初日 最新 目次 MAIL HOME


あるこのつれづれ野球日記
あるこ
MAIL
HOME

2005年05月30日(月)
さわやか


 週の始まりはだるいけど、前の週の後悔とかを洗い流してくれるような気がして、落ち込んだ次の週にはすがすがしさすらあります。

 今日は、在庫の多い店ばかり。キリキリ働きました。時間がかからないようにと、カウントの速い人を選抜したと聞き、「思えば、長く働いてるなあ」としみじみ。それでも、自分の遅さに冷や汗。

 昼は天一で♪プライベートではよく行くけど、仕事ではホント久しぶり。「私は断然こってりですよ」「オレは、あっさりにしようかな」。店へ向かう車の中でみんなで話していると、一人がポツリ「さわやか…」。おそらく話題に寄ってないで、別のことなんだと思うけど、すごくウケた。こってり、あっさり、さわやか…。若い女性を呼び込める新しいオーダー誕生?!4号になるんかな?私がボッサーと考えている間に車の中では、「お湯」に決定していた。お湯か。さわやかっていうより、何もないって感じじゃないかい?



2005年05月26日(木)
すぐ下の後輩


 繁忙期に向けて、新人採用が相次いでいます。そのためか、毎日と言っていいほど新しい人が入ってきます。教えるのはめんどうだけど、淡々とした毎日の刺激にはちょっといい感じ。

 さて。今入ってきている人たちは、私にとっては2期後輩になります。高校野球で言ったら、私が3年生で彼らが1年生って感じでしょうか?中に、どうも向いてないっぽい人が1人います。私はあまり一緒にならないのですが、1期後輩がいつも一緒らしく、彼女から毎日のようにキレメールがきます。「間違いを指摘しても、ヘラヘラしてる」「商品整理をしてくれない」「シャツが出てる」などなど、好きなんちゃうかって思うくらいその人の話題でいっぱい。私はそこまで思わんけどなあ。とにかく。何がきっかけかは知らないけど、もう何をしていていても不愉快でしゃあないのだろう。まあまあ、落ち着いて。

 そう思うのだけど、彼女の心境がわかる私って?
 まさにその通り。今の彼女の心境は、こないだの自分の心境だ。それも、私がそんな感情を抱いていた相手は何を隠そう彼女だったのだ。「私にだけ敬語使わへん」「偉そうな口調」「何でもかんでも人任せにすんな。プリンター持て」等々。ああ、人のことが言えない。相手が何やっててもすべて不愉快にかわるあの現象。きっと彼女も、潜在意識の中では苦しいだろう。

 そう思うと、自分のすぐ上の人もそういう心境だったんだろうな?ああ、怖い怖い。

 高校野球では、なんやかんやするのは、2年生が1年生に対してというのが多いと聞く。組織である以上、それは仕事も同じなんだなと思った。上下関係って、どこもそんなに変わらないのかもしれない。



2005年05月24日(火)
いざ倉敷へ

 
 アマチュア野球ファンにとってはありがたくない火曜日の休みも、プロ野球ファンにとっては、観客が休みにくらべると少なくてゆっくり試合が見れるので、ありがたいものにかわる。

 というわけで、今日は相方カーで倉敷へ。阪神ーオリックス戦を観戦。外野自由席のため、開門前到着を目指し、11時過ぎに出発。3時過ぎについた。待ち時間は、オールスターの投票とカラーの岡山日日新聞を読んで過ごした。オールスター、エントリーされている選手以外を投票する場合も、マークシートになったんだね。ただこれだと1人しか入れられないから、杉山と関本なんて組み合わせを考えた私には悲しかった…。日日新聞は、オールカラーで応援歌の歌詞付きと非常に素敵だった。会場となった倉敷マスカットスタジアムは、YAHOOBBに似た、天然芝の開放的な球場。シートや通路幅が広く、気に入った。売店のメニューの豊富さもときめいた(菓子パン100円均一)。

 ピッチャーはまたまた杉山でテンションがあがったけど、肝心な試合はまるで“ダメダメ”な展開。打てないよぅ。終盤(7回だったか8回だったか)1点差に迫ったけど、9回表に1発が出て、ジ・エンド。あ〜、北川ぁ、帰ってきてー。う〜ん、牧野さぁ〜ん(泣)。

 応援歌(ヒッティングマーチ)も歌わせていただきました。浜中のテーマの最後、♪俺たちを導け〜は、とても高音なのでつらい…。 

 これで今季7連勝中の相方に土がついた。ホンマ、ロードに弱い人や。本人は、「甲子園ちゃうからええねん」って言ってたけど、これがおおいなる“イン○ツ伝説”の始まりかもしれんで。鳥谷のヒッティングマーチを、♪さあキミがイン○ツだ〜などと歌うから…。



2005年05月23日(月)
言葉の神様、ありがとう


 昨日付けの日記ですが、あんなすんなりと文章が書けたのは久しぶりです。確かに印象的なことがあった一日でした。ですが、こう言ってしまってはアレですけど、もっともっと強烈なことがあったにもかかわらず、ただの一行も書けずに終わった日も少なくないんです。ここ1年が特にひどく、
“ああ、私はこのままろくすっぽ物を書くことができないまま、老いぼれて死んでいくんだろうか…”と、かなり不安でした。

