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あるこのつれづれ野球日記
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2003年06月30日(月)
夏の風物詩


 明日は7月ですよ!早いですね。秋〜冬があれだけ、「なっが〜、化石になるわあ」とか言ってたくらいやのに、5月頃から地球が早送りされたような心境です。

 夏です。少し前に、夏の大会どうしようかといったことをここで書いていましたが、結局、16日から27日というスペクタクル12連休を取りました。きっと会社は何かいってくるか、否が応でも2,3回、「出てほしいんやけど」と電話をしてくると思うので、無理に○を作ることもないかなと思いました。それに気が変わって、また去年みたいに気合い観戦したくなってもこれなら実現は可能だし、気が向かなかったら、家に引きこもってHPの未更新分作業をしていればいいので。

 こないだともきちがふとこう言っていました。
 「でも、あの雰囲気は好きやな。夏の大会の球場の。だから1回くらいは見ておきたい気がする。」。

 ともきちがそういう発言をするのは、ちょっと意外でした。ともきちは私と運気が似ていて、「夏の大会、か。はあ、なんだかなあ。気が乗らへん」みたいなことを口にしていたので。

 確かに、あの夏、あの球場は、非日常の世界です。会社員として日常にまみれている彼女にとっては、何かから解放されるというか、夢を見ているような感覚になれる場所かもしれません。初日の北嵯峨戦から、行ってみようかな。ふとそう思いました。



2003年06月29日(日)
睡魔と戦う『尼崎』編

 
 今日は尼崎で練習試合観戦です。もう独占梅雨明け宣言したいくらいの快晴、いや怪晴でした。日に焼けました。コンビニで、シューとするヤツを買いました。気持ちよかったです。

 さて、試合は1勝1敗。大勝と大敗。スコアだけ見ると春先に戻ってしまったような感じですが、時は夏に向かっていて、何かが着実に違います。私たちは一試合目の途中から来てたので、「うちらが来たから負けたんやで」ということで落ち着きました。こんなこと言ってると、夏の大会も来るなと言われそう。いやん。

 私たちは、外野後ろの通路にレジャーシートを敷いて、くつを脱いで、本気座りをして観戦していました。当然試合は遠かったのですが、ライトの選手だけは近くて、言葉には神経を使いました。

 試合では選手は相手校とだけではなく、自分とも戦っています。私も今日は自分との戦いでした。具体的に言うと、自分の睡魔との戦い。ここんとこ、PCにのめり込んで就寝が朝方になったりしているので、仕方ないです。今日も、相方に言って待ち合わせを1時間遅らせてもらいました。とにかく眠くて、眠くて。何度も意識が遠のきかけ、そのたびに相方くんに「野球を見ましょう」と言われました。夏の大会とか見に行くと、球場内で寝ているおじさんとか見ます。以前は、「寝るんやったら、家で寝たらいいやん。ちゃんと野球見たら?」と思っていました。でも、今なら分かる気がします。野球の中で眠る心地よさが。



2003年06月28日(土)
緒戦の対戦相手+α


 いきなりですが。東山の緒戦の対戦相手が決まりました!16日、宮津球場第一試合。対戦相手は大江高校です。危惧してた宮津での第一試合。きょ〜ん。4時起きだあ。燃えろ、燃えろ、燃えろ、あるこ!


☆              ☆               ☆
 
 岡島、吉崎両選手だけじゃない。我らが東山OB、活躍し、注目されつつあります。大阪学院大学の松田選手はベストナインを受賞そして、佛教大学の富永選手(今もレタリング文字のユニフォーム着て、練習に励んでるのかな?)、ついに、「シマジョーの野球ノ歩キ方日記」に登場!URLはこちら。
http://diary.note.ne.jp/29072



2003年06月27日(金)
高橋キャプテン、よろしく頼みますっ!


 ついにここまで来たか。いよいよ明日は京都大会抽選会。夏にむけての1つめの緊張が始まりました。関係ないのに、ドキドキ。歴代東山のキャプテンはクジ運がいいとはいえない。とんでもない日程だったり、強豪と早いこと当たってしまうブロックだったり…。去年は特別でした。それぞれ強い相手ではあったけど。

 う〜ん、ベストは7月19日の西京極第三試合かなあ。ほら、2日雨降って順延しても、21日は振替休日だから。ともきちさんや熱心なOBの人も見に来れるだろうし。西京極は近いし、ネット裏には屋根あるし。第一試合は朝早くて、エラい。第ニ試合は暑い。第三試合になるとちょっとはマシかなあ?注文つけすぎっすね。ごめんちゃい。

 これで日記が終わるのもつれないので、ちょっとここ10数年の夏の大会初戦の対戦相手を振り返ってみたいと思います。

92 10−0 西京商業(現西京)ァ\承極
93 4−3  大谷  太陽が丘
94 4−5  堀川 西京極 
95 2−0  東稜 西京極
96 5−2  加悦谷 西京極
97 7−5  莵道 太陽が丘
98 0−2  鳥羽 太陽が丘
99 3−2  向陽 舞鶴
00 9−3  花園 太陽が丘
01 6−3  西乙訓 西京極
02 9−5  西城陽 西京極

 こうして見てみると、完勝したのは92年だけですね。あとはほとんど苦戦しています。わりと点差の離れた試合のあるのですが、中身はねえ…。沖縄では宜野座がすでに負けてるし、波乱は初戦にありというのもうなずける。そういう意味では苦戦するのはいいことかもしれない?!



