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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2004年03月31日(水)
こんにちは@宮崎

昨日はホテルに戻ってから、即爆睡でした。天気の悪い中(ザザ雨)、日田へ行き、日田高校グランドと藤蔭高校の記念碑を見てきました。帰り、由布院駅で足湯を楽しみ、夕方に大分市内に戻ってきました。夜は上野丘高校吹奏楽部の定期演奏会へ。今日はいい天気。佐伯鶴城高校と延岡工業高校のグランドを見てきました。これから一気に鹿児島までぶっ飛ばしたいと思います。では、また明日。


2004年03月29日(月)
こんばんは@福岡

あるこです。今日から九州を徘徊します。初日の今日は福岡に行ってきました。伝習館高校と柳川高校のグランドを見てきました。柳川市内はひな祭りムード満開で道中も景色を楽しんで歩くことができました。町もグランドも抜群のロケーションでした。九州はすっかり春で、タートルなんて着てたから、あせもができてしまいました…。明日は大分です。それでは、おやすみなさい。


2004年03月28日(日)
東海大山形のこと。


 おバカな話ですが、今日お泊まり先のツレん家でテレビを見るまで、東海大山形がセンバツに出ることを知りませんでした。

 実は、ちょうど一週間前にここの練習試合を見る機会がありました。そのときは、「山形から関西遠征に来てはるんやあ」などと思っていたのですが、致命的ですね。一緒に見ていた相方くんと「すごいカーブやなあ」「打球が違うで。打球が」と唸っていました。対戦相手校は、弱くもなく強くもない普通の公立高校です。序盤は相手校バッターはバットにボールを当てるのが精一杯て感じだったのですが、終わってみたら2点差(多分)。攻守ともミスから相手にチャンスを与えていたという印象がありました。でも、今日の試合ではそんなところはみじんも感じなかったです。

 印象に残っていたのは、牽制でタッチアウトになった選手がそのあと、ベンチ前で指導者に見守られながら、帰塁(こんな言葉あるのかしらん)の練習をしていたことです。今した失敗は今練習する。大事なことかもしれませんね。あと、試合に出ていない選手が、グランド横の駐車場でグローブなしでゴロの捕球練習(素捕球?)をしていました。それは、幼い子供が一人壁当てをするのに似ていましたが、動きに鋭さがあり、やっぱり子供じゃないんだなと思いました。でも、大人だとも思わないんだけど。高校生って微妙だ。だからこそたくさんの人を虜にするのかもしれませんね。



2004年03月27日(土)
セーフティーバントのこと


 ゾクゾクしました、久しぶりに。センバツの八幡商業ー常葉菊川戦ですよ。9回裏ツーアウトからのセーフティーバント。まさか、あそこで!「あの1球で勝負が決まった」なんて評論家ぶってみたくなるってものです。私個人は、セーフティーバント、好きです。バットにポンとボールを当て、タカタカ走っていく選手はいたずらっ子みたいでかわいく見えます。どんなに図体のデカイ子でもそうです。でも、今日のあのバントはかわいらしさではなく、ワイルドでしたねえ。男の子ではなく、男性なんだなと思ってしまいました。試合後のインタビューで監督からのサインだと知りましたが、それでもあの大舞台の緊迫した場面で仕掛けるだけでもすごいのに、成功させるなんて、ベタですが、「やっぱり甲子園に出るチームはちゃうわ」って口にしてしまいます。

 もう一つ印象に残っているセーフティーバントはあります。今日セーフティーバントが鮮やかで切れ味の鋭いものであるなら、こちらは底にこびりついて離れないねっとりしたものです。あれは数年前、夏の滋賀大会決勝。負けていた高校が最終回2死ランナー無しからセーフティーバントを試みました。打球は正直すぎて、バッターはあっさりアウトになり、相手の甲子園行きが決まりました。なんか尻切れトンボのようなゲームセット。今以上に野球を知らなかった私は、彼がなぜセーフティーバントをしたか理解に苦しみました。最後の夏の最後の打席なんだから、思いっきり振ればよかったのに。でも、最後の打席だなんて誰が決めた?試合が終わるまで最後なのかそうでないのかわかりはしない。それと同じで、彼に悔いがあったのか、なかったのかもわからない。せめて表情だけでも見ておくんだった…。何年たっても、ふとそんなことを考えこんでしまいます。



2004年03月26日(金)
グランドニュース2つ


 毎日、新聞にきちんと目を通す地元の方ならすでにご存じだと思いますが。

 1つ。塔南高校の専用グランドが、側の撤去自転車保管所のある場所に施工されることが決まったとか。今は学校側の公園を使っているのだが、新しいグランドになれば、もっといい環境で練習ができるはず。例年なかなか上位進出はなかわないけど、力のあるチームだと思うので、これからの躍進に期待。ただ、行ったことのある現グランドの日記と画像をあげていないのが心残り。なかなか味のあるグランドなのだが、当時はまだグランド日記を書くという頭がなかったので、記憶が薄れている部分もあり、うまく文章にならないまま今に至っている。ここはたまに公式戦の試合会場になるので、いつか行く機会があるだろうと思っていたのだが、最後に足を運んでもう3年ほど経つ。

 2つ。同志社が小学校設立のための校舎を同志社大学野球場か高校の北グランドに作ることが濃厚となった。北グランドは野球部が活動している場所だ。あるこ杯ロケーション大好き上位入賞校なのだが、当時はまだデジカメを持っていなかったのと、天気がよくなかったので、きれいに撮れなかったのだ。同志社も少しづつ試合で結果を残しているのに、グランド環境が変わるのはなんかもったいないなあという気がする。
 



2004年03月25日(木)
横断幕や垂れ幕のこと


 天気が荒れなければ、今日の第二試合に登場する社高校(相方くんが唯一見たいと言ってた試合)。先日、その社高校付近を車で走っていると、横断幕や垂れ幕のすごいこと。町中至る場所に、『祝社高校甲子園出場』。ま、ここまでは普通だ。ところが、地元中学野球部や少年野球チームの名前で、OBである選手個人名が書かれたものもよく見かけた。それは、社だけではなく、近くの西脇市にもあった。当日は西脇市内の高校で練習試合を見たのだが、相手校の選手を見ながら、「自分たちの同級生が甲子園へ行くってどういう心境なんだろうなあ」と思った。

