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しもさんの「気になる一言」
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2007年10月31日(水) ■
やるなぁ、富士宮市役所

先日、出張で「富士宮市役所」を訪れた。
同じ静岡県東部でありながら、
なかなか庁舎へ行く機会がなかったのだが・・。
(たぶん、今回で2回目かもしれない)
庁舎の高さは、富士山の縮小、37.76メートル。
これは「富士山検定」で知っていた。
きっと面白い発想をする職員がたくさんいるんだなぁ、
と楽しみにしていたら、それを裏切らなかった。
最上階の食堂は「松屋」がそのままそっくり入っていて、
安い価格で、多くのメニューが提供されていた。
トイレットペーパーの側面には、
なぜか「富士宮市役所」のスタンプが押されていた。
さらに、正午になると全館放送で「NHKニュース」が流れる。
巷の動きを、こんな工夫で職員が知ることに・・。
些細な工夫だけど、全国ニュースに耳を傾けることは、
けっして無駄にはならないと思う。
B1グルメの「富士宮やきそば」だけじゃないな、
そう思わせてくれた、近くて遠い元気な「富士宮」であった。



2007年10月30日(火) ■
ボランティアは「自ら進んで自発的」

英語の「Volunteer」、日本では「無償奉仕」と訳されるが、
英語では意味がちょっと違う。
どこかで耳にした雑学だったので、あえて調べてみた。
案の定、まず最初の意味が「進んで申し出る」、
次に「自発的に〜する」そして「無償」と続いていた。
だから、日本で行われている「無償奉仕」は、
本当の意味の「ボランティア」とはいえないのかもしれない。
「ボランティアで参加してくれる人いませんか?」
の問いかけは、日本では「無償奉仕」を意味し、
海外では「自発的に」を意味するとしたら、
子ども達に教えている「ボランティア精神」は、
少し違った方向へ進んでしまう気がする。
進学のための「ボランティア活動」は、義務的。
誰に支持されることなく、社会の役に立ちたい、
という思いが先行して、活動することが大切である。
この違いを理解して、日本のボランティア活動を眺めてみよう。
面白いことに気がつきそうである。



2007年10月29日(月) ■
私の好きな王選手の記録、本盗5回

沼津イシバシプラザ(イトーヨーカドー・沼津店)で、
報知新聞創刊135周年記念「王貞治展」を開催していた。
「大好きな野球・王貞治」の題字どおり、
王さんの人柄・信念・生き方などがよくわかるパネル展で
所狭しと並べてある記念グッズや資料を見ながら、
1時間半以上の時間をかけて、楽しませていただいた。
(帰りには、お菓子のホームラン王「ナボナ」復刻版まで購入)
確かに、記録的なホームランを打った瞬間の写真なのに、
なぜか後ろに写っている張本選手の体を斜めにしたジャンプ力に
目を奪われてしまったり、王さんはそんな役回りを演じていた。
決して記録一覧には掲載されない、偉大な記録が私は好きだ。
数々の打撃記録を持つ、真面目一筋の彼が見せた意外な記録である。
それが、あの福本選手ですら1回しか成功していない「本盗」。
11回も試みて成功した「5回の本盗」を知って、
ますます「王貞治」という野球選手が好きになった。
私の中では、記録だけではなく、記憶に残っているもの。
「ワンちゃん」・・みんなそう呼んでいた気がする。



2007年10月28日(日) ■
注文する前から、お金を集める同級生

同級生同士で始めた、混声合唱団。
2回目の芸術祭参加は、なぜか私だけが緊張ぎみ。(汗)
実は私の楽しみは、練習が終わった後の雑談タイム。
ほとんど毎回同じ喫茶店へ行き、同じ場所へ座り、
それぞれが、各々のタイミングで注文を始める。
よくありがちな、私も同じ、俺も・・とはならず、
注文もバラバラなところが、同級生らしい。
毎回、お開き寸前に、自分の支払う値段をメニューで確認して
テーブルの上に、小銭が集まるのだが、
今回は、知恵がついたのか、注文する品物が決まった時点で、
財布からテーブルの上へ小銭が集まりはじめた。
だから、お開き・・となると、さっと席を立てることになった。
さすが、我が同級生、good ideaと褒めたいが、
何を頼んだか、忘れてしまうから・・が本当の理由。
やっぱりなぁ・・ボケが始まったということかぁ。
あれ?生ビールっていくらだったっけ?