2003年06月26日(木)
ライター塾欠席レポート


 今日は、約半年にわたって続いたライター塾の最終回。残念なことに、最後だってのに、私には出席できない事情ができ、上京することができませんでした。これでしばらく東京ともお別れです。

 さて、この半年で得たもの。それは現実や実感という名前のものでしょうか?スポーツライターというある意味得体のしれない職業に漠然とあこがれ、夢を捨てれずにいる私に、具体性を教えてくれました。文章は何も起承転結を律儀に守って書く必要はない。最初の一行で人を引きつけないと読んでもらえない。最近の日記にも書きましたが、取材は相手のメリットにもならないといけない。また、単純に“いま”というのは漢字では書かないということ。あと、自分がインタビューして書いた文章を目の前で本人に読まれるあの地獄のような時間。ライターを目指している方は一度経験されるといいと思います。そこでがんばるか、おじけづくか。それだけでも大きな目安になるでしょう(おじけづいた人。はぁ〜い)。また実地取材は貴重な宝です。

 これで、私の方向性がきまった。成長した。何としてでもスポーツライターになるぞ!どこどこからオファーが来ました!なんていう結末になれば、いいドラマなんでしょうけど、残念ながら、心境は相変わらず混沌としています。ただ、その混沌の内容は塾に行く前と違う内容です。具体性があります。だから、それだけでもよしとしますか。



2003年06月25日(水)
野球の場所に身を置くこと


 今日は平日ながら練習試合があり、見に行きました。対戦相手は、なんと東洋大姫路高校です(やばいかな?学校名。クレーム来たら、どうしよう…。でも、これ言わないと今日の日記は書けないんだなあ)。

 姫路駅からタクシーでン十分。千円札が3枚飛び、ドライバーはウハウハ。グランドは、市内郊外の白鳥(はくちょう)タウンから歩いて10分ほどの林を切り開いたような場所にある。できたのは5〜6年前らしく、ドライバーさんはここの存在を知らなかった。

 私が着いたときには、両校ともまだアップ中。グランドは野球部専用のようで、外野にまばらに芝が生えている。(なぜかライトのところだけ、不自然に黒い土が)グランド脇にある緑の階段を上る。上からグランドを見下ろすと、ダグアウトの屋根に「TOYO」と書いてあった。そして、通路に沿ってベンチがおいてあった。墓石色や紺色など、他校のグランドではそうそうお目にかかれない珍しい色のベンチだった。すぐ後ろが山の斜面で、その斜面の上にはボール拾いの部員がバットを持って立っていた。ボールが来ないときは素振りをしているようだ。観客席はそれほど多くない。土日とかは座れなくなるんじゃないかと余計な心配を。一三塁側のベンチの上にはパイプが張ってあり、青いシートで雨よけや日よけができるようになっている。だいたいが父兄さんの仕事であるよう。

 三塁側におじいちゃんがようけたまっていた。東洋大姫路のファンクラブの面々らしい。またそれとは別に個々で見ているおじいちゃんもいた。「こないだはどこどこと試合してねえ」とわざわざ私にまで教えてくれる人から、「ここはだめだよ。もうずいぶん甲子園出てないし」という時代錯誤な人まで。で、一塁側には東山の父兄さん。そんな面々が見守る中、プレーボール…と思いきや。背後で声がした。「あの、誰かのファンですか?」。

 びっくりした。それ、私が使う手法じゃないか。振り向くと、これまた雰囲気まで私にそっくりな女性が。なんじゃこりゃ。しばらく狼狽して、言葉が出なかった。ここに来ているってことは、当然私も姫路サイドだと思われてるんだろうな。「相手の東山を見に来たんですよ。」とどうにか答えた。恒例のグランド撮影をしている私が目についたらしい。で、彼女は東洋大姫路のファンなのかといえば実はそれほどではないらしい。でも、このグランドには何度か来て練習試合を見ているらしい。私の頭では計り知れない野球ファンはまだまだいるようだ。「ここ遠いやん。なかなか思いきれへんで。でも、アンくんと東山っていうから…」。アンくんと東山が同格?!うれしい人もいるもんだ。

 試合は、1人より2人で見る方が心強い。私と彼女はとにかくよくしゃべった。彼女の明徳義塾ファンの友人のことや、京都の高校のグランドのこと、国体で繰り広げられる高校野球のことも聞いた。そうそう、藤井瑞紀くん(当時の東山には藤井姓の選手が2人いたので、区別のため)のファンだと言っていた。そんな彼女は、トイレ掃除をするアン投手を見たことがあるという。これはすごいお宝だと思った。変な意味じゃなく。チームメイト以外でトイレ掃除をする彼を見た人なんて、皆無なんじゃないだろうか。それだけでフェンス1つ隔てて向こうにいるアン投手の見え方が私のそれより遙かに彩りがあるように思え、ちょっとうらやましかった。でも、彼女とは試合後、はぐれてしまい、私は先に帰ってしまったようです。申し訳ないことをしました。

 試合はだいたい予想通りの結果でした。でも、中盤までは健闘してたように思います。ここでこの相手との試合を見れただけで、私は充分です。帰り、知り合いの方に勧められて、車で姫路駅まで送っていただきました。試合をよくおられます。スコアをつけずにただじっと見ているだけでなんでそんなにわかるのでしょう。私はスコアをつけても平気で得点や打順をズラしてしまいます。トホホ。私には野球を観る才能はないようです。でも、野球の場所に足を運ぶのは好きです。旅と野球。見知らぬ場所、球場、グランド。特別なことがなくても、ただそこに身をおいていることが、私には心地いいんです。今日、試合を眺めながら改めて思いました。




2003年06月24日(火)
相手校の応援


 特に夏の大会でなんかそうなんですが、対戦相手校の応援ってけっこう耳について離れなかったりしませんか?それも負けたときの。だから、私が一番こびりついてる応援は京都西(当時)なんですよ。口ずさめますからね、あの独特なメロディー。試合中なんかでも、ついノッてしまってともきちさんにしかられたものです。そういう意味では95年の成章や01年の平安もこびりつく系ですね。予想外の負け方をしてショックが大きなときほど、相手応援の印象が強く残るのでは?という分析を個人的に勝手にしています。(やってろ)
 
 昨夏、東山に負けた学校を応援していた友人が言っていました。「♪燃えろ、燃えろ、燃えろ、tohzanが頭から離れなかった」と。何度もリフレインして、不覚にもときどき無意識のうちに口ずさんでいたのだという。



2003年06月23日(月)
4年ぶり何回目?!


