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あるこのつれづれ野球日記
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2007年04月30日(月)
最終日は、糸魚川。


 最終日の今日は、上越予選観戦のため、糸魚川市の美山球場へ。ここも駅からタクシーで10分。スコアボードのすぐ後ろに雪を被った山がそびえたっている。あれは、北アルプスか?遠くに来たもんだと、改めて感じた。グラウンドの広さの割にスタンドが少なく、フェンスが低く、距離も近い。昨日行った悠久山球場と似たタイプ。でも、悠久山球場より、近さをより感じた。それは、私のような運動音痴にとっては“安心”をも脅かすほどだった。ここにかつてのゴジラ松井のような超高校級スラッガーがやってきて、ファウルばかり打ってたらと思うと…、怖いなあ。

 球場は、バックネット、一塁側、三塁側とそれぞれ階段で区切られているため、移動するたびに階段を上り下りしなければいけなかった。いい運動になったけど、普段より長い所要時間で、次のイニング、次のバッターなど間に合わずにガックリ…なんてこと、何度かあったなあ。移動のタイミングってホント難しい。第一試合でも、ピッチャー撮ろうと思ってネット裏に行ったら、一気に同点劇が始まり、バッターもベンチも撮れずに涙…だったし。

 それはともかく、試合。第1試合は、柏崎−柏崎常磐。初回、柏崎常磐が高めに浮いた球を逃さず打ち、鮮やかな攻撃で2点をあげた。その後、ジワジワと2点を追加。試合は柏崎常磐ペースかと思いきや、終盤、柏崎打線が柏崎常磐の投手を捕らえ、一気に同点に追いつき、9回にサヨナラを決めた。遠くまで来てよかった、いい試合だったなあ。サヨナラの瞬間、以前見たパーフェクトバント達成で喜ぶ選手たちをふと思いだした。

 試合後、スタンドの裏に柏崎常磐の選手たちがいた。石垣に体を預けうなだれる選手の顔は、ぐっじょり濡れていた。それは、汗?涙?…邪推はやめよう。

 
※余談ですが、悠久山球場に入ったとき、入場券と“ファウルボールに注意”と書かれた紙をもらった。詳しく見てみると、“野球のボールは、丸い石と同じです”“当たり所は悪ければ、最悪のケース、死亡してしまうことがあります”などと書かれいた。球場で運営の選手がファウルボールが飛ぶたびに笛を吹いているけど、そのきっかけとなったのが、甲子園で応援してた生徒にファウルボールがあたり、怪我をしたこと。その学校、新潟県の代表校だった…。でも、実際球場に入ると、定番の「ファウルボールにご注意ください…」というアナウンスはなかったような…。




2007年04月29日(日)
悠久山球場は、300ミリまで。


 今日は、晴れ。いい天気すぎる。絶対日に焼ける。

 駅からタクシーで10分ほどの悠久山公園の中にある悠久山球場が、今日の試合会場。3試合を堪能。この悠久山球場。新潟県高校野球の公式戦のメイン会場の一つで、両翼が90ンメートル、中堅122メートルというそれなりの球場だけど、フェンスが低くて、グラウンドがとても近い。持参したカメラが、400ミリだったため、いつものように最前列を陣取ると、バッターは画面からはみ出てしまう。スタンド中段くらいに座ってちょうどいいくらい。この距離感に戸惑い、なかなかペースをつかめなかった。

 そんなとき、天の助けが!

 第二試合の中盤、一塁側で撮影していたおじさんが、私の持ってたカメラに「そのレンズ、まさか、盗んだんじゃないだろうね」と明らかに気分を害することを言ってきた。私は少し“ムッ”とした。そのおじさん、は虫類系の顔で、小麦色に日焼けしたインパルスの板倉って感じだった。少し前にスポーツ新聞社の腕章をつけてた兄ちゃんに険しい顔で何か言っていたから、正直関わりたくなかった。「借りているんです」と言い返した。すると、おじさんは素っ頓狂な声で、「うっそだぁ〜。そんなの貸してくれる人いないよ」。まだ疑ってらっしゃるんですか…。やっぱり関わりたくない…。おじさんは、おかないなく喋る。

 ところが、「ここでは、400(ミリ)は大きすぎるよ。せいぜい300(ミリ)までだね」と言って、自身が持っていた300(ミリ)のレンズを貸してくれたのだ。あなた、“そんなの貸す人いないよ”って、さっき言ったばかりでは?おじさんの一流のボケにちょっと戸惑った。私がもたつくと、「バカ、何してんだよ」と関東弁でぶっきらぼうに言うので、多少の警戒をおぼえたけど、好意を無にする方が後が怖そうだし、お借りすることにした。撮影、快適。ようやくいつものペースでシャッターを押すことができた。試合が終わり、レンズを返すと、おじさんは「グッドラック!いい写真を撮るんだよ」と颯爽と球場を後にした。

 おじさま、その節は誠にありがとうございました。




2007年04月28日(土)
私−野球=?


