江草 乗の言いたい放題
コラムニスト江草乗の日記風エッセイ クリック募金にご協力お願いします。

日記目次(検索可能)前日翌日 エンピツ投票ランキング  江草こだわりの店  江草乗の写真日記  ブログ  お勧めLINKS  

ご愛読ありがとうございます。「江草乗の言いたい放題」は読者100万人を目指す社会派コラムです。一人でも多くの方が読んでくださることで、執筆意欲は倍増します。ぜひ、お友達に勧めて読者数UPにご協力ください。ランキングであの日本一の「きっこのブログ」を超えることが目標です。スポンサーサイトへの訪問、投げ銭がわりのお買い物、掲示板へのご意見の書き込みもお願いします。江草乗応援プロジェクト←江草ファンなら一日一回開きましょう。 秘密の京都世界戦略室インク激安屋もぜひよろしく!

2007年01月31日(水) その存在は、誰も知らない        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 映画「誰も知らない」を覚えてるだろうか。母親に捨てられた子どもたちが、自分たちだけで暮らす物語である。母親が出生届を出していないため兄妹は誰も学校には行ってなかった。親の都合で子どもを学校に行かせないなんて、戦前ならまだあったかも知れないが、およそ現代では考えられないことだった。学校に通わないで過ごす一日を子どもたちはどのように生活していたのだろうか。映画は実際に起きた事件を元にして作られたのだが、出生届を出さずに20年放置するような親がここにもいた。

「学校通わす金ない」親が出生届けず無戸籍で20年
1月30日15時37分配信 読売新聞
 埼玉県鳩ヶ谷市の無職男(20)が、埼玉県警武南署に未成年者略取容疑などで逮捕されるまで、戸籍がなかったことが30日わかった。
 両親が「戸籍を取っても、学校に行かせる金がない」などと出生届を出していなかったためといい、男は義務教育を受けずに成長した。男は逮捕後の2006年10月、戸籍を取得したが、法務省は「聞いたことがない事案」と話している。
 同署によると、男は06年6月25日、鳩ヶ谷市の路上で、女児(当時4歳)に声を掛けて、スーパーのトイレに連れ込み、下着を脱がせて盗んだなどとして、同10月、未成年者略取と窃盗容疑などで逮捕された。男は現在、公判中。
 男は、同署の取り調べの際、名前や住所、生年月日は答えた。しかし、戸籍の所在地は知らなかったため、同署が母親に確認すると、戸籍がないことが判明した。


 小学校・中学校の9年間は義務教育である。この「義務」というコトバは外国からこの概念を輸入するときに置き換えられたものであり、直訳すれば「強制教育」と呼ぶべきものであった。社会人として必要な知識や教養、道徳を強制的に身につけさせるというのが西洋でのとらえ方である。日本ではそれを「義務」という中途半端な誤訳をしたために「親が子を学校に通わせる義務」「国家が子どもを教育する義務」という二つの義務の概念に乖離することになる。

 教育の義務は親にあるのか学校にあるのか。オレは双方にあると思っている。つまり国には好ましい公教育の環境を整備する義務があり、親には子どもを学校にきちっと通わせる義務があるということなのだ。その義務を放棄した情けない親が今回取り上げる事件の20歳無職男の両親である。いくらゼニがないといっても、学校に通えなかった子がその後どんな人生を送ることになるのか想像できなかったのか。学校に通わないことでどんな不利益が発生するか、そのために将来の可能性がどんなに狭まるか、そもそも一度も学校に通わなかった人間が満足に就職したり出来るのか。だったらこの若者は自分の人生をどんなふうに築いていけばよいのか。この男性の両親の行為は一種の「育児放棄(ネグレクト)」であり、失ったものの大きさを思えば取り返しがつかない過ちである。わが子になんとこの馬鹿親たちは詫びるのか。

 子は親を選べない。自分の携帯電話代は払ってもわが子の給食費を払ってくれないクソ親の子に生まれてくることは悲劇だが、出生届も出してくれない親に比べればまだ学校に行けるだけマシなのかも知れない。いや、そんなひどい親でも20年間食べさせて、育ててくれたのだからそれほど悪い親ではないのかも知れない。この世の中にはわずか3歳で親に虐待されて殺されてしまう子がいるからだ。そんなみじめな人生を得るために生まれてきたのか。人は生まれたときには無限の可能性を秘めている。ところがこの世にはそのすべてを奪ってしまう親だっているのだ。なんてことだ。それだったらいっそすべての子どもを親から引き離して国家が責任を持って育てるという仕組みにすればよいのか。それ以外にこのような悲劇から子どもを守る方法はないのか。

中島みゆきは「誕生」(ここをクリックすると歌詞が読めます)という曲の中でこのように歌った。

Remenber 生まれたときだれでも言われた筈
耳をすまして思い出して最初に聞いたwelcome


 誰もが祝福されて生まれてきたはずなのに、なぜこのような悲劇がなくならないのだろうか。どうすれば誰もがこの世に生を受けたことの喜びを享受できるようになるのか。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←このような親に怒りを感じる方は投票をお願いします。

2007年01月30日(火) 給食費を払ってもらえない悲しみについて        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 全国の小・中学生の1%、約10万人が給食費を払っていないという。オレはこの実態にあきれるのだが、それは払わない親の罪であり子のせいではない。「払ってないから喰うな」と言われることが決してないことに親は甘えてるのであり、そんな自分勝手な人間が実際のところ増えているのである。

 この1%という数字は、払ってない親たちから見れば「なんだ、こんなに大勢いるじゃん」という免罪符にしかならず、自分がその1%の情けない親であるという事実は無視してるのである。そこでオレは考える。なぜ世間一般の親はこんなにダメになってしまったのだろうか。かつて親というのは自分が飢えていても子には必死で喰わせるものではなかったのか。

 その昔、飢餓に悩むアフリカの乳児のためにアメリカの慈善団体が粉ミルクを支援したことがあった。ところが貧しい母親たちは援助されたミルクを赤ん坊に飲まさずに高値で売り飛ばしたり、溶かす分量を減らして水増しした薄いミルクを与えたり、哺乳瓶をよく洗わずに雑菌まみれにしてしまったり(きれいな水がないからこれは仕方がないのだが)して、栄養失調や胃腸障害で多くの赤ん坊を死なせてしまうという悲劇につながった。

 オレは思うのである。わが子を愛し、守り育てようと言う本能は必ずしも人間に先天的に備わってるものではない。それはある程度の豊かさがあってはじめて発揮されるものではないのかと。

 その豊かさというのは必ずしも物質的な豊かさだけとは言えない。高級車を乗り回し、携帯電話の料金に月に何万も使うのに給食費を払わない親がいたとして、その子はいったい何を思うのだろうか。「そんなまずいものにお金なんか払わなくていいのよ」と親が開き直ったとして、子はその論理を受け入れるのだろうか。それとも恥ずかしく思って自分の小遣いで払おうとするのだろうか。

 三浦綾子の小説「氷点」では、母親(継母)がヒロインの陽子の給食費を払ってくれず、陽子がそのお金を稼ぐために牛乳配達のアルバイトをするというくだりがある。親が払ってくれないのなら自分で払うという健気な気持ちを持つ子供も大勢いるだろう。しかし、そんな子供に対して「じゃあ親の代わりにおまえが払えよ」と言う教師はいない。そんな残酷なコトバを誰も告げることは出来ないのだ。

 親同様に開き直れる馬鹿ならまだマシだ。親が払えるのに払ってくれないというその恥ずかしさを抱えて、食べることに罪悪感を感じつつそれでもお腹が空くから食べないわけにはいかない子どもたちもいるだろう。もしも自分の親が給食費を払ってくれないと知ったらどうするだろうか。オレはきっとその日から給食を食べないだろう。担任の先生に「お金を払ってないから給食はいりません」と宣言して、その時間は食べずに耐えるだろう。オレは乞食じゃない。お金を払ってないものを受け取るわけにはいかない。それが人間としてのプライドだ。カネは払わないけどしっかり食べるというのはそういう恥ずかしいことなんだ。誰かの善意に甘えて生きるということなのだ。オレはそういう生き方をしたくないだけだ。そんな単純な論理だ。

 でも実際のところどうなのだろう。日本では親に給食費を払ってもらえない子どもが10万人もいる。もちろん生活に困窮していて本当に払えない親もいるだろうが、一戸建ての家に住んで住宅ローンを払い、高級車を乗り回して子は進学塾に行かせ、結果的に給食費のところに回す余裕のなくなった親もいるだろう。義務教育だから給食費も無償にせよとほざく親たちよ。どうか自分の子を見てくれ。そういう卑怯な生き方を親から学んだ子がどんな情けない人間になっていくのか。その事実に気づいてくれ。

 子はしょせん親程度の情けない人間にしかなれない。それがわかっているならせめて子の前ではちゃんと誇り高い立派な人間でいるようにがんばってくれ。間違っても給食費を踏み倒してることを開き直るような恥ずかしい生き方を子に教えないでくれ。自分の親がクソ親だと知ったときに子がどれだけ悲しく思うか。どんなクソ親でも子は逃げられないんだ。時にはそんなクソ親に虐待されて殺されても子は従容としてその運命に従うしかないんだ。なんて悲しいことだろう。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←給食のプリンが楽しみだった人は投票をお願いします。

2007年01月29日(月) Windows Vistaなんか大嫌いだ        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 もうすぐWindows Vistaが発売される。店頭に並ぶパソコンがその直後にVista一色になり、XPモデルを買いたいと思ってももう手に入らない状況が想像される。その切り替えは値上げと共にやってくるのだ。XPどころかまだMeや2000、最近は起動すらさせていないがWINDOWS/95のパソコンまでちゃんと現役で動かせる我が家には一体何種のOSが存在するのだろうか。

 オレが最も怖れるのは、この Vistaがかなりのハイスペックを要求するためにパソコン全体の値上げの理由にされてしまうということである。 Vistaの推奨メモリは1GBだという。我が家のマシンでその基準を満たしてるのはオレがふだん日記を書いたりホームページを更新したりしているデスクトップのマシンしかない。それもCPUはセレロン2Gだから決して速いとは言えない。それをだましだまし使っている状態だ。ときどき重く感じるが、まだ買い換えるほどでもないと思って保たせている。

 考えてみればWINDOWSの歴史というのは、OSとCPUのいたちごっこみたいなものである。MS-DOSという軽快なOSを使っていた頃はパソコンがフリーズするとかいうのはMACだけの問題であり、インテルのCPUを入れたパソコンでは考えたこともなかった。486DX2/66MHZのCPU「A列車で行こう掘というゲームをしたとき、列車がびゅんびゅん走るその速さに感動したことがある。もう十数年前の話だ。動作が遅いなんてことを感じるようになったのはWINDOWS/95の登場以降である。それ以降は重いOS→速いCPU→もっと重いOS→それを軽快に動かせるCPU→とんでもなく重いOS→それをストレスなく動かせる高性能なCPUといういたちごっこだったのである。

 XPが出てから5年、その5年間のうちにCPUは十分に進歩してパソコンをサクサクと軽快に動かせるようにしてくれた。そんな矢先にこの Vistaの発表である。なんてことだとオレは怒ってるのである。 Vista登場後もCPUの進歩は続き、XPをOSとして搭載したパソコンも併売されるのならまだいい。そちらを選べるからだ。しかし、より高いモノをじゃんじゃん売りたいというのが電機屋やビル・ゲイツの意志である以上、いつまでもXP搭載パソコンが買えるなんてことはありえないのである。そうなると悪貨が良貨を駆逐するように、Vistaが搭載されたクソ重いパソコンが店頭にズラリと並んで、XP搭載パソコンの売れ残りはこっそりと廃棄処分にされてるのかも知れないのだ。捨てるならオレにくれよと言いたいのである。

 ここでパソコンユーザーにとっての防衛策は一つしかない。それはみんなが駆け込みで一斉にXP搭載パソコンを買ってしまうのである。そのときは忘れずに5年保証などをつけてもらって、当分の間パソコンなんか買わなくてもいいという状況を創り出すのだ。その結果電機屋には空前の不況が訪れる。Vistaなんか出したばっかりにこんなことになってという不満が続出し、Vistaの出荷が伸びないためにマイクロソフトの日本での業績も大幅に悪化するだろう。これで5年間くらい頑張れば、ビル・ゲイツも自分の方針が間違っていたことに気づいて、XP搭載パソコンも買えるように併売の道を残してくれるだろう。その上でユーザーは好きなOSを選べばいいのである。

 Vistaが発売される今は絶好のパソコンの買い時である。しかしそれは古いパソコンの買い時という意味である。安売りされる旧モデルをアウトレット店などでゲットするには今が最適だ。どうせ3月になれば入学祝いとかで馬鹿親や馬鹿祖父母が息子や孫のために高価なパソコンを買ってくれるのである。入学祝いを選ぶ彼らにとって「パソコンの価値=値段が高い」ということであり、ぼったくり価格の商品からガンガン売れていくだろう。そんな時期は販売店も強気でいてなかなか値引きにも応じてくれないのである。買うならその前だ。2月下旬のまだ VistaとXPが併売されてるうちに、XP搭載パソコンで値引き幅の大きいモノを選んだら賢いお買物が出来るのである。

 間違っても今 Vistaなんかを買ってはいけない。OSの発売直後には必ずバグが発生したりして不具合が起きる。それを高みの見物するためにもまだVistaなんか決して買ってはいけないのだ。なんのためにVistaが出るのか。それはユーザーのためなどではない。すでにパソコンを持っていて特に買い換える必要もないユーザーに、余計なものを買わせて出費させ、古いパソコンをどんどん廃棄物にして地球環境の悪化に貢献するためなのだ。真っ当な感覚を持つ人間ならば、そんな陰謀に加担するわけにはいかない。オレは断じてVistaなど拒否する。そういうわけでVistaがたとえ発売されても当面は無視だ。

 実際にパソコンを仕事に使っている人のうち、発売5年後のXP使用者はまだ77%しかなく、2000が8.5%、Meと98の合計がやはり5%くらいあるそうだ。オレもまだMeのノートが現役だ。あわててVistaなんて買う必要は全くないことがわかるだろう。古いOSでもちゃんと使えてるのだ。オレがアフィリエイトで紹介しているデジタルドラゴンという店では2万も出せばちゃんとインターネットできるパソコンが手に入る。初心者はうっかり電機屋でぼったくられないようにせいぜい注意しようぜ。

 そういうわけで、XP搭載の格安パソコンはこちらの通販ショップ「パソコンヲタク」でぜひお求めになってください。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←Vistaを買わないつもりでいる方はぜひ投票をお願いします。

2007年01月28日(日) 耐震強度偽装問題の本質とは何か        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 いつのまにかブログラキングがベスト10から落っこちています。これは大変な危機です。どうかみなさんからの応援の投票をお願い申し上げます。m(_ _)m お勧めリンクのページに謎の国家公務員WHYさんのブログへのリンクを追加しました。ぜひごらんになってください。


 構造計算書の偽造によるマンションやホテルの耐震強度が偽装されていた問題に関して、なぜか建築士が責任を負わされている。しかし、なぜこの問題はその本質論が抜きになって姉歯秀次や水落光男といった建築士個人の犯罪のように処理されているのか。オレはどうもそれが納得いかないのである。彼らはそんなことをして一体何の得があるんだ。これによって得をしたのはいったい誰なんだ。そして損をしたのは誰なんだ。それを明らかにしないとこの問題の本質は見えてこないのである。

 保険金殺人が発生した時、その死亡によって得をするのが誰かということがわかればすぐに犯人の目星がつくように、今回の構造計算書の偽装の問題も、実際に得をするヤツが一番悪いに決まってるのである。その事実を全く指摘しない腰抜けマスコミの姿勢にオレはあきれている。この問題を正面切って取り上げるのはオレの暴言コラムときっこの日記しかないのか。もしもそうであるならばなおのこと、オレは書かないといけないのである。

 まず、柱の数を減らしたり鉄筋を細くしたりしてコストを下げれば誰が得するのか。工事を発注する単価を抑えることができる発注元と、やはり材料をケチってコストを浮かすことのできる施工主のゼネコンが得をするのである。ところがそうやって完成した物件は利用者にはそのカラクリはわからないから、マンションは相場の価格と大差ない値段で取引されるし、ホテルも周辺の料金に釣り合うような価格設定がされるわけだ。安いコストで建てることができたマンションが他のちゃんと作ったマンションと同じような値段で売れるなら大儲けである。手抜き工事で安くあげたホテルが他のちゃんとしたホテルと同じような売り上げならこれもまたぼろ儲けである。実際に得をするヤツらが黒幕であるという前述の論理をあてはめるなら、建築主であるアパグループの会長夫妻や施工主の熊谷組が実際に得をしているわけである。

 熊谷組は「設計図面に忠実に施工し強度不足だったという事態は、現場担当として想定できないこと」としているそうだが、どうもオレにはこいつらの論理がわからないのである。いったい現場で何年仕事をしてるんだ。おまえらにはプロとしての誇りはないのか。現場にボンクラの人間しかいない熊谷組などいますぐ解散させてしまえ。そんなゼネコンが存在すること自体が日本の恥だろう。

 すでに社長がゼニを隠してうまく計画倒産した木村建設は基本的にクソ会社だったが、少なくとも熊谷組と言えば東証一部上場、日本を代表するゼネコンのはずである。そんなところまでがこの構造計算書偽造に関わっているのである。オレのような疑い深い人間は、おそらくほとんどのゼネコンがこういうことを日常的に行ってるんじゃないかと思ってしまうのだ。そうでないのならちゃんとそうでないことを示して欲しい。設計図面を見せられて、「そんな危険な建物を造れるか」と拒否するような骨のあるところはなかったのか。どこもみんな暗黙の了解でこの悪巧みに参加していたのじゃないか。「わからなかったらOK」という感覚で。

 そこでオレは考えるのである。もしも黒部ダムの構造計算が偽造されていたらどうなるのか。水圧に耐えられずにダムが崩壊すれば下流には大変な被害が出るだろう。少なくともそんな馬鹿げたことはしないはずである。営業中のデパートの床が抜けたり、突然川に掛かってる橋が崩落するようなお隣の国とは違うはずなのである。そんな情けないものを造ってしまうということは技術者としての誇りが許さないはずだ。かつての日本の高度成長を支えてきた男たちというのは、技術者としての高いプライドと強い意志を持つサムライたちだったはずである。今の日本にはそんな男たちはもういなくなってしまったのか。建築主とゼネコンが金儲けをするための悪巧みをそのまま唯々諾々と受け入れて保身をはかるだけの情けない人間ばかりになってしまったのか。オレはそれが悲しいのだ。安倍晋三の著書の題名どころか、日本はなんて醜い国になってしまったのだとオレは嘆かわしく思うのである。

 かつて家を建てるという仕事には喜びがあった。自分の建てた家で幸せに過ごす家族の幸福を願いながら、大工さんたちは自分たちの務めを忠実に果たしたのだ。「こんなに細い鉄筋で大丈夫かよ」「なんで筋交いを減らすんだろうな」「そんなことオレたちには関係ねえだろう」「口出しせずに図面通り作ればいいんだよ」と談笑しつつ、住む人の幸福を守るどころか住む人を殺すマンションやホテルを平気で建ててしまう連中は殺人未遂で裁かれるべきである。

 阪神大震災で亡くなった6434人の多くは地震によって亡くなったのではなく、地震で壊れた家によって殺されたのである。危険なホテルやマンションを建てた行為の罪をすべて「建築基準法違反」ではなく「殺人未遂」で裁くことが、このような馬鹿げたことを繰り返させないためにも必要なのだ。
 建設業界と言えば自民党のスポンサーみたいなものだ。この腐敗の構造の一角に政府与党がしっかりと加わってることは間違いない。それを叩くことのできる野党の論客が誰も存在しないということもオレにとっては許せないことの一つである。

関連図書一覧
月に響く笛 耐震偽装←イーホームズの藤田社長が事件の関係者を実名で告発するお勧めの本です。!
耐震偽装―なぜ、誰も見抜けなかったのか
マンションは何千万円もして人生最大の買い物なのに耐震偽装か、手抜き工事か、わからないしどうやって選んだらよいかわからない人が読む本 (2006〓2007)
建築革命―偽装を超えて「安全」で「美しい」まちへ
耐震偽装―安全なマンションに暮らしたい
耐震強度偽装問題 ワルの本丸を暴く!
亡国マンション The Truth of Defective Condominiums
無責任の連鎖 耐震偽装事件
なぜ「耐震偽装問題」は起きるのか
耐震偽装の政府責任―建物の安全の制度設計
マンション学〈第25号〉特集 耐震強度偽装問題とマンションの安全性の確保
こんなに出てるんだ!



↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←耐震偽装問題で怒りを感じている方はクリックをお願いします。

2007年01月27日(土) 伊勢崎市を日本から分離してください!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 群馬県伊勢崎市といえば街の中心に風俗街だけが目立つ典型的な寂れた街である。シャッターを閉じた商店が並び、買い物はみんな郊外のショッピングモールへと向かう。よくあるただの田舎町といえるだろうか。その田舎町には華蔵寺公園遊園地(←クリックすると音が出るので注意してください)というレトロな遊園地があって、入園は無料で乗り物料金もジェットコースター(350円)や観覧車(280円)とかなり安く、近隣住民の憩いの場となっていたのである。今時入園無料の遊園地は貴重である。年間の入場者数は180万人となっていて、こうした地方の小規模の遊園地の中ではよく健闘してる方だ。

 この遊園地の売り物はなんといっても巨大観覧車「ひまわり」(残念ながらあまりお客さんは乗っていない)である。この遊園地はわずかに赤字だそうだが、市民の憩いの場所として機能していることを思えば十分に価値がある。乗り物料金を値上げすればかえってお客さまが減ってしまうだろう。お花見のイベントがあったりしてかなりの営業努力も行われており、市民に愛されている遊園地である。その伊勢崎市に、なんと観覧車をもう一個作る計画が進められてるのだという。「あほか!」とオレは思うのだが、その建設理由もまたふざけている。伊勢崎市がその大観覧車建設費用の財源としてあてにしているのは、国から交付される合併特例債なのである。

建設業者:「合併の記念に何かモニュメントを作りましょう。観覧車などはいかがですか」
市長:「そのカネはどこから出るのか?」
建設業者:「国から合併特例債というものが交付され、それを財源にできます。」
市長:「なんだ国のカネか。それならじゃんじゃん使えよ!」
建設業者「工事はぜひ我が社にお願いします。市長様へは工事代金の1%を納入いたします。」


 などというやりとりがあったかどうかはわからない。しかし、結果的に伊勢崎市長はこの市内に二個目となる観覧車の建設計画を推進し、2008年に営業開始ということで工事を進めようとしたのである。このばかげた計画はすでに議会での審議を通過し、賛成多数で可決されてるのだ。反対したのは共産党の議員など一部だけで、ほとんどの馬鹿、いや議員たちはそのまま賛成したのである。そして工事はすでにはじまってるという。悪徳市長に馬鹿議員という最強ユニットはこうしてどんどん暴走していくのだ。こんな物が作られてしまえば伊勢崎市は単に群馬県の恥であるどころか日本の馬鹿自治体の代表として名乗りを上げることになるだろう。

 この動きに対して住民グループは反対の声を上げた。反対派は8000人分の署名を集め、総務省などにその署名が提出されたのである。観覧車の建設予定地は市長の地元であり、このような事業の常として秘密はとっくに漏れていて、おそらく予定地の辺りは市長の息の掛かった連中が買い占め、法外な転売益を手にするのだろう。二束三文の土地がビッグマネーに化けるのだ。オレはこういうカラクリをイナカモンドリームと呼んで心の底から侮蔑している。

 そもそも合併特例債というのをこんな下らないことのために使っていいのか。国のゼニということは、もとはオレの払った税金である。その浄財をこんなくだらないことのために浪費するなどということをオレは断じて許さない。建設予定地はすべて市長が私財を提供して・・・ならまだ話は分かる。そうではないのである。どう考えてもこんな田舎の観覧車の採算がとれるわけがないだろ。観覧車はもはや遊園地の遊具としては前時代の遺物なのである。そんなものに喜んで乗るのは、中でいちゃいちゃしたいカップルくらいだろう。実際のところ観覧車の個室はシャワーやベッドのないラブホみたいなものである。一周回る間に一戦交えるカップルもあるという。観覧車というのはそんな不道徳な場所なのである。嫁入り前の娘さんが軽々しく乗ってはいけないのである。

 市長が貴重な税金をこんな無駄なことに使おうとしているのに、議会もそれを阻止するどころか容認していてそのまま工事を進めようとしているのだ。市内にすでに遊園地があって、そこには観覧車だけではなく他の乗り物もあり、お花見の名所としても多くの人に愛されているのに、どうして別の場所に新しい観覧車が必要なのだろうか。今時の子どもが観覧車みたいな退屈な場所を喜ぶと思ってるのか。

 国民の貴重な税金を街で2個目の観覧車建設という意味のないくだらない事業に支出しようとしている群馬県伊勢崎市。こんな自治体が増えるとますます税金の無駄遣いは加速されていくのだ。オレは断じてこの動きを許さない。「合併のご褒美に国からお金がもらえるらしい」「そのお金を建設業者で山分けにしよう」なんてことを田舎者は考えそうである。高額納税者のオレとしては自分が年間100万円近く国からぼったくられている所得税が、そんな情けない使われ方をしているということが断じて許せないだけである。いっそ国はこういうダメ自治体をどんどん土地もろとも国外追放にしてくれ。こんな連中の存在は、まじめに働く人間にとっては迷惑以外の何ものでもないのだ。そしてこの馬鹿市長をリコールできないヘタレ伊勢崎市民もまた日本国民を裏切ってるのである。

 私がこの日記を書いた1月27日、伊勢崎市は観覧車建設計画の延期を発表した。テレビでもこの税金の無駄遣いが取り上げられてどうにもならなくなったからである。しかし、市長やその腰巾着の議員どもがクソであり、またそんな市長を選んだのが伊勢崎市民であるという事実は消えない。オレは思うのだが、放漫行政の果てに破綻した自治体の借金は住民が連帯責任で背負うという仕組みを作ればどうかと。そうすればもっとまともな首長を選ぶだろうし、選挙の投票率も上がるだろう。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←観覧車の建設に反対される方はぜひクリックをお願いします。

2007年01月26日(金) 安倍晋三をいますぐ逮捕しろ!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 昨日(1月25日)付の夕刊各紙では、分譲マンションやホテルを展開するアパグループの京都市のホテル2軒で耐震強度不足が見つかったという国土交通省からの発表があった。構造計算を担当した一級建築士の水落光男は朝日新聞社の電話取材に対してこのように答えたそうである。以下朝日新聞の紙面からその会話部分を引用する。

「1次設計で、コンピューターの出力結果が手計算の結果と合わなかったため、補正した。それを改ざんと取られたようだが、僕らは間違ってると思っていない」
「計算機が100%正しいとは限らない。ソフトもバグなどいろいろある。手計算の数値の方が正しいと考え、そちらの数値を使った。」


 なるほど。もしも水落光男の主張が正しいのならば、この構造計算をするソフトウェアにはバグが存在するから間違った数値が出る。それを手計算で修正しないといけないということになるわけだ。そのソフトウエアを使用している日本中の建築事務所は、そのバグのせいで間違った構造計算をしているということなのだ。水落光男は堂々とここで開き直ったわけである。

 朝日新聞には大阪市内の1級建築士が「アパはゼネコンに対する発注単価が安いことで有名。建設費そのものが安いから、設計費も連動して安くなる可能性がある」と話したことも紹介されている。もう待ったなしである。日本中にホテルを展開していたアパグループはこの事件で間違いなく崩壊するのである。

 オレがここで気になるのは、この事件が報道されている今が大学受験の季節であるということだ。アパホテルを追われた受験生たちはどうするのだろうか。もっともそんなふうにケチのついた縁起の悪いホテルに泊まるとますます受験に失敗しそうで受験生の方から願い下げなんだが、どこかに泊まらないとどうしようもない場合、最悪宿無し受験生になってしまう。そんな悲劇に対してどう対処してくれるのだろうか。他の宿泊先を斡旋するとして、その差額はアパが持ってくれるのだろうか。かわりにリッツカールトンやリーガロイヤルホテルに泊まらせてくれて、交通が不便になった分はタクシー代も払ってくれるというのならなかなか良心的なんだが、まさかあのケチな連中がそんなことをしてくれるわけがないだろう。

 さて、今回のアパグループの構造偽装の問題は昨年からイーホームズ藤田社長が粘り強く告発してきたことであり、それがなぜマスコミによって報道されなかったかは1月26日付のきっこのブログに詳しく書かれてるのでオレがここで書くまでもない。大切なのはこのもみ消しに安倍晋三が深く関わってる可能性が高いということなのだ。自分の政治権力を利用して犯罪者をかばい、マスコミをコントロールしたとすればその罪は万死に値する。いますぐ安倍晋三はこの事件の責任を問われて逮捕されるべきだろう。

 記者会見でウソ泣きをしていたあの元谷夫妻も、去年までは藤田社長の告発本に対して「事実無根」「名誉毀損」と開き直っていたわけで、恥ずかしくないのかとオレは言いたいのである。悪いことをしていても開き直った人間が、隠しきれなくなると泣いてごまかす。こんな連中は人間として実に恥ずかしい。そんなヤツらが大企業の会長として君臨し、政治家の後援会のメンバーなのだ。

 やい、安倍晋三、おまえはこの件に関して「無関係」を貫くのか。オレが気になるのは、このアパグループと安倍晋三のゼニの面でのつながりである。つまりアパのあの夫婦は政治献金という形で安倍晋三の政治団体にいったいどれだけのゼニを渡していたかということなのだ。政治家は自分のスポンサーを守ろうとするわけで、安倍晋三は今回のもみ消しのためのマスコミ工作を行って元谷夫妻に恩を売ったという図式をオレは想像してしまうのである。もちろんそれはオレの単なる憶測だ。しかし、政治家という連中が正義とか信義という行動理念で動いてるとはオレには思えないのである。ヤツらの胸中にあるのはゼニの計算と自分の名誉欲だけだろう。そして相手に利用価値がなくなったら冷酷に切り捨てるだけだ。もうアパグループもこれでおしまいだろう。失うものがなくなるのならいっそ開き直って安倍晋三もろとも華々しく自爆してくれと願うオレはやはり野次馬根性のカタマリである。

1月25日20時1分配信 時事通信
 京都市のホテル2棟で耐震偽装が明らかになった問題で、元谷外志雄アパグループ代表と、妻の元谷芙美子アパホテル社長が25日、東京都港区の本社で記者会見し、構造計算書の偽造について「建築士が大丈夫だと言うのを信用し過ぎた」と謝罪した。
 2人は黒い上下の服装で会見に臨み「世間をお騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
 芙美子社長は受験生の予約キャンセルに言及。泣きながら「社会的責任を全うしなければならない時期で、おわびのしようもない」と繰り返した。
 

 なんだ、建築士が勝手にやったことなのか。建築費を値切り倒してそうせざるをえなくした責任者はおまえたちじゃないのか?ふざけるな馬鹿野郎。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←安倍晋三こそ逮捕されるべきだと思う方はクリックをお願いします。

2007年01月25日(木) 世界一高価なマウス!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 面白マウスを扱ってることで名高いスイスのPat Says Now((その個性的なマウスの画像) では、なんと世界一高価なマウス、「Diamond Flower」を販売している。ダイヤモンドとホワイトゴールドで装飾されていて値段は1万8,600ユーロ。1ユーロ=155円で換算すれば、288万3000円もするのである。このようなニュースを聞くいてオレは一人のマウスヲタクとして深く感動している。ついにマウスも贅を競う時代が来たのである。金持ちがロレックスを買うように、このマウスを使う馬鹿が増えることで新たな文化が生まれるからだ。

 機能的にはなんの変哲もない。人工知能を搭載していて、マウスを操作する人の考えてることを先回りして勝手に動いてくれるなどの優れた機能があればそれなりに価値もあるが、実際はただの3ボタンの光学式マウスであり、それ以上でも以下でもない。いろんなマウスを比較したいのなら、オレが設置してるマウスショップ「マウスヲタク」でもクリックして商品を見てくれればいい、こんなダイヤ付きのガラクタじゃないもっと使いやすいまともなマウスが並べてある。それでもこのマウスには価値がある。おもしろマウスコレクターのオレの血が騒ぐのである。

 マウスというのはかなり汚れるものである。手垢がついてすぐに汚くなるのである。ときどき拭いてやらないとどんどん汚れる。指の当たるところ、クリックするところが塗装されていると必ず色落ちするのである。こんな贅沢なマウス、畏れ多くて使えない。盗難の怖れもある。そうなると結局、誰にも見つからないところに隠してしまうしかない。マウスでありながらマウスとして使えないという悲劇が発生するのである。なんということだ。そんな使えないマウスを所有するのはオレのようなマウスコレクターしかいないということになる。

 オレは宝石をいっぱい埋め込んだ高価な時計が大嫌いである。時計なんかちゃんと時間が分かればそれでいい。いくら高価な宝石を埋め込んで製作されていても、時間が不正確な時計には存在など価値もない。マウスを製造するメーカーの側はやはり「価格の安さ+多機能」というラインで勝負するしかない。あえて高価にする必要もないわけだ。宝石を埋め込んだマウスも同様だ。そんなところに余計な豪華さを追求しなくていいからマウスとしての機能を充実させるのが本来の方向性であろう。しかし、面白マウスには機能を超えた意味がある。仮面ライダーのマウスや東芝のぱらちゃんマウスには言葉では表現できない面白さがある。そのふまじめさにこそ価値があるのだ。

 さて、マウスの機能としてオレが最も重視してるのは「軽さ」である。長時間マウスを操作し続けることが多いオレは、マウスの重さで手が疲れてしまうのだ。だから電池を内蔵して重量があるワイヤレスのマウスは絶対に使わない。それからマウスの大きさにも注意している。手が小さなオレは、でかいマウスだと手に余るのだ。小振りで手の中にすっぽりとおさまるようなマウスが好きだ。そういうわけでオレのお気に入りのマウスはMicrosoft Notebook Optical Mouse 3000 パールホワイトのように小さくて多機能、デザインもシンプルなものである。もし今使ってる購入時についてきたマウスに飽きてきたとか、もっといいマウスを使いたいという方は迷わずリンクをクリックして実際に買って使ってみればいいかと思うぜ。飾るなら面白マウスだが、実際に使うならこういうマウスになってしまう。面白マウスというのはたいてい使いにくいモノである。

 直接肉体が触れる道具に、宝石を埋め込んだりした結果使えなくなってしまったマウス。そんなものを作っても使われずに飾られるだけだ。しかし、使わないマウスに意味を感じるのはオレのようなコレクターだけだ。マウスのような道具は「使ってナンボ」の世界である。その意味も理解せずに使えないマウスを作ってしまうその遊び心をオレは評価したい。そのダイヤモンド入りマウスを所有する資格がある人間はオレしかいない。そのダイヤモンドマウス、オレにただで譲ってくれ!


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←このダイヤ入りマウスを欲しい人はクリックをお願いします。

2007年01月24日(水) プリンの思い出        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 あの不二家が、プリンの消費期限を社内基準よりも長く表示していた(ただJASの許容範囲内)問題で、消費期限を延長されて出荷されたプリンが約10万個もあったと聞いてオレは大いに悲しんでいる。オレにとってプリンを冒涜することは許されないことなのだ。オレはプリンが好きだ。フリンは嫌いだがプリンはとにかく大好きだ。そんなオレのプリンにまつわる思い出を書いてみようと思う。

 まだ幼い頃、オレは母が時折作ってくれるプリンが好物だった。ただ、家で作るプリンというのは喫茶店のようにお皿にうまくぶちまけて直立したものではなく、カップに入ったのをそのまま食べたのである。まだそのころはグリコのプッチンプリンなどは世の中に存在していなかったはずである。せっかくプリンを作ってもらっても、一人分としてカップに入ってるのは少しだった。「腹一杯プリンを喰いたい」という夢はなかなか叶わなかったのである。子どもの頃の自分には腹一杯喰いたいものがいくつもあった。たこやき、イカ焼き、お好み焼き、ソーメン、ざるそばなどである。そうした夢がすべて叶ったのは大学生になって一人暮らしをするようになってからのことなのだが。

 一人暮らしをするようになったオレは、生活費を浮かせるために自炊中心の食生活をするようになった。トンカツやお好み焼き、ジンギスカン風肉野菜炒めなどの料理をオレは得意としていた。そんなオレがたまにデザートを作ると、結局一人暮らしだから一人で喰うことになるのだが。プリンやゼリーやフルーチェをどんぶり一杯に作って食べていたのである。プリンを作る場合、ハウスのプリンエルかプリンミクスのいずれかを買うという選択肢があった。どちらかが牛乳を入れて作る方で、どちらかがお湯だけでできるという違いだったと思う。一箱買うと4人分くらいあるわけだが、一人暮らしなので結局どんぶりに作って一人で喰うのである。食器を洗うのが面倒なのでどんぶりも使わずに、鍋をそのまま冷蔵庫に入れたこともある。さすがにプリンで腹一杯とはいかないまでも、そうやってたっぷり喰えるということにオレはかなり満足していたのである。

 さらにオレは新たなるチャレンジをしてみた。つまりプリンの新たなる味の開発である。プリンを作る際に何か他の食材を混入することでよりおいしくできるのではないかという工夫だ。まずインスタントコーヒーの粉を入れてコーヒープリンを作ってみた。なかなかおいしい。同様にココアプリンというのも作ってみた。イマイチだった。コーヒーに入れるクリープを入れてみるというのも試した。なかなかクリーミーな味わいのプリンができてかなり気に入った。しかし、結局オレは何も入れない普通のプリンに最後は戻った。なぜなら、それがオレの一番好きなプリンの味だったからである。オレは普通のプリンが好きだったのだ。ついでに言うならあのプリンの上に掛かっているカラメルソースも好きだ。大学のサイクリング部にいたオレは、春合宿や春ラリー(他の大学との交流会)の時にもしばしばプリンを作った。春はまだ寒いので冷蔵庫がなくても外に置くだけで十分に冷やして固めることができたからである。

 大学を卒業してオレは実家に戻ってきた。もう自炊する必要はなくなった。そしていつしかプリンを食べることも忘れていた。もう社会人になったオレにわざわざ母がプリンを作ってくれることなどありえないことであり、どうしても欲しかったら店に買いに行けばよかったからである。しかし、スーパーで売られているプリンはなぜか自分が作ったものほどにはおいしくはなかった。その理由は未だにわからない。なぜ一人暮らししていた頃に作ったどんぶり一杯のプリンがあんなにおいしかったのか。

 公立高校に勤務するようになったオレの行動範囲内にはビッグボーイというファミリーレストランがあった。職場にもほど近かったので時々利用したのだが、そこにはサラダバーがあって、なんとその中にはプリンやゼリーというデザートが用意されていたのである。オレはものすごく食い意地の張った人間である。取り放題のサラダバーではかなりどん欲に喰って喰って喰いまくるのである。そのサラダバーにこともあろうにプリンがあるのだ。オレが食事の後でプリンばかりお代わりしたのは言うまでもない。オレはいつも、そのサラダバーのコーナーに存在するプリンが全滅するまで喰いまくった。そんなオレを「食い意地の張った馬鹿」と思う人も多いだろう。しかし、プリンもおれのようにプリン好きな人間に喰われてこそ本望なのである。他の有象無象どもに喰われるくらいならオレが全部喰って消化してやるのである。長いことプリンに飢えていたオレにとって、ビッグボーイというのは数少ない貴重なプリンを喰わせてくれる店だったのだ。

 それから長い年月が過ぎた。ビッグボーイは親会社であるダイエーの経営不振に巻き込まれてしまった。確か煽りを食って売り飛ばされたのじゃなかっただろうか。その中でおそらく収益のプラスにならないプリンは切り捨てられたのだろう。先日久しぶりに行ったビッグボーイのサラダバーのコーナーには、他のファミレスとたいして変わらないレタスやコーンやブロッコリなんかが並んでいた。もうそこにプリンはなかったのである。オレは食事時にビッグボーイを選ぶという理由をこれで永遠に失ったのだ。これからもオレはプリンを食べ続けるだろう。しかし、大学生の時に作って食べたあのどんぶりプリンの至福を超えるようなプリンに出会える自信はない。息子もオレに似てプリンが好きである。これもまた宿命である。息子はオレよりも贅沢で「焼きプリン」が好きだったりする。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←プリンを食べたくなった方はぜひクリックをお願いします。

2007年01月23日(火) 中国は今でもひどい国です。        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 政府高官が15歳の少女を輪姦して殺しても、警察に賄賂を払えばお咎めなしということがもしもこの現代にあるならとんでもないことである。これが例えば数百年も前の、およそ人権意識もない時代で領主様の意向に誰も逆らえないような封建的な世の中ならそんなひどいこともあっただろうかと思うのだ。そのとんでもないことがどうも中国ではありそうなのである。このニュースを聞いてオレはそう感じた。

