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しもさんの「気になる一言」
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2009年12月31日(木) ■
2009年「今年の熟語」・・「看病」に決定

一昨年から、毎年恒例の世相を表す「漢字1字」に対抗して、
プライベートながら、1年を表す「熟語」を考えている。
手帳を開きながら、書き出した月別の熟語は
1月・瀕死 (愛犬・ジェイクが胃捻転(胃拡張)で瀕死の状態。今はほぼ回復)
2月・7/10 (一般質問の議員10人中7人が私の担当室関連、答弁調整は必死)
3月・解散 (子育て支援室が機構改革で解散。最後の室長になってしまった)
4月・はら田 (「隠れ家」のお店。以後、定期的に訪れて会話を楽しんでいる)
5月・GW法事 (法事がGWに集中した。これから、益々増えるんだろうなぁ)
6月・ゴミ屋敷 (あるお宅を仕事で清掃した。ゴミの中から畳が見えた時の感激)
7月・花火 (沼津・熱海、と花火を続けて楽しんだ。気持ちいいよね、花火って)
8月・箱根通い (女子プロゴルフ観戦・美術館めぐり、やっぱり箱根はいいな)
9月・3/5 (5日間で3回ゴルフに行った。メンバーも場所も別。スコアは・・)
10月・国文祭 (パネルディスカッションのパネラーに。役割は果たせた気がする)
11月・試験 (何十年ぶりかで課長昇任試験を受験。いつになっても緊張するなぁ)
12月・見舞い (11月義母緊急入院。昼休みや業務終了後、ほとんど毎日病院へ)

■選考委員長(私自身)の弁
今年の生活テーマは「美術館」だったけれど、
2009年を代表する「熟語」となると、ちょっぴり違う気がした。
私の大切な人たち(愛犬も含め)が、いろいろな病を患った年であり、
容態が気になって仕方がなかった1年であった、と振り返った。
少しずつでも病状が快方に向かうことが、
何よりも私の喜びとなることを、体験で知ることができた。
来年は、みんなの明るい笑顔が戻ってきてくれることを願っている。

PS.
一年間、ご愛読、ありがとうございました。来年も、ありがとうございます。



2009年12月30日(水) ■
2009年のテーマ「「美術は美術館で」を検証

年の初めに、今年は「○○の年」とテーマを決め、
1年を通して、それにこだわる生活を続けてきた。
昨年はテーマを「映画館で映画鑑賞」と決め、
平日・休日問わず、時間があるとせっせと映画館に通った。
おかげで、映画館で映画鑑賞のコツを掴んだし、
私なりの映画鑑賞のコツも、身に付けた。
今年のテーマは「美術は美術館で」だったから、
休日を中心に、目標だった「51回以上」は足を運んだ。
(だって、51歳だったから(笑))
平日は、美術関連の本や図録を読み漁り、
これまた、私なりの美術鑑賞のコツを掴んだ気がする。
好奇心旺盛の私だが、意外と不器用で、
いくつものことを同時に力を注いでいくことができない。
それが功を奏したのか、毎年、年初めに掲げた1つのテーマを
コツコツとこなしていくと、年末には大きな成果となって
サンタさんからプレゼントをもらえる気がする。
明日は大晦日、夕方、ゆっくり1年を振り返って、
2009年を代表する「熟語」を決めたい。



2009年12月29日(火) ■
「楽しい」「美しい」は教えられない

子どもたちに「楽しいってどういうこと?」
「美しいってどういうこと?」と訊かれて、
すぐに、答えられるだろうか。
実は「楽しい」「美しい」は感性なので、正解がない。
感性は「教えてあげる」ものではなく、
「育ててあげる」ものだと言われているのも頷ける。
もちろん、やってみたい、という「意欲」も同じこと。
そんな教えることができない「感性」や「意欲」を、
子どもたちには「絵本」や「おもちゃ」を使って育てて欲しい。
以前「楽しいってどういうこと?」と訊ねられて、
「脈拍を10あげることだよ」と答えたことを思い出した。
「わくわく・ドキドキすること」
そんな表現しか浮かばないけれど、これでいい気がする。
こればかりは、教えられることじゃないからなぁ。



2009年12月28日(月) ■
がん細胞は、胎盤に守られて攻撃できない

映画「余命」(生野慈朗監督)から。
結婚10年目、諦めかけていた夫婦に、
妊娠という明るいニュースが届いたのもつかの間、
妻の乳がんが再発して、またまた辛い日々が・・。
そんな場面にもかかわらず、私の疑問は、
お腹の子にがん細胞が転移することはないのか、
ストーリーとは関係ないことに興味を抱いてしまった。
ところが、妻の役柄が医者ということもあり、
あっさり、物語の中で答えを導きだしてくれたのが、
「がん細胞は、胎盤に守られて攻撃できない」のフレーズ。
えっ、本当?と私自身の耳を疑ったが、
それにもまして、人間を作った「神」の偉大さに驚いた。
母親が癌でも、胎盤に守られた子どもは子宮の中ですくすく育つ。
これは「人間誕生の神秘」としか表現が出来ない。
「余命」というタイトルを「与命」という漢字に変換したい。
そんなことを考えた作品であった。



2009年12月27日(日) ■
私の協力が必要なんでしょ?