 文章を書き進めながら思ったのは、「ああ、ありがたいな」ということ。文章を書く、いや書かせていただけることはすごくありがたいことなんだなと。ここ1,2年ですね。文章って、自分で書いてるんじゃなくて、目には見えないけど神様に近い“誰”かが私の手を使って書いているんじゃなかって思うようになったのは。ま、そこまでいうと、内容が内容だけにちょっと恥ずかしくなるけど(苦笑)。

 今日、なぜ書けたのかはわからないし、明日も書ける保証なんて何一つないけど、とりあえず、今日書けたことで、いつもより胸のつっかえが楽になっていることを、感謝です。



2005年05月22日(日)
東海大会→リニモ

 雨の降る中、相方カーで四日市へ向かった。東海大会決勝を見るためである。半ばあきらめモードだったけけど、球場に着いたら試合が行われていて、そんでもって雨もやんだ。球場の運営は四日市工業の部員がしていた。1月グラウンドにお邪魔したときと変わらない透明さというか親しみを感じることができたのはうれしかった。会場は、霞ヶ浦第一球場。両翼90メートル強、センターは116メートル。地方にあるごくごく普通の球場。球場内のどこにも屋根がなく、スタンドのベンチや通路のアスファルトがべったり濡れていた、外野後方にあるコンビナートの煙突が霧でぼやけていた。

 試合は、4回裏。5−0中京がリードしていたけど、私たちが席に着いたとき、大府の2ランホームランが飛び出した。初めて大府を見たのは、4月末の春季大会。東邦相手に接戦を逆転でものにした。そのときの大府がとても印象的で、相方も私も「またみたいな」と思っていたのだ。今日も期待できそうだ。

 ところが、中盤再び中京が2点追加。7−2と突き放した。よく見ると、中京の選手の下半身(主にお尻と太股)がぷりぃ〜ん。まさに地に足をつけて立っている感じで、やっぱり野球にはパワーがいるなあと思った。大府の攻撃もパタリと元気がなくなった。

 「大府、みんなで最後までがんばろ〜」という応援団の女の子の高い声が響いた9回裏。1点を返したあと、ランナーを2人置いて、またホームランが出た。打球はレフトに消えた。場内がどよめいた。私はあまりの展開にひきつり笑いをした。6−7。1点差。勢いがある。いけるかも。そう思ったけど、横にいた相方は「どうやろ。ピッチャー、気持ちがリセットできるやろ。ランナーおらんようになったから」。結局、そのピッチャーは降板したものの、変わったエースナンバーをつけた投手はしっかり抑え、ゲームセット。スタンドにいる大府保護者からは、「ようやってくれた」という声がきかれた。「やっぱ、大府おもろいわ」と相方が言った。

 今日は、ネット裏のやや一塁寄り、前から5段目くらいに座った。相方との観戦においては、まず座らない場所だ。選手が近かった。ベンチ前でバッテリーが軽くキャッチボールをしているとき、キャッチャーの腕に濡れた土が付いていた。今日は雨だもんな。選手に付いている「土」をこれほどリアルに感じたのはたぶん初めてだと思う。

 尾張旭の天一(お味good。こってりは、終盤でくどくなるくらいでないと)でお昼を食べたあと、相方が「リニモに乗りたい」と言ったので、駅の側に車を止めて、乗ってみた。駅の構内や電車などは、大阪や神戸にあるものレールとそれほど変わらなかったけけど。駅の看板に遣われている色が蛍光色っぽくて、それは新鮮に思った。終点で降りて、トイレしてまた電車に乗り込んだ。「万博いかんとリニモだけ乗って…」と私が言うと、「雰囲気が味わえたからええねん」。彼の中では“万博のためにあるリニモ”ではなく、“リニモからみる万博”のようだ。そういう楽しみ方、私も嫌いじゃない。帰り、運転手の側の席に座れた。相方は、私は話しけていることも、存在そのものもなかったように、電車に夢中。下車後、「R95がなんたら」とか熱く語っていた。残念ながら、私にはよくわからない話だったけど。


<今日のプロ野球チップス>

第1戦 私  古田
    相方 川越 →私の判定勝ち
第2戦 私  北川(元阪神)
    相方 日ハムゴレンジャー →元阪神対決、相方の判定勝ち
通算成績
私  1勝2敗2分
相方 2勝1敗2分け



2005年05月20日(金)
あるこの一週間ダイジェスト

 閑散期、仕事はぬるいはずなのに、年とったのか。GW明けからの私はとても疲れやすくなってしまった。無意識のうちに、「ふう、疲れたあ」という自分が怖い。…そんなわけで、今週もまた日記に手がつけられませんでした。