 京都からは立命館宇治が出た。京都市と宇治市の境が微妙な六地蔵界隈でも、横断幕の存在で、そのラインがくっきりしていた。岡山城東高校は、最寄り駅の東岡山に横断幕ではなく、横断看板(?)がかかっていた。その上車内アナウンスでは、「地元の岡山城東高校の応援しに、この機会に甲子園に出かけてみてはいかがでしょうか?」ときた。

 この横断幕や垂れ幕といったもの、さも当たり前のように思っていたが、お金がかかるようだ。相方くんが高校時代アメフトをやっていたことはどこかで書いたが、そのアメフト部が全国大会の出ることになった。野球に比べたら参加校ははるかに少ないのだが、それでも全国へ行くことはすごいことである。せっかくだから、市役所に垂れ幕でもと思ったのだが、いかんせんお金がなく、断念したらしい。もしも野球ならどうだったかな?ちょっと考えさせられた。



2004年03月24日(水)
私には縁がない…Part2


 春高バレーに京都橘高校という学校が出ている。と言っても、今日負けてしまったようだが。実は、ここ、姉の母校だ。姉が通っていた当時は京都橘女子という名前で、女子校だった。当時からバレーは強かったが、成安女子(ここも今は校名が変わって共学)の壁が厚く、姉が在学中には全国へコマを進めることはなかった。が、数年前、ようやく初めての全国切符をつかんだ。姉がバレーボールをやっていたわけではないが、学校から“寄付金のお願い”書類が送られていた。お金を払ったかどうかは不明だけど、私は「ああ、これがかの有名なヤツか…」と書類をしげしがと眺めていた。

 そういや、2年前東山が甲子園に出たとき、野球部のOBが、「学園と野球部の両方から寄付金のお願いが来ました。お金ないっていうのに大変ですわ」と言っていた。嬉しい悲鳴やら何とやら。昨日から始まっているセンバツ大会。出場校でも当然そういうやりとりはあっただろうと思う。うちの母校、スポーツはちっともさかんではないので、そういう寄付金には縁がない。友人の結婚式のご祝儀すらろくに用意できない低所得フリーターの身なので、とてもそんな余裕ないからいいのだけど(苦笑)。



2004年03月23日(火)
「おかしい」という概念について


 今日、センバツ大会が開幕した。そういや、私は11年前の開幕日を甲子園で過ごしている。その年は、大会歌が現在の『今ありて』に変わった年で、行進曲もこれだった。外野で開会式を見ていると、知らないおっちゃんに、「姉ちゃん、これ歌って、これ!」と言って手にしていた新大会歌の歌詞カードをちらつかせてきた。今だったら笑って(頭に嘲がつく笑い)歌ってあげるのだけど、当時はまだウブだったし、歌自体もわからなかったので、曖昧に笑ってその場をごまかした。こんな感じで、野球ファンには凡人の頭では理解できないおかしな人が少なくない。どこの球場(もしくはグランド)にも、誰かしらそんな人がいる。西京極球場にもなぜか新聞をあさっている兄ちゃんがいる。それだけ野球ファン層が厚いということでもあるのだけど。

 往々にして、おかしな人にはおっちゃんが多いのだけど、大学野球の大会を見に神宮球場へ行ったとき、前にいた女子大生らしき4人組の女の子がスコアをつけていた。それも、4人が4人ともである。カルチャーショックだった。あの光景はおかしいと思った。今となっては、それは一重に私の見聞の狭さに過ぎないと思う。でも、当時はまだそういう物の考え方が出来なかったので、「スコアをつけるだけの人生でいいのか」、その後ろでスコアをつけてながら自省した。

 要はするに、この世にはおかしい人が存在しているだけではなく、それを見た人の中に“おかしいと思う心”があるにすぎないのだ。



2004年03月22日(月)
逃げの集大成


 今日、仕事場で車のバッテリーがあがり、JAFを呼ぶという事態が発生した。それは、私と新人の男の子が車で待機しているときに、キーを差し込んだまま、エンジンを掛けずにいたからだ。いつもは穏やかなリーダーさんも、今日ばかりは、「“すみません”ですまないこともあるんですよ」と言って私たちの退路を塞いだ。幸い、5分ほどでJAFの人がやってきて、無事帰宅することができたのだけど、リーダーさんにいらんお金を使わせてしまい申し訳ないことをした。

 厳密に言えば、キーを差し込んだのは新人の男の子だから、直接的には私の責任ではない。でも、私はどこかで逃げていた。もともと機械音痴で、免許を持っているにもかかわらず、エンジンのかけ方すら知らない。だから、キーを持つことから逃げていた。ことの成り行きで、新人さんがキーを手にしたとき、正直「助かった!」と思った。確かに車の中の様子はおかしかった。車内のライトが全部ついてたし、エンジンをかけていないのに何故かラジオがついてたし。でも、そんなこともあるやろとやりすごしていた。
 
 今日の事態は、私が逃げることなく、エンジンのかけ方を教えてもらったり、おかしいと思ったときに「おかしい」と口に出来ていれば起らなかったはず。へこみはしなかった。ただ、これではダメなんだなと思った。でも、ことが解決した今、エンジンのかけ方を人に訊くかどうか正直自信はない。私はまたやりすごしてしまうのだろうか…




2004年03月21日(日)
どんぐり


 相方くんと教育リーグの阪神ー巨人戦(巨人主催なので、厳密には巨人ー阪神戦)を見ようと、皇子山球場へ足を運んだ。最寄り駅の西大津駅は今まで見たことないほど人であふれかえっていた。球場に着いてから、チケットが必要なことを知った。ファームのオープン戦なんだから、タダで入れると思っていた。確か、前に鳴尾浜へ行ったときはタダだった記憶が…。仕方ない。泣く泣く撤収。