映画「天使と悪魔」(ロン・ハワード監督)から。
どのシーンだったか忘れたが(汗)
ヴァチカンから助けを求められたラングドン教授が、
こう呟くシーンがある。
脅しにもとれるこのフレーズ、実は最後まで引きずった。
主人公が犯人ではないかと思われるほど、
事件現場で、ことごとく隠された暗号を見つけていく。
いかにも偶然を装っているが、その発見がなかったら、
物語は、前に進んでいかないから、始末が悪い。(笑)
「私の協力が必要なんでしょ?」とトム・ハンクス。
「あなたの協力は必要ありません」こう言いたくなる私がいた。
しかし「あなたに見つけてもらわないと・・」と困るんだなぁ。
偶然見つけた、ある部屋の中の「録画」がなかったら?
キリスト教の世界は変わっていたかもしれない・・と考えると、
あまりにも、お粗末な展開だと、途中でメモをやめた。
この映画を数式にすると、
(日本のTVドラマ「火曜サスペンス」+米国のTVドラマ「24」)÷2
この数式を理解して、観たくなるか、どうかは、読者にゆだねたい。



2009年12月26日(土) ■
朝飯を抜けば、昼まですべて朝飯前の時間

書籍「思考の整理学」(外山滋比古著・ちくま文庫刊・223頁)から。
1冊を読み終えたら、ものすごい数のメモが溢れた。
その中のひとつが「朝飯前」の考え方。
辞書には、
1 朝食をとる前。
2 朝飯を食べるわずかな時間でできるような、たやすいこと。
また、そのさま。「それぐらいは朝飯前だ」
とあるが、著者の考えは違う。
「簡単なことだから朝飯前なのではなく、
本来は決して簡単でもなんでもないことが、さっさとできてしまい、
いかにも簡単そうに見える。朝の頭は、楽天的であるらしい。」
私も大賛成の解釈である。
今の私の生活、プライベートでやりたいことは、
起床時間の午前5時から朝食の午前7時までの間には済んでしまう。
朝飯前に日課の「半身浴」と「読書」と「マッサージ」は欠かさない。
夕方仕事が終わってからは「義母の見舞い」と「夕食」「愛犬の世話」、
そして唯一「気になる一言」と「五行歌」を書いて、もう寝るだけ。
それでも、例年以上に多くのものを蓄積してきた気がする。
著者曰く「朝飯を抜けば、昼まですべて朝飯前の時間です」
なるほど・・この発想には参ったので、気になる一言。(笑)



2009年12月25日(金) ■
全部、白が混ざっている感じ

以前、箱根・成川美術館で耳にした、
企画展「牛尾武・空海の空と海(第三章黄金の時代、中国)」
を鑑賞していた若い女性の一言である。
「キレイ」「美しい」などの感想ではなく、
観た瞬間「やさしい色ねぇ」と呟いたので、
なんとなく彼女の感性が気になった。
「やさしい色」って、どんな感じなんだろう・・と
私なりに考えていた矢先、また彼女が呟いた。
「全部、白が混ざっている感じ」って。
原色を使ってそのまま描くのではなく、
必ず、色に「白」が混ざっているというのだ。
それにより、絵全体が「やさしい色」になっている。
「やさしい色」を使って描かれた絵は「やさしい絵」、
そういう意味なのだと思う。
肌が白いから、女性はやさしく感じるのと同じなのか。
「白」という色には「やさしい」というイメージがある。
自分の周りの「白」が混ざった色を探してみよう。
たしかに「やさしい」ものが、多い気がする。
でも・・私的には、「やさしい」と言えば
「全部『しも』が混ざっている感じ」と言われたいねぇ。(笑)



2009年12月24日(木) ■
センベロ居酒屋

テレビのニュースで耳にした言葉。
不況だから、年末でも景気のいい話は出ない。
例年なら、ボーナスも出たことだし、
ぱぁ〜っといきますか・・となるのだが、
今年は、なかなかそうはいかないらしい。
そこで人気なのが「センベロ居酒屋」
「千円でベロベロに酔える居酒屋」の略?
お金がないなら飲みに行かなきゃいいのに、
お金がないから、安い店に行こう・・が小市民。
居酒屋もなんとか稼ごうとするから、
本当に「センベロ居酒屋」が出現する。
世の中、うまく出来てたいるなぁ・・と思いつつ、
今までの値段はなんだったんだ、という呟きと、
早く酔えるように、眼薬でも入ってんじゃないか?
という疑いの眼差しで眺めてしまった。
千円で酔えるなんて・・信じられない。(笑)