>月曜日
 部屋でボッサーとしていると、昔自分が書いた小説が出てきて、思わず読み入る。10代の頃は、よく小説を書いていた。恋愛や学園ものが多かったけど、高校野球に出会ってからは、どっぷり高校野球ものばかり書いた。選手本人の主人公にし、恋愛の要素も取り入れて…。ハズさ爆裂(特に恋愛部分)の文章だけど、書いてるときの自分がとても楽しんでいたことを思い出した。あのころ、高校野球はブラウン管の向こうだった。自分の夢を書いていたんだな。今は恋愛も、高校野球も中途半端にリアルになったので、もうこんな夢を書いて楽しむことはできないんだろうなとちょっと思った。
 さて、その小説。何度もリニューアルしている。初めて書いたのは高校2年のとき。プロットに毛が生えたようなストーリー展開で、原稿用紙にして17枚くらい。それから、高校野球を見続けることによって思うこと増えたのか、書き直すたびに枚数が増えた。今あるのは、その何度目かの書き直おしで、原稿用紙にし170枚ある。
 最後には、誰にも読まれることがないのもかかわらず、あとがきなんてのがある。そこに書いてあった。「この物語は、何度書き直して、私とともに成してきました。これから、日常でつらいことがあったら、彼ら(小説の登場人物)に会いにこうようと思っています」。ちょっと寒い文章だけど、「また書き直したいな」と思った。あとがきの日付は1994年。もう10年以上経つ。物語の中の彼らも、もう30代手前。そうだ!彼を指導者として母校帰らせてみよう。だれにも見せないから、ディテールもざっくりでいいや。自分が楽しむこととを最優先にしよう。

>火曜日
 仕事が終わったのが、午前10時半。火曜日の上、今はテストの時期で、試合はおろか、練習も見れないのでありがたくない。とはいえ、もうお金がないので、移動が難しいのだけどね。
 労働時間は短かったとはいえ、高価な商品をあつかう細かい作業で相当神経を遣った。昼ごはん食べたら、zzz。で、目が覚めたらあの衝撃のニュースですよ。ショックというか何というか。あの年の平安は、私の青春の扉を開いてくれたんです。人生って、ホンマにわからない。
 ところが、ふと思ったのが、容疑者が3人いたにもかかわらず、彼だけの名前が明るみに出、あれやこれやと報道されている。華やかな舞台にあがった人が受ける代償なんだろうけど、それって“ニュース”のすることかなと思う。もし、ここに彼がいなければ、普通に容疑者全員の名前が出たはずだし。

>水曜日
 今日は、相方と甲子園で阪神戦。雨が微妙だったけど、何とかもってくれてよかった。途中、相方の会社の元上司がきた。試合中の関係ない話は素敵だけど、会社の話ばっかりで、全然入れなかった…(泣)。
 初めて見る交流戦。ピッチャーは、西武・松坂ー阪神・杉山とこれ以上とない組み合わせ。テンションがあがった。新応援歌もだんだん覚えつつあるので、応援歌が変わる前の楽しみ方ができた。正直なところ、応援歌が変わって、歌詞がわからずにいると、楽しみの6割くらいがなくなるので、テンションがさがっていた。新応援歌は。懐かしくて、ベタな80年代の昭和歌謡曲って感じで、きらいではない。古きを温め、新しきを知るだ。中もで、今岡の歌詞にある“虎になれ〜”とか、今までとはちがってリズムをとるチャンスマーチとか好き。♪いくぞチャンス〜勝負を決めろ〜 また歌いたいなあ。(そうそう、鳥谷の歌詞に♪はばたけよとあるのだけど、うちの相方そのときメガフォンで羽を作り、手を動かし、鳥の真似をしてました。あほです)
 試合は、3−0で勝ちました。途中、松坂が1000奪三振達成。ライトスタンドからもきちんと拍手が送られた。それにしても、いい投手が投げると安定していいですね。今日もヒーローは、杉山と桧山(序盤にHR。見てない…)。お立ち台慣れしていない杉山の、『がんばりました!』がかわいくて、思わず真似して、『がっんまりました!』と言ってしまった。
 今季2連勝。それも気持ちい試合ばかりでれラッキーです・ちなみに相方は7戦負け無し。きしょい。




2005年05月15日(日)
飲みに行く。


 夜、ともきちと飲みに行った。夕方から夜に変わる心地いい時間を歩いて過ごした。行ったのは、私の職場の近くのお好み焼き屋さん。開店前からともきちが目をつけていた。

 私にとって、お好み焼き屋は、食事をするところである。そりゃビールくらいは飲むけど、居酒屋にいるときのようウダウダとはしない。でも、今日、初めて「飲み」に行った。やみつきになりそうなくらい楽しかった。ともきちが指南してくれたのだけど、最初に一品の焼き物などを注文し、締めにお好み焼きを食べる。酒飲みの親がいる家庭ではごはんが最後に出てくると聞いたけど、そんな感じかな。

 そして、瓶ビール。彼女が瓶ビールを飲む様のあまりの「粋」さに、馬鹿の一つ覚えみたいに生を頼んだ自分が恥ずかしかった。ともきちに習って、2杯目からは瓶ビール。何回もつがなければいけないのは手間だし、ツレに「お酌しなあかんのかな。」と気を遣わせれてしまうので、いつでもどこでもというわけにはいかないけど、気心しれている相手となら瓶ビールが楽しい。久しぶりに愉快に酔っぱらった。

