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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2005年07月31日(日)
0.1パーセント


 仕事で関西に来ている友人と飲みに行った。相方ナシでは梅田をよう歩かない私なので、小粋なお店に案内できず申し訳なかったけど、大事なのは話の内容ですから。

 いろいろ話をしたけど、とにかく言われたのは、「0.1パーセントでもいいから、気持ちを残しとき」ということ。夢とかやりたいことに対する希望をね。

 なんかちょっと楽になった。0.1パーセントだったらできる。今のように文章もろくに書けず、行動を起こせず、一人モタモタしているときでも、心の奥底に捨てきれない気持ちがある。

 でも、以前は「(うまい下手は関係なしに)文章を書くことは出来る」という自信ではないけど、ごく当たり前に思っていた。だから、0.1パーセントも当たり前じゃないかもしれない。ふとそう思って、ちょっとへこんだ。



2005年07月30日(土)
決勝戦


 おとつい日記に書いた、職場の人の母校が決勝戦まで残った。今日、会社でスケジュール表を見ると、無事にお休みをもらったようだ。私の携帯速報に頻繁にアクセスし、行方を見守った。

 試合開始は12時だったようだ。アクセスすると、1回2回と淡々と進んでいた。遅いので有名な京都新聞の携帯速報がたぐいまれに見る早さで更新されていたのだから、実際の試合はもっとスピーディーだったんだろう。2−1で職場の人の母校がリード。「このまま、このまま…」。競馬場のおっさんみたいなことを心の中で叫んでいると、午後の仕事の開始時間になってしまった。途中、お手洗いを借りて、携帯でアクセス。2−3で逆転されて負けていた。彼、残念がっているだろうな…。

 会社に戻ると、私服姿の彼がいた。ほお骨あたりがよく日に焼けていた。彼は私と目が合うと、「負けましたわ…」と一言。7回に逆転されて…と淡々と続けた。そして、沈黙。もう話は終わったのかなと、彼に背を向け違う場所へ移動しようとしたとき、「フツーに感動しましたわ…」。感動、か。素直にそう言える人はいいなあと思った。



 まだ決まっていない代表校は、山口だけ。だから、ほぼ出そろったということになる。ふと、思った。優勝と準優勝が逆だったらな、と。高校生クイズで、“負けたチームを集めているはずなのに、実は勝利チームでした〜”なんていうのがあるけど。ふと思い浮かぶだけでも、遠軽、三次、乙訓と新しい風が吹きそうな名前が並んでいる。新鮮だし。とはいえ、代表校に対して不満や文句はない。




2005年07月28日(木)
母校の躍進


 死ぬまでに一度は母校が甲子園に出るのを見たい、そう願っている人は少なくない。 

 夏の高校野球。先週半ばあたりから、応援しているチーム、友人知人の応援しているチーム、母校、その他注目校が続々と姿を消している。そんな中、今日仕事で一緒だった人の母校がまだ勝ち残っている。

 実はその人とは3年近く勤めているにもかかわらず、同じ現場へ行くのは初めて。それでもお互い存在は知っていた。その彼の第一声。「あるこさん(実際呼んだのは本名)、野球好きってホントですか?」。びっくりした。なんでそんなこと知っているんだろ。野球のことを話し出したのはごく最近だし、ごく限られた人にたがかしれたことしか言っていない。けれど、ほとんど話したこともないその人と別の人の間で、『あの人は、野球が好きやろ』という話で盛り上がっていたという。もちろん、そんな彼も野球好き。本人曰く、「病気」らしい。

 「母校が勝ち残ってるんですよ」。彼は嬉しそうに言った。私が「○○(高校名)ですよね?すごいじゃないですか!」と言ったら、「そう、よく知ってますね!」と喜んでいて、「昨日はシード校を破り、そのすごさを(同僚)に語ったけど、誰もノッてくれなかった…」と話してくれた。明日勝ったら、土曜日が決勝戦。「明日は無理だけど、土曜日は仕事休んで応援に行きます!」と言っていた彼だが、体の調子が悪かったらしく、午前中のお店では途中でダウン。車で休んでいた。リーダーさんが、「大丈夫か?無理やったら言ってください」と心配していて、私には「(昼の店は)一人減ることを覚悟しといて」と言われていた。

