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しもさんの「気になる一言」
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2025年12月31日(水) ■
運転をする人、ビールを飲む人、働いている人

一年を振り返りは、元旦にするとして、
大晦日は、ここ一年、羨ましかった人を取り上げてみたい。
まずは「車を運転する人」が羨ましい。(涙)
ちょっと出かけるのに、車があればいいのになぁ、
と思うことが度々あった。雨の日は、特に・・。
あんな、お爺さんやお婆さんが運転しているのに、
私は、病気の関係で止められている。
だから、運転をしている人、見るだけで羨ましい。
三半規管が弱くなっているのか、
今では、自転車の運転も自信がない。(汗)
次は「ビールを飲む人」が羨ましい。(涙)
夜は、テレビCMで「ビールを飲むシーン」に溢れ、
その度に、いいなぁ・・と思ってしまう。
キンキンに冷えたグラスで一気飲み。
「ぷふぁー」と喉を鳴らすあの瞬間が懐かしい。
薬など気にせず、ビールを飲みたいな。
最後は「働いている人」が羨ましい。(涙)
若い人から定年延長で働いている人まで、
働いて給料をもらっている人が羨ましい。
年末年始は9連休だ・・と話題にしているのが羨ましい。
私も働きたいが、集中力がないため、長続きしないし、
気がきかなく、失敗をしてしまう・・のが現実。
だから、普通に「働いている人」が羨ましかった。
「できないこと」をいくら書いても、どうにもならない。
そんなことは、承知の上で、
大晦日くらい、私の心の叫びを聞いてね。(汗)



2025年12月29日(月) ■
こんな汚い家なんてないよ

テレビで、掃除機のCMを見て、妻が呟いた。
吸引力を示すため、ゴミを思いっきり吸い込む、
よくある掃除機の機能を説明するシーン。
「こんな汚い家なんてないよ」妙に納得した。(笑)
髪の毛を吸引する機能の方が役に立つのに・・。
暗くて困らないように、ライトがつく掃除機もある。
暗い時間に掃除をすることなんてないよ、と言いたくなる。
充電器が付いている掃除機もある。
何でも充電すると、コンセントが足りなくなりませんか?
と言いたくなる。
テレビを観ていて、ツッコミどころ満載の商品、
それを探すのが面白い。
えっ、そんな価格で?と思うこともある。
「注文する前に、ネットで評判をみた方がいいよ」とは
妹の一言。(汗)
通販商品って、すぐ壊れてしまったら、意味ないものね。



2025年12月27日(土) ■
無印商品のお菓子が美味い

ハマっているのは、無印良品のお菓子。
今まで、お菓子はスーパーやコンビニで買うもの、
無印用品は、雑貨や衣料、そう思っていたけれど、
今や、全然違うことを記しておきたい。
ちょっぴり高いけれど、その分、量が多いし美味い。
せっかく食べるのだから・・と思って選ぶと、
無印良品のお菓子を選んでしまうから不思議だ。
無印良品のカレーは、びっくりするほど豊富だし、
選ぶのが大変なくらい。
今では、お菓子を買うために、
わざわざ無印用品へ足を運ぶこともあるから驚きである。
そこで得られた気付きは、
今までのイメージでショップを久しぶりに訪れると、
全く違った光景が飛び込んでくる・・ということ。
売り場面積も、変わってくるんだよなぁ。
無印良品のお菓子、えっ、もう知ってる?
私の方が流行遅れかもしれないな。(汗)



2025年12月25日(木) ■
ま、いっか

書籍「泣きかたをわすれていた」
(落合恵子著・河出書房新社刊・221頁)から。
「『ま、いっか』わたしは声にして言った。
ま、いっか。この言葉に幾度救われてきただろう。
その言葉で区切りをつけない限り、
目の前で起きる変化に対応することはできなかった。」
痴呆症の母を、必死に介護する
彼女らしい表現だと思った。
真剣に考えれば考えるほど、落ちこんてしまう介護。
「その介護をどう考えればいいのか」と言うと
「ま、いっか」とちょっと気楽に考えればいい。
そんな意味なのだと思う。
親の介護だけにとどまらず、いろいろな部分で
「ま、いっか」と考えられればどんなにいいだろう。
解決できないことに、悩み続けるのではなく、
「ま、いっか」と口にするだけで、
少しは気分が落ち着くのかもしれないな。



2025年12月23日(火) ■
「体調を崩してしまって・・」「そうですってねぇ」

地域交流センターで講演会のお手伝いをした。
その会場であった人たちに、同じことを聞かれた。
「お久しぶり・・どうですか?」
最初は「ボチボチです」と答えていたが、
曖昧な受け答えだな、と思って、言い方を変えた。
「体調を崩してしまって・・」と正直に。(汗)
そしたら帰ってきた返事は「そうですってねぇ」。
「(体調を崩したって)聞いていますよ、
でも元気そうでよかった・・」ということらしい。
どういう話になっているのか、どう聞いているのか、
詳しく聞けばよかったな、と思った。
噂って、どんどん広がっていくから・・。
どう伝わっているのか、気になってしまった。
どう言われていても、どうでもいいや、
って開き直れれば良いのだが・・どうもなぁ。(汗)