 後日談だけど。
 次の日、職場でその話をしたら、女の先輩に「瓶ビールなんてセクシーやん」と言われた。粋な女がここにもいた。



2005年05月14日(土)
三重高校へ行く。


 今日は、4度目の取材で、三重高校へ。朝4時に起きての出発。取り次いでくれた人が、「きれいなスポーツライター」などと言うものですから、ちょっとプレッシャー(笑)。

 着いたのは、午前9時前。練習前の姿を見れたのが、よかったかな。まもなく監督さんがグランドに到着。挨拶をして、話を聞いた。今、腰を痛めておられたため、ノックバットを振れない状態。その分、話ができる時間が多かったので助かった(とはいえ、お大事に、早く治りますように)。

 午前中は練習終わって、昼ご飯。近所の喫茶店風の店に行ったのが、出てきたおかずが嫌いなものオンパレードで泣きそうでした。…食べましたけど。好き嫌いする人間は、大物にはなれません。昼からは紅白戦。午前中気合いが入りすぎたのか、午後からは燃え尽きて灰のようになってました…。睡眠は、きちんととらないといけませんね。



2005年05月13日(金)
呼び名について


 先週の取材分を書き上げなければとがんばったけど、タイムオーバー。またドツボにはまる予感をはらみつつ、明日4校目へ。

 さて。文章を書いていてふと気になったのが、いわゆる高校野球部に所属する人たちをなんて呼ぶかってこと。いろんな呼び名がある。部員、生徒、選手、子(あるいは子供)、球児。大きくわけるとこんな感じかな。

 私はどれをよく使うかな。選手かな?教師ではないので、生徒とは呼ばない。でも、ベンチに入っていない人のことを思うと、全員に使える『部員』のほうがよさそう。あと球児も使うかな?でも、これは観戦記やレポートではなく、エッセイの要素が強いもので使う傾向がある。最近は、「子」もよく使う。「練習中、懸命に声を出している子」とか、「中には自主練をする子もいる」という感じで使う。子と選手の違いは、単純に試合に出てるか否かだと思う。たとえば、チームにエース。試合中のことを書くなら、「制球力がいい○○選手(または投手)は…」と書くが、試合が終わって一歩グラウンドを出ると、「試合が終わったあと、友達と談笑している子がいた」となる。自分でも知らぬ間に、使い分けていた。

 じゃあ、他に人はどう言っているのだろう。それも立場によって違う。保護者から「子(子供)」、一般人「選手」「部員」。指導者の中でも、学校の教師をしている人は「生徒」と呼ぶ人が多い。じゃあ、学校の教師や職員ではない指導者は、それも若い人はどう呼んでいるのだろう。やっぱ、選手かな?…今レポートを書いている学校の監督は、「あいつら」って言ってた(笑)。それは軽蔑や見下すなどの悪い意味ではないのは、口調ですぐわかる。言葉の響きを聞くとき、距離が近いって感じがするから。



2005年05月12日(木)
「いい女になりたい」衝動発作


 いい女になりたんです!野球日記で言うことでもないんですが。自分のスタイルというか粋なものを持った女になりたいんです。人と違ったことをやるのがオリジナルという考えをやめて、人がやっていようがいまいが本当に自分がしたいことをやりたいなと思うんです。数ヶ月に1回くらいに頻度でそういう波が来ます。背後にザッパーンと白いしぶきを散らず波が来ます。日本海の冬の海、みたいな。…それは、「いい女になりたい」衝動発作です。

 私、自分でいうのも何ですが、情緒不安定です(この言葉ってダメだったっけ?自分ことだからいっか)。たとえば、通勤。家を出るときは、「さ、今日はがんばろう。移動中の車の中でネタを書こう」などと意気揚々なのに、電車に乗ると「ああ、ばっかみたい。何もしたくない〜」と無気力になり、会社に着いて職場の人に挨拶すると、陽気につっこんでたりする。なのに、仕事中ふと、「私なんて何やってもダメなんや」と卑屈なり、家に帰ったら、「うちかて、まだ若いんや。可能性はある、明日もある」…となる。疲れる。

 今日は仕事が終わった地点では、ロウ。でも、ふと立ち寄った化粧品屋さんで元気になった。今使っているのものの半額以下。パッケージもシンプルでいい感じ。乗り替えたいなあと思いつつ、眺めてた。結局、持ってなかった目のクマをカバーするクリームだけ購入(うまく使いこなせず、ロウになる可能性が怖い)。それも気分は上々♪

 中身を磨くことも大事だけど、外見を磨くことも大事。今は外見に集中したいかな。幸い、化粧や洗顔に関しては、人と比べて落ち込んだりしない。なるだけ時間をかけよう。楽しく痩せれないかな。朝ごはんには果物とヨーグルトを食べよう。料理覚えたいなあ。みそしるとか、ハムエッグとか、煮物とか。昨秋買ったミルクチョコレート色のジャケット大好き。もっと着よう。

 そうそう、夏の野球はちょっとおしゃれをして、いい女と見よう。内野か外野の傍らでポツンと二人。缶ビールをチビチビ飲みながら、関係ない話をしよう。恋愛話とかいいな。でも、ヒットが出たら、「おっ、すごい」とか言ったりして。