 新潟3泊3日撮影旅行。2日前までは、全日程晴れ♪“よっしゃ〜”と思ってたのに、初日の今日はいきなり雨。そりゃないよ、セリョリータ。

 朝8時前に長岡市に着き、9時過ぎに雨天順延の報を聞く。何していいかわからず、駅前を浮遊。スタバで1時間粘り、観光案内所には3回足を運ぶも、決定打なし。風邪気味であることを想い出し、ぐったりする。早くホテルのベッドにダイビングしたい。ようやく昼になり、名物のそばをいただく。駅前のデパートを彷徨い、書店で『バッテリー此戮鮓つける。最近、読書って気分じゃなくて本を買ってなかったけど、『バッテリー』シリーズはこれで完結。そのままレジへ。ミスドへ行って、読書。でも、1時間ほどで飲物もドーナツもなくなり、まったりするのも限界。今度は別の駅前デパートで浮遊。書店で、『バッテリー』の番外編『ラストイニング』を発見。そのままレジへ。時計を見ると、14時33分。15時になったら、チェックインできる。雨が降ったって、野球モードを切り替えることなんてできない。今日は、ホテルに引きこもって、おやつボリボリ食べながら、『バッテリー』シリーズに身をやつすとするか。100円ショップで、ビスケットとおかきを購入。

 『バッテリー此戮藁匹った。勝ち負けに関係なく、生徒(選手)を誇りに思うこと。囚われない、偏らない、こだわらない。…文中に出てきた言葉だけど、これらはプレーヤーだけではなく、一ファンであり、一撮影者である私にとっても大事なことだと強く感じた。今日の雨は、この言葉に出会うために神様が降らせたものなのか。

 明日は、きっと晴れる。

 …けど、午後、長岡から電車で20数分という三条市で、北陸独立リーグの開幕戦やってたんだ…。知らなかった。行きたかったー。




2007年04月27日(金)
9連休にしてやりました

今、高崎にいます。つい5時間前まで彦根で仕事してました…。その移動距離に、今頃になってちょっとビビってます。明日から3日新潟です。


2007年04月24日(火)
禍福は糾える縄のごとし


 今朝、出勤前、「(福知山)成美、特待生(制度)やってたって」と父が言いました。ちかどき問題のアレです。成美と言えば、市長のLOVEな高校。“市長、気の毒やなあ”と思っていたら、帰宅後、「東山もやで」と父。うっそぉ〜ん。

 父は、「高野連はアホや。しょーもないことばっか決めて」「みんな脱退したらええねん」と言います。でも、高校野球をやっている以上、高野連の規則には従わないといけません。それは、会社でも同じです。でもでも、野球部だけが特待生制度を使ってはいけないなんて知らなかったです。みんな、当たり前のように話題にしていたし。私のような素人ファンでも知ってることを、今の今まで高野連が知らなかったとは思えない。

 新聞には今後のことは書かれていなかったけど、他県では野球部解散や公式戦出場辞退を表明している高校もある。昔、私の東山愛にあきれた友人が、「部員が9人になっても応援するん?」「同好会になっても?」と質問してきた。私はそのとき、「当たり前やん」と何も疑いもなく答えたけど、今、それが笑い事ではなくなってきている…。

 優勝候補に勝ったのは、一昨日。それが一転。ほんと、何が起こるかわからない世の中。甲子園に出たあともそうだった。いいことと悪いことは、背中合わせ。

 こうなったら、市長と傷の舐め合い…じゃなかった“高野連なんかに負けない!ファンを辞めてたまるかっ”決起集会という名の鍋をしよう。




2007年04月22日(日)


 立命館宇治高校のグラウンドへ行きました。春季大会1次戦2回戦は、立命館宇治高校と対戦。7−1で、勝ってしまいました。中盤まで、7−0。コールドも夢じゃない試合展開。1点入れられた地点で、ピッチャー交代。後続のピッチャーも多少ピンチを迎えながらも、抑えてゲームセット。ここ数年で一番痛快な継投策でした。ようしのいだなあ。でも、コールドにできなかったのも、また実力? 私個人は、ここで負けて課題を見つけ、夏に成長→飛躍という青写真を描いていたわけですが、負けるより勝った方がいいもんねー。