 BSはいい感じ。パリーグの試合をやってくれるから。「映画が見たい」というおとんを無視して、日ハムーダイエー戦を見ていた。こんなに真剣にプロ野球を見るのはずいぶん久しぶりだ。いや、プロ野球というか、1人の選手だけを見ていた。日ハムの吉崎投手だ。OB選手の試合にはわざわざ足を運ばないので、彼の投球を見るのはかなり久しぶりだ。

 そういや、相方が言っていた。「吉崎、あれもおかしい投げ方すんなあ。東山名物か?変な投げ方は」。うん。たしかにちょっとおもしろい投球フォームだ(おかしいと言えば、むしろ投球が終わったあとのベンチに戻るときの歩き方。なんかアメフトのユニフォームを着ているような前屈みのぎこちない歩き方やったような)。でも、そんな名物と銘打つほどでもない。高校時代はどうやったっけ?う〜ん、覚えちゃいないなあ。フォームで野球を見るなんてすばらしい技術、ないもんなあ。

 それはともかく、ずいぶん大きくなったなあ。体ががっしりしている。高校時代はほんま細かったもんなあ。折れそうな、なんていうとちょっと大げさだけど。でも、今季のブレイクはこの体格と関係あるのかもしれない。

 岡島くんは、プロに行って活躍することが何となくわかってた。当時からそういう注目のされ方をしていたし。でも、吉崎くんの場合は、そうじゃなかった。いいピッチャーだけど、プロから誘いがかかるのかな、どうだろうって感じだった。高校時代も華やかな舞台とは縁がない。最後の夏はコールド負けだ。だからこそ、社会人に入り、成長して、ドラフトのわりと上位で入団が決まったときはうれしかった。芽が出るまでにちょっと時間がかかったようにも思わないではないけど、先発予告で普通に吉崎くんの名前がでるのはやっぱりうれしい。(でも、なぜか投げあう相手はダイエーの新垣投手のときが多く、イヤんなる)

 解説者がいろいろ言うのを耳の穴かっぽじって(笑)聞いた。そうなんや、そうなんやなどと思いながら。あまり信じちゃいけないんだけどね、解説者という人種の人たちは。

 結局、試合は勝ち、吉崎くんは久しぶりの勝ち星を手にし、7勝目。ヒーローインタビューまで聞くことができた。いい顔をしてた。目元がお父さんに似てるな。ふとそう思った。



2003年06月22日(日)
早く帰りなさい

 
 厳密には今日の話。

 前日、市長邸でうだうだしていたら、日付変更が目前に迫っていた。ともきちと二人慌てて帰路につくも、地元の駅に着いたのは1時前。いくらなんでも危ない。それにごっつ疲れたし、タクシー使うか。駅からうちまではタクシーメーターでワンメータにしかならない。あからさまに不快な態度をするドライバーが少なくないので、このところがなるだけタクシーは使わないようにしていた。確かにタクシードライバーの立場にしたらたまんない。何時間も待ったあげく、ワンメーターじゃ、文句の一つも言いたくなる。駅前のタクシー乗り場。ドライバーは客を選べない。でも、客もドライバーを選べない。なんで客に当たるのか。悪いのはこっちではなく、その給与体制と制度なのに。ああ、理不尽。でも、乗るしかない。覚悟を決める。

 私が行き先を告げると、「へ、○○通りのどこ?」。最近、道を知らないドライバーが多すぎる。「東に行ってください。適当なところで、声をかけます」。ドライバーは黙って、アクセルを踏んだ。感じわる。小林亜星を物騒にしたような顔のおっさんだ。カーTVではスポーツニュース。サッカーをやっていた。走り始めて1,2分で、サッカーが終わり、「次はプロ野球です」とキャスターが言った途端に、ブチッと消しやがった。やっぱり、ヤなドライバーに当たってしまったようだ。

 狭い通りに入る、目的地がちょっとずつ近づく。早く、早く、さっさと払って、さっさとおさらばじゃ。いつぞか、大きなお金しかなくて、客やのに怒られた記憶があるので、今度がぬかりなく。で、言葉はきちんと、「すみません、この辺で停めてください」。キキ。言葉を聞くか聞かずか、ドライバーは乱暴にブレーキを踏んだ。こんな近くで降りやがんのか。一瞬揺れた車体がドライバーの気持ちを代弁しているように思った。はよかえりたい。

 ドライバーは、何も言わないので、私から「1000円でお願いします」と言って札を渡した。ドライバーはそれを黙ってひったくると、ちんたらちんたらとつりを出した。私はそれを受け取ると。だまって出ていった。普段は、「ありがとう」とか「どうも」くらいは言うのだが、何も言わない人には何も言う必要はない。頭に来てた。さっさと、道路をわたり歩道へ。すると、誰もいないはずの道路から、ぶつぶつ人の声が聞こえる。ここにいるのは、私とドライバーしかいない。「何も言わんと…」「黙ったまんまで降りやがって…」「ワンメーターやぞ」。私に対して怒っているのは明らかだ。はん、言わしとけ。ところが、キキというタイヤの音と同時に、車のヘッドライトがすぐ側まで。

 ひき殺される!
 走って逃げようか。でも、それなら黙って出て行った気概は無意味になる。でも、そんなことより、命大事やろ。でも、今ここ走っても車だったら追いつかれる。間違いない。それに今は夜中、助けを読んでも、家の人が起きてくれるまでに車体に2,3回アタックされるやろ。そういう死に方はイヤだ。…そんなことが一瞬、まさに走馬燈のように脳裏を駆けめぐった。

 幸い、車はUターンをしただけで、さっさと駅方面に戻っていった。でも、あのヘッドライトの距離は明らかに異常で、殺そうとまで思わなくとも、やっぱり私を威嚇していたんだと思う。やれやれ、なんでお金を払って、暗い夜道より怖い思いをしなければいけないのか。深夜のワンメーターはもうやめよう。タクシーは小銭持ち、2メーター以上、昼、流しが何よりだ。