 ご機嫌ナナメの相方くんを連れ、湖西線に揺られて、堅田駅に降りた。この近くに前から行きたいグランドがあったのだ。161号線沿いにあるそのグランドでは、練習試合が始まろうとしていた。私たちは昼ご飯を食べた後、そのグランドへ戻った。ネット裏にはすでに大勢のギャラリーがいたので、外野側から見ることにした。フェンスの下部には緑の半透明のシートが張られているため、ブロックの上に立っての観戦。遠目だけど、相方くんは、「このピッチャーのカーブ、落差がすごいで」と感心していた。

 ところが、試合は膠着状態。ふと地面と見ると。どんぐりが落ちていた。へえ、どんぐりか。周りに植えてある木々を見ながら、「どれがどんぐりの木なんやろ〜」と思っていると、腕に何かが当たった。地面には私が見ていたのとは別のどんぐりが落ちていた。相方くんの仕業である。すっかりご機嫌さんだった。よく見ると、どんぐりはあちこちに落ちていた。だから、どんぐりで遊ぶことにした。キャッチどんぐり、どんぐり合戦、どんぐり特守、どんぐり打ち…。

 気付くと、試合は終盤。「ああ、野球って楽しいなあ」と相方くん。散々どんぐりで遊んでたくせに、何を言うか。



2004年03月20日(土)
“ありえないッスよ…”


 外野にフェンスのないグランド。ベンチに座って観戦していると、左中間の打球が飛んできた。大きな当たりだ。勢いがあまりにリアルで身動きが取れない。そんな私におかまいなく、ボールはワンバウンドし、私が座っていたベンチよりもう一つ後ろのベンチの下まで転がっていった。センターとライトが打球を追って、すぐ側までやってきた。打球を処理したのはセンター。送球するときの息づかいと、シューというボールの音が聞こえた。

 試合は、1点リードで迎えた9回表だった。すでにランナーが三塁にいたので、センターが送球した地点で同点に追いつかれていた。カバーに入っていたライトは、ベンチとグランドの間にある芝生の生えた斜面の中腹に立っていて、センターはすでにグランドの砂の上に降りていた。2人とも試合展開の変わったダイアモンドを見つめていた。バッターランナーは三塁ベースに到達していた。

 そのあと2人はお互いを見た。ライトはこのイニングの頭から変わった下級生。「ありえないッスよ…」、ぼそっと呟いた。それを聞いたセンターの上級生は、小さく笑った、ような気がした。



2004年03月19日(金)
私には縁がない…


 ともきちは、元高校球児や野球部のコーチと知り合ったり、その元高校球児のツレが競輪選手と売れないお笑い芸人だったりする。姉もこないだ、元高校球児とアマチュアで漫才をしている人と知り合った。元高校球児の方は、広島の三次(みよし。みつぎを読んで姉にバカにされた)出身で、カープの入団テストも受けたらしい。でもって、高校の後輩には亜細亜大学から広島に行った永川がいる(姉曰く“150舛鯏蠅欧覬覆覆鵑燭蕕辰討い人”)。彼曰く、「お前、こうしたらプロへ行けるでって言ったら、ホンマにプロに入った…」。永川が先輩の言葉を真に受けたかどうかは不明である。アマチュア漫才の彼は、吉本のオーディションで1次を通過したという。実際、トークもおもしろかったそうだ。ともきちからも姉もからも、「あんたとやったらすごく盛り上がりそうやのになあ」と言われる。

 ああ、“あなたを殺して私も死ぬ”(=歪んだ愛情)ってくらい野球を愛してるのに、お笑いも好きなのに、何で私には縁がないのだ。そうだ、2人の縁はコンパがもたらしたものだ。とりあえずコンパに行くところからはじめようか。



2004年03月18日(木)
ある日、正座の少年。


 大量点を取られたピッチャーは、自チームのダグアウトに戻るとその場で正座した。決まり切った儀式のような、前からここでこうすることを知っていたような感じだった。それほど自然でスムーズな動作だった。

 すぐ正面には指導者が座っていて、彼に話をしているようだが、その声が聞こえなかった。それは、試合展開からして、指導者は真っ赤な顔をして怒鳴っていて、正座の選手は縮こまりそうになりながらも、「はいっ」と返事するといった光景が展開されるのかと思っていた私を見事に裏切った。

 ほどなく、他の選手の彼を囲むようにした集まったが、正座をしていなかった。相手チームの守備交代を告げにダグアウトにやってきた主審は、当惑の表情を浮かべていた。そして、すぐまた彼一人が取り残された。彼は、微動だにせず、まっすぐ指導者を見ていた。でも、そこに硬さや威圧されているといった様子はなかった。返事を求められていないからか、彼の口から「はいっ」と言う声は聞かれず、それでもその表情で真剣に話を聞いているのがわかった。

 私はそんな彼の姿をじっと見ていた。大量点を取られ、正座をし、指導者の話を神妙に聞いている。普段は、見てはいけないものを見てしまったと目線をそらしてしまうのだけど、今回はそこに悲壮感を見つけることはできなかった。

 彼は素直な子なのかもしれない。そう思って見ていたが、長い話が終わって、指導者の元を去る彼の仕草は、それまでと比べて雑な感じがした。彼は次の回も登板した。失点は前の半分以下の4点に減ったが、結果は大量20点を取られ、練習試合としては異例の5回コールドゲームとなった。



2004年03月17日(水)
セブンティーンレポーター


 珍しくネットいじりをしていた姉から、藤原紀香の高校時代の画像を見せてもらった(そういう芸能人のお宝画像を集めたサイトがあるみたい)。面影はあるものの、まだあか抜けていない感じがした。ま、それはそんなに重要ではない。問題は、彼女の持っていたマイク。「球春」と書いてあった。これ、セブンティーンレポーターのようだ。後ろにいる高校は仙台育英だ。画像はぼんやりしているけど間違いないっ。ここに紀香かぁ〜。やっぱり違う人は、昔から違うんだね。