 第二試合の鳥羽−西城陽は、知る人ぞ知る親子対決。息子は鳥羽のレフト南條選手、父は西城陽の南條監督です。初回、西城陽が先頭打者ホームランでいきなり先制するも、結果は3−2で地力に勝る鳥羽が勝ちました。逆転の口火を切る二塁打を打ったのが、南條選手でした。私は、鳥羽高校の保護者が陣取る一塁側にいたのですが、お母さんがとにかく元気元気。終盤、「集中してー」「強気やでー」と選手に声をかけると、選手がそれに呼応するかのごとく、「集中、集中ー」「強気で、強気で」と声を張っていました。そんな声を背に受けて思ったのは、“この人達、きっとずっとこうして応援し続けてきたんだろうな”ということ。私が知りもしない選手たちの少年野球時代の光景が目に浮かぶようでした。

 この日、私はずっと撮影していました。天気が悪く、時折雨足がきつくなりました。そんなとき、側にいた保護者がさりげなく、傘さしてくれました。おかげで、心身共に撮影が楽にできました。ありがとうございました。そのさりげないけど暖かい心遣いが、冷えた体に染みました。




2007年04月21日(土)
ちかどきはやりの“ゆる系”?!


 夜勤明けで向かうは、府立大グラウンド。友人が前々から、「府大のグラウンドはいいよ」と勧めてくれていました。京滋大学野球2部の主会場のひとつです。今、春季リーグの真っ最中。しかも、今日は3試合もありました!私は第二試合から観戦です。

 グラウンドは、予想以上によかったです!競技者である選手たちにとってはどうかわからないけど、一ファン、一撮影者としてはステキでした。内野にフェンスがありません。球場のような高低差もほとんどありません。グラウンドにいる選手との距離はすごく近いです。撮影欲が沸々。ですが、環境が良すぎて、何をどうしていいか戸惑い、始めの試合ではあまり撮影できませんでした。第三試合、私の府立大グラウンドを勧めてくれた友人の横でカメラを構えるとようやく気持ちが落ち着き、撮影に集中できました。普段撮りづらい外野手をたくさん撮れたのが、特に嬉しかったです。

 ですが、ここでは、あくせくせず、芝生に腰を下ろして、漂う空気に任せてのんびり〜としていた方がいいように思いました。雰囲気いいんです。友人いわく、「ゆる〜い」んです。誤解を受けそうですが、決してレベルを問うてるものでもなく、選手はダラダラプレーしているわけでもありません。でも、空気が緩やかで癒されました。グラウンドを囲むように咲く桜。今はそのほとんどが葉桜になっていましたが、春は一面桜だそうで、想像するだけで、そそられる光景です。

 斜め前には試合を見にきて、目当てのチームに声援を送る兄ちゃん2人組がいました。チームの選手がチャンスで牽制球で指されると、「最悪や〜」と芝生の上に寝転がってふてくされたり、ホームランで逆転すると、体を起こし、手を頭上まであげて、拍手。風邪をひいているのか、時折、ティッシュを取り出し、ちーんと鼻をかんでいる。それすら、漂うゆる〜い空気にとけ込んで、野球のある風景の一部になっていました。試合終了後、この兄ちゃんとは別の兄ちゃんが、選手に話しかけてました。「惜しかったな。次、がんばってな」。選手はそんな彼に、「おうっ、バイバイ」と答えました。“バイバイ”なんて、もう何年使っていないか…。一瞬、どういう意味だったか思い出せませんでした。


 



2007年04月18日(水)
ちちんぷいぷいの血液型占いで、『最後までがんばってみよう』と言われたので。


 今日は、関西学生野球を観に、西京極へ行ってきました。第一試合・関西学院大−京都大で“生でノーヒットノーランの試合を見る”という夢を叶えることができました!「かあちゃん、僕やったよ!」の心境です。テンションがガンガンに上がり↑ました。