 昼食の時間にはちょっと元気になって、近くのファミレスでごはん。彼は再び話した。「母校が甲子園に行くなんて、一生無理だと思っていました。でも、あと二歩のところまできているんですね…」。感慨深げだった。そして、ポツリと一言。「僕もへばってる場合じゃないですね。がんばらないと」。高校野球に勇気づけられる人は多いし、見聞きしているが、リアルにその瞬間を見たことはなかった。ああ、こんな感じなんだと思った。

 午後の彼はダウンすることなく、3.5時間の仕事を無事完了。そんな彼のスピードアップのおかげで、予想より早く終わることができた。母校のおかげだね(笑)。

 明日の第一試合。対戦相手は、京都学園。

☆焼けてた腕の皮がむけてきた。思えばこれは先週三重大会を見に行ったときのもの。そのとき見たチームはすでにいない。たった10日かそこらなのに、ホント早い。



2005年07月26日(火)
かき氷の思い出


 今日は台風到来のため、京都大会は中止。ぽつりぽつりと雨は降っていたけど、試合に支障をきたすほどではなかったのでは…?今日は最後の観戦チャンスだった私には嘆かわしいばかり。とはいえ、ここでぐずってもしゃあないので、ちょっとお話を。

 球場には売店というものがあって、観戦客を対象に食べ物や飲み物を売っている。お茶、スポーツ飲料、ビール、焼きそばが一番スタンダードか。そこに唐揚げやおつまみ、アイスクリームなどが加わったりする。どこもだいたい同じだと思っていたが、他府県で試合を見てみると、地元オリジナルのものが売っていたりする。兵庫県明石で見たのは「たこおこわ」。北海道旭川で見たのは「ジュンドッグ」(エビフライなどがご飯に巻かれていて、巻きずしを食べるときのように食べる)。まだまだいろんな物があるはずだ。それも楽しみに今後も観戦を続けたいと思う。(そうそう、アメリカでは綿菓子が売ってた。それもどぎつい青やピンク色の)

 京都にはこれといったオリジナルはないが、いつも私を魅了するのがかき氷。最初はとても食べづらいが、終わりの方になると、シロップが氷にしっかりなじんでいるので、とても素敵な感じになるのだ。カップに漫画のようにこんもりと盛られているそれには、どきつい原色のシロップがかけられている。赤、黄、緑…青はあったかな?観戦中、かき氷を食べている人を見ると、食べたくてしょうがなくなる。おとついの観戦中も友人に「かき氷が食べたい」と心境を告白した。が、スコアをつけていたことと、その日最後の試合で売店が開いているかどうかが不安だったので、思い切って買いに行くことはできなかった。来年を待とう。

 かき氷といえば、ちょっとした思い出がある。うちの地元では夏休みの終盤に地蔵盆という行事があった。簡単に言えば、ちょっとした縁日。子供にとっては楽しみなイベントの一つだ。今は少子化の影響で、規模も小さくなったらしいが、私が子供の頃は2日にまたがってあった。初日が縁日色が濃い。ヨーヨー釣り、金魚すくい、綿菓子やお好み焼きの出店があり、カラオケ大会もする。2日目は朝から地元のお坊さんの話を聞き、地元の大学生のお姉さんやお兄さんとゲームをし、昼すぎにはビンゴゲームでおもちゃをもらう。この時期が近づくと、町内会の人が地蔵盆で物品と引き替える券(ヨーヨー釣り券やプレゼント券など)を持ってきてくれる。私はそれがとても楽しみだった。

 それは、地蔵盆に参加できる最後の年だった小学6年のとき。夜、かき氷をもらいに行った。店のおじさんが、「シロップ、何がいい?」と聞いた。そのとき私は何を思ったのか、「全部」と言った。おじさんは、きょとんとしていた。「だから、それ全部混ぜて」。目の前には、いちご、メロン、レモン、ハワイアンブルー、シロップがあった。赤、緑、黄、青、透明。おじさんは難色を示していた。でも、私は粘った。「うち、6年生やから地蔵本今年で最後やねん。思い出にするし、いいやろ?」。むちゃくちゃな道理だ。でも、おじさんはどうにか納得してくれ、全部混ぜたものを私にくれた。ごっついグロテスクな色になると思いきや、ごくごく普通の茶色だった。食べてみた。コーラの味がした。