 さて。
 セブンティーンレポーターは、「球春センバツ甲子園」というセンバツ大会のハイライト番組で各校の応援レポートをする女子高生のこと。公募で選ばれる。この存在を初めて知ったのは、高校1年のとき。さっそく次の年の春にともきちと2人で応募しようと毎日放送に問い合わせたところ、「もう応募は締め切りました」。が〜ん。今みたいにネットで簡単に情報が手に入ったらこんなことには…。で、翌年再び挑戦。わずかな休み時間に駆け足で正門前の電話ボックスへ。すると、「今年はやりません」。ぬわにぃ〜〜〜。最後のチャンスやのに〜。私とともきちに怒りと悔しさと悲しさが一気に襲ってきた。ともきちは、「来年から、もう二度と(セブンティーンレポーターを)やらないでください!」と言ってガチャンと電話を切った。教室へ向かう道すがらは、毎日放送の悪口大会。当時の私のスケジュール帳には、太ペンで『毎日放送のアホ〜!!』と書いてある。

 以来、球春センバツ甲子園は見ていない。今となっては存在すらあるのかどうか…。でも、その名前を思い出すたび、電話ボックスの前で怒りに震えたあの日の苦さを思い出す。ま、今にして思えば、当たり前だけど、応募したからって受かってたとは限らない。もしかしたら、受けて落ちたときの方が辛かったんじゃないだろうか。あと、すっかり忘れてたけど、うちの学校、テレビ出演「×」だったんだな。


☆伝言板☆

 本日、メールをいただいたTさん、返信をしたのですが、宛先不明で届きませんでした。何か事情があってのことかもしれませんので、この場を借りて、「ありがとうございました」。おっしゃる通り、無理せず自然にやっていこうと思います。



2004年03月16日(火)
ジジイ


 ちょっと野球に力を入れている高校なら、たいていいるOB。全員が全員ではないけど、“ジジイ”と呼ばずにはいられないタイプが少なからずいる。ネット裏最前列というベストポジションに陣取り、会話の大半が文句か自慢話。ときどき、フェンスの向こうにいる選手にむかって、ああやこうやと指示を出したりする。私個人、あまりいい印象はないのだが、こんな出来事があった。

 その日は、下級生を中心とした準レギュラーチームの練習試合が行われた。平日夕方からのシングル。ギャラリーもいつも以上に少ない。仕事でたまたま近くにいた父兄さん2人と私とジジイ軍団2人。“なんで、ここまで来るの?レギュラーチームの選手にすらいっつも文句ばっかり言ってるのに、ストレスたまるだけちゃうの?”と向こうのベンチに腰掛けていたジジイたちに心の中で毒気ついた。

 試合はすっちゃかめっちゃかだった。大量リードしたはずが、最終回にピッチャーが打ち込まれ、その上、雨が降ってきた。父兄さんはとうに姿を消していて、ジジイ軍団の一人も帰った。ギャラリー席には私とジジイ1人の2人が残っていた。こんなグダグダな試合、他に話す相手がいないからだろうけど、大人しく見ているジジイに、私は“やるやんけ”という不思議な感情を抱いていた。雨粒でスコアシートが濡れていて、どんどん記録が録りづらくなる。それでも、ジジイに負けてられないと最後までゲームを見届けた。

 試合後、雨が止んだ。
 ジジイは静かにグランドに背を向けた。その後ろ姿を見て、“なんやかんや言って、この人も野球が好きなんだな。母校のこと、愛していて、心配してるんだな”そう思うと、今まで抱いていたジジイ拒絶の感情が雪解けするような気がした。

 ところが、である。
 グランド側にある川沿いを歩いていたジジイは、おもむろにズボンのチャックの下ろし、男性のシンボルを惜しげもなく放りだし、放尿した。川に向かって掛けられた黄ばんだアーチを見てしまった。うげっ。やっぱり、ジジイや。一瞬予感した雪解けは幻の産物となった。でも、それでいい。



2004年03月15日(月)
好きな風景


 もうすぐセンバツ高校野球。車がそれほど通らない住宅街。ようやく暖かくなり日差しが柔らかい。そんな中、幼い兄弟、そうだな、小学生くらいの子供が、決して広いとは言えない路地でキャッチボールしている。お兄ちゃんのグローブは黒くて、弟のは青。ボールは野球のそれではなく、何故か黄色いテニスボール。その子たちはすぐ前の家に住んでいて、その家からセンバツ大会の実況中継が聞こえてくる。きっと居間でお休みのお父さんがテレビの前で寝転がりながら見ているのだろう。お母さんは奥の台所でお皿を洗っているのだけど、キリがついたのか、エプロンの裾で濡れた手を拭きながら居間になってきて、テレビの画面を見る。「高校生はいいわねえ」なんてふんわりした口調で言う。お父さんはそれに答えることはない。そう、元々誰かにむかって話した言葉ではないのだ。私はそんな風景が好き。




2004年03月14日(日)
春の18きっぷの旅・第二弾〜岡山編〜


 岡山へ行ってきた。茶屋町(大阪ではありません。>相方くんへ)から黄色い電車の宇野線に乗って、八浜という無人駅で下車。今日の目的地は、玉野光南高校。駅から学校までは3舛曚匹△襦1愾阿砲論古明賤僂涼麥愍譴あり、道中、自転車に乗った生徒に何回か追い越された。水量の少ない川沿いを歩いた。近くの小学校では少年野球の試合。川では見たことのない鳥が、魚を丸飲みしていた。と言っても、これを見たのは同行者の相方くん。まだ冬が明け切っていないためか、まわりの景色は色あせた写真のようだった。

 グランドへ行ったら、部員が引き上げてきた。終わったのか休憩かわからなかったので、父兄さんに訊いてみると、昼から練習試合があるという。私たちもお昼を食べてから観戦することにした。ところが、ご飯を買う場所が遠い。コンビニなんてない。行きしな見かけたスーパーまでは2措紂ここでカルチャーショック発生。何げなく手に取ったインスタントのみそ汁が恐ろしかった。去年の日付や、賞味期限が…。片田舎で何でも屋を装っているスーパーには、賞味期限の切れた食べ物が平気で置いてある。気をつけろっ。即、手にしていた商品の賞味期限を確認。したはずが、ペットボトルの茶でやられた。気付いたのが相方君。「うげっ、これも賞味期限切れや」。え、私、もう飲んだよ。えらい黒いなあって思ったけど。学校近くの自販機で飲み物買い直し。こんなんやったら、側のパン屋“ゲゲの木”にしておきべきだったか(でも、高校生が「うぃーっす」という雄叫びをあげながら入っていくんだもん。怖かった)。