 実は、試合開始に間に合うように準備していたのですが、出しなにBSのメジャーリーグ中継で、岡島が登板してました。見てしまうじゃないですか。三者三振の素晴らしい投球、そして素晴らしいコントロール!危うさと脆さが前面に出てた高校時代しかしらない私にとっては、夢物語のような投球内容でした。いい選手になったねー(何様やねん、私…)。そのため(?)球場に着いたのが、7回裏。スコアもへったくれも確かめる余裕なく、あわただしくカメラを構え、撮影開始。だから、試合終了後背後からポツリと聞こえた「ノーヒットノーランや」のひと言で初めてその事実に気づきました。スコアボードを見ると、京都大の「H」の欄は確かに「0」。ホンマにノーヒットノーランや…。ちょっと呆けてしまいました。そしてまた、京都大の投手陣も10安打打たれ、かつエラー2つもあったのに、1点に抑えていました。これもまた素晴らしい。

 最初から見たかったなあ…と思いつつ、内野ノックを撮影。第二試合開始を待っていました。場内では、先発メンバーのアナウンス。福知山成美や立命館宇治など聞き慣れた地元高校出身の選手が並ぶ中、「8番・キャッチャー・乗替君、若狭高校…」。またガンガンにテンションが上がり↑↑ました〜。福井の高校野球は、私の心のオアシス。中でも乗替選手は、彼が高校1年のときに初めて見て以来、お気に入り登録してました。関西の大学で野球を続けていると人づてに聞いてはいましたが、まさか再び試合を見れる機会が訪れるとは!見にきてよかったぁ〜。

 試合自体も、5×−4、延長13回サヨナラというステキなもので、乗替選手のいる立命館大が勝ちました。1200円の価値が充分ありました。でも、でも、でも、途中で雨が降ってくるし、気温はぐっと下がるし、とてもとても寒かったんです〜。どっちが勝ってもいいから、早く決着つけて〜と思うのが正直な気持ちでした。師匠の教えでマニュアル(自分でピントを合わせる)撮影を試みてましたが、延長戦に入った地点で、そんな気力はナッシング。「師匠、ごめん」と心の中でてを合わせ、オートに切り替えました。いつもなら撮影するたびにディスプレーで写り具合いを確認するのですが、今日はそんな余裕もナッシング。試合の中心にレンズを向け、ただシャッターを切るだけ。仕上がり具合や、いい写真を撮りたいという欲が吹っ飛んでいました。何はどうであれ、最後まで撮影しようと思ったからです。いい試合だったし、乗替選手出てるし、昨日見た血液型占いで「最後までがんばってみよう」って言われたし。

 家に帰って、撮影した写真を見直しました。悪天候の割によく撮れていました。雨の筋がはっきり見え、それがまた臨場感をそそります。ええカメラで撮影させてもらってるんだなと改めて痛感。そして、延長13回に入ってからの立命館大の選手たち、あの雨の中、ものすごくさわやかに笑ってました。




おしらせ
4月30日をもって、この日記以外のすべてのコンテンツを閉鎖することにしました。トップページのURLは下記の通りです。よろしくお願いします。
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2007年04月15日(日)
桜は散るけど、サクラは散らない


 春季大会を見に、洛東高校へ行きました。周辺には桜がいっぱいっ。風で淡いピンクのはなびらがグラウンドに舞い、それはそれはきれいでした。

 第一試合は、とてつもない打ち合い。グラウンドにはスコアボードらしきものがなかったため、だいたいどれくらいの点差でどっちが勝ったかしかわからず、結果を知ったのは翌朝でした。

 第二試合が、東山の試合。結構打ち込んでいて、結果12−2で5回コールド。でも、中盤、打ち込まれている感があり、私の体感スコアは9−5くらいな印象です。対戦相手の西乙訓の選手は元気いっぱい。特にサードの選手が。終盤、一塁側で撮影していたので、サードの選手が最後まで元気なままでいてくれたかどうかわからずじまい。ちょっともったいないことをしたなと思いました。

 先に書きましたが、この会場、観客を対象にしたスコアボードが見あたりませんでした。で、どうするかというと、聞くんです。試合中の選手に!私は、大半の時間を3塁側ブルペン前で過ごしたのですが、近くで見ていたおじさんや、OBらしき若い子は、ブルペンにいる選手に平気で話しかけます。「今、何対何?」「次、投げるん?」「ホームラン、おめでとう」。選手も意を介さず受け答えしてます。ビックリです。試合前にグラウンド内の選手に話しかける観客をよく見受けますが(これも、私の中では“ビックリ”の範疇)、試合中にいいんッスか?(おかげで、第二試合のスコアが分かったんですが)