2025年12月21日(日) ■
パンダだって熊なのに・・

毎日のように、ニュース番組では、
全国で「熊出没」の話題でもちきり。
(最近、減ってきたけれど・・)
同じニュース番組で「パンダ」返還の話題も。
番組を観ていて、あれ?って思った。(笑)
それが「パンダだって熊なのに・・」。
片方は「怖い」と邪魔者扱いで駆除されて、
もう片方は「可愛い」と大切にされる。
全国的に「熊出没」のニュースでは、
「冬眠をしない熊」を話題にしているけれど、
同じ熊科のパンダは、冬眠などしない。
どうして、こうも取り扱いが違うのだろうか。
視点を変えてみると、面白いことに気づく。
私も、できるだけ俯瞰でみる視点が欲しい。
一つのことに集中するのではなく、
もっと広い視点で物事を考える視点が。
これが大事なんだよなぁ、私の場合。



2025年12月19日(金) ■
少しの大いなる勘違いと、多くの、些細な勘違い

書籍「積極的その日暮らし」
(落合恵子著・朝日新聞刊・310頁)から。
朝日新聞に連載されたショートエッセイの中から抜粋。
(タイトルは「二月の蛾」)
「人生とは、少しの大いなる勘違いと、
多くの、些細な勘違いで出来上がっているようだ。
少なくとも、私の場合は。」
その通りだとメモをした。
大いなる勘違いって、そんなに多くない。
些細な勘違いこそが、多くあって、
私たちの判断(行動)を決めている気がする。
私の生き方にいろいろな勘違いがあるだろうけれど、
それはほとんど些細な勘違いであって、
生き方や生活に直結した勘違いでないことと思いたい。
そう思うことで、少し気が楽になった。
私の行動は、大きな勘違いではなく、
些細な勘違いなんだと思うことにしたから。



2025年12月17日(水) ■
話すことがなくて・・

高校・大学時代の「仲良しグループ」の忘年会、
気心が知れた仲間だったために、参加を決めた。
しかし私の困ったことは恥ずかしい話、
「話すことがなくて・・」だった。
毎日のネットやテレビの話題なら、あるけれど、
今の私に、仕事の話ができるわけでもなく、
病気の近況報告も、相変わらずだし、
将来のことも、未だ目処がたたない状態で・・。
もっと気楽な話ができると思ったのに、
この時間が長く感じて、ちょっぴり辛かった。(涙)
もちろん、久しぶりに声を出して笑えることもあったし、
楽しい時間もたくさんあったけれど。(笑)
そんなことでどうするんだ、と自分に叱咤したけれど、
これが今の私の現状なんだと、納得するしかなかった。
次回は、暑気払いかな。
それまでに、何か楽しい話題を見つけなくちゃなぁ。



2025年12月15日(月) ■
「原作」どおりの結末に大満足。

楽しみにしていた日曜午後9時から放映のドラマ
「ザ・ロイヤルファミリー」。
久しぶりに、はまって観続けていた。
この作品、「原作あり」と聞いて、
早速、本屋で買って読み終えた。
ドラマと違った楽しさがあり、夢中になって読んだ。
原作あり、と言っても、原作に忠実ではない。
それはわかる、それがドラマの面白さだろう。
気に入ったのは、結末が原作どおりだったこと。
ドラマといえば、ハッピィエンドで終わるものだと
思い込んでいたので、必ず「有馬記念」で優勝する。
と言うことは、原作と違う結末か・・?と
半ば諦めていたら
なんと(原作どおり)優勝できず2着で終わった。
この原作に忠実だった結末に拍手を送りたくなった。
久しぶりに、興奮して観終わったドラマ。
もう一度、原作を読み直してみようかな。



2025年12月13日(土) ■
声がこもる、原因は?

声がこもる原因をもう少し詳しく、と言うメールが届いた。
ネット情報たけれど・・・(汗)
■口の開きが小さい:口をしっかり開けて発声していない。
■姿勢:猫背や巻き肩などの悪い姿勢で呼吸が浅くなり、
声のエネルギーが不足する。
■喉・舌の筋肉の衰え:喉や舌の筋肉がうまく使えていない。
■浅い呼吸:浅い胸式呼吸では声帯に十分な息が届かない。
■舌の位置:舌が奥まっていたり、巻いたりしていると
響きが後ろにこもる。
■喉の力み:声を出そうとするときに喉に余計な力が入ると、
声帯が硬くなりこもりやすくなる。
■精神的な要因:
自信のなさから声が小さくなっている場合もある。
私の場合、どれも、思い当たる気がするが・・
そのうち、改善方法も、調べてみようかな。