2003年06月21日(土)
市長と行く!福知山脳汁編


 友人に、福知山ラヴな人がいます。なんでそこまで愛せるんだと思うくらい、福知山のことを聞くと熱いメッセージが返ってきます。ある日メールで、「その愛は最終的にどこに行き着くのですか」みたいなことを送ると、「福知山市長になります」と返ってきた。本人は冗談だと言っていたけど、私と相方に聞き入れてもらえず、以来彼のことを市長と呼ぶことにしています(ちなみに名付け親は相方です。「ともきち」も彼が名付けました)。くれぐれもホントの市長ではないのであしからず。(でも、真面目に彼が市長になれば、福知山は楽しい都市になるだろうなあ)

 今日は福知山で練習試合があるので、「東山遠征のドライバー・相方に代わりまして、市長〜」となったわけです。天気は微妙だと予報では言っていましたが、当時は私たちに幸あれ(違うと思ふ)とばかりの快晴。青い空、白い雲、万歳!後部席のともきちは縦貫道に入るまでに爆睡モードに陥ったので、ドライブは私と市長のトークショーと化していた。野球の話、福知山の話(徹底して聞き役)、いろいろした。で、2時間もしないうちに福知山到着。タイミング良く、ともきちお目覚め。

 会場となる学校に到着。まだ試合は始まっていなかった。試合は外野から観戦。第一試合は、ドラマチックなサヨナラホームランで、負け(ダメじゃん)。でも、いい試合だった。練習試合でこんなにメモリアルな展開は初めて。でも、これが夏の大会やったら…と思うとゾッ。イヤなものは、今のうちに膿のようにはき出してしまえ〜。

 昼は天一(天下一品)福知山店へ行った。市長は市長なのに、天一が福知山にあることを知らなかった。ふっふっふっ、勝った。

 第二試合は気づいたらよく打ってて、勝った。でも、相手校は新入生を使っていたようなので、しかるべき結果か。今日の東山は出てきた投手、出てきた投手、よかったようで、相手の父兄さんは「こりゃすごいわ」と驚いていた。今日の試合だけ見たら、東山って強いんちゃうん?とか思われるかもしれないなあ。大変だ。

 さて、市長の本領発揮は試合終了後。車で巡る超マニアック福知山巡り。商店街に入ると、大手スーパーとの現状を語り、本屋の前に通ると「ここで昔エロ本の立ち読みした」とか、自分の母校や家の近く、おばあちゃん家、いとこがお見合いした喫茶店でも、通るたびに出てくる出てくるエピソード…。知らんがな(笑)。あまりの強烈さに福知山城を通ったとき、何を言っていたか忘れた。一番観光らしい場所やのに。…何はともあれ、今後ともよろしくお願いします。>市長様



2003年06月20日(金)
切ない『社』編

 私にとって、グランド訪問は一種の勝負です。その日、何に出会えるか。また出会えないのか。具体的に言えば、誰もいないグランドなのか、練習や試合はしているのか、グランドを見つけることができるのか、見るのことができるのか、誰かと話して何か心に残ることを聞き出せるのか。などなど。

 今日は敗戦の例のご紹介。

 兵庫県に社(やしろ)高校という学校がある。この春兵庫大会で準優勝した学校だ。地方にあるごく普通の公立高校。そんな学校が激戦の兵庫県大会でナンバー2にまで登りつめた。いやがおうにも、興味が出る。試合を見ずに、まずグランドに行く。それもいい。きっと雑誌とかが特集するだろうから、その前に行って、どこよりも早いグランド日記書いちゃえ!ってな具合だ。安直だ。建前は、「天一滝野社店に行く」。ある週末、相方を道連れに滝野社を目指して、ドライブに出かけた。

 お目当ての社高校に着く。そして打ちひしがれる。校内はガランドウ。どうやらこの時期はテスト期間中??おまけに、中学校が近くにあるため、どこからどこまでが高校のグランドかわからん。高校の校舎付近に黒土の敷き詰められた野球グランドがあったが、中にいたのは中学生だった。休憩時間にもかかわらず、キャッチャーフライの打ち上げあいっこに夢中になっていた。それはそれでほほえましい光景でよかったんだけど、高校の野球部はどこでやってるの?もしかして、ここは高校のグランドやけど、中学生が借りているの?それにしてもグランド内の設備のどれを見渡しても、高校野球らしさを証明する物が見あたらない。あ〜ん、ギブアップ。どうせ、雑誌見たら出てるさ。ちくしょうめ。

 泣く泣く、外で待っている相方カーに戻って、挫折報告。ごめんよぅ。でも、こうやって、人は大きくなっていくんだね(違う?)。

 



2003年06月19日(木)
7:34発二条行き


 私は地下鉄を使って仕事に行きます。職場における私はいろんなことがどうでもよく、外出の際はずっとつけていたコンタクトを放棄。必要以上にブサイクに見える(元は元だからなおさら…)めがねをかけ、もちろんすっぴん。で、更衣室での着替えがめんどくさいため、制服という名の作業着を着て、電車に乗り込みます。いつもは朝早いのですが、今日は現場が近いとあって、ちょっと遅めの電車に乗ることになりました。通勤ラッシュが始まっているため、すでに車内には満員。「あーあ、立たなあかんのか。眠いのに」とちょっと気が重かった。

 電車が到着、ドアがあく。すると、目の前に衝撃の東山野球部員が。ゲッ。あわてて車両を変えるも、また部員。ゲッ。早く乗らないとドアが閉まるので、仕方なく乗車。目線をあわせないようにと思いつつ、そばにある野球かばんに目をやる。まだ新しい。1年生のようだ。よかった。彼らはおそらく私のことをほとんど見たことないだろうから。

 わりと静かな車内で、彼らの声がよく響く。別にマナーが悪いとかそういうわけじゃないけど。私はおもむろに普段読んでいる本を取り出すも、文章が全然頭の中に入ってこない。やっぱり気になる。固有名詞トークなんかもあった。けっこう興味深かったが、ジロジロ見るわけにも、耳をそば立てるわけにもいかず、必死で無関心を装った。