 ただ、うちのいい女、暑いのからきしダメなんだなあ。




2005年05月11日(水)
私は、同じ楽天でも阪神戦が見たい…


 『いってみよう!やってみよう!スピリッツ・あるこ編』、今日は審美科へ(「いい女は、歯も健康じゃないと」byともきち)。診察時間まで、待合室で時間つぶし。ファッションやら化粧やら…いわゆる女性雑誌を読むのはこういうときくらい。モテ顔になるためのメイク術とか、今年ファッションを先取りとかのコーナーがある。そんなおしゃれな雑誌に載っている服なんぞに無縁な私。昔は「はんっ」と心の中で唾を吐いていたけど、最近は別の世界をのぞくような気分で素直に見ている。そうすると、なんか楽しい。

 今日読んだ雑誌の中には、1週間の服装とメイクパターンが掲載されていた。仕事やデートやお出かけなどなど、TPOに合わせた服装やメイクが紹介されていた。その背景に具体性があって、ちっちゃな小説を読んでいるよう。たとえば、仕事編では、「イヤな上司がいて気が重いなあ」とか、「今日は友達とどこそこのイタリアンでディナー」などなど。住む世界ちゃうなあと思ってたら、こんな日が出てきた。

 『やっとゲットした楽天イーグルスのチケットは、なんと巨人戦のプラチナシート!わぉ!遠目からでもぐっきりのブルーと白のラインなら、あの一場選手の目にとまっちゃったりして…(ハート)』

 ひでぶ、です。一場にまつわるあんなことやこんなことは、関係ないんだろうな。モデルの子は、それまでとは違って、原色の服を着、明るく弾けるようなメイク。こういう雑誌なら、絶対サッカーやと思ってたが。で、下にはご丁寧に小文字で実際の楽天巨人戦の日程が書いてあった。

 具体性、もとい具体的なものは楽しいと思う。心にもぐっとしみこんでくる。小説などで、主人公の服装や好きなものが固有名詞で書かれている。自分が書くときでも、やはり焦点を当てる言葉や物の名前はきちんと書きたい。簡単じゃないんだけどね。

 それしても、野球っていろんな場所に顔を出すんだね。



2005年05月10日(火)
素敵な抜け道

 
 仕事休み。平日は野球部の練習遭遇率が高い。というわけで、某高校へ。ところが、受付の人に「中間テスト期間中なので、練習やってません」と言われ、ちーん。

 泣く泣く門を出ると、後ろには門を出ようとしている野球部員たちが。グラウンドの側を通ったとき、「バット持って帰らな」「グラブは?」などと言いながらグラウンドの道具倉庫らしき場所に入って行った。素振りでもするのかな。

 坂の上にある学校で、正直歩くのにはげんなりしていた。ところが、男子生徒が一人、林の中へと入っていく。ん?ここに道あるのか。なんか抜け道のような気がして彼について行った。アスファルトでできた幅の狭い階段が延々と続く。気づいたら生徒を見失っていたが、どうにか民間のある場所に出た。はっと息を飲んだ。懐かしい景色。古い民家、藁葺き屋根、棚田、そしょいて田植えをしているおばあちゃん、おじいちゃん。まるで、遍路道。瞬時にそう思った。思わず、「こんにちは」と声をかけそうになった。目線とあげると、車が行き来する大通り、スーパーなどの高い建物も見える。町中にあった盲点。だけど、この道を通ってよかったと思った。

 駅まで徒歩20分強。着いたら太股はプルプル震えた。下り坂で足に負担がきたようだ。遍路で鍛えたはずなのに…。




2005年05月09日(月)
青春まんなか高校


 8日ぶりの仕事。自分が思っていたよりもしんどかった。休憩時間が欲しい。初めてそう思った。ところが、それよりもっと大仕事がアポ取り。今取材した分が書けていないので、危険要素も含んでいるけど、チャンスとタイミングを逃してはいけないので。

 緊張したけど、初めてのアポ取りに比べたらたいしたことない。でも、「雑誌ですか?」とか、「何の取材ですか?」と言われたときはちょっとおじけづいてしまった。正直、グラウンドがテーマですとはいいづらい。何が言いたいねん、何がしたいねん、私。自分でそう思うんだから、人はなおさらだろうな…。

 今回電話した学校は、わたしにとって「青春どまんなか高校」だ。青春どまんなかは、わたし個人が勝手に使っている言葉。高校野球に一番熱心で自分も高校生だった頃に強かった(甲子園に出てたという意味で)高校のことをいう。前々回お邪魔した四日市工業もその部類。わたしが見に行くのは、そんな学校がほとんど。そこで懐かしさや新たな感慨に浸る。で、青春どまんなか高校のアポを取る際、当時と監督がかわっっていなかったら、嬉し恥ずかしである。あのとき、ブラウン管の向こうにいて、雑誌やテレビでしかその人の人となりをとらえられなかった人と今電話で話している。高校生だった当時のわたしは、まさかそんなことになろうとは考えもしなかった。



2005年05月08日(日)
教えるのはとても難しいという話


 夢の7連休最終日。今日は空振りでした。試合があるであろう場所の選択をことごとく外し、何の収穫もないまま交通費だけで5000円ほど使う始末。これで連休最後だなんて…。

 夜、昔買った山田詠美さんのエッセイを読み返し、改めてハマった。作家になるためのアドバイスではないけど、ヒントを教えてくれている。一文一文に、うんうんと頷きならが読み進めた。何度も読んでいるはずなのに、初めて読んだことのように感じた。