 で、いつも思うんです。ブルペンにいる投手は“単なる高校生の野球部員”。なのに、一歩ファウル線を超えると、“高校球児”、遠くなってしまう。それは、単純に距離だけの問題ではなく。

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2007年04月10日(火)
9連休にしてやるっ


 2月3月と、私はホントによく働きました。休日は、カレンダーの赤色の日だけ。その上、週末は夜勤やってました。貯金に目覚めたということもありますが、人付き合いに支障をきたすほど働きました。2月は1年で一番日数の少ない月。給与は時給制。にもかかわらず、明細に書かれていたのは、社会人人生最高の金額。20万円台の大台を突破してました。ビビリました。3月は20万円台は切りましたが、それでも、今までの給与ベスト3に入る金額です。

 この調子でコツコツ貯めていければいいのですが、野球が始まってしまいました。間違いなく無理です。今年は、いつになく野球テンションが高いです。野球のために、仕事を辞める。そんな馬鹿なことすらやってしまう勢いです。今月末から始まる連休は、春季大会が目白押し!今からどこに行こうか♪と楽しみです。

4月は28日から5月の6日まで、9連休にしたい。

5月1日と2日は、平日だけど、出来れば休みたい。

やっぱり私は、ダメな社会人〜♪
はやく、人間になりたい…。




2007年04月09日(月)
「“自分だけよければいい”と思っているのは、若者だけでじゃない」と思った出来事。


 先週末、球場で撮影していたら、同じように撮影していた年輩男性に話かけられた。ちょっとしたアドバイスだったので、「わかりました。ありがとうございます」と言って、一礼。それで終わりと思った。ところが、そこから、話が続く続く続く…。

 最初は、写真の技術的なアドバイスだったのが、いつのまにか本人の自慢話になっていた。しかもトークが巧みで、私が「うざっ」と思いかけると、上手いこと写真の技術的な話に戻し、気持ちをそらされる。最優先すべきは、選手の撮影。一度しかないその瞬間を撮って差し上げるのが、今の私の役目。でも、私のような若輩者が年長者の話を無下に出来ない。この世はぶっそうだ。何されるかわからないし。

 結果、6回から次の試合のノック終了まで、男性の話にも撮影にも身に入らないまま終わってしまった。最悪だ。しかし、こんなことはカメラを持っている限りついてまわることだ。試合後、師匠にアドバイスを求めた。

 それにしても思う。男性は、「気持ちが集中していないときは、(撮影は)ダメだね。今日は、調子が出ないよ」と言っていた。私もちょっと集中力が切れかかってはいた。だからと言って、撮影中の他の人間の邪魔をしてもいいのか。カメラを撮影していない人が、悪気なくついうっかり話しこんでしまうことがあるだろう。でも、仮にカメラを構えている人間が、それはないだろう。もし、自分がそうされたとき、どう思うの?考えたことないんだろうか。男性は、長年撮影していて、プロのカメラマンと仲良し、新聞社から画像の提供を求められたこともあるほどの腕前だという。そんな人がなんで、ああいう行為に走れるのだろう。野球を撮影する人にとって、野球が、時間が、集中力がどんなに大事か、初心者の私以上にわかっているはずなのに…。怒りじゃない、幻滅じゃない。なんか腑に落ちないものが、私の中で渦巻いている。



2007年04月08日(日)
またまた思わぬ形で進路を知る


 今日は、東山の練習試合の撮影へ。実は、去年夏あたりから東山とはずいぶん疎遠になっていました。もう縁も切れたかな?と思っていたのですが、首の皮1枚つながっていたようです。“8日に練習試合があります”と教えてくれる方がいて、東山観戦再開とあいなりました。

 撮影する際、選手の保護者に了解を得ようとしたら、ベンチにいた先生にその旨を伝え、先生にも了解を得てもらいました。私一人ではできなかったことです。ご厚意にありがたく甘え、撮影させていただきました。写真の師匠から、関係者との信頼関係の大切さを教わりました。今までの私なら、平気な顔してカシャカシャとシャッターを切っていたかもしれません。過去、勝手にグラウンドへ行って練習見せてもらったり、グラウンドの撮影をしていました。結果的には、それを咎められたことはなかったのですが、だからと言って、していい行為というわけではありません。今までは、自分のことしか考えていなかったように思います。当時の私は、なにかしらの結果が出ずに苦しんだり、いらついたりしていましたが、今思えば、結果が出なくて良かったと思いますし、結果が出なくて当然だ、そう考えています。