 彼らは最寄駅の蹴上駅で降りた。ドアが閉まって電車が再び動き出すと、どっと疲れが押し寄せてきた。はあ。この電車、もう乗りたくねえ。



2003年06月18日(水)
シフト提出


 毎月この時期になると、来月のシフトを書いて出さねばなりません。今月は6月。来月といえば、…7月。この月の持つ重要性、読者の方には云わずともおわかりいただけるかと思います。

 とりあえず、12日(京都大会開幕)から先を未定という形で出しました。私をご存じの方なら、「そんなん『×』に決まってるやん」と思われるのでしょうけど。今年はちょっと心境が違いまして。

 いや、辛いんです。夏の大会とか。つい1年前までは最大の楽しみであり、メインイベントとすら言っていたのに、なんなんでしょうね、この有様は。7月に京都大会を見る。それを中心に仕事を探し、やっと融通のきく職場を見つけたというのに、ここに来て、「仕事入れてもいいかな」などと考える。まったくひねくれてるというかズレてるというか…。相方くんには、「はい、はいっ」と、“またいつもの病気が始まった”てな具合で軽く流されてしまうのですが。

 夏の大会が辛い。確かにこれまでのそういう気持ちは抱えていました。それは、いつかどこかでチームが負け、3年生の姿が見れなくなるということが最大の要因でした。負けるのを見るのが辛い。終わるのは辛い。そんな感じです。

 ところが、今の辛さはちょっと違います。熱戦は繰り広げられているあの球場に身を置くと、「帰りたくなる」発作が起こるような気がするのです。ひたむきにがんばる選手に励まされるという健全な精神を持ち合わせていない今の私は、追いつめられるのが関の山。それに、普段以上の感じる選手や父兄さんとの距離感。わかってることが、当たり前のことが、素直に受けいられなくて。いっそ見ない方が楽なんじゃないか。そして、今の自分にはそれが平然とした顔でできるような気もする。何もせずに家にいるといらんこと考えそうで、だから「仕事やからしゃあないねん」という大義名分を作りたいのでしょう。でもでも、長年の習慣を変えるのは簡単ではなく、大会に行かないと、運命が狂うというか、天罰がくらうというか、おかしなことになるような気もしないわけではなく。

 つまりは迷ってるわけです。現実、7月から会社も忙しくなります。去年は新人だったので、どうにかなったのですが、今年は一応ねえ…。と言っても、腹が据わったら、未定を一気に×に変える気概だけは忘れずにいようと思います。

 今頭の中にあるプランは、“とりあえず初戦は行く”。28日に抽選があるので、東山の初戦までの間は未定を○に変えるつもりです。それから、試合予定日から雨天順延を考えて4日ほど×をつけます。そのあとは、そのあとは…。ほんまにぐちゃぐちゃです。答えがでません。



2003年06月17日(火)
関係ない話 その6 『うまい棒』

 
 今のマイブーム。うまい棒。1本10円也。

 仕事帰り。夕飯まで待ちきれないこらえ性のない私は、コンビニに寄って、ちょっと腹ごしらえ。冬は肉まんがあったので助かったのだけど、今はこれといったものがなくて困る。甘いものが食べたいときは、シュークリームや1個50円くらいの小さなパンを食べておけばいいのだけど。家に夕飯があるので、おにぎりは重いし、唐揚げやポテトフライは食べるのがやっかいだ。ん〜、何かないのかなと思っていたら、店の前にたまってた学生がうまい棒を口にしてた。これや!安くて、食べやすくて、数の微調整もできる。私はそのまま、店の扉を押して中に入った。

 以来、会社帰りのうまい棒に夢中♪ところが、種類が少ない。多いところで、4種類。棚卸しのときは数えるのがむかつく商品の一つだけど、消費者の立場に立つと、もうちょっとアイテムを増やしてほしいところだ。

 そういや昔、うまい棒のユートピアがあった。今はなき、大津は堅田のびわこタワー。遊園地の中に、気持ち悪いほど鯉のいる堀があり、その中にいかにも“昔懐かしい”ぶりっこ満開の駄菓子屋があった。ところ狭しと商品がいっぱいあったのだが、その一角にうまい棒が積まれていた。あまりのアイテムの多さにびびって、数を数えたら、32種類!今となってはその種類を覚えていないのが悔しいが、納豆味はかなり強烈に覚えている。当時はまだ恥じらいという言葉が私の中に存在し、“同じ駄菓子をアホみたいたくさん買うのははしたない”ことだと思っていたし、うまい棒なんてガキの食べ物だと手にしなかったが、今なら間違いなく、平然とした顔で全種類買い占めると思う。ただし、納豆味はちょっと敬遠するけど。嫌いやし。




2003年06月16日(月)
グランドに残るもの


 昨日、試合を見ながらふと思いました。選手は、何かの機会にまたここに来たとき、今のことを思い出すのだろうか。今日、調子が悪く打ち込まれた選手、いい結果を出せた選手、特に何もなかった選手。それぞれ抱いている思いや心境は違います。

 高校を出て、何年かして彼女とドライブなんかしてて、この辺りを通ったとき、「高校んとき、ここに試合しにきたわ」なんていうことをぽろっと口にするのではないでしょうか。そして、ふとそのとき自分が抱いていた思いや出来事を思い出す。そんなことがあっても不思議じゃないかな、と。

 思うんです。グランドには、そこにいた選手の思いが残っているんじゃないのかなって。心というのはその人の中にあって、その人がその場から去るとそこにはないはずなのですが。

 私は京都駅付近にある歩道橋そばの寂れたペットショップの前を通るたびに、なんか胸がキュっとなります。あの夏、そこでバスを降りて、父兄さんと握手をしました。「ありがとう、またね」、父兄さんは私にそう言いました。「またね」という言葉に何の保証もありません。



2003年06月15日(日)
海へ続く道


 グランド横の空き地に車を止めて、降り立った。一歩土を踏みしめると、それはぐぐっと足の裏にめり込んできた。靴ごしにもかかわらず、砂のきめ細かな粒の一つ一つを感じとっているかのようだ。そう。これは海辺の砂。そういや、ここは海が近い。視界に入ってこないし、潮の匂いもしないけど。この先を行くと、グランドがある。砂浜は続く。これがグランドまで続いていればいいな。なんて、グランドを使う当事者の心境も考えずに思う。