 ただフィクションとノンフィクションの違いってのがある。フィクションは自分の思いをつづればいいけど、ノンフィクションはその対象を書くもの。当たり前と言ったら当たり前なのだけど、実践で、体でしかわからない私は、取材という形をとって、初めてそれを実感し、ちょっと怖がっている。

 事前にテーマを設け、それに基づく答えを相手から引き出すだけではいけない。かといって、何の準備をせずに行っても苦戦する(経験済み)。3回して行っていないので、まだ言い切れないのですが、私の場合、これを聞きたいと思う質問で、答えが返ってきません。一瞬の沈黙があり、空気がザラついて(着眼点が育ってないとともいう)。

 事実だけを淡々と書いても伝わらないし、感想文でもいけない…。今の私のスタンスは後者。だから、自分の欲望のために相手を使っているんじゃないかと言われても、反論はできない。いったいどうすればいいんだ。本当に難しい。結局、書き続けるしかないのだけど。

 そんなことで悶々しているとき、ふと思い出した。学生時代、教育実習に行ったときのことだ。実習生の中に、結局最後まで授業ができない人がいた。担当の先生とおても気まずくなり、「もうお宅の大学からの実習生の受け入れは…」という危機に陥りかけたと聞きた。彼女はお寺の長女で、ゆくゆくは家を継ぐことが決まっていた。

 確かに授業を組み立て、実際教壇に立って進めていくのは難しい。自身の解釈が間違っていて、当日の朝にゼロから作り直しなんていうこともあった。泣きそうだった。それに教壇に立つのは、ものすごく緊張する。決められたことをしなければいけないというのもしんどいし。だから、彼女はその辛さに押しつぶされたんじゃないかと思った。ところが、実習最後の授業はテーマも内容もすべて自分で決めることができた。いわゆる“ソロライブ”。自分を表現することが嫌いではない私にとっては嬉しかった。何の制約もないのだ。私は嬉々として取り組んだが、彼女は相変わらずダメだった。

 彼女は言った。
 「なんで、(授業が)できるの?」
 なんでって、やらなあかんからやん。そう思ったけど、ふさぎこんでいる彼女を追いつめるのはよくない。
 「でも、今度のは自由やん。そら宗教はからめなあかんけど、自分の思っていることや考えていることをやったらいいんちゃう?」
 そう言ったあとの彼女の答えが、重かった。
 「自分はそれでいいわ。でも、私、寺を継がなあかんねん。檀家さんに教えなあかんねん。自分の思っていることや考えていることを言うわけにはいかへんやろ」
 返す言葉がなかった。彼女は私とは違うものを背負っていた。今でこそ、「まだ先の話やん。生徒は檀家さんやない、肩肘はらずにやってみたら?」と言えたかもしれない。けど、彼女の言うことが今になってよく響く。

 できなかった彼女の授業は、代わりに私がした。経験が2倍積めたので、私にとっては悪いことではない。でも、彼女はつらかったと思う。後日、迷惑をかけたお詫びにとごはんをおごってもらった。スパゲティー大盛り、ドリンク、デザートも頼んだ。たんまり食った。彼女の負い目がほんの少しでも減っていたらいいんだけど。

(題名の兇任垢、機淵織ぅ肇襪砲海了はないですが)は、2002年1月23日にあります。いつまでかかってんねん)




2005年05月07日(土)
取材3回目

 
 今日は急遽、同志社国際高校のグラウンドへお邪魔しました。一日とてもいい天気(それゆえに、画像が薄いというか明瞭さに欠けているのですが)。楽しい時間を過ごすことができました。前回の四日市工業同様、主に話を聞くのは監督さん。あとは物の名前など簡単なことを選手に聞いていましたが、今回は4人の女子マネージャーさんに助けられたように思います。取材と言って乗り込んでいるわりには、あまり積極的な行動をとれない私。そんな私を、本人は意識していなかっただろうけど、なごませてくれました。私は若い女の子との接し方がわからないが故にあまり得意ではないのだけど、話しやすかったし、自分たちのことも話してもらました。そういえば、前回は合同練習来てた学校の顧問の女の先生に助けられたっけ?やはり、持つべきものは“同性”…。

 さて。これから“書く”作業が残っています。前回が大変だったので、今回はその二の舞にならなければいいなと思っていますが、どうなることやら(何もメモってないよぅ。どうしよう)。ちなみに、ここの監督さんはマスコミ関係の仕事をしている人で高校野球取材経験もあります。取材や書くことに関してアドバイスしてもらうこともあるので、文章や行間に見え隠れする書き手の裏心理を見抜かれるはず。それが、とてもこわい〜。

 



2005年05月05日(木)
“365日野球はやわかりサイト”欲しいな。


 49都道府県の公式戦を見たい!空いた日には野球を見ないと罪の意識にさいなまされる私にとって、大会日程の把握は大重要!昔に比べると、ネットのおかげで決して少ないとはいえない大会の日程がわかるようになった。でも、不便は不便。あっちのサイト行き、こっちのサイト行き、あの言葉この言葉で検索をかける。これはこれで見つかったときの快感はたまらないのだけど、できればすぐに見つかる“まとめサイト”みたいなのがあればいいなあ。