2009年12月23日(水) ■
「愛してる」「だから?」

映画「スラムドッグ$ミリオネア」(ダニー・ボイル監督)から。
この映画が恋愛映画かどうか、の判断はしないにしても、
恋愛映画には、時々、えっ〜?!と思うシーンが登場する。
その典型的な台詞が、第81回アカデミー賞では作品賞を受賞した
この作品にも、もれなく登場し、私は呆れてメモをした。
主人公が愛する女性が、大富豪に囲われ、
何不自由なく過ごしているのに、突如、主人公が現れて
「僕と逃げよう」と誘い出すパターン。(よくあるんだなぁ、これが)
これまでに何度も観てきたこの場面設定だけど、どうも腑に落ちない。
一緒に逃げても、金がなく貧乏することが目にみえているのに、
どうして、女性は最後に「愛」を選ぶのか、不思議でしょうがない。(笑)
彼女は真剣に考え、主人公の誘いを断る場面が、この作品にはある。
女「ひとつお願いがあるの」男「なに?」女「私と別れて」
男「愛してる」女「だから?」そして「もう手遅れなのよ」と続く。
この女性の「だから?」が、とっても印象的だった。
結局、ストーリー的には一緒に逃げ出すんだけど・・。(汗)
「愛している」だけでは幸せになれない、と思うのは、私だけか。



2009年12月22日(火) ■
学校でしなかった分、勉強しますから

毎月、給料日に職場へ訪れるネクタイやさんの台詞。
ちょっと不意を突かれ、意味がわからなかったが、
じっくり聞き直し、意味がわかったら、
逆に、笑いが止まらなくなってしまった。
このフレーズ、物を売る仕事をしている人は、
いつでも使えるフレーズとして、覚えておいて欲しい。
「いかがですか?安くしときますよ」より、
「学校でしなかった分、勉強しますから」の方がいい。
思わず、クスっと笑ってしまうフレーズである。
あとは・・最近の若い人たちに
「勉強する」の意が伝わるかどうかであろう。
辞書にも「商人が商品を値引きして安く売ること。」
「思い切って勉強しておきます」と使い方まであるから
わかるとは思うけれど・・
こういった洒落たフレーズを、コツコツ貯めたいと思う。



2009年12月21日(月) ■
幸せな結婚が約束される本

書籍「二人ならもっと幸せ」(久野浩司著・ポプラ社・175頁)から。
気になる一言は、この本のサブタイトルである。
タイトルだけで、図書館にリクエストした妻が、
読み終えてから、(もしかしたら、途中でやめたかもしれない)
私に、読んでみる?と渡された本だったが、
申し訳ない、読み終えても、よくわからなかった。(汗)
結婚5年目の30代男性が、女性に向けて書いた「結婚ハウツー本」は、
結婚26年目の50代男性には、あまりピンとこなかったのである。
しかし、ネットの世界では「カリスマ恋愛カウンセラー」らしい。
ただ、視点を変えて、こんなことで本になるのか・・という驚きと
果たして誰が買って読むのだろうか、という疑問が残った。
最初から「幸せな結婚が約束される」なんて、面白くないだろう。
ふたりで、いろいろなことを乗り越えてこそ、
夫婦っていいな、夫婦って楽しいな、と思えるに違いない。
正直、内容は、ちょっとがっかりしたけれど
「二人ならもっと幸せ」というタイトルは、新鮮だったな。



2009年12月20日(日) ■
連れ買い、行ってきま〜す

子育て総合支援センターのスタッフ、休憩中の一言。
お昼休みの最中、ふたりのスタッフが仲よく歩いている。
「どこへ行くのかな?」と眺めていたら、
元気に「連れ買い、行ってきま〜す」。
なるほど・・女性らしいフレーズだ・・とメモをした。
対になる言葉は、当然「連れション」だけど・・(笑)
意味は、連れだって一緒に小便へ行くこと。
だから「連れ買い」は、連れだって買い物に行くこと。
そんな意味にとればいいのだろうか。
女性のスタッフが「連れショ」って口にしたから、
それは言っちゃいけない・・と思っていたら、
「連れショ・・ッピング」と言おうとしたらしい。
この「連れ○○」なる言葉、
個人プレーより、和を大切にする日本人ならではの
言葉かもしれないな。
外国の生活習慣に詳しいお方、
こんな言葉が、他国にもあるのか、是非教えて欲しい。