 赤茶色のトラックが境目。入れないグランドを眺める。視界の端には大きな木が1本。涼しそうな木陰を作っていた。それをフレーム代わりにして、1枚写真を撮る。中にはマウンド付近に集まって談笑している選手たち。時間からして練習は終わっているはずだ。奥には透明のビニールハウス。中には椅子がおいてあり、そこにも部員がいた。

 さて、マウンド付近にいる部員たちの中に1人、灰色のユニフォームを着た選手がいた。大学生かな?実はこの時期、関西学生野球の選手が、近畿二府四県の部員や指導者が不足している学校を対象に派遣され、練習の面倒を見るという企画が昨年から行われている。家に帰って調べると、今日はこの高校に大学生が来る日だった。時間は10時から夕方5時までとなっていたが、私がそのグランドに行ったときはもう6時をすぎていた。



2003年06月14日(土)
高校野球。夏。父兄さん。お仕事。


 それはまだ、私が“人の役に立ちたい”=“役に立てるのではないか”と思っていたころの話。

 夏の高校野球真っ盛り。明日は決勝戦というとき、当時お世話になっていた父兄さんが、「明日は見にこれへんねん」とぽつりと言った。えっ!決勝戦やのに!でも、これまでの試合でずっと仕事を融通してもらっていたので、さすがに無理なのだとか。当時の私はまだ学生だった。融通きくことがすべてだった。

 私はその父兄さんに、「これ、私の電話(当時はPHS)番号です。試合来てるので、いつでもかけてください」。そう言ってメモを渡した。その父兄さんは、ちょっととまどっていたけど、最後は「ありがとう助かるわ」とメモをズボンのポケットの中にしまった。私は妙な使命感に燃えていた。明日はしっかり試合を見て、いつ電話がかかってきても大丈夫なようにしとかな。


 ところが、当日、私たちが球場に駆けつけると、すでにその父兄さんがいた。「今日、お休み取れたんですか?」と聞くと、「いや、今朝一番に職場に行ったら、上司がいて、「なんで、こんなところにいるの?球場に行きなさい」って叱られたんや」と小さく笑っ答えてくださった。よかった。私の淡い期待は裏切られたけど。



2003年06月13日(金)
ドキュンな電話


 東山活動におけるメインは、やっぱり練習試合観戦。その日程を教えてもらうために、私は例年特定の父兄さんに電話連絡をさせてもらっている。みなさん、快く答えていただけているので、感謝感謝。

 今でこそ携帯電話を持っている方が多いので、その心配も少ないが、昔は家に電話をかけなければならなかった。それはそれは大変だった。なぜかって?選手が出る可能性があるから。あと、自分をどう名乗ればいいのかがわからないから。慣れたら、名字を言うだけでわかっていただけるのだけど、最初は説明するのが大変でいつも受話器の前であたふたしてしまう。

 さて。まだ自宅に電話をかけてた頃の話。当時の電話係はともきちだったのだが、この日はなぜか私は請け負ってしまった。秋の大会のことについて、ある父兄さんに教えてもらうために電話番号を聞いた。その父兄さんは夏に引退したばかりの選手のお父さん。それが気を緩める原因だったのかもしれない。夜電話をして、「はい、○○です」と出た男性の声がしたので、試合のことを聞いて、電話を切った。

 さて、試合当日。会場となった某高校のグランドでゲームを見ていると、声をかけられた。「場所、わかりましたか?」。髪の毛が伸びていて私服。私はすぐに誰かはわからなかったのだけど、横でともきちが「○○くんや」と小声でささやいたからわかった。

 !
 あのとき電話で話してたのは、父兄さんじゃなかったんや。ひえ〜(汗)。それにしても、なんで電話の主が私だってわかったの??



2003年06月12日(木)
甲子園の残像


 2年生ながらレギュラーメンバーとしてあこがれの球場に立つことのできた選手は、お父さんにこう言った。「甲子園はやっぱり違う。別格や。また戻ってきたいところ。常連校が強いのがなんでかよくわかった」

 「ベンチからはずれるのは…」
 その後に名前を呼ばれた2人の選手は、京都大会では入れたベンチに、甲子園では入れなかった。18−16=2。単純ながらなかなか辛い計算。1試合も出ていない、下級生。冷静に考えれば、可能性のもっとも大きい2人だった。1人はキャプテン、1人は内野手として、今最後の夏を迎えようとしている。今年から甲子園のベンチ入りメンバーは、18人になるという。

 「監督さんに声が大きいのを気にいられて、スコアラーとしてベンチ入りした」選手もいる。当時、東山はスコアラーを固定していなかったようで。彼は今でもベンチで大きな声を出して、チームを引っ張っている。ときどき彼が試合に出るのだがそのとき、やっぱりベンチはちょっと元気に欠ける。

 「息子はあのとき、ボールボーイとして球場にいたんや」。そう話してくれたお父さんがいた。甲子園のボールボーイは自チームが2人出すのだが、なぜ彼だったのかははっきりわからない。そのとき、彼は故障というかあまり状態のよくない時期だった。甲子園はどう見えたのだろう。練習用のアンダーシャツには、こう書かれている。『目指せ、夢のマウンドへ』



2003年06月11日(水)
関係ない話 その5 『消費税』


 大人の沽券に関わるので、やっぱり消費税は廃止すべきだと思う。

 幼いころ、毎日のおやつ代は100円と決まっていた。3時になると母からもらった100円玉を握りしめ、近所の駄菓子屋さんへ行く。合計で100円になるように買う。オーバーしたらおやつは買えない。ザ・リアル算数。ま、ときたま店のおばあちゃんが計算まちがったりして、そこが教科書の算数と違うところなんだけど。

