 |
 |
■■■
■■
■
日常において嘘をつかないで生活をするのは皆無のような気がする。
自分で、少なくとも自分だけには嘘をつかないで生きよう、と思うのだがそのなんとも困難である事かに愕然とさせられる。いや、嘘というと強い感じがするので、誤魔化しとでもいうべきか。
おぎそん自身、この日記でさえも捏造や脚色をしないようにしているけれどもどうしても伏せておきたいことがある。 たいしたことじゃないのだけど。結局は自分のつまらない見栄やいわゆる自尊心によるものなのだろう。
事実をそのまま告げることが「正しい」ことは限らないし、その事実を公表することで周りに迷惑がかかることもあったり。 なによりもおぎそんという像―虚像ではあるけれども―を壊すのが怖いのだと、今は思う。
久しぶりに学校に行ってあたたかく迎えてくれた廻り(同輩・後輩・先輩・先生方)に感謝。 おぎそんはとっても自分勝手だけれどもあたたかく迎えてくれる場所があるから好き勝手なことができるのだな、と思う。
槇原敬之も言っていたけど「自分に嘘をつくのを辞めようと思ってからいろんなことに怒るようになった。いままでなんとも思ってなかったことにたいしても。それは、怒っていなかったというより怒ることを感じていなかったからなんだと思う」と。
いろんなことを感じているつもりだけど「気づかされる」ことと「気づく」こと。
2003年04月07日(月)
|
|
 |