2009年12月19日(土) ■
静岡は演奏しやすいですね

国指定重要無形文化財「組踊」/伝承者(太鼓)
琉球古典音楽野村流音楽協会/教師(三線)の
よなは徹さん「三島公演」でのひとコマ。
最初から最後まで、沖縄三昧のコンサートだった。
共演・岸本美代子さんの踊りに拍手し、
琉球民俗芸能エイサー集団「琉神」のパワーに
圧倒されて、久しぶりに興奮した夜となった。
さて・・紹介したのは、よなはさんのトーク。
「北海道で公演をすると、みんな物珍しいのか、
聴き逃さぬように、じっと終わるまで静か。
それに比べて、沖縄では、いつでもどこでも
この音楽が流れているので、じっくり聴いてくれない。
そう考えると、静岡は適度に拍手、手拍子はあるし、
演奏しやすい・・」と会場を沸かせた。
「地元沖縄より、静岡公演の方が多いんですよ」と
苦笑いしながらも、その言葉は温かった。
最後は、観客総立ちで「カチャーシー」。
なるほどなぁ、誰もが沖縄にハマるわけだ。



2009年12月18日(金) ■
彼らが小さいんじゃなくて、僕らが大きいのかもしれない

映画「ホートン ふしぎな国のダレダレーレ」
(ジミー・ヘイワード/スティーヴ・マーティノ監督)から。
ジャングルに住む、象のホートン。
アニメとはいえ、なかなか楽しいキャラクターだった。
一輪の花についた「ほこり」。
そのほこりの中に、人が住んでいる。(笑)
これだけじゃ、まったくストーリーがわからない、ごめん。
ただ、ほこりの中に住んでいる、ダレダレーレの市民。
「こんなほこりの中に、人が住んでいるわけないだろう、バカらしい」
これが、一般の動物たちの考え方である。
しかし主人公・ホートンは、その枠にはまった考え方を否定した。
それを象徴する表現が、
「彼らが小さいんじゃなくて、僕らが大きいのかもしれない」。
そう考えれば、絶対間違っている、とは言えないだろう。
いつも自分を基準に、物ごとの尺度を図ってしまう私たち、人間。
可能性を狭くしているような気がしてならない。
大所高所から・・って、こんなことを言うんだよなぁ。

PS.清水町及び近隣にお住まいの方へ
新年1月11日(祝)13:00〜 親子映画会(入場無料)で、この映画上映します。
場所は、地域交流センター(旧・町公民館) 是非、この機会にご覧ください。
私のこの「気になる一言」も思い出しながら。



2009年12月17日(木) ■
バスにのって

今、私の耳に残っている音楽は、この曲。
なんでも、NHKの某教育番組で流れているらしい。
こども達には、大人気の曲だ。
わが町の子育て総合支援センターでは、
午前11時と午後3時から
「サンサンタイム」と呼ばれる体操の中で実施しているが、
最近、何度も耳にしているからか、
曲に合わせて、自然と体が動いている自分がおかしい。
「3、2、1・・」とカウントダウンも口ずさんでいる。
これって「バスにのってサバンナへ」とか
「バスにのって公園へ」とか、いろいろな形があるようだ。
う〜ん、私がバスにのる時は「飲み会の時」かな。
「バスにのって飲み会へ、ゴーゴー、3、2、1・・乾杯」
うん、たしかに、楽しくなってきた。(笑)
最近、バスに乗る機会が減ってきたが、
出来ることなら、この曲を、車中に流して欲しい。
それに・・替え唄なら、いくらでも作れそうだもの。
「バスにのって○○へ」あなたなら、どこへ行きますか?



2009年12月16日(水) ■
これでも、ハーバード出なんだ

映画「ハンティング・パーティ」(リチャード・シェパード監督)から。
「戦争は、探せばどこかでやっている」の台詞が気になり、
途中まで書いたのだが、どうも優等生の感想になり、
読み返したら、なぜか面白くないので、そのまま削除した。
もっとインパクトのあるメモがあるはずだ・・と捜したら、
このフレーズが浮かび上がってきた。
リチャード・ギアなどの主人公2人が発した台詞ではなく、
親の七光りを利用し、リポーターになった新米が、時々呟く台詞。
日本でいえば「これでも、東大出なんだ」だろうか。
その台詞に対して、主人公の2人はこう返す。
「ハーバード出のバカ女を知ってるぞ」。これが私には受けた。(笑)
最近では、耳にした事のない大学や、意味がわからない学部もある。
しかし、社会に出たら、どこの大学・学部を卒業しようと関係ない。
「これでも、ハーバード出なんだ」と言われたら
「だからなんだよ」と言い返してやろう。気分、いいぞぉ、きっと。