2007年10月27日(土) ■
人生には「まさか」という坂もある。

先日の鈴木宗男代議士の講演会でメモした台詞。
実体験から出た表現なのだろう、面白かった。
「波乱万丈の人生」というフレーズでは表現できない、
自分でも「えっ?」と驚くような事件がふりかかる。
鈴木宗男氏は、その「まさか」に説得力があった。
応用して考えれば、
「人生には、いろいろな坂がある」と前置きをして
「登り坂・下り坂」で始まり「いろは坂」など地名を挙げて、
くねくねした人生を語る。
そして最後に「人生は計算どおりにはいかない」と呟き、
「人生には『まさか』という坂もある。」で落ちとなる。(笑)
「まさか」信じていた人に裏切られるとは・・
「まさか」突然、破産するとは・・
もしかしたら、人生には「まさか」がつきものなのかも。
その時、慌てて失敗するか、落ち着いていられるか、
人間が試される瞬間かもしれない。



2007年10月26日(金) ■
男の人でも、おしゃれに目覚める時がある

先日紹介した「日曜朝6時半」楽しみにしているテレビ番組、
「朝の早いときは」・・から、一言。
旦那さんが、娘の使っている値段の高いシャンプーを
知らない間に使っていた・・そんな話が始まりだった。
「男の人って、ある時、自分が臭いと思う時があるらしい」
そんな話に展開したかと思えば、
「娘は、まじりっけなしのいい匂いがする」などの
おもしろ発言も飛びたした。
そんな中「男の人でも、おしゃれに目覚める時がある」は、
今の自分にピッタリしたフレーズだったのでメモをした。
職場が変わり、責任が加わり、人前で挨拶する機会が増える。
今まで、作業服で済んだ職場の服装も、そうはいかなくなった。
それが私にとって、おしゃれに目覚めた時かもしれない。
「室長」って、その職場の顔だから・・妻がボソッと呟いた。
そうなんだよなぁ、自分だけの評価じゃないんだよなぁ、
そう思えただけでも、転機なのかもしれない。
でも、おしゃれって、センスなんだよねぇ。(汗)



2007年10月25日(木) ■
人間、どれか一つを経験すればまともな人間になる

鈴木宗男代議士が、講演会で話してくれた中で、
なるほど・・と思ったことの一つを御紹介。
「人間、どれか一つを経験すればまともな人間になる」
その「どれか」は、3つある。
1 大病を患う 2 捕まること 3 浪人生活を送ること
大病とは、全身麻酔をかけて手術するような大病だろうか。
捕まるとは、まさしく警察のお世話になるということ。
そして、浪人生活とは、まさしく仕事につかなかった時期。
(学生の浪人も同じかもしれない、私にはわからないけれど)
この3つは、自分を見つめ直す契機なんだろうな、きっと。
彼は、3つとも経験したと笑って話した。(汗)
私も、胆嚢全摘の手術をした時、全身麻酔を経験した。
このまま目が覚めなかったらどうしよう、と思い、
パソコンの中身を一度、全部クリアにした。(笑)
確かに、何事もない人生を送っていた頃よりも、
時間が貴重に感じられるようになった気がする。
自分の存在が、一度、宙ぶらりんの状態になることは、
人間にとって大切なことなのかもしれない。
(わざわざ経験することでもないが・・)
そういう状態にでもならなければ、一番大切な自分のことを
考える時間が作れないということだろう。
一つでも経験した私は、ラッキーかもしれないな。



2007年10月24日(水) ■
ちょうどいいところに来たね

ある方の突然のお誘いで「鈴木宗男代議士」の講演会へ。
演題は「私の履歴書」・・楽しみにして会場へ足を運んだ。
今回は、400人ほどが聴講する予定だというので、
仕事が終わってから、やや早足で帰宅、
車に乗り換えて、開演の約1時間前に会場に着いた。
これなら、後ろの方のいい席が確保できる、と思っていた矢先、
今回、私を誘ってくれた方に声をかけられた。
私の方から「今日は、誘っていただきありがとうございました」
と挨拶したら、「ちょうどいいところに来たね」と言われ、
「座ってもらいたい席があるんだよ」と広い会場の前の方へ
連れていかれた。(たぶん私の意見も聞かず・・(笑))
「ひとつ、空くことになって困っていたんだ」と
指定された座席は、一番前列、ほぼ中央の来賓席。(汗)
隣席には「月刊日本」の編集・発行をしている「南丘喜八郎」氏。
その他、全国で活躍している人々に挟まって、約1時間半、
鈴木宗男さんの話を聴いた。
なぜか緊張しながらも、充実した時間が過ぎていくことに喜びを感じた。
「ちょうどいいところに来たね」は、偶然だろうか、必然だろうか。
この経験が私を変えるかもしれない。そんな気がしてならない。