 さて、21世紀の子供たちのザ・リアル算数の舞台はコンビニエンスストアに移る。時代が違うなあと思うのは消費税の存在。三時のおやつに駄菓子を買うような子供が、5パーセントをどうして計算するかなんて知るよしもない(と思う)。で、ある日、仕事中に私がこんなことを聞かれたわけだ。「これ、2つで200円で足りますか?」。太陽に任せた肌の色。すっぴんでもつるつる。小学4年生くらいの2人の女の子だった。彼女たちが持っていたスナック菓子は98円だった。「しょ、消費税、入れてだよね?」、間抜けな質問を柄にもない言葉で聞いてしまった。子供は、上目遣いで私を見て、こくりと頷く。

 え〜っと、98円やから、98×1.05。8×5=40。4繰り上がって、9×5=45。でさっきの4はえ〜っとえ〜っと。…パニックである。「すみません、店の人に聞いてください」。ああ、ギブアップ。(あとで思った、そもそも2つ以上のものを買う場合、消費税は1個1個にかかるのか、合計金額にかかるのか。…情けない女である)

 100円の消費税は5円だとわかる。90円は4円。でも、98円、98円って。だいたい10円のあめちゃんとかって消費税どうなってんの?知らんで。大人になって、そんなせっぱ詰まった買い物、せえへんようになったからなあ。

 レジカウンターで、値段を見てもらっている子供を眺めながら、で、200円で足りんの?とこちらが聞きたくなった。





2003年06月10日(火)
関係ない話 その4 『チェック』


 先日、会社のお偉方が店にチェックにこられたんだそうだ。私が行ってた店とは違う場所だったのだけど、後ろでじっと見られながらのカウントはたまらなくエラいらしい。

 ってなわけで、上からありがたぁ〜い注意書きメールが来たらしく、今朝の朝礼前に読み上げられ、気をつけるように言われた。中には社員さんですらわかっていなかった事項もあり、大規模会社の伝達不足よ、ああって感じだ。私たちの前では読まれなかったが、そのメールには直接見た人個々の注意書きもあったらしく、もし自分やったらと思うとおそろしくてならない。ざっと書き上げれば、こんな感じになるのでは?

1,地べたに本気で座り込んでカウントしない。
2,スボン、規定のと違う
3,髪をまとめているのはいいけど、横から髪がこぼれてるのはみっともない
4,機械を商品の上におかない
5,なんかおかしい(ほんまにこんな項目があった人がいる)

 コンビニでそんな異様な女性が作業してたら私です、声は…かけないでください。仕事中の自分は、裸と同じくらい見られたくないです。



2003年06月09日(月)
ただ見ているだけの人


 ある日の試合。内容がよくなかった。なんか、ジメジメというか、すっきりしないダラダラした展開だった。イニング間にミーティングで監督が言った。

 「ピッチャーが四球出しても見てるだけ。ただ見てるだけだったら、後ろにいる君たちのお父さんやお母さんと一緒だ。悪いところを変えようとしろよ。なぜ、ピッチャーを怒れない?お尻をポンを叩けない?」

 選手たちは輪になって神妙に話を聞いていた。私はふと周りにいる父兄さんたちを眺めた。ただ、見てるだけじゃないよ。確かに今はそうかもしれない。でも、父兄さんにはすることがいっぱいある。仕事も、ほかのお子さんのこともある。それを“ただ見ているだけ”という表現はどうだろう…。

 いや、監督がそんなことわかってないはずない。ただ目の前にいる選手によりわかりやすく指導をするのに、父兄さんに登場願ったにすぎない。でも、私はホントにホントの“ただ見ているだけの人”で。それがちょっと重くて。



2003年06月08日(日)
あと30日ちょっと


 ある高校の練習を見ていたときである。バックホームの練習だったのだが、同じミスを続けて繰り返してしまった選手がいた。そのとき、監督が本格的なお怒りモードに入った。それまでにもわりと怒鳴り声をとばす人ではあったが、ピークに達してしまったようだ。その選手だけではなく、チーム全体の動きが止まった。選手はその場で直立不動。しばらくは技術的な話だった。カットは入ればいいというものではなく、ストレート返球の方がベストな場合はむしろカットマンは邪魔な存在で、その判断が彼にはできてなかったようだ。で、そのあとに続いた言葉がこれだ。

「あと30日ちょっとでおまえの高校野球終わりだぞ。野球知らないまま、終わるんか?」

 グランド内の空気が張りつめた。選手は一瞬の間のあと、「いえ…(いいえの意味)」という。練習中におしかりを受けるときの選手は、その内容から大半は「はい」という言葉を発する。だから、私にはその「いえ」の一言が新鮮だった。…でも、このときのグランドはそんな事態ではない。監督は、「何が『いえ…』だよ」と吐き捨てるように言ったが、もうこの件が終わりにしたかったようで、選手から目をそらし背中を向けた。ほどなく、コーチのノックが始まり、打球は外野に飛んだ。



2003年06月05日(木)
“話を聞く”責任


 私もこの日記にときどき書いている。「話を聞いてみたい」。つまり取材とかインタビューとか。でも、未だにできずにいて、自分には向いていないということがようやくわかり始めてきた。

 塾の先生がこんなことを言っていた。
 選手や関係者など、自分が話を聞きたい人からただ話を聞く。それはすごく自己中心的な行為なのではないか。わざわざ時間をさいて、話してもらうからにはその人にとってもメリットのあるものでないといけないんじゃないか、と。

 すっごく説得力のある言葉だった。私が話を聞けずにいる一因はそこにもあるんじゃないかと思った。私は選手やチームや関係者や、自分が話を聞きたいと思う人のためにできる“何か”がない。確かに、誰だって始めから話を聞く相手のためになる文章が書けたり、話すことによって相手がメリットを得る話し方ができるわけではない。塾の先生は、私たち生徒が生きてきた分くらいライターとして生きている。重さが違う。

 



2003年06月04日(水)
関係ない話 その3 『たばこ』

 7月からたばこの値段があがる。非喫煙者である私には関係ない話なのだが、喫煙者の間ではその話題がよく出てくる。

 我が職場には喫煙者が多い。ある日、移動中ドライバーがこう言って話をふった。「いっつもたばこばっかりやり玉にあがってイヤになる。なんか他のもんに(税金を)かけたらええんねん」。

