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 地下鉄御堂筋線新金岡駅周辺の道路はガソリンスタンドの激戦地である。そこではなぜかすべてのガソリンスタンドが同一価格を表示するという現象が起きている。12月8日の時点ですべてのスタンドが、レギュラー151円、ハイオク161円と価格がそろっているのだ。そこでオレはいつも利用しているオレンジ色のエネオスのセルフのスタンドにクルマを乗り入れて、給油機にクレジットカードを差し込んだ。表示された価格はハイオク155円だった。ここは土日割引3円と、ENEOSカード割引3円のおかげで表示価格よりも6円安くなる。しかもENEOSカードは請求時にあらに2円値引きがあるので実質153円ということになる。しかし、店頭の表示価格は161円なのである。なぜだろうか。

 おそらく他のスタンドもなんらかの割引価格が存在し、実際はこの表示価格ではないのだろう。もしも店頭表示の価格が店によって異なるならば、1円でも安い店に集中するということで仁義なき価格競争に突入してしまう。もしかしたらそれを避けるためにこの「店頭表示価格トラスト」を各スタンドは結んでいるのじゃないだろうかとオレは邪推したのである。そうでなければENEOSもESSOもゼネラルもみんなそろって同じ価格というのはどう考えてもおかしいじゃないか。

 そこから2キロほど離れたところにある金岡公園南、RAINBOWという名の、かつてダイエー系列のDマートというのがつぶれたあとにできた商業施設の前にあるESSOのスタンドの表示価格を見てオレはびっくりした。ハイオク172円、レギュラー159円なのである。すぐ近くのスタンドの値段と全然違うのだ。そんなに高いところは閑古鳥が鳴いてる・・・と思いきや、そうではなくてけっこう流行っていて、従業員は忙しく窓を拭いたりして働いていたのである。なぜこんなに高いところで給油するのか? オレにはどうも納得できなかったのである。

 10円近い価格差が有れば、大阪のケチな人間は絶対に安い方でしか入れないはずだ。それなのに明らかに周辺のスタンドよりもかなり高いスタンドがどうして生き残っていて、しかもけっこう客が多いのか。オレはその理由がどうしてもわからなかったのである。なんでこのスタンドに客が来るのか?その謎はどうしてもオレにはわからなかった。

 最近はガソリンの利幅が薄いので、ガソリン以外のものを売って利益につなげようとするスタンドも多い。オイル交換や洗車などである。オレがいつも入れてる新金岡のENEOSのスタンドも「タイヤ交換キャンペーン、専門店にも負けません!」などと書いてあるがそれはだ。オレがオートバックスでつけてもらった1本約7000円という激安のタイヤがそこらのガソリンスタンドにあるわけないだろう。どうせブリジストンとかのかなり高価なタイヤしか選択肢がないに決まっている。

 競争に勝てないスタンドはどんどん廃業していく。オレが通勤で走る道路沿いでも廃業したスタンドは多い。取り壊されていつのまにかファミレスになっていたり、中古車販売店になっていたりする。プリウスのような低燃費のクルマが増えたので消費されるガソリンの総量は減っているはずだ。しかも大規模なセルフサービスのスタンドが次々と誕生する。従来のスタイルでやってるガソリンスタンドは従業員の人件費も払えない状況だろう。中にはせこい金儲けに走るとんでもないスタンドもある。

 オレの家の近くの出光のスタンドだが、母がパンク修理にクルマを持っていくと4500円もぼったくられたということがあった。オレはその金額を聞いてびっくりして店に怒鳴り込んだ。FTOを乗り付けてアルバイトに「責任者を出せ!」と怒鳴った。出てきたおっさんに「たかがパンク修理で4500円とはどういうことや、説明せんかい!」と抗議した。そこでおっさんは伝票を調べ、パンク修理とは別にタイヤの脱着料を2000円とっていたことがわかったのである。「パンク修理のたびにいちいち脱着料とるようなスタンドがあるんか!」とオレは猛然と抗議し、おっさんもその請求が手違いであったことを認めて詫びた。そこでオレは言った。「おまえら、オレのおかんがババアやからとぼったくったんちゃうんか。オレのおかんからぼったくったその店員はおるんか。おったらここに出さんかい!」もしかしたらそのクソガキはいたのかも知れない。しかしおっさんは「今日は来ていない」と答えた。オレは母を連れてきて首実検したいところだったが、それも面倒なのでとりあえず余分に請求された2000円を返してもらってそれで勘弁してやることにした。

 オレのような息子がいたから母がぼったくられた金額は無事に取り戻せたのである。多くの老人ドライバーはおそらく泣き寝入りさせられているのだろう。しかし、このような不当なぼったくりによって利益を上げなければならないほどに追い込まれたスタンドが多いこともまた事実なのだ。

 羽曳野市に安売りで有名なS石油というスタンドがある。もう20年以上も前だが、オレはここのスタンドで給油したときにバイトの女の子からガソリンをクルマにぶっかけられたことがある。白いボディにそんなのぶっかけられたらシミになるじゃないか。オレはクルマから飛び降りて抗議し、店の人があわてて拭いたのだがその車体にぶっかけた分がそのまま請求されていてオレは頭に来た。給油機のメーター通りの請求書に対して「なんでぶっかけられた分まで払わんとあかんねん、こんなもん払えるか!」と突き返したことがあった。ところが店の方は「払ってください」の一点張りである。ばかばかしくなってオレは窓から札を投げて「釣りはいらん、もう二度と来るか!」と急発進して出て行った。それ以降二度とそのスタンドには行ってない。もうずいぶん昔の話である。今もそのS石油は安売りで評判でそこそこ流行っている。アルバイトの給油技術が向上したかどうかはわからない。

 元売り各社の卸価格はどんどん値上げされるのに、安売りしないと客が集まらず、ほとんど利益がないような状態で苦しんでいるガソリンスタンドにとって、オレみたいにガラの悪い客の存在はますますストレスを高めるだけだろう。自らの正当性を主張する前に、そんな苦しい店の立場にももう少し配慮すべきだったかとも思うのである。それにしてもガソリンはいったいどこまで上がるのだろうか。


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2007年12月10日(月) オービスはバイクも逃がしません!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 速度違反に関する日記一覧


 速度違反を自動撮影するあの「オービス」という装置だが、いろんな都市伝説がある。たとえば時速180キロ以上なら写らないとか、隣に女性がいるとプライバシーの問題で写真撮影自体に問題があるので検挙されないとかである。変装していて本人ということがわからなかったら検挙されないという話も聞く。だったら覆面をして運転するという方法もある。実はオレは幸運なことに一度もこのオービスに捕まったことがない。オレが捕まったことがあるのはねずみ取りやパトカーや白バイの追尾だけで、それもずいぶん過去のことである。最後にスピード違反で捕まってからもう20年くらい経つだろうか。若気の至りで暴走していた過去の話である。

 自分がふだん走ってる道路にもオービスやその類のトラップはさまざまな場所に設置されている。阪神高速に関して言えば、オレはすべての設置場所を覚えているのでその直前で速度をやや落とすことにしている。それ以外の場所ではまあ不意の撮影に備えてとりあえずは安全運転するしかないのである。せっかく三菱FTOに乗ってるのにその高速性能を活かせないのがある意味残念である。

 顔が写らなくてもナンバーはしっかりと写るわけで、中にはナンバーに変なカバーをつけて撮影を妨害する卑怯者もいるわけだが、それも法規制されることとなった。あんなのはつけてるだけでどんどん検挙すればいいとオレは思っている。明らかにオービス逃れの意図しかないからだ。高速道路のSAとかで駐車中のクルマでもナンバープレートにカバーを装着してるのはかなりある。その場でみんな検挙してくれ。それを見逃してるのは警察の怠慢である。