中国四川省:ホテル女性従業員惨殺事件、群衆1万人が警察と衝突
【大紀元日本1月18日】中国四川省大竹県の莱仕徳(ライシーダ)ビジネスホテル(NEST BUSINESS HOTEL)に勤務していた十代の女性接待係が暴行を受け惨殺された事件で、ホテルと地元行政・警察との癒着関係に憤りを募らせた民衆がホテル側に対して犯人の追求を迫った。それに対して、当局は武装警察を大量に出動させ、民衆と衝突した。怒りに燃えた民衆はホテルを放火するものも出て、負傷者が多く出ているとみられる。情報筋によると、同ホテルが開業して半年も経たない内に、これまでに少女2人が同様の暴行事件で殺され、今回が3人目の犠牲者であるという。
 四川省の地元ネットサイトの掲示板情報によると、莱仕徳ホテルは半年前に開業した四ツ星のビジネスホテルで、被害者・楊莉さん(当時15歳)は昨年10月から同ホテルで接待係として勤め始めた167センチの奇麗な少女だという。
 情報筋によると、被害者は昨年12月31日に、政府高官3人を接待したのち、下半身が大量出血し、死亡時には、ひどく殴打されたことで歯は数本も折れ、舌は噛み千切られ、乳首は切断され、下半身は爛れていたという。ネットサイトの情報によると、被害者は県病院へ運ばれたが、その病院は封鎖されたという。一方、ホテル側は少女はアルコール中毒で死亡したとし、外部に対して明確な発表はない。
 これに対して、被害者側家族とそれに同情した民衆が、ホテル側に対して犯人を追求し続け半月が経っても何の回答も得られなかったという。ホテル前には数千人に上る民衆が12日から連日集結していた。ホテル側はことを大きくしないように、50万元(約770万円)で和解しようと試みたが、被害者側の家族に拒否された。
 16日、ホテルのまわりについに1万人以上の民衆が集まった。当局は大量の武装警察と部隊を出動させ、高圧放水によって群集を追い散らした。17日、現場を見学に来た数百人の学生は警察に暴力をふるわれ、多くの学生が負傷した。怒りが爆発した学生たちがホテルに入り、ものを壊し始め放火したという。当時、現場に集まった民衆は5〜6万人もいたという。情報筋によると、現在、公安局や警察は大竹県へ集合した学生らを制圧しており、多くの学生が連行されたという。
 同ホテルの従業員(自称)の話によると、これまでにすでに2人の少女が死亡し、関係者は口を封じられ、ホテル側は2人の少女の指に注射の痕を作り、2人ともに自分で薬物注射して死亡したと対外的に言いふらしたことを明らかにした。さらに、秘密を知ってしまったホテル側の警備は、殺害され口止めされたという。
 情報筋によると、同ホテル経営者は大竹県西城派出所の徐大強・所長であり、地元行政府高官や警察当局と癒着関係にあるという。


この事件の模様を伝える動画(←クリックすると音が出るので注意)もある。

 派出所の所長というのはどんな身分なんだろうか。そいつがホテルを経営していて、政府高官や警察当局と癒着しているという。そのホテルでは公然と売春などの営業が行われてるのだろうか。中国では管理売春の罰は死刑に相当するが、中国には1000万人の売春婦がいるという。実際にその罪に問われるのは、きちっと警察に上納金を払わなかった一部の業者であり、死刑は見せしめ的な要素があるそうだ。「ちゃんと払うべきゼニを払えばこうはならない」という宣伝なんだとか。

 オレも実際に現地で自分の目で確かめたわけではなくて、ネットで読んださまざまな情報から断片的な知識を得ているだけなんだが、もしもそれが本当ならなんてモラルのない国なんだとあきれる。そんなひどい国がオリンピックをやろうとしているのだ。大いに賛成である。そのむちゃくちゃな部分を世界に暴露して恥をかいてもらおうじゃないか。少なくともこの報道にあるような事件が起きている国家をオレはまともな国だとは思わない。日本でも腐敗した警察官や政府高官はいるが、ここまでひどい犯罪行為を堂々ともみ消す悪党はいない。もちろん日本にも変態の政治家はいるが、北朝鮮に出かけてむこうの悪徳政治家と親交を深める程度のことしか出来ない小物である。

 ニュースの中のこの記述「政府高官3人を接待したのち、下半身が大量出血し、死亡時には、ひどく殴打されたことで歯は数本も折れ、舌は噛み千切られ、乳首は切断され、下半身は爛れていたという。」を読めば明らかにその少女が激しい暴行と輪姦の末に虐殺されたことがわかる。それがホテルの中で行われた以上、その政府高官かホテル関係者が犯人であるとしか考えられない。ホテル側が和解金として示した50万元(約770万円)という金額がむこうではどの程度の価値になるのか、単純に日本円換算で比較は出来ないがかなりの大金であると想像できる。目的はもちろん口封じである。

 それを遺族は一切拒否して、事件の解明を望んでいるのである。親にしてみれば娘の無念を晴らしたい一心だろう。また、このような悪徳が放置されてることに対して住民が怒るのは当然だ。市民を犯罪から守るのではなくて政府高官や金持ち連中の便利屋としてしか働かない警察をオレは思い浮かべてしまう。少なくともこのホテルの経営者である徐大強・所長は事実関係について何かを知ってるのだろう。

 国民はそこそこ豊かになったが、モラルなんてどこにもない悪徳天国のあの国で、オリンピックの開催が目前に迫っている。いったいどんな混乱が起きるのか、オレはかなり不安視している。そんな国に果たしてオリンピックをやる資格があるのかと。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←外道どもにお怒りの方はクリックをお願いします。

2007年01月22日(月) オレは納豆を絶対に許さない!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 オレはコテコテの関西人だ。だから納豆は食わない。納豆を食わないことが真の関西人の証であるとオレは信じている。あの桂三枝も納豆は食わないと宣言している。いくら「あるある大事典2」で「毎日喰えばダイエットに効果がある」と宣伝されても喰わないものは喰わないのだ。ところが世の中にはあの怖ろしい豆の化け物を喰う人たちが無数に存在するのである。関西でさえもそうなのだ。なんてことだ。なぜ食べる前に50回もかき混ぜたり20分も放置したりしないといけないのだ。そんな手間の掛かる上にしかもおいしくないそんなものをどうしてみんな喰うんだ。もしかしておまえたちはみんなマゾヒストなのかとオレは思ってしまうぜ。

 その肝心の「あるある大事典2」の納豆を推奨する内容がどうやらすべてガセネタであったことが明らかになったのである。大方そんなことだと思っていたぜ。あのまずい食い物を普及させようと思えば「賢くなる」「ダイエット効果がある」などというおよそ味とは別のイカサマの宣伝文句で馬鹿を釣るしかないのだ。オレのような賢明な人間はその宣伝がイカサマであることをすぐに看破するから問題ないのだが、世の中にはそうでない一般人が圧倒的に多く、どう考えても嘘八百の番組内容にコロリとだまされて、スーパーに納豆を買いに走るのである。全く何を考えてるのだか、オレにはさっぱりわからないのである。

 またこの番組の結果、スーパーの店頭からことごとく納豆が品切れになるという現象が発生したわけだが、どう考えてもそれはテレビ局と納豆製造業者が組んで仕掛けたイカサマなのである。先回りして大量に納豆を買い占めていた商社があったとかもう魑魅魍魎の世界なのだ。テレビや広告業界はなんでもありなのか。あまりにも見え透いた卑怯なやり方である。

 関東の人間はほとんどが「納豆喰い」だ。ほぼ毎日喰うというヤツも多い。もしもそんなものにダイエット効果があるなら、関東には極端にデブが少ないということになるが全くそういうことはない。オレは毎日納豆を喰うデブを何人も知っている。いくらでもその反証を揃えることが可能なのだ。そんなことくらいわからないのか。てめえらのまわりにもデブの納豆喰いがいくらでも存在するだろう。その事実を無視してこんなクソ番組を信じるのはよほどの馬鹿だろう。

 このように主張するオレのことを「あんたはただの食わず嫌いだ!」と切り捨てる人が居るかも知れない。しかしオレは過去に納豆を二度食べている。その二度ともオレははっきりと「このような食品は別に地上に存在する意味はない」と判断したのである。人生最初の納豆との遭遇は、京都大学の中央食堂だった。並んでるおかずの中で、なにやら豆のような食い物が置いてあったので試しに選択してみて、そしてごはんと一緒に口に入れたとき、オレの口の中は爆発したのだ。「なんだこのまずい食い物は!」食堂ということで吐き出すわけにも行かず、オレは泣く泣くそれを咀嚼してお茶で無理やりに流し込んだのである。オレにとって屈辱の体験であった。

 二度目の遭遇は今勤務している学園でのことだ。生徒たちが文化祭で「うまい棒」を販売していた。その中の一人が「先生もどうぞ!」と言ってうまい棒を1本くれたのである。不審なことは、そのうまい棒がすでに袋から出された状態だったことである。しかしオレは「ありがとう」と言ってそのままそのうまい棒を口にして気がついた。納豆じゃないか!なんじゃこの悪戯は!」オレは激怒してその悪戯を行った生徒を叱りつけたのである。「アホか!アホかおまえは!オレにとって納豆を食わされるのは拷問みたいなものだ!」オレが納豆嫌いなことを知っていた生徒の悪巧みに見事にやられてしまったのである。

 さて「納豆のダイエット効果」に関する放送内容にウソがかなり混じっていたことに関して、関係者は平身低頭お詫びしているわけだ。オレはテレビ局の肩を持つわけではないが、この番組で取り上げられた商品が翌日スーパーの店頭から消えるという話を聞く度に「アホか!」と思うだけである。どうせこんな番組内容は、納豆を生産する連中がスポンサーにでもなって広告料をたんまりはずんで作らせたいわゆる「ヤラセ」なのだろう。オレのようにそれを割り引いて観ることができる人間ばかりなら全然問題ないのだが、世の中にはこういうダマシにすぐに引っかかってあわててスーパーへ納豆を買いに走る人たちの方が、まともな人間よりも圧倒的に多いのである。

 納豆という食品は大豆を発酵させて作るらしい。原料が大豆であるということはその豆は別に豆腐や油揚げになってもよかったわけだ。ところが不幸にも腐らされて変な匂いまで付けられて、あの「納豆」という不名誉な食品にされてしまうのである。豆腐や油揚げというおいしいものにはならせてもらえないのである。なんて可哀想な運命だろうか。誰が好きこのんでその身を腐らせてまで雇い主に奉仕するだろうか。ありえないのである。そのありえないことを長年にわたってさせられてきたのが納豆なのだ。その納豆が、たかがダイエットごときの理由で店頭からすっかり消えてしまうくらいに売れているというのはどう考えても変である。おそらくテレビ局は、この「あるある大事典2」での納豆番組で納豆人気が急上昇することを予想していてせっせとCMを流す予定だったのだろう。センスの悪いCMばかりを。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←ヤラセ番組に対して怒りを感じた方はぜひクリックをお願いします。

2007年01月21日(日) Wii(ウィー)でやせろ!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 こんな記事を読んでびっくりした。

米男性、新型ゲーム機「Wii」によるダイエット効果を実証
1月20日15時37分配信 ロイター
[ロサンゼルス 19日 ロイター] 米ペンシルベニア州フィラデルフィア在住の男性が任天堂の新型ゲーム機「Wii(ウィー)」を使った実験を行い、同ゲーム機の使用でダイエットに効果があることを実証した。
 ミッキー・デロレンゾさん(25)が19日、ロイターとの電話インタビューで明らかにしたところによると、デロレンゾさんは昨年12月3日から実験を開始。食生活は変えず、年末年始も食事制限はしなかったが、毎日30分間、テニス、ボウリング、ボクシングまたは野球のいずれかのゲームを行った。6週間で合計21時間ゲームを行った結果、4キロの減量に成功したという。
 デロレンゾさんは婚約者と同ゲーム機のボクシングゲームをした後に、息切れし汗をかいていたことからこの実験を思い付いたという。


 ゲームといえば室内で動かずにするものであり、どちらかというと不健康なものであるというのが普通のとらえ方だった。しかし、どうも「Wii(ウィー)」は違うようだ。これまでにも熱中してコントローラーが手から離れて液晶テレビを破壊したりガラスが割れたりという被害が発生している。ついつい力が入ってしまうらしい。ウソかホントかわからないが、対戦型のボクシングのゲームを友人としていていつのまにか興奮してコントローラーを投げ捨て、本気で殴り合っていたという話もある。それくらい熱中して身体を動かしてのめりこむわけだから、健康に悪いはずがないし、ダイエット効果も当然あるだろう。

 記事に登場するミッキー・デロレンゾさんの場合、6週間に合計21時間のゲームをしたとあるのでそれほど多くない。一日あたりたったの30分だ。そのわずか30分のゲームで体重を4キロも減らせたのだからたいしたもんである。かなり効果があるのは間違いない。オレはこの報道を読んだ女性が明日は一斉にWiiを買いに店に走りそうな気がするのである。任天堂は昨年も好調だったが、どうもその勢いは持続しそうである。しかもダイエットというのは普通は全く楽しくないものである。それどころか苦痛そのものであることが多い。そんなダイエットの苦しみを快楽に変えてしまうのがこのWiiダイエットなのである。なんてすばらしいやり方だろうか。

 世の中にはさまざまなダイエット機器がある。たとえばJOBAなんかは面白い。しかしこれを買うとなると安いモデルでも13万以上はする。しかも効果があるかどうかはわからない。女性があのヘンテコな機械の上でのけぞって騎乗位のポーズで悶える姿は、大晦日のDJ.OZMAの後ろで踊っていたヌードに見えるダンサーたちよりももっと下品である。そんな姿を母親はとても子どもには見せられない。

 それに比べてWiiははるかに安く買える上にちゃんと実際に体重を減らした人の実例まで紹介されたわけで、もうここはWiiを買うしかないとオレは思うのである。しかもそれで遊べるゲームは対象が子どもの場合もあるため極めて健全なものしかない。ここはますますWiiに軍配が上がるのである。

 オレは昔からこの暴言日記で過去に効果的なダイエット方法について書いてきた。全くゼニのいらないウエストの絞り方なども書いたことがある。だから今回のWiiダイエットにもかなり興味があるのだ。そしてこのニュースはWiiを欲しがってる子どもたちにも朗報である。「みんなが持ってるから自分だけないと仲間はずれにされる」という昔からの定番になった言い訳が存在するのだが、そんな見え透いたウソをつかなくても堂々と「ダイエットに必要なんや!」と主張すればいいのである。そして「ぼくが学校に行ってる間はお母さんもこれで遊んでもいいよ。」と母親を自分の味方に引き込んだらもう完璧である。その子どもの親にしてもくだらない「オモチャ」を欲しがる馬鹿なクソガキよりも「ダイエット器具」を欲しがる子どもの方がずっと高級な子どもだと勘違いしているからだ。それにしてもWiiダイエットはどのくらいの効果があるのだろうか。オレも一度試してみたいものである。遊びながら体重減少だなんて最高じゃないか!

 しかしオレはこの話のタイミングの良さに少し疑いを抱いている。というのは発売してからまださほど経ってないのにもう6週間のデータがとれてるということである。もしかしたらこれは任天堂が販売促進を狙って撒いたデマであるかも知れないのだ。ただ、そのデータが仮に捏造されたものであり、背後に任天堂がいるとしても、そんなことが簡単にバレるようなことはないだろう。たかがオモチャである。誰かを傷つけることも誰かが損をするというものでもない。戦争やバクチに熱中するよりもはるかにいい。そういうわけでオレはこのWiiダイエットを強く支持する。しかし、オレがそれを実行できるのはまだまだ先だなあ。まだ買ってないし。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←任天堂の陰謀説に一票!と思われた方はクリックをお願いします。

2007年01月20日(土) 日本一やる気のない弁護士        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 「きっこの日記」からのリンクでおいでになった方は、1月14日の日記「これがインサイダーでなかったら何だ?」をクリックして当該日記をごらんになってください。はじめて江草乗の言いたい放題をごらんになられた方は、とりあえず暴言日記セレクションでもごらんになってください。



 誤認逮捕された時、人はどのように反応するものだろうか。当然のように「オレはやってない」と必死で主張するだろう。しかし、その主張がとうてい認められないものであると絶望したとき、人は投げやりになって「もうどうにでもなれ」と思うのだろうか。今回紹介するのはそういう事件である。

誤認逮捕:服役の男性は無実 無職男を再逮捕 富山県警
 富山県警は19日、県内で02年1〜3月に発生した強姦(ごうかん)、同未遂の二つの事件で誤認逮捕していた、と発表した。逮捕された男性(39)は同年11月、富山地裁高岡支部で懲役3年の実刑判決を受け服役した。その後、2事件が、鳥取県警に強制わいせつ容疑で逮捕された松江市西川津町、無職、大津英一容疑者(51)の余罪と判明し、富山県警が19日、再逮捕した。
 県警によると、似顔絵捜査や被害者証言を受け、男性を2日間で計約17時間、任意で聴取。当初は否認したが、3日目に容疑を認めたため逮捕したという。
 男性は公判でも起訴事実を認め、約2年1カ月間服役し、05年1月に仮出所。無実判明後の今月17日、県警幹部が謝罪のため親類宅を訪ねたが、今年に入り所在が分からなくなっていることが判明したという。
 国選弁護人を務めた山口敏彦弁護士は「公判では一貫して犯行を認めていたので、無実の判明に驚いている」と話した。
 当時の捜査について県警は、事件現場の足跡のサイズが男性と違っていたことや、自宅電話の通話記録などからアリバイが成立したことなどを挙げ「供述の信用性の吟味に欠け、裏付け捜査が不十分だった」と認めた。しかし、捜査方法は「適正だった」とした。
 記者会見で小林勉県警刑事部長は「男性に心からおわび申し上げたい。再発防止に努めたい」と語った。佐野仁志富山地検次席検事も「男性をはじめ家族、被害者などに多大な迷惑をおかけし、心からおわびします」とコメント。今後、男性の再審請求をし、無罪を論告求刑する方針。
 一方、大津容疑者は強制わいせつ容疑で06年8月、鳥取県警に逮捕され公判中。03年8月に富山県内で起きた別の強姦未遂事件の容疑が浮上し、06年10月に富山県警氷見署が逮捕していた。【上野宏人、青山郁子】
毎日新聞 2007年1月19日 21時07分


 この事件を語るときは弁護士の無能さをまず問題にしないといけないだろう。事件現場の足跡のサイズが違うとか、確固たるアリバイがあるというのに無罪に出来なかったこのヘタレ弁護士の無能をオレは笑ってしまう。今回の裁判で国選弁護人を務めた山口敏彦弁護士は「公判では一貫して犯行を認めていたので、無実の判明に驚いている」と話している。しかし、弁護士である彼は「無罪を立証する証拠」に目をつぶって「本人の自白」をそのまま鵜呑みにしてしまったのだ。どう考えても極悪人なのにきわめて軽い罰にごまかしてしまう悪徳、いや有能な弁護士が多い中で、やってもない罪で3年間服役させてしまうようなやる気のない弁護士も存在するのだ。これは大いに笑ってやるべきだ。山口敏彦弁護士、おまえはなんて無能なのかと。国選と言うことだがいったいどれくらいの時間、被告と接見してくれたんだ。なぜそのときに無実であるとわからなかったのだ。申し訳ないと思わないのか。

 オレは法廷もののドラマや映画が好きなんだが、こういう明らかにつじつまの合わない証拠資料が出れば普通は何か突っ込むはずだ。それに「犯行を認めていたので」いうことだが、だったらどう考えても犯人なのに犯行を絶対に認めない被告がいれば逆に「無罪」を与えるのか。そんなことじゃいかんだろ。戦前の自白偏重主義だった頃とは違うのである。おそらくこの山口敏彦弁護士は、ろくに証拠も調べないでやる気のないままに事件を片づけてしまったのだろう。

 誤認逮捕された男性が無実の罪で投獄されたのは3年間もの長きにわたってである。この失われた時間に対して国はしっかりと補償を行うべきである。34〜37歳の3年間を奪った代償は決して安くはないはずだ。確か拘留されていた期間に応じて一補償金が支払われるはずである。そのゼニは国ではなくて無能なこのヘタレ弁護士が払ってやれ。おまえのせいだろう。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←この弁護士の無能さにあきれた方はクリックお願いします。

2007年01月19日(金) ナンパメールの達人        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 メールの文章だけで相手の女性に恋愛感情を持たせることができるのだろうか。若い女性からの誘いのメールにうまくだまされて高額商品をデート商法で買わされる男性はかなりいそうだが、それもメールのやりとりの後に実際に会うことになるから完全にバーチャルではない。一度も対面せずにバーチャルなやりとりだけで女性に恋心を持たせ、その上ゼニまで巻き上げることが可能なのだろうか。もしもそんな高度なメール技術を持つ詐欺師がいれば、同時に多数の女性とメールのやりとりを通じたバーチャルな恋愛をしながらゼニも巻き上げるというが可能なわけである。オレはいまからここで紹介する事件でそんな感想を得たのである。

