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昨日の日記のようなことを作業しながら話していたら。
「あら、おぎそんでもそういう風に人の悪口をいうことがあるのね」
といわれました。
おぎそんはしょっちゅう悪態ついてますけど。
ビタミンF(著:重松清)を読んでいて心が苦しくなるのはそこに書かれていることが自分の数少ない経験と重ね合わせることが出来るからだ。 「セッちゃん」にでてくるような、人との関係構築はいつまで経ってもかさぶたが被っている状態と同じで剥がそうとすると血が滲む。 過ぎたこと、と笑い飛ばせてしまえたのならばどんなにいいことなのだろう。
今、高校球児たちは一つの目標に向かって何かを成し遂げようとしている。 おぎそんは彼らの姿を直視できない。 自分自身がなくしてしまったように感じるなにかを彼らが持っているように思えるから(それが蜃気楼のような幻想であったとしても)。彼らを見ているとそれをあまりに強く感じてしまうから。 正直な話、羨ましいのだろう。 自分も確かに持っていたものをなくしたことを痛切に感じされられる。 だからおぎそんは今年も高校野球は見れない。 いつになったら見れるのだろうか。
2003年07月12日(土)
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