 ナンバーが写らないとすればそれはバイクである。確かにバイク前面にはナンバーはない。それを理由に「バイクはいくらオービスに撮影されてもOK!」と暴走し続けた強者の女ライダー(大学院生)がいたのである。いやはや驚いたぜ。

速度違反27回 女性大学院生検挙オービス画像「バイクでも徹底的に追跡」/鹿県警(12/07 14:38)
 鹿児島県警交通機動隊は7日までに、鹿児島市吉野町の国道10号で、制限速度60キロを40キロ以上超えるスピード違反を27回バイクで繰り返したとして、道交法違反(最高速度)の疑いで、霧島市内の女性大学院生(25)を検挙した。国道には速度違反車両を撮影し取り締まるオービス(高速走行抑止システム)が設置されていたが、大学院生は「バイクなので大丈夫だと思っていた」と供述しているという。
 同隊によると、バイクは前にナンバープレートがないため、摘発されないという認識を持っている人が少なくないという。撮影画像の分析や聞き込み捜査などから大学院生を特定した。
 調べによると、大学院生は2006年10月中旬から07年10月初旬にかけ、鹿児島市吉野町の法定速度60キロの国道10号を、27回にわたり、時速100キロ以上で走行した疑い。大学院生は通学やツーリングの際に現場を通っていたという。
 同隊員らは月2回ほどのペースで悪質な違反を繰り返すバイクに目をつけ、撮影画像を分析するとともに、今年6月からオービスが設置されている現場付近で張り込みを開始した。しかし、通過する曜日や時間が不定期だったため、特定できなかった。9月からはバイクのメーカーなどを頼りに姶良、霧島方面で聞き込み捜査を行い、大学院生を特定した。
 同隊によると、今年に入って11月末までに同オービスが認知した速度違反の約3分の1がバイク。同隊は「悪質な違反についてはバイクでも徹底的に追跡し摘発する」としている。


 警察はこの27回の違反を執拗に追っていたのである。そして粘り強い捜査の末についに検挙にこぎつけたのだ。さて、この場合は複数回の違反に関して罰金を払うことになるだろうから確実に免許取り消しになるだろう。それにしてもこの女性ライダー、相当の走り屋だったような気がするのである。それが免許取り消しでもう二度と乗れないのである。もっとも無免許で乗る可能性もあるが。

 オレはこの違反を検挙した鹿児島県警の粘り強い努力を賞賛したい。6月から3ヶ月も張り込みを続け、それでも捕まらないので地域に聞き込み捜査を行ったという。そしてやっと逮捕にこぎ着けたのである。その執念に頭が下がる思いである。しかし、そんなに手間をかけなくても、高速道路のSAに行けばいくらでもオービス逃れのカバーをつけてる奴らがいる。そんなのを検挙するのは楽勝だろう。だから元から断てばいいと思うのだ。

 オレが霧島や国道10号線を自転車で走ったのはもう今から30年以上も前のことである。当時まだ中学生だったオレは春休みに九州を2週間かけて自転車で回った。そのときに霧島高原ユースホステルというところに泊まっている。前日に青島に泊まっていたのだが、えびの高原への登りがきつくて時間がかかってしまい、ユースホステルに着いたときはもう8時近くなっていて真っ暗だったという記憶がある。時間に遅れたことでかなりの迷惑をかけてしまったことを思い出す。霧島からのダウンヒルはかなり気分良くすっ飛ばすことができた。そんな昔のことをなつかしく思い出した。

オービスによる速度違反の検挙という方法に関してオレは納得していないのだが、少なくともネズミ取りというトラップよりはマシかなとも思う。十分にドライバーの用心で防げるからである。オービスが認知した違反の1/3がバイクということは、少なくとも多くのバイクは見逃されてるということである。そりゃ「バイクは大丈夫」という伝説も発生するだろう。この際前面にもナンバーを義務づければいいんじゃないか?


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2007年12月09日(日) 教え子に因縁をつけた体育教師の話        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 長年教師をしてるといろんな場所で教え子に出会う。その昔、大阪南部の片田舎の公立高校に奉職していた頃は、近鉄南大阪線というローカル線の車両の中に必ず学校の関係者がいた。教え子であったり卒業生であったり生徒の保護者であったりだが、必ず誰か知ってる人に会ったのものである。それだけ顔見知りの率が高いということはすなわち田舎ということである。それ以外にもびっくりするようなところで教え子に出会うことがあった。交通違反で免停になって、講習を受けるために門真にある免許試験場に出向いたところ、窓口の係員が教え子だった。「先生、こんなところで何してるんですか!」と大声で言われて、周囲で待ってる人たちが一斉にこちらを振り向いたのでとってもバツが悪かったことを覚えている。もっとも彼はちょっと便宜を図って、私の講習の待ち時間を少なくしてくれたのだが。私がそういうよんどころない事情で有給休暇を取ったことはすぐにその教え子の口からバレることとなったのだから悪いことはできない。

 ファミレスで食事をしてるときに少し離れたテーブルから人がこちらに歩いてきて「先生ですか?」と声をかけられたこともたびたびある。きっとオレのような特徴のあるオッサンはいつまでも忘れられないのだろう。毎年多くの卒業生を送り出すこちらとしては相手を忘れていても、生徒の方はしっかりと覚えてくれているのである。ありがたいというのか、困ったというのか、これでは絶対に悪いことができないのである。

 ところが自分の元教え子が元教え子であることに気づかずに暴行を加えた、ちょっと危ない教師がいたのである。鳥取県の話である。読売新聞のWEBサイトから記事を引用しよう。

恩師がいた、と顔見たら…「文句あるのか」と殴られる
 顔を見たなどと因縁をつけ、男性2人を殴るなどしたとして、鳥取県警米子署は8日、私立米子松蔭高校教諭松本裕樹容疑者(38)(鳥取県米子市錦町)と双子の弟の同県境港市社会福祉協議会職員松本直樹容疑者(38)(境港市渡町)を暴力行為の疑いで逮捕した。
 男性の1人は裕樹容疑者の教え子で、恩師と気づいて見ただけだったが、同容疑者は最後まで気づかなかったという。
 調べによると、両容疑者は6日午前0時50分ごろ、米子市冨士見町のレストラン駐車場で、店内から出てきた同県内の男性会社員(34)と同じ会社の男性パート社員(23)に「店内で何をじろじろと見ていたのか。文句あるのか」と言いがかりをつけ、2人の胸ぐらをつかんで頭や顔を平手でたたいたり、パート社員の腹をけったりした疑い。
 パート社員は裕樹容疑者から保健体育の授業を受けており、「先生が店内にいるのに気づき、見ただけなのに……」と話しているという。(2007年12月8日20時34分 読売新聞)


 ファミレスの店内で恩師の存在に気づいたらついついそっちを見てしまうだろう。「先生かな?声をかけたいけどまずいかな・・・」と思ってちらちら見たりすることは当然あるだろう。そんなことはごく普通のことである。オレは外見に特徴があるせいか、電車に乗ると他の乗客からよくじろじろ見られるし、街を歩いていても女性からじろじろ見つめられることが多い。いい男である以上、そんな宿命はちゃんと受け入れなければならないのである。だからじろじろ見られていてもちっとも気にならない。もしかしたらその視線はオレに対する不審の念から来ているのかも知れない。「なんでこのオッサンはこんないい女を連れてるのだ!」という嫉妬から来るのかも知れない。それもまたひとつの必然として受け止めるしかない。

 できるだけオレは目立たないようにとハンチングをかぶり、サングラスをかけ、街の風景に埋没しようと心がけているのだが、残念ながらそれでもバレてしまって教え子や暴言日記の読者から声をかけられてしまうのである。これまでに何度も見知らぬ人から「江草先生ですか?」と声をかけられたことがある。誰が見てるかわからないのでもう絶対に悪いことはできないのである。