メールで恋愛感情かきたて150万円詐取 容疑の男逮捕
携帯電話のメールのやりとりで恋愛感情をかきたて、東京都練馬区の女性会社員(33)から153万円をだまし取ったとして、愛知県警豊田署は18日までに、同県春日井市妙慶町3丁目、無職高羽政光容疑者(58)を詐欺の疑いで逮捕した。
 調べでは、高羽容疑者は女性に対し、「東京で活動している25歳のバンドのボーカル」と偽り、「バンド活動の資金が足りない」「家賃が払えず東京に居られなくなる」などと持ちかけて、昨年9〜11月にかけて5回にわたり計153万円を自分の銀行口座に振り込ませるなどし、だまし取った疑い。
 女性とは昨年7月ごろ、恋人探しのサイトで知り合った。ミュージシャン風の若者の写真を自分だとして携帯電話で送り、「一緒に暮らしたら楽しいね」「好き好き」「頼りにしている」などとメールを送って気を引いたという。
 「会いたい」という女性に対し「父親が死んだ」「事故に遭った」などとして拒み続けた。一方で「世話になっている社長がいる」と連絡した上で、社長になりすまして女性と直接会い、現金を受け取ったこともあった。
 女性は不審に思ったこともあるが、「縁が切れるのはいや」との思いが勝り、ずるずると金を振り込んでいたという。


 女性が年下と思ってメールをやりとりした相手は実は58歳のジジイだったわけで、その58歳のジジイは25歳、バンドのボーカルを自称していた。売れていないミュージシャンにゼニがないのは昔も今も定番であり、音楽活動や生活にかかるというゼニを頼まれるたびに振り込んでいたのである。しかもこのジジイは大胆不敵にも「世話になっている社長」になりすまして女性に直接逢ったのだ。まさか彼女も自分のメール交換相手がジジイとは思わなかったので見破れなかったのである。メールに添付された写真が本人であるかどうかなどわからないわけで、自分とは似ても似つかぬ美男美女の写真を添付することで、誰でもいとも簡単に相手を騙せるのである。

 一度も会わないのに女性に強い恋愛感情を持たせるのに成功し、153万円ものゼニを引き出させた上に巧妙に合わずに相手をかわし続けたその戦術は、すべての結婚詐欺師たちにとって羨望の的だろう。結婚詐欺師というとその魅力的な肉体で相手を籠絡するのが常だ。そのためには美男や美女であるという条件が必要になる。しかしこの高羽政光というオッサンは58歳無職というおよそナンパには不向きで困難な状況にありながらも、それを克服して見事にゼニを奪い取ったのである。オレはこのオッサンにはぜひとも本を書いてもらいたいのである。タイトルは「ナンパメールの極意!」でどうだ。

☆こんなふうにメールを送れば相手の女性に恋愛感情を持たせることができます。
☆逢わないから自分の顔が相手にバレず、完全犯罪も可能です。
☆OLから153万円のゼニを巻き上げた私が教える秘伝のテクニック


 こういう紹介文をオレは思いついてしまうぜ。

 おそらく容疑者の高羽政光にとって社会に認めてもらう方法はそれしかないのかも知れない。58歳無職であっても大丈夫だ。メールで相手を籠絡する技術を本にするなら、必ず売れるとみて多くの出版社がオファーをくれるだろう。この男が送ったという膨大な数のナンパメールは証拠として押収されてるのだろうか。あるいはもう携帯電話のメモリーからは消去されたあとかも知れないのだが、もしも読むことができるのなら、どんなことが書いてあったのだろうかとオレは興味津々なのである。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←詐欺師が送ったメールを読んでみたい方はクリックをお願いします。

2007年01月18日(木) 誰に怒りをぶつければよいのか・・・        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 子どもが被害者になるこのような事件の報道に接すると本当に胸が痛む。なぜそんなひどいことをするのか。「むしゃくしゃ」したらこんなひどいことをやってもいいのかと。

歩道橋から3歳児投げた男逮捕 幼児連れ回し常習
17日午後2時半ごろ、大阪府八尾市光町、近鉄八尾駅北側の歩道橋で、大阪市平野区平野市町、無職、西田浩子さん(35)の長男、璃音(りおん)ちゃん(3)が男に抱きかかえられ、手すり(高さ115センチ)越しに約5メートル下の地面に投げ落とされた。璃音ちゃんは頭や左足を骨折する重傷を負った。駆けつけた大阪府警八尾署員が歩道橋の階段で座っていた男を殺人未遂の現行犯で逮捕した。
 調べでは、男は同市桜ケ丘、心身障害者作業所勤務、吉岡一郎容疑者(41)。「ストレスがたまってむしゃくしゃしていたので男の子をほうり投げた。イライラしていた」などと供述しているという。
 調べや関係者によると、吉岡容疑者は同市内の授産施設で菓子などを作る仕事をしているという。この日は作業所の仲間数人と、歩道橋につながる同駅の2階出口付近でクッキーを販売。璃音ちゃんが祖母(59)と買い物を終えて歩道橋を歩いていたところ、吉岡容疑者が無言でいきなり璃音ちゃんを抱え上げ、階段を数段かけ上がって投げ落としたという。
 吉岡容疑者は平成12年に大阪府豊中市で2歳の男児を連れ回したとして、未成年者略取誘拐容疑で京都府警に逮捕され、懲役1年10月の実刑を受けるなど、不起訴になったものも含み6件の幼児連れ回し事件を起こしていたという。
(2007/01/17 23:55)


 最初にこの報道に接したとき、容疑者の名前はなくて41歳の男となっていたが、今はどの新聞社も実名で報道している。男が知的障害者の授産施設に通っていたからということで最初は名前を伏せていたのだろう。オレがまず心配するのは、こんな事件が起きたせいで知的障害者に対する偏見や差別意識が助長されるということだ。他者に対して暴力的な行動を取ったり、罪もない人を残虐に殺したりする行為は誰の行為であろうと等しく罰せられなければならないわけで、今回の事件の容疑者がまさに心身に障害を持つ人であったからと言って情状酌量の理由にはならない。罰は犯した行為に対して与えられるべきであり、彼は相応の罰を与えられるべきであろうと思う。ただ今回、投げ落とされた幼児が大怪我はしても命に別状がなかったことで少し安堵している。その歩道橋はオレも知ってるのだが、あんなところから投げ落とされて打ち所が悪かったら間違いなく死ぬ。そう思うと無事だったことでオレは安堵するのだ。ただオレはその記事の後のこの部分を読んで愕然とした。

吉岡容疑者は平成12年に大阪府豊中市で2歳の男児を連れ回したとして、未成年者略取誘拐容疑で京都府警に逮捕され、懲役1年10月の実刑を受けるなど、不起訴になったものも含み6件の幼児連れ回し事件を起こしていたという。

 幼児連れ回しの常習者だったのか・・・ そうなると話は別だ。危険極まりないじゃないか。幼児を連れ回して、そして気に入らないことがあってカッとしたら破壊的行動に出る・・・そんな怖ろしい男はどうか子どものいない山奥の作業所にでも隔離してくれ。この殺人未遂に対して、しかるべき罰を与えると同時に今後二度とこのような事件が起きないような工夫をしてくれ。子どものいない無人島に隔離するとかだ。

 奇しくも同じ日に起きた事件として、

彼氏に宙づりにされた少女、ズボン脱げて11m転落も軽傷
 17日午前5時35分ごろ、松山市三番町1丁目のマンション6階の一室で、男が飲食店員の少女(19)の足をつかみベランダから宙づりにし、少女の長ズボンが脱げて約11メートル下の隣家のコンクリートの屋根に転落した。少女は頭などを打ったが軽傷。
 松山東署は殺人未遂の疑いで、飲食店員、大沼智章容疑者(22)を逮捕した。「殺すつもりで宙づりにした」と容疑を認めているという。
 調べによると、2人は同じ飲食店に勤務し同居していた。別れ話をめぐって口論となり、少女が「死んでやる」と言ってベランダへ出ると、大沼容疑者は「死ねるものなら死んでみろ」と足をつかんで宙づりにしたという。


 いやはや。マンション6階から落とされて軽傷で済むとはなんて運がいいのか。しかし「死んでやる」と言ったらダメだ。今の時代、そのことばが痴話げんかの決まり文句であることをわかっていない男が多すぎる。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←このような事件を憂う方はクリックをお願いします。

2007年01月17日(水) あれから12年〜失われたものは何か        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 1995年1月17日未明に阪神淡路地方を襲ったあの大震災から12年が過ぎた。激しい揺れに目を覚ましたオレは、ふとんの中で妻と抱き合って揺れがおさまるのを待っていた。ただ怖かった。そのまま家が押しつぶされて死ぬような気がした。そのまま死ぬのなら一緒に死にたいと強く妻を抱きしめてた。ふすまを隔てた隣りの部屋ではベビーベッドに長男が寝ていた。そこに母親が飛び込んできた。母は孫がとにかく心配だったのだ。「あんたら子どもほっといて何してんの!」と母は怒鳴った。あの激しい揺れの中では息子のことを気にする余裕などなかった。ただ自分のことしか考えられなかったのだ。

 その同じ瞬間に神戸では多くの家屋が倒壊し、多数の人がその下敷きになって死んでいたとは想像もつかなかった。とにかく今までに体験したことのない大きな地震であることはわかった。激しく揺れはしたものの家にたいした被害はなかった。棚の上のものが落下したり本棚が崩れた程度である。オレはとりあえず出勤することにしてクルマで家を出た。ラジオでは道上洋三が震災の様子を伝えていた。職場につくとすぐにテレビをつけた。震源が神戸でかなりの被害が出ているらしいということがわかった。テレビには黒煙をあげて燃える街が映った。オレが勤務する学園は臨時休校となり、登校してきた生徒は門のところにある掲示をみて引き返した。揺れていた時間はわずか1分ほどだったという。しかしオレにはその時間が耐え難いほど長く感じられたのだ。いったいいつまでこの揺れは続くのかと絶望的な気持ちで怯えていたのである。オレは今でもはっきりとあの日のことを思い出すことができる。

 スイスの救助犬よりも遅く視察に来た村山富市。交通が寸断されて街は大混乱してるのに、いつものようにお迎えの公用車を待っていた貝原兵庫県知事。震災に関して腹の立つことはいくらでもある。しかし、もっともオレが許せないのは神戸市のやり方だ。神戸市は震災で瓦礫の山になった街をこれ幸いと再開発してしまい、整然と区画整理された無機質な街に作り替えようとした。オレはそれを「震災地上げ」と呼びたい。もっとも被害が大きかったと言われる長田地区では、自宅を再建する努力をするよりも目の前のゼニをもらって街を去っていく人たちの方が多かった。町工場が建ち並び、ごちゃごちゃしているが活気があって人々の暮らしが息づくあの庶民の街はもう存在しない。神戸市のやったことは人々に「元の暮らしを取り戻させる」ことではなく、震災復興の名目で多くの公共事業を呼び込んで「利権あさり」をすることだった。それは見事に成功し、かつての町並みの多くが消えた。そして去っていった人々の多くはもう二度と住み慣れた街には戻ってこなかった。これはいったい誰のせいなんだ。

田中康夫の著書「神戸震災日記」では、スクーターで被災地を回りながら救援物資を配った田中氏の奮闘が克明に描かれる。彼が後に政治の道を志して長野県知事に立候補することになった背景にこの日々があったことは間違いない。その政治的手法よりもむしろオレは彼の行動力を評価する。まず行動すること、それこそが我が国の政治家に最も欠けていることではないのか。

震災による破壊は単に物質的な破壊だけだった。しかし行政による破壊はその後ずっと現在に至るまで継続し、将来にわたって住民にダメージを与え続けることになるだろう。膨れあがった天文学的な借金をいったい誰が返すのか。大阪市や大阪府と並んで、神戸市も実は破産自治体予備軍なのである。
 
「そこにもともと存在したものをできるだけ変えないように再建する」

 ナチスドイツによって徹底的に破壊されたポーランドのワルシャワやグダニスクの街並みは、壁のひびに至るまで元通りに再建されたという。もしもこんな殊勝なことを神戸市長や兵庫県知事が考えていたら、震災後の街は全く違った歩み方になっただろう。残念ながら今の日本の首長で土建屋的発想から逃れて理想を語れる人など一人もいない。当選したときは改革派知事と呼ばれていても、いつのまにか談合の元締めになっていたりするのである。権力が腐敗するものなのか、あるいはもともとゼニが欲しかったから権力を手に入れたのはわからない。

 かつて日本には美しい田舎があった。農村には見渡す限りの田園風景が広がり、村のよろず屋に置いていないものは大都市まで買いに出るしかなかった。大資本がイナカモンドリーム(二束三文の土地が公共事業で大金に化けること)をちらつかせて先祖伝来の田畑をだまし取ってはそこに巨大ショッピングモールやパチンコ屋を建ててしまい、ばらまいたゼニはパチンコ屋がしっかりと回収して後には勤労意欲を失って骨抜きになった「元」農民が大量に発生する。そうやって田舎は徐々に侵食され、破壊されていった。都会では「再開発」の美名のもとに雑然でごやごちゃとした町並みはぶっつぶされて、そこには同じ形のビルが建ち並ぶ無機質な街が形成された。日本中でゆるやかに発生したその「文化的破壊」が、神戸では震災で一気に加速しただけかも知れない。その変化はほっとけばいつかは起きたことなのかも知れない。しかし、本来は何世代もかけて緩やかに進行していたことが、わずか数年で劇的に起きるきっかけになったのがあの震災なのだ。

 今日1月17日は神戸のあちこちで震災関係の行事が執り行われる。オレは残念ながらそのどれにも出席できないが、この日記を書くことで慰霊と鎮魂の気持ちを表明しておきたい。人々は地震で死んだのではない。ろくに耐震性もない粗製濫造の建て売り住宅や古い木造アパート、あきらかに手抜き工事とわかるマンションによって殺されたのだ。それなのにマンションの構造計算書を偽造する事件が発生した。多くの命が失われるような震災だったのに、それを少しも教訓にできずにゼニのことばかり考えてる人間が相変わらずいたのである。間接的に人を殺しても決して処罰されない連中が大手を振って暮らしている。オレがこの日記で正義を語るのは、そんな外道どもが許せないからである。

神戸震災日記


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←震災で失われた魂への鎮魂のクリックをお願いします。

2007年01月16日(火) 灯油をもっと値下げしやがれ、ボケ!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 世界的な暖冬だそうだ。ニューヨークでは気温22度でTシャツでOKなんだそうである。日本でも暖かいのでクマが冬眠をやめて里に出てエサを求めて放浪してるという。もうタンポポも狂い咲き中だ。地球温暖化のせいとは決めつけられないが、とにかくそれくらい暖かいのである。そしてこの暖冬は原油の需要と価格をも押し下げたのである。原油を1バレル80ドル以上にまで持ち上げた投機マネーも、暖冬という自然現象にはやはり勝てなかったのである。

 昨年12月の原油需要は日米欧3地域合計で日量90万バレルも減少し、12月初めに1バレル=60ドル以上だった米ニューヨーク市場のWTI原油価格も現在は50ドル台前半で推移している。まさかこんなに下がるとは誰も思わなかったのである。気象庁によれば12月の世界平均気温は平年よりも0.41度高く、これは観測史上最高らしい。そういうわけで世界で原油が余り、日本でも暖房用の灯油の在庫が積み上がってるのである。そんなに余ってるのに、そしてそんなに原油価格が下がってるのに、オレのいつも買ってる灯油の値段はちっとも変わらない。これはいったいどういうことだ。

 やい新日本石油、おまえら石油元売りは値上げの時は素早いくせに、原油が値下がりしてもなかなかガソリンや灯油の価格を下げず、いつまでもぼったくり価格で売ってるじゃないか。いったいこれはどういうことなんだ。オレがいつも入れてるENEOS(新日本石油)のセルフのガソリンスタンドでは12月初めからハイオク131円、レギュラー121円、灯油18L1260円のまま据え置きだ。いったいいつになったら原油価格の下落分を価格に反映してくれるんだ。もしかしておまえら石油業界では談合してガソリン価格が高止まりするように取り決めてるんじゃないのか。もしもそんな卑怯なことをしてるのならオレは許さないぜ。

 暖冬というのに我が家はじゃんじゃん灯油を使う。オレの家はボロいのですきま風がビュービュー入ってきていて、がんがん灯油を燃やして暖めないと居住に適さないくらいに冷え込んでしまうのである。一週間に灯油を40リットルは消費しているのだ。北海道に暮らしてるのならそれくらいは消費するかも知れない。しかしここは大阪である。夏は日本一熱帯夜の多い都市なのである。そんな温暖な土地に住むはずの我が家の住人は、全員寒がりばかりなのかガンガン石油ファンヒーターをつけてるのである。そのゼニを払うオレの身にもなってほしいのである。

 しかし快適な生活を守るためにはそれくらいの灯油は必要なのかも知れない。だったら一週間に40リットル使うのは仕方ないとして、せめてその1リットルあたりの灯油代を今の70円から50円くらいに値下げしろよ。原油価格だって1バレル80ドルから50ドル近くまで下げたんだ。灯油もそれくらいは値下げさせるべきだろう。何?税金分が含まれてるからそんなには下がらない?そんなことオレは信じないぞ。どうせ石油元売り業界は自民党に政治献金でもして、価格引き下げという世論を封じ込めるマスコミ操作でもやらせてるんだろう。

 このぼったくり状態を維持させている張本人である石油連盟の渡文明会長は。1月15日の記者会見で「現在のままの原油価格が今月末まで続くと、2月分の灯油やガソリンの調達費は前月よりも1リットルあたり3円程度低下する」と語ったそうだ。あほか。何が3円程度や。どんだけ原油が値下がりしてると思ってるんや。おまえらの不当に得ている利益は1リットルあたりたった3円ということはないだろう。どこまでせこいんや。たった3円なんてみみっちぃこと言わんとどーんと20円くらい下げろや。

 いつのまにかオレが通勤時に見掛けるガソリンスタンドはセルフ一色になってしまった。オレは今セルフのガソリンスタンドで入れてるがそれはただ安いというだけの理由であって、オレの本音としてはきれいなお姉ちゃんが豊満な胸を近づけて窓を拭いてくれたりする方が嬉しいのである。でもそういうスタンドはリッターあたり10円くらい高いのである。やむなくオレはお姉ちゃんをあきらめて、給油機を操作して自分で入れるのである。おまえら石油元売りがしっかりと卸価格を下げて、末端のガソリンスタンドまでちゃんと利潤が生み出せるように工夫してやればこんなセルフだらけにはならなかったのだ。ガソリンスタンドのセルフ化は多くの人の就業機会を奪い、オレのささやかな楽しみも奪ったのである。こんなことは断じて許せない。いますぐ石油元売り各社は原油価格の低下した分だけガソリンや灯油の卸売り価格を引き下げて、ガソリンスタンドに美女を雇うだけの経営的余裕を与えよ。セルフのスタンドで自分で入れるのはちっとも楽しくないのである。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←ガソリンや灯油を下げろと思う方はクリックをお願いします。

2007年01月15日(月) 大人というのはずるい生き物です        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 愛知県岡崎市で少年たちがホームレスの女性を面白半分にリンチ殺人するという痛ましい事件が昨年11月に起きたが、その犯人の中学2年の少年たちが、少年審判では殺意を否認する方針だということだ。おそらくは弁護士の入れ知恵だと思うのだが、そういう話を聞くとオレは激しい怒りを覚えるのだ。このクソガキどもにとって必要なことは、自分たちの犯した罪の重さを知らせることであり、(無理だと思うが)反省と贖罪の気持ちを持たせることであり、そしてその後の人生で犯した罪を償わせることである。ところが弁護士が「殺意がなかったと言えよ。その方が刑が軽くなるぞ」と大人のずるさを教えてるとすれば処置なしである。

 弁護士という職業は確かに悪人の罰を軽くするのが仕事だ。そういう意味ではこの外道どもにこういう入れ知恵をしたのは職務に忠実だったということかも知れない。しかし、オレはこのような弁護士が断じて許せない。おまえがそうして卑怯な逃げ道を与えてそいつらの反省の道を閉ざしたことで、もしもそのクソガキどもが社会に出てきたまた次の犯罪を犯したとしたら、その責任はこの腐れ弁護士にある。以下は産経新聞からの引用だ。