2007年10月23日(火) ■
授業料、ただの大学に入ったと思え

大変お世話になっている民生児童委員さんの台詞。
社会が激変しているこの世の中、民生児童委員の役割は
誰が考えたって、重要になってくる。
生活者の末端を支え、苦楽を供にする覚悟がなければ、
なかなか簡単に受けられる仕事ではないことは私でもわかる。
もう何年も前になるというけれど、
その役目を受けた時、ある方から言われた台詞を教えてくれた。
それが「授業料、ただの大学に入ったと思え」だった。
こんな経験は、しようと思ったって簡単にできることではない。
やってやるではなく、させていただく姿勢が大切なんだと
あらためて思ったようだ。
地方公務員の仕事は「まちづくり大学」に入学したようなもの。
授業料は「ただ」ではなく、給料をもらって大学へ行っている。
感謝しなくちゃ・・心からそう思えたフレーズである。



2007年10月22日(月) ■
脚立を買うと、もう男が要らなくなる

日曜日、朝6時半から「早く起きた朝は・・」という番組がある。
松井直美さん、磯野貴理さん、森尾由美さんの3人が、
何気ない話をしている井戸端会議のような内容なのだが、
これが意外と面白く、毎回楽しみに見ている。
それぞれの事情があるにせよ、男が必要な時の話になった。
誰かが「ビンの蓋がなかなか開かない時」と言えば、
「それがさ、実は、一所懸命やれば開くのよ」と切り返し、
「高い場所にあるものを取ってもらう時」と言えば、
「脚立を使えば、意外と高いところのものも取れるよ」と言う。
そして出した結論は「脚立を買うと、もう男が要らなくなる」。
これには笑った。
だから「脚立だけは買わないことにしている」と誰かがまとめた。
またまた、笑った。
立場を換えて考えてみた。
これがあると、もう「女」が要らなくなる・・ってもの、
う〜ん、残念なことに・・なかなか見つからない。



2007年10月21日(日) ■
その心、そなたに預けてもよいぞ

毎度お馴染み、NHK大河ドラマ「風林火山」ワンシーン。
実は前回、由布姫が死んで、思い出した台詞があった。
(もうだいぶ前のことだから、回数は思い出せず(汗))
武田晴信に、側室の由布姫が心を開いてくれない、と相談され、
山本勘助は、その真意を確めるため、彼女の元へ行く。
その彼女は、山本勘助のご無沙汰を責めながらも、耳元で囁く。
身体は、仕方なく晴信に預けることになったが、
心までは、絶対に渡さない・・と強い口調で言い切った後、
「その心、そなたに預けてもよいぞ」と。
その時は例えは悪いが、下半身はお金儲けのためにお客さんに・・
でも、キス(唇)だけは絶対にさせない、という
風俗嬢の話を思い出した。(汗)
御屋形様の側室から言われた勘助の胸の内は、計り知れないが、
その彼の心の動揺が面白くて、メモしたのを覚えている。
戦国の話なのに、妙に惹きつけられる男女の心理であり、
その台詞を発した彼女がいなくなり、この台詞が輝いてきた。
テレビの回想シーンにはあまり登場しない台詞であるが、
このシーンはきっと勘助を支えているに違いない。
男の私には、そんな気がしてならない。



2007年10月20日(土) ■
「のび太の早寝」と競る(せる)ねぇ

恒例の、年に一度の一泊2プレイゴルフ大会。
しかし、今年は仕事の関係で1日目、夜の宴会から参加。
気になる一言は、朝起きてすぐ同部屋の仲間に言われた台詞。
「しもさん、横になって数秒で寝る方法、教えてよ」とからかわれ、
その例えが「のび太の早寝」だった。
「のび太の早寝」と競るねぇ」・・その時は意味がわからなかった。
帰宅後、インターネットで調べてみたら、数多く紹介されていた。
ドラえもんの「のび太」は、直立状態からわずか3動作で寝に入れる。
時間にして数秒、そんな短時間でイビキまでたどり着いてしまう。
それをコンスタントにやってのける、これは驚異的な事だ・・と。
【寝に入るまでの時間の短さ】
世界中でもトップレベルの特技がある、とまで表現している。
そのアニメの世界を、現実に実現しているのが「私」という訳だ。
この寝付きの早さは、私と寝たことがある人は誰でも知っている。
(もちろん、変な意味ではありません。(笑))
おかしいなぁ「9ホールで2バーディなのに、スコア51」が
今日の「気になる一言」になるはずだったのに・・(汗)