2009年12月15日(火) ■
行きつけの美術館

昨年は「映画」、今年は「美術」と決め、
意識的に「美術の本」を読み、美術館に通い、
少しだけど、知識も増えてきた。
51歳の目標であった「51回、美術館へ足を運ぶ」も
なんとかクリアできそうだ。
(ここ1ヶ月半は足踏み状態ですが・・(汗))
美術館ごとに企画展のペースが違うことや、
得意とする分野があることも、わかってきた。
音声ガイドや、学芸員の作品案内なども、
有効に使うと、その親しみはさらに広がる。
そんな時、雑誌「サライ」で
「身近にある『知』と『安らぎ』の場所の使い方
美術館へ行こう」と大特集が組まれ、
女優・緒川たまきさんは、対談の中で、
「行きつけの美術館」を持つことを提案してたいた。
私も大賛成である。
美術館がますます身近になってくること、間違いない。
めちゃくちゃに込んでいて、鑑賞までに何時間も並んで、
ゾロゾロ歩いて、ゆっくり出来ないのは、本末転倒。
散歩のついでに、ドライブの寄り道で・・
そんな感覚で「行きつけの美術館」があることが、
どんなに、心が癒されることか。
「行きつけの飲み屋」もカッコいいけれど、
「行きつけの美術館」があるなんて、もっといいな。



2009年12月14日(月) ■
昨年も上手かったけれど、こんなに上手かったか?

久しぶりに私の雑感。
私の職場の一つである「子育て総合支援センター」。
12月は、いろいろな団体のクリスマス会が目白押し。
とても、楽しい1ヶ月となるシーズンである。
特に、バルーンパフォーマンスは、
年代を越えて楽しめるイベントとして、大賑わいであった。
私の呟きは、出演している女性陣の成長ぶりを文字にしてみた。
1年前に拝見した、バルーンショーと比較して、
格段の成長を遂げていたことは、特筆に値する。
チーム「NEJIRIN’」のリーダー・ともちゃん。は、
今年、静岡県で開催された国民文化祭の
パフォーマーとしても活躍され、全国を所狭しと飛び回った。
mixi等の日記で、彼女の成長ぶりは確認できるが、
試行錯誤を繰り返しながらも、大舞台を経験した自信が、
そのパフォーマーぶりからも窺えた。
他の2人の女性陣も、脇役ではなく、しっかり存在感を示し、
安心してみていられる演技だった、と思う。
この感覚は、男子プロゴルファー・石川遼選手の
今年のスーパープレーを見た時と同じであった。
確かに「昨年も上手かったけれど、こんなに上手かったか?」
その原因は、大舞台、晴れ舞台の経験にほかならない。
人間って、1年でこんなにも成長するものなのか。



2009年12月13日(日) ■
信玄餅は、手作業で結んでいます

山梨のお土産というと、ワインや葡萄、桃に劣らず
「桔梗信玄餅」が有名である。
以前、その工場見学をしていて驚いたことがあった。
「信玄餅」と言えば、きな粉にたっぷり黒蜜をかけて、
さらに、そのきな粉をこぼしながら食べるのが私流である。
さて、その「信玄餅」を包んでいる小さいビニールには、
ひとつずつ結び目があるのだが、私は以前から気になっていた。
どうやって、生産ラインの中で結ぶのかと・・単純な疑問。
梱包ではないが、当然1つずつ結ぶ機械があるのかと想像した。(笑)
ところが、私が目にしたのは、多くの人間の手による包装の工程。
係員に質問したら、こればかりは機械化が出来ません・・と苦笑い。
それでは、こんな面倒くさい包装はやめればいいのに・・と思ったが、
そこに、手間隙を惜しまない「桔梗屋」さんの企業理念を感じた。
今度「信玄餅」を食べるために、
包装のビニールの結び目をほどく時、これって、手作業なんだ・・と
眺めて欲しい。(飲んだ時の「ちょいネタ」には使えるから・・)
機械化できない部分を残すと言うことは、
働いていてる人を大事にするということでもあるし、
「大切にしたい会社」の1つかもしれませんよ、坂本先生。

PS.
ただし、工場見学では、白い作業着に身を包んだ人が多く、
顔も、性別も、ましてや国籍もわからなかった。(汗)



2009年12月12日(土) ■
長嶋一茂だって頑張ってるでしょ

以前紹介した、高橋英樹ファミリーが出演したテレビ番組
「ボクらの時代」での一場面。
高橋英樹さんの一人娘、真麻さんはとても苦労して、
誰の力も借りずに手に入れた仕事なのに、
周りの人は「いいねぇ、コネがあって」と言う簡単な台詞で
自分の努力が片付けられてしまうことに、
相当の不満があったようだ。
そんな娘に、父親は「長嶋一茂だって頑張ってるでしょ」
「見ている人は見ているから、
しっかりやれば誰もそんなことは、言わなくなるよ」と
彼女にアドバイスをした。
以前、政界の「二世問題」が取り上げられていたが、
私は、別に規制しなくてもいいんじゃないか?と考えていた。
政治家だって、努力しなければ、誰も認めてはくれない。
小さい頃から、その環境で育っているのだから、
政治の世界に憧れ、目指すことが悪いとは思えない。
それこそ、彼ら彼女らの職業選択の自由を奪うことになる。
二世だって、父親・母親以上の政治手腕を発揮し、
この国を変える力になるかもしれない、とは
考えられないだろうか。