 …話がそれてしました。
 とにかく、東山の練習試合です。最終回、2点取られてしまいましたが、それ以外は長打あり、足も使い…とステキな試合展開でした。2点は相手校にしては、取るべくして取った点。春季大会までにこの2点を取られないチームになって欲しいです。

 かな〜り久し振りに東山の試合へ足を運んだのに、私の顔を覚えてくださっている保護者がいました。ありがたい話です。新しいコーチがかなり若い方だと聞きました。詳しく聞いてみると、もしや…と思うある元選手の名前が脳裏に浮かびました。確認すると、そのコーチの名前と私の脳裏によぎった元選手の名前が一致しました。ビックリしましたが、でも、それ以上に「やっぱりな」とも思いました。彼は、私の東山のめりこみど真ん中期の選手。東山の全試合の半分を観戦し、スコアをつけていた時代です。2年からレギュラーだった彼の名前は、私のスコアブックに頻繁に登場しています。彼のご両親には、彼の現役時代だけではなく、卒業後もよくしていただきました。そのご両親から、彼が野球に携わりたいという話を聞いていました。だから、彼がコーチとしてグラウンドに戻っていた姿を見ても、驚くより納得が大きかったのです。東山観戦の楽しみがまた一つ増えました。そして、改めて、「私も年取ったなあ〜」と思う次第です。




2007年04月07日(土)
私の青春、今もなお


 今日は、師匠と一緒に関西六大学野球の試合を撮影するために、皇子山球場へ行きました。開門前に選手と話をする機会に恵まれました。訊き上手な師匠のおかげで、現役部員が何をどう感じ、考えているかの聞くことができました。そして、その彼の出身が鳥取県。鳥取西高校という学校のOB。鳥取西高。鳥取西高校は、私の高校野球のめり込みどまんなか期の1993年に、春夏連続出場したチームで、エースだった長谷川投手は、私の“心に残る高校球児”の一人。テンションが上がらないはずないじゃないですか!

 今まで口を挟まず黙々と師匠と彼の会話を聞いていただけの私でしたが、「私が高校3年のときの鳥取代表が鳥取西高校だったんですよ〜」。すると、意外にも彼から反応が。「僕の代も(甲子園に)行きましたよ。12年ぶりって言われました」。そっか、その12年前が、私が見た鳥取西高校なんだ…。軽く感傷に浸ったあと、こんなこと言ってもしようがないのになあと内心思いながらも、口走ってしまいました。「私が見たチームは、長谷川くんというエースがいて…」。すると、彼からまたも反応が!「え、長谷川先生ですか?」−!知ってるの?驚いたのは私。いくらOBといえど、12年も違うと名前なんて知らないものだ。現に彼は、5年ほど前に卒業した彼の大学の先輩の名前を耳にしても、「さあ、ちょっとわかんないっす」と言っていた。「知ってるんですか?」私が聞くと、「知ってるも何も。僕、お世話になりましたから。出身の小学校も中学校も一緒で、仲良しですよ」。それって、○○町でしょ?私は昔の選手名鑑で得た知識を口にしかけて、その地名の読みがよくわからないから止めました。知ったかぶりで痛い目にあったことは、イヤほどあります。

 彼は、長谷川さんが今鳥取県内の高校で野球に携わっていることを教えてくれました。“絶対、試合見に行くねん”と心に誓った私でした。そして、昨年ご結婚されたことも教えてくれました。これは、教えてもらわなくてもよかったのに…と思いました。とはいえ、K君、ありがとうね!

 それにしても、こんな形で気になっていた選手の進路を知るなんて、野球ファンを続けていてよかったなと思いました。

 その後、試合が始まり、東山OBで京都産大に進んだ那谷選手がスタメン出場していて、更にテンションがガチーン↑と上がりました。

 で、肝心の写真は…?
 ……。


 



2007年04月06日(金)
カードゲーム

  
 先日職場で、『休憩時間のまったり自慢』が話題になった。焼き肉パーティーした、カラオケで歌いまくった、ボーリングで腕パンパンになった、制服姿でプリクラ撮ったなどなど、出てくる出てくる。ちなみに私が経験した最高のまったりは、琵琶湖が270度一望できる神社で、みたらし団子を食べ、写メ撮りまくって、一句詠んできたというもの。去年の11月くらいだったかな?だって、休憩3時間もあったんだもん。

 そんな中、カードゲームをしているという人たちがいると聞いた。しかもオリジナル。どんなものかというと、厚紙に自分たち以外の職場のメンバーの名前とデータを書き、勝負するというもの。何を基準に勝負が決まるのかまではわからなかったけど、私たちがカードになっていることに間違いない。なんちゅー遊びしとんねん。ポケモンか、ワシらは。

 その話を聞いてまもなく、厚紙を持っているメンバーを見つけ、「これか…」と思った。一体、私は誰なら勝ち、誰に負けているのだろうか。負けるのは、なんか気分悪いなあと思った。プロ野球チップに付いてるカードで相方と理不尽な勝負をしていることのバチが当たったのかな?