2007年10月19日(金) ■
御奈良天皇

前々回のNHK大河ドラマ「風林火山」のワンシーンだった。
しかも人物の台詞ではない。単なるテロップ。
なんと読むんだろう・・と気になった天皇が登場した。
しかし、後になって、私のメモ間違いだと気づいた。
調べてみると正式には「後奈良天皇(ごならてんのう)」
1496-1557、戦国時代の天皇・・・とある。
「まさか、おならてんのう?」と笑いながらメモし、
今度、飲んだ時に、みんなに自慢して教えよう、と思ったが、
早速、間違いに気付いて良かった。(汗)
そんな天皇がいたら、とっくに「トリビアの泉」ネタだもの。
平安末期の天皇に「後白河天皇」(ごしらかわてんのう)が
在位していたのは、歴史の授業で習い覚えていたのだから、
ふつう「御」と「後」は間違えないだろう、と今になって思う。
それにしても、ややこしい天皇の名前である。(汗)



2007年10月18日(木) ■
個性を育てすぎてもよいのかという疑問もある

ある保育所の臨時保育士が、研修会の復命書に書いていた台詞。
幼児期は、みんなと違うことをしても「個性」として捉え、
その長所を伸ばそうと努力するけれど、
小学校〜高校は、みんなと同じでないと苛められる。
この矛盾にどう対応したらよいか、迷っているのかもしれない。
私が驚いたのは、事務職の場合、正職員と臨時職員の差は歴然。
任せる仕事が当然のように違ってくる。
(臨時職員の方が、処理が早い場合もあるが・・(汗))
しかし保育士については、その能力に差がない。
というより、たとえ臨時職員であっても、保育(教育)に関して、
しっかりとした考え方を持ち、働いていることに驚いた。
確かに、小学校〜高校のことを考えると、個性はいじめの対象。
でもいいんじゃない。
「保育園の中でその子にとって『幸せな時間』を過ごさせることが、
私たち保育士の役目」って書いてあったから・・。
私は、このフレーズを見て、ホッとさせられた。



2007年10月17日(水) ■
いい? わかりました? いいですか?

NHKテレビの英会話「出張!ハートで感じる英語塾」
講師は、大西泰斗さん。
毎回20分があっという間に感じられる講義であるが、
その話し方は、ほかのどの講師より英語的である。
会話の途中に何度も何度も、
「いい?」「わかりました?」「いいですか?」の台詞を
投げかけてきた。
英語で会話をしていると、外国人は何度も何度も
「OK?」「Are you all right?」「It's OK?」と確認しながら話す。
そのタイミングがしみついているのだろうか、
日本語を話していても、リズムが英語的なのである。
「英語は配置のことば」と説明している彼の日本語も
実はとても「英語的配置」(笑)で笑わずにはいられなかった。
英語を勉強しないで、こんなところばかり気にしているようでは、
私の英語もなかなか進まないわけだ。(汗)



2007年10月16日(火) ■
実は、私・・「新井満」派です

突然で何のことかわからないかもしれないが、
「千の風になって」の歌手の話。
一躍有名になった「千の風になって」というと、
多くの人がオペラ歌手「秋川雅史」さんを思い出すようだが、
私は「「新井満」さんを思い出すのである。
この歌、今、いろいろなジャンルでアレンジされているが、
9,11事件の鎮魂として、作者不明の詩を、幼い少女が読んだのが
きっかけだから、オペラのように、歌唱力たっぷりに
滔々と歌いあげられると、なぜか興ざめしてしまう。
この詩を日本語に訳し、さらに作曲して歌いはじめた
「新井満」(あらいまん)さんの歌う「千の風になって」の方が、
訥々とした歌い方で好きである。一度、聴き比べて欲しい。
自分の愛する人に、悲しまないで・・とゆっくり語りかける、
そんなシーンが思い浮かぶはずだから。
ところで、滔々(とうとう)と訥々(とつとつ)、に触れておこう。
とう‐とう〔タウタウ〕【×滔×滔】
1 水がとどまることなく流れるさま。「〜と流れる大河」
2 次から次へとよどみなく話すさま。「〜と述べる」
3 物事が一つの方向へよどみなく流れ向かうさま。
とつ‐とつ【×訥×訥/×吶×吶】
[ト・タル][形動タリ]口ごもりながら話すさま。「〜と語る」
やっぱりこの歌に限っては「訥々(とつとつ)」派だな。