さて、自分たちをじろじろ見ていたという理由で駐車場で待ち伏せして出てきたところに因縁をつけたこの松本裕樹、松本直樹の双子の兄弟だが、兄が私学教員というだけではなくて弟も社会福祉協議会職員とお堅いところにつとめているのである。駐車場で待ち伏せして殴ったという行為だけを見れば暴力団員かと思ってしまうが、しごくまっとうな職業だったのである。それだけにオレは驚いたのである。どうしてそんな職業なのに街のチンピラまがいのことをしたのかと。おそらく学校の方は懲戒解雇されるだろうし、社会福祉協議会の方もこんな乱暴者はお呼びじゃないだろう。自分たちのしでかした行為に対して、失うもの、払うべき代償はあまりにも大きいのである。

 それにしてもこういうチンピラまがいの連中はどうして「顔をじろじろ見られる」ことに対して怒るのだろうか。よほど自分の顔に自信がない情けない連中が多いのだろうか。容姿に自信が有れば堂々と振る舞えばいいのである。このオレ自身がいつもそうしているのだ。オレはいくら見られても平気だ。顔をじろじろ見ることを関西では「メンチを切る」という。見られた側は「ワレ、いまメンチ切ったやろ?」というセリフで相手に因縁をつけるのである。この事件は米子で起きている。米子のツッパリたちはどんなセリフを標準で使ってるのだろうか?そんなの顔を見られたくないと言うことは、見られるのがとっても恥ずかしいようなひどい顔の連中がツッパリグループには多いということなのだろうか。それはご愁傷様である。もう顔は直せないからせめて性格だけでも素直で穏やかになってくれ。


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2007年12月08日(土) 盗人も仁義を失った時代        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 あの戦時中や終戦直後のみんなが飢えていた時代ならいざ知らず、少なくとも畑や果樹園の作物を組織的に大量に盗むという泥棒は昔は聞かなかった。盗む側にも一定の仁義はあり、もともと畑や果樹園は誰もが自由に入れる無防備な状態の場合が多いのだが、そんなところに鍵をかけたり柵をつくって入れなくするなどという発想はなかったのだ。ところが数年前から状況が変わった。山形では収穫期のサクランボの盗難が相次ぐようになり、丸ごと収穫前に盗まれるような事件が頻発した。そんな仁義なき盗人が登場するようになったのである。こういう連中は仮に捕まったとしてもそんなに重い罰を受けることはない。そのためにますます行動はエスカレートしているのかも知れない。

 オレが盗まれる側ならきっと周辺にさまざまなトラップを仕掛けて、盗人の手首が刃物で切断されるような強力ねずみ取りでも仕掛けるだろうか。そうでもしないと気分が収まらないだろう。こうした盗人どもが実際に検挙される率はかなり低いのである。そのほとんどは盗まれ損なのである。盗まれるのがいやなら自分で防衛するしかないのだ。高圧電流でも流して侵入者を撃退すればいいのだろうか。
 産経新聞のWEBサイトでは、港に繋留してある船からガソリンが盗まれるという被害について報道していた。以下その記事を引用する。

原油高、漁船も標的に 厳冬の函館でガソリン窃盗相次ぐ 2007.12.7 23:14
 北海道函館市の川汲漁港内で、漁船に積まれた燃料用のガソリンがタンクごと盗まれる被害が相次いでいることが7日分かり、函館中央署は窃盗容疑で捜査している。
 調べでは、6日から7日朝にかけ、港に停泊中の南かやべ漁協所属の漁船10隻から予備のガソリンタンク10個(計約150リットル、約2万2500円相当)が盗まれているのを漁師が見つけ、同署に届け出た。
 南かやべ漁協によると、漁船の燃料にはガソリンやA重油、軽油などを使用。漁船用に調達するガソリンは11月末と比べて12月は一気に1リットル当たり5円アップしたという。同署によると、周辺では9月から漁船のガソリンなどが盗まれる被害がほかに15件発生している。
 漁協は「燃料費が上がり続けていて、それだけでも負担が大きいのに盗難も起きて、漁師にとって大きな痛手。鍵を壊してタンクごと持っていく荒っぽい手口なので対策も難しい」と話した。


 まさか寒い冬に船の付きっきりで監視するわけにも行かないだろう。そういう可能性がないとわかっているからこそ、このこそ泥どもは盗むのである。盗んで得られるものはたかだかガソリンにして150リットル程度。屈強な男性なら肉体労働でしっかり働ければ一日か二日でたやすく得られるようなわずかな金額を手に入れるために、盗みという罪を犯すのである。どうしてそんなわずかなゼニと引き替えに良心を捨ててしまうのか。どうしてそんな情けない犯罪をするのか。

 オレはこの仁義なきこそ泥どもには、それ相応の罰ではなく、その百倍くらいの重い罰を与えてもいいと思っている。窃盗行為が見つかればその場で射殺でもOKだとオレは思う。もしも警察がそこで射殺してもオレはその行動を擁護するだろう。「そんな情けないことをするクソ野郎はその場で殺されても文句は言えない」という常識をみんなが持つことが必要だ。オレがこういうことを書くと必ずどこかの人権屋が「教師がそんなことを言っていいのか」と文句をつけてくる。しかし、オレは人権というのはまっとうな市民のために保証されているものであり、クソ野郎や外道、人間のクズどもには人権など認める必要がないと思っている。死刑廃止論を唱える連中の大きな間違いは、死刑になるような外道と一般市民に同じ人権があると勘違いしてることである。外道には人権などない。そんな連中はその場で射殺されても文句は言えない、それがたまたま射殺されずに捕まったからきちっと手続きを踏んで死刑にしてるのだ・・・というのがオレの主張なのである。

この漁船のガソリン泥棒どもは見つければ射殺よりももっと苦しい罰を与えよう。冬の冷たい海に突き落としてやればいいのである。浮かび上がれずにそのまま沈んでも自業自得である。犯罪の代償というのはそれほど重いものである。だからまっとうな人間は絶対に犯罪には手を染めないのである。


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2007年12月07日(金) 書評『青い鳥』〜重松清        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 ムラウチ先生はうまくしゃべれない。言葉の最初がつっかえてしまう。なかでも「カ」行と「タ」行と濁音は全滅。だから先生は名字が「タ」行の生徒は名前で呼び、「タ」行の名前の生徒は名字で呼ぶ。朝の挨拶も「おはよう、ごっごっございます。きょ、きょ、きょ、今日は生活指導部からの、ぷっ、ぷっ、ぷっ、ぷぷぷプリントがあるので、くくく配ります。」となってしまう。上手にしゃべれないのにどうして教師になったのだろうと生徒たちは誰でも思ってしまう。しかし、ムラウチ先生はだからこそ教師になったのだ。うまくしゃべれないからこそ、大切なことしか話さない。彼が選んだ大切なこと、それはいつも生徒のそばにいること。ひとりぼっちの生徒のそばにいること。いじめを受けている生徒、周囲とうまく溶け込めない生徒、心に傷を負っている生徒、そんな生徒にこそムラウチ先生は必要なのだ。

 この小説にはさまざまな生徒が登場する。心に傷を負ってうまくしゃべれない生徒、教師を刃物で傷つけてしまう生徒、学校行事が大嫌いな生徒。主人公はそうした一人一人の生徒たちである。その一つ一つの物語に脇役として登場するのがムラウチ先生であり、結果的にこの作品はムラウチ先生の物語という形になっている。実は全く予備知識なしに読み始めたので、二本目の短編を読むまで誰が主人公なのかもわからずにオレは読んでいたのだ。

 この本を読み終えた後で、いや、正確には最後の短編を読み終えるその直前に、オレはあふれる涙を拭った。そして、この本こそ、教壇に立つすべての人に読んでもらいたい小説だと思ったのである。