2007年04月05日(木)
●●カルチョ


 センバツが終わりました。我が職場では、トトカルチョならぬ、●●カルチョというものがあります。●●には主催者であるI田さんの名前が入ります。ちなみに、私は参加していません。「アマチュアである高校球児が一生懸命やっているのに、そんな汚れたことしたくない!」などという正義感からではありません。私、野球は好きですが、野球を観る目がありません。ギャンブル下手であります。

 さすがに今回は、該当者が出なかったようです。3月末で退職した元高校球児のM野君は、関西と広陵に賭けていて、お世話になっている天然系先輩・M原さんは、帝京と熊本工業に賭けてました(惜しい!)。(どうやら、決勝のカードを予想するものだったらしい)該当者なしのときは、賭けたお金が戻ってくるだけとのこと。野球にはまるで興味のない、先日競馬で28万馬券を当てたS田さんがもし参加していたら…なんて考えてしまいました。



2007年04月04日(水)
ひとつのつっかえが取れる


 仕事帰りに寄った本屋で、『甲子園の歴史を変えた9つの試合』という(そんな感じのタイトルだった)本を見つけた。パラパラとめくると、やはりあった松坂絡み。どうせPL戦か明徳戦だろうと思ってサブタイトルを見ると、「松坂に最後に挑戦した男たち」とある。もしや!と思い、ページ更にページをめくると、主役は98年夏の甲子園で準優勝そして秋の国体でも準優勝した京都成章の選手たちだった。あの決勝戦を中心に当時のことを選手に振り返ってもらい、またその後、彼らがそういう道を歩んだかまで書いてある。嬉しくなった。著者の前書きでもあったが、高校野球における松坂と言えば、PL戦や明徳戦ばかりが大きく取り上げられいるが、なぜか決勝戦を扱う記事に出会うことは皆無だった。私は自分の中に「なんでよ、なんで大一番の決勝が取り上げられないの?松坂最後から見たって、1大会で2回のノーヒットノーランって希有の記録じゃないの?」というぶつけようのない憤りをくすぶらせていた。あのときの成章の選手のことが知りたい。長年そう思い続けてきた。そして、今日、その願いを叶えてくれる本と出会った。嬉しかった。すっきりした。



2007年04月03日(火)
M井さんとコミュニケーション


 職場に、M井さんという40代半ばの男性がいる。キャリアは、私の次に長い人。もう2年ほどうちで働いている。でも、世代が違うためか、事務的な会話以外ほとんどしない。見た感じ悪い人ではないし、なんとかコミュニケーションをとりたいと思っていた。

 ところが、この春、その糸口を見つけることに成功した。車内での休憩時間。彼は、買ったばかりのワンセグでセンバツ大会の中継を見ていたのだ。「M井さん、高校野球見るんですか?」と言うと、「うん、好きやで」と返ってきた。共通の話題が見つかったことただ嬉しかった。しばらく、2人でケータイの画面をのぞき込んで試合を見守った。

 それ以来、「今日はどこが勝った」だの、「明日はこの試合に注目」だの「地元が出ないのは残念」など、会話を増やすことが出来た。今日、決勝戦。M井さんと仕事だった。仕事は、決勝戦とほぼ同じ時間から始まった。M井さんはワンセグで試合を見ることが出来なかった。一方の私は、“おかんオンライン”という情報網を持っている。母は大会期間中、試合結果を随時、メールで知らせてくれていたのだ。今日も例外ではなく、『常葉菊川が6−5で勝った』仕事中に結果を知った。