2007年10月15日(月) ■
私が「さっちゃん」だったら頼んでるな

芸術祭を来月(11月)の4日に控えながらも、
危機感がない練習している、同級生合唱団であるが、
やはり楽しみは、練習後の「おしゃべりタイム」。
いつもの時間、いつもの喫茶店、いつものフロアで
オーダーからスタートするのであるが、十人十色。
そんな中、今日は車じゃないんだ・・と言いながらも、
メニューを眺めている同級生に対して、
後ろから背中を押す台詞が、今回の気になる一言。
「私が『さっちゃん』だったら頼んでるな、(ビールを)」
自分は車だから我慢するけど・・の前置きは、
誰でもわかるくらいビール好きの彼女だから、余計に笑えた。
「私が『・・・』だったら・・・してるな」のフレーズ、
意外と面白いな、とメモをした。
もちろん私は「練習の後はビール」と決めているから
自動車は乗っていかないけれど。(笑)
今回は、私の「子育て支援室長」ネタで盛り上がりかな?(笑)



2007年10月14日(日) ■
はい、一息、ふぅ〜

恒例のATG(明るく楽しく元気よく)働く女性の会の例会。
賛助会員のはすが、またまた参加。今回は「YOGA」
講師はわざわざ東京から駆けつけてくれた、柳橋雅子先生。
ヨガ体験が中心だったので、メモが少なかったが、
帰宅してふり返ると、なぜかこの台詞が耳に残っていた。
普段使わない筋肉が悲鳴をあげながら、
いろいろなポーズを、見様見真似で動かしていると、
だんだん身体が柔らかくなってくるのが私にもわかった。
特に、動作が終わるたびに、先生の口から発せられる
「はい、一息、ふぅ〜」を聞くと、
からだ全体の血が、一気に流れている感じがした。
心もなんだか「あったかい」気持ちに包まれた。
ヨガには「繋げる」という意味があると先生は言ったが
「身体と心を繋げる」という意味なのだろうか、
またゆっくり調べてみようと思う。
その先生が紹介してくれた本は「女ざかりのヨガ」。
う〜ん、どう反応したらよいのだろう。(汗)



2007年10月13日(土) ■
サポートは「下から支える」、アシストは「そばに立つ」

11月1日、町内の大型ショッピングセンターに、
「子育て総合支援センター」がオープンするが、
またまた気になる「単語」が増えてしまった。(笑)
実は、DIYの大型店は「ホームアシスト」の店名がある。
そのそばに「ファミリー・サポート・センター」が開所する。
そうなると「サポート」と「アシスト」の違いが気にかかる。
もちろん辞書で調べてみた。なるほど・・と思った。
サポート(support)とは「下(sus)から支える(port)」
の原義から「助ける」の意が生まれた。 
アシスト(assist)とは「そばに(as)立つ(sist)」
の原義から「助ける」の意が生まれた。
日本語にすると「支援」とか「補助」などといった曖昧な
意味付けをしがちだが、実ははっきり意味が違ったことに驚いた。
行政が推進する(促進する)「子育て支援」は
「アシスト」なのか「サポート」なのか、
まだまだ、新米の子育て支援室長には判断がつかない。
たぶん、ある時は「アシスト」、そしてある時は「サポート」
なんだろうなぁ、と思いながらメモをした。
決して、単に「手伝う」の意味がある「ヘルプ(help)」ではない、
そう感じながら。



