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ブーツィラの音楽雑記



 瞽女唄伝承者の萱森直子さん東京公演

「私は瞽女(ごぜ)ではありません。目は見えます。好きでやっているのです」「瞽女唄の魅力はどこにあるのか、知って、理解して、そして楽しんでいただきたい」

2/21(土)14時から東京・世田谷の小劇場「ブローダーハウス」で新潟市出身の瞽女唄伝承者、萱森(かやもり)直子さんのライヴを観る。3週連続(金・土・日)公演『ごぜ唄が聞こえる』の3週目「越後ごぜ唄」の2日目昼の部として催された(フライヤーの)。

萱森直子さんは、盲目の女旅芸人・瞽女の小林ハルさん(1900‐2005)の最後の弟子で、瞽女を引退した小林ハルさんが入所する養護盲老人ホームに10年間定期的に通い、瞽女唄を習得した。小林ハルさんから伝授された瞽女唄に脚色や演出をせず、そのままの形で歌うことを信条とする瞽女唄伝承者で、津軽三味線グループ「どってん」の主宰者でもある。

私が以前観た萱森直子さんのライヴにおいて、萱森さんはライヴが終わったら瞽女唄のこと、ライヴの感想などを周りの人に話して下さいとお願いしていた。今回の公演ではそんなトークはなかったし、当初は投稿するつもりもなかったが、萱森さんの言葉がずっと心に残っていたこともあり、本公演を備忘録として書き留めておこう。

14時の開演直前に到着したところ、会場はすでにほぼ満席。観客の大半は年配の方のようで、私よりも若そうな人は数えるほどしかいない。客席数は通常48〜52席だが、MAXの60を超える「65」席(オーナーのブログの2/23付「参の段」より)が設けられたそうで、前列の椅子との間にまともなスペースのある席は残ってなかった。身長178センチ(体重59キロ弱)と大きな体格の私にとって、かつて経験したことがない窮屈な席でのライヴ鑑賞となる。開演を告げるブザーが鳴り終わると、瞽女宿を思わせる古民家風の舞台に着物姿の萱森直子さんが三味線を携えながら登場した。

最初の演目は、挨拶代わりとなる門付け唄の「庄内節」。冒頭に記したトークに続いて演じられた。会場の狭さも手伝ってか、三味線の音色、質感が直接響きかけてくるようで心地よい。萱森さんは「ブローダーハウス」の3周年を祝し、「ブローダーハウス」のキャッチフレーズ「あなたの好き!がここにある」を「庄内節」の歌詞に挿入して歌った。何か良い文句があれば覚えておき、一口文句として取り入れるよう小林ハルさんに教えられたそうだ。

萱森さんの瞽女唄のライヴでは、3〜4割近くをトークが占める。2007年12月と2008年9月に観た東京公演もその位の割り合いだった。トークでは、演目の解説や師匠の小林ハルさんのエピソードなどが語られ、瞽女唄を聴いたことがなかったり、予備知識のない方でも安心してライヴに臨める。

2番目の演目は、瞽女唄の最も有名かつ人気のある段物で、かつて瞽女宿に集まった村人の多くが嗚咽を漏らしたという「葛の葉子別れ」一の段。
あらすじは、信太の森に住む白狐が、狩人(石川悪右衛門)と戦って命を救ってくれた安倍保名(やすな)への恩返し・怪我の介抱のため、保名の許婚(いいなずけ)である葛の葉姫に化けて保名と一緒に暮らす。月日を送るうちに保名との間に童子丸(のちの安倍晴明)を産んだが、童子丸が5歳の時に本物の葛の葉姫が来ることになり、白狐は信太の森に帰る決心をする。我が子・童子丸との別れのせつなさ、母の子への情愛を三味線の伴奏で物語るように歌う20分を超える語り物だ。

萱森さんの歌声は、越後瞽女の二大勢力である長岡瞽女と高田瞽女のうち、師匠の小林ハルさんが属した長岡系の瞽女の多くに通底する荒々しさが認められる。声の線は細いものの、肝の据わった芯のある歌声といえるだろう。
「葛の葉子別れ」の三味線による伴奏は、段物を弾き語る時の小林ハルさんの演奏に忠実である。決まったフレーズの反復や、そのなかに歌い方と同じく織り込まれる即興性、高音の音程とリズム(間)が不安定気味に聴こえかねない間奏(一流れと一流れの間)も、小林ハルさん譲りの奏法といえよう。
トークでは触れなかったが、萱森さんは数か月前に入院している。体調が心配されたけれども、「葛の葉子別れ」での歌声と伴奏を聴くかぎり、杞憂に終わったようだ。