 仕事終わりに、さっそくM井さんに、常葉菊川が勝ったことを報告。M井さんは少しテンションを上げ、「スコアとかわかります?」と聞いてきたので、6−5と答えると、「接戦やったんやね〜。しかし、常葉(菊川)が優勝するとは思わなかったなあ。」と感慨深げだった。「私もびっくりですよー。このカードなら、大垣日大かなと思ってました。」「そうやね、あそこの監督って、前どっかの監督やってたはず」「そう、東邦ですよ。」「そっかー、だから初出場でも決勝に来れたんか。やっぱ高校野球は指導者やなあ」「でも、常葉菊川の監督って、選手時代にセンバツで優勝しているんです、浜松商業で。静岡県勢のセンバツ優勝って、そのとき以来なんですって」「へ〜、知らんかったぁ」。マニアからみたら、めっちゃうわべの会話だけど、その相手がこの2年間全く話すことのなかったM井さんだということがただ嬉しかった。また夏も話せるといいな。



2007年04月02日(月)
甲子園準決勝

12連勤を覚悟してましたが、どうにか7・5連勤ですみました。今日は8日ぶりの休日です。週間天気予報の「降水確率70%」も取り越し苦労に終わり、無事センバツを堪能してきました。2試合とも接戦で、おもしろかったです。熊工の逆転負けにはビックリしましたがf^_^;。
大垣日大が、人気あるんですね。すごい声援かつすごい熱狂ぶりでした。阪神ファンみたいなノリです。ですが、わかる気がします。私は大垣日大というチームを初めて見たのですが、フェンスの向こうとこちら側を近く感じさせてくれる雰囲気がありました。選手たちはとても明るくて、楽しそう。子供が楽しみにしていた遠足へ向かうときみたいな。嬉しさも悔しさも精一杯表現していたし、いい意味で、「プレーボール=ボールで遊ぶ」チームだなあと思いました。
春休みなので、子供がたくさん。選手に声援を送ったり、携帯で写真をとったり、お菓子を食べたり。楽しそうにしてました。
写真もたくさん撮ってきました。2試合で、2000枚くらい。それでも、シャッターが押せずに悔しかったことが何度となくありました。私にとってのいい写真とは、「とにかくピントが合ってること」です。何枚くらいあるのか、帰宅後確認します。
第二試合終了後、勝利に沸く三塁側アルプスを撮影していた報道カメラマンが、常任理事という男性に注意されてました。「出過ぎです」。撮影できる距離が決まってるみたいですね。三塁側は興奮のるつぼだったんです。その空気はグラウンド内のカメラマンたちにもきっとあったはずで、注意された若い男性カメラマンは聞かない振りして、更にジワジワとアルプス方面に近づいてました。それに便乗して、若い女性カメラマンも一歩二歩前へ。「だから、出過ぎですって」。常任理事、今度は体を使って制しにかかってきました。そして、「出過ぎやゆってるのが、わからんのかっ」とブチキレ。おぉ、怖っ。でも、マスコミさんって、こんなことじゃ負けないんだよね…。



2007年04月01日(日)
バックアタック!


 今日は、午前のみの仕事。日曜日。野球日和。「仕事があるってのが、ウソならいいのにな」などと思ってしまった。第二試合には間に合うようにと、猛烈な勢いでカウントしたら、西京極に着いたときに、ちょうど第一試合が終わったところだった。キャッ、ステキ♪

 撮影した試合は、京滋リーグの佛教大−びわこ成蹊スポーツ大の一戦。初回、びわスポがいきなり先制点を上げおもしろい展開になったけど、結局、中盤には佛大が逆転。気づいたら、2−7で試合終了。それにしても、びわスポの選手たちは、明るい。途中から、ライトに入った野崎選手は、チーム内でいじられキャラなのか、守備位置に入ると、ベンチ内から先輩後輩問わず、複数の選手から声をかけられていた。そのたびに、「おうっ」と元気に答えていたのが、なんともいえずかわいらしかった(^^;)。守備を終え、ベンチ前に戻ってきたときも、満面の笑顔で、チームメイトが別の選手に、「お前も、これくらい笑え」と言っていたほど。シャッターを押してみたら、ホントに全力で笑っている感じだった。

 ところで、今日、ファウルボールをもろ脇腹にくらった。跳ね返って、上段から下段に落ちてきた飛球だった(私は撮影のため、スタンド最前列に座っている)。正面、ライナーを過去1回ずつくらっているけど、後ろからやってきた球をくらったのは初めて。前々から後ろからくる打球はどこに飛ぶかわからないから怖いなと思ってはいたけど。正直、今までで一番痛かった。ボールを拾いにきた部員に「大丈夫ですか?」と言われ、「大丈夫」と答えたけど、ホントは痛かった。右から左へ受け流す歌はあるけど、後ろから前へ受け流す歌はないことに気づいた4月最初の日…。