2少年が殺意否認の方針 愛知のホームレス殺害審判
愛知県岡崎市でホームレスが相次いで襲撃され、無職の花岡美代子さん(69)が殺害された事件で、強盗殺人の非行事実で補導された同市の中学2年の男子生徒2人=ともに(14)=が少年審判で殺意を否認する方針であることが、14日分かった。
 生徒2人は犯行当時は13歳。付添人の弁護士に「(暴行後に)まだ動いていて死ぬことはないと思った」などと説明。弁護士は「非行事実は強盗致死に当たる」としている。生徒2人はこれまでの岡崎署捜査本部の調べに「(花岡さんが)死んでも構わないと思った」と話しており、捜査本部は「暴行は激しく、強い殺意があった」としている。
 弁護士が生徒らから聞いたところによると、昨年11月19日未明に花岡さんを襲撃した際、この生徒2人と別の同級生の男子生徒(14)=強盗殺人容疑で逮捕=は、鉄パイプで手加減しながら腹や足を狙い約5分間暴行した。住所不定、無職、木村邦寛容疑者(28)=同容疑で逮捕=だけが途中からくわのようなもので顔などを本気で殴り始めたという。その後、花岡さんを近くの川の浅瀬に落としたが顔は沈んでおらず、はって後ずさるように動いたため「死ぬことはない」と判断したという。
 また生徒の1人は「人を殴ることに興味があった。ホームレスは汚いし、身内もいないから何をやってもいいと思った」と弁護士に説明。一方で一連の襲撃を止められなかった理由について「(非行グループの中で)仲間として扱われるよう必死だった」と話している。


 暴行した後、川に突き落としながら「まだ動いてるから死ぬことはない」だなんてまともな人間の思考とは思えない。オレはこのような行為を平然と行える少年が、同じ日本に存在し、少年法のおかげで数年後には大手を振って社会に出てきて、名前も顔もわからないということに不安を覚えるのである。結果として人が殺されてるのであり、それだけの行為を「面白半分に」この少年たちは行ったのだ。それだけでこのクソガキどもは十分に死刑に相当する。

 少年法の精神というのは微罪を犯した前途ある若者のために存在するのであり、このような大人顔負けの外道を救うためにあるのではない。こういう凶悪殺人者に対して速やかに死刑を執行することが、市民社会の平穏を保ち治安を維持するために必要なことである。「ホームレスは汚いし、身内もいないから何をやってもいいと思った」とこのクソガキは語ったそうだが、オレが逆に言ってやろう。「おまえらのようなクソガキは脳みその芯から腐ってるんだ。汚物そのものだ。健気にがんばってその日その日を暮らしてるホームレスの方々の方がおまえらよりも100万倍きれいな心を持ってるんだぜ」

 そんなクソガキどもに大人のずるさを伝授する腐れ弁護士。こういう手合いが世の中をどんどん悪くし、悪人に法律のすり抜け方を教え、それで大金を稼ぐのだろう。悪いヤツほど弁護士にはたんまり謝礼をはずんでくれるからなあ。人殺しを死刑から救ってくれるならいくらゼニが掛かっても安いもんだぜ。それにしても全く頭にくるぜ。今すぐ少年法を時代に合わせて改正し、たとえ18歳未満であっても殺人を平気でできるような人間には大人同様に死刑を宣告できるようにすべきだ。狂犬を野に放つことで将来の犠牲者が出ることを防ぐにはそれが最良の方法である。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←少年たちには殺意があったと思う方はクリックをお願いします。

2007年01月14日(日) これがインサイダーでなかったら何だ?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

証券会社の疑惑に関しては12月19日の日記「日興は生きろ、豚は死ね」でもとりあげています。よろしければお読みになってください。株に関する話題に興味がおありの方は、ハメこまれた人たちシリーズをごらんになってください。


 大手菓子メーカーの不二家が、消費期限が切れた牛乳を使用したシュークリームを出荷していたことが発覚して当分の間洋菓子の製造、販売を休止することとなった問題に関してオレは1月11日の日記で触れた。その日の夕方には洋菓子の製造を一時中止するという発表がされたが、一日休めば1億円くらい売り上げが失われるという。このまま長期にわたって工場がストップするということになればかなり業績は悪化するはずである。株価も問題発覚翌日の1月11日は211円(−21)、12日は198円とわずか二日間で33円(15%)も値下がりした。工場の閉鎖による業績悪化は確実なだけにこのまま暴落するのは避けられない模様だ。

 値下がりするのが確実ならば空売りを入れれば稼げるわけだが、残念ながら不二家株は東証によって空売り禁止の規制がすでに入っていて、オレのような個人投資家はもう売れないのである。しかし、それを売る方法があるのだ。大口の機関投資家や証券会社は株をどこから借りてきて(たいてい大株主の生命保険会社などが貸し出す)それを売ることができるのである。一般の投資家が売れないときにじゃんじゃん売ることが出来るので儲けを独占することができる。不二家株をここから空売りできるのはどこか。オレはマネックス証券の不二家に関するニュースを追っていて、次のような情報に出くわしたのである。

5%ルール報告12日 不二家(2211)――大量
財務省 1月12日受付
(提供者、共同保有者合計保有株券等の数・保有割合、カッコ内は報告前の保有割合)
★発行会社:不二家
◇ゴールドマン・サックス証券など
6,720,000株 5.32%( -%)
※ 金融庁のホームページからの情報提供であり、証券取引法上の公衆縦覧ではない


 突如ゴールドマン・サックス証券が5.32%の大株主になってるのだ。1月12日受け付けということは、この大量保有の報告義務が発生したのは昨年の12月30日以後ということになる。これはいったいどういうことなのか。不二家の首脳陣はこの不祥事のことを11月中にはすでに知っていて、対策というかもみ消しの方法について協議していたそうである。その情報をなんらかの形でゴールドマン・サックスは手に入れて、そして「確実に値下がりする株」として「空売り目的」での大量保有をしてきたのではないだろうか。そうでなければあまりにもタイミングが良すぎるのだ。もちろんオレがなんらかの証拠を握ってるわけでもない。単なる憶測でしかないことをここで申し上げておきたい。ただ、あまりにもタイミングがよすぎるということがオレには疑問なのだ。

 なんらかの会社の内部情報を知って値上がり確実な株を買うことがインサイダー取引として問題視され、村上世彰やホリエモンが逮捕されるのならば、事件性が高い値下がり確実な株をこうやってあらかじめ借り株してきて市場で売却する行為も同様にインサイダー取引ではないのか。オレはどうも腑に落ちないのである。これが投資目的で、つまり値上がりするだろうからとゴールドマン・サックス証券が現物株を保有し、この後の暴落で大損をするのならただの間抜けということで笑えばいい。しかし、社員の平均平均報酬が60万ドル(7300万円)という超リッチ企業がそんな損をする取引をやるだろうか。

 ゴールドマン・サックス証券の大きなシノギの一つが新株予約権付き転換社債(MSCB)の引き受けである。最近では住友石炭、マルハなどの新株予約権を引き受けている。その後この二社の株価は暴落した。住友石炭などは半値になったのである。どういうカラクリかを説明すると、たとえば株価が200円の時にMSCBを100億円分引き受けるとする。そのままだと100億円÷200円で5000万株が手にはいるわけだが、この転換価格は株価が値下がりすればするほど下方修正される。株価が100円になれば100億円÷100円で1億株が手にはいるわけだ。値下がりさせるためには株を借りてきてそれを市場で売却するのである。ゴールドマン・サックス証券には多くの関連子会社があり、たとえMSCB発行時に空売りをしないという取り決めをしていたところで、子会社にやらせればルールには違反しないわけである。実際に暴落してるのを見れば誰が売ったかは想像がつく。株をせっせと借りてきてじゃんじゃん売って売ってうりまくって、転換価格を下げに下げておいて大量の株を手に入れたらその株を貸し主に返却すればいいだけである。100%絶対確実に儲かる取引である。

 2005年12月に株価200円を超えていた軽貨急配は50億円分のMSCBを発行し、ゴールドマン・サックス証券が引き受けた。一年経った今、今軽貨急配の株価は17円である。ゴールドマンサックス証券が利益を得た分は誰が損をしたのか。株主である個人投資家が全部その損失をかぶっているのである。東証に本当に株価操作や違法な取引を取り締まる気持ちがあるならば、なぜゴールドマン・サックス証券が不二家株を大量取得してるのか。その経緯について証券取引法違反の容疑で厳重に調査すべきである。アメリカならこんな時すぐに関係者が取り調べを受けるはずだ。あまりにもタイミングが良すぎるからである。東証は自浄能力を発揮してしっかりと調査し、同時に個人投資家を犠牲にするハイエナのようなこんな外資系の証券会社を日本から追い出してもらいたいぜ。

 注記:この日記をリンクなどで紹介してくださる方は、最新の日記が表示される日記トップページではなくてhttp://www.enpitu.ne.jp/usr4/bin/day?id=41506&pg=20070114にリンクしてくださるようどうかお願い申し上げます。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←GSはインサイダーだと思う方はクリックをお願いします。

2007年01月13日(土) 沖縄の人は道で寝ています        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 1月26日発売予定のきっこの日記2の予約を受付中です。だんだん残りが少なくなってるそうですから、お買い求めの方はお急ぎください。ついにきっこさんの正体が明らかになる・・・というウワサも乱れ飛んでおりますが、それは読んでみないとわからないですね。今回は松尾貴史さんも寄稿されているそうです。


 酔っぱらってそのまま道で寝込んでしまういわゆる「路上寝」。これが一番多いのはもちろん気候温暖な沖縄県である。どのくらいの件数あるのかというと、警察に通報されたものだけでも一年間に6458件だそうだ。通報されないものを含めればどれだけの件数にのぼるかわからない。暑い夏だけではなく、1月や2月といった冬の時期にも路上寝が発生するのが沖縄の特徴だ。

 しかし、道路で寝てると危険じゃないかとオレはどうしても考えてしまう。実際のところ沖縄では路上で寝ていてクルマにはねられるという事故も大変多いのである。酔っぱらった人が、交通量が多いはずの十字路で寝ていたりするのである。大阪では考えられないことである。

 2005年度に沖縄県内で発生した交通死亡事故は61件だが、そのうちの一割にあたる6件は、なんと路上で寝込んでる人をはねるというパターンの事故だったのだ。なんでそんな馬鹿なことが起きるのかとオレは信じられないのである。さて、クルマを運転するオレが心配するのは、道で寝てるような迷惑なヤツを不幸にしてはねてしまい自分が加害者になる場合である。その場合オレはどんな罪になるのか。どんな罰になるのかということだ。

 交通事故の場合、とりあえず「業務上過失致死」ということになるのだろう。ただ、道で寝てる人に気づかずにはねてしまう行為が、他の交通事故と同様に処罰されるのはオレにはどうも納得いかない。道に人が寝てるだなんて普通はありえないじゃないか。そんなものにまでいちいち注意しながらクルマを運転しないといけないのか。それはちょっとむちゃだ。

 たとえば交差点で左折するとき、横断歩道を渡る歩行者をやり過ごしてから通過することになる。それがたとえば夜だったとしよう。その時に人が地面で寝ていたとして、ギリギリでクルマを停止させることができるかということなのだ。ドライバーの視線は歩いて横断しようとしている歩行者の方にばかり向いてるので、まさか目の前の地面で人が寝てるなんてことは思いもしないはずだ。寝てる人の直前でクルマを停止させられるような自信はオレにはない。おそらくはねてしまってそれから気づいてクルマを停めるだろう。そんな事故の場合に果たして運転者の過失を問えるのかとオレは義憤に駆られるのである。


 「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」によれば、夜に道で寝てる酔っぱらいをはねてしまった場合、過失相殺率が50%となっている。これはどういうことかというと、裁判をしてはねられた人の受け取るべき賠償金が1億円とすると、その50%の5000万円しか賠償金を受け取る権利がないということなのである。50%であってももらえればまだマシで、高速道路で寝ていた場合はさらにこれよりも減額されるのだとか。まあどう考えても高速道路の路上で人が寝ているというのは想像できないのだが。(誘拐や拉致された人がクルマから投げ捨てられるということなら別だが)

 ただ、路上寝という壮絶な光景とオレが全く無縁だったかというとそうではない。オレがまだ大学生の頃だったか、サイクリング部の夏合宿のコンパの時に、泊まった民宿の前の道路に酔いつぶれた部員たちが折り重なるようにして倒れていたことを思い出す。道でたくさんの人が倒れてるあの光景に出くわした人は「これはもしかして無差別テロか?」とびっくりして110番に通報するかも知れないが、ただ酔いつぶれて寝ていただけである。沖縄の人たちが道に倒れるほどに前後不覚に酔ってしまうのは、やはり泡盛などの強い酒のせいであろうか。もしも沖縄でクルマを運転するようなことがあれば十分に気をつけようと思うのであった。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←路上で寝てる人にも責任があると思う方はクリックお願いします。

2007年01月12日(金) 伊藤納裁判長は寛大なお方です        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 馬鹿判決は大阪地裁の名物だと思っていたがどうやら名古屋地裁にもひどい判決を出す裁判官がいたようだ。オレはこの判決にあきれている。

6人死傷事故、業過で懲役6年…危険運転適用せず
 愛知県春日井市で昨年2月、乗用車を飲酒運転したうえ、赤信号を無視してタクシーと衝突し、運転手や乗客ら4人を死亡させ、2人に重軽傷を負わせたとして、危険運転致死傷罪などに問われた同市、会社員桑山健被告(27)の判決が11日、名古屋地裁であった。伊藤納裁判長は「(桑山被告が)交差点の信号は青信号だと思い込んでいた可能性があり、赤信号をことさらに無視したとはいえない」として同罪ではなく、業務上過失致死傷罪で懲役6年(求刑・懲役20年)を言い渡した。
 検察側は「赤信号をことさらに無視し、多数の命を奪った」として、量刑の重い危険運転致死傷罪の適用を主張。弁護側は「赤信号を青信号に見間違えた過失による事故で、業務上過失致死傷罪にとどまる」と争っていた。
 桑山被告は、危険運転致死傷罪で審理され、結審したが、判決言い渡し予定だった昨年10月13日、伊藤裁判長が弁論再開を決め、検察側に、業務上過失致死傷罪を予備的に訴因に追加するよう命じた。
 名古屋地検は「判決内容を見た上、控訴するかどうか検討する」とのコメントを出した。
(2007年1月11日12時56分 読売新聞)


 飲酒運転で赤信号を無視してタクシーと衝突、4人を死亡させた危険な行為が「危険運転」ではないらしい。いったいどんなむちゃな運転なら危険なのか。オレはこの伊藤納裁判長に訊いてみたいのである。赤信号を無視して突っ込んだという事実があっても「青信号と思っていた」と主張すれば、「見間違い」ということにしてもらえるのだ。なんと寛大な裁判官だろうか。これから重大な犯罪を犯した外道は、裁判官として伊藤納を指名して刑を軽くしてもらえばいいのである。

 猟銃で人を撃った場合でも「イノシシと間違えた」と言えばOKである。女性をレイプしても「南極二号と間違えた」と言えば許されるのだ。なんでもかんでも「見間違い」と主張すればいいのである。見知らぬ女性をレイプしても「妻と見間違えた」と強引な主張をするヤツも出てくるだろう。肥満した人をクルマではねても「ブタと間違えた」と言い訳すればいいのかも知れない。この「見間違い」という理由が許されるということは、こんなにも応用範囲の広がることなのだ。
 
 百歩譲ってその見間違いがあったとしよう。それならその男の場合必ず赤信号が青信号に見えると言うことを科学的に立証してくれ。その男の眼の構造が赤を青に感じる特別な個性を持ってるということを医師の診断付きで示してくれ。それだったらオレも納得するぜ。

 せっかく導入した危険運転致死罪だが、全交通事故の中で1%ほどしか適用されていないそうである。飲酒でも安全に運転できたとか、故意に危険な走行をしたわけではないとかいう弁護が行われ、裁判官はそのむちゃくちゃな弁護を受け入れて刑を軽くしてしまうので適用できないのである。事故の際に信号無視、飲酒、スピード違反などがどれか一つでも該当していれば無条件に適用するという形になぜしないのか。

 業務上過失致死という軽い罰は、運転者が十分に注意して遵法運転していたのに不幸にも起きてしまった事故に関してだけ適用されるべきだ。結果として多くの人を死に至らしめた行為は無条件に「危険運転」とされるべきである。脇見運転をしていて通園中の園児をなぎ倒して数人を死なせた事故も「危険運転」は適用されないらしい。なぜそういうことになるのか。オレには裁判官の世界の常識というものがどうしてもわからないのである。ヤツらの頭の中にはどうもオレとは違った常識のモノサシが存在するような気がしてならないのである。

 ただ、オレが一つだけ気になるのは自動車保険の扱いだ。加害者が飲酒運転などで「危険運転致死罪」でさばかれた場合、保険会社はその加害者の起こした事故に関して保険金(つまり被害者への補償金)を支払ってくれるのか。あくまで通常の使用の中で発生した交通事故なんてことにはなってないだろうか。もしも「危険運転致死罪なら保険金が支払われないが、通常の業務上過失致死では保険金が支払われるため、遺族救済のためにやむなくこのような判決を選んだ」ということならばルールを変えて欲しい。それによって保険会社が損をするのならば、そのような危険なドライバーは加入させなかったらいいのである。もっともそんな無責任なヤツは平気で無保険で乗るだろうが。(どうやら任意保険の場合、被害者には全額補償されるらしいとメールで情報をいただきました。)

 裁判官は正義を実現するだけの力を付与されている。その裁判官がこの伊藤納のようにボンクラばかりなんだとしたら、我が国の正義なんて守れるはずがない。こんな判決が出るたびにオレはあきれてしまうのである。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←飲酒で信号無視を危険運転と思う方はクリックをお願いします。

2007年01月11日(木) やい不二家、なんてことするんだ!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 オレはシュークリームが好きだ。ものすごく好きだ。オレがまだ小学生くらいの頃、今は八尾市や柏原市でスーパーを経営してるオレのかなり年上の従兄弟が家に来るときにはいつもシュークリームをお土産に持ってきてくれた。オレがシュークリーム好きなのはそのとき以来である。定番のヒロタのシュークリームが好きなのは言うまでもないが、オレの一押しはJR阪和線美章園駅から東に500mほどのところにあるアップルハウスという店である。ここのシュークリームは絶品だ。今でも仕事帰りにときどき寄り道してはお土産に買うのである。そのシュークリームを冒涜するこの行為は断じて許せないのである。しかも不二家と言えば日本の大手お菓子メーカーである。不二家のペコちゃんを知らない人はいないだろう。ミルキーはママの味なのである。そんな企業がこんなことをしたなんてとオレはあきれている。

不二家、期限切れ牛乳使用 シュークリーム2千個に
2007年01月10日23時43分 アサヒコム
大手菓子メーカーの「不二家」(本社・東京)が昨年11月、消費期限が切れた牛乳を使ったシュークリームを製造し、関東などに出荷していたことが分かった。同社は事実を把握した後も、公表や製品回収の呼びかけをしていなかった。
 同社の広報担当者によると、問題のシュークリームは、昨年11月8日に埼玉工場(埼玉県新座市)で製造された2000個。社内調査によれば、原料となる牛乳60キロの消費期限は11月7日付で1日切れていたにもかかわらず、製造担当者が使うことを決めたという。「捨てるのはもったいない。においをかいで問題ないと思った」と話しているという。また製造担当者は「2年前にもやったかもしれない」と話しており、同社で調査を進めている。
 同社は昨年11月13日に事実を把握していたが、公表や回収をしなかった。広報担当者は「出荷時の細菌検査に問題はなく、消費者からの健康被害の苦情もなかったので公表しなかった。認識が甘かった」と話している。
 同工場が当日製造したシュークリームは計1万個。東京、埼玉、神奈川、千葉、茨城、栃木、群馬、福島、静岡、新潟の10都県に出荷されたが、問題の2000個がどこに行ったかは特定できないという。


 なぜこの事件は発覚しなかったのだろうか。オレがそのシュークリームを食ったなら、おそらくオレの繊細な舌は古い牛乳を使ったシュークリームの微妙な味わいの違いを見抜いたことだろう。「捨てるのはもったいない」のならなぜその前に使い切るようにきちっと在庫管理しなかったんだ。「においをかいで問題ないと思った」だと、おまえはか?においでそこまで完璧にすべてが把握できるのか。

 この消費期限という数字がかなり余裕を持って設定されていて、その日を一日でも過ぎたら即牛乳が腐敗するというものでないことはオレにもわかる。しかし、それが例え事実であったとしても、少なくとも原料として使用する牛乳に関してはきちっと消費期限を守って使うべきだろう。以前に雪印乳業が古い牛乳を再利用していて多くの食中毒を出すという事件があった。あれと比べれば事故が発生する可能性も低く、悪質さのレベルは違うのかも知れないが、それを食べる人のことを軽視してるという意味では本質的にこの二つの事件は同じ性格である。過去に同業者の世界で起きていることがなぜ教訓になっていないのかとオレは不思議に思うのである。