3番目の演目は、段物「葛の葉子別れ」一の段のダイジェスト版。ゲストとして招かれた三味線奏者&民謡の歌い手で、高田瞽女唄を探究・演唱する月岡祐紀子さんが歌った。月岡さんは、萱森さんよりも18歳年下で東京出身の方。月岡さんのゲスト出演が決まった理由は、長岡系と高田系の瞽女唄の違いを聴き比べて楽しんでもらうことと、主催者が病み上がりの萱森さんの体調を案じたためらしい。月岡さんは幼い頃から民謡と三味線を師範に学んでいる(父は尺八・篠笛の演奏家、月岡翁笙氏)。高校2年生の時に高田瞽女の最後の親方である故・杉本キクイ(キクエ)さん(1898‐1983)の瞽女唄の音源を聴き、こんな歌があるのかと衝撃を受けたそうで、その時以来、「ギター少年がレッド・ツェッペリンを聴いてギターにはまったように」瞽女唄にのめり込んだとも話していた。

月岡さんは19歳の頃から10年間近く、年に2〜3回のペースで、小林ハルさんと杉本シズさん(杉本キクイさんの弟子で養女, 1916‐2000)と杉本家の手引きの難波コトミさん(1915‐1997)が入所する新潟の養護盲老人ホームを訪れた。瞽女唄のわからない点を教えてもらったり、瞽女唄を披露してアドバイスを受けることもあったそうで、小林ハルさんが月岡さんの三味線の伴奏で歌ってくださった時には感激したという。
一方、萱森さんによると、小林ハルさんは月岡さんという「しんね(心根・こころね)の良い娘(こ)が来た」と萱森さんにおっしゃったことがあった。人の悪口はもちろん、良いことも言わない、批評もしないハルさんがそんなことをおっしゃったので、すごく印象に残っており、いつか月岡さんにお会いしたいと願っていたそうだ。

月岡さんが演ずる「葛の葉子別れ」一の段のダイジェスト版は、10分くらいだったろうか。三味線は、高田瞽女の杉本キクイさんのメロディックで叙情的な奏法に則ったもののように聴こえるが、歌は民謡をベースとした瞽女唄のようだ。高田瞽女唄というと、杉本キクイさんの素朴で自然体、座敷芸にも通ずる演唱といったイメージが堅固にあるだけに、初めて聴いた月岡さんの民謡色の強い瞽女唄に、やや戸惑いを覚えた。瞽女唄とは、歌い手が持つ発声などの個性も生かしつつ、室町時代から歌い継がれてきたものなのだろう。

4番目の演目は、萱森さんによる段物「葛の葉子別れ」二の段。萱森さんは、歌詞にわからない言葉が出てきても聴き流して下さいという。瞽女唄を楽しむポイントの一つと言えそうだ。日本海の荒波が打ち寄せ、白い波しぶきを吹き上げるなか屹立する岩塊――萱森さんの演ずる瞽女唄のなかでも段物を歌詞や内容にとらわれずに聴いていると、そんな良い意味での荒々しさ、厳しさがイメージとして浮かぶことがある。

5番目および最後となる6番目の演目は民謡「佐渡おけさ」。高田系の月岡さん、長岡系の萱森さんの順番で「佐渡おけさ」を弾き語ってもらい、高田系と長岡系の違いを聴き比べる余興的な試みといえようか。
月岡さんに言わせると、高田系と長岡系は「メロディが何となく違うとしかいいようがない」。高田瞽女の杉本シズさんは「佐渡おけさ」を単に「おけさ」とおっしゃっていたそうだ。ちなみに、杉本キクイさんのCDでの曲名もそう表記されている。
長岡系の「佐渡おけさ」は、萱森さんによると、高田系よりも曲が短く、歌詞の文句もあってなきが如し。どんな文句でもはめられるという。両者の違いを強いて言えば、高田系の方が華やか、長岡系はより土着的でディープか。お2人とも相手が歌う「佐渡おけさ」に囃子(はやし)をつけていた。

3週連続(金・土・日)公演「ごぜ唄が聞こえる」は、1週目は創作劇「出湯の四季〜最後の瞽女 小林ハル」、2週目は朗読劇「葛の葉子別れ」(陰陽師 安倍清明 出生の物語)、3週目は「越後ごぜ唄」と題して萱森直子さん、ゲストに月岡祐紀子さんをお招きして催された。連日ほぼ満席となる盛況で、トータル600名の方が来場したらしい。萱森直子さんや月岡祐紀子さんといった瞽女唄の伝承に取り組んでいる方や支援者の尽力、瞽女唄の聴き手の存在などにより、瞽女唄が世間に少しずつ浸透しているようで嬉しいかぎりである。
萱森さんが約1時間40分に及んだ本公演の終了の挨拶において明かしていたが、「ブローダーハウス」での3度目となる瞽女唄の公演が、来年(2010年)2月に予定されているとのこと。月岡さんの終演の挨拶によると、来年、萱森さんと月岡さんの共演が実現した暁には「万歳」(太夫と才蔵の掛け合いによる「瞽女万歳 柱立て」or「三河万歳」?)が披露されるかもしれないそうだ。

ネットで聴けるラジオ番組「最後のごぜ 小林ハルさんを偲ぶ」(萱森直子さん出演, 約30分, NHKラジオ第2『視覚障害者のみなさんへ』)


2009年02月21日(土)
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