 さて。グランド。
 スコアボードやグランド周りに張られたネットを支える柱、観戦スタンドがブルー。野球グランドには、緑や濃い青色が基調というイメージがあるため、ちょっと新鮮な光景。ネット裏に行くには、三塁側ベンチの後ろを通る。ボードには練習試合の予定が書き込まれていた。ベンチの中にいる選手と目があうほど距離が近い。レフト後方には室内練習場があり、試合に出ていない選手が練習していたのか、終始、カキーンカキーンという金属音が聞こえていた。スタンドには多くの父兄さんが座っていた。地元の伝統校との試合だったこともあり、ギャラリーは多かったみたい。そのネット裏スタンドの後方にはこれまた試合に出ていない部員がグローブを持って立っており、ファウルボールに対応していた。ボールが観客の側にきそうなときには、「ピピー」と笛が鳴った。球場で行われる公式戦では定着しつつある光景だが、練習試合で見たのは初めて。また、ファウルボールを懸命にキャッチしようとしている選手のいた。結局取れなかったのだけど、そのときの照れたような笑顔がよかった。

 何をするんだろうと思う物に出会うことってよくあるのだけど、ここでもあった。ネット裏の観客とファウルボール係の選手たちの間にあった砂場。と言っても子供が遊ぶような形のものではなく、幅1メートル強、長さ30〜50メートルくらいのトラック1コース分くらいの大きさ。私は足腰強化のためのダッシュコースだと思ったのだけど、ヤツはどう考えてるのだろう?相方くんに訊いてみた(選手に訊いた方が早いよ)。.棔璽襪拡散防止▲優海離肇ぅ譟アホな、こんなデカいネコのトイレあってたまるか。部員全員、ネコかいっ。



2004年03月13日(土)
イタイ子ちゃん


 イタイヤツっているじゃないですか?空気を読めずにしょうもないこと言うヤツ。悲しいことに私のその気があるみたい。今のところは喉で手前で引っかかっていて、口には出てないけど、油断したらポロッ出てきそうで怖い。

 たとえば、甲子園でヤクルト戦を見に行って、「稲葉」なんていうアナウンスを聞いたら、百発百中で、「百人乗っても大丈夫!」と言ってる。あと、東山に飛雄馬くんという名前の選手がいるのだけど、彼が試合に出ていると、ベンチから「行け、飛雄馬!」なんていう声援が飛ぶ。そしたら、私の心の中は必ず、♪どんとゆ〜け〜。

 もういや。死んでくれ、自分。



2004年03月12日(金)
相方くんのチケット獲得ファイト〜巨人戦編〜


 昨日の夜、相方くんからご丁寧に電話がかかってきた。巨人戦チケットの獲得報告をしてくれた。巨人戦だけは他と違い、一ヶ月単位で発売されるため、今回は4月分。相方くんも随分慣れたもので、会社の電話2回線と自分の携帯をフル回転させ、受付開始から2分で電話をつなげることができた。ところが、何故かカチャと切れてしまい、次につながったのは15分後。その地点では、すでに「ライトスタンドは売り切れました」。シクシク。仕方なく一塁アルプスへ。あとで訊いたら、ライトスタンドが売り切れたのは、受付開始から15分後だったらしい。超ニアミスだったわけだ。っていうか、2分後につながった電話が意味不明な切れ方さえしなかったら…。そんなわけで、来月も、そのまた来月も、がんばってください。ライトチケットゲットのその日まで、当日記はきちんと追いかけます(♪どうでもいいですよ)。

☆オープン戦も始まり、高校野球も対外試合解禁。すでに「今シーズンの初観戦はすませたよ〜」という方もいらっしゃるでしょう。私はまだです。この調子だと、21日、皇子山球場での教育リーグ「阪神ー巨人」戦になる見込みです。



2004年03月11日(木)
実は私もやってるのですが…


 今日は、母の誕生日です。「いくつになったん?」と訊くと、「ゴーゴー。松井くんと一緒やねん」。何の発作やと思いましたが、すぐ背番号のことだとわかりました。しかし、そう返してくるとは、さすが野球好き娘の母や(笑)。

 そうそう、今日コンビニで某高校野球部のグランドコートを着ている作業員のアンちゃんを見かけました。元高校球児ですな。ペンキでかなり汚れていたので、パッと見ただけではわからなかったのですが。大学やクラブチームの選手でも、高校時代のシャツやカバンを愛用している人を見かけます。普段何とも思わず見ているそれら野球部グッズ。お金かかってるんでしょうね。学校出てからも使わないともったいない。息子のジャージをおかんがはいてるなんていうことをよく聞きますが、学校で買うグッズは、丈夫で長持ちするみたいですね。どうでもいいけど、東山のジャージはかっこいいです。誰かください(嘘)。

 そんな私も最近、高校時代着ていた学校指定の得も言われぬ青色のセーターを仕事着として着ています。うちの作業着は半袖シャツの上にジャンバーなので、真冬は寒いんです。だから、セーターは重宝しています。なんで今頃?実は母が、高校卒業時から「いつか必要になるかもしれない」とずっととっておいたにも関わらず、あまりにもタンスの奥にしまってあったので、忘れていたそうです。先日、ひょんとしたことから出てきて今に至っています。あと、制服のスカートも残しているそうです。セーターはともかく、あんなワンピースみたいなんいつ着るねん。マタニティー用か?ブルセラ(今どきあるの?)売却用か?謎や。



2004年03月08日(月)
桜と春季大会とグランドと


 春季京都大会の試合会場と日時が決まったようですね(2/22付日記に組み合わせ表がリンクされています)。東山、緒戦は不戦勝で2回戦から。会場は京都学園G。対戦相手も同志社になる可能性があり、ああよみがえるは2年前のトラウマ…。ゲームセットの瞬間立ち上がることさえ出来なかったあの感覚。もう過去のこと、過ぎ去ったこと、