 事件が既に2ヶ月以上も前のことであり、問題のシュークリームはすでに全部誰かに喰われてしまった後でもはや事件性はないのかも知れないが、このような行為を行った不二家の道義的責任は免れないだろう。不二家は今回の事件の責任を取って洋菓子の製造を当分の間休止すると発表している。工場の不衛生さも報道されており、ネズミが50匹捕獲されていたという情報もある。そんなところで作ったお菓子がもはや買ってもらえるわけもない。

 社長がテレビに出て挨拶して、今回の事件をお詫びしてももう遅い。かつて雪印乳業がその不祥事から立ち直れなかったように、このまま不二家も洋菓子製造から撤退してしまうのだろうか。なんだかもったいないような気もするが、老舗でもこんなに簡単に評判を落としてしまうのである。食品を製造することを生業にするものにとって、このような事件を決して起こしてはならないという一つの教訓である。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←ネズミ工場は許せないと思う方はクリックをお願いします。

2007年01月10日(水) 社会をなめたクソガキに天誅を!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 低価格の二台目、三台目のパソコンを考えて居られる方はぜひ今日の個人日記をごらんになってください。団塊の世代の方などで、引退後の株式投資による極楽投資生活を考えて居られる方は、証券会社の紹介コーナーを作っていますのでぜひごらんになってください。


 昨年のニュースだがこんな事件があったそうである。「なめてるのか」に対して「なめている」とほざくクソガキ、オレが警官なら思わず射殺してしまうところだが、幸いこの忍耐強い警官は、ビンタ5発で許してやったのである。なんと寛大な警官だろうか。

滋賀県警巡査長、聴取の少年を平手打ちし軽傷負わす
 滋賀県警甲賀署刑事課の巡査長(35)が昨年末、同県甲賀市内のスーパーで、ナイフを持ち出した通信制高校の少年(16)を事情聴取した際、平手打ちし、軽傷を負わせていたことがわかった。
 同署などによると、少年は昨年12月31日昼、解雇されたアルバイト先のスーパーを訪れ、店員と口論。ナイフを持ち出したため、同席した父親が取り上げようとし、軽いけがを負った。
 駆けつけた巡査長が「警察をなめているのか」と言ったところ、少年は「なめている」などと挑発。巡査長がほおを5回、平手打ちし、少年は鼻血を出したという。
(2007年1月4日14時37分 読売新聞)


 さて、問題はこのときの父親の対応である。自分の息子が警官を侮辱するような態度をとっていて、しかもナイフを持ち出してるわけである。普通なら警官よりも前にその息子をぶん殴って取り押さえないといけないのである。いくら口論になってからと言ってナイフを出すようなヤツは危険すぎる。そのふがいない父親に代わって天誅を与えてくれたこの寛大な警官に対して、父親は感謝すべきである。いくら息子が鼻血を出していても「叱ってくださってありがとうございます!」と陳謝すべきなのだ。もしかしてこの父親は「なんで殴るんだ!」と鼻血を出した息子を見て警官に食って掛かったのだろうか。もしもそうだとしたら親子共々救いようのない連中である。そして、こんなことをいちいち報道する読売新聞も一体何を意図してるのかとオレは不思議に思うのである。

 さて、クソガキのニュースはもう一件あった。こっちも本当にどうしようもない12歳だ。オレは未成年者の喫煙に対しては厳罰を与えるべきだといつも思っている禁煙論者だが、この厨房、いや中1のクソガキは本当に救いようがない。下手すれば放火魔である。こんな危険なヤツは火あぶりの刑にしてくれ。

吸い殻投げ教室燃やした中1少年を補導
 福岡県警飯塚署は9日、飯塚市立鎮西中学校の教室に侵入して荷物棚を焼いたとして、失火などの非行事実で同校1年の少年(12)を補導し、児童相談所に通告した。調べでは、少年は昨年10月28日の日中、盗んだ鍵で同校3階にある自分の教室に侵入。ベランダで喫煙して吸い殻を投げ捨て、教室内の荷物棚を焼いた。非行事実を認め「2度としません」と反省しているという。
 同日は土曜日で授業はなく、クラブ活動中の生徒や教諭にもけがはなかった。
[2007年1月9日18時31分]


 ベランダで喫煙して吸い殻を投げ捨て、教室内の荷物棚を焼いたということは火のついた吸い殻をそこいらに投げたのである。火の始末もろくにできないガキんちょのくせにタバコを吸いやがって・・・というそんな問題ではない。だったら火の始末ができればいいのかと突っ込まれそうである。大人でも火の始末ができていない連中はいくらでもいる。日本の火事の二大原因といえば放火とタバコである。問題はこのクソガキに対する罰である。「二度としません」とほざいたそうだが、それだけでこの重大な罪は許されるのか。

 オレは昔、長野県の諏訪湖ユースホステルというところによく出かけていた。そのユースホステルは江戸時代の建物がそのまま使われていて、重要文化財になってもおかしくなかった。そんな貴重な建物がユースホステルとなって大勢の若者が宿泊していたのである。そこにある屋根裏部屋みたいなところがベッドルームになっていたのだが、あるときその屋根裏部屋で喫煙している馬鹿高校生がいたのである。ユースホステルを経営してる方はかなり怒っておられた。当たり前である。単なる喫煙ではなく、もしもその火の不始末があれば貴重な文化財が消失してしまうのである。そんなことも考えずにタバコを吸ってる馬鹿野郎をオレは経営者に代わってぶん殴ってやりたかった。まだその時のオレは大学生だったが、もしも教師になってからその事件に遭遇していれば経営者に代わって迷わずぶん殴っただろう。そいつに自分のやった行為の重大さを教えるためには身体でわからせるしかないからだ。

 自分の行為の責任もちゃんと取れない、言ってみれば自分のケツもちゃんと拭けないようなクソガキが、後先考えずに大きな事件を起こしたりするのを聞くとオレはいてもたってもいられないのである。なんでそんなクソガキが存在するのかと腹立たしくなるのである。大人の犯罪よりもそういうクソガキの犯罪の方が始末が悪い。そういうクソガキにはまともな罰を与えられないし、しかもクソガキはこれからも長生きするからである。どうやって社会はクソガキを撲滅していけばいいのか。一人一人の大人たちが「クソガキは断じて許さない」という強い気概を持つしかないのだろうか。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←ビンタを張った警官を支持する方はクリックをお願いします。

2007年01月09日(火) ロスケはやはり卑怯だぜ        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

暴言日記セレクションを更新いたしました。ジャンルごとにわけてあるので興味のある分野を時間のあるときにお読みになってください。
投票ありがとうございます。←ブログランキング投票ボタンと、変人にはマウスを贈ろうのコーナーもよろしくお願いします。



 サハリン2プロジェクトから日本企業が締め出されてしまい、ロシア国営企業ガスプロムがその分の利権を奪い取ってしまうできごとがついこのあいだ起きたばかりだが、ロシアのような国家が世界のエネルギー資源を支配しているという状況はろくなことがないのである。欧州でもこんなことが起きてるじゃないか。まずロシアとその隣国ベラルーシの間の騒動だ。2006年1月にロシアはベラルーシ向けの天然ガスの供給をいったんストップするという暴挙に出たが、またしても供給停止をちらつかせながら値上げを要求してきたのだ。1月2日にはとりあえず両者が歩み寄って1000立方メートルあたり46.68ドル→100ドルの値上げで合意した。以下はアサヒコムにあったその記事である。

天然ガス価格、ぎりぎりで合意 ロシアとベラルーシ 2007年01月02日20時36分
 ベラルーシは31日夜、ロシアの政府系天然ガス独占企業ガスプロムと、1000立方メートル当たり46.68ドルだったロシア産天然ガスを07年から100ドルに値上げすることで合意した。交渉期限だった1日午前0時の2分前の合意だった。ロシアは06年1月にウクライナへのガス供給を停止したが、今回はベラルーシへのガス供給の停止は回避され、欧州に影響が出る事態はぎりぎりで避けられた。
 ロシアは、連邦国家をつくるなど旧ソ連内で最も密接な関係にあるベラルーシに、天然ガスをロシアの国内並みの優遇価格で供給してきた。今回の合意は、ロシアが経済について連邦国家に基づくベラルーシとの統合路線を見直し、通常の国家間関係へ移行を始めることを意味する。独裁的なルカシェンコ大統領に率いられてきたベラルーシの将来的なロシア離れにもつながりそうだ。
 合意によると、ロシア産ガスのベラルーシへの供給価格は08年以降も段階的に値上げされ、11年に欧州向けの水準(07年で1000立方メートル当たり293ドル)となる。ガスプロムは当初、1000立方メートル当たり200ドルへの値上げを要求していた。
 値上げの一方でガスプロムは、ベラルーシ国内に天然ガスを供給するパイプライン運営会社の株の半分を今後4年間で総額25億ドルで購入する。またロシア産天然ガスのベラルーシ領の通過料も値上げされる。これらは、ガス値上げによるベラルーシの負担増を部分的に埋め合わせるが、一時的な効果しかない。パイプラインも、欧州への幹線はすでにガスプロムの管理下にあり、ロシアの支配がさらに進む。
 ロシアは、ベラルーシに供給する石油の価格にも巨額の輸出税上乗せを打ち出し、交渉が続いている。ルカシェンコ大統領のもとでベラルーシの経済は、国有企業が多く社会主義色が濃厚で非効率なシステムを温存しながら06年には国内総生産(GDP)で9.5%の伸びを示した。その支えだったロシア産エネルギーの値上げは、短期的に大きな打撃となる半面、市場化に向けた改革を促す可能性も持つ。
 ガスの値上げ合意を受けてルカシェンコ大統領は1日、国民への新年のあいさつで「国は困難なイバラの道に直面している。主権を強化して国を維持するには、我々自身が経済の新しい現実のもとで働くことを学ぶしかない」と強調した。


 資源をほぼ100%ロシアからの輸入に頼るベラルーシにとって、今回の値上げはかなりの打撃である。しかも値上げは将来も段階的に予定されており、かなり国民生活が苦境に立たされるのは確実だ。そのロシアのやり方に対してベラルーシはこんな対抗措置に出てきたのである。つまり、現在ベラルーシを通過しているドイツやポーランド向け石油パイプラインを途中で止めてしまい、石油を輸出できなくしてしまうというやり方である。オレはこのベラルーシの反撃に拍手を贈りたい。そっちがその気ならこっちもやるぞというプーチン大統領へのメッセージだ。その報道は以下の記事である。

欧州向け石油パイプラインを停止 ベラルーシ 2007年01月08日21時32分
 ベラルーシの石油関連企業当局者は8日、インタファクス通信に対して、ロシアの欧州向け石油輸出の幹線である「友好パイプライン」の操業を同国内で停止したことを明らかにした。ドイツ、ポーランド政府も同日、送油停止を認めた。
 ベラルーシは、ロシアが1日から同国向け天然ガス価格を2倍以上に引き上げたのに対抗してロシア産石油の通過に関税を課す方針を表明している。今回の事態の背景にはこうした両国関係の緊張があると見られる。欧州連合(EU)の報道官は8日、両国に状況を説明するよう求めていることを明らかにした。
 ロシアの石油パイプライン独占企業トランスネフチは「なんの予告もなく、6日から不法にパイプラインからの石油の抜き取りを始めた」とベラルーシを非難した。
 ドイツは全消費量の5分の1にあたる日量50万バレルを同パイプライン経由の石油に頼っている。ポーランドは全消費量の7割以上を依存しているとされ、送油停止が長引けば、両国の経済活動に大きな影響が出ることは避けられない。欧州でロシアへのエネルギー依存を減らすべきだとの議論も高まると見られる。


 今やサウジアラビアを抜いて世界一の石油輸出国となったロシアだが、およそ信義などという感覚からほど遠い国民性や、中国と同じで平気でウソをつける政治家の行動を見れば、こんな国が世界の資源を支配しているということがいかに危ういことであるかわかるだろう。オレは昔からそのことを日記で語り続けてきたが、日本企業も日本の政治家もちっともわかっていなかったのである。だからサハリン2では1兆円近い投資をドブに捨てるという結果となり、北方領土問題は全く進展しないのである。こんな国を世界は相手にしたらダメなのだ。

 ゴルバチョフ政権が崩壊してあのアル中のエリツィンが大統領だったときに、ロシアは食糧危機に見舞われたと称して世界から援助を募ったことがあったが、オレは「明日のパンも手に入らないのです!」とインタビューに答える丸々とふとったおばはんを見て「そんなんウソに決まってるやんけ」と思っていた。内戦が起きているアフリカで食糧がないのならわかるが。ロシアのような近代国家で餓死するなんてありえないことである。オレはエリツィンのことを心の中で「世界一態度のでかい乞食」と罵倒していたっけ。

 あの国は自国のスクラップ化した原潜を処理するゼニがないと言って、日本やノルウェーと言った近隣諸国に解体処理の費用を負担させていたくらいである。放射性廃棄物を処理するゼニがないと言って、日本海にそのまま海洋投棄していた国である。みんなそれにだまされていたのだ。実はロシア国内にゼニは有り余っていたのだ。ロシア国内に投資されたゼニを勝手にデフォルト宣言して踏み倒したりしながら確実にあの泥棒国家は豊かになっていったのである。いまだにまともな徴税システムも存在せず、政府と国営企業は賄賂でガッチリ結びついている、大統領を辞めたプーチンの天下り先はガスプロムの社長だそうだ。日本も欧州も米国も、そんなロシアを野放しにしてはダメだ。ロシアや中国が世界の覇権を握ったとき、世界はどんな状況になるのか。オレはただその未来を危惧しているのである。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←ロシアの資源支配を危惧する方はクリックをお願いします。

2007年01月08日(月) 安倍晋三、おまえは宇宙一の馬鹿だ!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

暴言日記セレクションを更新いたしました。ジャンルごとにわけてあるので興味のある分野を時間のあるときにお読みになってください。


 アサヒコムでこのような記事を読んでオレは激しく脱力した。このような論理の破綻した発言をする人間がオレのようなただの暴言ブロガーならまだいい。影響力といってもせいぜい知れてるからだ。しかし、一国の首相たるものとして、あまりにも恥ずかしくかつ情けないのである。なんでこいつはこんなに馬鹿なんだろうか。

残業代ゼロ 首相「少子化対策にも必要」2007年01月05日22時01分
 安倍首相は5日、一定条件下で会社員の残業代をゼロにする「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入について「日本人は少し働き過ぎじゃないかという感じを持っている方も多いのではないか」と述べ、労働時間短縮につながるとの見方を示した。さらに「(労働時間短縮の結果で増えることになる)家で過ごす時間は、例えば少子化(対策)にとっても必要。ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)を見直していくべきだ」とも述べ、出生率増加にも役立つという考えを示した。首相官邸で記者団の質問に答えた。
 首相は「家で家族そろって食卓を囲む時間はもっと必要ではないかと思う」と指摘。長く働くほど残業手当がもらえる仕組みを変えれば、労働者が働く時間を弾力的に決められ、結果として家で過ごす時間も増えると解釈しているようだ。
 ただ、連合などはサービス残業を追認するもので過労死が増えるなどとして導入に猛反対している。このため、夏の参院選をにらんで与党内でも慎重論が広がっている。
 しかし、首相は通常国会への法案提出については「経営者の立場、働く側の立場、どういう層を対象にするかについて、もう少し議論を進めていく必要がある」と述べるにとどめた。


 まず安倍晋三はこのホワイトカラー・エグゼンプション(WCE)というものが誰から出てきたかわかってるのか。強力にこれを推し進めようとしてるのはあの便所野郎、CANONの御手洗富士夫だ。CANONは2006年12月末の決算予想で7040億円の経常利益を上げているが、社員の平均給与が39.4歳で年収868万であることから考えて残業代のカットで少なくとも50万円×2万人=100億円規模の賃金カットが可能になるだろう。消費税が予定通り増税されて10%になればCANONには1000億円規模の戻し税も発生する。この大儲けのためにCANONは法律を改正させてまで政治献金を仕掛けてきたのである。1億円程度の献金をするだけで1100億円以上の増収につながるのだから笑いが止まらないわけである。

 賃金をカットすることによって大企業がさらに利益をたくわえ、労働者が搾取されるという結果をもたらすのだ。仕事の総量が変化しない以上、残業しないで帰れるようになるなんてことはありえないのである。逆に残業手当を払わなくてよくなるのでとことんこき使われてしまい家に帰れる時間がますます遅くなってしまうのだ。家族そろって食卓を囲むどころではないのである。しかもこれまであてにしていた残業代の収入が減ってしまうわけだからその分をどこかで補わないといけない。やむなく専業主婦だった妻が働きに出るようになり、ますます夫婦のすれ違いが発生してしまうのだ。仕事のストレスを抱えて夫は帰宅してもクタクタで、しかも妻はパート先のスーパーの店長と不倫関係になってしまったりしてろくなことはないのである。結果的に家庭崩壊の引き金になってしまい少子化対策どころかますます少子化が進行してしまうのである。

 安倍晋三、おまえが意図したように家族団らんの時間を増やしたいのならば、残業なんかしなくても十分なゼニがもらえるようにし、そしてみんなが仕事を減らせるようにもっと企業の雇用を促進する事じゃないか。不安定な派遣社員の地位を向上させて正社員の比率を高め、安定した収入で安心して働けるようになれば子作りにも励めるのである。それを阻害してるのがこのWCEであり、派遣社員を奴隷としか思っていないあの便所野郎、御手洗じゃないのか。そんなこともわからないのか。

 その上安倍晋三おまえは自分自身が子供を作っていないじゃないか。どうしてなんだ。昭恵夫人にブログを書かせる前にしっかり子どもを産ませるべきだろう。合計特殊出生率1.26という危機的な状況にあって、まず総理大臣のおまえが人口が減らないように2人以上の子どもを作って国民の模範となるべきじゃないか。どうして子どもを作らなかったんだ。自分ができていないことを国民には押しつけるというのはおかしいじゃないか。50代後半で人工授精で娘の代理出産をした女性だっているんだ。昭恵夫人もまだまだ不可能な年齢じゃないだろう。まず自分が頑張ってこそはじめて国民に対して説得力があるんじゃないか。

 安倍晋三よ、次々と辞職者が出ておまえの側近にはろくなヤツがいないということが明らかにされてきたが、側近に作文してもらわないでおまえのその貧弱な脳みそで考えたらこんな破綻した内容になってしまうのか。本人も馬鹿だし側近も腹黒いヤツらばかりだ。そんなおまえが家系のせいで総理大臣という御輿に担がれてしまったのだとしたら、ある意味おまえも不幸な存在かも知れないなあ。もっとも同情などする気は全くないがね。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←安倍晋三を馬鹿だと思われた方はぜひクリックをお願いします。

2007年01月07日(日) アホウドリはアホウドリだ!あほ!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 ただ今予約注文受付中のきっこの日記2の発売が1月26日に決まりました。リンクをたどってご予約してください。


 オレは「言葉狩り」というのが大嫌いだ。言葉を無くせばそれで差別がなくなると思ってる馬鹿が多すぎるのだ。この世には無数の差別語が存在する。「ブス」「デブ」「ハゲ」「チビ」「バカ」「アホ」「タワケ」などである。ブスという言葉を使用禁止にしたからこの世からブスが雲散霧消して、世の中に美人だけが残るかというとそんなことはあるわけげない。言葉を消滅させてもやはりブスは存在するし、美人が得をするようにできている文化や社会の構造を考えればそのような差別語の存在はもはやどうしようもないのである。

 もしも変えられる部分があるとするなら、それらの語を「差別語」と認識する価値観の方だ。「デブ」や「ハゲ」がなぜいけないんだ!「デブ」はたくさん食べることができる=豊かさの象徴!「ハゲ」は男性ホルモン過剰=絶倫の象徴!と開き直ってしまえばいいのである。そして「アホ」という言葉のどこが差別語なのかと言いたいのである。関西で「アホ」と言うとき、それは「愛すべき存在」という親しみをこめて使うのだ。同棲してる彼女が買い物をしたのに釣り銭をもらうのを忘れて帰ってきたとき、「おまえアホやなあ」と突っ込む男性のことばは慈愛に満ちている。「アホか」と気軽に言い合えるカップルはたいてい長続きする。つまり「アホ」とは愛すべき対象に対して用いることばなのだ。ところがそんなこともわかっていない「馬鹿」がこの世には多すぎるのである。