 その人は自分がコーヒーを飲まないため、「コーヒーにかけたらいい」と言う。うぉ〜い、勘弁してくれい。隣にいる女性は、「化粧品とかでもいいんちゃうか?」。私は別にかまへん、やっちゃってください。また別の男の人は、「野菜にかければええねん」。昼ご飯の主食がパフェでおかずがスナック菓子、飲み物が炭酸飲料という偏食主義者である。

 でも、こんな話を聞いて、消耗品の値上がりがちょっとリアルに思えた。野球の入場料やネットのアクセス、そんなものにまで税金がかかりだしたら…。どっかで暴動やで。本とかにかけられてもイヤやな、個人的には。

 たばこねえ。個人的には嫌いじゃない。居酒屋で隣の人が吸っててもどうもないし。できれば、たばこをなるだけ吸わせてあげたいとも思う。でも、みなが仕事している場所でスパスパやられると、ワシもここで酒あおったるぞって思ってしまう。なんでたばこってそんなに認められてんの?って思うときもある。同じこと、アルコールじゃ到底できない。…っと、話が逸れました。嫌煙家というのは別に喫煙者が憎いわけではなく、言うまでもなく、たばこによって体に被害がでるから、いやがってるんですよね。そういう被害がなくて、なお喫煙者がおいしく吸える。そんなたばこがあったらいいのですが。22世紀までに出来てますかね?いや、それまでにたばこもマフィアや大麻のようなドラッグ扱いになってそうで怖い。

 最近、仕事の際、移動中の車の中ですぐ気分が悪くなる。とびっきり吐きそうになる。でも、いざ車を降りて店で仕事を始めるとなると、嘘のようにむかつきがなくなる。実は、自分って仕事好きやったん?などと思い上がったこともあったけど、その謎もすぐ判明。このところは、車の中は冷房がかかり、車内は閉め切った状態になる、そんななかタールのきついたばこの煙がこもっている。むかしは多少のことでは平気だったのに、弱ってきたのかな。



2003年06月03日(火)
ペティキュアと夏


 ともきちが、「買い物、したいから一瞬で終わるし、つきあって」と言った。いつものことである。

 お目当ては、真っ赤なマニキュア。「手の指じゃなくて、足の爪にぬるの。粋と悪趣味のきわどいギリギリのところの。シーツに合いそうやな思って」。シーツて。誰とのシーツじゃい!…そんなつっこみはともかく、足の爪に真っ赤なマニキュア。悪い気はしない。

 結局、買い物は一瞬でなど終わることなく。迷ったあげく350円のマニキュアを持ってレジへ行った。色物の大半がシャネルという彼女だが、どういうわけか、今回の予算は1,000円以下。このこだわりはなんじゃい。でも、そういうの、嫌いじゃない。

 私は恋愛体質ではないし、シーツに似合う足など持ち合わせていなけど、夏になったら、足の爪を真っ赤にして、サンダル(ミュールじゃなく)を履いてみようか。ま、夏に私が行くところといえば、球場とかグランドくらいしかないのが、哀しいところだけど(笑)。



2003年06月02日(月)
日の高いうちからお酒


 仕事が思いの外早く終わった。もう日は高くて、夕方でもまだまだ明るい。今日はとてもいい天気で、涼しい店内から一歩出た世界は真夏。帰宅したら、真っ先にシャワーを浴びた。ああ、すっきり。のど乾いたなあと思って、冷蔵庫を開けると、私を引きつけて放さない1本の缶チューハイ。飲も。一瞬の躊躇もせず、冷蔵庫からそれを取り出した。

 空腹だったことが幸いして、アルコールはすぐ回った。ここ1ヶ月ほど続いていた鬱鬱が嘘のようなハイテンション。向かうは応接間にあるPC前。私専用の白いフロッピーディスクを差し込み、ファイルを開いた。野球日記である。このところとても書く気の起こらなかった野球日記とごく自然に向き合っていた。

 心地良いアルコールは、どんなにがんばっても振り払えない雑念を追い払う。今日、なんでこんなにいい酒を飲めたのかはわからない。でも、毎日こんな状態だったら幸せだろうなと思う。

 そういや、ここんところ、文章書いているときは、たいていアルコールが入ってるような気がする。この日記のタイトルも、『酔いどれ野球日記』とかに変えた方がいいかもしれない?!



2003年06月01日(日)
それを云うなよぉ


 Zさんは、ともきちのことが好きで好きでしゃあないんやと思う。だから、ともきちのやることなすことにケチをつける。酒の飲み方や服のこと、読んでいる本にまで茶々を入れているらしい。端で聞いてるだけの私にはその人のことが滑稽で仕方なく、いい笑いのネタではあるが、当人ともきちはわりとこたえているようだ。

 私たちは、“東山活動”という一般の27歳からはちょっとかけ離れた趣味を持っている。私たちとつきあおう(恋愛という意味において)となると、これを了承してもらわないといけない。理解してもらおうなんてもう思っていない。でも、理解できないなら、その領域に踏み込まないで欲しいのだ。

 Zさんはその禁断の領域に足を踏み入れてしまった。
 「もしオレが高校生やったら、27歳のオバハン(自分いくつなん?)が見に来ているなんでイヤやわ」

 はあーあ、私もへこんできた。
 Zさんは高校時代運動部の所属していた。それだけにこの言葉、リアルに響いてしまうのだ。

 ぶっちゃけ。選手は何とも思っていないと思うよ。知らないよ。私が何者かなんて。だから、好き嫌い感情なんてない。でも、それを証明するすべがない。ここにも何度か書いているが、私はずっとそのことで悩んでいた。で、ようやく開き直れたかなと思ったのに、また爆弾を落とされた。あーあ。

 この話は今日、ともきちから電話で聞いた。ちょうど奈良のグランドに来て、練習試合を見ている途中だった。グランドの外れ、便所座りしながら、「ブルーやわ、へこむわあ」と言いながら試合を見ていた。ごめんなさい。