 そんなわけで、緒戦の行われる4月11日はフリー。会場を見てみると、行ったことがないのは、洛東と久御山だけ。桜が咲いてたら洛東(きれいなんだって)、そうでなかったら相方くんcarで久御山にしますか。(とか言って、結局行かないのが毎度のパターン←爆)



2004年03月07日(日)
春の18きっぷの旅・第一弾〜香川編〜


 ホンマは倉敷に行く予定だったのが、岡山駅で快速マリンライナーの存在を知り、改札にいた草刈正雄似の駅員さんが「(18きっぷでも)乗れますよ」とにっこりほほえんでくれたので、急遽予定を変更した四国へ行くことにした。まさか2300円で瀬戸大橋からの大海原を望めるなんて夢にも思わなかった。今日はきれいかった。目標は高松に設定。高松商業を見に行こうと思っていたら、車内アナウンスで観音寺行きの電車の存在を知り、「ほな、その後は観音寺中央な」ということになった。

 瀬戸の花嫁のサウンドとともに高松駅(駅舎きれい)に到着。徒歩40分で高松商業へ(JR高松駅は町はずれにあるみたい)。グランドは狭かった。松山商業もそうだったけど、昔からの名門校って意外とそういうところが多いのかも?でも、黒土もあったし、バックネット裏のスタンドも充実していた。当日はグランドに人がいなかった。学校近くのうどん屋(キャンペーンの一環で、甲子園での阪神戦のチケットがあたる応募券をもらった。7枚集めないといけないらしい。チケットにハイウェイカード付きというのが場所の違いを感じる)。きざんだおあげさんがいっぱい入ってるうどんを食べた。おつゆはこっちで食べているのと比べて甘かった。ここではうどんはおやつ感覚だと聞いたけど、ホンマっぽい。

 腹ごしらえしたあと勇気を出してグランドへ侵入(いい加減にせんといつか注意される)。ネット裏のスタンドは緑が基調。サイドと背後にはシートで囲まれているため、風や日よけになっていい感じ。最上段の壁には掲示板があり、雑誌の切り抜きが張られていた。香川の野球についての記事がほとんどだった。その横には、バインダーではさんである練習試合に日程が。どれどれと見てみた。「東山あったりして〜」。こういう風に他校の練習試合日程を見る機会があるときは冗談まじりで言っているが、それを見ていた相方くんが「あ、東山、あった」。まった、そんなしょーもない冗談を。ん?ホンマや、あるわ…。なんでここで知らなあかんねん、おかしいやん。東山なんていう地名腐るほどあるからなんとも言えないけど、十中八九そうでしょう。6月某日は高松突入内定です。昼間のうどん屋の阪神戦チケット応募券も集めなあかんし。あとね、高松商業の試合は一度見てみたいねんか。なんか試合始まる前にパフォーマンスがあるとかないとか…。日程表見てわかったのが、高松商業はここ以外のグランドでも練習や試合をしているということ。場所はわからないけど。

 逆検索に成功してしまい(やっぱり2ケタ年数ファンをしてるとそれは正直凹む出来事です)、商店街で菅直人を見、畜産展に立ち寄って「世の中、鳥鳥っていうけど、牛もまだまだ大変なんだな」ということを勉強し、観音寺へ向かった。2人とも妙なテンションだった。電車で海沿いを1時間ほど揺られた。観音寺中央高校は、駅から徒歩10分ほどの場所にある。すでに練習が終わってしまったのか、正門前を通ると、親の迎えを待っていたらしい部員が私たちと目があっ(てしまっ)たので、「ういっす」と小さく会釈した。正門から校舎へ向かう道はちょっとした並木道でなかなか雰囲気があった。その片隅に、甲子園の優勝を記念した石碑がたっていた。ユニフォームを着てガッツポーズをしている選手の像だったのだけど、初めて見たような気がしなかった。多分、センバツで優勝した瞬間のピッチャーのポーズだろうと思う。すごくリアルだった。

 校内にまだ人がいたため、グランドには入りづらく、外をぐるっと回って雰囲気だけを味わうにとどまったが、ネット裏あたりに行くと、キャンキャンという動物の鳴き声が聞こえた。相方くんは、「ワンコロや♪」と一気にテンションが上がった。犬が3匹いて、2匹は首輪でつながれていて、1匹がフリーだった。ブロック越しに近づくと、彼らも私たちの存在に気付いたらしく側まで来てくれた。ただし、ワンワン吠えて思いっきり警戒されたのだけど。どうやら、ここではグランドで犬を飼っているようだ。練習のとき、あるいは試合のとき、犬はどうしているのか、誰が面倒を見ているのかで、熱いトークを交わし、この旅一番の盛り上がりをみせた。電車が出るまで少し時間があったので、駅前のモビルスーツでお買い物。偶然にも練習を終えた部員がいたので、「犬のこと、訊いたら?」「自分で訊きぃや」

 香川は思いの外近い。高松商業での練習試合、観音寺中央の犬(選手と違うんかい)、そういや、私の思い出甲子園・平安高校が負けた相手の丸亀も香川の学校だ。朝倉、横山両エースで2年連続甲子園に出場した坂出商業、市船との地味ながらも味わいのある投手戦を繰り広げた三本松も捨てがたい(相方くんは、「知らん」と秒殺。ひどい)。最近では、香川西。駅から学校がちらっと見えたけど、いいグランドを持っていそう。そんなこんなで、見どころもいっぱい。2002年の福井、2003年の島根に続く、新スポットとなるか?横で相方くんがイヤそうな顔している。ほっとこ。

 帰りは岡山で一杯。岡山の駅地下は大阪のホワイティー界隈に似ている。「ここ岡山やで〜」「梅田ちゃうねんで〜」「泉の広場もないねんで〜」「キャハハ、萩家整形、萩家整形〜」とへらへらして関西の恥を放出。そんなんしてるから、姫路で心臓にまで響く寒さに襲われ、気分が悪くなってしまった。早くデブから卒業したい…
 