 オレはなぜ教師になったのだろう。オレはこれまでの24年間いったいなにをしていたのだろう。いじめを受けている生徒の心の中をちゃんと見つめたことがあっただろうか。人はどうして他人をいじめるのだろう。そこにはどんな行動原理が働いてるのだろう。そんなことを自問自答しながらオレはこの本を読み続けたのである。進学校に勤務する以上、成績という結果を出さないといけない。生徒を大学に合格させないといけない。そして学校の価値は進学実績ではかられる。自分の努力が不十分で結果が出せなかったら、それはすぐに学校の評価につながってしまう。その環境の中で生徒たちが受験勉強を戦う一人の戦士であることを受け入れているのならいい。しかし、中にはその環境に順応しない者もいるはずだ。自分の居場所がそこではないということに気づいた者もいるはずだ。そんなときにオレはどうすればいいのか。

 ムラウチ先生ならそんなときどうしただろう。そういう生徒と出会ったときにどんなことばをかけるだろう。

 今も日本の多くの学校ではいじめが発生していて、新聞にはいじめを苦にして自殺する生徒のニュースが後を絶たない。統計の取り方を少し変えただけでたちまちいじめの件数は6倍に増えたという。実際はその何倍ものいじめが実際には起きているのだろう。本来楽しい場所であるはずの学校がなぜそんな場になってしまったのか。現場では今何が起きているのか。ニュースになって伝えられるのは事実のほんの一部である。いじめられた生徒が校舎から飛び降りることを決心するまでにどんな心の葛藤があったのか。それは誰にもわからない。いじめている側がわかっていないだけではなく、自殺した本人にもこたえは出せなかったのだろう。そこにはムラウチ先生はいなかった。いや、ムラウチ先生は間に合わなかったのだ。

 誰もがムラウチ先生になれるわけではない。でも、この本を読んだ教師たちが一人でもこの本に心を動かし、涙を流してくれるならば、少なくともまだ学校はまだ捨てたもんじゃないとオレは期待したくなる。



 この書を日本中のすべての教師と、ひとりぼっちで苦しんでいる生徒たちに贈る。


(↓本の写真をクリックすると詳しい説明が出ます。)



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2007年12月06日(木) なんでこんなにガソリン高いんやボケ!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 11月30日、オレはその日が月末であることも気にしていなかったが、たまたまよく行くセルフのガソリンスタンドの前を通ったこともあってついでにガソリンを満タンにした。確かハイオク150円だった。ガソリンが安くなるENEOSカードを使ってるので請求時にさらに2円割引があって実質148円ということになる。「少し下がったかな?」とオレはその価格に安堵していたのである。しかし、同じガソリンスタンドの前を今日通過したとき、価格がレギュラー151円、ハイオク159円になっていてびっくり仰天した。なんて値段だ。そこでオレは灯油を買った。なんと灯油は1Lが90円だ。なんてことだ。いったいこの冬の暖房費はどれだけかかるのか。

 もちろん暖房費を節約するためにいろんな防衛策をオレはすでにとっている。たとえばパソコンライフの変化だ。オレは自宅横の離れのパソコン部屋に置いてあるデスクトップのパソコンを執筆や仕事のメインに使っていたのだが、その部屋は冬は寒く夏は暑い。そのために冷房費や暖房費がかなりかかるのである。今年は去年とは比較にならないほど灯油が高い。それでオレは離れで仕事をするのをやめて、母屋にある妻の部屋で、こたつに入ってノートパソコンを使ってこの日記を書いているのだ。おそらく冬休みの時期にパソコンでネット株取引するときもこたつにノートパソコンですることになるだろう。それでかなり灯油は節約できるはずである。こたつにはいってるときは石油ファンヒーターはできるだけ使わず、こたつをメインの暖房器具にすればいいのである。

 毎日新聞のWEBサイトにはこんな記事があった。

灯油価格:107円上昇、ガソリン価格ともに過去最高値
 石油情報センターは5日、ガソリンスタンドの小売価格調査(3日現在、消費税込み)を発表した。灯油(店頭)の全国平均価格は18リットル当たり前週より107円高い1735円、レギュラーガソリンも1リットル当たり同4.8円高い154.9円と、ともに87年の統計開始以来の最高値を大幅に更新した。また、配達灯油の価格は18リットル1841円となり初めて1リットル100円を超えた。
 高値の更新は灯油が5週連続で、レギュラーは11月19日以来2週間ぶり。上げ幅は灯油が湾岸危機時の90年9月25日時点に次いで過去2番目で、レギュラーは今年11月5日に次ぐ過去5番目の大きさとなった。今年の最安値からの上げ幅は灯油で約3割、レギュラーが約2割に上っている。
 大幅な値上がりは、原油価格高騰による調達コストの上昇を受け、石油元売り各社が12月出荷分のガソリンなどの石油製品卸値を7円程度引き上げたため。元売り最大手の新日本石油が、傘下の給油所に値上げを強く指示したこともあり、全国の他社系列の給油所もほぼ一斉に追随した。
 今後の価格について石油情報センターは、「月初に様子を見てから値上げする意向の給油所もある。月内の全国平均価格はレギュラーの場合、数十銭単位だが上がるのではないか」と見込んでいる。【増田博樹】毎日新聞 2007年12月5日 19時22分


 燃料価格の高騰で国内のいろんな産業が打撃を受けている。国はこの状況を早急になんとかするべきだろう。いろんな対策があるがおそらく何も考えていない政治家どもの代わりにオレが教えてやろう。

 まず第一の対策は「究極円高策」である。これは今のサブプライムショックを利用してさらに為替市場のドル安を加速させ、円高を極端に進めてしまう方法である。1ドル=70円くらいまで円高を進めれば原油高なんてなんでもなくなる。逆に値下げできるくらいである。輸入するものがみんな安くなるので国民は豊かさを実感できるし、ある意味究極の防衛策である。日本の通貨である円が国際的に上昇することは、すなわち日本という国の価値が上昇することであり、世界と比較した日本の土地価格が上昇することでもある。国家の価値を上昇させるこの「究極円高策」はどうだろうか。

 もちろんそんなことになれば輸出企業は壊滅的打撃を受けるだろう。自動車産業はすべて破綻することが予想される。日本の基幹産業である自動車がダメになることはそのまま日本の国家としての没落を意味するかも知れない。もはや輸出産業はあきらめて、農業国として自給自足経済を目標にして、つぶれた工場跡地を畑にしたり、農業工場を設置するとかの産業構造転換が必要になるだろう。こんな政策を導入すればあの経団連会長のCANONの御手洗がカンカンになって怒るだろう。

 第二の対策は「ガソリン税廃止」である。自動車税という財源がイナカモンドリームの実現に主に役立っているという実態を思えば、こんなものを無くしてしまって法外なガソリン価格を引き下げてしまうのが望ましい。ガソリン代の半分近くは税金だから、これでハイオクを90円、レギュラーを80円くらいにできるだろう。そこまでやる必要はないということなら大幅減税でもいいじゃないか。余ってるガソリン税をどうするかということが国会で議論され、一般財源化するかしないかでもめるくらいなら、減税して余らないようにすればいいのである。そんなことも機動的に判断できない馬鹿大臣しかこの国にはいないのか。今「ガソリン税減税!」ということを発表すればそれは産業界にとってどれほど大きな支援になるだろうか。輸送業界だけではなく多くの人たちがその決定を好感して政府への信頼度が増すだろう。

 暖房用の灯油価格がこんなに上昇したら、大量にそれを消費する北海道の人たちなどはどうするのだろうかとオレは北海道に住んでいる友人たちのことを心配するのである。暖房費に一ヶ月5万円使っていた家はそれがいきなり7万円や8万円になったりするのである。その差額分をどこから捻出すればいいのか。