 そこに行けば、野球試合日程のすべてがわかるみたいなヤツ。カレンダーの日にちをクリックすると、その日にあるすべての試合が表示されている。そして、雨天中止や日程、会場の変更もそのサイトでわかるようにする。プロ野球、社会人、大学、高校、中学、少年野球(リトルとかボーイズとかいろいろ)、クラブチーム、軟式etc。そして、海外版も設け、メジャーを始め、韓国や台湾のプロ野球の日程も表示する。

 考えたら、“そんなん誰がいんねん”っていう妄想色の濃い話だけど、望みくらい持ってたっていいじゃない。



2005年05月04日(水)
いざ福井へ

 
 鈍行電車で2時間強。そこが私をピュアに戻してくれる。ああ、今日も居心地がよかった。
 
 そんな春季福井大会。今日は準々決勝。交通機関の接続の関係で、試合開始40分ほど前に着いた。ネット裏の上段が唯一陽をしのげる場所。いつもなら場所取りに苦戦するのに、今日は悠々とほぼ正面の席を確保することができた。ここはおじいさまファンのたまり場。すっかりじいちゃんまみれになったけど、近くにいたおじいさんと話をした。もう50年以上福井の高校野球を見ている人で、昔は電車で2時間ほど揺られてわざわざ県営球場まで通った(当時は試合会場がそこしかなかった)という。今年から県内の公立高校の学区制がなくなったので、これからは強い学校とそうでない学校の差が広がるかもしれないと教えてくれた。

 第一試合 敦賀気比5ー0足羽→気比の5点はすべて5回に入ったもの。足羽も5回以外は普通に抑えていただけに…。それだけ気比のたたみかける力が強いということか。両校とも、応援で平安高校の曲を使っていた。

 第二試合 福井9−0福井農林(7回コールド)→福井農林がなんとかふんばっていたように見えたけど、5回の3点でとどめをさされたって感じがした。福井の打球はものすごい。何か違うものを打っているようだった。福井農林も5安打で、先頭打者の出塁は7回中4回。連打も1回。突破口は作っていた。福井は14安打。中でも7番の森下くんが、3打数3安打4打点(私の記録上)の大活躍。プログラムを見てみると、野洲中学出身。がんばっ。前チームから注目し始めた福井農林だけど、今年もなんか気になるチームだ。去年のピッチャー、田中くんは今頃どうしてるんだろ。

 そうそう、今日気づいた驚愕の事実。スコアをつけてるのだけど、打ち方の左右を逆に書いてた…。えらい左が多いなって思ってたのよ。右投げのピッチャーが左打ちとか普通何人もいないのに、「最近の高校生は器用やねんなあ」なんて思ってた…。ああ、ダメな大人グランプリにでも出よう。

 



2005年05月03日(火)
いざ奈良へ


 「第一試合絶対見たいから」と言っていた私が、爆裂に寝過ごす。予定より1時間半の遅れで出発。会場は橿原球場。近鉄「橿神宮前」から歩いてすぐ。途中、カナートに寄って昼食の買い出し。レジで紙製のグライダーをもらう。退屈な試合になったら、『遊べ』ということか。

 橿原球場は、奈良県高校野球のメイン球場。ネット裏の座席は、木目調のベンチ。球場しては珍しい。内外野は芝生。ただ今日はネット裏しか開放していなかった。だから応援団は、ネット裏フェンス前で応援。普通なら、「見えへんから、どいてくれへんか」と後ろの客に言われるような場所。一塁側は席があったけど、三塁側はない。だから、三塁側のチームの応援団はずっと立ちっぱなし。そして、スタンドにいる部員たちは制服で、鳴り物はナシで、声と手拍子だけの応援。今日はネット裏屋根の下で観戦。屋根とバックネットの間が微妙にあいているので、時々思わず場所からファウルボールが降ってくることもあった。

 私の“目当て”であったはずの第一試合は、結局7回からしか見れなかった。でも、同点になった瞬間とサヨナラ勝ちの瞬間だけは見れたので。ちょっとおいしいとこどり…だったかな?勝ったのは郡山。私がなんでこの試合を見たかったのかと言えば、昨年末にグラウンド取材をさせていただいた橿原高校の新田監督が、今春から郡山高校に転任したと聞いていたからだ。試合終了後、少し話をさせてもらった。顔を見た瞬間、不思議と懐かしというか、ほっとする感じがした。今は副部長という形でコーチをしている。どんな感じですか?と聞くと、「伝統のある学校なんで、いろいろ勉強させてもらっています」という答えが返ってきた。

 相方の目当ては第三試合。昨日、電話で対戦カードを教えたときに、激しく興味を持ったのが、女大附(正式には奈良女子大学文学部付属中等教育学校)。女子のチームかと一瞬思ったらしく、何度説明しても「そんなんおかしいわ」と引かなかった。女という文字がツボに入ったらしく、ユニフォームが漢字であることを告げると、「女や女や〜」とテンションをあげていた。