2025年12月11日(木) ■
何にもできない自分に腹が立った

妻が風邪気味なので、夕飯は私がつくるとばかり、
台所に立ったら、何も思い浮かばず、焦った。
どれほど、食事の支度を妻に頼り切っていたのか、
恥ずかしくなった。
昼も、電子レンジでチン・・ばかり。
パッケージに書かれている「500W」の時間を覚え、
電子レンジで温めるだけ。
これでは、料理とは呼べない。
栄養のバランスなんて、考えてもいない。
ただ、冷凍庫に入っている袋を選ぶだけ。
どれだけ、家事をしてこなかったがわかる。
気になる一言は、今の感情を言葉にした。
「何にもできない自分に腹が立った」
これに尽きるな・・(涙)



2025年12月09日(火) ■
ウソでも笑っていろ

書籍「ザ・ロイヤルファミリー」
(早見和真著・新潮社刊・619頁)より。
調教師が社長に怒られたシーン、
「お前はこわい顔で仕事をしすぎだ。
馬に緊張を与える態度を見せるな。
ウソでも笑っていろ」って。
(中略) 実際にウソでも笑うようになってからは
ずいぶん仕事がしやすくなりましたよ」
これは、私への忠告でもある、と感じた。
面白くなくても、ウソでも笑うこと。
今の私には、必要のことかもしれない。
知らず知らずに、難しい顔、こわい顔になってしまい、
私と接する人たちに、
不快な気持ちにさせてしまっているかもしれない。
ウソでも笑っていること、心がけてみようかな。



2025年12月07日(日) ■
夢中になっているのは、メモ書き

「自信のなさ」と「落ち着きのなさ」が同居して、
今、夢中になっているのは、メモ書き。(涙)
YouTubeの動画から、体幹トレーニング、
目のトレーニング、老眼トレーニング、
三半規管のトレーニング、滑舌トレーニング、
声のこもりをなくすトレーニングなど、
関係しそうなトレーニングを見つけては
そのやり方をメモしている。
自分でも、それでどう変わるかはわからないけれど、
メモすることで、満足し達成感を味わっている。
そんな感じだ。
ただメモが溢れていて、どれから実行すればいいのか、
わからなくなっている現状がある。
そんなに早く効果が現れないことも知っている。
それをこうして「気になる一言」として書いているが、
これもいいのかどうか、わからないんだよなぁ。(汗)



2025年12月05日(金) ■
馬に掛けるのではなく、人に掛ける

書籍「ザ・ロイヤルファミリー」
(早見和真著・新潮社刊・619頁)より。
主人公が秘書を務める社長が常々、公言している考え方である。
「馬に掛けるのではなく、人に掛ける」
競走馬を買う時、どんなところを見て買うのか。
「だからいつも言ってるだろう。
馬を見る力のない俺は、人間に賭けるしかないんだよ」と。
血統を大切にする競走馬、もちろん、それも大切だけれど、
どんな人とたちがこの馬に関わっているのか、
を判断基準にして馬を買っているのが、
もう一人の主人公とも言える、山王耕造社長である。
この考え方は、とても参考になる。
どんなものでも、どんな人が関わっているのか、を
判断基準にするのは悪くない。
この視点で、もう一度いろいろなことを見直してみようかな。
新しい発見があるに違いない。



2025年12月03日(水) ■
子供は、大人が思っている以上に大人で

書籍「しずく」(西加奈子著・光文社刊・210頁)から。
文中に、こんな文章があって、私のアンテナに引っかかった。
「『子供にはわからない』なんてこと、大人しか思っていない。
子供は、大人が思っている以上に大人で、
そして、大人が思っている以上に幼く、弱いのだ」
子供を幾つまで、子供扱いして接するか・・が問われている。
「子供にはわからない」なんてこと、大人しか思っていない。
子供は、大人が思っている以上に大人で・・」
確かにそうだ、と思う。
実は、大人にならなければわからないことなんてことは少ない。
我が家は、幾つまで「子供を子供扱い」しただろうか?
はっきりとは思い出せない。(汗)
「そして、大人が思っている以上に幼く、弱いのだ」
逆に、子供を子供扱いするのではなく、大人と変わらず接すると、
それはまた、ケースバイケースであり、
子供は「幼く、弱いもの」だと言う視点が必要だと思う。
子供の接し方って難しいと思うのは、私だけだろうか。



2025年12月01日(月) ■
「である調」ではなく「ですます調」

書籍「ザ・ロイヤルファミリー」
(早見和真著・新潮社刊・619頁)より。
日曜日夜のドラマ化された原作でありますが、
619頁の長編作品をたった2日で読み終えました。
その理由が、私を主人公にした作品で、文章が、
「である調」ではなく「ですます調」であったからです。
小説のほとんどが「である調」であるのに対して、
この作品は「ですます調」でした。
だからスッと入ってきたのかもしれません。
文章が丁寧になると思うのは私だけでしょうか。
「記憶に残っている」が「記憶に残っています」
「学生時代のままだった」が「学生時代のままでした」
「食べている」が「食べています」・・・
全編、こんな調子でした。
この「気になる一言」も「である調」で書いてきた
私にとっては、とても新鮮な文体であったことを
記録に残しておきたいと思いました。
この作品、一度、読んでみたいと思いませんか?
是非、ご一読をお勧めします。