 第三の対策は「地球温暖化」である。二酸化炭素の排出削減に背を向けるアメリカや中国に同調して日本も「京都議定書なんか無視します!」と方針を大転換して、じゃんじゃん二酸化炭素を排出しまくるのだ。そして平均気温を上昇させ、極端な話、冬でも暖房なんかいらないくらいに地球を暖かくしてしまうのである。そうすれば灯油がいくら高くなっても気にならなくなる。ただこの政策の実効を見極めるには数十年の期間が必要であり、それまで日本政府、いや日本という国家が存続してるかどうかは疑問である。

 さて、この原油高なんだが、少しうがった見方をしている。それは、この原油高が原発を推進したい連中によるイカサマ相場ではないかという疑いだ。「こんなに原油が上がればもう原発にするしかありませんよ!」というふうに世論を誘導して原発をじゃんじゃん作らせたいから今の原油高を演出し、その一方で原油先物で大もうけしてるのじゃないかという疑いである。いずれこういう内幕は「ゴルゴ13」あたりでも取り上げて欲しいものだぜ。

 さて、こうしてオレはいくつか具体案を並べてみたが、どうやら政府のすぐにやろうとしてるのはガソリン税の減税ではなく、高速道路料金の値下げのようである。公団に値下げの痛みを押しつけて、税収の方はきっちりと確保していこうとするあたりがなんとも情けない話である。原油高の影響で景気が悪くなれば法人税の税収そのものが減ってしまうことに気がついてないような馬鹿しか政府にはいないことがこれで証明されたのである。


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2007年12月05日(水) 大阪府知事選挙はどうなるんだ?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 昨夜書いたつもりが今見るときちっと更新できていなくて、早朝や深夜に日記を楽しみにしてくださった方には大変失礼いたしました。更新が遅れたことをお詫びいたします。


 ゼニと政治の問題で多くの批判を受けた太田房江知事を、自民党も公明党も民主党も推薦しないという方針が打ち出された。最初は「無所属でも出馬する」とKYなことを語った太田知事だが、とうとう出馬断念ということになった。オレとしては知事をやめる前に汚職でちゃんと立件して欲しいのだが、大阪府に居住する人間としては次の知事が誰になるのか気になるところである。
 さて、大阪府知事選挙としてオレが考えるのは次のような候補者だ。なお、この日記はいつもにも増してふざけてかいてるので、どうか笑い飛ばして読んでくれればありがたい。

お笑い枠          西川きよし  島田紳助

ラジオパーソナリティー枠 浜村淳  道上洋三  角淳一

タレント枠         上沼恵美子  沢口靖子  藤原紀香

阪神枠           川藤幸三

学者枠           橋爪紳也


 「お笑い100万票」というのは大阪の政治を語る上で絶対に無視できない要素である。そういうわけで大阪選挙区から出た西川きよしは長期間参議院議員を続けてこれたのであるし、横山ノックというただのエロオヤジも知事になれたのである。お笑い界の方が出馬すればその100万票が自然と転がり込むというわけで、自民党は来年の大阪府知事選挙の候補者として西川きよし氏に打診したそうだが、あっさりと断られたらしい。そうなると残り一人は・・・とオレは島田紳助を予想するのである。最近の出演番組は政治に関わるものが多い。となるともしかしたら・・・と可能性をオレは考えてしまうのである。

 大阪にはラジオパーソナリティー枠というのもある。昔、ラジオのパーソナリティをしていた中村鋭一が参議院議員選挙に大阪地方区で出て当選したことがあったが、オレが小学生の頃に売られていた阪神タイガースの歌「六甲おろし」のレコードを吹き込んだ歌い手は中村鋭一だったのである。阪神が勝った翌日は朝のラジオ番組中で六甲おろしを熱唱するというパターンは道上洋三に受け継がれている。それでオレは道上洋三を挙げたのだが、だったらもっと多くの人に聴かれている浜村淳ならもっと当選する可能性は高いとオレは予想する。またもう一人おばちゃんたちに人気なのが角淳一だ。これも全国的な知名度はないが、大阪なら誰でも知っている。きっと「大阪をすみからすみまでよくしてくれるだろう」という期待を集めそうである。

 ただ、タレント枠というのもありかも知れない。芸能人を連れてきてその人気で浮動票をかっさらうという作戦である。愛知県で末広まき子が有権者を欺いて当選したが、大阪で上沼恵美子がでるならもっと人気があるだろうし、おばはん票をかき集めて当選するだろう。ただ、タレント枠を使うのならオレとしてはやはり美女枠として沢口靖子、海外ボランティアなどの行動で話題になってい藤原紀香あたりが面白いだろう。そのどっちかが出るならオレは入れてもいい。というのはオレの勤務する学園には知事が来ることがあるからだ。間近に沢口靖子や藤原紀香を見ることができればかなり嬉しい。それだけのために投票するというのはかなり問題かも知れないが。

 学者枠というのは、昔大阪府知事に大阪市大の教授だった黒田了一を引っ張り出したことからの連想である。今のところ学者の世界の方がはるかに楽に見えるので、その職を投げ打って大阪市長選に出た橋爪紳也氏の勇気と行動力をオレは評価している。どうだ、橋爪さん大阪府知事を目指してみたら。

 最後にオレがふざけて推薦するのが、もと阪神タイガース選手の川藤幸三だ。1985年の優勝したシーズンの頃は代打でかなり活躍した。1986年のオールスター戦には監督推薦で成績を度外視して選ばれている。吉田監督も粋な計らいをしたものである。おそらく阪神ファンの票をがっちりと固めてくるだろう。もしも候補者乱立ということになれば、阪神票だけでも十分に勝ち目がある。

 さて、ここまで全くふざけて書いてしまったが、実際の候補者選びはなかなか難航してるらしい。本当に候補者がないのならオレに声を掛けてくれよ。オレが大阪を変えてやるよ。

 追記:オレがこの日記を出したその日の朝、奇しくもこのようなニュースが飛び込んだのである。オレはびっくりしたが、大阪市長よりも大阪府知事を選んだのだということで納得した。橋下弁護士なら圧勝間違いなしだろう。過去最高得票になるかも知れない。
<大阪府知事選>橋下徹弁護士擁立を軸に自公が調整
12月5日2時36分配信 毎日新聞
 来年1月10日告示、27日投開票の大阪府知事選で、自民、公明両党がタレントで弁護士の橋下徹(はしもと・とおる)氏(38)擁立を軸に調整していることが分かった。自民党幹部が3日、橋下氏と会い、立候補の意思を確認した。近く正式に出馬表明するとみられる。両党は民主党にも橋下氏の推薦を呼びかける方針で、相乗りでの擁立も目指している。
 3選を目指していた太田房江知事は3日、「政治とカネ」問題がきっかけで立候補断念を表明。自民、民主、公明3党は、相乗りも視野に候補者選定を急いでいた。
 自民党は橋下氏のほか、片山善博・前鳥取県知事や元アナウンサー、大学教員らにも出馬を打診してきたが、最終的に橋下氏擁立で決着する見通し。関係者は「橋下さんは正義感が強く、停滞した大阪を立て直し、明るくしようという強い熱意がある。テレビでの知名度も抜群だ」と話した。
 自民、公明両党は、来年2月の京都市長選のように3党相乗りを模索する考えだ。ただ、民主党は小沢一郎代表の「相乗り禁止」方針があるうえ、府連幹部は「こちらが立てた候補に、自公が乗るのは排除できないが、こちらから自公の候補に乗ることはない」と述べ、自公主導の相乗りには否定的だ。
 橋下氏は、大阪府立北野高校、早大を卒業し、94年に司法試験に合格。テレビのバラエティー番組などにレギュラー出演している。大阪市長選(11月18日)では、自民党が擁立を打診したが、断っていた。
 知事選には、弁護士の梅田章二氏(57)が共産推薦で出馬表明している。


 ところが橋下弁護士は自民党からのこの要請を断ったそうである。弁護士活動が忙しいということだった。知事なんてのは売れっ子ではない暇な弁護士のやることらしい。梅田章二さん、そういうことですか?