2004年03月06日(土)
誰も触れてくれない(泣)…


 私の携帯(ケータイと書く最近の風潮には抵抗がある保守派)には、少し前の女子高生のようにストラップがジャラジャラついている。今付いているのは、爽健美茶のペットボトルにおまけのペンダントと、クリスタルで買ったミッフィーストラップ、阪神の優勝記念ストラップに、東山の甲子園出場記念ストラップ(売店に売ってたヤツです)。あと少し前までは、市長からもらったボーダフォンの携帯クリーナー付きストラップに、友人は(何故か)USJ土産にくれた天一のストラップ。

 友人とかに色々言われます。「阪神のヤツや」とか「天一のや、どこで買ったん?」とか。でも、何故か何故かいっっちども東山ストラップについては誰も触れてくれません。癪なので、ごく親しい野球友達には自己申告していました。なんだろう、アレは端から見たらアンタッチャブルな世界なんだろうか?それとも触れると話が長くなって、ややこしいのを悟っているからだろうか?それでも、いつ落としたり壊したりするかビクビクしながらもつけている今日この頃。

 でも、触れられ方がよくないくらいなら、触れられない方がマシだなという思いもある。それは、数年前のこと。文通をしていたある女の子と2人で会うことになった。当時の私は阪神のトラッキーストラップをつけていた。私はそれをその子に見せた。すると彼女は、「そんなの、つけてて、恥ずかしくないの?」と言った。そうか、恥ずかしいのか…。私は自分の携帯にぶらさがっているトラッキーを見ながら思った。それでも、私はトラッキーをはずすことなく、その子と接した。なんか終始すら違いばかりでぎごちない空気だった。彼女は予定の時間よりも早く、「人が待ってるから帰らなきゃ」とわけのわからないことを言って、その場をあとにした。文通はそこで途絶えた。ストラップに恥ずかしいという意識を持ってる子と話すことなんて何もない。私はそう思った。



2004年03月05日(金)
たこやき屋の話


 こないだ、『今度、高校時代に教科書を捨てたコンビニに(棚卸しをしに)行く』と書きましたが、行ってきましたよ。ま、店の人はそんなこと知ったこっちゃないのですが、なんか妙に落ち着かなかったですね。母校の近くとあって、店内には後輩がうじゃうじゃ。あっちは私がOBとは知らないけど、こっちは後輩だとわかっているので、目に余る態度とか見ると、「くぉんらあ〜、何さらしとんねん、ボケ!」とにらみつけたくなりました。

 さて、駐車場がない店なので、近くの有料パーキングに車を止めて、徒歩で店に向かいました。道中は、昔の通学路です。10年も経てば、当然町並みも変わっています。あの店なくなったなあ〜、ここはまだあるのかぁ。そんな感慨に浸りながら、歩いていました。帰り、新しく出来た小綺麗な店の前でたこ焼きを食べている地元高校の野球部員を見かけました(「どこの高校だろう」とジロジロ見てたら、露骨に変な人を見る目で見られました)。店には他にソフトクリームとか、いかにも若い子が買い食いしたそうな食べ物が売っていました。昔からここにあれば、私たちも利用していたかも?

 でも、私たちには思い出のたこやき屋があるんです。この小綺麗な店は、母校の最寄り駅前にあります。側には川が流れているのですが、その川沿いを駅の反対方向に歩いて10分ほどの場所にある店がそれです。学校帰り、当時から歩くのが好きだったともきちに誘われて、川沿いを散策しているときに見つけました。高校1年の5月ごろだったと記憶しています。民家の片隅で、おばちゃんがやっている店です。店の前には簡易のベンチがおいてあり、川の流れを見ながら食べることも出来ました。ま、渇水期には底に沈んでいる自転車とかが顔を出してたような川でしたが。目立たないし、営業もわりと気まぐれだったため、出会えた偶然に乾杯ってな感じ。みんな三条界隈に行ってしまうため、同じ学校の子に会うこともなく極楽でした。8個か10個で400円だったかな?それほど安くないけど、大きくてボリュームたっぷり。お金がないときは2人で半分ずつにしました。何かにつけ、「あの店に行こう」と言ってた高校時代。クラスに友達の少なかった私たちは、その店を他の人に紹介することはありませんでした。別に2人だけの特別な場所にしたかったわけでもないのですが。

 高校3年、受験を控えたある日、ともきちがこさえた他のクラスの友達を数人連れてその店に行きました。穴場でボリュームのあるその店にみんなの反応は上々でした。ところが、食べているまさに真っ最中に、側を学校の先生が通りかかったんです!今まで一度だってそんなことなかったのに。先生って一応怖い存在じゃないですか。だから、みんな「やばいっ」と身を凍らせました。結局先生には見つからなかったのですが、その中に一人、あわてて姿を隠した子がいました。彼女は、学校の指定校推薦試験を控えていました。指定校推薦は内申の優秀な人でないとその資格はもらえません。だから、生活面をきちんとしてないといけません。もし、ここで買い食いがバレたら資格取り消しの可能性もあると彼女は考えたのでしょう。指定校推薦なんぞにおおよそ縁のない落ちこぼれの私は、「ビビるくらいなら、最初から来なきゃいいのに」と心の中で毒づきました。いちお、ともきちの友達なのでうかつなこと出来ないし、その場では何も言わなかったけど。彼女の“隠れる”というその態度に、私たちが愛着を持つこの店を全否定されたような気分になったんです。その店に行ったのは、多分これが最後です。それだけに、後味が良くなくて。それでも、“あの店、今もやってるんだろうか?”ここらを通りかかるときは、ふとそう思います。



2004年03月04日(木)
マクドのCM


 今回のマクドのCMの主人公は、野球部員ですね。“ハンバーガーが選べる”と“髪型が選べる”がかかっていて、最後にハンバーガーを持って嬉しそうにベースランニングしているシーンでCM終了。そのときのポーズがなんとも滑稽で、もう一度見たいと思った。一瞬しか映らないから、まばたきも我慢して。普段テレビをそれほど見ない私だから、いつのことになるかわからないけれど。