2009年12月11日(金) ■
ほっときなさい、今にわかってもらえるよ

自主上映映画「いのちの山河 日本の青空2」(大澤豊監督)から。
岩手県の山村、沢内村(現西和賀町)が、
俳優・長谷川初範さん演じる「深沢村長」を中心に
「生命尊重の行政」をつらぬいた実話を基づいて作られた。
彼の企画立案に、村民が全員賛成だったわけではない。
自宅の家に投石が何度もあり、何度もガラスが割れる。
その度に、主人公とその家族は、辛い思いをするのだが、
投石した人たちを見つけ、それに抗議するのでもなく、
怯える家族を1つのフレーズで納得させる。
「ほっときなさい、今にわかってもらえるよ」
かっこいい・・と思わず、メモをした。
除雪用のブルトーザー購入も、高齢者の医療費無料化も、
実現不可能に思えたことが、どんどん形になっていく。
それを支えたのは、現在は多くの人が反対でも、
「今にわかってもらえる」と言い切れる自信であろう。
彼には、既に成功がイメージできていたに違いない。
特に、違法だと言われた高齢者の医療費無料化も、
「国は後からついてきます」という姿勢で臨んだシーンでは、
前例がないからできないのではなく、
前例があろうがなかろうが、良いと思ったら実行する。
その考え方が、とても新鮮に写った。
私も、こう言い切れる「自信」と「意欲」を持って、
仕事に望みたいと思った作品である。



2009年12月10日(木) ■
私、お金になるんですね

映画「ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜」(根岸吉太郎監督)から。
[原作]太宰治とあって、ちょっと迷ったが、(汗)
大好きな「松たか子さん、広末涼子さん」の共演とあって、
1度にふたりが観れるなんて最高・・とミーハー感覚で観てしまった。
気になる一言は、物語とはあまり関係ない、単なるつぶやき。
夫の借金を返すために小料理・椿屋で働き始めた佐知(松たか子役)は、
あっという間にお店の人気者になり、チップを大勢にいただく。
(たぶん、私でもチップをやりたくなるな、きっと(笑))
2歳になる子どもの病気治療代もない貧しい暮らしと比べたら、
その世界は、驚きの世界だったに違いない。
あまりのチップの多さに、思わず口にした台詞が
「私、お金になるんですね」
実は、この台詞、原作は短編ということもあって、
読み直してみたが掲載されていないが、妙に、耳に残った。
以前、働いた経験があるような人物設定だったが、
人の役に立って、お金がもらえて、人気者になった彼女の台詞は、
「労働の意義」を表しているようにも感じる。
この世の中に、自分の存在感を意識したシーンだった気がする。
出番は少なかったが、広末涼子さんの演技にも、魅了された。
「おくりびと」の妻役から、ひと回り大きくなった彼女。
これからの活躍が、目に浮かぶようだ。楽しみである。



2009年12月09日(水) ■
今日をどう生きるかで日の沈む美しさが変わる

すみません、久しぶりに情報源、不明です。
実は、このフレーズには、対になるフレーズがある。
気になる一言の読者なら、大体想像できるかも・・。
正解は
「今日をどう生きるかで日の沈む美しさが変わる。
明日をどう夢みるかで日の昇る美しさが変わる。」でした。
素敵な言葉だと思ってメモをしたのは間違いない。
夕方、日の沈む光景を、どんな感じで観ることができるか、
充実した1日が過ごせれば、夕日は美しく感じられるだろう。
逆に、不平不満ばかりで過ごした後に見る夕日は、
美しく感じないばかりか、日が沈むことも気がつかないかも。
さて、朝日はどうだろう。
前の晩から、明日のことを夢見ていれば、
早朝眺める日が昇る光景は、清々しいものになるに違いない。
逆に、寝る前から明日のもやだなぁ・・と感じていれば、
翌朝の朝日は、美しく感じないはずだ。
これまた、日が昇る時間に起きていないのではないだろうか。
日が昇る光景、日が沈む光景、じっくり眺めてみよう。
美しいなぁ・・と感じられることを祈りたい。



2009年12月08日(火) ■
坊や、私を捜しているの?