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2007年12月04日(火) なぜ洗車をすると雨が降るのか?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

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 暴言コラムにはふさわしくない話題かも知れないが、どうも気になるので今日はこのことを書きたい。なぜ洗車すると高確率で雨が降るかということなのだ。実は昨12月2日日曜日の午前、オレは自宅で久々に真っ赤なFTOを洗車した。カーシャンプーで泡だらけにして、それをホースの水で洗い流してから丹念に水分を拭き取り、乾いてから今度は固形ワックスを専用のスポンジで塗り込んで、しばらく乾かしてから柔らかめのタオルで拭き取るという行程で午前中をつぶしたのである。

 自宅前で洗車しているとご近所さんが必ず前を通る。近所のおばちゃんたちがオレに掛けてくる言葉はたいてい決まってる。「また洗車してるの?明日雨降るやんか!」である。「オレが洗車している=雨が降る」なのである。それもきわめて迷惑そうに言われることが多いのである。「よけいなことしないでよ!」という口調なのである。そんなにオレが洗車することは迷惑なのだろうか。洗車を終えた翌日の月曜日である12月3日、朝出勤しようとしたオレを待ち受けたのは、こんな本格的な雨は二ヶ月ぶりくらいかなと思うような激しい雨だった。

 さて、この「洗車=雨」という現象はなぜ起きるのだろうか。もしかしたら近所のおばちゃんは予知能力が高いのだろうか。その予知能力を使って明日の雨を予測して、オレに向かって「今日洗車しても明日雨が降るから無駄よ!」と伝えたかったのだろうか。だったら雨が降らないときは何も言わないはずである。しかし、オレが洗車してると必ずこの言葉が投げかけられるのである。もちろん雨が降らなかったこともないではない。ただ、オレの感覚としては降水率は80%くらいはあると思う。そういえば洗車した翌日ってかなり雨降ってるなあ・・・とこのオレ自身も思ってるのだ。

 おばちゃんの予知能力のせいではないとすると、このオレ自身に何かの能力が備わってるのだろうか。もしかしたらオレは雨乞い体質で、いわゆる「雨男」という不名誉な存在がこのオレなんだろうか。いや、そんなことはないはずだ。オレは今から20年近く前にヨーロッパをまる一ヶ月旅行したが、そんない雨に降られたわけではない。オレの記憶では雨は一ヶ月のうちで4日くらいだったと思う。そんなのは降ったうちに入らない。少なくともオレは雨男ではない。そうするとオレがこの雨乞い体質を発揮するためには「洗車」という降霊の儀式をする必要があるわけだ。オレが時間を掛けて丹念に洗車していること自体が、雨を降らせる神を招き寄せる降霊術だったのだ。ああ、なんということだろうか。せっかく洗車してもすぐに汚されてしまうという宿命をオレは背負ってしまったのだ。ああ、なんと言う悲劇だろうか。

 しかし、オレのように「洗車をした翌日に必ず雨が降る」という悲劇的な宿命を背負ってる人は他にもいるはずである。そうでなければ近所のおばちゃんから「雨降るからやめてや!」などと言われることはないはずだ。世の中には「洗車をすると雨が降る」と陰口を叩かれている方が無数に存在し、その無数の人たちのアンラッキーの積み重ねの上に「洗車をしたら雨が降る」という言葉がまるで決まり文句のように語られるという状況があるのではないだろうか。

洗車という個人的なことがらと、雨が降るか降らないかという自然現象との間にはそもそも何の相関性もない。大勢の人が洗車をすればそれを乾燥させるときに大量の水蒸気を発散し、空気中の水分が増加して雨が降る・・・なんてことはないのである。ああ、それにしてもどうしてきちっと洗車した翌日、それも二ヶ月ぶりくらいにやっと洗車するだけの余裕が生まれたその時に限って、どうしてこんなに激しい雨が降るのだろうか。

 きっとオレに向かって「雨降るからやめてや!」と言ったおばちゃんは、翌日の雨を見て「ほーらわたしの言うたとおりやんか」と思い、オレと顔を合わせれば必ず「あんたが洗車したから雨になったやん」と言うのだろう。オレはそのおばちゃんの軽口が現実のものとなり、次の洗車の時も同様の言葉を投げかけられることがわかってるだけに悔しくてならないのである。


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2007年12月03日(月) 謎の変態野郎、彩都に出現!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 この世にはいろんな変態がいる。その中にはかろうじて理解可能な変態もいないことはないが、多くはオレのような常人には理解できない連中である。下着フェチというのもオレにとって理解できない変態の一つである。どうしてそんなに下着にこだわるのか。オレにとって問題なのは下着ではなくてその中身の女性がどうであるかであり、下着などはただの布きれなのだ。女性に対して欲望を感じたり好意を持ったりするのはわかるが、下着に対してこだわっても仕方がないだろうと思うオレには、かつてそんなものが高価で取引されていた「ブルセラショップ」というものがあることが信じられなかったのである。今も存在するのかどうかわからないが、そこでは女性が一度着用した古パンティとかが着用者(本当かどうかはわからないが)の顔写真付きで販売されていたという。

 女性の汚れた下着に愛着を感じる変態男たちは、その香りや汚れから使用者の女性に思いをはせることができるからこそ、その物体を愛するのであり、もしもその下着の着用者が変態男だとしたら逆にとんでもない汚物だと感じるだろう。その汚物生産者が自分のはいた女性用下着をあちこちにばらまくというなんともいえない情けない事件が大阪で起きていたのである。アサヒコムの記事から引用しよう。

女性用下着で出勤、帰宅後民家に投げ捨て 容疑の男逮捕
2007年12月02日19時05分
 女児用の下着や成人向けのストッキングを他人の家に投げ入れたとして、大阪府警は2日、大阪府茨木市彩都(さいと)あさぎ3丁目の会社員押谷和夫容疑者(48)を廃棄物処理法違反(不法投棄)の疑いで逮捕した。「自分が身につけた下着を見た住人が嫌がる様子を想像すると興奮した」と容疑を認めているという。新興住宅地の彩都地区を中心に昨年6月以降、同様の投げ捨てが約100件あり、府警は押谷容疑者が関与したとみている。
 茨木署の調べでは、押谷容疑者は今年9、10の両月、自宅近くの民家3軒の庭などに女児用の下着や成人用ストッキング計7枚を投げ捨てた疑い。同署は同容疑者の自宅から女性用の下着類200点以上を押収した。
 押谷容疑者は下着類を近くの量販店で購入。女児用下着などを履いて出勤し、帰宅後、主に深夜帯にマイカーで塀のない民家を探し回っては投げ捨てたという。住民らの届け出を受けた同署が車のナンバーなどの目撃情報を元に調べていた。


 この変態を検挙した罪名が「廃棄物処理法」であったことにオレは笑ってしまう。こういう変態の存在を法律は予想していないので、とりあえず「そこらにゴミを捨てた」という事例と同じものとして立件するしかないのである。それにしてもなんと情けない行為であろうか。そしてこの48歳会社員の楽しみというのはこの「女性用下着を身につける」「それを民家の庭に投げ込む」以外になかったのだろうか。どうも腑に落ちないのである。しかもこの変態はその犯行を自分の居住している地域でやっている。すぐにバレても仕方のない間抜けさである。