2007年10月12日(金) ■
スポーツ界は、無理矢理、ヒーローを作ろうとしていないか

昨日の「内藤大助VS亀田大毅」プロボクシング、
世界タイトルマッチをテレビて観ていて感じた私の雑感である。
最後のラウンドは、もはや「ボクシング」ではなく、
なんでもありの、単なる喧嘩になっていたと思う。
しかし解説者をはじめ、誰も「基本からやり直してこい」と
コメントをする人がいなかったのは、残念である。
マスコミが、日本人最年少王者誕生を望むため行う派手な演出も、
試合前から気にはなっていたが、それ以上に嫌気がさしたのは
ルール無視の若者に誰も「叱咤」できなかったことである。
そればかりか「ここまでよくやった」と讃える「激励」が飛び交い、
私はテレビのスイッチを切った。
どんなスポーツでも、ルールを守って戦えるか、をまず最初に見る。
それが守れない若者に、世界タイトルマッチを組ませた大人たちは
今、巷で大騒ぎしている「相撲協会」と大差はないのではないか。
チャンピオンや横綱は、風格・品格まで問われる地位なのだから、
それを決める対戦は、もっと慎重になるべきであろう。
一時の人気取りが、本当のファンをなくすことになりかねない。



2007年10月11日(木) ■
挨拶とは、相手を一人の人間として認めること

以前「挨拶は、どちらも手偏」と、話題にしたことがある。
しかし、また新しい定義を見つけたので御紹介。
(実は、情報源は不明です。ごめんなさい。)
全文では、
「挨拶とは相手を一人の人間として認めて、声をかけ、
相手と自分の間に通路を作るための、
コミュニケーションの機能である」という定義。
「挨拶とは、相手と自分の間に通路を作ること」という
フレーズも思い浮かんだが、やはり、今の世の中に必要なことは
まず「相手を一人の人間として認めて、声をかけること」。
だから、私なりに再定義してみたが・・。
逆に言うと「相手を一人の人間として認めず、
言葉を交わすだけでは『挨拶』とはいえない。
今の子供たちは挨拶が出来ない・・と嘆く前に
「挨拶」とは・・という定義を教える必要があるかもしれない。
いや、子供だけでなくその親たちにも。
今は、そんな時代になってしまったのは残念であるが・・。



2007年10月10日(水) ■
自分が愛情を持って育てられてきたということ

以前、女性が将来なりたいの職業のひとつに
保育士さん(以前の保母さん)と答える人が多いことに
驚いたことがある。
仕事として捉えた場合、とても大変なことであることは、
さすがに私でも理解できる。
それなのに、どうしてわざわざ保育士を選ぶのか、
正直なところ、全くといっていいほどわからなかった。
そんな疑問を解決してくれたのが、このフレーズ。
研修で、ある先生が言った考え方らしい。
「保育士になっているということは
『自分が愛情を持って育てられてきたということ』でないと、
人の子どもの面倒を見ようという気持ちは生まれない」
だから、あなたたちは本当に愛情を注がれ、
多くの人に守られてきた幸せものなのよ、と私は解釈した。
今度から、保育士さんをみる目が変わりそうである。(汗)



2007年10月09日(火) ■
不義理をする力も、大人の力量。

以前の部署でお世話になったある団体が、
今回の人事異動で離れることになった職員の慰労と、
新しく配属された職員の激励を兼ねて、
わざわざ歓送迎会を開いてくれた。
いつもなら、当然のように2次会へ・・となるのだが、
今週、毎日続く各種の歓送迎会(飲み会)を考えて、
1次会で失礼させていただいた。
今までの私にとっては、あり得ないことである。
体調ばかりではなく、大切な会議も目白押しで、
二日酔いで望むにはちょっと気が引けるからかもしれない。
そんな時、思い出したのが、この台詞。
中谷彰宏名言集(中谷彰宏著・ダイヤモンド社・267頁)から。
正確には「不義理をする力も、大人の力量。
1次会で帰れる力量がないうちは、一人前ではない。」
いくらつきあいがよくたって、明日の仕事で失敗すれば、
誰も評価してくれないことを、私は経験から知っている。
これで良かったんだ、と自分で納得させて寝ることにしよう。
まだまだ、こんな生活が週末まで続くのだから。



2007年10月08日(月) ■
ベルギーと言えば・・チョコレート派、ビール派

親戚の伯父さんの御見舞いに行った帰り、
車窓から目に付いたのは、MINISTOPの商品看板。
「ベルギーチョコソフト」、最近では秋の定番のようだ。
しかし思い出したのは、先月、
知人がドイツへ行くというので開催した送別会の1コマ。
行き先はドイツなのに、話題はなぜか「ベルギー」。
国旗も、縦と横を変えたような色使いで、
よく、テレビのクイズにも出題されるくらい似ている。
そこで「ベルギーと言えば?」と私の回りに訊ねたら、
「チョコレート」「ビール」の単語が跳ね返ってきた。
もちろん甘党の女性陣は「チョコレート」。
ベルギーのチョコレートは、本当に美味しい、と力強い。
それに比べ「ビール」と答えた女性陣は、
「ソーセージも美味しいんだよね」と付け足したが、
「それって、さっき『ドイツと言えば?』の質問で
答えなかった?」と聞き返せないほどの勢いがあった。(笑)
「・・・と言えば?」は、けっこう楽しい言葉遊びになる。