 当時の私の言う通り、これは思い出になった。夏の夜の特別な味。未だに忘れれらない。

 



2005年07月25日(月)
世の中、どうなるかわからないので。


 姉の友人(野球部OB)の母校が、勝ち進んでいる。無名の公立校の快進撃。今度勝ったら数十年ぶりの準決勝進出。私は彼とは直接話してことはないが、姉にきたメールを見せてもらっている。今日は休養日で、試合はない。『今日は試合がないから、落ち着いていられる』というメールがきたらみたい。なんかかわいい。

 それから姉とこんな感じの話しをした。
 「それにしても、母校が大会を勝ち進んでいるっていいなあ」「そやね、うちの友達の弟、野球部のOBちゃうのに、自分の母校が出たとき応援バスに乗って見に行ったんやって」「へえ、それやったら野球部OBの人の感激はもっともっとすごいんやろな」。そういや、父も「生きているうちに一度は(甲子園で)見たい」って言っていた。

 そのとき姉が、「それにしても、自分の母校が甲子園の予選に出ているっていいなあ?…うち、女子校やから…あ、共学になったんや」。姉の母校は今共学。野球部はないが、これから可能性はないわけではない。むしろ見込みが薄いのは、私の方。「あんたのとこ、まだ女子校やんな。絶対ないわ」と姉に言われた。確かに、うちの母校、100年経っても、天地がひっくりかえっても共学などありえない。「でも、わからんで。女子野球部が出来て、予選参加OKになって、今の環境や食生活で男女の体のつくりがかわってしまって、女性にも男性並みううん、それ以上のパワーが出たら。京都代表「○○(私の母校)高校」なんていうこともあるかもしれんで」。なんで自分の口からこんな言葉が出たのかはわからないけど、私がヨボヨボのババアになっている頃にはそんな時代に来てるかもしれない。



2005年07月22日(金)
ちょっと西京極まで


 人が減ったせい(決して、私が出来る人間なわけではない)か、仕事のランクが上がった。だいたい4,5人で行く店舗の棚卸しで、2番手。店の人とやりとりが必要となる仕事だ。取引先の人と話すのは得意ではないけど、オープンな感じで話しかけてくる人もいるので、それは気が楽でいい。今日は、そんな人のお話。

 作業が終わり、データをお店のPCに送信しているときのこと。店主のおじさんが、「これから西京極行くねん」と上機嫌顔で言った。「え、いいですね!」私はすぐに反応したが、野球に興味のないリーダーさんはキョトンとしていた。今日の第三試合は、平安と北嵯峨。店主さんは、平安を応援している。「ワシ、平安やったのよ」。リーダーさんが、「野球やってはったんですか?」と聞いた。すると、「いやいや、やるゆうてもな。体はちっさいから。そんなん、野球部に入るヤツなんてゴツイゴツイ」。私は、「そうだったんですか?」とうずいたけど、リーダーさんはピンときていなかった。体の小さいと野球をするにおいてハンデになることがわからなかかったのだろう。

 「とにかく、ワシ、(野球が)好きでな。楽しみ、これしかないねん。ややっぱし、高校野球やろな。西京極で高校野球見たあと、テレビで阪神戦持てもなんもおもろない。でも、平安が負けたら夏は終わりや。はよ秋になれて思う」。

 思わず笑ってしまった。自分の中にあるそんな感情には苦笑いするばかりだけど、酸いも甘いもかみわけたであろう年輩の人が口にするとそれはとてもかわいらしい。

 いいなあ、私も連れてって〜!と思いながらも、店を後にした。





2005年07月17日(日)