 さて、投げ込まれた方の家も困惑しただろう。干してある下着が盗まれるならまだわかるのだが、庭に投げこまれるというのはどう判断すればいいのか。またその下着をこの変態男は着用してるのだが、それはどんな状態でどんな汚れが付着していたのだろうか。それはオレにも想像がつかないのだが、少なくともこの男の目的とする「嫌がらせ」のためには、何らかの「男が着用していた」という痕跡がないといけないわけである。ということはもしかしてあの液体をそこになすりつけていたのだろうかとオレは想像してしまう。もしもそうならこれはやはりとんでもない変態である。そんな気色悪い汚れの付いた下着が投げ込まれれば、不愉快なことこの上ないのである。庭に空き缶が投げ込まれるくらいの不快さではないのである。

女性用下着を身につけて喜ぶ変態なら「女装マニア」というものであり、それはそれで一定の人口が存在していてかなりの市民権を得ているといえる。本物の女性よりも美女に見えるような方たちも大勢いるし、オカマバーなどの就職先も充実している。このオレも「女装マニア」に対しては偏見も不快感もない。別にその行為自体はさほど問題ではないと思うのである。しかし、その下着をわざと捨てるという行為がどうしてもオレには理解不能なのである。もっとも変態の行為を理解できるのは同種の変態だけであり、そういう意味ではノーマルなオレに理解不能なのは当然で、理解できないことをこそ喜ぶべきなのかも知れないが。もしも理解可能な変態さんがいれば、この行為の本質を説明してくれるとありがたいのだが。

オレはこの男の行為に対して「廃棄物処理法」よりももっと罰則の思い別の法律を適用すべきであると思っている。なぜならこの行為は「ゴミをそこいらに捨てる」という行為ではなくて、悪意のある嫌がらせであり、された人を不愉快にすることが目的だからだ。だから検察側は立件に際してどうかこの罪状を見直して欲しいのである。

 この事件の舞台となった彩都と言えば、千里中央からさらにモノレールで16分かけて到着できる、最近誕生したばかりのニュータウンである。そこに越してきた人たちはよもやそんな変態がその街の住人であるとは誰も思わなかったはずで、かなりのショックを受けているだろう。まあ変態とは時と場所を選ばないものなのかも知れないのだが。

追記:夕刊フジにさらに詳細な記事があった。

女児用パンツはいて快感、下着バラマキ魔の素顔 (夕刊フジ)
 大阪府茨木市で自分がはいた女児用パンツを近所の民家に投げ捨てていたとして、茨木署は廃棄物処理法違反の疑いで会社員の男(48)を逮捕した。近所の主婦からは「きれい好きで爽やかなご主人」と上々の評判だったが、その裏側で多彩な女性用下着を収集。民家に投げ入れては、困惑する若奥様たちの姿を想像して楽しむという奇行をくり返していた。
 「最初は郵便受けに大人用の下着を投げ入れられていたのが、最近はナイフで切り裂かれたパンツや汚物のついた女の子用のパンツが自転車のサドルにかぶせられていたりと、内容がエスカレートしていった」
 容疑者の自宅近くに住む20歳代の主婦は、去年の4月に転居して以来、約1年半の間に5回も被害にあった。
 道端などで顔を合わせると、容疑者は「こんにちは」とにこやかに声をかけてきたといい、「意図的に狙われていたのだとしたら気味が悪い」と眉をひそめる。
 容疑者は約3年前から大阪府豊中市の金属部品会社に勤務し、昨年1月、滋賀県から引っ越してきた。妻と数年前に死別しており、社会人の息子、高校生の娘との3人暮らしだった。
 容疑者が土曜、日曜には庭先にある鉢植えの花に朝晩水やりをしたり、家の周りの掃き掃除をしているの見ていた主婦は「きれい好きのマメなご主人という印象だった」と話す。
 近所の小学生の女児が庭で草むしりをしていると、「お手伝いして、えらいねえ。何年生?」と声をかけることもあったが、女児の母親は「変質的な感じはなく、とても爽やかな雰囲気の人だった」と振り返る。
 しかし、真逆の顔を持っていた。家宅捜索で押収された約100枚の幼児用のパンツは、イチゴやキャンデー、ヒツジなど動物の柄のものもあり、容疑者はこれらをはいて会社に通勤。使用後のパンツを他人の家に捨てる行為を繰り返していた。犯行の動機について「家の人が、自分がはいた下着を見つけて驚くのを想像すると、余計に興奮した」と供述しているという。女児用パンツのマニアだったが、性的興味の対象は若奥様たちだったようだ。
 犯行は下着の投げ入れだけにとどまらなかった。「去年の12月には下着のかわりにSMなどハードな内容の成人用雑誌がうちを含めて複数の家の玄関先にまき散らされていたこともあった」と、別の主婦(32)は証言する。
 疑者の自宅のある一帯は、1994年から宅地造成が進んでいるニュータウン。居住者は若い世代の家族が多く、被害にあった住宅の大半は20−30歳代の主婦が住んでいるという共通点があった。
 一帯では容疑者が引っ越してきた直後の昨年5月ごろから、同種の被害が170件以上起きていた。調べに対し「すべて私が1人でやった。申し訳ない」と供述しているという。


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2007年12月02日(日) 鉄道会社の社長さん募集します!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 よほどの鉄道ヲタクの方しかご存じないと思うが、茨城交通湊線は、茨城県ひたちなか市の勝田駅と阿字ヶ浦駅とを、旧那珂湊市街を経由して結ぶ茨城交通の鉄道路線である。かつては常磐線勝田駅から那珂湊駅市街を結ぶ連絡路線としての役割を果たしていたが、ひたちなか市まで伸びた北関東自動車道などのせいで見向きもされなくなってさびれてしまったのはお決まりの零落パターンである。かつては海水浴シーズンに上野駅から急行列車「あじがうら」が終点の阿字ヶ浦駅まで乗り入れていたこともある。しかし、日本中の多くの地方ローカル線と同じようにその経営状況は悪く、廃止されるのも時間の問題とされていたのであった。

 2005年12月に、茨城交通は地元ひたちなか市に対して、経営状況が厳しいため2008年3月で廃線にする意向を示したが、それに対して市は、財政支援も視野に入れて存続をさせたいという方針を示した。、経営は赤字ではあるが、茨城交通側は支援を受ければ赤字の解消や老朽化した施設の改善が可能として2007年3月31日に廃止届の提出を当面見合わせると発表したのである。

茨城交通はかつてこの湊線以外に水浜線、茨城線という2路線を保有していたが1966年に水浜線、1971年に茨城線が廃止され、残った唯一の鉄道路線がこの湊線だったわけで、これが廃止されるとかつての鉄道路線をすべて失うことになる。地元ひたちなか市にとっても市の中心部を貫くこの鉄道の廃止は困るというわけで、第三セクターとしての存続を目指すこととなったのである。さて、この新会社の社長のなり手をどうするかという問題を前にして、なんとひたちなか市は公募という手段をとったのである。

薄給に負けない三セク社長募集 湊線2007年11月30日
 第三セクター方式での存続が決まったひたちなか市の茨城交通湊線(勝田―阿字ケ浦、14・3キロ)について、湊鉄道対策協議会(会長・本間源基市長)は29日、三セクの社長と社名を公募すると決めた。
 社長の条件は、会社経営の実績や企画力があり、健康で人間性が豊かな人。12月10日〜来年1月15日に全国から募る。年俸は700万円程度で、任期は1年。本間市長は「報酬は安いが、廃線寸前だった鉄道を再生することに夢やロマンを感じてもらえる人はいるはず」と期待している。社長も社名も、ひたちなか市の企画調整課が応募窓口になる。
 また、三セクの役員には、株主の茨城交通から常勤取締役1人、同社と市から非常勤取締役が1人ずつ就く方向で、従業員は同社から出向し、全体で30人規模になる見通しだ。市は12月定例会に三セクに9千万円出資するための議案を提出する。


