TOM's Diary
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2005年03月04日(金) ハードボイルドとS氏

S氏はどこでも自動ドアの開発をついに成し遂げた。
S氏としては異例の1ヶ月もの時間を要した。
もちろんその中には実験に失敗して南の国や
北の大地からの移動時間も含まれているが、S氏の
発明としては過去最高の開発期間である。

S氏はどこでも自動ドアで金儲けをしよう
などとは思いもつかなかった。
なにしろ通勤を楽にしたかっただけである。
その目的さえ達成できれば、S氏としては十分であった。

ところが一般的にはそうは思われない。
もし、どこでも自動ドアが売り出されたら、
自動車は不要、電車も不要、飛行機だって、
宇宙船だって不要になってしまう。
もちろん、道路も、線路も、空港も、ビジネスホテルも不要だ。
産業界に与える影響は重大だ。

鍵なんかもまったく意味をなさなくなる。
どんなに鍵をかけてもどこでも自動ドアを使えば
すぐに侵入できてしまう。
不法入国なんかもし放題だ。
犯罪業界には大歓迎だ。

産業界はなんとか業界を守ろうと、あの手この手でS氏に
揺さぶりをかけてきた。
犯罪業界もあの手この手でS氏に脅しをかけてきた。
その都度S氏はどこでも自動ドアでかわしてきた。

S氏はまるで犯罪者になった気分だった。
そうなると犯罪業界の味方になりたくなってしまう。
S氏は犯罪業界の大ボスに会うことにした。

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朝、黒塗りのショーファードリブンのリムジンがS氏宅前に停止した。
黒いサングラスに黒服の男二人が降り立った。
ワイシャツまで黒いのだ。
まるでカラスのように真っ黒だ。
無表情だが、彼らの周りの空気はピリピリと張り詰めている様だった。
足を肩幅に開き、両手は後ろに廻して微動だにしない。

S氏の家の玄関が開くのを確認するとカラスの一人が後部ドアを開けた。
動きに無駄が感じられない。
S氏が近づくとカラスはだまってS氏を止めた。
S氏は無意識に両手を挙げた。
カラスの一人が念入りな身体検査を行った後、もう一人にうなずく。
そのカラスはクルマの中に向かってうなずきかけた。

すると開いたドアの奥から「乗せろ」と低いがよく通る声が聞こえた。
S氏がクルマに入って、後部座席に座った。
となりに初老の紳士が座っていた。
すると後から乗り込んできたカラスが「お前は向こうだ」と言う。
指差した方向を見ると後部座席と向かい合わせに座席があった。
こんなクルマは初めて乗った。

屈強な体格のカラスに挟まれて座ると、身動きが出来なくなった。
非常に息苦しかったので、座りなおすふりをして身体をゆすった。
両隣のカラスたちが気がついてスペースを空けてくれるかと思ったのだが
逆に両側から押さえつけられて、余計に息苦しくなったのであきらめた。

クルマが静かに動き出した。
初老の紳士が話し掛けてきた。
「なかなかすごい発明をしたようだね。
穏やかで、親しみのこもったしゃべりかただ。
「ほかにもなにかすごいものを発明しているのかな?

「あ、は、はい。クモ型ロボットとか、好きな夢を見る装置とか

「ほう、そうか、すごいじゃないか。
言葉とは裏腹にS氏の発明にはまったく興味を示している様子はない。

「社会には表と裏がある
紳士は遠くを見ながら唐突に話題を変えた。

「裏社会をどうおもうかね?
S氏は必死でどう答えるか考えた。
「裏社会は一般に悪いことばかりしていると思われている
紳士はS氏の回答など待っていなかったかのように話を続けた。
「たしかに悪いことばかりしている
紳士は心なしか寂しげな目でクルマの外を眺めた。
クルマは非常に静かに走っている。
「表の社会では悪いことは犯罪だ
紳士は両手を軽く広げて、呆れた様子を見せた。
「表の社会で重要な地位にいるものは悪いことなどできない
「だから表の社会の大物は汚い仕事をすべて裏に持ち込む
「悪いことをしていない大物などこの世界には一人もいない
「たまに悪いことをして掴まる大物政治家もいる
紳士は皮肉な笑いを浮かべた
「なぜか、判るかね
S氏は話の続きを待った。
「判らないようだね
どうやら今度は回答が必要だったようだ。

沈黙が流れる。
「そ、それは・・・
S氏がしゃべろうとすると紳士が手で制した。
「裏社会を裏切るからだ

それきり紳士は黙り込んでしまった。

クルマは滑るようにスムースに走っている。
見慣れた町並みだが、このクルマから見るとまったくの別世界のようだ。
これが裏社会なのだろうか?
いや、それにしては明るくそしてイキイキとして感じられる。
クルマのせいだろうか?
このクルマのように、時が静か流れていく。

「表社会は裏社会を土台にしてなりたっている
紳士の声にS氏は現実の世界に引き戻された。

「表社会にいるとそれは見えないだろう
「例えるならば・・・
紳士はそこで人差し指を立てた。

「高い所から見えるものも、低い所からは見えないようなものだ

「土台である裏社会が秩序を保てなくなると、表社会はどうなる
紳士はS氏の目を覗き込む。
「あっという間に崩れ落ちるだろう
「我々は表社会を維持するために裏で働いているのだ
「私は表の社会では出来ない、汚い仕事をたくさんこなしてきた
「だからこそ裏社会のボスの座に付けたのだ
ボスは心なしか得意げに見えた。

「お前の作ったものは、裏社会の秩序を乱すことになる
大ボスの目つきが鋭くなった。
恐ろしい。
S氏は背筋が凍る思いだった。
「あの装置があれば表社会の連中にも裏の仕事が簡単にできてしまう
「そうなればこの世の中はおしまいだ
「言いたいことは判るな
大ボスは迫力のある声で言った。
「は、はい
S氏は思わず答えた。

「この世界を守るためには仕方がないんだ
大ボスは静かに言った。
「我々を恨むなよ
S氏にはなにが「仕方のないこと」なのかまったく判らなかったので
恨みようがなかった。
まさか自分は殺されるのでは?と思った。

大ボスはまたもとの柔和な顔つきに戻った。
「お前との会話はなかなか楽しい
S氏はほとんどなにもしゃべっていなかったが、反論はしなかった。
「次は私の家に招待しよう

S氏がなにか答えようとすると、カラスがドアを開けた。
クルマはいつのまにかS氏の家の前に着いていたようだった。

S氏はカラスに押し出されるようにクルマから降りた。

どこでも自動ドアはみごとなまでに破壊されていた。
家の中もめちゃくちゃに荒らされている。
その中でどこでも自動ドアの図面だけが燃やされていた。
S氏は、なにが「仕方のないこと」だったのか理解した。

そして、翌日S氏はさらに進化したどこでも自動ドアを作り上げたのだった。


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