 そんな試合。初回女大附が、4本のヒットにエラーが絡んで、いきなり4点を失う。9人攻撃だったが、いつまでも終わらないような印象を受けた。相方は、「やれやれ」とちょっとあきれたような仕草を見せた。このままズルズル行くのかなと思っていたけど、2回以降は別人。6回まで3人で抑えていた。その間に、じわじわと攻め、6回終了地点で3−4。7回に1点捕られたものの、その裏2点を返してついに同点!いいムードだなと思った8回、再び初回の顔が姿を現した。2被安打2失策で2点を追加された。俗にいう“試合の流れ”からしたらこの展開はちょっと意外。ここがとどめだったのか、9回にも1点を追加された。8回以降の王寺工業のピッチャーは、初球からストライクを思い切って投げてきて、それがまた決まった。ぐいぐい押してるのが、素人目でもわかった。ああ、気持ちよく投げれてるんだろうな。そう思った。

 帰り、生駒のサークルKでプロ野球チップス第二戦。私が入れた折り目が甘かったため、どっちがどっちのかわからなくなり、「ちゃんと折っとかなあかん」と“なんで?”と思うくらいチクチク言われた。結局引き分けだったからよかたものの、どっちかに大物が入ってたらk、マジでケンカになってたで。気をつけよう。そうそう、今年は広島のボールボーイをしている犬のカードが入っているらしい。今年の優勝はソレに決まり。当たるかな?
追記
素朴な疑問。今回観戦した橿原球場。カウンタ表示盤のストライクのランプが3つあった。???。相方に聞いたら、「メジャーでは、ボールが先やんん。そのためとちゃう?」「ほな、横のSとBはどないすんの」「あれは、スコアの得点と一緒で入れ替えることができねん」「てゆうか、橿原に来るん?メジャー」「来るんちゃう?」…なんか適当にあしらわれているような気がする…
 

 ずっとやらなかったのですが、自分にプレッシャーと覚悟をかけるため。やります。〈今後の更新予定〉

1/10 成人式と私
1/11 年子の二人姉妹
1/13 レターオープナーと捕球
1/16 取材2回目
1/18 どうも身内の言うことは聞けなくて…
1/28 バイトとおばあちゃんと私
1/30 初代からのメール
2/5  野球ファンとしての運
2/6  野球ファンとしての欲
2/14 バレンタインデーと野球と私
2/15 まっすぐということ
3/1  ありがとう
3/2  水谷先生
3/3  MK
3/5  虎キティー
3/23 選抜前夜?遍路前夜?
3/30 お遍路ちょっと寄り道 徳島大会編
4/1  お遍路ちょっと寄り道 香川大会編
4/2  女なんてという意識
4/8  巨人ファンに、「君とは仲良くなれない」と言われた
4/10 京滋リーグ
4/11 欽ちゃん球団
4/12 ケツ
4/13 ストレス解消
4/19 哲学だなと思ったこと
4/22 野球と体調と私
4/24 いざ愛知へ
4/26 不祥事の重み
4/27 感謝の心
4/28 赤星ラーメン
4/29 いざ三重へ
4/30 いざ富山へ

…できんの?ホンマに…



2005年05月02日(月)
苦しかった3.5ヶ月…。


 こんばんは、あるこです。今年に入ってからは日記の滞りがひどいですね。申し訳ありません。苦しかったんですよ…。今日、もう一つのHP記事をようやく書き上げることができました。1月に取材という形でお邪魔したときのものです。にも、かかわらずこんなに時間がかかるなんて…。なんかね、物の名前がわからないことに改めて気づいて、そこからが坂を転げ落ちるように、スランプ状態になったんですよ。それが日記にも及び、しまいには、メールの返事ですらしんどくなって…。書けなくて、書けなくて。相手のご厚意答えられていないことに対する申し訳ない気持ちや何もできていないことかくる焦りとかで、自分の甘さとは思い知った。明けない夜なんてねえ、と思ってた。で、「もし、これを書いたらもうやめよう。これは関わってくれている人がいるから、書かないと良心が痛む。でも、これを書いたら文章を書くのは終わり。もう一ミクロンの言葉も出てこない」、そう思っていた。取材の恐ろしさを知った。人を絡めているということは、信頼関係の始まりであり、今までみたいに、「更新できたらしよ〜」っていうわけにはいかないんですねえ。幸い、紹介してくださった人と監督さんの間には何のトラブルもなかったようででよかったのですが…。

 きっと今日書けたのが奇蹟で、次はどうなるかわからないなあという不安も正直ありますが、たぶんやるでしょう。

新グランドレポートはこちら→http://arukoaruko.hp.infoseek.co.jp



2005年05月01日(日)
ともきちと飲む


 久しぶりにともきちと会った。4月はずっと妄想にふけっていたという彼女とまずはスタバでトーク。年とともにどんどん子供になっていく、我慢することをしない。ほしいものは手に入れないと気が済まない。50分×6限も席に座ってるなんて快挙、今はとても無理だ。そんなことをうだうだ。ところが、妄想まみれの今日の彼女はなにか違った。「今年はいいことがあるよ。恋愛できる気がする」とえらく言い張っていた。私とともきちは星回りがだいたい一緒なので、期待していいかな。

 行きつけの飲み屋へ行き、カラオケでは90年代後半の曲ばかり歌って楽しくすごした。そんなときふと思った。今の私、野球抜きでつきあえるのは、ともきちだけかもしらんって。それはとても怖いことのように思えた。夢中で走って走って…気づいたらどこにいるのかわからない、みたいな。