 でも、その部員が着ている練習用のユニフォームに違和感があった。何だろう、何だだろうとずっと考えてたらあることに気付いた。胸に書かれている名前が、横書きなのだ。私が今まで見てきた野球部員や、他のCMやコント、舞台で野球部員を演じている人の衣装は、みな縦書きだったのだ。横書きは、ベルトの部分かあっても背中だろう。胸の横書きは本気で見たことない。このCM制作者は何を思って、横書きにしたんだろう。野球をよく知らないのか、それともその人が知っている練習用ユニフォームがそうだったのか、何か他に意図があるのか…。不思議でしょうがない。

 そうそう、それで思い出した。
 中学んとき、文化祭で劇をした。今となっては内容なんて覚えていないんだけど、主人公は野球部員だった。で、主役を演じていたのが当時私が好きだった男の子だった。背が高くて、さわやか系で、そこそこかっこよかったので、ユニフォームがハマッていた。残念ながら、当人はテニス部だったのだけど。私は効果音係だった。効果音係は2人。でも、チャイムの音を拾ったりするの、2人もいらんやろ。もう一人がしっかりしているのをいいことに、仕事は一切せず、練習にもろくに参加しなかった。好きな男の子が、好きな野球の格好をしているのをじっくり見れたのにね。やっぱ、女心と秋の空は何とやら…。
 



2004年03月03日(水)
手紙


 ネット生活を送るようになってから、人から手紙をもらう機会が激減した。ところが、今日、久しぶりに私宛の手紙が届いた。差出人の名前に見覚えがあるけど、今ごろ手紙をもらう理由なんて思い浮かばない。

 その人とあったのは多分1回だけ。3,4年前、私は「ダラ球会」という野球サークルに入っていた。そのイベントで川崎球場へ行ったことがある。その人とはそこで出会った。私がそのあと1年後くらいに、ダラ球会を辞めた。だから、辞めてもう3年以上になる。そんな私を「どうしているのかなと思って」とわざわざ手紙をくれたのだ。私は会の中で目立った存在でも何でもないのに、ただ1度話しただけで、存在を気にかけてくれる人がいる。なんかそれが嬉しかった。

 返事を書いてみようと思う。メールではなく、手紙で。でも最近、字書いてないから、大丈夫かなぁ?



2004年03月02日(火)
そして、トラキチも戦い続ける 〜相方くんの場合〜


 先日、相方くんの“阪神戦チケット獲得ファイト”第2ラウンドが行われた。前回は甲子園の開幕戦とそのあとの数試合だけ電話orネット販売されたが、今回は残りのチケットが発売された。上司、パートのおばちゃんという前回と同じメンバーで、会社にいながらろくに仕事もせず、3人で電話をかけまくっていた。

 週末・大型連休・ライトスタンド狙い。試合数が多いため、比較的頻繁につながり、結果、30試合強にチケットを手に入れることができた。大型連休や日曜日に一部アルプス席があるものの、土曜のライトスタンドはなかなかおいしい。やりやがる。

 さっそく、ローソンで支払いへ出かけると、同じような輩がいたためか(勤務先が大阪なので)、Loppiがパンク。店員は、「30分ほどで使えるようになると思うのですが…」。仕方ないので、支払いは次の日に延期。チケットは、1戦ずつ出してもらわねばならないので、Loppiをいじる人、そこから出てきた受付用紙をレジへ持っていく人に分かれた。約30戦×6枚。約180枚。ちょっとしたダフ屋ができるんちゃうか?用紙がなくなる、チケットを入れる袋がなくなる。おそらくこれまでこんな大量のチケット処理したことなどないであろう店員たちはてんやわんや。夕方から夜勤に交代する時間帯だったようだが、このおかげで夕方の店員は帰れなかったっぽい。それでも、入金約30万は売り上げに換算されるらしく、「どうぞ、どうぞ。ご利用ください!」と愛想抜群。実は、相方くんたちの前にも70枚購入した人がいたのだとか。私はすごく特別な事態だと思っていたが、関西圏のローソンのあちこちでこんな光景が見れるのかもしれない。

 チケット購入後、日程を書き、行きたい人を募るノートを作ったり、平日観戦で早上がりするときに残ってもらう職場の中日ファンにご機嫌をとるために名古屋ドームに連れて行く計画を立てたり(でも、あくまでレフトスタンド)と、ぬかりない。もののついでに、「余ったら、ちょうだいな」とお願いしておいた。ライトスタンド最上段の日、とっぴぃ〜♪ 人の苦労も知らず(っていうか、多分、楽しんでるんやと思うし)、おいしい部分だけいただく作戦(苦笑)。

 「とりあえず、一息ついたんちゃう?」と私が言うと、「いいや、まだ巨人戦も、雨で伸びた分(特に、大好きな甲子園最終戦♪)も、ロードもあるし、闘い続けなあかんねん」。ご苦労さん、がんばってください。



2004年03月01日(月)
ひょっとして私だけ?話


 断じてそんなことないのだけど、あまりに何度も繰り返してしまうので、「こんなの、私だけじゃないか?」と思うときがある。よくしでかすのは、通勤の際、駅まで自転車で行ったのに歩いて帰ってきてしまうこと。今年に入ってもう3回目。ちなみに、自転車を使って通勤したのも、今年に入って3回目。トホホ。晩にでも取りに行かないと。

 そういや、銀行でお金をおろすとき、窓口のお姉さんに、「印鑑貸してもらえますか?」と言われ、押し直されてしまうこともよくある。というか、毎回必ずだ。いつも、「今日こそはっ!う〜ん、う〜ん。これでもかっ。これでもかっ」と力を込めての押印作業を怠っていないのに…。どうしてだろ。体の肉が脂肪だからか?ま、一番てっとり早いのは、カードを持つことなんだろけど。

 以前、友人で元野球部マネのみどりさんが、こんな話をしてくれた。

 フリーバッティングの練習で、マシーンの中にボールを入れるのがマネージャーの仕事だったのだけど、みどりさんがボールを入れると、何故かてんで打てなくなる選手がいたのだという。私のせいかな?ボールの入れ方とかが悪いのかな?当時は相当悩んでいたらしい。ところが、数年後の部の同窓会でそのことを話すと、チームメートかマネ仲間だったかが、「あの子は誰のときも打てなかったよ」。

 話し終えたあと、彼女は小さく笑った。