 日本鳥名鑑賞学会は、差別的な言葉を含んでいるとして、「アホウドリ」の標準和名を改名することにしたという。他にも差別語を含む鳥名をどんどん改名していくそうだ。今のところアホウドリに代わる呼称として「ムボウビドリ」「ヘイワドリ」というものが考えられてるという。これに合わせたかのように日本魚類学会でも「バカジャコ」「イザリウオ」などの差別的な言葉を含んだ魚の標準和名を改名することにしたとか。今回改名されるのは、日本魚類学会標準和名検討委員会が差別的と判断した、「メクラ」「オシ」「バカ」「テナシ」「アシナシ」「セムシ」「イザリ」「セッパリ」「ミツクチ」の九つの語を含む魚で、日本産の魚類約3900種のうち30種が対象だとか。そうなると「メクラウナギ」も「バカガイ」も使えなくなるのである。

 これまでみんなに愛されてきた呼称を廃止していったいどんな名前を付けるのだろうか。そもそも「バカガイ」の「バカ」というのは「馬鹿」ではなく「破家」という説もある。殻が薄くて割れやすいから「破家貝」と呼んだからそう名付けられたのだとか。そんな由来も無視して「音」だけで差別語と決めつけるのは無茶苦茶である。

 この改名の理由として「見聞きした人を精神的に傷つけたり、不快感を与えたりすることがある」ということがあげられてるが、「アホウドリ」や「バカガイ」という名前を聞いて精神的に傷ついたり不快感を感じるような「アホ」や「バカ」がいるとしたら、そいつらこそ正真正銘の「アホバカ」だとオレは言いたい。アホウドリだって好きでそういう名前を持ってるわけじゃないんだ。昔誰かが勝手にそう付けたからその名前が定着しただけであり、もしもアホウドリが人間のような知能を持っていて、こんな差別的な名前を付けるなんてひどいじゃないかと抗議してくれば初めて改名を検討するに値するが、そんなことはありえないだろう。

 モノの名前というのは単なる記号であり、それ以上でも以下でもない。「アホ」とか「バカ」というのはきわめて簡潔でわかりやすい普通名詞であるとオレは高く評価している。外国人に日本語を教えるときは必ずそれらの語句をオレは最初に教えているくらいだ。

 今回含まれている語句の中には「イザリ」というもはや死語になったことばも存在するが、「イザリ」」が何なのか説明できる若者がいったいどれだけいると思ってるんだ。そんなことばはもはや現代人にとって古語じゃないか。そうやって古語まで規制するのならちゃんと「ヲコ」も含めろよ。なんだ、「ヲコ」を知らないのか?「ヲコ」というのは漢字では「烏滸」と書いて「アホ」という意味の古語だ。ちなみに現代語で「おこがましい」というのはこの「ヲコ」に由来することばだ。それにしてもいったいどんな言い換えをしてくるのだろうか。「メクラウナギ」を「視覚障害者ウナギ」と呼び、「アホウドリ」を「思考能力不自由鳥」にでもするのだろうか。言語文化の破壊もここに極まれりだぜ。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←こんなくだらない言い換えに反対する方はクリックをお願いします。

2007年01月06日(土) 民主党は本気で戦う気があるのか?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 ランキングが下降してきてとても悲しいです(;_;) みなさまの応援のクリックをお願いします。


 今年は12年に一回の亥年である。参院選と統一地方選が行われる年だ。民主党に本気で政権奪取を目指す気があるのならそれこそ正念場である。就任直後の安倍総理の支持率は急落している。これは周辺にうさんくさい連中が多すぎるからで、叩けばいくらでも埃の出てくるヤツらがうじゃうじゃその側近にいるのだ。著名ブログの「きっこのブログ」では安倍晋三後援会とアパグループの関係、そして構造計算書の偽装隠しの問題が取り上げられていた。このあたりの真相は今のところ定かではないし、マスコミ対策が十分になされていて箝口令が敷かれてるから報道されないのだとしたら、そのあたりを民主党に突っ込んでもらいたいのだが、残念ながらそうした動きもない。

 粉飾決算の日興コーディアルグループに対する処分がものすごく軽いもので済まされそうなのも何か政治的な理由があるのだろう。かつて日興證券が暴力団稲川会の資金を一任勘定取引で運用し、損失が出たときは補填していたという疑惑が週刊誌に書かれたことがあるが、日興がそうした闇の勢力との関わりを今でも持っているならば、マスコミに対して口封じするくらいのことは当然のようにやってくるだろう。オレは株式投資なんてものはイカサマ賭博みたいなものだと思ってるから、そこで多少はズルをする連中がいても仕方ないと思ってるし、それを承知の上でこのオレもその鉄火場で遊んでるわけだ。だがもしもそのイカサマに政府与党が一枚噛んでるとすればそこは民主党にとって絶好の攻撃材料になるだろう。

 そのあたりちゃんと情報収集は進んでるのかな。でっちあげの偽装メールを持ち出していかにも鬼の首を取ったようにはしゃいでいたのが民主党のレベルなんだから仕方ないかも知れないが、民主党に欠けてるのはこの諜報戦を制する能力なのだ。自民党や政府の中にスパイを送り込んだり寝技を使って聞き出したり、いくらでもやりようはあると思うのだが残念ながら逆のことはされても自分たちはいつも足下をすくわれるばかりだ。挙げ句の果てには民主党の議員が覚醒剤漬けだったりともうどうしようもない。こいつらを見てるとどう考えても「万年野党の方が楽で良い」と思ってるような気がするのである。

 まずは東京都知事選挙だ。自民党は早々と石原慎太郎の支持を表明した。最近は自称・芸術家の石原の四男のことで攻撃を受けてるが、そんなことで選挙での優位が揺るぐこともないだろう。民主党が都知事選挙で不戦敗ということになれば、本気で参院選を戦う気があるのか疑わしくなる。元長野県知事の田中康夫を押すという声もあるそうだが、作家同士の対決はそれはそれで話題になるが選挙には勝てないだろう。もっと誰も予想しないような人材を立てないとダメだ。しかもその候補者は保守層の票もばっちりと取り込めるような人でないといけない。そうなると極めて候補者選びは困難になってくる。

 そこでオレが推薦するウルトラCが、コイズミ元総理だ。こいつを自民党から離党させて民主党の推薦で都知事選挙に担ぎ出すのだ。総理大臣から見れば都知事なんてはるかに格下だが、面白がってコイズミは出てくれるかも知れない。もしもこれが実現すればそれこそ世界中で都知事選挙が話題になるだろう。コイズミならイシハラに勝てるかも知れない。菅直人ならやるまえから完敗になることがわかってるが、コイズミなら互角の戦い、あるいは勝てるかも知れない。女性の人気はイシハラよりも上だ。おばはんたちの票をしっかりと取り込めるだろう。総理総裁経験者が離党して野党の候補として都知事選挙を戦うなんてなかなか痛快じゃないか。

 これは極端な例だが、民主党にもしも参院選逆転の秘策があるとすれば、自民党で大臣の順番待ちをしてる候補者で選挙に強いヤツを利益誘導して一本釣りで自分の党に寝返らせて、それで一気に逆転をはかれということなんだ。それは相手の力を削ぎ取ると共に自分たちの勢力を拡大できる一石二鳥の戦略なのだ。民主党の中身だって小沢グループは自民党の中でももともと一番ダーティな部分だったじゃないか。今更引き抜きや寝返らせという手段を使っても誰も文句を言わないだろう。自民党の中のコイズミチルドレンと呼ばれる勢力を自分たちの陣営に寝返らせるとか本気で考えたらどうだ。郵政造反議員の復党で彼らは使い捨てられたことがはっきりししたわけだ。なぜそこで彼らを密かに自分たちの陣営に引き込まないんだ。

 オレは政治家なんてまともな商売じゃないと思っている。談合の口利きが政治家の重要なビジネスの一つであることなど日本社会の常識だ。そのダーティーな社会で戦っていくには、民主党の連中は覚悟が足りないんだぜ。おまえら本気で選挙に勝つ気があるのか。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←アリエネーと思われた方は迷わずクリックをお願いします。

2007年01月05日(金) 幼児虐待という病について        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 昨日紹介した2007年新春特別企画「恋人にはマウスを贈ろう」のページに100名以上の来客があり、マウスのお買いあげも10点を超えました。ご来店ありがとうございました。m(_ _)m 980円のリックスのマウスが一番よく売れています。コストパフォーマンスは最高だし、10ボタンマウスは慣れるとむちゃくちゃ便利ですね。


 冬休み中にオレは図書館で借りてきた「溝鼠(どぶねずみ)」(新堂冬樹)という本を読んだ。登場人物全員が救いようのない悪党で、読後感もまた最悪だが、悪漢小説としてそれなりに面白く読めた。ストーリーは予想もつかない展開だったし、最後まで一気に読んだ。その中に父親が幼い息子を虐待するシーンが出てくる。全裸にして、陰嚢にタバコの火を押しつけるのだ。そしてその火傷の傷にさらにワサビを擦り込むのである。この父親はサディストであり、そうやって虐待することで性的快楽を得るのである。そして感じたのは、世の中にはこのような病を持った人間が少なからず存在するということだ。暴力的に誰かを痛めつけることがすなわち快感なのであり、その加虐性は相手の苦しみを見れば見るほどエスカレートする。読み終えた翌日にこんなやりきれないニュースを知った。

4歳児虐待:死因は七味唐辛子吸い込みによる窒息か 岡山
 岡山県倉敷市四十瀬の幼稚園児、光中翔(かける)ちゃん(4)が死亡し、母親の無職、光中美幸容疑者(31)が先月17日の暴行容疑で逮捕された事件で、翔ちゃんの死因は七味唐辛子を吸い込んだことによる窒息死の可能性が高いことが4日、司法解剖で分かった。左頭部などに皮下出血もあり、県警は死亡についても関与を調べる。
 調べでは、司法解剖で気管や胃の中から七味唐辛子が見つかり、台所に少量が残った七味唐辛子の卓上瓶があった。
 光中容疑者は「寝ていたらうめき声が聞こえ、翔が台所で倒れていた。口の中に七味唐辛子が入っていたので風呂場に連れて行き、水で洗い流した」と供述。しかし、近所の人によると「3日に救急車が来る前、光中容疑者の怒鳴り声や子どもの泣き声が聞こえた」という。また、翔ちゃんは髪を金色に染め、幼稚園に入るまではスカートをはいていたという。
 一方、岡山県は光中容疑者について、虐待の疑いなどで県倉敷児童相談所への通告が04年2月以降6回あったことを明らかにした。うち3回、翔ちゃんを一時保護したが「年齢や光中容疑者の強い希望」で施設には入所させず、自宅に戻していた。水島真寿美所長は「専門家も関与する形で検証したい」と話した。【横山三加子、石川勝義、佐藤慶】
毎日新聞 2007年1月5日 0時01分


 この母親は息子にスカートをはかせたり、髪の毛を金髪に染めたりしていたという。オシャレさせているからかわいがってるとは必ずしも言えない。わが子を自分の思い通りにできるオモチャとしてしかとらえていない場合もあるからだ。親はその虐待を「しつけ」という名で正当化する。今回の事例の場合、虐待の疑いで児童相談所は一時保護しており、この時点で母親の本質に気づけば十分に翔くんを救える余地はあったのだ。

 どの児童虐待事件に於いても、一旦児童相談所に保護された後の方が虐待が激しくなっている。その理由は簡単であり、子どもが保護されている間は親は「虐待できないこと」によるストレスを貯め込んでいるのである。サディストたちにとって子どもを虐待することが日々の生活の中の快楽であり、その快楽を断たれている期間はストレスが蓄積する。それで帰ってきたわが子に対してその分もまとめて虐待するという結果になるのだ。早く欲望を満たしたいので児童相談所の職員の前ではいかにも改心した善良な親の演技をする。児童相談所の職員はそれにころっとだまされてしまうのである。

 もしもそこで「帰さない」という選択が出来れば子どもの命は救えるのだが、たいていそういう親は「どうして自分の子ども連れて帰れないんだ」と正当性を主張するのである。その前になぜ児童相談所にわが子が保護されてるかという認識が欠落してるのである。

 子育ての中で絶対に体罰はいけないなどという主張を展開するつもりはない。どうしても言うことを聞かない子どもに対してお尻をひっぱたくとかビンタを張るとかの罰は必要だろう。しかし、厳寒の中で外にパンツ一丁で立たせるとか、冬に水風呂に入れるとか、犬小屋で寝かせるとか、七味唐辛子を一瓶一気食いさせるとかいうレベルの行為はもはや体罰なんて生やさしいものじゃない。それは明らかに悪意のある虐待行為だ。どんな言い訳をしてもそれをしつけと認めることは出来ない。

 わずか4歳でこの世を去ってしまった翔くんにとって、果たしてその短い人生の中で「生まれてきてよかったよ!」思えるような至福の瞬間は一度でもあったのだろうか。もしもそんな幸福を一度も味わえないままに死んでしまったのなら本当にやりきれないのである。なぜこのような悲劇が起きてしまったのか。子どもを満足に育てられない親のところに生まれてしまったらもうあきらめるしかないのか。子どもはその運命を甘受するしかないのか。

 子どもは親を選べない。どんなサディストでも情けない人間でもサイテーのクズ野郎でも親は親である。親の資格を持たない外道でも生殖行為さえすれば子どもは持てる。その一方で真に子どもを得ることを望みながら思い通りに得られないカップルもいる。やる気のない親や問題のある親から子どもを強制的に取り上げて、そしてちゃんと育ててくれる親に斡旋する強制里子の制度が導入できないものか。いまこの瞬間も日本のどこかで虐待を受けている子どもがいるはずである。もしもそれがオレの隣人であるならオレは誘拐と言われてもその子を救うだろう。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←亡くなった翔くんの冥福を祈ってどうかクリックをお願いします。

2007年01月04日(木) なんで福袋なんか買うんだ馬鹿!        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 2007年新春特別企画「恋人にはマウスを贈ろう」のページが完成しました。ぜひごらんになってください。この機会に新しいマウスの購入もぜひご検討になってみてください。


 全国の百貨店では初売りで福袋が飛ぶように売れてるという。なんということだ。オレはこの「中味を確かめずに買う」という心理が分からない。そこに入ってるものが必ず自分の必要なものであるかどうかなどわからないじゃないか。服の場合はサイズがある。もしも自分の着られないようなものなら意味がないじゃないか。オレにはそういうものを嬉々として購入する連中の心理が全くわからないのである。

 たとえ市価よりもかなり安く買えたとしよう。しかし、それがもともと不要なものだったらどうなのか。自分にとって不要なものが安く買えたからと喜んでるのはただの馬鹿である。たとえばオレにとってロレックスの腕時計は全く不要だ。時間を確かめるという機能なら学生時代からもう20年以上使い続けてるカシオの時計で十分である。だからもしも100万円のロレックスが入った5万円の福袋があってもオレは全く興味がない。なんでたかが腕時計に5万も出さないといけないのか。5000円も出せばそこそこの性能のものが入手できるのである。どうしてもロレックスという名前にこだわるのなら、鶴橋あたりのニセブランド商品屋に行けば白昼堂々と1万円のロレックスなんかが売られていて、大阪の人間はそれをニセモノと承知の上で「1万円は安い!」と言いながら買うのである。

 さすがに高額の福袋は中味が公開されているので無駄な買い物にはならないが、それでもやっぱりいらないものはいらないのである。年末に心斎橋のそごうに行ったとき、1Fに紺色のBMWが置いてあって、それとジュエリー、BMWのマウンテンバイクなどがセットになって2060万円という福袋が展示されていた。オレはBMWのクルマは欲しいが、ジュエリーには全く興味がないし自転車は国産で十分だ。そんなものいった誰が買うんだ。そんなものを買うような金持ちはまずマウンテンバイクには乗らないだろう。中野浩一にでも買わせたいのか。こんな組み合わせは根本的に矛盾しているじゃないか。

 なぜ百貨店が福袋を用意するのか。それは売れ残った商品を、中味も見ないで買ってくれる馬鹿な客に押しつけて在庫を一掃したいからである。つまりそこには「客に押しつけたい商品」が満載されていて、「客が欲しい商品」などほとんど入ってないのだ。客が欲しがる商品というのは別に福袋なんかに入れておかなくても自然にどんどん売れていくのである。そんな当然のこともわかっていない馬鹿が、大挙して福袋に群がるのである。在庫が一掃できるから百貨店は福袋を用意するのである。百貨店にとってメリットがあるからそのような企画を実施するのであり、それは決して客の側に利益を発生させることではないのだ。そのことを我々は忘れてはならない。

 それにしてもオレにとって不思議なのは、福袋に入ってきたサイズの合わない服をいったいどうするのかということだ。オレにとってサイズの合わない服というのはゴミに等しい。かつてどれほど多くの衣類をオレは「着られなくなった」という理由で葬ってきただろうか。福袋に群がってるお姉ちゃんやおばはんたちを見ると、極度に肥満した人や細長い人が居るのである。こういう人たちが着られる服などそこに入ってるわけがないとオレは思うのだ。だったら自分以外の人にあげるために買うのか。そんなことのためにわざわざ開店前から並ぶなよと思うのである。

 決してその袋の中には君たちの欲しいものだけが入ってるのじゃないぜ。店にとって不要であり、かつ今後も売れそうな可能性が薄いというみじめな商品群がそうやって処分の時を待っているのである。そんな「ゴミ袋」「福袋」というふざけた名前を付けて、わざわざゼニを払わせて客に買わせているこの欺瞞に満ちた実態に早く気づくべきだ。そんなことをちゃんと看破すればもう二度と福袋などには手を出さないはずである。

 ああやって群がる人たちも、福袋を開けてみれば中味はみんなクソだったという悲しい経験をきっと過去にしているはずなのだ。それでもああやって繰り返すのは全く学習効果が発生していないのである。馬鹿の証拠である。ただ、オレが買ってもいいかなと思う福袋もある。それは今はもう発売していない古いパソコン用のゲームソフトをまとめて10本5000円とかにしてくれている福袋だ。そんなものがあれば欲しいと思うが、残念ながらそんなマニアなものには関西ではお目にはかかれない。秋葉原に出撃すればそういうお宝に出会えるのかも知れないのだが。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←必要なものだけを買うという方はクリックをお願いします。

2007年01月03日(水) 殺人食品、餅はなぜ野放しなのか?        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 設置している無料カウンター(煙まきコントロール)の異常により昨日、日記の表示が重くなるというトラブルが発生しておりましたが、カウンターを一時はずして復旧しております。今は暫定的に新たなデザインの別のカウンターに付け替えて稼働中です。それで過去数日間の日々のアクセス数がゼロになってしまっています。なお、「煙まきコントロール」を搭載してる他のページも順次復旧させていきますのでしばらくお待ちください。


 お正月になると必ず発生するのが、餅によるバイオテロである。この悲劇はこれまでずっと繰り返されてきたし、これからもずっと発生することは間違いない。我々日本人の食生活の中に餅というやっかいな食い物が存在する限り、どうしてもこの悲劇は防げないのである。餅は古来からおめでたい時に食べられてきた。今は主にお正月に消費されるのはそのせいである。もっとも餅自体は一年中販売されており、ちまきなどのようにきわめて限定された一時期しか製造・販売されない食品とは性格を異にする。しかし、一年中その危険なものが販売されているということが問題なのである。

お正月だけではなくこの事故は通年で発生している。しかし、それがほとんど報道されないのはおそらくサトウ食品などの餅製造メーカーがなんらかのアクションを起こしてマスコミに圧力をかけてるせいかも知れない。

 それにしても、まさか食い物に殺されるなんて誰が思うだろうか。しかし、現実にその悲劇は毎年必ず起きているのである。この正月も首都圏周辺だけで4名のお年寄りが餅の犠牲となった。東京都で2名、茨城1名、新潟1名がさっきオレがWEB上で確認した人数だ。これは現時点での死者だけをカウントした数であり、救急車で搬送される数ははるかに多い。東京都内だけで元日から二日にかけて病院に運ばれたのは16名もあったのだ。死亡した2人以外にも意識不明の重体が7人いて予断を許さない状況である。お亡くなりになったお二人は府中市の68歳の男性と墨田区の76歳の男性である。餅の被害に遭ってるのはすべて60歳以上の高齢者である。

 東京消防庁は「よくかむ」「なるべく小さく切って食べる」「家族がそばにつく」などの予防策を呼びかけているが、老人の一人暮らしなどの場合は手遅れになるケースも多い。

 コンビニではこの危険なものが「サトウの切り餅」などの商品名で堂々と販売されている。そこには「老人には危険です」「食べる際に多くの死者が出ています」などの注意書きもない。これだけ多くの死者が出ているのに、餅を製造販売する業者を訴える動きもない。その食品が直接の原因による死亡ならば、少なくとも餅を販売する側にも一定の責任は存在するのではないか。餅を食べさえしなかったらこの悲劇は起きなかったのである。お亡くなりになったお年寄りが、餅ではなくて長崎名物の福砂屋のカステラを食べていたのなら絶対に死亡という結果には至らなかったはずだ。