この社長の公募だが、おそらく全国からかなりの希望者が殺到するのではないだろうか。なぜかというと鉄道会社の社長はある意味鉄ヲタの人たちにとって絶対に実現不可能な夢の一つではないかとで思うからだ。それが今こうして実現可能な形で提示されたのである。しかも年俸700万である。これは社長にしては安いかもしれないが、サラリーマンの平均の所得からみればかなりいい方である。もちろん「会社経営の実績や企画力がある」という条件を満たす人は少ないかも知れないが、意欲やアイデアだけなら私のようなただのオッサンでも腐るほど持っている。どんな基準で決めるのかはわからないが、少なくともかなりの競争になりそうな気がするのだ。そこでオレからの提案は「持参金で決めろ」ということである。こんな年俸をあてにするような人間ではなく、無給でもやりたい。ゼニを出してでも鉄道会社の社長をやりたいというような人間を社長に据えればいいのである。持参金も1億とか2億持ってこれるような大金持ちに社長をやってもらえばいいのだ。デイトレで名をなしたジェイコム男さんなどを社長に引っ張ってきて、鉄道をまるごと買い取ってもらえばどうだ。

 あるいはヤフオクで「茨城交通湊線社長の権利」を入札させればいいのである。その期間を1年とか2年に設定して、500万とかからスタートしてみればいいのだ。案外高額で入札されるかも知れない。実は昔鉄道好きだったオレも、この社長公募には心が動くのである。1%くらいは「応募するのも悪くないかな」という気持ちがある。しかし、茨城県というのがくせ者だ。オレは納豆が大嫌いなんだが、茨城といえば納豆の本場である。そんな土地の食生活に耐えられるのかということが気になるのだ。

 社長の年棒700万以外に役員にも高額報酬を払うのだろうか。赤字ローカル線ということを考えればそんな余裕はないだろう。社長は名誉職だから無給、役員などはいらない。鉄道を動かすのに必要な最小限の社員だけで十分だ。その社長になるにはゼニを払わないといけないということにしても、日本には多くの鉄ヲタたちがいて、その趣味に数百万、数千万というゼニを投じているのである。彼らのそのゼニを「鉄道経営を支える」という方向に役立てるためにも、この公募には究極の鉄ヲタたちが参加することをオレは期待している。ぬれ煎餅で危機を脱した銚子鉄道に続け!である。社長の地位をヤフオクで売り飛ばして危機を脱する鉄道会社というのもなかなか面白そうだぜ。


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2007年12月01日(土) 世界金融恐慌について考える        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 米国発のサブプライムローンの問題に端を発した世界金融恐慌だが、オレはどんな形で決着がつくのかずっと考えていたのである。アメリカはあの世界恐慌を乗り切るのにニューディール政策というのをやって、公共投資をじゃんじゃん行うことで雇用を回復させ、景気を立て直したという実績がある。もっともそんな手法は今の経済には通用しないし、新幹線やダムを造って景気がよくなると信じてるのはイナカモンドリームにとりつかれた田舎議員どもだけだろう。そういう借金がますます国家の財政を硬直させて破局への階段を上ることになるというのが事実で、それを認めたくない方々がまだ政府与党にはたくさんいるようだがいずれ政界引退するだろう。

 ドル安、原油高、景気悪化、住宅価格下落という要因が重なったところに発生したこの金融恐慌、製造業が壊滅した後のアメリカの主産業は今や金融業である。その金融業(というよりは世界の富を根こそぎアメリカに持ってくるためのイカサマ賭博)が、イカサマをし損ねて破綻しだしたのが今回のサブプライム問題なのだ。

 これ以上ドル安が進むとどうなるのか・・・そんなことをされたら困るのは世界の富豪たちである。なぜならその資産はドル建てであることが多いからだ。ドルに換えて投資されているその資産はドル安の直撃を受ける。巨額のオイルマネーもドルに換えられて金融市場で運用されているわけであり、そのドルの価値が下がると言うことは富豪たちの富が減ってしまうことである。この世は金持ちたちに都合よく回っているという普遍的真理を思えば、これ以上のドル安は容認しがたいということだったのだろうか。1ドル=107円台を底値にしてドルは急激に反発してきた。オレにとって全く納得いかないのは、アメリカが利下げを予定してるのにも関わらずドルが上がることだ。利下げはその通貨の価値を失わせるわけで普通ならドル安要因である。それなのになぜドルが上がり始めたのか。それはこの相場がイカサマだからである。

 利下げの報道があればNY市場の株価は上昇する。アメリカの株高はドルで投資してる人たちにとっては追い風となる。この利下げの報道はこの秋になってからかなり頻繁に話題になった。「利下げ」に関する話がアメリカで話題になるたびにNY株価は上昇した。

 しかし、利下げには限界がある。0%以下の金利、つまり借りたらお金がもらえるなどという馬鹿げたことは起きないわけで、これ以上の利下げはそれほどの効果をもうもたらさないだろう。そうなると全く別のネタが必要になってくるわけだ。それがたとえばアブダビ金融庁のシティグループへの資金供給の話だったのである。

 アメリカはもう一つイカサマを繰り出してきた。それはサブプライムローンの借り主が払わないといけない利息を軽減するために、3年目以降は予定通では上昇するはずだったローン金利を借りた時点のままで凍結させるという方法である。いわば現代版徳政令である。これによって破綻を防ぐ・・・ことは無理だがとりあえず先送りはできる。その方針に大手金融機関がすでに合意してるという。だったら普通のローンと同じじゃないか。信用力の低い借り主にも普通のローンを貸しまくれば破綻したときの被害がますます大きくなるじゃないか・・・とつっこみたくなるのだが、とにかくこの現代版徳政令を出さなければいけないほどアメリカでは事態が深刻なんだろう。

 いつになったらアメリカの大手銀行の中に破綻するところがでるのだろうかと、野次馬根性満点のオレはいつも報道が気になってるのだが、奴らの姑息なところはサブプライムローンを含んだやばい金融商品をさっさとヨーロッパや日本の金融機関に売却してしまっているということである。そんなものがいずれ無価値になるということをわかった上で世界に売りさばいた詐欺国家なのである。その詐欺国家が繰り出してきたウルトラCの金融機関救済策(決してサブプライムローンの借り主、いわゆる低所得者たちの救済策ではない。)が今回の落としどころになるのだろうか。

 日経平均が1万5000を割り込んで下げていた頃、個人投資家の多くは持ち株の値下がりに耐えきれずに損切りして投げてしまった人が多かったという。オレはずっと下げ止まりを待っていた。買いではいるタイミングを待っていたのである。オレが数日前のこの暴言日記の中で「今の日本株は買いだ!」と訴えたのは、そうした展開を予想したからである。原油高によってふくれあがったオイルマネーによってアメリカの金融機関が救済され、株安に歯止めがかかり、下げ止まれば後は安心した個人が一斉に買いに入ってきて一気に株価は上昇するというシナリオだ。そういうわけで11月の最後の週、オレはせっせと安くなった主力株を拾っていたのである。オレが買った直後に猛反発が始まった。まさか底値で仕込めるとは思わなかったぜ。

 チャートを見れば底打ち反発の形になってるものがたくさんある。住友金属、三菱マテリアル、新日鐵、トヨタなどの225平均採用銘柄の中でも出来高の多い主力株のチャートがそろって底を打って反発上昇するという状況になってるのだ。

 株価が上昇するということは、日本経済が安定成長しているということである。 しかし、実際の景気はもう下降局面である。各々の経済指標もなんだかうさんくさい。今回の上昇が最後のだまし上げである可能性も捨てきれないのである。さて、12月の相場はいったいどうなるのだろうか。


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