 しばらく、お休みします。
 また逢う日まで。



2005年07月12日(火)
夢が叶うノート


 野球を通じて知り合った友人・みどりさん。このごろはなかなか会えないけど、一緒にいるのが楽しくて、またたくさん甘えている。愚痴なんかも言っちゃうわけで、たまに会うからいいのだって、頻繁だと愛想つかされるわななどと思っていたある日。「夢ノート」の存在を教えてくれた。自分の夢が叶うように、そのプランや進行具合を書き込んでいくもの。作者の中山庸子さんも30代になってから夢に本気でチャレンジされた方で、スタートラインでモタモタしている私に希望を与えてくれるように思えた。

 その『夢ノート』を先日ついに入手。前書きや好きなものリスト、私だけのファンクラブ便りなど、項目も豊富。そして白紙のメモもついている。私がイメージしていたよりも、ファンシーでキュートだった。夢のプランノートというよりも、マイワールドを作るノートって感じ。自分を本にするみたいな。

 書き込み式って楽しい。昔、姉がちょっといいカバーのついたノートを買ってきてくれた。写真も貼れるもの。嬉しいというより、「お姉ちゃんはなんでこんなん買ってきたんやろ?」と不思議に思った。そんな私のキョトンとした顔を見た姉は、「高校野球の写真とか文章とか書くのに楽しそうかな」と思って。なるほど。我が姉、ポイントアップ。さっそく、持っていたありったけの写真や切り取りで「私の高校野球book」を作った。楽しい思い出だ。そういえば、小学校時代の自由帳とか最高に楽しかった。前も白紙の絵本を衝動買いした。絵が描けないこと、すっかり忘れてた(苦笑)

 ともかく。書くことはいいみたいだ。ダイエットの際、食べたもんを書き留めておくのが有効(私も実際やったけど、そう思った。今はしてないが…)だ。だから夢を書くのも有効。そういえば、私ここで、「あれがしたい」「これがしたい」と書いているが、ありがたいことにその多くが実現しているように思う。グラウンドへ行きたい。隠岐へ行きたい。北海道へ行きたい。取材をしたいetc。決して大きなことではないかもしれないけど、とても貴重で楽しい経験ができた。ふと思った。「ライターになりたい」と書いたことがない。書いてたとしても、どこかごまかして曖昧なものにしてる。はっきり書ききった旅のプランのような具体性がない。

 『夢ノート』、買ってもう一週間ほど経つ。毎日携帯しているが未だに第1文が書けていない。楽しみすぎてもったいないのと、夢にむかってボヤボヤできないことへのプレッシャーがある。でも、昨日、その第1文が見つかった。“ふぬけになるような旅をする”。こうなったら、なんとしてでも叶えたくなってきた!太ってる場合じゃねえな。




2005年07月11日(月)
…なときに限って


 仕事帰りに、職場の人たちとマクドのドライブスルーで、100円シェイクを購入。遠足気分の…あるこです。ご無沙汰しています。

 …なときに限ってってことありますね?
 最近、仕事中に眠くなる…というか意識がなくなことがあります。ちょうど化粧品や文具など値段の高い雑貨を数えているときが多く、困っています。時差ボケがまだ治りません。気づいたらめちゃくちゃな数字を入れていたり、同じボタンを延々と押していたり。恐ろしいです。そして、そんなときに限って、そこが検査(棚卸しの精度を確認するために、顧客様に任意の場所を指定してもらい、そこをもう一度数えるというもの。いわゆるサンプリング)。ああ〜、ああ〜。寝ていないにしろ、ちょっと自信なかったり、焦ったりして、「あそこ(サンプリングに)当たったらイヤだなあ」と思っているとかなり高い確率であたります。アレ、なんででしょうね。不思議です。

 30年近く生きてきて、いろんな「…なときに限って」を経験していますが、ここで一つ。高校3年の秋、私は通学電車で中で急に息苦しくなって、視界が白くなって、ふらふら〜と倒れました。原因は未だに不明なんですが、意識がもどったときは誰かに抱きかかえられていました。駅員さんかな?まわりはガヤガヤ言ってる。私のまわりにいる野次馬を想像し、目を開けるのはよそうと気を失った振りをした。

 それから駅員室に運ばれ、2,3人の駅員さんはあれやこれや話している。「救急車がなんとか」「とりあえず親御さんに…」など。目を開けるタイミングを逃してしまった。しょうがない、ほとぼりがさめるまでこのままでいよ。

 ガサガサ。
 私の名前がわかるものをカバンからいるのだろう。幸い、生徒手帳はカバンの中に入れていた。すぐ見つかるだろうと思って、安穏としていた。ところが、予想以上に手間取っていた。薄目を開けてみた。あ、前ポケット探ってる。あかん、あかんて!!

