空虚。
しずく。



 カッター・シャワー。

水が、私の服を濡らしていく。
その場に座り込んで、流れる水を手に取った。
かけている眼鏡が、鬱陶しい。

それをタイルの上に置いて、
代わりに、カッターを手に取り。

クス。

一つ笑って、
濡れた髪の毛をかきあげた。


別に何かがあったわけじゃなかった。
普段どおりの、日曜日。・・・そう、私以外は。

朝から記憶が飛んでいる。
布団の上に、ぬいぐるみが放り出してあるのを見て、
ああ、友紀か。と思った。
最近、ずっと出てきてなかったのになあ・・・。
特に、あきらが出てきたぐらいから。

あの子は、「怖い人」が嫌いだから。


意味もなく、カッターの刃を出し入れする。

カチ、カチ、カチ、カチ。

紙を切るのに使う道具。
自分を切るのに使う道具。
何かを剥がすのに使う道具。
自分を刺すのに使う道具。

・・・、
これは、道具か、はたまた、凶器か。

・・・どちらにせよ、私には必要なもの。

この間つけたばかりの、紅い線を見る。
すでに紅みは引いて、かさぶたもはがれかけていた。

「なんでこんなに治り早いんだろ・・・。」

切っても切っても、治ってしまう。
それはつける傷が浅いから。

・・・もっと、深く傷つければ?
一度だって血管を傷つけたことはないでしょう?

以前なら惑わされた誘惑にも、何も感じはしなかった。

あったはずの自傷理由は、どこかに行ってしまったし。
また、"なんとなく"に、逆戻り。

そして、今日も。


水に濡れたカッターの刃を、そっと肌に当てる。
軽く滑らせて、薄い線を残した。
紅くなった水が、ゆっくりと腕を伝い落ちていく。

「ああ・・・"キレイ"だ。」

もう、一本。

全身を、安堵感がつつむ。
"生きている実感"を感じたわけじゃない。
そんなもの、自傷なんかじゃ得られないって解かってる。

ただ。
血が、紅かった。

それだけ。


濡れた服が、肌にまとわりつく。
だけど、イヤな感触じゃなかった。

「・・・いい、気晴らしには、なるかな。」


意味を持たない行為。
そんな事は解かってる。
でも、一瞬だけ感じた「美」を、
また、得られるのなら・・・。
決して、高くは、ないんじゃないか?


2002年03月10日(日)
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