映画「この道は母へと続く」(アンドレイ・クラフチューク監督)から。
ロシア映画って感じが、全体に表現された作品だった。
作品の冒頭、ガス欠で車が立ち往生した時、
凍てつく外の風景をじっくり眺めるシーンがあり、
「ほら、まさにロシアって感じだ」と呟くシーンが
私の印象とダブり、違った意味で面白かった。
さて、気になる一言は、映画のラストシーン。
母を探すために孤児院を脱走したという少年の実話を基に
製作されたという映画だけに、どんな終わり方をするのか、
母親がどんな顔をするのか、とても興味があったが、
顔は出さず「坊や、私を捜しているの?」の台詞だけ。
(たぶん、私の聞き間違えでなければ、
病院で主人公を追っかけていた男を手当てしていた病院の看護婦が、
本当の母親である彼女だと思うのだが・・)
その優しいイメージが、この台詞を引き立たせた。
このあと、思い切り抱きしめたことは、誰でも想像ができる。
「僕を孤児院に預けたの?捨てたの?」なんて、野暮な会話はいらない。
それほど、このフレーズは、インパクトがあった。
この言葉だけで、どんなに苦労して訪ねてきてくれたかを察し、
もう2度と離さないからね・・と泣きじゃくるシーンさえ浮かぶ。
「坊や、私を捜しているの?」声が震えていた気がする。
う〜ん、ロシアって感じの作品・・・観終わってもう一度、呟いた。



2009年12月07日(月) ■
頑張らなくていいから、負けないでよ

義母の体調が思わしくなく、
このところ、昼休みに自転車で病院へ行って、顔をみて帰る、
仕事が終わってから、また様子をみに行く生活が続いている。
「大変だねぇ」という周りの言葉を受けながらも、
自分では、納得して動いているので、実は苦にならない。
しかし、いつも手を握って帰る時に、困ることがあった。
意識だけはしっかりしているから、苦しそうな義母に
なんと声をかければいいのだろうか・・いつも迷っていた。
ところが、我が娘も働く時間を調整して、相模大野から駆けつけ、
時々、ベッドの横で、本を読んでいることがある。
そんな彼女が、今日、一緒に帰る時に、祖母に向かって呟いた台詞。
「頑張らなくていいから、負けないでよ」
なるほど・・・私の気持ちを上手く表現しているな、と思った。
いろいろな機械に繋がれている義母に「頑張ってよ」は、言えない。
しかし、少しでも励ましたい。そんな気持ちを伝えたかった。
そうなんだよ「頑張らなくていいから、負けないでよ」だな。
今日ばかりは、娘の表現力に驚いた父親である。



2009年12月06日(日) ■
優勝スピーチで泣くのは、初めてです

明日は「男子ゴルフ 丸山茂、国内ツアー10年ぶりV」
「Vの丸山茂が男泣き・・最終日に今季自己ベストスコア」など、
新聞の見出しが楽しみである。
テレビ観戦していた私は、彼の優勝スピーチが気になっていた。
「99年のシーズンを終えアメリカに挑戦しに行きました。
挫折して、打ちのめされて、こちらに戻ってきましたけど、
なかなか立ち直れなくて・・・」とコメントした時、
思わず、言葉に詰まった。そして、いつもの笑顔で
「優勝スピーチで泣くのは、初めてです」と続けた時、
なぜか私も目頭が熱くなった。
今年、賞金王を争った、石川、池田という若い選手にとって、
自分の若い頃のジャンボ尾崎さんのようになりたい・・という想いが
伝わってきた。
特に「挫折して、打ちのめされて」の言葉は、重たかったなぁ。
それでも、丸ちゃんスマイルで、私たちを楽しませてくれた。
後輩の育成の視点をもった丸ちゃん、
来年は、彼らの壁となって、若い人たちの前に立ちはだかって欲しい。
それを乗り越えることが、彼らをもっと強くすることになるのだから。

PS.マスコミの皆さんへ。
「丸山茂」まで書くなら「丸山茂樹」って書いてください。(笑)



2009年12月05日(土) ■
「今年の漢字」いくつ覚えているだろうか?