 「ん?輝け甲子園の星、選手名鑑??」
 あきらかにいぶかしげな駅員さんの声。
 イヤー、イヤー、イヤー。
 恥ずかしくて死にそう。

 当時私は、愛読していた甲子園の星の付録の選手名鑑を持ち歩いていたのだ。よりにもよって、これを見つけられるとは、思ってもみなかった。ま、世間的には意識を失ってることになっているので、知らなかったことにしよう。そう、自分に言い聞かせた。 
 
 それからまもなく、生徒手帳が見つかり、私も目を覚ますタイミングを得た。それにしても焦った。生徒手帳を入れる場所を法律で決めてて欲しかった、今になってそう思う。


 



2005年07月09日(土)
ふぬけになるような旅がしたい。


 旅、それも長旅欲が出てきてしまった。昨夏北海道に行って燃え尽きたように思ってたのに、また長い旅がしたくなった。NYに行ったせいかもしれない。手を伸ばせばすぐ届く夢は楽しいけど、大きい夢はときに苦しい。

 期間は1年くらい。行き先は日本津々浦々。49都道府県の公式戦やグラウンドや練習を見ながら、ときには観光も(う〜ん、よくばり)。そして帰ってきたら、ふぬけになる。何をするでもなくボッサー。焦点のあってない目、しまりなく空いた口、そこから垂れるよだれ。何を言われても上の空。どっかイッちゃってる…。それくらい非日常なことをしたい。野暮な言い方すると、燃え尽きたい。高校野球の選手のような大きな目標に恵まれなかった私がようやく見つけたもの。

 主な移動手段は電車。18切符の時期はいいけど、あとはつらいかもなと思いつつ。宿代とかも馬鹿にならないだろうな。100万単位のお金がいる。老後の楽しみにするか、体がなんとか動く今途中で労働しながらいくか。ちなみに、これは全国の高校野球の試合を見て回っている方が実在していて、その方の影響を強く受けている。その人は、労働をしもっての旅だった。

 あ〜、なんで私のやりたいことはこんなに非現実的なんだろう。がっかりする。でも、そのことを考えるとワクワクする。現実逃避かもしれないけど、ワクワクの時間が多い方がきっと心は健康でいられる。旅人になりたい。職業・旅人。旅をするだけで食べていけたらいいのに、なんて。

 書く。
 これをどうしようか。
 思うことはあるけど、書けない。それが長じて、“書きたくない”になる。かといって、「別に書かなくてもいいじゃぁ〜ん♪」というほど潔くもない。ドツボな私。神様、助けてください。

 そんな話を飲みに行くいきしなともきちに話した。1年という言葉に、彼女は「ともきち、寂しい」と言った。その日、私が偏頭痛をこじらせ猛烈に気分が悪くなり、早々に飲み会はおひらきになってしまった。ごめんね、ともきち。キミを寂しくさせない方法を考えるね。




2005年07月02日(土)
見れるかな?


 会社の人が、「時差ボケで疲れてるやろから」とくれた4連休の3日目。ますますひどくなる一方。今朝5時に寝て、起床は13時。そんな私でも今日は夏の京都大会抽選会の日だということは覚えている。

 速報待ちでひたすらネットサーフィン。すると、「東山ー福知山成美」という情報が!「嘘や!」と思って、別のサイトを見てもやはりそうで…。そこう市長にメール。コントや。仕事は死んだふりしてでも休まないと…。

 結局、それから2時間後にホンマの対戦相手を知った。城南高校だ。勝者が福知山成美と対戦することになる。市長に「はやとちりしてごめんね」メールを送信すると、市長も試合を全然見ていないことは発覚。ま、あっちは事情があったからなんだけど、なんかほっとした。

 まずは、初戦。94年の悪夢を忘れちゃいないぞ。17日は日曜日。雨さえ降らなきゃ見に行けるのだけど…。