 餅の危険性はかなり昔から指摘されてきた。松本清張はその短編小説の中で、硬くなった餅が凶器として人を撲殺するのに使用され、しかもその証拠品の餅は雑煮になって取り調べに来た刑事が喰ってしまったという作品を書いている。餅は食べなくても十分に危険なのだ。また放置して青カビが生えるとこれもまた有毒である。オレの妹の嫁ぎ先では毎年暮れになると餅つきをする。大量の殺人食品はこのように家庭でも手軽に製造できるのだ。しかもその餅を丸めるという作業を小学生のオレの息子までが手伝っているのである。もしも餅によってお亡くなりになったお年寄りがお召し上がりになった餅の製造工程に孫が関わっていたとすれば、孫は自分の直系尊属の殺害に関与したということになってしまう。なんという悲劇だろうか。「おじいちゃんを殺したのはぼくの丸めたお餅だ・・・」なんてことになれば一生消えないトラウマを背負うことになるのである。断じてそのような悲劇を起こしてはならないのである。

 それではどうすればいいのか。この殺人食品の危険性をもっと広くアピールし、食べられる年齢に制限を設け、60歳以上が食べることを法律で速やかに禁止するべきである。それでもどうしても老人が餅を食べる権利を保障したいのなら、はじめからチューインガムくらいの大きさに切った餅を販売して、「お年寄りは必ずこの餅を食べてください」と呼びかけることである。お正月の常として我が家にも大量の餅が存在する。危険なものが身近に大量に存在するのである。そんな危険なものを70歳を超えたオレの両親には絶対に食わせられないのである。

 そういうわけで我が家にある餅は全部オレが食うのである。他の誰にも渡さないのである。この崇高な行為を「こら江草、おまえは食い意地が張ってるだけや」と罵る方もいるだろうが、この犠牲的な行為を「食い意地」だとしか考えられないのは不幸な連中である。そいつらには親孝行という言葉の意味をもう一度よく考えてもらいたい。一日でも両親が長生きしてくれるように務めるのが息子たるオレの役目である。そのために犠牲的な精神でオレが家族の危険を未然に防いでいるのである。誰にも文句は言わせないのである。それにしてもちゃんと家で搗いた餅はなかなかうまいのである。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←お正月早々苦笑なさった方はぜひクリックをお願いします。

2007年01月02日(火) ヤマトを汚した男        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 宇宙戦艦ヤマトはオレの青春である。オレはあの主題歌を歌詞を見ないでカラオケで歌うことが出来る。それはなぜかというと、オレの人生最大のイベントはヤマト抜きには語れなかったからである。オレがまだ高校3年の受験生の頃、テレビではアニメ「宇宙戦艦ヤマト」を放映していた。終了間際にはいつも「地球滅亡の日まであと○○日」という文字が出た。オレは共通一次試験を控えていた。教室の後ろの黒板にはいつも「共通一次試験まであと○○日」という文字があった。日直の生徒がその日付を書き直すことになっていた。ヤマトに残された日々は、同時に受験生であるオレに対してのメッセージでもあったのだ。ある日教室の後ろの黒板に落書きをしたヤツが居た。そいつはご丁寧に「共通一次試験まであと○○日」の後半部分に付け足して「あと○○+365n日 ただしn=0は稀である」と書き足していたのである。いかにも受験生らしい悪戯であった。それを見た担任の教師も苦笑していたことを覚えている。

 1979年1月、オレは共通一次試験を受験し、その春には運良く京都大学に入学できた。級友のうち半分近くは浪人したのでそのnのところには1という数字が入ったことになる。京都大学の二次試験の前夜もオレは宿のテレビで「宇宙戦艦ヤマト」を見ていた。試験の前日だからといって観ないわけにはいかなかったのである。それをきちっと観ることが何より受験生のオレにとって落ち着ける試験前夜の過ごし方だったのだ。その後公開された劇場版宇宙戦艦ヤマトのシリーズももちろん観に行ったが、なかでも感動したのはやはり「さらば宇宙戦艦ヤマト」だった。デスラー総統が登場したときに観客の中から拍手がわき起こったことをオレは覚えている。

 さて、今回この暴言コラムを書くに当たって調べてみたのだが、あの作品は個人の著作物というよりは多くの方のアイデアを結集して作られた一つの壮大なプロジェクトであったことがわかった。松本零士はそのキャラクターデザインは担当しているが、著作権者ではなく、松本零士が西崎義展に対し映画の著作者が松本零士であることの確認を求めた訴訟は1審で棄却され、控訴審中に松本零士・西崎義展の間で法廷外和解により映画の著作者は西崎義展・松本零士の共同著作であり、代表して西崎義展が著作者人格権を有することが確認されたのである。

 松本零士はこの裁判の決着が不満だったのか、どうしてもそれでゼニを稼ぎたかったのか、あろうことか彼はパチンコ屋にそのキャラを売り渡したのである。なんと情けないジジイだろうか。パチンコ台製造大手の三共が製造したパチンコやパチスロでは「大ヤマト」のタイトルで、宇宙空間を飛行する戦艦や軍帽を目深にかぶった熟年の艦長が登場する。大当たりしたときに流れる音楽は「さらば〜宇宙よぉ〜♪」である。どう考えても「宇宙戦艦ヤマト」そのままである。まさか名前を「大ヤマト」にしたから別物だとも言いたかったのだろうか。オレはあまりのことにあきれてしまうのである。

 さて、これを観た映像製作会社の方は当然著作権の侵害を訴えた。これは明らかに宇宙戦艦ヤマトや沖田十三艦長をまねたものである。誰が見てもそうであるし、パチンコで遊ぶ人もみんなそう思っていたはずである。しかし東京地裁は12月27日、販売差し止めなどを求めた映像制作会社側の訴えを退け、訴えられていた遊技具メーカー三共と松本零士氏側の勝訴判決を言い渡したのである。

 清水節裁判長は「宇宙空間を背景に先端部の発射口から光線を発する飛行物体を描いた映像などは、特に目新しい表現ということはできない」と述べた。あの波動砲は「ありふれた表現」であり「宇宙戦艦ヤマト」のパクリではないということになったのである。 またこの裁判長は、乗組員などの人物についても「アニメの登場人物は顔や服装などの細部の違いで相当に異なった印象を受ける」と指摘して著作権の侵害は認めなかったのである。オレが見ても「そのまんまやなあ」と思ったものを「細部の違いで異なった印象を受ける」というとらえ方をしたこの清水節裁判長は、もしかしたらその細部の違いにこだわる究極のアニオタなのだろうか。そうでない限りあれを「明らかに違ったもの」と断定することはありえないのである。

 アニメのキャラがパチンコ台に使用されれば莫大なゼニが転がり込む。その金額は数億円とも言われている。それ故多くのアニメがパチンコに使われることとなった。「北斗の拳」などはパチンコをしないオレでも知っているくらいだ。しかしそれを敢然と断る漫画家もいた。鳥山明は「ドラゴンボール」を使いたいという要請に対して「私は自分のキャラクターが、パチンコという大人の賭博に使われるのが我慢ならないんですよ。漫画を大人の賭博に使って、お金のために誇りを捨てる人たちがたくさんいる」「私は絶対に、パチンコに作品を売ったりしませんよ。だってそうでしょう、自分の子どもを賭博屋に売る人間がいますか?」と答えたという。やなせたかしも「アンパンマン」を使いたいという遊戯具製造メーカーの誘いを断ったという。当然だろう。子どもたちに夢を与えるはずのアニメが、大人の汚れた賭博の道具にされてしまうのである。まともな神経があれば拒否するだろうし、少なくとも自分の作品に対する愛があるならばそれを断って当然だ。

 オレは少なくとも松本零士という漫画家をこれまではかなり尊敬していた。「銀河鉄道999」も好きだったし、何より彼が描く女性キャラはおれにとってあこがれの対象だったからである。それが少し変わったのは彼が槇原敬之を「自分の作ったフレーズをぱくって歌詞を書いた」と訴えた時である。そんなありふれたフレーズにいちゃもんをつけていったいどうしたんだとオレは不思議に思ったのである。このジジイ、年を取ってもうろくしておかしくなったのかと正直言って悲しかったのである。そうやって他人にケチを付ける松本零士は、「宇宙戦艦ヤマト」という日本のアニメ市場に燦然と輝くすぐれた作品の権利を私物化してパチンコ屋に売り渡したクソジジイだったわけである。晩節を汚すとはまさにこのことである。

 どうしてもゼニが欲しかったのなら、自分の完全オリジナルのキャラだけをパチンコ屋に売ればよかったじゃないか。あんたにはあの作品があるじゃないか。あの四畳半アニメ「男おいどん」である。パチンコ台「男おいどん」なら絶対に誰も文句は言わない。サルマタパワーでフィーバーしてもらっていればそれで十分なのである。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←「大ヤマト」は「宇宙戦艦ヤマト」だと思う方はクリックお願いします。

2007年01月01日(月) 日本国再建試案2007        ブログランキング投票ボタンです。いつも投票ありがとうございます。m(_ _)m 携帯用URL by Google Fan

 いつもくだらない暴言を書き散らしているオレだが、今日くらいは新年らしい建設的なコラムを書きたい。名付けて「日本国再建試案」である。借金まみれになってしまった今の日本の財政状況をどうやって建て直すかというかなり乱暴な意見である。ほとんど実現不可能なのはわかってるので、狂人の戯れ言とでも受け止めてもらえれば幸甚である。

 今の政治が利権政治と化してしまったのは、利権に関わる連中が多すぎてその多すぎる連中みんなにゼニをばらまかないといけないのでコストがかかりすぎる点だが、その連中の数をゼロにしてしまうと言うことは国会議員をゼロにすると言うことであり。下手をすると民主政治の否定につながってしまうのでむちゃである。とりあえず二院制を廃止して国会議員の定数を200名くらいに削減してしまうというのはどうだ。人口60万人あたりに1名くらいの議員数にしてしまうのである。一票の不均衡をなくすために選挙区の枠をとっぱらってしまって日本中で一つの選挙区にしてしまうのだ。しかも泡沫候補をなくすために供託金を1000万円くらいにして、10万票以上とれない場合はその供託金を没収するなんてことにすれば立候補者も絞れるだろう。国会議員を地域から切り離すことで「地域の利益代表」という存在意義を失わせてしまうのである。そして国会議員には「外交・教育・財政政策」といった国家の根幹にあたることだけを担当させるのだ。地方のことは地方議員にまかせておけばいいのである。

 その地方議員だが、議員報酬を全廃する。つまり地方議員は全員ボランティアにしてしまうのだ。ふだんはサラリーマンだったり医師だったり教師だったり裁判官だったりという方々が、夜になって仕事を終えてから集まって議会を開くようにすればいい。都道府県レベルなら集まるのが困難でも市町村レベルなら案外可能なはずである。地方議員というのは無給で大衆のために奉仕する名誉職にしてしまうのだ。もっとも別に無理に兼業にしなくてもいいわけで、年金暮らしの方とか専業主婦とか働かなくてもいい大金持ちとかが昼間の暇な時間に議会に出席すると言う形でもかまわないわけだ。

 きちっと決められた仕事をしている公務員や市長が給料をもらうのはわかるが、オレから見れば議員報酬というのが支出されてることがどうも納得いかない。もしも議員報酬を残したいのなら政治献金を全廃しろ。今の状況ならばゼニを二重にもらってることになる。一方で政治献金という名の合法的な賄賂をもらいながら、国からもちゃんと給料をもらってるというのはどう考えても矛盾だろう。献金は残してやるから議員報酬はなしだ。てめえら自分のシノギは自分でなんとかしろと言えばそれがヤクザと同じということがやっと国民には理解されるだろう。ヤクザだって給料制ではなくてみんなてめえのシノギを持っていてみかじめ料をとったり女から搾取したりしてるじゃないか。

 オレは今の議員というのは利権にむらがるヤクザみたいなものだと思っているぜ。そんな社会のゴミは少しでも少ない方が世の中のためになるだろう。議員定数を思い切って減らすという意図は、ゼニが掛かりすぎている今の行政システムの改革だ。なぜ行政システムはどんどん肥大するのか。大阪市や大阪府は多数の外郭団体を持ち、そこには職員が出向や天下りするだけではなく補助金という形で膨大な税金が支出されている。そうした構造は大阪だけではなくて全国に存在するはずだ。何をやってるのかわからないような意味不明のそうした組織を大胆に整理して、不要な職員を必要な部署に回す。これが大事だろう。

 そのときには給与の適正化も必要だ。たとえば大阪市バスの運転手の平均年収は800万を超え、1000万円を超えるものが200名以上もいるらしい。武蔵野市では給食のおばさんの退職金が2000万だとか、東京都では通学路の安全を確保する緑のおばさんの年収が500万と聞いたことがある。そういう給与水準は社会通念上明らかにおかしいわけだ。そんなおかしな状況になるまでそれをチェックする機関は存在しなかったのかとオレは思うのである。民主政治というものがきちっと機能していて、議会が政治や行政の誤りを正すという本来の機能を果たしていればこのようなことは起きえなかったわけで、そいつらが基本的に内輪で八百長やイカサマで回してるからこんなことになるのである。

 そしてオレが田舎を車で走っていていつも感じるのは、国道沿いに建ってる巨大なパチンコ屋やショッピングモールなのだ。なぜ田舎にこんなものがあるんだ。なぜ公営以外のギャンブルを禁止しておきながらパチンコ屋のようなものが存在するのか。パチンコにはまる愚かな大衆から搾取された資金は暴力団や北朝鮮へと流れていくのだが、同時に多重債務や家庭の崩壊、生活保護世帯の増加にもつながっている。賭博というのは一種の麻薬である。このパチンコという産業を非合法化してしまえば、その麻薬に落ち込んでしまう多くの愚かな大衆を救うことが出来るのだ。彼らがそうやってあまった余暇の時間をプレイステーションやニンテンドウDSで遊ぶことに使うのならたいしてゼニも掛からないし、家庭の崩壊や借金地獄を巻き起こすわけでもない。

 オレはずっとこのコラムでパチンコという30兆円産業を批判し続けてきた。生活保護受給世帯がパチンコにゼニを使ってることを発見したら即座に保護を打ち切るべきだと主張してきた。この業界が放置されているのは警察がその利権とつながり、暴力団や政治家とつながる利権構造の闇が存在するからである。それを著書で告発しようとした溝口敦氏は何ものかに刺されて重傷を負ったがまだ犯人はつかまっていない。もとより警察はそれをまじめに捜査する気などない。その係累が自分たちの身内につながることを恐れるからである。

 かつての勤勉で高いモラルをもった日本人を取り戻すためには、社会の腐敗部分を一つずつ取り除く必要があるのだ。大手スーパー、ダイエーの没落は日本の流通業界の再編を促したが、イオングループは郊外への巨大ショッピングモールの展開によって駅前通の商店街を破壊した。かつてのにぎわいをうしなった商店街はシャッター通りと化し、高齢化の進んだ商店主は収入の術を失って生活保護を受給したり破産したりしている。映画ALWAYS 三丁目の夕日で描かれたようななつかしい街の風景を取り戻すためには郊外の大規模小売店を規制することである。地元との共存をはかるならば、既存の商店街で営業している店舗に既得権を与え、それらのショッピングモールに無償で入居できる権限を与えることである。その条件を満たさない限り設置を認めないなどの方法で、地域コミュニティが破壊されるのを防がないといけない。

 オレはいつもここで主張してきたが、田舎は田舎のままでいいということだ。そこにゼニをばらまくから田舎の人間が腐敗するのである。ゼニが欲しかったらイナカモンドリームという方法で得るのではなくて、勉学に励んで都会に出て高学歴を身につけて、そこで夢をつかむといういわゆるジャパニーズドリームを目指せと言いたい。少なくとも昭和40年代の日本にはそれがあったのだ。

 まだ公立高校が進学校として健在で、受験産業がさほど発達していなかった昔は学歴とは本人の努力によってのみ得られるものだった。塾や予備校という教育のノミ行為が力を持つことによって貧富の差による教育の機会の不平等が生まれてきたのである。ゼニをかけたからといって確実に学歴が身に付くものではなく、究極の馬鹿はいくらゼニを掛けても本来馬鹿のままのはずである。それがなぜか貧富の差による結果の不平等が生まれてしまうのは、公教育が十分に機能せず、公立の小中学校における学級崩壊が進んだからである。オレはその元凶は進学塾にあると思っている。子供たちが学校ではなくて塾を学びの場であると誤解しだしたとき、学校が学びの場ではなくなってそこがただの遊び場になってしまったときになぜ塾を規制しなかったのか。

 なぜ大阪府は学区トップの進学校にいた受験指導のノウハウに長けた優秀な教員たちを、強制異動という人事でおよそ進学とは無縁の底辺校にばらまいたのか。そこで生活指導に明け暮れさせられて多くのやる気のある教員が職を辞したり予備校や私学に流れていったのである。それは結果的に私学の中高一貫教育の学校の進学実績を伸ばし、公立高校をさらに没落させたのだ。子弟を私学に入れることの出来るゼニのある階級だけが高いレベルの教育を受けることができ、教育に於ける貧富の格差はさらに広がったのだ。入学試験の偏差値の低い大学ほど親の収入も低いという学歴と収入の相関性はこうして生まれてるのである。

 塾を非合法化して公教育を建て直すことしか、教育の世界に真の平等性を取り戻す手段はない。貧しかったオレの母親はオレがまだ小学生の頃にこう言った。「勉強だけは金持ちも貧乏もない。がんばったら貧乏人でも金持ちに勝てるんや」と。

 今の日本の若者の学習意欲は中国や韓国の若者と比較してまさっていると言えるだろうか。もちろん一握りの熱心な若者は今でも存在するだろう。しかし平均的な若者のレベルは大きく劣ってしまっている。大学が増えすぎて希望者がほぼ全入出来るようになり、今4割の大学は定員割れだという。なぜ文部科学省はどんどん大学設置を認可してしまったのだ。そうやっておよそ大学生の名に値しない馬鹿学生のいる大学にも補助金という税金が垂れ流しされ、じゃあその学生たちがまじめに勉強するのかというと、ただ4年間遊んでるだけで卒業してもニートにしかならない。ニートの増加の原因の一つが、こういう馬鹿学生しかあつまらない粗製濫造の大学の増加である。大学というのが必死で受験勉強した結果やっと入れる聖域ではなく、どんな馬鹿でも高校さえ出ていれば入れるようになったから、目的意識のないままに卒業する大学生が増えたのだ。

 大学の数を今の半分以下に減らせば、無駄な補助金を削減できるし、そいつらを働かせれば労働力不足も解消する。今の中小企業の多くは単純労働や肉体労働を日本人の若者がいやがるために外国人労働者に頼っている。研修生という名目で受け入れたり、不法就労という実態をとっていたりするのはそのせいである。大学に入れるのが一部の優秀な高校生だけということになれば必然的に高卒で就職する人も増え、結果的にこれまで外国人を雇用するしかなかった中小企業にも人が来るようになるだろう。昔炭坑で働ければ中卒でもいきなりかなりの月収が得られたように、今でもトヨタ自動車の期間従業員に応募すればすぐに月収30万近くが得られ、正社員登用への道も開けているのだがなかなか人が集まらないという。日本の産業を支えるのはやはりこうした製造業である。そこにきちっと人が集まるような政策を実行しない限り日本の将来はない。

 なぜ企業がどんどん海外に流出してしまうような教育政策を日本はとってきたのか。なぜ馬鹿しか入ってこない大学を乱立させて貴重な若者の労働力を無駄にする結果になったのか。いますぐ大学をどんどん審査し、学生の学力水準が一定水準以下のところの補助金を打ち切り、それで倒産するような大学をどんどん淘汰すれば、大学の数は今の半分程度に減らせるはずである。今の腐れ政治家どもは国家の数十年先を見据えた政策ビジョンなど誰も持っていない。この状況を劇的に変えるためには、既存の政党ではなく新たな政治勢力を創り出すしかない。オレがここで書いてることはこの暴言コラムの中にあるだけならただの暴論である。しかし誰かが本当にこれを実行しようと意図して動き出したとき、今の日本を救う切り札として機能するはずである。何もかも変わらないといけない。このまま日本が惰性で借金を増やし続け、大企業よりの政策を続けたときに待ってるものは破滅だけである。


↑エンピツ投票ボタン。押せば続きが読めます。登録不要です。投票ありがとうございます。←この試案に賛同してくださる方はぜひクリックをお願いします。


My追加

前の日記   後の日記
江草 乗 |ファンレターと告発メール   お勧めSHOP HP・教師EXAの秘密の部屋 お金儲けの情報満載 江草とeichanの株式問答掲示板 こだわりのマウス専門店、マウスヲタク エンピツユニオン