2007年10月07日(日) ■
大渋滞では、カーナビより人間の記憶

3連休の中日、職場の先輩・同僚・後輩らと、山梨県の
レイクウッド・ゴルフクラブ(サンパーク明野コース)へ出かけた。
天気にも恵まれ、久しぶりのゴルフを楽しんでの帰路、
予想もしていなかった大渋滞にはまってしまった。
自分達の楽しみだけで計画したゴルフであったが、
連休の中日、休日の快晴(翌日からは雨模様)、ぶどう狩りの季節、
紅葉シーズン、もちろん今年の「風林火山」人気も手伝って
山梨県甲府周辺が、観光客で賑わうのを考えていなかった。
ゴルフだけでなく、いろいろな条件を加味して、
行き先を考えなくちゃなぁ、と反省させられたのも事実。
そんな時、役に立ったのは「たぶん、こっちからも行けるはず」と
脇道の脇道を指示してくれた「人間ナビゲータ」。
カーナビ以上の威力を発揮したのは、やはり人間の記憶だった。
カーナビは、逆戻りするような遠回りのルートは指示しない。
しかし、人間には「遠回り」を「近道」として選択する能力がある。
時々、簡単な道も間違える「助手席ナビゲータ」であったが、
おかげで、道中、楽しい運転ができた。



2007年10月06日(土) ■
思い出プランナー

自分の生き方が、本当にこれでいいのか?
と、考えれば考えるほど不安になる時が増えた。
このまま過ごしていても、別に不満はないけれど、
なにか社会に貢献できることがしたい。
では、私に何ができるのか?と考えると、
恥ずかしい話、あまり自慢できることがないのも事実。
残された人生、自分のためにも社会のためにも・・と
欲張って考えたら、こんな肩書きが浮かんできた。
今まで、何度も何度も、肩書きを付けてきた。
農業だけでなく、いろいろな事が出来る人の事を
「百姓」と呼ぶ、と知れば「百姓」の肩書きを求めた。
勿論、書くことが好きだから
「エッセイスト」「コラムニスト」の肩書きも欲しかった。
しかし、すべて本職ではないので「自称」に過ぎない。
同じ「自称」なら、もっと私らしい肩書きを・・と
じっくり考えていたら、この単語にぶつかった。
思い出をしっかり記録して、最終的には形にして残す。
文字であれ、写真であれ、映像であれ、音楽であれ、
その人が、この世に生きた証を残すお手伝いがしたい。
「思い出プランナー」の肩書き、本気で欲しい。
その前に、自分が「思い出アーティスト」にならなきゃ。



2007年10月05日(金) ■
子供の「遊び」には「学習」の意味があるんです

ファミリーサポートセンターの講習会で、
手遊びを指導してくれた女性が、こう教えてくれた。
「子供の「遊び」には「学習」の意味があるんです」と。
だから「TVゲーム」ばかりやっていると、
「創造する」という学習が出来ない子どもが育つことになる。
講師の彼女は、講義の途中でこんなことも言った。
「私、100円ショップで子どもの遊び道具を探すのが大好き」
こんな発想は、とうてい私には出来なかった。
普段見慣れている100円ショップのグッズを、
なにか、子どもの遊びに使えないだろうか?と考える。
これって、楽しそうだな、と本気で思った。(笑)
何十年かぶりに「げつこつ山のたぬきさん」をしたが、
やはりちょっぴり照れくさかったので、小さな動きになったかも。
すかさず先生が私の方を見ながら(一応、受講者に説明しながら)
「やっている人が楽しくないと、子どもは楽しくないですよ」。
なるほど・・やはり「子育て」は奥が深い。



