おぎそんの日記
おぎそん



 福祉村病院

帰りたくなーい。
と言いながら結局いつのまにやら実家にいました。
いや、紅白の中島みゆきを見るために高速を無駄に160キロ/hとかで飛ばしましたけど。

そんなことはどうでもよくて。

実家に帰らないとならなかったのは昨年の7月に書きました祖父・祖母の件があるからです。
祖母がどのようになってしまったのか、という現実を受け入れるのが怖かっただけなんです。
母から聞くと入院当時(8月)は6階だったのですが12月の始めには4階と症状が進んだらしく病室も変わり(症状が重くなると階数は下がるそうです)そのことを聞いただけでも心配になります。
とはいえうちの兄貴も1回もお見舞いに行っていないらしくおぎそんだけが「行きたくない」とは言えず(そもそも行きたくないなら実家に帰らなければいいのです)おぎそんの運転で病院に。

祖父は足腰が弱いため普段は寝たきりになっています。しかし、リハビリも兼ねて祖母のところに車椅子で散歩がてら行くのですが(祖父と祖母は病棟が異なります)、最初の頃は祖父自身を認識してくれずかなりのショックだったようです。
現在、祖父は84歳です。60年近く連れ添った時にその対応は(わかっていたとはいえ)ショックだったようです。

今日、祖父に会いに行くと元気な様子でおぎそんにもいろいろ話をしてくれました。ただ、どうしても自分のことよりもおぎそんのことを気遣ったりとなかなか心苦しかったです。
しかし、こう話してくれることもあまりないため―そもそも会話を交わす機会が無いのですから当たり前かもしれませんが―手を握ったりしました。
おぎそんはそのような対応をしていたのですが、問題というかなんというべきか兄貴。
微妙に遠巻きに観ているのです。いや、兄貴だけではありません。オヤジもです。
母方の祖父ですから父からすれば舅。とっつき難いのはわかりますが兄貴はなんなのでしょう。
愛想笑いが苦手とかそういうことじゃなくて祖父がおぎそんたちに対する心遣いを凄く冒涜しているように思ってしまいました。
もちろん、おぎそんだけが「いい子ぶってる」ていうのもあるかもしれませんがでも、相手の誠意に対してこちらも答えるべきなのではないのでしょうか。
祖父に対して明確な思い入れ(思いでというべきでしょうか)はありませんけど、いままで居るのが当たり前と思っていた存在が突然なくなってしまったりした時のあのなんとも言えない気持ち―喪失感かもしれませんが―は味わいたくないのです。
もちろん、無理なしかも自分勝手な考えだとはいえ正直な気持ちです。
でも、だからいつだって誰に対してもいい格好しい、かもしれませんけど(おぎそん自身が)。

祖母の病棟にいくと祖母は寝ていました。
正直なところ、寝てるなら会って行かなくても・・・と思ったのは確かです。
でも、母が起したところ、祖母はおぎそんを認識し記憶も少し残っていたようで会話ができました。
驚きました。もうちゃんとした会話ができないだろうと―勝手に―覚悟を決めていたのでちょっとした天の配剤―そんなものを信じるほどおぎそんはロマンティックではありませんが―かもしれません。ありがとう。
祖母は祖父とも会話を交わし、これだけでもおぎそんが帰省した意味があったかな、と思いました。
もちろん、おぎそんたちが行った時に祖母が会話できた―会話が成立した―のは偶然であり、今度の夏もそうとは限りません。

でも。
でも、人は想像することができる。
もしかしたら。
もしかしたら。
祖母は祖父との思い出を想いだしまた祖父と会話が出きるかもしれない。
まやかしの希望は絶望より邪悪であるかもしれない。
それがまやかしでなかったら?
それは深川七不思議の「消えずの行灯」かもしれないのです。

新年最初からこんな個人的な話題でごめんなさい。


2003年01月01日(水)
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