1995年〜2008年までの「今年の漢字」は以下の通り。
1995年「震」1996年「食」 1997年「倒」1998年「毒」
1999年「末」2000年「金」 2001年「戦」2002年「帰」
2003年「虎」2004年「災」 2005年「愛」2006年「命」
2007年「偽」2008年「変」 。
メモを整理しながら、師走に話題の「今年の漢字」を書き出してみた。
やはり、一字では思い出せない。
1995年、阪神淡路大震災の1年と、
2005年、天皇家に愛子様が誕生し、卓球の愛ちゃん、
スキーモーグルの愛ちゃん、が大活躍した年だけは、覚えているが、
あとは入れ替えたって、誰も気がつかないんじゃないだろうか。
(2003年、阪神優勝が1年を代表する漢字ではお粗末すぎるしね)
振り返ってみてもイメージとして「明るい漢字」が少ない。
それでも、続けるらしいね、「今年の漢字」。
やっぱり、わかりやすいのは「今年の熟語」だな。
1年を思い出すには「一字」では足りないこと・・
みんな気付いているはずなんだけどなぁ。



2009年12月04日(金) ■
外国は、現地の方が感動する

ある研修会で「観光」に関する講演を聴いた。
「日本の観光パンフレットは、詐欺に近い」
こんな過激なフレーズさえ飛び出す話であったが、
なぜか納得しながらメモをした。
もちろん、観光地としては、汚い部分は見せたくない。
いいとこ取りの素敵な写真をパンフレットに配置し、
こんな景色が見られます・・と誘客するのだが、
実際、現地へいくと、ゴミが散乱していたり、
パンフレットに載っていた景色が、
危険を冒さないと観ることができなかったり、
立ち入り禁止で、観ることさえできない場所ばかり。
だから、ほとんどの観光地では、がっかりして帰る。
思い当たる観光地も多いはず。
しかし、外国の場合は違う。(らしい)
外国の観光地は、パンフレットより、現地。
そこでしかみられない景色が、観光客を感動させる。
だからこそ、何度も訪れることになるのだろう。
こんな視点で、富士山を眺めてみよう。
「パンフレットに掲載されている富士山」と、
「現地の登山道にゴミが溢れている富士山」。
気になる一言を、もう一度、読み直して欲しい。
「外国は、現地の方が感動する」



2009年12月03日(木) ■
最近は、あれ、かぶってないのね

義母のお見舞いにきてくれた方が、
忙しそうに動き回る看護士を眺めながら、こう呟いた。
「最近は、あれ、かぶってないのね」
「あれ」とは「ナースキャップ」のことらしい。
そう言われてみれば・・数年前に廃止になったんだよなぁ。
洗濯しにくいとか、衛生面の問題からやめたと言うより、
ピンで留めていても落ちやすい・・なんて理由だった気がする。
新聞で「戴冠式」の記事を見たばかりだったので、
また、復活したのかと思ってたよ。(笑)
キャップだけでなく、アダルトビデオではお馴染みのナース服も
いつしか、白のパンタロンスーツみたいになっているし。(汗)
そう言えば、先生もビックリするくらい若くなって、
サンダルとか、ジーパンで白衣を着ている先生もいる。
知らない間に、病院は様変わりしていたので、
記憶に残すために、選んでみた。「最近は、あれ、冠ってないのね」
「冠る」って「戴冠」の「冠」だったのか・・。



2009年12月02日(水) ■
心が貧しい人が描いた富士山は、貧しい富士山になる

画家「横山大観」の台詞だといわれている。
多くの芸術家が、富士山を題材に、作品を残した。
絵画に留まらず、写真、彫刻、音楽、文芸など、
あらゆるジャンルに影響を及ぼす「富士山」は、
誰がどんな作品にしても、雄大で堂々とした存在、
これは動かしたい部分だと思っていた。
「富士山といえば横山大観」と言われるほどの作品を
数多く残した彼だからこそ言える、このフレーズは、
妙に私の心に引っかかった。
どんなに技術を持っていても、表現する人の心が貧しいと、
雄大な富士山は、表現が出来ない・・ということ。
それは、ひとりの人間の中でも、起こりうる。
気持ちが落ち込んでいる時は、雄大な富士山は描けない。
そんな意味にもとれるのではないか。
富士山を毎日眺めることができる私も、感じていたこと。
同じ富士山なのに、大きさが毎回違く感じる。

PS.今日他界した、
平山郁夫画伯の富士山作品は「輝く太陽と富士山」。 
「富士山を世界遺産にする国民会議の副会長」でもあった。
ご冥福をお祈りします。合掌。



2009年12月01日(火) ■
職場では「ホスピタル」、ネットでは「ホームページ」

タイトルだけでは何のことかわからないかもしれないが、
インターネット上でホームページを開設している私としては、
迷うことなく「ホームページ」の略、と考える「HP」。
しかし、職場で頻繁に使用される「HP」(英字2文字)は、
「ホスピタル」の略だった。(笑)
まぁ「病院」の略と考えていいだろう。
どうも「病院」=「ホスピタル」がうまくイメージできず、
「○○HP」・・・の文字を見つけては、
「○○のホームページか」と勘違いしていた。
「クリニック」は「CL」らしい・・
今は、いろんな略語が使われるが、
ケース・バス・ケースで、意味が違うことを念頭に、
読み替えていこう、と思う。
あなたの職場の、面白略語、あったら紹介して。