2007年10月04日(木) ■
職場内の異動で「カルチャーショック」

「カルチャーショック」とは、異文化に接したときに、
慣習や考え方などの違いから受ける精神的な衝撃、のこと。
だから、外国へ行った時に体験することだと思っていた。
しかし「地域振興課」から「子育て支援室」への異動は、
「カルチャーショック」と言えるほどの衝撃である。
仕事も人間関係も、全てにおいて正反対に近い。
言葉遣いも服装も・・。(笑)
同じ地方公務員でも、こんなに仕事が違うものだろうか?と
考え込んでしまうほどだ。
もちろん、会社にはそれぞれの「役割」があり、
どの分野が暇で、どの分野が大変なんてことはないけれど、
あまりの環境の違いに、驚いていることは事実である。
見るもの、聞くもの、ほとんどが新しいことばかりで、
驚くことばかり。
(それだけ「子育て」をしてこなかったということなのか(汗))
「蒔かれたところで咲きなさい」のフレーズが、
久し振りに、私を刺激している。やるっきゃない!!



2007年10月03日(水) ■
今日はいいです・・

昨夜、ジャイアンツ優勝が決まった瞬間から
携帯のメール、PCのメール、ホームページの掲示板へ、
「優勝おめでとう」の文字が溢れた。
今年は、東京ドームへもあまり行けなかったし、
この「気になる一言」にも、野球ネタが少なかったにもかかわらず
「私のジャイアンツ好き」を覚えていてくれる読者がいたことに、
すごく感激していた。
劇的な(笑)幕切れとなった、ジャイアンツの優勝。
優勝を祝う、恒例のビールかけの会場で、
これからのクライマックスシリーズのことを質問するアナウンサーに、
ほとんどの選手が「今日はいいです・・」と答えていた。
「今日くらい、明日からのことは忘れて、心から喜ばせてくれ」
「そんなやぼなことは聞くなよ、その話は明日、明日・・」
とでも言いたげな選手の反応である。
それくらい苦しい戦いだったことを私はテレビ越しに感じていた。
私も飲み過ぎて、気になる一言を書くのを忘れてしまったくらい。
「今日はいいです・・」・・心に残る一言である。



2007年10月02日(火) ■
誰と行ったの?どうして行ったの?

観光シーズン、秋まっただ中、
私の関心は、景色はどうだった?食べ物おいしかった?より
「誰と行ったの?どうして行ったの?」にあるらしい。
ある方に指摘されなければ、全然気がつかなかったこと。
ちょっと好奇心のポイントがずれているのかもしれない。
なぜか「余計なお世話」スレスレの部分に、興味が湧く。
(いや、スレスレではなく「大きなお世話」かもしれないが)
日本全国、いや数多くある世界の観光地から、
なぜ、その地を選んで旅行に行ったのか、を知りたい。
景色とかは、インターネットやガイドブックを見ればわかる。
味は、食べてみなければわからない。
だから、あまり現地の料理のことは聴かないことが多い。
やっぱり、何に興味・関心があって行ったのか、
どんなメンバーで行ったのか、そんなことが気にかかる。
でも・・・なかなか訊きにくい。(汗)

PS. 祝・ジャイアンツ優勝、コメントは後日。
今は、ひとりで祝杯を始めました。
ジャイアンツ教の信者にメールしながら。(嬉)



2007年10月01日(月) ■
「子育て」は「大切」だから、行政が支援する

別に隠していたわけではないが、
10月1日付けで、職場を異動することになった。
新しい部署は「こども育成課・子育て支援室」。
なんと、そこの「室長」という大役までつけていただいて。
自分の子育ての時期、仕事やまちづくり活動が面白くて、
朝から晩まで、さらに土日も飛び回っていた記憶がある。
妻や娘に聞けば、さらに詳しい話が聞けそうだがやめた。
さて、内示をいただいてから、しばらく関連本を読んだり、
インターネットで調べてみたが、どうもわかりにくい。
どうして、行政が多額の税金を使ってまで支援するのか、
子育ては家庭の躾であり、大変なのは今も昔も変わらない。
しかし、そこで疑問を持った。
本当に、子育ては「大変」だから、行政が支援するのか、
いや、違う。もう少しじっくり考えてみろ。そして
「子育て」は「大切」だから、行政が支援するのだ、
と気付いた時、私のモヤモヤは思いっきり晴れた。
勿論、新しい名詞には「子育ては『た○○○』。」
その中は「たいへん」ではなく「たいせつ」の文字が入る。
初めての分野だけど、大切な仕事には間違いない。
親には、子育ては「たのしい」の文字が入るといいな。